原 著
腰部温罨法の便秘の症状緩和への効果
The Effects of Hot Compresses Applied to the Lumbar Region to Relieve Constipation菱
Michiko Hishinuma沼典子
1)山
Yoshimi Yamazaki崎好美
2)井
Michihito Igaki垣通人
3)本研究は温度の異なる 2 種の温罨法が,便秘の症状緩和に同様の効果を及ぼすかどうかを明らか にすることを目的とした準実験研究である.排便状況と便秘の自覚症状,下剤の使用状況を,各 4 週間の非罨法時と罨法時で比較した.被験者は便秘の自覚症状がある女性 55 名で,60℃の蒸気温 熱シートを 1 日 1 回 10 分間腰部に貼用する 60℃群 27 名(平均 31.9 歳),40℃の蒸気温熱シー トを 1 日 5 時間腰部に貼用する 40℃群 28 名(平均 33.5 歳)であった.その結果,60℃群では, 4 週間の排便総数を 18.9 回から 22.1 回に有意に増加させ,下剤の使用日数を 3.9 日から 2.0 日 に有意に減少させた.40℃群は,4 週のうち日本語版便秘評価尺度が 5 点以上の週数を 3.1 週から 1.7 週に有意に減少させ,排便がなかった日数を 13.0 日から 11.1 日に有意に減少させた.60℃ 10 分と 40℃5 時間の腰部への温罨法は,ともに便秘の症状を緩和させるが,効果が異なる点もあ り,温熱刺激とその反応について考察した. キーワード:60℃蒸気温熱シート,40℃蒸気温熱シート,女性
The aim of this study was to clarify the effects of two types of hot compresses to the lumbar region on relieving constipation. This research design was the quasi-experimental research. The bowel movements, subjective constipation symptoms and taking laxatives were compared before and after being treated with compresses for four weeks. The subjects were 55 healthy women who had constipation. Twenty seven subjects with a mean age of 31.9 received heat and steam-generating sheets of 60℃ for ten minutes a day, and 28 subjects with a mean age of 33.5 received the same sheets of 40℃ for five hours a day. It was confirmed that 60℃ compresses significantly increased the total number of bowel movements from 18.9 to 22.1 and the number of days laxatives were taken was reduced significantly from 3.9 days to 2.0 day. 40℃ compresses significantly reduced the number of weeks of subjective constipation symptoms from 3.1 weeks to 1.7 weeks. 40℃ compresses significantly reduced the number of days of no defecation from13.1 days to 11.1days. The results were achieved with both 60℃ and 40℃ hot compresses to the lumbar region to ease constipation. But there were some different points of effects, and the reaction for the stimulation of the heat was discussed.
Key words:steam-generating sheets of 60℃,steam-generating sheets of 40℃,women
受付日:2010 年 2 月 17 日 受理日:2010 年 7 月 23 日
1)聖路加看護大学 St. Luke’s College of Nursing
2)東久留米白十字訪問看護ステーション Higashikurume Hakujuji Visiting Nurse Station 3)花王株式会社パーソナルヘルスケア研究所 Personal Health Research Labs., Kao Corporation 連絡先:菱沼典子 聖路加看護大学 〒 104-0044 東京都中央区明石町 10-1
Ⅰ.はじめに
腰背部への温罨法が排便 ・ 排ガスを促すと明言した 最初の報告は,60℃の熱布を 10 分間ヤコビー線を中 心にした腰背部に当てる方法(川島 1994)であった. 温罨法が腸管運動を促進したあるいは便秘の症状を 緩和したという報告は数多く,文献レビューもなさ れている(菱沼 1998;石井・渡邊 2009;牛山・菱沼 2009).しかし同じ目的ながら,用いられている罨法 の材料,時間,回数等その方法はさまざまであり,湯 たんぽやビニールで包んだ乾熱を用いたもの(深井ら 1996;菱沼ら 2008),40℃の蒸気温熱シートを 5 時間 当てたもの(Oda et al. 2006;井垣ら 2009),1 回のみ から数日,4 週間連続使用などが報告されている.ま た,効果の測定指標も多様で,生理学的研究では腸音 が測定され,臨床研究では排便・排ガスの有無や自覚 症状の変化が用いられている.罨法材料,温度,時 間,回数,効果の指標すべてが多様であり,どの方法 を選択すべきか,何を効果の指標とすべきか,混迷し ている現状である. 一方皮膚の温熱受容器の反応閾値は,52℃,43℃, 32 ~ 39 ℃,27 ~ 35 ℃ の 4 種 類 が 同 定 さ れ て い る (Güler et al. 2002;富永 2004).最初に報告された 60℃と,最近多く報告されている 40℃の刺激は,32 ~ 39℃,27 ~ 35℃を閾値とする温熱受容器にはとも に作用するが,52℃,43℃の閾値の受容器には 60℃ のみが作用することになり,両者では皮膚の温熱受容 器の反応に差があると考えられる.しかしどちらも臨 床で効果があったと報告されており,両者が同等の効 果を示すかどうかを確認したいと考えた. そこで,最初に提案された 60℃10 分間の湿熱刺激 と 40℃5 時間の湿熱刺激は,機能的便秘の症状緩和に 同等の効果があるのかどうかを明らかにすることを目 的として,健常者で便秘の自覚がある同一被験者で の,非罨法時と罨法時の排便状況を比較する準実験研 究を行った.Ⅱ.方法
1.被験者 被験者は学校・職場・家庭での生活を普通に送って いる 19 歳以上の月経のある女性で,便秘の自覚があ り,日本語版便秘評価尺度(Middle term constipationassessment scale,以下 MT-CAS)(深井ら 1995a)で 5 点以上,または下剤を常用している者で,循環器系 に問題がなく,研究への協力に同意した者である.健 常者を対象とすることで,器質的消化管の疾患を有す る者を除き,便秘と下痢を繰り返す過敏性腸症候群を 除いた機能的便秘に限ることとした. 便秘の自覚がある者を掲示によって募集し,応募者 のうち MT-CAS が 5 点以上,あるいは 4 点で下剤を 常用している者計 69 名を被験者とした.4 週間の非 罨法時のデータが回収できた 65 名を,60℃群と 40℃ 群に振り分けた.振り分けは非罨法時のデータが回収 された順に,10 名ずつのグループでくじによって行 い,年齢構成と下剤使用者に偏りが出た場合は,次の グループで年齢と下剤使用者が同等になるよう振り分 けた. 60℃群 30 名,40℃群 35 名に罨法を依頼した.60℃ 群では全員から罨法時のデータが回収でき,40℃群は 33 名から回収できた.分析にあたって,非罨法時に 下痢があった者については過敏性腸症候群の可能性が あるため,ローマ基準(Longstreth et al. 2006)を参考 に,非罨法時の排便総数の 25%以上が下痢だった者 を除外した.その結果,分析対象者数は 60℃群では データ不備 1 名,下痢 2 名を除いた 27 名,40℃群は データ不備 4 名,下痢 1 名を除いた 28 名となった. 2.データ収集期間と項目 非罨法時,罨法時の期間は各 4 週間とした.排便は 食事内容やストレス,水分摂取等との関連があり,女 性は黄体期に便の通過時間が長くなり,便が硬くなる と言われている(Davies et al. 1986).排便習慣に関す る大規模調査(Heaton et al. 1992)が 1ヵ月の観察期間 であったことを参考に,月経も含む 4 週間の排便状況 をみることで,日常生活のさまざまな要因の影響も含 んだ通常の状況が観察できると考えた.また個々に食 事内容やストレス,水分摂取,月経等,生活の特性が あることから,同一被験者で非罨法時,罨法時を比較 することにした.寝たきり患者での罨法後の追跡調査 の結果(岡崎ら 2006)から,罨法期間終了後にも排便 状況に影響する可能性が否定できないため,非罨法時 を先に,その後罨法を行うように統一した. 被験者にまず,非罨法時に連続した 4 週間排便記録 を記入してもらった.排便記録の内容は,排便ごとの 時刻と 8 段階の便形(深井 1998),4 段階の便の量(極 少,少し,普通,十分),毎日の下剤使用の有無であ
り,月経等は自由記載欄に記入してもらった.便形 は,1 下痢または水様,2 粥状で表面が平坦,3 粥状 の起伏のある表面,4 形がくずれかけた,5 筒状でな めらかな表面,6 表面に裂け目がある筒状,7 深い裂 け目がある筒状,8 破片状または兎糞様の 8 段階で, 5 を普通便とし,数値化して平均値を算出して比較す る評価法である.また,1 週間に一度,MT-CAS を つけてもらった.MT-CAS は便秘か否かを判定する 評価尺度であり,被験者自身が腹部膨満感や排便時 の肛門痛,楽に出るか等の 8 項目について各 3 段階 で評価し,5 点以上を便秘とする,構成概念妥当性と 再現性が検証されている尺度である(McMillan et al. 1989;深井ら 1995b). 非罨法時のデータを回収した後,2 群に分け,連続 した 4 週間,罨法を自分で実施し,非罨法時と同じ記 録を続けてもらった.データ収集期間は 2006 年 1 月 ~ 2007 年 3 月であった. 3.温罨法の方法 60℃群は熱布の温度曲線と同じ曲線を描く 20× 30 cm 大の蒸気温熱シートを用いて,臥位で 1 日 1 回 10 分間,ヤコビー線を中心に腰部に貼用してもらっ た.当てる時刻は被験者の都合の良い時とした.40℃ 群は先行研究に用いられた 40℃を 5 ~ 6 時間保つ 20.4×12 cm 大の蒸気温熱シート(めぐリズムⓇ,花 王社製)を用いた.ヤコビー線を中心にして腰部に当 て,ベルトで固定してもらい,日中 5 時間貼用し,こ の間は普通に生活をしてもらった.蒸気温熱シート は,非透湿性のポリエチレンラミネート不織布と,透 湿性のポリエチレンおよびポリエステルからなる不織 布の間に,鉄,活性炭,食塩水,パルプからなるシー ト状の発熱体が入っており,空気にさらされることに よって,鉄粉の酸化と加水で発熱が起こるものである (Oda et al. 2006). 4.分析方法 排便記録と MT-CAS から以下の項目を抽出し,分 析した. 1)便秘の週数:4 週のうち MT-CAS が 5 点以上の週 数. 2)排便のなかった日数:4 週間(28 日)で排便のなかっ た日数. 3)排便総数:28 日間の排便回数の総計. 4)下剤使用日数:28 日間で下剤を使用した日数. 5)便形:28 日間のすべての排便の便形の平均値. 6)便の量:28 日間のすべての排便の量の平均値. 非罨法時と罨法時のデータについて,対応のある t 検定を行い,罨法時の 60℃群と 40℃群のデータにつ いて,対応のない t 検定を行った.t 検定に先立ち, 各群の分布が等分散であるかどうかを Levene の検定 で確認した.統計は SPSS(Ver. 14.0 for Windows)を 用い,有意水準を 5%とした.t 検定の結果,有意差 があったものについては,Effect Size(以下 ES)を算 出した.ES の算出には Sample Power Ver2.0(SPSS 社)を用い,0.2 未満は棄却した. 5.倫理的配慮 参加依頼の文書を掲示・配布し,参加の意思がある 者からの申し出を受けることで,被験者の自由意思に よる参加とみなした.文書で研究の目的,方法を説明 し,研究への協力を得られる場合は,承諾書に署名を 得た.この段階でも参加を断ることができ,協力を承 諾した後でも参加の中止ができることを説明し,中止 を申し出る書面を用意した.研究目的以外にデータは 用いないこと,個人情報を保護したうえで研究結果を 公表することを文書で説明した. 日本語版便秘評価尺度(MT-CAS)ならびに便形尺 度の使用について,開発者の許可を得た.本研究は 筆者の一人が所属する大学の研究倫理審査委員会で 承認(聖路加看護大学研究倫理審査委員会承認番号: 05-066)を得て実施した.
Ⅲ.結果
60℃群は 19 ~ 48(平均 31.9)歳,40℃群は 20 ~ 51 (平均 33.5)歳で,平均値に差はなかった(p = 0.348). 非罨法時の下剤使用者は 60℃群 12 名(44.4%),40℃ 群 12 名(42.9%)であり,カイ 2 乗検定で差はなかっ た(p = 0.913). 1.60℃群の非罨法時と罨法時の比較 60℃群の非罨法時と罨法時の各項目について,対応 のある t 検定の結果を表 1 に示す.罨法時に排便総数 の平均が 18.9 日から 22.1 日に有意に増加(p = 0.021, ES = 0.380)した.排便総数はいずれも 10 ~ 29 回に 分布しており,非罨法時に比べて罨法時に変化がな かった者が 1 名(3.7%),減少した者が 8 名(29.6%), 増加した者が 18 名(66.7%)であった.下剤の使用日数の平均が 3.9 日から 2.0 日と 52.7% 減少しており,有意であった(p = 0.025,ES = 0.280). 下剤の使用者は非罨法時 12 名,罨法時 13 名で,いず れも 1 ~ 7 日使用していた者が多かった.15 日以上 使用していた者が非罨法時に 3 名いたが,罨法時はい なかった(図 1).非罨法時より罨法時に使用が減った 者が 10 名(71.4%),増えた者が 4 名(28.6%)であった. 使用が 50%以下になった者が 6 名おり,使用頻度が 高かった者が使用を減らしていた. 便秘の週数の平均値は罨法時に減少し,4 週とも便 秘の自覚症状があった者が 15 名から 7 名に半減した が,有意差はなかった.排便のなかった日数,便形, 便の量には差がなかった. 2.40℃群の非罨法時と罨法時の比較 非罨法時と罨法時を比較した結果を表 2 に示す.便 秘の週数の平均が 3.1 週から 1.7 週に有意に減少した (p < 0.001,ES = 0.98).非罨法時には 16 名(57.1%) 表 1 60℃群の非罨法時と罨法時の排便状況の比較(4 週間) (n = 27) 非罨法時 罨法時 平均値の差 95%信頼区間 t 値* p 値 平均値 SD 平均値 SD 下限 上限 便秘の週数1) 3.0 1.31 2.6 1.25 0.48 -0.06 1.02 1.83 0.079 排便のなかった日数2) 12.7 4.46 11.9 4.55 0.78 -0.85 2.41 0.98 0.335 排便総数3) 18.9 6.35 22.1 7.92 -3.22 -5.9 -0.52 -2.45 0.021 下剤使用日数4) 3.9 6.43 2.0 3.13 1.85 0.25 3.45 2.38 0.025 便形5) 5.5 1.40 5.6 1.20 -0.09 -0.47 0.30 -0.48 0.638 便の量6) 2.4 0.44 2.5 0.38 -0.04 -0.21 0.14 -0.44 0.667 SD:標準偏差,*対応のある t 検定 1)4 週のうち MT-CAS が 5 点以上の週数 2)4 週間(28 日)で排便のなかった日数 3)28 日間の排便回数の総計 4)28 日間で下剤を使用した日数 5)28 日間のすべての排便の便形の平均値 6)28 日間のすべての排便の量の平均値 表 2 40℃群の非罨法時と罨法時の排便状況(4 週間) (n = 28) 非罨法時 罨法時 平均値の差 95%信頼区間 平均値 SD 平均値 SD 下限 上限 t 値* p 値 便秘の週数1) 3.1 1.15 1.7 1.41 1.43 0.86 2.00 5.12 0.000 排便のなかった日数2) 13.0 5.99 11.1 5.61 1.93 0.62 3.23 3.03 0.005 排便総数3) 20.8 12.75 22.9 10.91 -2.14 -4.19 -0.09 -2.14 0.041 下剤使用日数4) 3.7 6.96 3.6 7.35 0.04 -0.58 0.66 0.12 0.904 便形5) 5.3 1.17 5.4 1.13 -0.11 -0.38 0.16 -0.82 0.419 便の量6) 2.5 0.39 2.6 0.38 -0.10 -0.22 0.03 -1.59 0.124 SD:標準偏差,*対応のある t 検定 1)4 週のうち MT-CAS が 5 点以上の週数 2)4 週間(28 日)で排便のなかった日数 3)28 日間の排便回数の総計 4)28 日間で下剤を使用した日数 5)28 日間のすべての排便の便形の平均値 6)28 日間のすべての排便の量の平均値 図 1 60℃群:下剤の使用日数の分布(各 4 週間) (n=27) 15 14 11 2 8 0 2 1 1 0% 20% 40% 60% 80% 100% 非罨法時 罨法時 0 1 ∼ 7 8 ∼ 14 15 ∼ 21 22 ∼ 28 使用日数
が 4 週すべて 5 点以上の便秘であったのに対し,罨法 時は 4 名(14.3%)に激減し,0 ないし 1 週だった者が 各 7 名,計 14 名(50%)であった(図 2). 排便のなかった日数の平均は,13.0 日から 11.1 日 に 減 少 し, 有 意 で あ っ た(p = 0.005,ES = 0.210). 非罨法時は 1 ~ 23 日に分布し,罨法時も 1 ~ 21 日 に分布していた.排便総数の平均値は,非罨法時 20.8 回から罨法時 22.9 回に増加したが,ES が 0.2 に至ら なかった(p = 0.041,ES = 0.100).下剤の使用日数, 便形,便の量には差がなかった. 3.60℃群罨法時と 40℃群罨法時の比較 両群の非罨法時のすべての項目に差がなかったの で,両群の罨法時の排便状況を比較した.その結果が 表 3である.便秘の週数が 60℃群 2.6 週,40℃群 1.7 週で,40℃群で有意に少なかったが,ES は 0.2 に至 らなかった(p = 0.023,ES = 0.060).下剤使用日数 が 40℃群で多かったが,有意差はなかった.その他 の項目も差はなかった.
Ⅳ.考察
1. 60℃10 分,40℃5 時間の罨法の排便促進につ いて 4 週間にわたる腰部への 60℃10 分の温罨法は,排 便総数の増加をもたらし,40℃5 時間の温罨法は排便 がない日数を減少させた.排便総数の増加と排便がな い日数の減少は,同じことを意味するとは言い切れな いが,排便に結びつく腸管運動の回数が多かったこと と,排便に結びつく腸管運動がある日数が多かったこ とは,ともに腸管運動が促進された可能性を示してい る. このことは,60℃と 40℃に共通する 32 ~ 39℃を閾 値とする皮膚の温熱受容器への刺激が,腸管運動に作 用することを示しているのではないだろうか.心窩部 への温罨法で,皮膚温より 4℃上昇した場合,腸管の 運動が有意に増強する(河内ら 2002),腹部への乾熱 刺激で皮膚温の上昇が 2℃程度で,腸音の有意な増加 がみられる(深井ら 1996)との報告がある.40℃の蒸 気温熱シートを腹部に当てると胃電図が活発になった (Nagashima et al. 2005),42℃の罨法材料で腰部への 20 分間の罨法で,胃電図が有意に活発になった(Nagai et al. 2003)との報告もある.これらは皆,32 ~ 39℃ の温熱受容器への刺激であり,この刺激を通して腸管 運動が刺激されると考えられる.32 ~ 39℃の受容体 は,軸索反射や体性内臓反射を引き起こさないことか ら,温かいという温度感覚の認識が副交感神経系を刺 激し,腸管運動に作用すると考えられる.40℃の蒸気 表 3 60℃群と 40℃群の罨法時の排便状況の比較(4 週間) 60℃群(n = 27) 40℃群(n = 28) 平均値の差 95%信頼区間 平均値 SD 平均値 SD 下限 上限 t値* p 値 便秘の週数1) 2.6 1.25 1.7 1.41 -0.84 -0.86 2.00 -2.34 0.023 排便のなかった日数2) 11.9 4.55 11.1 5.61 -0.82 -3.59 1.95 -0.59 0.556 排便総数3) 22.1 7.92 22.9 10.91 0.85 -4.32 6.03 0.33 0.742 下剤使用日数4) 2.0 3.13 3.6 7.35 1.64 -1.42 4.71 1.09 0.285 便形5) 5.6 1.20 5.4 1.13 -0.24 -0.87 0.39 -0.76 0.449 便の量6) 2.5 0.38 2.6 0.38 -0.08 -0.13 0.28 0.77 0.446 SD:標準偏差,*対応のない t 検定 1)4 週のうち MT-CAS が 5 点以上の週数 2)4 週間(28 日)で排便のなかった日数 3)28 日間の排便回数の総計 4)28 日間で下剤を使用した日数 5)28 日間のすべての排便の便形の平均値 6)28 日間のすべての排便の量の平均値 図 2 40℃群:便秘の週数の割合(n=28) 1 7 7 7 5 3 5 4 1 0% 20% 40% 60% 80% 100% 非罨法時 罨法時 0 1 2 3 4 便秘週数 16温熱シートを 1 時間貼用した場合,縮瞳の速度と縮 瞳率が大きくなり,心拍変動の副交感神経活動の指 標が高くなったという報告があり(Nagashima et al. 2006),32 ~ 39℃の温熱受容器を刺激する罨法が,副 交感神経系を賦活化すると考えられる. 2.罨法方法によって異なる作用について 一方で,2 つの方法で効果に差があった.60℃の罨 法では下剤使用日数の減少,40℃の罨法では便秘の週 数,つまり便秘の自覚症状の改善が認められた.ただ し両群の罨法時の比較では有意差がなかったので,明 らかな違いとは言い切れない. 非罨法群との比較から,60℃10 分の温罨法は,下 剤の服用日数を減らしていた.薬物や摘便での強制的 な排便から,その人のもつ力で排便ができることは看 護の目標であり,下剤を減らせた効果は,意義がある と考える.しかし今回,下剤は本人の判断で服用して おり,罨法時に意図的に服用回数を少なくすることが 可能な条件下であった.また,40℃群は日中の温罨法 であり,60℃群は実施時刻を自由としたため,下剤 服用の判断に,この実施時刻が影響した可能性があ る.各人がどのように下剤服用の有無を決めていた か,下剤服用者と服用していない者に特性の差がある かどうかは不明であるが,60℃という刺激が有用で あった可能性が示唆される結果であった.温度変化 の大きさは感覚刺激の強さの 1 つであり(入来 2003), 60℃の罨法による急激な温度刺激に意味がある可能 性がある.また,60℃の刺激は 52℃,43℃が閾値で ある高温の温熱受容器を刺激する(Güler et al. 2002; 富永 2004).この熱いという感覚を伴う刺激は,体性 内臓反射を介して交感神経系を刺激する(Koizumi et al. 1980).温度変化の大きさや,交感神経への影響は 40℃の刺激にはないものであり,これらが下剤の服用 に影響したかどうかは,今後検討すべき課題となっ た. 40℃5 時間の罨法では,便秘の自覚症状の軽減に著 明な効果が認められた.60℃の刺激と比較して,中等 度の温かさの持続が有効だったのか,高温刺激がない ことが有効だったのかはわからないが,排便状況が楽 になるという感覚は日常生活上望ましい効果であり, 中高年女性で自覚症状が減少したという報告(井垣ら 2009)と一致している.今回は先行研究で用いられて いる方法に則り 5 時間の使用としたが,腸管運動の促 進や自覚症状の軽減に 5 時間が必要かどうかは疑問で ある.40℃の蒸気温熱シートは,30 分後に皮膚温が 5℃上昇し,その後 39 ~ 40℃を保つと報告されてい る(Oda et al. 2006).皮膚温が上昇するには,30 分以 上の刺激は必要であろうが,効果を得られる最低限の 時間がどれだけなのかは,探る必要がある. 3.本研究の限界と今後の課題 60℃10 分の熱布による腰部への罨法の場合,皮膚 温は急激に 8℃上昇するが,すぐに下降し,1 時間後 でも 2℃の上昇を保つ(菱沼ら 1997).60℃の温熱刺激 は,刺激源が 60℃から下降する条件下で 10 分が限度 であり,これ以上の長時間は熱傷の危険を伴うため, 時間をそろえた研究は不可能であるが,熱エネルギー 量を勘案したデザインも,今後検討すべきであろう. 今回,便形と便の量は変化を示さなかった.便秘の 診断基準の 1 つに破片状の便形が取り上げられており (Longstreth et al. 2006),便形や量の分析方法の見直 しが課題になった.また本研究は,被験者自身による 記録と罨法の施行によって行ったので,その確実性に 限界がある中での結果と考えなければならない.その 一方で,罨法の施行者との人間関係性を除外した温熱 の効果をみられたものと考える.今後,時間的推移の 影響を除いた対照群との比較による効果検証,習慣的 な下剤の服用が効果に影響するかどうか,施行者との 人間関係性を含めた効果等を検討していきたい.
Ⅴ.結論
便秘がある同一被験者において,4 週間の通常の排 便状況と,60℃10 分間の湿熱刺激または 40℃5 時間 の湿熱刺激を 4 週間継続した時の排便状況を比較した 結果,以下のことが明確になった. 1.60℃10 分の罨法は,排便総数を非罨法時 18.9 日 から罨法時 22.1 日へ有意に増加させ,下剤使用の平 均日数を 3.9 日から 2.0 日へ有意に減少させた. 2.40℃5 時間の罨法は,排便がない日数を 13.0 日 から 11.1 日に有意に減少させ,便秘と自覚する週数 を 3.1 週から 1.7 週に有意に減少させた. 3.どちらの方法も便秘の症状緩和に有効であるが, 便秘の自覚症状の改善を目指すには 40℃5 時間の罨法 を,下剤の使用を減らすには 60℃10 分の罨法を用い ることが有効である可能性が示された. 謝辞:被験者になって下さった方々には,2 カ月の長期にわたりご協力をいただきました.また被験者のリクルートに 骨身惜しまず協力くださった方々があって本研究が実施でき ました.花王株式会社の石川雅隆氏,熊本吉晃氏には,安定 した罨法材料として蒸気温熱シートを作成していただきまし た.ご協力いただいた皆様に深く感謝いたします. 本研究は平成 16-18 年度文部科学省科学研究費補助金 によるものであり,一部を The 1st International Nursing Research Conference of World Academy of Nursing で発表 した.なお本論文は,共著者の許可を得て,菱沼が 2008 年 度日本赤十字看護大学に提出した博士論文の一部である.
文献
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