早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学)
概要書
進行方向の転換を伴う走動作における 全身の回転運動メカニズム
The whole body rotation mechanism
during running with change of traveling direction
2016年1月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
佐藤 隆彦 SATO, Takahiko
研究指導教員: 矢内 利政 教授
研究概要書 第1章 緒論
フィールド・コート競技において頻繁に行われる方向転換走動作は,相手選手をかわす際や,ボールに素早く 反応する際になどに広く用いられる.競技パフォーマンスが高い選手ほど方向転換走能力が高いという報告から
(Kogh et al., 2003; Reilly et al., 2000),方向転換走能力の向上は,競技パフォーマンスの向上に繋がると期待 される.方向転換走能力は,「直線走能力」,「脚筋群特性」,「技術」の3つの因子によって規定されており(Brughelli
et al., 2008; Young et al., 2002),様々な変数との相関関係について報告されている.しかしながら,数値化が
困難な「技術」と方向転換走能力との関係性についての研究は少ない.本学位論文では方向転換走動作の「技術」
に関する基礎的知見となる運動メカニズムを明らかにする為に, 多種多様な方向転換動作を Bloomfield movement classification(Bloomfield et al., 2004)に基づいて3種の特徴的な動作に分類し,各動作における 運動メカニズムの違いを明らかにすることを目的とした.
第2章 半径の小さな曲線走動作における身体の方位変化メカニズム
本研究の目的は,小さな半径の曲線走路における走動作中の身体の方位変化メカニズムを明らかにすることで あった.10人の健康な成人男性が直線走動作と軌道半径5mの曲線走動作を5m/sのスピードで行った.曲線走 動作における疾走方向は上方から見て反時計まわり方向であった.1走周期における身体重心を通る鉛直軸周り の各セグメントの角運動量を算出した.また,各接地期および各空中期における角運動量の平均値を算出した.
加えて,全身の角運動量を頭体幹,右下肢,左下肢,右上肢,左上肢,両下肢,両上肢に分類し,走周期を通し ての変化パターンを動作間で比較した.曲線走動作における角運動量は全ての期において直線走動作よりも大き な周回方向の値であった.頭体幹の角運動量は,直線走動作では正負の入れ替わる周期変化を示したのに対して,
曲線走動作における周期変化は走周期を通して周回方向の値であった.また,曲線走動作において,右下肢の角 運動量は直線走動作と同位相の周期変化を示したが,右下肢の角運動量は逆位相の変化を示した.曲線走動作に おいて,左下肢は水平面上において前後方向の運動のみならず,身体の回転とは逆方向の反周回方向の円運動を 行っていた.この円運動が隣接するセグメントに生じさせる反作用として,頭体幹が走路に正対し続ける為に十 分な角運動量を獲得していたことが明らかとなった.
(第2章の研究内容は体育学研究60-2に掲載予定,早期公開済である)
第3章 ターン走動作と曲線走動作における身体方位変化メカニズムの違い
本研究の目的は,ターン走動作と曲線走動作における身体の方位変化メカニズムを明らかにすることであった.
健常成人男性10名が,直線走動作,ターン走動作,曲線走動作を各3試行おこなった.ターン走動作と曲線走 動作では右下肢接地期において,進行方向を左方向に転換させた.各身体セグメントが有する身体重心を通る鉛 直軸周りの角運動量を算出し,頭体幹,右下肢,左下肢,右上肢,左上肢,および全身に分類した.各空中期に おける全身の角運動量を区間の平均として算出した.接地直前の空中期における全身の角運動量は,ターン走動 作と曲線走動作が直線走動作と比較して有意に大きく,離地直後の空中期における全身の角運動量は,曲線走動 作が他の2動作と比較して有意に大きかった.これらの結果から,新たな進行方向への身体の回転を生み出す角 運動量は,ターン走動作および曲線走動作では接地以前から準備されており,その角運動量はターン走動作では 接地期を通して失われることが示された.ターン走動作における離地直後の空中期を通して,右下肢は反転換方 向の角運動量を,他のセグメントは転換方向の角運動量を有し,全てのセグメントについて角運動量の大きさが 直線走動作よりも大きいという特徴が,全被験者に共通していた.本研究により,ターン走動作において方向転 換後に新たな進行方向へ頭体幹を正対させ続ける為の回転運動は,接地期に獲得した外力のモーメントや接地以 前から維持された角運動量ではなく,右下肢の後方へのスイングによる反作用によって生み出されていることが 示された.
(第3章の研究内容は体育学研究に投稿中・査読結果待ちである)
第4章 ターン走動作とスワーブ走動作における全身回転運動の違い
本研究の目的は,方向転換時に新たな進行方向への身体方位変化を伴うターン走動作と,身体方位を変化させ ず進行方向のみを転換するスワーブ走動作における全身回転運動の違いを明らかにすることであった.男性 10 名が右足での左方向へのターン走動作とスワーブ走動作,および直線走動作を行った.進行方向の転換を行う接 地期の前後の空中期における身体重心まわりの角運動量の鉛直成分を算出した.接地直前の空中期における角運 動量は全動作間に有意差が見られた一方で,離地後の空中期における角運動量に動作間差は見られなかった.こ れらの結果からターン走動作およびスワーブ走動作において進行方向の転換が行われる接地期よりも前に,全身 の回転運動における準備動作が生じていたことが示された.また,この準備動作の程度は,スワーブ走動作の方 がターン走動作と比較して小さかった.接地直前の空中期における右下肢の角運動量は,ターン走動作およびス ワーブ走動作ともに直線走動作よりも顕著な減少方向への変化を示した.特にターン走動作では分析開始時点で 大きな転換方向の角運動量を有していたことから,この角運動量を他のセグメントに転移することで身体の方位 変化を開始していたものと考えられる.本研究により身体の方位変化を伴わないスワーブ走動作では,ターン走 動作と比較して右下肢に大きな転換方向の角運動量を準備する必要がない為,より小さな準備動作で進行方向を 転換できることが明らかとなった.
(第4章の研究内容は日本体育学会第66回大会で発表を行った)
第5章 総括論議
各章の結果を横断的かつ包括的に考察することで,各章で得られた知見の信頼性を確認した.各研究で共通し て取得された角運動量を横断的に統計比較した結果,各研究で得られた結果が覆ることはなく,各章で得られた 知見の信頼性が示された.また,各章で得られた運動メカニズムについての知見を基に,各方向転換走動作にお ける能力向上が期待されるトレーニング法について議論した.曲線走動作においては左右非対称な周期運動およ び極端な傾斜姿勢を維持する技術を習得することで,曲線走能力の向上が期待される.ターン走動作では,接地 期に獲得する地面反力の力積を変化させることなく,地面反力の左右成分を接地期前半で大きく,接地期後半で 小さくすることにより,より大きな転換方向の角力積を獲得する技術を習得することで,ターン走能力の向上が 期待される.スワーブ走動作では,向心方向への地面反力を獲得できる姿勢をセグメント間の作用・反作用によ り生み出す技術を習得することで,準備動作のない進行方向の転換が可能となると期待される.
第6章 結論
本学位論文により各方向転換動作における以下のような特徴が明らかとなった.
左回りの曲線走動作では,右下肢が左下肢よりも高速でスイングする左右非対称な周期運動を行っており,
身体の周期運動は直線走動作を単純に傾斜させたものとは異なっていた.また,左下肢による反周回方向 の回転運動が他の身体セグメントを周回方向に回転させるという,半径の小さな曲線走動作特有の身体の 方位変化メカニズムが存在することが示された.さらに,右下肢のスイングの反作用に加えて,接地期に 内側下肢を身体重心よりも外側でスイングし,転換方向の角運動量を増大させることで維持された全身の 角運動量により,離地後の空中期においても身体の方位変化を継続していた.
左方向へのターン走動作では,右下肢が既に有していた転換方向への角運動量を接地直前の空中期に他の セグメントへ転移させることで,これら頭体幹を含むセグメントの転換方向への方位変化が開始され,接 地期に獲得した身体重心まわりのモーメントによる角力積を上回る右下肢の角運動量変化により他のセ グメントに対して転換方向への回転効果が反作用として生じていた.また,同方向へのターン走動作では 接地期に獲得した地面反力のモーメントにより全身の角運動量は直線走動作と同様の状態に回帰してい るものの,離地後の空中期においても右下肢の後方へのスイングの反作用により他のセグメントの方位変 化を継続させていた.
左方向へのスワーブ走動作は他の方向転換走動作と比較して少ない準備動作で進行方向を転換すること が可能であった.また,方向転換の一歩前の接地期において直線走動作と同様の角力積を獲得し,その後 の空中期で左下肢のスイング軌道を外側にシフトさせることで準備動作を抑制し得ることが示された.