予算管理実務における 2 つの潮流
小 菅 正 伸
蠢 はじめに
蠡 伝統的予算管理の問題点
蠱 伝統的予算管理の批判的享受−予算管理改善の試み−
蠶 伝統的予算管理の「破壊と再構成」−台頭する予算管理無用論−
蠹 むすび
蠢 はじめに
予算管理(budgeting ; budgetary planning and control)は,わが国企業の管理会計実務 において,総合的な利益管理のための手段として幅広く活用されている[山田他,2003 年]。予算管理は,会計的な見積貨幣資本利益計算という構造的特徴をもった,計数に よる総合的な経営管理の手段であり,計画設定,調整,統制という機能を果たすことが 一般的に期待されてい
1
る。
ところが,近年,このようなものとしての予算管理実務に対して,異なる
2
つの考え 方が提起されてきた。1つは米国の実務家を中心として展開されてきた見解であり,予 算管理プロセスの改善を目指した努力であるところにその特徴がある。もう1
つの動き は欧州の実務家を中心に展開されてきた,いわば予算管理無用論とも言える論調の台頭 である。両者はもともと伝統的な予算管理実務のもつ諸々の欠点を克服しようとする試みであ る点では共通しているが,前者が予算管理の計画設定面での問題に焦点を合わせ,予算 管理プロセスの改善を提唱するのに対して,後者は予算管理の業績評価上の問題に焦点 を合わせ,予算の放棄を提唱する。このように,両者は全く対立した方向性を提唱して いる。
そこで本稿では,かかる現状を研究上の問題として直視し,「同一の実務上の問題を 解決するために,なぜ全く異なる方向性が提唱されているのか」という問題について論 究する。
そのために,以下では,主にハンセン(Stephen C. Hansen),オットレイ(David T. Ot-
ley)
,ステッド(Wim A. Van der Stede)の所説[Hansen, Otley, and Stede, 2003]を咀 嚼することにより,伝統的な予算管理の実務上の問題点を明確にし,米・欧双方の考え────────────
1 予算管理の多機能性とそれらの間のコンフリクト等については小菅[平成9年]を参照されたい。
106(106)
方を概観する。これら一連の考察を通して,今後の予算管理研究に対して期待される方 向性を模索したい。
蠡 伝統的予算管理の問題点
1.CAM-I
による問題提起CAM-I(The Consortium for Advanced Manufacturing-International)は,欧州の実務家
を中心に予算管理に関するスタディ・グループを立ち上げ,予算管理の基本的目的を明 確化するとともに,伝統的予算管理の問題点を検討した[Newing, 1994 a, 1994 b]。彼らの見解によれば,予算管理システムの基本目的は以下の通りである。
漓 戦略指向性(戦略的凝集性):事業戦略から,それと首尾一貫した活動と資源に 関する計画を確実に導き出す。
滷 資源配分の合理性:資源の消費とプロセスの目標ならびにプロセスのアウトプッ トとを合理的に結びつける。
澆 継続的改善:継続的改善を支援する。
潺 整合的行動:同意された事業目的に対して整合的な行動を形成し,維持する。
潸 価値の付加:計画設定と予算管理を通して,投入された経営管理者の時間に見合 う価値を付加する。
そして,これらの基本目的に照らして,彼らは伝統的予算管理に関する実務上の問題 点を以下の第
1
表のようにまとめている[Newing, 1994 a, p. 49 ; Newing, 1994 b, p. 29 ;第1表 伝統的予算管理の諸問題−その1−
目 的 実務上の強調点 問 題
戦 略 指 向 性
(戦略的凝集性)
史的外挿法(前年度実績に加算)
独断的な削減
戦略との結びつきのなさ 誤ったサービスの削減
資源配分の合理性
職能別の組織 年次のプロセス コスト要因に焦点
過小評価された投資のベネフィット
交渉のスキルに依存 不適切なサイクル時間
間接費の結果としての不可視のアウトプット 隠されている余剰資源
継 続 的 改 善 増分的な改善 固定費と変動費
内部だけでの実施 削減されない固定費 整 合 的 行 動 圧倒的なトップダウン(命令と統制)
財務的な尺度(財務面の強調)
コミットメントの欠如 業務上の意思決定の歪曲 価 値 の 付 加 事実に関する事後的な報告
官僚制的で,時間消費的
予防ではなく差異に注目 機会の消耗
予算管理実務における2つの潮流(小菅) (107)107
Bunce, Fraser, and Woodcock, 1995, p. 256]
。2.Hansen, Otley, and Stede
による問題提起また,CAM-Iとは別の観点から,ハンセン達も伝統的な予算管理の弱点(逆機能的 な行動や予算ゲーム等を生み出す諸要因)について,種々の原因を次のようにまとめて いる[Hansen, Otley, and Stede, 2003, pp. 96−97]。第
2
表はそれらを要約したものであ る。上記のような指摘を受けるまでもなく,伝統的予算管理が企業の管理実務においてそ の実践的な要求に対して十分に役立っていないことは古くから多くの論者によって指摘 されてきた。筆者は,かつてこれらの問題を予算管理の逆機能的側面(逆機能,すなわ ち,期待されている本来の機能が有効に発揮できず,機能障害の状態に陥っているこ と)としてとらえ,かかる問題は「企業予算のもつ手段それ自体の特徴によって発現す るものである」と指摘した[小菅,平成
9
年,pp. 20−24]。そこでの議論は,暗黙のう ちに,「予算管理の潜在的な逆機能的側面が表面化せず,望ましい機能が効果的に発揮 されるように予算管理システムを設計し,運用するべきである」という主張が,その根 底におかれていた。そして,そのことを支援するためにも予算管理に関する行動的研 究,すなわち「予算管理,人間行動,組織の有効性の三者を考察する研究」が不可欠で あることを主張した[小菅,平成9
年,p. 31]。ハンセン達が指定する伝統的予算管理 の諸問題も,行動的予算管理研究の観点から整理すれば,第2
表の(1)として掲げら れている問題点は「予算管理システムそれ自体の問題」として,そして(2)は「組織 上の問題」,(3)は管理する者と管理される者の「人間行動の問題」として,それぞれ 理解することができる。第2表 伝統的予算管理の諸問題−その2−
(1)時の経過に伴う計画の前提条件の変化によって生じる問題点 漓 予算を総合編成するためには多大の時間が必要である。
滷 予算編成に要した時間の割には,予算は価値を提供しない。
澆 予算は年次で編成されるため,頻繁にアップデートされることはない。
潺 予算は裏付けの乏しい仮定と推測作業にもとづいている。
(2)縦型の組織構造と中央集権的な調整との高い適合性の故に生じる問題点 漓 予算は応答性を制限し,しばしば変化に対する障害となっている。
滷 予算は稀にしか戦略的に焦点を合わされておらず,しばしば自家撞着の状態にある。
澆 予算は価値創造ではなく,コスト削減に焦点を合わせている。
潺 予算は垂直的な命令と統制(vertical command-and-control)を強化する。
潸 予算は予算ゲームを促進し,組織上の正道を踏み外した行動を誘発する。
(3)組織と人的側面に関連した問題点
漓 予算は,当該組織がそれに対して適応しているネットワーク構造の出現を反映していない。
滷 予算は知識の共有化を促進するよりは,むしろ部門の壁を強化する。
澆 予算は,人々に対して彼らが軽んじられているように感じさせる。
同志社商学 第56巻 第1号(2004年5月)
108(108)
3.2
つの潮流−「批判的享受」と「破壊と再構成」−筆者の考えでは,これらの実務上の問題点を解消するために,予算管理に関する研究 は 大 別 し て 次 の
3
つ の 方 向 で 展 開 さ れ て き た と 言 え る。第1
は,ゼ ロ ベ ー ス 予 算(zero-base budgeting, ZBB)や活動基準予算管理(activity-based budgeting, ABB)に代表 される,予算管理プロセスを改善しようとする努力であ
2
る。第
2
は,行動的予算管理研 究において典型的に見られるように,「予算管理の本来の機能をより良く発揮させるた めの工夫」である。参加的予算管理(participative budgeting)の提唱やインセンティブ と動機づけの重視等はその代表であろう。そして,第3
は予算管理それ自体を放棄する という見解である。予算管理は経営管理の一手段でしかないから,他の方法によって予 算管理システムを代替すれば良い,という主張である。後で検討するCAM-I, Europe
のBeyond Budgeting Round Table(以下,BBRT)の見解がその代表であ
3
る。
20
世紀に幅広く展開された予算管理に関する理論と実務について,継承すべきもの とそうでないものを明らかにし,新たな方向性を模索しようとする場合,上記3
つの方 向性は最終的には2
つの潮流に収斂する。すなわち,「批判的享受」と「破壊と再構成」である。
第
1
の方向での研究と第2
の方向での研究はともに伝統的な予算を批判しながらも,予算管理それ自体を全面的に否定するものではなく,むしろその枠組みを維持しつつ,
より良いものへと改良しようとする研究努力である。このような意味で,これら両者の 研究方向は「批判的享受」というスタンスを採っている。これに対して第
3
の方向性は 全く異なる。「予算管理は無用である」という論調の台頭であり,「批判的享受」という 形での継承ではなく,「破壊と再構成」という形での新たなる方向性の模索であると言 える。そこで,以下では予算管理実務におけるこれら
2
つの潮流に関して順次論じる。蠱 伝統的予算管理の批判的享受−予算管理改善の試み−
1.ABB
アプローチの提唱近年の予算管理改善の中心は,米国の
CAM-I
のActivity-Based Budgeting Group
によ るABB
の提唱であろう。もちろん,CAM-Iだけでなく,たとえばキャプラン(RobertS. Kaplan)とノートン(David P. Norton)も,伝統的予算管理の限界として,漓実行不
可能なビジョンと戦略,滷部門のチームおよび個人の目標とリンクしない戦略,澆長期 および短期の資源配分にリンクしない戦略,潺戦略ではなく戦術へのフィードバック,────────────
2 ABBの提唱者からの伝統的予算管理批判の概要については小菅[1999 a]を参照されたい。
3 BBRTの見解の詳細については小菅による一連の論文を参照されたい[小菅,2002 b, 2003, 2004]。 予算管理実務における2つの潮流(小菅) (109)109
戦略予算
顧客予算
製品予算
活動予算
慣行的 な予算
戦略プログラム1 戦略プログラム2
顧客1 顧客2 顧客3 顧客4
製品1 製品2 製品3 製品4 製品5 製品6
活動1 活動4 活動7
活動2 活動5 活動8
活動3 活動6 活動9
部門1 部門2 部門3
をあげ,これらの限界を克服するために
ABB
の有用性を主張してい4
る。ここで
ABB
とは,作業負荷と資源に対する必要量の見積りを支援するために,活動基準原価計算(activity-based costing, ABC)を用いたコストに関する予算管理手法である。ABBは,
作業間の相互関連性と活動の背後にある作用因を理解するための(換言すれば,作業負 荷と資源の必要量の予測を支援するための)活動基準の計画設定(activity-based plan-
ning, ABP)と予算管理の要具であり[Marcino, 2000, pp. 29−31]
,企業の戦略を具体的 な活動へと具現化させるための有効な手段であ5
る。このような意味において,ABBは まさに「批判的享受」の代表である。
ABB
を 検 討 す る 際 に 注 目 す べ き 見 解 が あ る。そ れ は,シ ュ ミ ッ ト(Jeffrey A.Schmidt)によって提示された多元的予算管理(multidimensional budgeting, MDB)とい
う考え方である[Schmidt, 1992]。これを図示したものが,次の第1
図である[Schmidt,1992, p. 106]
。第
1
図からも明らかなように,シュミットが提唱するMDB
は部門を中心とした慣行 的な予算編成ではなく,4つの段階からなる多元的な予算編成方式である。第1
段階は 活動予算(activity budget),第2
段階は製品予算(product budget),第3
段階は顧客予 算(customer budget),そして第4
段階は戦略予算(strategic budget)である。すなわ────────────
4 キャプランとノートンによる伝統的予算管理批判の概要に関しては,小菅[1999 a]を参照されたい。
5 ABBの詳細に関しては,小菅による一連の論文[小菅,1999 a, 1999 b, 2000, 2002 a, 2002 c]を参照さ れたい。
第1図 多元的予算管理の概要 同志社商学 第56巻 第1号(2004年5月)
110(110)
ち,MDBは戦略を顧客,製品,活動へと具体的な形で落とし込み,さらに伝統的な職 能別の部門予算にまで結びつけようとする,予算管理プロセス改善の積極的な試みであ ると理解できる。
このような多元的予算管理が実行可能なのは
IT
の発展によるところが大きい。第3
表に示すように[Singh, 2000, p. 28],多くのツールがかかる提案の実行可能性を高め ている。2.Advanced Budgeting
の提唱ABB
の提唱とは別に,CAM-Iは欧州の実務家を中心にAdvanced Budgeting Study
Group(以下,ABSG)を立ち上げ,伝統的予算管理の問題点を解決する方策として Ad-
vanced Budgeting
(以下,AB)を提唱し,その概念フレームワークを提示している[New-ing, 1994 a, 1999 b]
。ABSGのリーダーはフレーザー(Robin Fraser)である。当該スタ ディ・グループの見解によれば,予算管理システムの基本目的は,すでに前節で論じた ように,戦略指向性,資源配分,継続的改善,整合的行動,価値の付加,の5
つであ る。ABSG
は,企業における予算管理実務に関する実態調査を行い,斬新な結論を提示し てい6
る。彼らの下した結論はわれわれにとって非常に興味深い。なぜなら,彼らは,意 外にも,「伝統的予算管理の実務上の問題を解決する方法は予算管理システムに修正や 改善を加えることではなく,また,ABをスタンド・アローンの形で構築することでも ない。企業の経営管理システムを
Advanced Management System(以下,AMS)へと発
展させることである。」と結論づけたからである。彼らによれば,予算管理の基本的目────────────
6 このスタディ・グループは,当該研究のためにHewlett-Packard at South Queensferry, IBM at Havant, Uni- part DCM(Demand Chain Management),Lloyds Bank Registrarsを訪問調査している。これらの会社で のABの概要に関してはNewing[1994 a],p. 50を参照されたい。また,実態調査にもとづくABSG の研究成果に関してはBunce, Fraser, and Woodcock[1995],pp. 253−265を参照されたい。
第3表 Webベースの統合的計画設定・予算管理ソリューション
ベンダー 商 品 支援データベース
Adaytum Cognos Comshare
Hyperion Longview Solution OutlookSoft QSP Revelwood
e. Planning Cognos Finance MPC 4.0
Financial Management Financial Planning Khalix
Everest
Financial Collaborator SmartSite Planning
Oracle, Microsoft SQL Proprietary database
Hyperion Essbase, IBM DB 2, IBM DB 2/AS/400 IBM DB 2 OLAP Server, Microsoft SQL Microsoft Analysis Services, Oracle Hyperion Essbase, Microsoft SQL, Oracle IBM DB 2,
Informix, Microsoft SQL, Oracle, Sybase Microsoft SQL
Jasmine
Applix TMI, Microsoft SQL 7.0
予算管理実務における2つの潮流(小菅) (111)111
的は
AMS
を実行することによってのみ実現される。AMS へと発展させることによ り,競争優位性を獲得し,その結果として予算管理上の問題の深刻さを軽減することが できる,というのである。彼らの言う
AMS
は,経営管理に対するプロセス基準のアプローチ(process-based ap-proach)であり,それは顧客第一主義で,高度に競争的な市場の需要を満たすよう,価
値連鎖とプロセスの視点を重視する経営管理である。具体的には,BPR(business proc-ess re-engineering)
,ABC,活動基準経営管理(activity-based management, ABM)といっ た各種の技法を活用することによって,総合的に実行されるものである[Newing, 1994a, p. 50]
。そして,彼らは,その主要な構成要素には以下に掲げるものがある,と論じている[Bunce, Fraser, and Woodcock, 1995, pp. 263−264]。
漓 外部に焦点を合わせた,市場から導き出される標的 滷 方向性と改善を引き出すための,戦略の落とし込み
澆 プロセスと活動の階層性とそれらのコストとアウトプットに関する理解にもとづ いた,合理的な資源の管理
潺 継続的な計画設定と改善,そして,ムダの予防 潸 バランスのとれた諸業績尺度
澁 単純化された,弾力的で応答性の高い構造
澀 強いコミュニケーション,チームワークならびに参画
彼らの見解によれば,ABの基本的目的は
AMS
を通してのみ実現可能である,とい う。彼らが提唱するAB
の意義とベネフィットは次の第4
表の通りである[Newing, 1994第4表 Advanced Budgetingの意義とベネフィット
目 的 ベネフィット
戦略指向性 予算をミッション,ビジョン,戦略に結びつける 競合する要求の間で明確に決定する
資源配分の合理性
部門を越えたプロセスを管理する 異なるサイクル時間を調節する
課業のアウトプットと生産性に焦点を合わせる ベネフィットが実現することを確実にする 継続的改善 外部基準の標的に向けて改善を加速させる
ムダを可視化し,それに注目する 共通の目的に向かうよう
行動に影響を付与
コンセンサスの形成と意思決定を改善する バランスのとれた諸業績尺度を利用する 価値の付加 計画設定,改善,予防を強調する
予算管理と経営管理プロセスを統合する 同志社商学 第56巻 第1号(2004年5月)
112(112)
a, p. 49 ; Bunce, Fraser, and Woodcock, 1995, p. 257]
。ABSG
によれば,ABを効果的に実施するためには以下のことが不可欠である,とい う[Bunce, Fraser, and Woodcock, 1995, p. 258]。漓 プロセスと活動の識別とマッピング
滷 活動分析と活動のデータベースへのコスト投入 澆
ABC
潺 ビジネス・プロセスのオーナーシップとマネジメント 潸 改善を加速するために,外部に焦点を合わせた目標の利用 澁 予算と全面的に結びついた戦略目的
澀 自由裁量的なサービス水準の識別と優先順位づけ
潯 管理された改善ポートフォリオ(潜在的なベネフィットをもつ)の予算への取り 込み
潛 プロセス基準の,同意された業績尺度
濳 非価値付加的活動と未利用のキャパシティの表面化 潭 弾力的な予算サイクル
澂 活動とプロセス基準の報告システム 潼 予算と結びついた評価システム
潘 権限委譲し,管理者が関与した予算編成システム
しかしながら,ABSGが提唱する
AB
は,彼ら自身による実態調査結果が明らかに しているように,現実の企業実務において実現されているものではない。その意味で,AB
は今後の予算管理と経営管理のあるべき方向性を示すものであったと言うべきであ ろう。蠶 伝統的予算管理の「破壊と再構成」 −台頭する予算管理無用論−
BBRT
は,ABSG
の跡を継ぐ形で1998
年1
月に設立され,フレーザーとホープ(JeremyHope)を中心に,今日まで精力的に研究活動を展開してい
7
る。BBRTの主張は,「伝統 的な企業予算制度は,産業社会,すなわち工業化時代においては有用な手法であった
────────────
7 BBRT設立の趣旨等に関しては,たとえば,Hope and Fraser[1999],pp. 66−67を参照されたい。ま た,主な研究成果としてはホープとフレーザー等による次のような一連の著作がある[Bunce, Fraser, and Hope, 1995, 2002 ; Hope and Fraser, 2001, 2003]。
予算管理実務における2つの潮流(小菅) (113)113
が,高度情報化社会においてはその有用性は失われている。」というものである。BBRT による伝統的予算管理への批判は次の
3
点である[Atkinson, Kaplan, and Young, 2004,p. 447]
。漓 伝統的な予算管理はトップダウン型の組織化を反映しており,そのようなアプロ ーチは組織環境の変化に対して弾力的かつ適応的である必要性とは首尾一貫しな い。
滷 伝統的な予算管理を用いることの結果として,当該組織は,コントロール手段
(たとえば,目標としての予算を達成すること)に焦点を合わせ,戦略的目的を 達成するようコントロールしない。
澆 資源配分が戦略ではなく,組織内の政治的なパワーによって行われている。
BBRT
は,高度情報化社会においては予算管理に替わる新しい企業経営のメカニズム が必要であり,その新しいメカニズムがBeyond Budgeting(以下,BB)である,と主
張する。BBRTは,漓目標設定,滷戦略,澆成長と改善,潺資源管理,潸調整,澁コス ト・マネジメント,澀予測,潯測定と統制,潛報奨,濳責任・権限の委譲,といった項 目を中心にBB
の諸原理を検討し,よりラディカルな観点から次の2
段階のアプローチ を提唱している。すなわち,第
1
段階は,予算管理が業績評価のために利用されることから生じる問題 を解消するために予算による業績評価を否定し,ベンチマークにもとづくBSC
(balancedscorecard)と VBM(value-based management)の活用を提唱する。競争環境と市場ニー
ズへの迅速な適応を重視した,戦略の効果的な実行を指向する経営管理システムの構築 を主張するのであ8
る。
BBRT
の見解によれば,かかる適応的な経営管理プロセスを実現するためには次の原 理が必要である,という[小菅,2004, p. 72]。漓 相対的な目標の設定
滷 適応的な戦略経営プロセスの構築 澆 予測システムの整備
潺 需要に即応した資源の利用と管理 潸 測定とコントロール
────────────
8 BBを実現するためには,株主価値モデル,ベンチマーキング,BSC, ABM, CRM,全社的な情報シス テム,ローリング予測等の諸技法・諸システムを活用することは言うまでもない。なお,ローリング予 測の重要性に関してはガートン(Annie Gurton)の論文を参照されたい[Gurton, 1999, p. 60]。
同志社商学 第56巻 第1号(2004年5月)
114(114)
澁 動機づけと相対的な報奨制度
第
2
段階は,当該組織をラディカルに分権化し,ロワー・レベルの管理者と従業員に 権限委譲することである。そして,権限委譲のフレームワークを構築するための原理と しては次の6
つが求められる[小菅,2004, pp. 74−75]。漓 経営管理者自身によるセルフ・ガバナンス
滷 エンパワーメント,あるいは権限委譲された管理者 澆 成果に対するアカウンタビリティ
潺 ネットワーク組織 潸 市場に準じた調整 澁 支援的なリーダーシップ
そして,BBRTは,このような
2
段階でのアプローチを前提として,次のような提案 をしている[Atkinson, Kaplan, and Young, 2004, p. 447]。すなわち,漓資源の要求を計 画するためには伝統的な予算管理の仕組みを利用すること,滷予算管理を戦略上の実施 項目に結びつけること,澆業績評価のために予算と実績の差異分析を行うことを止める こと,潺BSCに代表されるような,多元的な業績尺度を用いること,である。BBRT
は,適応的な経営管理プロセスを基礎として,その上に業績達成責任の委譲を 行い,第一線で活動する有能な人材を通して主要なバリュー・ドライバー(低コスト,革新的な戦略,ロイヤリティーのある収益性の高い顧客,倫理性の高いリポーティン グ)に働きかけ,結果として株主価値の創造に貢献するような,そのような概念フレー ムワークを
BB
として提唱しているのである[小菅,2003, p.9
13]
。かかるBBRT
の提 案は,まさにAMS
の提唱と軌を逸にした立場であると言えるよう。蠹 む す び
本稿では,伝統的予算管理に対する批判から発した
2
つの流れ−「批判的享受」と「破壊と再構成」−について論究した。前者の「批判的享受」の立場は,伝統的予算管理 を改善するという立場をとる。かかる見解は米国の実務家を中心に提唱されており,彼
────────────
9 BBRTの 提 案 は あ ま り に も ラ デ ィ カ ル で あ る た め,種 々 の 批 判 が 寄 せ ら れ て い る。穏 健 な 批 判
[O’Brien, 1999, p. 22]もあれば,非営利組織での妥当性を疑問視する立場[Cassell, 1999, pp. 22−23]
や,フィンランドの企業を対象とした質問票による調査結果にもとづいてBBRTによる批判の妥当性 を疑問視するもの[Ekholm and Wallin, 2000, pp. 519−539]がある。これらはいずれも傾聴に値する主 張である。
予算管理実務における2つの潮流(小菅) (115)115
らの主たる関心は予算管理の計画設定機能に集中している。ABBの主眼は,戦略をい かに予算と結びつけ,それを業務計画(operational planning)へと落とし込むか,とい う点にある。
これに対して,後者の「破壊と再構成」の立場は,業績評価機能に焦点を合わせ,予 算にもとづく業績評価の放棄を主張する。BBRTの見解によれば,「伝統的な予算の統 制手段はマネジメント・コントロールの中核として位置づけられることにより,計画設 定機能と業績評価機能を統合する形で運用されてきた」から,「その結果として予算管 理の計画設定機能は弱体化し,逆機能的行動が生み出されている。」というのである。
したがって,BBRTは,伝統的な予算にもとづく業績評価をラディカルに変えるか,あ るいは,当該予算プロセスを完全に排除するか,そのいずれかを選択することを提唱し た,と言える。
では,このような
2
つの潮流に直面して,われわれはいかに対応するべきなのであろ うか。「批判的享受」か「破壊と再構成」か,そのいずれを選択すれば良いのであろう か。一見すると,両者の視聴は全く異なるものであって,両者の接点を見出すことは困 難であるように思われる。しかし,筆者の考えでは,予算管理をマネジメント・コントロールの中核という位置 づけから解放することによって,両者の方向性をともに取り入れることが可能である,
と考えている。つまり,予算管理の計画設定機能と業績評価機能を分離することによっ て,2つの潮流を同時に取り込むことができる。
たとえば,予算管理の計画設定機能を高めるためには
ABB
やローリング予測が有用 である。予測重視の予算管理の提唱である。ここにおいて「批判的享受」という立場か らの,予算管理プロセスの改善が求められる。また,予算管理の業績評価機能に関していえば,BBではベンチマークによる事後的 な指標による業績評価が行われることになる。筆者の見解では,このような
BBRT
の 考え方は,かつてデムスキー(Joel S. Demski)が提唱したex post
予算と同様である[Demski, 1967]。すなわち,伝統的な予算管理では,事前目標として設定された
ex ante
予算と実績とを対比することによる差異分析と,それにもとづく業績評価が行われる が,BBはこれを否定し,事後的なベンチマークにより設定されたex post
予算と実績 を比較し,それにもとづいて業績を評価する。しかも,ex post予算はBSC
の財務の視 点における業績指標の1
つでしかないのである。ハンセン達も主張しているように,BBRT
は組織の財務的な計画設定のために予算を作成することを否定していないから,この点において
ABB
との接点を見出すことができる[Hansen, Otley, and Stede, 2003,pp. 102−103]
。今後,管理会計は戦略指向性をますます高める必要があり,そのためには予算管理を
同志社商学 第56巻 第1号(2004年5月)
116(116)
中心とする伝統的なマネジメント・コントロールではなく,BBRTが主張する戦略的な マネジメントへと,その枠組み自体を変換しなければならない。かかる視点に立つと き,ABBと
BBRT
の見解をともに取り入れることの必要性・重要性は自明であろう。われわれ研究者は,現実の企業実務において提起されてきた問題を真摯に受け止め,そ の問題を解決するための理論的な枠組みやツールを開拓する必要がある。ABBや
BB
はそのための格好の問題領域であろう。予算管理実務における
2
つの潮流に関しての考察を通して,われわれは以下のことを 再確認させられたように思われる。すなわち,BSC, VBM, ABC/ABM/ABB等の手法を 整合的に利用した活動基準責任会計(activity-based responsibility accounting)と戦略基 準責任会計(strategic-based responsibility accounting)の構築,そしてさらにそれらを中 核としたより一層の発展形態としての戦略管理会計(strategic management accounting)の構築というように,新しい時代の新しい管理会計の体系化が今こそ求められている,
と[小菅,2000, 2001]。
[付記]
本稿は平成15年度〜平成16年度科学研究費補助金基盤研究C(2)(課題番号15530310)による研究成果 の一部である。
参考文献
[1]Atkinson, A. A., R. S. Kaplan, and S. M. Young,Management Accounting, fourth edition(Upper Saddle River, New Jersey : Pearson Education, Inc., 2004).
[2]Bunce, P., R. Fraser, and L. Woodcock,Advanced Budgeting : A Journey to Advanced Management Sys- tems, Management Accounting Research, Vol. 6, No. 3(September 1995),pp. 201−222.
[3]Bunce, P., R. Fraser, and J. Hope,Beyond Budgeting White Paper(Hampshire, UK : Beyond Budgeting Round Table, CAM-I, Inc., Europe, June 2002).
[4]Cassell, M., Budgeting and More. . . , Management Accounting, Vol. 77. No. 8(September 1999), pp. 22−23.]
[5]Demski, J. S., An Accounting System Structured on a Linear Programming Model,The Accounting Re- view, Vol. 42, No. 4(October 1967),pp. 701−712.
[6]Ekholm, B. G. and J. Wallin, Is the Annual Budget Really Dead, The European Accounting Review, Vol. 9, No. 4(2000),pp. 519−539.
[7]Gurton, A., Bye Bye Budget. . . , Accountancy, Vol. 123, No. 1267(March 1999),p. 60.
[8]Hansen, S. C., D. T. Otley, and W. A. V. der Stede, Practice Developments in Budgeting : An Overview and Research Perspective, Journal of Management Accounting Research, Vol. 15(2003),pp. 95−116.
[9]Hope, J. and R. Fraser, Take It Away, Accountancy, Vol. 123, No. 1269(May 1999),pp. 66−67.
[10]Hope, J. and R. Fraser,Beyond Budgeting : Questions and Answers(Dorset, UK : CAM-I, Inc., Europe, October 2001).
[11]Hope, J. and R. Fraser,Beyond Budgeting : How Managers Can Break Free From the Annual Perform- ance Trap(Boston, Massachusetts : Harvard Busiuness School Press, 2003).
[12]Marcino, G., Obliterate Traditional Budgeting, Financial Executive(November/December 2000),pp.
予算管理実務における2つの潮流(小菅) (117)117
29−31.
[13]Newing, R., Out With the Old, In With the New, Accountancy, Vol. 114, No. 1211(July 1994 a), pp. 49−50.
[14]Newing, R., Advanced Budgeting Requires an Advanced Management System, Management Account- ing, Vol. 72, No. 11(December 1994 b),pp. 28−29.
[15]O’Brien, R., Living With Budgeting, Management Accounting, Vol. 77, No. 8(September 1999),p.
22.
[16]Pfläging, N., Beyond Budgeting, Better Budgeting : Ohne feste Budgets zielorientiert führen und erfol- greich steuern(Niederlassung Planegg/München : Rudolf Haufe GmbH & Co. KG, 2003).
[17]Schmidt, J. A., Is It Time to Replace Traditional Budgeting? Journal of Accountancy(October 1992),pp. 103−107.
[18]Singh, L. K., New Software Takes Planning to the Web, Financial Executive(November/December 2000),pp. 22−28.
[19]小菅正伸著『行動的予算管理論(増補第2版)』(中央経済社,平成9年)。
[20]小菅正伸稿「戦略管理会計の課題−活動基準予算管理を中心として−」『産業経理』第59巻第2号
(1999 a年7月),54−61ページ。
[21]小菅正伸稿「活動基準予算管理の新展開」『会計』第156巻第5号(1999 b年11月),46−59ペー ジ。
[22]小菅正伸稿「活動基準責任会計の展開−活動基準予算管理を中心として−」『商学論究』(関西学院 大学)第48巻第2号(2000年12月),13−34ページ。
[23]小菅正伸稿「活動基準原価計算の可能性−新しい管理会計の体系をめぐって−」『原価計算研究』
(日本原価計算研究学会)第25巻第1号(2001年3月),1−9ページ。
[24]小菅正伸稿「活動基準予算管理の課題」『商学論究』(関西学院大学)第49巻第3号(2002 a年3 月),19−42ページ。
[25]小菅正伸稿「台頭する予算管理無用論」『JICPAジャーナル』(日本公認会計士協会)第14巻第9 号(2002 b年9月),10−15ページ。
[26]小菅正伸稿「活動基準予算管理と資源消費会計」『商学論究』(関西学院大学)第50巻第1・2号
(2002 c年12月),145−170ページ。
[27]小菅正伸稿「予算管理無用論とBBモデル」『商学論究』(関西学院大学)第51巻第1号(2003年 6月),1−24ページ。
[28]小菅正伸稿「疑問視される予算管理の有用性」『會計』第165巻第1号(2004年1月),65−80ペー ジ。
[29]長屋信義・建部宏明・吉村 聡・山浦裕幸・小田康治稿「わが国企業予算制度の実態(平成14年 度)・4:予算実績再分析の実際と予算制度の問題点」『産業経理』第63巻第4号(2004年1月), 116−128ページ。
[30]闢 章浩・井上博文・広原雄二・成松恭平稿「わが国企業予算制度の実態(平成14年度)・3:予 算編成に関する分析」『産業経理』第63巻第3号(2003年10月),118−134ページ。
[31]山田庫平・三木僚祐・枡田弥久・鈴木研一稿「わが国企業予算制度の実態(平成14年度)・1:ア ンケート調査の集計結果とその鳥瞰的分析」『産業経理』第63巻第1号(2003年4月),125−151 ページ。
[32]山田庫平・鈴木研一・山下裕企・大槻晴海・三木僚祐稿「わが国企業予算制度の実態(平成14年 度)・2:企業予算制度の基礎的事項に関する分析−予算編成目的,経営計画,予算委員会,予算期 間等−」『産業経理』第63巻第2号(2003年7月),120−135ページ。
同志社商学 第56巻 第1号(2004年5月)
118(118)