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大牟田市立図書館が所蔵する三池炭鉱関係資料とその目録について

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

大牟田市立図書館が所蔵する三池炭鉱関係資料とそ の目録について

大原, 俊秀

三池CO研究会 : 副会長

https://doi.org/10.15017/1515778

出版情報:エネルギー史研究 : 石炭を中心として. 30, pp.83-109, 2015-03-20. 九州大学附属図書館付 設記録資料館産業経済資料部門

バージョン:

権利関係:

(2)

大牟田市立図書館(以下図書館と略)は、三池炭鉱関係資料を多数所蔵している。その一部の諸目録が、二〇一四年九月一日に完成した。この目録のことが、西日本新聞、朝日新聞に取り上げられた (1

アである。 いて解説する。なお、私は元図書館職員であり、今は図書館ボランティ この稿では、図書館所蔵の三池炭鉱関係資料の概要と、その目録につ 。 3)

完成した目録

今回完成した目録は、次の目録である。総頁にして五〇〇頁に及ぶ。この目録は、「三井三池炭鉱炭じん爆発事件史料集 (4

目録の大きさはA4版、横書きの冊子目録で、エクセルで作成してい 鉱関係の資料を多く収録している。 いては、後で詳しく述べるが、炭じん爆発事件関係のみならず、三池炭 略)に収録しきれなかった資料を中心とした目録である。史料集成につ 成」(以下史料集成と 5)   参考資料新聞記事 (6)   三荒木忍資料目録(四三頁)   二原田正純資料目録(八頁)   一松尾惠虹資料目録(七二頁) した。 とおり。いずれも、頭に大牟田市立図書館所蔵がつくが、ここでは省略 る。項目は、題名、著者、出版社、出版年、備考である。目録は、次の

四  森弘太資料目録(二九頁)五  野田春次刑事裁判記録資料目録(一四頁)六  若松沢清資料目録(三頁)以上が、松尾家族訴訟グループ関連の資料目録である。(松尾家族訴訟については、後で述べる。)七  浦川守資料目録 (7)(九、九、一一、三一頁)八  三池争議刑事事件等裁判記録資料目録(一二三頁)別冊  解説と利用の手引き(三四頁)

【資料紹介】大牟田市立図書館が所蔵する 三池炭鉱関係資料とその目録 ついて

原 俊 秀

(3)

も配布されている。私の手元にもある。奥付には、第一版一九六五年発行、第二版一九六八年発行とある。資料の収録点数は、一七四五点である。第二版のはしがきには、第一版は三〇七点、第二版は四九三点収録とある。次に凡例を写しておく。(横書きを縦書きにした。)なお、三〇年以上前の目録をなぜここで取り上げるかというと、図書館では、これ以降これに類する目録が作成されていないからである。その理由は後で述べる。

  〔収録の範囲〕

一、この目録は、大牟田市立図書館が所蔵している大牟田に関係ある図書・新聞・雑誌・パンフレット・リーフレットなどを収録したものである。二、新聞の連載記事・雑誌の記事・論文なども収めた。三、写真(略)

  〔分類〕

(略)

  〔記載の方法〕

一、記入は、「日本目録規則」新版予備版により、カード形式にした。二、出版地のうち、大牟田は省略した。三、記載の形式は、次のとおり。書   名   編著者出版地   出版社  出版年頁   数   大きさ(注記)内容注記分   類   一連番号 添付資料一  三池闘争関連被処分者一覧(『みいけ炭鉱労働組合史』より)添付資料二  三池争議不当弾圧事件記録(一九六〇・一一・二〇現在)炭労法対部、総評弁護団添付資料三  一九六四年七月八日の朝日新聞(三池争議刑事事件裁判の一覧表を掲載)以上が、二〇一四年九月完成。九  武松輝男資料目録(八九頁)二〇一二年完成。以上、資料は、図書館が管理する生涯学習支援センター三階の図書保管庫(以下分室という)に保存されている。十  小崎文人資料目録(二一頁)一九九七年完成。資料は図書館本館。併せて、総括表として大牟田市立図書館所蔵三池炭鉱関係資料目録(八頁)を作成した。前記の各目録、及びこれから述べる各種目録・資料リストの解説、資料の保管場所を示した。添付資料として、炭じん爆発総目次 (8)、追跡調査リスト (9)を掲載した。また、別に、資料配置図

)(1

を作成した。

大牟田市立図書館所蔵郷土資料目録  第三版  一九八三について 今回完成した目録が、図書館においてどういう位置にあるかを明確にしておきたい。そのために、大牟田市立図書館所蔵郷土資料目録  第三版について述べる。(以下郷土資料目録と略)この目録は、図書館が、昭和五八年一〇月に編集、発行したものである。二〇二頁、二六㎝、手書きの原稿をB4版の紙に輪転機を使って両面印刷している。四〇〇部発行され、福岡県立図書館をはじめ、当時の県内の各公共図書館などに

(4)

た。(昔は、三池炭鉱に囚人を使ったので、市内に集治監があった。)昭和四六年のことであったが、全部で三万円という。驚いて値ぎったところ、東京へ持っていけばもっと高く売れるのだから、ムリに買ってもらわなくてもよいという。しぶしぶ高い金を出して買った。ところが、この資料は利用が多い。今まで、何回複写させられたかわからない。昨年末、東京の三井文庫の方も複写された。(二一五頁)

3  整理と新しい資料資料の整理について、簡単に紹介する。図書として登録したものは、別置記号Kをつけ、NDC

)(1

分類によっている。さらにNDC(090)を使って、分類重出する。図書以外の資料は、原則として登録しない。別置記号SKを付して、NDC分類。レファレンスの事務用として、基本カードを一枚作る。Kのついた本のカードといっしょにして、分類目録を編成する。(目録作成は謄写印刷なので、一枚余分に複製しておく。)この目録は、レファレンス用に館員が使う。必要に応じて、利用者にも使ってもらう。また、郷土資料の冊子目録を作るときのツールにもなる。SKをつけた図書以外の資料は、現在バーチカル・ファイリングキャビネット二本に、いっぱい、はいっている。これらの資料は、形がさまざまであり、一枚ものもあるので、大部分は廃物利用で特許資料を送ってきた封筒(A4ぐらい)に入れて、分類順にファイルしている。地域の性格によって、それぞれ、収集される資料には自然に特色がでてくるだろう。特定の資料の量が多ければ、地域特殊コレクションとなる。大牟田には、三池炭鉱がある。三池争議や炭鉱爆発などによっ 以上である。収録の範囲に注目してほしい。再掲する。大牟田に関係ある図書・新聞・雑誌・パンフレット・リーフレットなどを収録したものである。新聞の連載記事・雑誌の記事・論文なども収めた。一九八三年当時、図書館では、コンピュータは導入されていなかった。(一九九一年の新館開館の時に導入)コンピュータが導入された今の時代に置き換えていうと、バーコードやICチップを貼った郷土資料に加えて、貼っていない、つまりデータ化していない郷土資料をも収録した目録なのである。今この類の総合目録を作成しようとすると、データ化していない郷土資料が大幅に増えたので、手作業を伴うため、手間がかかるのである。次に、図書館では、郷土資料をどうとらえ、どういうふうに収集し整理していたかを述べる。元大牟田市立図書館職員(後に館長、退職後は、福岡女子短期大学の司書課程の講師)の小柳屯執筆の「郷土資料・地域特殊コレクションの収集と提供」

)((

から関係する部分を引用する。これは、一九七九年に書かれている。三池炭鉱資料にかかる部分を中心とするが、一部全般的な内容も含まれる。

1  資料の範囲福岡県内の市立図書館では、県内の資料を郷土資料としているところが多いようである。大牟田市立では、大牟田関係の資料にかぎっている。理由は、他市の資料までは目がとどかず、収集が困難なこと、他市のことはその市の図書館に尋ねればよい。というような考えからである。(二一三頁)

2  古い資料の収集市内の古本屋が、明治時代の「三池集治監報」などを数冊持ってき

(5)

ルを作っている。目録カードを使い、上段に件名を、下段にコール・ナンバー、資料名・記載頁などを記入する。件名の五十音順配列。「を見よ」参照カードも入れる。同一件名で、参考資料が多くて二枚以上のつづきカードもある。質問をうけてから作ったものと、資料の受入整理の際に作るものとがある。資料名の追加記入も、絶えず行なう。この「大牟田事項索引」のカード枚数は、約八〇〇枚。(二二〇頁)

引用が長くなったが、私はこの先輩たちの思想と実践を継承したに過ぎない。私の実践については、いくつか図書館関係の雑誌などに書いたものがあるので、そちらも参照されたい

)(1

(1

(1

増えた郷土資料と目録

三池炭じん爆発関係資料の一括寄贈などの関係もあって、郷土資料は増加した。数字をあげてみよう。これがすべて三池炭鉱関係資料というわけではないが、比重として大きいことは間違いない。まず、郷土資料(K)は、一九八三年現在、七七四タイトル。ただし、郷土資料目録では、継続刊などの場合、一タイトルとして扱っているので、冊数でみると、実際はこの数倍になるだろう。一九九九年現在、約七〇〇〇冊、二〇一四年現在、八一二三冊である。両年の数字はタイトル数ではなく、複本も含めた冊数であるが、何倍かに増えているのは事実である。次に、SKの郷土資料は、ファイリング・キャビネット(A4、四段)で、 て、全国的に知られている。従って、図書・雑誌・新聞に、三池の記事が比較的よく掲載される。目につく限り、複写をし、切りぬきをつくる。(新聞については、次の項にかく。)図書・雑誌そのものをそのままの形で、整理しているものもあり、必要部分だけを複写しているものもある。編集してある本の一篇だけが、三池のことであるというばあい、書名や編者からは内容まではわからない。たとえば、『労働組合の組織と構造』という本の一部を複写製本して、郷土資料として別置している。本そのものは、一般図書の中に入れている。雑誌についていえば、一般新聞にのる雑誌広告を見て、その情報をうる。図書館で購入していない雑誌については、何らかの方法で複写する。週刊雑誌や、『婦人公論』、『新日本文学』などの記事まである。一応目につくかぎり収集しているので、たとえば『サンデー毎日』の半頁の記事も保存している。しかし、客観的にみれば、市立図書館の収集した資料は微々たるものであり、重要なものがかけているに違いないと思う。専門誌や大学紀要などは、全く目にふれる機会がないのだから。専門誌の論文については、利用者のリクエストにより、はじめて館員はそれを知り、県立や国会図書館などに複写を依頼する。以上の資料は、まだ特殊コレクションを編成するほどの量はない。(二一五~二一七頁)5  資料の提供まず資料収集が必要であるが、よい資料を所蔵していても、利用者に提供できなければイミがない。能率的に、かつ充分な資料を提供できるように、神戸市立図書館の仕事に学んで、レファレンス補助ツー

(6)

は詳しく記述する。三池争議関係ビラ  三池炭鉱  三の一 一九五九年一〇月一二日~一九六〇年四月二日、四一枚三池争議関係ビラ  三池炭鉱  三の二

一九六〇年五月一三日~五月二五日、二一枚三池争議関係ビラ  三池炭鉱  三の三 一九六〇年六月一八日~一一月二日、三七枚再建だより  第一~三六号  三池鉱業所

一九六〇年二月六日~一〇月一〇日、三五枚三池争議関係ビラ  三池労組  四の一 一九五九年一〇月二五日~一九六〇年五月一九日、四〇枚三池争議関係ビラ  三池労組  四の二

一九六〇年五月二一日~六月二七日、三一枚三池争議関係ビラ  三池労組  四の三 一九六〇年六月二八日~一二月一日、二四枚三池争議関係ビラ  三池労組  四の四

一九六〇年三月一七日~七月、二七枚三池争議関係ビラ  三池新労  四の三(四の一、四の二欠)

一九六〇年九月一五日~一九六一年一〇月一五日、二六枚三池争議関係ビラ  三池新労  四の四 一九六〇年三月三〇日~四月二七日、八枚新労ニュース  一~八一(号外付)

一九六〇年三月一八日~一〇月四日、七三枚三池争議関係ビラ  大牟田再建市民運動本部 一九七九年現在二本、(一九八三年で九七一タイトル)、一九九九年で六本。二〇一四年現在、一二本、その他に、この稿の冒頭に述べた史料集成未収録の資料および史料集成収録資料が、分室の可動式書架、固定書架、およびダンボールの中に存在する。正確な数はわからないが、ダンボール箱換算で一〇〇箱は優に越えるだろう。この分はSKの目録はない。未収録分については、今回の目録が、収録分については、史料集成の史料リストが検索のツールとなる。なお複本分については、SKに編入した分も多数あり、これはSKのカード目録を作成している。郷土資料事項索引は、一九七九年で八〇〇枚(カードケースだと二か)、一九九九年現在、カードケースで五である。以上、一九七九年の数字は、前掲の小柳論文、一九八三年の数字は、郷土資料目録、一九九九年の数字は、拙稿「図書館の仕事」 )(1(前掲、二〇一四年の数字は、一二月八日現在の数字である。次に、先輩図書館員が収集した三池炭鉱関係資料の中から、特に重要と思われる資料を記す。いずれも史料集成に収録しているので、国立国会図書館などでも閲覧、複写が可能である。三池争議のビラ

これは、図書館のSK資料で、原本は図書館の三階応接室のファイリングキャビネットの上に保存されている。台紙に一枚づつ貼られ、閲覧や複写が容易なように簡易製本されている。法政大学大原社会問題研究所の「三池争議と向坂逸郎展」(二〇一〇年)にも貸出された資料である。郷土資料目録では、「三池争議関係ビラ」と一括されているが、ここで

(7)

監報号外  三池集治監諸規則、三池集治監(明治三〇年)監報号外  三池集治監年報  明治三〇年、三池集治監(明治三一年)[三池集治監]職員録  明治三二年一月、三池集治監(明治三二年)改正監獄則・監獄則施行細則、三池集治監

ターネット検索では、国立国会図書館(NDL この三池集治監報類は、他の機関での所蔵は確認できていない。イン ど、若干のSKもある。ここでは省略するが、史料集成には収録した。 以上が、Kである。図書館のOPACでも検索できる。看守辞令な   報第一四一号附録) 及賃銭表・各工業食量区分表、三池集治監(明治三二年)(三池集治監 [三池集治監]囚人動作時間表・内役各工業科程及工銭表・採炭夫科程   監報第一四〇号附録)   ([明治三二年])(三池集治 学図書館ではヒットしない。矯正図書館 −OPAC)、および大

)(1

にも所蔵していない。法務省関係、刑務所関係は、確認していない。また、何号まで出たのかも把握できていない。所蔵している可能性が高いのは、三池刑務所を引き継いだ熊本刑務所だと思う。これが公開されれば、三池囚人労働研究の貴重な資料になるだろう。(問いあわせの手紙を出した。)その他の三池炭鉱資料については、史料集成および各資料の説明の項で述べる。

閉山時の三池炭鉱資料収集について

私は、一九七三年大牟田市役所に入庁、一九八五年から一九九九年まで図書館に在籍した。その在籍期間中に、三池炭鉱資料の収集と整理に 一九五九年一〇月~一九六〇年一二月一日、四二枚三池争議関係ビラ  その他  二の一

一九五九年一〇月一二日~一九六〇年六月三日、三二枚三池争議関係ビラ  その他  二の二 一九六〇年六月四日~七月一八日、三五枚三池争議関係ビラ  新聞号外など

一九六〇年三月一七日~六月二七日、八枚その他、個人寄贈の三池争議ビラ七四枚、さらに、松尾資料として三池争議関係ビラ八五枚がある。これらによって、一九五九年から六〇年にかけての三池争議にかかるビラは、おおむね見ることができるだろう。目録はビラ一枚ごとに作成し、史料集成第Ⅰ期別冊の史料リストに収録している。なお資料の原本は松尾資料のみ分室に保管している。三池争議のビラとして、別に日刊情報

)(1

がある。これは復刻

)(1

されているので、史料集成には収録しなかったが、図書館ではオリジナルも所蔵している。松尾資料および、現在整理中の三池労組寄贈資料にある。

三池集治監の刊行物について

先に引用した小柳の論文にも出てくるが、図書館が所蔵している三池集治監の監報についても資料名を書いておく。詳しい説明は、史料集成の史料解説

)(1

を参照のこと。三池集治監報  第一一八号~一四二号、三池集治監(明治三一年六月~三二年七月)監報号外  三池集治監看守勤務規則、三池集治監(明治三〇年)

(8)

取り組んだ。三池炭鉱閉山前後の時期と重なる。これは、図書館の先輩たちの仕事の継続としてやったことである。収集した三池炭鉱関係資料は、冒頭に挙げた資料であるが、その他、閉山関係資料、三池新労資料などがある。三池炭鉱閉山前後、大牟田には多数のマスコミが詰め掛けた。前年から、多数の新聞記事(連載も含めて)や、雑誌の記事が掲載された。単行本も出版された。テレビでも多数の特別番組が放映された。当時、図書館にいた私は、それらの収集に努めた。テレビの番組も、特番はもちろん、ニュースなども含めて、職員で手分けして録画した。それは、当面、著作権の関係で提供することはできないが、とりあえず、収集、保存すべきだと考えたからである。なお、特番のリストは、「放送文化」四〇号の「三池炭鉱の一二〇年」 )11

に掲載されている。(録画したビデオはVHSで、ダンボール一箱分ある。目録はない。)閉山に際して、図書館長にお願いして、会社や労組に資料の寄贈を要請してもらった。会社、職組からは、資料は頂けなかった。三池労組は、当面、会館で保存するということだった。後日、労組会館を二〇〇四年に売却し、二〇〇五年四月三池労組を解散する時点で、九州大学

)1(

と大牟田市石炭産業科学館と大牟田市立図書館に寄贈された。三池労組の最後の組合長芳川勝によれば、九州大学へは「書類」、石炭館へは「もの」、図書館へは、「書籍」という基準で、区分したとのことである。また、同じ書籍については、荒尾市立図書館へも寄贈したとのことである。図書館寄贈分(ダンボール八箱)については、現在、筆者が整理中である。九州大学分(ダンボール約二〇〇箱)については、資料整理を継続中とのことである。三池労組から、別に寄贈された三池争 議刑事事件関係の裁判記録資料については、後で述べる。三池新労からは、印刷物のみという条件で寄贈してもらった。ダンボール数箱分だったろうか。閉山前十数年分くらいの定期大会などの資料や新聞(三池新労)もそれに含まれている。これは史料集成にも収録した。他は、全労系の組合や上部組織の本が多い。これは収録していない。膨大なファイルなどの資料については、新労の解散と事務所の解体によって、処分されたものと想像される。書籍(K)については、双書注記に、新労資料と記入し、データも入力したので、「新労資料」で検索できる。(八九件ヒットする。)新労資料の中で、CO関係で特に重要だと思われる資料を挙げておく。『三川鉱災害によるCO中毒症患者に関する経過について(諸資料を含む)』(三池炭鉱新労働組合、三池炭鉱職員労働組合、一九六七年)である。これは、松尾家族訴訟には会社側書証(乙三三三)として一部提出されているが、史料集成には全部収録した。なおKとしているので検索、閲覧が可能である。三井鉱山五十年史稿について 

三井鉱山五十年史稿は市内の古本屋が図書館に持ち込んだ資料である。全二〇巻(二二冊)、二〇万円で購入した。時期は閉山の前一九九五年である。五十年史稿については、田中直樹が史料集成の史料解説

)11

で、詳しく述べているので、そちらを参照されたい。ここでは、三井文庫

)11

にあるものとは異なるものであることのみを記しておく。図書館では、二部複写をして、原本は書庫に保存し、複写分を郷土資料コーナーに置き、ひとつを閲覧用、もうひとつを貸出用とした。その

(9)

利用は極めて多く、北海道のある大学の図書館にも貸し出したこともある。福岡県史や荒尾市史の編纂にも使われたようだ。三井鉱山五十年史稿に関連して、三池鉱業所沿革史などについても触れておく。三池鉱業所沿革史は、三井文庫に所蔵しているが、以前は、三池鉱業所にもあった。万田坑、宮原坑が重要文化財に指定(一九九八年)される時点には、三池にあったが、その後、本店に送られたとのことである。(当時の市の担当者の話)なお、三池港務所沿革史は、閉山の時点には、三池での存在が確認されている。三井三池製作所沿革史は、現在も製作所に保管され、復刻され

)11

、図書館にも寄贈されている。現三井化学関連の沿革史も三池の事業所に残っているという。(三井化学の社員談)三池鉱業所沿革史及び三池港務所沿革史の目次及び年譜については、私が三井文庫から複写を入手し、エクセルで入力した。コピーは、図書館及び、松尾資料、浦川資料にもある。また、入力した分は、本にも収録されており、これは図書館での閲覧が可能である

)11

。今大牟田市史の編纂が始まった。幸い三池炭鉱の歴史については、別冊で刊行されるとの話である。この際、三池炭鉱の歴史のバイブルともいうべき三池鉱業所沿革史などの復刻を期待したい。

三池CO資料

図書館が所蔵する三池炭鉱資料として、まとまったものとして三池CO資料がある。一九九八年最高裁で確定した松尾蕙虹たち家族訴訟グループの資料は、原告、弁護団

)11

、研究会、支援会などから集まった。グ ループの資料は、ほぼ収集できたと思う。史料集成はそもそもこの資料を公刊したいとして出発、企画されたものである。なぜ、三池CO資料が、まとまって図書館に集約されたか、簡単に触れておく。以下、拙稿「三池CO裁判資料の収集と整理に取り組んで」

)(1

(前掲から引用する。

三池CO資料に関しては前史がある。『三池炭鉱  一九六三年炭じん爆発を追う』(NHK出版  一九九九年六月刊)という本がある。森弘太氏

)11

と原田正純氏

)11

の共著。原田氏は水俣病で高名な医師、森氏は映画監督。ともに、三池CO裁判(松尾グループ、原告は四家族八人)の七二年提訴以来、長期にわたって裁判を支援してきた三池CO研究会のメンバーである。森氏は、かって図書館に勤める私に、「三池CO裁判は最高裁までいくにしても、いずれ終わりがくる。そのときは、自分たちが集めた膨大な資料は、要らなくなる」と言った。私は、「それは、図書館で永久保存します。ぜひ寄贈してください」と答えた。三池炭鉱関係の資料はなんでもできるだけ集めたいと思っていたからだ。九七年三月三池炭鉱閉山、九八年一月、CO裁判最高裁判決。判決の後、三池CO資料の図書館への寄贈の話は具体化した。九九年度の予算に資料の送料を一〇万円計上した。九九年三月、森氏の仲介で原告の一人から一切の資料を図書館に寄贈するという約束を貰った。翌日、早速第一陣を図書館に運んだ。それ以降、弁護団、裁判の証人、三池CO研究会メンバーなどから、資料が集まり始めた。(新聞にも大きく取り上げられた (前掲6)。ちょうど異動の前後の時期である。)

(10)

資料は全国各地から送られてきた。福岡の弁護士事務所や熊本の原田氏の研究室には、直接お伺いした。予算を確保しておいてよかったとつくづく思った。資料の寄贈をお願いするとき、図書館側ができることは、「資料を保存し、提供すること」を約束すること、それに送料を準備することくらいではないか(もちろん、その前提として、図書館や図書館員に対する信頼が問題だが)。総計でダンボール一〇〇箱くらい。寄贈してくれた人は、個人では資料は保存できないことを知っていた。「貴重な資料が散逸していくに違いないと思われるとき」(手紙より)と認識していた。そして、保存されることに素直な喜びを表現した。

裁判の証人と書いているのが、荒木忍

)11

である。一九九九年四月七日、苅田町の自宅へ伺った時のことを書いておきたい。森弘太の運転で、私と朝日新聞の木村英昭、それに、NHKの編集者が同乗、毎日新聞の記者は別の車で同行した。衣装ケース四箱にきちんと整理された三池の資料があった。丁寧にひとつづつ袋にいれ、タイトルも書かれていた。リストも作成されていた。その日の内に、大牟田に持ち帰った。「私が死んだら、ゴミですもんな」という荒木の言葉が印象的であった。荒木にとっては、命と同じように大切な資料が、森の紹介と同行とはいえ、その場で頂けるとは思ってもみなかった。後日、三池以外の炭鉱災害にかかる資料も寄贈してもらった。 マイクロフィルム版「三井三池炭鉱炭じん爆発事件史料集成」(柏書房、

第Ⅰ期、第Ⅱ期)

資料集出版のための三池CO研究会が発足した。一九九九年のことである。メンバーは、原田正純、美奈川成章、松尾蕙虹、木村英昭、大住和估、大原俊秀。朝日新聞の記者木村の呼びかけで始まった研究会で、美奈川は、松尾家族訴訟の弁護士、大住は、当時熊本学園大学の原田研究室に通う私設秘書みたいな存在だった。この時期、大牟田では、人権連続講座が開催された。講師陣は、原田正純(二回)、荒木忍、木村英昭、松尾蕙虹、美奈川成章である。テーマは、「三池と水俣から~三川鉱炭塵爆発から学ぶもの~」である。この講演録が発行された

)11

。これは松尾資料、武松資料にある。又講演の録画ビデオならびにカセットテープも松尾資料として保存されている。資料集は、経過は略すが、柏書房からマイクロフィルム版で、「三井三池炭鉱炭じん爆発事件史料集成」として刊行されることになった。第Ⅰ期が二〇〇五年、第Ⅱ期が二〇〇七年に刊行された。(本体価格、各二八〇万円)国立国会図書館には、納本制度で納められ、図書館には寄贈された。図書館には、併せて、マイクロフィルムリーダーが、三池CO研究会から寄贈された。いくつかの大学図書館でも購入していただいた

)1(

収録した資料について

史料集成に収録したものは、前に挙げた図書館が長年に渡って収集し

(11)

てきた資料の内から重要だと思われる三池炭鉱関係の原資料と武松資料、それから松尾グループの資料が主なものである。また、一部には、今回の史料集成刊行にあたって、個人から提供いただいた資料も含まれる。基本的には、三池争議(一九五九~六〇年)、三池爆発(一九六三年一一月九日)以降の資料を中心にしたものであるが、一部には、それ以前の資料も含まれている。これからも公になることが少ないと思われる会社関係、三池新労関係、三池職組関係は、意識的に収録することとした。また、内容としては、松尾家族訴訟や三池CO問題に関するものが中心になるが、前史などの位置づけでその他のものも含めている。さらに、収録の基本方針のひとつは、公刊されているものは収録しないということとした。ここでいう公刊の意味は、国立国会図書館や大学図書館、公共図書館などで閲覧が可能ということである。この考え方から、活字で刊行されたものは基本的には除外したが、それらの図書館で所蔵していない資料などについて、収録したものがある。史料リストについては、史料集成の別冊及びCD

−ROM

を見られたい。別冊には、史料解説

)11

および、関係者の文章を掲載しているので、参照されたい。史料解説は基本的に編集委員で担当したが、他の方に依頼したものもある。また星野芳郎、増子義久、森弘太などの研究会メンバー、松尾蕙虹、荒木忍らの文章も収録した。次に、史料集成の構成と内容、資料の所有者を示す、個人としたもの以外の、「○○資料」と表記した資料についても、現在は図書館が所蔵するものであるが、「図書館」としているものは、本館に所蔵するもの であり、「史料集成」は、分室で、史料番号の順番に配列しているもの、「○○資料」と表記しているものは、分室の○○資料の内に保管しているものである。あえて区別している。「個人」としている資料については、原本は図書館にはないので、マイクロフィルムで閲覧されたい。Ⅰ  爆発前史Ⅰ

−ⅰ   三井鉱山五十年史稿内容は前述

  (図書館)

Ⅰ 館、浦川資料) −ⅱ   囚人労働史料内容は前述、一部浦川資料から追加(図書

Ⅰ 集成) −ⅲ   野田春次史料保安関係(刑事裁判関係は未収録)(史料 1 (社内資料)(図書館、史料集成) −ⅳ   三池闘争前に述べた三池争議ビラ、冊子、Y・K資料

−ⅴ   大澤誠一史料当時の労務課長大澤のメモ

)11

(個人)Ⅰ

−ⅵ   若松沢清草稿原稿一編とメモ

  (史料集成)

  Ⅰ

Ⅰ ど(史料集成、武松資料、図書館) −ⅶ   武松輝男史料社宅などの図面、ファイル、対話・泥水な

Ⅱ   Ⅱ三池炭じん爆発 など(図書館) −ⅷ   三池労組・新労・職組機関紙みいけ、三池新労、はっぱ

−ⅰ   三池CO裁判史料主張、書証

)11

、尋問調書、検証、判決 (史料集成)Ⅱ

など −ⅱ   行政・医学労働省資料、三池医療委員会資料、原田メモ   (図書館、史料集成)

−ⅲ   組合定期総会、冊子、文化工作隊、みいけ(号外)、分

(12)

リストには記載している。)この史料集成の原史料については、図書として登録されているものは、OPACでの検索も可能であるが、パンフレットやビラなどの史料については、検索にかからないので、留意されたい。この史料目録の中身を伝えるために、凡例を掲載しておく。

凡例一  編集方針について一  本史料集は、一九六三年一一月九日に起こった三池炭じん爆発事件にかかわる史料群である。三池CO研究会が収集・入手した史料並びに大牟田市立図書館が所蔵する史料、また、出版に際して提供を受けた史料で構成されている。史料は編者の責任で編集し、マイクロフィルムに収録したものである。二  史料はⅠ期、Ⅱ期に分けて収録した。掲載は、作成者ごとにまとめ、その中で作成年月日順に整理した。作成時期が不明な史料については、他の史料や文献等から極力判明に努めたが、なお不明な史料もあった。三  収録に当たっては、史料に記載された一酸化炭素中毒患者やその家族の氏名並び住所など、現在もなお個人のプライバシーへの配慮を要する史料については、編者の責任で伏せ字にした部分がある。ただし、伏せ字は必要最小限にとどめ、史料の歴史的な意義はいかばかりも損なっていない。なお、裁判に提出された史料並びに会社や労組など組織の幹部、または名前が史料で重要な意味を持つ場合は、歴史的な意義と当時の組織的な責任の重さ等を鑑み、有利不利を問わず、原則として実名のままで掲載している。四  史料の完全収録が方針であるが、同一史料については、重複史料と 会のビラ、現地速報、原告団ニュース、ビラ、書発、内部資料、三池書記労事件など(以上三池労組関係)、主婦会、退職者会、遺族会、家族の会、守る会、政党、沖原告団、三池新労、職組など   (図書館、史料集成)

−ⅳ   会社会社案内、就業規則、保安規定など

)11

(図書館、史料集成)Ⅱ

Ⅱ 研究会レポート、追跡調査、支援会など(図書館・史料集成) −ⅴ   家族訴訟原告・三池CO研究会松尾蕙虹の草稿・メモ、

−ⅵ   日記蓮尾与七日記

)11

、松尾修日記

)11

、村上正光日記

)11

、松尾蕙虹行動日誌

)11

など

)11

(松尾修日記、松尾蕙虹行動日誌は史料集成、他は個人)Ⅱ

Ⅱ −ⅶ   手紙松尾宛の手紙・ハガキ、松尾の手紙(史料集成)

−ⅷ  荒木忍史料

  (史料集成)

−ⅸ  閉山協定書

  (個人)

Ⅲ  炭鉱災害史  ほとんどが荒木忍旧蔵資料、北炭七十年史(稿本)は匿名提供(史料集成、匿名)Ⅳ  補遺Ⅳ

省より入手 −ⅰ   中国人強制連行関連史料事業場報告書の三池部分、外務

  (個人)

Ⅳ 事事件裁判記録資料にあり) 録も収録(図書館、史料集成、全学連事件は三池争議等刑 −ⅱ   三池闘争史料収録漏れの冊子・ビラ、全学連事件公判記

−ⅲ  追加史料

  〔三川鉱炭塵爆発〕直後のビラ(武松)

(史料集成、マイクロには未収録なので、原本を見られたい。史料

(13)

六  「文書宛先」も、

「文書作成者」の表記に準じている。七

八 もある。 また、会議の開催日や投函日などをもって作成年月日としているもの     は[]で括っている。不明なものについては空欄にしてある。   「年月日」は西暦で表記した。他の史料や文献から類推されるもの   九史料リストのデータはCD の指示等を編者の責任で付けた。   「備考」欄は史料の位置づけを示すもので、史料の意義や関連史料

−ROM に収めてある。デジタル・データは、各表ごとに、MicrosoftExcelとテキスト・データ(タブ区切り)で作成してある。「史料番号」「文書名」「文書作成者」「文書宛先」「年月日」「備考」の欄を並べ直して検索もできる。

二〇一一年からの三池炭鉱資料の整理

二〇一一年三月末、私は大牟田市役所を定年退職した。同年四月から図書館ボランティアとして、三池炭鉱資料の整理に関わった。生涯学習支援センター(元県立大牟田南高校)の三階にある小さな書庫が、図書館と教育研究所の共同の書庫として使われていた。図書保管庫というプレートがある。そこに、私が図書館在職中に集めた三池炭鉱資料などが置かれていた。二〇一〇年九月に寄贈された武松資料は、ここに運びこまれ、ダンボールに入ったまま積み上げられていた。未整理の状態ではあったが、利用する人はいた。一階の事務室に利用簿があり、三階の分室を利用するものは、それに記載することになっている。そこには数は多くないが記載があった。いずれも、図書館員に伴 して明記し、省略したものがある。ただし、当該史料にあるメモ書きが重要と判断された場合や、省略したことで一連の史料の趣旨が不明確になる場合等については重複を承知して、掲載している。また、裁判で提出された書証として扱われた史料も、同様な理由で重複して収録しているものもある。五  損傷が激しい史料は程度の良い史料に取り換えている場合もある。また、判読が困難な史料もあるが、そのまま収録している。六  史料の検索をできるだけ容易にするため史料リストを作成した。この史料リストを掲載した本冊子(『三井三池炭じん爆発史料集成別冊』)とは別に、史料リストのデータを収めたCD

−ROMもある。

凡例二  史料リストについて一  史料リストは、収録した史料の検索を容易にするために作成した。二  史料は「爆発前史」「三池炭じん爆発」「炭鉱災害史」に分けている。さらにその中で文書作成者ごとに整理しており、史料ごとに「史料番号」「文書名」「文書作成者」「文書宛先」「年月日」「備考」を付けた。三   「史料番号」はマイクロフィルムの収録場所を示す。

四  「

文書名」は、原本の史料で漢数字で表記されているものは算用数字に直して表記した。リストの文書名と実際の史料の数字表記が異なることがあるのはこのためである。五

  「文書作成者」は、検索を容易にするため、できるだけ簡潔にした。

このため正式名称ではなく、一般的に使われている呼称を採用している。(例)三池炭鉱の3労組→三池労組、三池新労、三池職組  松尾蕙虹らの裁判→家族訴訟  三池労組主導の集団訴訟→マンモス訴訟 和解を拒否して裁判を継続した訴訟→和解拒否派訴訟

(14)

松尾蕙虹資料

狭義の松尾蕙虹資料とは、家族訴訟の原告のひとりである松尾蕙虹が、収集・保存していたものをさす。おおむね、三池闘争以降のもので、分野は、三池炭鉱関係、三池CO関係はもちろん、それ以外の大牟田関係、他の運動団体の資料も含まれる。書籍、新聞・雑誌の記事や論文、冊子、ビラ・チラシ、パンフなどの収集した資料、レジュメやレポートなど研究会などが作成した資料、松尾自筆の原稿や私信などの下書き、日記類など多様である。三池主婦会や生協の共同購入の仕切り書や領収書、メモ、写真、ネガ、カセットテープもある。テープは、家族訴訟、マンモス訴訟、原告団や弁護団の会議、研究会の記録などで、百本を越えている。ただ、今回はテープの目録は作成していない。(後述の日誌の整理に一部テープについても記載した。)松尾蕙虹は、CO患者松尾修の妻。爆発の翌年、自ら立候補して、野添主婦会の会長となる。爆発事故後、すぐ遺族会は組織されたが、家族の会は、主婦会があるからという理由で、組織されなかった。修は軽症患者とされるが、性格が変わり、発作を繰り返す。松尾は家族の会の結成を求めて、初めて主婦会役員に立候補したのだという。一九六五年三月、三池労組関係のCO患者を抱える家族三二四名で、家族の会が結成される。松尾は副会長に就任、後に会長を務める。この時期、三井鉱山は刑事事件で不起訴となり(六五年八月)、さらに検察審査会は、「不起訴妥当」の結論を出す。家族の会の中心メンバーとして活動していた時の資料は、三池労組の内部資料が多い。その状況は、松尾蕙虹の「三池のワラスボになれ!」

)11

われてであるが、関東から荒木忍の資料を見に来た人が、荒木メモなどをコピーしたことがわかる。頻繁に通う研究者もいた。その著書

)1(

を読むと、いかにここにある各種資料を読み込み、使っているかがよくわかる。詳しく述べる余裕はないが、この資料に辿りつき、それらをも活用して博士論文を書き、更に本にまでした研究者に感謝したい。また、それを保障した図書館、とりわけそれを許可した故人となられた館長にも感謝したい。図書館が資料を集め保存するのは、利用してもらうためなのだから。話が横道にそれたが、私は未整理の資料を整理するために、分室に弁当持参で通うことになった。私は、次のように整理方針を決めた。一  マイクロフィルム収録分は、その順序に並べる。目録は、史料集成別冊の史料リストを使用する。二  未収録分、ダブリ分については、新たに整理し、目録をつくる。複本は、他へ寄贈することもある。三  三池争議刑事事件等裁判記録資料は、新たに整理し、目録を作る。四  浦川守資料は、囚人墓地保存会作成の目録に追加、修正を加える。複本は、図書館に移管する。五  二〇一〇年に寄贈された武松輝男資料は、整理し目録を作る。この作業が一応終り、二〇一四年九月一日付けで、各目録が完成、図書館に手渡した。以下、各資料と目録について述べる。マイクロに収録した分と、未収録分について、併せて述べるので、留意されたい。

(15)

件の全貌を明らかにしよう、そのためには、三池炭鉱の歴史を読み解こうという意図が感じられる。炭じん爆発や一酸化炭素中毒の医療に関する文献は、戦前の文献も多数収集されている。史料集成では、公刊されているという理由で収録しなかった。一部書証として採用されている分もあるが、これらについては、史料集成のリストにもある書証目録を参考にされたい。コピーされた資料の蔵書印などから、各地の図書館(議会図書館、大学図書館なども)での資料探索の跡が伺われる。国会図書館の罫紙に書かれた資料リストや、国会議員(馬場昇)の求めに応じて、労働省が作成した資料もある。研究会メンバーは、三池CO関係の資料収集にも努力する。会社が発行した資料も探し出す。書証として提出しているものもある。「今次災害生存者の体験談(其の一~四)」(甲A七七)、「三川鉱炭じん爆発による罹災状況(三井三池鉱業所病院)」(甲A七八)などである。三池労組、新労、職組の資料についても、同様に収集に努めている。研究会は厖大なレポートや聞き取りの記録

)9

(前掲を残したが、ほぼ揃っている。研究会や弁護団の事務連絡の文書もある。そして、支援会の資料も残された。一九九三年の福岡地裁判決では、会社の責任は認めたものの、三池労組の和解の額の関係か低額で、かつ妻の損害は認められなかった。松尾らは、控訴し最高裁まで争ったものの、覆らなかった。松尾が集めた資料は、一九九九年図書館に寄贈された。以後、数次に渡って寄贈された。二〇一三年一一月、松尾は借家を畳みケアハウスに移った。その際にも、写真、日誌、手紙、ハガキも含めて、寄贈された。 に詳しい。ここに集められた資料は、全国各地に出向き、メーデーでアピールし、羊羹を売り、合唱詩劇を上演し、「CO闘争」を全国に広める動きを物語っている。しかし、それは、CO特別立法の制定の運動へと収束されていく。松尾蕙虹は、患者家族の会の活動として、一九六九年に提訴された水俣病裁判や水俣現地に通い、水俣病研究会の富樫貞夫

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、原田正純や、チッソの第一組合の岡本達明

)11

らと出会い、裁判の道を模索しはじめる。また、「三池七〇五九」の撮影に来ていた森弘太らとの出会いもある。一年有余の準備期間を経て、一九七二年一一月、村上正光、トシ夫妻と共に家族訴訟を提訴する。当時の主な支援メンバーの名前と活動の地域と所属を記して置く。星野芳郎(京都・大学教授)

)11

、近藤完一(東京・合化労連)、森弘太(東京・映画監督)、岡本達明(水俣・新日窒労組)、細谷卓爾(滋賀県評)、久保晴彦(京都・大日本スクリーン労組)、増子義久(大牟田・朝日新聞記者)

)11

、金森昂作(京都・塾主宰)

)11

、柴田康雄(東京・森の映画スタッフ、後に大牟田に居を移す)一九七四年一月には、大益牧雄が大牟田に移住、研究会に加わる。一九七三年四月、松尾蕙虹は守る会から解雇、家族の会から除名される。以降については、内部資料は、少なくなる。家族訴訟に対しての三池労組の対応については、書発第七一号(一九七二年一一月二一日)ほかを、参照されたい。現役の三池労組組合員であった松尾修は、除名はされなかったが、CO患者としての権利は停止された。家族訴訟を支援するグループは、研究会を組織し、資料の発掘と収集が続けられ、多くの「レポート」が書かれた。直接的には、裁判の為であるが、その範囲は広い。裁判の枠に留まらず、三池炭鉱炭じん爆発事

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D  映像資料Z  その他  行動日誌より

)11

原田正純資料

原田正純は、爆発当時は、熊本大学医学部の大学院生。爆発直後三池に派遣される。以来、三池CO患者の治療と研究、追跡調査などに関わる。松尾とも提訴前に出会い、三池CO研究会にも手弁当で参加した。松尾家族訴訟で証言、診断書を書く。マンモス裁判の和解に反対し裁判を継続した沖派の診断書も担当。一九九四年には、大著「炭じん爆発」を纏める

)11

(前掲。一九九九年には、木村英昭の呼びかけによる資料集出版のためのCO研究会にも参加した。自身の三池関係の資料は、二〇〇〇年に図書館に寄贈、その後、熊本学園大学を退職し、研究室を閉じた時も追加を寄贈した。史料集成に収録した資料については、原田が執筆した史料解説

)11

(前掲を参照されたいが、ここでは、項目のみを記す。本史料集の特長と意義、労働省労働基準局関係の史料、科学技術庁関係の史料、三池医療委員会の史料、診断書、以上である。原田正純寄贈分がほとんどである。未収録分では、原田のスクラップ帳(一九六三年一一月九日から)、自身のメモ、「炭じん爆発」の自筆原稿、カルテなどがある。三池COについての医学関係論文(原田が執筆したもの、その他のもの)もほぼ揃っている。 手元に残した資料も、将来は図書館にとのことである。ここでは、松尾蕙虹資料として一括にしているが、次の資料も含まれている。京都の塚本誠一弁護士の資料  裁判記録のすべて、及びその他三池に関わる資料一切福岡の美奈川弁護士の資料  裁判記録以外の資料

)11

(前掲

増子義久・細谷卓爾・岡本達明・金森昂作の資料  研究会が集めた資料、研究会のレポート(自筆原稿も含む)など森弘太の資料  研究会が集めた資料、研究会のレポート(自筆原稿も含む)。「三池七〇五九」や映像資料などは、森弘太資料として、別置、目録も別に作成。松尾および、弁護団、研究会の資料を総称して、松尾蕙虹資料とした。松尾グループの主要な、そして複数のメンバーによる資料の集約によって、グループが集めた資料や活動の記録が揃ったことの意味は大きい。例えば、松尾蕙虹が書いた弁護士や研究会メンバー宛の手紙も保存されることになった。最後に、未収録分の目録の目次を記しておく。A  図書  松尾蕙虹および匿名寄贈分B  マイクロフィルム未収録・ダブリ分  松尾、弁護団、研究会などから寄贈分医学・行政、組合、会社、家族訴訟、松尾蕙虹行動日誌追加分、手紙・ハガキ、補遺(大牟田、住民運動、雑誌、新聞切抜、三池炭鉱資料―その他)C  カセットテープ

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すべてを添付して荒木忍資料目録としていることを付記しておく。また三池の資料は、森の著書『鬼哭啾

)11

(前掲啾』の元となるものである。

森弘太資料

森弘太は、一九七〇年映画「三池七〇五九」撮影のため、三池を訪れる。三池労組に宿泊場所を斡旋して貰い、撮影活動中に、松尾や野田春次、若松沢清(後述)らと知り合う。松尾が裁判提訴の方向で動き始めると、森は柴田らと加わる。森は東京支援会を立ち上げる。研究会にも参加。三池に関する著書もある

)11

(前掲。松尾家族訴訟に関する資料(研究会が集めた資料、自筆も含むレポートなど)は、松尾資料に含めたが、映像資料に関係するものについては、森弘太資料として別置し、目録も別にした。森の三池に関する映像作品と寄贈された資料は、次のとおりである。三池七〇五九  一九七二年頃完成、ロケハンの写真(ネガとベタ焼き)、一六ミリのフィルム、ビデオなど消えゆくカンテラの灯  筑豊・三池炭鉱に生きた女(一九九五年七月二六日  テレビ東京系列で放送)、ラッシュ、ビデオ三池炭鉱閉山(NHKETV特集)(一九九七年四月一〇日、一一日放送)企画書、ラッシュ、映像資料、写真その他の資料

野田春次資料

野田春次は松尾蕙虹の実父であり、三池労組の活動家であった。労組推薦の安全委員も長く務めていた。史料集成には、その保安関係の資料 荒木忍資料

荒木忍は三川鉱爆発の時、九州工業大学の教授で専門は炭じん爆発だった。事故直後から、鑑定人、政府調査団員として、三川鉱に入坑。「原因は堆積した炭じん」との見解を鑑定書や報告書で執筆するが、刑事事件では、「証拠不十分」として会社は不起訴になり、荒木叩きが行われる。松尾家族訴訟の進行の中で、弁護団が荒木と接触したところ、「荒木メモ」の存在が明らかになり、荒木は、裁判の証人となる。荒木に対する尋問は、マンモス裁判と合わせると足かけ五年、一七回行われた。地裁判決で原因は堆積した炭じんと明確に断じ、荒木の名誉が回復される。荒木資料の主なものは、鑑定人、政府調査団員として入手した資料(㊙が入ったものもある)荒木の鑑定書などの原稿、荒木撮影の写真、いわゆる「荒木メモ」などである。衣装ケース四箱の三池の資料の他に、他の炭鉱の災害資料もある。史料集成には、三池の目録は全部掲載、他で収録した資料などを除いて、収録した。他の炭鉱災害史も原則収録した。荒木の裁判における重大な役割やその資料の意義については史料集成の史料解

)11

(前掲説を参照のこと。図書館には、史料集成に収録しなかった資料も保存されている。また、研究会メンバー(森、細谷、増子、大益など)による、荒木の聞き書き資料(カセットテープと、それを起こしたもの)も保存されている。資料目録については、史料集成の史料リスト、荒木自身作成のリスト、荒木作成リストを森、大原が加筆したもの、今回作成のものなどがある。

(18)

た半生記は、出版の話はあったものの実現しなかった。奈賀悟の著書「閉山」

)1(

に、その原稿を元にした文章が掲載されている。森の「三池炭鉱閉山」(NHK)でも取り上げられている。その他、自分の内面をさぐるような文章(若松はラッキョの皮むきと自評)を書き溜めたものは、多くあったが、生前自分の手で処分したようだ。草稿二編といくつかのメモのみが残り、史料集成には原稿一編とメモを収録した。未収録分として、若松が執筆した本や、雑誌などに発表した文章を集めて、目録を作った。公刊されている雑誌としては、「辺境」、「たいまつ」、「三池文化」、「炭労新聞」、「みいけ」などである。「炭じん爆発 (前掲8)」にも書いている。大牟田市内の同人誌「ま」にも、若松が文章を寄せている。(「ま」は図書館所蔵)また若松沢清について書かれた文章も集めた。以上が、松尾蕙虹および、松尾家族訴訟に関わる資料と目録である。

小崎文人資料・浦川守資料

小崎文人は、三池労組の元書記で、機関紙「みいけ」の編集を長く担当してきた。三池CO問題の本

)11

、強制連行問題についての文章もあるが、「大牟田囚人墓地保存会」発足以来の中心メンバーのひとりであった。文章の執筆の他、講演も何回も行っている。一九九七年、三池炭鉱閉山の取材で大牟田入りしていた増子義久の紹介で、小崎を訪ねた。本人は認知症がだいぶ進行している様子だったが、家族との話で、資料を全部図書館に寄贈していただくことになった。書籍については、双書表示のところに「小崎資料」という記述を加えた。 を野田春次史料として収録した。野田は三池争議で解雇された一二〇〇名のひとりであった。この解雇に対して、地位保全の仮処分申請(当初一六八名)が行われるが、その申請者のひとりでもあった。また、一九六〇年三月二九日の三川鉱事件で逮捕、起訴された三五人のひとりでもあり、被告団長だった。未収録分では、三川鉱事件の裁判記録と関連資料が中心となるので、「野田春次刑事裁判記録資料目録」とした。資料には、被告人陳述の草稿なども含まれている。三池労組寄贈の「三池争議刑事事件等裁判記録資料」と合わせて、活用されたい。野田春次資料では「日刊情報」の現物がある。これは、松尾蕙虹資料に入れているので,その目録を見られたい。他に新聞切抜もあり、これも松尾蕙虹資料に入れている。若松沢清資料

若松沢清は、与論島出身者で港務所に勤めていた三池労組員。三池争議以後、踏切番となる。一人職場で低賃金である。同郷の妻が、失対(失業対事業に就労するものをいう)や機織りで、家計を補助した。三池争議の頃より、文章を書き始める。与州奥都城会から依頼されて「三池移住五十年のあゆみ」

)11

を執筆、この頃、上野英信や森崎和江

)11

との付き合いが始まる。以後、森弘太、増子義久、大益牧雄などとも交流するようになる。松尾家族訴訟では、当初から支援の態度を表明し、現地研究会に参加する。一九七三年一二月定年を迎え、職業訓練校に通った後、親戚を頼って大阪へ転居した。書き溜めたものは多い。その内、若松が書い

(19)

持ち帰られた。図書館分は、後日、囚人墓地保存会の手で、整理、目録作成の上寄贈された。今回、その目録の加筆、訂正を行い、双方を併せて浦川守資料目録と

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(前掲した。主な資料としては、土地の登記簿、旧字図など、監獄や囚人墓地の所在地にかかる資料、保存会の文書、三池における囚人の統計に関する資料、監獄雑誌に掲載された三池にかかる記事などである。また、三池集治監の囚人統計については、前出の「史料解説  囚人労働史料」に表を添付した。記載事項は、年末現在の人員、死亡者数、炭鉱作業従事者数(人数または延べ人数)、名称、それに出典資料と所蔵館である。浦川が九州大学に寄贈した資料の目録であるが、整理が終わり、目録が完成している。その目録も参考資料として、浦川守資料目録に添付した。以上、三池における囚人労働についての資料は、小崎資料、浦川資料によって、見ることができる。なお、武松資料の中にも、囚人労働関係の資料も含まれている。(「会社帳簿」、社宅図面など)さらに、坑内馬については、浦川の依頼で、武松が書いた原稿が存在し、武松資料の中にあることを付す。

三池争議刑事事件等裁判記録資料

三池労組から閉山の頃に図書館に寄贈された資料である。軽トラック一台分あった。史料集成には、この内から全学連事件

)11

のみを収録した。受贈以来資料の整理は行われておらず、今回整理した。本目録はほとんどを豊武数美が担当、大原は解説と利用の手引きを作成した (前掲2)。 データ入力もしたので、「小崎資料」でOPAC検索が可能である。(現在一五〇件ヒットする)書籍以外の資料については、SK資料扱いとし、簡単な目録を作った。これは、検索できないが、そのカードを見て、リストを作成した。これを目録として使うことにした。(一八四件)小崎資料の目録は一九九七年に私が作成したものであるが、今回あらためて、他の目録とともに、三池炭鉱関係資料目録のひとつとして、紹介するものである。SK資料の主だった内容を、書き出して置く。自筆原稿(三池囚人労働関係、強制連行関係、エッセイなど)、囚人墓地保存会関係、書簡、写真など、大牟田関連の雑誌論文、新聞連載記事など(小崎氏執筆、その他)、囚人問題資料ノート(一五冊)、囚人問題ファイル、囚人問題スクラップ(三冊)詳細については、小崎文人資料目録を見られたい。また、史料集成第Ⅰ期別冊の「史料解説  囚人労働史料」

)(1

(前掲にも小崎史料リストを添付しているので、参照されたい。浦川守は、元三池労組の書記長、副組合長だった人である。(一九五四年まで)以後、社会党の県会議員を長く務めた。一九六九年、小崎らとともに、大牟田囚人墓地保存会を結成し、亡くなるまで、その活動に取り組んだ。浦川は、資料の大切さを知っており、各種資料を保存していた。そして、その資料を保存したいという思いで、亡くなる数カ月前、資料の寄贈先を決めるために、三池労組、囚人墓地保存会の立会いの下で、九州大学(三輪教授)と図書館(代理で大原)が呼ばれ、庭の物置などに保管されていたダンボール箱に納められた資料をひとつづつ拡げ、行く先を決めていった。(浦川は入院先から外出)九州大学分は、その場で、

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場する。現在は、新労組合員であるが、事件当時は三池労組組合員という証人もいる。刑事裁判という制約はあるものの、これらの証言が記録されているこの資料の価値は極めて高いと思われる。目録はできるだけ詳細に記した。結果、本目録一二三頁、解説三四頁となった。また、最高裁判決など、資料が欠けているものについて、最高裁のホームページや、「集刑」

)11

などで補充した。主な刑事事件名を書いておく。三川鉱事件、四山繰込み場事件、ホッパー周辺事件、万田竪坑事件、社宅事件、主婦会事件、構内事件、三池港海戦事件、三池港海戦指導責任事件。以上の三池争議刑事事件関係の裁判記録の他、全学連事件、水俣事件

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、宮浦鉱事件

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などの刑事事件、いくつかの仮処分申請事件

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などの資料もあるが、残念ながら資料が揃っていない

)11

武松輝男資料

武松輝男

)1(

は、一九七〇年頃より、三池労組大正地域分会の機関紙「対話」で大牟田の公害問題を継続して取り上げてきた。後に、「泥水」となり、個人が発行する反公害ミニコミに変わる。元来資料収集に熱心で、公害問題の資料、大牟田の諸問題に関する資料は夥しい量となった。三池炭鉱関係の資料も多量に収集、所蔵していた。特筆すべきは、会社の内部資料である。三池炭鉱の社宅などの図面については、コレクションとなっている

)11

。戦前の帳簿

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、補助簿

)11

などの社内資料も重要である。 内容は、三池争議にかかる刑事事件の裁判記録である。三池労組員や三池主婦会員、オルグが、三池新労組合員や家族、職員、警察官などに対する刑事犯罪の容疑で、逮捕、起訴された。被告の数は、今回の資料の整理の結果、三池労組員一四八名(内女性一名)主婦会員四一名、オルグ六名、計一九五名

)11

である。罪名は、暴行、暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害、建造物侵入、住居侵入、威力業務妨害、脅迫、公務執行妨害などである。第一審では、無罪二七名、有罪一六八名であり、内実刑が一五名であった。第二審(福岡高等裁判所)では、実刑はいなくなったものの、一審で無罪とされた被告の内二一名が逆転有罪となった。ほとんどの事件が、最高裁まで争われたが、すべて上告棄却で、下級審の判決で確定した。最後まで争われた事件は、三川鉱事件で、最高裁判決は一九六八年七月一六日、事件から八年を経過していた。一四八名の三池労組組合員の内、一二〇〇名の指名解雇に含まれる者や、この刑事事件を理由に懲戒解雇されたものも多く

)11

、裁判中、三池炭鉱に在籍していたものは三〇名である。つまり、多くの被告が職場を追われ、多数は三池を離れ、遠隔地からこの裁判に、福岡(地裁、高裁)や熊本(地裁)に通ったのである。そして、一二〇〇名の内一六八名は、地位保全の仮処分申請をしており、刑事と民事のふたつの裁判を抱えていた者も少なくない。資料は、刑事裁判の記録である。起訴状があり、判決がある。その過程では、多くの証拠や証人が申請され、公判が行われる。被告本人や家族の証言もある。被告側の証人として、三池労組組合員、幹部、大学教授などが登場する。検察側の証人として、被害者本人やその家族、新労組合員、職組組合員、三井三池製作所の職員、三池炭鉱の幹部なども登

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