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メイ「企業利益と物価水準に関する会計学的研究」

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(1)

その他のタイトル Theoretical Structure of Inflation Accounting by G. O. May

著者 清水 宗一

雑誌名 關西大學商學論集

巻 1

号 1

ページ 69‑96

発行年 1956‑04‑01

URL http://hdl.handle.net/10112/00021883

(2)

る所は彼自らもいつている如くに︑

メイ﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

な提案の基礎となるだろうことを希望している︒本書の意図す

﹁過去及び現在の事情にか

同研究会によって考究され︑同研究会が行いうるであろう明確

一解決法としての表示形式

企業利益概念の統一化の可能性

"  

書である︒彼は本書でいくつかの個人的見解を主張し︑それが

n企業利益研究会によって考察される特殊問題

ここに紹介しようと

いての研究に指導的役割を果した︒同研究会の研究成果は数部

( 2 )  

の研究報告書として発表されてきたが︑

するメイ﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

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1949.)もまたその中の︱つであって︑一九四九年に彼

が同研究会の需めに応じて彼一人の責任において作成した報告

直日常取引への原則の適用 一九四八年以来

A . I .

Aの企業利

益研究会の研究顧問として物価水準の変動と企業利益算定につ

るのち︑いかなる手続によって損益計算書がより一層価値多き

ものとなるかを考察せんとするにある︒﹂

( P.

2)

4る意図を

もつ本書の本文は

今日の財務会計の基礎

会計の公準又は規準

臨時的項目の処理

試験的提案

( 1 )  

ジョージ・オ・メイは︑ 計の概念・公準・コンヴェンションを批判的に検討し︑4

メイ

かわらしめ︑叉企業利益の報告書の利用にか4わらしめて︑会

﹁企業利盆と物価水準に関する会計学的研究﹂

(3)

の四者と︑さらに引用著者名及び文献の索引とが付いており︑

これらの利用価値も少くない︒

以上のように一応各部に題名が付されてはいるが︑各部の内

容は雑然としていて全体としての体系的論理的論究は必ずしも

明瞭とはいえない︒そこで本稿では︑原著を適当に解体し︑各

部の各箇所の相互関連を把握して思考の関連を完成し︑

九年前後数年間の彼の諸論文を手懸りとして彼の思考を確認

し︑帰納的に彼の論理的構造を筆者なりに描き出してみようと

( 3 )  

(

1 )

企業利益研究会の研究顧問の他に︑

A.I.A

取引所共同特別委員会委員長︑衛語委員会委員長︑会計手

"  

> `  

IV 

メイ﹁企業利益と物価水準に詞する会計学的研究﹂

の全九部から構成されており︑更に巻末に付録として

イギリス所得税における財産消耗

連邦動力委員会統計からの損益計算書の抜率

州際商業委員会統計からの損益計算書の抜芋

国会の課税委員会へ提出された当座原価による減価償却

提案

文献目録

I A . I .

A会計手続委員会への損益計算書小委員会の報

接頁数を付しておく︒ することは却つて煩雑であるので引用又は参照の箇所に直

( 3 )

本書よりの引用又は参照は相当多きにのぼり節末に注記

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W•Knauthであったとメイは語っている。

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19 52 . 

続委員会副委員長︑全国経済調査会珊事長︑アメリカ経済

学会副会長等の指導的地位を歴任し︑アメリカにおける財

があり︑数多 務会計の発展に重要な貢献をした︒その著書には本書の他に ︑

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(1 93 6)

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(1 94 3)  

の論文を会計及び経済関係雑誌に発表している︒彼の学説

は︑我が国でも高く評価されており︑主著

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は二十世紀前牛における有数の名奢である︒

(2)A•H•Dean,

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この最後の報告書の最初の草案の作成にあたったのは自分

(4)

﹁今日の財務会計の基礎﹂と題する第一部は種々の問題が取扱 われているが︑初めの数頁に論ずる内容は﹁価値と原価﹂に関 するものであるように思われる︒彼は︑

とが一般的であったこと︑

﹁伝統的な原価主義会

計概念が過去と同様今日も正しくあてはまる⁝⁝﹂と説く或る 書簡の文言を引用した後︑﹁自らの経験又は研究のいずれかに よって過去五十年に亘る会計史に精通しておる人なら誰でも︑

原価主義会計が英米のいずれにおいても伝統的であるという見

( 1 )  

( P.

3)

と冒頭し論を進めている︒彼は︑

( 2 )  

ディキンソンの﹁会社の利益﹂と題する論文︑

A.I.A

証券取引所共同特別委員会がニュー・ヨーク株式取引所に宛て た一九三二年九月二二日付書簡から相当長い引用をしている が︑それらの言葉についてなんら特別の説明を与えていない︒

我々の解す所では︑彼がこれらの言葉をかりて︑かつてほ会計 の価値的接近が有力であり︑会計を評価の手続として述べるこ

産業の機械化や会社組織の拡大化 につれて価値的接近が実行しえなくなり原価的接近が不可避的

(3) 

となってきたこと︑をいわんとしているように思われる︒更に 彼は︑共同特別委員会が提案した五原則中の実現主義原則をと メノー﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

もっといえよう︒

解せられる︒かくして第一部の初めの数頁に展開されている論 とを述べたという を用いることが適当であり︑恐らく好都合であろう︑というこ はない﹂時には︑固定資産の帳簿上の原価の代りに新しい価値 するその会社の会計責任について測定された意義ある大きさで が﹁会社資産の記録された貨幣的価値がも早これらの資産に関

(P .6 )9

ここでは彼は上記の言葉をかりて価 値の導入の問題︑原価主義からの離脱の問題を指摘していると 述は彼が明言しないにせよ﹁価値と原価﹂の問題として把握し うるであろう︒このことは本書のテーマに照して重要な意味を ここで特に我々の興味をひくのは彼が会計専門家の利益概念 をとらまえて之を批判している点︑とりわけ今日最も有力な損 益計算を費用収益対応の過程となす見解を排撃していること

で︑この点に関する彼の見解をきこう︒彼はいう︒﹁﹃対応ー 月二十日付報告において同様な立場をとったとなし︑その報告 A.I.A

会計手続委貝会が執行委員会への一九四五年十

らえて︑この原則で﹁同委員会は︑帳簿価額を上向きに修正す ることが不当であるということを提案したのではなく︑か

4

修正が行われるとしてもそれがために損益勘定への貸記が生じ てはならないことを提案したにすぎない︒﹂︵

P. 6)

(5)

とによって収益賦課を決定しコンヴェンションにもとづいて原重の原則を根拠としてその原価の発生する時に収益に賦課され 意的なものもあり又大いに異った結果を生ずる可能性のあるであるが

(P

.

67) 

(b

)

( C )

4げる項目に資産と

計期間への配分はコンヴェンションー性格において非常に任

メイ﹁企業利益と籾価水準に関する会計学的研究﹂

"

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及び﹃関連せる﹄

" r e la t e d"

という用語には︑会計機

能は単に原価を︑特定の収益との自然の関係を基礎として分類

するにすぎないのだとの見解が示唆している︒⁝⁝しかし︑原

価を綿密に精査する時には︑特定の収益又は或る特定の期間に

当然賦課されるべき原価又は原価の一部が純粋に事実的な基礎

にもとづき︑従って又どんな会計コンヴェンションをも適用せ

ずに決定されうる場合は比較的少いことが明白になる︒﹂

(P .1 2)

と︒又いう︒﹁⁝⁝損益計算は大体において費用収益対応の過

程であるという損益計算の定義は︑会計家の仕事の複雑性をあ

まりにも過小評価しており︑他面において会計上の利益決定に

ついて附されてきた或るいほ附されるべき意義及び単一客観性

を誇張する結果となりがちである︒しかも事実は︑原価の各会

者択一的方法を許すものもある1

(P .1 3)

と︒要するに︑損益計算を費用収益対応の過程となす定義に対

する彼の不満は︑か4る定義によって︑会計家の機能がクリケ

ット試合の得点記録係の機能と同様に事実の記録分類に限られ

るように誤解されやすい︑会計コンヴェンションを適用するこ

価を配分するのが会計家の機能であることがぼやかされてしま

う︑という点にあるように思われる︒そして︑か4

第一部冒頭における歴史的原価は伝統的でないという主張の論

( 4 )  

理的帰結であると解せられる︒

次に︑慎重の考慮にもとづく収益賦課によって対応過程が補

足されるという見解を彼がいかに考えているかをみるに︑彼は

(P ru de nc e)

にもとづいた収益賦課という

ことで条件付をするだけで︑損益計算を費用収益対応の過程だ

との定義を承認する人々は︑この条件の中に

( a )

棚卸資産への

低価主義理論の適用

(b

)

広告費又は販売費の即時賦課

( r )

試験研究費又は開発費及び他の項目の即時償却実践︑を含める

(P .1 3)

と︒かく論じてはいるが︑それ以上の説

明を与えていない︒彼は低価主義については之を支持するもの

しての会計的認識を否定し即時に費用に計上する見解は之を排

斥しているように思われる︒即ち︑第二部で﹁将来における分

配を確保叉は増進せんとして行われる支出には資産としての会

計的認識が否認されてきた﹂ことを疑問視し

( P.

23)︑第三部

で﹁便益が一会計期間以上に亘ると予想される或る原価が︑慎

(6)

るのが慣例である︒これらの原価中には宣伝費・創業費・試験

研究費がある︒無形資産に附される重要性の不断の増大は︑か

iる項目の取扱いにおける現存の実践︵資産としての会計的認

か否かという問題を提出しておる︒﹂

(P .2 8)

と説いている点か

き無形価値に資産としての会計的認識を与えないで即時に費用

に計上する見解を支持せず︑むしろそれを排撃しているように

( 5 )  

彼はA.I.A術語委員会が述ぺたる﹁会計とは︑少くとも

或る程度までは財務的性格を有する取引及び出来事を︑意義の

ある方法でかつ貨幣によって記録し分類し綜合し︑かつ其結果

( 6 )  

を解釈する技術である︒﹂という言葉をとらまえて︑﹁⁝⁝会

計は漸次的過程及び蓋然的事象をも認識せねばならない。…••

会計の解釈は必ずコンヴェンションにしたがつて行われるので

あって︑単に事実的な基礎に拠つて行われるのではない︒﹂

( P.

1 4)

と述べ︑漸次的過程及蓋然的事象の認識をも会計機能に含

め︑会計の解釈がコンヴェンションにしたがつてのものである

ことを指摘している︒

メイ﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

(1 )

歴史的原価主義が伝統的であるという見解には根拠が らみて︑慎重の考慮にもとづいて

(b

)

及び

( C )

にあげる如

を償却するという概念には伝統的な背嚢がないとし︑

﹁ 取

ないと彼がしきりに主張するのは︑低価主義と取替法的思

考に彼が着目するからである︒

彼は﹁低価主義原

則は歴史的原価主義が伝統的であるという主張を無力化す

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  443.)

と語り︑又︑原価

替法的思考が原価償却の概念と共存してきたし今も共存し

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とも語っている︒

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よれば︑ディキンソンはこの論文で︑会計実賤は益々原

価に頼りつつあるけれども︑会計実賤は価値を無親できな

いことを明にしたという

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  438.)

(3 )M ay

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i al  •FinancialAccounting~〔以下と略す]

P .  8.

4る意味の締述がみられる︒

る ﹂

(7)

彼はこの定義を主著第一章冒頭にか4

教授が﹁会計利益と実質利益の問題﹂︵会計第六十五巻第

(5

)

本書で論及されている慎重の考慮については︑平栗政吉 メイ﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

(4

)

我々のこのような見解は︑彼の次の言葉によっても又そ

の裏付けをうるであろう︒即ち﹁歴史的原価の伝統が現に

行われていてそれが会計を事実的客観的にしているとの仮

定を我々が承認するとすれば、会計家の機能が…•••クリケ

ット試合の得点記録係の機能に似ていることを認めねばな

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1 95 2

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4 43 .

) と ︒

三号八六頁︶において関説される所があった︒乍然︑筆者

は︑その解釈の仕方で同教授とはかなり異った見解をとる

こと本文中にみられるごとくである︒

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  6 7.

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﹁会計の公準及び規準﹂と題する第二部は会計の公準及び規準

さらに概念上の問題のうちで特に企業利益の決定と密接な関連

立していることに若干の興味をつなぎうるだけである︒ をもつものだけにつき説明を加えているのである︒まず最初に一般的な継続企業

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と継続性

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との二

つの公準があげられている前者は︑企業の永続性︵百

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の仮定として述ぺられてもいるが

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ここでは次のようにいう︒﹁会計の最も重要な公準の一っは︑

しばしば継続企業概念として述べられている公準である︒財務

諸表は︑企業が解散されるべきものであるという基礎にもとづ

いてではなく︑企業が継続企業であるという基礎にもとづいて

作成されねばならないといわれている︒﹂

( P. 2

1 )

ィクシーの﹁或る企業の真の利益ほ︑永続的基礎にもとづいてそ

の企業を経営する全部の費用を控除したのちに残る剰余であり

( 1 )  

うるにすぎない︒﹂という言葉の﹁永続的基礎にもとづいて﹂

という辞句にこの公準があらわれているという

( P.

2 1)

性の公準については︑﹁第二の重要な公準は︑或る年度の損益

計算書が継続的な統合された連続の一部分とみなされるべきで

あるという公準である︒﹂

(P

.2 1

)

というのであって︑別に一般

の場合と変ったところはない︒ただ彼の主著では︑貨幣単位安

( 2 )  

定の公準と継続性の公準とがあげられているが︑本書では貨幣

( 3 )  

公準を第二部からはずし︑その代りに継続企業公準を明確に樹

(8)

さて︑次に彼は﹁或る企業の資産又は経済的資源は有形無 形の財産上の権利である︒最も一般的に有用な財務諸表は︑資 産の取得時に確定され記録された原価にもとづいて︑企業の資 産の取得及び処分を報告するのである︒その資産に対する企業 の会計責任の記録としての原価の重要性は︑できる限り客観的

と論ずる

A.A.A

の一九四八年﹁会計韮準﹂の言

葉を引用し

( P.

22)

この一節は︑当然考慮すべき利益会計上 の公準につき次の三点を示唆しているという︒三点とは︑第一︑

有形資産と無形資産との取扱上の相違︑第二︑会社

(c or po ra ti on )

の会計と企業

(e nt er pr is e) の会計との関係︑第三︑﹁客観的 証拠﹂という表現の意味及び﹁客観的﹂証拠にもとづく時にの み会計記録を行うべきだという考えと﹁客観的﹂という語の恣 意的な不当な解釈とに起因する利益算定の有用性の阻害の可能

性︑即ち之である

( P.

23)

︒しかして︑彼が比較的詳細に論述を 展開しているのは第一及び第三である︒まず︑第一の点につい ては彼が何を有形資産と無形資産との取扱上の相違と考え︑そ ういう取扱上の相違をいかに考え︑叉︑それが利益会計の公準 とどういう関係にあると考えるのかをみよう︒彼は生産的施設 を作り出すための支出が資産としての会計的認識を当然うけて メイ﹁企業利益と物価ホ準に関する会計学的研究﹂

な証拠にもとづいてその額を決定することを不可欠なことなら

七五

には何の妥当性も権威もないことを強く主張している︒即ち彼 これは注目すぺき見解であるが︑なお彼は上記の如き提案自身 企業利益の産出に不可欠であるとなし︑かつ︑ 相違の一っと解しているようである︒彼は販売も生産と同様に 又は増進せんとして行われる支出には資産としての会計的認識

んとして取得される無形資産への投資価値が消失する時には生 産手段の価値も減少する事実﹂にかんがみ︑右のごとき支出に 資産としての会計的認識を否認することを疑問としている

(P

.

33)︒だが︑彼の指摘する右のごとき有形資産と無形資産との

取扱上の相違及びそれに関する彼の主張が︑利益会計の公準と どういう関係にあるかについては彼の所説からは明らかでな い︒更にまた︑買入れによって取得された無形資産の原価の償 却を良き一般的な会計実践は要求しているとの有力な提案があ ることを指摘し︑そこに彼は有形資産と無形資産との取扱上の 相違を来す一因が潜在していると解する如くである

( P. 24

)

﹁限定された期間だけその価値があるものと考えざる をえないような事情の下で無形価値が購入される場合があるこ

とは勿論であり︑か4

る場合には事業会社の利益の測定におい

が否定されてきたことを以て有形資産と無形資産との取扱上の よいと伝統的に考えられてきたのに︑将来における分配を確保

(9)

メイ﹁企業利益と怖価ホ準に関する会計学的研究﹂

てその投資額の償却を行うべきである︒乍然︑

( P.

24)

と ︒

一般に企業利益

概念を定義するさいに利益の流れが将来消滅する可能性に対す

る準備をば費用の中に含めることは望ましくないようである︒

﹁この結論は︑次の二つの事実即ち

H一般に会計は企業の継続を暗黙の裡に仮定しているという

事実︑口減価償却会計は︑当該財産の価値がその財産それ自

体の能率の減損に因つてではなしにその財産を使用する産業の

経済的陳腐化の結果として減ずるかもしれない可能性のための

準備を含むものではないという事実を考慮することによって一

(P

.2 4 )

としている︒本書第三部

(P .3 2)︑主著

( 4 )  

その他における彼の所説と結びつけてみると︑右の結論は次の

ように解釈されよう︒即ち︑有形資産の減価償却は︑継続企業

公準を基礎として行われる︒それゆえ︑当該資産の有効寿命を

見積るさいに︑企業が収益をあげえなくなるとか他の原因で廃

業されるとかによって資産の有用性が将来終つてしまう可能性

を考慮するには及ばない︒とすれば︑無形資産についても継続

企業公準を基礎として償却を行うべきである︒存続期間の限定

されている無形資産の原価は有効期間に亘り償却するぺきであ

る︒乍然︑存続期間の限定がないような無形資産については︑

利益の流れが将来消滅する可能性に対する準備を費用の中に含

形資産との取扱上の相違がなくなるのである︒以上のように考

えているのではなかろうか︒

第三点︑客観的証拠に関する彼の見解をきこう︒彼は﹁辞書

を調べた処で︑﹃客観的証拠﹄という表現を有用な会計上の規

( c r i

t e r i

o n )

たらしめる如き﹃客観的﹄という語の意味は全然

(P .2 5)

と述ぺ︑客観的証拠を会計上の

規準とすることを排撃する︒c

e ri o

n という語については何

等の説明をも与えていないが︑公準又は規準と同じ意味をもた

せているように思われる︒彼によれば︑会計上の決定の基礎と

しては評価よりは原価の方がよいと考えて原価の使用を支持す

る議論は︑原価は客観的証拠であり︑評価は客観的証拠でない

との根拠に主にもとづいているという︒乍然︑彼はか4

には迎合せず︑客観的証拠でないとされる評価にもとづいて往

々会計家が会計を処理することを余儀なくされる事実を指摘

ちなみに第二部で示されている継続企業公準が本書のどこに

どのように具象化しているかをみるに︑後述するように第一ー1 いく解答のえられぬ問題であるとしている

(P .2 5)

し︑会計実践で何を客観的証拠とみなすべきかは即座に納得の さいには償却する必要はない︒かくしてはじめて有形資産と無 めることは望ましくない︒超過収益力が真によく持続している

(10)

て之を拗棄せんとしていることを意味する︒凡ての牧益と

せんとしているように思われる︒

的なものでもないことを︑固定資産と棚卸資産とについて論証 て述べられている

( P. 32 )

他︑第六部では︑継続企業公準の下

に利益が計算されるとすれば︑完全な維持が企業利益の創出に

( P.  

6 2 . ) 継続企業公準に論及されているのは右に指摘した箇

所だけであるが︑第五部︑第七部︑第九部の議論においてもこ

の公準が当然前提とされているように思われ︑本書の構造の基

礎をなすものといえよう︒これ︑継続企業公準が第二部に予じ

め設定されなければならなかった所以である︒継続性公準は第

三部の冒頭にあらわれる以外どこにもあらわれず︑前の公準ほ

どの重要性はない︒

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2 27 .

 

なお︑主著における公準の

(2

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  4 6

, 50 .

 

論議については佐藤孝一﹁現代会計学﹂七0頁︑高桧和男

﹁価格変動と資産会計﹂二七頁などを参照︒

(3 )

貨幣単位安定の公準が第二部の公準論議からはずされて

いるが︑このことは彼が本書で貨幣公準の欠陥を認識し

牧益賦課とが同一の購買力単位で表示される利益算定が︑

メイ﹁企業利益と物価ホ準に関する会計学的研究﹂ ェンショナルな会計原則の選択適用において主観的判断力を行使するにあること︑歴史的原価主義が伝統的なものでも︑基本 が︑事実の記録という如き単純なものではなく︑性格上コンヴ まずもつて必要であるという意味の主張となってあらわれる では︑企業の寿命が償却資産の寿命よりも永続きする仮定とし

﹁日常取引への原則の適用﹂と題する第三部は会計家の職能 貨幣価値の変動を無蔵する貨幣的利益算定より以上に価値があると考え

( P.

6 9)

︑貨幣的利益概念を排斤して実質

利益概念を有用親する

( P .

80

8

1)

彼であってみれば︑貨

幣公準即ち貨幣価値の変動を無謁してさしつかえないとい

う公準の欠陥を認めるのは蓋し当然といわねばならない︒

乍然︑彼は︑貨幣公準を拗棄する提案に論い反対を予想し

て︑貨幣公準拗棄の提案は公益企業を除いて一応職制的で

あってはならないとしている

( P.

73)

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(11)

メイ﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

彼は将来の収益又は将来の期間に当然賦課しうる原価を︑い

固定資産︵多年の期間に亘つて収益に賦課しうる原価︶②棚

卸資産︵通常比較的短期間の中に収益に賦課される原価︶⑧繰

延費用︵会計目的上大ていの点で②に類似すると考えてよい︶

の三項目に類別し

( P.

2 8 )

︑い及び②について会計過程の作

用を説明している︒①については減価償却をとりあげ︑

de pr e

g

という語が取得原価の切崩しという今日最も一般的に利o n

用されている意味以外にも用いられてきたことを指摘した後

( P.   29

)︑﹁減価償却会計に関する記述﹂という見出しを設けて

論述を展開している︒以下それを辿つてみよう︒

﹁生産手段に対する支出をいかに処理するべきかを会計家が

決定するよう要求されたときに︑彼にとつての問題は次の如く

い原価を減価償却会計によって切崩すべきかまたは

直ちに収益賦課分として取扱うべきかの決定︒⁝⁝⑨減価償

却法を用いねばならないとすれば︑いかなる方法︑たとえば直

線法・逓減残高法・年金法•さらに使用量基準法等のいずれを

選択するべきかの問題が生ずる︒⁝⁝③減価償却が各単位に

個別に適用されるべきか︑それとも同種の単位のグループ別に

取扱うべきかの決定︒⁝⁝④その財産にいか仕どの有効寿命

があるとみなすべきか︑いくらの減価償却率を用いるべきかの

決定︒これは部分的には有効寿命の概念内容をいかにみるかに

4つている︒⁝⁝⑤最後に︑もっとも重要なことだが︑企

業の寿命が償却資産の寿命よりも永続きするだろうから有効寿

命を見積るさいには企業が収益をあげえなくなるとか或る.いは

他の原因で廃業されるとかによって有用性が将来終つてしまう

可能性を考慮するにはおよばない︑という公準を会計家が承認

(P .3 03 2)

とし︑ごく簡単にそれぞれ

の判断ないし従前の慣例についてふれ︑結論として﹁今述べた

ことは︑⁝⁝会計過程が事実を記録する過程にすぎないという

観念を追放し︑性格において非常にコンヴェンショナルな会計

原則の選択及び適用において判断力を佑かすことが会計家の職

能であることを説明するに十分である︒⁝⁝それは固定資産に

ついては収益賦課は凡て歴史的原価を基礎とするわけではない

( P. 32

)といつている︒要するに彼は︑

ここでも減価償却のコンヴェンショナルな性格を強調すること

を通じ︑一般的に会計過程が事実の記録という客観的な面のみ

でなくコンヴェンショナルな会計原則の選択適用において主観

的判断を行使する面をも有していることをいわんとしているよ

( 1 )  

次に︑棚卸資産の処理のさいに用いられる過程の検討によっ

(12)

メイ﹁企業利益と物価水準に関する会計学的研究﹂

形態として︑過年度取引に起因する巨額の請求︑思わしくない

﹁営業において消粍される固定査産の ﹁臨時的項目の処理﹂と題する第四部は︑まず臨時的取引の と述べ包括的利益概念ないし包括主義を疑問視している︒

﹁ 臨

というのが一般に是認された原則で 手許財貨について棚卸資産として繰越される原価は︑実際原価以下であるかもしれないか4る資産の﹃有用な原価﹄

"

u

f

c os t

"

ある︒結果として未販売の棚卸資産の有用な原価の下落は︑損

傷・旧式化•平常の営業過程における売れ行き不良のためであ

つても︑又︑物価下落のためであっても︑とにかくこれを一期

( 2 )  

間の収益に賦課するのが習慣的である︒物価の騰貴から生ずる

価値の増加を勘定にいれることは習慣的ではない︒乍然︑物価

の騰貴に原因する或る商品の価値の増加をば︑物価の下落の結

果としての他の商品の﹃有用な﹄原価の下落と相殺して処理す

ることは︑それを強制するわけにはいかないが︑是認されてよ

いものと考えられる︒か4る相殺が行われるか否かは或る期間

の報告利益に大いに影響するだろう︒﹂

( P.

33)と︒これらの言

葉の中から我々は︑棚卸資産について︑歴史的原価主義が行わ

れないで低価主義が行われている︑会計家の判断ないし選択に

またねばならない面がある︑とする彼の主張を言外にくみとる

( 1 )

彼の次の言葉はこのことを如実に示すものとして我々の

ても︑同様な結論に導かれるとして次のようにいう︒即ち︑

, 

財政状態のための額面価値以下での負債の償却︑及び︑収益を

生ずる資産をば当該資産によって産出される収益の流れの資本

価値の増大を反映する価格で販売する取引︑について説明した

(P .

3536)︑非経常的項目が年度損益計算書に入れられる

べきか或るいはすぐに利益剰余金計算書へ計上されるべきかの

問題を臨時的項目の処理に関連して考察している︒彼は︑

時的取引を或る年度の間へ入れるべきか否かは日常取引の場合

よりもずつと大きな程度に経営者の決定権限内にある︒だか

ら︑か4る項目から生ずる損益を利益概念中に含めることによ

り利益がより一層経営者の自由裁量のいかんにか4

(P .3 6)

と述べ︑包括主義によると︑取締役が経済的減価償却

費計上を行うか否か又行うとすればいつ行うかに関する取締役

の決定如何で年度純益を示したり欠損となったりする事例のあ

ったことを指摘し︑か4る考慮から﹁当該年度を通じて会計的

認識を与えてきた全部の借方項目及び貸方項目を年度純利益算

定において考慮するべきだとするs.E.C

A.A.A

見解が健全なりや否やについて相当の疑問を惹き起す︒﹂

(P .3 6)

参照

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