O 論 説
二 十 一 世 紀 中 国 の 食 料 を め ぐ る 論 調
高橋五郎・ ・ ⁝
はじめに
中国の食料事情をめぐる議論や観測が活発さを加えつつ
ある︒中国の食料事情は︑我々日本人にとって無縁ではな
いとみられていることも理由の一つであろう︒中国は日本
にとって重要な食料品輸入先であり︑中国にとっても日本
は最大の食料品輸出先である︒のみならず︑中国は世界の
食料事情の動向を左右するほどになったとみられている︒
こうした背景のなかで︑最近︑二一世紀の中国の食糧事情
の予測をめぐり︑真っ向から対立する二つの見解が相次い
で発表された︒そこには︑巨大な国際食料ビジネスの影も
みえかくれするのである︒ 本稿はこの点を考慮しながら︑対立する二つの見解の要
点を検討すると同時に︑それぞれの見解や方法がもつ問題
点に触れ︑合わせ︑今後の中国の食料事情のおおまかな成
り行きについて︑いくつかの視点から筆者の見解を述べた
ものである(本稿では︑﹁食料﹂と﹁食糧﹂を使い分けて
いる︒前者は肉類や魚介類︑果実などを含むすべての食べ
物という意味︑後者は穀類︑根菜類の意味である)︒
分かれる中国の食糧事情をめぐる見方
日世界食料問題の視角
食料問題は人口問題と無縁ではない︒しかし︑R・マル
..一 一 二 トー・世紀 中 国 の 食 料 をめ ぐる 論 調
サK(ThomasR.Malthu°︒)の見方を現代にそのまま用い
るには問題が少なくない︒マルサスは人口の伸びが食料生
産の伸びを上回るため︑食料危機が起こることを不可避と
みた︒ある意味で当たっているが︑食料生産を考える際︑
人口の伸びを第一の関連要因として述べる方法は︑あまり
意味を持たなくなっている︒というのは︑人口増加は︑現
代では食料危機をもたらす直接的要因でなくなっているか
らである︒
しかし食料問題を論じるに当たり︑ほとんどの国際機関
は︑数字自体に差はあるものの世界人口の予測を行って︑
世界的な食料事情の悪化を強調している︒主要な食料予測
機関を例にとると︑世銀の﹁世界人口予測﹂(九四年版)
は二Ω二〇年に八四億七〇〇〇万人︑国連人口基金(UN
FPA)の﹁世界人口白書﹂(同)は二〇二五年に八五億人︑
ワールドウォッチ研究所﹁地球白書﹂(同)は二〇三〇年
に八九億人などである︒
これらの機関のうち世銀を除いては︑これらの数字とい
っぽうで行っている食料生産の予測結果を比較する︒食料
生産の伸びが人口の伸びに追いつかない主因をどうみてい
るかという点では︑国連人口基金は耕地面積の増加の停滞︑
ワールドウォッチ研究所は水不足や環境上の制約・農業投
入資材の減少︑人口予測は行っていないが国連環境計画(U
NEP)は乾燥地域を中心とする砂漠化の進行が脅威とな るなどとする︒いずれも︑人口は伸びるが食料生産はそれ
に追いつかないとする︑マルサス的見方を取っている点で
ほぼ共通している︒
つぎに中国の食料事情をめぐる見方についてである︒中
国の食料事情がどうなるかについては︑世界の食料問題に
関心のある者のあいだでは一種の流行とさえなっている︒
その背景には︑中国が世界一の人口大国であり︑この国を
無視しては︑世界の食料問題を論じえないという認識があ
る︒ここにも︑マルサス的関心が中国の食料事情をめぐる
議論の発端になっている様子をうかがうことができる︒
しかし筆者はこう思う︒すなわち問題は中国の人口の多
さにあるのではなく︑作付け耕地面積や耕地の条件︑価格
の決定システムや技術改良︑国内市場の開放度といった︑
食料生産に直結する基礎的条件がどの程度整っているかあ
るいは整いつつあるか︑という諸点にあるのではないか︑
と︒原則として︑一国の人口はその国が養い得るだけの規
模をもつ︒人口が多いかどうかを測る基準として︑他国の
人口をもち出しても意味はなかろう︒
中国の食糧生産は一九九五・九六年と順調で︑中国政府
が目標としてきた五億t水準の達成が現実のものとなっ
た︒これを人口で割って︑一人当たり生産量をみれば八五
年の三五八㎏から九六年には四〇〇㎏に増加している︒こ
れは︑この間の人口の伸びにくらべて食糧生産の伸びが高
かった結果である︒また同じ期間︑一人当たり年間食糧消
費量は農村住民はほぼ横バイ(八五年二五七㎏"九六年二
五六㎏)であるが︑都市住民は四〇㎏の減少である(=二
五㎏から九五㎏へ)︒都市住民は疏菜︑肉類︑水産品の消
費が大きく伸びたことなどのためで︑都市住民の食生活が
徐々に変わりつつあることを示している︒
二年続いた食糧の豊作にもかかわらず︑中国は九五年二
〇八一万t︑九六年一二〇〇万tの輸入を行った(ネット
輸入量は九五年一八六七万t︑九六年一〇五六万t)︒増
える国内消費量をまかないつつ︑増える生産穀物を保管・
輸送する施設や技術が追いつかずに生じるロスの補填︑備
蓄のためなどが主因であろう︒したがって︑ネット輸入の
増加やその継続がみられることをもって︑食糧生産能力の
限界であるとか自給体制の崩壊であるとか結論づけるとす
れば誤りということになる︒もちろん︑食料自給を国是と
する中国にとって︑食料の輸入増加はゆゆしき問題である
にちがいない︒とはいえ︑必要な場合には︑国内物的イン
フラの条件不備から生じる︑現段階での不足を補うくらい
の量なら輸入できる条件を備えていることを意味すること
でもある︒この点が重要である︒
しかし中国の限界輸入量が他国にたいする食料の限界供
給量に脅威を与えるような状況になれば︑世界の食料価格
は上昇し︑外貨支払い能力の乏しい食料輸入国にとって︑ 問題となる点も予想できないことではない︒予想できない
ことではないというのは︑必ずそうなるという断定はでき
ないからである︒価格の上昇が世界の農業生産を刺激し︑
世界計で約四〇〇〇万㎞あると推計される穀物休耕地の回
復や潜在的な食料生産能力を顕在化させる可能性があるか
らである︒短期的な調整は無理にしても︑一定の時間が経
過すれば︑一時的に上昇した食料価格はやがて需給を反映
したものに落ち着くはずである︒
このためには︑農業国の食料の限界生産費が世界価格に
一致しなければならないことはいうまでもないが︑合わせ
て︑生産独占や流通独占といった︑世界の健全な食料市場
システムに歪みを与える要因を除去することが必要であ
る︒世界の一九九五年の穀物作付け面積は六億九二八〇万
㎞であり︑可耕地面積七億三六〇〇万㎞(途上国四億三
四〇〇万㎞︑先進国三億二〇〇万㎞)を大きく下回ってい
る︒世界的な食料は超過需要の状態下にあるにもかわわら
ず︑供給側の作付け面積が可能な能力を下回っている現状
は︑国際的な生産独占や流通独占が世界の食料市場システ
ムを歪めていることを示すにほかならない︒
口 中 国 に 関 す る 二 つ の 対 極 的 見 方
中国の食料事情を予測したものは少なくない︒さきに挙
げた国際機関の研究はもちろんのこと︑個人のそれもかな
二十一世紀 中国の食料 をめ ぐる論調
夏II
りの数にのぼる︒そしてなかには注目される成果も少なく
ムヨ ない︒これら成果の中国の食料事情についての見方は︑お
おむね二つに分かれるといってよい︒
ω悲観論
一つは悲観論といわれるもので︑ワールドウォッチ研究
所L・ブラウン(LesterR.Brown)の見方に代表される︒
最近の#} Nある'WhoWillFeedChina?"(一九九五)
のなかで︑かれは二〇三〇年までの穀物生産・消費・輸入
の予測を行った︒食料危機が中国を襲うという点を論調と
するこの著作は︑中国政府の農業関係者に衝撃を与えたい
わくつきのものであり︑悲観論の極に位置付けうる︒著者
の意図は︑煤けた顔をした中国人らしき母親が子供を連れ︑
小さな赤ん坊を背負い︑農地ともいえないような麦畑で手
作業をする写真を表紙にしたところにあらわれている︒
このなかでブラウンは︑一九九〇年に三億四〇〇〇万t(unmilledと思われる︒以下同じ)であった中国の穀物生
産(﹁穀物﹂の正確な定義は行っていない︒中国では﹁穀物﹂
という表現より︑これに相当する用語として︑一般に主食
に相当する﹁根食﹂が使われる︒この種の見積もりを行う
場合︑とくに注意を要する︒なお﹁根食﹂とはコメ︑小麦︑
トウモロコシ︑大豆︑薯類を指す)は︑堅く見積もっても
二〇%減って二〇三〇年には二億七二〇〇万tになると
︑ ︿ 4 . °
二〇三〇年の需要については一人当たり年間消費が㈲三〇〇㎏の場合と㈲四〇〇㎏の場合(中国は︑食糧生産計画
を国民一人当たり四〇〇㎏で立てている)という二つのシ
ナリオを描き︑総需要は前者の場合四億七九〇〇万t︑後
者の場合六億四一〇〇万tと見積もっている︒四億七九〇
〇万tは人口の増加を単純に当てはめたものであり︑後者
は畜産物消費の増加など食生活の変化を考慮したものであ
る︒
これらの結果︑国内超過需要を補うため︑二〇三〇年に︑
前者伺の場合で二億七〇〇万t(二億七二〇〇万tI四億
七九〇〇万t)︑後者㈲の場合で三億六九〇〇万t(二億
七二〇〇万tー⊥ハ億四一〇〇万t)の輸入が必要になると
する︒なお同の二億七〇〇万tという輸入量は︑一九九四
年の世界穀物輸出量に匹敵︑数字上は世界穀物輸出のすべ
ての量が中国に吸収されるとする︒ブラウンがもっとも強
調している点は︑二〇三〇年に起こるとする中国の莫大な
量にのぼるとする穀物輸入である︒もしこれが現実のもの
となれば︑中国の穀物輸入が世界の穀物供給システムや貿
易に重大な影響をあたえ︑食料危機が世界中に拡大すると
いうのがかれのもっとも主張したかった点である︒
なお︑この著作には日本︑韓国︑台湾が過去歩んできた
経緯が随所に織り込まれているが︑誤解や誤りにちかい点
が少なくない︒日本についての認識に関する部分にかぎつ