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現代社会の移動パタン : トーナメント移動をめぐ って

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(1)

現代社会の移動パタン : トーナメント移動をめぐ って

その他のタイトル Social Mobility Pattern in Contemporary Japan

著者 竹内 洋

雑誌名 関西大学社会学部紀要

13

2

ページ 79‑104

発行年 1982‑03‑28

URL http://hdl.handle.net/10112/00022797

(2)

現 代 社 会 の 移 動 パ タ ン

―トーナメント移動をめぐって一一

は じ め に

社会移動の量的研究にとどまることなく,移動の支配的な「型」にも注意を払う必要性を力説 したのはラルフ・ターナー

( R .

H. 

Turner)

だった。そしてかれは,「庇護移動」

(sponsored mobility)

と「競争移動」

( c o n t e s tmobility)

といういまではもう周知の二つの移動(規範)類 型を提示した%

ターナーはそれぞれの移動類型についてつぎのようにのべている。「庇護移動」のもとでは,

「既成のエリートやその機関がエリート侯補生を選ぶ。エリートの地位は一定の業績基準をもと に『さずけられる』もので,いかなる努力や戦術によってもそれを『かちとる」ことはできな い。そのような意味で上昇移動はいわば私的なクラブヘの入会と同じで,入会志望者は会員数人 の『紹介』が必要である。究極的には,志願者がエリートとしての必要な資格をそなえているか どうか,エリートたちの評価によって,上昇移動の可否がきまる」。他方,「競争移動」は,「エリ ートの地位が公開競争によって得られる賞品のようなもので,この組織のもとでは志願者自身の 努力次第でそれを獲得できるようになっている。『競争』にはいくつか守らねばならないフェア プレイの規則があるが,参加者はかなり広範囲の戦術を自由に使うことがゆるされる。また上昇 移動の成功者に『賞」を与えるのは既成のエリートではない」2)。 そして,「庇護移動」はイギリ スの,「競争移動」はアメリカの支配的な移動型であるとした。

ターナーの論文が書かれてからもう

2 0

年もたってしまったが見山村賢明氏は

1 9 7 7

年の論文で 興味深い指摘をした。ターナーの移動型は個人主義社会の移動型であって,集団主義社会の日本

1) P .   H .  T u r n e r ,  S p o n s o r e d  and C o n t e s t  M o b i l i t y  and S c h o o l  S y s t e m ,  A .  S .   R . ,   V o l .  2 5 ,   N o .  5 ,  

1 9 6 0 .  

清水義弘監訳『経済発展と教育」東大出版,

1 9 6 3

年所収。

2)

同邦訳書,

64 65

3)

むろんその間移動型についての研究に発展がなかったわけではない。たとえば

E .I .   H o p p e r ,   A  Typology f o r  t h e  C l a s s i f i c a t i o n  o f  E d u c a t i o n a l  S y s t e m s ,  S o c i o l o g y  V o l .  2 ,   N o .  1 ,   1 9 6 8 .  

(「教育 システムの類型学」

J .

カラベル •A.H. ハルゼー編『教育と社会変動下」潮木守ー・天野郁夫•藤田英

典編訳東大出版,

1 9 8 0

年)がある。また

Hopper

のシエーマをめぐっての論争には,

H .D a v i e s ,  The  Management o f  Knowledge: A C r i t i q u e  o f   t h e .  Use o f   T y p o l o g i e s  i n  E d u c a t i o n a l  S y s t e m s ,   S o c i o l o g y ,  V o l .  4 ,   N o .  1 ,   1 9 7 0 ,  D .  S m i t h ,  S e l e c t i o n  and Knowledge Management i n  E d u c a t i o n   Systems

i nE .  Hopper ( e d . ) ,  Towards a Theory o f   E d u c a t i o n a l   Systems: Readings i n   t h e   S o c i o l o g y  o f  E d u c a t i o n ,  H a t c h i n s o n ,  1 9 7 1

がある。

‑ 7 9  ‑

(3)

関西大学「社会学部紀要」第

1 3

巻第

2

の移動型は「代表移動」である,というのがその論文の骨子である。山村氏によれば,日本の移 動は,エリートの地位がイギリスのように「授けられる」(庇護移動)のでも,アメリカのように

「かちとられる」(競争移動)のでもない。「実力を認められたものが,その所属する集団によっ て支持されつつ,そこから押し出されるような形で,ェリートになってゆく」移動型つまり「代 表移動」だという。「一門の誉れ」とか「郷土の誇り」という言葉に示されるように,エリート は「我々の代表」とみなされる。「個人的移動」ではなく,「集団的移動」だ° とする。

「代表移動」は日本の社会構造や文化の特徴を踏まえた移動型である丸山村氏のように社会 による移動型の質的なちがいをみつけることもできるが,高度産業社会になると移動型が同型に 収敏するということも考えられる。高度産業社会では共通に高等教育がエリート段階からマス段 階になり多数の人々が学歴獲得競争に参入し,同時に主要な移動が

e n t r e p r e n e u r i a lm o b i l i t y  

から

b u r e a u c r a t i cm o b i l i t y

に変化する6)からである。

私はロウゼンバウム

( J . E .   Rosenbaum)

のいう「トーナメント移動」

(tournamentm o b i l i t y )  

こそはこのような収敏型の移動パタンとして卓抜なものと考える。そこで本稿は,まず

I

「トー ナメント移動」の概念とその抽出過程をロウゼンバウムの著作にそって紹介する。つぎに1I現代 日本社会の移動の実態を主としてホワイトカラーの昇進と学歴デークにみ,それが「庇護移動」

(学歴決定社会論)モデルにも「競争移動」(学歴社会虚像論)モデルにも適合しなく,「トーナ メント移動」モデルに近いことを示したい。そして皿移動が「トーナメント」型に近づくにした がって,アスピレーションが変容すること,つまり成功の夢を目指した競争から<脱落の恐怖>

型競争になることを指摘したい。最後に補論としてトーナメント移動の不完全さの部分とその機

4)山村賢明「日本における社会移動の様式と学校」石戸谷哲夫編『変動する社会の教育』第一法規,

1 9 7 7

歴史家の坂田吉雄氏は,西郷隆盛や大久保利通が薩摩藩で登用されたプロセスをつぎのように分析す る。西郷や大久保は「郷中」(青少年の自治組識)の指導者として集団の力を背景に登用された。「真に 実力ある者が(郷中の一ー引用者)団員の信望をになって指導者の地位につき,団員は指導者を中心に 固く結束し,指導者は団員の信望にささえられて指導者としての能力を高めていった。指導者の資格と して判断力に富むことは絶対的に必要であったが, 判断力に富むこととオ気に富むこととは別であっ た。指導者は衆智の中から最も正しいものをえらび出す判断力を持っていればよかったのであって,自 分が智恵者であることは必要でなかった。何よりもまず,全体の立場に立って考え,全体のために行動 することが大切だったのであって,正しいものとは全体のために役立つもののことであった。オ気があ っても自己中心的な人物は絶対に信頼されなかった。このようにして現われた青少年の指導者の中での 最もすぐれた指導者が西郷隆盛であり, 大久保利通である。 もともと指導者としての素質のあるもの が,自治的な団体活動の中で指導者としての能力を高めていった。それが藩政府によって登用されたの

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .  

であって,酋向・大久保が登用されたのは個人の資格においてではなく,集団の力を背最にして登用さ

. . . . . .  

れたのである」(傍点引用者)(「明治の官僚」『人文学報」

2 4

1 9 6 7

4

ちなみに「集団移動」という点を強調するなら, H本社会の移動は<納豆移動>となる。納豆は粒が いとでつながって動く(派閥,親分子分移動)のだから。だが時々納豆のいとが切れる。その時「裏切 った」とか「見拾てた」といわれる。

5)

しかし「代表移動」は高度成長以後の個別化

( i n d i v i d u a t i o n )

の激しい社会では必ずしも妥当とはい えなくなった。いまや勉学優秀生も指導者も「我々の代表」として押し出される存在ではなく,「俺が 俺が」になってきたのだから。

6) P .   W. M u s g r a v e ,  The S o c i o l o g y  o f  E d u c a t i o n ,  M e t h u e n ,  1 9 7 9 ,   p .   3 3 8 .  

‑ 80 ‑

(4)

現代社会の税動パタン(竹内)

能について論じたい。

ト ー ナ メ ン ト 移 動

ロウゼンバウムは,アメリカの高校の進路能力別編成クラス

( t r a c k )や大企業に勤める職員

の昇進

( c a r e e rm o b i l i t y )

の仕組みを実証的に研究した 。その結果,規範

( m o b i l i t ynorm) 

はクーナーのいうように「競争移動」であるが,事実

( a c t u a ls t r u c t u r e )

としては「トーナメ

ント移動」とみるべきことを提唱した。そこでロウゼンバウムがどのようにして「トーナメント 移動」モデルを抽出したかを簡単にみていこう。まず,高校の進路能力別編成クラス調査からみ ていく。

調査対象となった高校はアメリカ北東部の公立高校であり,親の階級(中間下層階級),人種

(白人)が比較的均ーである。 この高校の管理職や進路指導者はつぎのようにいう。「われわれ

(学校)が生徒の進路の機会を決定すべきではない。だから,進路能力別クラスは固定化されて いない。科目ごと,学年ごとに編成され, 多様化をはかっている」と。つまりクーナーのいう

「競争移動」の規範を支持している。しかし,ロウゼンバウムは学事記録

( s c h o o lr e c o r d s )を

もとに, トラッキングをめぐる規範ではなく,事実を調査し,現実のトラックの移動は「競争移 動」モデルとは大部異なっていることを明らかにする。

1 , 2 ,   3 ,   4

はそのデークである。表ー

1

10

学年

( s e n i o rhigh s c h o o l )の英語と歴史の

トラックをクロスしたものである。英語と歴史で異なったトラックに在籍する生徒は

4 5 1

人中

22

人つまり

5

彩弱でしかない。もっとも英語と歴史は同種の能力を要するから, トラックの相関 が高い,とも考えられる。そこでつぎに同じ学年の英語と数学のトラックをクロスさせてみた。

表ー

2

がそれである。この場合は,科目によってトラックが異なっている生徒の割合は,英語と 歴史の場合よりも多い。しかしそれでも

429

人中

46

人つまり

1 1

彩弱である。以上は科目によっ て少しでもトラック変更があった者の割合である。同じ大学進学クラスでも上級クラスと下級ク ラスの移動はトラック変更として計算した。だが重要なことは,もっと大まかな大学進学クラス と非進学クラスの区分である。同一の生徒が科目によって進学クラスと非進学クラスのトラック

7) J . E .  Rosenbaumのトーナメント移動をめぐっての研究論文は以下のとおりである。

① 

The S t r a t i f i c a t i o n  o f  S o c i a l i z a t i o n  P r o c e s s ,  A.  S .   R .   V o l .   4 0 ,   N o .   1 ,   1 9 7 5 .  

RMaking I n e q u a l i t y :   The Hidden C u r r i c u l u m  o f  High S c h o o l  T r a c k i n g ,  W i l e y ,   1 9 7 6 .  

⑧ 

The S t r u c t u r e  o f  O p p o r t u n i t y  i n  S c h o o l ,  S .  F . ,   V o l .   5 7 ,   N o .   1 ,   1 9 7 8 .  

④ 

Tournament M o b i l i t y :  C a r e e r  P a t t e r n s  i n  a  C o r p o r a t i o n ,  A. S .   Q . ,   V o l .   2 4 ,   N o .   2 ,   1 9 7 9 .  

⑥ 

O r g a n z a t i o

1 C a r e e r  M o b i l i t y ,  A

. J

.   S . ,   V o l .   8 5 ,   N o .   1 ,   1 9 7 9 .  

⑥ 

Track M i s p e r c e p t i o n s  and F r u s t r a t e d  C o l l e g e  P l a n s  :  An  A n a l y s i s  o f  t h e  E f f e c t s  o f  T r a c k s   and Track P e r c e p t i o n s  i n   t h e   N a t i o n a l   L o n g i t u d i n a l   S u r v e y ,   S o c i o l o g y  o f   E d u c a t i o n ,   V o l .   5 3 ,   N o .   2 ,   1 9 8 0 .  

⑦ 

O r g a n i z a t i o n a l  C a r e e r  T r a c k i n g  and I n d i v i d u a l s ' C a r e e r s :  The I n t e r n a l  S t r a t i f i c a t i o n  o f   a  C o r p o r a t i o n ,  Academic P r e s s ,   1 9 8 1 .  

⑦は末見。

(5)

英語のトラック 大学進学上級 大学進学下級

一 般 上 級 一 般 下 級

が =

1 3 2 6 . 9   Gamma=  0 . 9 9  

数学のトラック 大学進学上級 大学進学下級 一 般 数 学 数 学 無 し

が =

5 7 7 . 1   Gamma=  0 . 6 3  

関西大学「社会学部紀要』第

1 3

巻第

2

表ー

1 1 0

学年の英語と歴史のトラック

歴 史 の ト ラ ッ ク )  ) 

一上(彩級) 

8 3 . 3   3 . 3   0 . 0   0 . 0   1 6 . 7   9 6 . 0   0 . 5   0 . 0   0 .  0  0 . 7   9 9 . 0   2 9 . 4   0 .  0  0 . 0   0 . 0   7 0 . 6   0 . 0   0 .  0  0 . 5   0 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   (12)  I  ( 1 5 1 )  ( 2 0 6 )  (17) 

表ー

2 1 0

学年の英語と数学のトラック 英 語 の ト ラ ッ ク )  ) 

一上(彩級) 

 

6 6 . 7   8 . 6   0 . 5   0 . 0   3 3 . 3   8 3 . 6   0 . 5   2 9 . 4   0 . 0   2 . 3   1 . 0   5 . 9   0 . 0   5 . 5   9 8 . 0   6 4 . 7   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 : 0   (12)  I  ( 1 2 8 )  ( 2 0 4 )  (17) 

一下(彩級) 

0 . 0   1 .  5  6 . 2   3 . 1   8 9 . 2   1 0 0 . 0  

(65) 

( 9 6

0 . 0   4 . 4   4 5 . 6   5 0 . 0   1 0 0 . 0  

(68) 

(資料出所)

J .   E .  R o s e n b a u m ,  Making I n e q u a l i t y ,  W i l e y ,   1 9 7 6 ,   p .   3 5 .  

の変更をしている割合が重要である。表ー

1

と表ー

2

からこれをみると,英語と歴史ではそうい う生徒は

452

人中

3

人つまり

0.7

彩弱にしかすぎない。英語と数学でも

429

人中

20

人つまり

5 %

弱である。主要科目ではほとんどの生徒は同じトラックにふり分けられているのが実状である。

では学年によるトラックの変更はどの程度開かれているのだろうか。まず

1 0

学年と

1 1

学年の トラックをクロスさせた表ー

3

をみよう。

非進学クラスから大学進学クラスに移動した生徒は,・

292

人(就職と一般クラスの生徒総数)

中 8人つまり

3 %

弱にしかすぎない。逆に大学進学クラスから非進学クラスに移動した生徒は,

163

人(大学進学上級と下級クラスの生徒総数)中

35

人つまり

21

彩もいる。非進学クラスから大学 進学クラスヘの移動はほとんどないが,逆の移動はかなりある。表ー

3

1

学年間のトラックの 変更をみたにすぎないので,もっと長期つまり

3

学年間でそれをみよう。表ー

4

がそれである。

‑82 ‑

(6)

現代社会の移動パタン(竹内)

表ー

3 1 0

学年と

1 1

学年のトラック

1 0

学 年 の ト ラ

(英語クラス)

ッ ク

1

1

ク年のトラ )  ) 

一上(彩級)  一下(彩級) 

大学進学上級

大学進学下級 就 職 上 級 就 職 下 級 一 般 上 級 一 般 下 級

が =

8 7 4 . 5   Gamma=  0 . 8 5  

9 1 .  7  8 . 3   0 .  0  0 .  0  0 . 0   0 . 0   1 0 0 . 0  

(12)  I 

7 . 3   0 .  0  0 . 0   6 9 . 5   2 . 4   1 1 . 8   3 . 3   3 5 . 3   0 . 0   1 4 . 6   6 0 . 4   2 9 . 4   3 . 3   0 .  0  4 7 . 1   2 . 0   1 .  9  1 1 . 8   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   ( 1 5 1 )   I  ( 2 0 7 )  (17) 

表ー

4

9学年と

1 2

学年のトラック

1 2

学年のトラ ック

大学進学上級 大学進学下級 就 職 上 級 就 職 下 級 一 般 上 級 一 般 下 級

が =1

0 9 . 1   Gamma=  0 . 6 6  

大学進学

(%)  1 6 . 3   5 4 . 3   4 . 3   5 . 4   1 0 . 9   8 . 7   1 0 0 . 0   ( 9 2 )  

9

学 年 の ト ラ ッ ク

就上(彩級)  就下(%級) 

0 . 0   0 . 0   0 .  0  0 . 0   4 7 . 4   1 6 . 0   3 6 . 8   4 4 . 0   0 .  0  4 .  0  1 5 . 8   3 6 . 0   1 0 0 . 0   1 0 0 . 0   ( 1 9 )   ( 2 5 )  

(資料出所)

J .   E .  R o s e n b a u m ,  o p .  c i t . ,   W i l e y ,   1 9 7 6 ,   p .   3 7 .  

0 . 0   1 . 5   1 .  5  1 0 .  3  5 . 9   8 0 . 9   1 0 0 . 0  

(68) 

0 . 0   0 . 0   0 . 0   5 5 . 6   0 . 0   4 4 . 1   1 0 0 . 0   (9) 

9

学 年 に 非 進 学 ク ラ ス に 属 し て い た 生 徒

5 3

人 の う ち

12

学 年 に 大 学 進 学 ク ラ ス に 移 動 し た 者 は 一 人 もいない。ところが

9

学 年 に 大 学 進 学 ク ラ ス に 属 し て い た 生 徒92人 の う ち

27

人つまり

29

彩 が12 年には非進学クラスに移動している。

3

学 年 間 の ト ラ ッ ク 変 更 を み た 表 ー

4

1

学 年 間 の そ れ を み た 表 ー

3

の特徴を一層明確に示している。

以 上 を 要 約 し よ う 。 進 路 能 力 別 ク ラ ス 編 成 は 科 目 ご と に お こ な わ れ て い て 多 様 性 を 尊 重 し て い る,という建前

( s t a t e dp o l i c y )

に も か か わ ら ず , 科 目 が ち が っ て も ほ と ん ど の 生 徒 は 同 じ ト ラックである。英語,歴史,数学の

3

科 目 と も 同 じ ト ラ ッ ク の 生 徒 が 大 部 分 で あ る 。 ま た , 学 年 に よ っ て ト ラ ッ ク の 移 動 が 可 能 と い わ れ な が ら も , 現 実 に は ほ と ん ど 流 動 性 が な い こ と も 明 ら か

(7)

関西大学「社会学部紀要」第

1 3

巻第

2

にされた8)。 ただし,就職クラスと大学進学クラスの移動につぎのような傾向が見い出された。

就職クラスから大学進学クラスヘの移動はほとんどないが,大学進学下級クラスから就職クラス への移動は少なくない。このような移動は,チャンスの平等が最後まで続く「競争移動」ではな い。初期に選抜された者が庇殿される「庇護移動」でもない。まさしくこれは「トーナメント」

型である。ロウゼンバウムはこうして「トーナメント移動」を抽出し,つぎのように定義する。

「勝てば,次の回に進む権利が得られる。しかし,進めるということ以上にでない。だが負けれ ば,もう復活の余地はない。…•••こういうシステムでは開放性 (openness) は下方にだけ開かれ ているバルプのようなものである」9)

この研究のあとロウゼンバウムは『フォーチュン」誌の最大

500

社に入いる某大企業に勤める 図ー

1 1960‑1962

年入社者の樹木状キャリア

上級管理者

中級管理者

下級管理者

\.~ ・

9 ( 5 2 . 9 )  

/~--"~;w

//パ、/

/ 

職 長

平社員

1 9 6 2   1 9 6 5   4 7 6 ( 7 8 , 8 )   1 9 6 9   4 1 4 ( 8 7  . 0 )   1 9 7 2   3 9 8 ( 9 6 . 1 )  

(注)括弧内の数字は枝分れした部分の幹(直前)全体に対する割合(%)(例,

1 9 6 2

年時の平社員の

9 0 . 1

1 9 6 5

年においても平社員にとどまっている)。

(資料出所)

J .   E .  Rosenbaum, Tournament M o b i l i t y :  C a r e e r  P a t t e r n s  i n  a  C o r p o r a t i o n ,  A .  S .   Q . ,   V o l .   2 4 ,   N o .   2 ,   1 9 7 9 ,   p .   2 3 0 .  

8)

シクレルとキッセ

( A .V .  C i c o u r e l  &  J .   I .   K i t s u s e )

もアメリカの学校の選抜機構が「競争移動」とは かなりちがっていることを指摘している

(TheS c h o o l  a s  a  Mechanism o f  S o c i a l   D i f f e r e n t i a t i o n ,   J .  

カラベル•

A.H. 

ハルゼー編潮木守ー他訳前掲邦訳書(上)所収)。

9)  J . E .   Rosenbaum, o p .  c i t .  

p .   4 0 .  

‑ 84‑

(8)

現代社会の移動パタン(竹内)

職員のキャリア移動研究をした

1 0 )

。人事記録

( p e r s o n a lr e c o r d s )

を資料にして,

1 9 6 0

年から

1 9 6 2

年までに入社した

6 7 1

人の職員のその後のキャリアを図ー

1

のような樹木状キャリア

( c a r e e r t r e e )

に描いた。縦軸は,役職をあらわし,横軸はキャリア移動の調査時点をあらわしている。

1 9 6 5

年に平社員だった者が

6 0 4

名いたが,そのうちつぎの調査時

1 9 6 9

年に昇進した者は下級管理 職に

2 1

名,職長に

1 0 7

名である。しかしこのグループからは,

1 9 7 5

年になっても中級管理職以上 に昇進した者は

1

人もいない。ところが

1 9 6 5

年に職長以上の役職についていた者は

6 7

名いたが,

このグループからはすでに

1 9 6 9

年に

1 6

名もが中級管理職に昇進している。上級管理職

2

名もこ のグループから輩出している。初期の昇進

( e a r l yp r o m o t i o n )

がその後の昇進にあたえる影響 が大きいことがわかる。しかし,早期に昇進したからといってのちの昇進が保証つきでないこと は,各役職で,一層の上昇と停滞が枝分れしていることにみることができる。このようなキャリ ア移動は「トーナメント」型である。

ロウゼンバウムは,この論文のなかで「トーナメント移動」についてつぎのようにのべている。

「キャリアは競争の連続として概念化される。それぞれの競争がその後のすべての選抜に際して の個人の移動可能性に係わりをもつ。トーナメントには変化型もありうるが,それぞれの選抜時 に勝者と敗者の重要な区別があるというのが基本原理である。勝者には一層高い地位をめぐって の競争の機会があるが,それが必ず得られるという保証があるわけではない。敗者にあるうるの はより低位への競争か,さもなくばもはやいかなる競争もありえないのである」11)

では「トーナメント移動」とクーナーのいう「庇護移動」「競争移動」との異同はどこにある か。「庇護移動」とのちがいは勝者も競争を続けなければならなく

( s e q u e n c eo f  c o m p e t i t i o n s ) ,  

庇護や保証があるわけではないことである。「競争移動」 とのちがいは初期の選抜が敗者にとっ て取り消し難い結果

( i r r e v e r s i b l ec o n s e q u e n c e )

をもたらすことである。この裏がえしが類似 点である。つまり勝者も競争を続けなければならなく庇護や保証があるわけではない点は, 「 争移動」との類似点である。また初期の選抜が敗者にとって取り消し難い結果をもたらす点は,

「庇護移動」との類似点である。

ちなみに「トーナメント移動」の特徴をパーソンズ

C T . P a r s o n s )

のいう人員配分原理

( c l a s s ‑ i f y i n g  t h e  d i s c r i m i n a t i o n s  by which a c t o r s  a r e   d i s t r i b u t e d   among t h e   s t a t u s e s   and  r o l e s   o f   t h e   s o c i a l   s y s t e m )  , 

すなわち「業績主義」

( a c h i e v e m e n t )

と「属性主義」

( a s c r i ‑ p t i o n ) 1 2 >

との関連でみよう。「トーナメント移動」においては,それぞれの選抜時点での「敗者」

は次回の選抜への出場資格を奪われる

( t h o s ewho do n o t  win i n  t h e  e a r l y  c o m p e t i t i o n  a r e   g i v e n  l i t t l e  o r  no c h a n c e  t o  p r o v e  t h e m s e l v e s  a g a i n )

のだから,「敗者」という属性が以後 の競争に大きなハンディキャップやマイナス効果をもたらす。業績主義競争のなかでの属性主義

1 0 )   J .   E .  R o s e n b a u m ,  o p .  c i t .  

 

1 1 )   i b i d . ,   p p .   2 2 22 2 3 .  

1 2 )   T .  P a r s o n s ,  T h e  S o c i a l  S y s t e m ,  F r e e  P r e s s ,   1 9 5 1 .  

(9)

関西大学「社会学部紀要」第

1 3

巻第 2

が誕生するのである。業績主義競争の参加者は,それぞれの選抜に勝ち残った者だけに開かれて

.  .  .  .  .  .  .  .  . 

いるにすぎない。したがって, トーナメント移動においては「獲得された属性主義」

.............  ( a c h i e v e d   a s c r i p t i o n )

「嘉奢」ではなく,「飯奢」にこそ作用しやすい18), という点に注意したい。

このようにみてくると, 「トーナメント移動」は「庇護移動」と「競争移動」の折衷型とみな される。またそうであればこそ現代社会の矛盾する要請に適合した移動型であるといえる。矛盾 する要請とはなにか。ひとつは機会の平等の要請である。もうひとつは(組織)資源の効率的使 用の要請である14)。前者は民主的な社会における社会的権利に源があり,後者は市場原理に源が ある。しかし,前者の「平等の要請」を充足させることは成員のモラールを高めることにもなる から,それは同時に市場原理にも適合する。したがって「平等の要請」と「効率の要請」は完全 なトレードオフ関係にあるわけではないが,しばしば矛盾した基準になることは否めない。この 二つの要請を移動型でみるとつぎのようになる。「平等の要請」に適合する移動型は最後までで きるだけ同じ条件で競争する「競争移動」である。「効率の要請」に適合する移動型は,初期に エリート候補生を選抜し,資源を集中的に投入する「庇護移動」である。しかしどちらの移動型 も一方の要請しか満たさない。矛盾する二つの要請を同時に充足させる移動型は, 「トーナメン

ト移動」に他ならない16)。それは「競争移動」と「庇護移動」の折衷型だからである。

「トーナメント移動」は,「敗者」にたいしては出場資格を剥奪する

( r e l a t i v e l yl i t t l e  s e l e c ‑ t i o n  a f t e r  e l i m i n a t i o n )

が,そのことによって「効率の要請」を満たす。「勝者」にたいしては

さらに競争を続けさせる

( c o n t i n u a ls e l e c t i o n )

そのことによって「平等の要請」を満た す。こうして, 「トーナメント移動」は市場原理から派生する要請と民主的社会的権利から派生 する要請とを同時に充足させる。それゆえにこそ「トーナメント移動」は現代社会の支配的な移 動型となるのである。

もっともクーナーの

1 9 6 0

年の論文を注意深く読むと,将来についてつぎのように書かれてある。

アメリカでは「庇護移動」への圧力, イギリスでは「競争移動」への圧力がつよまるだろう,

と。クーナーはたとえばつぎのようにのぺている。

1 3 )

この点については注

( 1 7 )

の末尾部分も参照されたい。

1 4 )  J . E .   R o s e n b a u m ,  o p .  c i t .   R,  p p .   4 24 3 .  

1 5 )

もっとも移動型の二重構造化によって矛盾する要請(「平等」と「効率」)を同時に充足させることもで きる。マートン

( R . K .   M e r t o n )

のいう「顕仕機能」

( m a n i f e s tf u n c t i o n )

と「潜仕機能」

( l a t e n t f u n c t i o n )

の概念を転用すれば,「顕在移動」

( m a n i f e s tm o b i l i t y )

と「潜在移動」

( l a t e n tm o b i l i t y )  

の区別が成立する。前者はランクアンドファイルの成員によって認知されている移動型(顕教)で,後 者はランクアンドファイルの成員によって認知されていなく,組織エリートにのみ認知され意図されて いる移動型(密教)である。

そうすると,「競争移動」を「顕在移動」にし,「庇護移動」を「潜在移動」にするという二重構造化 が考えられる。松浦敬紀氏の「やっぱりあった東大偏重主義」(『文芸春秋」

1 9 8 1

5

月号)はこういう 移動型の二重構造の文脈で考えられるべきである。この二重構造がタテマ工,ホンネというように露呈 しまってはその機能的意味を喪失する。したがって「庇護移動」を多少とも不完全にし(東大を出てい ても会社では別だよ),他方では「競争移動」を多少開いておく(低学歴でも重役),ということがしば しば生ずる。最後の点については,竹内洋「昇進の構造」前掲書所収,

144149

頁を参照されたい。

‑ 86 ‑

(10)

現代社会の移動パクン(竹内)

「企業体内の職階組織を通路とした昇進が重要になり,独立した企業家としての上昇移動がそ れほど重要でなくなると,競争移動の理想型が危くなることは疑えない。いろいろな職業が高等 教育を必要資格として要求することがふえてきているが,こうしたことも同じ変化をもたらすで あろう。……大学教育の必要な職業にくらべて大学卒業者の方が供給過剰になりそうだというこ とも予想されるが,もしそうなると,今度はもっと高い水準での競争状態が起ることになろう」16)

クーナーの

1960

年のこのような予見がロウゼンバウムによって1976年に「トーナメント移動」

モデルとして結実した,と考えてもよいようにおもわれる。

社会が学校化と組織化の程度をますほど「トーナメント移動」は移動の主要な型になってくる。

学歴獲得競争と昇進競争にはこのモデルがもっとも適合するようにおもわれる。

そこでつぎには現代日本社会の移動パタンにこのような傾向があるかないか,あるとしたらど の程度そうなのか,を具体的なデータをつうじてみよう。だが学歴獲得競争が「トーナメント移 動」モデルに近いことは自明17)なので,ここでは昇進競争に限定したい。

1 6 )  R.H. Turner, o p .  c i t . ,   A. H. 

ハルゼー他編,前掲邦訳書,

8 6

1 7 )検定試験などの例外措置はあるにしても,通常は高校を卒業しないと大学へ進学できない。しかし高校

を卒業したからといって大学入学の保証があるわけではない。これは「トーナメント移動」である。ま た銘柄大学への進学は有名高校に偏っている。有名高校への進学はしばしば銘柄大学進学への必要条件 である。ただし十分条件ではない。たとえば近年東大合格者数でベストテンにある麻布高校でみよう。

なるほど東大をはじめとする銘柄大学への進学者は多いが,卒業生の2

6

彩は早大,慶大以外の私大へ進 学している(昭和5

3

年度)。

表ー

5

大阪第

1

学区公立高校の 主要大学合格者数

(昭和5

6

高 校1東 大 l京 大 1阪 大

A

1 5   8 5   3 9  

B  1  3 7   4 4  

1  ,  1 2   D  ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜

゜ ゜ ゜

゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜ ゜

M  ゜ ゜ ゜

表ー

6

トラックごとの平均

IQ

の変化 ト ラ ッ ク I

s

学年 1

1 0

学年 I

大学進学上級

1 2 3   1 2 7   1 2  

大学進学下級

1 0 7   1 0 9   1 5 1  

一 般 上 級

1 0 4   1 0 2   1 7  

9 9   9 5   2 0 8  

一 般 下 級

9 7   9 3   6 9  

表ー

7

トラックごとの

IQ

の分散 トラック

I  s

学年

I 1 0

学年

I

大学進学上級

2 3   4 8   1 2  

大学進学下級

1 0 9   1 6 5   1 5 1  

一 般 上 級

9 6   9 4   1 7  

9 5   8 2   2 0 8  

一 般 下 級

8 7   7 8   6 9  

(資料出所)

J .   E .  Rosenbaum, o p .  c i t . ,  

③, 

p .   1 2 9 ,   p .   1 3 6 .  

表ー

5

は昭和5

6

年の大阪第一学区の公立高校からの東大,京大,阪大への合格者数をみたものである。

この三大学にとにかく合格者を出している高校は,

1 3

校中4校にすぎない。それ以外の高校からは一人 も合格者を出していない。しかし,たとえA校に進学しても東大,京大,阪大への進学はとても保証付 きとはいえない。昭和5

6

年のA校の卒業生は,

4 6 4

人である。浪人を考慮せず簡略化して上記三大学へ の進学率を求めると,

3 0

彩にすぎない。

(11)

関西大学「社会学部紀要』第

1 3

巻第

2

図ー

2

東大合格者数上位高校の合格者総計に対する割合の推移

 

8 0   7 0  

6 0  

. 

5 0  

‑ ‑ ‑ ‑ ‑

,  , , ,   . . ̲ . ― ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑

. . .

. .   . . . . . . . . . . .   --—__   . .

上位

3 0

,    . ‑ .

 

‑   . . . ‑ ‑

. . .   ~- . . . . . .  

•---、

4 0  

3 0  

上 位10

2 0   1 0  

3 1   3 2   3 3   3 6   3 7   3 9   4 0   4 3   4 5   4 8   4 9   5 0   5 1   5 3   5 4   5 5  

(資料出所)『螢雪時代」(昭和28 48年),「サンデー毎日」(昭和49 55年)により作成。

また図ー

2

は,東大合格者数上位1

0

3 0

校が合格者全体のどのくらいを占有しているかの推移をみ たものである。昭和5

5

年でみると上位1

0

校で31%,上位3

0

校で51%を占有している。全体の高校数は,

5 , 0 9 8

校(昭和5

3

年)であるから,わずか0.6%の高校が東大合格者の半数を供給していることになる。

そしてこのような傾向は約

2 0

年間大きくは変わっていない。ちなみにこの間高校数は,

4 , 2 9 2

校(昭和

2 5

年)から

1 8

形増加(昭和5

3

年)している。東大への入学が「トーナメント移動」型であることを示し ている。

学歴獲得競争を「トーナメント移動」型にさせる学校間格差は,中等教育進学率が高まり高等教育志 願者がふえた明治のおわり頃から生じた。この頃東京府立ー中は中学校の頂点となった(深谷昌志『学 歴主義の系譜」黎明書房,

1 9 6 9

357 358

頁)。そして大正末頃から帝国大学への進学者を多く輩出 する高等学校の入学競争率が高くなる。さらにそのような高等学校へ入学するための名門中学校,そし て名門小学校へと競争が波及した。名門中学校のなかには競争率が

1 0

倍を超えるところもでてきた。キ ンモンス

( E .H .  Kinmonth)

は,これを

p e c k i n go r d e r

と名づけている

(TheSelf‑Made Man i n   M e i j i  J a p a n e s e  Thought: From Samurai t o  S a l a r y  Man, U n i v . o f  C a l i f o r n i a  P r e s s ,   1 9 8 1 ,   p .   3 0 0 )  

が,学歴獲得競争の「トーナメント移動」化が小学校にまで及んだと考えてよい。

このように学歴獲得競争の「トーナメント移動」型化は戦前にあらわれている。しかし,進学率は今 日とは比較にならないほど小さい。昭和1

5

年でも高等教育就学率は

3.7%,

中等教育機関

25.0%

である。

今日はそれぞれ

3 7 . 4

9 4 . 2

彩である。「トーナメント」型学歴獲得競争は今日ではほとんどの青少年 をまきこんでいるのである。

その意味で「トーナメント移動」の浸透による学校の社会化機能にあらためて注目しなければならな い。そのために再びロウゼンバウムの研究を参照しよう。ロウゼンバウムはトラックという学校内の成 層がいかなる社会化をもたらすかをつぎのようにのべている。

表ー6

8

学年から

1 0

学年にかけてのトラックごとの

IQ

の平均値の変化である。学年全体のそれは

1 0 2   (8

学年)から

1 0 0( 1 0

学年)に変化したが, トラックごとにみると,大学進学クラスは平均が上が っているのに非進学クラスはすべて平均が下がっている。さらに同じデータを分散でみると,表7のよ うになる。大学進学クラスは分散が大きくなり,非進学クラスは分散が小さくなっている。このような

‑ 8 8  ‑

(12)

現代社会の移動パタン(竹内)

データ分析からロウゼンバウムは進学クラスでは「分化に導く社会化」

( d i f f e r e n t i a t i n gs o c i a l i z a t i o n )  

が働くのにたいし,非進学クラスでは「同化に導く社会化」

(homogenizings o c i a l i z a t i o n )

が働く,

とする。前者は,

c h a l l e n g i n gs o c i a l i z a t i o n

であり,後者は

c u s t o d i a ls o c i a l i z a t i o n

である。こうし てトラックは「不平等な末来にたいする制度化されたラベル貼り」

( i n s t i t u t i o n a ll a b e l l i n g  o f  unequal  f u t u r e )

をおこなっている,とロウゼンバウムはいう。

トラックが高校内部のクラス分けではなく学校別(学校格差)になっている日本では,このような社 会化はもっとつよくあらわれているのではなかろうか。進路能力別編成が高校内部ではなく,学校単位 でおこなわれているから,はるかに可視性が高く

( h i g h l yv i s i b l e  d i s t i n c t i o n ) ,  

生徒間の相互作用が 局所化されるからである。こうして

d e g r a d a t i o nceremonies ( H .  G a r f i n k e l ,   C o n d i t i o n s   o f   S u e ‑ c e s s f u l  Degradation C e r e m o n i e s ,   A .   J .   S . ,   V o l .   6 1 .   March,  1 9 5 6 )

が強く作用し「おりることへの 社会化」

( s o c i a l i z a t i o nt o  s u b s e r v i e n c e )

が非常に強く働く。 これは大学にまで及んでいる。そのた めにここでは大学別の関連データを二つだけ紹介しておこう。表ー8はグレーカラー職とブルーカラ職 への抵抗感を大学別にみたものである。国公立大学生にくらべて私立大学生に抵抗感が少ない。表ー

9

は,大学別にみた就職希望企業の規模である。 AからEまでは入試難易度によって高い大学の順になら

表ー

8

グレーカラー・プルーカラー職への希望

I  I  i 

I

1 .5841  8 . 8

1 9 . 3

4 3 . 0

28.0% 0.9% 

国公立大

l  8341  , . 4   2 0 . 4   I  "·• I  , 1 . ,   0 . 6  

私 立 大

I 7 5 0   1 1 .  6  1 s .   4 5 .  5  I  2 s .  6  1 .   3 

(注)積極的希望積梃的にそれらの職業に就きたい。

無条件希望将来,管理職,店長などになれる見込がなくて もそれらの職業に就いてもよい。

条件付希望将来,管理職,店長などになれる見込があるな らそれらの職業に就いてもよい。

ともかくそれらの職業には就きたくない。

(資料出所)日本リクルートセンター「新入社員は何を考えている か」

1 9 7 8

3 0

ページ。

表ー

9

就職希望の企業規模(%)大学別

A  B  C  I 

5 , 0 0 0

人以上,官公庁

5 8 . 6   3 5 . 7   2 5 . 6   1 6 . 3   1 8 . 1   1,0004,999

2 4 . 1   2 9 . 5   2 3 . 3   1 5 . 4   1 5 . 7   500   9 9 9

4 . 6   1 0 . 7   3 6 . 0   2 1 . 1   2 1 .  7  300   4 9 9

1 . 1   7 . 1   7 . 0   1 3 . 0   1 8 . 1   100   2 9 9

2 . 3   6 . 3   5 . 8   1 3 . 8   1 8 . 1  

10   9 9

1 . 1   5 . 4  

7 . 3   1 .  2 

1 0

人 未 満

1 . 1  

゜ ゜ 0 . 8   3 . 6  

独 立 自 営

3 . 4   4 . 5  

4 . 9   3 . 6  

3 . 4   0 . 9   2 . 3   7 . 3   2 . 4   N=90  I  N=116 N=90  I  N=129 N=84 

x 2   = 1 3 0 .  2 5   3 2 d . f .   P r .  =  o .   o 

(資料出所)丸山文裕「大学生の職業アスピレーションの形成過程」

「名大教育学部紀要』第

2 7

1 9 8 0

2 4 3

(13)

関西大学『社会学部紀要』第

1 3

巻第

2

ところで昇進競争のパタンをみつけることには重要なインプリケーションがある。というのは いまや大半の人々は雇用され,世代内移動のほとんどは

bureaucraticmobility

なのだから昇進 競争で移動型を検証してもそれが局所的現象ということにはならないからである。ロウゼンパウ ムもキャリア移動を研究するにあたって,つぎのようにのべている。これまでの移動研究は職業 の移動

(occupationalstatus change)

に焦点をあててきた。こういうアプローチは世代間移動 の研究には価値があっても,世代内移動の研究にはそれほど有益ではない。職業内の移動ないし は組織内の移動

(mobilitywithin occupations or organizations)

をみすごすことになってし まうからである。つまりいまや大半の就業者は生涯同じ職業に就いており,しかも職業内部では キャリアの梯子が存在しているからである

1 8 )

と。ブラウ・ダンカン

( P .Blau  &  O.D. Duncan)19> 

に代表される識業大分類にもとづいた社会移動研究への警鐘として読まれるべきであろう。

しかし,ここでロウゼンバウムの

1 9 7 9

年論文と同じように,キャリア移動の型の検証をするに は企業の人事記録が必要であるが,このような資料への接近は日本では大変閉ざされている。し たがってここでは学歴と昇進データで移動型を検証したい。これはロウゼンバウムと同じ方法で はなぃ。しかし,どの程度あるいはどのような意味で学歴社会であるのか,それとも学歴社会は 虚像なのかどうかがイッシュである現代日本においては,キャリア移動そのものよりもむしろ学 歴と昇進のパタンのほうが重要な課題といえる。学歴と昇進のデータを紹介しながら,それがど のような移動パタンに該当するかを考えることにする。

I I  

学 歴 と 昇 進 に み る 移 動 パ タ ン (1)  タテの学歴と昇進

日本の企業のタテの学歴(高卒と大卒など)の昇進格差からみていこう。小池和男氏は『賃金 構造基本統計』

( 1 9 7 6

年)をもとに従業員

1 , 0 0 0

人以上の企業に勤める定年直前の

50 54

歳の人

べてある。

5 , 0 0 0

人以上の企業,官庁への希望者の割合はほぼ

A,B,C,D,E

の順に小さくなっている。

表ー

8 , 9

のデータにはいろいろな解釈があるが,学校間格差による「おりることへの社会化」が働い ていることは否めないだろう。

「トーナメント移動」では敗者がマイナスの属性主義を蒙むることについてはすでにのべた。その過 程で非銘柄校の生徒が負け犬意識をもちやすいことは想像に難くない。しかし,逆に学歴競争の勝者は プラスの属性主義が働くかというと前者の場合ほどではない。「トーナメント移動」であるかぎり,勝 者には業績主義競争がつづくからである。その点で佐藤慶幸氏のいう日本の学歴主義は

a c h i e v e da s c ‑ r i p t i o n

だ(「官僚制と組織文化」『現代組織の論理と行動」御茶の水書房,

1 9 7 2

2 1 7

頁)という説を 再考してみたい。

a c h i e v e m e n t

a s c r i p t i o n

を交錯させた見解は卓見であるが,

a c h i e v e d  a s c r i p ‑ t i o n

はボジテイヴな意味よりもむしろネガテイヴな意味つまり銘柄校よりも非銘柄校や低学歴者に作用 する,と考えたほうがよいのではなかろうか。

1 8 )   J . E .  Rosenbaum, o p .  c i t .  

p p .   223224. 

D. 

J a c o b s

も同様の趣旨の意見を表明している

(Toward a  Theory o f  M o b i l i t y  and B e h a v i o r  i n  O r g a n i z a t i o n s ,   A .   J .  S . ,   l V o l .   8 7 ,   N o .   3 ,   1 9 8 1 ,   p p .   6 8 4 , . : ̲ ,   6 8 5 ) 。

1 9 )

プラウ・ダンカンの社会移動研究

(TheAmerican O c c u p a t i o n a l  S t r u c t u r e ,   W i l e y ,   1 9 6 7 )は,ァ

メリカ国勢調査局の

1 0

の職業大分類をもとにして1

7

の職業カテゴリーに拡大し,これを分析単位として いる。

‑ 9 0   ‑

(14)

現代社会の移動パタン(竹内)

々の学歴別役職者数を集計している20)。部長に就く割合をみると,旧制大学卒

50

彩にたいし,旧 制中学卒8彩である。部長への昇進に際して,旧制中学卒は旧制大学卒の約 6倍の困難さがとも なっている。これは, 「トーナメント移動」モデルにおいては初期の選抜に選ばれなかった者は 大きな不利を蒙る,という特徴に該当する。他方旧制大学卒でも定年直前に部長になっていない 者が約半数いる。初期の選抜に選ばれたからといってその後の昇進の保証があるわけではない,

という「トーナメント移動」モデルのもうひとつの特徴にも適合する。

小池和男氏のデークは旧制大卒と旧制中学卒との比較なので,もう少し年代の若い人つまり新 制大学卒と新制高校卒についてのデークーをみよう。そのために,大手

7

銀行を対象に入社数を 学歴別におさえて,学歴別管理職輩出率を集計した(表ー1

0 )

集計方法は以下のとおりである。まず高卒男子の入社数21)を知るために, 『ダイヤモンド会社 就職案内昭和

29

年版』を利用した。高卒女子を省いたのは中途退社や性差別による昇進遅滞など の学歴外要因の影響を防ぐためである。そのためには採用数が男女別に明記されていることが必 要なのだが,ほとんどの企業の高卒採用数は男女一括で記載されている。高卒男子の採用数がわ かるのは

20

社程度である。ただし幸いなことに業種としては大手銀行に比較的集中した。そこで 大手

7

銀行を対象にしたが, そのことによってもうひとつ利点が得られた。(入社年別)学歴別 役職者数を「ダイヤモンド会社職員録

1981

年版」

(1980

年)で追跡したのだが,大手銀行の場合 支店長以上の役職はすべて記載されてあるので,役職者数が各銀行とも同条件で集計されたこと である。つぎに昭和

28

年卒入社の高卒と同年齢の大卒入社数を

7

銀行についてそれぞれ集計しな ければならない。昭和

32

年(現役大学入学)入社ないしは昭和

33

年(一浪入学)入社が該当者と

表ー

1 0

大手銀行にみる学歴別役職者*輩出率

銀 行 名 大卒(昭和

3 4

年入社) 高卒(昭和

2 8

年入社)

入 社 数 役 職 数 輩出率% 入 社 数 役職翌女 輩出率劣

6 7   1 8   2 6 . 9   2 3 1   3 

1. 

3  B 

8 0   2 6   3 2 . 5   2 7 1   7  2 . 6  

5 0   1 9   3 8 . 0   1 4 8   7  4 . 7   D 

7 0   3 2   4 5 . 7   2 0 6   2 2   1 0 . 7   E 

6 6   3 0   4 5 . 5   1 6 5   4  2 . 4   F 

3 6   1 2   3 3 . 3   2 9   3  1 0 . 3   G

信託銀行

2 1   8  3 8 . 0   2 3   4  1 7 . 4  

3 9 0   1 4 5   3 7 . 2  

1 . 0 1 4   5 0   4 . 7  

*支店長以上。

(資料出所)本文参照。

20) 小池和男•渡辺行郎「学歴社会の虚像」東洋経済新報社, 1979年, 61~64頁。

2 1 )

資料(『会社就職案内』)から得られるのは採用数である。したがって入社数とは若干のくいちがいが生 じる可能性がある。しかし,現時点ではこれ以上追求できなく,両者が大幅にくいちがう可能性は考え られにくいので採用数=入社数として集計した。

(15)

関西大学『社会学部紀要」第1

3

巻第

2

なるのだが,資料(『会社就職案内」)が散逸していて昭和3

2 , 3 3

年入社についての資料が得られ なかった。利用できた資料は昭和

3 4

年の大卒入社数である(『ダイヤモンド会社就職案内

1 9 5 9

版』)。したがって『会社就職案内昭和

2 9

年」(高卒)と『会社就職案内1

9 5 9

年版」(大卒)とを資料 にすると,高卒は大卒にくらべて平均

1

歳程度年齢が上になる。わずかではあるがそのぶん大卒 の役職輩出率は実際(同年齢)よりも低めになることは注意しておく必要はある。こうしてほぼ 同年齢

( 4 5

歳前後)の学歴別入社数を集計した。そしてつぎは, 『ダイヤモンド会社職員録1

9 8 1

年版」

( 1 9 8 0

年)によって,入社年別学歴別役職者数(支店長以上)を追跡した。表ー1

0

がその 集計結果である。

高卒男子の平均輩出率は

4 . 7

彩,大卒のそれは

3 7 . 2

彩という数字に注目されたい。その格差は

8

倍となる。しかし実際は

8

倍以上の輩出率格差があると考えてよい。というのはさきにのぺた ように,高卒と大卒に

6

年間の幅をもたしているからである。また,本店の部長,次長や有力支 店長のほとんどが大卒であり,同じ役職者といっても大卒の方が有カポストを占めている場合が 多いからである。

これはさきに示した旧制中学卒と旧制大学卒との昇進格差と同様な傾向であり, 「トーナメン ト」型といえる。ただし,つぎのような異論もあろう。旧制中学卒,新制高卒の昇進率が大卒に くらべてそれぞれ¼,¼であることは,昇進率が極端に小さいということにはならない。初期の 選抜にもれた者は大きな不利を蒙り,昇進のチャンスがほとんどないという「トーナメント移動」

モデルの特徴に充分適合しない,と。このような不完全さについては『補論』でふれたいが「ト ーナメント移動」はモデルである以上,実態がこれに完全に適合しないからといって否定の材料 にはならない。タテの学歴と昇進のパターンが「競争移動」型や「庇護移動」型ではなく, ーナメント」型であることは否めない。

(2)  ヨコの学歴と昇進

・ではヨコの学歴(銘柄校と非銘柄校)と昇進についてはどうだろうか。これについては小池和 男・渡辺行郎氏に代表される学歴社会虚像説がある。人々は日本が大変な学歴決定社会だとおも っているが,それは「自虐的な思い込み」である。日本の企業では銘柄大卒だからといってとく に昇進率が高いわけではない,という説22)である。

この論拠となったのが上場企業の大学別課長率である。渡辺氏等は大学ごとの入学定員と課長 数によって大学別課長率を計算した。この結果は東大を代表とする銘柄校が低迷し,地方国立大,

戦後派の新興私大が健闘している23), という。たとえば昭和

1 2

年生まれの大学別課長率の上位 5

2 2 )

私は虚像論者の姿勢を高く評価するに吝かではない。というのは過度な学歴偏重社会のイメージメーカ ーは,しばしば他ならぬ教育学者や教育評論家であるが,かれらは企業の実態についての知見もなく調 べもしないで,学校学者という存在拘束性(学校こそは典型的学歴主義社会)を無反省なままに社会一 般に投影しているにすぎないからである。ただ残念なことは虚像論者たちは冷徹な分析よりも熱い使命 感に傾きすぎ,本文でみるようにそのぶんだけ勇み足をしてしまった。

2 3 )小池和男・渡辺行郎,前掲書, 1 2 01 3 6

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参照

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