ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者
著者 小川 惠
雑誌名 同志社法學
巻 70
号 2
ページ 475‑505
発行年 2018‑07‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000337
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号六三四七五
ド イ ツ 相 続 法 に お け る 遺 贈 の 履 行 と 遺 言 執 行 者
小 川 惠
目次Ⅰ はじめにⅡ 遺言執行における遺贈Ⅲ 遺贈の履行における遺言執行者の位置づけ 1 遺言執行者と受遺者の間の債務関係 2 遺言執行者・相続人・受遺者の関係Ⅳ 遺贈の履行における遺言執行者の義務 1 遺言執行者の義務と責任追及規定 ⑴ 遺言執行者の義務 ⑵ 責任追及規定 ⑶ 小括
( )同志社法学 七〇巻二号六四ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四七六 2 遺言執行者の情報提供義務 ⑴ 問題の所在 ⑵ 情報提供義務に関するBGBの規定 ⑶ 相続人に対する情報提供義務 3 受遺者に対する情報提供義務 ⑴ BGBの準用の可否 ⑵ 裁判例における情報提供義務 ⑶ 相続人と受遺者との差異Ⅴ 結びにかえて
Ⅰ は じ め に
遺言執行の内容として遺贈が指示されている場合、基本的な形態として、遺言執行者、受遺者、相続人という三者の関係が想定される。すなわち、遺言執行者は相続人だけでなく、受遺者とも関わり合いを持つことになる。わが国では、遺言執行者は、「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と簡潔に定められており(民法一〇一二条一項)、それゆえに遺言執行者の具体的な職務や権限、義務は、解釈に委ねられてきた。遺贈は、遺言執行者の職務になり得ると考えられているものの、遺贈の履行において遺言執行者が具体的に何をする権限を有し、義務を負うのかについては必ずしも明らかではない。このことは、遺言執行者が遺贈の履行において担う役割が明らかでないことを意味する。
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号六五四七七 本稿は、わが国における遺言執行者制度の在り方を探る一端として、ドイツ相続法を参照し、遺贈の履行に際して遺言執行者を取り巻く法的規律を分析することを目的とする。まず、遺言執行における遺贈の履行について概観し(Ⅱ)、遺贈の履行の場面での遺言執行者の位置づけを確認する(Ⅲ)。そのうえで、遺贈の履行における遺言執行者の義務について、特に紛争事例が多く見られる情報提供義務を中心に分析し、遺言執行者、受遺者、相続人の三者が遺言執行においてどのように捉えられているかを確認する(Ⅳ)。
Ⅱ 遺 言 執 行 に お け る 遺 贈
ドイツ相続法上、典型的な遺言執行の型式として清算執行(Abwicklungsvollstreckung
)が予定されている )((。清算執行の場合、遺言執行者は被相続人の終意処分を実行しなければならないと規定されており(BGB二二〇三条) )(
(、それゆえ、終意処分として被相続人が遺贈を指示していた場合には )(
(、遺贈の履行も遺言執行者の職務となる。
ドイツ相続法上、遺贈は債権的効力を有するにとどまる(BGB二一七四条)。したがって、遺贈には物権的な効力がなく、遺贈義務者によって物権的な権利の移転がなされなければならない )(
(。遺贈義務者は、通常、相続人である(BGB二一四七条) )(
(。他方、遺言執行者がいる場合には、遺言執行者は遺贈の履行権限を有する(BGB二二〇三条)とともに、職務上、遺産の管理処分権を有しており(BGB二二〇五条)、その反面、相続人は遺言執行者の管理処分権が及ぶ範囲で遺産の処分権を失う(BGB二二一一条)。このような法的構成は、遺言執行者が遺贈の対象物を確保し、引渡しや移転登記を行うことを容易にし、ひいては、遺贈請求権の保全に資する )(
(。
( )同志社法学 七〇巻二号六六ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四七八
Ⅲ 遺 贈 の 履 行 に お け る 遺 言 執 行 者 の 位 置 づ け 1 遺 言 執 行 者 と 受 遺 者 の 間 の 債 務 関 係
前述のように、遺言執行者は遺贈を履行する権限を有する。これは一見すると、遺言執行者が相続人の代理人として遺贈を履行するように思われる。しかし通説・判例は、遺言執行者の法的地位を相続人の代理人であるとは解しておらず、「私的な職務の担い手(der T r ä ger eines privaten Amts
)」と捉えている )((。この職務説と呼ばれる見解によれば、遺言執行者は、被相続人の指示と法律上の規定に基づいて生じる権利義務を有し、自らの名で行動する者である。したがって遺贈の場面においても、遺言執行者は相続人の代理人として遺贈を履行するわけではなく、あくまで遺言執行者たる職務の一環として遺贈を履行する
)(
(。そうであるならば、遺言執行者と受遺者との関係も、債務者の代理人と債権者との関係にあるのではなく、遺贈に関して直接、債権者と債務者の関係に立つことになろう。
また、遺言執行に関する消極訴訟について、BGB二二一三条一項一文は「遺産に対する請求権は、相続人に対しても遺言執行者に対しても、裁判上行使することができる。」と定めている。したがって受遺者が遺贈を請求する場合、相続人にも遺言執行者にも被告適格がある )(
(。すなわち、訴訟において、遺言執行者は相続人の代理人としてではなく、遺言執行者たる地位に基づいて被告となる。
さらに、遺言執行者と受遺者との関係は、BGB二二一九条一項によっても規定されている。同規定は、「遺言執行者が自己の負担する義務に違反した場合において、有責性(
V erschulden
)があるときは、遺言執行者は、これによって発生した損害につき相続人に対して、及び遺贈を実行すべき限りにおいて受遺者に対しても、その賠償の責任を負う。」としている。同規定は、遺言執行者と相続人ないし受遺者との間に法定債務関係があることを示し、また、責任を根拠( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号六七四七九 付ける規定であると解されており、これにより受遺者は、遺言執行者に対して損害賠償を請求することができる。 BGBの第一草案の段階では、遺言執行者と受遺者との関係について規定する条文は置かれていなかった。これに対して、一八九〇年の第二一回ドイツ法曹大会において学者からの批判がなされた。とりわけグスタフ・ハルトマン(
Gustav Hartmann
)は、遺言執行者の受遺者に対する責任についての規定を欠く点を批判し、遺産を管理する遺言執行者に有責性がある場合、遺言執行者に直接責任を負わせるべきであり、相続人が責任を負う必要はないのではないか、と指摘した。このような指摘を背景に、BGBは、相続人と共に、遺産に関して広く利害関係を有する受遺者についても遺言執行者に対する損害賠償請求権を認めることになった。以上を要するに、遺言執行者は、遺贈の場面において、履行義務の根拠となるBGB二二〇三条と法定債務関係と責任関係を根拠付けるBGB二二一九条一項により、遺贈を履行する権限と義務を有する。遺贈を履行するために、遺言執行者に広い管理処分権が認められ(BGB二二〇五条)、さらに訴訟も担う(BGB二二一三条一項一文)ことからすると、権限に対応するだけの責任も規定しておく(BGB二二一九条一項)という構成は、当然に必要なものと評価されている )((
(。
2 遺 言 執 行 者 ・ 相 続 人 ・ 受 遺 者 の 関 係
遺贈の履行をめぐって、遺言執行者・相続人・受遺者という三者がいかなる関係にあるのか、その理解は必ずしも一致しているわけではない。ドイツにおいて三者の関係は、とりわけBGB二二一九条一項に関連して論じられてきた。そもそも相続人は遺贈義務者として受遺者に対する責任を負い(BGB二一四七条)、他方で遺言執行者はその職務として遺贈を履行する義務を負う(BGB二二〇三条)。したがって、厳密には相続人と遺言執行者は別の根拠からそれ( )同志社法学 七〇巻二号六八ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四八〇
ぞれ遺贈を履行する義務を負うところ、適切に遺贈が履行されなかった場合に、受遺者は遺言執行者と相続人の双方に損害賠償を請求できるのか、受遺者が請求の相手方を選択できるのか、請求の相手方に先後の順位があるのか、が問題とされてきた。
通説は、まず、受遺者と相続人との関係を、二者間に債権債務が生じる点で、いわば契約に類似する関係と捉え、契約法の規定であるBGB二七八条一文を適用する )((
(。BGB二七八条一文は、「債務者は、自己の法定代理人及び自己の義務の履行のため使用した者の有責性(
V erschulden
)について、自己の有責性と同じ範囲で責任を負う。」とする。通説によれば、右規定は、ある人物が法律上の規定に基づいて他人のために当事者として行動する場合に適用されるのであって、遺言執行の場合にも適用される、と考えられている。右規定の文言を遺言執行の場面に当てはめると、「債務者」が相続人、「自己の法定代理人及び自己の義務の履行のため使用した者」が遺言執行者ということになる )(((。したがって通説の見解では、相続人は自身に有責性が無くとも、BGB二七八条一文によって遺言執行者の行動について責任を負うことになる。すなわち、遺贈の債権者である受遺者は、遺贈が履行されない場合に、遺言執行者だけでなく相続人をも責任追及の相手方とすることができる。もっとも、通説は、このように解したうえで、請求の先後の順位につき、相続人に先んじて遺言執行者に対して損害賠償を請求できると考えている )((
(。言い換えれば、本来の遺贈債務者である相続人に対してあらかじめ損害賠償を請求しなくとも、遺言執行者に対して請求できる、とする )((
(。
判例は、戦前のライヒ裁判所 )((
(が、まず相続人に対して損害賠償を請求すべきと解していたものの )((
(、戦後はその見解が変更され、現在の判例は、まず遺言執行者に対して損害賠償請求をすることができ、先に相続人に対して損害賠償請求をする必要はない、としている。例えば、連邦通常裁判所一九五三年五月二一日判決 )((
(は、その詳細な訴訟内容は明らかではないものの、「遺言執行者の有責性のために遺贈される目的物の給付が不可能となった場合、たとえ同じ根拠から、
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号六九四八一 遺贈の負担を負う相続人に対する損害賠償請求権が受遺者にあるとしても、受遺者は遺言執行者に対してBGB二二一九条により損害賠償を請求することができる。受遺者は、最初に相続人に対する損害賠償請求権を行使するよう強制されない。」との判断を下した。この判断が現在も維持されている )((
(。
このような通説・判例に対して、カールハインツ・ムシェラー(
Karlheinz Muscheler
)は、なぜ受遺者は複数の損害賠償義務者を得るほどの保護を受けるのか、なぜ相続人が執行者の支払い不能というリスクを引き受けなければならないのか、という疑問を投げかけている。そこで、ムシェラーは、遺言執行者の有責性によって遺贈の適切な履行がなされなかった場合には、受遺者は、遺言執行者に対して損害賠償請求をしなければならず、その場合にはさらに相続人に対して損害賠償請求をすることはできない、という見解を示している )(((。
遺言執行者・相続人・受遺者の三者間の法律関係については、以上のように未だ議論がみられる。
Ⅳ 遺 贈 の 履 行 に お け る 遺 言 執 行 者 の 義 務 1 遺 言 執 行 者 の 義 務 と 責 任 追 及 規 定 ⑴ 遺 言 執 行 者 の 義 務
一般に、遺言執行者は、被相続人の指示によって定められる職務から生じる義務と、法律上定められている義務とを負う。前者は、例えば遺贈や負担 )((
(、遺産分割などの被相続人の指示を実行する義務である。後者は、BGB二二一五条から二二一八条に定められている義務である。具体的には、BGB二二一五条は遺言執行者による遺産目録の作成・交付の義務について、BGB二二一六条は遺産の管理の義務について、BGB二二一七条は遺産の引渡しの義務について、
( )同志社法学 七〇巻二号七〇ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四八二
BGB二二一八条は委任規定の準用による義務 )((
(と毎年の計算報告(
Rechnungslegung
)の義務について規定する。特にBGB二二一五条、二二一六条および二二一八条は、これらの規定によって遺言執行者が負担する義務を被相続人が免除することはできないという意味で強行規定である(BGB二二二〇条)。⑵ 責 任 追 及 規 定
遺言執行者がその義務に反した場合に、責任追及の手段として、損害賠償(BGB二二一九条一項)および解任(BGB二二二七条一項)の規定が設けられている。ⅰ 損害賠償(BGB二二一九条一項) BGB二二一九条一項は、相続人または受遺者と遺言執行者との間に法定債務関係があることを示すとともに、遺言執行者に対する責任追及を損害賠償請求のかたちで可能にする規定である。その要件としては、「客観的な義務違反」、「有責性」および「因果関係」の三つが必要とされる。客観的な義務違反とは、被相続人の指示および法律上の規定から遺言執行者が負うべき義務につき違反がある場合であり、有責性とは、遺言執行者に故意(
V orsatz
)または過失(Fahrl ä ssigkeit
)がある場合を指す。また、遺言執行者の義務違反にあたる行動と相続人または受遺者に生じた損害との間に、因果関係が必要となる )(((。因果関係の判断は、遺言執行者による義務違反がある場合の遺産状況と、義務違反が無い場合の遺産状況との比較による )((
(。
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号七一四八三 ⅱ 解任(BGB二二二七条一項)
BGB二二二七条一項は、相続人や受遺者をはじめとする利害関係人の申立てによって、遺言執行者の解任を可能とする規定である。申立てには「重大な事由」を要するところ、BGB二二二七条一項は、「特に、重大な義務違反又は通常の職務執行能力を欠くことは、重大な事由である。」とする。「義務違反」が挙げられている点では、損害賠償(BGB二二一九条一項)と同様である。他方、解任の事由は、例えば、病気や行方不明などで遺言執行者が通常の執行能力を欠く場合、相続人と遺言執行者の間での不和が生じている場合、数人の遺言執行者間における敵対や不信が生じている場合なども挙げられる )((
(。すなわち、解任事由自体は、必ずしも遺言執行者の義務違反だけに限定されるわけではない。
⑶ 小 括
これら責任追及規定の要件に共通する「義務違反」については、裁判上、特に争点となることが多い。一般的に遺言執行者の義務違反があったかどうかの判断基準は、遺言執行者が客観的に見て義務に従った執行をしたかどうかに求められるが、その判断の際には、遺言執行者には広い裁量が認められていることが考慮されなければならず、その裁量の限界を超えるときにはじめて義務違反と判断される )(((。遺言執行者の義務は被相続人の指示内容(職務の形態、内容、権限の範囲など)によって多岐にわたり、したがって遺言執行者への責任追及も、事例ごとに遺言執行者の義務を確定させることが必要になる。これは、遺言の解釈の問題に委ねられる )((
(。
遺贈が指示されている場合、遺言執行者の義務は、まず、遺贈を履行することにある。例えば、典型的な事例としては、遺言執行者の過失により遺贈の目的物が給付できなくなった場合には、義務に反するとして受遺者から遺言執行者
( )同志社法学 七〇巻二号七二ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四八四
に対して損害賠償請求 )((
(や解任請求がなされる。しかし、遺贈の履行そのものに関して遺言執行者の責任が追及された判例は、必ずしも多くは見られない。むしろこれまで問題となってきたのは、遺言執行者の情報提供義務違反のために適切に遺贈の履行がなされなかったケースである。
2 遺 言 執 行 者 の 情 報 提 供 義 務 ⑴ 問 題 の 所 在
遺贈の履行における遺言執行者の義務については、相続人に対する義務と、受遺者に対する義務とで、その内容や程度に差異が見られる。相続人に対してはBGB二二一五条から二二一八条に定められている法律上の義務が広く認められる一方で、受遺者に対しては右規定がどこまで適用されるのかが明らかではない。とりわけ問題となるのは、遺言執行者の情報提供義務の問題である。遺言執行者が受遺者に適切に情報を提供しなかったために、結果として適切に遺贈が履行されなかったことを原因として、遺言執行者に対して責任を問う事例がしばしば見られる。⑵ 情 報 提 供 義 務 に 関 す る B G B の 規 定
遺言執行者は被相続人の意思の実現のために遺産について幅広い権限を有する。それだけに相続人の利益が危険にさらされることもある。それゆえ、BGBは遺言執行者に相続人に対する情報提供の義務を課し、遺言執行者の権限と相続人の利益との調整を図っている )(((。
遺言執行者が相続人に情報を提供する義務は、BGB二二一五条と、BGB二二一八条によって準用されるBGB六六六条が根拠となる。BGB二二一五条は、遺言執行者の管理に服する遺産の目的物と遺産債務の目録を相続人に交付
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号七三四八五 する義務を規定しており、遺言執行者から相続人への情報提供の一部と考えられている。また、BGB二二一八条は委任の規定の一部を準用しており、そのうちのBGB六六六条は、受任者の委任者に対する情報提供の義務を規定している。すなわち、同条によれば、「受任者は委任者に対して、必要な報告を行い、委任者の請求に基づいて、事務の状況について情報を提供し、委任の履行後に活動を報告する義務を負う。」とされる )((
(。この規定から三つの義務が生じると解されている )((
(。第一は、報告義務(
Benachrichtigungspflicht
)であり、相続人からの請求が無くとも遺言執行者が自ら情報を提供する義務である )(((。第二は、狭義の情報提供義務(
Auskunftspflicht
)であり、これは請求があった場合に情報を提供する義務である。第三は、計算報告義務(Rechenschaftspflicht
)であり、これは活動にかかる収入や支出をまとめた計算について報告する義務である。本稿では、上記BGB二二一五条および二二一八条、六六六条から導かれる遺産目録の交付や報告、情報提供、計算報告などの遺言執行者から情報を提供する義務を総じて「情報提供義務」と称する。
⑶ 相 続 人 に 対 す る 情 報 提 供 義 務
相続人に対する遺言執行者の情報提供義務は、相続人の保護という点で重要な意義を有する )(((。したがって、遺言執行者は就任後遅滞なく、遺産を調査し、確認することのできた遺産については目録として相続人に提供する必要がある )((
(。また、BGB六六六条に基づき、原則として遺産に関する情報を全般的に提供しなければならない。
もっとも、実務上は、遺言執行者が相続人に対して情報提供義務を履行したといえるかどうかが争われる事例が少なくない。むろん、情報提供義務の範囲ないし程度については、個々の事案により異なりうるため、画一的に確定することは困難であるが、以下では、裁判例を参照しつつ若干の分析を試みる。なお、ここでは遺贈が指示されていた事例に
( )同志社法学 七〇巻二号七四ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四八六
おいて相続人に対する遺言執行者の情報提供義務が扱われた裁判例を参照する。具体的に裁判上問題となる場面としては、情報開示請求事件のほか、遺言執行者に対する責任追及の事件も挙げられる。すなわち、義務違反に基づく解任請求事件(BGB二二二七条)や、損害が発生している限りで損害賠償請求事件(BGB二二一九条一項)でも、遺言執行者の情報提供義務が問題となる。
ⅰ 情報提供義務の履行の要件 どのような場合に遺言執行者の情報提供義務が果たされたといえるのかについて、①ボン地方裁判所二〇一四年一二月八日判決 )((
(が言及している。本判決は、被相続人の共同相続人の一人から遺言執行者に対する情報請求が行われた事案である。被相続人には四人の子がおり、等しい割合で相続人に指名されていた。また、それぞれの子に遺贈がされており、それぞれの子は受遺者でもあった。子の一人であるYが遺言執行者に指定され、Yは承諾した。被相続人の死後、Yは、暫定的な目録であると説明しつつ、遺産目録を相続人らに付与した。しかし、子の一人であるXは、Yに対し、情報提供が不十分であるとして、遺産に属する全ての財産価値ならびに動産および不動産の目録やその証拠書類などを相続人全員に対して提供するよう求めて、訴えを提起した。
ボン地方裁判所は、「原告Xが……遺産に属する全ての財産価値並びに動産及び不動産の目的物の完全な目録作成を請求する」場合、その請求権は、相応の情報提供によって履行されたことになると述べた上で、「情報提供義務の対象となる事情が、方式に従って規定の趣旨に沿った方法で報告されたとき、履行がなされたことになる。内容の正確性は履行の要件ではない……」とした。本件において、Yは、遺産に含まれる動産や不動産、預金残高の広範囲にわたる目録をすでに付与していた。それゆえ、Xが、遺産目録が暫定的なものであることを問題として主張している限りで、ま
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号七五四八七 た、遺産に含まれるいくつかの物の財産価値をYが伝えていなかったことを批判する限りでは、単に内容の不備が問題とされているにすぎず、本件では「さらなる情報請求権はXに帰属しない」と判断した。
一般に情報提供義務については、BGB二六〇条一項が「……対象全体の構成について情報提供を行う義務を負う者は、権利者に対し、構成物の目録を提出しなければならない。」として情報提供の方法を規定しており、遺言執行者の情報提供義務についても同条が適用される )((
(。したがって、同条に従って報告された場合に、情報提供義務は履行されたことになる。本判決は、これをふまえ、BGB二六〇条一項の解釈として、提供される情報の内容の完全な正確性については情報提供義務の履行の要件とならないことを判示した。学説も同様の立場を取るが、しかし、情報提供義務のうちの計算報告については、正確性が求められるとしている )((
(。
ⅱ 部分的な情報の提供と義務違反 ①判決では、相続人からの情報請求事件において情報内容の完全な正確性が必ずしも履行の要件でないとされたものの、情報提供に不備があれば遺言執行者の責任が問われることがある。
そもそも遺言執行者に情報提供義務を課すことは、相続人が遺言執行におけるその時々の状況を完全に把握することができるようにすることを目的としている )((
(。したがって、遺言執行者から相続人に与えられる情報は、部分的なものでは義務を果たしたことにならない。②バイエルン上級地方裁判所一九八七年一一月五日決定 )((
(は、遺言執行者が部分的な情報のみを提供したことに義務違反があるとして、遺言執行者の解任を認めている。本件の事案は、次のとおりである。死亡した被相続人は、遺言で娘Aを相続人に指定し、妻Bには現金や預金、家財などを遺贈し、弁護士Cを遺言執行者に指定した。被相続人の死後、遺言執行者に就任したCは遺言執行者として数年間活動していたが、その間にAやBは、
( )同志社法学 七〇巻二号七六ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四八八
Cに対して何度も遺産目録や遺産分割計画についての情報を求めたり、執行業務に関する計算報告を行うよう要求した。しかし、Cは遺産について個別的な資料や部分的な情報のみを提供し、遺産全体について、特に遺産に含まれる預金や現金についての情報は提供しなかった。そのためAは、Cを遺言執行者から解任するよう遺産裁判所に申し立てた。第一審が解任を認めたため、Cが抗告した。
バイエルン上級地方裁判所は、Cが結局は部分的な情報のみを提供したことにより、相続人に不信感を生じさせることになったとして、遺言執行者たる職務からのCの解任を認めた。さらに、「相続人にその請求に基づいて完全に情報を提供し計算報告をすることを怠ったCの不作為は……請求に基づいて相続人に情報提供をし、毎年計算報告をするというBGB二二一八条一項、六六六条により遺言執行者の負う義務の違反をも意味する。……その義務はBGB二二一五条一項により、遺言執行者が相続人に催告なしにすべての遺産の目録を与えなければならないことへと拡張される。部分的な情報は、十分でない。」と述べた。
ⅲ 遅れた情報提供と義務違反 ③シュレースヴィヒ=ホルシュタイン上級地方裁判所二〇一五年一二月一日決定 )((
(は、②決定と同様の解任請求事件において、遺産目録の作成が著しく遅れた場合であっても直ちに遺言執行者の重大な義務違反とはならないと判断した事案である。本件では、被相続人とその夫が共同遺言をしていたケースであり、夫婦は、互いを二八分の二七の持ち分で相続人とし、残りの二八分の一については、夫婦の子Aを先位相続人、夫婦のうち長く生存した方を後位相続人としていた )((
(。夫婦のうち長く生存した方の相続については七人の子らによる共同相続とした。また、夫婦の子Bには、家具および家具製作所の設備や資材を遺贈することとしていた。さらに遺言執行者としてCが指定された。夫婦のうち夫が先
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号七七四八九 に死亡し、妻である被相続人も死亡したのち、Cは遺言執行者として活動した。Bは、Cに対して二度も遺産目録を作成するよう要求したが、Cはこれに応じないばかりか、Bがその後も要求を繰り返す場合は法的手段に出ると返答した。そこでBは、Cには重大な義務違反があるとしてCの遺言執行者からの解任を申し立てた。解任手続き中に、Cは遺産目録を作成し、相続人らに交付した。遺産裁判所が解任の申立てを認めなかったため、Bは抗告した。
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン上級地方裁判所は、解任の要件としてCに重大な義務違反があるかどうかは、遺産目録の作成が焦点となっていることを指摘し、「BGB二二一五条一項による遺産目録の作成及び交付は、相続人との関係では、遺言執行者の本質的な義務である。遺産目録は、通常の職務の執行のために不可欠である」とし、「遺言執行者が、催告や期間の定めにも関わらず、相続人に遺産目録を交付しない場合、有責で重大な義務違反が存在する」と述べた。しかし、「本件の事情の下では、著しく遅れた遺産目録の作成は、少なくともそれ自体では、なお重大な義務違反とはみなされない。」とした。その理由付けとして「Cは、遺産の存在を相続人がおよそ知っていることを前提として」活動できるとし、本件では相続人らは相続開始時にほとんどの遺産を把握していたこと、また、不動産のほかに特筆すべき遺産が無かったことを挙げ、本件において遺言執行者の重大な義務違反は存在しないとした。また、Bが、遺贈が遺産目録に記載されなかったことを指摘していることにつき、「遺贈はBも含めたすべての関係人が……知っていた」のであるから、作成された遺産目録によって、相続人は内容的に十分な情報を得たとして、抗告を退けた。
ⅳ 小括 ①判決によれば、情報提供義務の履行は、方式に従って行われればよく、情報提供の内容が完全に正しいものであることまでは遺言執行者に求められていない。この点は遺言執行者にとって有利な判断がされているといえる。他方、②
( )同志社法学 七〇巻二号七八ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四九〇
決定によれば、情報提供が遺産の一部にとどまる場合は、義務の履行として不十分と解されている。すなわち、原則として、遺言執行者が把握しているものすべてが情報提供の対象となると考えられる。これらの裁判例からすると、少なくとも遺言執行者が知り得た情報については、その正確性はともかくとして、すべてを相続人に通知する義務がある、との取り扱いであることがわかる。そして、その義務に反した場合にはBGB二二二七条による解任や、場合によってはBGB二二一九条一項による損害賠償が認められる可能性がある。しかし、遺言執行者の義務違反が実際に認められるかどうかの判断は、事案の内容によって大きく異なってくると言わざるを得ない。③決定では、情報提供としての遺産目録の交付が著しく遅れた場合には、遺言執行者の重大な義務違反として解任の可能性があることを指摘しつつも、本件の事情の下では義務違反を否定した。③決定は、相続人が遺産目録の交付によって得られる情報(すなわち遺産の内容についての情報)をすでに知っていた点を考慮しており、遺言執行者の情報提供義務が、少なくとも解任に至らないという意味では、軽減される可能性を示しているように思われる。
3 受 遺 者 に 対 す る 情 報 提 供 義 務 ⑴ B G B の 準 用 の 可 否
相続人に対する遺言執行者の情報提供義務が広く認められる一方で、受遺者に対する情報提供義務は、同様には認められていない。条文の文言をみると、BGB二二一五条は「目録を相続人に交付」と、BGB二二一八条は「遺言執行者と相続人との法律関係について準用する」と規定している。そのため、戦前から、両規定による法的関係は遺言執行者と相続人との間にのみ生じるのであり、それゆえ遺言執行者は相続人に対してのみ情報提供義務を負う、と解されてきた )(((。すなわち、遺言執行者は受遺者に対しては情報提供義務を負わないとの見解が有力であった。この見解に対し、
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号七九四九一 フランツ・レオンハルト(
Franz Leonhard
)は、遺言執行者は受遺者に対してBGB二二一九条一項による責任を負っているのだから、両者の間には法定債務関係があり、遺言執行者は相続人だけでなく受遺者に対しても情報提供義務を負う、との反対意見を主張していたものの )(((、あくまで少数意見にとどまり、現在でも遺言執行者は受遺者に対して情報提供義務を当然に負うわけではないとの見解が通説である )((
(。したがって、遺言執行者が受遺者に対して情報提供を怠り、それが原因で受遺者に損害が生じたとしても、遺言執行者に義務違反は無いのであるから、損害賠償請求はできない、との帰結に至る。
⑵ 裁 判 例 に お け る 情 報 提 供 義 務
受遺者にはBGB二二一五条および二二一八条は適用されないと考えられているものの、判例は、従来から一定の範囲で、受遺者に対する遺言執行者の情報提供義務を認めてきた。ⅰ 用益権の遺贈(
V erm ä chtnis des Nie ß brauch
)がされた事例 ④ライヒ裁判所の事件 )(((では、詳細な事実関係は明らかではないものの、相続分にかかる用益権を遺贈された受遺者(原告)と、遺言執行者(被告)との間で、遺言執行者が受遺者に対して情報提供義務を負っているのかどうか、また、どの範囲で情報提供義務を負うのかが争われた。
ライヒ裁判所は、まず、遺言執行者である被告は、BGB二二〇三条により遺贈を実行しなければならないが、「受遺者である原告が用益権を行使するためには、原告の用益権が設定されている相続分について説明がなされなければならないことから、民法は、被告の情報提供義務を是認する」と述べた。しかし、その情報提供義務は、BGB二二一八
( )同志社法学 七〇巻二号八〇ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四九二
条によるものではなく、次のような法律関係に基づくものであると説明した。すなわち、用益権者となる原告は、「用益権に関するBGB一〇三五条及びBGB一〇六八条の規定により、相続人ないしその代理人に対して、用益権が設定される物と権利の目録作成について協力を求めることができ、それゆえ当然にそれに関連する情報を求めることができる」。その相続人の代理人というのが、相続分の管理をし、かつ被相続人の終意処分に基づいて原告の要求を満たすべき義務を負う遺言執行者たる被告である。本件では、「全遺産の存在を知っている場合にのみ、原告の用益権が設定される相続分の存在が完全に明らかにされたかどうかを判断することができる」ので、情報提供の範囲は、全遺産に及ぶ。結果として、民法の規定により、被告には全遺産について原告に情報を与える責任がある、とした。
ⅱ 割合的遺贈の事例 ⑤連邦通常裁判所一九六四年六月一日判決 )((
(は、割合的遺贈がなされたケースにおいて遺言執行者の義務が問題となった。事案は、次のとおりである。Aには妻Bがおり、二人の間にはXを含む五人の子がいた。Aは、自筆証書遺言において、単独相続人としてBを指定すること )((
(、Bは財産の四分の一を相続し、残りの四分の三は子らに遺贈すること、Yを遺言執行者に指定すること、適切な時期に遺産中の不動産や有価証券を売却すべきことなどを定めていた。一九四七年にAが死亡した後、Yは遺言執行者への就職を承諾し、Bを不動産の単独所有者として登記し、遺産債務を弁済し、受遺者である五人の子に遺言で示されていた額を支払った。そのほか、Yは遺言執行者として、遺産中の不動産や有価証券の売却、さらに相続税の支払いを行った。
本件の主たる争点は、Yによる遺産の管理が適切ではなかったことを理由とするXのYに対する損害賠償請求である。Xは、Yが土地をあまりに安く売却したとし、あるいは、相続税を過分に支払っているといった主張を展開している。
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号八一四九三 また、主たる争点とは別に、控訴の際、Xは、Yによる開示宣誓(
Offenbarungseid
)を求める訴えを追加した。開示宣誓とは、義務者が裁判所において宣誓の上、義務者が処理すべき事務に関する収入、その引き渡すべき財産または相続財産などにつき、詳細を供述する制度である )(((。遺言執行者はBGB二二一八条一項および六六六条により、少なくとも相続人に対しては、その職務に関して情報提供義務を負うため、開示宣誓が求められることがある。すなわち本件では、遺言執行者たるYにつき、受遺者たるXに対しても情報提供義務があることを前提として、開示宣誓をすることが求められた。以下では、この開示宣誓に関する裁判所の判示を参照する )((
(。
連邦通常裁判所は、開示宣誓を求める訴えに関連して、受遺者の遺言執行者に対する情報請求権につき、次のように判示した。「Yに対して開示宣誓を行う旨の判決を下すことを求める申立ての可否は、BGB二二一八条からは明らかにならない。なぜなら、この規定は、遺言執行者と相続人との関係についてのみ規定し、受遺者に遺言執行者に対する直接の情報請求権を認めているわけではないからである。しかし、判例によれば、被相続人から受遺者に情報請求権が付与されている(
mit vermachen
)とき、受遺者は場合によっては義務負担者(Beschwerten
)(注:義務負担者は、遺贈を履行する義務を負う者であり、相続人ないし遺言執行者が該当する)に対して情報請求権を有する。遺贈の目的物又は範囲が義務負担者の提供する情報に基づいてのみ決定されうる場合、とりわけ割合的遺贈、種類物の遺贈、又は、他の特定されていない財産の価値が明らかになることで遺贈の価値がわかるような場合に、受遺者には情報請求権があると認められる…。情報提供義務者(注:ここにいう情報提供義務者は、遺贈の場合には、相続人ないし遺言執行者が該当する )((()は、遺産の計算報告をしなければならず、収支についての通知が十分な注意力をもってなされなかったと推定されるだけの理由があるときは、BGB二五九条 )((
(により、情報提供義務者は、可能な限り完全な報告を行うまで、開示宣誓をする義務を負う。そのような請求は、第一に相続人に対してすることができるが、XらはBGB二二一三条に
( )同志社法学 七〇巻二号八二ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四九四
より遺言執行者に対してもその請求権を行使することができる」。さらに「開示宣誓を行う義務は、あらゆる義務違反のケースにおいても存在するわけではなく、収支報告が不完全であると推定できるだけの根拠があるときのみ認められる」ところ、本件についてはこのような推定の根拠は無いとされ、Xらの請求は認められなかった。
また、遺言執行者の受遺者に対する情報提供義務に関する近年の裁判例として、⑥オルデンブルク上級地方裁判所二〇〇〇年四月二〇日判決 )((
(がある。事案は、次のとおりである。Aは、遺言によって相続人を地方自治体Bとし、さらに、一九八二年に、O銀行にある預金残高から埋葬費用などを除いてなお残余があれば、
X
、(X
および(で約一五万一千ドイツマルクに及ぶことが明らかとなった。そのためXらは、Cが十分な情報を提供せず、義務に反し を得ないまま、Bとの間で遺産の分与に関する調整を行った。しかし、その後、本来Xらに遺贈されるべき金額は全部 と主張して応じず、その後Xらが何度か情報を求めた際も、何らの情報も提供しなかった。結局、Xらは、詳細な情報 無かったのかどうかなどの情報を求めた。しかしCはこれに対し、そのような情報について詳細を公表する権限がない 約六万三千ドイツマルクという額はO銀行からJ信用金庫に移された額なのかどうか、および、Aには他に預金口座は 申し出を受けるかどうかを検討してもらいたい。」と通知した。Xらはこの申し出を検討するにあたって、Cに対し、 ども、相続人BはXらへの遺贈として約六万三千ドイツマルクを支払う準備ができている旨を伝え、「Xらには、この 一一月六日、遺言執行者Cは、O銀行の通知内容をXらに知らせるとともに、O銀行にはもはや預金は存在しないけれ このことは、一九九六年九月一三日にO銀行から遺言執行者Cに対して送られた通知から明らかとなった。一九九六年 すべてがJ信用金庫に移された。そのため、Aが死亡した一九九五年の時点でO銀行には何らの口座も預金も無かった。 約一五万一千ドイツマルクが二回に分けて別の金融機関であるJ信用金庫に移され、その後、一九九四年に預金残額の 贈する旨の遺言を作成した。また、遺言執行者としてCが指定された。しかし、O銀行にあった預金は、一九九二年に
X
に等しい割合で遺(( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号八三四九五 た行動をとったために、Bとの間でXらにとって不利な遺産の分与が行われたとして、損害賠償を請求した。なお、係争中にCが死亡したために、Cの相続人であるYが訴訟を引き継いだ。
オルデンブルク上級地方裁判所は、まず、遺贈の目的として指定された銀行の預金が別の銀行に移されたとしても、その金額が遺贈の対象となるとした上で、遺言執行者Cの情報提供義務につき、次のように判示してXらの訴えを認容した。すなわち、「CはXらに、移された額のその後の動きを伝えることはせず、単に……Bの申し出を相続人らに伝えたにすぎないのであって、Cの行動は有責な義務違反にあたる。受遺者にとって、遺贈請求に関する調査をするには、預金が移された時からAの死亡時までに何が起こったかが重要である。この点で、遺言執行者は、一九九四年にO銀行から移された約六万三千ドイツマルクだけでなく、すでに一九九二年にO銀行によってJ信用金庫に移されていた約一五万一千ドイツマルクの金額の
“
運命”
についても、Xらに情報を提供する義務を負っていた」。「これに対して……CはXらにいかなる情報提供義務も負っていなかったというYの反論は容れられない。たとえ通常は受遺者が遺言執行者に対して情報提供を求める権利を有していないとしても、情報提供を求める権利が黙示に与えられていると例外的に認められる場合がある。このことは、遺贈の目的物又は遺贈の範囲がそのような追加情報によってのみ特定できるとき、認められなければならない……」。そして、本件については、「Cは、Xらが遺贈請求権の行使及び貫徹のために必要とする情報を与え、その実現にC自身も配慮するという遺言執行者の義務に反していた。」と判示した。
以上のようなオルデンブルク上級地方裁判所の判断に対して、Yは上告したものの、連邦通常裁判所は受理しなかった )((
(。
( )同志社法学 七〇巻二号八四ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四九六
ⅲ 小括 右に参照した判例・裁判例はいずれも、BGB二二一八条による受遺者に対する遺言執行者の情報提供義務を原則として否定する一方で、異なる根拠から遺言執行者の義務を肯定する。
まず④ライヒ裁判所は、用益権が遺贈されたというケースにおいて、用益権の規定を根拠に情報提供義務を肯定する。そのうえで、提供すべき情報の範囲についての判示部分からは、受遺者に遺贈の内容を把握させることが遺言執行者の負う遺贈の義務の一部である、との考えが窺える。
このライヒ裁判所の考えをさらに発展させ、受遺者が情報請求権を有する場合を明示したのが、⑤判決である。右判決は、被相続人から受遺者に情報請求権が付与される場合があることを示し、具体的には「遺贈の目的物又は範囲が義務負担者の提供する情報に基づいてのみ決定されうる場合、とりわけ割合的遺贈、種類物の遺贈、又は、他の特定されていない財産の価値が明らかになることで遺贈の価値がわかるような場合」を挙げた。続く⑥判決は、遺贈の目的物または遺贈の範囲が情報提供によってのみ定められる場合には、受遺者に情報請求権が黙示に与えられている、と解した。これは、⑤判決の見解に沿った判断といえる。
他方、⑥判決が、「むしろCは……Xらが遺贈請求権の行使及び貫徹のために必要とする情報を与え、その実現にC自身も配慮するという遺言執行者の義務に反していた」と述べていることからすると、情報提供義務はBGB二二〇三条による遺贈履行義務の一環と解されているように思われる。すなわち、受遺者の情報請求権および遺言執行者の情報提供義務は、遺言執行者の職務上の義務として遺贈の履行義務を定めたBGB二二〇三条から導かれるのであって、そのような義務を怠る場合にはBGB二二一九条一項の損害賠償請求も当然に認められることになる。
④⑤⑥の判断はいずれも、遺贈に付随して遺贈の実現に必要な権利として情報請求権も認められるという意味では相
( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号八五四九七 違ないけれども、どの規定に基づくかにはケースにより差異がある。④ライヒ裁判所の判断は用益権の規定を根拠としていたし、⑤判決は債務法上の計算報告の方法と範囲に関する規定および遺言執行者の被告適格についての規定を適用していた。また、⑥判決は遺言執行者が終意処分を実行すべきことを定める規定に基づいて、受遺者の情報請求権を肯定している。いずれを根拠とするかによって、受遺者の情報請求権が認められるケースの範囲が変わる余地があるように思われる。また、情報請求権を行使する相手方についても差異がみられる。⑤判決によれば、相続人に対しても情報請求権を行使することができるけれども、遺言執行者にも被告適格が認められるために、遺言執行者に対しても情報請求権を行使することができる、との判断を下している。これに対して、⑥判決は遺言執行者が終意処分を実行すべきことを定める規定から情報請求権を肯定しているのであって、このことからすると、あくまで請求の相手方は遺言執行者に限られることになる。
一方で、学説をみると、おおむね判例に沿っているといえる。まず、被相続人によって受遺者に情報を請求する権利が明示的に与えられていた場合に、遺言執行者に情報提供義務があることが指摘されている )((
(。また、明示的に情報請求権が与えられていない場合でも、情報提供によってのみ遺贈の目的物や遺贈の範囲が定まる場合には、情報請求権が黙示に与えられると考えている )((
(。具体的には、集合物(
Sachinbegriff
)の遺贈や割合的な遺贈がある場合であり、さらに、遺産に含まれる現金や有価証券などのうち一部が遺贈されたときも同様とされる )(((。これらの場合について、遺言執行者が十分な情報を提供しない場合には、受遺者は損害賠償請求をすることができる )((
(。
⑶ 相 続 人 と 受 遺 者 と の 差 異
相続人に対する関係では、遺言執行者に情報提供義務が広く認められる一方で、受遺者に対する関係では、そもそも( )同志社法学 七〇巻二号八六ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者四九八
情報提供義務に関する規定が存在しない。したがって、受遺者は、原則として情報提供が不十分であったことを理由として遺言執行者の責任を追及することはできない。例外的に、遺贈内容の把握などの遺贈請求権の行使および貫徹のために必要な情報提供のみが、遺言執行者の受遺者に対する情報提供義務として認められる可能性があるにすぎない。これは、受遺者に対する保護の限界の一つといえるだろう。
相続人に対して広範囲な情報提供義務を認める趣旨は、遺言執行者の強大な権限に対する相続人の保護にあるとともに、しばしば学説において指摘されるのは、遺言執行者のコントロールという点である )((
(。遺言執行が開始することで遺産の管理処分権は遺言執行者に帰属し、相続人の権限は制限されることになる(BGB二二一一条)。これは、法律上、遺産の法的な権利を相続人が有するものの、遺言執行者が実質的な遺産の支配権を有する )((
(ことを意味する。遺言執行者が遺産の包括的な支配権を有するために、その行為如何によっては、遺産が著しく減少することもありうる。相続人は遺産について広く利害関係を有するにもかかわらず、このような制限を受けるのであるから、遺言執行者の執行行為を監視し、コントロールする手段が相続人に必要となる。他方で、受遺者については、遺贈が指示されれば、(情報提供義務が限定的な範囲で認められていることに現れているように)遺言執行者に対して遺贈の実現を求めることができるにすぎず、遺言執行者の執行行為全般についてコントロールするほどの関係性を有するわけではない。このことからすれば、情報提供義務に現れる相続人と受遺者との差異は、当然のことと評価できるだろう。
Ⅴ 結 び に か え て
本稿は、ドイツ相続法を素材として、遺贈の履行の場面で遺言執行者を取り巻く法的規律の状況を取り上げた。改め( )ドイツ相続法における遺贈の履行と遺言執行者同志社法学 七〇巻二号八七四九九 て整理すると、次のことを指摘できる。
遺贈が指示されていた場合、遺贈義務者は相続人である。遺言執行者が指定され、遺言執行者によって遺贈が履行される場合においても、遺贈義務者はあくまで相続人であって、相続人は受遺者に対して遺贈を実行すべき債務を負っている。他方で、遺言執行者は相続人の代理人として遺贈を履行するわけではなく、遺言執行者の職務として遺贈を履行する義務がある。このとき遺言執行者と受遺者との間に、遺贈の履行をめぐって法定債務関係が形成されている。すなわち受遺者は、遺言執行が指示されている遺贈の履行において、相続人と遺言執行者という二人の債務者を得ることになる。
それぞれ別の根拠から遺言執行者と相続人に遺贈の履行義務が認められる。そこで問題となるのは、受遺者はどちらに対して遺贈を請求できるのか、そして履行義務を負う一方が遺贈を履行した場合にその効果がなぜ他方に帰属するのか、であるが、ドイツ法上はこれらの点については、それほど大きな議論があるわけではない。むしろ、Ⅲ2で取り上げたように、適切に遺贈の履行がなされなかった場合にその責任を問う相手方をどのように定めるかが議論されてきた。この議論において通説・判例は、受遺者は相続人を介さずとも直接に遺言執行者を訴えることが可能であるとしている。このような通説・判例の見解からすれば、遺贈の履行についても、双方に請求することができるけれども、遺言執行者にまず請求することが可能とされるだろう。この背景には、遺産の法的な権利については相続人に帰属するものの、遺言執行者が実質的な遺産の支配権を有するとの理解があるように思われる。遺言執行者は、被相続人からの指示を受けてまさに実際に遺贈を履行すべくその執行を委ねられた者であって、まずは遺言執行者が受遺者からの請求を受けることが前提とされているように思われる。その反面、遺産に関する権利はあくまでも相続人に帰属するのであるから、遺言執行者が遺産について行った執行行為としての遺贈の効果は、相続人に及ぶことになる。