19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業
その他のタイトル American Fire Insurance in the Latter Half of the 19th Century
著者 永吉 基治
雑誌名 關西大學商學論集
巻 19
号 5‑6
ページ 702‑737
発行年 1975‑02‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00021112
84 (702)
1 9 世紀後半における ア メ リ カ 火 災 保 険 事 業
永 吉
甚 1 ム口︑
目 次 (1) 序
(2) 産業の発展と火災保険事業 (3) 保険技術上の発展
(4) 保険監督行政の進展とN.A.I.C.の結成 (5) 全国火災保険業者協会 (NationalBoard of
Fire Underwriters)の成立とその意義 (6) 料率協定制度と代理店
(7) 結 ぴ
(1) 序
アメリカにおける火災保険事業は,南北戦争後に急速に発展した。 そ れ は,旧来の外国貿易を中心とした商業資本の崩壊と,それに代る自生の産 業資本によるアメリカ経済の発展に端的に示されている。すなわち,鉄鋼業 を中心とする産業の発展,大量生産,国内市場の拡大,移民の増加による労 働人口の急増,さらに都市人口の増大,木造建築の急増など火災危険は質・
量ともに増大し,多様化した。これは多くの大火の発生となって現れた。た とえば,ホ°ートランド大火 (1866年),シカゴ大火 (1871年),ポストン大火
19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉) (703) 85 (1872年),サンフランシスコ大火 (1906年 ) な ど , い ず れ も きわめて大き
(1)
い損害を発生するにいたっている。こうした相つぐ大火の発生は,火災保険 会社の損害率 (LossRatio)の推移(第1図)に急激な変化を及ぽし,多数 の破産を生ぜしめるにいたっている。
捐官宰 100
90
80
70
60 5P 40
(2)
(第1図)損害率の推移(引受基準により表示)
L‑1860 1865 1870 1875 1880 1885 1890 lSお 19叩 1905 1910年
こうした火災保険を取りまく環境の多様化は,火災保険会社相互の協力関 係を推進させる背景をなしたと考えられる。すなわち,従来の,単なる料率 協定の粋をこえて,火災保険会社相互の広範な利益に着目されはじめたので ある。全国火災保険業者協会 (National Boad of Fire Underwriters)
(1) たとえば, 1835年のニューヨーク大火による推定損害額が18,000,000ドルであ るのに対して, 1871年のシカゴ大火は10倍以上の190,000,000ドル, 1906年のサ ンフランシスコ大火は,実に350,000,000ドルに達した。
(B. Considine, "Man Against Fire," 1955, pp. 313‑314およびMehr&
Cammack, "Principles of Insurance, " 5th. ed., 1972, p. 756参照)
(2) W. F. Gephart, "Principles of Insurance," 1917, p. 88.付表。
86 (704) 19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉)
は,まさにこのような基盤の上に成立した。そこでは,その下部組織として の多数の地方協会の存在が注目される。この時代が「協力の時代」と称され る理由はここにある。
このような広範な保険会社間の協力関係の成立は,各種の保険技術上の発 展をもたらし,他方では保険監督行政の充実をみた。
本稿では,南北戦争終了後からサンフランシスコ大火(1906年 ) に い た る,主として19世紀後半を中心に,一連の会社間協力をめぐって,上記諸問 題を考察の対象とした。
(2) 産業の発展と火災保険事業
外国貿易を中心として発展してきたアメリカ商業資本は, 1857年の恐慌に より,商業資本の構造自体が破壊された。一方では綿工業を除いて,その他 の工業生産は低く,商業資本にとって,資本蓄積の対象となり得なかった。
このような状況の中から,旧来の商業資本による諸制約のわくを越えて自生 の,織物,鉄,木材をはじめとする産業資本の経済的基盤が確立されていっ た。この傾向は,南北戦争により一層推進された。この産業資本の発展,確 立を可能にした諸条件のうち,国土の開発による市場の拡大と南北戦争後の 需要の増大が注目される。鉄道は(第 2図)にみられるごとく急速に延長さ れ,市場の拡大および都市人口の増大(第1表参照)をもたらした。
ところで,この第1表によれば,人口, 8,000人以上の都市に住む総人口 の割合は, 1840年以前は,その伸ぴも遅々としていたが, 1860年以降は急速 な増加を示している。そして,人口の最も急速な成長を示した期間は,労働 者の最も活動のさかんな時期と一致する。とくに都市人口の増加は製造工業 の地域で著しく, 1920年には,人口の%以上が,ニューイングランド,中部 大西洋岸および東北中央部諸州に集中した。 ロードアイランドとマサチュ
セッツは90%以上が都市人口であり,ニューヨークは80%以上,ニュージャ ーシーは70%以上であった。この三地域は,生産額においてアメリカ工業製
19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉)
(3)
品のほぼ%を生産した。
(705) 87
労働人口の増大は移民によるところが大きい。 1860年から1920年の間にお ける, 2,850万人にのぽる外国からの永久的もしくは一時的な移入労働者の
270.. 000 260.000 240.000 220.000 200.000 180.000 160.000 140.000 120.000 100.000 80.000 60.000 40.000 20.000
゜
ノ
ン
(4)
(第 2図)鉄道営業マイル数の推移
、/
、V
/
/
,/
,
ノ,
/
一
ノ. . . ,,v
V
/
1850 1860 1870 1880 1890 1900 1910 1920
(3) Faulkner, "American Economic History," 1925, p. 585.参照 (4) Faulkner, op. cit., p. 453:
88 (706) 19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉)
(5)
(第1表)都市人口の成長
人 口 8,000人 以 上 の 都 市
代
I
年 総 人 口
I
1総割人口に占め合る人 ロ 都 市 の 数
1790 3,929,214 131,472 6 3.3 1800 5,308,483 210,873 6 4.0 1820 9,638,453 475,135 13 4.9 1840 17,069,453 1,453,994 44 8.5 1860 31,443,321 5,072,256 141 16.1 1880 50,155,783 11,365,698 285 22.7 1900 75,994,575 25,018,335 547 32.0 1920 105,710,620 46,307,640 924 43.8
(6)
受入れは,ほぼ,この国の1850年の人口に匹敵するほどである。さらに,急 激な生産の発展は,労働集約的機械の採用,すなわち,主として国内市場を 対象とする大量生産方式の導入と地域別の特化現象が明確になってきた。た とえば,ニューイングランド,ニューヨーク,ペンシルベニア州などの東北 部は,市場,労働力,資本,鉄道をはじめとする輸送手段にめぐまれ,工業 の中心地として発展し,中西部は,豊富な農鉱業の原料を中心として, 食 品,車両,農機具などの製造業を発展させた。また太平洋岸諸州および南部 は,農業と製材業を中心に発展した。
この特化傾向は,広大なアメリカにおける全産業に見い出されるものであ って,後述のごとく,危険事情の質および量的な相遮は,料率協定におい
(7)
て,地域的規模の組織が安定的であるという結果をもたらした。
(5) Faulkner, op. cit., p. 584. (6) Faulkner, op. cit., p. 612.参照.
(7) 本稿,第6節参照
19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉) (707) 89 ところで,第 2表は,主要工業部門における総資本の配分比である。
(8)
(第2表)主要工業部門総資本の配分比 (%) 工 業 1909年 1899年 1889年
I
1879年主要工業総計 100 100 100 100 食 糧 品 加 工 17.3 19.2 16.2 18.3 繊 維 15.0 16.7 19.6 22.2 皮 革 3.9 4.1 4.8 5.8 ゴ ム 1.0 1.0 0.7 0.3 木 工 10.4 10.7 14.5 13.3 紙 ・ パ ル プ 3.1 2.7 2.0 2.1 印 刷 。 出 版 3.6 4.2 4.1 2.9 化 学 5.4 5.6 5.1 5.0 石 油 精 製 1.1 1.2 1.4 1.0 石 材 ・ 窯 業 5.1 4.1 3.8 3.1 鉄 鋼 14.2 10.6 11.3 11.7 非 鉄 金 属 4.2 4.4 3.3 3.2 機 械 11.0 11.3 9.8 8.9 運 輸 手 段 2.3 2.1 1.3 0.3 雑 2.4 2.0 2.2 1.9
これによると,食糧品加工,繊維工業の低下傾向と,それにかわる鉄鋼お よび機械工業の増加傾向が見い出される。機械工業はエ作機械を中心に発展 したが,特殊鋼の開発により工作機械の生産性が倍増した。
ところで,この時期における鉄鋼業の生産額の増加は第3表にみられるご と<,とくに著し<,産業の中心的地位を占めた。この鉄鋼業発展の契機とな
(8) 鈴木圭介編「アメリカ経済史」 1972年, 408頁
90 (708) 19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉)
ったのは,鉄鋼業に関する生産技術上の発展と市場的条件すなわち,機械工
(9)
業の展開とすでに指摘した鉄道網の急速な形成である。
このような産業の急激な発展は,火災危険の拡大をもたらしたことは容易
年
1859 1869 1879 1889 1899 1909 1919
(10)
(第3表) 18591919年の鉄鋼業の発展 企 業 数 1平均,賃金労働者数I 資 本 金
402 22,014 $ 23,343,000 808 77,555 121,772,000 792 140,798 209,905,000 719 171,181 414,045,000 668 222,490 513,392,000 654 278,505 1,492,316,000 695 416,748 3,458,935,000
生 産 額
$ 36,537,000 207,209,000 296,558,000 478,688,000 803,968,000 1,377,152,000 3,623,369,000
に理解できよう。第4表は,火災損害額の推移である。これによると,高額 の火災損害の発生とともに,極端な大火発生年度を除けば,損害額に一定の 逓増傾向を見い出すことができる。この傾向は,すでに指摘した都市人口の 増大,大量生産方式の導入,機械工業およぴ鉄鋼業をはじめとする産業活動 の進展と軌をーにする。
(9) 鈴木圭介絹,上掲書.407‑408頁参照。
なお,鋳鉄および機械工業の生産額は,・1860年には, 88,648,000ドルであり,
1914年には,約10倍の866,545,000ドルヘと急増した。 (Faulkner. op. cit.. p.550参照)
(10) Faulkner, op. cit., p. 576.
年
19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(永吉) (709) 91
(11)
(第4表) 18751914年におけるアメリカの年間火災損害額の推移 度 損 害 額
I
年 度I
損 害 額1875 $ 78,102,285 1895 $ 142,110,233 1876 64,630,600 1896 118,737,420 1877 68,265,.800 1897 116,354,575 1878 64,315,900 1898 130,593,905 1879 77,703,700 1899 153,597,830 1880 74,643,400 1900 160,929,805 1881 81,280,900 1901 165,817,810 1882 84,505,024 1902 161,078,040 1883 100,149,228 1903 145,302,155 1884 110,008,611 1904 229,198,050 1885 102,818,796 1905 165,221,650 1886 104,924,750 1906 518,611,800 1887 120,283,055 1907 215,084,709 1888 110,885,665 1908 217,885,850 1889 123,046,833 1909 188,705,150 1890 108,993,792 1910 214,003,300 1891 143,764,967 1911 217,004,575 1892 151,516,098 1912 206,438,900 1893 167,544,370 1913 203,763,550 1894 140,006,484 1914 221,439,350
この火災損害額はまた,第5表のごとく,都市部と郡部においても,明確 な差異を生じた。すなわち,都市部におけるレンガ造等の建物および郡部に
(11) Gephart, op. cit:, p. 88.
;
92 (710) 19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(吉吉)
お け る 木 造 建 物 の 損 害 額 の 高 さ が 注 目 さ れ る 。 こ の 差 異 は , 建物の材質にも
(12)
よるが,消防能力をはじめとする各種の要因が加味されなければならない。
し か し な が ら , 火 災 発 生 件 数 が , 都 市 部 に お い て 郡 部の約2倍 に も 達 し て い るのは,都市人口の増大と火災危険の多様化傾向を示している。
(13)
(第5表)アメリカにおける火災損害額 (1907年)
合 計
I
都 市 部 郡 部火 災 損 害 額 合 計 ・・・ $ 215,084,709 $ 107,093,283 $ 107,991,426 建 物 ・・・・・・・・・ 109,156,894 50,173,625 58,983,269 収容動産•••…… 105,927,815 56,919,558 49,008,157 レンガ造等の建物 ・・・ 68,425,267 48,908,744 19,516,523 建 物 ・・・・・・・・・ 31,092,687 19,816,474 11,276,213 収容動産•••…… 37,332,580 29,092,270 8,240,310 木 造 建 物 … 146,659,44 58,184,539 88,474,903 建 物 ..・・・・・・・ 78,064,207 30,357,151 47,707,056 収容動産•……•• 68,595,235 27,827,388 40,767,847 火災発生件数・・・ 165,257 105,406 59,851 レンガ造等の建物... 36,140 25,297 10,843 木造建物・……•• 129,117 80,109 I 40,008 一 人 当 り 損 害 額 ・・・ 2.51 2.54 2.49
(12) なお,消防に関しては技術的にすでにスプリンクラーが開発され, とくに,
1880年 以 降 急 速 に 普 及 し た 。 組 織 的 に も 全 国 消 防 協 会 (National Fire Prevention Association)が1896年に火災保険会社,代理店を中心に結成され,
建築基準の設定など種々の手段によってかなりの成果を上げた。 (Zartman &
Price, "Yale Peadings in Insurance", 1916, pp. 94‑95およびp.361.参照)
(13) Gephart, op. cip., p. 247.
19世紀後半におけるアメリカ火災保険事業(吉吉) (711) 93 一方,火災損害額の差は,第 6表に示されるごとく地域的にもかなり明確 に見い出すことができる。すなわち,ケンクッキー,テネシー,アラバマな どの各州からなる南中央部の一人当り損害額は,他の地域よりかなり高い。
地理上の区分 北 大 西 洋 岸 南 大 西 洋 岸 北 中 央 部 南 中 央 部
西 部
(14)
(第6表)地理上の区分による火災損害 (1907年)
総 人 ロ 損 害 額 合 計
I
一人当り損害額23,779,013 $ 59,447,532 $ 2.50 11,574,988 25,349,223 2.19 29,026,645 68,793,148 2.37 16,368,558 59,908,922 3.66 4,783,557 12,676,426 2.65
この差異は生産様式,防火上の各種規制の方法等が考慮されなければなら ないが,南中央部は木材を豊富に産出し,したがって建築は,ほとんど木造 となり,それゆえ,人々が木造建築に対する規制を好まなかったという事情 が指摘されよう。
ところで,火災保険会社の経営状況はどうであったか。次表は, 1860年か ら, 1911年までの損害率をはじめとする各種比率を示したものである。これ によると,全般的に料率の安定化傾向がみられる。これは料率協定の一応の 成果と考えてよいであろう。
(14) Gephart, op. cit., p. 253.(ただし,地理上の区分における州の詳細は省略)