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東南アジアへのシイタケ輸出についての覚え書

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(1)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 25

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚え書 一香港市場を中心として一一

野  木  稔  郎

1)

2)

3)

4)

は じ め に シイタケ生産の展開 シイタケ輸出と東南アジア

シイタケ輸出の態勢と東南アジア市場の様相 香港におけるシイタケの流通機構

お わ り に

は じ め に

 わが国の農産物の輸出は,年々増加傾向にある農産物輸入額(ゴム,綿花,羊毛をのぞ いて32億4,800万ドル,昭和45年度)にたいし,昭和44年3億4,000万ドル,昭和45年3億7

,000万ドルとわずかずつ増加してはいるが,しかし,これは過剰米在庫の累積を背景とし た米の輸出があったためであり,米を除くと昭和44年は1億9,000万ドル,昭和45年は

2億7,000万ドルに過ぎない。即ち,年々急増をつづける総輸出額からみると農産物輸出 額のシェアは昭和35年当時の4.2%から,45年にはわずかL9%(米を除くと1.1%)をし めるに過ぎなくなった。

農産物輸出のうちで,もっとも主な品目は米(1億6,30Q万ドル,昭和45年度,日本農業 年鑑,以下,同年鑑による),ミカンかんずめ(2,120万ドル),グルタミン酸ソーダ

(1,446万ドル),乾シイタケ(1,268万ドル)などであり,その他,輸出額は小さいが発 展途上国むけを中心に粉乳,ビスケット,即席ラーメン等の加工食品がある。しかしまず 米は韓国,インドネシア,パキスタンなどむけに現物貸与,食料援助,延払いなどによっ ておこなわれたものであり,その他は加工品が多いなかで,乾シイタケはこれらとことな        (1)

り,外貨手どり率が高く,単品としては農産物中,もっとも輸出額が大きい。

 かつて農産物輸出の主力であった生糸は近年国内需要が増大し,生産が減退し,遂に昭 和45年の輸出は全くおこなわれなくなるなかで,乾シイタケはミカンとともに輸出が伸び つづけている品目であり,またわが国の総輸出額からすれば小さな比重をしめるに過ぎな いとはいえ,農林水産物をとっても,その輸出額では10位をしめ,農産物としてはもっと も輸出額の大きい品目の一つである。そしてシイタケは今日の農村,とくに山村にとって       (2)

きわめて好ましい,そして重要な作目であるが,農林産物としての商品的特性もあるし,

その生産,流通構造に規制されて輸出の面でも若干の問題をはらんでいる。シイタケの供 給事情,生産構造にふれながら,シイタケ輸出の事情をうかがうことにする。しかし以下

(2)

はシイタケ輸出にかんする資料をつづり合わせ,呈示する素描にすぎないものである。

註(1)昭和45年度における農林水産物の輸出額の大きいものから順にあげると次のようになる。

  米,マグロ類缶詰,合板,サバ缶詰,サケマス缶詰,冷凍マグロ類 ミカン缶詰,グルタミ    ン酸ソーダ,乾シイタケの順であり(大蔵省「日本貿易月表」)農林産物でも,米,シイタ    ケをのぞいて他はすべて加工品である。 

 ② シイタケは農産物であるか,林産物であるかは,明確に区別しがたいが,生シイタケは野   菜として取扱われ,即ち,あきらかに農産物として取扱われるが乾シイタケは農産物と林産   物との接点にあるものであろう。ユ970年世界農林業センサスでは,シイタケ栽培の原木まで   が林産物とされ,栽培されたシイタケは農産物としてあっかわれている。しかし乾シイタケ   は,主として農家の生産物として,農産物,林産物にこだわることもないであろうが,農産   物としておこう。

1 シイタケ生産の展開

 昭和45年の乾シイタケの生産量は7,996.8トン,生シイタケは8,064トンにのぼり,近年

,シイタケ生産量の伸びはいちぢるしい。わが国のシイタケ生産量が統計数字にみられる       (1)

のは明治38年の農商務省統計とされるが,その当時すでに963トンが生産され,昭和14年       表 1  戦前のシイタケ輸出の推移       (単位:数量トン,金額円)

年    次

         1

A出量(A) 輸 出 額 生産量(B) 輸出割合囚/(B>

トン トン

明治元年 218 l16,018

13 〃 746 340,691

21 〃 1,ユ11 515,930

37 〃 1,316 1,303,225

38 〃 1,065 1,036,949 963 110

大正元 〃 983 1,236,237 1,224 80

3 〃 1,183 1,500,354 1,327 89

6 〃 1,495 2,070,298 1,307 U4

8 〃 950 2,535,101

13 〃 584 2,329,022 987 59

昭和元 〃 950 3,156,728 981 98

3 〃 579 1,964,262 985 65

6 〃 474 1,292,213 1,155 41

9 〃 784 2,363,770 1,461 54

10 〃 1,008 3,311,598 1,554 65

11 〃 669 2,544,294 1,828 52

12 〃 639 2,131,572 1    1,683 38

13 〃 444 1,148,616 i  1,863 24

14 〃 1,424 6,056,159 1  2,030 70

15 〃 1,523

・・,。・4,6。7i

1,852 82

16〜20(平均) 226   1 2,・・3.5561 1,422 16

(注) 輸出量は大蔵省統計,生産量は農林統計

       日本貿易振興会「輸出農林水産物の歩み」農産物篇127ページより

(3)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 27 には戦前では最高の2,030トンに達する(表1)。もちろん天然生のシイタケはいつの頃か

らか採取され食用に供されているのであるが,江戸時代前期には豊後,日向,伊豆等の地       (2)

方でシイタケの栽培が始められ,以後,各地につたわり,江戸時代にはすでに国外への輸          (3)

出もおこなわれており,表1によってもうかがわれるようにシイタケは早くから輸出とむ すびついてその生産が展開した作目といえよう。いうまでもなく明治以降の統計にあらわ れるシイタケ生産は全く原始的,投機的な鋸目式などによる栽培が主であったが,太平洋戦 争の激化とともに生産量は年々減少し,敗戦直後の昭和21年にはわずか495トンにまで激 減した。

 しかし戦後,シイタケが救援物資の見返輸出物資とされたこと,昭和18年に発明された 森式種駒の効果がみとめられ,二二の接種によってシイタケ栽培が確実,容易になり,か っての特殊技術の保持者,いわゆる茸山師等に依存しなくとも,いわば誰にでも容易に栽 培出来る見とおしがたったこと,また原料入手,環境その他の栽培条件から農村とくに山 村の農家経済をささえる作目として好ましいものとされ,昭和22年以降,増産運動がくり ひろげられ,昭和27年には早くも戦前の最盛期の生産量を越える2,090トンが生産されて

いるσ

 その後のシイタケ生産の伸びはいちぢるしく,昭和45年にたいし,最近10年間の伸びは       (4)

乾シイタケで2・3倍,生シイタケは5・7倍に達している。しかしシイタケ生産の伸長 率は決して一様ではなく,年によって豊凶がはなはだしく,最近においても昭和41年,昭        (5)

和44年にはそれぞれ前年の生産量を大幅に割っている。純粋培養菌による栽培技術が普及 したとはいえ,それは自然栽培法に比較してのことであり,本質的に気象条件の制約を排 除することは出来ず,生産の不安定はまぬかれえない。これはシイタケ価格の変動をもた らす大きな要因となるが,ここに自然条件にとくに大きく左右されるシイタケ生産の一つ の性格をみることが出来る。これにたいし生シイタケの生産量はきわめて順調にしかも急 激に伸びてきており,乾シイタケに対し,その伸長率ははるかに高い。

 シイタケ生産量の大幅な伸びはまず,後述の旺盛な需要の伸びに対応するものであるが また昭和33年頃から木炭需要が激減し,木炭生産に依存していた地域で,木炭生産からシ イタケ生産への転換がおこなわれたこと,また純粋培養菌による栽培技術の普及,また乾 燥施設の向上を前提として農,林業構造改善事業等の実施による政策的バックアップがあ ったことなどによりシイタケ生産は殆んど全国的にひろめられた(乾シイタケは東北,関 東の8県および大阪府をのぞくすべての都道府県で,生シイタケは宮崎を除く全都道府県 で栽培されている。昭和45年)。どちらかといえば生シイタケは大都市の消費市場を中心

とし関東,中部,近畿地区での生産が多いが,乾シイタケは上位10県が生産量の約8割を しめ,とくに上位3県即ち大分,宮崎,静岡の3県で,半分以上をしめており,地域的に は九州地方が約6割を生産している(表2)。乾シイタケの生産は山村地域を中心として 伸びているが,これらの地域はとくに劣悪な市場条件のもとに農家経済をめぐる条件はと

(4)

表2 乾,生別,県別シイタケ生産量 昭和45年

別降産血割

鹿

分1 崎i 岡1

  トン

2,19ユ.O l,469.0  637.0  554,0  552.2  372.9  242.0  220.0  187.0  154.3  148.l  l20.0  103.3  100.4  97.3  848.2 7,996.7

 %

27.4 18.4 8.0 6.9 6.9 4.7 3.0 2.7 2.3

L9

1.9 1.5 1.3

L3

1.2 10.6

100

別匪産劉割

そ  の

  トン5,200.0 2,183.1 2,161.O l,912。7 1,814.5 1,659.6 1,608.9 1,544.O l,537.O l,299.8 1,203。0 1,114,8 1,109.9 1,078。3

 763.0 11,874.8 38,064.4

13.7 5.7 5.7 5.0 4.8 4.4 4.2 4.1 4.0 3.4 3.2 2.9 2.9 2.8 2.0 31.2

100

(注)林野庁,特殊林産別需給表,昭和45年より

くにきびしく,過疎になやまされることの多い地域である。これらの地:域の農家にとっ て,かっての木炭生産よりは,より多くの資本,施設を要し,生産期間は長いとはいえ,

      (6)

一日あたり労働報酬が他の作目より高く,また搬出,出荷もかなり容易な乾シイタケはき わめて好ましい重要な作目であろう。

 しかし,シイタケ栽培の経営規模をみると昭和45年,ほだ木所有規模3,000本以下の零 細な生産者が84.2%をしめ3,000本〜10,000本の生産者が12.2%,10,000本以上の大規模 な経営は3.6%に過ぎず,シイタケ生産の大部分はいまだ零細規模の兼業生産にとどまっ ている。これは集・出荷面,流通過程の複雑さ,出荷系統の混乱など流通面の問題をひき おこす要因であるが,またシイタケ生産にとっての問題は,シイタケ栽培の普及,展開と ともにほだ木用原木価格の高騰が各地でひきおこされていることであり,また,さしあた り,とくに大規模経営をいとなむ際にさけられない雇用労働導入の困難,その労賃の値上

   (7)

りである。いうまでもなく,これはシイタケ生産費をひきあげる重要な要因である。

最近の生産量の急激な伸びにたいしても,シイタケ価格は上昇をつづけ,それほどおとろ えをみせない旺盛な国内需要はあるが,後にみるように,とくに輸出に際しては生産性の        (8)

ひき上げ,合理化のかなり困難なシイタケ生産にとっては,シイタケ価格をひきあげる要 因はまた,とくに輸出を阻害する要因ともなるものであろう。

註(1)日本貿易振興会「輸出農林水産物の歩み一農産物編」昭和37年・128ページ

(5)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 29

(2)森喜作「シイタケの研究」昭和38年,森食用輩研究所,ユ〜2ページ

(3)前出「輸出農林水産物の歩み」126ページ,また,新対馬誌篇纂委員会「新対馬島誌」323ペー  ジなど。

(4)生シイタケは昭和36年8,645トンにたいし,昭和45年は,38,064トン。

(5}のちにかかげる表3を参照されたい。

(6)一日あたり労働報酬の高さについての事例は多いが,一例をあげると(農林省,長崎統計  調査事務所調べ),対馬のシイタケの平均的な価格は昭和44年,キロあたり2,000円,45年  2,400円であるが,2,000円としても,ほだ木,1,000本あたりでは一日の家族労働報酬は2,8  56円となり,同年の長崎県の米の一日あたり,1,669円より高く,対馬ではこのような高い  労働報酬をもたらした作目はかってなかった。

(7)シイタケの主要生産県をとって,昭和42年にたいし,昭和45年乾シイタケの原木価格(立  木㎡)をくらべると,大分県では,くぬぎ1.2倍,ナラ1.2倍,宮崎では,それぞれ1.2倍,

 1.3倍,静岡0.9〜1.6倍,O.8〜1.3倍,愛:媛1.7倍,1.6倍,熊本O.8〜1.3倍,0.8〜1.0倍,高  知1.6倍 1.7倍 島根1.4倍,鹿児島2.O倍 2.0倍,福岡O.9〜1.1倍,岡山1.0倍1.O倍とな  っている。

(8)近年の労賃の値上りはいうまでもないが,自家労賃の評価は一応おくとしても,雇用労賃  の値上りは経営の規模拡大をさまたげる大きな要因となり,栽培規模を自家労力主体で可能  な範囲にとどめようとする動きもあらわれており,生産量のうち,労賃部分の大きいシイタ  ケ生産の生産性のひきあげを困難にしている重要な要因とみなされる。(例えば拙稿「僻地  農層の動向一対馬の椎茸生産をめぐって一」山岡亮一先生還暦記念論文集「現代農所業と小  農問題」ユ972年178〜179ページ

    2  シイタケ輸出と東南アジア

 シイタケの需要は,いうまでもなく国内消費と輸出とに分けられるが,輸出は昭和45年 においても,なお生産量の2割強をしめ,わが国の農産物としては輸出割合はきわめて大 きい(表3)。

 輸出が古くからおこなわれてきたシイタケの主な仕向先は明治期においても清国(後に は中華民国)であり,または香港を中心として華僑の分布する東南アジア地域であった。

これには徳川時代末期の開港によって大部分の取引が内地でおこなわれ,その相手方は在 留清国人であったこと,とくに大阪在住の華僑(後に神戸に移住)との取引に主体がおか

   (1)

れていた。中国本土,東南アジアを主要仕向先とするシイタケの輸出は満州事変,日華事 変の前後は日貨排斥運動のため減少したことはあっても明治から大正,昭和にかけてほぼ 一定の輸出量をもち(前出,表1),昭和15年には1,523トンと戦前最大の実績をあげてい るが,戦前のシイタケ輸出割合は生産量の60%〜70%台を中心として推移し,輸出依存度          (2)

の強さを示している。

 しかし昭和15年を頂点として大平洋戦争終了までシイタケの輸出は生産量の減少,軍 需,内需の増大から急激に減少の方向をたどった。敗戦直後,さきにふれたようにシイタ

(6)

表 3  乾シイタケの生産,輸出,国内消費の推移(単位:数量一トン 金額=千円)

年  次 昭和14年   15〃

  16〃

  17〃

  18〃

  19〃

  20〃

  21〃

  22〃

  23〃

  24〃

  25〃

  26〃

  27〃

  28〃

  29〃

  30〃

  31〃

  32〃

  33〃

  34〃

  35〃

  36〃

  37〃

  38〃

  39〃

  40〃

  41〃

  42〃

  43〃

  44〃

  45〃

生産量A      輸出量Bl輸出額C

    1

輸出単価  C/B

輸出割合  B/A

俗{

1麗

iii

ili}i

iilii

iliii

iliii

iliii

l;il

 トン 1:鑑

5劉

lll l

・26【

 10

 242  195  379  957 1,040 1,449 1,483  860  980 1,103  622  921  836 1,131 1,501 1,843 1,934 1,167 1,201  897 1,259 1,986 1,634 1,643

  千円  6,0561

    l  lO,0151   3,942    112,

    1

  2・301}

  2・7701   1,4431   ・,3・5}

 52,33d      1607051

  , 579,921  739,530  919,126 1,118,768 1,ユ56,881  734,306  802,546  837,640  921,959 1,196,355 1,105,962 1,6Q8,428 1,825,647 1,796,341 2,Q24,357 1・883,5001 2,544,792i 1,933,6Q8 2,986,873 3,968,253 3,616,Q77 4,566,365

    }

 ん9円1

  4   7   7   9

 13  12  11  131  216  824 1,530  773  884  772  780  854  819  759 1,482 1,299 1,323    ・422

P

1・216

9751 1・047i l・614i 2・119 P

2・1561 2,372i l,998i

2,・・3}

2・77g1 70 82 29

1 11 2 2 2 36 20 41 68 50 53 53 38 26 33 26 33 31 33 31 34 33 24 22 18 20 24

国内消費

A−B

24 P

211

 トン  606  328 1,418 1,447 1,452  986  681  485  433  785  555  455 1,050 ユ,266 1,320 1,374 2,746 2,286 1,816 1,883 1,861 2,299 3,344 3,677 3,9Q3 3,669 4,171 4,143 4,991 6,201 5,277 6,354

(注)日本椎茸振興会および林野庁林産課資料より

ケは見返り輸出品に指定され,生産増強,輸出品の集荷,荷造りがおこなわれたが昭和21 年には中国むけに僅か10トンの試験輸出がおこなわれたにすぎなかった。昭和22年には第 一次民間貿易により240トンが香港,シンガポール,アメリカに輸出されたが,24年には 戦後不況,とくにシイタケの主要買付先の香港,シンガポール経済に密接な関係をもつ英 本国の不況により,輸入引締あ,ポンド切下げ,そして中国内戦の影響をうけ,価格も急 落し,シイタケ輸出は打撃をうけた。しかし昭和25年,朝鮮戦争の勃発を契機に不況は回 復に向い輸出量も漸増し,昭和28年には戦前:最大の輸出量をあげた昭和15年の実績にほぼ 近づいている。しかし昭和29年以後は昭和30年をのぞいて不作がつづき,国内需要の増加

(7)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 31 とともに輸出品の確保が困難となったが国内価格の上昇につれ輸出単価も漸次上昇し,昭 和35年には,金額ではこれまで最高の450万ドルに達し,不作の昭和39年,41年,44年を のぞき生産額も上昇しつづけ,昭和43年には始めて1,000万ドルをこえる1,102万ドル(39 億6,800万円)に達し,昭和45年には1,268万ドル(45億6,600万円)そして昭和46年には 輸出量は1,724万ドル(60億5,300万円)にのぼった。

 近年におけるシイ・タケ輸出についても輸出をもっとも大きく規制する条件は生産量であ るようにみられるが,輸出単価も不作の年の昭和39年以降,43年,44年をのぞき,年々上 昇し,輸出額の飛躍的な伸びはむしろシイタケ価格の値上りによってなしとげられたかに みなされる。しかし生産量は不作の年をのぞいて年々上昇し,輸出額も増加したが,一方 輸出割合は低下の方向をたどり,昭和30年代には30%前後の線に,そして昭和39年の不作 の年を契機に20%台におちこみ,シイタケ生産がはっきり国内需要依存に転換したことが しめされる。今日では,シイタケの需要を規定するのは国内消費である。国内消費は家庭 用と業務用(外食用,加工用)とに分けられるが,乾シイタケの消費は戦後昭和38年頃ま では,ほぼ順調に伸びてきたものの,昭和39〜41年頃,一時減退し,昭和42年頃から再度 増加し始めている。これにはシイタケの生産減,そして価格の上昇との関連もあるようで       (3)

あるが,国内消費の伸び,外食用,家庭用の伸びを反映してきわめて堅調であり,生産量 の急激な伸びにもかかわらず,大はばな価格の上昇をひきおこし,旺盛な国内需要の強さ をしめしている。いずれにせよ昭和30年代以降の所得水準の上昇にともなう食生活の向 上,変化に対応する需要の堅調に支えられる高価格に海外市場が追随しえず,輸出が相対 的に伸びなやむ様相をうかがうことが出来る。なお昭和46年度の輸出実績は前年度にたい しても数量,金額ともに飛躍的な伸びをしめしたが,これには,いわゆるニクソンショッ ク,変動相場制の実施にさいし,年末の輸出の急増などからみていわゆる黙換金イ風の動 きもあずかって力があったのではないかと思われる。

 昭和45年度の乾シイタケの輸出先は45ケ国にのぼるが,輸出量,輸出額ともにもつとも 大きいのは香港であり,88万9,044キロ,678万2,392USドルにのぼり,日本からの輸出の

うち,数量では54.7%,金額では53.5%をしめ,次に輸出額ではアメリカ合衆国がこれに つぎ,ほぼ16%,第3位がシンガポールで,輸出額で13.4%をしめ,この3ケ国がとくに 大きく,かなりはなれてマレーシア,タイと,つづいている。またイギリス,西ドイツ,

オーストラリアなどのヨーロッパ諸国およびカナダも大きい(表4)。

 日本からの輸出のもっとも大きい香港にシンガポール,それにマレーシア,タイ,南ベ トナム,フィリッピンなどを加えた東南アジアの地域への輸出が約79%をしめており,ア メリカまたヨーロッパ地域への輸出も大きいとはいえ,シイタケ輸出のもっとも主要な市 場は香港を中心とする東南アジア市場である。なかでも香港は古くから有力な市場であっ たが,太平洋戦争が始まる頃から香港への輸出はおこなわれなくなり,またアメリカ,ハ ワイへの輸出も杜絶えた。その頃の仕向地はもっぱら中国本土となったが,戦後は中国本

(8)

表 4  仕向国別シイタケ輸出量,輸出額(構成比)  1970年 仕  向  国  別 押出量 障成則

輸出額

構成比

ん牙 US$

香       港 899,044 54.7 6,782,392 53.5 シ ン ガ ポ 一 ル

}  レ  一  シ  ア

235,183 T9,16Q

14.3 R.6

1,702.534{   1431,257

13.4 R.4

タ        イ 47,550 2.9 356,663:  1 2.8

琉       球

・@ベ ト ナ ム

37,l12 P2,300

2.3 O.7

309,835:

W7.7251 2.4O.7 フ ィ リ ッ ピ ン

艨@      湾

3,000

U72 O.2O.1 21:轟 0.2

O.1

イ ン ド ネ シ ア 30 0.0 2661

ラ    オ    ス 20 0.0 2441 0.0

(東南アジア計) @1,294,071

一(78.8)

9,704,932}   1

(76.5)

ア  メ  リ  カ 228,351 13.9 2,022.3531  一     P5.9 カ    ナ    ダ 29,702 1.8 268,031 2.1 イ  ギ  リ  ス 26,850 1.6 196,584 ユ.6

オース トラ リア 23,489 1.4 178,807 1.4 西  ド  イ  ツ 16,048 1.0 l16,625 0.9

オ 一 ス ト リ ア 5,896 41,000

フ   ラ  ン  ス 4,020 30,100

オ  ラ  ン  ダ 2,970 21,453 メ  キ  シ  コ 1,916 18,283

仏領オセアニア 1,876 16,717

トリニダード・トバコ 1,784 16,056

ペ      ノレ     一 1,545 13,888

ス  リ  ナ  ム 889 7,650

南アフリカ共和国ベ  ル  ギ  一 887

U58 1:;llI

グ ァ テ マ ラ 240 2,505 蘭領西インド諸島 180 2,492

グ    ァ   ム 243 2.4711

コ ス タ リ カ 1ス    イ    ス 1モーリシャス島及び

@セーシエルズ諸島

180 Q25 P50

1:lll l・.2581 、

ク  ウ エ  イ  ト 86 1,092;

レユニオン及び

@  コモロ諸島 151  iX94ト [

コンゴ民主共和国 60 91gl

カナ リ 一諸島ニュージーラ ン ド 70

;lli

パ    プ    ア 51 631

ポ ル  ト ガ ル 60 536

モザ ン ピ ッ ク 68 495i

ニ カ ラ グ ア 45 4561

ジ ブ ラ ル タ ル 20 2721

ニューヘブライズ

u  イ  ジ  ー u  ル  ネ  イ

20 R5 Q0

264Q03i156

ガ    一    ナ 5

一    一 一    一 }

   1061    1一 一一一一一一一一一一一一1一一一一一

小      計     1 348,880 2,979,417

1

1

1…

合  計(45ケ国)      1i・・642・95・il lOO 12,684,349  100

P

    (注)日本椎葺振興会資料より

土への輸出は殆んどおこなわれなくなり,香港,シンガポールおよびアメリカがもっとも 主要な市場と嫁つた。とくに香港はもっとも大きい,しかも安定した市場となり,いわば

日本からのシイタケ輸出の動向を規制する市場となっている。

 もともと海外におけるシイタケの用途はアメリカ向けなどの一部をのぞいて殆んど中国

(9)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書       33  表 5  香港からの仕向国別,乾シイタケ再輸出量および再輸出額 単位(んg,%,HK$)

1969年 11

1970年

仕向国別

シンガポール カンボジア 南ベトナム フィリピン

タ    イ サラ ワ ク インドネシア ラ オ  ス マ  ラ  ヤ

ブルネイ

サ    バ マ  カ オ

輸 出 量

東南アジア計

そ の 他

  ん9  %

21,692(13.4)

9,550  (5,9)

6,452  (4.0)

4,166 (2.6)

2,438 (1.5)

=L,524  (0.9)

1,372  (0。8)

1,270  (O.8)

 914  (O.6)

 762  (O.5)

 711  (O.4)

 102  (0.1)

50,953 (31.5)

90,576 (56.0)

141,529 (87.5)

20,167 (ユ2.5)

輸出額

350,2ユ8HK勘

199,268 132,015 156,790 52,790 35,270 43,966 37,582 18,296 16,807 20,085  2,527 1,065,6ユ4

1,231,930 2,297,544 712,538

輸出 単価

HK$ 16.1  20.9  20.5  37.6  21.7  23,1  32.0  29.6  20.0  22.1  28.2  24.8 20.9 13,6

16.2

35.3

障向国別肺出手擦出額

シンガポール カンボジア

タ    イ

フィリピン ラ オ ス マ  ラ ヤ 南ベトナム サ    バ

ブルネイ

インドネシア サラ ワク

東南アジア計

そ の 他

  勾  %

32,614 (19 .4)

4,216 (2.5)

2,134 (1.3)

1,930  (1.1)

1,321  (0.8)

1,270  (0.8)

1,270  (0。8)

 864  (0.5)

 813  (0.5)

 356  (0.2)

 254  (O.1)

47,042 (27.9)

93,218 (55.4)

140,260 (83.3)

28,09].(16.7)

HKもく 557,74ユ 84,684 59,974 74,688 62,688 31,455 21,U5 27,200 25,022  9,114  7,301

960,982 1,643,181 2,604,163 1,126,620

単価輸出

(i

の1

    ん91 5000〜4001 4000〜3001 3000〜2001 2000〜1501

、5。。一、。。。ウエスト・インデス,ベネズ・ラ/

965 914 711 660 508 406 356 305 254 203 152

102

51

       隔        i■

ガテマラ,トリニダ・ド・トバコi剛

至工…湾財力・フ・帰困

三融警密漁ド

ア,ガーナ      ll 「         ベルギー,インド,ソマリ群島, i l

ソマリ共和国      1、 i

戴福手彬謂謡ト・i戸

ポ,レトガル,ブラジ、レ,ニカラガili

防・諮ビク ス蹴 P一

ジャマイカ モーリシャス パナマ,オセアニア 南アフリカ カナダ,メキシコ パフ。ア・ニューギニア

英国

i

「i

i2

ii

iP

    ん3 5000〜4001 4000〜3001 3000〜2001 2000〜1501 1500〜1000

965 914 711 660 508 406 356 305 254 203 152

102

51

、6、,6舘(、。。㌘13,。琵鴇H融総

HK$ 17.1  20.1  28.1  38.7  47.5  24.8  16.6  31.5  30.8  25.6  28.7

20.4 17.6

18.6

40.1

フフンス ジャマイカ

パナマ,モーリシャス,オセアニア カナダ,オランダ領西インド諸島,

ペルー,ベネズエラ,南アフリカ ナイジェリア

西独,パプァ・ニューギニア イギリス,ギアナ

コスタリカ

オランダ, ドミニカ,ホンデュラス フィージー島

グァテマラ,メキシコ,ソマリi群島 ガーナ

アイルランド共和国,オーストラリ ア,ソロモン群島

スイス,ニカラガ,ケニア,ニュー ジーランド,ザンビア

スエーデン,ギリシャ,ボリビア,

モザンビク

アイボリー・コースト,ウガンダ,

トンガ・サモア

ベルギー,イタリー,エクアドル,

マラガス,イギリス領ホンデュラス トリニダッド・トバコ,レバノン,

キプロス,エチオピア,ソマリ共和国

         HK$IHK$

      %

  勾168,351  (100) 13,730,783i 22.2

(注)Hong Kong Trade Statisticsより

(10)

料理の材料としてであり,そこで輸出商材の主力は,これまたアメリカむけの香信などの       (4)

一部をのぞいて殆んど冬茄である。冬茄は中国料理にとっては貴重な材料として極めて根 強い需要をもち,世界各地に分布する中国料理店などの需要をもとめて輸出される。しか し,そのうちでも華僑が多く居住する,香港を中心とする東南アジア地域がもっとも多く 日本からの輸出の大部分をしめることになる。

 しかしそのうちでも香港およびシンガポールがとくに多いのは,地場消費と同時に,自 由港である香港,シンガポール,とくに香港は地場消費も多いが,かなりの再輸出がおこ なわれているからである。

 香港政庁の統計でも再輸出量はかなり多く,乾燥きのこ類の輸入量にたいし,1969年で        (5)

その12.5%,1970年19.5%にあたり,またその仕向先数は1970年で日本からの輸出国数よ りも多い60ケ国にわたり,かなり零細な輸出がおこなわれている(表5)。またシンガポー ルでも輸入量にたいする再輸出の割合がきわめて高く,東南アジア各地に搬出されるがマ

レーシアなどは日本から直接輸入するより多くの数量をシンガポールからの再輸出に依存

   (6)

している。再輸出は東南アジア各地におけるそれぞれの国の貿易事情,また華僑の取引ル ートにより行なわれるが,日本への再輸出,また東南アジア各地への再輸出に登場する品 質は劣るが,安価な中国産,韓国産シイタケは日本産シイタケの高価格,供給不安定の間 隙をぬって進出する様相についてはのちにふれることにする。しかしいずれにせよ,日本 からのシイタケ輸出の主力市場である東南アジアではこのような,香港,またシンガポー ルを通ずる再輸出によってかなりの量のシイタケの流通がおこなわれるということもまた

      (7)

特徴的である。

 註(1),(2)日本貿易振興会「前掲書」126ページ,シイタケ輸出の推移については主として同書    による。

  (31宮本武史「シイタケの家庭消費」「きのこ」椎茸経済研究所,1972年3月,74ページ,お    よび同氏「シイタケの業務用消費」同「きのこ」1972年4月73ページ以下および上野歳明     「消費地市場からみた乾シイタケの流通と需要」,同「きのこ」1970年7月,16ページによ    つてうかがうことも出来よう。なおまた後にみるように冬茄系は殆んど輸出むけであるが,

   最近,国内消費においても厚肉系の扱い,需要がふえてきている(おなじく上野歳明稿,14    〜15ページ)ことも注目すべき傾向と思われる。

  (4)アメリカでも日本貿易振興会の調査によるとシイタケの需要はその大部分が在留中国人む    けであり,のこりが在留日本人,日系入および一部のアメリカ人など白砂であり,中国人む    けが冬茄,日本人およびわずかの白人むけに香信が多いが,せいぜい2割程度といわれている。

  (5)香港政庁の統計,Hongkong Trade StatisticsにはDreid Mushrooms(乾きのこ    類)の項目しかなく,フランスなどからの乾燥マッシュルーム,中国,台湾などからのきく     らげを含むと思われるが,ここでは一応乾シイタケとしてあつかい,また,シンガポールで    もそうであるが,後にもみるように再輸出にも密輸おくりもの,その他通関統計にあらわ    れない操作による数量がかなりあるといわれるので,統計上の数字は,或程度低めにあらわ

(11)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 35  れていると思われる。

(6)1970年のシンガポールの乾シイタケの輸入は334トンであるが,うち164トン即ち49.1%が  ほとんど東南アジア地域へ再輸出されている。宮本武史「シイタケの海外事情」前掲「きの  こ」1972年7月85〜86ページ。

(7}註(6)でも,また後にもふれるようにいわゆる、密輸出、なども業者筋の話によるとかなり  大がかりであるといわれ,そのような方法により,また後にみるがこのような特異な機能を  果たすのが香港およびシンガポール市場のシイタケ流通の位置である。

    3  シイタケ輸出の態勢と東南アジア市場の様相

       (1)

 輸出されるシイタケは現在,乾シイタケに限られるが,シイタケ輸出にあたつのて系路 はおよそ図1のようである。いうまでもなくシイタケ業者(集散地の専門問屋)一貿易        図      1

       輸出取引機構

椎 茸 業 者

(撰別・荷造) (撰別・荷造)

貿易業者

在日バイヤー

[巫:藝1コ  酬イヤー [:巫晶晶コ

      (輸入業者)

       (注)日本椎茸振興会資料より 業者の遍路が主流であり,貿易業者は選別荷造業者であるシイタケ業者と特定の関係にあ るものが多く,また,もちろんシイタケ業者が貿易業者と同一である場合もある。即ち,

まず集散地におけるシイタケ業者は輸出に際して,産地あるいは集散地で入木し随販によ り,あるいは直接,生産者からの購入によるシイタケを選別し,輸商出社のブランドまた

(12)

は自己のブランドをつけて包装荷造りし,輸出商社に売りわたす,または自己のブランド により包装し,みずから直接,輸出する。しかしなかには大分県椎茸農協のように生産者 団体が選別,包装,荷作りし,契約している大手商社に売りわたす場合もあるが,むしろ きわめて稀有の事例であり,また何よりも資本力の貧しさから,自己のブランドにより選 別,荷造りし,直接輸出するものは限られてきており,したがってシイタケ業者(選別,

荷造り業者)一大手亡易商社の経路による輸出がもっとも主要な流れとなる。

 輸出にさいしてのシイタケの輸出規格は8種類(上級一上どんこ,花どんこ,上こうし ん,並級一並どんこ,こうこ,並こうしん,低級一小粒どんこ,低級)であるが,輸出シ イタケは,まず,ブランドによって取引きされる。アメリカ向けなどには一部,CIF契 約もあるが,貿易商社の取引はお\むねFOB契約であり,そして,価格はいわば日本の 港できめられ,取引がおこなわれる。等級,品質の複雑なシイタケの取引においては,輸 出業者と輸入業者との間はブランドをめぐって,ほぼ固定化された取引関係が生れ,おお むね特定の業者相互の取引となりやすい。選別,包装は輸出規格をふまえながらシイタケ 業者(輸出商社,パッカー)それぞれの方法により行われブランドがつけられるが,この ブランドはきわあて複雑である。このきわめて複雑なブランド形成,流通過程における選 別,荷造りに生産者は殆んどかかわることが出来ず,この面からも流通過程は流通業者の 担当,支配するものとなる。

 生産者からシイタケ業者に販売される経路は(イ)生産者から系統組合を通じて委託販売 という形で出荷されるもの回仲買業者,産地問屋等により,市売りを含め,買取り出荷 されるものと二つに分けられ,さらに(イ)について,(1)組合が開設する市場における入札に よって販売される,②随意販売により業者に売り渡される,または (3)輸出向の選別,荷 造りをして貿易商に売りわたされるなどの系路をとる。このような出荷は町村段階の単位 組合によっておこなわれる場合もあるが,主要生産県では県を地域とした椎茸農協,経済 連,県語誌などでおこなっている場合が多く,また日本椎茸農協連,全農連(全販連)な

ど全国連でも集荷販売をおこなっており,また仲買業者が集荷した乾シイタケは業者の経        (2>

営する市場に出荷されるものが多い。そしてこれらの生産者系,業者系の市場の入札(密 訴をふくめて)に参加するのは乾シイタケの卸(荷造り)業者であり,乾シイタケを買付 け,入手するのであるが,そこで前述のように,シイタケ業者は購入した山成,冬茄,香 信などを輸出むけ,国内むけに選別,包装し,それぞれ,主として仲卸し,輸出業者に売 渡すのが一般的である。。

 そこで生産者のおこなう選別とは,せいぜい入札市場出荷の際の一応の選別までにかぎ られ,それ以後の選別,荷造りはもっぱら(一部,前述,大分県蔵並のような事例あるい は国内消費者むけの小袋づめなどはあるが)流通業者によって担当され,輸出については 輸出商材の,その素材を提供するにとどまり,生産者は殆んど流通過程から遮断されてい る。またいうまでもなく,生産者団体によって開設されている入札市場も,出荷調整など

(13)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 3ワ による一応の市場操作がおこなわれるにせよ,いまだ乾シイタケを集荷し,生産者に販売 の場を提供するにすぎないものであり,さらに大まかにみたように乾シイタケの生産者か らの出荷には協組系,商人系があり,協組系も全国,県,市町村の各毅階においてそれぞ れの系統の組合が分立し(例えば椎農系,森組系,総合農協系など),複雑であり,集,

出荷にあたってその間に競合がおこなわれる場合もめずらしくない。そしてその上に輸出 にあたっての窓口も大手商社(荷造り業者と契約し,仕向地の海外に支店等をもつ)から 直輸出をおこなう個人業者および在日バイヤーにいたるまできわめて多くの多様な業者 が,何の規制もうけず,それぞれ,各自,思い思いに輸出にあたり,シイタケ輸出の態勢 はきわめて複雑,錯綜している。

 輸出仕向地の東南アジアにおけるシイタケ市場の様相を昭和45年11月,香港において開       (31

催された海外商品別貿易会議における各日本商社の現地支店の報告よりうかがうことにす る。以下は同会議における現地支店の目に映じたユ970年秋の東南アジア市場の様相につい ての報告の一部を呈示したものである。

   東南アジア市場全般として,シイタケ価格は近年,高騰しつづけているがシイタケ   は a,中国料理の材料として根づよい市場性をもち b,この市場のうち,もっと   も大きい市場である香港の好景気による収入の増加 c,密輸を主体とした再輸出の   好調に支えられ,また,d,とくに香港においては中国本土からの野菜輸入の減少に   よって引き合いは活発におこなわれてきた。しかし日本産シイタケの高値の間隙をぬ   って韓国産,中国産シイタケがマレーシア,シンガポールの各地で以前にもまして市   場性を高あたことが伝えられている。

 香港 シイタケの東南アジア最大の市場である香港の特徴は a,自由港であり,輸入   面には全く制限がない b,QUALITY MARKETである c,日本の相場とは逆   鞘になる場合が多い,などであるが輸入されるシイタケの殆んどのものが南北行と呼   ばれる問屋街で入札により取引きされている。香港市場での需要は順調に伸びてはい   るが,しかし日本品の高値によりやはり東南アジアの他地域の市場と同様に中国産,

  韓国産の進出がめだっている。

 シンガポール 香港についで大きい市場であるシンガポールは香港と同じく自由港であ   り,輸入制限はなく地場消費および再輸出向需要がある。再輸出の場合は到着後ただ   ちに積換え船積みされる場合が多く,再輸出通関統計にもあらわれないがインドネシ   ア,西イリアンを中心にベトナム,マレーシア等に輸出されているという。輸入業者   は約20店であるが輸入量の多くは数店の業者によって取扱われている。ここでも日本   産の高値により品質は劣るが価格の安い韓国,中国物で代用する傾向が強くあらわれ   ている◎

 マレーシア 輸入されるシイタケはマレーシア国内で消費され,再輸出は殆んどない。

  ここでは輸入制限はなく,輸入税も安く(晦あたり53円),クアラルンプールに7社

(14)

  の輸入業者があり,シイタケの相場により,かなり長;期のストックをおこなうという   がマレーシアはどちらかといえばPRICE MARKETであり,上物より,安値物の   需要が強く,日本産の高値を敬遠して中国品,韓国品の輸入増がめだっている。

 タイ 1970年8月から輸入税が大巾にひきあげられ,日本からの直輸入は事実上,とま   っており,香港,シンガポール経由の密輸出等により買付けられるようになるのでは   ないか。タイではシイタケはぜいたく品となり,ここでも市場は割安の韓国産,中国   産にとって代わられるおそれがある。なおタイでは輸入シイタケは殆んど国内消費に   あてられる。

 南ベトナム 1970年からシイタケの1/L(輸入承認書)の発行は停止され,事実上,輸   入禁止となり,華僑筋の密輸品のみとなった。しかし1/しが発行されることになって   も輸入税がきわめて高く(100%),他た耐乏税(675%)平衡税(米ドル1ドルあた   りVND80)が課せられ,輸入価格の約9倍になることになり,香港からの密輸品の   方がはるかに安く,正常な商民は期待出来ない。

 インドネシア 1/しの制限は全くないが,70%の高率関税が課せられるため,インドネ   シアの現地買人は香港またはシンガポール経由の商内の方がはるかに有利であるた   め,日本からの直接買はさけられている。

 フィリッピン シイタケは現在,NON−ESSENTIAL CONSUMER S GOODS(非必   需品)に指定されているため,シイタケの輸入は全面的に停止されており,小売価格   は非常に高いものとなっている。

 東南アジアの市場はシイタケにたいする強い需要をもちながら,日本産のシイタケの高 値が敬遠されている様相が語られており,そして,各国の事情によって1/:L(輸入承認書)

の発行の状況,輸入税の課税のあり方などに大きな差異があり,シイタケ輸入が制約,停止 され,自由港である香港,シンガポールからの再輸出等に依存する姿,香港,シンガポールが,

とくに日本産シイタケの最大の市場である香港が地場消費のみならず,華僑ルートを通じ て東南アジアの他地域ヘシイタケを供給する基地となっている特異な姿をうかがうことが 出来る。香港市場におけるシイタケの流通機構について少したちいってみることとする。

註(1)生シイタケについては現在,凍結しての輸出など考えられはするが,研究段階にあり,実   用化されておらず生シイタケは,乾シイタケの価格相場には関連するが,輸出は殆んと乾    シイタケに限られているので,今後シイタケという場合は乾シイタケに限ることとする。

 (2)全国山村振興連盟「山村としいたけ」6ページ参照

 (3)日本政府主催,海外商品別貿易会議(シイタケ,リンゴ,1970年11月16日)における報告   であるが,この会議は翌ユ7日おこなわれた香港日本椎茸取扱業者懇談会に提案する予備会議   にあたるものである。この報告では各日本商社の香港支店側から,香港を中心として東南ア    ジア諸国の日本産シイタケの輸入状況,香港における中国,韓国産シイタケの輸入,流通事   情,またシイタケ輸出振興上の問題点などの報告がおこなわれている。なお会議,懇談会の

(15)

東南アジアへのシイタケ輸出についての覚書 39 模様について,森喜作「安定したシイタケの輸出をめざして」前出「きのこ」1971年3.月,

12ページ以下を参照されたい。この商社側の報告の資料は日本種駒高事社長千浦大郎氏の御 厚意により,閲読を許されたものである。

4 香港におけるシイタケの流通機構

 香港におけるシイタケの取引は,まず南北行を通ずる取引である。南北行とは香港島の       (1)

西北端の一角に位置する農,水産物,雑貨の問屋街である。中継貿易が全盛をきわめた戦 前はこの南北行が東南アジア華僑の要であった。「南」は南洋即ち東南アジアを指し,

「北」は中国大陸を意味する。そして南と北とを結ぶ取引の中心というところがら「南北       図         ■

輸出業者

バイヤー輸入業者

輸入業者兼 開   盤

開   :盤

(入札問屋)

一    般

(卸・仲買)

小売商 引売商 露  店 料理店

(注)日本椎茸振興会資料より

表 3  乾シイタケの生産,輸出,国内消費の推移(単位:数量一トン 金額=千円) 年  次 昭和14年   15〃   16〃   17〃   18〃   19〃   20〃   21〃   22〃   23〃   24〃   25〃   26〃   27〃   28〃   29〃   30〃   31〃   32〃   33〃   34〃   35〃   36〃   37〃   38〃   39〃   40〃   41〃   42〃   43〃   44〃   45〃 生産量A       輸出量Bl輸出
表 4  仕向国別シイタケ輸出量,輸出額(構成比)  1970年 仕  向  国  別 押出量 障成則 輸出額 構成比 ん牙 % US$ % 香       港 899,044 54.7 6,782,392 53.5 シ ン ガ ポ 一 ル }  レ  一  シ  ア 235,183T9,16Q 14.3R.6 1,702.534{   1431,257 13.4R.4 タ        イ 47,550 2.9 356,663:  1 2.8 琉       球 ・@ベ ト ナ ム 37,l12 P2,3
表 6  輸入国別,香港のシイタケ輸入 単位:数量一ん3,金額=HK$ 1969年 輸入国別i 輸入量副 輸入額H:K$ P(キロ当り)単   価 % %} }      一  一 日      本 931,824(73.9) 33,993,139(87.1) 36.5 gK$ 中      国 267,310(21.2) 3,663,137(9.4) 13.7 韓      国 53,035(4.2) 1,239,168(3.2) 23.4 シ ンガポール 7,366(0.6) 113,500(0.3)

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