イ ス ラ ー ム 国 家 へ の 道 ( 2 )
ハサン・アヽ;ノ=Iヽヽゥラービー自らが語る思想と行動の軌跡
〔解説〕 1.イスラーム主義運動の誕生と拡大(19641985) 旧 1 0 月 革 命 (2)主導権争い (3)3度の留置体験 ( 4 ) イ スラ ーム 主 義 運 動 の 拡 大 2.国民議会選挙とクーデター(19851989) ( 1 ) 国 民 イ スラ ーム 戦 線 の 設 立 と 国 民 議 会 選 挙 (2)権力闘争とクーデター 3.イスラーム国家建設(19891995) 田 ビ ジ ョ ン (2)政治システム (3)法律 (4)経済 ㈲ 教 育 ㈲ 防 衛 158小
林
正
樹
〔解説〕1) 本 資 料 は 、 「 イ ス ラ ー ム 国 家 へ の 道 ハ サ ン ・ ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 自 ら が 語 る 思 想 と 行 動 の 軌 跡 」 『 中 央 学 術 研 究 所 紀 要 』 第 3 2 号 の 続 編 で あ る 。 今 号 の 内 容は、1964年から1995年までを扱っている。1.(1)と1.(2)は、10革命とイス ラ ー ム 主 義 運 動 内 に お け る 主 導 権 争 い に つ い て の 内 容 。 1 . ( 3 ) は 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 3 度 に 及 ぶ 留 置 場 暮 ら し を 通 し て の 反 政 権 闘 争 と 運 動 の 基 礎 づ く り 1 ) 筆 者 は 英 国 グ ラ ム 大 学 ・ 中 東 イ ス ラ ー ム 研 究 所 に お い て 博 士 号 を 取 得 。 学 位 取 得 論 文 は 次 の 通 り。KOBAYASHI,Maslci,ThelslamistMovementln5;udan PhDThesisin1996,Universityof Durham.イスラーム国家への道(2) に 関 す る 内 容 。 1 . ( 4 ) は 、 ヌ マ イ リ ー 政 権 下 で の イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 拡 大 及 び 、 イ ス ラ ー ム 法 制 、 イ ス ラ ー ム 経 済 等 の 諸 活 動 に 関 す る 内 容 で あ る 。 2 バ 1 ) と2.(2)は、国民イスラーム戦線㈲ε1tionE111slamicFront:NIF)の結成、1986年 の 国 民 議 会 選 挙 、 1 9 8 8 年 か ら 1 9 8 9 年 に か け て の 諸 政 党 間 の 権 力 闘 争 な ど に 関 す る 内 容 。 そ し て 3 . ( 1 ト ㈲ は 、 イ ス ラ ー ム 国 家 建 設 の た め の 各 分 野 に お け る 取 り 組 み に つ い て の 内 容 で あ る 。 こ の 時 期 は 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が ア ル = バ シ ー ル 政 権 の 黒 幕 と み な さ れ て い た 時 期 で も あ る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 物 語 自 体 は 1 9 9 5 年 以 降 も 継 続 し て い る の で あ る が 、 研 究 の 範 囲 を 1 9 9 5 年 の 5 月 ま で と 限 定 し た 関 係 で 、 今 回 の 1 9 9 5 年 ま で の 物 語 で 一 応 の ま と め と す る 。 な お 、 以 下 の 解 説 は 、 本 資 料 の 概 略 を つ か む た め 、 『 中 央 学 術 研 究 所 紀 要 』 第 3 2 号 で 使 用 し た も の を ほ ぼ そ の ま ま 用 い た 。 本資料が取り上げるハサン・アッ=トゥラービー〔1932一回Hasan11ト I uraabii〕 は 、 エ ジ プ ト の 南 に 位 置 し 、 ア フ リ カ 大 陸 で 最 大 の 面 積 を 有 す る 、 ス ー ダ ン 2 ) 出 身 の 世 界 的 に 知 ら れ た イ ス ラ ー ム 主 義 者 で あ る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 存 在 が 注 目 さ れ る よ う に な っ た の は 、 1 9 6 4 年 の 1 0 月 革 命 か ら で あ る が 、 彼 の 登 場 は 、 当 時 の イ ス ラ ー ム 世 界 で 盛 り 上 が り つ つ あ っ た イ ス ラ ー ム 復 興 運 動 の 潮 流 と 重 な っ て い る 。 西 洋 帝 国 主 義 の 下 に あ っ て 喘 い で い た イ ス ラ ー ム 世 界 は 、 当 時 、 自 ら を 解 放 す る た め の 社 会 改 革 と 反 植 民 地 闘 争 を 模 索 し て い た 。 そ の 拠 り 所 と な る 思 想 と し て は 、 ア ラ ブ 民 族 主 義 、 共 産 主 義 、 イ ス ラ ー ム 主 義 な ど が あ っ た が 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 、 イ ス ラ ー ム に 基 づ い た 改 革 と 闘 争 の 道 を 歩 み 始 め て い た 。 そ れ は 、 イ スラ ーム 法 の 支 配 す る イ スラ ーム 国 家 ( l s l a m i c S t a t e ) 及 び イ スラ ーム 共 同 体 ( ウ ン マ 〔 U m m a 〕 ) の 建 設 を 目 指 す 大 き な う ね り と な っ て い た が 、 ス ー ダ ン も こ の 潮 流 の 中 に あ っ て 例 外 で は な か っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が 1 9 3 2 年 に 誕 生 し て か ら 歴 史 の 表 舞 台 に 登 場 す る こ と に な る 1 9 6 4 年 ま で の スー ダ ン は 、 独 立 ( 1 9 5 6 ) 以 降 を 除 き 、 エジ プ ト の ム ハ ン マ ド ・ アワー朝(18051953)とイギリスとの共同統治の時代(18991955)であった。 し か し な が ら 、 共 同 統 治 と は 言 っ て も 、 当 時 の エ ジ プ ト 自 体 、 ヨ ー ロ ッ パ 列 強 に よ る 植 民 地 化 に 抵 抗 し た ア ラ ー ビー 運 動 ( 1 8 8 1 1 8 8 2 ) が 鎮 圧 さ れ て 以 後 、 イ ギ リ ス の 占 領 下 に あ っ て 植 民 地 化 の 道 を っ て い た 。 従 っ て 、 共 同 統 治 時 代 の ス ー ダ ン は 、 イ ギ リ ス の 実 質 的 な 植 民 地 と 化 し て い た の で あ る 。 ア ラ ー ビ ー 運 動 と ほ ぼ 同 時 期 、 ス ー ダ ン に お い て も イ ギ リ ス の 植 民 地 支 配 に 2 ) 本 資 料 末 の 「 地 図 1 ス ー ダ ン 及 び 周 辺 国 」 及 び 「 地 図 2 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 関 連 地 図 」 を参照。 159
抵 抗 す る 運 動 が 発 生 し た 。 マ フ ディ ー 運 動 ( 1 8 8 1 1 8 9 8 ) で あ る 。 こ の 運 動 は 、 1 8 8 5 年 に イギ リ ス 人 総 督 ゴ ー ド ン の 守 る 首 都 ハ ル ト ゥ ーム 〔 K h a r t u u m 〕 を 陥 落一 一 さ せ 、 ム ハ ン マ ド ・ ア リ ー 朝 に お け る エ ジ プ ト 領 ス ー ダ ン の ほ ぼ 全 域 を 解 放 す る こ と に 成 功 し た 。 し か し な が ら 、 十 数 年 間 の 独 立 を 保 っ た こ の マ フ デ ィ ー 国 家 も 1 8 9 8 年 に は イ ギ リ ス に よ っ て 滅 ぼ さ れ て し ま い 、 以 後 、 共 同 統 治 の 名 の 下 に 植 民 地 支 配 を 受 け る こ と に な る 。 し か し 、 こ れ に よ っ て 民 衆 の 抵 抗 運 動 が 消 滅 し た わ け で は な か っ た 。 イ ギ リ ス 支 配 下 の エ ジ プ ト と ス ー ダ ン に お い て 、 ナ シ ョ ナ リ ス ト ( 国 家 主 義 者 、 民 族 主 義 者 ) 、 共 産 主 義 者 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 、 反 植 民 地 / 反 帝 国 主 義 と い う 同 じ 目 的 の た め に 、 そ れ ぞ れ の 活 動 を 活 発 化 さ せ 始 め て い た 。 こ の よ う な 状 況 の 中 、 ア ラ ブ 民 族 主 義 者 た ち は 1 9 5 2 年 に エ ジ プ ト 革 命 を 成 功 さ せ 、 イ ギ リ ス に よ る 支 配 に 利 用 さ れ て い た 王 制 を 打 倒 す る ( ム ハ ン マ ド ・ ア リ ー 朝 の 滅 亡 ) 。 当 時 、 ス ー ダ ン の 多 く の 人 々 が 歓 迎 し 、 エ ジ プ ト と ス ー ダ ン と の 統 一 へ の 期 待 も 高 ま っ た 。 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 冷 戦 構 造 の 中 で ソ ビ エ ト 連 邦 の 影 響 力 が 拡 大 す る と 、 中 東 諸 国 に も 社 会 主 義 や 共 産 主 義 の 思 想 的 影 響 が 強 ま っ て き た 。 ハサ ン ・ ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー が 、 セ カ ン ダ リ ー ・ ス ク ー ル 時 代 ( 1 9 4 8 1 9 5 0 : 1 6 歳 一 1 8 歳 ) に 学 内 で 共 産 主 義 者 だ ち か ら 勧 誘 さ れ る が 、 丁 度 こ の よ う な 状 況 の下での出来事であった。その後のカレッジ時代(1951:L955:19歳23歳)で も 、 共 産 主 義 者 た ち か ら 勧 誘 さ れ る の だ が 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 自 ら の 生 い 立 ち の バ ッ ク ボ ー ン で あ っ た イ ス ラ ー ム を 標 榜 す る イ ス ラ ー ム 解 放 運 動 に 参 加 す る こ と に な る 。 そ の 後 、 彼 が ロ ン ド ン に 留 学 中 の 1 9 5 6 年 1 月 、 ス ー ダ ン は 独 立 す る 。 独 立 後 は 、 イ ス ラ ー ム に 基 づ い た 社 会 改 革 を 進 め 、 ス ー ダ ン に お い て は イ ス ラ ー ム 国 家 の 建 設 を 目 指 し 、 世 界 に お い て は 理 想 的 な ウ ン マ の 建 設 を 目 指 す こ と に な る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー に 率 い ら れ た 、 1 9 6 4 年 か ら 1 9 9 5 年 ま で の ス ー ダ ン に お け る イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 に は 、 他 の 国 に お け る 同 様 の イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 に は な い 様 々 な 特 徴 が 存 在 し た 。 例 え ば 、 1 9 2 8 年 に 設 立 さ れ た エ ジ プ ト の ム ス リ ム 同 胞団(MuslimBrothe、lyhood)〔alIMlwaanaトMuslimuun〕は、1995年当時、未だー に 反 体 制 運 動 に と ど ま っ て い た の に も か か わ ら ず 、 1 9 6 4 年 か ら 動 き 始 め た ス ー ダ ン の イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 は 、 1 9 8 9 年 に は イ ス ラ ー ム 国 家 の 建 設 に 成 功 し て い る 。 ま た 、 当 時 、 イ ラ ン 政 府 で さ え も 主 張 し な く な っ て い た イ ス ラ ー ム 経 済 に つ い て 、 ス ー ダ ン 政 府 は 、 自 国 の 経 済 は 完 全 に イ ス ラ ー ム 経 済 で あ る と 主 張 し て い た 。 さ ら に 、 ス ー ダ ン に お け る 強 力 な イ ス ラ ー ム 的 主 張 に も か か わ ら ず 、 具 体 的 な 適 用 に お い て は 、 し ば し ば 、 サ ウ ジ ア ラ ビ ア や イ ラ ン な ど よ り も 穏 健 で あ る 点 な ど が 指 摘 さ れ て い た 。 ス ー ダ ン に お け る 、 こ の よ う な イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 を 理 解 す る た め に は 、 当 160
イスラーム国家への道(2) 時 、 ス ー ダ ン に お い て 最 も 影 響 力 の あ っ た イ ス ラ ー ム 主 義 指 導 者 、 ハ サ ン ・ ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 研 究 を 抜 き に し て は 不 可 能 で あ ろ う 。 何 故 な ら ば 、 こ の 運 動 に は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 生 き 方 や 性 格 等 、 個 人 的 資 質 の 強 い 影 響 が あ っ た と 考 え ら れ る か ら で あ る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が 生 涯 を か け て 追 求 し た イ ス ラ ー ム 国 家 建 設 へ の 歩 み を 理 解 す る た め に 、 「 彼 自 身 が 語 っ た 彼 自 身 の 物 語 」 を 知 る こ と か ら 始 め た い 。 本 資 料 の 内 容 は 、 1 9 9 4 年 の 5 月 及 び 1 9 9 5 年 の 1 月 に 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー 氏 のアラブ・イスラーム大衆会議(P()pulafArabandl5;lamicConference:PAIC)事 務 所 ( 首 都 ハ ル ト ゥ ー ム ) に お い て 筆 者 が 実 施 し た イ ン タ ビ ュ ー の 内 容 を ま と め 、 邦 訳 し た も の が 基 本 と な っ て い る 。 但 し 、 「 3 . イ ス ラ ー ム 国 家 建 設 ( 1 9 8 9 1 9 9 5 ) 」 の 内 容 に 関 し て は 、 イ ン タ ビ ュ ー の 内 容 に 加 え 、 出 版 物 に 引 用 さ れ た ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 発 言 も 使 用 し て い る が 、 そ の 場 合 に は 出 典 を 明 記 し た 。 P A I C 事 務 所 の 屋 上 に は 衛 星 放 送 を 受 信 す る た め の 大 き な パ ラ ボ ラ ア ン テ ナ が 設 置 し て あ り 、 イ ス ラ ー ム の 教 え を 狭 く 解 釈 す る 傾 向 に あ っ た 保 守 的 な イ ス ラ ー ム 教 徒 と は 明 ら か な 違 い を 示 し て い た 。 ま た 、 一 学 生 の た め に 、 1 0 時 間 近 く の 貴 重 な 時 間 を さ き 、 さ ら に は 、 ア ポ イ ン ト メ ン ト 無 し の 突 然 の 自 宅 訪 問 で す ら 受 け い れ て く れ た ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 に 、 心 か ら の 感 謝 を 述 べ た い 。 本 資 料 は 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 自 身 が 語 る 彼 自 身 の 物 語 を そ の ま ま ま と め て あ る の で 、 「 自 ら が 語 る 自 ら の 英 雄 伝 」 と い っ た ニ ュ ア ン ス を 含 む が 、 内 容 的 に は 、 自 分 で 書 い た 自 分 の 伝 記 と い う 意 味 の 「 自 叙 伝 」 と あ ま り 変 わ ら な い と 言 っ て よ い 。 〔 前 号 ( 第 3 2 号 ) の 内 容 〕 1 9 3 2 年 の ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー の 誕 生 か ら 1 9 6 4 年 の フ ラ ン ス 留 学 か ら の 最 終 帰 国まで。 1.幼・少年期(193243)〈O歳11歳〉 2.青年期(194455)〈12歳一23歳〉 (1)中等教育・前期(194447)〈12歳一15歳〉 (2)中等教育・後期(194850)〈16歳一18歳〉 ( 3 ) 高 等 教 育 ( 1 9 5 1 5 5 ) 〈 1 9 歳 一 2 3 歳 〉 3.成年初期(195564)〈23歳32歳〉 剛 ロ ン ド ン 時 代 ( 1 9 5 5 5 7 ) 〈 2 3 歳 2 5 歳 〉 ( 2 ) パ リ 時 代 ( 1 9 5 9 6 4 ) 〈 2 7 歳 3 2 歳 〉 161
1 . イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 誕 生 と 拡 大 ( 1 9 6 4 1 9 8 5 ) (1)10月革命 1 9 6 4 年 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 フ ラ ン ス 革 命 の 歴 史 に よ っ て 啓 発 さ れ た 「 自 由 」 に 対 す る 情 熱 を 胸 に フ ラ ン ス か ら 帰 国 し た 。 彼 に は 二 つ の 解 放 計 画 が あ っ た 。 ア ッ ブ ー ド ( E A t ) b u u d 〕 将 軍 率 い る 軍 事 政 権 か ら の 解 放 と 、 イ ス ラ ー ム 解 放 運動(lslamicl..it)erationMovement)から出発した新しいイスラーム運動3)をエ ジ プ ト ・ ム ス リ ム 同 胞 団 の 影 響 か ら 解 放 す る こ と で あ っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ハ ル ト ゥ ー ム 大 学 に お け る 行 政 学 部 の 講 師 だ っ た 。 1 9 6 4 年 9 月 9 日 、 社 会 科 学 学 会 主 催 の 「 南 部 問 題 」 帽 こ 関 す る シ ン ポ ジ ウ ム が ハ ル ト ゥ ー ム 大 学 に お い て 開 催 さ れ 、 彼 は こ の シ ン ポ ジ ウ ム に 招 待 さ れ た 。 軍 事 政 権 か ら の 代 表 者 た ち も ま た 、 そ の シ ン ポ ジ ウ ム に 出 席 し て い た 5 ) 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 南 部 社 会 の 特 殊 性 を 強 調 し す ぎ て は な ら な い が 、 「 南 部 問 題 」 は 地 方 政 府 の 設 置 を 通 し て 解 決 す べ き で あ る と 主 張 し た 。 シ ン ポ ジ ウ ム の 後 、 農 学 部 の 同 僚 か ら 、 言 い 過 ぎ た と 忠 告 さ れ た 。 す な わ ち 、 彼 の 身 に と っ て も 、 国 家 シ ス テ ム 全 体 に と っ て も 非 常 に 危 険 な こ と を 言 っ て し ま っ た と 。 シ ン ポ ジ ウ ム に い た 学 生 た ち は 、 彼 の ス ピ ー チ に 大 変 感 激 し て い た が 、 軍 事 政 権 側 は シ ョ ッ ク を 受 け た 。 数 日 以 内 に シ ン ポ ジ ウ ム の サ マ リ ー が ア ラ ビ ア 語 日 刊 紙 ア ル = ア ッ ヤ ーム { A I ン ・ り } / a a m 〕 に よ っ て 出 版 さ れ た 。 し か し な が ら 、 こ の 新 聞 は 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の ス ピ ー チ の 中 の 重 要 な 点 を 書 き 漏 ら し て い た の で 、 言 っ た と お り の 記 事 を 書 い て ほ し い と 要 求 し 、 ス ピ ー チ の サ マ リ ー を 新 聞 社 に 渡 し た 。 そ れ に も か か わ ら ず 、 そ の 新 聞 社 は 彼 の ス ピ ー チ に 関 し て 掲 載 し 直 す こ と を し な か っ た 。 軍 事 政 権 側 は 、 イ ス ラ ー ム 大 学 で 教 を と っ て い た ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 叔 父 を 通 し 、 彼 が こ れ 以 上 政 府 に 反 抗 す る よ う な こ と は 言 う べ き で な く 、 そ れ が 守 れ な い よ う な ら ば 留 置 場 行 き に な る と 脅 し た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 気 に か け な か っ た 。 学 生 た ち は 大 変 興 奮 し 、 彼 を 支 持 し た 。 学 生 た ち は 、 た だ ち に 反 政 府 集 会 を 組 織 し 始 め た 。 シ ン ポ ジ ウ ム で の 彼 の ス ピ ー チ が 革 命 の 実 質 的 な 始 ま り と な っ た 。 1 0 月 2 1 日 、 ハ ル ト ゥ ー ム 大 学 で 開 催 さ れ た 南 部 問 題 に 関 す る 学 生 集 会 が 警 察 3 ) こ れ よ り 、 「 イ ス ラ ー ム 運 動 」 と 「 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 」 の 用 語 を 区 別 す る 。 1 0 月 革 命 後 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー 氏 が 正 式 に リ ー ダー と な っ て 率 い た 運 動 を 、 「 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 」 と 呼 び 、 マ フ デ ィ ー 家 の 率 い る 運 動 な ど 、 そ の 他 の イ ス ラ ー ム 運 動 と は 区 別 す る 。 4 ) 「 南 部 問 題 」 と は 、 スー ダ ン 南 部 で の 反 政 府 運 動 の こ とを 指 す。 1 9 5 5 年 に 南 部 で 始 ま っ た 反 政 府 武 力 闘 争 は 、 1 9 6 3 年 に は 組 織 的 な ゲ リ ラ 戦 を 伴 う 大 規 模 な 内 戦 へ と 発 展 して い た 。 一 般 的 に は 、 1963年から1972年までを第一次内戦、1983年からのものを第二次内戦と考えて良い。 5 ) 当 時 、 言 論 の 自 由 は 制 限 さ れ て い た が 、 こ の シ ン ポ ジ ウ ム だ け は 、 軍 事 政 権 に よ っ て 特 別 に 許 可 さ れて い た 。 162
イスラーム国家への道(2) に 襲 わ れ 、 多 く の 学 生 が 撃 た れ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 車 を 持 っ て い た 人 に 負 傷 し た 学 生 を 病 院 へ 運 ぶ よ う に 頼 ん だ 。 彼 は 、 た だ ち に 反 政 府 行 動 を 開 始 し 、 大 衆 を 動 員 す る こ と を 始 め た 。 彼 は 、 路 上 で 反 政 府 ス ロ ー ガ ン を 叫 ん だ 。 彼 自 身 は 車 を 持 っ て い な か っ た の で 、 同 僚 に 警 察 署 ま で 運 ん で も ら い 、 学 生 に 対 す る 発 砲 を 抗 議 し 、 逮 捕 さ れ た 者 た ち の 釈 放 を 要 求 し た 。 そ の 日 の う ち に 誰 か が 死 亡 し た と 聞 く と 、 な ん と か し な け れ ば な ら な い と 思 っ た 。 大 学 内 で は 、 外 国 人 を 含 む す べ て の ス タ ッ フ を 集 め 、 学 内 の 独 立 的 自 治 を 主 張 し 、 政 府 を 批 判 す る 最 初 の 覚 書 を 作 成 し た 。 学 外 で は 、 有 力 な 政 治 家 を 訪 問 し 、 翌 朝 に 予 定 さ れ て い た 葬 列 に 参 加 し て く れ る よ う に 頼 む と 共 に 、 ゼ ネ ス ト を 呼 び か け た 。 彼 は 、 司 法 省 で 共 産 党 の 書 記 長 に 初 め て 会 っ た が 、 共 産 主 義 者 た ち は そ の 時 の 現 状 を 把 握 し て い な か っ た 。 彼 は 、 ゲ ジ ラ ・ テ ナ ン ト 組 合 を 訪 れ 、 共 産 主 義 者 で あ っ た 組 合 リ ー ダ ー に ス ト ラ イ キ を 支 援 す る よ う に 頼 ん だ が 断 ら れ た 。 彼 は 、 さ ま ざ ま な 労 働 組 合 も 動 員 し よ う と し た が 、 や は り 失 敗 し た 。 共 産 主 義 者 た ち は 、 後 に ゼ ネ ス ト に 参 加 し 、 暫 定 政 府 樹 立 に 協 力 し た が 、 革 命 の 主 導 権 は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー と イ ス ラ ー ム 運 動 の メ ン バ ー に あ っ た 。 革 命 に お け る 主 導 的 役 割 に も か か わ ら ず 、 当 時 、 革 命 の も た ら す も の を 予 想 し て は い な か っ た し 、 革 命 後 の 計 画 な ど 何 も な か っ た 。 革 命 が こ ん な に も 早 く 簡 単 に 起 き よ う と は 、 ま っ た く 予 期 し て い な か っ た 。 革 命 が 「 起 っ て し ま っ た 」 と い う 印 象 で あ っ た 。 新 政 府 に 関 す る 諸 会 議 で 、 イ ス ラ ー ム 運 動 の ス ポ ー ク ス マ ン で あ っ た ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 代 表 者 の 一 人 と し て 防 衛 省 を 訪 れ 、 ア ッ ブ ー ド 将 軍 に 会 っ た 。 ア ッ ブ ー ド 将 軍 は 流 血 の 衝 突 を 望 ん で お ら ず 、 権 力 を 民 衆 に 引 き 渡 す こ と を 約 束 し た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 暫 定 憲 法 を 執 筆 し た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 大 臣 職 を 辞 退 し た 。 な ぜ な ら 、 軍 の 将 校 た ち は 、 も し 彼 が 大 臣 に な っ た ら 将 校 た ち を 処 刑 す る か も し れ な い と 恐 れ て い た か ら で あ る 。 将 校 た ち の 心 配 と は 逆 に 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー こ そ 、 将 校 た ち を か ば っ た 唯 一 の 人 間 だ っ た 。 イ ス ラ ー ム 運 動 か ら は 、 ム ハ ン マ ド ・ サ ー リ フ ・ ウ マ ル 〔MuhammadSaalihEUmar〕が大臣の中でも最も地位の低い「動物資源大臣」とー な っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 誰 で あ ろ う と 、 イ ス ラ ー ム 運 動 か ら 政 府 に 参 加 で き る の だ か ら 、 こ の 段 階 で は 十 分 で あ る と 考 え た 。 そ れ は 、 彼 が イ ス ラ ー ム 運 動 は ま だ 未 熟 で あ り 、 経 験 不 足 で あ る と い う こ と を 十 分 自 覚 し て い た か ら で も あ っ た 。 1 0 月 革 命 の 後 、 ハ ル ト ゥ ー ム 大 学 の 法 学 部 長 で あ っ た イ ギ リ ス 人 が ス ー ダ ン か ら 逃 げ 出 し だ の を 受 け 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が 新 し い 法 学 部 長 に 就 任 し た 。 ( 2 ) 主 導 権 争 い 1 9 6 2 年 以 前 の イ ス ラ ー ム 運 動 の 組 織 構 造 は 、 エ ジ プ ト ・ ム ス リ ム 同 胞 団 の コ 163
ピ ー で あ っ た 。 運 動 の リ ー ダ ー は 絶 大 な 権 力 を 持 ち 、 独 裁 者 の よ う に 支 配 し て い た 。 1 9 5 5 年 以 来 の リ ー ダ ー で あ っ た ア ッ = ラ シ ー ド ・ ア ッ = タ ー ヒ ル 〔 a ト Flashiidaト raahir〕が、1959年にクーデターの試みに加わって留置された際、アー ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 組 織 構 造 を 改 革 し な け れ ば な ら な い と 考 え た 。 ム ハ ン マ ド ・ ユ ース フ ・ ム ハ ン マ ド 〔 M u h a m m a d Y u u s u f M u h a m m a d 〕 が 運 動 の リ ー ダ ー と し て 頭 角 を あ ら わ す よ う に な り 、 後 に 正 式 に リ ー ダ ー と し て 選 任 さ れ た 。 一 方 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 組 織 改 革 に 着 手 し 、 イ ス ラ ー ム 運 動 の 「 集 団 指 導 体 制 」 を 主 張 し 、 最 終 的 に は リ ー ダ ー の 権 力 を 弱 め る こ と に 成 功 し た 。 1 9 6 2 年 に 新 体 制 が 完 成 し た 時 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は ま だ パ リ に 在 住 し て い た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 イ ス ラ ー ム 運 動 を エ ジ プ ト の 影 響 か ら 解 放 し た か っ た 。 彼 は 、 こ の 運 動 が エ ジ プ ト ・ ム ス リ ム 同 胞 団 の 一 支 部 と み な さ れ る こ と を 嫌 っ た 。 こ の よ う な 訳 で 、 彼 と 彼 の 支 持 者 た ち は 、 1 9 5 4 年 に 一 旦 は 正 式 採 用 さ れ て い た 「 ム ス リ ム 同 胞 団 」 の 名 称 を 意 [ ズ | 的 に 使 わ な い よ う に し た 。 か わ り に 、 「 イ ス ラ ー ム 運 動 」 や 「 イ ス ラ ー ム 潮 流 」 と い っ た 名 称 を 使 っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 当 初 、 人 々 を イ ス ラ ー ム の 下 に 組 織 化 し よ う と 思 っ た が 、 ま だ 時 期 尚 早 で あ る と 考 え 直 し 、 ま ず 手 始 め に 、 ス ー ダ ン 人 の 国 家 の 基 礎 づ く り を 考 え た イ ス ラ ー ム 憲 章 を 書 く こ と に 決 め た 。 1 9 6 4 年 1 2 月 、 イ ス ラ ー ム憲章戦線(lslamicCharterFront)が設立され、大衆運動への組織化へ向けた最 初 の ス テ ッ プ と な っ た 。 1 9 6 5 年 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 『 イ ス ラ ー ム 憲 章 』 を 書き出版した6)。 1 9 6 5 年 4 月 、 イ ス ラ ー ム 憲 章 戦 線 は 国 民 議 会 選 挙 に 参 加 し 、 3 議 席 ( ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 、 ア ッ = タ ー ヒ ル 、 ム ハ ン マ ド ・ ユ ー ス フ ) を 獲 得 し た 。 後 に 、 北 スー ダ ン 出 身 と 東 スー ダ ン 出 身 の 2 人 、 スーフィ ー 〔 、 ; u u f i i 〕 7 ) 指 導 者 1 人 、 西 ス ー ダ ン 出 身 の 教 師 1 人 が 加 わ り 、 国 民 議 会 に お い て 合 計 7 議 席 を 確 保 し た 。 当 時 、 ア ッ = タ ー ヒ ル の 支 持 者 と ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 支 持 者 の 間 に は 緊 張 関 係 が あ っ た 。 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 8 ) の メ ン バ ー の 中 に は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー に 対 し て 嫉 妬 心 を 抱 く 者 か お り 、 ア ッ = タ ー ヒ ル こ そ が 野 党 の リ ー ダ ー に な る べ 6 ) ハ サ ン ・ マ ッ キ ー 〔 H a s a n M a k k i i 〕 に よ る と 、 r イ ス ラ ー ム 憲 章 』 は 1 9 6 5 年 の 初 め と 終 わ り に 2 度 出 版 さ れ 、 4 章 で 構 成 さ れ て い た と い う 。 ま た 、 第 2 章 に は 政 府 の 性 格 に つ い て 、 ク ル ア ー ン 的である旨が記述されていたという。TheUSGovemment、/V印r7r乙7]は/励❹zか加政即吋丿肘心/加 7jra血ケ/7a❶肘()1・emalr加乱ご/α77/μZyづ夕夕(US:JPRSPublication、ら1985)、p.74.この本は、Hasan X4akkiij4amklltaドlkhwaanaトMuslimiinfiiaトSuu(jaan、19441969(スーダンにおけるムスリムー 同 胞 団 運 動 1 9 4 4 1 9 6 9 ) ( ハ ル ト ゥ ー ム : ハ ル ト ゥ ー ム 大 学 、 1 9 8 2 ) の 英 訳 版 。 ハ サ ン ・ マ ッ キ ー 氏 は 1 9 6 0 年 代 に イ ス ラ ー ム ( 主 義 ) 運 動 に 加 わ っ た 。 7 ) ス ー フ ィ ー は 、 通 常 「 イ ス ラ ー ム 神 秘 主 義 者 」 と 訳 さ れ る 。 8 ) ア ッ = = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 1 9 6 4 年 1 1 月 、 正 式 に イ ス ラ ー ム 運 動 の 書 記 長 に 選 出 さ れ た 。 以 降 、 原 則 と し て 、 彼 の 率 い た イ ス ラ ー ム 運 動 を 「 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 」 と 表 現 す る 。 注 3 ) を 参 照 。 164
イスラーム国家への道(2) き だ と 主 張 し て い た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は そ の 主 張 に 同 意 し 、 ア ッ = タ ー ヒ ル が 野 党 の リ ー ダ ー と な っ た 。 し か し な が ら 、 間 も な く 、 ア ッ = タ ー ヒ ル は イ スラーム主義運動から身を引き、国民統一党伽ationalunionistParty)に参加し た 。 ア ッ = タ ー ヒ ル が イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 か ら 身 を 引 い た 事 に よ っ て 、 運 動 内 部 の 紛 争 が 悪 化 す る こ と は 、 と り あ え ず 避 け る こ と が で き た 。 1 9 6 6 年 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 影 響 力 を 制 限 し た い と 思 っ て い た 反 ト ゥ ラ ー ビ ー ・ グ ル ー プ の メ ン バ ー た ち は 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 本 体 と イ ス ラ ー ム 憲 章 戦 線 の リ ー ダ ー シ ッ プ を 分 離 す る よ う に 主 張 し た 呪 簡 単 に 言 え ば 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー に 対 す る 不 満 の 結 果 で あ っ た 。 1 9 6 0 年 代 、 ジ ャ ア フ ァ ル ・ シ ャ イ ハ ・ イドリース〔jlaEfarShaykh ldriis〕がアッ=ターヒルと協力し、反トゥラー一 一 ビ ー ・ グ ル ー プ を 結 成 し た 中 心 人 物 で あ っ た 。 イ ド リ ー ス は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー よ り も 年 上 で あ り 、 エ ジ プ ト ・ ム ス リ ム 同 胞 団 か ら 強 い 影 響 を 受 け て い た 。 マー リ ク ・ バ ド リ 〔 M a a l i k B a d r i 〕 も 反 ト ゥ ラ ー ビー 派 で あ り 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が 辞 任 に 追 い 込 ま れ た 後 、 短 期 間 イ ス ラ ー ム 運 動 本 体 の リ ー ダ ー を 務 め た が 、 政 治 よ り も 教 育 を よ り 重 視 し て い た 。 ム ハ ン マ ド ・ シ ャ イ ハ ・ ウ マ ル 〔 M u hammadShaykhEUmar〕も反トゥラービー派で、イスラーム主義運動の戦略に関 一 一 し て ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー と 対 立 し て い た 。 ウ マ ル は 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 が 政 府 と 敵 対 し す ぎ て い る と 批 判 し た 。 1 9 6 9 年 4 月 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 本 体 と イ ス ラ ー ム 憲 章 戦 線 の リ ー ダ ー シ ッ プ を 再 統 合 す る こ と が 決 定 し 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が 再 び 全 体 の リ ー ダ ー と な っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 に お け る 一 連 の 主 導 権 争 い を 通 し 、 1 9 5 0 年 代 に ゴ ー ド ン ・ メ モ リ ア ル ・ カ レ ッ ジ ( ハ ル ト ゥ ー ム 大 学 の 前 身 ) の 内 部 で 生 ま れ た イ ス ラ ー ム 解 放 運 動 と カ レ ッ ジ の 外 に つ く ら れ た エ ジ プ ト ・ ム ス リ ム 同 胞 団 の 支 部 と を 合 併 し た こ と は 間 違 い だ っ た と い う 結 論 に 達 し た。 1969年5月、ジャアファル・ムハンマド・ヌマイリー〔JaEfarMuhammadNu I l l a y r i i 〕 大 佐 が 軍 事 ク ー デ タ ー を 起 こ し た と き 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー に と っ て は ま っ た く の 驚 き だ っ た 。 彼 は イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の こ と で 頭 が 一 杯 だ っ た し 、 大 変 忙 し か っ た の で 、 ま わ り で 何 か 起 き て い た の か に 気 づ く こ と が で き な か っ た 。 当 時 、 軍 内 部 に は イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 支 持 者 は 少 し し か い な か っ た し 、 組 織 化 も さ れ て は い な か っ た 。 そ の た め 、 軍 内 部 か ら の 情 報 は 、 極 端 に 限 ら れ て い た の で あ る 。 9 ) こ の 結 果 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 本 体 の 書 記 長 職 を 辞 職 せ ざ る を 得 な く な っ た が 、 イ ス ラ ー ム 憲 章 戦 線 の 書 記 長 職 に は と ど ま っ た 。 165
( 3 ) 3 度 の 留 置 体 験 ①1回目(1969一72) 1 9 6 9 年 5 月 2 5 日 に ヌ マ イ リ ー 大 佐 が 権 力 を 掌 握 す る と 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 翌 2 6 日 に は 留 置 さ れ て い た 。 彼 に と っ て 、 人 生 で 初 め て の 経 験 だ っ た 。 1970年3月に、アル=ハーディー・アル=マフディー〔aトHaadiiaトMahdii〕1o) に 率 い ら れ た アバー 〔 A b a a 〕 島 の ア ン サ ール 〔 1 1 s a a r 〕 ( マ フ ディ ー 家 の 支 持 者 ) た ち が 政 府 軍 に よ っ て 攻 撃 さ れ た と き 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は ア ル = ハ ー デ ィ ー ・ ア ル = マ フ デ ィ ー を 励 ま す た め に 留 置 場 か ら 密 か に メ ッ セ ー ジ を 送 っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ア ル = マ フ デ ィ ー が イ ス ラ ー ム の た め に 戦 う 限 り 支 持 す る と 書 い た 。 そ の メ ッ セ ー ジ は 後 に 政 府 に よ っ て 発 見 さ れ た が 、 そ の メ ッ セ ー ジ に は サ イ ン を し て お か な か っ た の で 、 彼 が 書 い た も の だ と い う こ と は わ か ら な か っ た 。 1 9 7 2 年 3 月 1 8 日 に 「 ア ジ ス ・ ア バ バ 合 意 」 が 署 名 さ れ た と き 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は ま だ 留 置 場 の 中 だ っ た 。 彼 は 、 そ の 合 意 に 強 く 反 対 す る こ と は し な か っ た 。 何 故 な ら 、 そ の 合 意 は 、 南 部 の た め に 地 方 政 府 を 要 求 し て い た 彼 独 自 の 考 え 方 と 、 基 本 的 な 点 で 似 て い た か ら で あ る 。 し か し な が ら 、 そ の 合 意 は 南 部 の 人 々 に 対 し 、 あ ま り に も 多 く の 妥 協 を し す ぎ て い る と 思 っ た 。 こ れ ら の 妥 協 は 、 ヌ マ イ リ ー 政 権 の 外 交 政 策 の 変 更 に 由 来 す る も の だ と 考 え た 。 当 時 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は ソ ビ エ ト 連 邦 と は 手 を 切 り 、 西 側 諸 国 に 接 近 し よ う と し て い た 。 こ の よ う な わ け で 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ア ジ ス ・ ア バ バ 合 意 に 対 し て 積 極 的 な 支 持 を 表 明 す る こ と を し な か っ た 。 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は 、 南 部 を 他 の ス ー ダ ン か ら 切 り 離 す よ う な 自 治 を 行 う こ と に よ っ て 、 南 部 問 題 を 解 決 し よ う と し て い た 。 し か し 、 ア ッ ニ ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 南 部 の 自 治 は ス ー ダ ン 全 体 に お け る 一 貫 し た 地 方 自 治 政 策 の 一 部 と し て 考 え る べ き で あ り 、 い か な る 意 味 に お い て も 、 ス ー ダ ン 南 部 を 他 の 部 分 か ら 切 り 離 す べ き で は な い と 主 張 し て い た 。 ②釈放(197273) 1 9 7 2 年 1 1 月 1 8 日 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー は 釈 放 さ れ た 。 釈 放 後 、 彼 は 、 ク エー ト 、 サ ウ ジ ・ ア ラ ビ ア 、 ア メ リ カ な ど を 訪 問 し 、 講 演 を し た 。 ロ ン ド ン で は 、 民 主 統一党(DemocraticunionistParty)の党首であり、与党グループである国民戦線 ( N a t i o n a 1 F r o n t ) の 代 表 を つ と めて い た シ ャ リ ーフ ・ フ サイ ン ・ アル = ヒ ン デ ィー〔Shariifl{usaynE11Hindii}と会った。アッ=トゥラービーは、アル=ヒンー 1 0 ) ア ル = ハ ー デ ィ ー ・ ア ル = マ フ デ ィ ー は 、 サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー の 叔 父 で 、 ア バ ー 島 か ら エ チ オ ピ ア ヘ 逃 げ る 際 に 殺 害 さ れ た 。 1 9 6 1 年 1 0 月 か ら 1 9 7 0 年 3 月 ま で 、 ア ル = ハ ー デ ィ ー と サ ー デ ィ ク は 、 ウ ン マ 党 と ア ン サ ー ル の 指 導 者 の 地 位 を 争 っ て い た 。 そ の 結 果 、 ハ ー デ ィ ー 支 持 者 と サ ー デ ィ ク 支 持 者 の 2 つ の グ ル ー プ が 存 在 し て い た 。 166
イ ス ラ ー ム 国 家 へ の 道 ( 2 ) デ ィ ー に 対 し 、 ス ー ダ ン ヘ 戻 っ て 国 内 の 反 政 府 勢 力 を 率 い て く れ る よ う に 依 頼 し た が 断 ら れ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー を 含 む 有 力 者 た ち が 、 外 国 の 安 全 な 場 所 に い る こ と を 好 み 、 ス ー ダ ン ヘ 戻 り た が ら な い 現 状 を 残 念 に 思 っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ス ー ダ ン で 事 が 起 れ ば 、 危 険 の 有 無 に か か わ ら ず 、 直 ち に 帰 国 し よ う と 思 っ た 。 こ の よ う な 理 由 で 、 以 後 長 い 間 、 彼 は ス ー ダ ン 国 内 に と ど ま っ た の で あ る 。 ③2回目(197374) 1 9 7 3 年 8 月 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が 外 国 か ら 帰 国 す る や い な や 、 3 0 日 に は 再 び 留 置 さ れ て し ま っ た 。 留 置 さ れ た 翌 3 1 日 か ら 9 月 に か け て 、 シ ャ ア バ ー ン 〔 S h a E b a a n 〕 1 1 ) 蜂 起 が 起 こ っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー は 、 留 置 場 の 外 に い る イ スー ラ ー ム 主 義 運 動 の メ ン バ ー だ ち と 連 絡 を と り 続 け 、 シ ャ ア バ ー ン 蜂 起 を 実 質 的 に コ ン ト ロ ー ル し て い た 。 サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー は 、 一 部 の 軍 を 蜂 起 に 加 わ ら せ る 予 定 で あ り 、 一 部 の 将 校 と 連 絡 を と っ た よ う だ が 、 成 果 は 何 一 つ 上 げ ら れ な か っ た 。 ①釈放(197475) ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 1 9 7 4 年 3 月 1 0 日 に 釈 放 さ れ た 。 彼 は 、 警 察 関 係 者 が 尾 行 し て い る の を 知 っ て い た の で 、 彼 ら を ま き 、 毎 日 多 く の 人 々 に 会 っ た 。 彼 は 、 計 画 、 規 則 、 予 算 な ど を 考 え て さ ま ざ ま な 組 織 を 設 立 し た 。 彼 は ま た 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 改 革 と 拡 大 の た め 、 大 変 精 力 的 に 取 り 組 ん だ 。 ⑤3回目(197577) 1 9 7 5 年 6 月 1 5 日 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 再 び 留 置 さ れ た 。 当 時 、 留 置 場 の 中 と 外 と の 連 絡 は 、 比 較 的 順 調 に い っ て い た 。 そ の こ ろ 、 国 民 戦 線 を 結 成 し た 野 党 に よ っ て 計 画 さ れ た 武 力 闘 争 の 計 画 が 進 行 し て い た 。 民 主 統 一 党 の シ ャ リ ー フ ・ フ サ イ ン ・ ア ル = ヒ ン デ ィ ー が こ の 計 画 作 成 の 中 心 人 物 だ っ た 。 イ ス ラ ー ム主義運動からは、ウスマーン・ハーリッド〔suthmaanKhaalid〕、イブラーヒー ム ・ ア ル = サ ヌ ー ス 〔 山 r a a h i i m a ト S 1 1 n u u s 〕 、 マ フ デ ィ ー ・ イ ブ ラ ー ヒ ー ム 〔 M a h d i i l b r a a h i i m 〕 、 ア フ マ ッ ド ・ ア ブ ド ・ ア ッ = ラ フ マ ーン 〔 A h m a d s A b d a ト R a h m a a n 〕 等 が 参 加 し 、 ハ ー リ ッ ド が リ ー ダ ー だ っ た 。 ア フ マ ッ ド ・ ア ブー ド ・ ア ッ = ラ フ マ ー ン は 、 ロ ン ド ン で 活 動 し 、 他 の 3 人 は リ ビ ア で 軍 事 訓 練 に 参 加 し て い た 。 1 9 7 6 年 7 月 2 日 、 国 民 戦 線 は 武 力 闘 争 を 起 こ し た が 、 失 敗 し た 。 も ち ろ ん 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 留 置 場 の 中 で は あ っ た が 、 計 画 の 進 状 況 は 把 握 し て お り 、 戦 略 面 に お い て 助 言 も し て い た 。 退 役 将 校 で あ っ た ム ハ ン マ ド ・ メ ー ル ・ 1 1 ) シ ャ ア バ ー ン と は 、 イ ス ラ ー ム 暦 の 第 8 番 目 の 月 の こ と 。 167
サ ア ド 〔 M u h a m m a d N u u r S a E d 〕 が リ ビ ア か ら 武 装 勢 力 を 引 き 連 れて 来 る 予 定 だー っ た が 、 彼 は 、 自 ら の 手 で 権 力 を 握 る 野 心 を 抱 い て お り 、 サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー は こ の こ と を 見 抜 け な か っ た 。 彼 ら 武 装 勢 力 は ス ー ダ ン を 目 指 し て リ ビ ア を 出 発 し た こ と は し た が 、 ラ ジ オ 放 送 を 通 し て 、 ス ー ダ ン で の 計 画 が 予 想 外 の 展 開 を 示 し 、 状 況 が 国 民 戦 線 側 に 不 利 で あ る こ と を 知 る や い な や リ ビ ア に 引 き 返 し て し ま っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 計 画 の 失 敗 後 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 は 独 自 で 行 動 す べ き で あ り 、 今 後 、 他 の 勢 力 に は 依 存 す べ き で な い と 反 省 し た 。 他 の 勢 力 に 対 す る 深 い 落 胆 に 由 来 す る 決 断 で あ っ た 。 イ ス ラ ー ム 運 動 の メ ン バ ー た ち は 、 留 置 場 の 内 側 と 外 側 の 間 の 連 絡 を う ま く と っ て お り 、 7 月 2 日 の 国 民 戦 線 に よ る 武 力 闘 争 に 深 く 関 わ っ て い た 。 し か し な が ら ヌ マ イ リ ー は 、 こ の 件 に 関 し 、 実 際 の 行 動 に 参 加 し た メ ン バ ー と 留 置 場 内 の 主 だ っ た リ ー ダ ー だ ち と の 関 係 を 証 明 す る 明 確 な 証 拠 を 見 つ け る こ と が で き な か っ た 。 そ の た め 、 ヌ マ イ リ ー は 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 率 い る イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の こ の 件 に 関 す る 責 任 を 過 小 評 価 し て し ま っ た 。 武 力 闘 争 の 直 後 、 ヌ マ イ リ ー は こ れ 以 上 の 混 乱 を 防 ぐ た め 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 妻 や サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー の 妻 な ど を 留 置 し た 。 彼 女 た ち は 、 ヌ マ イ リ ー 政 権 の メ ン バ ー た ち に よ っ て 、 潜 在 的 に 危 険 な 存 在 で あ る と み な さ れ て い た 。 当 時 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 妻 ( サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー の 妹 ) は 、 復 讐 心 を い だ い て お り 、 ア ン サ ー ル や イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 支 持 者 た ち を 扇 動 す る 可 能 性 が あ っ た か ら で あ る 。 政 府 は サ ー デ ィ ク を 追 放 し だ 。 リ ビ ア 政 府 関 係 者 は サ ー デ ィ ク に 対 し 、 国 民 戦 線 の リ ー ダ ー と し て 、 失 敗 し た 武 力 闘 争 の 責 任 を と る よ う に 進 言 し た が 、 サ ー デ ィ ク は そ れ を 嫌 っ た 。 彼 は 、 オ ッ ク ス フ ォ ー ド 大 学 の 大 学 院 生 と し て と ど ま る こ と を 選 ん だ 。 サ ー デ ィ ク は 後 に 、 政 府 と 反 政 府 勢 力 間 の 和 解 を 進 め よ う と し た が 、 そ れ は 国 民 戦 線 の リ ー ダ ー と し て 処 罰 さ れ る の を 恐 れ た か ら で あ る 。 彼 は 、 国 民 戦 線 の リ ー ダ ー と し て で は な く 、 彼 自 身 の 安 全 と ア ン サ ー ル の 安 全 のために行動したのだ。国民和解困ationa1Recon(;iliation)に向けた動きが公に さ れ る と 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 政 府 に 対 し 、 留 置 中 の メ ン バ ー の 釈 放 無 し に は 和 解 を 受 け 入 れ る こ と は で き な い し 、 ヌ マ イ リ ー と 話 し 合 う こ と も し な い と 告 げ た 。 ⑥釈放(1977) 1 9 7 7 年 7 月 1 7 日 、 よ う や く ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 釈 放 さ れ た 。 ヌ マ イ リ ー 大 統領が、スーダン社会主義連合(Stl(1anese5;()cialistunion)に加わるようアッ= ト ゥ ラ ー ビ ー に 要 請 し た 際 、 彼 は 大 統 領 に 対 し 「 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 自 由 な 活 動 が 保 障 さ れ る こ と 」 と い う 条 件 を 提 示 し 、 そ の 条 件 付 き で 大 統 領 の 要 請 を 承 諾 し た イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 、 運 動 拡 大 の た め 、 ヌ マ イ リ ー 政 権 と の 和 168
イスラーム国家への道(2) 解 を 利 用 す る こ と に 決 め た 。 「 自 由 」 は イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 発 展 に と っ て 、 非 常 に 重 要 な 条 件 で あ ぅ た 。 ⑦ 留 置 場 内 の イ ス ラ ー ム 主 義 者 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 留 置 場 内 の 環 境 に お お む ね 満 足 し て い た 。 拷 問 は な く 、 エ ア コ ン や テ レ ビ が あ っ た 。 家 族 と の 面 会 や 家 庭 料 理 の 差 し 入 れ な ど も 許 さ れ て い た の で 、 自 由 が 制 限 さ れ て い た と い う 点 を 除 け ば 、 実 際 の と こ ろ 、 比 較 的 快 適 な 生 活 だ っ た 彼 は 、 好 き な 本 を 読 む こ と が で き た し 、 健 康 状 態 も 良 く 、 体 重 も 増 え た 。 彼 は 、 自 分 の 置 か れ た 状 況 に つ い て 心 配 す る ど こ ろ か 、 留 置 場 生 活 を 楽 し ん だ 1 呪 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 留 置 場 外 部 の 運 動 メ ン バ ー と 秘 密 裏 に 連 絡 を 取 り 合 っ て い た が 、 見 つ か る こ と は な か っ た 。 留 置 さ れ て い た 間 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー と 彼 の 仲 間 た ち は 、 時 間 を 無 駄 に は し な か っ た 。 彼 ら は 、 経 済 、 芸 術 、 社 会 組 織 、 国 際 関 係 等 、 さ ま ざ ま な テ ー マ に つ い て 研 究 し 、 議 論 し た 。 彼 ら は 、 後 に 政 権 を 掌 握 し た と 剖 こ 備 え 、 綿 密 な 計 画 と プ ロ グ ラ ム を 準 備 し て い た の だ 。 こ の よ う な 準 備 が あ っ た お か げ で 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 は そ の 後 、 急 激 な 拡 大 を と げ る こ と に な る 。 留 置 場 内 で の 経 験 は 大 変 有 意 義 で あ り 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 に と っ て も 意 義 深 い も の と な っ た 1 2 ) ヌ マ イ リ ー 大 統 領 の も と で 大 臣 職 を 務 め た あ る 人 物 に よ る と 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 が ス ー ダ ン 社 会 主 義 連 合 に 参 加 す る な ら ば 、 こ の 運 動 を 組 織 体 と し て 存 続 さ せ る べ き で は な い と い う 複 数 の 忠 告 に 耳 を 貸 さ な か っ た と い う 。 元 大 臣 と の イ ン タ ビ ュ ー 、 1 9 9 4 年 7 月 1 8 日 、 イ ギ リ ス の ダ ラ ム に て 。 13)この文に関する出典は、Lowrie。ArthurL.(ed.)、/j/α、77j)、g/7、gmcy、自乱7防α、❹r加W四ja 恥£4❹7iz治w晶Z)d7匹7/177四面(肌ly扨、汐92)㈲orida:World&lslamStudiesEnterprise、 1993)、p.94. 1 4 ) ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 妻 も 、 彼 女 自 身 の 留 置 場 体 験 に つ い て 、 冗 談 を ま じ え て 次 の よ う に 語 っ て い る 。 「 留 置 場 の 外 の 生 活 は 忙 し す ぎ て 、 自 分 の こ と を す る 時 間 が な か っ た け れ ど 、 留 置 場 の 中 で は 自 分 の 時 間 を 持 つ こ と が で き て 、 け っ こ う 居 心 地 が 良 か っ た 。 だ か ら 、 も う 一 度 入 っ て み た い 。 」 ア ッ こ こ ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 妻 と の イ ン タ ビ ュ ー 、 1 9 9 4 年 5 月 2 5 日 、 ハ ル ト ゥ ー ム の ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 宅 に て 。 1 5 ) ハ サ ン ・ マ ッ キ ー は 、 留 置 場 内 の 様 子 に つ い て 次 の よ う に 語 っ て い る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 毎 朝 3 時 に は 起 床 し て 礼 拝 を し 、 5 時 に は 他 の メ ン バ ー に も 声 を か け て ま た 礼 拝 を し た 。 彼 は そ の 後 、 ク ル ア ー ン の 暗 唱 を 始 め た 。 あ る 日 、 留 置 場 内 の 政 治 犯 の 何 人 か 、 特 に 共 産 主 義 者 た ち が 、 留 置 場 内 の 待 遇 改 善 を 要 求 し て ス ト ラ イ キ を 呼 び か け た が 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 「 我 々 は ホ テ ル に い る わ け で は な い 」 と 言 っ て そ の 呼 び か け を 拒 否 し た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 留 置 場 生 活 に 対 す る 不 満 を 表 明 し た こ と は な か っ た 。 ハ サ ン ・ マ ッ キ ー 氏 と の イ ン タ ビ ュ ー 、 1 9 9 4 年 5 月 2 1 日 、 ハ ル ト ゥ ー ム の ハ サ ン ・ マ ッ キ ー 宅 に て 。 ヤ ー シ ーン ・ ウ マル ・ アル = イ マ ーム 〔 Y a a s i i n s u m E l r a ド l m a a m 〕 も 、 次 の よ う に 語 っ て い る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 留 置 場 で も 威 厳 を 保 っ て い た 。 彼 は 、 短 期 間 の 外 出 が 許 さ れ る と 、 正 面 の 門 を 通 っ て 外 出 し 、 そ れ 以 外 の 小 さ な 門 を 通 る こ と を 拒 否 し た 。 ま た 、 留 置 場 へ 戻 る 際 は 、 警 察 官 の 手 荷 物 検 査 さ え 拒 否 し た 。 ア ル = イ マ ー ム 氏 と の イ ン タ ビ ュ ー 、 1 9 9 5 年 2 月 6 日 、 ハ ル ト ゥ ー ム に て 。 ア ル = イ マ ー ム は 、 1 9 5 0 年 に 初 期 の イ ス ラ ー ム 運 動 に 加 わ っ た 。 ハ サ ン ・ マ ッ キ ー と 同 様 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 率 い る イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 を 支 持 し た 。 169
(4)イスラーム主義運動の拡大(197785) ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 当 初 、 政 権 に 参 加 す る 意 思 は な か っ た 。 し か し な が ら 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 が 政 権 参 加 を 要 請 し 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 評 議 会 ( マ ジ ュ リス・アッ=シューラー〔M三lisaトStltluraa〕)もそれをすすめたので、彼はヌマー イ リ ー 大 統 領 の 招 待 を 受 け 入 れ る こ と に し た 1 6 ) 。 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 が ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー に 対 し 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 自 由 な 活 動 を 保 障 し た の で 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 戦 略 と し て ヌ マ イ リ ー 大 統 領 に 協 力 す る こ と を 決 め た の で あ る 。 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー に 関 し て 常 に 懐 疑 的 で は あ っ た が 、 彼 は 彼 自 身 の 目 標 の み に 集 中 し て い た 。 彼 は イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 拡 大 の た め 、 国 家 シ ス テ ム を 利 用 し 、 か つ て 準 備 し て お い た 計 画 と プ ロ グ ラ ム を 実 行 す る こ と を 考 え て い た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ス ー ダ ン 社 会 主 義 連 合 に 対 し 、 こ れ は 「 実 質 的 な イ ス ラ ー ム 運 動 で あ っ て 社 会 主 義 運 動 で は な い 」 と い う 立 場 を と っ て い た 。 彼 は ヌ マ イ リ ー 大 統 領 を 公 に 批 判 し た 。 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は 、 政 府 内 に お け る ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 強 い 影 響 力 を 恐 れ 、 警 戒 し て い た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 正 式 な ポ ス ト は 法 務 大 臣 ( 1 9 7 9 8 3 ) で あ っ た が 、 通 常 は 外 務 大 臣 の 仕 事 で あ る 分 野 の 多 く に も 手 を 出 し て い た 。 社 会 の イ ス ラ ー ム 化 か 進 む に つ れ 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 影 響 力 は 増 大 し た 。 一 方 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は 、 国 内 の 発 展 に お け る 自 分 の 役 割 に 対 し 、 世 間 の 注 目 を 集 め た い と 思 っ て い た 。 1 9 8 3 年 5 月 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー か ら 法 務 大 臣 の ポ ス ト を 取 り 上 げ 、 他 の 役 人 た ち に 対 し 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー と 接 触 す る こ と を 禁 じ た 。 し か し な が ら 、 こ れ ら の 多 く の 役 人 は ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の か っ て の 教 え 子 た ち で あ っ た た め 、 大 統 領 の 命 令 は 守 ら れ な か っ た 。 政 府 内 部 に は 、 多 く の 教 え 子 た ち が い た の だ 。 当 時 、 イ ス ラ ー ム 銀 行 や イ ス ラ ー ム 保 険 会 社 な ど 、 さ ま ざ ま な イ ス ラ ー ム 系 組 織 が 設 立 さ れ つ つ あ っ た 。 サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー は 、 こ の 分 野 に お い て 何 の 影 響 力 も 持 っ て い な か っ た 。 イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 、 軍 の 内 部 に も 彼 ら の 影 響 を 拡 大 し て い っ た 。 国 民 和 解 以 来 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 軍 と 対 立 し て は い な か っ た 。 彼 ら は 、 政 府 を 通 し て 、 特 に 教 育 的 枠 組 み を 通 し て 軍 に 接 近 し て い っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 を 説 得 し 、 軍 事 教 育 の プ ロ グ ラ ム に 宗 教 プ ロ グ ラ ム を 導 入 す る こ と を 認 め さ せ 、 軍 の イ ス ラ ー ム 化 に 着 手 し た 。 1 9 8 3 年 に 、 政 府 軍 と ジ 1 6 ) ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 の 政 権 参 加 要 請 の 理 由 に つ い て 、 次 の よ う に 語 っ て い る 。 「 ヌ マ イ リ ー は 、 私 が 外 部 で 彼 に 敵 対 す る こ と を 防 ぐ た め に 内 部 に お い て お き た か っ た の だ。JnE(2714ご7❹如7、17Aplri11985. 170
イ スラ ーム 国 家 へ の 道 ( 2 ) ョン・ガラン(JohnGarang)の率いるスーダン人民解放軍(SudanPeople sLib erati()nArl・ny:SPLA)との間に第二次内戦が勃発するとヘイスラーム主義者 た ち は 公 に 軍 を 支 援 し 、 ス ー ダ ン 人 民 解 放 軍 に 敵 対 し た 。 ス ー ダ ン を 訪 問 中 で あ っ た ア メ リ カ 副 大 統 領 の ジ ョ ー ジ ・ ブ ッ シ ュ が ス ー ダ ン を 発 っ た 直 後 、 1 9 8 5 年 3 月 6 日 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は ヌ マ イ リ ー 大 統 領 と 会 合 を 持 っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は ヌ マ イ リ ー 大 統 領 に 対 し 、 考 え が 異 な る 場 合 は 大 統 領 に は っ き り 言 う と い う こ と や 、 大 統 領 が 信 頼 し て く れ る 限 り 裏 切 る こ と は し な い と い う こ と を 告 げ た 。 そ し て 、 も し ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー を 逮 捕 す る な ら 、 政 権 は 崩 壊 す る だ ろ う と も 忠 告 し た 。 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は 、 わ か っ た と 言 っ た 。 3 月 8 日 、 金 曜 日 の 集 団 礼 拝 の 際 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は ヌ マ イ リ ー 大 統 領 に モ ス ク で 出 会 っ た 。 そ の 時 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 は 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー に 対 し 、 握 手 だ け で な く 、 し っ か り と 抱 擁 し た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 ヌ マ イ リ ー 大 統 領 が 彼 を 逮 捕 す る つ も り で あ る こ と を 悟 っ た 。 翌 3 月 9 日 の 早 朝 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 逮 捕 さ れ 、 他 の イ ス ラ ー ム 主 義 者 だ ち と 共 に 西 ス ー ダ ン ヘ 連 行 さ れ た 1 8 ) 。 彼 は 他 の メ ンバー か ら 隔 離 さ れ 、 アル = ウ バ ッ イ ド 〔 A ト U b a y y 坦 〕 の 留 置 場 に 収 監 さ れ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が ア ル = ウ バ ッ イ ド の 留 置 場 に い た と き 、 脱 走 計 画 が あ っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー の 支 持 者 た ち が リ ビ ア の 最 高 権 力 者 で あ る ム ア ッ マ ル・アル=カッザーフィー〔MusammaralQE1・:lhdhaafii〕大佐に支援を頼んだと こ ろ 、 考 え て お く と 言 っ た と い う 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 彼 の 支 持 者 と イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 力 を 信 じ て い た の で 、 将 来 に つ い て 恐 れ る こ と は な か っ た 。 2 。 国 民 議 会 選 挙 と ク ー デ タ ー ( 1 9 8 5 1 9 8 9 ) ( 1 ) 国 民 イ ス ラ ー ム 戦 線 の 設 立 と 国 民 議 会 選 挙 1 9 8 5 年 当 時 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 「 ス ー ダ ン 社 会 の イ ス ラ ー ム 化 」 を 目 指 し て い た 。 ど ち ら か と 言 え ば 、 「 イ ス ラ ー ム 国 家 」 の 建 設 と い う 表 現 よ り は 、 「 イ ス ラ ー ム 社 会 」 の 建 設 と い う 表 現 の 方 が 気 に 入 っ て い た 1 9 ) 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 を ス ー ダ ン 全 体 に 拡 大 す る た め の 新 組 織 を 考 え て いた。 1 7 ) 注 4 ) を 参 照 。 1 8 ) 当 時 、 彼 は チ ュ ニ ジ ア の 大 統 領 か ら 招 待 さ れ 、 講 演 を 行 う こ と に な っ て い た 。 彼 は 、 3 月 9 日 に チ ュ ニ ジ ア ヘ 向 け 、 ス ー ダ ン を た つ 予 定 だ っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 妻 と の イ ン タ ビ ュ ー 、 1 9 9 4 年 5 月 2 5 日 、 ハ ル ト ゥ ー ム に て 。 1 9 ) 本 資 料 の タ イ ト ル を 「 イ ス ラ ー ム 国 家 へ の 道 」 と し て い る の は 、 イ ス ラ ー ム 国 家 ( l s l a m i c S t a t e ) 建 設 と い う 表 現 の 方 が 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 の 主 張 と し て は 一 般 的 で あ る か ら で あ る 。 171
当 時 、 ウ ン マ 党 は 、 主 に 西 ス ー ダ ン と 北 ス ー ダ ン に 支 持 者 を 擁 し て い た が 、 他 の 政 党 は 、 東 ス ー ダ ン と 北 ス ー ダ ン が 主 な 支 持 基 盤 で あ っ た 。 ま た 、 南 部 出 身 者 の 支 持 基 盤 は 、 主 に ス ー ダ ン 南 部 と い う よ う に 、 夫 々 の 支 持 基 盤 は 地 域 的 に 偏 り が あ っ た 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 が 単 な る 地 域 的 な 運 動 で 終 わ る こ と を 嫌 い 、 ス ー ダ ン 全 土 に 展 開 さ せ よ う と 考 え た 。 こ の た め 、 新組織の名称に「国民の(nlltiona1)」という語2o)をつけることを提案した。この 提 案 は イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち の 間 で 議 論 さ れ た 。 ス ー ダ ン 人 の イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 、 す べ て の ス ー ダ ン 人 を 代 表 す る よ う な 名 称 を 求 め て い た の で 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー の 提 案 は 承 認 さ れ 、 ( 国 民 イ スラ ーム 戦 線 収 a t i o n 2 t l l s l a m i c Front:NIF)」という名称が決まった。 1 9 6 4 年 か ら 1 9 8 5 年 の 間 、 「 ム ス リ ム 同 胞 団 」 と い う 名 称 は 、 決 して 表 面 に 出 る こ と は な く 、 「 イ ス ラ ー ム 憲 章 戦 線 」 と い う 名 称 の み が 使 わ れ て い た 。 1 9 8 5 年 の ヌ マ イ リ ー 政 権 崩 壊 後 は 特 に 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち の 間 で は 、 「 ム ス リ ム 同 胞 団 」 と い う 名 称 は も ち ろ ん の こ と 「 イ ス ラ ー ム 憲 章 戦 線 」 と い う 名 称 で さ え 、 あ ま り 使 わ れ る こ と は な か っ た 評 国 民 イ ス ラ ー ム 戦 線 」 が 正 式 に 設 立 さ れ る ま での数週間は、「イスラーム潮流」(lslamictrend)〔lttijaah玉1aamii〕という名 称 が 使 わ れ て い た 評 ム ス リ ム 同 胞 団 」 と い う 名 称 が 正 式 に 排 除 さ れ た わ け で は な か っ た が 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は そ の 名 称 を 二 度 と 使 う こ と は な か っ た 。 1 9 6 6 年 に ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー が イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 本 体 の 書 記 長 を 辞 任 し た 時 、 ス ー ダ ン 人 に よ る [ ム ス リ ム 同 胞 団 ] は 終 わ っ て い る 。 そ れ は 、 も は や 単 に 歴 史 の 中 の み の 存 在 と 化 し 、 完 全 に 消 滅 し た の だ 。 ヌ マ イ リ ー 政 権 崩 壊 後 、 1 9 8 6 年 に 実 施 さ れ た 国 民 議 会 選 挙 に お い て 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 落 選 し て し ま っ た 2 1 ) 。 彼 は 、 ヌ マ イ リ ー 政 権 時 代 に お け る イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 成 功 に 対 す る 妬 み と 反 発 が そ の 敗 因 で あ る と 分 析 し て い る 。 彼 が 立 候 補 し た 選 挙 区 で は 、 他 の す べ て の 政 党 が 反 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー で 団 結 したために勝てなかったのだ22)。 ( 2 ) 権 力 闘 争 と ク ー デ タ ー 1 9 8 9 年 の 2 月 ご ろ 、 軍 の 高 官 た ち は 政 府 に 対 し 、 食 料 や 弾 薬 の み な ら ず 、 敵 に 関 す る 情 報 を 増 や す よ う に 要 求 し た 。 サ ー デ ィ ク ・ ア ル こ マ フ デ ィ ー 首 相 ( ウ 20)アラビア語では、カウミーヤ〔qaunliiya〕。 21)1986年4月、複数政党制による国民議会選挙が実施された。総議席数は301であったが、264議 席が改選された。選挙の結果、ウンマ党(UP);び100議席、民主統一党(DUP)が63議席、国民 イスラーム戦線(NIF)が51議席を獲得した。アッ=トゥラービー自身は落選したが、NIFは第3 党 に 躍 進 し た 。 2 2 ) 記 録 に よ る と 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー が 立 候 補 し た 選 挙 区 に は 6 人 の 候 補 者 が い た が 、 民 主 統 一 党 の 候 補 者 が 5 4 % の 得 票 率 で 当 選 し 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー は 4 3 . 9 % の 得 票 率 で 次 点 と な っ た 。 172
イ ス ラ ー ム 国 家 へ の 道 ( 2 ) ン マ 党 / U P ) は 、 高 官 た ち の 要 求 を 満 た す こ と が で き な か っ た た め 、 高 官 た ち は 不 満 を つ の ら せ 、 兵 士 た ち の 士 気 は 低 下 し か 。 当 時 、 軍 の 高 官 た ち の 多 く が 民 主 統 一 党 ( D U P ) 若 し く は そ の 系 統 の 出 身 者 で あ っ た た め 、 D U P に 近 い 高 官 の 何 人 か が 、 ス ー ダ ン 人 民 解 放 軍 ( S P L A ) の 指 導 者 で あ る ジ ョ ン ・ ガ ラ ン ( J o h n G a r a n g ) の 要 求 を 受 け 入 れ る よ う 主 張 し 始 め て い た 。 D U P は 、 S P L A と 和 解 し よ う と し て い た が 、 N I F は S P L A と の 戦 闘 継 続 を 主 張 し て い た の で 、 N I F は D U P に と っ て 邪 魔 な 存 在 で あ っ た 。 D U P は 、 こ の 問 題 に 加 え 、 も う ひ と つ の 問 題 に 直 面 し て い た 。 一 般 的 に 言 っ て 、 D U P の 支 持 者 は 都 市 部 に 住 ん で お り 、 U P の 支 持 者 は 農 村 部 に 住 ん で い た 。 と こ ろ が 、 都 市 部 の D U P 支 持 者 が N I F へ 傾 い た た め 、 D U P は 都 市 部 の 票 を 失 い つ つ あ っ た 。 こ の た め 、 D U P は N I F を 排 除 し よ う と 考 え て い た の で あ る 。 D U P は N I F を 政 権 か ら 排 除 す る た め 、 サ ー デ ィ ク ・ ア ル = マ フ デ ィ ー 首 相 に 対 し て 秘 密 裏 に 圧 力 を か け 始 め た 。 こ の よ う な 背 景 の も と 、 1 9 8 9 年 2 月 、 軍 の 高 官 た ち が 政 府 に 対 し 、 N I F を 政 権 か ら 排 除 す る よ う に せ ま り 、 実 質 的 な 最 後 通 牒 を 突 き つ け る に 至 っ た の で あ る 。 サ ー デ ィ ク に は ど う し た ら よ い の か わ か ら な か っ た が 、 首 相 の 座 に 留 ま り た い と い う こ と だ け は は っ き り し て い た 。 そ の 結 果 、 サ ー デ ィ ク は N I F を 政 権 か ら 排 除 す る こ と を 決 め た の で あ る 。 1 9 8 9 年 3 月 、 N I F が 政 権 か ら 排 除 さ れ る と 、 政 府 は 共 産 主 義 者 だ ち と 手 を 組 む こ と を 考 え 始 め た 。 当 時 、 西 側 諸 国 か ら も 首 相 に 対 し 、 N I F を 排 除 す る よ う に 圧 力 が あ っ た 。 1 9 8 9 年 ま で に は 、 イ ス ラ ー ム 法 の 導 入 が 凍 結 さ れ て い た が 、 1 9 8 9 年 の 4 月 に は 、 イ ス ラ ー ム 法 そ の も の を 廃 止 す る 動 き ま で 現 れ た 。 N I F は 路 上 で 数 多 く の デ モ を 組 織 し 、 こ の 動 き に 対 し て 抵 抗 し た 。 新 し い 政 府 に 共 産 主 義 者 を 加 え る と い う 政 府 の 計 画 は 、 反 政 府 勢 力 に と っ て 、 格 好 の 標 的 と な っ た 。 N I F の 影 響 を 受 け た 諸 新 聞 は 、 大 衆 の 動 員 に 大 き な 成 果 を も た ら し た 。 1985年から1989年の間、lヽヽJIFは公然としかも積極的に軍を支援してきた。NIF は 軍 の た め に 募 金 活 動 も し た 。 南 部 で 戦 っ て い る 兵 士 た ち の 慰 問 も 実 施 し た 。 ウスマーン・ハーリッド〔EUthmaanKhaalid〕がNIFのこのような活動を担当しー た 。 当 時 、 イ ス ラ ー ム は 軍 の 内 部 に お い て も 「 流 行 」 と な っ て い た の で 、 D U P に 近 か っ た 軍 高 官 を 除 き 、 軍 の 中 核 を な す 将 校 の 大 多 数 は N I F に 親 近 感 を 抱 い て い た 。 ス ー ダ ン の 歴 史 を 通 し 、 政 府 や 軍 の エ リ ー ト た ち に は 、 特 別 な 流 行 が 存 在 し た 。 最 初 は 「 民 族 主 義 」 。 次 が 「 社 会 主 義 」 で 、 最 後 が 「 イ ス ラ ー ム 主 義 」 で あ る 。 今 や 軍 の 中 心 的 将 校 た ち は イ ス ラ ー ム 主 義 の 影 響 を 受 け て い る 。 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー は 、 た と え ク ー デ タ ー が 起 っ て も 、 そ れ は N I F に と っ て 真 の 危 機 に は な り え な い と 確 信 し て い た 。 1 9 8 9 年 当 時 、 指 揮 者 の 具 体 名 ま で は 知 ら な か っ た が 、 イ ス ラ ー ム 主 義 者 に 好 意 的 な ク ー デ タ ー が 起 り つ つ あ る こ と は 知 っ 173
ていた。 3.イスラーム国家建設(19891995)23) ク ー デ タ ー の 後 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビー は イ ス ラ ー ム 国 家 建 設 の た め 、 今 ま で 温 め て き た すべ て の 計 画 を 実 現 さ せ る こ と に 取 り 掛 か っ た 。 田 ビ ジ ョ ン イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 発 展 パ タ ーン を 分 析 す る と 、 そ れ は 基 本 的 に 、 2 種 類 の 発 展 パ タ ーン の 継 続 的 な 繰 り 返 し で あ る こ と が わ か る 。 す な わ ち 、 水 平 的 発 展 と 垂 直 的 発 展 で あ る 。 水 平 的 発 展 と は 量 的 発 展 で あ り 、 垂 直 的 発 展 と は 質 的 発 展 で あ る 。 こ の 分 析 を イ スラ ーム 主 義 運 動 に あ て は め れ ば 、 1 9 8 9 年 ま で が 水 平 的 発 展 で あ る 。 こ れ を ス テ ー ジ 1 と 呼 べ ば 、 小 さ な イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 が 成 長 拡 大 し て イ ス ラ ー ム 国 家 の 建 設 に 成 功 す る ま で の 段 階 を 意 味 す る 。 ス ー ダ ン は 最 初 の 水 平 的 発 展 を 成 し 遂 げ た の で あ る 。 発展 ス ー ダ ン 国 内 ス テ ー ジ 1 ス テ ー ジ 2 ス テ ー ジ 3 ス テ ー ジ 4 水 平 的 発 展 垂 直 的 発 展 水 平 的 発 展 垂 直 的 発 展 ∼ 1 9 8 9 年 現 在 近 い 将 来 未 来 … f 政 党 … … 一 一 一 一 一 一 → 国 家 … 一 一 一 一 一 一 → 国 境 を 越 え た イ ス ラ ー ム 共 同 体 一 一 → 図 1 イ ス ラ ー ム 主 義 運 動 の 発 展 1 9 8 9 年 以 降 の 時 期 が ス テ ー ジ 2 で あ り 、 垂 直 的 発 展 の 段 階 で あ る 。 こ の 段 階 は 、 スー ダ ン 国 内 で 運 動 を 充 実 さ せ る 時 期 で あ り 、 質 的 発 展 を 目 指 す 時 期 で あ る 。 ス テ ー ジ 3 は 、 近 い 将 来 の こ と で あ る が 、 ス ー ダ ン 国 境 を 越 え 、 世 界 へ 拡 大 し て い く 段 階 と な る 。 ス テ ー ジ 3 の 準 備 は す で に 始 ま っ て お り 、 ス ー ダ ン の 外 交 政 策 の 中 に そ れ を 見 い だ す こ と が で き る 。 ス テ ー ジ 2 に お い て は 、 イ ス ラ ー ム の 価 値 観 に 基 づ い た 社 会 の 質 的 向 上 が 重 要 で あ る 。 具 体 的 に は 、 生 産 物 、 人 間 関 係 、 政 治 、 経 済 、 宗 教 生 活 等 の 質 的 向 上 も 含 ま れ る 。 こ の よ う な 社 会 で は 、 人 々 は 自 分 と 自 分 の 家 族 の こ と だ け で な 2 3 ) イ ス ラ ー ム 主 義 者 た ち は 、 一 般 的 に 、 1 9 8 9 年 6 月 の ク ー デ タ ー を も っ て 、 ス ー ダ ン に ス ラ ー ム 国 家 が 誕 生 し た と 考 え て い る 。 な お 、 こ の セ ク シ ョ ン 以 前 は 、 筆 者 が ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 に 実 施 し た イ ン タ ビ ュ ー の み に 基 づ い て 書 か れ て い る 。 し か し な が ら 、 こ の セ ク シ ョ ン 以 降 は 、 イ ン タ ビ ュ ー に 加 え 、 出 版 物 に 引 用 さ れ た ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 発 言 も 使 用 し て い る 。 こ の 場 合 、 ア ッ = ト ゥ ラ ー ビ ー 氏 の 発 言 は 、 注 に よ っ て そ の 出 典 を 明 ら か に し た 。 174