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藤村の感想集『春を待ちつゝ』のつくられ方

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(1)

藤 村 の 感 想 集 『 春 を 待 ち つ ゝ 』 の つ く ら れ 方

永   渕   朋   枝

序、   島崎藤村の第四感想集『春を待ちつゝ』(アルス 

  されてきた。それにもかかわらず、『藤村全集』(筑摩書房 倉だより』と『春を待ちつゝ』」『藤村全集』第九巻月報、等)と 評価され、エッセイイスト藤村の地位を不動にした」(山室静「『飯 は、第三感想集『飯倉だより』と並んで「刊行当時から頗る高く 148)

31

る。ここに『春を待ちつゝ』 た作品を切り抜いて貼り付け、題や訂正等を書き入れたものであ )。に、 念館が所蔵している(感想集中の「愛」については自筆原稿も所   は、稿 46。以下「全集」と記す)第九巻「解題」には不備が多い。また、

53篇のうち

て考察し、この感想集の特徴を明らかにしたい。 られたのかを、稿本、そして当時の藤村と出版界の状況を踏まえ 初出と校異を示し、そこから『春を待ちつゝ』がどのようにつく 想集成立の過程を知ることができる資料で。本稿では、まず から単行本になる際に、さらに手が入れられた箇所もあるが、感 34篇が入っている。稿本 凡例

  篇の題をゴシック体で記し、「解題」に初出記載のある篇に

」、は「」、稿稿を付す。

  、全集九巻の頁(漢数字)・行(アラビア数字)を記し、「全  稿す。「/」の改行、「//」は同行に二箇所以上異同のあることを示す。全集底本は単行本であるが、必要に応じて、両者が異なる場合に「(←単行本本文)」を加え、稿本や自筆原稿についても記載する。

  、校異には原則、仮名遣い送り仮名外国語の表記句読点ルビ・圏点・カッコ・段落一字下げ・ほぼ同義の漢字仮名表記の異同、明らかな誤植等は記さない。初出の「○」等による区切りが、全集では一行あきとなっている等の体裁や、初出ルビの有無についても記さない。校訂本文を〔  〕の中に記す。

  、漢字は、原則として新字体に改めた。総ルビの初出本文は

(2)

適宜パラルビに改めた(単行本はルビなし、全集はパラルビである)

  五、題名の中の〈  〉には特集名を記す。

初出と校異自然

  (一四五頁)

14・4

  『新小説』

30―3   「三つの感想」

上を補足し、『新小説』を初出誌と見なして校異を掲げる。 ために翌月、単行本刊行後に雑誌に掲載されたものであろう。以 は『 る。 同号「編輯後記」に、三月号は休刊のやむなきに至ったが「今後 つゝ』に収録された(一四五頁、一六四頁、一六八頁)。『新小説』 ドストイエフスキイのこと」で成立しており、別々に『春を待ち   「は、一、」「二、」「三、

  一四五

10   出来まい。その←出来まい。/その

  一四五

11 12   する←ただす きやうせい

  一四六

12   単純な事物←単純なる物

  (一四六頁)

稿 (自筆原稿)

 

12・6

  『新小説』

28―6

  「〈恋愛観と人性及芸術〉愛」

  一四六

14   加藤朝鳥君←K君

  一四七

11   別に崇拝する←崇拝する

 一四八3

  『ロスメルの家』

 ←『ロスメルスホルム』   一四八

   あの中//ある←あると聞く がら、ついまだスタンダアルの『愛』を読まずに居る。 14   スタンダアルの『愛』の中←読まう〳〵と思ひな

 一四八

16  

極めてプラトニックな愛を持ちつゞけた ←愛を保ち得た

  一四九5  余程相違して  ←相違して

  一四九

10     ケエベル←曾てケエベル//見た←見つけた

 一四九

   ロマンチツク//懐疑主義者←活動的     11現実主義者←単純に現実的//理想主義者

  一四九

12   と。  と。このケエベル博士の言葉の中で、中年期の活動的であるといふのがもつとも他の言葉で言ひあらはしてあつが、い。兎に角、大体に於いてさういふ分け方がしてあつたとふ。

稿では「もつと」。文脈からは「もつと」   〔部「は、

  一四九

  人生←人生 16  い。

 一四九

17  考へたと言はるゝ←考へた

  一五〇1  容易に  ←たやすく   一五〇2  思はれない。  ←思はれない。いつの間にか心が眠つてしまつたら、どうしよう。涙が乾いてしまつたら、どうしよう。男の愛は多く肉より霊に行き、女の愛は

(3)

多く霊より肉に入るといふ説もあるが さういふ人と人との間に新道徳が打ち建てられて、自由な思想を直ちに生活に実現し得るといふ日は、まだ〳〵将来のことであらうと思ふ。(原稿では欠字部分は「、」)一茶の生涯(一茶旅日記のために書いた序)

  (一五〇頁)

稿

 

13・6・

18  勝峰晋風解説『一茶旅日記』(古今書院)

  「序」

 る。』(

131)に「

稿本にはこの冒頭頁のみが貼り付けられている。   『れ、

  一五〇9、一五一

16   通して←通じて

  一五〇

13   近くになる←近くにもなる

  一五一2  謂だ。こゝには  ←謂だ。/ここには

  一五三2  私達は  ←私達が   一五三

16   世界にも←世界に

  一五四

    一五五8長い←長い長い 13    居る。一茶←居る。/一茶

  一五五

14  

居る。  ←居る。/大正十三年六月/麻布飯倉にて/島崎藤村芭蕉のこと

  (一五六頁)

13・1

  『潮音』

10―1   「手帳(芭蕉について)

  一五六4  しき

  (←景色)

  ←景色

 一五八

12  私は←どういふものか私は

  一五九8  る。  は、  る。 を作るには浅瀬を走り流れる水のやうに、と芭蕉はその弟子に教へたともいふ。深く入つて浅く出る詩人の用意も想像される。床しい言葉だと思ふ。/○/芭蕉は又、

  一五九

10   教へたと←教へたとも

  一六三1

に一種のロマンチストで、そのためにも     置いて、そのために←置いたからでもあり、それ

  一六三

トルストイの晩年   いふことが分明でなかつたら、この句←この句 10  またこれが自宅でなしに他の家で浮んで来た詩情と   (一六四頁)

  は「」(じ。訳『キイの見たるトルストイ』(下出書店 

より」『東京朝日新聞』大91・ 氏の『新生』に表はれた心を体して毎月一回会合する」(「学芸た 10・7)は、「島崎藤村

生会叢書の第二篇。 22朝)という新生会が出した新

  一六六9  彼の小柄な  ←小柄な

  一六六

11   足下へ←足下に

  一六六

16    (←雪)

  ←霊

  〔霊〕

  一六七6  手までを  ←手までドストイエフスキイのこと

  (一六八頁)

  初出では前篇から続いている。

 一六九2 その後 ←その後の

  一六九6  驚かされる  ←驚かれる

(4)

  一六九

大正十四年を迎へし時 12   中にも←中に

  (一七〇頁)

 

14

20

21  『東京朝日新聞』

  「大正十四年を迎へて(飯

倉だより、一、二)

は一続きの文であった。 (一七四頁)、(七)が「春を待ちつゝ」(二六七頁)であり、もと 正十四年を迎へし時」(一七〇頁)、(三)(六)「四つの問題」   「り、)」は、)(が「

  一七〇

11   大正←一年として事のないといふ年もない。大正

  一七一8

性に帰してしまへなかつた。過ぐる     過ぐる←一概にそれを一茶のひがみの多い継子根

  一七一

10   前世紀の←百年近い

  一七一

11   なからうか←ないだらうか

  一七一

12   どうか←どうかして

  一七二3  ことである  ←ことだ

  一七二

敢てするものでない 18     あるひは←ある人は//したためしのない

  一七二

19   と説いた人←との説をなした人

 一七三5 続いて ←続きに続いて四つの問題

  (一七四頁)

 

14 22 23 24

27  『東京朝日新聞』

  「四つの問題(一)

(飯倉だより……三)「四つの問題(四)(飯倉だより……六)

 初出では前篇から続いている。   一七四6  人の信仰上の  ←人間のつゝましやかなる

  一七四

12   勢力の消長←勢力と、社会的関繋

  一七五9  読んだ  ←愛読した

 一七五

11  あたる←あたるといふ

  一七五

13   となり←ともなり

  一七六

13   ことを←ことをも

  一七七8  前世紀のこととは  ←前世紀のことを

 一七七9  多くの暗示を与へると思ふ  ←興味の深いことであ

  一七七

10  

建てられない

  (←建てられたい)

  ←上に建てられ

  〔上に建てられた〕

  一七八7  ともいふべき  ←といふ

  一七八

10   捉へるのは←捉へるのに

  一七八

18  

唯少数  ←所謂ブルジヨアにも加担せずまた所謂プロレタリアにも加担せず、唯少数

  一七九2  階級の  ←『飢』にも求めず、階級の

  一七九

10   ではない。一昨年←ではない。/一昨年

  一七九

13   母体←母胎

 一七九

16  主にして←主にし時代を背景にして

  一八〇

10   地下に←草葉の陰に

  一八〇

12   感情←詩人の感情

  一八〇

13   教育←詩人の教育

 一八〇

19  、一八一3故人←古人

(5)

  一八一1

   とを思ひ、そこに//『ブランド』←『』  いうれい     そこに←現に自分等が歩みつゝある難い時代のこ

 一八一2 その墓畔を徘徊する ←旅人のやうに立ち去り難い

  一八一5  社会的  ←社会的の

  一八一6

生長と成熟       イブセン←古人//気もする←気もして居る   (一八一頁)

141、

  (上)」、「感想(二)生長と成熟(下)   『』 想() 

  「感想(三)~(五)

」として、「前世紀を探求する心」(一八六頁)に続く。『アルス新聞』

21(大

14・35)に再掲。

  一八二1  大部分は  ←大部分を

  一八二2  京伝  ←種彦   一八二7

ともまた推測される。所謂     一八二8所謂←しかし読まれた範囲の拡大されていつたこ   ←文化文政       文化文政度と←文化文政のと//文化文政度

  一八二

11  

そのかはり読まれた範囲のずつと拡大されて行つたこともまた想像せられる。私達 ←私達

  一八二

14   立つて←いつて立つて

  一八二

15   洒落本←青楼を舞台として書いた洒落本

  一八二

16   意を←意をのみ

 一八二

17  気象は←気象を

  一八三2  生長期のはじめに  ←生長期に  //文化文政度の 成熟期のはじめに  ←文化文政の成熟期に

  一八四1

 ←革抗      時代を導く情熱がある。まずまず//革 たゆたゆ

  一八四3  絶えざる心の錬磨がある。美の享楽がある。深い恍惚がある。香気の高い生の充実がある。  ←美の享楽がある。生の享楽がある。深い恍惚がある。絶えざる心の錬磨がある。

  一八四7  寒さと熱さとは  ←寒さは熱さとは

  一八四

14   展開した←旋転した

  一八五5

さうであるやうに見える。     生長がない。長がない。出発点において既に ママ

  一八五7  精神のあらはれであらう  ←精神である

  一八五9  結びついた  ←抱合つた

  一八五

13  

具備するこそ難いことである  ←具備するといふは難いことだと思ふ  //その踏台として自他を  ←自他をその踏台として

  一八五

前世紀を探求する心 14   からである。←からである。(一月廿四日)

  (一八六頁)

稿

 

143、4、

世紀の探求(下)    探求(上)」、「感想(四)前世紀の探求(中)」、「感想(五)   『』 想() 

 初出では前篇から続いている。

  一八六5  中に、次のように書き  ←中に書き

(6)

  一八六6  それを  ←これを

  一八七6

い。     百年以前の前半期を←百年以前に遡らねばなるま

まい。十九世紀の前半期を   〔

  (初出の一行分脱落)

。稿本では「前半期を」「を」「は」と自筆訂正あり〕

  一八八

13   芸術←芸術家

  一八九

15   四条派←円山派、もしくは四条派

 一九〇4 研究 ←前世紀の研究

  一九〇

支那の 11     その他←その他の//幾世紀に亙る支那の

  一九〇

12   精神の←精神を

  〔精神を〕

  一九〇

14   使徒達の←使徒の

  一九一5  腹ちがひ  ←別

  一九一6  外国  ←外国の

  一九一8

    前世紀に産声を揚げた双生児である←世紀に萌し

み書き入れ)   (稿は「に「

  一九一

12   来たものは←来た

 一九一

13  明治維新の齎したものは←前世紀の革命は

  一九一

14   影響のある←影響を人の心に齎した

  一九一

15     絵画←芸術//あらゆる芸術は←学問も

  一九一

16   正しく判断←判断

 一九二3 なるまい。 ←なるまい。(一月廿八日稿) 反省

  (一九二頁)

稿

 

14・1

  『潮音』

11―1   「手帳」

一九二7 稿本では切り取って別々に貼られている。 一節(左記)、「吾国の象徴主義」(二三五頁)の順に掲載された。   「」()、」()、 フランシス・ジャンムの言葉 魂を所有することが出来よう。 ると思ふのかと。いかに深い愛欲の力でも、誰が人間の うに、そんなに無造作に、他の魂を所有することが出来 を口にするものに問はう。君は糠味噌壺でも所有するや 糠味噌壺一つも捨てかねる。そんなら、かる〴〵しく愛 は、実、 ぼもなかりけり/君はわれのもの、われは君のものとか。      啓発する。←啓発する。/○/秋の色ぬかみそつ

  (一九二頁)

稿

  稿本には、フランシス・ジヤンム/河盛好蔵「詩人に対する考」( 

カアライルとホヰットマン ぼ抄録であるが、書き下ろしにあたる篇といえる。 という前文と、最後の二つの引用が、黒ペンで記されている。ほ 弧でくくられている。そこに篇題、「河盛(中略)二三を摘録する。 に関わる該当部分(一二のうちの四)が、切り貼りされて二重括 141)の、   (一九四頁)

稿

 

13・3・

22  『時事新報』

  嶋崎藤村「飯倉だより

  【上】

 

22日掲載「上」に順に「先輩と考へて見ることによつて」(二三二

(7)

頁)と「カアライルとホヰットマン」(一九四頁)

再掲)が掲載された(全集九巻五七四~五七五頁。日付は誤り)   に未収録の一節(「創作」の校異に記載)と「創作」(二二八頁 23日掲載「下」

  一九五3  言葉は  ←言葉を、愚と悪

  (一九五頁)

稿

 

13・1

  『郊外』2―3

  「手帳」

  「愚と悪」

(一九五頁)、「チエホフの『三人の姉妹』」(二二八頁)「プウシキンこそ吾々の教師である」(二三一頁)の順に並べて掲載されている。    誌『グ、は、イブセン  //回想の中に左の言葉が出て居る。  ←回想が出て居る。その中に、有島武郞君のこと   (一九六頁)

稿

13・3

  『早稲田文学』

217  「感想

  有島武郞君のこと」

  て、宿」(毎日』大

12・7・

性改造』大 22。全集未収)、「有島武郞君の恋愛関係」(『女

12・8。全集五七〇~五七二頁)に書いていた。

  一九六4  思ひを  ←思ひも  //ことで  ←ことでは

  一九六

13   ゐた。もし←ゐた。/もし

  一九七3  婦人たち  ←婦人又たかゝる婦人

  一九七9  それは  ←それを

 一九七

湿れる松明のごとく(一九八頁) 18  態度は自由を愛する←態度をラヂカル  

14・2・

20  『アルス新聞』

20  「春を待つ」

  (飯倉の庭を背

にした「最近の島崎藤村氏」の写真入)

  「浅瀬を奔り流るゝ水のごとく」

(二〇〇頁 再掲)、「流行と不易」(一九九頁)、「必然性」(二六六頁  再掲)、「湿れる松明のごとく」(一九八頁)、「滑稽の大きな力」(一九九頁)、「美を積むもの」(二六七頁)、「農民のために」(二一〇頁  再掲)、「小屛風の言葉」(二一八頁 再掲)の順に、各章題をつけて掲載。流行と不易(一九九頁) 初出は前篇に同じ

一九九2  裡に永遠を  ←裡に の世界を滑稽の大きな力(一九九頁) 初出は前篇に同じ

  一九九7  それを  ←それは浅瀬を奔り流るゝ水のごとく

  (二〇〇頁)

 

14

  『

とく」   「

  『文芸復興』

編輯兼発行人の原田謙次は、藤村に師事した人。『アルス新聞』(大

14・2・

20)に再掲。

  二〇〇3

一切に取つて好い暗示を与へて居る。深く 言葉は俳句をつくるもののみに限らず、創作するもの         ←俳句//芭蕉←古人//深く←この   二〇〇4  ふ。  て、その作品を滑かなものにしなかつたといふ彫刻家の用意なぞも思ひ当る。

  二〇〇5  生れて来る  ←生れて居る

(8)

  二〇〇7  憂鬱から浅いところへ私達を  ←憂鬱を浅いところ大暑   (二〇〇頁)

稿

 

13・9

  『アルス新聞』

10  「大暑」

(「最近の島崎藤村氏」の顔写真入)

  二〇一2  ことと。』こんな  ←ことと。』/こんな

  二〇一4  町の  ←町中の

 二〇一

12  好きな←私の好きな

  二〇二4  思はれる  ←思はれた

  二〇二

16   肌寒い、あの秋夜←肌寒い秋夜

  二〇二

18  

町の実にさびしくひつそりとして居たこと  ←町のさびしかつたことを思ひ出し、そのさびしさの中にも浮かれることを知つて居た昔の人の『風狂』といふ言葉なぞ

  二〇二

  都会(二〇三頁)稿 19   居る。(大正十三年の夏)←居る。

 

13 12

17  『上毛新聞』

  「都会と地方人」

  「解題」にはないが、全集別巻「作品年表」にこの初出と、

『信濃民報』(大

14)と『北海タイムス』(大

14

  倉だより都会と地方人」として再掲とある。「飯倉だより」(『潮 10)に「飯

たものは、これらとは別の新聞である。 141)た。し、稿

 二〇三5 雑誌『大街道』に訳載 ←ある雑誌に記載   二〇三7  ことである  ←ことが出て居る

  二〇三

10     建造物←建築物//なのです──←なのです、

  二〇三

13   緑を見て←緑の新鮮を見て

 二〇三

14  生活力も←生活力を

  二〇四6  弱くしその生活力  ←弱くしつゝ生活力

  二〇四7  失ふ  ←失つた

  二〇四

二三の事実 15   野性とでは←野性では   (二〇五頁)

稿    14・1

  『婦人世界』

20―1   「二三の事実

(感想)

  二〇五

10   尺度ともなる。/  /アンデルセン  ←尺度ともなる。/○/若い婦人の既婚者で歯を黒く染めることも廃れ、眉を剃り落すことも廃れた。今は殆んどそんな風俗も見られない。そのかはり、束髪にした年頃の婦人には未婚者と既婚者との区別も一寸つけがたいやうに成つた。この節、私は用達のため町を出歩くたびに、幾多の洋装した婦人をよく見かける。その中には既に結婚して居る人もあらう。しかし未婚者から既婚者を区別させるやうな でもつて顔を掩ふて居る婦人に、ほと〳〵私は町で行き逢つたといふためしがない。/そこで私の胸に浮んで来ることがある。 たとへ 今日のやうな洋装ばやりでも、吾国の婦人が既婚者としての場合に、 を用ふるところまで思ひきつて欧羅巴化するか    かと。/○/アンデルセン

(9)

  二〇六7  熱烈にかはされる  ←かはされる

  二〇七1

を欲しいものだ。/○/巴里 のを取入れるなら、どこか一ふし締まりのあるところ 身体を締めるといふ役には立つて居ない。欧羅巴のも 帯がない。帯の形は唯装飾としてあるのみで、実際に 通ひの娘の洋服といふものがある。あれには帯らしい 思ふ。ところがこゝに流行の子供服、もしくは女学校 の風俗に帯の重んぜられて来たのも理のあることだと る帯を大切なものとしてあるやうだし、吾国の昔から 形もよく取れない。欧羅巴の風俗でも女の子供にさせ て、身体の締りがつかないのみならず、衣装としての に帯をさせなかつたら、腹部ばかり大きく出てしまつ の子供に帯をさせないところはないやうだ。女の子供      難い。//巴里←難い。/○/どこの国でも女

  二〇七8、  セザンヌ  ←ルノアール

  二〇九3  ことを  ←ことをも

  二〇九

11   興味←興味の

  二〇九

13   骨を折つて書き←書き

  二〇九

農民のために に対して、いつまでも揺られ通しに揺られて来た。 代からして貧しく弱かつたのか、外国から受ける刺激 15   残つて居る。←残つた。/私達の生活は先祖の時   (二一〇頁)

稿

 

14

  『

  「 好い友達が欲しい)

  農民美術運動を進めたのは、藤村の友人山本鼎。『アルス新聞』(大

14・2・

20)に再掲。

  二一〇2  今日の  ←その人の名すら今は思出せない。その人がノウルウエの人であつたか、スウエデンの人であつたか、それすらはつきり思出せない。私は誰の書いたものでその人のことを知つたか、何処でそれを読むだかとはつきり言つて見ることも出来ない。それほど漠とした記憶の中に残つて居る人だ。唯、その人がスカれない。/今日の  //一詩人  ←その一詩人  //発した  ←開いた

  二一〇3

長く忘れられないで、     あの美しい話は忘れられない。←この美しい話は

  二一〇4  現代の欧羅巴にあつても農民生活のいちじるしく ←同じ欧羅巴の中でも農民の生活の

  二一〇8  ない  ←ないと思ふ

 二一〇

11  

農村生活の更新が持ちきたされた ←農村の生活の更新された

  二一一2  今はどう  ←どう

  二一一

11   山林の間に←山林に

 二一一

13  

農民と共に生き、その生活を知悉し、土から ←土から

(10)

信濃の婦人

  (二一二頁)

稿

 

13・1

  『信濃毎日新聞』

  「信州の婦人」

  二一二4  ひどく悪しざま  ←悪しざま

 二一二5 ひどく傷けられた ←傷けられた

  二一二7  信州  ←これを信州

  二一三1  美しさがそれである  ←美しさである

  二一三5  得るかも知れまい  ←得るか知れない

 二一三6 是迄に ←是迄特に旧い学窓のこと

  (二一三頁)

稿

  「に『』(

141《・

以下、これとの校異を示す。 明で未確認。稿本に貼り付けられたものは原題「旧い学窓のこと」 15》)が、

  二一四

15   あの←それにしても、あの

  二一四

16  

楠であつたといふことが近頃になつて分つた。  名の何であつたかといふことすら、はつきり思ひ出せない。

  二一五7  同窓会には  ←同窓会にも

  二一五

15   さうか←さうさ

  〔さうさ〕

 二一六5 遠慮のないこと ←こと

  二一七2  辿つて  ←辿つた

  〔辿つた〕

小屛風の言葉(二一八頁)

 

14・1

  『婦人之友』

19―1   「小屛風の言葉」

  『アルス新聞』

(大

14・2・

20)に再掲。   二一八

10   ←ゆかしい色

  二一九3  日和だ。  ←日和で、

  二一九5  生涯  ←涙の多い生涯戸川秋骨君著随筆集『文鳥』の序

  (二二〇頁)

稿

 

13・6・

25  戸川秋骨『文鳥』(奎運社)

  「序」

  二二〇2

とは出来ないとか。   ず』とか。←青鷺の目を縫ひ、鸚鵡の口を戸ざすこ   『ひ、

  二二〇

がないと言つた昔の人もある。目まぐるしく 風雅を夏炉秋扇に譬へて、衆に逆つては用ふるところ 境地を風雅といふ言葉で言ひあらはした時代に、その 13   目まぐるしく←生活と芸術との微妙に結びついた

  二二一1  持ち主である。  ←持ち主である。あの昔の人が衆に逆つては用ふるところがないと言つた言葉に籠る真が、の著者だ。

  二二一5  ものである。  ←ものである。大正十三年六月、麻布飯倉にて。跫音(鷹野つぎ子著作小説集『悲しき配分』の序)

  (二二一頁)

稿

 

11 11 29   『東京朝日新聞』

  「跫音」

  鷹野つぎ『悲しき配分』(新潮社 

11

 島崎藤村」とある。   き配分』の序」と題して、末尾に「大正十一年十月麻布飯倉に 12・7)には「『悲し

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