4章 環境ホルモンと生活環境
石橋 康弘、石橋 弘志、橘 勝康 1 節 環境ホルモンとは
環境中に放出され、あるいは存在 している化学物質が生体内に取 り込まれ、
ホルモ ン疑似作用やホルモン撹乱を引き起 こす作用を持ち、その結果、生殖機 能、中枢神経機能の異常を引き起 こすのではないかと危倶されている。これ ら
は、これまで 日常的に使用され安全と考え られてきたプラスチ ックの原料、洗 剤、農薬等の化学物質であり、内分泌撹乱化学物質 と呼ばれているが、一般的
には環境ホルモンと呼ばれている。
この問題は、シーア ・コルボーンらにより執筆され、アメ リカ合衆国で大き な話題 となった 「 OurSt ol e nFut ur e 」1) が 1 9 9 7 年 「 奪われ し未来 」2) として日 本語に翻訳されたこと、環境ホルモンが原因と考え られる野生生物の異常に関 する多数の報告が出されていること、 ヒトにおける乳がんの増加をはじめとす る健康障害の事象を環境ホルモ ンとの関連性か ら理解 しようとする考え方があ ることなどか らわが国においても社会的な関心を高めている。
環境ホルモンの定義は、いまもなお統一されたものはなく、現在で も議論さ れ変更 されている。最近、 WHO/ I PCS ( 世界保健機構/国際化学物質安全性 計画)がまとめた定義によると、「 内分泌系の機能に変化を与え、それによっ て個体やその子孫あるいは集団に有害な影響を引き起 こす外因性の化学物質又 は混合物」となっており、次世代への健康影響に重点を置いたものになってい る 。 また、環境ホルモンの数 も情報源によって異なっており、環境庁は環境ホ ルモンではないかと疑われる 6 7 の化学物質 ( 群)をとりあげており、その リス ト 3) によると、 蓑 1 に示 したダイオキシン類を始め農薬や界面活性剤、プラス チ ック製品等多 くの工業製品中に含まれる約 7 0 種が リス トアップされている。
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表 1 内分泌撹乱作用を有すると疑われている化学物質
希境庁 「 SP EED' 98J より抜粋
物質名 用途 規制等
1 ダイオキシン類 ( 非意図的成生物) 大防法、廃掃法 、POPs
2 ポリ塩化 ビフェニール類 熱媒体、ル か‑a. ン紙、 7 4 年化審法一種 、7 2年生産 中止 、
( PCB) 電気製 品 水濁法、海 防法、廃掃法
3 ポリ臭化 ビフェニール頼 ( P BB) 難撚剤
4 ヘキサクロロベ ンゼン 殺菌剤 、有機合成原料 7 9 年化手法一種 、わが国では
( HCB) 未 登録 、pops
5 ペンタクロロフェノール 防腐剤、除草剤 、殺菌剤 9 ( )年失効、水質汚渦性農薬、
( pcq p) 寺剣法
6 2, フエノキシ酢酸 4 , 5 ‑ トリタロロー ‑ 除草剤 75 年失効 、毒劇法 、食 品衛生法 7 2 . フモノキ㌢酢酸 4‑ ジクロロ 除草剤 登線
8 アミトロール 樹脂の癌化剤 除草剤 、分散染料 、 75 年失効、食品衛 生法
9 アトラジン 除草剤 登録
1 0 アラクロール 除草剤 . 登魚、海 防法
l lシマジン 除草剤 衆境基準、水滴性農薬 、廃掃法、 水道法 登魚、水滴法、地下水 . 土壌 . 水質 1 2 ‑キサクロロ 殺 虫剤 ‑キサクロロシクロ‑キサンは
シクロ‑キサン、 7 1年失効、販売禁止
エチルパラチオン エチルパラチオンは 7 2年失効
1 3 カルバリル 殺 虫剤 登魚、毒別法、食 品衛生法 1 4 クロルデン 殺 虫剤 8 毒別法 6 年化辛法一種 pops 、6 8 年失効、
1 5 オキシクロルデン グロルチンの代謝物 タロ/ レデンの代謝物 1 6= t r a n s ‑ /+9PJ t ' 殺 虫剤 ノナクロル は本邦未 登録 、 ‑ブタクロルは 7 2年失効 1 7 1 , 2 ‑ ジプロモ ‑ プロパン 3 ‑ タロロ 殺 虫剤 8 0 年失効
1 8 DDT 殺 虫剤 81 販 売禁止 、食品衛 生法 年化審法一種 、7 1年失効、 、POPs 1 9 DDEa ndDDD 殺 虫剤 わが国では未登録
2 0 ケルセン 殺ダニ剤 登録、食 品衛生法
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4 章 環境ホルモ ンと生活環境
物質名 用途 規制等
2 2 エンドリン 殺 虫剤 81 作物残留性農薬 、水質汚濁性農薬、 毒別法、食品衛 生法 年化審法一種 、7 5 、 年失効、 P OPs
25 へブタクロル 殺 虫剤 8 毒劇 法 6 年化審 法一種 、P OPs 、7 5 年失効、
28 メソミル 殺 虫剤 登録 、毒劇 法
2 9 メトキシクロル 殺 虫剤 60 年失効
80 マイレックス 殺 虫剤 わが国では未登録 、p ops
31 ニトロフエン 除草剤 8 2 年失効
3 2 トキサフエン 殺 虫剤 わが国では未登録 、P OPS
と 3 3 トリブチルスズ 船底塗料 、漁船の防腐剤 9 0 年化審法、家庭用品法
36 アルキルフエノーノ レ 界面活性剤 の原料/分解 海 防法
3 7 ビスフエノーノ レ A 樹脂 の原料 食 品衛生法 3 8 フタル 酸 ジ ー 2 ‑ エチルヘキシル プラスチックの可塑剤 水質 関係 要覧 3 9 フタル酸ブチルベンジル プラスチックの可塑剤 海 防法 40 フタル酸ジ ‑ ∩‑ ブチル プラスチックの可塑剤 海 防法 41 フタル酸ジシクロ‑キシル プラスチックの可塑剤
42 フタル酸ジエチル プラスチックの可塑剤 海 防法 43 ベンゾ ( a) ピレン ( 非意 図的成 生物)
4 4 2 . 4‑ ジクロロフェノール 染料 中間体 海 防法 45 アジピン酸 ジ ー 2 ‑ エチルヘキシル プラスチックの可塑剤 海 防法 46 ベンゾフェノン 医薬品合成原料 、保香剤
47 4 ‑ ニトロトルエン 2 中間体 , 4‑ジニトロトルエンなどの 海 防法
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物質名 用途 規制等
49 アルデイカープ 殺 虫剤 わが国では未登録
5 0 〜 ペノミル 殺菌剤 登魚
51 キーボン( クロルヂ±ン) 殺虫剤 わが国では未登録 5 2 マンゼプ ( マンコゼプ) 殺菌剤 登偉
5 3 マンネブ 殺菌剤 登錬
5 4 メチラム 殺菌剤 7 5年失効
5 5 メトリプジン 殺菌剤 登魚、食品衛生法
5 6 シベルメトリシ 殺 虫剤 登魚、毒刑 法、食品衛生法 5 7 エスフエンバレレート 殺 虫剤 登録、寺h1 法
5 8 フエンバレレート 殺 虫剤 登魚、寺虞l 法、食品衛生法
5 9 ベルメトリン 殺 虫剤 登魚、食品衛生法
6 0‑ビンタロゾリン 殺菌剤 98 年失効
61 ‑ジネプ 殺菌剤 登魚
6 2 ジラム 殺菌剤 登魚
6 3 フタル酸ジペンチル わが国では未登録
6 4 フタル酸ジ‑キシル わが国では未登錬
6 5 フタル酸ジプロピル わが国では未登魚
6 6 スチレンの 2 及び 3 主体 スチレン樹脂の未反応物 スチレンモノマーは、海防法、 寺81 法、悪臭防止法
1)上記 中の化学物質のほか、カ ドミウム、鉛 、水銀 も内分泌 撹乱作用が疑われている。
規制等の欄 に記載 した法律 は、それ らの法律上の規制等 の対象 であることを示す。
化手法は r 化学物質の事査及び製造等の規制に関す る法律」、 大防法は 「 大気汚染防止法」、
水淘法は 「 水質汚濁防止法J、海防法は 「 海洋汚染及び海上災害の防止 に関す る法律」、廃 掃法は r 廃棄物の処理及び清掃 に関す る法 律 」、幸助法は 「 毒物及び劇物取締法」、家庭用 品法は 「 有害物質 を含有す る家庭用晶の規制 に関す る法 律 」を意味す る。
地下水、土壌 、水質の舜境基準は、各々環境基本法に基づ く r 地下水の水質汚染に係 る環 境基準 J r 土壌 の汚染 に係 る衆境基準 J r 水質汚濁 に係 る環境基準」をさす。
2) 一畳魚 、失効、本邦未登録 、土壌額官位農薬 、作物戎官位農薬、水質汚濁性農薬 は農薬取締 法に基づ く。
3) POPs は 、 r 陸上活動からの海洋環境の保護 に関する世界行動計画」において指定された残留性 有機汚染物質である。
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4 章 環境ホルモンと生活環境
2 節 環境ホルモンの野生生物生態影響の実態
内分泌撹乱化学物質による野生動物への影響の代表的な例については、環境 庁の 「 外因性内分泌撹乱化学物質問題 に関す る研究班中間報告書 」4) による と、表 2に示すような生物名、場所、影響、推定される原因物質の順にまとめ ることができる。
なお、ここには原因物質が断定できない事実について も示 してある。
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表 2 環境ホルモ ンの野生生物への影響
生物名 場 所 影 響 推定される原 因物質 報告者及び報告年
●貝類 イボニシ ヨーロッパ
チヂミボラ アクキガイ科 巻 貝
●魚類 ニジマス
ローチ ( 鯉の一種) サケ
カダヤシ ホワイトサッカ ー ( 鯉の一種)
●両生類 、伸 虫類 ワニ
日本 の海岸 イギリスの海岸 北西大西洋 沿岸
英国の河川 英国の河川 米国の五大湖 米国のフロリダ の河川
米国スペリオー ル湖
米国フロリダ湖
カエル、 北米 サンショウウオ
雄性化 個体数の減少 雄性化 個体数減少 雄性化 個体数減少 雌性化 個体数減少 雌雄 同体化 甲状腺過形成、
個件数減少 雌の雄化 成熟遅延
雄 のペニス燥小 化 、卵の僻化 率 低 下、個 体数 減少
個体数減 少、後 足異常( カエル)
●鳥類
カモメ 米国の五大湖 雌性化、
甲状腺腫癌 メリケン 米国ミシガン湖 卵の貯化 率の
アジサシ
●輔乳類
アザラシ オランダ シロイルカ カナダ、米国、
地 中海
ピューマ 米国
ヒツジ オーストラリア ( 1 940 年代)
クマ カナダ
低 下
個体数減少、
免疫機能の低下 個体数減少、
免疫機能の低 下 精巣停留、
精子数減少 死産の多発 、 奇形の発生 雄の雌化
有機スズ化合物 有機スズ化合物 有機スズ化合物
ノニ′ レフェノー′ レ ( 断定されず ) ノニフェノー/ レ ( 断定されず) 不明
・
J
パルプ工場廃水 ( 断定されず) 漂 白クラフト耕 工場 排水 ( 断定されず) DDT 等有機塩 素系 農薬
( 断定されず)
DDT、PCB ( 断定されず ) DDT、PCB
( 断定されず ) PCB
PCB 不明
Hor iguc hiTeta l ( 1 99 4)
ar y a nGW eta l ( 1 998)
Br ig htDAa ndEns DV( 1 990)
St npt e rLPeta l ( 1 98 5)
Pur donCEeta l ( 1 99 4)
L
ea t her l a ndI ( 1 9 9 2)
Ha ve nWHeta l ( 1 98 0)
Mc Mas t e rME・ eta l ( 1 99 1 )
Gui net t eu eta l ( 1 99 4)
Bl a us t e i nARa nd Wak eDB( 1 995) Fr yDM et a l ( 1 98 7) Moc c i aRDeta l
( 1 98 6) Kubi ikTJeta l
( 1 98 9) Re i i i nde r sPJ H
( 1 98 6)
DeGui s eSeta l ( 1 9 9 5)
Fa c e m止eC・ Feta l ( 1 995)
植物エストロジェン Be n net t sH( 1 946) ( クローバ 由来)
不明 Cat t etM( 1 988) ‑
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4 葦 環境ホルモ ンと生活環境
3節 環境ホルモンの生態 に及ぼす影響
ホルモ ンは、体の状態妄一定に保つ ( 恒常性の維持)働 きを もっている。例 えば血糖値が上が るとすい臓か らインシュリンが分泌 されるため血糖値が下が る。さらに、男性ホルモ ン、女性ホルモ ンは胎児期の生殖器の形成などに深 く 関わ り、成長ホルモ ンは子供の発育 と成長に関わ っている。甲状腺ホルモ ンは 行動 と精神活動に必要である。ホルモ ンは必要な時々や状況に応 じて精巣、卵 巣などの内分泌器官か ら分泌 される。ホルモ ンの量が上昇 しす ぎると生産が抑 制 され るなど して量を調節す る機構 (フィー ドバ ック機構)があ り、ホルモ ン の働 きはコン トロールされている。 ホルモ ンの量 の過不足が起 これば、糖尿 病、子宮内膜症、乳ガ ン、男性器 ・女性器の発育異常などの病的な症状が引き 起 こされる。
これに対 して、環境ホルモ ンは体の外か ら体内に入 ってきて本来のホルモ ン と同 じように働いた り、あるいは本来のホルモ ンの働 きを妨げた りすると考え られている。例えば、工業用化学物質 PCB 、農薬 DDT 、工業用洗剤の成分が 分解 したノニルフェノール、プラスチ ックのポ リカーボネー トの原料 ビスフェ
ノール A 、塩化 ビニル製品の柔軟化剤 フタル酸エステルなどは女性ホルモ ン様 の働 きを し、農薬 DDT の代謝物質 DDE 、農薬 ピンクロゾリンなどは男性 ホル モ ンを妨げる働 きをすることが知 られている。なお、ダイオキシンはこれ とは 別の機構で間接的に女性ホルモ ンの働 きに影響を与えると考え られている。
環境ホルモ ンによって本来のホルモ ンの調節が うま くいかな くなるとさまざ まな影響がで る可能性がある。大人であれば環境ホルモ ンによるホルモ ン変化 の影響 は一時的な ものと考え られ るが、乳幼児期や特に胎児期 はホルモ ン変化 に非常 に敏感で影響を受 けると元に戻 らない可能性が指摘 されている。それ は、精子数減少、乳ガ ン、免疫低下、知能へ影響などの形で成長 してか ら現れ るのではないか と推察され次世代への影響 という視点か ら捉え られている。さ らに、ホルモ ンはごく微量で働 くので環境ホルモ ンもわずかな量で影響を与え るのではないか とも考え られている。それは従来の毒性試験 に基づ く化学物質 の安全基準でいえば比較にな らないほどの極めて低用量である。
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4 節 身のまわ りにおける環境化学物質濃度
1 ) 公共用水域及び地下水中の水質謝査
内分泌撹乱作用の疑いのある物質 6 7 項 目の うち、農薬を除 く 2 2 項 目につい て、水環境中の存在状況の概況を把握するための調査5 )が行われている。本調 査は、 ,公共用水域及び地下水中の水質分析について、河川で 1 0 0 地点、海域で 1 7 地点、湖沼で 5 地点及び地下水で 8 地点の合計 1 3 0 地点について行われたもの である.分析項 目は、前述 した 2 2 項 目にスチ レンモノマー及び 1 7 b エス トラジ オールを含む 2 4 項目である。
調査結果の中間報告によると、 4・ Tt ブチルフェノール類、ノニルフェノー ル、 4‑t オ クチルフェノール、 ビスフェノール A 、 2 , 4 1 ジクロロフェ ノール、フタル酸 ジー 2 ‑エチルヘキシル、スチ レンモノマー及び 1 7 b‑ エス トラジオールは 、1 3 0 地点の内 1 0% 以上の地点で検出されている。高頻度で検 出された化学物質はノニルフェノールであり、採水地点の 7 6 % (最高検出濃度 7・ 1 〟g/ L) か ら検出されており、次いで ビスフェノール A が 6 8 % ( 最高検出濃 度 0 . 9 6 F l g/ L) 、 4‑t オ ケチルフェノールが 6 2% ( 最高検出濃度 1 . 4 F L g/ L) 、 1 7 b ‑エス トラジオールが 6 1 % ( 最高検出濃度 0 . 0 3 5 F L g/ L) 、フ タル酸 ジー 2
‑エチルヘキシルが 5 5% ‑ ( 最高検出濃度 9 . 9 〟g/ L) であった と報告 されてい る 。
本調査 は、調査地点、調査回数、調査時期などが限定 されたものであるの で、結果が調査対象物質の存在状況を必ず しも代表 している訳ではない。 しか し、水道原水を含めこれ らの化学物質が広 く環境中に存在 している事実が改め て明らかになったということで、今後の調査結果をふまえた上で、早急な対策 が必要 となるであろう。
2) 魚類中の ビテロジェニ ン濃度の測定
・環境ホルモ ンは、主に女性ホルモン ( エス トロジェン)の受容体に結合する ことにより、女性ホルモ ン様作用を示す ことがわかっている。 ビテロジェン は、卵黄に含まれるリンタンパク質の前駆体であり、 リン酸のほかに、糖、脂 肪、カルシウムを含むタンパク質である。雌動物の肝臓では、エス トロジェン によって ビテロジェン遺伝子の転写が促進され、その合成が増加する 6). ビテ
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4 章 環境ホルモ ンと生活環境
ロジェニ ンは、正常の雄動物ではほとんど合成されないため検出されないが、
大量のエス トロゲ ン暴露により誘導 されることが知 られている
。この ビテロ
ヽ