感情価の異なる単漢字刺激を 用いた注意の瞬き
佐 藤 基 治
*
原 口 恵**
はじめに
注意の瞬き(Attentional Blink)とは、高速逐次視覚提示(RSVP)で提 示される妨害刺激の中に埋め込まれた二つのターゲット刺激を同定しようとす るとき、先行ターゲット(T1)の約
500
ミリ秒以内に提示される後続ターゲッ ト(T2)の検知率が低下する現象のことである。注意の瞬きはBroadbent &
Broadbent(1987)によってその現象が報告されてから、ここ 20
年ほどの研究によって様々な知見が得られているものの、はっきりとした生起要因やメカ ニズムについて、未だに見解の一致はみられていない。このことに関しては既 に言及した(佐藤・原口, 2008a)。
伊丸岡(2006)によると、情動的刺激が注意に与える影響の時間的な変化は 未だ明らかにされていない部分が多く、近年、注意の瞬きでの情動的な影響の 側面を検討するための様々な研究がおこなわれている。本論文では、感情価の 異なる漢字二字熟語を刺激として用いた実験(佐藤・原口
2008b)に引き続
いて、単漢字を刺激として用いた注意の瞬き実験の報告をおこなう。* 福岡大学人文学部准教授
**九州大学大学院人間環境学府
注意の瞬きと情動
はじめに、この数年間に情動との関連でなされた注意の瞬きに関する研究を 概観する。情動的刺激を使用したこれらの研究では、画像刺激や単語刺激が使 用されており、いずれの研究も、情動的刺激を用いた場合の
T2
検知率は、中 性的刺激を用いた場合のT2
検知率と比較して、差があることを明らかにして いる。画像刺激と注意の瞬き
Trippe, et al.(2007)はクモ恐怖症患者と健常者を被験者とし、T1
刺激にニュートラル画像、T2刺激にニュートラル、情動的、あるいは脅威的な画像 を使用した注意の瞬き実験を行い、結果は、どちらの群もニュートラルな
T2
よりも情動的なT2
の方が高い検知率を示したことを報告している。注意の瞬き実験では、一般的には
T1
とT2
の報告が求められるが、Most,et al.(2005)は、T2
の特徴を報告することのみを課題とする実験を行った。T1
の位置に課題とは無関係な不快刺激を提示させることで、課題とは無関係 な不快刺激が注意の瞬きにどのように影響するかを検討することが目的であっ た。実験の結果は、ターゲットの特徴に関する情報が与えられている場合とそ うでない場合とでは、被験者の危機回避レベルの高さによって処理スピードが 異なることを明らかにしている。情動的な刺激を用いた注意の瞬きに関する神経基盤
近年では、注意の瞬きへの情動的な刺激の影響を、神経生理学的な立場から 検討している研究もある。例えば前述した
Trippe, et al.(2007)の実験では、
クモ恐怖症患者の群は
T2
がクモの写真であるときに、統制群と比較して、検 知率が高いことと、P300がクモ恐怖症患者の群でより大きいことを明らかに した。また、Anderson & Phelps(2001)は、健常者に見られる情動的な刺激による注意の瞬きの低減が、扁桃体損傷患者では見られないことを明らかにし ている。さらに
Lewis et al.(2007)は fMRI
を用いた測定を行い、感情価の 処理のときは眼窩前頭回、覚醒度の処理のときは扁桃体が賦活していることを 報告した。また、Keil, Ihssen & Heim(2006)は、情動的な
T2
の提示は、中性的なT2
の提示と比べて、より大きな脳波活動を示しており、情動を喚起させる情報は 初期の知覚的な分析のレベルで優先的に選択され、結果的にはワーキングメモ リなど、後期の処理段階での促進が起こっていることを示唆している。単語刺激と注意の瞬き
感情を喚起させる刺激は絵や写真だけではない。感情を喚起させる刺激とし て単語を使用している研究もある。これまでの研究で、RSVP上に提示され た単語は意味のレベルまで処理されているということが明らかにされている。
そこで、感情を喚起させる単語を用いて、注意の瞬きへの影響について調べた 研究もいくつかある。
注意の瞬き課題において、情動を喚起するような刺激を用いた場合、その刺 激により多くの注意が向くという報告がなされていることは先に述べたが、
Arend & Botella(2002)は、注意の瞬き課題において、刺激の情動的な影響
と被験者の不安特性の影響とを明らかにすることを目的として、単語を刺激に 用いた実験を行っている。実験の結果は、不安特性の高い被験者は、T1に情 動的な刺激を提示した場合には、ニュートラルな刺激を提示した場合と比較し て、T2の検知率が有意に高いということであった。すなわち注意の瞬きが小 さくなったということと、T1に情動的な刺激が提示されると処理が速くなり、その後に出現した
T2
も処理できるということとが結論された。一方、Kihara & Osaka(2008)の実験では、ネガティブな
T1
の直後に出 現したT2
の検知率は低くなり、結論は、ネガティブなT1
に注意が向けられて、直後の
T2
処理に出遅れてしまうからだというものであった。この
Arend
らの、情動的なT1
は処理が速いのでT2
の検知率も上がるという結論と、Kiharaらの結論とは矛盾するものだといえるが、Arendらの結論 は特性不安の高い被験者に限ったものであるので、条件を統制した上での比較 をおこなう必要があると思われる。また、前述した
Most et al.
(2005)の実 験では、危機回避の高い群は不快な刺激に注意をひきつけられ、T2の処理が 下がるという結論を得ている。これらの矛盾が画像と単語の違いからくるのか、危機回避と特性不安の違いからくるのか、といった点を解明するために、詳細 な検討が必要である。
漢字刺激と注意の瞬き
漢字を刺激として用いた注意の瞬き実験も行われている。Ogawa & Suzuki
(2004)は単漢字を刺激として用いた。実験の結果、lag3において、ネガティ ブな
T2
の検知率がポジティブなT2
やニュートラルなT2
と比較して、有意 に高くなり、ネガティブな刺激は他の刺激を抑制して処理されると解釈された。Kihara & Osaka
(2008)は、漢字二字熟語を刺激として用いた注意の瞬き 実験を行い、ネガティビティバイアスの初期メカニズムを調査した。結果とし てはネガティブなT2
による注意の瞬きの低減と、ネガティブなT1
によるニュー トラル及びネガティブなT2
処理への干渉が見られ、ネガティビティバイアス が生じるには注意資源が必要であると結論している。また、ネガティブな刺激 を見つけると注意がひきつけられるが、SOAがおよそ300
ミリ秒(lag3)以 上では感情価による検知率の差がみられなかったので、300ミリ秒以上では注 意が解放されると解釈されている。lag3におけるネガティブなT2
の優先的な 処理はネガティブなT1
によって、完全に無効化することはなく、それゆえに、意識に上る前のネガティブな刺激は意識的な探索のために、注意資源を必要と していると述べている。
Kikuchi(1996)は、漢字二字熟語を RSVP
上に提示した場合の影響につ いて実験をおこなっている。刺激提示時間が長い場合にはプライミングがみら れることと、被験者の特性によってエラーパターンが異なることが明らかにさ れた。刺激の覚醒度と注意の瞬き
Keil & Ihssen(2004)は、刺激の覚醒度による検知率の差異について検討
した。実験の結果から、刺激の感情価と覚醒度、またターゲットと妨害刺激の 意味的な関係がT2
検知率の差異の原因として示唆されたが、覚醒度が統制さ れているときは、快刺激の検知率が高いことから、注意の瞬きへの影響は、刺 激の覚醒度が関係すると考えられた。2段階モデル(Chun & Potter, 1995)の観点から、覚醒度は第
1
段階での刺激の選択をよりすばやくおこなわせ、第2
段階へより容易に送ることを促すと解釈している。一連の実験の結果から、短時間で連続的に提示される情動的-感情的なものは中性的なものと比べて優 先的に選択されると考察され、比較的大きい
lag
では、快刺激に対する敏感さ が表れると考えられた。佐藤・原口(2008b)による
T1
とT2
に感情価の異なる漢字二字熟語を用い た実験の結果、T1のネガティブな感情価による注意の瞬きの増大と、ネガティ ブなT2
による相殺効果がみられた(図1
)。T1の感情価、あるいはT2
の感 情価が単独で、検知率、言い換えると注意の瞬きの大きさを決定するわけでは ないことを報告している。感情価の異なる単漢字を刺激として用いた注意の瞬き実験 目的
本実験の目的は、単漢字の感情価の違いが注意の瞬きに影響を及ぼすかどう かを検討することである。漢字二字熟語を使った佐藤・原口(2008b)の実験 の被験者の報告には、同じ熟語が刺激として何回も出現するため、漢字二字熟 語の場合、「どちらか片方の漢字だけを見て判断している場合があった」とい うものがあった。たとえば「自殺」という刺激の場合、「自」という漢字を見 て、「ターゲットがあった」と反応したのである。このように、同じ単語を繰 り返し提示したことで、被験者は課題に対する方略を立てることとなり、再生 課題及び再認課題の成績が上昇した可能性があり、刺激の感情価の影響は不明 瞭である。そこで、T1と
T2
の感情価の組み合わせを単漢字刺激で将来的に 行なうことを予定して、T2の感情価のみを操作した単漢字刺激を用いた注意 の瞬き実験を行った。同様の実験は
Ogawa & Suzuki
(2004)により既になされており、ネガティ ブな単漢字がT2
として出現すると、その検知率が上がることを示している。ただし、彼らの実験では、それぞれの感情価の
T2
に1種類ずつの単漢字を設 図1:佐藤・原口(2008b)の実験結果Nはネガティブ刺激、n はニュートラル刺激を表す。例 えば、Nn は T1 にネガティブ刺激、T2 にニュートラル 刺激を提示したことを表す。
定しており、一般化は困難である。このことは
Trippe(2007)においても言
及されている。そこで、本実験では、それぞれの感情価のT2
に、5文字ずつ 単漢字を設定し、本実験でもOgawa
らと同様の結果が得られることを予測し て実験を行った。予備調査
実験に使用する刺激の選定のため、予備調査を実施した。
調査対象者 大学生
57
名手続き 五島・太田(2001)のリストの中から、感情価の高い群、低い群、中 間の群に属する漢字二字熟語を形成する漢字を
72
字選び出した。調査対象者 は、72字の中から、ポジティブだと思う漢字と、ネガティブだと思う漢字を それぞれ5
字ずつ選ぶことを求められた。結果 データを集計し、ポジティブ、またネガティブな漢字であると調査対象 者が判断した漢字を上位から
5
字ずつ選定した。これらの漢字を本実験で使用 する情動的なターゲット刺激とし、72字の中でポジティブな漢字にもネガティ ブな漢字にも調査対象者が選ばなかった漢字をニュートラルなターゲット刺激 及び妨害刺激とした (表1
)。 また、 使用した漢字の感情価と覚醒度を、Self-Assessment Manikin
の尺度を用いて、予備調査とは異なる大学生51
名 に評価させた。刺激の親密度と複雑度は近藤・天野(1999)の研究に基づいて 統制した(表2
)。表 1 :刺激に用いた文字
positive negative neutral distracter False Alarm
幸 死 野 全 示 般 葉 庭 所
笑 殺 語 海 表 素 道 部 度
楽 悲 権 論 橋 並 実 家 池
晴 病 図 事 線 包 形 待 意
福 嫌 村 京 標 気 味 同 数
方法
刺激 総画数
5
~15画の漢字で、T1は中性的な単漢字(本、共、定)、T2及 び妨害刺激は予備調査で選定した単漢字を使用した。T1は白色、T2と妨害刺 激は黒色で提示した。被験者 正常な視力または矯正視力を持つ大学生
19
名(男性3
名、女性16
名)装置 パーソナルコンピュータ
NEC MY28V/L-E、 CRT
モニタMITSUBISHI RDF223H、心理学実験用ソフト E-Prime(Psychology Software Tools, Inc.)
手続き 被験者は観察距離
57cm
の位置に顎台によって頭を固定され、課題を 行った。試行が始まると、T2についての教示(『「○」という漢字を探してく ださい』)が2000ms
提示された。続いて凝視点の『+』が1000ms
提示され、17~21
語の刺激がRSVP
上に提示された。各刺激の提示時間は80ms、ISI
は20ms
であった。T1の前には8~12
のいずれかの数の妨害刺激が提示された。T1
とT2
間のlag
はlag1、lag3、lag7
の3
パターンであった。T1
の後にはT2
を除いて7
個の妨害刺激が提示された(図2)。刺激提示後、被験者は T1
を口頭で報告した。続いて、試行開始直後に教示されたT2
の有無をキーボー ドで反応するように求められた。本試行の前に練習試行を20
試行おこない、本試行は、T2の感情価パターン(快、不快、中性)がそれぞれ
45
試行ずつあ り、そのうちT1
とT2
のlag(1、3、7)で 15
試行ずつあった。さらにフォー ルスアラーム率を測定するために、T2が教示したものと異なる漢字である試表 2 :実験で使用した漢字刺激の評定値
感情価 覚醒度 親密度 複雑度
M SD M SD M SD M SD
positive 1.72 0.07 2.65 0.05 6.38 0.19 3.69 0.13 neutral 4.40 0.60 4.02 1.04 6.13 0.20 4.00 0.31 negative 8.42 0.18 6.70 1.09 6.40 0.18 3.67 0.42
感情価と覚醒度は Self-Assessment Manikin の尺度を用い て測定された。また、親密度と複雑度は近藤・天野(1999)
の研究に基づき統制した。
行を
45
試行設けた。本試行の180
試行はランダムな順序で行なった。結果と考察
T1
の誤答率は平均4.83%(SD=2.86)であった。本研究では、注意の瞬き
研究で一般になされているのと同様に、T1が正答であった場合のT2
の正答 率を分析した。被験者19
名のうち、各条件のT2
の検知率が平均より2SD
外 にあるデータを持つ被験者2
名のデータを分析対象から除外した。正答率を角 変換し、T2の感情価(快、不快、中性)とlag(1、3、7)を変数とした 2
要図2:刺激提示
実験で使用した刺激の提示方法。教示、凝視点及び T1 前の 8 ~12 個の妨害刺激の提示は lag の条件間で共通で あった。T1 以降の提示方法は 3 条件に分かれていた。左 から、lag1、lag3、lag7 の刺激提示方法である。
因分散分析を行った(図
3
)。分析の結果、lagによる主効果が有意であった(F(2,30)
=17.993,p<.01)。詳細な検討の結果、 T2
の検知率に関しては、lag1 条件やlag3
条件よりもlag7
条件の方が高かった(p<.01, p<.01)。感情価の主 効果およびlag
と感情価の交互作用は有意ではなかった(F(2,32)=.662, ns; F
(4,64)
=.884, ns.)。このことから、注意の瞬きは起こったが、T2
の感情価に よる影響はみられなかったと考えられる。Ogawa
らの実験結果でみられたネガティブな刺激の影響は、本実験ではみられなかった。この結果は、注意の瞬きにおいて単漢字刺激の感情価の影響は 必ずしもあるとは言えないことを示している。Ogawaらの実験ではネガティ ブな刺激の影響が現れていたが、彼らの実験では
T2
に用いられた漢字は1
種 類ずつしかなかった。刺激の視覚的特徴に関する影響がみられないことは彼ら の第2
実験によって明らかにされているが、われわれの実験においてT2
の漢 字の種類を増やすと影響がみられなかったことから、漢字の感情価による注意 の瞬きへの影響を一般化するには今後の詳細な検討が必要であると思われる。これまでの研究で述べられているように、われわれを脅かすようなネガティ ブな情報をすばやく処理するために、それらに注意を向けることはごく自然な
図3:実験結果
ことである。しかしながら、単漢字の場合は、日常生活において単体で見かけ ることはなく、多くは送り仮名がついていたり、熟語を形成したりしているた め、本実験では感情価の影響を受けなかった可能性が考えられる。
漢字二字熟語と単漢字とでは意味的レベルでの処理の速さが異なるのではな いか。佐藤・原口(2008b)では二字熟語であるために処理スピードが遅くな り、より感情価の影響を受ける。しかし、単漢字の場合は、処理に二字熟語ほ ど時間がかからないので、感情価の影響を受ける前に処理を終えてしまうと考 えられる。二字熟語ではそれぞれの文字を手がかりにして熟語の意味を理解す るために、多くの時間を要し、結局注意の瞬きが生じる。佐藤らのような
lag1
における感情価の影響が見られなかったのはそのためである可能性がある。まとめ
本研究は、単漢字を刺激とした注意の瞬きに関する実験を行い、刺激の情動 価が注意の瞬きに与える影響を明らかにすることを目的とした。
Kihara & Osaka(2008)は漢字二字熟語を刺激とした注意の瞬きに関する
実験的研究を行い、ネガティブなT2
による注意の瞬きへの影響を明らかにし た。佐藤・原口(2008b)は、T1とT2
の感情価の組み合わせによる注意の瞬 きへの影響を検討したが、T2の感情価による注意の瞬きへの影響は見られず、注意の瞬きに影響を及ぼしているのは
T2
の感情価よりもT1
の感情価である 可能性を報告した。しかしながら、漢字二字熟語を刺激として使用した場合、被験者が二字熟語 の一方の文字を見て反応する可能性があり、感情価の影響が不明瞭であると考 えられた。そこで単漢字を刺激として使用した実験を行った。単漢字を刺激と した研究は
Ogawa & Suzuki
(2004)によって既に行われ、注意の瞬きに対 する刺激の感情価の影響が示されていたものの、彼らが使用した単漢字はT2
のそれぞれの感情価に対して1
種類ずつであったため、本研究ではT2
に使用する文字の種類を増やし、その感情価のみを操作した実験を行った。その結果、
単漢字刺激の
T2
の感情価の違いが注意の瞬きへ与える影響は見いだされなかっ た。漢字刺激を用いた注意の瞬きに関するわれわれの
2
つの実験において、T2 の感情価による影響は見られず、一方で、T1の感情価あるいはT1
の感情価 とT2
の感情価の組み合わせがT2
の検知率に影響を与える可能性が示唆され た。この報告では言及することができなかったが、単漢字刺激を用いての
T1
とT2
の感情価の組み合わせの影響の実験的検討は、今後行う予定である。参考文献
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