トランスナショナル・コミュニティにおける周辺世界の
思想研究パラダイム
―「下からの都市論」のもうひとつの「世界像」と「方法論」―
広田康生
A Study of Paradigm of Frontier’s Thought in Transnational Community : In Search of
Another Cosmology and Methodology of Transnational Community From Below
と境界(subtle distancing and territoriality)を内在させ ながらも、住み合う実態そのものに着目して、『都市共 生の作法』に代わって『都市共在感覚』のキイワードを 当て」た都市コミュニティの「定義」(奥田,2009:89) ――この定義は、「都市コミュニティ」の「都市型エス ニック・コミュニティ」(=「錯綜体都市・グラスルー ツ版」「大文字の都市コミュニティ」)の現実的な内実に なる――は、前述の「一定の秩序感」を背景にした都市 コミュニティの「規範概念」とは「文脈」が同じなの か、それとも「世界像=コスモロジー」や「方法論」を 変えたのか、という問題が出てくる。 もちろん、奥田道大によれば、「都市コミュニティの 規定、再規定・・・・のエンドレスの作業」が今求められ ている現在(奥田,2009:89)、この問題は、奥田道大 の「仮説」である「錯綜体都市・グラスルーツ版」の様 相である「コミュニティ・フラグメンテーション(コ ミュニティ破片状化)」の状態が、次第に、「組織上の一 つの仕組みづくりが構想、具現化されている」(奥田, 2004:203)過程を辿っているかどうか、という問題に 関わってくる。さらにそれは、都市コミュニティの「方 法論」にも関わる。奥田道大は、1988年を節目として 「コ ミ ュ ニ テ ィ と エ ス ニ シ テ ィ」の 主 題 化 に 関 わ る 「アーバン・エスノグラフィ」調査の在り方の特徴とし て、「錬成」という用語を使って、「繊細な細部にまで感 応性をとぎすまして、推敲を重ねつつ綿密な仕上げをし ていく作業工程を指す」(奥田,2004:207)と述べた。 奥田道大は、「錯綜体都市・グラスルーツ版」状況に おいては、「同じ地域現場に臨んで、例えば民族・エス ニシティ、階級・階層、ライフスタイル、宗教・文化そ の他の系統の差異性をともないながら、相互に複雑にば ら つ き 出 し て い る 状 態」が(奥 田,2004:202)、次 第 に、「アメリカ大都市の衰退地区では、種々さまざまな 人やもの、情報のゆるやかなネットワークの結節点に、 組織上の一つの仕組みづくりが構想、具現化されてい る」ことを、「仮説」としているが、これをどう考える か、という問題もでてくる(奥田,2004:202―203)。 三つ目の課題は、「錯綜体都市・グラスルーツ版」の 「方法論」を含む「世界像=コスモロジー」全体に関す る課題である。奥田道大の『都市コミュニティの磁場』 (2004)においては、大都市インナーシティを舞台とす る「居住空間再生の都市社会史ともいうべき興味あるモ ノグラフ」(奥田,2004:192)と評したアブ―ルゴドの 『都市のムラからイースト・ビレッジへ――ニューヨー ク の ロ ア ー・イ ー ス ト・サ イ ド の 闘 争(From Urban
Village to East Village : The Battle for New York’s Lower East Side)』(Abu-Lughod, 1994)を「錯 綜 体 都 市・グルスルーツ版」の「コミュニティ・フラグメン テーション」(=コミュニティ破片状化」)の象徴と見な していたが、最終的には、「21世 紀 の 都 市 エ ス ノ グ ラ フ ィ と し て、新 し い 地 平 を ひ ら い た」(奥 田,2004: 260)イ ラ イ ジ ャ・ア ン ダ ー ソ ン(Elija Anderson)の 『ストリート・ワイズ――人種/階層/変動に揺らぐ都 市コミュニティに生きる人びとのコード(Street wise :
Race, Class, and Change in an Urban Community)』
(広 田・藤 原, 2016:224)と 述 べ、自 ら の「ア イ デ ン ティティ」の一部と感じた。 この問題は、「トランスナショナル・コミュニティに おける周辺世界の思想研究」にとってのパラダイムを構 成する「方法論」の手掛かりをわれわれに提起してい る。奥田道大はイライジャ・アンダーソンの前述の研究 書の中に「古層なるものとの複合的視点」があることを 指摘している。筆者にすれば、今現在は見えなくとも 「抹消された」出来事やその「痕跡」をどう感じるか、 という問題には、明白な証拠の「歴史」だけではなく、 「歴 史=エ ス ノ グ ラ フ ィ」的 な「方 法 論」と「見 通 し (パ ー ス ペ ク テ ィ ブ)」(ア ブ―ル ゴ ド の 表 現)(Abu-Lughod,1989=2001:30)の重要性を感じる。そしてこ の問題が、奥田道大が「都市コミュニティ」の分析に残 した課題の第二の問題、及び第三の問題に関わってく る。二つ目の現実的・課題とは、奥田道大が最後に提起 した都市コミュニティの「定義」である、「生活規範と いうよりも、生き方の知恵、戦略として微妙な距離感と 内在させながら住み合う実態」と、それまでの奥田道大 の「定義」であった「都市的なるものの追求につきまと う規!範!概!念!と!の!距!離!の!と!り!か!た!」(奥田,2009:89)[傍 点は筆者]をどのような問題として受けとめるか、とい う問題であり、そして最後の三つ目の課題とは、「錯綜 体都市・グラスルーツ版」等に関する奥田道大の「世界 像=コスモロジー」と「事例の『読み』をとおして得る 『仮説』」という手法を含む「方法論」をどう評価する か、という理論的課題である。この問題は、次の項目の 主題である筆者にとっての「トランスナショナル・コ ミュニティ」、あるいは奥田道大が述べた「より大きな 都市コミュニティ」の、「もうひとつのパラダイム」の 「理論的な問題」である。 3.2.2 「トランスナショナル・コミュニティにおける周 辺世界の思想研究」のもうひとつのパラダイム ―アブ―ルゴドに読む都市コミュニティ研究の 「歴史=社会学的エスノグラフィ方法論」― 筆者の「都市エスニシティ論」の「水脈」として流れ ている概念の「異質性認識」「日常的実践」を前提にし た場合、そして、筆!者!の!「トランスナショナル・コミュ ニティの周辺世界の思想研究」においては、奥田道大の 第二そして第三の「課題」は、単に、「コミュニティ・ フラグメンテーション(=コミュニティ破片状化)」か ら「組織上の一つの仕組みづくりの構想、具現化」(奥 田,2004:203)への展開というよりは、「抹消された」 方向性や「記憶」「痕跡」「文化」を埋め込んだ都市コ ミュニティ分析の、「歴史=社会学的エスノグラフィ方 法論」のパラダイムをどう考えるかという問題が重要で ある。 本稿において筆者が参照したいのは、ジャネット・ L・アブ―ルゴドの『都市の村からイースト・ビレッジ へ』(1994)の前に書かれた『ヨーロッパ覇権以前―― もうひとつの世界システム(上・下)(Before European
の課題を筆者なりに受け止め、「トランスナショナル・ コミュニティ」研究を、前に向けて「脱構築」する筆者 なりの、「ひとつの方法論」としたい5)。
4
.結論
冒頭で述べたように、本稿 の 目 的 は、「ト ラ ン ス ナ ショナル時代」のトランスナショナル・コミュニティ論 のテーマを「差異に開かれたコミュニティ/自己」に求 め、その展開の「象徴的場所」を、「思想化される都市 の周辺世界」「新しい時代の周縁」としたとき、そこで の「生き方」や過去と現在を繋ぐ「思想」とはどのよう なものか、それを研究する「世界像」や「方法論」とは どのようなものかを考察することにある。 ただこの目的を実現するためには、1990年代の「都市 エスニシティ論」から2000年代初頭の「下からのトラン スナショナリズム論」を経て2010年代の「トランスナ ショナル・コミュニティ論」へと展開してきた筆者にす れば、1970年代に都市郊外での都市コミュニティ論を進 め、最終的には、「大 き な 都 市 コ ミ ュ ニ テ ィ」と そ の 「事例と読みによる仮説」による「内実」としての「錯 綜体都市・グラスルーツ版」、「下からの都市論」「下か らの都市的なるものの追求」「都市コミュニティの規 定、再規定・・・・エンドレスな作業」を、都市社会学に 残した奥田道大のパラダイム=「世界像」と「方法論」 を、どのように「内部化」し(=ただし、同時に差異性 を有しながら)、さらに自らの展開(=脱構築)を現実 な研究としても理論的にも明らかにしていくのか、とい う課題を乗り越えることが必要であった。 本稿の結論として筆者は次のように述べたい。「トラ ンスナショナル・コミュニティの周辺世界の思想研究」 の「方法論」は、それが蠢動を始めたひとつの出来事や 感情や闘争の支点を見つけることである。そのあいまい な「端緒」や「転回点」の地点、時間、運動、感情を見 つけ、たとえ「抹消」された出来事や方向性や道筋で あ っ て も、そ の「痕 跡」か ら そ の 方 向 性 の「見 通 し (パースペクティブ)」を推測し、「読み」によって仮説 を立てることに尽きる。これが本稿の筆者の結論であ る。 このテーマとしては、すでに広田・藤原著『トランス ナショナル・コミュニティ』(2016)のなかで、一部分 ではあるが、理論と調査結果の一部を示すことで行って きた。本章は、この作業に続けるテーマを、「トランス ナショナル・コミュニティにおける都市周辺世界の思想 に関する研究」という「題目」に移し替え、「もうひと つのパラダイム(「世界像」と「方法論」)」を考察した ものである。 本稿での理論・方法論を示唆にした事例研究の一部 は、「場所形成(place-making)の思想とカイロスの時 間――都市の周辺世界鶴見・潮田の思想の水脈――」と して『専修大学社会学研究所月報』(No.674)に掲載し た(広 田,2019a:10―33)。そ の 他(広 田, 2019a)も 参 照してほしい。また、同じような観点から都市コミュニ ティの思想研究を進めている藤原法子氏も「都市の周辺 世界・都市における『場所の記憶』を紡いで―伊勢佐木 町・真金町・山手の遊郭・カフェ―等をめぐって」『専 修大学人文科学研究所月報』第302号として発表してい る(藤原,2019b)。その他(藤原,2019a も参照)。 まだ試行錯誤の段階ではあるが、この研究も含めて新 たな事例研究と理論をさらに展開したいと思う。 [注]1989=2001・上 : xii)。 2)「思想化される周辺世界」という表現は、人類学者の清 水昭俊氏の『岩波講座 文化人類学12 思想化される周 辺 世 界』(1996)(清 水,1996)か ら 引 用 し た 言 葉 で あ る。ここで筆者が「思想化される都市周辺」という言葉 で使ったのは、いわば「中心」に対して、周辺世界自ら が生み出す思想という意味で使用した。「新しい時代の 周縁」という言葉は、アブ―ルゴドの自説において、12 世紀から13世紀に作られていた、紅海・ペルシャ湾から インド洋そしてマラッカ海峡を抜けて中国に達する「遠 距離交易システム」に、そのころやっと参加し始めたこ ろのヨーロッパの動向を「蠢動を始めたひとつの周縁」 (AbuLughod,1989=2001:13)として論じたが、それに なぞらえてこの言葉を使ったが、本稿のなかで奥田道大 が、都市インナーシティが新しい時期を迎え、「錯綜体 都市・グラスルーツ版」と言う言葉で「新しい周縁」と して扱ったことにもなぞらえた。 3)この用語は、「グローバル都市」や「世界都市」という 用語に対して、言わば「大都市インナーシティ」におけ る、資本や文化やエスニック・ネットワークの「様相」 のことを表わす。当初奥田道大はそれを「ワールド・タ ウン」と表現していたが、その後、大都市インナーシ ティと関連させて、上記の「エスニシティーズ・タウ ン」と変更した(奥田,2004:211)。
4)Abu-Lughod, J.L.,1994, From Urban Village to East
Vil-lage : The Battle for New York’s Lower East Side, Basil
Blackwell.に は、Abu-Lughod, J.L., 1989, Before
(Abu-Lughod,1994: 7―8)と述べ、それが、1920年代に起き た1921―1924年 の 間 の「移 民 法 改 正(1921―192 4legisla-tion)」による新移民補充削減、そして「移民自身の同 化」の移動、そして「エスニックの継承」が原因だった ことについて述べている(Abu-Lughod,1994: 8)。そし て、第三部では、第一部の過去から現在、そして第二部 の、過去からの歴史と「見通し」による現在の分析に関 する、いわば「意見・考察」を配置している。アブ‐ル ゴドは、その第11章のなかで「近隣感情を沸騰させ、住 民たちを、公園での夜間外出禁止に反対し、さらにジェ ントリフィケーションの成功に導くために統合的な目標 に向けて、1988年の夏の『警察暴動(police riot)』」の 要点を繰り返し論じている」(Abu-Lughod,1994: 9)。 本書においても、アブ―ルゴドの「方法論」について想 像できると考える。 5)奥田道大は、『人びとにとって「都市的なるもの」とは』 (2009)において、最後に、「筆者にとって、エスニ ッ ク・コミュニティと同様に居住する人が来住の『外国 人』か、地元『日本人』かを区分けするのは、一種 の フィクショナリーな作業である。むしろ越境移動の来住 歴や民族・国籍アイデンティティにおいて、相互に異 質・多様な人びとをゆるやかに内包するコミュニティこ そが、『変容する都市コミュニティの普遍』、あるいは下 からのトランスナショナリズム等の主テーマによる、ふ つ う の 都 市 コ ミ ュ ニ テ ィ の 様 相 と い え よ う」(奥 田, 2009:132)と 述 べ た が、現 在 の 都 市 コ ミ ュ ニ テ ィ や 「大都市インナーシティを磁場とする都市コミュニティ 論」を「下からの(from below)発想で捉えているか」 (奥田,2009:97)、「下からの(from below)」で 捉 え て いる」(奥田,2009:88)か、どうかについては分からな い。例えば、ア ブ―ル ゴ ド ら の「世 界 像」や「方 法 論」 についても、だれもが常識として捉えているわけではな い。「下からのトランスナショナリズム等の主テーマに よる、ふつうの都市コミュニティの様相」となるまで時 間が必要だと筆者は考える。 [文献]
Abu-Lughod, J.L.,1989, Before European Hegemony : The
World System A.D. 1250―1350, Oxford University Press (=2001,『ヨーロッパ覇権以前―もうひとつの世界システ ム―』佐藤次高・斯波義信・高山博・三浦徹訳,岩波 書 店・Abu-Lughod, J.L., 1994, From Urban Village to East
Village : The Battle for New York’s Lower East Side,
Basil Blackwell.
Anderson, E.,1990, Street Wise : Class and Change in
Ur-ban Community. The University of Chicago Press(= 2003,『ストリート・ワイズ――人種/階層/変動に揺らぐ
都市コミュニティに生きる人びとのコード』奥田道大・奥 田啓子訳,ハーベスト社).
Bhabha,H.K.,1994,The Location of Culture. Chapman & Hall Ltd(=20112,『文化の場所――ポストコロニアリズムの 位相』本橋哲也・正木恒夫・外岡尚美・坂元留美子訳,法 政大学出版局).
Certeau, M.D.,1980, Art de Faire(=1987,『日 常 的 実 践 の ポイエティーク』山田登世子訳,国文社). 藤原法子,2019a,「『場所』と『記憶』に関する方法の一考察 ―横浜市南区 Y 商店街界隈の『場所の記憶』から『専修人 間科学論集 社会学篇』第9巻第2号. 藤原法子,2019b,「都市の周辺世界における『場所の記憶』 を紡いで―伊勢佐木町・真金町・山手の遊郭『カフェ』― 等をめぐって」『専修大学人文科学研究所月報』第302号. Gilroy, P.,1996, ”British Cultural Studies and the Pitfall of