ンテナンス プロジェクト
その他のタイトル Experiments in social system design : a dynamic maintenance project
著者 斉藤 了文
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 35
号 1
ページ 123‑144
発行年 2003‑10‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/6785
関西大学『社会学部紀要』第35巻第1号, 2003, pp.123‑144 ISSN 0287‑6817
研究ノート
社会システムデザインの実験1)
ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー
齊 藤 了 文
E x p e r i m e n t s i n s o c i a l s y s t e m d e s i g n : a dynamic m a i n t e n a n c e p r o j e c t N o r i f u m i SAITO
Abstract
All members of a Social System Design take part in'dynamic maintenance project'. Under the mixed influences of technology, maintenance of organization is the point of sustainability of our society.
We give some examples of artifact maintenance.
Key words: dynamic maintenance, maintenance, system error, organization, artifacts
抄 録
産学連携に甚づく創業の研究は、知的財産制度を含めて形を整えつつある。また、廃棄物の環境問題は、
社会的な関心も高く、制度の整備も進んでいる。しかし、生死の中間という日常生活の基本をなし、時間 的にも長期に渡る部分の分析と、それに対応する制度設計は、体系的な見通しが得られているとは言い難い。
さらに、科学技術のリスクに対応するために組織的な対応が必要だということも分かってきている。
イノベーションの点でもリスク対応の面でも、組織の創成の研究から、守成の研究へのシフトが今必要 とされる研究課題となっている。
もちろん、橋や道路のような人工物では、メンテナンスの個別的研究は行われてきた。だが、統合的視 点は見いだされていない。また、人工物は、作った当初が一番良いためにもとに戻す維持的対応がメンテ ナンスと見なされている。ただし、組織や人間の身体では、ことはそう単純ではない。
だからこそ、変化にうまく対応するダイナミック・メンテナンス2)という概念が必要になり、それに基 づいた制度的支援の可能性を探求する必要がある。
キーワード:守成、メンテナンス、組織事故、組織、人工物
第1節 具 体 的 な 背 景
ここには、大きく 2つの論点が存在する。第一は、現代の創業に対する注目の高さを前 提した上で、それを補完する仕組みの必要性である。第二は、科学技術のリスクに対応す るためには組織的対応が必要であり、その意味で組織の存続可能性の根拠が重要になると いう点である。第一の論点は、発展する科学技術およびそれと対応する経済に属するリス クの問題を扱う。第二の論点は、科学技術と係る事故のリスクの問題を扱う。
第一の論点を述べる。
創業の研究は、イノベーションと結び付いて知的財産制度を含めた研究が進められてい る。また、廃棄物の環境問題は、社会的な関心も高く、制度の整備も進んでいる。しかし、
生死の中間という日常生活に近く、時間的にも長期に渡る部分の分析と、それに対応する 制度設計は、体系的な見通しが得られているとは言い難い。組織の創成の研究から守成の 研究へのシフトを現代の研究課題とするべき時期になってきている。しかし、科学技術と ともに生きる社会にとって、メンテナンス問題は、社会基盤となる人工物に関しては取り 上げられているが、組織に関わる問題は注目されることが少ない。
メンテナンス問題に関わる現代の状況を例示しよう。
①戦後急速な勢いで整備してきた社会基盤などの人工物の多くが、更新時期を迎えている。
膨大な維持• 更新負担を目前にして、効率よく建造することや劣化が観察された部分の みを補修することに注意を払ってきたことへの反省が叫ばれている。近年、注目される 視点は、構造物のライフサイクル全体の最適化、構造物の性能や提供サービスに着目し たメンテナンス、短期と長期にわたる多目的システムの考え方などであろう。しかし、
日常の生活や産業を支える構造物は非代替的であり、高機能の構造物は複雑であり、外 部環境は不確実性が高い。また、長期的な視点によるメンテナンスの考え方を行おうに も、過去からの長期データが存在しないため、実証的なシステム構築ができない。この ため、このような長期的総合的な対象に対して長期的な視点に基づくのではなく、むし ろ、日常の行動様式や考え方が、結果的に長期的な意味を支えることに繋がっているこ とに着目すべきであると考えられる。日常の行動様式と考え方が、長期的な構造物の機 能の確保とどのような関係を持っているかを明らかにすることが求められている叫
②また、情報システムの設計においても、銀行の勘定システムなどは、 1億行にものぽる とされており、銀行の統合時にもーから創り上げるのは、コスト面、時間面も含めてほ とんど困難な状態である。そして、情報システムは、組織の構造、具体的な手順や慣習
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトーー(齊藤)
を反映するものであるために、組織そのものの複雑さをそのまま引き継ぐことになる。
そのため、様々な業務を時間の経過とともに加えることになり、最初の計画とはだんだ んとずれてきてしまう。改良、修正が必要になる。所期の計画では予測できない業務や 問題に対処するように変更が加えられる。完全に新しいシステムをつくれないというの が、ポイントである。
③医療に関しても同じような問題がある。人間の身体は、単純に別の身体と取り替えられ ない。だから、現在ある身体を何とか使うことが必要とされる。人類は感染症に立ち向 かってきた。細菌やウィルスを殺す様々の薬が発見されてきた。このときには、新発明 が人類の健康に大きな役割を果たしてきた。しかし、慢性病が現在の状況である。問題 となるのは、リスクの管理が見えやすい感染症に対応するだけでなく、慢性病、老化な どのような目に見える対処の難しい問題に直面して、どのように自分の体をメンテナン スしていくかが問題となる。
実は、科学技術の発展の中で注目すべきものは、組織のメンテナンスである。組織もあ る程度複雑になると、それをどのように扱うことによって維持するかは簡単な問題ではな ぃ。単に、昔に戻る保守的なやり方ですべてが収まるわけではない。環境は変わり、組織 自体も変化している。組織内の人間も移動し、変化し、世代が代わっていくし、教育も必 要になって行く。そこをどのようにうまく変えていくか、それがここで提案しようとする ダイナミック・メンテナンスである。
このように既存の人工物を完璧に作り直すことが難しいような複雑なシステムは、現在 でも多く存在する。代替困難な複雑なシステムは、基本的にメンテナンスが必要になる。
科学技術が進む恨界を考慮することによって、現在は創業、イノベーションが声高かに叫 ばれ、徐々に知財を含むそのための制度も充実しつつある。だからこそ、このような企業、
組織が出来上がった後にそれを守成することが次の課題となる。
もちろん、守成、メンテナンスの問題は、個別の工学では様々に行われている。また、
企業においても、医学においてもアドホックな対応は行われている。しかし、それらに共 通する基礎に係る考察は進んでいない。昔に戻す仕事は簡単で、特に進歩もないと見なさ れて、知的な活動とは理解されていないからかもしれない。しかし、上に実例を挙げたよ うに、ダイナミックな仕方で複雑なシステムをメンテナンスすることは容易な仕事ではな い。また、このような統合的な理解の枠組みの欠如は、メンテナンスに係る、更には、ダ イナミック・メンテナンスに係る問題の理念を見出し、制度設計を行う場合には欠陥とな る。だからこそ、統合的な枠組みを捉えるための調査や理論研究を始める必要がある。
第二の論点を述べる。
現在、医療事故、原発トラプルその他の科学技術と結び付く事故やトラプルは頻発して いる。これらの事故リスクに対処する方法論として、技術者、専門家の倫理の向上や安全 基準やルールなどの改定をはじめ、様々な努力が払われている。そのうちで一つ重要なの が組織的な対応である。専門家であれ、素人であれ個人的なヒューマン・エラーは当然統 計的事象として起こる。それが生じてもひどい結果が帰結しないように、組織的な対応が 求められるようになってきている。安全基準などを実効的なものとするためにも、(個人 に依存するのは限界があるため)組織内での教育、技術の伝承が大きな意味を持つ。
科学が進み、様々な変化にさらされている社会で、持続可能な社会を維持しようとすれ ば、事故などのトラプルに対処する組織的対応を維持できるかどうかがポイントになる。
つまり、組織のメンテナンスが必要であり、変化する環境、社会状況、科学的知識の下で のダイナミック・メンテナンスが必要になる。
以上の二つの論点を踏まえることが重要である。
科学技術の組み込まれた世界を考えると、イノベーションや、技術事故が注目されてい る。これらは、科学技術の突出した部分ではあるが、それに対処し、それを補完するシス テムは、単純に変化のみを志向することはできない。それが、組織のダイナミック・メン テナンスに注目する理由である。
現在は創業などの活動的で目立った側面が強調されているが、日々のオペレーションを 確実にやるとか、蓄積や愚直なやり方を再評価し、それを組織の理解の中でうまく位置づ ける必要がある。革命や新たな計画だけでは、人間の将来の予測としては、おそらくうま くいかない。現状からのフィードバックをうまく取り入れることが必要になる。これこそ が、ダイナミック・メンテナンスの一つの方法論である。
メンテナンスの問題は、発明とは違って、独創的だとは思われにくい。しかし、その地 道な技術を明示化することこそが、実は、存続可能性の現実的条件を提起する。そして、
一般的に社会の老化に対応する方法論が考察されることは余り無かった。だからこそ、ダ イナミック・メンテナンスの概念に基づいた制度的支援の可能性を探求する必要がある。
このために、イノベーションを補完し、科学技術の負の側面を補完するシステムの統一的 な方法論、統合的視点が必要とされる。
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー(齊藤)
第2節 ダイナミック・メンテナンスの概念
まず、メンテナンスが着目される、 3つの前提的要件を述べることにする。
一つのポイントは、代替性のないもの、代替することの難しいものに関しては、広い意 味でのメンテナンスが重要に意味を持ってくるということだ。交換がコスト的に引き合え ばメンテナンスは重要な意味を持たないだろう。ベンチャー企業は雨後の筍のようなもの で、幾つかが長い竹になればそれで目的は達せられる。しかし、ある程度成長した企業、
更に既存の企業がどのように生き残るかが問題だ。「第1節 具体的な背景」の中で持続 可能な社会を実現するための一つの重要なポイントは、イノベーションの面でも事故の面 でもメンテナンスだと述べてきた。しかも、組織のダイナミック・メンテナンスが重要で ある。だからこそ、高齢化社会を真剣に考えると、現在存在する知的、物的財産を生かす 統一的視点とその方法論の研究が今こそ始められるべきだ。
次のポイントは、複雑なシステムというところにある。もちろん、小さなシステムでは、
最初からやり直すことが合理的かも知れないが、複雑なシステムでは、現在存在する制度 や慣習を全く離れた設計は難しい。例えば、 H2ロケットのエンジンについても、改良す るべき点が分かっていても、うまく動いている場合にはそこをいじらないのが基本だと言 われる。複雑な系は予想もしがたい相互作用で不具合を生じるかもしれないからである。
だからこそ、部分的にしろ改良する時には多数の総合的な実験をしておく必要が生じる。
これは、ダイナミック・メンテナンスの難しさを意味する。
第三のポイントは、組織にしろ人工物にしろ創った時点で完全にその結末まで詳細に計 算することはできないというところにある。この世界には何が起こるかも分らない。そし て、予測は常に不確実さを含んでいる。どのような人工物でも、設計時に考えていなかっ た問題が生じることがある。橋などでは交通量の増加さらに自然災害などの影響で、所期 の設計にあわない部分が出来てくる。これを、つぶしてーから造り直すことは、資源の制 約もあって不可能である。もちろん、それにも拘わらず、何とかしなければならない。だ からこそ、ダイナミック・メンテナンスが必要とされる。
問題は、①代替困難な、②複雑なシステムが、③複雑な社会でどう生き残るかというこ とだ。
さて、都市基盤や機械装置においては、設計製造時点が新品で最善の状態なので、この 時点に戻すというのがメンテナンスだと見なされている。しかし、人間の身体、組織、さ らには情報システムというものは、最初の状態に戻すという意味での「メンテナンス」を
しても特にいい結果が得られるとは思えない。環境に合わせて、所期の目的までも変えて いくというダイナミック・メンテナンスが、このような分野では特に必要になる。しかも、
機械のような人工物のメンテナンスでも、それを行う行為者(人間の身体、組織)が重要 な役割を果たすために、単純に元に戻すメンテナンスにとどまることはできない。組織内 での知識の伝承やコミュニケーションのシステムなどの改変を含めたダイナミック・メン テナンスが必要とされることになる。
ところで、複雑な世界に生き残るシステムということに関して、現在までにいくつかの モデルが提案されている。進化、複雑適応系といったものがそれである。ただこれらは、
理論的な枠組みであるために、より詳細な調査、分析に即して吟味する必要がある。適者 生存という進化的選択が行われるためには、多数のものが多様に生じる必要がある。それ が、適当に、自然に選択されて、「よい」ものだけが残ることになる。ここで考えられた 多数のものは、代替可能な多数のものである。多くの会社のうちどれかが生き残ればいい
という考えであり、「この」会社の生き残り戦略ではない。
一つの組織が、様々な小問題に対応するダイナミック・メンテナンスというアイデイア は、情報の授受、物理的、経済的影響の下で一つの組織がどう対応するかということを問 題とする。その点で、まだうまい統合的な見通しは与えられていないが、品質管理、カイ ゼン、インクリメンタル・インプルービング、はしごモデルという個別的な提案をモデル 化し直すという案も考えられる。哲学的には、ピースミール・エンジニアリング(ポパー)
というアイデイアも存在している。
しかし、現在問題になっているのは、科学技術による経済の進歩(イノベーション)と 科学技術の負の影響(人工物の事故)に対処するための組織のあり方の問題である。古い 概念をいじくりまわすよりも、現状を把握した上で、それを扱う概念を作り上げることが 求められている。
もちろん、保守的な対応をした場合に、問題があることもよく知られている。現状に慣 れてうまく動かないというようなものだ。しかし、このような副作用があるからといって、
メンテナンスの考えが不必要になるわけでもない。現実の、通常の対応を見て、そこから 学べるものを取り入れるべきだ。組織の存続可能性は、単純にあらゆる可能性を素朴に試 すことに存するだけでなく、過去の知識から学ぶとか、情報や知識を使うことにも依存す る。
個別的な事例は多数存在している。それを、ダイナミック・メンテナンスという目で見 直して、徐々に抽象的、統合的なアイデイアを仕上げていくことが必要である。
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第3節 ダイナミック・メンテナンスという視点
以下、ダイナミック・メンテナンスという目で見直した現代の状況を少し述べる。
感染症に人類は立ち向かってきた。しかし、慢性病の方が取り扱いが難しいということ が現在では分ってきている。同様に、都市基盤などに関しては、劣化が激しいものもあり、
現在そのメンテナンス、補修、調査が必要とされている。一般に、人工物の発明や廃棄に は注目はいっているが、その中間のメンテナンスしつつ使っていく側面は、統一的に明示 的な問題として理解されることは少ない。同じ問題は、人工物以外にも、身体でも、企業 でも、社会制度でも、それぞれ存在し、アドホックには解決されているが、全般的見通し は得られておらず、そのため政策課題としても特に提起されてはいない。また、事故対策 も各交通機関独自で行われ、原発や食品についても個別的対応は行われている。これらを 統合する視点も政策課題も現在では存在していない。また、人工物のライフサイクルに関 して、リサイクルという輪を回す仕組みに注意がいっている。しかし、回されるものその ものが維持管理されつつ存続しているという点は強調されてはいない。
企業も人工物も制度も時間とともに疲弊し老化する。そこでどのようなメンテナンスが 行われているかを調査して、創生と廃棄物処理の間に存在する「通常の状態」に保つ試み に注目する。そしてそのポイントを抽出してそこに必要となる制度を提案したい。この問 題は、実は複雑な組織、人工物をうまく動かしていく問題となっている。
ダイナミック・メンテナンスにおいては、まずメンテナンスであることが強調されるべ きである。「存亡の危機」を強調しすぎると、解決すべき問題が見えてこない。さらに、
ダイナミック・メンテナンスは統合的な視点の提案でもある。組織、人工物、身体、制度 のすべてを統合する視点をとって、個別的研究では抜け落ちた点が分野の横断によって明 示化されることになる。分野によって、アドホックにしろ解決の方向の見えている問題が 違っている。それを、横方向に情報を流通することによって、統合的な視点が得られ、基 礎となる方法論が得られることが期待される。このような視点での研究の必要性が強調さ れてこなかったとともに、総合的な視点での研究が進められてこなかったという 2つの点 で、ダイナミック・メンテナンスの研究はオリジナルな試みだと言える。
ダイナミック・メンテナンスというものは、進歩した新しい科学、新しい人工物にどう 対処するかではない。また、科学をどうコントロールするかでもない。このような問題が ありつつ、一定の制度の中に投げ込まれているにもかかわらず、どのようにやっていくか。
これが問題になる。多様な現存の制度、組織がある。その上で何をやっていくかを考える。
つまり、一つの時点を切れば、成長したり、衰退したり、変化したりする組織、人工物、
生物などが共存している。もちろん、単に分類することが問題ではなく、これら多様なも のが相互作用しつつ社会が形成されていることの理解が必要である。つまり、システムの デザイン過程、変異する過程の探求が必要である。そこにおいて、企業がある程度維持し つつ成長していくポイントを考察する。実際に何が行われているかを調査しつつ、新たな 概念的枠組みを取り出す。
制度やシステムをーから作り上げていくことが問題になっているのではなく、予め、制 度、システムがあった上でどう対処していくか、ということが問題だ。これは、基本的に 文脈依存に、歴史依存になってしまう。ここでは、センサーをつけて、少しずつ改変しう る「うまい」仕組みを作るというのが、抽象的な言い方では当たっている。例えばセンサ ーということでは、現存の制度の中で、慣習とインセンテイプとして何を考えるか、が問 題となる。情報流通のコスト、企業内教育、物と金の流れ、法と慣習、倫理の問題、社会 心理における信頼問題などを狙った調査研究を行うことが必要とされる。
科学技術の発展には、自然科学の研究だけでなく、組織や政策的な支援が必要なのは当 然である。社会のメンテナンスは、個別的な科学技術のメンテナンス技術の開発だけを問 題にしてはいない。人工物だけでなく、社会そのものが、時間的存在で生成消滅する。だ からこそ、企業や制度に関わる研究者との連携が必要となる。しかも、社会調査を行い文 献研究を行うだけでなく、マクロな見通しを得るために、理論経済学者、経営学者、工学 者や哲学者との共同研究を行うのが本調査研究の特徴となっている。多様な分野での調査 研究をすることが、我々の研究提案の一つのポイントである。
第4節応用的展開の可能性
このような考えに従ってアイデイアの展開を行おうとすると、どういうものが考えられ るだろうか。
このような方法論を基にしてどのような具体的研究が可能であるかを例示してみよう。
まず、
(1)組織の長期存続理由に関わる事例調査という分類例を考えることにする。
①「創業型企業と老舗企業の組織変革プロセスの比較」 4)というテーマで、高瀬武典は次 のような研究プログラムを提案している。
創業型企業の場合には、そもそも「メンテナンスすべき定常型」そのものが明確で
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー‑ (齊藤)
はないため、環境への適応はつねに「ダイナミック」であることを要求される。それ に対してある程度の組織年齢を重ねた企業の場合には、「メンテナンス」すべきシス テム形態が比較的明確に、組織当事者にとっても認識されているものと思われる。
そこで、両者を比較することにより、どのようなプロセスをたどって「メンテイン すべき定常型」が形成されるのか、そしてこの定常型の形成にあたってどのような危 機的局面が創業型企業に訪れるのか、また老舗型の企業の「メンテナンス」を「ダイ ナミック」に行うための方策は何か、などについて事例研究を通じて探求していく。
②「第二創業とダイナミック・メンテナンス」 5)というテーマで、大西正曹は次のような 研究プログラムを提案している。
産業集積地の新規分野の挑戦のプロセスは既存分野の見直しから始まる。もてる経 営資源をいかに再構築するか、これをダイナミック・メンテナンスの視点から分析する。
さらに地域活性化のモデルを提示する。さらに、第二創業の視点からダイナミック・
メンテナンスの有効性を検証する。そして、メンテナンスを新たな産業(生活創造産 業)として見る視点の確保するための根拠を探る。
③「NPO論とダイナミック・メンテナンスの調査研究」 6)というテーマで、橋本理は次の ような研究プログラムを提案する。
既存の公共領域(公私混合領域を含む)における組織制度の疲弊に対して、「市民 参加」形態というダイナミズムの注入が行われる。この点を考察するための素材とし て、介護保険制度下の市民活動団体・NPOの存在意義の検討(既存の行政・社会福祉 法人の役割との比較、営利企業との比較)環境問題に対する市民活動団体・NPOの存 在意義の検討といったものがある。
「公共空間」の組み替え・再構築(ダイナミック・メインテナンス)の可能性を考 察することが必要になる。
④「技術革新と経済的パフォーマンスの関係の調査分析」 というテーマで、舟場拓司は 次のような研究プログラムを提案する。
1990年代後半、日本およびヨーロッパで成長が停滞しているにもかかわらず、アメ リカは著しい経済成長かつまた労働生産性成長の加速を遂げた。この加速自体の大き さの計測について論争があるものの、その加速が何に依存するかについては一致した 見方がなされている。源泉はIT技術、いわゆるニューエコノミーである。
わが国では、 1997年4月に消費税率引き上げに始まる、失政によって、成長が阻害 された面があるが、なぜ経済的パフォーマンスがこれほど振るわないのかについて、
疑問を抱かせる。 90年代はそれ以前と比べ、技術革新に対してなんら変化が認められ ない。つまり、特許申請数にしても特許申請数のうち認可された割合にしても、ある いは研究開発費の点でも、わが国がJapanas Number Oneと賞賛されていたときと変 わらないのである。
また、アメリカの成長加速がITによるならば、 IBMと互換のPCを使い、マイクロソ フト製のOSが普及しているわが国でなぜ成長が加速しないかはなぞである (Robert Gordonの指摘)。
技術革新が経済的パフォーマンスにどのようなかかわりを持つかを解明することは、
わが国の制度を新しい世界のゲームの仕方に合わせるために欠かせない作業であると 考える。
⑤「高業績維持企業と新興高業績企業における人事労務管理制度の比較分析」 8)というテ ーマで森田雅也は次のような研究プログラムを提案する。
企業組織においては、組織の存続•発展のために人事労務管理諸制度を整備しなが らヒトという経営資源を絶えず最適に配置できるよう取り組んできている。これは、
組織における人的資源のダイナミック・メンテナンスと捉えることが出来る。長期間 にわたり高業績を維持し続ける企業と近年起業し高業績をあげている企業の人事労務 管理制度を比較することにより、人的資源のメンテナンスのあり方を分析し、年功的
システムに変わる新しい人的資源管理システムのあり方を検討する。
次の大きな分類例は、
(2) 人工物のリスクを補完する組織の調査 ということになる。
①「事故の調査とその組織的対応の調査」というテーマで、齊藤了文は次のような研究プ ログラムを提案する。
人工物の事故というテクノロジーの問題は、社会制度によって補完されることによ って緩和される。事前の規制、事後の損害賠償、さらに専門家の養成がそれに貢献す る。さらに、事故調査を行い、失敗知識の伝承に関わる事例を集めることによって社 会的知識の改善が行われる。このような知識を所有しているのは多くは「組織」であ り、だからこそ、知識の伝承や規制を守る行為を行っているのは組織である。この意 味で制度の生死は組織のメンテナンスに依存している。だからこそ、組織内の知識伝 搬、教育も含めた調査とその分析、概念的構築が課題となる。
エンジニアの倫理という個人の倫理よりも、企業行動の倫理という安全文化を維持
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー(齊藤)
する組織づくりの方法論の研究が必要である。
②「企業倫理とダイナミック・メンテナンス」,)というテーマで、橋本理は次のような研 究プログラムを提案する。
既存の企業組織制度の疲弊、頻発する企業不祥事。そのため、「外部」からの監視 というダイナミズムの注入が必要とされる。事例研究の素材の素材としては、社会的 責任投資 (SRI)、外部監査役、株主オンプズマンなどが挙げられる。ワークマンシッ プ(技術者の意識、製作者本能)の再評価その他の組織の調査、さらにアンケート・
ヒャリングを通じて、組織のメンテナンスの事例を集めることが課題になる。
次の大きな分類例は、
(3)人工物のメンテナンスの問題領域の調査 である。
①「人工物のメンテナンスの調査」 10)というテーマで、北詰恵ーは次のような研究プログ ラムを提案する。
各企業において、人工物が本来求められている性能やサービスを維持するために、
日常的に行われている行動様式やコンセプトを中心に、アンケートやヒアリングを通 じて調査する。その際の視点は、構造物の非代替的な日常機能とそれに対立するメン テナンスとの整合性、複雑化した構造物の部分に対するメンテナンスが総合的な機能 に及ぼす影響、不確実な外部環境に対して行ってきたリスク・マネジメントの考え方、
などを想定している。
最後の分類例は
(4)信頼と社会組織の機能に関する調査・実験研究である。
①「不確実性下における人間の行動パターンと社会組織のメンテナンス」lllというテーマで、
与謝野有紀は、次のような研究プログラムを提案する。
不確実性下における人間の判断の問題は、理論的に「信頼」めぐる問題として整理 されつつある。他者(あるいは機械、設備など)が果たす機能に対する信頼感の多寡 は、制度運営の効率性に重要な関連をもつことが知られている。企業組織、 NPOなど の組織、あるいは地域社会、学校などの果たす種々の重層的機能が、信頼(あるいは 信頼のネットワーク)によってどのように異なるかを明らかにするために、インテン シブな聞き取り調査や面接調査を行い状況に応じて変化可能な柔軟なネットワーク構 築のモデルを形成する。また、これらのモデルの有効性を実験室実験状況あるいは
agent based modelingなどによるコンピュータ・シミュレーションを通じで検討し、
さらにモデルの展開を行う。
以上の分類そのものは、恣意的な面を含んでいるが、第一は、イノベーションと結び付 く組織の研究であり、第二は、テクノロジーの負の側面に関わる組織の研究であり、第三 は、技術の現場でのメンテナンスを行う組織の研究であり、第四は、モデル化を含めた人
と組織の研究である。
アイデイアは具体的に展開されることによって、問題領域や適用領域の拡張が行われる。
だからこそ、これらの具体的な調査を行い、それを分析して、統合的観点を形成すること を目指そうとする。様々な専門家、様々な学問分野との連携を行い、そこに共通した見方 や課題をさぐることが必要になる。基本を残しつつ、どのように維持管理するかというダ イナミック・メンテナンスの手法を、歴史的方法、社会調査によるデータ、理論モデルの 提案に基づいて構成し、制度設計につながる総合的視点を提供する。
第5節 プロジェクトの目指すもの
発明、発見、創業に、また逆に廃棄物処理、企業整理に焦点の当たっている時代に抗し て、メンテナンスの研究は、人工物の維持管理、組織の守成に焦点を当て、そこにおいて 政策的対応が必要となる問題の明示化を試みる。
人間も企業も人工物もそのライフサイクルにおいて、産出時よりもその維持にこそ時間 とエネルギーを費やしているのが現実である。にもかかわらず、これらは通常の過程であ ると見なされ、またそれぞれの歴史にも依存する個別的なものと見なされて、余り分析が 進んでいない。だからこそ、一つのパースペクテイプから、統合した研究の流れを取り出 すこと、そしてそこから方法論的な見通しを取り出し、政策的な課題を取り出すことが必 要とされるのである。
また、イノベーションや廃棄物処理は、国民的合意が得られた大きな課題であり、それ に対する政策的な対応も進んできている。産学官連携会議も行われ、知財学会も立ち上げ られている。しかし、メンテナンス、守成といったものの総合的な制度設計は行なわれて いない。だからこそ、その問題を明示化し、統合的な対処をするための、パイロット研究 は、現在始めることが必要である。
また、人工物のリスクに関する組織の役割をその組織の存続可能性とからめて考察する
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー(齊藤)
ことはこれまでは余り行われていない。事故を起こす科学技術を単に排除するのではなく、
それをある程度認めた上で、社会の中に位置づけるときには、科学技術を補完する存在と しての組織の分析と評価が必要になる。そして、ここで必要になる組織は、常に変転する ものではなく、ある程度同一性を保持し、知識の伝承がうまく行われるものでなければな らない。この意味での組織研究も重要な研究分野である。
イノベーションをめぐる研究と実践を補完するものとして、組織のメンテナンスが重要 である。また、科学技術の負の側面には、制度や基準が作られることによって社会的なコ ントロールが行われてきた。しかし、その制度を実効あるものとするためにも、行為者と しての組織のあり方を考える必要が生じる。この意味で、ダイナミック・メンテナンスに 基づく組織研究は、科学技術を文脈として含んだ現代社会において、必要とされる研究と なる。
持続可能な社会を実現するためには、稀少物質の使用量を減らしそれをリサイクルする 仕組みを作るだけでは不充分であろう。そのような文化を保持し、方法に関する知識を伝 承する組織が存続する必要がある。この意味で、ダイナミック・メンテナンスというキー ワードを使って、持続可能な社会を実現するための一つの重要なファクターを解明し、研 究するプログラムを提示したいと思う。
これが社会システムをデザインしようとする研究の一つの方向性である。
附論
以上の研究の梗概に加えて、技術的なメンテナンスがどのように行われているかを概観 する。そして、一般化できる論点を取り出す。それによって、(正の面でも負の面でも)
科学技術の発展した社会において、ダイナミック・メンテナンスという考え方を組織に導 入する場合のヒントを見つけていきたい。
原 発 に つ い て (1)
日本も最初の原子力発電所をつくつて、 30年は経過している。国内では4基が30年を超 えて運転し、今後5年間で13基が30年を超えて運転することになる。そのために、高経年 化対策が大きな問題になっている。 1996年4月に国は、高経年化対策技術評価を行い、適 切な保全活動を展開することによって、 60年間は安全に運転を継続することが可能だと結
論した。それを受けて電気事業者は、高経年化対策検討手法を提案する。それは、①評価 対象機器を選定、②経年変化事象の抽出、③経年変化事象の評価、④耐震安全性評価 の
4つに分かれる。
① 「機器の選定」では、安全上重要な機器、運転継続上特に重要な機器が中心になる。
② 「変化の抽出」では、因果関係の学術的知見、過去の不具合事例や最近の知見のうち、
機器、構造物ごとに考慮すべきものを選定する。
③ 「変化の評価」では、健全性評価を機器ごとに行い、点検データやプラント運転履歴 を利用した解析を行う。さらに、現状ではどのような保全がなされているか、点検・検査 内容、補修•取替え技術等について整理する現状保全評価を行う。両者を総合評価を行い、
高経年化への対応のための項目を見出す。
さらに、④ 「耐震評価」では、経年変化事象である磨耗、腐食、疲労割れ、劣化などを 原因とした、機器の耐震性に対する影響を個別に評価する12)。
メンテナンスに関する一般的な知見を得るために、考え方を抽出する。まずここでの考 え方は、① 「機器の選定」に関しては、すべての機器を満遍なく扱おうとするのではなく、
運転を継続させるための要因と、事故が起こったときの安全性に関わる要因の両者に分け て特に取り上げているということだ。② 「変化の抽出」において注目すべきことは、学問 的、科学的な知見以外に、これまでの体験に基づく経験も含めている。ただ、科学的に洗 練された点だけが重要とは限らない。③ 「変化の評価」では、(②でもそうだが)機器ご との個別的な評価が必要とされる。そして、現状ではどのようなメンテナンスが行われて いるかを整理している。変化やトラプルは、同種の機器に一様に起こるのではなく、使わ れ方や環境といったものに依存し、個別的歴史的なものとなっている。④ 「耐震評価」で は、直接経年変化によって生じた事象に、別の現実的に可能な力が加わった場合にも問題 が生じないかどうかという、予想可能な影響関係を評価している。
ここで興味深いのは、メンテナンスにおいては個別的な影響関係の評価が必要だという ことである。そのために、過去の事例を知っているということがポイントになる。もちろ ん複雑なシステムを扱ってはいるが、部分的には科学的実験が行われ、限定された期間で はあっても、類似した実機の履歴情報があることによって、近未来の予測は可能となる。
原発について (2)
原発に関するもう一つの例を取り上げよう。いわゆる東電のトラプル隠しと言われてい
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー(齊藤)
るものだ。東電のトラブル隠し問題は、設計時と同じように機器を保たねばならないとい う国の公式の基準は、余りにもきつい条件だという東電側の、またエンジニアにとっての 不満に発していた。国の基準は、設計時、製造時点での安全検査しかなかったために、時 間とともに劣化することになる人工物の必然の運命は全く無視されて、常に新品時の安全 性が要求された。新車に小さな傷がつけば、安全に問題が生じる「可能性はある」ので、
新しい車を買えと命令するようなものだった。だから、東電の技術者は、小さな傷を隠そ うとした。(これは、原発に関して東電が情報の公開を国民に約束していたはずなのにそ れを反故にする行為であった。ただ、その点はここではつつこまない。)
そのために、東電や工学者はアメリカでも採用している維持基準を用いるべきだという 議論を行い、国も結局それを承認した。維持基準というのは、少しぐらいのキズや劣化が あっても、安全に問題がない限り運転していこうという考えに基づいている。これは、自 動車や家や電話などの日常の人工物で私たちがみなやっていることである。ここでの問題 は、現在のキズやトラブルが安全性の問題につながるかどうかを評価することだ。バンパ ーのキズはよくても、エンジンのキズば怖い。
維持基準を満たすために必要な条件は、原発の炉心や配管の傷を精確に知ることである。
それによって、この程度の傷ならまだ大丈夫だが、これ以上深い傷が見つかれば、交換が 必要だということが決定される。そして、東電は原発の損傷検査を超音波探査などによっ て行っていたが、このような非破壊検査(配管を実際に切り取って傷を調べるのではなく、
使いつつ傷を調べる方法、レントゲンやX線CTがよく知られた例)では、実際の傷の長 さや深さを精確に測定できないということが分かったのだ。 2003年春現在、東電が「でん き予報」を出して、電力不足の現実的可能性が生じたのは、この維持基準を使うことにな ったためというのは、皮肉なものである。
これまでは、新品時の安全基準しかなかったために、運転している限りは傷はないもの と見なされていた。そのため、原発をめぐる非破壊検査の技術は日本では発達させられて こなかった。メンテナンスが、必要な時代にあって、実はメンテナンス技術が仕上がって いなかったということが、この夏の停電の可能性を現実的味のあるものにまで膨らませて いる。
鉄道について13)
「メンテナンスは地味な分野だが、 JR東日本技術陣のコア・コンピータンスなのである」
14)と、山之内秀一郎は述べている。山之内は、 GEのウェルチ会長も「21世紀はメンテナ ンスの世紀だ」と語ったとも述べている。
メンテナンスのウェイトが高い企業は、鉄道企業、航空、ガス、化学プラント、鉄鋼な どがある。実は、通信企業にとってもメンテナンスは重要な分野である。自動車整備業も 6兆円の売り上げのある巨大なメンテナンス産業である。
1998年度のJR東日本の財務上の修繕費は約2,400億円、これにメンテナンスに関わる人 件費などを加えると5,300億円程度になり、動力費の8倍にあたる。総営業経費の1/3がメ
ンテナンスのコストである。しかも現在は3Kの職場であって、優れた人材を確保するこ とは難しい。しかも、メンテナンスに関しては、大学での研究例も少ない。
メンテナンスは、初期の段階では、「壊れたものを直す」保全と修理がメンテナンスそ のものであった。しかし、それでは済まなくなる。トラプルが起こって列車が動かないと、
その間は旅客サービスが行われないからだ。だから、故障が起こる前に異常を発見すると いう診断技術が育ってきた。
ここから、予防保全とフェールセーフという 2つの重要な考えが生まれた。「予防保全 をするためには対象となる部分の劣化の進み方を把握し、将来の劣化状態を予測できるこ とが前提となる。」 15)しかし、点検をいくらやっても車両や設備の故障を完全に防ぐこと はできない。だから、鉄道の安全の基礎となる信号システムでは、フェールセーフの思想 が生まれた。「万一、回路の断線や短絡、リレーの不具合などの故障が起こった場合には 必ず赤信号になるように回路を設計するという原則である。」 16)
さらに、エレクトロニクスを使った装置は、故障を事前に予想することが困難である。
だから、予防保全に代わるメンテナンスの考え方として、信頼性分析、寿命管理、モニタ ー管理などの手法が生まれてきた。しかし、まだ体系にはなっていない。
以上の山之内の主張をまとめ直してみよう。メンテナンスは故障が起こった後の修理技 術と見なすべきでなく、予防保全を目指し、そのために測定し予測することが重要になる。
しかも それでも問題の残る複雑なシステムを扱っているために、フェ ルセ フの考え' が必要となる。ただ、予想が容易でない技術が使われてきているので、さらに研究を進め る必要がある。
ここでは予防という論点が重要である。検査し予測することが求められる。
さて、モジュールの考えが入ってメンテナンスの大きな変革が生じた。
「かつての蒸気機関車や線路は対象となる機械や設備そのものがメンテナンスの対象で あり、修理すべきものであった。 1両の機関車の車両や軸受はその機関車固有のものであ
社会システムデザインの実験ーダイナミック・メンテナンス プロジェクトー(齊藤)
り、よほどのことがない限りそれをその他の物に交換することはなかった。
ところが、電気車両、デイーゼル車両などは蒸気機関車とは違っていわば多数の部品の 集合体である。電動機も、変圧器も、エンジンもそれぞれが1台ずつの車両の固有の部品 と考える必要はなく、随時交換して点検修理をすればよい。そうすることによって点検修 理のための時間が目立って短くできる。」 17)
全体のシステムそのものは、代替不可能だが、その中に代替可能な部分、部品を作るこ とによって、従来と同じ機能を果たそうというのである。
この論点を組織に関して適用してみると、専門的知識が標準化されれば、資格を持った 代替要員ができることになり、それは組織のメンテナンスの一つの方向を示すことになる のかもしれない。どの企業にも共通した専門的知識をもっている人は、この意味で求めら れる。問題は、人工物そのものが個別化することにより、それ独自の履歴、歴史がメンテ ナンスには重要になるということだ。
メンテナンスの工学
メンテナンスという思考法について、吉川弘之は、 2つの論点を述べている。一つは、
メンテナンスロボットの概念は外国にはなかったという論点である。二つ目は、メンテナ ンスの考えは生体を意識しているというという論点だ。これには、対談の相手である中村 桂子のコメントが面白い。それは、脳の情報系とは違った遺伝子の情報系にメンテナンス が関与しているという論点である。
第一の論点に関しては、吉川は次のように述べる。
「メンテナンスロボットという概念をつくって、たとえば原子炉の格納容器の中にロボ ットを配置しておくというような、壊れたら直すコンセプトを世の中に提案したわけです。
ところが、意外にメンテナンスロボットの概念は世界になかったのですね。それで、ヨー ロッパのオランダ、ハンガリー、フランスでメンテナンスロボットに関する話をさせられ ました。この場合も、なぜかアメリカには縁がありませんでしたが。
そして、メンテナンスロボットとは何かという話をすると、これが一種のショックを与 えるようなのですね。まずは、けしからんといわれる。メンテナンスを機械化するのは、
労働者のいちばん底辺の仕事を奪うものだという論旨の反論が出るのです。しかし、これ は予想通りの反応なんです。日本と違って、ヨーロッパにはメンテナンスとか道路掃除と かを専門に行う階層が存在しているわけですから。」 18)
第二の生体との対比に関しては、吉川は次のように述べる。
「メンテナンスの考え方はじつは生体を意識しているのです。私は以前から、生物の安 定性と人工系のシステムの安定性は、なぜこんなに違うのかを考えていました。生物は驚 くべき自己を修復する能力をもっているのに、工業プラントなどはまったく自己修復の能 力がない。つまり、われわれのつくってきた技術は根本的に間違っていたのではないかと いう気がしてくる。」 191
この論点に対して、対談者の中村桂子は遺伝子に関する次のような例を加えている。
「生物のほうからいうと、生体はかなりの部分を自己修復に割いているんです。自分の もっている遺伝子を作っていく場合にも、やはり間違いはしてしまいます。でも、遺伝子 が間違っていたらたいへんですから、ちゃんと校正していく。また、紫外線などで壊れた
ときも修復します。」 201
「遺伝子に紫外線が当たるとか、外から化学物質が入ってきたときなど、ある確率で必 ず遺伝子は壊れるんです。結合が壊れてしまうわけです。
もし壊れたらそれで終わりではお日様にも当たれない。ということは、つねに壊れを直 していないと、遺伝子は存在し得ない。あれだけの高分子を基盤に、生きていくために、
壊れないようにするのではなく治す構造を作るわけです。」 21)
つまり、作ったらチェックをし、間違っていたら切り取ってもう一度やる、そういう仕 組みが作られている。最初から完全なものをつくるのではなく、生体はメンテナンスにカ を入れている。完璧な設計や計画がポイントではなく、環境の変化の中で生き残るための 戦略がポイントだと思われる。
そして、中村桂子はさらに次のような指摘を行っている。
「情報としてみたときには、抗体を作りましょうというような遺伝的な情報系と、脳を 動かしている情報系とは、違うんじゃないかと思う。だから遺伝系で考えると、単純なも のをいっぱいそろえておこうということになるけれども、脳の情報系はそれでよしとしな い。つまり「それでは面白くないよ」という。脳の情報系の基本的な在り方は可塑性です から、遺伝的な情報系の在り方とは違うんじゃないかという気がするわけですね。
いまの工学を中心とした産業社会は、完全に脳のほうの情報系から成り立っていますよ ね。工学系ではなされていなかったメンテナンスというような場所に、科学技術と自然と のぶつかりあいが生じてくる。それは、じつは脳の情報系と遺伝子の情報系のせめぎあい、
ぶつかりあいなのではないかという気がしてきます。」 22)
知的好奇心、創造に関わる情報の問題領域と、生存のために世界を知り、それに対処す