経営 と経 済 第83巻 第4号 2004年 3月
藻利重隆博士における経営学の 社会的価値 と課題
笠 原 俊 彦
Abstract
ShigetakaMohriappreciatesacademicstudybecauseofitscontribu‑
tiontotheprgressofsociety,andespeciallystudyofbusinessmanage一 ment(Keiei‑gaku)ofitsassistancetothedevelopmentofsocial eCOnOmy・
ThisviewIS,Ofcourse,ontheonehand,Mohri'sconfessionofhis valuationinmaJOrlngKeiei‑gaku,Ontheother,theexpressionofhis confidenceinthe ̀demandofindustrialsociety'uponhisspeciality, thedemandwhichhebelievestobehisprofessionaldutytoanswer;he distinguishesthisfromthatinvulgarmeanlngWhichseemstoaskKeiei一 gakuforvarietyofmeanmanagementtechnics;thelatterherefusesto fulfill,thoughhedoesnotrejectbut,onthecontrary,highlyevaluates managementtechnologiesjustasPartsofKeiei‑gaku.
Intheirearlydaysandlongafter,suchstudiesasKeiei‑gakuinJapan, whichbeganorlglnallywithT.Ueda'S̀BusinessEconomicsI,
̀Betriebswirtschaftslehre'inGermanyand ̀ManagementTheory' inU.S.A.wereallorientedtothebettermentofsociety;thisinclina‑ tionofthelattertwoseemstohavederivedinthemainfrom ̀thespirit ofmoderncapitalism'which,impelledbyCalvinisticreligiousmind
(Religiositえー),hademergedasthe ̀puritan'spiritof̀Sacrificing oneselfforhiscalling aI ndthengraduallylostitsreligiouscharacterat
lasttobetakenplacebythatofutilitarianism,whereasthespiritunder‑ lyingKeiei一gakuseemstohavedifferentcausewhichisnotknown
clearlyevennow.
Japanimportedthemoderncapitalism intheperiodofMeijibutnot itsspirit(thetrial,ifexecuted,wouldhaveexperiencedtremendous difficulties).JapanhadspiritofitsownsimilartothatofWestern moderncapitalism;itmighthavebeensuchaspiritasnourishingln‑
dustriouslabourforimprovementofsociety,whichfacilitatedtheaccep‑
tanceanddevelopmentofthemoderncapitalism,andwasthespiritual basisonwhichKeieトgakuhadbeenconstructed.
However,thiswasnotunderstoodevenbyuniversityprofessorswho majoredinotherdisciplinesthanKeie1‑gaku,withtheirpersistent prejudicetobusiness,andsobiasedview onKeiei‑gaku;theypre‑ sumedthistobeastudyofmeretechnicsformakingmoney,andthis view wasenhancedinaccordancewiththePost‑Warboom ofKeie1‑ gakuandresultingvulgarizationofittothemereconglomerationof managementtechnics.Nowthetrendofthis ̀technomania'hasspread widelyalloverthesocialsciences;graduateschool,oncewithacademic feature,lSnow asortOfpragmaticorganizationwherepeopleare trainedtobeclevereconomistsorbusinessmenwithvarioussocialtech‑
nologleS.
Mohrihasbeenwarningagainstthetrendtowardstechnomaniazation ofKeiei‑gaku,Forhim studyofsimplemanagementtechnologiescan notreplytotherealdemandofindustrialsociety;anyofsheertechnics cannotberationalnoreffectiveforbusiness;itsrationalityisonlytobe decidedbybusinesspoliciesderivedfrom somebusinessethos,sothe studyoftheethosistherealdemandofindustrialsocietyuponKeiei‑ gakuwhichthen,relatingmeanstotheend,maysuggestbusinessra‑ tionalmanagementtechnicsaswellastheiruse,andsocontribute, directly,tothedevelopmentofbusiness,indirectly,tothebettermentof industrialsociety.
Mohri'sview,explainedabove,presupposestherelationbetweenbus‑ inessandsocietythatthedevelopmentoftheformerbringstheprogress ofthelatter,andsohepresumesthattheethosofbusinessisthesame astheethicsofbusiness.However,headmits,todaywiththephenomen‑
onofincreaslngCOnCentrationofecocnomicpowerthereexistsstrong
藻利重隆博士 におけ る経営学の社会的価値 と課題
doubtaboutthepremise,andforhim thismeanstheseriouscrisisof Keiei‑gaku,becauseitdeprlVeSthestudentsoftheirwillingnesstostudy Keiei‑gakuseriously,
Fortunalely,Mohriisconvinced,thedoubtdoesnotmeanthecollapse ofbusinessethics(ifso,itmaycomesoontheendoffunctioningindus‑ trialsociety)butrathertheirsway;theethicsarenowintheprocessof historicaltransformation,andsotheirfigureisnotapparenteventobusi‑ nessmen.Theethicsheredonotmeanthoseofsocietywhichare forccdtobusinessfrom outsidetoperform,butthoseofbusinesswhich areimmanentandvoluntarilyexecuted;theethicsarethenecessityfor thelifeofbusinesswhichmaysurviveandprosperonlywithfunctionlng society.Sotheinvestigationofbusinessethicsistheurgentneedofin‑ dustrialsocietyandthemaintaskofKeiei‑gaku.
Keywords:DemandofindustrialsocietyonKeiei‑gaku (Theoryof BusinessManagement),
Studyofsheermanagementtechnics,
Studyofbusinessethicsasthebusinessethosandtheba‑ sisofrationalbusinessmanagement
経営学 に対す る産業社会の要請 , 単 なる管理技術の研究,
企業の指導原理 かつ管理の基礎 としての企業倫理 の研究
1.序
2.経営学 に対 する経済社会の要請 3.大学 におけ る経営学観の変遷
4.藻利説 における経営学の社会的価値 5.経営学の危機 と企業倫理の動揺 6.経営学 と企業倫理の解 明
7.紘
1.序
社会科学の分野 において,学問の価値 を意識的 に問題 とし, この ことを深 く考慮 して形成 された学説 として,われわれは一つの優れた経営学説を知 っ ている。藻利重隆博士の経営学説 が,それである。 この学説 は,真理の探究
とこれに もとづ く社会の改良への貢献 に,学問 としての経営学の価値 を求め る。 しか も,それは,企業の合理的行動 を解 明 し企業の発展 に資 す ることに よって社会の発展 に貢献す るこ とを,経営学の課題 として理解す るのであ り, ここに経営学の価値 を求め ようとす るのである。
われわれは,まず,本稿 において,経営学の価値 についての藻利博士の こ の ような考 え方 を解 明 しよう。そ して,われわれは,次稿以下 において,莱 利博士が この ような考 え方 に もとづいて どの ような経営学説 を形成 しようと
したのかを明 らかに し,さ らに, この ように して形成 された経営学説が,経 済社会の動向, とりわけその思惟の動 向 と, どの ような関連 を有 しているか
を考察す ることとな るであろ う*。
2.経営学に対する経済社会の要請
藻利博士は,学問の価値 をその社会的価値 に求め る。 ここに学問の社会的
*
藻利博士の考 え方についての本稿におけ るわた くしの論述は, とりわけ下記の書物, そ して一橋大学における1962年度の 「経営学原理」の講義 (3, 4年次配当),さらには 1962年以降,学部での2年間のゼ ミナール,大学院修士課程および博士課程 での5年間 に及ぶゼ ミナール,さらにはその間およびその後の数10年 に及ぶ博士 との私的な会話に もとづいている。藻利重隆著 『経営学の基礎』 (新訂版),森山書店,1994年。
同著 『経営管理総論』 (第二新訂版),千倉書房,平成6年。
同著 『労務管理の経営学』 (第2増補版)千倉書房,昭和51年。
藻利 重隆博 士 におけ る経営学 の社会的価値 と課題 5
価値 とは,人間社会 に対する学問の役立ち, よ り正確 にいえば人間社会の発 展ない し改造 に対す る学問の役立ち に他な らない。そ して,藻利博士 自らは,
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この社会の発展 に対 す る学問の役立 ちを, とくに社会の経済的側面の発展 に
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対する学問の役立ち,すなわち経済社会の発展 に対す る学問の役立 ち, とし て理解す る*。
この ような学問観 は, もちろん,人間の社会 を研究対象 とす る学問 として の社会科学 ,なかで も主 として社会 の経済的側面 の一部 としての企業 を対象 とす る経営学 を念頭 に置いたそれである。 同時 に,それは,藻利博士の人生 観の告 白であ り, この意味 における価値判断の告 白であ ることが注意 されな ければな らない。藻利博士 は,社会科学 としての経営学は経済社会の発展 に 役立 つ ことに よって社会的価値 を もつ ときに,は じめて学問の名 に値 い し生 涯 にわたる努力に値 す る, と考 えるのであ る。
われわれは,いま,社会科学, とりわけ経営学 についての藻利博士の上記 の学問観が博士の人生観の告 白であ り, この意味 における価値判断の告 白で ある, と述 べた。 しか しなが ら,藻利博士 によれば, この ような学問観 ,す なわち,経営学 に社会的価値 を与 えそれを学問の名 に値 す るもの とす る経済
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社会の発展 に対 するその役立ちない し意義は,博士が単 に個人的に この よう
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に考 え確信 した ものではない。それは,実 に,経営学 に対する経済社会の要
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請 にも とづ く。 それは, この経済社会の要請 に対 して藻利博士 が これに応 え ることに経 営学者 としての責務 を見 出 した ものなのである。
藻利博士 によれば,第二次大戦後 , 日本の大学 において著 し くその地位 を 高めて きた経営学は, この ような経済社会の要請 に応 えることを期待 されて きてい るのであ り, この要請 に応 えることによっては じめて,経営学 は,礼 会的価値 を与 え られ,学問の名に値 す るもの とな る。そ して, この社会的要 請 に応 え,経営学 を社会的価値 ある ものにす るこ と, これ こそは,経営学者
*
本節 における藻利博士の所論は,主 として次による。藻利重隆著 『経営学の基礎』 (新訂版)第一章。
としての 自らの務めなのである。
ここで,われわれは,経営学に対す る経済社会の要請 といわれるものにつ いて,藻利博士が二 つの ものを明確 に区別 していることに注意 しなければな
らない。
その第‑は,い うまで もな く,以上 に述べて きた経済社会の進歩 ・発展な
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い し改造 に対す る貢献である。 これが より良い人間社会の形成に対する貢献 の一部であることはい うまで もない。 この ことについては,われ われは,こ
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こにい う改造 が,決 して革命 (revolution)を意味 しない こと,そ れが漸進
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的な改良 (evolution)を意味す るこ とに とくに注意 しなければな らない。
藻利博士 によれば,革命は反革命を引 き起 こし社会 を混乱に導 く。した が っ
て,漸進的改良 こそ社会の発展のための最良の途なのである*。 この意味の 改良に寄与すること, これ こそは社会科学の課題の一つであ り, この課題に 応 えることに社会科学 としての経営学の価値が認め られ うるのである0
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経営学 に対する経済社会の要請 といわれるものの第二は,処世の術の提供 である。 これは,疑 い もな く,人 々が経営学 に対 して求めるものの一つであ る。 とい うよ り,われわれは,む しろ,これ こそが,今 日では,多 くの人々
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が経営学 に対 して求める主たるもの といわざるをえないであろう。
●
人 々は, とりわけ第二次世界大戦後,経営学の名が世間に浸透するにつれ て**, この学問 に対 して,ますます 自らの職業生活 に役立 つ諸技術を求め ることとなった。 この ことは,戦後,書店 に 「経営学」ない し 「経営」 と称 する一区画が設 け られた ことの うちに,そ して とりわけ この区画に並べ られ て きた種 々雑多な書物の標題の うちに明 らかである。そ こには,職業に関す
*
この ような考 え方が,当時大学において優勢であったマル クス主義を念頭 に置いてな されたものであることは,いうまでもない。* *
この ことは,経営学の内容が世間に理解 された ことを意味するものではない。経営●●学の名の浸透は, この名称の濫用を招 き,経営学の内容をむ しろ誤解 させることとなっ た。そして,後述するように, このことは,少な くとも一部の経営学者によって も助長 されたりである。
藻利重隆博士 におけ る経営学の社会的価値 と課題 7
るさまざまな技術 についての書物,「ハ ウ ・トゥ‑ もの」 といわれ るものま でが,山積みされて きたのであ り, これ らの書物 か らわれわれが感 じ取 るこ とので きる世間の経営学 に対するイメージは,かつて 日本経営学会理事長で あった小林喜楽教授を して経営学者 として 「恥ずか しい」 といわ しめた よう な ものであった。
この ような書店の光景は,書店を訪れた人 々, とりわけ若者の経営学 に対 するイメージを形成 したのであ り, この ことが,経営学 に対す るこq)意味で の社会的要請 を再生産 し続けることになった と考 え られる。一度 ひ との心の 中に形成 されたイメージは先入観 となって維持 され る。そ して,多 くの場合,
この先入観 にもとづいて,あるいは この先入観 を通 してのみ,ひ とは ものご とを見 ることになる。したがって,一度経営学 についての上記の ようなイメー ジを形成 したひ とは,た とえかれが大学 に入 り経営学の講義を聴 いた として も, 自らがすでに有 している経営学のイメージか ら脱け出ることに著 しい困 難を感 じるものなのである。
処世の術の提供 とい う意味におけ る経済社会の この要請 は,藻利博士が受 容 しこれに応 えようとするものではない。博士 によれば,処世の術の提供 を なそ うとす る経営学なるものは,学問の名に値 しない。なぜな ら,処世の術
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の提供は,経済社会の要請 に真 に応 えうるものではないか らであ る。
この ような藻利博士の主張については,われわれは,後 に,博士が この よ うに考 える根拠 を示す ことになるであろう。ただ, ここでは,われわれは,
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博士の この ような主張 について,博士が管理技術 を全面的に否定 しようとす るものでは決 してない ことを注意 しておかなければな らない。 この ことは, 博士の生涯 にわたる研究書の一つ 『経営管理総論』が,ある面においてまさ に管理技術の研究書であることによって も裏づけ られるであろう。 博士 にお いては,単なる処世の術 としての管理技術の提供 と経営学 における管理技術 の研究 とは区別 されているのである。
3.大学における経営学観の変遷
処世の術 としての経営学の理解あるいは経営学 に対する要請は,かつて商 業学 に対 してなされたそれ とある意味 において質を同 じくすると思われる。
ヨーロッパ中世 に始 ま り長い伝統をもつ商業学は,商人の取引のために必要
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な技術的知識 を集成 した ものであ り, この意味において経済社会の要求に応 えるものであった。 もっとも,商業学 を必要 とする人 々は,限 られた範囲の 人々であ った。それは,絶大な力を有 していた宗教 そ して政治か ら区別 され る経済の領域 において, しかもこの一部の特定の上層の人 々によって必要 と されたにすぎない。
この ことは,明治維新以降, ヨーロ ッパか ら商業学を輸入 しこれを教えた 当初の 日本について も,はば同様であった。 もっ とも,19世紀の ヨーロッパ において衰退 していった商業学に代 って新 し く生成 した経営学的研究は,19 世紀末ない し20世紀のは じめか らヨー ロッパ大陸にこのための高等教育機関
が相次いで設け られ るにつれ, より多 くの人 々によって学ばれたのであ り, 日本における商業学そ して この批判 にもとづいて形成 されることとなった経 営学 も, このための高等教育機関が発展する とともに,次第 に多 くの人々に よって研究 されまた学ばれることになった。 しか し,それで も, この ような 教育に,ましてや研究 に与 った人々は,やは り,経済社会の一部の上層の人 々だったのである。 日本において経営学がいわば大衆化 したのは,第二次世 界大戦後 であ り, とりわけ高度経済成長期以降であ る。そ して,経営学 に対 して,処世の術の提供 とい う意味での経済社会の要請が顕著 になったの も, まさにこの時期であった。
日本の経営学は, ドイツおよびアメ リカにおいて経営学的研究が生成 した と同時期 に,上 田貞次郎博士によって独 自に創成 されたのであるが,これは, 当初か ら人間社会の進歩 ・発展への貢献 に学問の社会的価値 を求める思惟に
もとづ くものであった。それは, この ような思惟 に もとづいて企業 に関する
藻利重隆博士 におけ る経営学 の社 会的価値 と課題 9
一つの体系的な経済学的研究すなわち 「企業経済学」 として構想 されたので ある。
その後, 日本に輸入 されることとなった ドイツの経営経済学 も,やは り人 間社会の進歩 ・発展への貢献 に学問の意義を認め る思惟 にもとづ くものであ
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った。それは,その内容か らいえば,企業の経済学 として構想 されたのであ るが,そこには,全体の利益に奉仕するもののみが学問である とする国民経 済学者 ブ レンタ‑ ノ (L Brentano)と同様の思惟 が陰に陽に存在 したので ある*。
この ような思惟 を,われわれは,例 えば,経営経済学の生成 か らナチス政 権 に よる干渉 までの時期 におけ る代表 的学説 , シ ュマ‑ レンバ ッハ (E.
Schmalenbach)の学説 に見 ることがで きる。経営経済学史の この時代は,
「シ ュマ‑ レンバ ッハの時代」 と呼ばれているのであるが, この時代 とりわ け1919年以降に,かれは,かれのい う共同経済すなわち国民経済の経済性な い し生産性 を回復 させ向上 させ るよう企業を指導す ることに経営経済学の課 題を見 出したのである。そ して,また, この ようなシ ュマ‑ レンバ ッハの学 説 を批判 し,国民経済の生産性向上のためではな く,企業の利潤性向上のた めの経営経済学ない し企業経済学の形成を意図 したホフマン(A.Hoffmann)
について も,われわれは,かれのい う利潤性の向上 が長期的利潤極大化 とし ての企業の利潤獲得能力の発展的維持であること,かれにおいては, このた めの合理的な活動への貢献 によ り経営経済学が経済社会の発展 に寄与すると ころに, この学問の価値が認め られていることを,理解することがで きるの である**。
ドイツの経営経済学 においては,いずれにせ よ, この ような学問観 にもと づいて,工業企業を中心 とする近代的大企業を対象 とし, これについての‑
*
もっ とも, この ような思惟が,利潤性 を求め る企業ではな く,経済性 を求め る経営 を 対象 とする規範論的傾向を生み出 した ことは,注意 されなければな らない。* *
この ことについては,次の書物 を参照 されたい。拙著 『技術論的経営学の特質』千倉書房,1983年。
つの科学 としての経済学を形成す るこ とが意図されていたのであ る。われわ れは,この ような経営経済学が,第二次世界大戦前の 日本に とりわけ大 きな 影響を与 えた ことに注意 しなければな らない。
だが,それだけではない。われわれは,戦前においてすでに, ドイツの経 営経済学 とともに 日本に輸入されていたアメリカの経営学的研究,管理論が, その技術学的性格 にもかかわ らず,経済社会の進歩 ・発展への貢献 とい う思 惟 と決 して無縁ではなかった ことに注意 しなければな らない。企業の工場 に おける合理化のための技術 としてのテイラー ・システムおよび これにもとづ くフ ォー ド ・システムは,疑い もな く社会改良 とい う思惟 と結びついていた。
とりわけフ ォー ド ・システムは,公衆の主たる構成者である労働者の購買力 の増大 とい う奉仕への動機 を企業の 目的 とするフ ォーデ ィズムに もとづいて いたのであ り,社会の発展への貢献 とい う意図を明確 に有 していたのであ る*。
この ように ドイツの経営経済学のみな らずアメ リカの管理論 もが,かつて 意識的,無意識的に社会改良への貢献 とい う思惟 を有 していたのは,一つに
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は,それ らが研究対象 としていた企業が近代企業であ り, この企業が特殊な 思惟 と関連を もつ ものであった ことによるであろう。 この思惟 とは,ヴ ェ‑
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バー
( M.
Weber)のい う近代資本主義の精神ない し資本主義の精神である。これは,天職労働 によって全体の福祉 をもた らす合理的な社会の形成に貢献
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し, この ことによって神に奉仕 しようとする清教主義的資本主義の精神 とし て成立 したのであ り,やがて次第に清教主義 とい う宗教的基礎 を失い, これ に代わって,功利主義 によって基礎づけ られることとなったのであるが,こ の ような基礎づげの変化 にもかかわ らず,天職 に対する義務 とい う特質を長 い間保ち続けたのである**。
*
この ことについては,藻利博士の前掲書,なかで も 『経営管理総論』の第三章 を参照 の こと。**
拙著 『企業の営利 と倫理 ‑ M.ヴ ェ‑バー研究 ‑ 』税務経理協会,2003年 を参 照 されたい。藻利重隆博士 における経営学の社会的価値 と課題 ll
明治維新以降の 日本は, この ような資本主義の精神の作用を受けて発展 し た西欧の近代資本主義 を受け容れることになった。だが,その際, 日本は, 近代資本主義の精神を も同時に受け容れたわけでは必ず しもない。近代資本
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主義の精神が近代資本主義を発展 させ る作用 をもつためには,それが企業者 によってのみな らず労働者 によって も保持 される必要があったのであるが, この ような精神の輸入 と受容ない し浸透は,仮 にこれが意図された として も, そのままでは著 しい困難 に遭遇 したであろう。
日本に近代資本主義が輸入され それが ここで発展 しえたのは,む しろ,
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ここには,すでに近代資本主義の精神 にも似た精神 ない し思惟が存在 し, こ れが近代資本主義の受容 と発展を支 えたか らだ, と推測 され うる。 この思惟 は,天職 に対する義務 という思惟 と同様の ものであ り, 自らの仕事 に勤 しむ ことに よ り社会 の発展 に尽 くす とい う内容 を もつ ものであ った と考 え られ る*。
この ことか らすれば,近代企業についての経済学 とい う新 しい学問を形成 しようとした上 田貞次郎博士が,この学問の意義を社会の発展 に対する貢献 に求めていた こと,そ してまた,その後輸入された ドイツの経営経済学,さ らにはアメ リカの管理論が, 日本において も,やは り社会の発展 に対する貢 献 という学問観 にもとづいて研究 された ことは,けっして偶然ではなかった のである。
この ようにして, 日本では第二次大戦前,そ して大戦後 もかな りの期間, 上記の ような学問観 にもとづいて経営学的研究が行なわれたのである0
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もっとも, この ような経営学者の意図 と努力は,大学の内部 においてさえ 十分に理解 されたわけではない。 この ことは,戦前 において もそ うであった し,戦後 において もそ うであった。そ して,この ことの原因を,われわれは, 一つには,経営学が, この生成以前 に輸入された商人のための諸 々の取引技
*
次を参照 されたい。大野信三著 『全訂経済学史』 (上巻)千倉書房 ,昭和30年 ,挿論。
術の寄せ集め としての商業学 と同質の もの とみなされ,その学問の質におけ る独 自性が容易に認め られなかった こと,そ して二つには,いずれにせ よ, 人類の歴史において古代か ら存在する とされ, 日本の江戸時代 においては士 農工商 とい う身分的位階に表 されていた企業活動 に対する道徳的低評価が, 明治以降 において もまた,あたか も全曲を貫 く通奏低音の ように,人々の意 識の底 に存在 していた こと,そして三つには, とりわけ第二次大戦後 に 日本 の大学 において隆盛 を極めたマル クス主義によって資本主義 と資本主義企業 が悪 とされ,資本主義企業を対象 とする経営学が資本家の利潤追求に奉仕す
る御用学だ とされた ことに,求めることがで きるであろう。
この ようにして,経営学は,企業の利潤追求のための諸 々の技術の単なる 集合であ るとい うのが,経営学者以外の大学人の多 くが経営学 に対 して とる 見方であった*。
大学人 のなかの経営学者以外の人 々の経営学 に対 す るこの ような先入観 は,戦後,経営学がいわば世俗化 して一種のブーム とな り, しか も,そこに 求め られた ものが主 として諸種の管理技術であった ことにより,深化 しまた 拡大 した。 しか も, この場合,看過 されてはな らないのは,経営学者の うち のある人 々が, このブームに応 えて管理技術の研究 に従事 し,また管理技術 を企業に提供 した ことである。
戦後 における大学の新設,学部の増設は経営学部 または経営学講座を拡充 させ,経営学者の数 を急増 させたのであるが, これ ら経営学者達のなかのか な りの人び とは, 自らの課題を専 らアメリカの管理技術の導入に見出した。
そ して経済の復興 と高度成長 によって管理技術 に対する企業の要求が増大 し
*
この ことは, 日本 における商業学お よび経営学の研究を創始 しまたは指導 して きた一 橋大学が,東京商科大学 か ら一橋大学へ と名称を変更 してか らわずか10数年後,商 ・経 ・ 法 ・社の四学部 を合わせて学生数が一学年300と数10名であ り,学部の垣根が低 くその間 の共通性 と交流 とに見 るべ きものがあった時代 に,法学部 の専任講師であ ったA氏が, 一橋大学管絃楽団の後輩であ り一人の商学部学生であったわた くLに,藻利重隆教授 に●●●●●ついて,「経営学 を学問 として形成 しようとしている」 とい う驚嘆の念をもって語 られた ことにも,如実 に現れている。
藻利重 隆博士 におけ る経営学 の社会的価値 と課題 13
これがブーム と呼ばれ る事態を引 き起 こすにつれて,経営学者のなかには こ れに迎合 しあるいは便乗する老 さえもが増大 した。実際,著名な人 々を含む 経営学者のかな りの者が,企業 に対 し,講演,助言,著述等の手段 によって 管理技術を文字通 り売 り込んだのである。 この ようにして,戦後の 日本にお いては,経営学は,経営学者 自らに よって管理技術の寄せ集めない しは処世 の術への途を辿 ることになった。
経営学 に見 られる学問の技術学化 ない し処世術化 とい うこの傾 向は, 日本 の大学の社会科学 において支配的であ ったマル クス主義 が凋落 した今 日で は,経営学以外のさまざまな学問領域 にも見 られるようになった。 この こと
●●
は,かつて,経営学 とは異な り,社会全体の利益 に結びついている科学 と見 られていた経済学 について も,例外ではない。経済学は,今 日では,あたか もさまざまな社会的技術ない し処世の術の集合の観 を呈するようになってい る。そ して, この ような動 きには,最近の 日本の大学院が専門職業人を養成
●●
するための職業学校 とな り, ここにおいて諸種の技術ない し処世の術が教 え られるにつれて,さらにまた,社会貢献の名の もとに,大学が企業 と連携 し て企業の経済活動 に直接資そ うとし,さらには,大学人 自身が企業を創立 し 企業活動 を実践することまで もが推め られ るにつれて,一層の進展がみ られ
るのである。
4.藻利説 における経営学の社会的価値
藻利博士は,早 くか ら経営学の技術学化の動 きに警鐘 を鳴 らし続けて きた 学者である*。博士 によれば,諸種の管理技術の研究は,そのままでは,経 済社会の要請 に真 に応 えうるものではな く, したが って これに応 えようとす る研究に代わ りうるものではない。 この ような博士の主張を,われわれは,
*
本節以降における藻利博士の所論は主 として次による。藻利重隆前掲書,第一章および第四章
次の四点において理解することがで きるであろう。
第一 に,企業は経済社会の発展に貢献 しうる行動 によってのみ 自らも発展 し繁栄 しうるのであ り, したがって,後述するように,この ような行動の原 理が必ず しも明確でない現在,これを明 らかにしようとする要求を有するの であるが,単なる管理技術の研究 として経営学 を理解する行 き方は, もとも
と, この ような企業の要求に応 えようとす るものではな く,応 えうるもので もない。
第二 に,単なる管理技術の研究 として経営学を理解する行 き方は,それが 解明 し経済社会 に提供 しようとする管理技術をさえ,真に明 らかにすること がで きない。
企業の管理技術は企業において用 い られ る手段なのであ り,それは企業の 指導原理 にもとづ く政策によって規定 されざるをえない。それは企業の政策 を実施するために用い られる手段であ り,いかなる技術を どの ように用いる かは,企業の政策のいかんによって決定 されなければな らない。 ところが, 企業の政策は企業の指導原理にもとづいて策定 されざるをえないのであるか ら,企業の管理技術は,結局,企業の指導原理 によって規定 されざるをえな いのである。
企業の管理技術の研究が,この ような企業の指導原理の研究な くして行な
●●●●●●●●●
われる とき,それは, この指導原理 によって与 え られる企業の管理に特殊な 要請 を考慮することがで きない。それは,企業の この要請 に対応 した技術を 与 えることがで きず, この要請を離れ,一般的,抽象的な管理技術 として独
自の発展を遂げることになるであろ う。
第三 に,企業の管理技術には,企業の管理活動の個 々の部面 に関 して各種 の ものが成立 しうるのであるが, これ ら各種の管理技術は,企業の管理の要 請か ら離れ独 自の発展を遂げることによって,は じめて,それぞれが一つの
●●
科学 となることがで きる。 ところが,それにもかかわ らず,各種の管理技術 は,企業の管理の, したがって この基礎 にある企業の指導原理の要請か ら完
藻利重隆博士 における経営学の社会的価値 と課題 15
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全に離れることがで きない。なぜな ら,管理技術は,企業の管理 との関連 を 全面的に断ち切 ることがで きないか らである。管理技術がまさに 「管理」技 術 として存立 しうるためには,それは最後の一線 においてついに企業管理の 制約を無視することがで きない。 ここに,われわれは,管理技術の科学性の 限界を見出さざるをえないのである。
第四に,管理技術は諸種の管理活動 に対応 して多様な もの とな りうるので あ り, これ らの管理技術がそれぞれに独 自の発展 を遂げ ようとす る傾 向をも つ ことか ら, ここには,これ らの管理技術の間に体系的関連を見出す ことさ え困難である。
この ようにして,経営学を単なる管理技術の研究 として理解す る行 き方は, 経営学 を種 々雑多な, しかもその企業の要請への対応 において も,その科学 性 において も問題 をもつ,管理技術の単なる集合 にすぎないもの とすること
になるであろう。それは,時に,一見花ばな し く見 える成果をもた らす こと があるかもしれない。 しか しなが ら,それが提供 しうるものは,結局は断片 的な処世の術で しかないのであ り,そのい くつかは,経済社会のその時 々の 人気を博 し, この ことによってあたか も経済社会の要請 に応 えているかの よ うに見 えた として も,経済社会の其の意味におけ る要請 に応 えるものでは決 してない。 この ように して,それは,結局は,経済社会の信頼を失 うことと な らざるをえないのである。
これに対 して,企業の指導原理を解明しこれに もとづ く企業の管理 を研究 するもの として経営学 を理解する行 き方は,経済社会の真の意味 における要 請 に応 えようとするものであ り,経済社会の信頼 を獲得することがで きるで あろう。 この ような行 き方は,企業 に対 して この倫理 としての実践原理ない し指導原理 を明示 しうるだけではない。それは,また,この ような指導原理 との関連において企業の管理 を解明 し, ここにおける企業の政策 とこのため に用い られ うる管理技術そ して この利用のあ り方 を明 らかにしうる。 この こ とによって,それは,直接 には企業の発展 に寄与 しうるにすぎないのである