1 .はじめに
本稿は、近年の日本語研究の進展と日本語を取り巻く社会環境とに対応した 日本語学科のカリキュラムについて提案を行うものである。
提案に当たっては、現在の専修大学文学部日本語学科の教員構成とカリキュ ラムとを土台にした、実現可能性の高い内容の提案を行う。
執筆は、 2 章から 6 章を斎藤が、 7 章を備前が担当した。
2 .日本語学の研究分野の変化
2.1.『国語年鑑』と「日本語研究・日本語教育文献データベース」
本稿の論題に掲げた課題に取り組むに当たって、迂遠に感じられるかもしれ ないが、まず初めに日本語学の研究分野の動向(変化)について確認をしておく。
日本語学の研究分野については、国立国語研究所が研究文献目録を作成する 際に用いてきた分野のカテゴリーの変化を見ることで、研究分野の変化につい ておおよその状況をつかむことができる。
表 1 は、国立国語研究所編『国語年鑑』(大日本図書刊)の最終版である 2008年版での研究文献の分野のカテゴリーと、『国語年鑑』を引き継いで現在 も増補が続けられている「日本語研究・日本語教育文献データベース」(WEB 文献検索)1での分野のカテゴリーとを対比させたものである。
日本語学にできること
─社会の要請に応えられる日本語学科の カリキュラム作成のために─
斎 藤 達 哉 備 前 徹
1「データベース概要:「日本語研究・日本語教育文献データベース」についてhttps://
bibdb.ninjal.ac.jp/bunken/index.php?mode=about(2018年 9 月25日閲覧)
以下では、表 1 をもとに、「日本語研究・日本語教育文献データベース」に おいて変更が加えられた「日本語学」「日本語情報処理」「国語問題・言語問題」
「日本語教育」について取り上げることにする2。
2.2.「国語学」から「日本語学」へ
表 1 に見える「国語(学)」→「日本語学一般」、「国語史」→「日本語史」
という名称の変更は、端的にいえば、数ある言語の一つとして日本語を研究す るという言語学的視点を持った研究が主流になったということである。
2表 1 では、「辞典・用語集」→「辞書」以下にも変更が見られるが、研究分野の動向(変化)
を反映したものというよりは、文献目録の編集上の改良と見ておきたい。
表 1 日本語学の研究分野のカテゴリー比較
『国語年鑑』2008年版 「日本語研究・日本語教育文献データベース」
刊行図書 雑誌文献 分野 説明
国語(学) 国語(学) 日本語学一般 日本語の特質・概観、日本語研究史など。
国語史 国語史 日本語史 日本語系統論、通史的な日本語研究、
近代語の概観など。
音声・音韻 音声・音韻 音声・音韻 音声、音韻、アクセントなど。
日本各地の方言の音声に関しては
「方言」に分類しています。
文字・表記 文字・表記 文字・表記 漢字、かなづかい、用字法、文字論など。
語彙・用語 語彙・用語 語彙・用語 語彙論、語構成、類義語、外来語など。
文法 文法 文法 文法論、統語論、モダリティなど。
文章・文体 文章・文体 文章・文体 文章論、レトリック、作家の文体など。
― 古典の注釈 ―
方言・民俗 方言・民俗 方言 方言の概論、各地の方言など。
ことばと機械 ことばと機械 日本語情報処理 コーパス、データベース、機械翻訳など。
インターネットやメールなど、電子メディアによる コミュニケーションに関する話題は
「コミュニケーション」に分類しています。
コミュニケーション コミュニケーション コミュニケーション 言語接触、言語行動、社会言語学など。
マス・コミュニケーション マス・コミュニケーション マスコミュニケーション テレビ・新聞におけることばなど。
国語問題 国語問題 国語問題・言語問題 言語政策、国字問題、常用漢字など。
国語教育 国語教育 国語教育 国語科におけることばの教育、幼児の言語習得など。
外国人に対する 日本語教育
外国人に対する 日本語教育
日本語教育 日本語教育の教授法、教材、教育実践、学習者や 教師に関わるものなど。
言語(学) 言語(学) 言語学 日本語を含めた概説的な言語理論、言語心理学、
対照研究など。
辞典・用語集 ― 辞書 事典・辞書。図書のみの分野。
参考資料 参考資料 ―
国語研究資料 ― 資料 索引、日本語研究資料など。
― 書評・紹介 書評 日本語学に関する書評論文など。
分かりやすい例としては、学会の名称が挙げられる。日本語研究者の参加す る最大の学会は「国語学会」であったが、2004年に「日本語学会」に名称変更 が行われた。また、その機関誌も『國語學』から『日本語の研究』に誌名変更 されている。
揺籃期の国語学は、文学と密接な関係にあった。『国語年鑑』でも、初期に は分野の一つに「国文学」が立てられており、その後も2008年の廃刊まで「古 典の注釈」及び「方言・民俗」の「民俗」を立てていた。こうしたことは、国 語学が国文学と密接な関係にあったことの名残である。
『国語年鑑』は、1954年に国立国語研究所によって創刊されたものであった。
その際にモデルとなったのは、1939年から1943年にかけて刊行された『國語國 文學年鑑』(靖文社刊)3である。
『國語國文學年鑑』は久松潜一を中心に編まれたものであったが、岩淵悦太 郎が国語学分野の執筆、名簿等の附録の編纂、全体の校正を行っている。岩淵 は、『国語年鑑』創刊時には国立国語研究所の研究第一部長として、事実上の 研究・事業の指揮をとっていた。『国語年鑑』が『國語國文學年鑑』の流れを 汲むものであり、当時の学界の研究状況から見ても国文学寄りの分野が『国語 年鑑』に含まれていたことは自然なことであった。
2.3.「日本語情報処理」
表 1 に見える「ことばと機械」→「日本語情報処理」という名称の変化は、
近年の当該分野が急速な進展をとげ、定着してきたことを反映したものである。
「ことばと機械」分野は、『国語年鑑』1973年版から立てられたもので、国立 国語研究所ではそれに先立つ1966年から電子計算機を研究に導入していた。
近年のコーパス日本語学の進展には、目覚ましいものがある。分かりやすい 例としては、国立国語研究所による「日本語話し言葉コーパス(CSJ)」、「現 代日本語書き言葉均衡コーパス」(BCCWJ)、「日本語歴史コーパス」(CHJ)
3『國語國文學年鑑』は、隔年刊行で 3 輯まで刊行された(第 1 輯・1939年、第 2 輯・
1941年、第 3 輯・1943年)。
など、大規模なコーパスの構築が挙げられる。こうした事業は、コーパス等に 基づく日本語研究の定着の原動力となっている。日本語学と情報処理とは、も はや切り離すことのできない関係になっている。
2.4.「国語問題・言語問題」
表 1 に見える「国語問題」→「国語問題・言語問題」の変化は、従来の母語 としての日本語の問題(国語国字問題)にとどまらず、日本語教育なども含め て取り組むべき課題が変化・拡大してきたことが背景にある。
「日本語研究・日本語教育文献データベース」は、『国語年鑑』だけでなく『日 本語教育年鑑』(くろしお出版刊)の文献目録も継承している。「国語問題」→
「国語問題・言語問題」の変更は、直接的には、そのために生じた作業上の変 更と言えるが、その背景には、日本語教育分野の拡大がある。
『日本語教育年鑑』は、国立国語研究所が編纂し2000年版から2008年版まで 刊行されたものである。同書2000年版の「創刊のことば」には、次のように記 されている。
近年の日本語教育の世界は、学習者、学習目的、学習環境などにおいて、
著しい広がりと多様化を見せています。また、日本語学習には、学習者の 価値観や社会文化的背景などいろいろな要因が複雑に関係しています。こ れに対応するために、日本語の教科書をはじめ教育の内容・方法も多様化 や個別化が求められています。
日本語教育に関する研究文献目録は、『日本語教育年鑑』刊行以前から、同 研究所の日本語教育センターの報告書4としてまとめられていたし、『国語年鑑』
の「外国人に対する日本語教育」にも収録されていた。しかし、日本語教育の 研究分野の拡大とともに、『国語年鑑』の一分野として立てただけでは多様化・
個別化を見せる日本語教育の需要に応えられなくなったことが『日本語教育年 鑑』創刊の契機であった。なお、日本語教育については、次節でも述べる。
4 『日本語教育学会・機関誌掲載論文等文献一覧』、『日本語教育学会誌・機関誌掲載論文等 文献一覧』、『日本語教育文献索引』など。
2.5.「日本語教育」
現在、日本における言語問題は、母語の問題だけではない。
国語審議会の流れを汲む文化審議会国語分科会では、長らく国語問題を扱っ てきたが、2007年には日本語教育小委員会を設置するに至っている。
また、日本語教育推進議員連盟(河村建夫会長、馳浩事務局長)では、2018 年 5 月29日に「日本語教育推進基本法案(仮称)政策要綱(案)」5を策定した。
さらに、平成30年 7 月24日午前の内閣官房長官記者会見では、「外国人材の 受入れ・共生に関する関係閣僚会議について」として、次のように述べている
(首相官邸のホームページ掲載)6。
先日の骨太の方針について、一定の専門性・技能を有する外国人材の受入 れを拡大するため、新たな在留資格を創設することになったことを踏まえ、
閣議後に、外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議を開催し、日本 語教育の充実等の受入れ環境の整備などについて、政府一体となって総合 的な検討を行っていくことになりました。
こうした一連の動きは、日本語教育が言語問題の枠を越え、社会全体の課題 として扱われていることを意味している。
3 .社会環境の変化
3.1.国内における在留外国人の増加に関連して
法務省が2018年 9 月19日に発表した「平成30年 6 月末現在における在留外国 人数について(速報値)」7では、在留外国人数(中長期在留者と特別永住者)
は263万7,251人で、2012年以降増え続けている。中でも伸び率が高いのは、留 学と技能実習であるが、定住者も緩やかにだが増加している。
現在の日本は、総人口が減少傾向にある中で、在留外国人が増加している。
5 「 日 本 語 教 育 推 進 基 本 法 案( 仮 称 ) 政 策 要 綱( 案 )」http://www.nkg.or.jp/wp/wp- content/uploads/2018/05/180529_kihonhoan.pdf(2018年 9 月25日閲覧)
6 https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201807/24_a.html(2018年 9 月25日閲覧)
7「平成30年 6 月末現在における在留外国人数について(速報値)」http://www.moj.go.jp/
nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00076.html(2018年 9 月25日閲覧)
このことは、日本語以外の母語を持つ人が増加しているということである。こ うした社会の中で、日本語学に求められることについて、以下で考えてみたい。
( 1 )日本語教育に対応できる国語教員の育成
今後、学校教育の現場では、教員が日本語教育に対応することの需要が高ま ると予想される。こうした中では、国語の教員であっても日本語教育に関する 専門的知識を持っていることが望まれる。
新たな学習指導要領(中学校は2017年告示、高等学校は2018年告示)では、
従来の海外から帰国した生徒への指導の 1 項に加えて、日本語の習得に困難の ある生徒への指導についての 1 項が加えられている。以下、現行の学習指導要 領と対比させる形で引用する(下線は稿者が付した)。
◆中学校学習指導要領
〔改訂前〕平成20年 3 月告示(平成22年11月一部改正)
第 1 章 総則、第 4 生徒の発達の支援、 2
( 9 )海外から帰国した生徒などについては、学校生活への適応を図る とともに、外国における生活経験を生かすなどの適切な指導を行うこ と。
〔改訂後〕平成29年 3 月告示
第 1 章 総則、第 4 生徒の発達の支援、 2 特別な配慮を必要とす る生徒への指導
( 2 )海外から帰国した生徒などの学校生活への適応や、日本語の習得 に困難のある生徒に対する日本語指導
ア 海外から帰国した生徒などについては、学校生活への適応を図る とともに、外国における生活経験を生かすなどの適切な指導を行う ものとする。
イ 日本語の習得に困難のある生徒については、個々の生徒の実態に 応じた指導内容や指導方法の工夫を組織的かつ計画的に行うものと する。特に、通級による日本語指導については、教師間の連携に努 め、指導についての計画を個別に作成することなどにより、効果的
な指導に努めるものとする。
◆高等学校学習指導要領
〔改訂前〕平成21年 3 月告示
第 1 章 総則、第 5 款 教育課程の編成・実施に当たって配慮すべき事 項、 5 教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項
( 9 )海外から帰国した生徒などについては、学校生活への適応を図る とともに、外国における生活経験を生かすなど適切な指導を行うこと。
〔改訂後〕平成30年 3 月告示
第 1 章 総則、第 5 款 生徒の発達の指導、 2 特別な配慮を必要とす る生徒への指導
( 2 )海外から帰国した生徒などの学校生活への適応や、日本語の習得 に困難のある生徒に対する日本語指導
ア 海外から帰国した生徒などについては、学校生活への適応を図る とともに、外国における生活経験を生かすなどの適切な指導を行う ものとする。
イ 日本語の習得に困難のある生徒については、個々の生徒の実態に 応じた指導内容や指導方法の工夫を組織的かつ計画的に行うものと する。
「日本語の習得に困難のある生徒」とは、「中学校学習指導要領解説 総則編」
(2017年 7 月)8では、「帰国生徒や外国人生徒に加え、両親のいずれかが外国籍 であるなどのいわゆる外国につながる生徒」(114ページ)のうち、「日本語の 能力が不十分であったり、日常的な会話はできていても学習に必要な日本語の 能力が十分ではなく、学習活動への参加に支障が生じたりする場合」(114ペー ジ)を言う。
同解説では、
8「 中 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 総 則 編 」http://www.mext.go.jp/component/a_menu/
education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1387018_ 1 _3.pdf(2018年 9 月25 日閲覧)
生徒が日本語を用いて学校生活を営むとともに、学習に取り組むことがで きるよう、一人一人の日本語の能力を的確に把握しつつ各教科等や日本語 の指導の目標を明確に示し、きめ細かな指導を行うことが大切である。ま た、このような考え方は学習状況の評価に当たって生徒一人一人の状況を きめ細かに見取っていく際にも参考となる。(115ページ)
と述べている。この記述は、「高等学校指導要領解説 総則編」(2018年 7 月)9 の164ページにも同文で示されている。
日本語の習得に困難のある生徒個々の日本語能力は均一ではない。「日本語 の指導の目標」を立てる際には、日本語能力を客観的に評価する能力とそれに 応じた指導内容の設計を適切に行える能力とが求められる。たとえば、英語の 教員が英語を媒介にして日本語教育を行うなどの対応では、それが行えるであ ろうか。
学校において、日本語の言語能力について責任を担っているのは、国語科の 教員である。高等学校学習指導要領の改訂(2018年 3 月告示)では、国語の科 目構成とその名称との変更が行われた10。これまでの「国語総合」「国語表現」「現 代文A」「現代文B」「古典A」「古典B」が、改訂後は「現代の国語」「言語文化」
「理論国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」となることで、「言語能力の 確実な育成」「我が国の言語文化に対する理解を深める学習の充実」11が図ら れている。
こうした中で、大学において日本語学と日本語教育学とを習得した国語の教 員は、学校現場の中で存在感を増していくと思われる。
9「 高 等 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 総 則 編 」http://www.mext.go.jp/component/a_menu/
education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/07/13/1407073_01.pdf(2018年 9 月25日 閲覧)
10 「高等学校学習指導要領」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/
afieldfile/2018/04/18/1384662_3.pdf(2018年 9 月25日閲覧)
11 「高等学校学習指導要領の改訂のポイント」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/
new-cs/__icsFiles/afieldfile/2018/04/18/1384662_3.pdf(2018年 9 月25日閲覧)
( 2 )社会言語学の重要性
現在の日本は、総人口が減少傾向にある中で、在留外国人が増加している。
このことは、日本語以外の母語を持つ人が増加しているということである。
そうした人々に向けて、生活に必要な情報を日本語で伝える場合、従来の日 本語表現では伝わりにくい場合がある。その対策として、分かりやすい日本語 表現の開発・普及が求められている。たとえば、NHKでは2012年 4 月から
「NEWS WEB EASYやさしい日本語で書いたニュース」12でニュースのため に独自に設計したやさしい日本語を用いたWEB発信(公開実験)を行っている。
また、災害時を想定した場合、そうした人々に伝わらないことは生命に関わ る事態を招く危険性がある。阪神淡路大震災の後には、佐藤和之(弘前大学人 文学部社会言語学研究室)ほかによって考案された「やさしい日本語」が提案 された。これは、旧日本語能力試験 3 級程度の日本語(小学校 3 年生の学校文 法)で理解可能なものである。NTTドコモも2015年 9 月から災害情報を伝え る「エリアメール」13に「やさしい日本語」を用いている。
分かりやすい日本語は、日本語そのものを無味乾燥なものにするものではな い。文学的・情緒的な日本語表現とは別に、公共性・緊急性の高い場面におい て、いわば「広場の言葉」として伝達内容を端的かつ正確に伝えられる日本語 表現が必要とされる。
社会言語科学会の創設者の一人でもある徳川宗賢は、「ウエルフェア・リン グイスティックス」(福祉言語学、厚生言語学)を提唱した(徳川・ネウスト プニー(1999))。「人々の幸せにつながる」「社会の役に立つ」「社会の福利に 資する」という言語・コミュニケーション研究は現代社会に欠かせないものと なっている。ウエルフェア・リングイスティックスを視野に入れた社会言語学
12 「NEWS WEB EASYやさしい日本語で書いたニュース」https://www3.nhk.or.jp/news/
easy/及 びhttp://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/rd139/PDF/P20-29.pdf(2018年 9 月25日 閲覧)
13 「報道発表資料:エリアメールが「やさしい日本語」に対応―緊急地震速報や津波警報の 受信メッセージを平易な日本語で記載 2015年 8 月26日」https://www.nttdocomo.co.jp/
(2018年 9 月25日閲覧)
分野は重要な分野として位置づけられるべきであろう。
3.2.学生が求めていること
オープンキャンパスなどで、高校生から「日本語学科を卒業するとどのよう な職業に就けますか」という質問を受けることがある。日本語学と社会との接 点を具体的に示すことが求められているのである。かつてなら、学問に実利を 求めることは適切ではないということになったかもしれない。しかし、今日、
出口となる社会との接点を視野に入れることは当然のこととなっている。高校 教育の中でも、新たな「高等学校学習指導要領」で「職業教育の充実」が主な 改善事項に挙げられている。また国語の各教科に共通して、目標の項に「言葉 を通して他者や社会と関わろうとする態度を養う」と記されている。
大学の学部・学科新設の際の文部科学省への届け出においても、要請する人 材像や卒業後の進路等の記載が求められる。
日本語学を生かせる卒業後の進路をある程度明確にしておくことで、学習意 欲の向上が導き出せれば喜ばしいことである。本学文学部日本語学科では、受 験生に向けて、社会のどのような場面に日本語学が役立てられているかについ ての広報を行ってきた。例えば、2016年度から配布している学科独自のパンフ レット『日本語発見!』(図 1 )の中で、「こんなところに、日本語学!」とし
図 1 日本語学科パンフレット「日本語発見!」
て、次の各「場面」で日本語学の成果が生かされていることを紹介している。
異文化交流 医療・介護 外国語を学ぶ 学校教育 国語辞典 言葉に関する政策 新聞・テレビ スマートフォン テスト 日本語学校 防災・災害現場 法令・公用文
今後は、日本語学の知識が直接生かされている分野の具体的事例に、学生が 触れることのできる機会の提供が必要となる。日本語学の知識を直接生かせる 分野の専門職(高度日本語専門職)の話を聞いたり、現場を見学したりするこ とを通して、日本語学の生かされ方を体験できる環境の提供である。
4 .本学文学部日本語学科の現状 4.1.専任教員の専門分野
2018年度現在の本学文学部日本語学科の専任教員数は、入学定員71名に対し て、特任 1 人を含む専任教員 8 人で構成されている。
専任教員の専門領域とゼミナールは、表 2 に一覧したとおりである。これら 表 2 専任教員の専門領域とゼミナール
専任 教員
専門領域・研究内容 ゼミナール
大学HP、学科HP掲載 2019入学ガイド掲載 学科パンフレット掲載 学科パンフレット掲載 A 音声学、日本語教育学 日本語教育と音声の研究 日本語の音声の特徴を考
える
音声言語ゼミナール
(日本語と中国語との音声の比較対照、外国人への日本 語音声の教え方)
B 日本語の文字・表記 古典籍を用いた日本語研 究
日本語の中での文字の役 割・機能を考える
文字・表記ゼミナール
(漢字・カタカナ・平仮名から見た日本語の姿、日本語 に関する政策の歴史)
C 古典語文法理論、文法 教育
古典日本語のしくみと文 法の教育
古典日本語の文法、文法 教育
古典日本語文法ゼミナール
(文法の変遷、現代語との比較、古典語のきまりを学べ る教材開発)
D 現代日本語文法、日本 語教育学
現代日本語文法とその関 連領域
現代日本語の文法、日本 語教育
現代日本語文法ゼミナール
(文法から見た現代日本語の姿、外国人への日本語文法 の教え方)
E 社会言語学 社会言語学と社会調査 社会を通してことばの多 様性を考える
ことばと社会ゼミナール
(方言コミュニケーション、共通語の広がり方)
F コーパス日本語学 コーパスを使った日本語 研究
コーパスを用いて日本語 を定量的に分析する
コーパス日本語学ゼミナール
(コーパス(言葉のデータベース)を用いた日本語の分析)
G 日本語教育学、日本語 文法
日本語教育から見た文法 と対話
話ことばを考える・日本 語教育
話ことばを考えるゼミナール
(話ことばの語用論を考える、社会と日本語の接点)
H 社会言語学、日本語教 育学
日本語学の諸問題の概観 外国人と日本語で話すと きの様々な問題を考える
ことばの習得を考えるゼミナール
(コミュニケーション能力を高めるには、何をどうすれ ばいいか)
の専任教員によって、日本語学の広い範囲をカバーできる。
それとともに、「社会言語学」「コーパス日本語学」の最先端で活躍する専任 教員がいること、専任教員の多くが「日本語教育」に対応可能なことも特徴で ある。
表 3 日本語学科の専門科目の分野
「日本語研究・日本語教育文献デー タベース」の分野のカテゴリー
専修大学文学部日本語学科の科目(2018年度)
日本語学一般 日本語学入門 1 、日本語学入門 2 日本語学総合
現代日本語の研究 1 、現代日本語の研究 2 ゼミナール 1 、ゼミナール 2 、ゼミナール 3 卒業論文
日本語史 日本語の歴史 1 、日本語の歴史 2
日本語の資料研究A- 1 、日本語の資料研究A- 2 、 日本語の資料研究C- 1 、日本語の資料研究C- 2 音声・音韻 日本語の音声・音韻 1 、日本語の音声・音韻 2 文字・表記 日本語の文字・表記 1 、日本語の文字・表記 2 語彙・用語 日本語の語彙・意味 1 、日本語の語彙・意味 2
日本語の諸問題 2
文法 日本語の文法 1 、日本語の文法 2
日本語の諸問題 1
文章・文体 (※ 1 )
方言 日本語の資料研究B- 1
日本語情報処理 日本語情報処理 1 、日本語情報処理 2
日本語情報処理応用 1 、日本語情報処理応用 2 、日本語統計・情報処 理
コミュニケーション 文化とコミュニケーション 1 、文化とコミュニケーション 2 日本語の資料研究B- 2
ことばと社会 1 、ことばと社会 2 マスコミュニケーション ―
国語問題・言語問題 ―
国語教育 (※ 2 )
日本語教育 日本語教材研究 1 、日本語教材研究 2 日本語教授法A- 1 、日本語教授法A- 2 日本語教授法B- 1 、日本語教授法B- 2
日本語教育実習A、日本語教育実習B、日本語教育実習C 第二言語習得研究 1 、第二言語習得研究 2
言語学 発達言語学 1 、発達言語学 2 、認知言語学 1 、認知言語学 2
※ 1 「日本語学入門 2 」で扱う
※ 2 日本語学科の専門科目ではなく、資格課程で教職を選択する学生向けの科目として「国語科教育研 究 1 」「国語科教育研究 2 」「教育実習 1 (国語)」「教育実習 2 (国語)」「教育実習 3 (国語)」を 設置している
「社会言語学」分野は、国文学科時代から専門の教員を置いてきており、キャ ンパス言葉の研究などで学界に知られてきた。「コーパス言語学」は、先に紹 介したBCCWJの構築に携わり、現在も国立国語研究所のコーパスに客員教員 として関わり続けている教員を置いている。「日本語教育」分野は、音声、文 法などの専門分野と日本語教育学とを併せ持つ教員を複数擁している。
4.2.現在展開している科目
次に、本学文学部日本語学科の専門科目が、日本語学の分野をどのようにカ バーしているかを知るために、「日本語研究・日本語教育文献データベース」
の分野のカテゴリーに当てはめてみる。
稿者は、かつて『国語年鑑』に採録する研究文献を分野のテゴリーに分類す る業務に就いていた。そのときの分類コード付与の基準によって、日本語学科 の専門科目それぞれのシラバス内容をもとに分類したのが表 3 である。現在の
「日本語研究・日本語教育文献データベース」では、研究文献に三つまでの分 類コードを付与しているが、表 3 では、かつての方式によって一つのカテゴリー に分類した。
4.3.該当科目のない分野カテゴリー
表 3 を見ると、日本語学科の専門科目には「マスコミュニケーション」「国 語問題・言語問題」を主たるテーマとしたものがないことが分かる。
「マスコミュニケーション」分野に関しては、書き言葉と話し言葉の両面か ら日本語学との関連を学ぶことのできる科目が望まれるところである。
「国語問題・言語問題」分野に関しては、2.4.で述べたように、母語として の日本語の問題(国語国字問題)にとどまらず、日本語教育なども含めて取り 組むべき課題が変化・拡大してきている。日本語の言語問題について、これま での経緯とこれからの展望との両方を学ぶことのできる科目が望まれるところ である。
5 .社会の要請に応えられる日本語学のカリキュラム(提案)
第 2 章では、日本語学の研究分野の変化について、『国語年鑑』と「日本語 研究・日本語教育文献データベース」を参考にして見た。その結果、「「国語学」
か「日本語学」か」という問題と、「日本語情報処理」「国語問題・言語問題」「日 本語教育」の発展・拡大とが浮上した。
第 3 章では、社会環境の変化から、「日本語教育に対応できる国語教員の育 成」、「社会言語学の重要性」、「日本語学と社会との接点を具体的に示すこと」
の必要性について述べた。
第 4 章では、本学文学部日本語学科の専門科目を「日本語研究・日本語教育 文献データベース」の分野のカテゴリーに分類することで、「マスコミュニケー ション」「国語問題・言語問題」分野への対応の必要性を述べた。
以下では、現在の専修大学文学部日本語学科の教員編成とカリキュラムを土 台にして実現の可能性の高い科目展開についての具体的な提案を行いたい14。
5.1.日本語の言語学としての「日本語学」 ―科目の新設―
専修大学文学部日本語学科は、その名称が指し示す通り「日本語学」の立場 からの教授を行っている15。言語学に立脚した日本語研究を行うためには、言 語学そのものの概論科目が必要であるが、現在のカリキュラムでは設置してい ない。言語学の一領域である「発達言語学」「認知言語学」は既に設置してい るので、今後は「言語学概論」を新設し、さらには「対照言語学」や「日本語 の語用論」も加えることで、学問分野の位置付けが明確になるであろう。
5.2.「国語問題・言語問題」分野 ―科目の新設―
本学文学部日本語学科では、「国語問題・言語問題」を中心テーマとする科 目が存在しない。
14 具体的な提案という性質上、以下では新たな科目名も提示するが、あくまで私案である。
提案する科目名は、既存科目と区別するために斜体で示す。
15 王(2017)によると、文学部発足時は「国文学科」であったが、2001年に「日本語日本 文学科(日本語学専攻)」と改称し、2010年に「日本語学科」として独立したとされる。
「国語問題・言語問題」分野に関しては、2.4.及び4.3.で述べたように、母 語としての日本語の問題(国語国字問題)にとどまらず、日本語教育なども含 めて取り組むべき課題が変化・拡大してきている。とくに、日本語教師を目指 す学生には、1945年以前の日本語教育の功罪について正確に把握しておくこと が重要である。国語国字問題と日本語教育史をカバーしながら、これまでの経 緯とこれからの展望との両方を学ぶことのできる「日本語言語政策史」「日本 語の言語問題」などの科目が有効であろう。
5.3.「日本語教育に対応できる国語教員の育成」 ―科目の新設―
表 3 の「国語教育」分野に該当する科目は、本学文学部日本語学科の専門科 目としては存在しない。資格課程で教職を選択する学生向けの科目としては、
「国語科教育研究 1 」「国語科教育研究 2 」「教育実習 1(国語)」「教育実習 2(国 語)」「教育実習 3 (国語)」が存在する。
3.1.の( 1 )で、日本語教育に対応できる国語教員の育成の必要性について 述べたが、その場合の国語教員には、日本語教育に関する知識のほかに、国語 の視点からの言語教育に関する知識も必要になる。日本語教育の視点からの言 語習得については、「第二言語習得研究 1 」「第二言語習得研究 2 」を設置して いる。それに加えて、「学習文法研究」などの、国語教育の視点からの言語教 育に関する科目も必要になろう。
5.4.「日本語学と社会との接点を具体的に示すこと」 ―科目の新設―
3.2.では、学生からの需要として、日本語学と社会との接点を具体的に示す ことがあることを指摘した。
こうした需要に応えうる科目としては、新聞社の校閲(記事審査)部門や放 送局の研究部門と連携した科目「メディア日本語論」が考えられる。
また、劇作家やナレーターの協力による科目「日本語表現論」は、日本語に 向き合う職業を紹介できると同時に、日本語の文体や音声・発声についての微 細な違いまでも分析できる機会を提供できる。
さらには、日本語に向き合う様々な職業(高度日本語専門職)について、現
場を見学したり、実習を行ったりする実践的な科目「日本語学総合実習」など も、学生の需要に答え、学習意欲を高める契機になるであろう。
5.5.「マスコミュニケーション」分野 ―科目の新設―
「マスコミュニケーション」分野に関しては、書き言葉と話し言葉の両面か ら日本語学との関連を学ぶことのできる科目が望まれるところである。
書き言葉については、新聞社の校閲(記事審査)部門と連携しながら、話し 言葉については、放送局の研究部門と連携しながら、それぞれ日本語学で学ん だことを生かす体験を提供することが有効である。
新聞社・放送局は日本語を発信する際の規範(例えば、用語、表記、アクセ ントなど)をもっている。しかし、言葉は変化し続けるものであるから、規範 は必要に応じて見直しが行われることがある。その際には日本語についての極 めて高いレベルの調査・分析が行われている。
5.4.でも述べた「メディア日本語論」によって、マスコミの視点からの日本 語を分析することは、日本語の不易と流行とを峻別する眼を涵養することになる。
5.6.「日本語情報処理」分野と「社会言語学」 ―科目名称の工夫―
( 1 )「日本語情報処理」分野
本学文学部日本語学科では、表 3 の「日本語情報処理」分野に相当する科目 を 5 科目設置しており、必要十分と言える。
手当てが必要なのは、内容の改善ではなく、名称の工夫である。科目名称が 似ていることもあり、それぞれの科目内容の違いがイメージしにくくなってい る。たとえば、「日本語情報処理応用 1 」「日本語情報処理応用 2 」は、コーパ ス日本語学を扱っているので、それぞれ「コーパス日本語学 1 」「コーパス日 本語学 2 」のように名称変更するなどの手当てが有効であろう。
( 2 )「社会言語学」
本学文学部日本語学科の「社会言語学」関連の科目は、必要十分と言える。
社会言語学は、「日本語研究・日本語教育文献データベース」の分野のカテゴリー
では「コミュニケーション」の中に含まれている。本学日本語学科の科目では、
「日本語の資料研究B- 2 」「ことばと社会 1 」「ことばと社会 2 」が「社会言 語学」分野に当たる。
また、表 3 では、「日本語の資料研究B- 1 」を「方言」に分類したが、今 日の方言研究には社会言語学の視点が含まれていることは言うまでもない。
現時点で、必要な手当ては、名称の工夫である。本学日本語学科の科目名称 には、社会言語学が使用されていない。社会言語学の専任教員を配置している のに、社会言語学を講じていることが見えにくくなっている。そこで、「こと ばと社会 1 」「ことばと社会 2 」は、それぞれ「社会言語学 1 」「社会言語学 2 」 とし、「日本語の資料研究B- 1 」「日本語の資料研究B- 2 」は、それぞれ「日 本語の社会的研究 1 」「日本語の社会的研究 2 」とすれば、社会言語学を講じ ていることが見えやすくなるであろう。
( 3 )付随する名称変更
なお、「日本語の資料研究B- 1 」「日本語の資料研究B- 2 」の名称変更に 付随して、「日本語の資料研究A- 1 」「日本語の資料研究A- 2 」、「日本語の 資料研究C- 1 」「日本語の資料研究C- 2 」についても、科目内容が分かりや すい名称への変更が必要になろう。
「日本語の資料研究A- 1 」「日本語の資料研究A- 2 」は、それぞれ「日本 語の歴史的研究 1 」「日本語の歴史的研究 2 」へ、「日本語の資料研究C- 1 」「日 本語の資料研究C- 2 」は、それぞれ、「日本語の文献研究 1 」「日本語の文献 研究 2 」への変更が候補となろう。
5.7.「日本語教育」 ―安定した実習運営―
本学文学部日本語学科では、日本語教育に関する科目を11科目設置しており、
必要十分であると言える。抱えている問題としては、学生達に実習先を安定的 に提供することであろう。
具体的な課題としては、国内外の実習先を増やすことと、海外実習を安価に 提供することとが挙げられる。
前者については、近年、北米地域での実習先としてきた大学から、先方の事 情によって受け入れ中止を通告され、急遽、代替の大学を探す事態を経験した。
とくに海外の実習先は、選定と協定締結に時間がかかるため、常時複数の実習 先を確保しておくことが望まれる。
後者については、従来、日本学生支援機構や国際交流基金からの補助金を得 ることによって実現できていたが、近年は補助金制度が廃止されてしまってい る。現在のところ、外部機関16の行っている補助事業に応募することで財源を 確保できたが、将来的には、外部資金に依存せず、大学から安定的に補助金を 出せる制度設計(教育充実費の見直しなど)を行う必要がある。
5.8.その他 ―隣接科目の再編成―
これまでの検討では浮かび上がらなかったが、授業運営上、担当教員間にお いて改善の必要性が一致したものとして、「日本語の音声・音韻 1 」「日本語の 音声・音韻 2 」と、「日本語の文字・表記 1 」「日本語の文字・表記 2 」との科 目内容の整理の問題がある。
日本語の音声はPCによる分析が容易になり、日本語情報処理や音響学の手 法を取り入れながら拡大している。そのため、音声を音韻と同じ科目で講じる ことが難しくなってきている。一方、日本語の文字・表記では、たとえば仮名 遣いの問題などを理解するためには、音韻についてのまとまった知識が必要と される。
これを解消するためには、音韻を音声から切り離し、表記と併せること―「日 本語の音声 1 」「日本語の音声 2 」と、「日本語の音韻・表記 1 」「日本語の音韻・
表記 2 」とに編成し直すこと―が有効であろう。
6 .「日本語学入門 1 」「日本語学入門 2 」の在り方
本学文学部日本語学科では、日本語学全体を見渡すことのできる科目として、
16 2018年度は、「公益財団法人 森村豊明会」の助成事業に応募し、2018年 9 月13日付けで 補助金をいただけることが決まっている。
「日本語学入門 1 」「日本語学入門 2 」を設置している。この科目は、カリキュ ラム上は 1 年次に配当されており、入門期の学生に日本語学の各分野を概説す ることを目的としている。
この科目では、教科書を用いながら、音声、音韻、文字・表記、語彙・意味、
文法、文章・文体、コミュニケーション、国語問題・言語問題、コーパス日本 語学について基本的事項を理解させる必要がある。担当教員は、分野ごとの濃 淡を極力減らすことが要求される。
また、この科目は、本学の日本語学科で設置している各専門科目への橋渡し の役割も担っている。担当教員は、カリキュラム全体を念頭に置きながら、 2 年次以降で履修可能な専門科目との関連付けを明確に示すことが要求される。
現在、日本語学科では、この科目は必修科目に設定していない。そのため、
履修しない学生や、場合によっては 2 年次以降に履修する学生がおり、入門・
概説にふさわしい履修タイミングとは言えない事例が見られる。
今後は、必修科目とした上で、 1 年次に履修する科目としての位置付けを明 確に打ち出すことが望まれる。
7 .学界の研究成果の推移
この章では、 2 章でも取り上げた「日本語研究・日本語教育文献データベー ス」を用い、2001年から2015年までの雑誌掲載論文数の推移などについて述べ る。これに関わる先行調査としては斎藤・新野(2002)があり、1985年から 2000年までの分野別文献数の動向が報告されている。ここではそれとの比較を しつつ最近の動向を示す。
斎藤・新野(2002)は山崎(1990)に従って、国語史、音声・音韻、文字・
表記、語彙・用語、文法、待遇表現、文章・文体、方言をA群(中核的領域)
とし、国語学一般、古典の注釈、日本語情報処理、コミュニケーション、マス コミュニケーション、国語問題、国語教育、日本語教育、言語学、参考資料、
書評・紹介をB群(関連領域)としているので、ここでもそれに倣い、2001年 から2015年までの雑誌掲載論文数を表 4 (A群)と表 5 (B群)に分けて集計 した。
2001年から2015年まで(以下、今回調査)の15年間の雑誌掲載論文数は A群:19,300本(年平均で約1,287本)
B群:30,100本(年平均で約2,007本)
合計:49,400本(年平均で約3,294本)
である。一方、斎藤・新野(2002)の16年間(以下、前回調査)では A群:19,006本(年平均で約1,188本)
B群:25,068本(年平均で約1,567本)
合計:44,074本(年平均約2,755本)
表 4 2001―2015年の分野別雑誌掲載論文数 A群
表 5 2001―2015年の分野別雑誌掲載論文数 B群
であり、今回調査の期間のほうが一年間平均で約500本多いことになる。全体 的な傾向として、研究活動は活発化していると言えそうである。
7.1 分野別集計
斎藤・新野(2002)のデータをもとに、1985年から2000年までのA群とB群 合計の雑誌掲載論文数を分野別に示すと図 2 のようになる。図 3 は今回新たに 集計した2001年から2015年までの結果である。いずれも 3 %未満のものは「そ の他」としてまとめた。その他にまとめた分野は以下のとおりである。
前回調査: 日本語情報処理(2.2%)、国語問題(2.0%)、マスコミュニケー ション(1.4%)、待遇表現(0.9%)、参考資料(0.7%)
今回調査: 文章・文体(2.5%)、日本語情報処理(2.3%)、音声・音韻(2.1%)、
日本語学一般(1.6%)、資料(1.5%)、文字・表記(1.4%)、国 語問題・言語問題(1.3%)、マスコミュニケーション(0.8%)、
文法(0.5%)、語彙・用語(0.3%)
なお、「日本語研究・日本語教育文献データベース」では各論文に複数の分 野名を付することも可能な方式になっているが、ここでは便宜的に最初に付け られた分野名単独で集計した。
図 2 と図 3 を比較すると、かなり大きな変化が見られることがわかる。まず、
前回調査結果で「その他」に含めなかったのは14分野であり、今回調査結果で は 9 分野である。このことは前回調査期間では雑誌論文は広い分野にわたって 書かれており、今回調査期間ではそれより少ない数の分野に集中していること を意味する。また、前回調査では国語教育、言語学、語彙・用語、文法でほぼ 半数を占めていたのが、今回調査では日本語教育、日本語史、文法、言語学で 約半数となっており、日本語教育と日本語史(前回調査での分野名は国語史)
が大きく増え、国語教育、語彙・用語が減少している。
7.2 A群とB群の比較
斎藤・新野(2002)には、対象にした16年間のうち1985-1990年ではB群の 論文数がA群のそれを上回り、1991-2000年になると両者に大きな差がなくな
図 2 1985―2000年における各分野の文献数比率
(斎藤・新野(2002)をもとに作成)
図 3 2001―2015年における各分野の文献数比率
ることが示されている。
今回調査のA群とB群の論文数を年ごとに示した図 4 でも、2001-2008年では B群がA群を大きく上回るが、2009年にB群論文数が激減し、それ以後両群は ほぼ同数となっている。表 5 から、2008年から2009年への変化で目立つのは、
国語教育、言語学、日本語情報処理の減少と、日本語教育の増加である。
これについて、かつては国語教育と日本語教育は根本的に異なるものである ととらえられることが多かったが、最近は言語の運用能力という観点からその 共通性が意識されるようになっており、国語教育分野の論文数の減少と日本語 教育の論文数の増加は、その境界が以前ほど明確でなくなっていることの反映 かもしれない。ただし、この点については、本稿が各論文に付されている複数 の分野名を無視して集計していることが影響していることも考えられる。今後、
詳細なデータ作りが必要である。
7.3 雑誌掲載論文数を見ることの意味
授業の運営を考えていく上では、設置されている授業科目群全体でどのよう な範囲がカバーされているかを知っておくことと同時に、担当する個々の授業 科目が日本語学研究の中で相対的にどのように位置づけられるかにも気を配る
図 4 年別文献数推移
必要があろう。学問体系の中での各科目の位置づけはそれほど大きく変わるも のではないが、それぞれの時点で研究が盛んに行われている分野は刻々と変化 すると言っていい。そういったことを踏まえて授業内容を構築していくこと、
言い換えれば研究史の流れの中で今という時代がどのような状況にあるかを常 に意識しておくことは、授業内容を更新していく上で重要なことである。
国立国語研究所によって常に最新の論文リストが整備されつつあることは、
本章で紹介した作業結果の作成を格段に容易にした。今後もこの資料の活用を 積極的に考えていくことが一層必要になるだろう。
8 .おわりに
以上、近年の日本語研究の進展と日本語を取り巻く社会環境とに対応した日 本語学科のカリキュラムについて提案を行った。
本稿では、以下のことを述べた。
・ 『国語年鑑』と「日本語研究・日本語教育文献データベース」における分野 の名称変更を辿ることで、研究分野の変化についておおよその状況をつかむ こと( 2 章)
・社会環境の変化に基づいて、日本語学に求められていること( 3 章)
・ 専修大学文学部日本語学科の現状について紹介し、 2 章、 3 章で導き出され たことに対応できることを整理( 4 章)
・ 現在の文学部日本語学科のカリキュラムを土台にして、改良可能な点につい て具体的な提案( 5 章)
・日本語学の入門に当る講義の在り方( 6 章)
・ 日本語学の研究成果の動向を踏まえて授業内容を構成していくことの重要性
( 7 章)
なお、展開できる科目数には限度があるため、科目の新設を実現するために は、一方で科目の廃止についても考える必要があることは言うまでもない。本 稿では、科目の廃止については紙幅の都合上、言及しなかった。
【参考文献】
王 伸子(2017)「日本語学科のあゆみ」『専修大学文学部50年小史』、pp.33- 34、専修大学文学部、2017年 3 月
斎藤達哉・新野直哉(2002)「『国語年鑑』に見る分野別文献数の動向─1985
~2000年の雑誌掲載文献─」『日本語科学』11、pp.135-144、国立国語研 究所、2002年 4 月
徳川宗賢・J.V.ネウストプニー(1999)「〔対談〕ウエルフェア・リングイス ティックスの出発」『社会言語科学』2(1)、pp.89-100、社会言語科学会、
1999年 9 月
山崎 誠(1990)「『日本語研究文献目録・雑誌編』にみる国語研究の動向」『国 立国語研究所研究報告集』11、pp.169-203、国立国語研究所、1990年 3 月
【参考に用いた年鑑】
国立国語研究所編『国語年鑑』1954-1995年版、秀英出版、1954年 5 月-1996 年 1 月
国立国語研究所編『国語年鑑』1996-2008年版、大日本図書、1997年 1 月 -2008年10月
国立国語研究所編『日本語教育年鑑』2000-2008年版,くろしお出版、2000年 6 月-2008年10月
国立国語研究所編『日本語教育文献索引:学会誌・機関誌掲載論文編』、国 立国語研究所、1982年
国立国語研究所日本語教育センター第二研究室編『日本語教育学会・機関誌 掲載論文等文献一覧』、国立国語研究所、1980・1981年
国立国語研究所日本語教育センター第二研究室編『日本語教育 学会誌・機 関誌掲載論文等文献一覧』、国立国語研究所、1982~1997年
国立国語研究所日本語教育センター日本語教育指導普及部編『日本語教育 学会誌・機関誌掲載論文等文献一覧』、国立国語研究所、1998年
国立国語研究所日本語教育センター第二研究室編『日本語教育文献索引』
1984~1987年
久松潜一編『國語國文學年鑑』第 1 輯、靖文社、1939年11月
久松潜一編『國語國文學年鑑』第 2 輯、靖文社、1941年 6 月 久松潜一編『國語國文學年鑑』第 3 輯、靖文社、1943年 1 月
【付記】
本稿の一部には、JSPS科研費・基盤研究(C)・課題番号17K02789「1940-1950 年代の日本語政策史研究の精緻化に関する緊急調査」の成果を使用しました。