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「過渡期」資本主義の教育問題

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(1)

﹁過渡期﹂資本主義の教育問題

|J・S・ミルをめぐる經濟學と教育との交渉|

      ︵一︶

 英國に於て十八世紀の七〇年代から十九世紀の三〇年代にかけて

完成されて行く産業革命の進展過程の中で︑産業資本家は先づ一八

三二年の選墨取改正で政治的腰台力を確賢なものにし︑更に一八四六年の穀物耳蝉の撤屡で封建的勢力の基盤たる地主勢力を放逐して

途に︑政治的︑経濟的.覇椹を獲得することができた︒

 然るに産業革命の今一方の落し填たる馨働者階級は︑選學法の改

正蓮動や穀物條例撤慶運動では︑土地所有者に封︑する産業資本家の

斗宰に際して善意に満ちた永年に亘る︑同盟者であったけれども︑

成功の嶢には︑一再ならす無覗されて︑彼等は只﹁パγを求めて石

を獲た﹂①に過ぎなかった◎然しそれにしても産業革命の魅した曙

黒面は︑螢働者︑農民をして十九世紀に至るや早くもラダイト蓮動

に︑〃労働組合運動やチャーチスト蓮動に等六︑無意識的から意識的

な階級心々へと︑不満⁝と疑惑を目畳めて行った︒ここに我汝が採り

上げようとする﹁過渡期﹂とはこのような資本主義の最先進國であ

り︑世界にさぎがけて最も早く︑既に十九世紀の尊墨迄に資本主義

の成熟期に達した英國の資本主義がもつ矛盾の露出時代をいうので

ある︒この場合この矛盾に氣付ぎ矛盾意識をもつて︑これを時代の

歴史的課題として解決しようとした﹁過渡期﹂の経心事者こそJ・

S・ミルである◎  かつて﹁スミスの比較的皮相的な経濟観にリカードーのヨリ優れた見解を磨用させて︑スミスの議論の聞ちがっている所なり︑彼の結論の誤謬なりを看破させよう②﹂として父ジェームズ・ミルから國三論を讃まされた彼は︑既に勝訴三歳にしてリカードー経濟學の心醇者として経濟學の研究を始めていた諜であるが︑やがて﹁精神の危機③﹂ ︵二十歳−二十隔歳︶を経てべγタム主義者ミル④は人道主義者⑤に攣じて居り︑ 一八四四年頃には既に彼はリカードーによつて乗り越えた筈のスミスであるにも拘す﹁アダム︒スミスの著述のような経濟學に堕する著作﹂を計画しているとコムトに書き途るようになって居り︑⑥更に﹁経濟學原理﹂を公刊するに當っては肚會主義に饗する見解が﹁その第一版に於ては比較的不明瞭に旦不充分に︑第二版においては梢明瞭に旦稚充分に︑第三版に至っては全然曖昧な所なく述べつくしてある⑦﹂という︒斯様に功利主義︑人道主義︑阯愈主義といった工合に︑彼を芋台む時代の攣化動揺に相愛して彼の思想も動揺している◎まさに﹁﹂・S︒ミルは過渡期のために作られ︑また過渡期において敷迎さるべき一人の藪師だつた⑧﹂のである︒ 然らば何故我汝は今︑殊更に彼を把えて彼の所論を省みようとするのであろうかQ 戦争科教育を推進している人の中には次のような主張をする人がある︒﹁私も今日の資本主義杜會が十全なものとは思はない︒しからばといって暴力革命にも賛成しない︒そこで私は次善の策としてこれから成長する見童︑生徒達が参政権を獲得した曉に彼等がヨリよき肚倉をつくるように県警主義に依って漸を追うて赴會の改善を圖りたい︒肚會科藪育はまさにこうした期待を満すべき教科の分野だと思う⑨﹂と︒肚會改良を漸進的に進めて行く場合にその役割を教育に求めることの行方を︑ミルを通じてたどってみようとするのが

57 }

(2)

この小論の目的とするところである︒

       ︵二︶

 然らばJ・S・ミルは藪育についてどのような地位を與えたであ

ろうか⑩Q

 一般に彼も自由主義経突撃者として﹁人生の事業は︑これに直接

の利害關係ある人六がこれ.を自由に行うように放任し︑法律の命令

又は官吏の干渉に支配されざるを以てよろしとなす⑪﹂又曰く︑

﹁競孚を制限せんとするものは如何なる場合においてもすべて悪であり︑それを損大せんとするものは常に積極的善である⑫﹂と︒い

うまでもなく個汝の專業者が︑政府よりも目的達成の手段をばヨリ

よく判断出尽るからである︒ところが﹁果して同檬に消費者鄙奉仕

を耀くる人六もまた︑その目的︵何のために供給されたのかという

事−筆者︶を判断するに最適であるということができようか﹂と反

問し﹁若し然らすとせんか︑市場の競争を︑司とする推定はこの場合

あてはまらないこととなり︑しかして上しくも商品の品質如何が肚

會にとって大事であるならば︑國家の共同利釜を代表する椹諜者が

或種の干渉を或程度まで行うということは︑むしろ結構というべき

であろう⑫しと主張して大きく自由主義から干渉主義へ旋回する︒

まさに教育は彼にとって自由放任主義の例外の︼である︒即何等か

の形で國家が教育に關與せざるを得ないというのである︒その場合

彼は経済學者らしく敏育の慣値を他の商晶贋値の如く︑市場における需要供給の法則をもつて詮明する︒曰く

 ﹁物品の中には︑その値打が市場の需要にて測り得られぬものも

ある︒かかる物品の敷用は︑嗜好の充足にもなければ日常生活に役

立つことにもなく︑而してこれが必要は︑その最も大なる場合に最

も少ししか感知されない﹂ ﹁人格の向上に資する物晶﹂即教育の如

きrものはまさにこのようなものに他ならない︒蓋し﹁教養なきもの はよく藪養を判断することは評言ない︒賢明となり善良となることの最も必要なる人汝はこれを望むヒと最も少きを常とし︑またよし之を望むにしても︑自分自らの眼識をもつてその道を見出すことはできないであろうしからである︒從って自由な資本主義雲隠では墨書は放置しておけば需要が少く︑たとひあったにしてもたかだかその量は知れているから︵その供給も質量共に貧弱にならざるを得ないようになる︒そこで政府は無干渉主義に流れる事なく︑ ﹁敏育こそは原則として︑政府が人民のために備えて宜しきものの︼つである⑭﹂という事になる︒ 特に初等雲隠については墨家による⁝教育の強制は撰大して然るべぎだという︒何故ならば﹁肚會に生きとし生のるすべての人間がいつれもその幼年時代に習得することのす.こぶる望ましい︑挙る根本的な知識技能がある⑮﹂からである︒もしも教育が與えられなければ﹁その小言は次の勢働者たるべき批丁とはなり得ないからである⑯﹂そこで三家は﹁國民として生れたるあらゆる人聞の藪育を︼定程度まで要求し強制する権利がある﹂ことは﹁自明の定理﹂であり男親にとっては﹁質に何入とて︑一個の人聞を此の世に生み出した以上︑此の人闇が人生における他人乃至自己への職分を翌旦に関南し得るよう︑これに教育を施すことは︑最も紳聖なる義務の︼つであるということを否定する人は︑ほとんどあるまい﹂という︒然も曇霞では當時﹁親が此の義務を途行せぬ場合は︑國家は能う限り親に藪育費を負憺させてこれを心行させるよう監督す︑則きだということは︑まだ一般に認められすに⑰﹂いたの︐である︒そこで彼は﹁親たちはこの義務を独行せす︑ ︵資本家は⁝⁝筆者︶その駆馳を以て必ず支弁すべき費用のうちに藪育費を含めす︑随って一般勢賃率はこれを負則するに足る程高くなく︑随ってこれが負捲は︑他の源泉

から︵強制課税︑醸金等−筆者︶して行はねばならぬQ﹂随って間

58

(3)

題は﹁政府これを謡うべきか︑或は︑これを私入の投機に委ぬべき

かの問題ではなくて︑政府の設備とすべきか自暴的慈善の事業とす

べきかの問題である︒邸政府が干渉すべぎか︑また例へば夫の﹃學

校協會﹄の如きこの目的のために夕景が擦了してつくった協會が干

渉すべきかの問題である﹂とし︑現歌においては﹁その制度たるや

⁝⁝︼般に頗る劣悪であって︑ただ名のみに止まるようなのが多

い︒随って政府は須らく小窯校に補助金を與え︑たとえば︑貧者の

子女が悉く無料または極めて少額にて學校にゆけるようにし︑以て

叙上の欠隔を充たすべきである⑱﹂と主張している︒

 彼は國家が藪育に乗り出す場合︑國家による敏育猫占を主張する

のでなく︑塗家による教育の強制を意味している︒蓋し敏育の國家

乗螢は國民を一定の鋳型に巌め込む魂胆性があるからである︒個性

の重要さと種汝雑多な意見と行動とを奪重する彼にとっては筆画の

多様性こそが必要であったからである︒

 然らば國家による法律を以てする教育の強制方法は如何であるか

といえば︑彼は國家試験を提議している︒即︼定の年令に達した凡

ての子供に肩書の試験を課し︑若し子供藩が不合格を取った時は︑

十分置理由のない限り︑その父に科料を課し︑止むを得なければ︑

勢働をさせて︑子供を自費で三校へ出させるようにする︒此種の試験

を毎年︼回繰返し試験課目を漸次績大して︑或最低限度の一般的知

識を獲得させ旦之を忘れないように記憶させるべきだと主張してい

る︒この場合﹁皇家が此等の制度を利用して輿論に不當なる影響を

及ぼすことのないように︑郵駅試験の通過に要する知識︵國語及び

その用法と云う如き知識の純然たる補助的部分以上の︶は︑高等試

験に於てすら︑專ら種汝の事實や自然科學のみに制限せられなけれ

      り   

ばならぬ︒宗教︑政治その他異読ある問題に呈する試験は︑先づ監置

   む      む      む       見の眞實か誤謬かに鰯れす︑かくかくの意見が︑かくかくの理由に       り     む     の       り  の        り       む   よって︑かくかくの學者︑學派︑又は軽量に依って奉ぜられている  の む  や  ゆ む り    む    む     む   り ゆ      ゆ     ゆという事實の問題を取扱はなめればならぬのである︒かかる制度の下においては︑來るべき時代の無恥︵青年たち︶が︑凡ての異論ある眞理に關して︑現在よりもさらにはなはだしい混迷を経験する恐れはないであろう⑲L︵傍点筆者︶とのべている︒彼の學者としての折衷性がいかんなく嚢揮されると共に︑現今主張されている敏育の申立性と違った意昧において印國家による官製教育を恐れて︑藪育の中立性を主張しているところは興味のあるところである︒ 更に藪育の方法に立入って彼は自分が父から受けた早裂育を反省しながら﹁旧式の攣的な節制的な教育法は⁝⁝勉強の習慣を強制的に作りあげることには確かに成功した﹂︒然し︑この教育法から生する畏怖心は︑ともすれば師弟聞に﹁愛と信頼﹂が失はれ易く﹁子供の天性に存する天爵牛車に無事なく打ち明けると云う傾向を封じられて了う程になると﹂返って弊害を俘ひ勝であるから余り感心出來ないQ 然らばといって﹁彼等に出來る限り容易に且面白く畢ばせてやろう﹂という﹁新式の藪育法﹂は︑ともすれば﹁容易に旦面︐臼く學ぱ       り  の   すことの結局出塁なかったものは一切︑少年に學ばしめる必要がな

い﹂という所言行ぎ易く︑かくては﹁自分に好ましくない物は一切

なし得ない様な型の人闇を養成﹂する事になって﹁藪育の主要な目

的︵性格の鍛錬⁝筆者︶の一つは犠牲にされる⑳﹂事になって無難

不賛成である︒としている︒道は折衷にありというべきであらう︒ 更に﹁私は今や受動的な感受性は能動的な能力と同様に開嚢さる

べきもので︑それには指導を與えると共に︑それを培養もし豊富に

もする必要があることを経験上悟ったのである︒⁝⁝詰り諸能力の

間に適営な均衡を保つと云う事が︑最も大切だと思はれたのである

⑳﹂として父から受けた硬藪育による知的教育は情操⁝敏育を欠如し

59 一

(4)

ていたので之が必要を強調したのである︒

 以上要するに彼にあっては敢育は之を受けるものにとっては︑そ

      

の慣値が充分に理解出來ないので有数需要とならす從ってその供給

も勢ひ不充分になり易いので國家が自由放任の原則を棄てて干渉に

乗組んで來ることになる︒然も.その場合︑三家が教育を強制するの

は國家の権利であり︑之を受けるのは宇和の義務であって︑それは︑

﹁自明の定理﹂だといっている︒然し教育が國家にとって樺利であ

り爾親にとって義務であるのは何故であらうか︒之を明確にするも

のは︑彼は一体教育に何を期待したのか︑教育の機能なり目的をど

のように理解しているのかが明らかにされなければならない︒

      ︵三︶

 そこで我汝は以下に於て彼がどのように教育の目的なり機能なり

を理解しているかを見よう︒

 先づ第一に彼もアダム・スミス⑳と同様に秩序維持の機能をあげ

ている︒

 ﹁私の老に依れば貴族富豪階級が政椹を掌握している間ぱ︑國民

大衆の教育と改善とは︑それらの階級の私利に反するのである︒そ

れは町民を脱せんとする國民の力を︑釜二大ならしむる傾向がある

      の       からである︒併し若し民衆が政権の大きな︑恐らく主要な分前を獲

      む      得する様になったならば︵チャーチズム運動との關蓮の下に讃むと

       む面白い⁝筆者︶眞に有害な謬見︑殊に財産の不當なる侵害を惹ぎ起

      す様な謬想を防聾するために︑寧ろ民衆の藪育を促進することが︑

       む      む      富裕階級の利釜となるであらう︑私はそう老えたのである︒ ︵傍点

筆者︶こうした立場から︑私は蕾に從來通り熱心に民主主義的制度

を主張したばかりではない︑更に一歩を進めて︑オーウエγ主義や

サ7.シモγ主義や︑その他有らゆる私有財産否定読が︑貧民階級

の聞に弘く普及すればよいと眞劒に希望していたのである︒但しそ れは私がそれ等の詮を眞理だと老えたからでもなく︑又それ等の詮が實現されんことを希望していたからでもなかった︒それは貧民を教育せすに置く時は︑教育した時よりも一塁恐るべきものがあることを︑上流階級の人蓬に呑み込ませようと云う意圖からであった⑳しと この例として彼は一八四〇年の救貧法委資會の附録にあるチューリッヒ出身のエッシャー氏︵多摩の國六の螢働者二千名近くも使っている技師兼紡績業家︶の証言をあげてイギリス帥労働者の教育⁝状熊を紹介している︒ ﹁イギリスの勢働者は專門的に訓練された仕事に就いては最も熟練であるけれども︑品行極めて不規律︑放蕩にして手に負へす︑我汝の曾て雇傭したるいつれの國民に比べても下劣︑不實直である︒この感想は私のみの感想ではない︒かつて私と領頚したことのある大陸の工業家はすべてこう言っているし︑就中イギリスの工業家に至っては︑最もひどくこの点不耶をこぼしている︒尤もかかる腐敗した性質は︑イギリスの勢働者にして教育あるものには存しないのであって︑イギリスの勢働者のうち⁝教養の少い者程︑こうした悪性が多いのである︒イギリスに於ては無藪育な勢働者には︑越生の苛酷な規律を以て當っているが︑今もしこのきつなをゆるめ︑大陸の教養ある勢働者の受けているような友愛に富んだ優遇を彼等に郵.してなさんか︑彼等イギリスの勢働者は完全に午衡を失って了う︒即彼等は自分の立場というものを解せす︑随ってやがて︑全く始末に負えない役に立たない人間になって了うのである﹂と◎ この証言を引用した後で結論づけて漸う︑         噺 ﹁何等かの不等思想︵オーウエγ等の共産主義思想⁝筆・者︶が︑無教育なイギリス帥労働者の心に入込むや否や︑彼の頭は攣になって

了うのである︒卑屈でなくなれば彼は横着となる﹂から﹁通俗教育

60 一

(5)

 の必要は︑殊にイギリスに簸て︑政治家の十分注意すべき事柄で

ある⑳しと注意を喚起している︒

 第二に資本蓄積の増大のために藪育の必要を読く︒

 ミルは生産要素とし℃土地と豊海力と資本との三つをあげ︑生産

論を招く法則は永久的普遍の自然法則であると考えている︒曰く

﹁抑汝富の生産に貢する法則や條件は物理的眞理の性質を帯びてい

るものであって人の意のま︑に左右されるといったところがいささ

かもない⑳﹂と︒.ジイドはかかる法則として︑一︑自利心の法則︑

二︑自由競孚の法則︑三︑人口の法則︑四︑需要供給の法則︑五︑

賃銀の法則︑六︑地代の法則︑七︑國際貿易の法則をあげている︒

然しこの場合に於ても彼は漉く卒去的全章の影響を考慮していない

鐸ではない︒生産力の燭口強のためには各種の杜會的條件が前提され

なければならない事を認めている︒

 ﹁勤螢は資本により制限される﹂という命題は結局﹁國民は︑生

産されしものを消費するのであり︑特に生産さるべぎものをば消費

するのではない︒生産されたもののうち︑生産的勢働の支持に割當

てらるるものは︑た.\一部分に過ぎない︒而して︑この部分︵すな

はち國の資本︶が養ひ朝旦生産の原料及要且ハを供し得るの程度より

多くの生産的勢働力の存することはないのである⑳﹂から勢働人口

が有効な生産力となるためには資本の蓄積が必要となる︒資本の蓄

積は貯蓄の結果である︒從って﹁資本の増加は貯蓄し得べぎ財と︑

貯蓄を促す傾向の強さに依存する⑳﹂殊に貯蓄を促す傾向は﹁利潤

の高﹂と﹁貯蓄心の強さ﹂の如何による︒腰掛に於ては﹁手先の勢

働者についてのみ言へば︑その早々の節約︑用心の程度は決して高

いとはいえないQ一しかし肚愈の一大部分を占むる學藝の人六や商工

業者は︑概して資産もあり貯蓄の動機をも有っているのであるから

蓄積心頗る盛んであり︑随って國内には富の激増の有様が萬人の眼 に映る⑳﹂⁝状態である︒そこで軸労働者のように﹁蓄積欲の強さの足りないということは︑無分別ということから生することもあるべくまたは他人に面する同情の足りないということから生することもあろう﹂といって蓄積欲の不足を無分別と同情の不足に求めている︒ところで更にこの無分別を分析して﹁この無分別は︑智徳の低いのに原因するものと言えよう﹂と言っている︒そこで﹁知能のきわめて低い個入にせよ社會にせよ︑いつれも必ずや無分別であり不用意である︒凡そ入が現在目の前にないもの殊に將來のことをば想像して之によって意志をはたらかせるようになるには︑或る程度の知性の嚢達を要するようである︒﹂更に同情の不足については﹁たとへば現今に於て︑子女を教育し︑子女を實生活へ進出せしめ︑縁者の將來の利釜を圖り︑野里又は私民のために金鋳または時短を贈辞するなど︑およそ自分の利釜よりもむしろ他人の利釜のためにどれほど多く貯蓄が行はれていることか︒これを思うならば︑入が他人に封ずる同情に欠けているとぎ蓄積の少いことはうなつ肖るであろう⑳︒﹂と 教育はこのように無分別をなくして資本蓄積の増大を早るために必要である︒ミルは生塵論には自然法則の如き法則が貫かれていると主張しながらも︑教育や治安警察の如き肚會単解件による資本蓄積の増減が混傭主働力を攣動せしめて生産に黒化を與えることを認めるわりである︒ 第三に杜會問題の解決策として荷う教育の重要性が指摘される︒ 彼によれば自然法則の生産論と違って︑分配論は肚會的條件の下で人心によって決定される分野である︒曰く﹁これは專ら織縞の制度の問題である︒⁝⁝富の分配は︑杜會の法律習慣によって定まるものである︒富の分配の規律は︑肚會の支配階級の意見感情のままに世づくらる︑ものであって︑しかも時代を異にし國を異にするに

(6)

よって大いに異るものである⑪しと︒然し分配論に於ても依然とし

て彼はマルサスの徒である︒曰く﹁およそ農業の幼稚ならざる國に

於て︑人口増加せしため食糧の需要増加せんか︑之と同時に生産を

改良せざる限り︑國民一人遅りの雫均分前億必す減少するであろ

う︒﹂こ︑に嚢生するものは過剰人コである︒かかる﹁過剰人口に

       課せられる刑罰のよって為るところ憤︑杜會の不公亭ではなくて自

      然の吝畜である︒富の分配の不公干は︑決して過剰人口の苦痛を加

重するものではなく︑た.\この苦痛の到來を幾分早める位が關の山

である⑫﹂﹁貧乏や疾病や車坐のような﹁過剰人口に課せられる刑

罰トは﹁肚會の不公平﹂からではなくて﹁自然の吝薔﹂から起るの

である︒然も彼は人間の生存権を認めてかかる︒だからといって自

ら扶養しきらない子供を生む櫨利は認めない︒曰く﹁人はいつれも

生きる灌利をもつている︒成程このことは正しいと全智しよう︒し

かし何びとと羅も︑他人に養って貰はねばならぬような子供を産む

灌利はもっていない︒前者の櫻利を主張する者も︑後者の樺利を認

めることはでぎない︒⑳﹂この原則に從ってミルは︑最低賃銀の策定

⑭︑無二件の救貧法⑳︑給與制度⑳︵ヒδ毛嚢︒bo①の団ω8ヨ︶︑配賦地

制度⑳︵♪二〇げBΦ簿QQ鴫珍Φ8︶を排斥する︒蓋し此等の方策は何れも

勢働者に依頼心を起させて勢働者の節制を弱め人口を増加させる傾

向があるからである︒曰く﹁凡そ螢賃の低ぎを救準せんとする如何

なる方策と難も︑人汝の心意や習慣に訴えざるところのものは全然

無数であるゆ右の如き作用のない方策は︑たとい︐﹈時は首尾よく極

貧者の暮しを向上し得たにしても︑必ず從來の人口制限の増を外し

人口を著しく増加することとなる⑳﹂

 然らばこうした人口増加を避けうる永久的な救貧策があるものであらうか︒換言すればミルによれば祉會問題は﹁自然の吝告﹂によ

る過剰入口から嚢生するものであるから︑その永久的解決策は勢働 者に入口を抑制せしめうるような方策があるのか或はないのかという專に安着する︒彼はこの点非常に樂観している︒成程資本家にとっては︑弊働者が澤山居てくれる程賃銀が安くなるので望ましいとか︑上流階級の慈善家にとつ﹁ては貧民が居て彼等に物乞ひをして貰はないと不満を感ずるとか︑祉禽事業家にとっては貧民.がなくなれば改良事業の影も薄くなるので︑世論はマルサス入口論を認めて勢働者が人口の抑制にとりかかる事に﹁およそ層累の九割迄は入口論に常に反謝であり︑その一割が時折これに耳をかすに過ぎない﹂歌態であるから﹁これを受容るること最も少かるべぎ螢働者自身の間に︑これがまだ普及するに至らざるも︑敢へて不思議とするに足りない﹂︒ととろでミルは﹁最大多野の最大幸幅﹂を勢働者聞で普及させる事によって︑即螢働者が利己的個人主義的立場をすてて︑螢働者階級全体の立場に立って人口を制限するのを彼等の義務であると考えさせる事によって人口を抑.制させようとしているQ即﹁榮働人口の多過ぎるときは同志の望事のために貧乏を招評するから︑ ︵シスモγジの読の如く︶肚會の事惰の許す限度より多くの兇を産みたる者は他人の余地をもふさぐ故に罪悪を犯したものである﹂と︒然し拙者はかかる螢働者の輿論も大したものではないと思うものもあるかもしれないが︑こうした考へ方をする人は﹁人闇の性質を知らない人汝の考へに過ぎない﹂と断定し︑一度人口制限が勢働者の輿論乏ならんか︑特別の事情なを限りかかる輿論に反抗するのを人汝は恥辱と感ずるようになる︒これは丁度﹁職事中・⁝各兵士をしてその警世止まらしむる所以のものは︑決して自分一入の脱走のため       む   む      り   り   む   む   き   むに職が敗れるであろうというような考でなく︑かかる行爲を多藪が   む     む       の      り      む      む        む     む相率いて行う時は不幸の結果をまし必ずや各人の恥辱となるという       考である⑳﹂ ︵傍点筆者︶のと同様であるとしている︒

 然らば此入口制限の輿論をどうして螢働者聞に普及せしめたらよ

62 一

(7)

いであろうか︒曰く幕労賃の高は人口の籔によるという考が勢働者階級の闇にどのような機具に生するか︑またどのような手段で喚起

されるか︑此々を考察しなければならぬQ﹂若しも﹁右の二つの問

題に封して満足なる回答の得られない限り︑籔多の筆者の目して丈

明の頂点となすわが産業制度−豊艶の勢働階級がすべて雇傭鍔働の

賃銀に依存する!は弁護の余地なく非なりとして排せられねばなら

ないQ我汝の考察しつつある問題は︑この産業事情に於て︑勢働階

級の過剰人口と零落とが必ず生じて避肖得られぬかどうかという事

    の       む       む       む       ゆ      である︒もし雇傭早旦制の下に鞭て︑愼慮による人口制限の漣も行

      り       る       む       い得られないものとすれば︑この制度は迷惑な有害の制度である︒

この場〃合には経屍毒の 統治の⊥八目 的は︵所有穂胆の何等かの処⁝置︑及

産業経学方法の攣.化により︶勢働者をして勢働者封資本家の制度に

於けるよりも一暦つよく明らかに増殖上の憂慮を起さしむるようせ

ねばならぬ︒﹂⑳︵傍点筆者︶とQ即現在の資本主義の雇傭條件の

下で人口制限が不可能ならば︑たとひ貧民救濟の爲には肚會制度を

攣更して祉會主義制度にしても︑人口制限を耕じない限り絶難.的生

活程度は低下して人類の不幸は絶えない︒

 然しそれは現歌の下に於て即資本主義制度の下に於て人口制限を

なす方法がある︒それは一方に︑帥労働階級の子女に有敷な普通藪育

を黒くる事であり︑他方に赤貧を∵代間金滅させる植民である︒

 ここに予て漸く肚會問題解決築としての教育問題が登場して來

た︒過渡期資本主義の教育問題を取扱はんとした意圓もまさにここ

にあった⁝諜である︒

 彼によれば普通教育の目的とするところは﹁常識を養成し周園の

事情について健全なる實際的判断を下す力を養う事である﹂︒これこ

そが藪育の根本であり藪育上これ以外のものはすべて︑主に装飾に

過ぎない︒この藪育の目的さへ確立されると﹁教授の科目または方 法を決定するが如きことは大してむつかしい事ではあるまい⑭しという︒ところで教育は軍に書物や學校教育によってのみ行はれるものではない︒實生活の仕事から受ける實際教育によって螢働︑工夫判断︑自制換言すれば猫立脚行の精鋼を養うことが出躍る︒ ﹁心の向上﹂は軍に學校教育による知能の啓獲だ潟でなく︑實際教育による﹁活動力のつよき行使﹂を侯って始めて完成するのである︒@ とにかく教育の普及によって螢働者の子弟間に常識が癌養されて何を罪し何を書すべからざるか感慨の基準が判断出与るようになると︑人馬の閥に輿論が生れて︑放縦は不眞面目とされ﹁人が自己の欲望を満足せしめた結果︑悲滲堕落の生涯を穿る子供︵一人にせよ幾人にせよ︶を設け︑それがかかる子供等の行爲と何等かの形式で十分親しく關書せざるを得ぬ人汝に種汝の迷惑を掛ける場合⑱﹂それは痛撃されるようになるであろうQかくて人聞は他入に害を與える何等の灌利も持つものでなく︑何人にも苦痛を與えすに自分を樂しませる灌利を十分に持つものであると云ひ得るであろう︒ところで彼は所謂教育走者でなくして経濟聾者であるのでこの点で止まらない︒曰く﹁教育は赤貧と相容るるものではない﹂︒蓋し如何に…教

轤フ力が大なりといえ﹁裕輻の生活を昧はつたことのない人に裕

幅の値打を感ぜしむるはむつかしく︑その日暮しをなし來つた人女

に不安定な生活の悪さを畳らせるのも困難である⑭﹂からである︒

﹁赤貧の人汝を教育しても︑蓮も多大の数果をあぐることは出刃な

い﹂から︑普通敏育によって養育しきれない子供を産む事の不當であ

る事を理解出來る常識を養成する一方に︑赤貧退治にかからねばな

らぬ︒このためにとるべく最良の方︐法は二つあるQここに最良の方

      り     の       む  む     ゆ      む  り     り  む  む  ゆ         法とは﹁この方法はいつれも何人にも害を與えす︑自獲的または法

      り      む      む        る  む       ゆ  む     む  む     り   律的の慈善に見らるる如き弊害に陥る傾きなく︑入柔の勤勉︑聖断

      む       を弱めすむしろ働ます﹂ ︵傍点筆者︑︶ものであるQ現在の資本主義

63

(8)

制度を固く維持して貧乏人をなくす妙術は︑︑ヤルによればウェーク

フィールド式外國植民⑯であり︑他は内地植民による自作農の創出

である︒.

 就中後者の自作農の創設事業は彼の推賞置く能はざるものであ

る︒自作農制は℃ob七八両鉱葛op江︒昌に最適だという︒ ﹁書籍や學

校の如きものは︑藪育上絶.謝.に必要なものである︒しかし教育上︑

これらのものだけでは︑充分とはいえない⑯﹂我欧ぱ﹁無難汝を玉

にす﹂という東洋の格言を知っているが︑この事を彼は強調して止

まない︒

 ﹁ラ41γ地方やフラγグーズの自作農の心螢多きことを強調しこ

      れを以て悪口の追丁となしている者がある︒ところがかくの如く大き

む      む         な心螢あればこそ︑彼ら自作農は︑イγグラγドの日傭勢働者より

       もすぐれているのである︒⁝:彼等に於ては︑意氣を沮喪し増力を

麻痺するような心配−食ってゆけるかどうかわからないという心配

1の如きは︑ごく稀である︒ ⁝−彼ら自作農は︑もはや中産階級で

ある︒その職業上の立場もその目的も︑中産階級の人界のそれと同

様に︑知性の錬磨に最も有罪のものである﹂︵傍点筆者︶﹁財産の魔

術は砂礫を攣じて黄金となす﹂とアーサ漕ヤγグがいったように中

産階級としての自作農は︑熱心に働き︑買更に﹁地主になりたいとい

う望みをもって・⁝將來のことを考へ過ぎる位であるしから︑愼重

節制及克己の徳性を向上せしめるから﹁人情の常として︑親は自分

より以下の生活を我子にはさせたくない﹂と考へるようになって人

口を阻止させる︒又知性の向上にも自作農の境遇は最適である︒曰く

 ︑﹁即くも知育の根本原則というものがあるとすれば︑それは次の

ようなものであろう︒即訓練上の好影響︑を得んとせば︑訓練に當っ

て精紳が受動的でなく能動的でなければならない︒人の才能を伸長

する秘訣は︑人に向かって︑なすべぎ仕事を多く與え︑旦これをな そうという氣持にさせるのにある︒しかし︑かかる訓練の点に於てよし充分であるからとて︑他の精神﹁上の修養が不重要となり無用となるものではない︒農夫が財産を所有せるがために野卑・利己的︒狡量にならないものでもない︒これが矯正のためには︑他の種類の知能薄暑がこのために妨げらるることはない︒それどころではなくこのために既得の如何なる小さい知識の断片を.も實用に供するという習性が養はれ︑随って讃書や地算教育の實数があがるということになる︒讃書や學校藪育の如ぎものは︑かかる補助的の感化なかりせぱ︑多くは岩石のうへに蒔かれたる種子にもひとしいものである⑰﹂と 資本主義の弊害除去策は一方に教育の普及︑他方自作農の創設によって全きを得るというのであるが︑彼の良く所は歴皮の歯車を後向けにして中世のかつての佳かりし日の農民生活を懐古して︑それを將來に室解するものと言ひうるであろう︒かかる意味に嘗て我慢もハイマγと共に﹁このようなプログラムが︑古典學派の景仰學者.から.期待されるようなものでないことは疑いない⑱﹂といひ得る︒

然も教育の普及による常識の養成によって人口の抑制を策せんとした彼は︑當代一流の思想家にして経濟導者たりし彼の父が︑あの

賢主を以てしても尚二子澤山者であり然も彼自身いっているように

﹁不確言な牧入以外に何の資力もな・い身﹂の人であった事からして

も︑仲汝その實行の難きを知る事が出來よう︒或は﹁殆んど生れ落

ちるときから間もなく︑父ヂエイムス・ミルの嚴格なる藪育の下に

﹈日の休日も與へられすして育つた彼は︑長じて後も常に人並以上

の刻苦勉働を績け︑かくて幾多の業績を世に遣せる代りに︑肉体的

には一人の子をも遣すことなくして死んだ⑲﹂彼は﹁己を見よ﹂と

後人に誇示するのでもあろうか︒

 第四に肚會主義化の手殺としての道徳革命のために⁝敏育の必要を

64 一

(9)

力詮する︒

 ︑こルは最初サγ・シモγ派によって杜會主義思想の影響を受け︑

自分の骨肉となっているリカードオの経済學を﹁旧派経済學﹂と呼び

その輕済學の慣値が﹁極めて局限された︑日=時的なものである事

に︑初めて私の眼を.開いてくれたのは︑確か一部にはサγ︒シモγ

一派の人達の書いたものの力でありた⑳﹂といっている︒

 更に彼に枇禽主義思想を吹き込んだのはテイラア夫人であった︒

肚會に嚴存する貧富の懸隔を除去する方法としては旧派経町學者と

同様に﹁長子相軍制と特筆相節制とを撤慶するにあると言う点以上

には少しも進んでいなかった﹂し﹁これ以上進み得るという考は︑

當時の私に︐は室想としか思はれなかった﹂それに﹁無我汝は教育の普及から︑人口に饗する自獲的制限が行はれるようになって︑貧民

の生活も稚見直したものになるだらう位の見込をつのていたのに過

ぎなかった︒詰り當時の私は一個の民主主義者ではあったが︑母国

主義者では毛頭なかった﹂︒ところがテイラ⁝夫人との﹁貴き交り﹂

をして以來︑彼の精紳の進歩が彼女のそれと相携えて進んで行ぎ︑

彼の所謂﹁心的嚢展の第三期﹂ ︵一八四〇年以降︶になると﹁私の

思想は廣さに於ても︑又深さに於ても等しく増して來て﹂﹁私は一麿多くの事物を理解すると共に︑これまで理解していた事物を一暦

徹底して理解するようになって來た﹂︒杜會主義についての考え方が

そうであって今や自分は﹁過去の私よりも遙かに民主主義者でなく

なって︑明かに世會主義者という一般的名構の下に弁化類別するも

のとなった︒﹂

 然らば何が彼を民主主義者から肚會主義者へ輻向せしめたのか︒

曰く﹁教育が今日の様に見る影もない不完全な憂事で苦く限りは︑

民衆の無智︑殊にその私慾と獣性とは恐るべきものだと考えたから

である︒﹂そこで祉會.改革の理想は民主主義でなく肚會主義によっ て實現されなければならない事になる︒彼は自分が理解する肚會主︒義母會を記述して曰く﹁成程私達は一方に於て︑大概の批會主義的赴禽組織の中に含まれていると推定されている所の︑あの個人に封ずる計 會の璽制に謝︑しては極力反噂していたのであるが︑同時に又私達は︑計 會がも早遊食者と勤勢者との二階級に分たれな︐くなる時代︑働かざる者は食うべからすと云う原則が蕾に貧者に封.してのみならす︑萬人に赤して公亭︐に適用せられる時代︑手簿の生産物の分配が︑今日行はれているような甚だしき程度に於て︑出生と云う偶

然…魔ノ基いて行はれる事なく︑萬人の承認せる公正の原則⁝に基いて

取り行はれる様になる時代︑人類が︑専ら自分達一己に還すべき利

釜の爲に努力すると云うのではなく︑自分達が厨する所の肚會と

共に相頒つべき利上のために︑奮斗努力する様になることは︑も早

人類に取って不可︑能事でもなく︑又不可能事であるとも考えられな

くなる時代︑そうした時代の來らんことを期待していたのである︒

將來の肚會問題は︑如何にせば︑個人の行動の最大限の自由と云う事をば︑地球上の生産原料の共同所有と云う事︑及び合力の利釜に

萬人軍等に與かるかと云う事に調和せしめ得るかという点に在るも

のと私蓬は考えた﹂

 然らば悪筆化の方法如何︒

 そのためには﹁今日勢働階級を構成している所の無暗養の大衆にも︑又彼等の使用主の大多歎者にも︑共に等量の性格の攣化が起ら

ねばならない︒と云う事を明瞭に認識していたのである︒即双方の

階級とも︑これ迄の様に唯狭い利害の爲に働くと云うのではなく︑

説く博愛的な目的の爲︑せめては公共的社寺的な目的の爲に働き旦

合力すると云う事を賢行によって悟る必要がある︒尤もこれを歯す

だけの能力は以前から常に人類に存在していたものであって︑それ

は現在消滅してもいなければ︑又將來消滅しそうにもない︒藪育や

65

(10)

習慣や︑情操の陶冶などが凡庸者にまでも︑進んで祀國の爲︐め忙職

うだけの意思を有たしめると同様に︑胆國の爲に田を耕し︑機を織

るだけの思置を診たしめるものである︒成程一般の人汝をこの程度      むにまで向上せしむるのは︑極めて徐汝たるものであり︑旦敬代に亘

      つ・て蓮射的に行はれる所の系統的下篇に依らねばならぬことは云う

       までもない@L︵傍点筆者︶斯様にかれによれば︑長期に亘る教育に

よる精神的改造即道徳革命によって漸進的にのみ置會組識の改革が

行はれることになる︒即道徳革命なくして肚會改革はあり得ないの

である︒即断定して曰く﹁私は今日では︑人間の考え方の根本組識

に一大攣化が起らない限り人類の生活の大改善は一切不可能である

と確信している⑫﹂とそこで彼は﹁人聞の老へ方の根本組織に一大

攣化﹂を現實に與へつつあるものとして︑協同組合のような肚會主

義的な實験を墨げ︑彼はそれを﹁無上の欣快と男心とを以て敷設し

ていた画﹂のである︒感嘆して曰く﹁この物的利釜たるや測り知れ

ざるものである︒しかも︑このために起る肚會の道徳上の革命に至

っては︑まことに比類なき幅利たるものである︒曰く︑勢資の間の

不和の救治︒曰く︑利釜の相反せる階級の闇の不和を韓じて︑萬人

の友誼ある競争へと向かわしむる︒人生の韓向︒曰く︑〃勢働の威嚴の

増加︒曰く︑勢働階級におのる安全感自賠立心の爽生︒曰く︑各人の

行う毎日の仕事が肚心的同情及實際的知能の訓練となること⑭﹂と︒

 しかし螢働組合については阯會化の役割をみとめない︒けだし勢

働組合はかかる高尚な精神を育成しないからQ園圃は勢働組合が結

成されていたのは熟練工においてのみであって︑彼等は﹁人籔とそ

の報酬との關係﹂を知っていたので﹁他の人馴を排斥して制限﹂す

る事によって︑自分達だけ螢賃を高めて置こうとしたから︑潜勢働

者間に友愛の精神など生じよう筈がなく︑大鼻聾の螢働者は露量組

合の外にあって相も攣らす無知と窮乏の中に陣吟していたからであ  る㊥︒  このように道徳革命は﹁現在のところ︑人勲の中の優秀分子によ つてのみ途行されうるものであって﹂⑧﹁いかに都合の良き場合を 考えて見ても︑相當長期を要する仕事であるべきである︒將來長期 にわたって私有財産の原則は一歩も退かないであろう⑰﹂ここで可. 得りの後退を見せている︒蓋し﹁人聞の藪育は凡ゆる技術の中でも つとも難しいものの一つであって︑しかもこれは︵個人的利釜よりも公共黒蓋禽的感情を行動原理とすること⁝筆者︶教育が從來もつ とも成功を牧めることの少なかった点の一つである︒その上︑未來 の世代は現代の世代に教育され︑教師の欠陥は︑教師が生徒を自発 自身よりも良くなるように訓練しうる程度に鍬.し超えがたい限界を

置くために︑一般教育における改善はどうしても非常に逞射たるも

 のとなる︒從ってわれわれが住民中の優秀な部分に働きかおている

 のでない限りは肚會の産業的な仕事の最も強力な注意深い動機にと

 つては︑個人的な利釜の方がそれより高樹な性質の動機よりは今後

長きに亘って有数な刺激となるであろう︒とわれわれは予期しなけ

ればならない㊥﹂から︒

 然も﹁現在の制度は︑多くの融會主義者が信じているように肚禽

主義だけがわれわれを救い出してくれるような一般的な貧窮と奴隷

⁝状態に向ってわれわれを躯り立ててはいない︒現制輩下で被る害悪や不正は大ではあるが︑増大しつつありはしない︒むしろ逆に除汝

に減少して行く傾向にある︒﹂五〇年代以後の英筆意濟が自由貿易

に桿さして﹁世界の工場﹂として植民地後進國の犠牲の上に嚢安し

て行き勢働者階級も利潤のおこぼれを頂戴して生活水準の向上を享

受し得た事をいっている諜である︒從って︑﹁われわれの上すべ

・き事は二つの異る蘇蜜制度を前にして︑不可避的な生活上の困難を克服するのにどちらがヨリ大きな手段を提依するかを見きわめんと

66 一

(11)

して︑筆者を冷静に比較する事である⑲﹂と自己の任務を規定して

いる︒ 生活上の諸困難を克服してくれる社會組織について究極彼は如何

老えていたのであろうか︒彼によれば輩なる生産と蓄積の増加は︑

人口の増加によって︑軍に地代を高騰せしめるのみで︑画質賃金や

利潤牽を低下せしめて人民の大多数には何等の利釜をも與えないか

ら︑むしろ生産力の護展なき静止歌態を推賞する︒曰く︑

 ﹁この停止歌態こそ大体に於て︑我六の現欺に頗る顯著なる改良

を齎らすものと私は信じたい︒人或はおもへらく︑進歩のための斗

雫とそは人閥の常態であって︑今日の赴會生活の有様である蹟躍⁝︑

粉碑︑排擁︑相互追窮こそは人類の最も︑望ましき運命であり︑産業

進歩の一兆候として決して不快のものではないと︑しかし︑白讃す

るが︑かような人生理想には私は魅惑を感じない者である︒⁝⁝け

れども人間の性質のために最も良き駄態というに至っては︑貧乏人ひとりもなく︑より富裕ならんと欲する者ひとりもなく︑他人の抜

駈によって蹴落さるる虞もあらざる歌里これである﹂然も即時の英

國の如く﹁最も進歩したる國汝に於︑ては︑よりよき分配こそ︑経済

上必要なるものであって︑しかも之が手段としては︑人口の制限を

嚴にするこそ不可欠である⑧﹂と結論する︒

      ︵四︶

 要するにミルの解決しようとした問題は︑アーノルド・トィγビ

ーも云う如く分配論であった@︒彼の分配論の擦って以て立つ最高

標準は生存椹の主張であった︒人口制限はそれから亙る豪然の前提

條件にすぎない︒その場合に教育はその手段として利用された繹で

ある︒ 手段としての教育が巳時概嘆すべき朕況にあって︑容易に﹁私慾と

獣性﹂とを除去しきらないので︑一度彼を壮図主義の夢想家たらし めたが︑この場合も祉倉革命の前提として道徳革命を必要とするとし︑そのための﹁友愛精紳﹂を植えつける⁝敏育の難さのために︑三韓して現存資本主義肚會に舞ひ戻り︑ ﹁停止状態﹂の資本主義就愈における人口制限に祉會問題の解決築を求めたQ教育の理想達成の難きを知り現實に要濁した諜であるQ右往左往その号すところを知らなかったいうべぎであるが︑幸ひ彼が置かれた環境は思事資本主義の最頂期であったために︑時が問題を解決してくれ.たというべき

であろう︒

 彼自ら言っているように﹁現代の如き思想の過渡期に於て自分の思想からでも︑他人の思想からでも學ぶべきは學びもし︑除くべきは除ぎもしようと云う意氣組みで︑不断に精進して來た⑫﹂彼は折衷學者として前向きよりも︑後向きに︑我汝の問題に即していえば結局教育も現存秩序維持の手段と考えたと見るべきであらう︒⑧ 勿論かくいったからといって彼の立場の中に見るべきものがないというのではない︒我汝は河上博士と共に﹁彼れは父のヂエイムス・ミルから極めて特種の藪育を受けた人であるが︑その敦育が後年彼れの嚢達の三に如何なる影響を與えたかを研究するのも︑學聞または教育に興味を有するものにとって︑決して無釜のことではない⑭しのである︒ 尚経.済と教育との交渉を老えるものにとって忘るべからざる事は

﹁教育は赤貧と網容るるものではない︒赤貧の人六を藪恕しても︑

蓮も多大の数果をあぐることはでぎない⑯﹂という彼の立言であ

る︒今日やはり解決を迫られている問題であるσ      ︵一九五四︑一︑一八︶

︵註︶

 ① 大河内一男著﹁経済思想史﹂ 三八頁

 ②旨Qe・ヨ着旧♪舜Oσδ09厭碧ξ℃・b︒Q︒西本正美訳ミル自伝四八頁

 ③﹁精神の危機﹂について︑ミルは次のようにいっている︒

67 [

(12)

⑥ ⑤

﹁今仮りにお前の入生に於ける目的が悉く実現され︑お前の翅望して

いる諸制度や思想の変化が悉く今と云う今︑完全に成就され得たとし

たら︑それは果してお前にとって大なる喜びであり幸福であらうか﹂

と自問したら﹁抑ゆべからざる自意識は明確に﹃否﹄と答へた︒﹂こ

こから﹁私の生涯を托してあった全基礎が崩壊﹂して彼は深い懐疑に

陥ったのである︒

︾goぼ○ゆq轟︒菖℃・℃・Hω︒︒1おト 西本訳 一三六頁

ここにべンタム主義ハ者というのは彼が自画伝=二入−一三九頁

︵♪巳︒ぼ︒ゆ⇔蜀Oξ℃・昌O︶に於て述べている如く﹁私達は一方︑利己

を離れた仁愛と正義愛とが優れて立派なものであることは充分に認め

ていたのであるが︑同時に人類の改造はそうした情操に直接訴へても

決して出来るものではない︒それはむしろ利己的感情の蒙を旧く所の

教育された智性の作用に待つ.︑へきものだと考へていたのである﹂とい

う時代のミルのことをいう︒

ここに人道主義者とは﹁幸福を得る唯一の途は︑幸福を人生の目的と

するにあるのではなく︑幸福以外何か他の目的物︵即他人の幸福とか.

人類の進歩改善とか乃至技術若しくは職業といったようなもの︶を人

生の目的とするにある⁝⁝︒こうした説は今や私の入生観の基礎とな

った﹂をいう︒

︾9Q配Q讐の℃ξ勺即H二一轄い 西本訳 一七三頁−一七四頁

馬場啓之助著﹁ジョン・スチュアート・ミル﹂ 一九六頁

筒コムトはスミス・の社会哲学的立場を称讃して日く      ︐

﹁著明にして公正なる哲学者アダム・スミスはその不滅の著書のうち

で別に新しい専問の科学を創設するという野望をもたず︑ただ分業︑

貨幣の基本的職能︑銀行の一般的機能に即した分析的説明と︑人類の

産業的発展についての主要なる鮮明とになって社会哲学の種々なる主

要問題を論明することのみを念とした﹂ 一九四頁

ミルはコムトの影響を受けて経済学原理を書いた︒従ってその表題か

らして次のように書いた︒

℃禁忌︒一℃一〇〇貼℃oζ鼠8一切8昌︒ヨ︽≦一章︒ゆ︒日ωoh島α一触麟δO覧圃8氏9ρ

⑥ ⑦

⑩ ⑨

⑯ ⑯

8のoo富一づぼ一〇ωo唱ずく●

匂・ω・巳一ご︾三〇ぼ︒趣q冨づげ冗℃・励︒︒心 西本訳 二七五頁

河上肇著﹁経済学大綱﹂︵改造社版︶ 八二九頁

昭和二十八年十一月九日広島大学における﹁母国︑四国歴史学会︑社

会科教育部会﹂における内海巌教授の﹁社会科論争批判﹂の発表

一般に英国の経験論者が教育の重要性を認めて︑教育に関する注目す .︑へき著作をなしている事を塩尻公明氏は﹁イギリスの功利主義﹂の中

で指摘して居られる︒特に四二︑四三︑七二︑七三頁参照︵アテネ文

庫︶旨・ω・目一一一旧℃鼠ロ︒首δo臨℃9細い巴国8口︒日団℃働O㎝N 戸田正雄訳       ︵﹀ω窪①鴇︑ωo巳賦︒昌︶

ミル経⁝済学原理 ⑤  二六一頁

ジイド・リスト宮川貞一郎訓﹁経済学説史﹂下 六三頁

旨Qα.旨旨⁝℃ユ巳︒首δo臨℃9陣江︒三国8βo含℃即Φ㎝G︒戸田訳⑤

二六二頁Hげ箆ご即ゆ㎝○○戸田駅⑤二六ヨ頁

同σ一口・即Φ課 戸田訓 ⑤ 二六三−二六四頁

Hげ箆.℃・Q︒O 戸田訳 ① 七〇頁

咽●ω●日一一一⁝d一.一嵩冨注四巳ω§Uぎω答矯卿閃ωb冨ω昌邸二くoOo︿Φサ

8昌7︵暫くΦN鴇ごP効 P噛︒ロ  ﹇犠り鷲鋤︑矯. ト9◎い︶℃・H8柳田泉訓ミル自由論功

利論︵春秋社版︶二〇三頁−二〇五頁

臼●ω.ヨ一一℃誌昌鼠包ωO胤℃O=ユO巴鴨OO口Oヨ︽℃●勺●¢㎝α−㊤α①戸田訳⑤二六四−二六六頁

倫門当時の貧弱な学校教育の状態についてエンゲルスは﹁イギリスにお

ける労働者階級の状態︵大月書店版︶一六九−二八九頁に詳しい︒

日く﹁教師1それは退職した労働者や︑ただ生きるためだけに教師

 となった無能な人々である一の大部分はぜひとも必要.な知識さえ

 習得しをらず︑教師としてきわめて必要な道徳的教養ももたなけれ

 ば︑公けの管理もまったくうけていないのである﹂

 ﹁政府は︑総額五千五百万ポンド・スターリングにのぼる法大な予

68 一

(13)

⑳ ⑲

⑳ ⑳

 算のうちにただ一項目︑わずか四万ポンド・スターリングを公共教

 育にあてているだけである﹂従ってそこで教育を受ける手稿達は︑

 十七才の少年であっても﹁二かける二がいくつになるか⁝⁝︑わか

 らなかったし﹂知っていることは﹁辻強盗のデイツク・タービン︑

 またこどに窃盗で牢やぶりのジヤツク・シェパードの生涯と行為と

 性格とについては︑すこぶるくわしくしっていた﹂ような状態であ

 つた︒トω●B一一ごd一一搾胃富昌一︒︒B噛ピ一σ興蔓卸閑9同︒り①巨閃け一くΦOo︿①7

﹈BΦ昌︵国く①戦讐β帥口︑ωい冒村P喉く●劇Q◎悼︶℃.日①0ード①G◎柳田泉訳︑ミル

自由論︑功利論 二〇五−二〇入頁

㍗ω・日天旧か耳︒庄○ひq陸︒喜︽℃・直黒−器西本訳 七五頁一七七頁

Hσ一鮎ご即鼠ω 西本訳﹁ミル自伝﹂一七五頁

アダム・ス︑V︑スの教育論については筆者は︵﹁資本主義確立期の教育

問題﹂ーアダムスミスの教育論を中心にして!社会科教育論叢第二

号︶に於てのべた事がある︒

鴇・Qα・日一二嚇︾象︒甑︒鷺餌℃げビ℃・℃・H謡−旨b︒ 西本訳 二〇七頁−ご

○八頁 爾十九世紀になってもマンドヴイル的な教育観︑即労働者に教育を与

えるとその時間だけ浪費になるだけでなく︑慢心を起させてきたない 仕事をしなくなるという考え方が︑亥配者間に横行していたことにつ

いては海後勝雄︑広岡亮蔵編﹁近代教育史﹂申の浜田陽太郎稿﹁英国編近代

社会の成立過程と教育﹂に詳しい︒特に七四頁参照

旨qσL≦一一ご℃二昌︒愚一Φo断℃〇一一畠︒巴閃oo昌︒日矯℃℃Oいi総  戸田

訳 ① 一八七−一九〇頁

Hσ達・勺・目⑩Φ戸田訓②五頁

ジイド・リスト著︑宮川貞一郎訳﹁経済学説更﹂下五六−七七頁

旨ω.日一一ご℃ぼ昌︒甘一Φo暁℃○躍謡︒黛︒一国8ロ08二面団●①Qoi罐  戸田訳①一一〇−一一二頁回ぼ自ご恒呂Q︒戸田駅①二入○頁

⑳ ⑳

⑭ ⑳

@ ⑭

Hび践ご勺●嵩QQ 戸田訳

Hσ崔︒℃℃・H霧−目①圃

一び達ご勺.bのOO 戸田訳

Hげ箆鳩℃●μ⑩O 戸田訳

H三q・℃.︒︒緯戸田訳

國び冠ご℃・G◎①日 戸田訳

H三凸ご囮℃・ω爵−一QQ①①

Hσ置矯℃・ω⑦①

① 二九七頁

戸田訳①二八五頁

齢−七か

日ご

五i一ご二山ハ頁

二八二頁

二七六頁 二八四−二八五頁

二八六頁

簡単に一言すれば農業労働者に対する教区の救済策

守置¢℃・勺・Q◎葺一ω刈b︒ 同 二九四頁

簡単に一言すれば︑労働者に小地面を貸与して賃銀の不足を補充する

もの困σ箆ご℃.ω刈N

間び言置℃・℃●co刈Oigo刈Q◎

Hσ置ご℃℃●ω刈Q◎!南刈〇

一ぴ建4℃・即Q◎OOIもQQ︒μ

Hσ己ご国勺●㊤蔭︹◎1りαO

旨¢ヨ一一ごd什面一欝.

﹈βωロ仲・︵いく

物論﹂ 二一〇頁

旨︒ω●日一一ご℃瓜昌︒圃皿⑦田訳②三〇九頁    6昌おヨ頸同嘱巳餌昌︑ωいδ同亀疑心Q︒N︶勺.日①も◎

同 二九四頁

同 三〇二i三〇四頁同  三〇五一一ご○山野頁

同 三〇八頁

戸田訳⑤二五四−二五七頁  い一σ鍵蔓帥園①℃冨ωΦロ堂島く⑦Oo︿ゆ7         柳田訳﹁ミル自由論︑功︒厩℃o賦ド巴国8ロ︒目鴇憎●℃●ωQ︒OiしQq︒H 戸

あらゆる未占有地に高い値段をつけ.その牧益を租税によって徴牧し 少壮の農民を多数直ちに移住せしめ︑植民地に定住せしむる方策をい

・つoHσ置﹂℃●℃●鴇同一⇔q︒b︒ 戸田訳 ② 三一〇頁

Hσ置即勺・㊤二一り胡 戸田訳 ⑤ 二九四−二九八頁

H気山・℃囮bQ︒︒α戸田駅②一四六頁

H三畠ご℃●℃●酌︒︒ω1ωO目同 一四一−一七六頁

壼口多村浩訳﹁ハイマン経脚官需口説史﹂  一九二頁

69 一

参照

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記憶に関する知見は,認知心理学の分野で多くの蓄 積が見られる 2)3)4)

かであろう。まさに UMIZ の活動がそれを担ってい るのである(幼児保育教育の “UMIZ for KIDS” による 3