幼稚園段階における道徳教育の問題
―小学校段階との比較を通して―
The problem of moral education in curriculum of kindergarten:
Compared with curriculum of elementary school
児童教育学科 走井 洋一
本稿は、2017(平成 29)年告示『幼稚園教育要領』で示される道徳教育に関連する記述について、
2017(平成 29)年告示『小学校学習指導要領』との比較を通して妥当性があるのかを検証することを目 的としている。『幼稚園教育要領』においてはコンピテンシーである道徳性がコンテンツである道徳的な 内容と並列的に示されており、コンピテンシーとコンテンツが必ずしも整理されず混在していること、そ れゆえに、幼稚園段階においては特定の価値や行為が正しいものとして伝えられるだけの道徳教育になっ てしまう危険性があることを示した。
1.問題の所在
2017(平成29)年告示『幼稚園教育要領』(以下、『幼稚園教育要領』)の「幼児期の終わりまでに育っ てほしい姿」(以下、「姿」と略記)には「道徳性・規範意識の芽生え」や小学校段階以降の道徳教育に関 連する内容が示されている。しかしながら、『幼稚園教育要領』はもちろん、『幼稚園教育要領解説』にお いても、道徳性についての定義やその他の項目との関係は明確にはされていない。ただ、「姿」が「小学 校教育との円滑な接続」[文部科学省 2018a: 3]を企図して、今次改訂において盛り込まれたことを踏ま えると、これらの道徳教育に関連する記述は幼稚園教育ならではのものではなく、小学校以降の学校段階 での道徳教育との連続性のなかで記述されたものと解される
[1]。
しかし、道徳教育に関連して『幼稚園教育要領』で示されたこれらの内容が小学校段階以降の学習指導 要領で扱われる道徳教育と共通しているのかどうかは疑問の余地がある。道徳性という言葉が共通して使 われており、小学校との接続を意識して「姿」が設けられたのだとすれば、そこに連続性を見出すことが できるはずが、一瞥しただけでも、『幼稚園教育要領』では道徳性と規範意識が併記されていることや、
道徳性や規範意識そのものではなく芽生え
4 4 4と記載されていること
[2]、など違いにも気づかされる。
それゆえ、本稿では、幼稚園段階と小学校以降の段階の教育課程における道徳教育、特にその基準とな る『幼稚園教育要領』と学習指導要領における道徳教育に関する記述を比較することで、幼稚園段階と小 学校以降の段階との共通性と差異について確認し、幼稚園段階での教育課程における道徳教育の妥当性を 検証したい。なお、本稿の問題関心に比較的近いものとして、戸江ら[2016]を指摘できるが、2015(平 成 27)年一部改正学習指導要領には言及されているものの、2008(平成 20)年告示『幼稚園教育要領』
との関係を中心としており、本稿の関心である2017(平成29)年告示『幼稚園教育要領』については言 及されていない。それゆえ、本稿には一定の意義があると考えている。
ところで、小学校以降の段階としたが、本稿においては小学校に焦点を当てて検討することとする。小 学校・中学校・高等学校を通じて道徳教育が行われているが、その目標、また「特別の教科 道徳」(道 徳科)の有無などの差異があるため、小学校・中学校・高等学校を一括に論じることは難しい。それゆえ、
幼稚園段階との連続性と差異を確認することを通して幼稚園段階の教育課程における道徳教育の妥当性を
検証するという本稿の課題に即すると、小学校段階との比較に限定して議論を進めることが適当だと判断
した。以下では、2017(平成29)年告示『小学校学習指導要領』(以下、『小学校学習指導要領』)での道
徳教育に関する記述、特に道徳教育、道徳科の目標を中心に確認していく(2) 。その後、『幼稚園教育要 領』における道徳教育に関する記述を確認し、小学校のそれとの比較によってどのような問題があるのか を考えていきたい(3) 。
2.小学校段階における道徳性
(1)小学校段階における道徳教育の目標
小学校段階における道徳教育の目標について、『小学校学習指導要領』「第1章 総則」「第1 小学校 教育の基本と教育課程の役割」では以下のように示されている。
学校における道徳教育は、特別の教科である道徳(以下「道徳科」という。)を要として学校の教 育活動全体を通じて行うものであり、道徳科はもとより、各教科、外国語活動、総合的な学習の時間 及び特別活動のそれぞれの特質に応じて、児童の発達の段階を考慮して、適切な指導を行うこと。
道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考 え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道 徳性を養うことを目標とすること。
道徳教育を進めるに当たっては、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭、学校、その他社 会における具体的な生活の中に生かし、豊かな心をもち、伝統と文化を尊重し、それらを育んできた 我が国と郷土を愛し、個性豊かな文化の創造を図るとともに、平和で民主的な国家及び社会の形成者 として、公共の精神を尊び、社会及び国家の発展に努め、他国を尊重し、国際社会の平和と発展や環 境の保全に貢献し未来を拓ひらく主体性のある日本人の育成に資することとなるよう特に留意すること。
[文部科学省 2017b: 3]
小学校段階においては、①学校の教育活動全体を通じて道徳教育を行うこと、②道徳教育は「自己の生 き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤とな る道徳性を養うこと」を目標として実施されること、③人間尊重の精神などの道徳的な内容にかかわるこ とに留意することが示されている。
①について、1947(昭和 22)年学習指導要領(試案)以来、道徳教育は学校の教育活動全体を通じて 行うという方針を維持してきたことが、教科として再編された後も継続していると考えてよい。そこには
「児童の生活から離れた指導は、結局成果を得ることはできない」[国立教育政策研究所 2014]という 1947(昭和 22)年学習指導要領(試案)に通底した子ども中心主義的な志向性があったことは否定でき ないものの、その後の系統主義的な学習指導要領のもとでも教育活動全体を通じて行うという全面主義は 堅守されてきた。道徳的な選択が迫られる場面は私たちの生活から切り離されたものではないため、J.
デューイ[1902=2001: 264]の「子どもの生活は、一つの統合された生活であり、一つの総体的な生活 である」という指摘は道徳教育においてこそ妥当するはずであって、そのゆえに全面主義としての道徳教 育が維持されてきたといってよい。この全面主義的な道徳教育は子どもの生活を重視する幼稚園教育との 親和性を見出すことができるが、詳細は後述したい。
②では、学校の教育活動全体を通じて実施される道徳教育の目標を定めているが、そこでは何ができる
ようになることが目指されるのかが示されている。すなわち、㋐自己の生き方を考えること、㋑主体的な
判断のもとに行動すること、㋒自立した人間として他者とともによりよく生きること、といったことがで
きるための基盤となる道徳性の育成が目指されている。ここで㋐~㋒は並列的に記載されているが、単純
な並列と読むよりも、自己の生き方を考えたうえで、主体的な判断のもとに行動することができるように
なること、さらにはそうした自立した人間として他者と共によりよく生きることができるようになるこ
と、という関係で読んだほうがここでの含意を理解しやすいだろう。自己の生き方について考えつつ、主 体的な判断のもとに行動するのは、主体的な判断のその都度性を回避するためにほかならない。私たち は、自覚的か無自覚的かを問わず、主体的に(=自分自身で)判断して日々の生活を送っているが、その 判断は一定の傾向性を見出すことができるかもしれないものの[
cf. Ryle 1949=1987]、その都度その都 度行われるものであるため、一貫性を見出せない可能性が生じる。それゆえ、過去・現在・未来を見通し た自己の生き方についての考えをもとにしながら、主体的な判断が求められるのである
[3]。そして、そ うした主体的な判断のもとでの行動は自己の生き方に照らした自立した人間ではあるものの、独善的にな る危険性を孕んでいる。その危険性を免れるために、他者とともによりよく生きることができるような判 断であるかどうかが問われるのである。
さて、道徳教育の目標では何ができるようになることが目指されるのかが示されていたのに対して、③ は道徳的な内容にかかわる記述になっている。②を「断片化された知識や技能ではなく、人間の全体的な 能力」[国立教育政策研究所 2013: 13]を意味するコンピテンシーと位置づけるならば、③は、教育の内 容にかかわるものであるためコンテンツといえるだろう。周知のように、③は2015(平成27)年一部改 正以前の学習指導要領においては道徳教育の目標として記載されていたものである。ただ、これらは身に
4 4つけるべき能力
4 4 4 4 4 4 4ではなく扱うべき内容
4 4 4 4 4 4であるため、具体的な生活場面においては対立することもありう る。例えば、個性豊かな文化の創造は時として他国を尊重することとの齟齬をもたらしうる。そうした事 態をどのように捉えて行動するのかを考えることこそが道徳教育の目標にならなければならないはずであ る。そのため、2015(平成27)年の学習指導要領一部改正によって目標と留意すべき事項を分けて記載し、
身につけるべき能力
4 4 4 4 4 4 4 4 4と扱うべき内容
4 4 4 4 4 4を明示的に整理したと考えてよい
[4]。このコンピテンシーとコンテ ンツの関係は『幼稚園教育要領』を後に確認していく際に重要な視点を提供することをここでは確認して おきたい。
さて、道徳性について『小学校学習指導要領』では明確に定義されていないが、『小学校学習指導要領 解説 総則編』では以下のように示されている。
こうした思考や判断、行動などを通してよりよく生きるための営みを支える基盤となるのが道徳性 であり、道徳教育はこの道徳性を養うことを目標とする。道徳性は、人間としての本来的な在り方や よりよい生き方を目指して行われる道徳的行為を可能にする人格的特性であり、人格の基盤をなすも のである。それはまた、人間らしいよさであり、道徳的価値が一人一人の内面において統合されたも のと言える。
学校教育においては、特に道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践を主体的に行う意欲と態度の育 成を重視する必要があると考えられる。[文部科学省 2017c: 28]
道徳性を端的に「人間としての本来的な在り方やよりよい生き方を目指して行われる道徳的行為を可能 にする人格的特性であり、人格の基盤をなすもの」と定義しているが、それを養うために、学校教育では、
特に道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度を育成する必要があるとしている。なお、道徳的 判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度は道徳科の目標にかかわるものであるので、それらと道徳性 との関係については後に検討する。ただ、この道徳性が道徳的行為を可能とする人格的特性であるかぎ り、行為それ自体ではなく、行為を支える力としての道徳性を道徳教育が扱おうとしている点をここでは 確認しておきたい。
(2)幼稚園段階と小学校段階の接続
さて、『小学校学習指導要領』「第1章 総則」「第2 教育課程の編成」「4 学校段階等間の接続」に
は、幼稚園段階との接続について以下のような記載がある。
幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を踏まえた指導を工夫することにより、幼稚園教育要領等に 基づく幼児期の教育を通して育まれた資質・能力を踏まえて教育活動を実施し、児童が主体的に自己 を発揮しながら学びに向かうことが可能となるようにすること。
また、低学年における教育全体において、例えば生活科において育成する自立し生活を豊かにして いくための資質・能力が、他教科等の学習においても生かされるようにするなど、教科等間の関連を 積極的に図り、幼児期の教育及び中学年以降の教育との円滑な接続が図られるよう工夫すること。特 に、小学校入学当初においては、幼児期において自発的な活動としての遊びを通して育まれてきたこ とが、各教科等における学習に円滑に接続されるよう、生活科を中心に、合科的・関連的な指導や弾 力的な時間割の設定など、指導の工夫や指導計画の作成を行うこと。[文部科学省 2017b: 7]
小学校段階において、①「姿」を踏まえた指導、②幼稚園段階における子どもの生活の全体性を引き受 けつつ教科教育へと接続する配慮、の必要性が言及されている。
①については、2017、2018(平成 29、30)年告示学習指導要領が、各教科の目標や内容を資質・能力 の3つの柱を踏まえて、教科等間の横のつながりや、幼小、小中、中高の縦のつながりの見通しを持つこ とができるようにすることを意図して策定されたために[
cf. 中教審 2016: 45f.]、幼稚園段階に小学校以 降の段階の教育課程に接続する内容が示されることになり、小学校段階ではそれを引き受けて教育課程を 編成することになったことが背景にある。ただ、幼稚園段階における「姿」そのものの問題点はすでに指 摘したところだが[
cf. 走井 2018: 137f.]、それにもまして、その連続性が本当に担保されているかどうか について疑問が残るところであり、これについては後に検討をする。
②は、幼稚園教育の特徴をなす子どもの生活の全体性から、教科教育が主体となる小学校以降の段階の 教育へと架橋するための配慮である。ただ、すでに言及したように[
cf. 走井 2018: 137f.]、『幼稚園教育 要領』では、それ以前と比べて、子どもの生活の全体性への視点が後退している。むしろ、小学校との連 続性を前提として『幼稚園教育要領』が作成されたといってよい。ただ、その是非はさておき、子どもの 生活の全体性を重視することと全体性という名のもとに何を目指してどのように教育するのかという問題 を整理しないこととは同義ではないことをここでは確認しておきたい。
(3)小学校段階における「道徳科」の目標
小学校段階では、2015(平成 27)年一部改正学習指導要領によって教科としての道徳が設けられ、
2018(平成30)年度から施行されている。この道徳科の目標は以下のように示されている。
……道徳教育の目標に基づき、よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値に ついての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを 深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。[文部科学省 2017b: 146]
道徳科は、道徳教育の目標として措定された道徳性を養うために、道徳的判断力、心情、実践意欲と態 度を育成することを目標としている。道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度を育てるという 段階を踏まえてから
4 4 4 4 4 4 4 4 4道徳性を養うという2つの段階で記述されていることに気づかされるが、その含意は
『小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』の以下の記載から明らかになる。
道徳性とは、人間としてよりよく生きようとする人格的特性であり、道徳教育は道徳性を構成する
諸様相である道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度を養うことを求めている。[文部科 学省 2017d: 20]
道徳性が人格的特性であるということについては先に確認したとおりだが、その道徳性を構成する諸様 相として道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度を位置づけている。道徳性を構成する道徳的 判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度を育成することができれば、道徳性が自ずと養われるという 理解である。道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度が何であり
[5]、それらと道徳性との関 係について必ずしも疑問なく受け取ることができるものではないことに留意しつつも
[6]、道徳性の諸様 相として示された道徳的判断力、道徳的心情、道徳的実践意欲と態度がコンピテンシーであることから、
道徳科の目標もまたコンピテンシーとして示されている点を確認しておきたい。
3.幼稚園段階における道徳性
先にも確認したように、子どもの生活の全体性を重視する幼稚園段階と教科教育を中心に展開される小 学校段階とでは懸隔がある。それゆえ、道徳教育を区分して実施しているわけではない幼稚園段階につい て、道徳科を要として道徳教育を実施する小学校段階と同じように、道徳教育に関する記述をまとめて見 出すことは困難である。そのため本稿では「姿」に注目して、そこに示された項目のうち道徳性ないしは 小学校以降の段階の道徳教育に関連する内容について以下に示すことにしたい
[7]。
「自立心」
身近な環境に主体的に関わり様々な活動を楽しむ中で、しなければならないことを自覚し、自分の力で
行うために考えたり、工夫したりしながら、諦めずにやり遂げることで達成感を味わい、自信をもって行 動するようになる。[文部科学省 2017a: 4]「協同性」
友達と関わる中で、互いの思いや考えなどを共有し、共通の目的の実現に向けて、考えたり、工夫した
り、協力したりし、充実感をもってやり遂げるようになる。[文部科学省 2017a: 4]「道徳性・規範意識の芽生え」
友達と様々な体験を重ねる中で、してよいことや悪いことが分かり、自分の行動を振り返ったり、友達
の気持ちに共感したりし、相手の立場に立って行動するようになる。また、きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友達と折り合いを付けながら、きまりをつくったり、守ったりするようになる。
[文部科学省 2017a: 4]
「社会生活との関わり」
家族を大切にしようとする気持ちをもつとともに、地域の身近な人と触れ合う中で、人との様々な関わ
り方に気付き、相手の気持ちを考えて関わり、自分が役に立つ喜びを感じ、地域に親しみをもつようにな る。また、幼稚園内外の様々な環境に関わる中で、遊びや生活に必要な情報を取り入れ、情報に基づき判 断したり、情報を伝え合ったり、活用したりするなど、情報を役立てながら活動するようになるとともに、公共の施設を大切に利用するなどして、社会とのつながりなどを意識するようになる。[文部科学省 2017a: 4f.]
「自然との関わり・生命尊重」
自然に触れて感動する体験を通して、自然の変化などを感じ取り、好奇心や探究心をもって考え言葉な
どで表現しながら、身近な事象への関心が高まるとともに、自然への愛情や畏敬の念をもつようになる。また、身近な動植物に心を動かされる中で、生命の不思議さや尊さに気付き、身近な動植物への接し方を 考え、命あるものとしていたわり、大切にする気持ちをもって関わるようになる。[文部科学省 2017a: 5]