翻訳 : 『学習者英語の研究』
著者 矢田 裕士
雑誌名 英語英文学研究
巻 4
ページ 111‑129
発行年 1998‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009613/
翻訳 『学習者英語の研究』
矢 田 裕 士
本稿はJack CRichardsの編著Error、Alalysis∴PersPectives on Secand Language A cquisition. Longman,(1974)所収の序章と第1章の論文ヒThe
Study of Learner English. の翻訳である。近年、第二言語習得理論の研究が盛んになってきたが、その端緒ともな ったのが同書であったと言ってもよいであろう。同書の出版以来20数年が 経つが、その価値は失っていない。誤答分析は当初、米国では母語教授の 改善に役立つということで研究が進められたが、その研究手法が外国語学 習にも応用されるようになった。当然のことながら、日本の英語教育の場 合にも「母語の干渉、中間言語、言語転移、学習方略、言語規則の過剰一 般化」などと言った言語習得上の諸概念は英語学習上の困難点を解明した り、学習過程の理解のために示唆し、益することが多々あると思われるこ とから、あえて訳出を試みた。
「誤答分析」
第一部 序章(lntroductory)
第一部に掲載した2つの論文は本書全体の序論となるものである。最初 の論文は「誤答分析」の研究分野の概観となり、読者が本書のそれぞれの 論文を読むうえでの全体的展望を得るのに役立つであろう。また現在の「学 習者英語」への関心を第二言語学習に関する初期の研究と関連づける役割
も果たしている。なぜ学習者の言語を研究するのであろうか。第一言語獲
得であれ第二言語学習であれ、言語学習の習得過程に対する関心が向けら れるようになったのは比較的近年になってからのことであり、いずれも一 般言語学理論と言語指導実践にも関心を寄せている。一般言語学理論の研 究分野にとって「言語学習」は言語理論研究のための格好の実験素材とな る。もし言語がある特定の方法で系統的に構造化されているとすると、我々 は子供や大人がある言語社会の一貝となっていく時に、彼らが言語の認知 面や規則に支配された面にどのように対処しているかを観察することによ
って、言語の系統的構造性の存在証拠を観察することができると思われる。
子供の学習者の「誤り」を研究することは、とりもなおさず言語学習過程 の一部となっていると思われる認知的また言語的プロセスの型を明らかに することになると言えよう(Menyuk,1971)。 Corderが観察しているよう に、第二言語学習での学習者の「誤り」は学習者の知識の状態と第二言語 がどのように学習されているかを示してくれると言える。Corderは言語運 用の際に生ずる「誤り」をmistakesとかperformance errorsと呼び、学 習者の言語学習の移行段階の標識となる本物の「誤り(true error)」とを 明確に区別している。「誤り(errors)」を含む文は系統的に逸脱することに
よって特徴づけられるとしている。学習者の「正しい文」は学習者が使用 している規則や仮説を検証しているという証拠を必ずしも与えてはくれな いが、学習者が犯す「誤り」は彼らが新しい言語の規則や言語習得のある 段階で発達させた規則をうまく使おうとしていることを示唆してくれる。
Corderは学習者が検証しようとしている仮説は「新しい言語の体系は自分 の知っている言語の体系と同じであるのか、また異なっているのであろう か」「そして、もしそれが異なっているのであれば、その性質はいったいど のようなものであろうか」ということであろうと述べている。言語干渉の 役割に関する別の見解については本書掲載の論文のどこかでDulay and Burtにより議論されている。
Corderの論文は言語教授の理解に不可欠な重要な問題を提起している。
「教えること」と「学習されること」の関係はどのようになっているので
あろうか。そのような問題は我々が教育用のシラバスを用意し、それを用 いて教えた後にどうなるかを研究して初めて解答が得られるものである。
Corderは学習者自身が自分のシラバスを用いたり、確立して学習するこ とがよいと示唆している、その方が、その場その場での思いつきで準備さ れたシラバスよりも効果的であると述べている。そのシラバスの性質と、
それがどのような特徴を持っているのかにっいてはRichards and Samp−
sonの論文で議論されている。その論文では、学習者の言語使用を特徴づけ たり、言語使用に影響を及ぼす7つの要素が区分されている。すなわち(1)
言語転移(2)言語内干渉(3)社会言語学的状況の影響(4)どのように目標言語へ 触れているのか、またどのように目標言語を表出しているのか(5)学習者の 年齢(6)学習者の言語体系の不安定さ、そして(7)学習されている特定の項目 に内在する困難さの影響の7つである。
第1章 学習者英語の研究(The Study of Learner English)
Jack C.Richards and Gloria P.Sampson
1.序論(lntroduction)
第二言語習得理論は心理学の研究成果を取り入れながら、一般言語学か ら派生した形で発展してきた。現代の言語学理論は従来のものと比べると かなり洞察が深くなっているが、それに対して第二言語習得理論は、その 記述方法や説得力の点で言語学理論に匹敵するほどの発展は遂げていない。
現時点では生成言語理論の成果が第二言語習得研究に十分に活用されてい
るとは言えない。しかしながら、ある意味では第二言語習得研究に確立さ
れた言語理論的な枠組みが欠落していたことが、かえって幸いしたかもし
れない。第二言語研究と密接に関連する言語理論がなかったので、第二言
語習得研究者たちは調査・研究を重ねて、独自の領域の新しい第二言語習
得に深く関連した理論を発展させざるをえなかった。その研究で集められ
たデータは、一般言語理論のみならず、語学教育実践に対しても有益な修
正理論構築への糸口を提供することになるであろう。
2.学習者の近似体系に関する研究(The Study of Learners ApProximative Systems)
第二言語習得研究の新しい方向性は、過去の研究を再検討してみれば分 かるが、今日までの研究成果の歴史に見られる。19世紀後期には、まだ共 時的言語研究理論の理論的枠組みが完成していなかったので、第二言語学 習の初期の研究も同様の状態にあった。Boas(1889)は学習者が新しい言 語の音を聞き取る際の明らかな「ゆれ」があることを指摘していた。彼は 学習者は、初めて学ぶ外国語の音を、母国語や以前に接したことのある言 語の音の観点から知覚すると述べている。言語をひとつの体系として考え る理論が出現したのに伴い、第二言語習得とは異なる2つの言語体系が学 習者の中に併置されている状態であると見なされるようになった。
この2言語体系の併置という概念は、両言語体系の特徴が融合して、新 しい超言語体系が生ずるという概念(Fries and Pike,1949)、あるいは言 語相互体系問の干渉(Weinreich,1953)という考え方に発展していくもの である。2つの言語体系の中で干渉が起こるという考え方は、干渉作用が 原因で生ずる第二言語学習での困難点(特に成人学習者の学習障害)が説 明できるので、言語学者や語学教師にはとても興味深く思われた。例えば、
Lado(1957)の論文では、2言語体系間の対照の視点が強調されがちであ った。その結果、対照分析は研究分野として脚光を浴び始めた。
このアプローチは当初は言語学習にはあまりにも理論的なアプローチで
あったが、その後、修正の試みが繰り返しなされて、しだいに誤答分析と
呼ばれるような研究分野へと発展していった。対照分析アプローチの最大
の欠陥は2つの言語の文法に過度に注意を払いすぎたことにあった。ある
言語学者は、学習者の実際の言語使用をさらに深く研究することこそ重要
であると提案していた。例えば、Corder(1967)は言語学者は言語獲得の
プロセスと学習者たちが用いる様々な言語使用方略を研究すべきであると
提案した。またStrevens(1969)は、「誤り」は克服されるべき対象と見る べきではなく、むしろそれは学習者たちが自分の中にある知識を必死の思 いで使っているということの現れであり、ごく正常で、避けがたい性質の ものと考えるべきであるという仮説をたてた。彼は、もしある一定の誤り の型が、ある状況の中ですべての学習者たちが犯し、その誤りの型を通し て学習していくということが観察されたら、その誤りは学習の失敗と見な すのではなく、むしろ、学習がうまく進んでいる証拠であると見なすこと ができると推測した。しかし、その当時の先行研究は、まだ学習者の「誤
り」そのものに重点を置いて、言語間千渉に重点を置く枠組みの中で行わ れていた。例えば、Nemser(1971)は初期の研究の中で「関連する干渉デ ータの収集とその評価」に狙いを定めていた。Briere(1968)は「異言語間 で競合する音韻的範中に起因する干渉を実験的に測定すること」を試みた。
母語や目標言語のいずれにもきちんと体系的にあてはまらない「誤り」は たいていの場合除外された。しかしながらBriereもNesmerも、学習者の 母語や目標言語のいずれにも属さない「誤り」が起こりうるということを 指摘していた。
最近は、「誤り」そのものは研究対象としてはほとんど関心はなく、むし ろ第二言語学習者の全言語体系を研究対象として調査すべきであるという ことが提案されている。従って、現代の研究は新しく学ぶ言語で、自分の 文における文法を生成する学習者自身に焦点をあてる傾向にある。この傾 向が顕著であることは、学習者が目標言語の文法を内在化しようとする様 子を研究している研究分野における専門用語がたいへん増大していること によく反映されている。この専門用語の例としては誤用分析(error analysis)、個別言語(idiosyncratic dialects)、中間言語(interlan−
guage)、近似体系(approximative systems)、移行言語能力(transitional competence)などが挙げられる(Corder,1967,1971a,1971b;Selinker,
1972;Nemser本書掲載;Richards,1971)。学習者が学習している言語
に上達している様子は、母語や目標言語には必ずしも影響されていない文
法的ルールや発音上のルールを自分の中に作りあげている状態からも窺え る。それは目標言語に上達するにつれて絶えず変化していく流動的なもの である。学習者の近似体系(この用語は本書のNemserより借用)に関す る数少ない研究と推論では、第二言語学習者の学習体系には、7つの要素 が深く関与していると指摘されている。これらの7要素については以下で 論ずることにする。
3.言語転移(Language Transfer)
第1要素は言語転移である。目標言語で生成される文は、往々にして母 語の干渉を受けることがある。対照分析を研究している学者たちは、母語 干渉は目標言語習得に伴う困難さの主要な原因ではあるが、これが唯一の 原因であるとは考えていなかった。学習妨害に関する分析は、おうおうに して母語に似た間違った文からなされるが、対照分析では、これと違った 考え方をする。すなわち、「誤り」の原因を母語と目標言語の言語体系を比 較することによって予測していく方法がとられる。行動心理学における対 照分析の歴史と理論的根拠についてはDulay and Burt(1972)に概観され ている。H.V.Geroge(1971)によれば、外国語学習者の逸脱文の1/3は言語 移行にその原因を帰することができると述べている。Lance(1969)と Brudhiprabha(1972)も同様の数値を挙げている。しかしながら、現時点 で、体系的な言語干渉の詳細にわたる貢献度を査定することは不可能に近 い。以下の議論が示すように、様々な要素が相互に作用しあって、学習者 の近似体系を決定しているのである。それらの要素のいくつかの役割がも
っとはっきりとした形で解明されるまでは、言語転移のみによる体系的な 干渉の総体を査定することは不可能である。
4.言語間の干渉(lntralingual lnterferance)
第2番目の要素、すなわちRichards(1970)が用いた「言語間の干渉」
という術語は、「誤り」が、母語の構文に起因するものではなく、目標言語
にある程度触れた結果、その言語の一部のルールをすべてに適用してしま う結果、引き起こされる類の「誤り」を指している。複数の語族に属し、
相互に関係のない言語を話す多くの人々によって生み出された英語の誤答 分析ではRichardsは彼らが英語の構造についての仮説を発展させるにつ れて、共通する誤文の型の下位分類があることに注目した。第一言語学習 者と同じように、第二言語学習者も第二言語に接した時、その言語のルー ルを引き出そうとし、その結果、母語にも目標言語にもないその人独自の ルールを想定することがある。Richards(1971a)は言語間の干渉には過剰 一般化(overgeneralization>、制限規則の無視、規則の不完全な適用、意 味論的誤りなどが含まれることを発見した。Brudhiprabha(1972)は、こ のような現象をタイの英語学習者を対象にした研究調査で数量化した。こ の研究は、多くの言語間の干渉による「誤り」は目標言語での低レベル規 則(例えばIwalkとShe walksのような動詞の活用変化の違い)につい ての学習上の困難さを表していることを示している。主語と目的語の関係 や述語、否定のような基本的な規則が獲得されたあと、第二言語における 学習困難項目となるものは大半が選択制限に関するものであったり、表層 構造や言語の文脈規則に関するものであると推測される。言語転移と言語 間の干渉は、共に伝統的な学習転移に関する考え方を追認するものである。
すなわち先行する言語学習が後の学習に影響を及ぼすということである。
5.社会言語学的状況(Sociolinguistic Situation)
第3番目の要素は社会言語学的状況である。言語使用に際して伴う様々
な状況によって、それぞれ異なった言語学習の程度と型が生まれる。すな
わち、社会文化的状況が学習者の言語に及ぼす効果、また学習者と目標言
語を使用する社会との関わり方や、それぞれの関係やアイデンティティを
示す言語的特徴などがはっきりと識別される。この中には社会文化的状況
が及ぼす影響と同様に学習者の第二言語を学習しようとする特定の動機も
含まれる。複合型バイリンガリズムと等位型バイリンガリズム(compound/coor−
dinate bilingualism)(Weinreich,1953;Ervinand Osgood,1954;Lam−
bert,1961)の区別は、言語学習をする際の異なった状況が異なった言語学 習過程を引き起こすという仮説に基づいたものである。例えば、2つの言 語が同じ様な社会文化状況の中で学習される場合も、また異なった社会文 化状況の中で学習される場合もある。もし複数の言語が同じ状況下で学習 されるとすると、学習者はある特定の意味構造を発展させることになる。
2言語使用という家庭環境で育てられた子供の場合を考えてみよう。その 場合には英語のbreadとフランス語のpainは同一の概念を表すものとし て完全に同一視されるであろう(複合的バイリンガリズム)。他方、もし breadという語が家庭で学習され、 painという語が違う場面で学習された
とすると、この2つの語は個々別々に学習者の頭に記1意されることになる
(等位的バイリンガリズム)。このような例では現実の言語的差異を説明す るには、あまりにも単純すぎるとの批判は免れないが(Macnamara,
1971)、この説は社会言語学的分析には有益であると考えられる(Pride,
1971)。もっと一般的に言うと、学習の機会と学習者の上達度の関係に焦点 をあてて考察することは有意義である。そうすることによって、外国語と して英語を学習する機会がクラスだけでしか得られない場合と、日常的に 使用する第二言語としての英語を学習する機会が学校の外にある場合とを
はっきりと区別することができ、学習者の言語が、この相違によってどの ような影響を受けているのかについての考察もできるようになる(Richar−
ds,本書掲載論文)。
社会言語学的状況を考慮に入れるということは、学習者がどのような動 機で言語を学習するのかということに関わってくる。心理学者たちはこれ まで言語学習の型を学習者のニーズと認識の程度とに関連づけて考えてき た。「道具的動機(instrumental type of motivation)」とは、学習者の言 語学習の動機が、他の文化を持つ集団と接触をするために言語を学習しよ
うとするのではなく、主にある実用的な目的のために言語を学習しようと
することにあると規定される。道具的動機は短期的な目標としては適切で はあるが、語学修得という困難な課題には不適切である。この場合には「総 合的動機(integrative motivation)」が必要となる。学習者と目標言語を 使用する地域社会の間にどのような関係があるかに焦点をあてる場合には、
言語転移や言語使用に与える社会的プロセスの影響を表す例として、非標 準方言(Labov,1971)、ピジン、クリオール(Hymes,1971)や移民たち の言語学習(Richards,本書掲載論文)などを考慮に入れることが適当であ
ろう。
第一及び第二言語習得において、言語学習の特定の形態と型は、社会的 要素(social variables)にその原因を求めることができるかもしれない。
学習者がqWhen are you coming?/When you come?/When you re coming? という文のいずれを生成するかについては社会状況、学習者の 価値観や学習態度、また学習状況における他の社会的要因が関わっている。
ある言語接触の場面で連繋詞(copula)の欠如、形態素的、音韻的体系の 面の省略や文法的簡略化などの現象が起三ったとすると、それも社会的要 因に影響されていることになる(Ferguson,1971)。非言語的な動作などの 助けを借りて、ごく簡単な情報を伝達する必要があるときは、外国旅行中 の旅行者の言語経験や漫画本に見られるように(例えば、Me Tazan, you Jane)、語彙項目や語順といったものが先ず獲i得されるべき最も重要な要 素となろう。
母語が学習している言語にどの程度の学習影響を及ぼすかは、社会言語 学的状況により変わってくる。Mackey(1962)は言語学習干渉要素を記述 する際には、話し手が使用している言語媒体、スタイル、レジスターなど により変化するということを説明できなければならないと述べている。例 えば、媒体は話し言葉であるのか、書き言葉であるのか、あるいは言語使 用域は公式な場面か、くだけた場面か、そして話し手はどのような社会的 役割・立場の人であるのかなどを考慮に入れる必要がある。Sampson
(1971)は子供たちが目標言語を使用しようとする時には、様々に変化す
る社会的状況が質量共に様々な誤用法を引き起こす原因になっていると述
べている。6.発話表出と聴解の様式(Modality)
学習者の言語は第4番目の要素、すなわち、目標言語を聞きとる様式と それを口から発する様式によって違ってくる。言語表出(書くこと・話す こと)と言語受容(聞くこと・読むこと)には2つのお互いに部分的に重 なり合う、ある体系を修得することが必要である。Vildomecはバイリンガ ルの人の言語干渉は、一般的には受容面よりはむしろ表出面で起こると述 べている。よく報告される例では、バイリンガルの人は話す時、ときおり 母語がじゃますることがあるが、他言語を聞いて理解する場面ではそのよ うなことはめったに起こらないと言われている(Vildomec,1963)。 Nem−
serの研究では、言語の受容面と表出面の様式によって、2つの異なる言語 体系が目標言語の中に内在化される可能性があると述べられている。彼は、
発話表出の様式において学習者が聞いたことをそのまま真似しているのか、
あるいは自分で即興で話しているのかによって、発音の「誤り」がでてく ることを発見した(Nesmer,1971a)。実際、 Lieberman(1970)は第一言 語獲i得の際に起こるある音韻的特徴は学習者の聴覚的相関要素(acoustic correlates)が特定の神経聴覚的探知機能(a particular neural acoustic−
detector)と一致するからであるということを指摘している。また他の音韻
的特徴が見られるのは、それちが人間の発声器官で出しやすいようなある
特定の調音的手段に訴えるからであると述べている。すなわちその音韻的
特徴が調音的制限と合致するということである。さらにまた、他のある特
徴はこの2つの要因を最大限に生かしているものもある。すなわち、その
特徴は発声しやすい調音的相関要素を持ち、そしてその結果、聞き取りや
すい聴覚的相関要素となる。従って、第二言語学習者たちは聴覚的なヒン
ト、または調音的なヒントをベースにして、あるいはこれら二つのヒント
をべ一スにしてある音識別を行っていると仮定することができる。聴覚的
なヒントをもとにした学習の例としては、フォルマント母音の構成倍音群 移行(formant transition)の原則に基づいて、英語で語頭にくる/f/一/θ/
対/v/一/δ/の識別が挙げられる。目で識別できるような調音的な動きが音 識別の基礎となる例としては、英語の両唇破裂音/p/,/b/と軟口蓋閉鎖 音/k/,/g/との対照が挙げられる。先ず実際に音識別をしてから目標言語 で当該の音を再生するという標準的な第二言語学習上の処方がすべての音 組織に対して最適の学習過程となるとは限らない。George(1971)は強勢 のない位置でのisやhasはすべて/z/になるので、この音を音声的に導入 した結果、学習者はisやhasを単一の語彙項目と認識してしまい、 She is abook. Her name has Sita.のような文を生み出してしまうような学習上 の困難が生ずると述べている。このような場合は、その語を書いてあげれ ば、この種の混乱はなくなる。綴り字発音(spelling pronunciation)と、
書き言葉と話し言葉のスタイルの混乱は、学習者の近似体系に影響を及ぼ す様式のもうひとつの例となる。
7.年齢(Age)
第二言語学習者の近似体系に影響を及ぼすと考えられる第5番目の要素 は年齢である。子供の学習能力のある面は成長するに従って変化し、また これらの変化が言語学習に影響を及ぼすことになる。子供の記憶容量は年 と共に大きくなる。子供は抽象的な概念を獲得していくにつれ、これらの 概念を新しい学習体験をする際に利用するようになる。Lenneberg(1967)
は生物学的に決定されているとされている幼児期の言語獲得の期間は子供
が歩きだした時に始まり、思春期まで継続すると述べている。幼児言語の
特徴のあるものは、子供の幼年期の記憶の特別な性質と言語処理方略に起
因していると考えられている。Brown and Be11ugi(1964)らは、子供の
能力では5−6語先を予測していくことができないために、子供の言語の諸特
徴は発話の長さの限界と関係があると述べている。従ってある意味では子
供より成人の方が言語学習に適しているとも言える。大人は記憶力がよい
し、学習する際に利用できるたくさんの抽象的な概念を知っているし、ま た新しい概念を形成するためのより大きな能力を持っていると考えられて いる。しかしながら子供たちは大人より上手に言語音を模倣することがで きる。Ervin−Tripp(1970)は成人の母語発達はおもに語彙の面に見られる と述べている。成人の言語学習方略は統語的側面よりはむしろ、語彙を中 心した側面に置かれる。統語的側面の能力の獲得は、もはや成人には容易 なことではなく、それが成人学習者にとっては大きな課題となっている
(Ervin−Tripp,1970)。恐らく、成人は子供時代に言語獲得メカニズムを使 って母語のルールを獲得したのと同じように速やかには言語獲得メカニズ ムを作動させることができないのであろう。Selinkerは、この言語獲得メ カニズムを作動させて新しい外国語を学習してネイティブ・スピーカー並 の運用能力を獲得する成人は全体の5%にすぎないと述べている。ネイテ ィブ・スピーカー並の運用能力を獲得できない大半の成人学習者たちはそ のメカニズムとはまた違った、それでいてやはり遺伝子的に決定されてい るメカニズムに働きかけているのである(Selinker,本書掲載論文)。
言語学習と年齢との相関関係についてのカテゴリーを規定することはで きない。Braine(1971)は子供たちが生物学的に生まれながらにして言語 を獲得するものであるということが問題なのではなく、むしろ、どの点で 子供の言語学習の仕方と大人の言語学習が似ており、また異なっているか が問題なのであると述べている。この点が解明されれば、子供と大人の言 語学習の典型となるそれぞれの言語学習を検証できるようになる。このこ とから、Macnamara(1971)とKennedy(1973)は、年齢による主要な動 機と状況の違いからそれぞれ相違する結果が生ずるものと考えている。こ とばを理解し、話す必要性は、新しい言語を学んでいる大人よりも、子供 にとってははるかに重要な問題である。
第二言語学習とバイリンガリズムに関する研究はいまだ、同一の話者に
よる2力国語以上の文の生成規則がどのような関係になっているかを説明
するほどには研究成果があがっていない。これに年齢の要素が加わるとこ
の問題はさらに難しくなる。Swain(1971>は、誕生してから常時、2力国 語にさらされている2.1歳から4.1歳までの子供たちを研究した結果、この 年頃の子供たちにとっては2力国語以上の言語コードの違いは、1力国語 しか話さない子供たちがひとつの言語の様々なスピーチ・レベル(公式、
非公式や親しい、深刻などの話し方のレベル)に関する要素を獲得する際 に直面する困難さとさほど違わないと言うことを指摘している。それぞれ のコードに対して異なった一連の規則が存在するというモデルは記隠蓄積 の観点からすると成り立たない。それよりは2つ以上の言語コード間の違 いを調べ、それぞれある特定のコードにしか属さない特別のコードを識別 したうえで、それらの言語コードに共通するルールの核を探る方が有効で あろう(Swain,1971)。子供たちが2言語でyes/noを使う疑問文を同時に 獲得するのを観察して、Swainはバイリンガリズムの子供たちは両言語に 共通する言語規則を最初に獲得するということを発見した。ある言語に特 有の規則、あるいはさらに複雑な規則については、後になってから獲得す
るということが分かった。
Ravem(1968)はある項目に対しては英語の規則に従い、またある項目 に対してはノルウェイ語の規則に従ったり、他の場面では独自の中間的規 則を発達させたノルウェイ人の6歳の子供の発話を調査して得た複数のコ ードの識別に関するデータを提供している。この子供は英語の否定体系規 則を学習しながら、ノルウェイ語では否定語を動詞の後に置くのに(11ike that not)、母語として英語を学習している子供たちが生み出すような文(I not like that)を生成した。またこれとは対照的に、この子供は疑問体系
を学習した際には、ノルウェイ語のように倒置の文型を使用した(Like you ice−creamP)。この研究は子供の言語学習メカニズムが、ある場合には
2つの言語からのデータと取り組みながら個々独立して働くし、またある 場合にはひとつのコードだけが働くことがあることを示唆している。Kess・
1erによるイタリヤ語と英語の2か国語を話す6歳から8歳の子供たちに
関する研究では、2言語による文構造の獲得状況はほぼ同じ割合であった
し、同じような順序であることが判明した。2言語間の構造的異形につい ては、言語的により複雑なものが後で獲得されるということも分かった。
この獲得順序の類型化は2か国語話者の2言語は別々にコード化されるの ではないというSwain(1971)の学説を支持している。 Kesslerは2言語間 で共通している規則は実際には同じ規則であり、その規則は当該言語に特 有な語彙の挿入を許すと述べている。母語をごく自然な状況のもとで獲得 する途中段階にある子供たちは、母語獲得の際に使ったのと同じような学 習過程を第2言語習得の際にも使うと考えられる。母語の習得は10歳また はそれ以降も続く長期間にわたるプロセスである(Chomsky,1969)。
8.近似体系の継承性(Successions of Approximative Systems)
第6番目の要素は、学習者の近似体系は決して安定したものではないと いうことに関わるものである。この体系は目標言語を学びながら絶えず継 続的に修正がなされていく性質のものであり、通常は個々の学習者にあっ ては安定した状態にあるものではない。学習者たちの言語学習環境は決し て同一ではないので、新しい語彙、音声、統語的な項目の修得は人により 異なる。学習者の個人言語で新しい言語項目や文構造が規則的に起こるこ とはない。学習者がいつも同じ特定の「誤り」を犯したり、ある特定の同 じ構文を過剰に使用することは希である。しかしながら、学習者システム がとる一般的方向性は予測することが可能であるかもしれない(Whin−
nom,1971)。これまで第二言語学習者システムに関する研究は、学習者の 言語の認知面よりはむしろ、学習者の運用面を扱うものが多かったが、学 習者が発話を理解する際に使用する文法は、彼が発話する時に使う文法と 果たして同じであるかどうかという問題もでてくる。前節で議論してきた
ように、発話表出と聴解の様式に関することが学習者の言語システムの型
に影響を与えている可能性もあるからである。学習者が、標準英語を聞い
て理解はするが、言語運用する際にはかなり多くの逸脱文を発してしまう
と仮定すると、彼の言語理解能力(receptive competence)と言語運用能 力(productive competence>との区別をすることが有益である(Troike,
1969)。たとえば、学習者は聞く時にはIhave a book.という文が聞きと れているのに、発話する段になるとIhas abook.のような文を発するか もしれない。この場合、彼の文法にはどの規則が現れているのだろうか。
第一言語獲得の場合と同じように、第二言語の規則体系の発達においても、
あるルールは使われ、またあるルールは使われないケースもあるというこ とが観察される。つまりそのルールはいつも流動的で選択的なのである。
このように、もし学習者の近似体系に特有な項目や構造に対する規則を書 くことができるとしたら、その規則は近似体系特有の項目・構造が惹起する 可能性を示すフォマットの中に組み込まれることが必要である。Lavobが 提案したような社会言語学的な諸変項要因を扱うフォマットは恐らく有用 であろう。Lavob他(1968)は、ある特定の数量の言語資料がそれぞれの 言語変項規則(linguistic variable rule)と関連し合った結果、それぞれの 規則が適用されるケースの比率が決まってくるのだと述べている。このこ
と自体が規則構造の一部となっているのであろう。また近似体系を特徴づ けている規則は、母語とも目標言語とも判断のつかない言語資料を処理す
ることができるものと期待されている。たとえば、初期の研究(Briere,
1968;Nemser,1971;Nababan,1971)は第二言語学習者の言語に見ら れる多くの音韻的誤りは近似体系に特有のものであるということを示して いる。そのような新しいデータの存在は近似体系の存在に対する強い支持 となっている。しかしながら近似体系が存在すると主張するからと言って も、母語あるいは目標言語に依存して存在していることには変わりない。
9.学習困難度の普遍的階層(Universal Hierarchy of Difficulty)
これまで述べてきた近似体系に特有の要素とは違って、第7番目の要素
はこれまで第2言語習得の研究文献の中ではほとんど注目されていないも
のである。この要素はある種の音韻的、統語的、あるいは意味論的項目や 文構造が生得的に学習するのが困難な人に関わるものである。ある形態要 素は学習者にどのような背景があるかに関わらず、先天的に困難なものが
ある。一例をあげると、英語音の/v/対/δ/や/f/対/θ/の区別は非母語話者のみならず母語話者にとっても難しいことがあることはよく知られている
(Delattre, Liberman and Cooper,1962)。したがって、もし当該言語の 背景を持つ学習者に一連の系統だった学習上の困難が予想されるとしたら、
学習者それぞれの現在の中間言語能力で学習できないことだけでなく、普 遍的に学習が難しいと考えられる項目も考慮に入れなければならない。
困難さの概念とは、学習者が何を知覚し(これに対しては学習方略とい う術語が有効である)、また何を表出するか(これに対してはコミュニケー ション方略という術語が有効である)についての学習者の言語構成組織に 影響を及ぼすものであると考えてもよいだろう。学習方略に焦点をあてる
ということは、学習者が学習する言語の中の要素を確認するための手がか りを探すことである。例えば、同族語や派生語や借用語などがある場合、
この学習方略を使えば、新しい言語のある要素を、より易しく識別しやす くなる。また、目標言語が母語の構造に似ている場合にもこの学習方略が 使える。しかし、中間言語的差異(interlingual difference)という観点か
ら困難渡を予測することは(これが対照分析の研究動機となっている)、実 際には不可能であると思われる複数の言語間の範疇を比較することが可能 であるということを仮定している。その結果、ひとつの言語では構文・文法 レベルであるものが、他の言語では語彙のレベルという比較になることが
ある。
Torrey(1971)が述べているように、言語学習の多くの諸相は、ある特 定の対応関係に分析することは難しい。また、仮にそれが可能であったと
しても、対応関係は種々様々で、かつ異なったレベルのものであることが
ある(1つの項目が、他の言語では2つの項目に対応し、また別の言語で
は4つの項目に対応するかもしれない)。対応関係の一般的カテゴリーを調
べるのではなく、特定の具体的用例から学習の程度を調べるべきである。
学習者が難しいと考えることは、第二言語学習で何をどの程度、獲得した かによって異なる。目標言語に関する学習者の知識は、新たな学習項目に 接した時に活用できるデータの一部を形成している。Cartonは「名詞にの み適用できる複数形を作る特定の標識や当該言語の動詞にのみ適用できる 時制標識や語順制約のようなヒント」はこのカテゴリーに入ると述べてい る(Carton,1971)。 Tucker et a1.(1969)は、フランス語の語尾の弁別的 な特徴に関する知識を使って、フランス語の母語話者は無意識的に名詞の 性を決定できると述べている。しかしながら、フランス語に規則的に接し ていない英語母語話者は(文法)性については大変な困難を感じるし、そ のような特性を理解するには特別の訓練が必要となる。彼らの「誤り」は、
彼らがフランス語の性を区別するシステムに規則性を探していることを示
している。成人のある文の理解の容易度は、言語学者がそれを分析する時のルール の数とは直接関係ない。理解能力の容易さは、それに含まれている規則の 型によって決められると思われる(Fodor and Garret,1966)。むしろカテ ゴリーの概念の難しさの方が言語獲得順序に影響を及ぼすということを示 唆している。より具体的な照合関係にあるカテゴリーはより抽象的あるい はそれと関連のある照合関係カテゴリーより前に発達する。
言語理解能力と理解しようとする努力は学習者の言語運用能力と比較す ることができるだろう。言語表出は学習者自身が一番容易だと思う方法で なされる。それは必ずしも、彼が知っていることと一致するとは限らない。
学習者は言いにくい語や構文は使うことをあえて避けようとする。それで、
学習者は要求されている時制ではなく、使い易い時制を用いてしまうこと
になる(例:1 ll telephone you tonight.の代わりに1 m going to telephoneyou tonight.の文を用いたりする)。簡便さと経済効率の点から、最初に学 習された語や構文が過剰なほどに頻繁に使われ、後に学んだものに替える
ことを拒むのである。同様のことが、単純現在形と現在進行形の対比につ
いても言える。ひとたび、単純現在形なり現在進行形が導入されると、そ れのみが必要以上に過剰使用される。また同様に、学習の初期に学んだ疑 問形は、後に学ぶいろいろな疑問形、しかもそれらに頻繁に接するのにも 拘わらず、それらの代用として用いられることになる。また意義範囲の広 い語は、後に学習する特定の意義しか持たない語に比べて、多用されるこ
ともある。Nickelはこのような現象を時間順要素と呼んでいる。我々は、
最初に学んだ型の方が、後に学んだ型よりも、基本的な構文で使用上も単 純であるという理由から優先させてしまう。この種の内部構造干渉(intra−
structural interference)は構造間対照背景(interstructural contrastive background)がある場合にも起こりうる。ノルウェイのドイツ語学習者は 彼らの母語での条件節がドイツ語のそれと似ているにも拘わらず、主節の 語順は学習者の脳内に深く刻み込まれているという理由から、しばしば、
従属節の中で主節の語順を用いることがある(Nickel,1971)。
10.学習者システムの意義(Significance of Learner System)
上記で議論した7つの要素は簡単に言うと、言語学習者の近似体系が、
これまで想像されていたよりもはるかに色濃く、言語的側面にも、教授的 側面にも、また社会的側面にも存在していると言うことを示唆している。
言語学習者の近似体系研究は注目に値するものであり、その研究成果はま た言語教育の分野や一般言語学理論の研究分野に還元されることになるで
あろう。
学習様式と学習方略の記述と分析は、最適な学習方法を示す教授過程展 開には欠かせないものである。学校教育のような公式の場での言語学習の 研究とあわせて、自然な第二言語を丹念に観察すれば、学校文法をどのよ うに導入すべきかについての主要な手法を提供してくれることになるであ
ろう。
実際的な授業レベルで誤用分析を実践すれば、それは教師が学習と教授
を評価・査定し、将来の指導に向けての優先順位を決める際のひとつの方
法を提供してくれることになる。しかし、これで「誤りを基礎とした」学 習段階の展開方法を中心にした教授細目案が作れるというわけではない。
これまで述べてきたように、学習者の言語運用に影響を与える変項要因が 多すぎて一つや二つの公式やアプローチに集約することはできない。しか しながら、言語コースのある段階での達成目標の中には、ある特定な場面 での言語使用を含むようにしておかねばならない。学習者の英語を詳細に 研究してみると、学習と教授に関する現実的な予測が立てられるようなデ ータが得られる。学習者が即座に母語話者のような言語運用能力を身につ けられると期待するのではなく、他の学習者が同じような状況下でどのよ
うに言語を運用をしたかを観察して得られる範例に基づいて、特定の学習 状況に対応した現実的な目標が設定されることになる。教師育成マニュア ルは、将来、教師を目指している人にも、学習者がある学習段階で表出す るであろう言語の変種についても熟知してもらえるような内容のものであ って欲しい。その内容は必ずしも、教科書のよくまとまった文とか、ドリ ルとか会話文と直接対応するものではないだろう。
言語学習者の近似体系をいずれ根絶される病根的な体系であるかのよう な病理学的な見方をするのではなく、目標言語を漸次的に獲得していくの に必要なステップであるとの見方が、結局は言語一般のより深い理解にっ ながり、より人間的な言語教育アプローチとなるのである。
1