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シンガポールの賃金制度改革

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53

シンガポールの賃金制度改革

三原

1 序

 経営戦略の違いによってはその力点の置き方に若干の違いがあるにせよ,人材一人的資源 の開発において,ある程度の長期雇用を前提にしながら,深いキャリア,浅いが幅広いキャ リアによる能力開発が有効的・効果的であり,人材形成の基礎をなすことはほぼ確かめられ

   ロ 

ている。ジョブ・ホッピング,激しい労働移動によってよく知られているシンガポールにお いても,一定期間を経て能力が評価されて選抜された労働者にたいしてはヨコとタテに拡が       く うるキャリアによって技能形成の機会を与えている。

 この方式が有効であるためにはある程度の長期雇用が一つの条件であり,長期勤続を促し,

能力向上にそれなりに報いることが不可欠であり,それなしには誰も同じ企業,同じ職場に 落ち着いて技能向上に励むことは期待できず,移動によって雇用条件の改善をはかろうとし ても不思議はない。この報酬に含まれるものは多様であるが,賃金がその基本的なものの一 つであることには異論はなかろう。

 シンガポールでは1985〜86年の不況を機にNWC(賃金審議会)が賃金改革を勧告し,そ れが実行されつつある。本稿は,まずその賃金改革の実情を把握することを第一の課題とし,

そして人材開発からみた問題および今後の検討課題を提起するものである。

皿 賃金制度改革の勧告

1.賃金制度改革に至る経緯

 NWC(賃金審議会)が賃金制度の改革の提案を行うに至った経緯を簡単に述べる。

 (1)全国賃金審議会(NEC)の設置と勧告

 シンガポールは1965年にマレーシアより分離独立したことにより,国内市場そのものが狭 隆になったために,それまでの輸入代替工業化政策から輸出志向工業化政策に転換し,多国 籍企業の誘致のための投資環境を整備した。独立当初には工業はほとんどなく,年率4.4%

の人口増加と10〜15%という高い失業率であったため,労働集約的産業の進出も歓迎された。

1965〜79年の実質GDP成長率は年平均10.1%であり,順調な経済成長が達成された。それ

(2)

にともなって失業率は1966年の8.0%から低下して1974年には4.0%となった。失業率の低下 とともに労働移動も激しくなり,賃金も上昇した。

 1972年には首相の諮問機関として,労使と政府の3者構成による全国賃金審議会(Na−

tional Wage Counci1)が設置され,賃金引き上げのガイドラインを設定してきた。 N W C の勧告が政府によって承認されると,次に企業レベルでの団体交渉が行われる。NWC勧告 はガイドラインであり強制的ではないが,交渉ではほぼガイドライン通りの賃金引き上げで 協約が締結され,また組合のない民間事業所でも受け入れられてきた。1985年には民間事業 所の71.4%がガイドライン通りの賃金改定を実施し,民間の被雇用者の84.2%がNWC勧告        くヨラの結果として賃金引き上げを恩恵を受けたのである。

 (2)産業再編政策と高賃金政策

 順調な経済開発に成功したシンガポールは,1979年より産業再編政策にのりだし,高賃金 政策,技能向上,研究開発の推進などにより,高付加価値化,ハイテク化といった企業のグレー

ド・アップを推奨した。1978年まではどちらかといえば賃金抑制的であったが,1979年から 1984年にかけては労働市場の状況とこの経済再編政策によりかなり高い賃金引き上げを勧告        くのした。この3年間の各年のガイドラインの大要及び平均賃金引き上げ率は次の通りである。

    1979年一一一一一一S$32.00+7%の勧告,8.8%の賃金上昇。

    1980年一…一S$33.00+7.5%の勧告,10.0%の賃金上昇。

    1981年一一一S$32.00+6〜10%の勧告,14.1%の賃金上昇。

 (3)1985〜86年の不況,賃金抑制と賃金制度改革勧告

 高い賃金引き上げにより労働集約的外資系企業のなかには撤退する企業も出てきたりし て,その経済再編政策は成功したかにみえたが,その間に経済成長率は徐々に低下し,労務 費上昇による競争力の低下と先進国の不況により,1985−86年には不況になり,1985年のG DPの実質成長率は一1.6%を記録した。 NWCは不況克服のために1986年と1987年には賃 金引き上げの凍結ないし実質的に凍結の勧告を行った。その後の回復は順調で,GDP成長 率は1987年には9.4%,1988年は11.1%,1989年も9.2%であった。それにともなって失業率

も1986年の6.5%から低下して,1989年には2.2%という記録的な低さに達し,平均月収はそれ        くらう

を反映して,1989年と1990年はともに8.7%の上昇をみている。

 不況の1986年の賃金凍結の勧告に加えて,11月のNWC小委員会の「賃金制度の改革」の 報告を受けてNWCが勧告をし,1987年2月に政府がその勧告を承認をした。1988年8月に        くの

雇用法が改正され,可変賃金の交渉と支払いが可能とされた。1981年に始まる幅のある勧告 は1982年以降1985年まで行われ,賃金引き上げにおける企業の自主性を認める方向に進んで いたが,後述のように,企業の業績等に応じた賃金決定が可能となるので,1987年以降には 賃金引き上げの具体的なガイドラインは出されていない。さらに1988年の勧告によってそれ までの勤続昇給率と可変ボーナスの制限を廃止する形で企業,労使の自由度が拡大されて

きた。

(3)

シンガポールの賃金制度改革 55

2.NWCの「賃金制度改革」勧告

 上述のように,NWCの勧告はその後の団体交渉においてのみならず労働組合のない企業 によってもほぼそのまま実施されてきたが,NWCの「賃金制度改革」の勧告もシンガポー ルの賃金決定方式の転換の契機となり,その後の賃金決定や賃金管理に大きな影響を及ぼし ているようである。そこでNWCの「賃金制度改革」の勧告の要点を小委員会の報告書にも         くのとついて紹介する。

 (1)賃金改革の必要性

 「報告書」はまずシンガポールの賃金制度の現状分析(第1章),その欠陥とそれによっ て惹起される諸問題(第2章)から,改革の必要性を指摘する。

 シンガポールの賃金制度の基本的特徴は,最高一三低額の範囲内で15〜20年自動昇給する 基本給と1〜3か月の年間補完賃金,そして決定システムとしてのNWC勧告と団体交渉で ある。このような賃金制度は,秩序ある賃金引き上げを可能にし,産業平和を維持し,急成 長する経済のニーズにも適合してきた,という点では評価されるが,その短所として不十分 な弾力性,硬直性が指摘される。今後のシンガポール経済の低成長が予想されるとき,賃金 上昇は低成長率を反映する穏やかなものにされる必要があり,また現在の不況は現行制度の 多くの硬直性を明らかにしたのである。その指摘する硬直性一柔軟性の不足は次の諸点であ

 く   る。

  ①高い年次昇給は団体協約で2〜3年間あらかじめ決められている。

 年間補完賃金(Annual Wage Supplement)が固定されていることにより,賃金交渉は必 然的に年次昇給をNWCの賃金ガイドラインに焦点をあわすことになり,会社業績の良いと きには年次昇給を大きくする圧力が生じ,それが協約で2〜3年固定され,毎年基本給に組 み入れられる。したがって会社の業績に応じた賃金コストの調整を制約する。経済不況,会 社業績の悪いときに下方調整ができない。このシステムはジ逆説的だが,会社業績の良いと

きに労働者に報いようとはしない,ということになる。

  ②勤続の過大評価

 職務上の経験に報いることは広く行われているが,その過大評価は毎年の昇給の継続を期 待させ,職務価値や個人と会社の業績よりも勤続が支配的となる。労働者の使用者にとって の価値は,彼の生産性向上,OJTまたは経験とともに上昇する。年々仕事の成績が改善さ れる学習期間があり,この期間中は生産性の向上に応じてその賃金は上がるべきである。し かしながら,彼の学習と改善には限界があり,それは数年の内に到達するであろう。それゆ

えに彼の職務の経済価値には上限がある。

 ところが,シンガポールの勤続にもとずく賃金は15〜20年の間上昇し,その増加のステッ プも急である。その結果,俸給表の最高一最低比率は2〜3倍である。そして製造業生産労 働者のこの比率は,日本を含めて発達した諸国よりも大きい。成熟会社では長期勤続者が多

(4)

いので,俸給表の上部を上げる圧力も生じ,最低一最高賃金格差が拡大する。

 上述のような硬直的な賃金制度の結果として,企業の国際競争力の低下,仕事の喪失,と        のうりわけ高年齢者の構造的失業という問題の発生が指i摘される。

 まず,国際競争力の喪失についてみれば,既述の高賃金政策によるところでもあるが,1979 年から1984年の間の賃金上昇は年平均11.9%(インフレによる物価上昇を差し引くと実質 7.1%)であったが,生産性上昇は年平均4.9%であり,賃金上昇が生産性向上を超えていた。

その結果,1980年を100としてアジアNIESの単位労務費の変化を比較すると,1985年に はシンガポールが140に上昇しているのにたいして,台湾は111,香港は78,韓国は101に留 まっており,シンガポール企業のコスト競争力の低下が明白である。

 次に賃金制度が十分な弾力性を欠くために,企業の製品に対する需要の変動は雇用の変動 に転換される。1984年12月から1986年6月までの問には12万の職が失われたのである。とり わけ,勤続がベースの賃金制度のもとでは,長期勤続従業員は若年労働者に比べて競争力が 低くなり,また歴史の古い会社は新しく設立された会社よりも高い賃金コストとなろう。そ の結果,不況がくれば,コスト削減のために長期勤続者に切りかえされることとなる。長期 勤続者は中年で重い家庭責任があるのに,彼らが高い削減率と長い失業期間を経験すること        てゆは年齢別の失業の傾向が示すところである。

 (2)弾力的賃金制度の原理

 「勧告」は先進諸国およびアジアNIESの賃金との比較(第3章)から,「賃金制度は 従業員に公正に報いると同時に賃金コストを競争的に維持し続けることができなければなら ない。経済,会社,個人の業績によって上方にも下方にも賃金が調整されることを可能にし

        く り

なければならない」という。すなわち,シンガポールの賃金制度の硬直性は,上述のように,

年次昇給が大きくかつ団体協約によって2〜3年間予め決められていること,AWSは固定 的で通常調整可能ではないこと,NWCガイドラインの実施は個々の会社業績を充分に考慮 することなしになされること,年次昇給NWC賃金調整,考課昇給は,一度あたえられる

と,基本給の一部になること,である。これらの硬直性を除くこと一より弾力的にするため に,また会社の競争力に役立つように,①賃金水準は経済状況にもっと対応的であること,

②労働者の所得にかなりの安定性を提供すること,③労働者に継続的に全力をつくすように 動機づけること,に役立たねばならない。このような分析にもとづいて,報告書第4章はよ        うり弾力的な賃金制度の望ましい原理として次の5点を勧告した。

  ①賃金は職務の価値を反映すること。

  ②賃金引き上げは生産性の上昇よりも小さいこと。

  ③賃金引き上げは,会社の収益性と個人の業績を考慮すべきこと。

  ④会社または個人の業績による賃金引き上げは必ずしも永久的にあたえられる必要は    ないこと。

  ⑤労働者の所得にかなりの安定性があること。

(5)

シンガポールの賃金制度改革      57  (3)弾力的賃金制度の特徴

 前述の原理を具体化したものとして,報告書(第5章)は次のような賃金構造と決定過程       うの特徴をもつ賃金制度が勧告する。

  ①賃金構造は基本賃金,1ヵ月分のAWS,2ヵ月分の可変賃金部分の3部門より構    成される。

  ②まず基本給は職務価値を反映すべきであるので,俸給幅は広すぎないこと,妥当な    最低一最高比率は1.5倍であろう。

  ③通常の状況では,勤続昇給=年次・定期昇給は小さいこと,そして可変賃金部分が    年1回,または半年に1回支給されるべきである。

  ④基本給の1ヵ月分のAWSは広く定着した慣行であり,通常支払われるべきである    が,例外的状況では減額調整がなされるべきである。

  ⑤可変賃金部分は会社業績の変化に敏感に反応するもので,最終的には基本給の約2    ヵ月分であるべきとする。その結果,AWSと可変賃金と合わせると賃金の約20%が    変動することとなる(12ヵ月+3ヵ月)。

  ⑥賃金決定過程については,総賃金増加は生産性向上よりも低いということを基礎に    した賃金交渉がなされるべきであり,会社の生産性または収益性にもとつく公式によ    る可変賃金部分の調整がなされる。

  ⑦賃金の幅,階梯が,定期的に,団体協約の更新時期と合わせて3年に1回,労働市    場状況,賃金競争力,従業員の年齢構成などを考慮して,検討すべきである。

  ⑧賃金増額分の決定は個人の業績評価にもとづいてなされる。

 (4)モデル

 すべての会社に適する一つのモデルはない,として報告書(第6章)は上述の弾力的賃金 システム(FWS)の原理と特徴を充たす例として,二つのモデルを示している。モデルA は利潤分配モデルであり,モデルBは可変生産性賃金モデルである。

       りの  〔モデルA:利潤分配モデル〕

 利潤分配モデルの特徴としては,まず基本賃金は①職務価値に関係されるべきこと,②勤 続による昇給(約2%)は認められるが,昇給額は毎年交渉されるべきである。労働組合と 経営者は団体協約の有効期間中の昇給率または額を固定することを選択することもできる。

基本賃金は定期的に再検討されるものである。そしてAWSは例外的状況でないかぎり,通 常支給される。

 可変業績ボーナスは,労使の間で同意され団体協約に明記される利潤分配の公式によって 決定される。公式は団体協約の更新の際に再検討される。このボーナスには最高限度が設定 されるべきである。単純な利潤分配公式の例としては,利益(税込み,税引き)のX%,あ るいはある額を超える利益のY%,であるが,会社のニーズに合う他の公式を使用すること もできる。

(6)

        〔モデルB:可変生産性賃金モデル〕

 可変生産性賃金モデルでは,基本賃金,AWSについては利潤分配モデルと同じであるが,

可変生産性賃金部分の決定において異なる。

 労使はその年の総賃金引き上げ額を交渉するが,年次・勤続昇給を差し引いた額は可変生 産性賃金と呼ばれる。この部分は,最終的には基本賃金の2ヵ月分まで積みたてられて可変 賃金要素として支払われる。ある年の賃金引き上げ総額は収益性を考慮に入れたその会社の 生産性上昇にもとづいて決定される。会社の生産性指標が利用できないときには産業または 全国の生産性または成長の指標を使うこともできる。それが年によって大きく変動するとこ ろでは3年間の移動平均を使うことができる。

 賃金カットを裏付けるほど会社の業績が落ちるときには,可変生産性賃金はそれに応じて 減額調整されるが,労使は生産性賃金の変動についての公式を一協定しておくか,または了解 をもつべきである。さらに賃金コスト削減の必要が生産性賃金よりも大きく,その減額だけ で不十分であるならば,1ヵ月のAWSについても調整(減額)がなされる。

 会社は①全ての賃金引き上げ額を可変生産性賃金として積み立てる,②年次昇給の一部を 基本給に組み入れ,他の部分を可変賃金の支払いに当てる,③年次昇給の全てを基本賃金に 組み入れる,という選択肢がある。

 「報告書」はこれらのモデルにおける賃金調整について具体的な数字を挙げて例示してい るが,ここではそれは省略する。

 最後に,「報告書」は実施のさいに起こりうる問題を指摘している。まず第1に生産性の 正確な定義と測定の問題がある。しかも生産性向上が必ずしも利益の拡大とは結びつかない

こともあること,すなわち生産性向上は労働生産性の向上によるのではなく,投資の増加一 技術革新やオートメーションの結果であるかもしれないこと,したがって労使はこのような 制約を認識しておく必要がある。第2は,利潤分配制が機能するためには経営者は関連する 財務情報,会社の将来の見通し,業界の業績等の情報を開示する用意がなければならないこ      ロの

と,である。

  (5)小  括

 以上,NWCの勧告に至る経過とその内容を紹介したが,勧告された賃金制度の要点は,

定期昇給を含む基本給の引き上げを圧縮し,生産性や業績(利益)向上の場合には可変ボー ナスを支払い,業績悪化の時にはまずボーナスを削減することによって,賃金支払総額を速 やかに調整iしょうとするものである。しかし,そこにはいくつかの問題がある。

 まず第1に,定期昇給(賃金の上がり方)とベースアップ(全体の賃金水準の引き上げ)

とが明瞭に区別されて論じられていないことである。

 第2に,他国の賃金との比較においても,技能形成の特徴と差異が全く考慮されず,単純 に賃金の勤続格差や年齢格差が比較されている。その結果として,職務価値への言及はある ものの,産業,職種,職務などによる差異をほとんど無視した一律の賃金制度の勧告となつ

(7)

シンガポールの賃金制度改革       59

ている。

      く の

 最後に,筆者のききとり調査の結果や好況時の若年層の失業率からみても,勤続格差の圧 縮は,他社の高賃金提示による移動性向を高め,雇い入れから定着するまでの期間の延長を 意味するのであり,ある程度の長期勤続を前提としたOJT,幅広いキャリアによる技能形 成に消極的に作用することがありうるであろう。

皿 個人によるFWSの受容

 NWCは労働組合,使用者団体,政府の三者構成の諮問機関であるので,その勧告はほぼ その三者には円滑に受け入れられたのであるが,各個人がどのように受けいれるかというこ とが,その後の円滑な移行にとっては決定的に重要であるという視点から,経営者,従業員等        う

の個人がどのように賃金改革を認知しているかに関する調査があるので,それを紹介しよう。

 調査は1987年7〜8月に行われた。1984年の選挙人名簿から無作為抽出された3000家計の うち,個人面接により1500人の世帯主の回答を得たものである。

1.賃金決定に影響する諸要素の重要性

 シンガポールでは1972年以降NWCが賃金引き上げのガイドラインを出してきたが,調査 はまず賃金決定に影響を及ぼす重要な要素についてきいているが,その結果は以下のようで

    ラ あった。

 まず賃金決定に影響する要素として「同じ産業の賃金」「他の産業の賃金」「組合」「政府 の影響」「生産性」について,「非常に重要」「重要」「重要でない」の選択を要求した質問で,

生産性を「非常に重要」と見るものが33.5%で最も多く,次に「政府の影響」が29.1%,「同 じ産業の賃金」が27.1%と続いている。他方,これらの要素を重要でないとする者は30%以 下である。

 次に「政府の影響の程度」についての「支配的」「適度」「軽微」「無し」の選択では,

31.5%が政府は賃金決定において支配的な役割を演じているとし,34.9%が政府の影響は適 度である(moderate)と感じている。雇用状態,職業,産業,年齢,教育レベル,所得水 準別に集計されているが,特に目立つ点のみ挙げよう。政府の影響の程度が「支配的」とみ る者の割合の高いのは,職業別では,社長・取締役(54.6%),医師・歯科医等(46.7%),

教員等(50.0%),管理者(42.4%),科学者・技術者(38.6%),その他専門職L(38.1%)

下級管理者(37.8%)などであり,産業別では教育(47.4%)である。教育レベルでは,職 業別集計からも予想されるように,職業教育(47.3%),大学院(44.4%),専門職資格(39.

5%)が高い。従ってまた所得水準でも,$2500−2999(68.0%),$2000−2499(49.3%),

$3000以上(42.6%),$1500−1999(40.9%)が高い。要するに,教育水準が高く,経営 的意思決定に関与している,したがって所得水準も高い回答者が政府の影響を支配的と感じ

(8)

ているのである。

 「生産性」の重要性についても,同様の集計がなされている。「非常に重要」とみる者の 比率で特に目立つのは,職業別では教員等(58.3%),下級管理者(48.9%),管理者(43.6

%),セールス(41.3%)が高い。業種別では,教育(44.7%)が高い。年齢階層では60−69歳 が19.4%と低く,教育レベルでは大学院が55.6%と高い,所得水準では高い階層と最下層($

200以下)に多い。

2.弾力的賃金制度の選好程度

 :FWSの核心は,もし会社がより収益的になれば,労働者はボーナスを受ける,というこ とにある。FWSは労働者に報酬総額は彼らの業績とともに会社の全体的な業績にかかって いることを気づかせる。もし労働者が経営者と会社の労働者を信頼するならば,労働者は:F WSを好むであろう。この明白な長所のゆえに政府,労働組合会議,全国使用者連盟はFW

Sの推進に努力してきた。しかし,FWSの成功は使用者や政府に依存するのみではなく,

さらに決定的に重要なのは,それは労働者にかかっているということである。それ故に,新 しい賃金制度の労働者による受容を測定することが必要である。その調査結果の要点は次の

      く の とおりである。

 回答者1500人のうち,36.9%は非弾力的賃金制度を選好するが,55.1%は,毎月の賃金は 低いがかなりのボーナスの受取が期待できるFWSを好んでいる。何故労働者はFWSを選 好するのか,一般的には,労働者が経営者がFWSと彼らの個人的価値に支払うことについ て誠実であると確信するならば,彼らはFWSを選択するであろう。逆に経営者に懐疑的で あるならば,会計処理により会社の利益を操作する経営者にまかせるのではなく,報酬が明 確に規定されることを望むであろう。もしもよい業績評価システムがあり,個人の顕著な努 力と業績とが認められ報いられるところでは,有能な労働者はボーナス制度を選好するであ ろう。そこで,前項と同様に,さまざまな労働者グループにどのように選好されているか,

を集計している。

 まず従業上の地位別にみれば,雇用者と失業者は回答者の78.0%,5.3%を占めているが,

雇用者の57.9%がFWSを選好し,失業者の48.1%よりは高い。非FWSを選好するのは,

それぞれ35.3%,38.0%である。

 次に職業別の集計をみると,かなり大きな差が出ている。医師・歯科医等の60%,建築士

・技師・測量士等の54.0%が非FWSを選好している一方,社長・取締役の72.7%,管理者 の72.5%,その他専門職・技術関連労働者の72.7%,下級管理者の64.4%がFWSを選好し ている。これらはいずれも回答者の中での比率は小さいが,回答者の4分の1を占めるサー ビス労働者の55.5%,9.4%を占める生産・関連労働者の64.5%,同じく8.4%の事務員の 56.6%がFWSを選好している。 FWSは一般的に労働者に受け入れられているといえる。

 産業別にみると,両者が均衡している運輸・通信業(FWS選好の44.1%にたいして非弾

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シンガポールの賃金制度改革      61 力的賃金制三選好は44.7%)以外では,過半i数がFWSを選好している。年齢階層別でも,60

〜64歳を除いてFWSを過半数が選好している。

 教育水準別でも,職業教育,専門職資格において両者の選好が接近しているが,全てのグ ループにおいてFWS選好が多い。所得階層別でも,$200−399の階層において非弾力的賃 金制度の選好が多い(49.1%)が,その他の全ての所得階層においてFWS選好が50%を超 え,非弾力的賃金制度の選好は32〜40%である一例外は$2500−2999で,48%である。

 調査者は,以上の調査結果を,①FWS選好者は,1〜2の例外はあるが,ほとんどのグ ループの過半数を超えており, このようにFWSの認知にほとんど差がないということは,

シンガポールが都市国家であり,情報が全く容易に利用でき,ほとんどの回答者が同じ環境 に置かれていることを意味すること,②回答者の3分の1が賃金決定の重要な要素が生産性 であると感じていること,そして③過半数が非弾力的賃金制度ではなくFWSを選好した事 実は,労働者の側での健全な態度,すなわち労働者の利益を会社と同一視する態度を示すも       く り

のであること,と要約している。

3.小  括

 この調査結果は,調査者が「FWSが成功的に実行されるには,ほとんどわずかの説得し       く 

か必要でない」というように,NWCによってなされた生産性や会社の業績によって変動す る賃金制度の勧告が,さまざまなグループの多数によって受容される素地のあることを明ら かにしたものである。

jv 実施一事例を中心に一

 NWCは賃金制度改革の勧告のなかで,労働協約の有効期限を考慮して,その移行期間を 約5年とした。その後徐々に新しい賃金制度が実施されてきている。この間,シンガポール 使用者連盟(SNEF)は賃金改革を推進するために導入されたケースを紹介する『賃金改革 事例集』を公刊している。また政府官報(Government Gazette)の労使関係補遺(労働協 約)には労働仲裁裁判所で認証された労働協約が公表されている。本節では,それらを概観 することによって,また労働省や労働組合の調査結果の報道から,その実態と傾向をみるこ

とにしよう。

1.SNMFによる事例

 SNEFのコンサルタントが指導して導入した弾力的賃金制度の事例が『事例集』として       く 

刊行されている。1988年発行の第2巻では,その導入時期は明示されていないが,1987年か ら1988年にかけて導入されたと推定される事例が掲載されている。全部で39事例のうちで,

利潤分配型が28事例 (そのうち1例は保険会社28社を含む事例である),可変生産性賃金型

(10)

が2事例,利潤分配/生産性の混合型が5事例,その他の型が4事例で,圧倒的に利潤分配 型が多い。

 やや形式的であるが,基本給の勤続昇給の率/額,年間補完賃金(AWS)の月数,可変 ボーナスの額/率/最高月数等の特徴を,それぞれの型について整理すれば,次のようであ

る。

 (1)利潤分配型の28事例の場合

 この型は28ケースと最も多く,製造業,商業,金融,サービス業などの業種に渡っている。

基本給の勤続昇給(SI)は,8ドルから17ドルまでの最低補償のある場合が7例あるが,

昇給率では,2%が21事例と圧倒的に多く,2.5%+$5が3例,2.25%が2例,3%が1

例である。

年間補完賃金(AWS)の場合も,基本給の1か月分というのが17例,1.5ヵ月が3例,2 が月が3例,3か月が2例で,その他に0.8ヵ月,1.25ヵ月,1.75ヵ月等が各1例ずつある。

 可変ボーナスの額/率の規定は多様であり,またその最高額もはばが広い。またNWCの 勧告にしたがった個人業績評価ボーナス支払部分の規定のある事例も含まれている。両者を 含む最高額をみると,最も低い0.2ヵ月から3か月まであり,2か月分というのが10事例で 最も多く,0.84ヵ月と3ヵ月が各2例となっている。

 (2)生産性モデルの2例

 生産性モデルは,生産性の定義及び業績との関係の問題が指摘されているが,2例と少な い。それは航空会社と映画配給・レンタル会社の事例である。勤続昇給は,各2%+$12,

2.5%(最低$18.00)で,AWSと可変ボーナスでは, AWS 1か月を含めて1.95ヵ月, A WS 1か月と可変ボーナス最高1.50か月である。

 (3)混合モデル5事例

 利潤分配型と生産性型との混合モデル5例のうち,基本給の勤続昇給2%が3例,2.5%

が2例であり,AWSは1か月が4例,1.5ヵ月が1例である。可変ボーナスの最高は,個 人業績ボーナスを含めて2か月が4例,1.5ヵ月が1例である。

 (4)その他の4ケース

 これらのケースでは,売上の増加,年間賃金総額の上昇と勤続昇給の差額,販売・利益予 算の達成などによるボーナスの計算が規定されている。勤続昇給は4例とも2%であり,A WSは1か月が2例,1.5ヵ,月が1例である。残る1例はAWSはないが可変ボーナスが最 高2か月となっている。他の3例の可変ボーナスの最高限度は0.75ヵ月,1か月,賃金の3

%(0.36ヵ月相当)である。

 以上の例を全体的にみると,可変ボーナスの最高限度はやや幅が広いが,それでも2か月 前後が最も多く,基本給の勤続昇給率は圧倒的に2%が多く,またAWSも1か月が多い。

ほぼNWCの勧告の線に従ったものとみることができる。これらの事例は必ずしも労働組合 との交渉と労働協約によるものではないが,労働協約による場合は3年後の次の更改のとき

(11)

シンガポールの賃金制度改革

にほとんど一律に近い内容がどうなるかが一つの興味ある点である。

63

2.1990年官報の事例             く  

 筆者が入手した,1990年初頭の官報記載の31労働協約は,1989年7,月から11月の間に締結 されたものであるが,そのうちの12協約(38,7%)に弾力的賃金制度または可変ボーナスの 規定が含まれている。可変ボーナスに関する条項を分類すると,次のようである。

 ①ボーナス額(基本給の月数)を利益率に使って明示的に(公式,表によって)規定し   ているもの(利潤分配型)……3協約,

 ②利益の変動と勤続昇給率によりボーナスの率を計算するもの……4協約(同業種),

 ③会社の収益性,営業利益を考慮して毎年交渉するもの……2協約,

 ④年間総賃上げ率を毎年交渉し,それから基本給引き上げ率を差し引き,その差額を積   み立て可変ボーナスとして支払うもの(可変生産性賃金型)……2協約,

 ⑤1989,1990,1991の3か年は,0.39ヵ月の可変ボーナスを支払うもの……1協約,

 基本給の引き上げ(定期昇給とベースアップを含む勤続昇給,service increment)を見る と,2.5−5%とそのはばは広い。毎年交渉するのが4協約,固定額(ほぼ4%に相当)が 2協約である。参考までに,可変ボーナス規定のない19協約の基本給引き上げ率(勤続昇給 率)を単純に平均して概算すると,3.5%から7%にわたっており,こちらの方がやや高い。

 年間補完賃金はほとんど基本給の1月分で,2か月分と3か月分というのが各1 協約ずつ

ある。

 また可変ボーナスの最高限度額(月数)の規定をみると,2か月が5協約,1.12ヵ,月(8

%,0.08×14=1.12ヵ月)が4協約,3年間固定の0.39ヵ月が1協約,毎年交渉するのが4 協約(規定なし,または引き上げ総額から基本給引き上げ額を差し引いた額とするもの,各

2協約)となっており,ここでも当初のNWC勧告の2か月が多い。

 以上のように,数は少ないが,締結された協約を見るかぎりでは,前述のSNEFの事例 よりはかなり多様な,そして金額・率の差が大きい弾力的賃金制度が導入されていること,

そして基本給の引き上げ率は弾力的変動賃金・可変ボーナス制度の協約の方がやや低いこ と,が明らかである。

 なお,1989年6月の賃金審議会(NWC)の勧告は,前年同様に一定の額・率を明示せず,

CPFの使用者拠出の3%引き上げを含めて前年の平均実績8.2%相当(ただし企業の利益 や労働者の業績がそりに見合っている場合にのみ適用されるものであること)とする旨の勧 告をするとともに,弾力的賃金制度の採用を呼びかけた。その弾力的賃金制度において,当 初の勧告が,∬でみたように,基本給の引き上げを2%,企業と労働者の業績によるボーナ スの上限を基本給の2か月としたために,使用者側から基本給引き上げも2%が上限である

として抑制されてきた。労働組合側からの批判もあり,NWCは「基本給の引き上げも2%

を上限と考える必要はない,また業績好調な企業はボーナスも基本給の2か月分以上を支給

(12)

       く 

してもよい」としたのである。しかし、ここに取り上げた協約は,前述のNWCの勧告の後 に締結された協約ではあるが,弾力的賃金条項を含む12協約のうちでボーナスの上限が2か 月分以上のものはない。

3.1991年官報の事例

 1991年前半に締結され労働裁判所に認証された労働協約で,筆者の入手した官報記載の51 協約のうち,弾力的賃金制度を含むのは33協約で,64.7%である。弾力的賃金条項を含む協 約の割合は前述の1989年の協約におけるよりも高くなっている。

 次に弾力的賃金制度条項の内容にしたがって分類すると次のようになる。

 ①会社は可変ボーナスを支払う(会社の裁量で,または交渉によって,会社の収益性,

業績,個人の成績査定を考慮して),という条項のみの協約……6協約。

 ②導入を企画中,まとまると協約に加える……1協約。

 ③利益率または額によってボーナス額を決定する公式を含むもの……9協約。

 ④利益の変動と昇給率とを組み合わせて可変ボーナス率を決定するもの……2協約。

 ⑤他社のボーナスの平均によって決定するもの……2協約。

 ⑥年次昇給率を交渉し,それを基本給昇給率と可変ボーナス率に分けるもの。

    (年次昇給総額=基本給昇給率+可変ボーナス率)……12協約。

 ⑦定率の一時金を支給するもの……2協約(但し,内1は上記⑥と重複する)。

 また可変ボーナスの支払限度の規定をみると,基本給の1か月とするものが2協約,10%

とするものが2協約,2か月と規定するのが8協約,3か月の 協約が1であり,2か月を上 限とするものが最も多い。

 なお,年間補完賃金をみると,1か月を支給するところが最も多く36協約である。弾力的 賃金条項をもつ協約で基本給1か月支給が21協約,2か月が7協約,3か月が4協約,1.88 カ月が1協約であり,弾力的賃金条項を持たない協約では,1か月分支給が15協約,2か月 が1繍1÷胡が1協約である・1協約は政府・大蔵省と公共従類組合との協約であ

り,年間補完賃金の条項はないが,公共部門の労働者には1988年7月1日より可変ボーナス          く 

制が導入されている。

 前項の1990年の協約の内容の分類と比較すると,年間賃金支払総額の増加分を交渉し,そ れを基本給昇給率(累積していく部分)と可変ボーナス支給率(累積せず,その年限り)に 分ける方式が多くなっているのが目立つ。単純な比較はできないが,SNEFのr事例集』

(1988)においては利潤分配制が圧倒的に多かったのとは対照的である。会社業績や経済状 態等を反映する弾力的賃金ではあるが,一方では基本給昇給率や可変ボーナスの決定公式と 支給限度などが多様化しているが,他方では少なくともその年度の賃金支払総額・引き上げ 率を確定するという方向を示すものであるかもしれない。今後の進展を見守る必要がある。

(13)

シンガポールの賃金制度改革 65

4.全般的実施状況

 前項までは個別的な事例を拾い出してその傾向をみたのであるが,全般的な実施状況につ いては,労働省や労働組合会議(NTUC)や使用者連盟などが調査や推定をしている。一 次資料ではなく新聞雑誌記事の紹介によるもので,詳細は不明であるが,『海外労働白書』

により,弾力的賃金制度の導入の全般的状況と賃上げ状況をみよう。

 (1)1988年1月の導入状況

 1988年1月の政府調査によれば,調査対象企業(数:不詳)のうち,29%の企業が弾力的賃 金制度を導入しており,さらに60%がその導入にむけて労働組合と交渉中であった。そして       く の

賃金改革の具体的計画のない企業は11%であった。

 (2)1989年1月の導入状況

 1989年1月における政府の調査によれば,調査対象1020事業所のうち,何らかの形の弾力 的賃金制度を採用している事業所は44.9%で,その導入に向けて準備中の事業所が全体の 45.6%,賃金体系を改める予定のない事業所が9.5%であった。

 同じく1989年1月未現在の調査では,労働組合の結成されている991事業所のうち賃金交 渉が妥結した事業所は764で全体の77.1%で,その平均妥結賃金引き上げ率(基本給のみ)

は3.9%であった。そして賃金交渉が妥結済の764事業所のうち,弾力的賃金制度を導入して いる事業所は全体の50.9%に当たる89事業所であった。弾力的賃金制度を導入している事業 所における平均妥結賃金引き上げ率(賃金総額基準)は7.7%で,導入していない事業所の       く 妥結引き上げ率は5.9%であった。

      く の

 なお,ほぼ同じ頃であるが,1989年3月の労働省調査のNTUCによる紹介によれば,調 査企業1002社のうち,468社(47%)は可変賃金制を導入しており,そのうちの20%はそれ に齪している.残りの534社の÷強1ま労鮫門中である・その他の÷は平中であるか・

あるいは現行制度の変更に賛成していない。これらはエレクトロニクス関連産業に多い。こ の業界が変動賃金制度に消極的なのは深刻な人手不足に悩まされているためであり,導入に 踏み切ったところでも再考に入っている企業が多いといわれる。    

 (3)1989年11月末の状況

 1989年11月末の労働省調査によると,従業員10人以上の企業9900社において弾力的賃金制 度を採用している企業は,労働組合が組織されている企業では75%(1989年11月調査時は58       く 

%)にのぼり,未組織の企業では36%(同36%)にとどまっている。

 (4)賃上げ・ボーナスの妥結状況

 労働組合会議(NTUC)の調査によれば,労働組合のある事業所において1989年NWC 賃金勧告以降の賃金交渉により改定・締結された681の賃金協約の平均賃金引き上げ率(基 本給のみ)は6.1%であり,労働需給逼迫による上乗せ分を除いた平均賃上げ率は4.8%であ

った。1988年の基本給引き上げ率は3.9%であった。また1989年の特別手当て(ボーナス)

(14)

の平均支給月数は1.88カ月分で,1988年忌1.75カ月分より増加した。なお,単純に比較でき ないが,使用者連盟の1990年と1991年のNWC勧告以降の交渉結果の推定によれば,1990年 の平均賃上げ率は9.3%,平均ボーナス支給月数は2.65月で,1991年のそれらは各々,6〜

      く ラ7%と2.4ヵ月であった。

5. 小  括

 本節では使用者連盟(SNEF)の『事例集』,1990年,1991年の官報の協約事例,全般的 実施状況の調査を紹介した。

 変動賃金制度の導入状況では,全般的に順調に増加してきたといえる。その内容をみると,

SNEFの事例が利潤分配制を中心としているのにたいして,その後の労働協約では多様な 体系が採用されるようになり,利潤分配制もかなり実施されているが,基本給昇給額と可変 ボーナスを一括して交渉する「生産性モデル」が増加していることが目につく。

 昇給と可変ボーナスの大きさも,当初のNWC勧告は2%と2か月であったが, 協約条項 におけるボーナスの上限は基本給の2か月分というのが多いとはいえ,多様化の傾向が見ら れる。現実の賃金引き上げ・ボーナスの妥結・支払状況では,はるかに多様化している。そ

して,生産性向上と経済成長の鈍った1991年には,賃金引き上げ率,ボーナス支給率(月数)

は前年よりも低下している。賃金制度改革の効果がどれほどであるかは検討すべき課題であ ろうが,少なくともNWCのガイドラインが明示的な金額・率を示さず,労使の交渉によっ て自律的にそれらが決定されたことは認められるであろう。

V 結  び

 シンガポールにおける賃金改革の勧告にいたる経緯とその勧告内容,労働者の賃金決定と 弾力的賃金制度にかんする意識,弾力的賃金制度の導入・実施の状況をみてきたが,その要 約と問題点を提起して結びとしよう。

(1)NWCは,1972年の設置以降,賃金抑制あるいは産業政策と連動した賃金引き上げ勧告  をしてシンガポールの賃金決定に大きな影響を及ぼしてきた。NWCの勧告はほとんどの  労働者にほぼそのまま適用された。しかし,あまりにも一律的であり,特に1979年から不

『況に至るまでの高賃金勧告は,コストの上昇と競争力の低下を引き起こし,先進国の不況  の影響もあるが,1985−86年の深刻な景気後退をもたらした。その反省から,各企業の業  績や生産性上昇に照応した賃金決定システム,すなわち基本給の勤続昇給を含む引き上げ  額を低くし,可変的ボーナスにより賃金支払額を調整する方式を勧告した。ただし,、学習  期間の考慮はあるが,OJT,幅広いキャリア形成による人材開発の基礎としての,ある  程度の勤続の必要については配慮されていない。

(2)労働者の意識調査によれば,ほとんどの階層別集団において「賃金決定における政府の

(15)

シンガポールの賃金制度改革       67

 役割」と「生産性」が非常に重要であると意識されており,「弾力的賃金制度」を過半数  の者が支持している。ここに勧告された賃金改革が受容される素地がある。

(3)NWCは5年の移行期間を必要とみていたが,1990年および1991年には締結された労働  協約の約半数が弾力的賃金制度ないし可変ボーナスの条項を含むようになった。しかし,

 急成長する産業,エレクトロニクス関連産業では人手不足に悩まされ。基本給の引き上げ  で労働力を確保しようとして,弾力的賃金システムの導入に消極的であるといわれる。

(4)導入されたシステムの内容をみると,使用者連盟のr事例』が業績結果からボーナスを  算定する利潤分配モデルが主であったのにたいして,1990年と1991年の労働協約の事例で  は,それと並んで「可変生産性モデル」一賃金引き上げ総額(率)を一括して交渉する方  式一が多くなっている。これは,年によって変動するとはいえ,少なくともその年の労働  サービスの価格を確定する方向と解することもできる。

(5)弾力的賃金制度は,「勧告」後の景気の回復と急成長のなかで,かなりの基本給の引き  上げと大幅な可変ボーナスの支払を伴って,順調に導入されてきたが,景気の後退局面で  どのように機能するか,また消費者物価上昇をどのうよに組み入れるか,などの問題は今  後の推移のなかで検討されねばならない課題である。

(6)あまりに一律的な基本給の年次/勤続昇給とその抑制は,人材開発のシステムと適合的  でない可能性がある。それはある程度の勤続を要請するOJTとキャリア開発を柱とする  人材開発にはマイナスに作用することがありうる。これも今後の推移をみなければならな  い問題の一つである。

* 本稿は長崎大学経済学部東南アジア研究奨励金による調査研究の一部である。

(注)

(1)小池和男編著『現代の人材形成』(ミネルヴァ書房,1986年),小池和男・猪木武徳編『人材形成の国際   比較一東南アジアと日本一』(東洋経済新報社,1987年),小池和男編『大卒ホワイトカラーの人材開発』

  (東洋経済新報社,1991年)を参照。

(2)拙稿「流動的労働市場と人材形成一シンガポールの日系企業の事例から一」r東南アジア研究年報(長   崎大学)』第32集,1990年,参照。

(3)Chew Soon Beng and Rosalind Chew,レ7bz舵z3 P6箔αψ ∫oηs qズ四召86 Dθ勿励πα ゴ。%勿S勉8砂。箔¢Times

  Academic Press, Singapore,1990, p.5.

(4)日本労働協会編『シンガポールの労働事情一経済再編政策と日系企業の対応』日本労働協会,1983年,

  p.84,92。なお,1972年から現在までのNWC勧告内容については日本労働協会編『わが国海外進出企   業の労働問題一シンガポール』日本労働協会,1975年,pp.65−68,同編前掲『シンガポールの労働事   情』(1983年),pp.83−89,同編『新版シンガポールの労働事情一日系企業と労使関係』(日本労働協会,

  1989年),pp.121−128,参照。

(5)Depar幅ent of Statistics, Singapore, y乙α7δoo々げS出α 緬os S∫πg砂0761990. p.67,87, Mhlistry of

(16)

  Trade and Indllstry, E60πo甥づ 5% のPげ5伽84ρo劉θ1889, p.113。

(6)The Employment(Amendment)Act 1988, r海外労働時報』141(1988年12月)pp.35−36,参照。

(7)特に注記しないかぎり,以下はNWC, R¢ρoκげ 舵禰≠加α」防8θ3 Co観6〃S幼oo〃¢〃zゴ飽θoπ陥86   1〜⑳ηπ,NWC Secretariart, Ministry of Labour,1986の要旨である。この報告については,日本労働協   会編前掲『新版シンガポールの労働事情』(1989年),pp.125−128,労働省『海外労働時報』116(1987   年1月)にその概要が紹介されている。

(8)NWC, Rゆ磁⑫6鉱, pp,9−14.

(9) (孝}.6鉱,pp.,14−16.

(10)報告書では1985年と1986年の年齢階層別の人員整理率と失業継続期間,及び失業率を掲げている。多面,

  景気が回復した1989年の労働力調査によって年齢階層別の失業率を計算すると,15〜19歳一4.6%,20   〜24歳一3.7%,25〜29歳一2.0%であるが,30〜34歳から55〜59歳までは1.3〜1.9%,60〜64歳一〇.7   %と低い。Ministry of Labour,1〜の。κoπ 勉加∂o%71Fbκ6 S%〃のげS勿g砂oz21989, Ministry of   Labour,1989.

(11)NWC,1@碗⑫.6鉱, p.23.

(12) (〜か.6づ此,pp.23−24。

(13) (ヵ).6鉱,pp.25−27.

(14) 0ゼ). 鉱,pp.28−31.

(15) (塑. 鉱,pp。38.

(16) (ヵウ.6鉱,p.44.

(17)前掲拙稿(1990),p.62,65,および本稿注(10)参照。

(18)Chew and Chew,⑳o鉱, r海外労働時報』157(1990年3月, p.23.)に簡単な紹介がある。

(19) (ゼ).6鉱,pp.6−30.

(20) (功.6鉱,pp.33−40.

(21) (ヵ).c露」, p.41

(22) Qか.o鉱, p.40.

(23)Singapore National E搬ployers Federation, Cαs6 S %伽3勿防g6.R⑳7窺1988, Vo lume 2,SNEF,

  1988。

(24)これらの労働協約は偶然に収集されたものである。

(25)r海外労働時報』152(1989年10月),p.46.

(26)r海外労働時報』137(1989年8月)pp.35−36.

(27)労働大臣官房国際労働部編著『海外労働白書』平成元年版,p.137.

(28)『海外労働白書』平成2年版,p.322.

(29)『海外労働時報』152(1989年10月),pp.45−46.

(30)r海外労働白書』平成3年版,p.280.

(31)『海外労働白書』平成4年版,p.192.

参照

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