issue date
2017/07/19
ソニーフィナンシャルホールディングス シニアフェロー、チーフエコノミスト
菅野 雅明
前月の当レポート「世界経済はスーパーゴルディロック ス-戦後最長の景気拡大が視野に-」(6 月21日)で は、足下の米国を中心とする景気拡大局面が「超適温」
であり、2018 年を超えて続く可能性が高いことを指摘 した。当レポートでは、前回レポートでは十分に分析で きなかった論点、とくにゴルディロックス経済のリスク要 因ついて過去の事例を参考にしつつ考察することとす る。
1 . ゴルディロックスとボラティリティ
今回の分析を始める前に、前回レポートで指摘したゴ ルディロックス(適温)経済の特徴点を今一度整理して おきたい。
① 緩やかな(潜在成長率を多少上回る)経済成長
② インフレ率が低下(あるいは低位安定)
③ 長期金利が低下(あるいは低位安定)
④ 市場のボラティリティが低下(あるいは低位安定)
⑤ 中央銀行の緩やかで市場フレンドリーな利上げ
⑥ リスク資産(株式、不動産、ハイイールド債など)の 価格上昇
⑦ 先行きに対する楽観論が支配(リスクオンに)
⑧ ゴルディロックス相場の終焉は「中央銀行の利上 げ」で、資産価格急落
以上①~⑧のうち、前回レポートであまり触れなかった
③の「市場のボラティリティ」について、述べてみたい。
ボラティリティの代表として、VIX 指数(シカゴ・オプショ ン取引所のS&P500に関するボラティリティ指数、値が 上昇するほど市場参加者の株価下落予想が強まるこ とを示す)を取り上げてみる。VIX指数が低位安定して いることは、株式市場参加者が株価下落リスクをあま り認識していないことを示す。過去の局面を振り返ると、
VIX指数は、リーマンショック時には80を超えたが、一 般に、数年に一度のショック-アジア通貨危機(1997)、
LTCMショック(1998)、ITバブル崩壊(2001)、同時
多発テロ(2011)、ユーロ危機(2012)など-が発生す ると、同指数は40を超える。一方、同指数が20を下回 ると、市場参加者が判断する株価の下落リスクは小さ いということになる。
ゴルディロックス経済とVIX指数の関係をみると、ゴル ディロックスの下ではVIX指数が低位安定する傾向が あり、同指数は概ね 20 以下となっている(図表 1)。
VIX指数が20~30の間は微妙だが、かなり大きなシ ョックが発生するとVIX指数は40を超え、株価の下落 リスクが高まっていることを示す。なお、VIX指数が30 以下であっても、必ずしもゴルディロックスとは言えない。
とくに、景気回復初期の局面では、株価が大きく値下 がりし(「売られ過ぎ」の状況)、VIX 指数も下落する傾 向があるが、これはリスクオンの状況とは言い難く、ゴ ルディロックスとは言い難い。
(図表1) ゴルディロックスとVIX指数
過去の VIX 指数の動向を振り返ってみると、1990 年 以降 3 回(今回を含む)のゴルディロックス相場を経験 してきた。第1回目は1990年代で1992年初から1997 年7月まで(5年7カ月)、第2回目は2004年初から 2007年6月まで(3年6カ月)、第3回目は2016年7 月から足下まで、である。この間、米国株価(S&P500) は、第 1 回目で 2.3 倍(年率 16.1%)、第 2 回目で
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90
1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014 2017 第1次
ゴルディロックス
(1992~97)
第2次 ゴルディロックス
(2004~07/6)
第3次 ゴルディロックス
(2016/7~)
出所:Chicago Board Optionbs Exchange, Bloomberg 指数
KEY POINT
今回のゴルディロックス経済は2016年央に始まり、1年経過。まだ若い局面。過熱には程遠い
FRBの金融正常化の下でも米国銀行の貸出態度は緩和的であり、マネー縮小リスク小さい
低インフレの下ではブラックマンデー再来の可能性は低いが、為替レートでの協調が崩れるリスクに注意
市場でのミスプライシングの可能性があるのは、先行きのインフレリスクを織り込んでいないこと
スーパー・ゴルディロックス ( パート2 )
―ゴルディロックス経済のリスクとは―
35.2%(同 9.0%)上昇している(今回は、これまでに 17.2%上昇)。過去のゴルディロックス相場がいつ始ま ったかを厳密に規定することは困難だが、ゴルディロッ クス相場の終焉は明快だ。何らかのショックとともに、
VIX指数がある日突然ジャンプするからだ。第 1回目 の終焉はアジア通貨危機(1997年7月)、第2回目の 終焉はパリバショック(2007年8月)だ。
また、今回のゴルディロックス相場は、「2016年7月か ら始まった」と考えている。VIX指数は、2015年8月に 中国の人民元切り下げショックから一時40.7まで上昇 したあと一旦は20以下に低下したが、2016年初には 原油価格急落を受けて再び上昇した(2月11日:28.1)。
その後は、再び20を割り込んで推移していたが、市場 参加者の間では、引き続き、中国経済の底割れリスク と原油価格の下落リスクが「テールリスク」(起きる可能 性は低いが、起きると大きなショックになると予想され るリスク)として認識されていた。こうしたテールリスク が払拭されたのが 2016 年央であった。実際、主要国 の PMI 指数などでみると、企業景況感が明確に底打 ちして反転したのは2016年夏なので、2016年7月を 今次ゴルディロックス(スーパーゴルディロックス)経済 の起点とした。この見方が正しいとすると、今次ゴルデ ィロックス相場は丁度 1 年経過したところであり、第 1 回目(5年7カ月)、第2回目(3年半)と比べると、まだ 若いことが分かる。
(図表2) 主要国の製造業PMI
2. ゴルディロックス長期化に対するリスク
前回レポートでは、今回のスーパーゴルディロックス経 済が長期化する可能性が高いことを示したが、当然リ スクは存在する。当面のリスクとしては、FRB(連邦準 備理事会)、ECB(欧州中央銀行)による金融正常化 が金融市場と実体経済に及ぼす影響だ。金融政策の 波及経路は、金利、マネーの量、ボラティリティの 3 つ だが、このうち金利については前回レポートの図 1「米 国政策金利と期待インフレ率」で示したとおり、足下の
米国短期実質金利は依然としてマイナスで、今後予想 される利上げペースを前提としても、短期実質金利が 実体経済を抑制する水準に上昇するには、3年以上か かる見込みだ(詳細は前月号レポート参照)。
では、マネーの量についてはどうだろうか。FRB による 資産圧縮は間もなく(当社予測では本年9月)開始され る見込みだ。これは、明らかに実体経済に対し抑制的 に作用する。しかし、資産圧縮ペースは極めて緩やか になると見込まれ、長期金利に対する押し上げ効果も 今後5年間で20bp程度との見方が多い(当社では長 期金利の上昇幅は 20bp以上となる可能性もあると考 えるが、それでも実体経済への影響は軽微であろう)。
資金のアベイラビリティの観点から重要になるのは、銀 行の貸出態度だ。実際、FRBの銀行向けアンケート調 査(シニアローン・サーベイ、図表3)では、2015年後半 から2016年前半にかけて、銀行の貸出基準がやや厳 格化されたとの結果が示されているが、2016年10月 には「厳格化した」と回答した銀行の割合が減り、2017 年4月には、利上げが継続したにも拘わらず「緩和」が
「厳格化」を上回った。先行きについても、FRB の追加 利上げで銀行の貸出基準がタイト化するとは限らない。
一般に「イールドカーブがフラット化すると銀行収益にと ってマイナスになるので、銀行は貸出基準を厳格化す る」との見方が多いが、これは「その他の条件一定」と いう前提であり、実際には常に当てはまる訳ではない。
前回局面でも、貸出基準が本格的に厳格化したのは、
2007年7月以降で、金融市場が先行き警戒感を強め た後だ。銀行の貸出基準厳格化が景気を下押ししたと いうよりも、銀行を取り巻く経済環境が悪化したことが 銀行の貸出基準を厳格化しているように窺える(実際 には、両者が相互に影響しあっていると考えるべきで あろう)。このほか、トランプ政権下では、金融規制改革 法(ドッド・フランク法)が見直される方向だ。金融規制 緩和は銀行のリスクテイク意欲を高め、銀行貸出の増 加要因となりうる。「マネー縮小リスク」に過剰な懸念は 不要だ。
(図表3) 米国銀行の貸出態度
46 48 50 52 54 56 58
2015/1 2015/5 2015/9 2016/1 2016/5 2016/9 2017/1 2017/5 ユーロ圏
中国 日本
米国
(出所)Bloomberg 指数
-40 -20 0 20 40 60 80 100
2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016 DI, %pポイント、厳格化―緩和
出所:FRB、Bloomberg
大企業向け
中小企業向け
金利と量のほかに、ボラティリティにも注意が必要だ。
2013年5月には、バーナンキ議長の発言で長期金利 が急騰し、テーパータントラム(量的緩和の縮小による 市場の動揺)が起きた。米国 10 年国債利回りは、
2013年5月初の1.6%から9月初には3.0%まで上昇 した。しかし、これが FRB にとっての学習効果となり、
FRBの市場に対する情報発信はその後極めて慎重に なっている。なお、2013年5月のテーパーテントラムで は、米国長期金利の急騰から、新興国の株式市場で は資金流出懸念から株価が下落したが、米国株式市 場のVIX指数は小幅の上昇(4月30日の13.5から6 月 20 日の 20.5 へ)、株価(S&P500)の調整は小幅
(-5.8%)に止まった。
一方、気になるのは、ECBの動きだ。ECBでは、早け れば 9 月にも資産買入の減額を決定し、2018 年央に はテーパリングを完了させる可能性がある。利上げは まだ先の話だが、ECB の金融正常化の過程で市場と のコミュニケーションがうまくいかない場合には、市場 のボラティリティが高まるリスクがあるので、要注意だ。
とくに ECB の場合には、ドイツを中心とする金融政策 タカ派とフランスなどのハト派が混在しており、ドラギ議 長が微妙なバランスを保っているが、市場との対話と いう面ではリスクを孕んでいる。当社では、ECB の資 産買入減額と利上げが欧州および世界景気を失速さ せるとは考えていない(当社 Special Report「欧州発 のテーパータントラム?ユーロ経済圏は大丈夫か」(7 月18日)参照)が、引き続き注視すべきポイントである ことに変わりはない。
3. ブラックマンデー、プラザ合意の再来あるか
前回レポートでは、メインシナリオとして「ゴルディロック ス経済が短期間に終了するような大きなショックはない」
場合を想定したが、ショックを事前に正しく予想すること は困難だ。とくに政治的な動きが背景にある場合はなお さらだ。ただし、過去の事例を検証することにより、将来 起こるかもしれない政治リスクの市場と経済への影響を 予め勘案する一種のブレーンストーミングを行うことは重 要であろう。
ここでは、1980 年代に起きた 2 つの事例、ブラックマン デー(1987年10月19日)による株価急落とプラザ合意
(1985年9月22日)によるドル円急落のケースを考えて みることとしたい(図表4・5)。
(1) ブラックマンデーの再来の可能性は低い
ブラックマンデーは、インフレを懸念する米国がドル安に 伴う弊害を是正すべく、主要国に政策協調を呼びかけた にも拘わらず、ドイツが金利を高めに誘導したため、米
独間(米国ベーカー財務長官vs独シュトルテンベルグ蔵 相)で政策論争が起き、市場がこれに過剰反応し、世界 同時株安となったケースである。NY ダウは 1 日で 22.6%(S&P500 では 20.5%)下落した。米国株価がブ ラックマンデー直前の水準を回復するのに 2 年を要した。
また、米国長期金利(10 年国債利回り)は、10.1%から 9.6%へ 1 日で50bp下落した。ブラックマンデーに至る までの経緯を見てみると、FRBは1986年12月以降4 回の利上げを実施し、FFレートは5.88%から7.25%へ 引き上げられたが、この間株価と長期金利はともに上昇 傾向を辿った。なお、ブラックマンデーの影響は日本にも 及んだが、日経平均株価の下落(1987年10月22日)
は 14.9%に止まり、日経平均株価は半年でブラックマン デーによる下落を埋めた。当時、世界の株価を下支えし たのは日本であった。
FRB が利上げを実施するなかでのショック、という構図 は今回の局面でも起こりえないとは言えない。1980年代 後半は世界の政策協調が大きなテーマだったが、米独 間で政策の不協和音が発生したため、市場が突如リス クオフになり、それが株価と長期金利の急落を招来した。
足下でも、米国トランプ政権は「米国第一主義」を掲げ、
他国との政策協調についての優先順位は低い。その意 味では、米国と他の主要国との間に政策の不一致が生 じるリスクは低くない。
(図表4)1980年代後半の株価
(図表5)1980年代後半の長期金利と為替レート
10000 15000 20000 25000 30000 35000 40000
1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000
1984 1985 1986 1987 1988 1989
日経平均
(右軸)
NYダウ
(左軸)
1987/10/19
出所:Bloomberg ドル 円
5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
100 120 140 160 180 200 220 240 260
1984 1985 1986 1987 1988 1989
Plaza Accord
(1985/9/22) Black Monday
(1987/10/19) 米国10年債
(右軸)
FF金利
(右軸) ドル円(左軸)
出所:Bloomberg
円/ドル %
しかし、重要なのは、米独とも、当時の政策課題は「イン フレ抑制」であり、自国通貨を強くすることであった。足下 では、インフレ率が中央銀行の目標値を下回っており、
通貨切り上げ競争が起きる環境にはない。ブラックマン デー型のショックは、インフレ率が中銀の目標を上回った あとに起きることはあっても、現在のような低インフレ下 で起きる可能性は低い。
また、ブラックマンデーという大きなショックにより、株価 が急落し、市場のボラティリティが高まったにも拘わらず、
景気への影響は限定的であったことも併せて重要な点 だ。米国では、ブラックマンデー直後に FRB はいち早く 利下げに転じ、政策対応で景気後退入りを免れた。これ は、リーマンショック(2008 年 9 月)時とは明らかに異な る。リーマンショックでは、単に株価が急落しただけでなく、
金融機関の破綻が相次いだことが景気後退への引き金 となった。米国株価はブラックマンデー後低迷したが、
1989年8月にブラックマンデー前の最高値を更新したあ とも緩やかに上昇し、米国景気がピークアウトして後退 期に入る1990年7月まで上昇傾向が続いた。今回の局 面でも、今後小さなショックは幾度か起きるであろう。市 場は、その都度リスクオフになるであろうが、それが直ち に景気後退をもたらす可能性は低い。FRB は利上げと バランスシート圧縮を中断するという選択肢を有するし、
必要なら利下げでの対応もありうるからだ。
(2)為替ショックの可能性は低いが排除できず
次に、1985年9月のプラザ合意のケースを考えてみよう。
1980 年代前半の米国経済は、インフレ鎮静化を目指し たボルカーFRB 議長(当時)による強力な金融引き締め を背景にドル高が進行、その結果国際収支の赤字ファイ ナンス問題が深刻化、財政赤字と合わせて「双子の赤字」
問題への対応が米国の経済政策の優先課題となってい た。そこで、米国政府は、先進5 か国(G5)蔵相・中央銀 行総裁を1985年9月22日、NYプラザホテルで開催し、
為替レート安定化についての国際協調が実現した。これ を受けてドル円レートは、プラザ合意以前の 240円台か ら急落、その後も下落傾向は続き、ドル円レートが 120 円台で下げ止まったのは、1987年2月のルーブル合意 後であった。
ドルの実力を示すドルの実質実効レートは、本年 1 月に ピークをつけたあと小幅下落しているが、歴史的な高水 準にある(図表6)。今後、米ドル金利の上昇とともにドル 高が再び進むような場合には、トランプ政権の下で「ドル 安政策」の優先度が高まる可能性は否定できない。もっ とも、1980 年代前半とは状況が明らかに異なる面も存 在する。当時は、米国のインフレ率が高かったため、ドル 長期金利も高止まりし、それがドル高を支えていた面が
あったが、足下では、ドル長期金利は歴史的な低水準と なっている。その要因の一つがユーロ圏でのディスイン フレ傾向を背景とする長期金利の低さだ。足下のドイツ 10年国債の利回りは55bp(7月18日)に止まっている。
このため、世界の投資資金が米国長期国債に集中し、
低金利状態を作り出している。このような状況は、米国 の財政赤字と国際収支赤字ファイナンスのためには好 都合だ。ドル高を急激に是正すると、海外資金が流出す る(あるいは流入しづらくなる)可能性がある。トランプ政 権を支える経済ブレーンは、トランプ大統領のドル安政 策に反対する者も少なくない。
とはいえ、為替レートは高度な政治マターでもあるので、
今後も要注意だ。当社では、少なくとも当面は、ECB の 金融正常化が進み、ユーロ高が進むと予想するので、ド ルの実質実効レートは緩やかに低下すると見込んでおり、
米国政府によるドル高是正の要求が表面化する可能性 は低いと思われる。しかし、こうした経済的な発想が常に 優先するとは限らない。プラザ合意が実現した1985年9 月は米国大統領選挙の 2 か月前だった。その年の大統 領選挙ではレーガン大統領が当選し、2 期目を務めるこ ととなった。プラザ合意はレーガン政権の成果として米国 民への強いメッセージとなった。その意味では、来年の 中間選挙前と2000 年の次期大統領選挙前は要注意だ。
大統領選挙を有利に進めるために、トランプ政権がドル 安のカードを切ってこないとも限らない。勿論、現段階で その可能性が高いとまで言うつもりはないが、要注意で ある。ただし、その場合は、プラザ合意のような主要国の 合意というよりも、トランプ大統領がSNSで「つぶやく」だ けで十分かもしれない。
(図表6)ドルの実質実効レート
4 . 市場のミスプライシングはどこにあるか
過去の景気回復局面の終焉は、FRBによる大幅な利上 げの後に起きた。ゴルディロックス経済は適温経済では あるが、長期化することにより資産価格が上昇し、最後 にはインフレ率が上昇することで、中央銀行は大幅な利 上げを余儀なくされた。前記の1980年代の2つの政策
100 110 120 130 140 150
1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004 2008 2012 2016 1980/1月=100
出所:Bloomberg
ショックは、いずれも高いインフレ率の下で起きた現象だ。
その意味では、真に警戒すべきは「インフレ」と「資産イン フレ」だが、足下は、どこを見渡してもインフレリスクは見 当たらないし、資産市場も過熱感はない。足下でインフレ リスクを議論することは時代錯誤のようにも受けられる。
しかし、本当にそうだろうか。筆者は、もし足下の市場で 大きなミスプライシング(価格形成の歪み)があるとした ら、それは、市場が将来のインフレの可能性を過小評価 している点にあると考えている。米国インフレ連動債から 導かれる米国の今後10年間の期待インフレ率(BEI、ブ レークイーブンインフレ率)は足下で1.8%弱だ。米国10 年国債利回りが 2.3%前後と低い水準に止まっているの は、期待インフレ率が低下していることが背景だ。確かに、
過去10年を振り返ると、コアCPI前年比の平均は1.8% であり、それを見る限り、足下の10年BEIの価格形成 がミスプライシングであるとは言い難い。
しかし、だからこそ、主要国中央銀行は、利上げと資産 圧縮を含む金融正常化のペースは緩やかにならざるを 得ない。将来のインフレ、あるいは資産インフレを懸念し て早めに利上げを行うことは人々の支持を得られ難いか らだ。実際、当面のリスクはインフレ率の上昇ではなく、
先に記した「利上げ」と「マネー縮小」による実体経済の 下振れリスクだ。このなかには、米国短期金利の上昇に ともなう新興国リスクも含まれる。
(図表7)民間非金部門の債務残高(1)
(図表8)民間非金融部門の債務残高(2)
先進国における賃金上昇や資産インフレが顕現化する 前に、新興国で積み上がった民間債務問題が表面化す る可能性もある。前回のレポートでも指摘したように、今 次ゴルディロックス局面で新興国の非金融部門の民間 債務(対 GDP 比率)は上昇している。先進国の同比率 がリーマンショック後低下に転じたのと対照的だ。FRBと ECB が金融正常化を進める過程での新興国の金融経 済状況を注視する必要がある。
(ボックス)米国景気循環と米国株価の関係
米国の戦後 9 回の景気循環と米国株価(S&P500) の 関係をみると、株価のピークは景気のピークに先行する ことが多い。株価の先行性はゼロ(先行性なし)から最大 13 ヵ月という結果となっている。一般に「株価は景気に 約半年先行する」と言われているが、これは、過去 9 回 の株価と景気のピークを比較した場合の平均値に一致 する。言うまでもなく、これは経験則の域を出るものでは ないが、この経験則は「株価は景気のピークの少なくとも 13 か月前までは上昇傾向を辿る」ことを示している。こ の経験則が今後も当てはまるのであれば、仮に景気の ピークを予測できれば、株価はその 13 か月前までは最 高値を更新することになる。景気のピークの13か月前ま でに株価がピークアウトすることはない、ということだ。た だし、これはあくまで経験則であり、今回のケースに当て はまることを保証するものではない。
菅野雅明 次回のKanno Reportは、8月23日(水)発行の予定です。
米国株価 のピーク
(A)
米国景気のピーク
(B)
(B)-(A) ヵ月
1956年7月 1957年8月 13
1959年8月 1960年4月 8
1968年11月 1969年12月 13
1973年1月 1973年11月 10
1980年1月 1980年1月 0
1980年11月 1981年7月 8
1990年7月 1990年7月 0
2000年3月 2001年3月 12
2007年10月 2007年12月 2 平均 7
(注)米国株価はS&P500、米国景気ピークはNBER 60
70 80 90 100 110 120 130 140
140 150 160 170 180
2005 2007 2009 2011 2013 2015
%、対GDP、両軸
出所:BIS
新興国(右軸)
先進国(左軸)
80 100 120 140 160 180 200 220
2005 2007 2009 2011 2013 2015
%、対GDP
中国
タイ マレーシア
チリ
出所:BIS
ソニーフィナンシャルホールディングス 金融市場調査部・研究員紹介
尾河 眞樹 (おがわ まき)
執行役員 兼 金融市場調査部長 チーフアナリスト
ファースト・シカゴ銀行、JPモルガン証券などの為替ディーラーを経て、ソニー財務部にて為替リスクヘッ ジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部 長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。2016年8月より現職。 テレ ビ東京「Newsモーニングサテライト」、日経CNBCなどにレギュラー出演し、金融市場の解説を行っている。
著書に『為替がわかればビジネスが変わる(2014年日経BP社)』、『富裕層に学ぶ外貨投資術(2015年 日経新聞出版社)』、『〈新版〉本当にわかる為替相場(2016年日本実業出版社)』などがある。
菅野 雅明 (かんの まさあき)
シニアフェロー チーフエコノミスト
1974年日本銀行に入行後、秘書室兼政策委員会調査役、ロンドン事務所次長、調査統計局経済統計 課長・同参事などの役職を歴任。日本経済研究センター主任研究員(日本銀行より出向)を経て、1999年 JPモルガン証券入社、チーフエコノミスト・経済調査部長・マネジングディレクターとして日本の金融経済 分析・予測を担当。2017年4月より現職。総務省「統計審議会」委員、財務省「関税・外国為替等審議会」
専門委員、内閣府「経済財政諮問会議グローバル化改革専門調査会、金融・資本市場ワーキンググ ループ」メンバー、内閣官房「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」
メンバー、厚生労働省「年金積立金の管理運用に係る法人のガバナンスの在り方検討作業班」専門委 員などを歴任。日本経済新聞「十字路」「経済教室」、日経QUICK「QUICKエコノミスト情報」、東洋経済
「経済を見る眼」「論点」、NTT出版「危機の日本経済」など執筆多数。テレビ東京「Newsモーニングサテ ライト」レギュラーコメンテーター。1974年東京大学経済学部卒、1979年シカゴ大学大学院経済学修士号 取得。
渡辺 浩志 (わたなべ ひろし)
金融市場調査部 エコノミスト
1999年に大和総研に入社し、経済調査部にてエコノミストとしてのキャリアをスタート。2006年~2008年 は内閣府政策統括官室(経済財政分析・総括担当)へ出向し、『経済財政白書』等の執筆を行う。2011 年からはSMBC日興証券金融経済調査部および株式調査部にて機関投資家向けの経済分析・情報発 信に従事。2017年1月より現職。内外のマクロ経済についての調査・分析業務を担当。ロジカルかつ データの裏付けを重視した分析を行っている。
石川 久美子 (いしかわ くみこ)
金融市場調査部 為替アナリスト
商品先物専門紙での貴金属および外国為替担当の編集記者を経て、2009年4月に外為どっとコムに入 社し、外為どっとコム総合研究所の立ち上げに参画。同年6月から研究員として、外国為替相場につい て調査・分析、レポートや書籍、ブログ、Twitterなどの執筆、セミナー講師、テレビやラジオなどのコメン テーターとして活動。2016年11月より現職。外国為替市場の調査・分析業務を担当。
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