• 検索結果がありません。

今次景気循環のピークに関する考察

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "今次景気循環のピークに関する考察"

Copied!
22
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

今次景気循環のピークに関する考察

― 状態空間モデルを用いた産出ギャップによるアプローチ ―

吉 岡 真 史

Abstract:

The current situation of the business cycle is one of the most important factors for economic policy authorities. There are some ways to measure it, such as a production function approach, a univariate approach, and an empirical approach, etc. In this paper, according to the methodology suggested at Kuttner (1994), I ex- plore a bivariate approach employing a state space model solved by Kalman filter to reveal the peak month in Japan at the current recession, which influences a lot to Southeast Asian developing countries. Since this paper takes monthly data ap- proach, results do not necessarily reveal clear cyclical movements but among those, the estimation results suggest that November 2007 might be the peak of the busi- ness cycle while the government of Japan tentatively identified October 2007 as the peak. The result was also checked by a mechanical filtering, such as a Hodrick- Prescott filter .

Keywords: State Space Model, Kalman Filter, Business Cycle, Output Gap, Southeast Asia

JEL Classifications: C 32, C 53, and E 32

Ⅰ.最初に

アジアで最大の経済大国である日本は東南アジアからの輸出市場として一定の役割を果た している。例えば, JETRO で取りまとめられている各国統計によれば,2007年における主

要 ASEAN 諸国の輸出に占める日本向けの割合は,下のグラフの通り,インドネシア20.7

%(輸出は前年比8.8%増), マレーシア29.1%(同5.8%増), フィリピン14.5%(同▲6.1%減),

シンガポール4.8%(同▲8.2%減),タイ11.8%(同9.7%増)となっている。なお,2007年の 日本向け輸出を増加させたのはインドネシア(前年比8.8%増), マレーシア(前年比5.8%増),

タイ(前年比9.7%増)の3カ国にとどまっているが,フィリピンとシンガポールの日本向け

* 本研究に際して長崎大学から大学高度化推進経費の新任教員の教育研究推進支援経費を受けた。記して感謝 する。国際協力機構特別研究員兼務。

(2)

輸出が2007年に減少したひとつの要因として,日本が2007年のいずれかの時期から景気後退 に入っている可能性が指摘できる。 ADB (2008)によれば,アジア新興国における2009年の 成長率は5%台に減速するとされており,日本の経済政策当局のみならず,アジア諸国から 見ても輸出市場の一角を占める日本の景気の現状を把握することは重要であると考えられる。

図1 主要 ASEAN 諸国からの日本向け輸出比率

出典: 各国統計を基にした

JETRO(2008)

2007年10‑12月期あたりをピークとして日本が景気後退局面に入ったことについては,内 外のエコノミストの間で2008年半ばあたりの時点でほぼコンセンサスが出来上がっていた が,今年1月29日に内閣府において景気動向指数研究会(座長: 吉川洋東京大学教授)が開 催され,2007年10月を第14循環のピークと暫定的に決定した。景気動向指数研究会の認定に より,日本の第14循環のピークについては,暫定的ながら,一応の決着を見たわけである が,本稿においてはこれをさらに深く掘り下げ,かなり挑戦的かつ大胆な課題と考えられる ものの,産出ギャップについて月次データを用いた状態空間モデル

1

を Kalman フィルター

2 包括的な状態空間モデルに関する解説や経済分野への応用については

Harvey

(1981)や谷崎(1994)などに 詳しい。加えて,実際に状態空間モデルを利用して産出ギャップの計測を行った研究例として,

Kuttner

(1994)のほか,

Gerlach and Smets

(1999)において

EMU

圏における

GDP

ギャップの算出が試みられており,

同様に,

de Brouwer

(1998)はオーストラリアに,

Kichian

(1999)はカナダに,

Yoshioka

(2002)は主要

ASE-

AN

諸国に,これを適用している。

(3)

で解くことにより,この景気動向指数研究会の認定したピークに関する検証を産出ギャップ の観点から行う。

なお,この「最初に」以降の本稿の構成は,次章にて産出ギャップに関する方法論につ いて,単一変数( univariate )アプローチ,生産関数アプローチ,構造 VAR アプローチ,

empirical アプローチなどを簡単にサーベイする。その際,生産関数アプローチを採用して

いる内閣府や日銀,また,構造 VAR アプローチを採用しているニュージーランド準備銀行 ( RBNZ )の推計結果のグラフなども示されている。第3章では本稿で採用した状態空間モデ ルを解析的に表現した理論モデルを提示するとともに,その背景となっているフィリップス 曲線,オークン係数などを取り上げ,産出ギャップの確率過程( stochastic process )につい て考察し,さらに,理論モデルを実証的に推計可能な形に解析的に変形する。次の推計結果 では推計に用いたデータの生成過程( GDP )を確認した後,状態空間モデルを Kalman フィ ルターで解いた推計結果を提示し, Hodrick-Prescott フィルターの結果と対比する形で各々 の産出ギャップの特徴を述べる。併せて, IT バブル崩壊後の時期について,内閣府が認定 した景気の山谷との比較を考える。ただし,本稿で焦点を当てた今回の景気後退局面を画す る景気のピークに関する結論については,景気動向指数研究会の認定結果をほぼサポートす るものであるが,月次データを使用したことにより推計結果はそれほど明瞭ではなく,何ら かの議論の余地が残されている可能性を示唆しておきたい。最後に,状態空間モデルを

Kalman フィルターで解いたことにより得られた,今回の日本景気の山谷の判定についての

結果を簡単に取りまとめるとともに,今後の課題について触れる。その際,産出ギャップが 景気の山谷を画する何らかの負の閾値( critical value )が存在することが示唆されている。

Ⅱ.産出ギャップ算出に関する方法論

現実の統計として観察される産出には,趨勢,循環,季節,誤差の4系列が含まれている ことは広く知られている通りである。以下の( EQ ‑1)式で表される。なお,以下の( EQ ‑1)式 は加法型で表現されているが,もちろん,乗法型であっても対数を取ることにより加法型に 変換できることは言うまでもない。

( EQ ‑1) Y

t

= T

t

+ C

t

+ S

t

+ E

t

Kalman

フィルターについては,本稿では詳細は省略するが,

Kalman

(1960)のほか,

Meinhold and Sin-

gpurwalla

(1983),

Snyder and Forbes

(1999)及び

Grewal and Andrews

(2002)なども参考となろう。

Kalman

(1960)は工学系の雑誌に公表されているが,

Meinhold and Singpurwalla

(1983)については統計学の雑誌に公 表されており,

Bayesian inference

Box-Jenkins models

についても言及している。

Grewal and Andrews

(2002)については,各章ごとに

web

サイトに公開されている。また,University of North Carolina

Department of Computer Science

により,その名も

The Kalman Filter

なる

web

サイトも運営されてい る。

http

://

www

.

cs

.

unc

.

edu

/〜

welch

/

kalman

/

(4)

ただし Y 算出

T 趨勢要因

C 循環要因

S 季節要因

E 誤差

通常は,何らかの季節調整の方法により季節要因は取り除くことが可能である。移動平均 を応用した米国商務省のセンサス局法やより単純には消費者物価の場合などで前年同月比を 取ることがしばしば行われている。さらに,誤差をホワイトノイズと考えて除外すれば,趨 勢要因が潜在産出に,循環要因が産出ギャップに,それぞれ,相当すると考えられる。これ により,無視しうる季節要因と誤差を除去した上で,潜在産出と産出ギャップを導入するこ とにより,上の( EQ ‑1)式は以下の( EQ ‑2)式に書き換えることが出来る。

( EQ ‑2) Y

t

= Y

t*

+ G

t

または G

t

= Y

t

− Y

t*

ただし Y

*

潜在産出

G 産出ギャップ

なお, Kim and Moon (2000)は様々な産出ギャップの算出方法について取りまとめている。

たとえば,単一変数( univariate )アプローチである Hodrick-Prescott フィルター,政府や日 銀で採用されている生産関数アプローチ,構造 VAR によるアプローチ,オークン係数に基 づく empirical なアプローチ,そして,本稿で採用した2変数( bivariate )による状態空間モ デルによるアプローチなどである。

1.単一変数(

univariate

)アプローチ

単一変数アプローチの代表は Hodrick-Prescott フィルターなどのメカニカル・フィル ターであろう。1970年代まではタイムトレンドに対して回帰線を引いたり, peak-to-peak 分 析なども少なくなかった。その意味で, Hodrick-Prescott フィルターの開発は画期的である ともいえ,現在でも経済データの利用可能性が限られている途上国や新興国などでは実践的 な意味で活用している例も見受けられる。

3

Hodrick and Prescott (1981)及び Hodrick and Prescott (1997)に従えば, Hodrick-Prescott フィルターの算出は以下の( EQ ‑3)式の通りで ある。なお, C と T は( EQ ‑1)式と同じく循環要因と趨勢要因である。

( EQ ‑3) HP =

Σ

i=1t

( C

t

)

2

+λ Σ

t−1i=2

(( T

i+1

T

i

)−( T

i

T

i−1

))

2

例えば,著者が勤務したインドネシアの国家開発庁(

BAPPENAS

)や中央銀行である

Bank Indonesia

では,

少なくとも2003年時点では

Hodrick-Prescott

フィルターを

modify

して産出ギャップの計測を行っていたと 聞き及んでいる。

(5)

ただし HP Hodrick-Prescott フィルター

ここで,λは smoothing parameter と呼ばれるものであり,よく知られたように,

Hodrick and Prescott (1981)や Hodrick and Prescott (1997)においては,年データに対して は100,四半期データに対しては1600,月次データに対しては14400が推奨されているところ である。

Hodrick-Prescott filter には経済理論的な裏付けがないとの批判もあるが,上で述べた途 上国や新興国における活用に加え,例えば,金融政策に関するテーラー・ルールで有名な Taylor (1998)では循環要因を Hodrick-Prescott フィルターにより算出している。なお,本 稿では省略するが, Hodrick-Prescott フィルター以外のメカニカル・フィルターについては,

Guay and St-Amant (1996), Guay and St-Amant (1997), St-Amant and van Norden (1997),

Marcet and Ravn (2001)などが参考になろう。

さらに,単一変数アプローチとしては, Hamilton (1996)に基づく Markov-regime-switch- ing モデルの活用が考えられる。この methodology により景気転換点の把握は確かに可能で あるが,機会があれば別稿に譲ることとし,本稿では Markov-regime-switching モデルでは 景気転換点の把握は可能であるものの,産出ギャップの水準は計測できないことを指摘する に止めておきたい。

2.生産関数アプローチ

多くのエコノミストは生産関数アプローチが産出ギャップの算出にはベストであろうと合 意しているように見受けられ,実際に,我が国においても内閣府や日銀

4

における産出ギャ ップの算出に用いられている。これは,以下のような現実の産出と潜在産出をそれぞれ何ら かの生産関数に基づいて推計して,その差を産出ギャップとして算出するものである。なお,

以下の式において, Y と Y

*

は( EQ ‑1)や( EQ ‑2)と同様に現実の産出と潜在産出である。

( EQ ‑4) Y

t

= f ( A

t

, K

t

, L

t

) Y

t*

= f ( A

t

, K

t*

, L

*t

) G

t

= Y

t

− Y

t*

ただし f 生産関数

A 全要素生産性

K 現実に用いられた資本ストック K

*

総資本ストック

L 現実に雇用された就業者数(自営業等を含む) L

*

完全雇用水準の就業者数

内閣府における産出ギャップについては内閣府(2007)の付注1‑2で,日銀における産出ギャップの推計方 法については伊藤ほか(2006)で明らかにされている。

(6)

基本的な考え方である上の( EQ ‑4)を基に,現実には,以下の( EQ ‑5)を推計することにな る。なお, G や A など特に凡例のないものは以前の数式と同じである。

( EQ ‑5) G = Y

t

− Y

t*

= h ( A

t

, cu

t

, H

t

, H

t*

, U

t

, U

t*

) ただし h 産出ギャップ関数

cu 資本の稼働率,すなわち cu = K K

*

H 総実労働時間

H

*

実現可能な最大労働時間

U 失業率

U

*

自然失業率

なお,当然ながら,失業率を decimal とすれば,以下の( EQ ‑6)式が成り立つ。ただし,

ここではアスタリスク付き変数が潜在水準なのか,最大水準なのかについては議論の余地が 残ることを付け加えておく。

( EQ ‑6) L

*t

= L

t

H

t*

H

t

1− U

t*

1− U

t

− U

t*

この生産関数アプローチの最大の難点はデータの availability である。当然ながら,自然 失業率や実現可能な最大労働時間などは別の推計や過去の最大値などを利用することにな る。さらに,別の観点のデータとして,月次データがあるかどうかも各国のデータ整備状況 により異なる可能性もあり得る。また,データは別にしても,潜在産出を計測するのと実現 可能な最大産出を計測するのとでは少し意味あいが違う可能性もないとは言えない。

最新までを含むものではなく,現時点で明らかにされている範囲ではあるが,参考まで,

高山(2008)において示されている,政府で算出されている産出ギャップのグラフ及び伊藤ほ か(2006)において示されている,日銀で算出されている産出ギャップのグラフは,それぞれ,

以下の通りである。

図2 内閣府算出の産出ギャップ

出典: 高山(2008)

(7)

図3 日銀算出の産出ギャップ

出典: 伊藤ほか(2006)

3.構造

VAR

アプローチ

構造 VAR の大きな特徴は unit root process にあり,産出は permanent なショックと transitory なショックに分解される。これは構造 VAR の嚆矢となった Blanchard and Quah (1989)で示されているところである。実際に構造 VAR のアプローチにより産出ギャップを 推計するに当たっては,産出に加えて労働と稼働率を線形結合と考え,現在及び過去の構造 ショックを記述する形となる。以下の( EQ ‑7)の通りである。なお,特に断りのない変数は 以前の式と同じである。

( EQ ‑7)

└ Δ Y

l

t

cu

t

S

11

( LAG ) S

21

( LAG ) S

31

( LAG )

S

12

( LAG ) S

22

( LAG ) S

32

( LAG )

S

13

( LAG ) S

23

( LAG ) S

33

( LAG )

└ ν

1t

ν

2t

ν

3t

┘ ただし l 就業者数(対数)

S

ij

( LAG ) ラグオペレータの多項式

ν

it

構造ショック(あるいは, uncorrected ホワイトノイズ)

上の( EQ ‑7)式は Claus (1999)に従っている。ニュージーランド準備銀行( Reserve Bank of New Zealand )ではこの( EQ ‑7)式の算出方法による産出ギャップが金融政策に活かされてい ると Claus (2000)では報告されている。ただし, Claus (1999)によれば,実際には, var (ν

it

)

=1 ( i =1,2,3)として,ショックは normalize されている。通常の構造 VAR の推計,あるい

は同じことだが, Blanchard and Quah (1989)の方法に従って,何ら制約のない通常の VAR

と制約付きの VAR ,すなわち,需要は短期のショックとなりえるが,長期においてはショ

ックの総和はゼロとなる,さらに,制約なしと制約付きの双方の innovation は線形結合で

ある,との仮定を置いて,最終的には以下の産出ギャップを得る。

(8)

( EQ ‑8) Δ Y

t*

= S

11

( L )ν

1t

G

t

= S

12

( L )ν

2t

+ S

13

( L )ν

3t

この構造 VAR による推計の最大の利点は,潜在産出にせよ,産出ギャップにせよ,特定 の確率過程( stochastic process )を前提にする必要がないことである。しかし,いくつかの データの利用可能性に関する制約は他の推計方法と同じように残されている。

図4 ニュージーランドの産出ギャップ

出典:

Claus

(1999)

4.

Okun

係数による

empirical

アプローチ5

これは典型的には, Okun (1962)において展開されているアプローチであり,産出と他の 何かの経済データとの経験的( empirical )な関係に基づくものである。 Okun (1962)では以下 の式で表現されている。

( EQ ‑9) Y

t*

= Y

t

(1+θ( U

t

− U

t*

))

なお,θはいわゆる Okun 係数であり, Okun (1962)ではθ=3.2が採用

6

されている。しか しながら,日本では Okun 係数の当てはまりが悪いことが従来から指摘されており,さらに,

( EQ ‑9)式のままの方程式では自然失業率という観測不能な変数のデータも availability の点 で問題となる可能性が残されている。

日本の

Okun

係数に関する研究成果としては

Hamada and Kurosaka

(1984),あるいは,各国比較をした ものとして

Harris and Silverstone

(2001)などが上げられる。

本稿では失業率は

decimal

を前提にしている。

(9)

Ⅲ.理論モデル

1.状態空間モデル

以上のように,様々な産出ギャップ計測に関する方法論を概観した結果,本稿では Kut- tner (1994)の方法論を基に少し修正した形での2変数の状態空間モデルを Kalman フィル ターで解き,月次の産出ギャップを算出することにより,2007年における日本経済の景気転 換点を探る。よく知られているように,状態空間モデルとは元々が工学分野において開発さ れたものであり,状態空間モデルの解法である Kalman フィルターを明らかにした Kalman (1964)も,工学雑誌に公表されたものである。しかし,経済分野においても現在では広く応 用されているものである。

この状態空間モデルに基づいて,本稿では理論モデルを以下の通り提示する。なお, Kut- tner (1994)においては,産出と物価の2変数の状態空間モデルを Kalman フィルターで解い ているが,本稿では後に示すように物価に代えて賃金を用いている。

7

( EQ ‑10) y

t*

=μ

t

+ y

t−1*

y

ε

t

( EQ ‑11) μ

t

=μ

t−1

μ

ε

t

( EQ ‑12) g

t

= Σ φ

k

g

t−k

g

ε

t

( EQ ‑13) Δ w

t

w

t−1

=α+βπ

t

+γ g

t

w

ε

t

ただし y

*

潜在産出(対数)

μ 潜在産出(対数)に対するドリフト g 産出ギャップ

w 賃金総額

π 物価上昇率

ε

i

i 項目に対する誤差 ( i = y, g, w, μ) φ

k

,α,β

k

,γ パラメーター ( k =1,2,3,...)

まず,最初の2式,( EQ ‑10)式と( EQ ‑11)式において,潜在産出はドリフト付きのランダ ムウォークに従っており,ドリフトも同様にランダムウォークの確率過程( stochastic

process )に従っていることを前提にしている。第3式である( EQ ‑12)式は産出ギャップが何

階かの自己回帰過程( autoregressive process )に従っていることが仮定されている。 Watson (1986)や Kuttner (1994)においては2階の自己回帰過程とされており,本稿でもこれらの既 存研究に従った。通常理解されているように,状態空間モデルは観測方程式と状態方程式か ら成り立っており,理論モデルのままでは推計が不可能なものを含んでいるため,推計可能 なモデルの組換えが必要である。組み換えた後の状態空間モデルは,言うまでもなく,

各データの出展やデータ生成過程(

DGP

)などの詳細については推計結果のセクションで詳述する。

(10)

Kalman (1960)で示された Kalman フィルターで解くことになるが,その前に,この理論モ デルを理解するためのバックグラウンドをいくつか見ておくことにする。

2.理論モデルのバックグラウンド

理論モデルを理解するためのいくつかのバックグラウンドを取り上げると,まず,第1に 上げるべきは Phillips (1958)に基づくフィリップス曲線である。 Okun 係数と同様に,かな りの程度に empirical なものであり,よく知られたように,賃金上昇率と失業率の間に負の 相関を認めるものである。以下の( EQ ‑14)式で表現される。なお,このセクションでは特に 必要のない場合は簡略化のために定数項を省略している場合があり,実際の推計では必要に 応じて定数項を入れている場合がある。

( EQ ‑14)

8

Δ w

t

w

t−1

=−λ

0

U

t

ただし w 賃金

λ パラメータ

U 失業率

本稿の理論モデルでは,自然失業率を導入し,賃金上昇率は自然失業率と実際の失業率の 差及び物価上昇率に従うと仮定した。

9

これによりフィリップス曲線の式を書き換えると以 下の( EQ ‑15)式の通りである。

( EQ ‑15) Δ w

t

w

t−1

=λ

1

π

t

−λ

2

( U

t

− U

t*

) ただし π 物価上昇率

U

*

自然失業率

( EQ ‑9)式の Okun 係数を対数にして導入すると,以下の( EQ ‑16)式を得る。

( EQ ‑16) y

t*

− y

t

=θ( U

t

− U

t*

) ただし y 現実の産出(対数)

y

*

潜在産出(対数)

ここでは,ごく単純にフィリップス曲線を線形と仮定しているが,デフレ期を経て,日本のフィリップス 曲線は線形ではないとの研究成果も見られる。しかし,いずれにしても日本のフィリップス曲線はかなり安 定しているとのコンセンサスがある。例えば,

De Veirman

(2007)及び

Smith

(2008)などを参照。また,サ プライ・ショックの下でフィリップス曲線を外挿的に物価上昇の予測に使用した最近の研究として,Stock

and Watson

(2008)が上げられる。

賃金と物価の関係については,賃金水準の変化がコストプッシュとして物価水準を決めるというマークア ップの考え方と,逆に,生活給与として物価水準に見合うように賃金水準が変更されるとする考え方とがあ り得る。これについては,

Granger

(1969)で示されたグレンジャー因果を推計したので推計結果のセクショ ンで詳述するが,決定的な結論は得られなかった。

(11)

θ Okun 係数

上の( EQ ‑15)式と( EQ ‑16)式から自然失業率と現実の成長率の差を消去して整理すると,

以下の( EQ ‑17)式を得ることは容易に理解されよう。

( EQ ‑17) Δ w

t

w

t−1

=γ

1

π

t

+γ

2

( y

t*

− y

t

)=γ

1

π

t

+γ

2

g

t

ただし γ

i

パラメータ( i =1,2)

上の( EQ ‑17)式に定数項と誤差項を導入すれば( EQ ‑13)式と同一であることは明らかであ る。

3.潜在産出と産出ギャップ

理論モデルのセクションで触れた通り,本稿では以下の3点を前提としている。

(1) 潜在産出はドリフト付きのランダムウォーク過程に従う (2) ドリフトもまたランダムウォークに従う

(3) 産出ギャップは自己回帰過程に従う

この3点は基本的には Kuttner (1994)にならったものである。残されているのは産出ギャ ップの自己回帰過程の階数であるが,これも既存研究の Watson (1986)や Kuttner (1994)に 従って,2階の自己回帰過程と仮定する。先に上げた( EQ ‑12)式における k について, k = 2とすることを意味する。もちろん,既存研究においても十分な解明がなされていないとの 意見もあり得るところであり, 2階の自己回帰過程を仮定することは決して自明ではないが,

積極的に反対すべき点でもない。

4.推計可能な状態空間モデルへの理論モデルの組換え

状態空間モデルでは実際のデータを推計する観察方程式と観察不能な変数である状態変数 を推計または定義する状態方程式から成る。( EQ ‑10)式,( EQ ‑11)式,( EQ ‑12)式及び( EQ

‑13)式で示した理論モデルでは,観測変数たる現実の経済データが産出と賃金であり,状態 変数は潜在産出,産出ギャップとドリフトであるので,観測変数と状態変数を合わせて5変 数となるのに対して,方程式が4本となっており,このままでは方程式の数が変数の数を下 回っているため推計できないことから,解析的に式を変換する必要があることは明らかであ る。

ただし,理論モデルで示した( EQ ‑11)式と( EQ ‑12)式は,もともとが状態変数を定義する

状態方程式であるので特に組み換える必要はなく,さらに,( EQ ‑13)式もそのままの形で推

計可能な観測方程式であることから,( EQ ‑10)式を組み換えることにより,潜在産出を消去

するとともに,推計可能な方程式体系のモデルにする。

(12)

まず,対数表現された産出の差は伸び率である

10

ことから,以下の( EQ ‑18)式を得る。

( EQ ‑18) Δ y

t

= y

t

− y

t−1

前出の( EQ ‑2)式を対数表現すると,以下の( EQ ‑19)式を得る。

( EQ ‑19) y

t

= y

t*

+ g

t

または y

t*

= y

t

− g

t

上の( EQ ‑19)式の階差を取り,( EQ ‑18)式に代入すると次式の( EQ ‑20)式を得る。

( EQ ‑20) Δ y

t

=( y

t*

+ g

t

)−( y

t−1*

+ g

t−1

)

理論モデルの( EQ ‑10)式を上の( EQ ‑20)式右辺の第1項に代入して整理すると,以下の ( EQ ‑21)式を得る。

( EQ ‑21) Δ y

t

=((μ

t

+ y

t−1*

y

ε

t

)+ g

t

)−( y

t−1*

+ g

t−1

)

=μ

t

+ g

t

− g

t−1

y

ε

t

要するに,あるいは非常に意外な結果に見えるかもしれないが,現実の産出の増分である Δ y

t

は産出ギャップの1階階差とその産出ギャップのドリフトにより表現されることにな る。

11

以上の操作により,モデルの方程式体系から潜在産出を消去するとともに,( EQ ‑10)式は 推計可能な観測方程式である( EQ ‑21)式に変形されたことになる。重複をいとわず,( EQ ‑ 10),( EQ ‑11),( EQ ‑12)及び( EQ ‑13)で示した理論モデルを解析的に変換した結果を整理 すると以下の推計可能な状態空間モデルの方程式体系を得る。

( EQ ‑22) Δ w

t

w

t−1

=α+β π

t

+γ g

t

w

ε

t

( EQ ‑23) Δ y

t

=μ

t

+ g

t

− g

t−1

y

ε

t

( EQ ‑24) g

t

Σ

k=12

φ

k

g

t−k

g

ε

t

( EQ ‑25) μ

t

=μ

t−1

y

ε

t

いうまでもなく,( EQ ‑22)と( EQ ‑23)が状態空間モデルにおける観測方程式であり,( EQ

10 すなわち,

log

(

X

t)−

log

(

X

t−1)=

log ( X X

t−1t

)

log (

Δ

X X

t+Xt−1t−1

)

log ( X

Δ

X

t−1t+1

)

X

Δt−1

X

tが,Δ

X

/

X

の伸び 率が十分に小さければ,近似的に成り立つことは明らかである。

11 より正しくはこれに誤差項が加わる。

(13)

‑24)と( EQ ‑25)が状態方程式である。これをより分かりやすく行列形式で表現すると以下の 通りである。従って,実際には,産出ギャップの1階及び2階階差の定義式を含んだ方程式 体系のモデルを推計することになる。

( EQ ‑26) 観測方程式

└ Δ w

t

w

t−1

Δ y

t

└ α

0 β

0

└ 1 π

t

└ γ 1

−1 0 1

└ g

t

g

t−1

μ

w

ε

t y

ε

t

┘ ( EQ ‑27) 状態方程式

└ g

t

g

t−1

g

t−2

μ

t

└ φ

1

1 0 0

φ

2

0 1 0

0 0 0 1

└ g

t−1

g

t−2

μ

t−1

g

ε

t

0 0

μ

ε

t

Ⅲ.推計結果

1.データ生成過程(

DGP

),データの詳細及び推計の前提

推計に先立って,採用したデータの詳細と単位根検定の結果などのデータ生成過程及びす でに提示したものを含めて推計モデルの前提などを取りまとめると以下の4点となる。

(1) データは産出の代理変数として経済産業省の鉱工業生産指数(季節調整済み月次デー タ),賃金の代理変数は厚生労働省の毎月勤労統計における現金給与総額指数(30人以 上事業所の季節調整済み月次データ,なおこのデータは1人当たりである),物価の代 理変数として総務省統計局の消費者物価のうちの生鮮食品を除く全国総合(原系列の月 次データ,いわゆるコア CPI )を採用した。これらのデータをプロットしたものが図5 である。なお,実際には,これらのデータの12ヶ月前との比,いわゆる前年同月比を 用いた。データについては表1に報告するように,単位根は検出されなかった。

(2) 推計は1997年4月から実施された消費税率引上げの影響を除くために1998年4月から 2008年9月までとした。2008年9月でカットオフしたのは,基本的に,賃金データの 最新値によるが,本稿においては景気後退の始期を主たる眼目としていることもあり,

十分と判断した。

(3) 潜在変数の確率的な発生過程については,繰返しになるが,潜在産出はドリフト付きの ランダムウォーク過程に従い,ドリフトもまたランダムウォークに従うとともに,産出 ギャップは2階の自己回帰過程に従うと仮定した。

(4) 状態空間モデルは固定パラメータによる Kalman フィルターにより解いた。解法はイタ

レーションによる最尤法( most-likelihood method )であり,状態空間モデルを Kalman

フィルターで解く場合のもっとも標準的な方法と言える。なお,使用したソフトウェ

(14)

アは EViews V 6である。

図5 鉱工業生産指数,現金給与総額及び消費者物価指数(生鮮食品を除く全国総合)

出典: 経済産業省,厚生労働省,総務省統計局

注: シャドー部は景気後退期であり,以下の内閣府の

web

サイトに従った。

http

://

www

.

esri

.

cao

.

go

.

jp

/

jp

/

stat

/

di

/011221

hiduke

/

betsuhyou

2.

html

表1 単位根検定結果

t値 p値

産出 ‑4.521 0.000

賃金 ‑2.995 0.038

物価 ‑4.837 0.000

出典: 著者

注: ラグ次数は

AIC

により決定し,

augmented Dickey-Fuller

(

ADF

)検定に従った。12

なお,補足すると,産出の代理変数とした鉱工業生産指数については,景気日付を判断す る内閣府の景気動向指数でも一致系列に採用されており,月次データで提供されている産出 を代理する変数として最も適当と判断した。賃金については30人以上事業所の現金給与総額 指数はやや規模の点で偏りを生じる可能性はあるが,5人以上事業所のデータは長期の利用

12

AIC

については

Akaike

(1969)及び

Akaike

(1973)を,

ADF

検定については

Dickey and Fuller

(1979)及び

Dickey and Fuller

(1981)を参照。

(15)

可能性がなく,データの availability に従った。産出と賃金のいずれも季節調整値を用いた のは,特に賃金で,日本ではいわゆる賞与・ボーナスの支給制度が広く普及していることか ら,夏季と冬季の特定月で著しい変動が観察され,これらを一定の範囲内で除去する必要が あったからである。賃金データとの整合性も持たせる観点から産出についても季節調整済み 系列を採用した。なお,物価については季節調整済み系列が2000年1月からしか公表されて おらず,サンプル数を確保する観点から季節調整済み系列の採用を断念した。

13

これに伴い,

各データの階差を12階とし,要するに前年同月比を取った。

14

賃金と物価上昇の関係については,通常のエコノミストの理解として,景気拡大(後退)と ともに賃金が上昇(低下)し,それが物価上昇(下落または上昇率の低下)をもたらすというも のである。しかし,他方,何らかのサプライ・ショック,例えば,第1次及び第2次石油危 機の際や,2008年年央まで観察された原油や穀物などの商品市況の上昇,あるいは,国内の 消費税率や関税率の変更などにより,物価上昇が先験的に決定された後,賃金が後追い的に 追随するという考え方も成り立つ。

15

理論的には双方向が考えられるので,すぐれて実証的 な問題とも言える。本稿では以下の表2のように,推計に使用した賃金と物価の間のグレン ジャー因果を計測した結果,特に単一方向へのグレンジャーの意味での因果関係,すなわち,

時間的・時系列的な先行性

16

は少なくとも日本においてはどちらの方向にも見られなかった ことを報告しておく。

17

表2 賃金と物価のグランジャー因果計測結果

帰無仮説 F値 確率

物価が賃金に先行する 0.78823 0.6622 賃金が物価に先行する 1.28575 0.2305 出典: 著者

注: ラグ次数は表1に同じ。

2.推計結果

先に,( EQ ‑22)式,( EQ ‑23)式,( EQ ‑24)式及び( EQ ‑25)式において推計モデルを示した が,明らかなように,( EQ ‑23)式及び( EQ ‑25)式は定義式であり,産出とドリフトが求めら れる。逆に,( EQ ‑22)式及び( EQ ‑24)式は推計式であり賃金と産出ギャップを推計した結果

13 物価指数の季節調整に関する議論は,

Lovell

(1963)及び

Jain

(1989)を参照。

14 実際は前年同月比ではなく

decimal

の対数階差を取っていることは前の脚注10参照。

15 賃金と物価の相互関係に関しては,Fischer(1985),Gordon(1988)及び

Hledik(2003)などを参照。また,

Bowdler and Nunziata

(2007)では主要国において労働市場の構造が物価上昇にどのような影響を及ぼすかに

ついて取り上げている。また,

Kilian

(2008)では,最近の原油価格の上昇が主として産出に及ぼす効果を論 じているが,賃金への影響についての言及も見られる。

16

Granger

(1969)の意味でのグレンジャー因果は理論的な本来の意味での因果関係というよりも,

Leamer

(1985)が主張するように,時間的・時系列的な先行性と理解すべきである。

17 ただし,ややわずかであるが,賃金が物価に先行するF値が大きいのは通常の理解に合致している可能性 がある。

(16)

を以下の表3に示す。

表3 推計結果

パラメータ 標準誤差 t値

賃金 定数項 ‑0.000693 3.77E‑06 ‑184.1137

物価 0.401205 0.000604 664.0134 産出ギャップ 0.497442 0.000124 4014.758 産出ギャップ 1期ラグ 0.365815 0.089174 4.102250 2期ラグ 0.163085 0.089014 1.832125 出典: 著者

事前に予想されるパラメータの符号条件は産出ギャップの2期目を除いて正であり,この 符号条件は明らかに満たされている。産出ギャップの2期ラグのパラメータの符号は確定し ない。この推計モデルでは正となっている。さらに,ほぼすべてのパラメータが何らかの統 計的有意性を有していると言える。そのうちでも,産出ギャップの2期ラグのパラメータに ついては, t 値の水準がやや低く,ゼロではないとする帰無仮説を棄却できる確率が0.069 図6 産出ギャップ

出典: 著者

注:シャドー部は図5の注に同じ。

単位: 産出の12か月前との比の乖離幅。18

18 対数階差であるが,100倍するとほぼ前年同期比伸び率のパーセント単位の階差と同様と考えて差し支え ない。脚注10参照。

(17)

であり,きわどいところであるが,5%水準の有意性は満たしていないものの,10%水準を 満たしていると判断することが出来る。最後に,賃金推計式の物価と産出ギャップにかかる パラメータの大きさは,やや算出ギャップの方が大きくなっている。しかし,両者を合計し ても1に満たず,最近の我が国で賃金が上がりにくい現状を表している可能性がある。

計測された月次の産出ギャップをグラフで示すと上の図6の通りである。

推計結果は月次データに基づくものであり,ややスムーズさに欠けるきらいはあるが,状態 空間モデルの結果と Hodrick-Prescott フィルターの結果が今世紀に入ってからの景気循環 をどのように把握しているかについてはおおむね次のように評価できよう。

(1) 状態空間モデル, Hodrick-Prescott フィルターとも,正負を問わず,産出ギャップの水 準はほぼ似通っているが,ならして見れば,状態空間モデルの方が Hodrick-Prescott フィルターよりやや小さくなっているように観察される。 Hodrick-Prescott フィルター の計測結果について,絶対値で前年同月比の乖離幅が最大で10%ポイント以上あるの は,直感的に,やや大きいと感じられるかもしれない。状態空間モデルの乖離幅も大 きい月では10%ポイント程度あるが,こちらはかなりの程度に「瞬間風速」的な結果 であると見なすことが出来る。

(2) IT バブル崩壊後の景気後退期については,ピークもその後のトラフも Hodrick-Pres- cott フィルターより状態空間モデルの方が早く捉えている。ただし,その後の正の産 出ギャップが定着するのは状態空間モデルの方が遅く,2002年中は負の産出ギャップ が続いている。

(3) 景気循環ではないが,2004年後半から2005年前半の景気の踊り場の景気は状態空間モデ ルの推計結果の方が Hodrick-Prescott フィルターより実感に合致していると感じられ る。

(4) 同様に,これも景気循環ではないが,2005年後半

19

から2006年にかけての順調な景気拡 大局面についても状態空間モデルの方が Hodrick-Prescott フィルターより景気実感と 合致する。

(5) 今次景気後退局面入りは1か月だけ Hodrick-Prescott フィルターの方が早く,その後,

2008年に入ってからの産出ギャップのマイナス幅も状態空間モデルで計測されるより より大きい。

以上を取りまとめて,今世紀に入ってからの IT バブル崩壊後の景気後退局面,その後の 景気拡大局面,2007年10‑12月期をピークとする今次景気後退局面の,それぞれにおける景 気循環の山と谷について,状態空間モデル及び Hodrick-Prescott フィルターから観察され る産出ギャップの符号で判断して,内閣府の景気動向指数研究会により判定された景気循環 日付と比較すると以下の表4のようになる。

19 2005年8月の郵政解散あたりから株価が大きく上昇したことは記憶に新しい。

(18)

表4 景気循環の山谷の判定

状態空間モデル 2000年8月 2002年2月20 2007年11月

Hodrick-Prescott

フィルター 2001年3月 2002年6月 2007年10月

内閣府 2000年10月 2002年1月 2007年10月

出典: 著者及び内閣府(図5の注に同じ)

ここで,月次の状態空間モデルの推計結果を見る場合,主にデータに関して,いくつかの 問題点を指摘しておきたい。

(1) まず,2002年半ばから2003年初頭にかけてやや大きなマイナスの産出ギャップを記録し ていることについては,下の図7のように,1998年ころから2002年中まで,かなりの速 度で非正規労働者比率が増加したことが背景に上げられる。状態空間モデルの推計は労 働の質の変化がないことを前提としなければ適切な推計は出来ないが,2002年までと 2003年以降では非正規労働比率の増加の度合いが大きく違っており,非正規労働比率が 大きく上昇した2002年までの期間で賃金上昇が低かったのであれば,推計結果に下方バ イアスを生じるような影響を及ぼしている可能性がある。

(2) 次に,賃金の中でも賞与の扱いである。賞与が業績見合いで支給されることから,景気 循環の計測においては省略することは考えられないが,スムーズな推計結果を得る障害 になる場合もある。すなわち,本稿の推計では12ヶ月前の前年同月比を取ったが,冬季 賞与はほぼ12月支給で一定しているものの,夏季賞与は6月に支給される場合と7月に

図7 非正規労働者比率

出典: 厚生労働省毎月勤労統計

注: 2008年については10‑12月期の結果が発表されておらず,7‑9月期までの 平均である。

20 正確には,状態空間モデルの推計結果の2002年3月は負値を取っているが,極めてゼロに近いので,2002 年2月を谷と考えた。

(19)

支給される場合が年により異なる場合も見られ,必ずしも一定しない。例えば,昨年 2007年10‑12月期から景気後退局面に入る前に,2007年7月に大きくマイナスの産出ギ ャップが観察される。これは,2008年の夏季賞与については2007年と比較して6月支給 の割合が高く,その分,7月の賃金が相対的に低かったことを示唆しているのかもしれ ない。

(3) 状態空間モデルの推計結果でも, Hodrick-Prescott フィルターによる算出結果でも,い ったん,2007年10‑12月期に産出ギャップがマイナスを付けた後,2008年に入ってから 2月を中心に正に回帰しているのは,2008年の2月がうるう年であったことに関係し ている可能性が高い。すなわち,賃金データとしている現金給与総額指数の30人以上 事業所の場合,月額給与の割合が約50%とやや高く,日払い給与と比較してうるう年 の影響は小さい一方で,産出の方は1日多い分だけ着実に大きくなっており,もしも,

季節調整によりうるう年の効果が十分に除去されていないとすれば,2月の産出ギャ ップは正に振れることになる。また,季節調整が移動平均を基本としていることから,

うるう年の当の月である2月だけでなく,その周辺の1月や3月,場合によっては,

2007年12月や2008年4月にも産出ギャップが正に振れるバイアスがあった可能性は否 定できない。

Ⅳ.結論と今後の課題

以上の状態空間モデルに関する理論モデルの提示や推計結果などから,今次景気後退局面 に入るピークの月は2007年11月であった可能性が示唆されるとの結果を得た。しかし,いく つか残された課題もある。推計技術上の問題点として,本稿では固定パラメータによる推計 を実施したが,可変パラメータでは安定した結果を得ることが出来なかった。今後の課題と 言える。さらに,データの問題として,産出の代理変数として鉱工業生産指数が望ましいか どうかについては議論の余地が残る。すなわち,日本経済研究センターで算出している月次 GDP や鉱工業生産指数と同様に経済産業省から発表されている全産業活動指数や全産業供 給指数も産出の代理変数の候補となりえる可能性が残る。この点については,別稿で Mar- kov-regime-switching モデルにより景気拡大期と後退期を推計する機会があれば,その際に これらのデータの活用も考えたい。

最後に,残された最大の疑問点は,そもそも,産出ギャップの符号が景気転換点を画する

かどうかである。

21

一例を上げると,図2や図3ですでに示した内閣府や日銀が算出した産

出ギャップは2002年1月の谷の後も,かなりの長期にわたってマイナスを続けている。本格

的にプラスの産出ギャップに転ずるのは2005‑06年である。実は, 「本格的に」という形容詞

を付せば,本稿で計測した状態空間モデルによる産出ギャップも本格的に正に転ずるのは

21 一例として,

Camba-Mendez and Rodriguez-Palenzuela

(2001)も同様の議論を提起している。

(20)

2005年初頭である。その意味で,産出ギャップが景気転換点を画する何らかの負の閾値 ( critical value )

22

が存在する可能性は排除できない。現段階では,月次の産出ギャップの計 測例は多くなく, empirical に測定することは極めて困難であるが,本稿がその先駆けとな れば研究者として幸甚この上ないと考える。

References

Akaike, H.(1969) Fitting autoregressive model for prediction, Annals of the Institute of Statistical Mathematics

21,1969,pp.243‑247.

Akaike, H

.(1973)

Information theory and an extension of the maximum likelihood principle

, 2nd

Interna- tional Symposium on Information Theory, B. N. Petrov and F. Caski, eds.,Akademiai Kiado, Budapest,

1973,

pp

.267‑281

ADB

(2008)

Asia Economic Monitor, Asian Development Bank, December

2008

Blanchard, Olivier Jean and Danny Quah(1989) The Dynamic Effects of Aggregate Demand and Supply Dis- turbances

,

American Economic Review79(4),September

1989

pp

.655‑673

Bowdler, Christopher and Luca Nunziata

(2007)

Inflation Adjustment and Labour Market Structures

:

Evi- dence from a Multi-country Study, Scandinavian Journal of Economics

109(3),September2007,pp.619

‑642

Camba-Mendez, Gonzalo and Diego Rodriguez-Palenzuela

(2001)

Assessment Criteria for Output Gap Esti- mates, European Central Bank Working Paper No.54,April

2001

Claus, Iris

(1999)

Estimating potential output for New Zealand

:

a structural VAR approach

,

Discussion Paper DP2000/03,Reserve Bank of New Zealand, July

1999

Claus, Iris(2000) Is the output gap a useful indicator of inflation? Discussion Paper DP2000/05,Reserve Bank of New Zealand, March

2000

de Brouwer, Gordon

(1998)

Estimating Output Gaps

,

Research Discussion Paper

9809,Economic Research

Department, Reserve Bank of Australia, August

1998

De Veirman, Emmanuel

(2007)

Which nonlinearity in the Phillips curve

The absence of accelerating defla- tion in Japan

,

Discussion Paper DP2007/14,Reserve Bank of New Zealand, September

2007

Dickey, David A. and Wayne A. Fuller(1979) Distribution of the Estimators for Autoregressive Time Series with a Unit Root

,

Journal of the American Statistical Association

74,pp.427‑431.

Dickey, David A. and Wayne A. Fuller

(1981)

Likelihood Ratio Statistics for Autoregressive Time Series with a Unit Root, Econometrica

49(4),pp.1057‑1072.

Fischer, Stanley

(1985)

Supply Shocks, Wage Stickiness, and Accommodation

,

Journal of Money, Credit and Banking

17(1),January1985,

pp

.1‑15.

Gerlach, S. and S. Smets(1999) Output Gaps and Monetary Policy in the EMU Area, European Economic Review

43(4‑6),1999,pp.801‑812

Gordon, Robert J

.(1988)

The Role of Wages in the Inflation Process

,

American Economic Review

78(2),

May

1988,pp.276‑283

22 これは産出ギャップではなく,日本でいえば景気動向指数に近い指標であるが,例えば,シカゴ連銀が算 出している

CFNAI

(

Chicago FED National Activity Index

)では景気転換点として

empirical

に−0.7の閾値 (

critical value

)が存在することが知られている。詳細は以下の

URL

を参照。

http

://

www

.

chicagofed

.

org

/

economic

̲

research

̲

and

̲

data

/

cfnai

.

cfm

(21)

Granger, C

.

W

.

J

.,(1969)

Investigating Causal Relations by Econometric Models and Cross-spectral Methods

,

Econometrica

37(3),

August

1969,

pp

424‑438

Grewal, Mohinder S. and Angus P. Andrews

(2002)

Kalman Filtering

(

Second Edition

),2001,

John Wiley

Sons

,

http

://

www

3.

interscience

.

wiley

.

com

/

cgi

bin

/

bookhome

/94515619/

Guay, Alain and Pierre St-Amant

(1996)

Do Mechanical Filters Provide a Good Approximation of Business Cycles

Technical Report No

.78,

Bank of Canada, November

1996

Hamada, Koich and Yoshio Kurosawa

(1984)

The relationship between production and unemployment in Japan

:

Okun's law in comparative perspective

,

European Economic Review

25(1),

June

1984,

pp

‑71‑94

Hamilton, James D

.(1996),

Specification testing in Markov-switching time-series models

,

Journal of

Econometrics

70(1),1996,

pp

127‑157

Harris, Richard and Brian Silverstone

(2001)

Testing for asymmetry in Okun's law

:

A cross

country com- parison

,

Economics Bulletin

2001(5),2001,

pp

.1‑13

Harvey, Andrew C

.(1981)

Time Series Models, Philip Allen, London

,1981

Hledik, Tibor

(2003)

Modelling the Second-Round Effects of Supply-Side Shocks on Inflation

,

Working Paper Series

12,

Czech National Bank, December

2003

Hodrick, Robert J

.,

and Edward C. Prescott

(1981)

Post-war U

.

S. Business Cycles

:

An Empirical Investi- gation

,

Northwestern University Discussion Paper No

.451,1981‑

revised

Hodrick, Robert J

.,

and Edward C. Prescott

(1997)

Post-war U

.

S. Business Cycles

:

An Empirical Investi- gation

,

Journal of Money, Credit and Banking

79(1),1997,

pp

.1‑16

Hyndman, Rob J

.,

Anne B. Koehler, Ralph D. Snyder, and Simone Grose

(2000)

A State Space Framework for Automatic Forecasting Using Exponential Smoothing Methods

,

Working Paper

9/2000,

Department of Econometrics and Business Statistics, Monash University, August

2000

Jain, Raj K

(1989)

The Seasonal Adjustment Procedures for the Consumer Price Indexes

:

Some Empirical Results

,

Journal of Business and Economic Statistics

7(4),

October

1989,

pp

.461‑469

Kalman, Richard E

.(1960)

A New Approach to Linear Filtering and Prediction Problems

,

reprint posted at Dr. Welch's cite

23

from Journal of Basic Engineering

82(

Series D

),1960,

pp

.35‑45

Kichian, Maral

(1999)

Measuring Potential Output within a State-Space Framework

,

Working Paper No

.99

‑9,

Bank of Canada, April

1999

Kilian, Lutz

(2008)

A Comparison of the Effects of Exogenous Oil Supply Shocks on Output and Inflation in the G

7

Countries

,

Journal of the European Economic Association

6(1),

March

2008,

pp

.78‑121

Kim, Chiho and So-Sang Moon

(2000)

Potential GDP and Inflation in Korea

,

Economic Papers

3(2),

Bank

of Korea, November

2000,

pp

.62‑94

Kuttner, Kenneth N

.(1994)

Estimating Potential Output as a Latent Variables

,

Journal of Business and Eco- nomic Statistics

12(3),

July

1994,

pp

.361‑368

Leamer, E. E

.,(1985),

Vector Autoregressions for Causal Inference

in Karl Brunner and Allan H.

Meltzer, eds

.,

Carnegie-Rochester Conference Series On Public Policy

:

Understanding Monetary Regimes

22 (1),

January

1985,

pp

.255‑304

Lovell, Michael C

.(1963)

Seasonal Adjustment of Economic Time Series and Multiple Regression

,

Cowles Foundation Paper

209

reprinted from Journal of the American Statistical Association

58,1963,

pp

.

23

University of North Carolina

Dr. Welch

のサイトの

URL

は以下の通り。

http

://

www

.

cs

.

unc

.

edu

/〜

welch

/

kalman

/

kalmanPaper

.

html

参照

関連したドキュメント

As a module itself may be defined as an alias or a composition of other modules using paths, it might happen that module definitions end up being mutually dependent. The question is

The object of the present paper is to give applications of the Nunokawa Theorem [Proc.. Our results have some interesting examples as

Fatiguing inspiratory muscle work causes reflex sympathetic activation in humans. 19 ) Sheel AW, Derchak PA, Morgan BJ, et al: Fatiguing inspiratory muscle work causes

In this, the first ever in-depth study of the econometric practice of nonaca- demic economists, I analyse the way economists in business and government currently approach

As a general remark, sensor fault detection results obtained with OKID are similar to those obtained with a traditional Kalman filter, but, with the proposed method, the OKID

((.; ders, Meinungsverschiedenheiten zwischen minderjähriger Mutter und Vormund, JAmt

Zeuner, Wolf-Rainer, Die Höhe des Schadensersatzes bei schuldhafter Nichtverzinsung der vom Mieter gezahlten Kaution, ZMR, 1((0,

[r]