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第2章 正規雇用就職者の分化一社会へ      の移行とその困難さ

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第2章 正規雇用就職者の分化一社会へ      の移行とその困難さ

1 はじめに

安達眸・藤井吉祥・宮島基

 近年、労働市場の大幅な変容、なかでも労働力の非正 規化の進行は、とりわけ若年層の就労に強く影響をおよ ぼしている。正規雇用の口が狭まるなか、「フリーター」

や「ニート」など、学卒時に「進路未定」と括られる状 態におかれる若者たちにたいしての注目が集まっている が、一方でなんとか正規雇用を獲得した者であってもそ の変容の影響をまぬがれているわけではない。

 そのような状況のなかで本章では、調査対象者のう ち、これまで正規雇用で就労にたずさわ5た経験のある 者14名についてとりあげる。今回は高校卒業後3年が 経過しており、職場にも慣れ、相対的に安定した就労生 活を送っている者と、厳しい状況のなか今にもはじき出 されそうになりながらもなんとか日々の仕事をこなして いる者1、あるいはすでに正社員の位置からははじき出 され、不安定なフリー・・一ター生活を余儀なくされている者 など、その明暗がよりきわだってきている。さらに高校 卒業後すぐに就職した者だけでなく、いったん専門学校 や大学に進学したのち、卒業および中退を経て正社員と なった者たちもいる。

 ひとまず対象とするケースをその就労期間や転職・移 行の経緯にもとづきおおまかに区分したものが、以下で

ある。

A.高卒後正規雇用就職、3年継続

大野千冬(A高校出身;以下「A」):大手スーパー・

 レジ業務(3店舗を経験)→同・事務 手塚豊(B高校出身;以下「B」):印刷業 太田晋平(B):警備

 内田玲奈(B):惣菜等調理販売・店舗→同・店舗 黒川武志①(兼業)(A):自動車塗装

B.高卒後正規雇用就職、断続的継続

小谷恭介(B):運送業・ドライバー→同・倉庫勤務   →板金業

上原孝雄(B):無業→ラーメン屋→清掃業(非正規)

  →二輪車整備

相良健(B):建設業→クロス貼り→「フリーター」

→配管工

C.高卒後正規雇用就職、離職後「フリーター」

西澤菜穂子(B):会社事務・雑用→「フリーター」

浜野美帆(B):美容院→「フリーター」

下川彩乃(B):惣菜等調理販売・本社工場→同・店  舗→同・本社工場→「フリーター」

D.専門卒後正規雇用就職、継続

小林俊介(B):専門学校(自動車整備・二年制)→

  自動車車検整備

深川陽一郎(B):専門学校(調理・一年制)→社員食堂・

 調理

E.四年生大学中退、家業に就職

石津和義(B):四年制大学(商学部)→プロパンガ   ス交換その他(家業)

F.起業

黒川武志②(兼業)(A):エンブレム制作販売、イベ   ント企画

 Aに区分される5名は、高校卒業と同時に正規雇用で 働きはじめ、同じ職場で3年目をむかえている者たちで ある。仕事にも慣れ、比較的安定した様子がうかがえる 者もいるが、2節で詳しくみるように、最低限の条件す ら守られていない状態で働かされているケースもあり、

その働きぶりは一概にはいえない。

 Bの3名は、高卒後正社員として就職したのち、離職 や休職を挟みながらも再度正規で就職し、現在も続けて いる者たちである。ハローワークの求人やブルーカラー 系求人情報誌をもとに職を探し、就労を続けている。彼 らの仕事は俗に「ガテン系」と呼ばれるものが多く、転 職を重ねながら経験を積み、職人的労働市場を渡ってい く職種であるといえよう。ただ一方で、近年では拡大す る非正規労働市場との境界があいまい化してもいる。

 Cの3名は、高卒後正社員として就職するも、さまざ まな事情から離職に至り、その後はフリーター生活を続 けている者たちである。複雑な過程を経っているフリー ター生活の内実にかんしては前章でみたとおりである が、正規雇用で働いていた時期においてもさまざまな困 難に直面していた。ちなみに離職後に正規の職を得られ ているBの3名が全員男性であるのに対し、安定した収 入を求めつつもフリーターにとどまるCの3名は全員女 性であるという点などには、労働市場における構造的な

ジェンダーバイアスの表れがみてとれる。

 Dの2人は、高校卒業後に専門学校へ進学し、卒業後 に就職をした者である。就職活動を経て就いた職場は、

いずれも専門学校で学んだ内容、および獲得した資格を

(2)

活かせる職種である。労働条件の差はあるものの、職場 の人間関係や将来展望において安定した様子をみせてい

る。

 Eの石津もD同様、進学後に正社員となった者である が、その経緯はやや異なる。、彼は高校卒業後、いったん 四年制大学に進学した。しかし祖父の死去により大学は 中退し、それまではアルバイトとして働いていたプロパ ンガスなどをとりあつかう家業で、正社員として働くこ とになった。正規雇用になってからは資格の取得など、

仕事に意欲的な姿勢をみせている。

 Fの黒川(②)は、縁故で就職した自動車塗装会社に 勤めつづける(①)かたわら、祖父の始めたエンブレム 製作の事業を引き継ぎ、兄とともに有限会社化して経営 してもいる。さらに経営する会社ではエンブレム製作に とどまらず、独自のネットワークを開拓しながらイベン トの企画・実行もおこなっている。こちらの仕事におい て彼は被雇用者ではなく、対象者のうちでもきわめて特 異なケースである。

 このように、正規雇用就職経験者という共通項をもつ 本章対象者ながら、多岐にわたる経緯を経ていることが わかる。なかでも注目すべきは、とりわけCの者にみら れるように、一度正規の職を得たかちといって、それが 中・長期の生活における安定を意味するわけではない、

ということである。さらにこうした状況の差異は、その おおまかな様子からでさえ、ジェンダーや学歴などを介

して不均等にもたらされていることがわかる2。

 しかしまた、彼ら彼女らの就労も含めた日々の暮らし ぶりは、A〜Fのような区分のみで捉えきれるものでも ない。同じ経緯をたどっている者のうちでも、それぞれ がかかえる困難、および生活の不安定さは大きく異なり、

それをもたらす要因はグループ横断的に分布している。

そこで本章では、正規雇用就職者のおかれている状況に ついて、以下のような切り口からみていく。まず2節に おいては、彼ら彼女らにとって主要な活動となっている、

就労の様子について、条件・環境・離職という側面から 描いていく。そして次の3節では、就労とも密接にかか わる問題として、それぞれの将来展望に注目する。4節 においては、彼ら彼女らの交友関係を追うことにより、

「地元」と職とのむすびつきについて考えていく。最後 に5節では、「子どもから大人への移行」という視座に おいて重要な側面となる親子間関係について、家庭の状 況をふまえつつその変化を追う。こうした分析をとおし て、彼ら彼女らの安定一不安定の隔たりについて明ら かにしていく。

2.正規雇用就職者たちの就労生活

         本節では、正規雇用就職者の働く様子、就労生活につ いてみていく。

1)労働条件一横行するサービス残業

 彼ら彼女らのほとんどは、身体を使った現場労働であ るという共通性はあるものの、労働条件については勤め る会社によってさまざまであり、ひと括りにはできない。

たとえば収入でみてみると、多くの者は月14〜17万 円程度であるものの、20万以上、あるいは30万ほど 得ている者もおり、その差は大きい。同様に労働・拘束 時間にかんしても、だいたい定時勤務だという者がいる 一方、長時間勤務を強いられている者も多く、違いがき わだっている。

 しかしながら、それらはたんに隔たり・多様さを示し ているにとどまらない問題をはらんでもいる。それは給 与と時間の結節点として浮上する、残業手当についての 問題である。両者をまとめて表にしたものが、以下である。

給与/時間 14〜17万 20〜25万 30万

定時勤務

大野、手塚、

ホ津

相良(現職)

残業あり

@1

内田、下川、

ャ谷①(初職)、

シ澤、小林、

l野、深川

太田 黒川(3年目)、

ャ谷②(現職)

【労働・拘束時間】(給与にかんしては、5節1項参照)

だいたい定時:大野、手塚、石津、相良

残業あり、残業手当あり:小谷②(8〜20時)、

 深川(6時半〜17.19時)、

 太田(変則的;月当たりで調整)

残業あり、残業代手当なし:内田・下川(本社:5〜

 13 −15時、店舗:7時半〜20時)、

 小谷①(8〜21時〜)、西澤(9時前〜17 −21時)、

 小林(8〜21時〜;日をまたぐことも)、

 浜野(9時前〜20時〜22時;20時以降は勉強)、

 黒川(8時〜17時〜;日をまたぐことも)

 表からわかるように、およそ半数の者が左下の枠に収 まっている。しかしこれは基本給の低さのみに由来するも のではない。実はここに位置している7名④うち深川を除 く6名には、きちんとした残業手当がつけられていないの である。しかもその残業時間はけっして短いものではなく、

ほとんどの者が一日12時間ちかく働いてもいる。彼ら彼

女らの多くは違法な労働条件のもとで働かされ、稼ぎとし

て報われない労働を強いられているのである。

(3)

 こうした違法な状況が蔓延しているという問題はそれ のみで深刻であるが、ここでは数字や会社のきまりだけ では捉えきれない内実について、事例から追っていきたい。

①内田玲奈一身体酷使の仕事内容

 B高校出身の内田は、学校に来ていた求人から会社を 選び、卒業とともに惣菜等調理販売会社へ就職した。彼 女は父と母の3人家族で、在学中から現在に至るまで生 活保護を受給している。進路選択にあたり進学について は「経済的な問題があったんで、無理だろうな」(1回目)

と語っていた。

 仕事の内容は、本社工場であれば各店舗に送るおかず の下ごしらえ、各店舗では簡単な調理とパック詰めで ある。彼女は店舗に配属となり、2年ほど経ってから別 の店に移っている3。勤務時間は朝7時半から夜は8時 くらいまで、さらに遅いときは9時まで働きどおしのと きもあり、日々の勤務は12時間にもおよんでいる。毎 日残業しているにもかかわらず、「時間調整手当」が月 1万円ついているのみである。店のチーフから「残業す るのがあたりまえ」などと言われるような職場では、残 業手当にたいして、「もうみんなあきらめちゃってるん で。辞めちゃうだけ」とのことである。彼女自身もまた、

「働けるだけありがたい」とあきらめ模様である。さら に同じ会社に入社した下川4によれば、店舗勤務の際、

会社に労働基準監督署の指導が入った結果、「それ(労 基署の勧告)無視して、6時にタイムカード打ってまた 仕事しろって言われた」とのことである。

 労働・拘束時間の長さに加え、身体的な疲労をともな いながらの仕事である、という点も重要である。立ちっ ぱなしのなか惣菜を「作って出して」を忙しくくり返す 作業で、「最初のころなんて、全身筋肉痛。足なんてぜ んぜん痛くて歩けなかった」(2回目)そうだ。時間に 追われながら調理をしているため、いつのまにか火傷を していることもある。時間内に調理をこなすこと(てん ぷらを揚げること)ができる人が限られているため、時 間内にできる彼女が毎回担当することになってしまうと のことである。さらに異動先の店舗がバイキング形式を 導入したことにより仕事量も増え、惣菜を作って出すだ けではなく、客にパック詰めをして手渡すなどの接客業 務も加わっているという。また最近、責任者であったチー フが脳梗塞で倒れ、彼女の休みは週2日から週1日に 減った。チーフ自身もまた、時間に追われた現場労働を 強いられているうえ、責任をかかえる立場という重圧も 重なっており、脳梗塞で倒れたのもそのためではないだ ろうか。その結果として、チーフの分の仕事量が部下で

ある内田らに下りてくるという構図になっているのであ

る。

 こうした状況から彼女は、その日の仕事が終わると何 もできず、「一日が早く終わる」、「寝たと思ったらすぐ 朝になる」、「〔下川:家に寝に帰ってる感じだよね。〕そ

うそう。朝ご飯食べてまた、とか。むしろお店に泊まっ たほうが楽だ、とかね」などと語っている。「他の仕事 に就きたい」と思うこともあるようだが、家庭の事情も あり簡単に辞めるわけにはいかない。「このままでいい のか」とこぼしつつも、なんとか気持ちを切り替えて就 労を続けているのである。

②小林俊介一サービス残業の受忍

 B高校出身の小林は、高校在学時からバイクの整備に かかわる仕事に関心をもち、二年制の専門学校に進学し た。彼はタイトなカリキュラムやそこでの友人関係から、

「整備士イメージ」を形成・修正しつつ学び5、専門学 校卒業と同時に、自動車の整備士として社員総数100 人ほどの会社に就職した。彼の場合、高校時代の「やり たいことゴを関心の根本にもちつづけながら、資格を取 得し一定の技術を身につけ、現在の職業に就いたといえ

る。

 この会社は車検整備を主な業務とし、午前中は入庫な どの作業、午後からは部品交換や車検整備などの作業を おこなう。その日の朝に入庫したら夜には仕上げる「一 日車検」を売りにしているため、整備は深夜にまでおよ ぶこともあるという。夜の9時まで営業しているため、

朝からの勤務にもかかわらず、定時にあがれることはほ とんどない。さらに残業手当は出ていないのである。就 職する前の会社のイメージとは大きく違っていた長時間 労働と残業手当にたいし、「おかしいよ。サービス残業 決定ですよ。そこが欠点ですね」と憤りを語る。そして 彼は一時期、「この会社にいるメリットがみえない」、「こ んなやってらんないよって思って。自分のなかではもう 辞めてやるような流れだったんですよ」とまで思ってい たそうだ。

 しかし、そんなしんどさを聴いてくれた専門学校時代

の友人や職場の先輩は、「おまえより仕事続けてがんばっ

てる人もいるし、もっとつらい仕事したりって人もいる

んだレ」などと声をかけ、心配し励ましてくれた。それ

により彼は、「それに比べたらまだマシ」「ちょっと甘え

てたかな」と思い直している。さらに、会社の制度とし

て設けられている「上の人」との業績評価を含めた面談

で、「おまえはできそうだから、仕事まわしていくから

どんどんがんばれ」と言われ、「やる気は前より出てき

(4)

ました」と気持ちを高めてもいる。そして「〔サービス 残業、訴えたりとかは?〕それするくらいだったら、自 分のスキルアップをめざしてじゃないと」と、.みずから のさらなる技術向上の問題を第一におき、職場での不満 を抑えている。

 「やりたいこと」とも連動した彼のこの志向性は、3 節で展開するように、一方では安定的な将来展望をもた らす源泉ともなっており、それが彼の就労に与える意義 は少なくない。しかしながら残業手当のつかない彼の職 場においては、こうした「上の人」からの評価および発 破かけは、自発的なサービス残業への会社側からの誘導 にほかならない。そして友人や先輩からの励ましもまた、

申し合わせたかのように「がんばれ」という言葉となっ ており、労働条件という制度的な問題が「やりたいこ と」への個人的志向性に回収されてしまっているのであ る。職への志向性そのものは否定されるべきものではな いが、それと労働条件とは本来別物であり、明らかに違 法な労働条件は、やはり解決されるべき問題だといえる6。

2)継続を支える側面

 前項では労働時間の長さと残業手当の不備が就労を圧 迫していることが確認された。ここではその逆として、

職場のどんな側面が彼ら彼女らの就労継続を支えている のかについて探ってみたい。

 まず全体を傭磁してみた場合、「職場の人間関係」と 就労の継続についての強い関連がみてとれる。良好な関 係を築けている者が多い継続者に対し、ほとんどの離職 者は人間関係に苦しんでいる様子を語っている。しかし それぞれのケースをていねいにみていくと、その「人間 関係」と就労継続との関係はこぐ表面的な特徴にすぎず、

それを規定しつつ直接的にも彼ら彼女らの就労を支えて いるのは、なによりも会社のありかたであった7。

①大野千冬一ていねいな教育・指導体制

 A高校卒業後、大手チェーンのスーパーに就職した大 野は、現在3年目をむかえている。これまで3度の転勤 を経験し、それぞれの職場の違いなど仕事へのさまざま な思いこそあるものの、辞めたいと思うようなこともな く、仕事を続けている。入社後2年ほどはレジ業務にた ずさわり、現在は本部で事務の仕事をうけもっている。

店舗勤務では、有給休暇こそとりづらいものの、公休は きちんと守られているとともに、勤務時間も基本的に8 時間は超えないようにしている、とのことであった。事 務になってからはほぼ定時であがれるという。

 こうした労働条件の整備具合に加え、すでに前回まで

の分析8においても指摘したように、彼女の会社にはさ まざまな教育訓練の機会が存在している。まず入社1年 目においては、実際の現場に配属となる前に、専用の施 設を用いた新入社員にたいする研修が用意されていた。

「最初は会社とはこういう感じです、っていうような説 明聞いて、こういうふうに組織がなっていて、という話 を長々とやって、後半はレジ業務なのでレジの仕事につ いてやって」(2回目)という初任者研修から、3ヶ月 間の「実習生」期間が終わる際の「フォロー研修」まで、

きちんとした教育体制が整備されていた。さらに未経験 の事務仕事に移り、「最初何もわからない状態からスター

ト」した際も、前任者の退職と彼女の異動時期の調整に は手間どったものの、1ヶ月間は「引継ぎの期間」が用 意され、基本的なことを教わったという。さらにはその 作業自体も同僚とともに「話しながらやってく感じで」

と、彼女が新しい仕事になじんでいくためのゆとりが保 たれていることがうかがえる。

 そして、大野の職場は彼女より経験の長いパートやア ルバイトが主流の現場ではあるものの、互いの立場関係 をうまく築けているような様子が話の随所にみられる。

たとえば店舗での日常業務においては、裏の仕事も欠か せないのだが、社員はできれば正面(レジ)にいたほう がいいという。「クレームがあったときとか、クレーム がさらにクレームになってでっかくなっちゃった」りも するため、「やっぱり社員の人が出たほうが落ち着く」

とのことである。パートらの思いや伝達事項などをどこ まで責任者に伝えるかなど、あいだに立つ者としての難

しさも感じてはいるものの、日常的にはおしゃべりなど もできる関係を築けている。またこうした職場における 関係のよさは、「同じ部署でも年齢近い人で分かれてた

りとか」、「同期の子と一緒に」というように、研修によ り形成された同輩関係9もその基盤の一つになっている といえる(4節1項も参照)。

 ちなみに、現在はこのように安定した体制がとられてい る会社ではあるものの、それが今後も維持されるかどうか は微妙である。というのも、「いま社員がどの店も少なくなっ てるんですよ。パートさんに社員と同じ仕事をやってもらお うとして」おり、正社員は数店舗を統括するのみで「全店 舗パート化っていう勢いで、パートで店を回していこう」と いう経営方針が採られつつあるためである。さらに給与の 体系にかんしても、自己評価と上司の評価にもとつく能力 給への移行が提案されているという。こうした方向性は、

これまでの正社員とパート・アルバイト間の関係、および 正社員間での関係に少なからぬ影響をおよぼすであろう。

今後の動向を注目すべき点である。

(5)

②深川陽一郎一習熱を要する仕事内容とモデルの存在  3回目調査では、高卒後すぐに働きはじめた者だけで なく、専門学校卒業後に就職して働いている者もいる。

そのうちの一人である深川は、姉が勤務先に借金をする ことにより入学費用を工面し、B高校卒業後は一年制の 調理の専門学校へ進学した。そして、以前から望んでい

た集団調理を業務とする会社に就職した10。その会社は 栄養士や総合職も含め、100人くらいの同期入社がお り、かなり大きな規模であることがわかる。オリエンテー ションや入社式を経て、本社で「社会人としての心構え とか、あいさつの練習とか」の研修を受けたという。そ の後も月1回の本社研修が1年間続いており、「同期の 仲間内はまあだいたい顔見知り」となっているそうであ る。そして彼は某官庁の社員食堂に配属されるが、研修 期間のあいだ同じ仕事場には、愚痴もこぼせる同期入社 の栄養士の人がおり、「(その人がいて)助かりましたよ、

すごい。精神的に」と語っている。

 勤務は朝の6時半から夜は5時もしくは7時までと長 めであるが、残業手当はついており、休みもきちんと取 れるという。会社には労働組合が存在しており、彼も「無 理矢理入れさせられ」たというが、こうした労働条件の整 備具合と組合の存在は無関係ではないだろう。

 最初の3ケ月の研修期間は、出社時間が優遇され、周 辺的な雑務作業があてがわれていた。その後本配属にな るころから、人手の抜けた弁当の仕込み作業を一人で担 当するようになる。1日に200食分の仕込みをするそ うだが、それでも「俺のがたぶん一番簡単」だという。

ただ「簡単」だとはいいつつも、一定の領域の仕事を任 されているという点において、補助的な業務のパートと は一線を画している。実際、新人のごろは調理補助のパー

トからいろいろ言われていたというが、「今では俺が言っ てやりますけど」とのことである。そうしたやりとりも 含め、全体として職場の雰囲気は、「悪くないですよ。

いい人たちばっかりなんで」と語っている。

 大野同様、しっかりした教育体制が整えられている深 川であるが、彼の就労にとって大きいのはそれのみでは ない。彼の場合、家計の状況もあり、お金を稼ぐ、とい うことにあくまで主眼を置いていて、「料理にたいして、

そんなあんま情熱的じゃない。嫌いじゃないんですけ ど」、「楽できたらいいな」、「(弁当の具材は)出来合い のものもあるんで、それが多いときは助かるんですけど」

と日々の業務をこなしている。しかし一方で、今後の展 望については、

にのぐらいできたら一入前だな、みたいなのあります?)仕

込みカ㌔佑うやっτるじゃないですか。)いやぜんぜんなっ τないです。まだまだです。r何かめざしτるどととかあクま す?)とりあえず今ぱ弁当なんで、和洋中どれかに入クたい なと。作ク手にまわりたいなと。

と語っている。現在担っている弁当の仕込みは、揚げ物 の衣をつけたりキャベツを切ったり、冷凍の具材をカウ ントしたりなど、周辺的な作業が申心であり、彼のいう

「作り手」、つまりは「調理」の仕事とはいえない、とい うことであろう。彼がもっているのは、一般的な調理師 としてやっていくために求められる水準・技量の獲i得、

というレベルでの仕事への志向性である。

 その志向性にかんして、専門学校や調理師資格といっ たものが果たす影響も少なくないと思われるが、学校で 学んだのは「ホント土台」的な部分にすぎないという。

それに対し、より強く影響を与えているのが職場の先輩 の姿である。「洋食の仕込みやってるおじさんに、研修 期間にいろいろ教えてもらった」とのことで、「その人 がやってるのをだいたい見といたら、ためになる」「今、

すごい役に立ってます」「この人が俺の師匠みたいにな るんで。まあ俺が勝手に思ってるんですけど」という。・

そしてその人に「少しは認められるようになれれば、い いかな」という思いが、上記「一人前」像とリンクして 将来を描いている。専門学校とこの職場(および同僚)

において共有されているこうした職業文化(「一人前」

像)が、「稼げれば」という彼の思いとせめぎあうなかで、

彼は少し先の目標をやわらかくかかげながら日々の仕事 を続けているのである。

 彼が職場の先輩をモデルとしながら働くこと正1がで きているのは、調理師の世界におけるいわば通行証とし ての「調理師免許」を彼がたずさえているということ、

つまり資格の有無が大きくかかわっているといえよう

12

Bしかしながら、職場における先輩後輩関係そのもの は資格以前の要素であろう。それによりある程度の長期 的なスパンで自分の仕事に見通しをつけることが可能と なり、就労の継続に影響を与えているのではないだろう か(正規雇用就職者の見通しについては3節参照)。

 以上、2つのケースをみてきたなかで浮かんだ重要な 点は、新卒者を、徐々に職場に入っていけるようなかた ちで新入社員としてきちんと処遇する、という教育体制

(①)、および将来を見通すことのできる仕事内容および

モデルの存在(②)、といったことであった。そういっ

たもろもろの側面が、複合的に絡みつつ人間関係をも規

定しながら、直接・間接に彼ら彼女らの就労継続に影響

(6)

をおよぼしているのである。

3)離職者の様子

 前回の調査までに明らかになったのは、3ヶ月程度で 離職した者(特に西澤菜穂子・高橋有香・永原香織)の、

辞めかたにおける深刻さ13であった。それ以降、さら に3名の者(下川彩乃・浜野美帆・小谷恭介)が、一年 ほど就労を続けたのちに離職している。浜野が離職に至 る経緯にかんしては、すでに何度か報告しており14、3回 目インタビューではほとんど言及されていない。よって ここでは、1年目の2月に離職した下川と、2年目の9 月に離職した小谷のケースについてみていくとともに、

前回までの離職者と対比して両者の違いを考えたい。

①下川彩乃

 下川は、高校卒業後に正規雇用で働きはじめ、11ヶ 月後に離職している。彼女は声優の専門学校を希望しつ つも、親の同意が得られず、その資金をみずから稼ぐた めに就職を希望した。そして学校に来ていた求人票の中 から、勤務時間や給料のよさによって選んだ総菜等調理 販売の会社(1項内田のケース参照)に就職した。

 彼女は初め、本社工場に配属となったが、3ヶ月後に 店舗に異動し、そしてまた3ヶ月ほどして本社に戻され たという。どちらも他の社員の辞職にともなう異動で、

告知されたのは3日前というあわただしい異動だった。

「慣れた一、と思ったら異動」(2回目)という不満も漏 らしていた。

 アルバイト・パートが多くの仕事を担う職場は、前項 大野の職場とは違い、徐々に職場に慣れていくという猶 予はほとんどない。本社では、上司から「(容器に)何 を入れるかも分からないのに、機転を利かせうとか、もっ と先のことを考えて行動しろとか」、さらには「遅いだ の、辞めちまえとか」(2回目)とまで言われたという。

またパートがやらない書類作成や発注など、「しちめん どくさい⊥仕事をこなしつつの現場作業では、ベテラン のパートにも「遅い」と叱られる日々だったという。立 場関係についても、「チーフの上にアルバイト・パート がいて、その下に社員がいるみたいな感じ」で、「(パー

トの人に)こうなのでこうしてくださいね、って言って もまったく相手にしてくれない」(3回目①15)という 状態であり、「人が嫌なんです」(2回目)としんどさを 語っている16。

 こうした点が「まったく変わってなかった」ため、ふ たたび本社配属となった1年目の2月に離職している彼 女であるが、その他にも「店舗とかの売り上げも見てて、

あ一この状態じゃいずれつぶれるなと思って、やばいな と思って辞めました」(3回目①)とのことである。た とえば彼女がいた一年間のみでも、3店舗が新たにでぎ て5店舗がつぶれているという状態である。さらに彼女 は、1項内田のケースでみたような違法な労働条件、保 健所にも注意を受けるほどのずさんな衛生環境17、「焦 げてるのがばっと出てきたり、腐ったものを出したり」

(3回目①)などさまざまな問題点や不満を挙げている。

 離職後の下川18は、思うように仕事に就けず、仕事 をしていない自分に焦りを感じている面はあるが、ハ ローワーク求職・車の免許取得・短期のアルバイト・声 優の養成所通いなど、離職後も活発な行動をとっている。

②小谷恭介19

 B高校出身の小谷は、卒業と同時に運送会社へ就職し、

1年半後に離職した。彼は高校を出たら就職と「ちっちゃ いころから」決め、学校に来ていた求人票から就職先を 選んでいる。仕事の内容は、小型トラックで魚屋、スー パー、総菜屋、八百屋に発泡スチロールや紙コップを配 送する作業である。    一

 彼は「求人票には残業なしって書いて」あったなど、

他よりも好条件だったことから会社を決定したにもかか わらず、実態としては日常的に残業があり残業手当もつ いていなかった。朝は8時からの勤務で、配送先までの 距離や道路状況しだいで職場に戻るのは夜の8時や9時 になっていたという。同僚が労働基準監督署に残業手当 が出ないことを訴えたこともあるというが、「運転手当

として一万円」出ていることから動いてもらえなかった そうである。

 彼は働きはじめた当初、残業や残業手当が出ないこと にたいし「今は不景気だから、(中略)どこいっても同 じだろうと思って、(中略)働けるだけでありがたいっ て気持ちでやっていた」という。しかし続けていくなか で、友人やすでに辞めた同僚から他の会社のよりよい条 件の情報を得て、しだいに会社への憤りを感じるように なっていく。そうした不満から同僚たちは次々に離職し ていくが、彼は足を怪我したことから倉庫での勤務に替 わり、「定時で5時半に帰れて、で(地元の友人と)夜 遊びにいける環境だったから、そこで3、4ケ月もった かな一」とすぐに離職の決断をしていない。4節で再度 確認するが、彼にとって地元仲間と過ごすことは重要な 意味をもっているのである。

 遊びにいけるようになった彼ではあるが、倉庫の仕事

のときからすでに、ブルーカラー系の求人情報誌を購

入し、次の職場を探してもいる。そして、2年目の9月

(7)

に離職に至っている。その2週間後、「手に職をつけた い」「技術で将来は」と考えている彼は、今後の仕事に 活かすためフォークリフトの資格を取っている。そして 求人情報誌から「近所であること」、「初任給で18万か

ら24万円」、「8時から17時の定時」、「溶接の技術を 習得することができる」ことなどを他の職場と比較しな がら、現在の板金・塗装会社に決めている。離職から1ヶ 月後の再就職であり、比較的スムーズに転職を遂げてい ることがうかがえる。しかしまた、次の職場もまた厳し い環境のようだ。残業手当はつくようになったものの、

職場での人間関係の難しさや肉体を酷使する内容に苦労 しているという。そのため今でもブルーカラー系の求人 情報誌を定期購読して情報を入手し、次の転職先を検討

しながら働いている。

 彼のこうした様子からわかるのは、彼にとっての離職 とは、よりよい労働条件と新しい職場で得られる技術な どを求めての離職、すなわち転職にむけた行為だという ことである。

③心身を傷つけ離職した者との対比

 以前指摘したように、2回目インタビュー時にすでに 離職していた者、とりわけ3ヶ月ほどで離職した西澤菜 穂子・高橋有香・永原香織の場合、いずれも心身ともに 深く傷つけられ、追い詰められた状態での離職であった

20 Bそれに対しここでみてきた二人の場合、働かされか たこそ厳しいものではあったが、そこまで追い詰められ ることはなく、むしろ会社への不信・不満から、みずか ら会社に見切りをつけるかたちで離職へと至っている。

では、この違いははたしてどこから生じているのであろ

うか。

 まず前者の三人を簡単にふり返っておきたい。父親の つてで製造下請け会社に就職した西澤は、長時間にわた

る雑務作業や上司からの精神的圧迫などによるストレス から、自傷行為や不眠、抑うつ状態におちいり、胃潰瘍 で入院もした。そしてある日遅刻してしまったことを契 機に、離職へと至っている。また容器塗装などの製造会 社へ就職した高橋は、年配女性パートの執拗ないじめか ら、出社しようとすると腹痛を引き起こすようになって しまう。そのいじめに気づいていながら助けてくれる者 もなく、「同じ職場の人は信用できない」状態となり、

離職した。内田・下川と同じ惣菜等調理販売会社へ就職 した永原は、①の下川のケースでも紹介したが、違法な 労働条件と不衛生な仕事場から、不眠と食欲不振におち いり、体調を崩し入院・通院にまで追いこまれ離職した。

離職後彼女らは、すぐに次の職場を探すことはしていな

い。探さなかったというよりも探すことができないほど の状態であったというほうが正確であろう。

 そんな彼女らに対し、下川・小谷の場合には、会社の 問題性などを共有し、わかってもらえる話し相手がいた、

という点が大きかったのではないだろうか。西澤・高橋 は職場の誰にも相談できなかった一方、小谷は離職前の 職場について「人間関係はいい」と語っており、下川も 店舗勤務では「人がよかったからここまでがんばれた」

(2回目)といっていた21。それは同僚との関係がスト レスにはなっていなかった、という面での差異でもある が、それのみで両者の違いを説明することはできない。

小谷の場合、会社における残業手当などの問題性にたい し、そのおかしさを共有しあい、さらには労基署に訴え るなど、具体的な行動にも移すような同僚がいた。それ は彼にとって、会社にたいする「おかしい」という思い が他者から承認されるということを意味している。それ により彼の場合、憤りを自分のなかにため込んでしまう こともなく、外(会社)へとむけることができた。その ことにより彼は、身体を壊すこともなく、転職というか たちで職場を離れることが可能となったのではないだろ うか。また下川も、会社に労基署や保健所からの注意・

勧告が入っていたということを認識しており、彼女が感 じるおかしさが外部的にみても妥当なことである、とい う確証が得られていた。

 一方の西澤は、親友である庄山(第1章2・5節参 照)などにはつらさを話すことができていたものの、実 際の職場を彼女と共有していたわけではなく、「べつに 話通じないと思って」、「一方的にrイヤだイヤだ』しか 言ってなかった」(2回目)という。それは彼女の「つ

らさ」という感情を多少なりとも精神的に癒す効果はあ

るものの、そもそもそのつらさを生じさせている職場の

おかしさ(およびその認識)のなかみについては不問と

されている。それゆえ、つらさを感じないようにするた

めの、つらさの要因への攻撃(防衛機制)が、職場では

なくむしろ〈そう思ってしまう自分〉へとむけられてし

まうことにより、つらいと思えば思うほど身体を傷つけ

てしまうという状況へとおちいってしまったのではない

だろうか。つまりは、職場の問題性がまず根本にあるな

かで、そこから受けたつらさをうまくやり過ごしていく

ための回路を得られなかったことが、彼女を追い詰めて

いったのである22。また高橋の場合、職場において、い

じめの実態そのものについての共有こそなされていた

が、わかっていつつも見て見ぬふりをする周囲の姿勢か

ら、西澤同様つらさを自分のなかにため込むしかすべが

なかった。「登校拒否児の気持ちがよくわかる」(2回目)

(8)

という高橋の言葉が、彼女らの置かれた状況を象徴的に 物語っているといえるであろう。

4)小括

 この節では、正規雇用就職者たちがどのような就労生 活を送っているのかについてみてきた。1項では特に労 働条件に注目したが、きちんとした職場で働けている者 がいる一方、違法な働きかたを強いられている者も多い。

       り

加えて事例を丁寧に捉えることにより、労働時間に組み 込まれている仕事内容の問題、そしてサービス残業受忍 の構図などが浮かびあがった。

 そして就労を支えている側面に注目した2項では、教 育・指導体制や仕事へのモデルをもつことが可能な状況 などがみえてきた。それはつまり、彼ら彼女らが新人と して、かつ正規の社員としてきちんと処遇されているこ とを意味している。それらが人間関係にも大きく影響し、

就労を支えているのである。

 また、今回新たに離職を経験した者の辞めていく経緯・

決断について注目すると、やはりそこには厳しい職場の 様子が確認できた。しかしその辞めかたに注目すると、

あくまで相対的にではあるが、みずから会社に見切りを つけているような面があり、心身ともに傷つきながらぎ りぎりの状態で辞めていった者たちとの違いがきわだっ ていた。その差異を生みだしているものとして、つらさ や問題性を自身の内にため込むのでなく、そもそもの要 因である外部、すなわち職場の問題へとむけていく回路 が存在していたことが大きかったと考えられる。

 彼ら彼女らは正規雇用での仕事に就いている、もしく は就いていたという意味では、第1章でみたような非正 規雇用の仕事を断続的に渡り歩いているフリーターに比 べれば、多少なりとも生活は安定している、またはして いたといえるかもしれない。しかし本節でみてきたよう に、それはかならずしも就労の安定さを意味しない。彼 ら彼女らのうちでも隔たりは大きいが、その働きかた・

働かされかたの様子をみるかぎり、正規雇用と非正規雇 用は地続きなのである。

3 仕事についての将来展望

 私たちの調査では、毎回のインタビューの最後に、「5 年後、10年後はどうなっているか」という質問を投げ かけている。本節ではそれをもとに、正規雇用経験者た ちの抱く将来展望についてみていく。

 彼ら彼女らにとって正社員として働くということは、

高校や専門学校といった学校に在籍していた時期からみ

れば、自立にむけたひとまずの到達目標であったという 共通性をもっている。つまり実際にその到達目標の入り 口をいったんはくぐった彼ら彼女らのうち、正社員とし て継続している者にとってはいわば「一入前」にむかっ て就労生活を歩みはじめた段階23、また離職した者に とっては、その「一人前」にふたたび距離をおいた段階

といえる。

 もちろん質問にたいする彼ら彼女らの答えは多様であ り、たとえ同じ正社員を経験した者であっても、将来の 予測や期待あるいは不安といった将来展望は、経験や利 用できる資源あるいは現在までの就労年数や仕事内容に よってさまざまである。当初の目標というステップに一 度は立った彼ら彼女らが、次にいったい何を見通してい るのか。それをとおしてみえる特徴を、それぞれの就労 実態とともに描いていくことが本節の主題である。

1)今の仕事とむすびついた将来展望を抱く者たち

①仕事の専門性が展望を生みだす小林俊介

 専門学校を卒業後に自動車の整備工場で整備士として 働きはじめた小林(2節1項参照)は、整備の仕事は収 入面での不満などから整備の仕事を一生続けていくつも りはないと言いつつも、自分のこれからを次のように明 快に語っている。

う一ん、おもしろぐなっできたかな。やっぱある程度できる ようになっTぐると、もっと止にいきたいとか成長したいっ ていう気持ちとか、向士心とか出てきで。(中諮)前はふつうに、

あれもできるようになりたい、ごれもできるようになりたいっ て想っでたけど、今はちょっと具体的にどの作業をどううま ぐなりたいとか、スピードを士げたいとか、具体的なのが出 できたから達う意味でおもしろぐなっτきた。

 今後についてのこうした言葉からは、今の仕事がなに より専門的な技術を要するものであることがうかがわれ る。専門学校で資格を取り技術を身につけただけでは十 分ではなく、より高度な技術を要求される、そんな「職 人」の一員として彼は働きはじめている24。そのなかで、

日々の業務にたずさわることをとおして将来像が具体化 されており、その目標にむけた向上心が仕事のおもしろ みにもなっていることがわかる。またそれに加えて、彼 は次のようにも話している。

(整傭士の仕事を続けるのぱク2、3年じゃ逆にもったいない

ですσ2、3年で辞めちゃったら。整1傭二士やクぱじめた意味

がなぐなっちゃう。(申諮♪もっとやっで、いろんなことを学

(9)

ぱないと整億士とはいえないから。先輩1に教えτもらったん ですけど、整傭士っでいっでも、今やっでる仕事がホントの 整備じゃない。整備±っτいうのは車の故障とかの診断がで

きで整備士だろうって。仲略♪今の仕事でなんか満足したら ダメなんだっτ。

 こうした話を、彼は職場の先輩と、業務をしながら、

あるいは飲みにいった際などにしているという。職場内 外での先輩とのやりとりから「ホントの整備」を教えら れ、「整備士」という将来像を明確にしているのである25。

 このように、彼の将来展望を形成するものとして、日々 の業務内容および職場の先輩とのつきあいという二つの 要素をみいだすことができる。そしてそれは、日々の作 業をとおして築かれる具体的目標であるとともに、中・

長期的な展望にもなっているのである26。

②安定した職場が将来展望を形成した相良健

 働きはじめた職場において技術を習得するという展望 は、入職前から「やりたいこと」を明確にしていた者だけ にかかわることではない。B高校卒業後すぐに働きはじめ た相良のケースからは、就労現場で技術を培うなかで自身 の展望をしだいに明確にしていく様子がうかがえる27。

 彼は高3時には家計への配慮もあり、「やっぱり家に 負担かけたくない。(中略)あとは自分で働いて、親孝 行みたくしていきたいなあと思って」(1回目)と、中 学生のころから高卒後は就職をするつもりでいた。そし て「家を建ててみたい」という思いから、地元の建設会 社に就職した。だが、入った仕事先で同期社員の態度や 作業現場での居づらさに苦しみ、4ケ月で離職。その後、

ブルーカラー系求人情報誌を見てクロス貼りの仕事に就 くものの、ふたたび1ヶ月で離職していた。

 ちょうどそのころにおこなったインタビューで彼は

「もう、まずいな一って、どうにかしなきゃって、思っ てる。(中略)いちおう続けられるような仕事をしてみ ようと思ってるんですけど」(2回目)と語っていた。

また高校生のころから交際しているパートナーと「20 歳くらいまでには」と考えていた結婚についても、「(今 は)仕事していないから」と、その目処がなかなか立た ない様子を語ってもいた。

 その後も彼は廃棄物運送の仕事など職場を転々と替え るが、卒業後2年目の冬、やはり求人情報誌を見て配管 工として就職する。結局この仕事を現在も継続中である が、配管工として仕事を始めてちょうど1年が経った時 期に、彼は次のようにこれからの見通しを語っている。

今ぱ(親方や社喪に♪助けて一もらったクしτるんで、迷惑かけっ ぱなしだなあと想っでるんで、早ぐ仕事を覚えτ一入前になっ τ、迷惑かけないように手伝うっτいうか、自分がやりますっ τ、自分力、ら率先しτやクたいっτ感じですねo迷惑力、げτ るんで。足を引っ張りたぐない。〔その一入前というのは?ク やっぱク、一入で現場に行ける、社長に頼まれτ一入で行け る存在になるまで。それができたらたぶん、(一一入前)かな、っ

τ。

       ◎

 こうした変化は、たんに社員になったから手に入った というものではない。これまでに就いた建設やクロス貼 りの会社では、彼は風邪などで休むとそれ以降連絡しづ らくなり、そのまま仕事を辞めていた。そして現在の会 社でもしだいに人間関係に疲れ、「どうしよう、どうし ようって考えてて」一時は仕事を休みがちになっていた。

しかし今回は、きちんとそのつらさを職場の上司(社長)

に伝えることができたという28。そして社長は「『じゃ あ話しよう』って言ってくれて、そこでけっこう話して くれて」、作業のペアの相手を親方に替えるという手を 打ってくれたのである。

一番士の入(親左フのぼうが余裕をもっτ(教えることrbi))できる、

余裕をもっτ教えられτ仕事もできるっτごとて『。(中略♪30代、

40代の入ぱ仕箏ぱわかりであんまり余裕がないみたい嬬教え τぐれるんですけど教えかたもどうなのかなあっでいう感じ矯 けっこう=入ひとり遠う教えかたなん鷲やっぱ㍉入で教えτもらっ たほうがいいっτどとになゴ乙

 離転職をくり返し、失業期間も長かった相良であるが、

安定的な業務と技術習得を可能にしてくれる上司の支え によって、今の仕事を続けることで一人前になりたいと いう将来像を具体的に抱くことができるようになってい るのである。

 以上の二人のケースは、ともに今の仕事に目標をみい だしながらその延長上に将来を見通している。そしてそ れを可能としているのは本人の意識だけでなく、職場環 境からの影響も大きいことがわかる。かつては苦境に立 たされていたこともありながら、職場からの支えをとお して、現在は「一人前」にむけて着実に歩みを進めてい るといえるだろう。

2)仕事での挫折から展望を見失った浜野美帆

 浜野は高卒就職者のうち、「やりたいこと=美容師」

と就職先が合致した唯一のケースであった。彼女は当初

専門学校に進学予定だったが、学費を工面することが難

(10)

しかったため、社員として働きながらそこで技術を向上 させようと美容院で働きはじめたのである。働きはじめ て1年目のインタビューで、彼女はこれからのイメージ を「1年後は…、まだみえてないんですけど、とりあえず、

必死こいてる。さらにやっぱりできるような技術は早 く終わらせたい」(2回目)と語っていた。この時点で は、美容の仕事で技術を向上させることを目標としてい たのである。だが、就職2年目に入ったころ、過干渉な 職場の先輩やひどい手荒れに耐えきれず離職する29。高 校卒業後3年目の今回の調査ではみずからを「プチニー トだよ」と述べ、倉庫での仕事やパチンコ屋、カラオケ 店、テレホンアポインターなどアルバイトを転々として いた。彼女は自分の5年後、10年後について次のよう に語っている。

(5年後ぱ♪死んでいると想う。死んでいる。だっτ明日死ん でいるかもしれないんだよ。(中諮♪ぞんな入生じゃん。たぶ んね、バイトしτると思う。たぶん、パ 一一 Ncなっで。おば ちゃんになっτ。だっで27だから。社買になってもいいげど、

ぞごまでやっτも。(中略♪(1 O年後は何を しτると想う?ク たぶん、すげえ疲れでいると想う。精神的に病んでいるかも

しれない。もしぐはうつ病になっτいるかもしれない。

 彼女は、高校在学時には自分の「やりたいこと」を明 確にもち、それにむけて進路を選択していたという点で 先の小林に似ていたともいえる。だが実際に就職し、そ こでトラブルをかかえて離職した彼女は、これからの具 体的な展望を見失い、非常に不安定な状態に至っている。

小林や相良の場合には、仕事を辞めたいと思ったときに 職場の人からの支援がみられた。だが浜野の場合、トラ ブルをかかえたときに職場の人たちからの支えは得られ なかったのである。

3)仕事における将来展望を描かない内田玲奈  離職とともに展望を失っていった浜野であったが、一 方仕事を継続していればそこで将来展望を得られている というわけではかならずしもない。2節1項で挙げた、

惣菜等調理販売の会社に入社した内田は、正社員として 働いていながら仕事上の将来展望というものがまったく ない。彼女は5年後、10年後の展望について次のよう に答えている30。

将来、二実ぱ何も考えτないです。何も考えτないんだよね一。

だっτ30とか25になっτる自分とか想像つかないもん。想 像しτない。

 こうした将来展望は、この言葉だけを取りだせば非常 に刹那的であいまいにも受けとれる。だが前節でもみた ように、彼女は朝から晩まで一日中、容器の発注や料理 のパック詰めなど、こまごまとした作業に追われている。

つまり仕事内容にかんする高度な専門的技術や資格を身 につけることは求められておらず、彼女自身もその必要 性をそれほど意識していないのである。むしろ彼女が社 員として求められているのは、特定の技術や出来映えよ りもスピード、そして調理や販売の忙しさをこなす目配 りと要領なのである。仕事内容がかならずしも専門的で ない点においては、代替性をともなう非正規雇用の働き かたにむしろ近いともいえる31。こうした彼女の働きか たをふまえれば、将来展望を「何も考えていない」とい うのはつまり、つらい現状に耐えようとしている言葉な のではないだろうか。

 こうしたスタンスは、仕事の不満にたいする折り合い のつけかたにも現れている。内田は「違う仕事がやりた くなる瞬間がある。このままでいいのか、って」と語り ながら、同時に「でも就職しないで何もやってないより かはやってたほうがいいから。お金もらえるだけでもあ

りがたい、みたいなところがある」、「〔今職場のなかで 目標とか考えたりは?〕しないです。そういうのは嫌で す。気苦労が絶えなそうなんで。下っぱでいうこと聞い てるほうがいいかなって。上にあがっていくといろんな 仕事が増えたりとか、そういうのが(大変そう)」と語っ ている。

 彼女は家庭が生活保護を受給しているという経済的制 約も背景にあり、今まで辞めたいと思ったことは「何回 もありますよ」とはいうものの実際の行動には至ってい ない。もちろん容易に転職できる労働市場でもない。し かも小林や相良と違って、仕事のなかでスキルアップし ていく道も開かれているわけではない。そうしたなかで 彼女の見通しをもたない(もとうとしない)働きかたと は、多忙な現在の仕事をなんとか続けていくための彼女 なりの意識のもちかたといえるだろう32。

4)みずから将来展望を生みだす黒川武志

 最後にみずからのもつさまざまな資本が、高卒後の働 きかたとともに将来展望に強く影響をもたらしていると 考えられる黒川のケースをみてみたい。海外で手広く「貿 易の仕事」をしていた「超エリート」の祖父と「すげ一 お嬢様学校」を卒業した母親、さらには「もともと暴走 族」でかつては「むちゃくちゃ儲かっていた」「クルマや」

を経営していた父親という家庭で育った彼は、きわめて

高い経済・文化資本をたずさえている。彼が中学のころ

(11)

に両親は離婚し、高校3年のときには父親が行方不明に なり、祖父も現役を引退していて直接的な経済支援は当 てにできなかったという。しかし、それでも彼にとって 活用可能な資本は多く、それらを背景に実際の入間関係 を新たな資本として活用しながら、彼は将来を比較的ク

リアに、そしてより操作的なかたちで見通すことができ ている33。

 彼の就労の様子については、やや複雑な検討を要する。

A高校出身の彼は、もともとドラム活動を中心に高卒後 の進路を考えており、いくつかの音楽プロダクションか

ら誘いがくるほどに、その進路は現実的なものであった。

だがプロダクションに所属することによる縛りなどを考 え、結果的にドラム活動は当面のあいだは生活の中心と しないことにした。そして、将来ドラム活動に専念する ための「保険」を得ることも一つの目的として、父親の 知人が経営する自動車の塗装会社に正社員として就職を している。また、同時に祖父が「モグリ」でやっていた エンブレム製作の事業を引き継ぎ、兄とともに「エンブ レム関東」という有限会社を立ち上げ、運営している。

さらにその会社の業務の一環としてイベント企画もおこ なっており、高校時代の友入3人を雇って活動してもい る。つまりドラム活動と自動車塗装、そしてエンブレム の経営とそこでのイベント活動にむけた営業、これらす べてが高卒後に黒川がたずさわっている仕事である。

 それぞれの活動目的と業務内容のつながりも複雑だ が、3回目調査時にはイベント活動に特に重点をおいて おり、ゆくゆくはともに働く友人たちと飲食店を開きた い、そのためにイベント業務をとおして資金を稼ぐsそ れがこの会社を経営する一つのモチベーションとなって

いる。

5年後に店建τるために確はたぶん17万から2ヂ万稼ぐか ら、(中略♪5年後に店建τよう、瘡とおまえ(友ス3入♪が やクたいどとやろうっτ、そのためにがんばろうっつっτ。(中 略♪θ0年後のビジョンは?)何しでるんだろうなあ。まあ、

とクあえずその居酒屋が何店舗かはできTる。その現実的な ことを考えると、居酒量が何店舘かできττ、あと、なんだ ろうな。まああとmエンブレム騙、あとファッション衡係。

アパレル僕1係にたぶん手を伸ばしていると想う。

 こうした見通しは一聞すると空想的にも聞こえるが、

彼と彼のつきあう人びとの様子をみるとそれはかならず しも現実性を欠いてはいない。2005年10月(会社を 始めて1年半後)にオー一一・ルナイトでショーやライブをお こなうイベントの企画を立ち上げ、会場やキャストを探

しながらイベントの内容を具体化していった。黒川を含 めた3人は集客のため、睡眠は車でとるほどに時間を惜 しんで毎日さまざまなクラブを回り、人を誘ったという。

結局彼の会社はこのイベントを都心の繁華街にある施設 でおこない、250人を集めた。そしてこのインタビュー 時には、次のイベントを企画中であった。

 また営業活動をとおして彼は、商談相手の社長と交渉 しながら「社長が俺のことを気に入ってくれるような方 向にもっていって(中略)、それでもっとすごい人紹介 して」もらうという展開が期待できるような関係をつ くったという。

10月(のイベント)に、結局120万かかったんですよ。それで、

みんなには成功するっτ言っτましたけど、俺のなかじゃLあ あ、これぱ確実に赤だな」っτのがわかっτで。でも赤の中 でもやっτよかったような赤じゃないと意味がないから。今 後赤が黒こなっτ、100万が1000万になるようなコネが必

要だった。

いろんな入紹介しでもらっで。(中略♪あの5社長とか、入砺 がハンパないんですよ。あと、このホールの社長の1さんっ

τいうのがいるんですよ。(中略♪1(社とかA社(ともに大手 飲料メーカー♪とか、みんなもう知り合いなんですよ。だか

ら飲食衡孫ぱ瘡が強いんです。(協賛とか♪取りやすいですね。

 こうして黒川の会社は実際にイベントを企画・運営し、

彼自身そこでクラブ経営者などのつてを広範囲に獲得し ている。その後も彼は広がった人脈を保つため、「一人 も逃がさない、全員に毎日会いに行っで会いに行って会 いに行って」いるとのことである。

 黒川の仕事が今後、どのように展開し実現していくの かはもちろんわからない。しかし彼はイベント活動など と並行して日々勤めていた自動車塗装の仕事を、技術を マスターしたので近々辞めると述べている34。それはす なわち彼にとっての「保険」が成立したことを意味して いる。彼は彼のスタイルで将来の安定性を担保している のである。

 赤字までも将来における「投資」として位置づけ、み ずから会社を切り回している彼の展望は一見、危険性を ともなった不安定なものにもみえる。だが、獲得した人 脈をもとにさらに次の関係へと資源を拡大している働き かたは、明らかに他の者とは異なる独自の「起業家的」

展望をもたらしている。高卒後3年を経て、その姿勢が

より拡大し、再生産されているともいえるのである。

(12)

5)小括

 働きはじめた彼ら彼女らの仕事についての将来展望に 注目した本節では、社会へとひとまず一歩を踏みだした 者たちであるにもかかわらず、その展望において大きな 隔たりが生じていることが明らかになった。

 仕事において習得するべき技術が比較的明確であり、

それを身につけていくことを目標にすえていた小林・相 良は、職場の人たちなどにも支えられながら、中・長期 的な将来展望を形成していた。そんな彼らに対し、身に つけるべき技術は明確であったが、職場からの支えを得 られず離職に至った浜野の場合、その後の就労の不安定 さとともに展望は一転して不安定なものとなっていた。

しかしたんに就労継続が展望をもたらす、というわけで はない。現在も継続している内田は、専門的な技術を要 しないさまざまな業務を日々なんとかこなすなかで、仕 事をとおした将来像をもつことさえ拒否していた。そし て「起業家」的志向性をもつ黒川は、獲得した人脈を新 たな資源とする独特のサイクルを拡大しながら、現状の 仕事にはとどまらない展望をみずから発展させていた。

 こうした展望における隔たりをあらためて見返してみ ると、それは彼ら彼女ら自身のモチベーションというよ り、外的な要因によってもたらされている面が大きいこ とがわかる。それは職場からの支えの有無であり、業務 内容・技術の明確性であり、あるいは家庭のもつ資本で あったりもす筍。さらにはジェンダーバイアスも大いに 関与しているであろう35。それらが各自の就労生活に影 響をおよぼしつつ、将来展望を大きく左右しているので

ある。

4.交友関係からみえる地元の役割

 サービス残業があたりまえなほどの長時間労働にたず さわる彼ら彼女らではあるが、その一方で勤務時間外の 活動も重要な意味をもっている。高校を卒業した彼ら彼 女らの交友関係にかかわって、これまでの分析では、主 にB高校出身の女性たちのあいだで形成されていた、サ ブカルチャーを軸とする友人関係およびその連鎖につい て「地元つながり」「地元ネットワーク」として注目し てきた。特にこのつながりは、離職した女性たちが仕事 で負った精神的なつらさを癒し回復させること、不安定 な生活を精神的に支えあう拠りどころとなること、そし て社会的な個別化という流れにたいする抵抗としての可 能性をもちうることなどを指摘した36。それはとりわけ 不安定な移行におちいっているフリーターにとって重要 なつながりとして描かれてきたが、それでは正規雇用と

して働いている者の場合はどうであろうか37。本節では 彼ら彼女らの勤務時間外の交友関係に注目し、それがそ れぞれの就労生活といかに関連しているのかという点を 明らかにする。

 職場外の過ごしかたを検討する前に、まずその大前提 として、彼ら彼女らの長時間にわたる就労がそれぞれの 仕事後の時間や休日にまで食い込んでいることを、もう いちど確認しなければならない。たとえば下川は、長い

ときには朝8時から夜9時ごろまで働いていたため「家 に帰ったらバタンキューって感じで。寝に帰ってる感じ」

(3回目②)という。また運送の仕事に就いていたころ の小谷は、「(夜の)10時とか9時まで働いてたから遊 びにいけなかった」と述べている。2節でもみたように、

就職後1年から3年目の彼ら彼女らにとって、日々の生 活の大半は仕事であり、勤務外の時間はまさに仕事の合 間をぬってなんとか確保されているのである。

1)地元に根をはる者たち

 仕事外の時間の過ごしかたについてみてみると、彼ら 彼女らの多くには、交友関係に共通した特徴がある。

 「中学のときに仲捜かった子斌ホント幼稚厨から一緒だっ たんで、その子には一番話しやすいかな。愚痴っでいうのも 変なんですけど、嫌なごとがあったら話したクとかはしτま

すね。ノ(大野)

 / i休みをもらう日っτバレーの日。今日みたいな試合がある θとか。第一・第三火曜日、体育館力撫料で嚴放しでいるん ですけど、それκ行ぐために休みをとったりとか。仲略♪〔一 緒に行ぐのは?クあの、村飼くん(38♪と。いつも。y(太田♪

 π蕩校峙代から交際しτいる彼女と♪休みの日も毎θ会っ τます。二入とも実家なんですけど、休みの日にはだいたい 家に来るね。ノω、掬り

 このように彼ら彼女らは、地元で昔から続く友人関係を むすんでいるのである。そのうえで、2節2節で紹介した 大野のケースをみてみよう。彼女は上述のように幼なじみ

との交友を保っている一方、職場の人たちと勤務時問が終 わってからもつきあうような関係を築いている。

9時18峙がいちおう(勤務の♪定碍…なんですよ。だからノ司 じ本部で違う部署の事務の子と夜ご飯食べdこいったクとかも。

(中略♪この前もちょうど仕事終わっτ、待ち合わせしτご飯 食べκいこうっτなっτ、みんな違う部署なんですけど4入

でfデっτましたo

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