アメリカにおけるステイト・アクション理論の現在 : いわゆる私人間効力論再検討の道標として
その他のタイトル American State Action Theory and Constitutional Law
著者 君塚 正臣
雑誌名 關西大學法學論集
巻 51
号 5
ページ 861‑921
発行年 2001‑12‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/00023550
ア メ リ カ に お け る ス テ イ ト
・ ア ク シ ョ ン 理 論 の 現 在
目 次 は じ め に
一伝統的ステイト・アクション理論
曰 公 的 機 能 の 理 論 口 司 法 的 執 行 理 論 曰 州 の 介 在 の 理 論
︱︱ステイト・アクション理論の後退
曰司法的執行理論及び公的機能の理論の衰退
ロ 州 の 介 在 の 理 論 の 限 定
三ステイト・アクション理論の現在
曰 裁 判 手 続
・ 刑 事 関 係 口 公 益 団 体 曰 政 府 の 不 作 為 そ の 他
四ステイト・アクション理論の評価
お わ り に
アメリカにおけるステイト
君
ー い わ ゆ る 私 人 間 効 力 論 再 検 討 の 道 標 と し て
1
塚
︵八
六 正
アクション理論の現在
臣
ところが︑連邦最高裁は二
0
世紀に入ってから︑ そこで本稿では︑第 五 一 巻 五 号
(1 )
筆者はこれまで︑わが国の憲法学における︑いわゆる私人間効力論の学説を検討し︑自説の展開を試みてきた︒と
ころで︑本研究に関して︑ドイツ法研究は以前から日本でも多いが︑アメリカについては相対的に少ないと言えよう︒
そしてこのテーマに関しては︑アメリカ合衆国最高裁判所︵以下︑最高裁︑又は連邦最高裁︶が積極的な判例形成を
(2 )
行ってきた比較的古い時代の研究についてはそれでもまだ多くの紹介があるが︑これが後退期に入ったとされる最近
(3 )
の事情を紹介するものは更に少ないと言える︒特に︑レーンキスト・コート期の判例のまとまった紹介は皆無である︒
を解明し︑その日本法への示唆の端緒とすることを目的としたい︒
まず︑伝統的なステイト・アクション理論の整理をしてみたい︒アメリカではドイツと異なり︑憲法上の権利はあ
(4 )
くまでも政府に対するものであり︑私人による行為をおよそ拘束するものではないと考えられてきた︒憲法は民主的
な制限政府を創設したのであって︑その名宛人は連邦政府︑或いは州だからである︒文言上も︑修正一四条などは明
らかに州︑二義的には連邦議会が名宛人であることを示しており︑州の違反行為があって初めて連邦議会が是正すべ
(5 )
きものというのが南北戦争直後の修正一四条初期の理解であった︒
関法
一九
八
0
年代以降の判例の紹介や検討に力点をおきながら︑アメリカのステイト・アクション理論伝 統 的 ス テ イ ト
・ ア ク シ ョ ン 理 論
は じ め に
一定の場合には私人の行為であっても︑それが政府︵州︶の行為︑
︵八
六︱
‑︶
( 一
)
︵八
六三
︶
即ちステイト・アクション
( S t a
A c t e
t i o n
)
となることがある︑という態度を採り始めたのである︒ステイト・アク
ション理論の問題意識は︑多分にドイツの場合と同じく︑巨大な私企業が︑政府ならぱ憲法によって禁じられている
(6 )
ことを行い得ることへの警戒という面もあったが︑以下に述べるように人種問題の比重がより大きかった︒しかし合
衆国憲法の場合︑条文上︑人権侵害的な私人を寵接拘束するようなものとは理解し難い構造を有しており︑実際その
ように理解されてきたのである︒そのため︑救済を与えて︑私人の差別的な行為を憲法上問題にしようとする場合︑
統治機関の何れかの行為と見倣し得なければならないということになったのである︒
公的機能の理論
その第一は︑私人の行為が﹁公的機能﹂を果たしているとされた場合である︒
南部で民主党が圧倒的に強かった時代︑テキサス州の民主党は下院議員候補者を選出する予備選挙において︑党員
資格を白人に限定しており︑事実上勝利が確定的な民主党候補を黒人たちは選べないことが続いたのである︒しかし︑
( 7)
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s ではこのような予備選挙は連邦憲法の規制対象外であると判断された︒勿論︑仮にこのよ
うな予備選挙を州が執行するのであれば修正一五条の文言に明らかに反することは間違いない︒実際︑
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(8 )
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n では︑民主党の予備選挙で︑州の選挙管理委員がテキサス州法に従って黒人である原告の投票を拒否した
(9 )
ことが全員一致で端的に違憲と判示された︒そして︑
Ni
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では︑州法が改正されて︑予備選挙への投票
権決定が各政党に委ねられ︑民主党が投票資格を白人に限定したのだが︑最高裁は︑
He
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do
n 判決を引用しながら︑
( 10 )
州法による委任を受けた政党は最早その限りでは州の機関の管理人であるとして︑黒人を︑その当選者がそのまま本
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ステ
イト
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クシ
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理論
の現
在
第 五 一 巻 五 号
︵八
六四
( 1 ︶
1 )
選挙の候補者となるような予備選挙の投票権者から排除する行為は修正一四条違反であると判示した︒ところが︑
( 12 )
G r o v e y v . T o w n s e n d
では︑党員となる資格については憲法の関心事ではないとされ︑州法による強制がないときに
( 13 )
C o n d o n
判決の趣旨は及ばないとされたのである︒
( 14 )
しか
し︑
S m i t h v . A l l w r i g h t
におい
て︑
G r o v e y
判決の論理は覆された︒最高裁はリード判事が法廷意見を執筆し︑
政党は私的結社ではあるが︑予備選挙は州の機能を私的な団体に委任したものであるから︑原則として居住者などは
( 15 )
資格の有権者と見倣されるのであり︑それに反する人種差別的選挙はステイト・アクションとして修正一五条に違反
するとしたのであった︒即ち︑党員資格を白人に限ることにより︑選挙人の資格のある黒人を予備選挙から排除する
( 16 )
ことは許されないとし︑
G r o v e y
判決は明示的に覆されると判示したのであった︒事案は
G r o v e y
判決と同様に︑州
( 17 )
法による明示的な委任はなかったのであり︑予備選挙投票税を支払うことなどを州法で決めているなどだけであった.
が︑それでもなお︑政党の予備選挙を州の選挙制度の一部に組み込まれたものとして︑そこでの人種差別を違憲と認
定したのであった︒予備選挙を法律上の義務としないとしたサウス・キャロライナ州の事例でも︑政党が人種差別的
( 18 )
予備選挙を行うことも許されないとされた︒
( 19 )
この法理は予備選挙に先立つ選挙にも適用され︑
T e r r y v . A d a m s
でも同様な人種的排除は違憲とされたのであっ
た︒この事件では︑民主党が行う予備選挙では黒人の投票は認められていたが︑それに先立って︑テキサス州の影響
カの強い政治団鋲が自らの費用で黒人を排除した私的な予備選挙を行い︑それによって実際には候補者が決まってい
たというものである︒最高裁は︑このような私的予備選挙を許すことは修正一四条を無にするものであると指摘して︑
( 21 )
このような予備選挙前の予備選挙を禁じたのである︒結果として︑公的な候補者の選出過程においては︑ほぼ一切の 関法
四
アメ
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ステ
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・ア
クシ
ョン
理論
の現
在
五︵ 八六 五︶
( 22 )
このような公的機能の理論は︑選挙における人種差別問題を超えて活用されていった︒
P ub l i cU t i l i t i e s Co mm is
,
( 2 3 ) s i o n v .
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は︑コロンビア特別区で独占的な市街電気軌道会社が電車内にスピーカーでラジオ放送を行うことが︑
( 24 )
﹁囚われの聴衆﹂である乗客の権利を侵害するものか否かが争われた事例である︒この中で最高裁は︑民間企業であ
( 25 )
る電軌会社を規制するコロンビア特別区公共公営企業委員会が︑乗客の抗議を棄却したことを行政の不作為と見倣し︑
( 26 )
修正五条の問題になるとしたのであった︒その上で本件では︑乗客のコミュニケーションの権利が妨げられたという
( 2 7 )
ことは発見できず︑乗客の権利が適正な手続なく奪われたとは言えないとして︑訴えそのものは斥けたのであった︒
この事件については︑重要な公的な機能を有するからといって︑私的団体の行為に憲法的拘束を広く及ぼすのはか
( 2 8 )
えって危険ではないかという懸念も示されている︒他面︑本件では行政委員会の手続は憲法問題になり得るとしたに
そして︑道路を含むその全体が私企業の私有財産である﹁会社町﹂の道路において宗教文書を配布した者が︑退去
( 29 )
を求められた後私有地内に留まった罪で起訴された事案である︑
Ma rs hv .
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a において最高裁は︑私的な会社
( 3 0 )
の土地は私有地ではあるものの︑所有は絶対ではなく︑町は公的機能を果たしているので︑それは通常の町と同様に
( 3 1 )
憲法に拘束され︑修正一条や一四条の権利は保障しなければならないと︑踏み込んだ判示をしたのであった︒また︑
( 32 )
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では︑フィラデルフィア市巾への遺贈により設立され︑州の機関にs
( 33 )
より運営される大学が黒人を排除していた事案で︑それは違憲とされた︒更に︑
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では︑私人が受
託者となって市の公園を管理運営することは︑公的機能の行使に当たり︑連邦憲法の拘束を免れないとされた︒この 留まったとも言えなくはなく︑微妙な判断であった︒ 人種差別が許されないことになったのであった︒
第 五 一 巻 五 号
事件では︑遺言によって白人専用公園を信託された市が︑そのような差別政策は最早できないとして私人を選任して
( 34 )
その管理を任せていたが︑公園の維持はその後も市の仕事だったのである︒
( 3 5 )
このような法理は更に拡大適用された︒
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,は ︑
( 36 )
︵3 7 )
ショッピング・センターの一ストアで生じた労働争議に対して︑センター所有者らが起こした︑そこでの平和的なピ
ケッティングを差し止める裁判所の決定に関するものである︒最高裁のマーシャル判事の法廷意見はここでも︑まず
ルイジアナ州の一般的な私有財産保護のルールが本件でも適用できるのかを検討し︑もしこのセンターが公有であれ
ば修正一条の保護を受ける言論は憲法上保障されていたはずであり︑先例によれば歩道や公園はそういった場所に該
( 3 8 )
当すると述べた︒その上で︑
Ma rs
h判決を引用の上︑それとの類似性を指摘し︑センターの有する公的機能は﹁会
( 3 9 )
社町﹂と同じであるなどとして︑このような州裁判所の命令を破棄したのであった︒
司法的執行理論
( 40 )
第二は︑よく日本において司法的執行理論として紹介されるものがある︒その典型は︑
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とされている︒この事件では︑ミズーリ州セントルイス市のある地域の住民が︑
一定
の期
間︑
一定の人種・宗教・種
族に属する人には土地を売ったり貸したりしないという約束をし︑土地登録所に登録までしてそれに物権的効力を発
( 41 )
生させていた︒しかしその土地所有者間の合意が破られ︑ある所有者が黒人であるシェリーに土地を売却したので︑
クレーマーをはじめとする他の所有者がシェリーに対して︑その占有の差止めと︑その有する権利を売主か裁判所の
( 42 )
指示する他の者に移す旨の判決を下すことを裁判所に求めたものである︒州最高裁はこれを認める判断を下したので
( 二
)
関法
六
︵八
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理論
の現
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八六
七︶
( 4 3 )
あるが︑連邦最高裁は︑憲法の文言から修正一四条は州に対してのみ当てはまるものだとしつつ︑人種差別的な合意
そのものを修正一四条違反とすることはできないものの︑﹁州の裁判所の行為又は州の裁判官の公的行為が︑修正一
( 44 )
四条にいう州の行為と見倣されるべきことは︑当裁判所のこれまでの判決によって確立されているところであ﹂り︑
﹁契約の履行は︑事実審裁判所が発効に必要な署名の数の不足を理由にその合意を無効と判示した後に︑州の最高裁
( 45 )
判所がまず第一に命じられたものである﹂ので︑裁判所︑即ち州による明白な許可があると判断するなどとして︑そ
( 46 )
の執行することはステイト・アクションに該当するとしたのであった︒同様に︑
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v .
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nでも︑人種差別
約款違反を理由とする損害賠償を認容する判決が修正ヘ一四条に反するとされたのである︒
しかしこのように︑裁判所の執行がステイト・アクションに当たると解されるのであれば︑私人間の争いは裁判所
に持ち込まれるまでは何らステイト・アクションは介在しないが︑持ち込まれた段階で全てステイト・アクションに
なるということになり︑結局︑私人の行為も理論上全てが﹁国家︵州︶﹂の行為として憲法問題となり得るという不
( 47 )
可思議なことになろう︒確かに裁判所がそのような私人間の契約等を有効と判示したときは︑州の積極的関与となり︑
( 48 )
︵4 9 )
憲法問題となるという学説はあった︒
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y事件のコンパニオン・ケースである︑
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v•
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eでは問題の土地
( 50 )
がコロンビア特別区にあり︑契約の無効を望む人々の拠り所は修正五条にあった︒しかしこの事件で最高裁は︑州に
対して効力を持つ修正一四条の場合と異なり︑黒人への賃貸等を禁じる契約は憲法の目からは違反とは言えないとし
( 51 )
た︒その上で判決は︑一八六六年公民権法﹁がなくても︑それは︑合衆国憲法︑条約︑連邦法及び判例に示された合
( 5 2 )
衆国の公序に反するものであり﹂無効である︑としたのである︒このことは︑このような事件を解決するには憲法の
( 53 )
手を借りずとも︑公序違反の問題として処理すれば十分であるという指摘ともなる︒
Sh el le
y事件では︑州内の問題
第 五 一 巻 五 号
( 54 )
を連邦憲法問題とするために︑そこには﹁州の行為﹂があったと認定する必要があったと考えられるのである︒
州の介在の理論
第三
が︑
政府
︵州
︶
( 55 )
の関与︑授権︑奨励などがあるとされた場合である︒
それがステイト・アクションとなることを最高裁は認めていた︒
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v .
C i t y f oLo
s
( 56 )
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sは︑電話会社が市の条例による低廉すぎる電話料金の設定を訴え︑それが認められたものである︒また︑
( 57 )
Mc Ca be
v .
A tc h i so n, T
&
S . F . R
y.
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. では︑州法が白人だけが使用できる寝台車や食堂車を鉄道会社に許容してい
たことが違憲とされている︒このように︑明示的な立法がある場合は︑その権限濫用や逸脱のときも含めて︑当該法
規を違憲として︑その結果︑当該私人の行為を無効とすればよいと言える︒
( 58 )
問題はこのような具体的な法規がない場合である︒
De
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v .
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rでは︑テキサス州の州裁判所内のレス
トランで︑料理人が黒人の利用を拒否したことがステイト・アクションに当たるとされた︒州の機関が所有・管理す
蒻 ︶
る駐車場建物内のレストランが黒人の顧客に料理を出すのを拒絶した︑
B u r t o n .
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おいても︑最高裁は︑﹁事実を精査し状況を衡量する﹂ならば︑レストランがある建物との特殊な関係や︑州側とレ
( 60 )
︵6 1
)
ストランの間の各種契約の故にステイト・アクションであることを認めた︒また︑
Ga
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v .
L ou i s ia na では︑人種
( 62 )
的な分離に抗議する目的で﹁白い﹂簡易食堂に対する平和的な座り込みに参加したことが有罪判決の唯一の根拠とさ
れた被告人が︑最高裁で救済を認められている︒ウォーレン長官らによる全員一致の判断は︑ルイジアナ州最高裁の
有罪判決を覆したのである︒更に︑人種差別を行う私人の経営するレストランなどに対する抗議行動について︑人種
曰
関法
一定程度の州の関与︑授権がある場合︑
八︵
八六
八︶
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理論
の現
在
( 63 )
差別の容認等がステイト・アクションであることが認められた︒
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v .
C i t y
f o
G r e e
n v i l
l e では︑公共の場所で
人種差別を州が認めていたり事実上強制したりしている場合には︑私人による差別に州が関わったという判断がなさ
( 64 )
︵6 5 )
︵6 6 )
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︒
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l でも同様な事例で同様な判断が繰り返
( 67 )
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s v .
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C o . は︑六人の黒人生徒と共にレストランで食事の提供を受けようとして拒否された白
( 68 )
︵6 9
)
人女性教員がいわゆる一九八三条訴訟を提起した事件であったが︑ハーラン判事の法廷意見はここで︑州法による強
制を受けて私人が人種差別を行ったことにはステイト・アクション性が認められるとしたのであった︒最高裁はまず︑
一九八三条訴訟ができるためには︑﹁第一に原告は︑被告が自分からアメリカ合衆国の﹃憲法と法律﹄によって得ら
れる権利を奪ったということを証明しなければならない︒第二に原告は︑被告が﹁何れかの州又は地域の法規︑条例︑
( 70 )
規則︑習慣または慣習の名の下に﹄彼からその憲法上の権利を奪ったことを示さなければならない﹂と述べた︒最高
裁は﹁州法の﹃名の下で﹄行為することとは︑被告が州の役員であることを必要としない︒彼が州またはその代理人
( 71 )
と一緒の共同の活動の積極的参加者であることで十分である﹂として︑本件でもこの点を肯定した︒その上で︑原告
がそれによって連邦憲法上の権利を剥奪されたかどうかについて︑﹁もし人種を理由に︑州がサービスを拒否するこ
とを個人に要求する法律があるならば︑その法律は修正一四条違反で無効と宣言され︑施行が禁じられることは間違
( 7 2 )
いなく明白である﹂が︑﹁原告が公共レストランで人種を分離する州の強制的な習慣のため︑そのサービスを店員に
( 73 )
拒否されたということを証明するならば︑法の平等保護の剥奪を示していると︑我々は結論する﹂として︑最高裁は
訴えを認容したのである︒ さ
れた
︒
九︵ 八六 九︶
ス テ イ ト
・ ア ク シ ョ ン 理 論 の 後 退
いうものではないと述べたのである︒
第 五 一 巻 五 号
︵八 七
0)
以上の一連の事件とは事案は若干異なるが︑やはり人種差別を理由に私人の行為が無効とされた例もある︒
S t e e l e
( 74 )
v . L o u i s v i l l e a
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Na
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d C om pa ny
では︑鉄道労働法の規定により︑交渉単位内全ての労働者のための交
渉代表者となるべき労働組合が︑黒人労働者を排斥する先任者優先の協約を結んだことが問題となった︒最高裁は︑
このような排他的団体交渉権を有する労働組合は︑代表された全労働者の利益に適うよう公正な方法で交渉する義務
があるとし︑制定法がそう定めていないならば違憲である︑と述べたのであった︒
更に︑自分の不動産を自由に売り︑また売るのを拒絶することを州及びその機関は制限してはならないという州憲
法規定の合憲性が問題となり︑その前提として︑当該州憲法の下で不動産売買について行われる人種差別に州の介在
( 7 5 )
︵7 6
)
があるかが問題となった︑
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n v .
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lk
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においても最高裁は︑その州憲法規定の成立に至る経緯から判断して︑
そのような行為を授権もしくは直接奨励する意図であったと解釈したのであった︒私人による人種差別的な行為は︑
( 7 7 ) ( 7 8 )
このような州の権威の下になされたことが認定されたのである︒この趣旨は翌年の
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s v .
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H .
May er o C
. で
も貫かれた︒黒人であるという理由で家屋の売買を拒否された人が訴え出た訴訟において︑最高裁は︑連邦議会は州
内の私人の差別的行為を禁止する立法を禁止する権限も与えられており︑ステイト・アクションのみを禁止できると
( 79 )
ステイト・アクション理論は私人による人種差別事例を中心に発展をとげ︑拡大していった︒南部を中心に差別が
( 80 )
残り︑またそれを禁じる立法が不備で州の裁判所もその救済に消極的な中︑特に一九五三年以来の最高裁ウォーレ 関法
10
(
一)
ガー・コートに代わった頃から︑ ン・コートは︑多少の無理を承知でその救済に全力を傾けたと言えよう︒しかし一九六九年に連邦最高裁がバー
( 81 )
ステイト・アクション理論の後退は顕著となっていった︒そしてこれらの後退傾向
を象徴する事件の法廷意見の多くが︑後に最高裁長官となるレーンキスト判事の筆によるものであった︒
司法的執行理論及び公的機能の理論の衰退
まず︑連邦最高裁は司法的執行理論に該当するような理論構成を殆どやめていった︒前述の
Ev
an
s
v•
Ne
wt
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事
件には後日談がある︒結局︑市は結局遺言の通りに公園を維持することはできないとして︑相続人にその土地を返還
( 82 )
したのである︒その行為が憲法違反かが改めて争われた
Ev
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s v .
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yで︑最高裁のプラック法廷意見は︑遺志通
( 8 3 )
りに遺産を活用するという当該行為を今度はステイト・アクションには当たらないとしたのであった︒これに対して
( 84 )
ダグラス反対意見は︑全ての人のために公園を開放する途を選ばず︑公園を人種差別的に運営することを市が選択し
( 85 )
たことは﹁州の関与﹂が認められるなどと述べたのであるが︑最高裁の多数はこれを憲法違反とは認定しなかったの
であ
る︒
S h e l
l e y
判決が覆されておらず︑今後も覆されないと予想されるが︑他方で州及び連邦レベルの法律が私人
( 86 )
の人種差別的行為の多くを禁じているため︑いわゆる司法的執行理論は重要性を失ったとも言えるのである︒
そして公的機能の理論もその後は下火となった︒
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y 判決で一度は認められたショッビング・センター
( 87 )
のステイト・アクターとしての性格も︑その四年後の
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v .
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で否定された︒事件は︑
( 88 )
ショッピング・センターのモール内で︑五人の若者がベトナム戦争反対集会勧誘のビラ配りを平和的に行っていたの
を︑センターの警備員が差し止めようとし︑五人は公道に出て配布を続けたというものである︒センターは︑ここで
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理論
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︵八 七一
︶
第 五 一 巻 五 号
︵八
七二
︶
はポーイスカウトやガールスカウト︑クリスマスにおける米国在郷軍人協会の慈善活動のようなものは兎も角︑大統
領選挙運動以外の政治運動をすることは許していなかっ垣︒この事件における最高裁パウエル判事の法廷意見は︑
( 90 )
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y車互叶では表現活動がセンターの本来の利用の仕方と目的に合致しており︑
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h事件の﹁会社町﹂は
( 91 )
本当に全町が私有されて他に選択できる表現場所がないという事情があったが︑本件ではそのような要素もなく︑周
囲のどこでもそのビラを配布できたとして︑ショッピング・センターの中で私人が反戦活動を行う憲法上の権利を否
定したのであった︒これに対してマーシャル判事は︑法廷意見は最近の先例に反し︑巨大ショッピング・センターの
( 92 )
事例である本件は先例と区別できないとするとして反対意見を唱えている︒
( 93 )
︵9 4
)
Hu
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en
s
v•
NLRBにおいても︑この姿勢は確定的となった︒この事件は︑ショッピング・センターに入っていた
テナントの労働組合がストライキを行い︑九つの店舗でピケを張ったことに端を発する︒センターはセンターのモー
ルと駐車場ではピヶは張れないこと告げた上で︑ビケの解除を求め︑このままなら逮捕されると告げたのでピケは解
かれた︒しかし争議活動中の労働者は直後にテナントの入口付近で監視を再開したので︑センターは再び住居不法侵
入で逮捕されるであろうことを告げ︑ピケは再度解かれるに至ったのである︒労働組合は︑このようなセンター側の
( 95 )
行為は不当労働行為であるとして訴え出たものであるが︑最高裁はここでも︑スティーブンス判事が法廷意見を執筆
する中で︑当該センターは﹁町﹂に匹敵するものではなく︑公的機能を有することを示すものではないことを明言し
たのである︒
Lo ga nV
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y事件と非常に似た事案だとも思えるこの事件でこの結論に反対した意見は最早︑プレナ
ン判事が同調したマーシャル判事の反対意見だけなのであった︒
( 97 )
但し
︑
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では微妙な判断が示されている︒カリフォルニア州にある当該大規 関法
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クシ
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理論
の現
在
( 9 8 )
︵9 9
)
模ショッピング・センターは︑その営業目的と無関係の表現活動を禁止する方針を厳格に守っていた︒高校生の原告
は︑中庭の一角でパンフレットを配布し︑シオニズム反対の国連決議に反対するため︑大統領や連邦議会議員に出す
ための請願書への署名を平穏に勧誘していた︒しかし警備員が規則違反を理由に退去を求め︑原告はこれに従ったも
のの︑後にショッピング・センター所有者や経営者が署名活動を拒否することを差し止める訴えを提起したものであ
( I o o )
る︒最高裁レーンキスト判事の法廷意見は︑まず高校生らがショッピング・センター内で上記行為をする権利はカリ
フォルニア州憲法上も保障されており︑
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d判決によっても︑州憲法がそのように連邦憲法に抵触しない限りで所
( 1 0 1 )
有権を制約することは可能であるとし︑本件原告の行動を許容することがショッピング・センターの機能を適正手続
( 1 0 2 )
なしに損なうわけではなく︑州裁判所の判決によって規則正しい表現活動が承認されたことがショッピング・セン
︵ 渾︶
ターの財産権等を損なわせたわけでもなしなどとして︑原告の訴えを認めたのである︒
結局︑﹁会社町﹂や巨大ショッピング・センターに匹敵するほど︑公衆の利用に向けられた公的機能を有する場所
について︑そこでの表現活動が憲法上保護されるためには︑その施設と直接関連する表現であることと︑他に適切な
( 1 0 4 )
手段がないことなどが更に条件として加わるということとなったのである︒また︑有限な周波数を使っている放送局
が︑自分たちと反対の立場の意見のみを放送したのは公平原則に反するとして民主党が訴え出た︑
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︵ 囮︶
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でも︑放送局が公的機能を有するという主張は否定されたのであった︒
独占的公益企業の公共サービス打ち切り手続が憲法の射程に入るかが問題となった事例もある︒
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( l o o )
︵1 0 7 )
p o l i t a n
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. では︑ペンシルバニア州により認可を受け︑州公益事業委員会からの大規模な規制も受けている
電力会社が︑普通料金表に含まれていた条項の通りに︑事前の告知・聴聞なき電力供給打ち切りを行ったことが問題
︵八
七三
︶
︵八
七四
︶ 第 五 一 巻 五 号 ( 1 0 8 )
となったのである︒この事件で最高裁レーンキスト判事法廷意見は︑私人の行為が全くのプライベートなものかステ
( 1 0 9 )
イト・アクションかは難しい問題であることを吐露した上で︑このような公共サービスを供給していたとしても︑ま
" 1 1 0 )
たそれが実際上独占的地位を認められた公益企業であるとしても︑当該電力会社は公共的機能を有さす︑ステイト・
アクターではないとの判断を下した︒最高裁は︑公的機能であると認められるのは﹁伝統的に専ら州に留保されてい
( I l l )
る権限を私人が行使している場合﹂についてだけであると述べたのである︒その結果︑電力会社が適正手続を欠く方
法で原告への電力供給を打ち切ったのは修正一四条違反だとする︑原告の主張は認められなかったのである︒この判
決は先例として度々引かれ︑公的機能理論縮小の象徴となっていった︒
( 1 1 2 )
これに対してダグラス判事の反対意見は︑州が保護している独占状態は州と民間組織の結び付きを積算評価する際
( 1 1 3 )
に非常に重要な要素であり︑医者や弁護士や食料雑貨商とは異なり︑サービス打ち切り手続においては州と同程度の
︵ 山
︶
︵
1 1 5
︶ルールに従って行われるべきであると述べた︒また︑マーシャル判事の反対意見も︑州は電気事業を州自身が行うか︑
民間企業の競争に任せるかの選択で後者を選びながら独占状態になったため︑その独占を州が排除しようとしている
( 1 1 6 )
ことを無視してはならず︑私企業が町での唯一の電気的な会社であるときには多元論と多様性の重要性は問題外であ
面
︶
︵
1 1 8
︶る︑などと述べたが少数意見に留まったのである︒結局︑いかに公益性のある事業を事実上独占していても︑形態上
私企業であり︑その地位が州法等で支えられていない限りは憲法の制約は受けないということが明らかにされていっ
たの
であ
る︒
そして続いて︑ニューヨーク州法に基づき︑倉庫業者が︑未払の保管料を得るため︑先取特権を行使して商品を売
却したが︑商品の所有者が倉庫業者に損害賠償と差止めなどを求めるという事件が生じた︒
Fl ag g Br ot he s r , I nc .
v .
関法
一四
的機能の理論はあまり活用されなくなっていったのである︒
一 五
( 1 1 9 )
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である︒州法によれば︑先取特権者はまず債務者に郵便で通知を行い︑通知期間の満了後に新聞広告を出し
た上で︑通知の条件に適うように︑商品が保存されている場所と密接した場所で︑担保となっていた物を販売できた︒
裁判ではこの倉庫業者の行為がステイト・アクションであるかが争点となったのである︒最高裁ではレーンキスト判
事が法廷意見を執筆した︒レーンキスト判事は︑﹁州法の名の下に﹂行為がなされて一九八三条訴訟が提起されたよ
( 1 2 0 )
うな場合を除き︑憲法上の権利とは政府の違反に向けられたものであることをまず確認した︒そしてその上で︑当該
( 1 2 1 )
州法では州に伝統的に留保された権限が私人に付与されたというわけではなく︑私人の普通の商取引には選挙に関連
( 1 2 2 )
する先例は適用できないなどの理由から︑結論としてその行為がステイト・アクションであることを否定したので
あった︒これ以前には︑裁判所の関与しない差押手続がステイト・アクションであり︑事前の告知・聴聞を欠く手続
( 1 2 3 )
は適正手続違反であるという判断もあったのであるが︑本件ではそれと異なる判断が下されたのである︒
︵ 以
︶
︵
1 2 5
︶この事件でもマーシャル判事は反対意見を述べており︑また二判事が同調したスティープンス判事の反対意見も付
されている︒特に後者は長いものであり︑私人が他人の住居から商品を入手するため立ち入る権限などを付与してい遍るのは︑まさに州が排他的に専有してきた権限ではない力などと反論したが︑及ばなかったのである︒
以上のように︑私人の行為が憲法の制約に服すのは︑単にそれが公的な機能を有するという条件だけでは足りず︑
その権限や地位が州の権限付与によるものでなければならないとする判例が積み重ねられたと言える︒それは公的機
能を主たる理由とするステイト・アクションが終焉に向かったことを示すものであると言えよう︒このようにして公
アメ
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クシ
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理論
の現
在
︵八
七五
︶
政府︵州︶の関与理論も︑単なる州の行為が介在するだけでは足りず︑
定的な方向に判例は推移していった︒
︵ 四︶
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.
1 0 7
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s は︑非営利民間の全米的社交クラプが黒人に対して︑その所有する食堂・バーで
サービスを拒否したことが問題となり︑原告はこのクラプヘの免許取消を州当局に求めたという︑人種差別問題が背
景にある事案であった︒しかし最高裁レーンキスト判事の法廷意見は︑まずクラプが全く私的なもので公金が支出さ
( 1 2 8 )
れていないことを述べた上で︑州が問題のクラプに酒類免許を与えたということがあったからといって︑そのような
( 1 2 9 )
差別的行為が州の行為であるとされるものではなく︑
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判決でみられたような州とレストラン経営者の間の共
( 1 3 0 )
生関係は︑私的な建物内の私的な社交クラプでは存在していないとした︒違憲であると言うためには︑州が私人の行
︵ 血︶
為に重大な関わりを有する必要があると判示したのであった︒これに対してダグラス判事は︑酒類免許が認められる
ためには様々な条件があり︑州法の規定に従えば︑憲法の定める人種差別禁止に従わないクラプには処分が下せ︑ク
( m )
︵ 斑︶
ラプはプライベートだというのは抗弁にならないと指摘したが︑多数を形成できなかった︒
︵ 訊︶
市の公園のレクリエーション施設を︑差別的団体に使用させることが問題とされた︑
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も︑最高裁プラックマン判事法廷意見は︑モンゴメリー市は法廷の命令を予期して︑回避するために精巧なごまかし
︵ 応︶
で係わったと評価し︑排他的使用は許されないとは述べたものの︑単なる使用を許すことがステイト・アクションに
( 1 3 6 )
該当するか否かについては本件事案の段階では語れないとした︒
また前述の
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判決でも︑法廷意見は
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判決を引用しつつ︑企業が州の規制に従っている
( 二
)
州の介在の理論の限定 関
法 第五一巻五号
一定の実質的な介在が必要であるという限
一 六
︵八
七六
︶
アメ
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理論
の現
在
訟を提起したものであったが︑最高裁は︑
一 七
( 1 3 7 )
ということが企業の行為をステイト・アクションに変換するものでもなく︑そのような電力会社と州の間に十分密接
な関連があるとも言えないということが述べられた︒
Fl
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s 判決もまた︑州の関与の面でもステイト・ア
︵ 環︶
クション性を否定している︒最高裁はこの判断の中で︑州当局が債権回収に関与した先例などとは区別して︑手続に
公務貝が参加しないならば︑手続はあくまでも州法に依存しているのであり︑ステイト・アクションの理論を拡張さ
( 1 3 9 )
︵U o )
れるべき領域ではない︑そしてまた州の認可や奨励があっただけではやはり州の行為であるとは評価できない︑と判
示したのである︒
そして一九八
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年代になると︑この理論の縮小的傾向はいよいよ動かなくなった︒ある論者はこれを︑﹁ステート・アクション認定のためのメルクマールの拡大解釈の芽を完全につみとり︑それらの適用範囲を過去の事例の事実
( 1 4 1 )
関係のなかに閉じ込めてしまった﹂とさえ述べている︒そうではない判例もないことはない︒
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s 事件と
( 1 1 2 )
同様に︑債権者による担保権実行行為が問題となった︑
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. ではホワイト判事が法廷意見
を執筆したが︑この判決では︑裁判所の執行官と書記官が令状を得︑私人の参加を得て執行した手続は︑州の職員が
介在しているので︑﹁州法の名の下に行われた行為﹂であり︑ステイト・アクションであるとされている︒バージニ
ア州法では︑代金支払請求に伴う債務者財産の判決前仮差押手続については債権者の一方的な申立てによってでき︑
裁判所の書記官は︑財産処分による債権侵害の蓋然性が主張されれば差押令状を発行し︑執行官がそれを執行して︑
その後に聴聞がなされる仕組みになっていた︒債務者は︑修正一四条に違反して財産を奪われたとして一九八三条訴
一九八三条訴訟で要求される﹁州法の名の下に行われた行為﹂でという要
( 1 1 3 )
件とステイト・アクションの要件は同じであると述べたのであった︒そして州の職員と私人が共同して行った行為は
︵八
七七
︶