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新たなキログラムの定義に基づく質量標準に関する調査研究

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新たなキログラムの定義に基づく質量標準に関する調査研究

大田由一

(2019 年 3 月 28 日受理)

A survey on mass standards based on a new definition of kilogram based on the Planck constant

OTA Yuichi

Abstract

 The new definition of the kilogram based on the Planck constant was implemented on May 20th in 2019. It is significantly important to keep dissemination of mass standards before and after the redefinition without any discontinuity in society and economy. In this survey, the mass dissemination system based on the International Prototype of the Kilogram and the future dissemination system based on the Planck constant are investigated.

The survey also reports the present demand of accurate mass measurements in industry and academic field.

Measurements of small samples with high accuracy are strongly required in drug development, environmental assessment, and microbiology. To meet the demands, it is important to establish the system of supplying small mass standards with high accuracy.

1.はじめに

キログラムは,国際単位系(International System of Unit: SI)の 7 つの基本単位の 1 つである.2019 年 5 月 20 日に定義が改定されるまで,キログラムは国際キロ グ ラ ム 原 器(International Prototype of the Kilogram:

IPK)の質量として定義されていた(図 1).これは,

1889 年の第 1 回国際度量衡総会(General Conference on Weights and Measures: CGPM)において決定された ものである  1),2).つまりキログラムは,約 130 年の長い 期間にわたりIPKという人工物を基準としていた.

キログラムを単位とする質量計測は食用品や貴金属な ど,日常の様々な品の公正な商取引に欠かせない重要な 計測であり,また他の力学量(力・圧力・トルク・密度 など)や物性量(硬さ・強度),エネルギーや濃度といっ た組み立て量の単位の実現にも欠かせず重要度が高い.

近年における科学技術の発展に伴い計測技術の高精度化

図 1 国際キログラム原器 3)(International prototype of kilo- gram: IPK)

工学計測標準研究部門質量標準研究グループ

(2)

が求められており,質量計測においてもより高精度な測 定を行う必要が増している.

しかし定義改定前は,人工物であるIPKをキログラ ムの基準としていたため,表面汚染の影響などにより質 量の長期安定性は 50  µg(1  kgに対する相対量として 5

× 10 −8に相当)程度であると考えられていた  3).また,

各国のキログラム原器の質量校正を行うためにIPK 用いることで,損耗や摩耗により,質量の基準自体が変 動してしまうリスクがあった.

質量の基準がこのような状況にある中,2011 年に開 催された第 24 回CGPMにおいて,将来,キログラムは プランク定数hに基づいて定義されるという方針が決議 された  4).その後,各国の計量標準研究機関(National Metrology Institute: NMI)が定義改定の実現に向けた研 究に取り組んだ.2018 年 11 月 16 日に開催された第 26 CGPMではキログラムの定義改定が決定し,2019 年 5 月 20 日より新しい定義が施行されることが決定し   5).定義改定後は,普遍的な物理定数であるプランク 定数に基づき各国が独自にキログラムの現示を行う事が 可能である.これによって,IPKの摩耗や表面汚染に よってキログラムの基準が変動してしまうリスクから解 放される.

このように質量計測を取り巻く状況は大きく変化し た.その事を踏まえ,本調査研究ではこれまでの質量標 準供給と定義改定後へ向けた各国のNMIにおける取り 組み,今後の展望について紹介する.また,定義改定後 の質量標準供給における課題について明らかにした.さ らには,産業界の様々な分野における質量計測技術への 要求についての調査を行い,より高精度な質量測定や微 小質量測定へのニーズを明らかとした.これらの調査結 果をもとに質量標準供給,質量計測技術の発展に向けた 今後の研究課題について紹介する.

2.質量標準供給の動向

2. 1 国際キログラム原器に基づく質量標準供給のト レーサビリティ

2019 年 5 月 20 日にキログラムの定義が改定されるま で, 質 量 の 単 位 はIPKに 基 づ い て い た.IPKは 白 金 90  %,イリジウム 10  %の合金で密度約 21.54  g/cm 3 直径約 39  mm,高さ約 39  mmの直円筒型分銅であり,

フ ラ ン ス の 国 際 度 量 衡 局(Bureau International des Poids et Mesures: BIPM) で 厳 重 に 保 管 さ れ て い る.

1878 年,3 個の 1  kg分銅(K I, K II, K III)が英国のジョ ンソン・マッセイ(Johnson Mathey)社に注文され,

1880 年代にはこの 3 つのうちK IIIと呼ばれた分銅を国 際キログラム原器とすることが採択された  6).1882 年に は,フランス政府が 30 個のメートル原器および 40 個の キログラム原器用地金の製作契約をジョンソン・マッセ イ社と結んだ.これによって製作されたキログラム原器 は,1889 年の第 1 回CGPMにて所属先が抽選で決定さ れた.キログラム原器が分配されたのは,メートル条約 という計量単位の国際的な統一を目的とした条約の加盟 国である.この原器が各国の質量単位の国家標準(各国 キログラム原器)となっている.日本も 1885 年にメー トル条約に加盟しており,この複製を複数所持してい る.各国の原器は 30 年から 40 年に一度の頻度でBIPM に持ち込まれ,IPKとの質量比較による定期校正を受け る.これによって各国原器のIPKへのトレーサビリティ が保たれていた(図 2).

この各国キログラム原器と,一般ユーザーが行う質量 計測との間はトレーサビリティという関係でつながって いる.例として,日本における定義改定前の質量標準供 給のトレーサビリティ体系を図 3 に示す.日本において IPKの複製の 1 つである,No. 6 と番号を付された直 円筒型分銅が質量の国家標準となっている.これが,日 本における質量計測のトレーサビリティの起点となって いる.その下位として,No. 6 と同じIPKの複製の 1 つ

であるNo. 30,さらにはそれらと同じ材質である白金イ

リジウム分銅E59,No. 94 の 3 つの分銅を所有している.

これらは日本国キログラム原器であるNo. 6 の副原器で

図 2 国家質量標準の供給

(3)

あり,実験原器や,国際比較に用いる仲介器として質量 一次標準の維持と供給に使用されている  7).日本国キロ グラム原器も他国と同様にIPKとの比較による定期校 正を受けている.直近では第 3 回定期校正(1988〜

1992)にて校正されている  8).副原器は日本国キログラ ム原器を用いて 10 年から 15 年周期で校正される.さら にその値を用いてステンレス鋼製の 1  kg標準分銅の校 正が行われている 9,10).その次の段階では,1  kgより大 きい質量,もしくは小さい質量の分銅校正となり,それ らの校正は倍量法,分量法と呼ばれる方法によって実現 される.このようにして,日本でこれらの校正業務を 担っている計量標準総合センター(National Metrology Institute of Japan: NMIJ)では質量校正範囲を拡張して いる.分量校正や倍量校正を繰り返すことで,最終的に は 1  mgから 5000  kgまでの分銅の校正を行っている.

NMIJではこのようにして校正された参照標準分銅を用 いて,校正事業者登録制度(Japan Calibration Service System: JCSS)の各登録事業者が所持する最上位の分銅 の校正や,一般ユーザーからの直接依頼による分銅校 正,NMIJの法定計量グループが実施している質量基準 器検査に用いる参照分銅の校正を行っている 11,12)

2. 2 分銅の校正

分銅の質量は,質量が既知である参照分銅と校正対象 の分銅との質量比較によって決定される  13).その際に使

用されるマスコンパレータとして,現在用いられている 代表的なものに電磁力平衡式の天びんがある.この天び んでは,分銅にはたらく重力を電磁力によって補償す る.参照分銅と校正分銅とのわずかな質量差を,天びん の釣り合いの位置を保つのに要する電流の差から算出す る.校正には,校正分銅と同程度の質量の参照分銅を用 いる.比較対象との質量差を小さくすることで,質量比 較機の感度の非直線性による影響を軽減し,不確かさを 減少させることができる.白金イリジウム製の質量の国 家標準との質量比較によってステンレス鋼製の 1  kg 銅の値付けを行うときは,さらなる注意が必要である.

これらの材質の分銅間の密度差が大きく,同材質の分銅 の質量比較に比べて浮力補正による不確かさが相対的に 大きくなる.NMIJにおける校正では,この問題を解決 するためにシンカー法  14)と呼ばれる方法を用いている.

この方法は,質量差および体積差の既知な 2 つの重り

(シンカー)に働く浮力差を,天びんを用いて精密に測 定し,この浮力差から空気密度を求める方法である.測 定時の天びん室内空気の温度,圧力および湿度を測定す ることによって空気密度を計算するのではなく,浮力差 から直接空気密度を求めることによって,浮力補正の精 度を向上させている.

参照分銅と校正対象が共に 1  kgの場合は上述のよう な単純な等量比較を行う.公称質量が 1  kg 参照分銅よ り大きい,もしくは小さい質量の分銅に値を付ける校正 は,それぞれ倍量法,分量法と呼ばれる方法によって実 現される.以下では参照分銅より小さい質量の分銅の校 正法である分量法  15)について説明する.分量法は任意の 公称質量の分銅 1 個と,それと公称質量が等しくなるよ う組み合わせた複数の分銅からなる分銅群との間の質量 差を比較測定することで実現する方法である.NMIJ は 100  g,200  g,500  gといったように,質量値の最高 位が 1,2,5 である分銅を参照分銅として校正分銅の値 付けを行っている.これらの分銅を組み合わせることで 任意の参照分銅と公称質量の等しい分銅群を形成して質 量比較を行っている.通常分量校正は参照分銅の十分の 一の公称質量の分銅の校正を行うまでを 1 サイクルとし ている.例えば 1  kgの参照分銅から 100  gの分銅を校 正するためには,100  gの他にも同時に 500  g,200  g 分銅を用いて分量校正を行っている.図 4 にその概要を 示す.この校正過程においては,公称質量が等しくなる よう組み合わせた分銅群同士の質量を比較し,その結果 得られた連立方程式を解くことで一つ一つの分銅の質量 を決定,最終的に 1 桁小さい 100  gの分銅までを校正す る.図 4 の例では,まず,質量が既知の 1  kg参照分銅 図 3 日本における定義改定前の質量標準供給のトレーサ

ビリティ体系

(4)

と質量が未知の 500  g分銅 2 個を組み合わせた 1  kg分銅 群との質量比較①から質量差Δ 1と,500  g分銅間の質量 比較②から質量差Δ 2を求める.①②式について連立方 程式を解き,500  g分銅 2 個の質量校正値を決定してい る.次の段階はこの 500  gと 200  g,100  g分銅群との質 量比較で,少々複雑になる.上記の質量校正を行った 500  g分銅と,200  g分銅 2 個,100  g分銅 2 個を組み合 わせて作る 2 パターンの 500  g分銅群との質量比較や,

2 個の 200  g間,100  g間の質量比較結果について連立方 程式を解き,それぞれの分銅の質量校正を行っている.

このように,参照分銅より 1 桁小さい質量の分銅を校 正するサイクルを繰り返すことによって,NMIJでは最 終的には最小 1  mgまで質量範囲を拡張し分銅の校正を 行っている.

2. 3 国際キログラム原器の質量変動とキログラムの定 義改定

IPKBIPMにて大気中で厳重に保管され,各国のキ ログラム原器の定期校正の時には質量比較対象として用 いられてきた(世界大戦などの影響により中断された年 もある).しかしキログラムの基準であるIPK自体も,

各国原器と同じ人工物であるため質量安定性には限界が ある.調査の結果,約 100 年の間にIPKの質量が数十 マイクログラム変動している可能性が報告されている.

第 3 回の定期校正(1988 年から 1992 年)の時に得られ た知見によれば  8,16),IPKの質量は表面汚染などの影響

によって徐々に増加し,1988 年に行われた 48 年ぶりの 表面洗浄では,IPKの質量が洗浄前と比べて約 60  µg くなった.これは 1  kgに対する相対量で約 6 × 10 −8 変動幅に相当する.また,図 5 は,IPKの副原器や各国 キログラム原器の校正した質量値とIPKの質量との差 Δ mのこれまでの履歴を示している.この図には戦争な どによって保管状態が良くなかったものも含まれている が,全体的な傾向として,約 100 年の間に各国のキログ ラム原器が相対的に 50  µg程度重くなってきていること を表している.逆の見方をすればIPKの質量がそれだ け軽くなったとも解釈できる.絶対的に安定な基準がな いため,IPKと各国のキログラム原器のどちらが変動し たのかを区別する術はない.これらの事情から,キログ ラムの基準を分銅の質量に頼る限り,キログラムの長期 安定性は 5 × 10 −8程度が限界であると考えられている.

このような背景から,普遍的な物理定数に基づいてキ ログラムを再定義することが検討されるようになった.

1999 年に開催された第 21 回CGPMでは,IPKの質量 変動をモニターすることと,各国のNMIがキログラム の新しい定義を実現するための研究に取り組むべきであ ることが勧告されている.国際度量衡委員会(CIPM, メ ー ト ル 条 約 の 理 事 機 関) の 単 位 諮 問 委 員 会

(Consultative Committee for Units: CCU)では,普遍的 な物理定数を用いてキログラムを再定義することが検討 された 17).このとき再定義が検討されたのはキログラム だけではない.アンペア,ケルビン,モルを含んだ 4 つ SI基本単位の再定義が検討されてきた.

キログラムの再定義案には 2 つ候補があった.原子の 数から質量を決めるアボガドロ定数N Aに基づくものと,

相対論と光電効果から光子のエネルギーと質量とを関係 図 5 国際キログラム原器の質量を基準とする各国のキロ グラム原器の質量の 100 年間の履歴.多くの場合,

各国のキログラム原器の質量が増加したようにみえ るが,IPKの質量が減少してきた可能性もある.

-80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80

1880 1920 1960 2000

m/ g

Year

:副原器

:スペイン

:イタリア

:ロシア

:アメリカ

:日本

:IPK

:イギリス

:ハンガリー

図 4 分量校正の概要 まずは質量が既知の 1  kg参照分 銅と 500  g分銅 2 個を組み合わせた 1  kgとの質量比 較から質量差Δ 1と,2 個の 500  g分銅間の質量差Δ 2

を求める.①②式の連立方程式を解いて,500  g 銅の質量の校正値を決定する.次段階は組み合わせ る分銅が増え少々複雑になるが同様の方針で 200  g, 100  g分銅の質量校正を行う.

(5)

づけるプランク定数hに基づくものである.どちらを用 いて再定義するべきなのかが議論されてきたが,両者の 間には以下に示す厳密な関係式が成り立っている.

h=―――2R cM eN α 2A (1)

ここでhはプランク定数,cは光の速さ,M eは電子の モル質量,αは微細構造定数,R ∞はリュードベリ定数,

N Aはアボガドロ定数である.よって,適切な実験さえ 行えばどちらからでもキログラムを実現することができ る.質量単位だけで考えればどちらでもかまわないが,

ここでもしプランク定数hをキログラムの定義に採用 し,更に電気素量eも定義してしまえば,キログラムと 同様に定義改定が検討されていたアンペアの定義改定に とって利便性が高い.このため,2011 年に開催された 第 24 回CGPMでは以下のようにプランク定数hの値を 明示することで定義するという方針が採択された.

キログラムは,SI単位 kg m 2 s −1で表したときのプラ ンク定数の値を正確に 6.62 606…×10 −34 J s(kg m 2  s −1 と定めることによって設定される.

第 24 回CGPMにおいてはキログラムだけではなくア ンペア,ケルビン,モルを含む 4 つの単位の定義改定案 が検討された.この時点では,これらについて再定義を 実施する時期と用いるべき基礎物理定数の値はまだ決め なかった.将来これらの基礎物理定数の測定精度が向上 し,それらの不確かさが十分に小さくなった段階で,国 際科学会議(International Council for Science)によっ て設立された,科学と技術に関するあらゆるデータの品 質向上を行っている科学技術データ委員会(Committee

on Data for Science and Technology: CODATA)の推奨 値を用いて各単位を再定義することが決議された.それ ゆえ,キログラムに関してはプランク定数の値を正確に 測定する努力が各国NMIによって行われた.2014 年に 開催された第 25 回CGPMでは,各々の基礎物理定数の 測定精度が十分に向上してきたことを受け,第 26 回 CGPMにて定義改定を審議できるよう各国NMIが準備 を進めることが提案された  18).2015 年に開催された第 104 回国際度量衡委員会(International Committee for Weights and Measures: CIPM)では,定義の改定に必要 な基礎物理定数の決定に際し,2017 年 7 月 1 日までに 論文としてアクセプトされたデータを対象とすることが 決議された.図 6 はこの期日までに報告されたプランク 定数の値を示す.これら 8 つの高精度な測定値の重み付 き 平 均 と し て 下 記 の プ ラ ン ク 定 数 の 調 整 値

(CODATA-2017)を決定した  19)

hCODATA-2017=6.626 070 150(69) ×10 −34 J s (2)

この値の相対不確かさは 1 × 10 −8で,1  kgに対して換 算すると 10  µgである.IPKの長期安定性と考えられて いる約 50  µgに比べて十分に小さい不確かさでプランク 定数の値が決定されていることがわかる.ゆえに 2018 年 11 月 16 日に開催された第 26 回CGPMにてキログラ ムの定義改定が決定し,2019 年 5 月 20 日に新しい定義 が施行された 5)

2. 4 プランク定数の精密測定

プランク定数の決定には,2 つの実験方法が用いられ ている.1 つはキッブルバランス法であり,もう 1 つは X線結晶密度法である.以下,これらの実験手法につい て簡単に解説する.

2. 4. 1 キッブルバランス(ワットバランス)法 キッブルバランス法の概念は 1976 年にNPL(英)の

Kibbleらによって提唱されたものであり,ジョセフソ

ン効果と量子ホール効果からプランク定数を測定するた めに開発された方法である.電気的に発生させた力と重 力を釣り合わせてプランク定数の測定を実現する 20) キッブルバランス法の概要とプランク定数の測定につい ては様々な解説論文が出版されているので 13),21),22),23) それらを参考に原理と測定方法について簡単に解説す る.キッブルバランス法によるプランク定数の測定には 大きく分けて 2 つの実験モードが存在しており,それぞ れを電流測定モードと電圧測定モードと呼ぶ.

図 6 CODATAによるプランク定数の値決定に採用された 8 つの測定結果

IAC(アボガドロ国際プロジェクト)-11 NIST(米)-15

IAC-15 LNE(仏)-17 NMIJ(日)-17 NIST-17

IAC-17 NRC(加)-17 CODATA-2017 1×10-7

6.626069 6.626070 6.626071

キッブルバランス法 X線結晶密度法

CODATA 決定されたプランク定数

プランク定数(h/10-34J s)

(6)

(1)電流測定モード

電流測定モードでは,磁場中で電流を流したコイルに 働く力と,分銅にはたらく重力が釣り合うように調整 し,分銅を静止させる.図 7 にその概要を示す.磁束密 Bの磁場中にコイルを置き,磁場と垂直な向きの電 流が流れるように配置するとローレンツ力を受ける.そ の大きさは電流,磁束密度,コイルの巻数などのパラ メータによって決定される.電流を制御することで,コ イルに働く電磁気力と質量が既知の分銅にはたらく重力 が釣り合うようにすれば,次式が成り立つ.

F=mg=−I∂φ∂z=ILB (3)

ここでFはコイルにはたらく力,Iはコイルに流れる電 流,φはコイルを貫く磁束,zはコイルの鉛直方向の移 動距離である.またmは分銅の質量,gは重力加速度で ある.このように電流測定モードでは,分銅にはたらく 重力と電磁気力のつり合いの式を得ることができる.こ こで式中のφ/∂zはコイルの形状や磁場の強さから決定 されるファクターであり,基本的にその値は実験中で一 定であるとみなすことができる.

(2)電圧測定モード

電圧測定モードでは一様で時間変化のない磁場中でコ イルを一定速度で動かす.このとき電磁誘導によりコイ ルの両端には以下の式で表される電位差Uが発生する.

U=−――∂φ∂t =−――∂φ∂z ∂z∂t=−――∂φ∂z υ (4)

ここでφはコイルを貫く磁束,tは時間,zはコイルの鉛 直方向の移動距離,υはコイルの移動速度である.この ように電圧測定モードの実験では,電圧とコイルの移動 速度の計測からコイルや磁場の形状ファクターである

φ/∂zを算出することができる.したがって電流測定

モードによって得られた式とこの式を合わせることに よって次式を得ることができる.

UI=mgv (5)

この式の両辺の単位は仕事率ワットであり,それゆえに この手法はワットバランス法,もしくは開発者の名前を とってキッブルバランス法と呼ばれている.

2 つのモードでの測定によって電圧と電流,重力加速 度,コイルの移動速度と質量が一つの式によって結びつ いた.次にこの式から質量とプランク定数の関係を論じ るために,プランク定数と密接に関係する現在の電気標 準の実現方法について説明する.現在の電気量標準は,

ジョセフソン効果と量子ホール効果という 2 つの量子的 な現象によって高精度に実現されている 24).ジョセフソ ン効果とは,薄い絶縁層を挟んだ 2 つの超伝導体のジョ セフソン接合において,トンネル効果によって電流が流 れる現象である 25).ジョセフソン効果の中でも特に交流 ジョセフソン効果(ジョセフソン素子にマイクロ波を照 射すると,そのマイクロ波の周波数に応じて以下のよう なステップ電圧U nが発生する現象)を利用することに よって,非常に高精度な電圧標準が実現されている.そ の時n番目のステップのジョセフソン電圧U nは以下の 式で表される.

U nK nfJ――nfh2e (6)

ここでfはマイクロ波の振動数,K Jはジョセフソン定数

(KJ=2e/h,eは電気素量)と呼ばれる定数である.こ の式によって電圧Uをプランク定数hと電気素量e 表し,電圧標準が実現されている.

また量子ホール効果とは,異なる種類の半導体の接合 を低温,強磁場下に置くことで現れる,抵抗値が量子化

図 7 キッブルバランス法に用いられる 2 つの測定モード

(7)

される現象である  26).現在はその現象を利用して電気抵 抗の標準が作られており,その抵抗値は以下の式で表す ことができる.

R H (i)=――K

i ie h2 (7)

ここでiは整数,RKはフォンクリッツィング定数(RK

=h/e 2)であり,これによって抵抗値をプランク定数と 電気素量によって表すことができる.

これらの量子的な電気標準を用いた高精度な測定に よって電圧,電流を求める式と,キッブルバランス法の 2 つのモードでの測定結果を結びつける式から,以下の 関係式が得られる.

h=Cmgυ (8)

ここでCはキッブルバランス法の 2 つのモードにおいて,

電流や電圧の測定の際に算出されるパラメータである.

このように,キッブルバランス法では質量,重力加速度,

速度,電圧や抵抗といった量の測定値からプランク定数 を算出することができる.これらの値を 10 −8よりも小 さな相対不確かさで測定できれば,最終的に決定される プランク定数も 10 −8よりも小さな相対不確かさで求め ることができる.実際にキッブルバランス法を用いてプ ランク定数の測定,もしくは現在開発を行っている計量 研究機関としては,米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology: NIST) 27)-31), フ ラ ンス国立計量試験所(National Laboratory for Metrology and Testing: LNE)  32),33),BIPM 34),35),カナダ国立研究機 関(National Research Council Canada: NRC) 36),37),スイ ス 連 邦 計 量・ 認 定 局(Swiss Federal Institute for Metrology: METAS) 38),39), 英 国 国 立 物 理 学 研 究 所

(National Physical Laboratory: NPL)  40),41),中国計量科学 研 究 院 (National Institute of Metrology: NIM) 42),43), 韓 国 標 準 科 学 研 究 院(National Metrology Institute representing the Republic of Korea: KRISS)  44),45),ニュー ジーランド計測標準研究所(Measurement Standards Laboratory of New Zealand: MSL)  46),47),トルコ計量研究 所(Ulusal Metroloji Enstitüsü: UME)  48),49)など多数存在 する.これらの研究機関のうち 2017 年 7 月 1 日までに 十分な精度の測定を実現しCODATA-2017 の決定に貢献 できたのは,図 6 に示すようにNIST,LNE,NRCのみ である.

2. 4. 2 X 線結晶密度法

プランク定数を高精度に決定するための方法には,

キッブルバランス法とは別の方法として,X線結晶密度

(X-Ray Crystal Density)法がある  50).この手法では単結

晶試料の質量,体積,モル質量からアボガドロ定数を精 密測定する.

アボガドロ定数とプランク定数には(1)式の厳密な 関係が成り立つことがわかっている.これらの定数の中 で,プランク定数とアボガドロ定数以外は,この定義改 定への取り組みの時点ですでに良好な精度で求められて いた.(1)式右辺からアボガドロ定数を除いた

cM e α 2

―――2R  (9)

の相対標準不確かさは 4.5 × 10 −10であり,プランク定 数やアボガドロ定数の測定精度に比べて一桁以上も小さ い 51).したがって,アボガドロ定数をIPKの長期安定性 を超える 10 −8程度の相対不確かさで決定することがで きれば,プランク定数も同様の相対不確かさで決定でき る.以上のようにX線結晶密度法は,直接プランク定 数を測定するキッブルバランス法とは別のアプローチ で,プランク定数を間接的に測定する方法である.

アボガドロ定数N Aは,以下の関係式から導出するこ とができる.

N A――nVa 3 Mm (10)

ここでmは単結晶試料の質量,aは格子定数,Mはモ ル質量,Vは体積である.nは単位格子中の原子数であ る.この式は次のような考え方から導出できる.結晶の 乱れや欠陥のない純度の高い単結晶を用意し,その体積 を正確に測定することができれば,単位格子体積との比 から結晶中の原子の数を小さな不確かさで求めることが できる.また,結晶の質量とモル質量の比から物質量

(=M/m)を算出することができる.よって求めた物質 量と原子の個数から,アボガドロ定数N Aは(10)の式 で表されることとなる.この測定の精度向上のため,入 手が容易であり,最も結晶の完全性が高いと考えられて いるシリコン結晶が用いられた.シリコン原子の単結晶 は図 8 のようなダイヤモンド構造を取り,単位格子中の 原子数は 8 つ(n = 8)である.体積測定に適した試料 の形状としては,立方体と球体が考えられる.立方体の 場合,角やエッジ部分の欠損が体積に及ぼす影響を小さ な不確かさで測定することは容易ではない.一方,真球 度の高い球体の体積は様々な方位からの直径測定の平均 値から小さな不確かさで決定できる  52).このため,アボ ガドロ定数決定のための体積測定にはシリコン単結晶製 の球体が用いられた.この球体は,質量が約 1  kgにな る大きさに研磨されている.球を約 1  kgで製作するこ とによってキログラム原器との直接比較による正確な質 量測定が可能である.もし 1  kgより小さな球,もしく

(8)

は大きな球を製作した場合,分量校正や倍量校正という ステップが追加されることとなり,質量決定の不確かさ が増す.

自 然 界 の シ リ コ ン に は 3 種 類 の 安 定 同 位 体

 28Si, 29Si, 30Si)が存在するので,モル質量を求めるため にはこれらの同位体の存在比を測定する必要がある.こ れは質量分析計で測定できる.また,格子定数はX 干渉計により高精度に決定できる  53).2003 年に産総研 が実施したプランク定数の測定では,このモル質量測定 がボトルネックとなり,アボガドロ定数の測定精度は 2

× 10 −7が限界であった 54)

この問題を解決するために,NMIJは海外の 7 つの研 究機関と協力して, 28Siだけを濃縮したシリコン単結晶 からアボガドロ定数を決めるための国際研究協力「アボ ガ ド ロ プ ロ ジ ェ ク ト(International Avogadro Coordination project: IAC project)」を 2004 年から開始 した  55)-57).NMIJ,ドイツ物理工学研究所(Physilalisch- Technische Bundesanstatt: PTB),オーストラリア計量 研 究 所(National Measurement Institute, Australia:

NMIA),NIST,NPL, イ タ リ ア 計 量 研 究 所(Istituto Nazionale di Ricerca Metrologica: INRIM),BIPM,標準 物 質 計 測 研 究 所(Institute for Reference Materials and Measurements, EU: IRMM)が参加し,それぞれの研究 機関が得意とする分野を担当する国際分業によりプロ ジェクトを遂行した  56)

この詳細については参考文献  56)が詳しいので,ここで は概要のみ解説する.実際に測定が行われた単結晶シリ コン球は,高い真球度で研磨された.このシリコン球は モル質量測定の不確かさを減少させるため,シリコンの 安定同位体 28Si, 29Si, 30Siのうち, 28Siを人工的に 99.99  %

まで濃縮して作られている.この 28Si濃縮球に対して,

不純物・欠陥の評価,モル質量の測定,格子定数の測定,

シリコン表面層の評価,体積の測定,質量の測定が行わ れ,最終的なアボガドロ定数N Aの測定結果が得られて いる.図 6 に示されたCODATA-2017 に貢献した値とし ては,IACにおける測定値  57)と,その後NMIJが独自に 測定し直した値  58)が用いられている.

以上の 2 つの手法によって各国がプランク定数の高精 度測定を行い,十分な精度でCODATA-2017 のプランク 定数の値を決定することができた.これを受け,2018 年 11 月 16 日の第 26 回CGPMにおいて定義改定が決定 された.

2. 5 新しい定義に基づくキログラムの現示方法 定義改定後は,プランク定数に基づいてキログラムを 現示する必要がある.現在考えられているのは,2.4 節 でプランク定数の決定に用いたキッブルバランス法やX 線結晶密度法を利用する案である.まずX線結晶密度 法の場合は,(1),(10)式からシリコン球の質量m 下記の関係式で表すことができる.

m=8――VMa 3 cM2R ――― e hα 2 (11)

すなわち,プランク定数に基づいて約 1  kgのシリコン 球の質量を正確に決定することにより,新しい定義に基 づくキログラムを現示する器物として用いることができ る.次にキッブルバランス法の場合,(8)式から,キッ ブルバランスで測定する分銅の質量mを下記の関係式 で表すことができる.

m=――Cgυh (12)

すなわち,キッブルバランスを用いて分銅の質量を測定 すれば,その値はプランク定数に基づいて決定された質 量値である.

2.2 節で紹介したように,現行の定義ではIPKの質量 を基準とした等量比較によって 1  kgの標準分銅の校正 を行う.そして,公称質量が 1  kgより大きい,もしく は小さい質量の分銅に値を付ける校正は,それぞれ倍量 法,分量法と呼ばれる方法によって実現される.よって 1  kgから離れた分銅である程,校正の不確かさが積み あがる.しかしIPKという人工物に頼らない,物理定 数に基づく新しい定義では,こういった大質量,小質量 の標準を 1 ステップで実現できる.実際にはいくつかの 理由からX線結晶密度法やキッブルバランス法はその 実現方法としては最適ではないと考えられている.詳し いことはサブミリグラムの微小質量領域を例に第 6 章に 図 8  シリコン単結晶格子

(9)

て解説する.ここでは先に定義改定後の質量標準供給体 制についての調査結果を報告する.

2. 6 新しい定義に基づくキログラム現示の国際整合性 これまでの定義では,定期校正によって各国の原器と IPKのトレーサビリティが確認されていた.今後,プラ ンク定数に基づくキログラムの現示は各国NMIが独自 に行い,それぞれに自国の質量標準供給を行う.よって それだけでは各国で現示したキログラム同士の整合性が 確認されていない.キログラムの定義を改定する前に,

共通のプランク定数を用いて各NMIで独立して実現し,

各々が実現した質量が不確かさの範囲内で整合するかど うかを確かめておくことが重要であった.そこで 2015 年に,CIPMの質量関連量諮問委員会(CCM)ではキ ログラムの現示に関する先導研究(Pilot Study)を開始 した.当時,キッブルバランス法やX線結晶密度法を 用いてキログラムを現示することができたNMIJ,PTB,

NRC,NIST,LNEなどでは,共通のプランク定数の値

(CODATAの 2014 年の推奨値)  51)に基づき,各NMI 独立してキログラムの現示を行い,その整合性を確認す るための実験が行われた.図 9 にその概要を示す.この

Pilot Studyではプランク定数に基づくキログラムの現示

能力の各国の整合性確認と,現在のIPKに基づいた定 義のキログラムとプランク定数に基づいたキログラムと の間の連続性について確認することを目的としていた.

このPilot Studyにて,LNE,NIST,NRCはキッブル バランス法を用いて,NMIJPTBは国際アボガドロ プロジェクトの 28Si濃縮球を用いて,各参加国がこの

Pilot Studyのために準備した仲介器の校正をそれぞれに

行った 59).そして各国の仲介器の間での質量比較や,

IPKにトレーサブルな標準分銅と仲介器の質量比較を行 うため,この仲介器をBIPMに送った.この仲介器は 2 組の標準分銅群から構成されていて,1 組目は,IPK 各国キログラム原器と同様の白金イリジウム標準分銅 と,参加各国がそれぞれ任意に選択した二次標準で構成 されている.これらの標準の質量値は基本的にはキッブ ルバランスでの直接校正または 28Si濃縮球との直接比較 によって校正が行われている.キッブルバランス法やX 線結晶密度法を用いて質量決定するために必要なプラン ク定数の値は,CODATAの 2014 年の推奨値を使用して いる  51).また,これらの標準分銅の値付けの不確かさを 最小にするために,校正は基本的に真空下で行われてい る(例外として,LNEのキッブルバランスはこの時点 では真空下での校正ができていない).

2 組目は 2 つの 1  kgステンレス鋼標準から構成され ている.これらもキッブルバランスや 28Si濃縮球にト レーサブルに校正されている.ただし 1 組目と異なりそ の質量値は空気中での校正から決定されており,それゆ え表面収着の補正や浮力補正が行われている.

これらの 2 組の仲介器が各NMIからBIPMに輸送さ れ,IPKにトレーサブルな質量標準(ワーキングスタン ダード)を用いて空気中と真空中で質量校正が行われ た.このようにして,IPKとプランク定数に基づくキロ グラムそれぞれを用いて仲介器の質量値が校正され,校 正値の差が評価された.その結果が図 10 に示されてい る.図 10 では,各仲介器で評価された校正値の差の重 み付き平均を参照値としていて,それを基準値として各 NMIが付けた校正値の偏差を評価している.これによっ 図 9 プランク定数に基づくキログラム実現の国際整合性比較のPilot Studyの概要

(10)

て各国が同じ質量単位の現示を行う際の整合性の確認 と,質量標準の頒布を行うための能力評価が行われた.

また,これによって現在のIPKに基づく校正との整合 性を確認し,新しくプランク定数に基づいてキログラム を実現した際のこれまでの質量値との連続性の検証も行 われた.

上記の仲介器の質量比較では,LNEの校正値の偏差だ け値が大きい(図 10).LNEを除く 4 つの参加国の校正 値の偏差の重み付き平均値の標準不確かさは 0.010  mg であった.IPKに基づくワーキングスタンダードの校正 値と,この重み付き平均値との差は 0.001  mgレベルで

あることが確かめられている.また,空気中での比較校 正でも同程度の不確かさが示されている.ゆえに現時点 では,プランク定数に基づくキログラムの現示の不確か さに対し,真空中から空気中への輸送による影響や浮力 の補正は,主要な不確かさの要因になっていないことが わかった.実際の質量標準の頒布は空気中で行われるた め,これは重要な情報である.この質量比較の結果は,

プランク定数の決定時に同様の測定で得られた結果とよ く一致している.つまり,このPilot Studyにおいて,

仲介器を挟んで質量比較を行ったことによる大きな影響 はないことがわかった.

2. 7 定義改定後の質量標準供給のトレーサビリティ 前節までに,新しい定義に基づくキログラムの実現 と,質量標準供給時の現示方法,その国際整合性の確認 について紹介した.ここまでに紹介した各国キログラム の現示体制のこれまでとの変化を図 11 に整理した.図 11 左側のように,これまでのキログラムはIPKに基づ いており,各国の一次標準である質量の国家標準を定期 的にBIPMに持ち込み,IPKとの質量比較によって定期 校正を行う必要があった.定義改定後は図 11 右側のよ うに,各国それぞれ独自にプランク定数に基づいたキロ グラムの現示を行い,それを一次標準として質量標準供 給に用いる分銅との質量比較で値付けを行っていくこと になる.定義改定にあたり,これまで各国のキログラム 原器として扱われていた白金イリジウム分銅は原器とし ての役目を終えることになる.しかし,これまで国家標

図 11 質量標準供給の現状と今後 図 10 真空中と空気中における各仲介器の質量値の,IPK

とプランク定数それぞれに基づくキログラムによる 校正結果の偏差

BIPM(IPK) LNE NIST NMIJ NRC PTB 0.10

0.05 0.00 -0.05 -0.10 -0.15 -0.20 -0.25 -0.30

重み付き平均質量からの偏差(mg)

真空中での測定結果 空気中での測定結果

(11)

準として扱われてきた優秀な分銅であるので,今後の動 向次第で上位の分銅群の一部として今後もしばらくは使 用される可能性が高い.

現時点では,プランク定数に基づいて十分な精度で独 自にキログラムの現示が行える国は数か国にとどまる.

よってしばらくの間は,新定義に基づいたキログラムの 現示を行える国々が値付けした分銅群をBIPMが管理 し,それらの分銅群を用いて独自にキログラムの現示が できない国の国家標準の値付けを行う予定である.

また,現在の定義から新しい定義へ移行するまでの過 程としては,各研究機関が独自に実現したキログラムの 国際整合性を確認することが要求されている.その過程 については,CCM内に設立された,定義改定後のキロ グラム頒布のためのタスクグループ(CCM - TGPfd - kg)が作成しているshort note 60)にまとめられている.

2. 8 定義改定後の日本国内の質量標準供給トレーサビ リティ

日本国内の質量標準供給トレーサビリティが,キログ ラムの定義改定前後でどのように変化するかが検討され ている.図 12 にその概要を示す.IPKに基づく現在の 質量標準供給トレーサビリティは,2.1 節にてすでに紹 介した.その要点のみを簡潔にまとめたのが図 12 の左 側である. IPKをトレーサビリティの頂点とし,IPK との質量比較によってNMIJにて保管している日本国キ ログラム原器の質量校正を行う.次は副原器の校正,そ の次はワーキングスタンダードである参照標準分銅群の 校正,と順々に質量比較による値付けを行う.そしてこ のワーキングスタンダードとの質量比較によって,質量

計測の一般ユーザーの分銅校正や,膨大な量の一般ユー ザーの分銅校正業務を請け負うJCSS登録事業者の分銅 校正,NMIJの法定計量グループが質量基準器検査に用 いる分銅の校正を行っている 11),12)

一方,図 12 の右側のように定義改定後はトレーサビ リティの頂点がIPKからプランク定数に置き換わる.

そしてプランク定数に基づいてキログラムを現示する器 物としてシリコン球が用いられる.そしてシリコン球か ら最上位の標準分銅群に値が移された後のトレーサビリ ティ体系は,定義改定前と変わらない.これまで日本国 キログラム原器・副原器として用いられていた白金イリ ジウム分銅の今後の扱いについては,まだ検討中であ る.これまで日本国の質量標準供給トレーサビリティの 頂点として役割を果たしてきた優秀な標準分銅であるた め,シリコン球から値を移す最上位の分銅群の一部とし て用いられる可能性もある.これらの具体的な供給体制 はまだ検討段階であり,今後,確実な質量標準供給体制 を整備するために精査が必要である.

2. 9 質量標準の維持・管理

IPKや各国のキログラム原器,定義改定後のシリコン 球などは非常に重要な器物であり,実際の質量標準供給 の現場における使用頻度は少ない.それらの器物の質量 値にトレーサブルなワーキングスタンダードが実際の質 量比較校正の現場では用いられ,使用頻度も高い.これ らのワーキングスタンダードの質量値をいかにして安定 した状態のまま維持し,かつ効率よく管理するのかを検 討することは非常に重要である.その重要性を示す例と して以下のような事例がある.キログラムの定義改定に あたり,各国のキログラム原器の質量値の校正は第 3 回 の定期校正(1988 年から 1992 年)以降行われていない ため,臨時の校正(Extraordinary calibration)が行われ た 61).この中で,BIPMにて維持・管理されていたワー キングスタンダードの校正も行われた.その結果,最大 で 35 µg程度変動していたことが判明した.つまり,こ のワーキングスタンダードを用いた比較校正によって BIPMから供給されていた質量値が最大で 35  µgずれて いた可能性がある.このように質量校正に使用していた 標準の値がいつの間にか変わってしまっていたという事 例もあるため,いかにしてこのようなトラブルを避け,

安全・安定かつ効率よく日本のワーキングスタンダード を維持・管理していくかを考える必要がある.現状 NMIJでは,1  kgのワーキングスタンダードを複数所持 し,1  kgの分銅群として群管理している.群管理の概 念図を図 13 に示す.1 つの分銅に異常が起きても分銅 図 12 日本国内の質量標準供給トレーサビリティの変化

(12)

群内での相互比較から異常が確認できる体制が構築され ている.この管理手法は群内の様々な組み合わせで質量 値比較を行うため,非常に労力を必要とする.より効率 よく,簡単に維持管理する手法について検討することは 重要であろう.定義改定後は 1  kgからの分量法・倍量 法による校正を挟まずに,直接 1  kg以外の分銅の質量 値を校正することも可能となる.群管理または他の新し い方法を用いて,1  kg以外のワーキングスタンダード を直接維持・管理していく体制を今後検討していくこと は重要である.

3.NMIJ における新定義キログラム現示の高精度化

3. 1 プランク定数に基づくキログラムの現示精度向上 の意義

プランク定数に基づくキログラムの現示方法として,

NMIJではX線結晶密度法を用いて約 1  kg 28Si濃縮球 の質量を絶対測定する.現時点での 28Si濃縮球の質量決 定の相対不確かさは 2.4 × 10 −8であり,質量換算すると 約 1  kgの球に対して 24  µg程度である.この不確かさ の大きさは,図 6 の他研究機関の示す最新の精度と比較 すると,NRCの 9.1  µg,PTBの 14  µg  62),NISTの 13  µg に次ぐ 4 番目の精度であり,キログラム実現の不確かさ が比較的大きい  19).今後,各国と同等以上の精度でプラ ンク定数に基づいた質量標準を国内に供給するために,

不確かさをより小さくしていく必要がある.ここでは,

NMIJにおける高精度化への取り組み状況について紹介 する.

3. 2 28Si 濃縮球の質量決定の不確かさ

NMIJにおける 28Si濃縮球の質量決定の主な不確かさ 要因のバジェットシートを表 1 に示す  58).主な要因とし

ては, 28Si濃縮球の純粋なシリコン部分の体積測定(コ ア体積測定),シリコンの酸化膜や炭素汚染層,水など で構成された表面層の質量評価,モル質量測定,シリコ ン結晶の格子定数の評価,不純物や欠陥による質量損失 の評価が挙げられる.この中で最大の不確かさの要因 は, 28Si濃縮球のコア体積決定の不確かさである.コア 体積の決定はレーザー干渉計による 28Si濃縮球の直径測 定によって行われている.図 14 は,球のコア体積を精 密測定するためにNMIJで独自に開発したレーザー干渉 計を示している 58),63)-65).この干渉計では,レーザーの 光周波数を精密に制御することでシリコン球の形状をサ ブナノメートルの精度で測定することができる.次節で はこのレーザー干渉計を用いた球体体積測定システムに ついて簡単に解説する.

3. 3 レーザー干渉計を用いた球体体積測定

この節では,NMIJで開発したシリコン球の球体体積 測定システムについて,レーザー干渉計,球体温度測定,

球体体積測定の部分に分けて簡潔に解説する.詳細な解 説については各該当部に記載した参考文献を参照してい ただきたい.

図 14 NMIJで開発したレーザー干渉計 表 1  28Si濃縮球の質量測定の不確かさバジェット 図 13 ワーキングスタンダードの群管理の概念図

図 1  国際キログラム原器  3) (International prototype of kilo- kilo-gram: IPK)

参照

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