異種モノマーの少量共重合による水和状態の制御と 生体不活性の発現
小口, 亮平
https://doi.org/10.15017/2534428
出版情報:九州大学, 2019, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
1
異種モノマーの少量共重合による水和状態の制御と 生体不活性の発現
小口 亮平
2
第 1 章 序論
1-1 背景 p 7
1-2 代表的な生体不活性材料 p 8
1-2-1 ホモポリマーおよび単独組成物
1-2-1-1 親水性材料(PEG、PHEMA)
1-2-1-2 細胞膜類似材料(PMPC)
1-2-1-3 自己組織化単分子膜(SAM)
1-2-2 コポリマー p 10
1-2-2-1 PMPC コポリマー、PVA コポリマー
1-2-2-2 親疎水性ブロックポリマー
1-3 代表的なポリマーの物性と生体不活性との相関 p 12
1-3-1 表面微細構造
1-3-2 ガラス転移温度(T
g)
1-3-3 臨界表面張力
1-3-4 表面電荷
1-4 水和状態と生体不活性との相関 p 15 1-5 本研究における水和状態の定義と先行研究 p 15
1-5-1 ポリマーと相互作用する水
1-5-1-1 バルクの水の構造評価(DSC)
1-5-1-2 バルクの水の運動性評価(固体 NMR)
1-5-1-3 水-ポリマー界面近傍の水の振動状態評価(ATR-IR)
1-5-2 水と相互作用するポリマー
1-5-2-1 バルクのポリマーの構造評価(陽電子消滅)
1-5-2-2 バルクのポリマーの運動性評価(DSC)
1-5-2-3 水-ポリマー界面近傍のポリマーの配向
および凝集状態評価(SFG、XPS、AFM)
1-6 本研究の目的 p 20
1-6-1 コポリマーの分類と物理化学的特性
1-6-2 異種モノマーが少量共重合された HEMA の生体不活性
1-6-3 異種モノマーの種類と特徴
1-6-3-1 窒素原子の特徴と水との相互作用
3
1-6-3-2 フッ素原子の特徴と水との相互作用
1-6-4 生体不活性発現のための分子設計戦略と仮説
1-7 参考文献 p 25
第 2 章 実験方法
2-1 物理化学的特性の評価方法 p 31
2-1-1 化学構造
2-1-2 分子量
2-1-3 ガラス転移温度(T
g)
2-2 DSC 測定方法 p 32
2-3 固体 NMR 測定方法 p 33 2-4 コーティングサンプル作製方法 p 33 2-5 水および水中の気泡の静的接触角測定方法 p 34
2-6 AFM 測定方法 p 34
2-7 XPS 測定方法 p 34
2-8 ゼータ電位測定方法 p 35
2-9 タンパク質吸着量および変性度評価方法 p 36
2-10 血小板粘着数評価方法 p 36
2-11 用いた試薬・溶媒 p 37
2-12 参考文献 p 38
第 3 章 アミンまたはフッ素含有モノマーが少量共重合された HEMA コポリマーの水和状態解析と生体不活性に与える影響
3-1 緒言 p 40
3-2 合成方法と物性評価 p 41
3-2-1 N-series および F-series の合成 3-2-2 N-series および F-series の物性評価
3-3 生体不活性評価 ~タンパク質吸着量および変性度評価~ p 45
3-4 バルクの水和状態の評価と解析 p 48
4
3-4-1 ポリマーと相互作用する水の構造(DSC)
3-4-2 水と相互作用するポリマーの運動性(DSC)
3-4-3 ポリマーと相互作用する水の運動性(固体 NMR)
3-5 バルクの水和状態と生体不活性の相関に関する考察 p 74 3-6 水-ポリマー界面近傍の水和状態の評価と解析 p 77
3-6-1 XPS 測定
3-6-2 ゼータ電位測定
3-6-3 水中での気泡の静的接触角測定
3-7 水-ポリマー界面近傍の水和状態の考察 p 82 3-8 生体不活性を示す新たな分子設計 p 83
~合成・物性評価と水和状態解析および生体不活性評価~
3-9 結論 p 93
3-10 参考文献 p 95
第 4 章 少量フッ素モノマーが共重合された PMEA
4-1 緒言 p 98
4-2 合成と物性評価 p 99
4-2-1 F-PEMA の合成
4-2-1-1 開始剤の合成
4-2-1-2 ポリマーの合成
4-2-2 F-PEMA の物性評価
4-3 タンパク質吸着量、変性度および血小板粘着数評価 p 110 4-4 バルクの水和状態の評価と解析 p 112 4-5 バルクの水和状態と生体不活性評価の相関に関する考察 p 113 4-6 水-ポリマー界面近傍の水和状態の評価と解析 p 113
4-6-1 水および水中での気泡の静的接触角測定
4-6-2 AFM 測定 4-6-3 XPS 測定
4-7 水和状態の考察 p 119
4-7-1 バルクの水和状態
4-7-2 水-ポリマー界面近傍の水和状態
5
4-7-3 総括
4-8 参考文献 p 121
第 5 章 フッ素ポリマーとしての特徴
5-1 材料設計指針と今度の可能性 p 123
5-1-1 導入するフッ素の構造
5-1-2 導入するフッ素の位置
5-2 医療機器への応用の可能性 p 124
5-3 参考文献 p 127
第 6 章 飽和含水量の推定手法の提案
6-1 水素結合状態の定量化 p 129
6-1-1 背景
6-1-2 シミュレーション方法
6-1-3 飽和含水状態のおける水和状態の定義
6-1-4 飽和含水状態の推算結果
6-2 水和状態の定量化 p 134
6-2-1 ケミカルシフト
6-2-2 ガラス転移温度
6-3 参考文献 p 142
第 7 章 総括 p 144
研究業績 p 147
謝辞 p 149
6
第 1 章
序論
7
1-1 背景
世界的に高齢化が進み、健康で生活するための技術革新が重要な政策として挙げられ、医 療が担う役割は大きい。我が国の医療機器市場規模1は2004年以降増加に転じ、2兆円を超 える規模で推移し、2017年には3兆円を突破している。その中でもカテーテル、人工関節、
心臓ペースメーカーに代表される治療機器に関しては輸入品が占める割合が高い。2017年 時点で、医療機器全体としては約 1 兆円の貿易赤字となっており、輸入超過の貿易不均衡 が生じている。今後も断続的な高齢化に伴う医療費の増加も予想されている。こうした背景 から、病気の予防、診断、治療技術を支える医療機器に求められる期待はますます大きくな っており、医療現場では安価で安全性の高い医療用の材料開発が強く求められている。Fig.
1-1 に医療機器に関する 2000 年以降の特許数2と論文数3の推移を以下に示す。2018 年は 2000年と比べると、特許件数は約60倍、論文数は約 8倍と産業界のみならず学術的にも 注目度は高いことがうかがえる。
近年iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究成果により、再生医療に関する関心は大いに高 まっている。再生医療は、患者自身や他社の細胞・組織を培養加工したものを用いて、機能 低下した組織や臓器を修復・再生する医療である。組織や臓器を細胞から人工的に再構築し 移植を行う細胞工学(ティッシュエンジニアリング)が世界的に注目されている。細胞工学 にはスキャホールド(足場)法と細胞シート法が提案されている。スキャホールド法は3次 元的な足場を作り、これに細胞を播種して培養した後に患者へ移植する手法である。足場材 料としてはポリ乳酸やポリグルコール酸などが用いられる。一方、細胞シート法は Okano ら4のグループで開発した温度応答性ポリマーが塗られた培養皿上で積層化した細胞シート を構造と機能を保持した状態で剥離し、患者へ移植を行う手法である。温度応答性ポリマー
Fig. 1-1 Trends in the number of patents and articles on medical devices.
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
Number
Year Patent(Japan) Paper
8 と し て は 、 Fig. 1-2 に 示 す Poly(N- isopropylacrylamide) (PIPAAm)が用 いられ ている。可逆的な温度応答性を有しており相 転移温度が 32 ℃である。PIPAAm 表面は 32 ℃以上の体温では疎水性、20 ℃では親水 性を示すため、37 ℃の培養時では細胞が接着
可能な疎水表面を維持することができ、培養後に温度を 20~25 ℃の室温付近に下げるこ とでトリプシン等の酵素処理を行うことなく細胞を回収することができる。コンフルエン トまで培養した細胞は細胞外マトリクス(ECM)を保持したまま細胞シートとして回収す ることが出来る。国としても日本発の技術として実用化を促すべく2013年に「再生医療推 進法案」を成立させるなど再生医療には多くの期待が寄せられている。Joddarら5は生体と 接触する材料をbio-active(生体活性)とbio-inert(生体不活性)との切り口でまとめおり、
これらは培養皿上で細胞を接着・伸展させているため、bio-active材料に分類される。
一方、正常細胞を注射し組織再生を促す方法では、有効性のある臨床報告が限られている のが現状であり、現行の医療の質の向上に対する期待は依然として強い。医療の質を上げる ためには医療機器の性能の向上は必要不可欠である。
医療機器を構成する医療用材料の材質としては、金属、セラミックス、ポリマーに大別さ れる。その中でもポリマーは設計・加工の自由度が高く、分子設計による特性の制御や機能 の付加が容易である。用途に関しては体内埋め込み型デバイスなどへの適応において、生体 機能性と生体適合性を両立させる高い技術ハードルの克服が求められている。これら2つ の性質のうち生体機能性とは、例えば心臓、肺、肝臓などの器官や、上皮、血液、筋などの 組織の本来の機能を生体環境も下で発現できる性質を表す。これに対して、生体適合性は
『生体の器官や組織となじみが良い』という程度の内容であって、相反する性質が内包され ている場合がある。
本報告では、人工材料が生体内で使用される際、普遍的に求められる特性の 1 つである 異物として認識されない特性、すなわち bio-inert(生体不活性)なポリマー材料に焦点を 当てた。生体不活性な特性を発現するためには、生体内に存在するタンパク質が吸着せず細 胞を活性化させない特性が求められる。
1-2 代表的な生体不活性材料
これまでに数多くの生体不活性なポリマー材料に関して研究が行われてきた。代表的な 材料に関して1-2-1 にてホモポリマーおよび単独組成物として、1-2-2 にコポリマー としての先行研究例を記載する。
Fig. 1-2 Chemical structure of PIPAAm
9
1-2-1 ホモポリマーおよび単独組成物
1-2-1-1 親水性材料(PEG、PHEMA)
Fig. 1-3 に 示 す Polyethylene glycol (PEG) およびPoly(methoxy polyethylene glycol methacrylate)は、生理活性温度領域 で水に可溶な水溶性ポリマーである。下限 臨界溶液温度(LCST)と上限臨界溶液温度
(UCST)はそれぞれ-5 ℃と100 ℃で、そ の化学構造は非イオン性でありながら水溶
性を示す一方、ベンゼン、トルエン、クロロホルム、エタノールなどの有機溶媒に可溶であ る性質を示す。一般的にPEGのような非イオン性の水溶性ポリマーを材料表面に修飾する と、表面の親水性は向上し表面電荷もゼロに近づくため、静電的相互作用に起因するタンパ ク質分子の接近や吸着を防ぐ効果がある。PEGは単結合のため回転運動が容易であるため、
水中で柔軟な構造を有する。このことからPEG鎖の排除体積効果のためにタンパク質吸着 を防いでいると説明されている6。
Hanら7はポリウレタンをポリエチレンオキシドでグラフト処理することで、フィブリノ ーゲンとアルブミンの吸着が抑制されると報告している。さらに、その吸着抑制効果はグラ フトの密度や長さに依存するとも報告され8,9 、PEGは分子量5000でタンパク質吸着が極 小値を示す。PEG は分子量が大きくなるほどタンパク質吸着抑制効果も高くなる一方、高 分子量のPEGは高い運動性を持つため、絡み合いを嫌うPEG鎖同士が反発により、PEG の固定化密度が低くなり吸着抑制効果が低下すると考えられている。Nagasaki ら10は分子 量2000と5000のPEG混ぜた混合PEG界面がより高い吸着抑制効果が発現すると報告し ている。
Fig. 1-4にPoly (2-hydroxyethyl methacrylate) (PHEMA) の 構造を示す。PHEMAは側鎖に水酸基を有するために、38 wt%~
40 wt%と高い含水率を示しソフトコンタクトレンズへと応用さ れてきた11。ソフトコンタクトレンズはゲル中の水を介して角膜 に酸素を供給する。ゲル中に存在する孔の存在に依存して物質 の透過性が増すために、含水率を高めることで、外部からの物質
の透過性を高めることができる。Martinsら12はポリウレタンフィルムにHEMAをグラフ トさせることで、表面親水化が親水化されるとともに、ヒト血清アルブミンの吸着が抑制さ れることを報告している。
Fig. 1-3 Chemical structures of PEG (left) and Poly(methoxy polyethylene glycol methacrylate) (right).
Fig. 1- 4 Chemical structure of PHEMA
10
1-2-1-2 細胞膜類似材料(PMPC)
1978年にNakabayashiら13によって、設計された 2-Methacryloyloxyethyl phosphoryl choline (MPC)は側鎖に細胞膜同様のリン脂質極性基を有 するメタクリル酸エステルである(Fig. 1-5)。1990 年にIshiharaら14によって大量合成方法が確立さ れ、医療分野で抗血栓性に代表される生体不活性
な特性を有する材料として、広範囲な人工心臓(EVAHEART)15、人工関節(Aquala)16、 人工心肺(キャピオックスRX)17などの医療デバイスに展開されている。
1-2-1-3 自己組織化単分子膜(SAM)
Whitesidesら18,19は、疎水性ユニット、エチレングリコールユニット、アミン/アンモニ
ウム塩、アミド、アミノ酸、クラウンエーテル、糖鎖などを導入した自己組織化単分子膜
(SAM)膜を作製し、フィブリノーゲンおよびリゾチームのタンパク質吸着量を表面プラ ズモン共鳴から定量化し、タンパク質吸着を抑制する表面のメカニズムについて報告して いる。各SAM膜上の前進接触角(表面自由エネルギー)や、疎水性の指標となるオクタノ ール/水分配比率(ClogP)を測定し、それらの物性に対する各タンパク質の吸着量の関係を プロットした。その結果、表面自由エネルギーとタンパク質吸着の間には相関性が得られず、
ClogPとタンパク質吸着の間には、ClogP > 0 の疎水性領域ではタンパク質が吸着し、< 0 の親水性領域ではタンパク質吸着が抑制されるものと抑制されないものが存在すること確 認している。これらの結果から、材料表面の表面自由エネルギーや親水性が、タンパク質吸 着抑制のための鍵となる因子ではないと結論している。
得られた結果を基にWhitesidesらは、タンパク質吸着を抑制するために必要な構成とし て、(1)親水性、(2)水素結合受容体、(3)電気的に中性の3点を提案している。
1-2-2 コポリマー
1-2-1では生体不活性な特性を示す代表的なホモポリマーの例を記載した。しかし、こ れらの材料は親水性が高い材料であるため、水中で十分な耐久性を示さず基材とグラフト 処理などをさせて使用されている。ホモポリマーから得られる膜の耐水性及び耐久性を向 上させるため、様々なコポリマーも検討されている。
1-2-2-1 PMPCコポリマー、PVAコポリマー
1-2-1-2に示すMPCホモポリマーは水溶性を示すため用途が限定的である。そのため 様々なコポリマーが検討されてきた。例えば、MPCにブチルメタクリレート(BMA)を30
mol%共重合することで耐水性を向上させたP(MPC-r-BMA)14、2-メタクリロイルオキシエ
Fig. 1-5 Chemical structure of MPC homopolymer.
11
チルオキシカルボニル-4-フェニルアジド (MPAz)と共重合させることでPSやPEなどとの 密着性を発現させたP(MPC-r-MPAz)20や3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン共 重合させることで、石英への密着性を付与させたP(MPC-r-Si)21などが報告されている。そ れぞれのMPCコポリマーの化学構造をFig. 1-6に示す。
またPoly vinyl alchol(PVA)も親水性を示 し、代表的な生体不活性材料の1つである。
PVAに対して4フッ化エチレン(4F)をランダ ムで共重合されたFig. 1-7に示す材料もPVA の耐薬品性を補うことを目的に開発された
22。重合は4Fと酢酸ビニルとを共重合させ加 水分解することでポリマーを得ている。また
共重合される4Fの量が多くなるにしたがって生体不活性な特性が低下するトレードオフの 関係性も認められた。
1-2-2-2 親疎水性ブロックポリマー
異種のポリマーAとポリマーBから成るブロックコポリマーでは,A-B間の共有結合の ために巨視的な相分離は不可能であり、数 nmから数10 nmの分子鎖レベルの微視的な相 分離のみが可能である。これはミクロ相分離と呼ばれ、共重合組成や温度などの条件によっ て球状,ラメラ状,シリンダー状などの特徴的な周期構造を形成する。このミクロ相分離構 造を有する表面は優れた抗血栓性を示すことが報告されている23。
Takakura 24 ら は 分 子 量 1080 の polytetramethylene glycol と 1,1,6,6- Tetrahydroperfluorohexamethylene diisocyanateからなる含フッ素ポリウレタン(Fig. 1- 8)を合成した。DMF溶液からキャスト法により製膜した約300 μmの厚さの膜は、TEM測 定の結果、数10 Åの極めて明確なミクロ相分離構造を有し、優れた機械強度と良好な抗血 栓性を示すことが確認された。さらに、人工心臓に表面処理し、ヤギを用いたin vivo評価 を行ったところ、最長41 日間血栓ができないことを確認している。
Fig. 1-6 Chemical structures of MPC homopolymer and colymers
Fig. 1-7 Synthetic route and chemical structure of PVA copolymer.
12
Fig. 1-8 Chemical structure of fluorine-containing segmented polyurethanes. (FPU)
Okano ら25,26は Fig. 1-9 に示す組成の異なる poly(HEMA-b-styrene-b-HEMA)の ABA のブロッ クコポリマーを用いて血小板の粘着特性を評価し た。その結果HEMAの組成が0.608 mol%の時にミ クロドメインの相分離構造を有し、血小板粘着が極 小化されることを明らかにした。親水性・疎水性の 異種ドメイン間での表面張力差が血小板粘着を抑制 したと考察されている。この現象は後にSenshu27 28
らはポリウレタンシートに poly(HEMA-b-styrene-b-HEMA)をコーティングし、水で浸漬 した表面が HEMA ドメインによって覆われていることを TEM 測定から明らかにしてい る。
1-3 代表的なポリマーの物性と生体不活性との相関
1-2 では、生体不活性なポリマー材料の化学構造に着目して先行研究例を示した。本節 では、生体不活性な特性とポリマーの物性との相関性に関する先行研究例を示す。
1 - 3 - 1 表面微細構造
Whiteside および Ingber ら29はリソグラフィーでマイクロパターンを作製し、その上で
細胞の挙動の観察を行った。細胞の接触面積を一定にしながらも接着間隔を変えることで 細胞の進展度合いを変えることができ、増殖およびアポトーシスを決定づけると報告して いる。Spatzら30は、PEGで表面処理されたSiウエハー上にRGDペプチドで表面処理さ れた金ドッドをジブロックポリマーの自己組織化を用いて一定間隔で並べ、骨芽細胞の接 着に関する評価を行った。間隔が58 nm以下であれば細胞が接着するが、73 nm以上にな るとインテグリンのクラスタリングが抑制されるため細胞接着しないと報告している。
Fig. 1-9 Chemical structure of poly(HEMA-b-styrene-b-HEMA)
13
1-3-2 ガラス転移温度( T
g)
ガラス転移とは、ポリマー鎖のミクロブラウン運動の始まる温度であり、鎖の動きやすさ を反映している。鎖の動きは内部回転によるため、内部回転ポテンシャルが大きくなるほど ガラス転移温度(Tg)が高くなる。Fig.1-10に汎用ポリマーの Tgを示す31。ポリエチレン のTg(-80 ℃)はポリプロピレンのTg(-19 ℃)およびポリスチレンのTg(100 ℃)より もはるかに低い。ポリプロピレンとポリスチレンは側鎖にそれぞれ、メチル基およびフェニ ル基がついているため、内部回転しにくいために回転ポテンシャルの障壁が大きく、Tgが 高くなる。同様にポリスチレンの α 位にメチル基がついているポリ(α-メチルスチレン)
のTgは165℃とさらに高くなる。分子の側鎖に双極子モーメントを有する極性基が存在す
ることで、分子間相互作用が大きくなるので分子鎖の動きが束縛され、Tgが高くなる。ポ リ塩化ビニルはポリエチレンの水素が極性の高い塩素に置換されたポリマーであり、Tgは 83 ℃と高くなっている。ポリビニルアルコールのTg(99 ℃)がポリエチレンに比べて高 い理由は、分子間の水素結合による分子の束縛のためと理解できる。
Tamadaら32はPE、PVA、およびPS上でのL細胞の接着数の評価を行っている。L細
胞の接着数はTgがほとんど同じPSで最大で、PVAで最小であることより、乾燥状態のTg
と生体不活性の相関は少ないと判断できる。
Satoら33はエチレングリコール鎖長に注目した8種類のPMEA類似体を合成し、乾燥状 態および水和状態のTgと血小板粘着数の相関を検討している。特に水和状態のTgが低い場 合血小板粘着数が少ないという一定の相関を報告しているが、Poly(n-butyl acrylate)
(PBuA)のように水和状態のTgが-48.2 ℃と低くても血小板粘着数が高いポリマーも存在し、
ポリマーの分子運動性だけで血小板粘着抑制に繋がるわけではないと結論している。
Fig. 1-10 Glass transition temperature (Tg) of typical polymers.
ポリマー名 化学構造 Tg (℃)
ポリエチレン(PE) -80
ポリプロピレン(PP) -19
ポリ塩化ビニル(PVC) 83
ポリビニルアルコール(PVA) 99
ポリスチレン(PS) 100
ポリ(α-メチルスチレン) 165
14
1-3-3 臨界表面張力
バルク分子にはあらゆる方向から同じ大きさの分子間力が常に働くことで安定化してい る。一方、表面分子は相互作用できるバルク分子が少ないため、エネルギーを下げて安定化 することができず、バルク分子と比べるとエネルギー的に不安定な状態になっている。つま り、表面はバルクよりも過剰なエネルギーを持ち、単位面積で規格化した値が表面自由エネ ルギーでありmJ/m2の次元を有するスカラー量である。物理量として表面自由エネルギー 等価な次元をもつ量であり数値も等しくなる値に表面張力がある。表面張力は「表面の単位 長さにはたらく力」として定義され,mN/mの次元を有するベクトル量である。
表面張力は液体の場合、液滴形状から直接測 定することが可能であるが、固体の場合は直接 測定ができない。そのため、固体表面に滴下し たときに、接触角(θ)が0°になるような液体 の表面張力を、固体の表面張力と定義する。具 体的には数種の表面張力既知の液体に対するθ を測定し、液体の表面張力と cosθ のプロット
(Zismanプロット)を作成して、cosθ = 1(θ
=0)になる点に外挿して固体の表面張力を算 出する。Fig. 1-11にZismanプロット例を示す。
Tamadaら32は水の接触角が70°程度である表面でL細胞の接着および、フィブロネク
チンの粘着が極大を示すことを報告している。つまり、疎水性が極めて高くても、また親水 性が極めて高くてもタンパク質の吸着量は低下すると解釈される。Miyata ら34はアルブミ ンの吸着は、アルブミンが吸着後の表面張力である60 mN/mとの差が小さい表面を有する 材料上で極小化すると報告している。吸着量が多い表面は、水中において水よりもアルブミ ンを吸着させることで界面張力の不一致を補っていると考えられる。
1-3-4 表面電荷
固体表面の電荷を測定する手法としてはゼータ電位測定が広く用いられている。ゼータ 電位とは、電気二重層中の滑り面と、界面から充分に離れた部分との間の電位差のことであ る。Caiら35はチタン表面上に末端構造が-CH2=CH2、-NH2、-COOHで修飾されたSAMを 作製し、表面電荷とフィブリノーゲンの吸着との相関に関して報告している。水の静的接触 角は-NH2、-COOHのSAMでどちらもチタン表面と比べると低くなる。一方、表面ゼータ 電位は-NH2で処理すると高くなり、-COOH で処理すると低くなる。以上の結果とフィブ リノーゲンの吸着量の結果より、ゼータ電位が小さい方がフィブリノーゲンの吸着を抑制 すると結論している。
Fig. 1-11 Example of Zisman plot.
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 1.1
0 10 20 30 40 50 60 70 80
cosΘ
Liquid Surface Tension (mN/m) γc 22.8mN/m
Benzyl Alcohol :63.7°
Toluene:38.7° Cycrohexane:28.2°
M-Docane:18.5°
Ethylene Glycol :81.1°
15
1-4 水和状態と生体不活性との相関
1-3 までは材料の化学構造や物理的特性と生体不活性に関する先行研究例を示した。タ ンパク質や細胞等の生体分子が存在する環境には必ず水が介在しているためポリマーと水 分子の相互作用から生体分子との応答を考察している研究例も多い。
Ikeda ら36は表面張力の異なる種々の非イオン性ポリマー表面に対する血清アルブミン
の緩衝溶液を用いてタンパク質吸着試験を行い、水の静的接触角に対してタンパク質吸着 量に極大値があることを報告している。この結果は疎水性が極めて高くても、また親水性が 極めて高くてもタンパク質の吸着量は低下すると解釈される。Andrade ら37は親水性表面 における固体/液体の界面近傍は、高度に水和した分子鎖が重なり、排除体積による反発力 が生じる結果、タンパク質の吸着量は低下すると考察している。Tnazawa ら38は重合度の 異なるポリエチレングリコールを側鎖に持つヒドロゲルを用いて、血小粘着試験を行い、側 鎖の運動性がよいポリマーは血液適合性が高いと 13C-NMR 測定から得られた水の緩和時 間の結果から結論している。
以上の先行研究例より、水の構造や運動性が生体不活性の支配因子の 1 つであるといえ るが統一的な見解は得られていなかった。
1-5 本研究における水和状態の定義と先行研究
本研究では水和状態における水およびポリマー双方の物理的特性を評価した。ポリマー と水が相互作用(水和)するとポリマーだけでなく水も構造や運動性が変化する。その際検 出対象は水和層全体を平均化した『バルク』と、水-ポリマー界面近傍のみを平均化した
『界面近傍』に分けて定義し定量評価を行った。Fig.1-12に先行研究で報告されている水和 状態の評価手法を本研究の定義で分類した。本節ではこれらの分析方法の先行研究例を記 載する。
16
Fig. 1-12 Definition and evaluation method of hydration state of polymer and water
1-5-1 ポリマーと相互作用する水
1-5-1-1 バルクの水の構造評価(DSC)
DSC(示差走査熱量測定)とは一定の熱を与えながら、基準物質と試料の温度を測定し て、試料の熱物性を温度差として捉え、試料の状態変化による吸熱反応や発熱反応を測定す ることできる。熱物性測定は構造の相転移、結晶化などを定量化することできる。
Tanaka ら39.40は Fig. 1-13 に示す Poly(2- methoxyethyl acrylate) (PMEA)を用いて、材 料と相互作用する水に着目した。PMEA は非 水溶性のホモポリマーである。含水ポリマーの DSC 測定を行い検出される水を-100 ℃でも 凍らない水、-40 ℃付近で低温結晶形成をする
水および0 ℃で凍結・融解する水の3種類に分類し、それぞれ不凍水 (NFW)、中間水 (IW) および自由水 (FW)と定義している。さらに、本研究ではそれぞれの量を不凍水量 (NFWC)、
中間水量 (IWC)および自由水量 (FWC)と定義する。
DSC測定よりPMEAには中間水が存在し、中間水を持たないPMEA類似化合物である Poly(2-hydroxyethyl acrylate)、Poly(ethyl acrylate)、Poly(2-ethylhexyl acrylate)、Poly(2- phenoxyethyl acrylate、Poly(2-hydroxyethyl methacrylate)と比較して血小板粘着数が少 ない41。PMEA 表面へのウシ血清アルブミンおよびフィブリノーゲンの吸着挙動を水晶発
振子にてin situ測定を行った結果、PMEA表面は各タンパク質が吸着しにくく、脱着しや
すいことをそれぞれの速度定数より確認し、優れた抗血栓性の発現の理由と考察されてい る42 。近年様々なPMEA誘導体が合成され、ポリマーの化学構造での中間水量の制御が試
Water
Polymers
(全体平均)バルク 界面近傍
ポリマーと水の水和状態
ポリマーと相互作用する水 水と相互作用するポリマー
バルク(全体平均)
構造(DSC)
運動性(固体NMR)
界面近傍
振動状態(ATR-IR)
バルク(全体平均)
構造(陽電子消滅)
運動性(DSC)
界面近傍
配向・凝集状態
(SFG、AFM、XPS)
Fig. 1-13 Chemical structure of PMEA
17
みられている。生体分子との応答に関しては、中間水量が多い材料ほど生体不活性が高いと 報告されている43,44,45。この現象は材料表面に中間水が形成されることでポリマーと強く相 互作用している不凍水をシールドすることでタンパク質や細胞の活性化を抑制していると 考察されている41。
PMEAは加熱過程においてのみ水の低温結晶形成が認められていたが、Kobayashiら44 が合成したPoly(ω-methoxyalkyl acrylate)sは加熱過程でなく、冷却過程において-40 ℃付 近で低温結晶形成する水の存在が明らかになっている。本報告では加熱過程に-40 ℃付近で 結晶形成する水を「昇温過程の中間水 (IWheating)」、冷却過程における結晶形成する水を「冷 却過程の中間水 (IWcooling)」とその合計を「合計の中間水(IWtotal)」と表記する。
1-5-1-2 バルクの水の運動性評価(固体 NMR)
Miwa ら46は、固体の NMR 測定により PMEA、
PTHFA(Poly(tetrahydrofurfuryl acrylate)) 、
PHEMA を用いてポリマーと相互作用した水の運動
性を相関時間にて評価した。相関時間とは他の分子 や核と磁気的に関わり合う時間であり、運動が遅い 系だと相間時間は長く、運動が速い系だと相間時間 は短い。またパルス照射で吸収したエネルギーの放 出過程と、パルス照射時に揃った位相がランダムに 戻る過程のそれぞれから得られる緩和時間(T1, T2) からも分子の運動性を定量化することができる。相 関時間と緩和時間は Fig. 1-14 に示す関係性47があ る。T2の緩和時間はどの領域の相関時間とも直線的 な関係を有するため、相関時間と比較しやすい。
1-5-1-3 水-ポリマー界面近傍の水の振動状態評価(ATR-IR)
ATR-IR (全反射赤外分光法)とは赤外光がプリズム内で全反射する際に生じる試料への光 のもぐり込みを利用した反射測定法である。プリズムの種類にもよるが広く使われている ゲルマニウムで、入射角が45°の場合、1700 cm-1では400 nm、3400 cm-1では200 nm 程度表層から光がもぐり込む。Moritaら48は、time-resolved in-situ ATR-IRによりPMEA と相互作用する水分子を官能基レベルで解析した。その結果、不凍水に由来する3600 cm-1 の吸収スペクトルが観測された際に、1730 cm-1付近のカルボニル基に由来するバンドにシ フトが見られ、中間水に由来する3400 cm-1の吸収スペクトルが観測された際に、1150 cm-
1付近のメトキシ基に由来するバンドにシフトが認められた。これらの結果から、Moritaら は、不凍水がPMEA側鎖カルボニル基を相互作用しており、中間水が側鎖末端基であるメ トキシ基と相互作用していると結論している。
10-15 10-11 10-7 10-3 10-5
10-1 103
T
1T
2τc(s) Relaxation time T1and T2 (s)
Correlation time
Fig. 1-14 Relationship between relaxation time and correlation time
18
Table 1-1にDSC、固体NMR、ATR-IRでそれぞれ定義したポリマーと相互作用する水
の構造に関する先行研究例をまとめる。
Table 1-1 Characteristics and naming of the three types of water
1 - 5 - 2 水と相互作用するポリマー
1-5-2-1 バルクのポリマーの構造評価(陽電子消滅)
ポリマー内の微微構造を評価する方法として、陽電子消滅寿命測定(PALS:Positron Annihilation Lifetime Spectroscopy)が用いられている。PALSでは試料中の10-10~10-8 mの大きさの空孔を測定することが可能である。そのため、PALSによってハイドロゲル中 の自由体積空孔半径を調べることによりポリマー網目構造及び水構造の評価が可能である。
Itoら49はPALSを用いて、膨潤状態の異なるPIPAAmゲルの空孔測定を行った。PIPAAm ゲルは33 ℃に体積相転移点を有し、この温度以下では膨潤状態に、それ以上では収縮状態 になることが知られている。体積相転移の前後で、PIPAAm ゲル中のポリマー鎖網目の相
対濃度は2 wt%以下(膨潤状態)から25 wt%付近(収縮状態)まで変化する。膨潤状態で
のPNIPAゲルのPs空孔半径は、純水中の自由体積空孔半径の測定値と一致した。ゲル中
の膨潤水の構造は、ゲルに付着した結合水あるいは準結合水で自由水と同じである。一方、
収縮状態においては、0.18 nmおよび0.34 nm程度の2種類のPs空孔成分に分離でき、自 由水とは完全に異なることが確認された。これまでのバルクポリマー(R: 0.27~0.4 0 nm)お よび氷(R:~0.13 nm)などの測定値から、前者はポリマー鎖近傍に配位し分子運動が抑制さ れた水分子の構造を、後者はポリマーネットワークの凝集構造であると予測されてきた。こ の結果は、収縮状態のPIPAAmゲル中のポリマーネットワークと水分子との相互作用が崩 壊して、ポリマーネットワークは疎水的相互作用により凝集し残存し、1次結合水はポリマ ーネットワークにより分子運動を抑制され氷状の構造となり、ゲル中で微視的な相分離構 造を起こすことを示唆している。
19
Yamamotoら50は組成の異なるEVOH(エチレン-ビニルアルコールコポリマー)を用い
て酸素透過性の相対湿度依存性の検討を行っている。エチレンが29 mol%のEVOH-29を 用いた場合、相対湿度が 30%程度で酸素透過率が極小値を示すことが確認している。これ は少量の水により高分子の運動性が失われるが、それ以上水和させると水によってポリマ ーが可塑化され、空隙による自由体積が増えるため酸素透過率が高くなる、と説明されてい る。この傾向はエチレンが44 mol%のEVOH-44では緩やかであり、疎水性の高いポリマ ーの方が水蒸気による自由体積の変化が少ないことが示されている。
1-5-2-2 バルクのポリマーの運動性評価(DSC)
水和したポリマーのTgはDSC測定することで評価可能である。1-3―2に示す通りTg
はポリマー鎖のミクロブラウン運動の始まる温度であり、ポリマーの主鎖の動きやすさが 反映されている。ポリマーの動きはポリマー鎖の内部回転によるから、内部回転ポテンシャ ルが大きいものほどTgが高くなると考えられる。
NakamuraおよびHatakeyama51らはスチレンとヒドロキシスチレンのコポリマーのTg
を測定し、Fox52の式から推算した値と良い一致を認めている。また、水和することでTgが 下がる理由は水素結合の切断と可塑化による 2 点で説明している。相互作用する水分子が 少量の場合はポリマー中の水酸基と水が相互作用することで水素結合を切断し、十分量の 水が存在する場合はポリマーを可塑化させ、どちらもTgを下げる効果に寄与すると考察し ている。一方、Tran53らはポリエチレングリコールジアクリレートコポリマーの水和状態の Tgを推算する際、相互作用する水の重量比を飽和含水量ではなく、不凍水量を用いること で実測値と良い一致を示すことを報告している。
1-5-2- 3 水-ポリマー界面近傍のポリマーの配向および凝集状態評価
(SFG、XPS、AFM)
SFG(和周波発生)とは二次非線形振動分光法で表面もしくは界面の分子振動を解析する ことができる分析手法である。SFG 分光法は高い界面選択性があり、赤外光の波長を掃引 して測定することで界面にある分子をスペクトルにより特定でき、入射光と出射光の偏光 を変えることで界面の分子配列を測定することができる。PHEMA の界面分子は乾燥状態 では疎水性のメチル基が空気界面に凝集しているが、水和状態では親水性の水酸基が水界 面に凝集していることがSFGを用いて報告されている54。
Murakamiら55はPMEAの表面形状をAFM(原子間力顕微鏡)で観察している。乾燥状
態では平坦な膜もPBSで浸漬することで凹凸構造を形成する。凸部分はポリマーが多く存 在するドメインで、凹部分は水が多く存在するドメインとなっている。そのために、フィブ リノーゲンも優先的に凸部分に吸着する。
Hayashiら56は、エチレングリコール鎖長および末端官能基を変更したSAM膜を作製し
血小板粘着試験を行った結果、エチレングリコール鎖長が 3 以上になると血小板粘着を抑
20
制することを明らかにしている。さらに、探針と基板上にエチレングリコール鎖 3 つを有 するSAM膜を用いてフォースカーブ測定を行った際、基板と探針の間に反発力が働くこと を明らかにしている。この結果は最表面に2~3 nmで水のバリア層(水和層)が形成され ている可能性を示唆しており、その形成された水和層が血小板粘着の抑制に繋がったと考 察している。
Takahara ら57は表面の元素分析を行うために PSと PEO をブレンドしたサンプルを水
に浸漬し、Freeze dryした後でXPS(X線光電分光法)測定を行っている。試料表面から 放出される光電子の運動エネルギーを計測することで、試料表面を構成する元素の組成、化 学結合状態を分析することができる。水につけないサンプルは表面にPS由来のC-C結合 が見えているのもかかわらず、水浸漬したサンプルは PEO に由来する-C-O-C-結合が出現 している。この理由は水浸漬に伴う水-ポリマー界面の分子配向の変化によるものと結論 している。
1-6 本研究の目的
これまでに生体不活性な材料は数多く開発され、PMPC、PMEA で表面処理された医療 用デバイスが製品化されている。本研究においてはこれらの材料をさらに高い生体不活性 を発現させるための水和状態の制御方法の提案を行う。より汎用的な水和状態の制御方法 にするために、異種モノマーを少量共重合する戦略を採用した。以下に詳細を記載する。
1-6-1 コポリマーの分類
本研究ではコポリマーを扱う。
コポリマーは1本のポリマー鎖中 に化学構造の異なるモノマー単位 を含むポリマーのことである。コ ポリマーはFig. 1-15に示す複数の モノマーの配列に規則性がないラ ンダムコポリマー、モノマーの配 列が交互になっている交互コポリ マー、化学構造が異なる複数のポ リマー鎖が線状に結合したブロッ クコポリマー、および化学構造が異
なる複数のポリマー鎖がポリマー鎖の側鎖として結合しているグラフトコポリマーに分類 することができる。
Fig. 1-15 Copolymer types
21
一般的にコポリマーは、その各成分のみから得られる ホモポリマーとは性質が異なるため、新たな特性が期待 される。例えばエチレンとプロピレンのランダムコポリ マーは、PEやPP では得られなかったゴム弾性の特徴 を有する。またコポリマーの物理的特性の多くはFoxの 式52に従うTgや、屈折率58などFig. 1-16に示す加成性 が成立する例が多い。また、MEAとHEMAのランダム コポリマーである P(MEA-r-HEMA)の血小板粘着数も 加成性が成立している59。
1-6-2 異種モノマーが少量共重合された HEMA の生体不活性
HEMAは、歯科材料やコンタクトレンズなどにも使用される親水性の材料である。しか し、ホモポリマーのPHEMAはP(MPC-r-BMA)と比べると血小板粘着性抑制効果は高くな い60。Zhaoら61はHEMAと2-perfluorooctylethyl methacrylate (FMA)を数mol%共重合 したポリマーをランダム共重合で合成し、ウシ血清アルブミン(BSA)およびフィブリノー ゲンの吸着量がそれぞれ、FMAが7.56 mol%および2.45 mol %HEMAと共重合された組 成においてそれぞれ極小化すると報告している。またPEG-b-PMMA-b-FMAのブロックコ ポリマーでも同様の効果を確認している62。組成は親水基と疎水基(フッ素)の双方が、あ る一定の割合で存在する膜がタンパク質吸着の極小値を示すことをXPS測定の結果から考 察している。
同様に、Kikuchi ら63は HEMA に N-methyl-N-(4-vinylphenethyl)ethylenediamine
(MVEDA)を共重合した P(MVEDA-co-HEMA)の血球細胞との応答性を評価している。数
mol%MDEDAを共重合することでリンパ球の粘着が劇的に抑制され、2 mol% MVEDAが
共重合されたHAV2 は極小値を示すと報告している。このコンセプトを用いて白血球除去 フィルターとして製品化もなされている64。この理由に関して Tsuruta65,66は水和状態に着 目し少量のアミンが水素結合のネットワークを緩和させたためと考察している。しかし、実 験的な検証はいまだ行われていない。
そこで本研究では、異種モノマーの少量共重合による水和状態の制御と生体不活性の発 現の解明を目標に研究を行った。
Fig. 1-16 Additity concept of the copolymer
22
1-6-3 異種モノマーの種類と特徴
本研究は、少量のアミンモノマーを共重合することで、HEMAマトリックスの水素結合 のネットワークが緩和されるというTsurutaの考察に着想を得た。第3章では1-6-2に 示した先行研究と比較検討するためにPHEMAをマトリックスポリマーに、第4章では原 理の適用拡大の可能性検証およびさらなる生体不活性発現のためにPMEAをマトリックス ポリマーとして選定した。一方、少量共重合する異種元素の構造としては、先行研究でも報 告されているアミンとフッ素を側鎖に有する(マクロ)モノマーを候補とした。詳細の構造 の選択に関しては以下に記載する。
1-6-3-1 窒素原子の特徴と水との相互作用
Kikuchi らは少量異種モノマーとして 1 級アミンのマクロモノマーを使用している。し
かし、マウスへの経口毒性の指標であるLD50は代表的な1級アミンのメチルアミンで100 mg / kg、3級アミンのトリメチルアミンで500 mg / kgであり67、1級アミンの方が3級ア ミンに比べて細胞毒性の懸念が高い。そのため本研究では 3 級アミンを側鎖に有するメタ クリレートであり、白血球除去フィルターとして製品化もされている DMAEMA(2- (Dimethylamino)ethyl Methacrylate))を選択した。
窒素原子は電気陰性度が高いため水素結合供与体になる一方、窒素と共有結合している 水素は水素結合受容体になる。3級アミンは水素結合を供与する水素が置換されているため 1 級アミンと比べて水素結合受容体になりにくい。DMAEMA は pKa が 8.4 であるため
pH7.4の生理環境下では91%がカチオン性を示す68。
1-6-3-2 フッ素原子の特徴と水との相互作用
一方、フッ素原子も電気陰性度が高く電子を引きつけるため、電子は原子核のそばで揺ら ぎにくい状態になっている。そのため、C-F結合は大きな永久双極子をもち,同様に大きな 双極子を持った水分子と引き合うことが予想され,撥水性という巨視的な物性と一見矛盾 する。しかし、フッ素鎖のねじれ構造とC-F 結合の大きな双極子を考慮すると、隣接する フッ素鎖間で効率よく 2 次元的に凝集することができ、全体として極性が無くなり撥水性
(低表面張力)を示す。Hasegawaら69はPTFEを延伸し、凝集状態をむりやりほどいてア モルファス状態にすることで、フッ素の孤立鎖としての性質が現れて水分子を吸着するこ とをNMR測定により明らかしている。
Maruyamaら70は低極性であるC-F結合を生体不活性な界面を構築するために分子設計
に取り入れている。MMAとPEGMAのコポリマーに、フッ素鎖とPEG鎖がエステル結合 を介して 1 分子中に共存する水溶性のモノマーを添加しコーティングした後、水で洗浄し ている。その結果界面には優先してPEGMA分子が凝集しBSAの吸着が抑制されている。
この結果は低表面張力であるフッ素が空気界面に凝集する際、同一分子内に存在するPEG
23
鎖にPEGMA成分が引き付けられ、水洗浄後も表面はPEGMAで覆われていたためである
と考察されている。
本研究ではフッ素に関しては重合過程で組成分布が付きにくくするため、MEAやHEMA が溶ける溶媒に可溶であることが好ましいと考え、ホモポリマーはTHFやDMFにも可溶 なフッ素側鎖が短いTFEMA(2,2,2-trifluoroethyl methacrylate)を選択した。
1-6-4 生体不活性発現のための分子設計戦略と仮説
DMAEMA は生理環境下でカチオン性を示し、TFEMA は疎水性であるため Whiteside
らの提唱するタンパク質の吸着抑制効果がある分子構造にはどちらも該当しない。そのた め異種モノマーが少量共重合されたコポリマーの生体不活性が向上した場合、化学構造の 効果を排除して考察が可能になる。本研究においては少量異種モノマーが共重合されたコ ポリマーの生体不活性の評価を行い、水和状態との相関に関して考察を行う。なお本研究で は、Fig. 1-12に示す水和状態の評価のうち以下の測定を行った。
ポリマーと相互作用するバルクの水の構造
ポリマーと相互作用するバルクの水の運動性
水と相互作用するバルクのポリマーの運動性
水-ポリマー界面近傍のポリマーの配向および凝集状態
本研究ではいずれもコポリマーが評価の対象にするが、第 3 章ではランダムコポリマー を、第 4 章では界面近傍の分子挙動により焦点を当てるためにブロックコポリマーを用い
た。含水PHEMAの場合には、不凍水に比べ中間水が優勢に存在するというスペクトルは
得られていない。これは、PHEMAマトリックス内では、水分子が安定な網目(ネットワー ク)構造を作りやすく、この場合、PHEMA自身の OH基がネットワーク構造形成に関与 しているためと考えられている。このようなネットワークでは、水の動きは不活発になり、
いわゆる不凍水の状態になる。1-6-2で述べたように、Tsurutaの仮説65,66では少量のア
ミンがHEMA の強固なネットワークを破壊し、ランダムネットワーク化することにより、
生体不活性が向上したと考察している。
共重合する異種モノマーの特性によってはネットワークを破壊するのではなく、強化す る可能性を仮説として立案した。Fig. 1-17に本研究の分子設計戦略と仮説を示す。
24
Fig. 1-17 Molecular design strategies and hypotheses for bio-inert properties Loosening
Fastening
マトリックスポリマー:
水:
異種モノマー:
25
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