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1 企業表彰制度における表彰企業の地域的偏在

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企業表彰制度における表彰企業の地域的偏在

筆者は東京都信用金庫協会が1987年から実施している 「会員企業表彰制度」 の表彰企業 約2000社について, 調査を行った。 この調査の概要は別稿 ( 千葉商大論叢 第48巻第2号) で述べているので詳細はそちらに譲るが, そこで興味深い事実を確認することができた。

それは, 表彰企業のうち城東地域の製造業 (特に機械・金属関係) の表彰後のパフォーマ ンスが優れているということである。 城東地域の中でも荒川区・葛飾区の機械・金属関係 の表彰企業の実績が全体としてみた場合, 他地域に比較して良好であった。

但し, 都内でも機械金属産業の中小企業が大きな集積を形成している城南地域について は, この地域で大きな影響力を持っている城南信用金庫がこの表彰制度に参加しておらず, そのことが影響して表彰企業が城東地域により多く集中している。 こうした条件を踏まえ て, ここでは城東地域の表彰企業のうち機械金属系中小企業を中心に, 都内信用金庫の優 良取引先企業の特性を考察することとしたい。

東京都信用金庫協会の企業表彰においては選考方法において新製品・新技術を開発した ことが選考条件に入っており, 製造業が選ばれやすい傾向があって, 表彰企業の約半数が 製造業であった。 実際に選考対象となった企業の事例を見ると, 新技術・新製品開発で成 果を上げた企業が多くなっている。 そこで, これらの中小企業の取り組みをイノベーショ ンとして捉え, それらの企業の多くが立地している城東地域という古い産業集積地域にお ける中小企業のイノベーションがどのような特性をもっているのか, それらが地域とどの ような関連を持っているのか, などを分析するのが本論文の狙いである。

産業集積地域においてイノベーションが創発されることは, その地域の産業発展におい て大変重要である。 特に情報通信分野やバイオテクノロジーなどの高度技術を基盤とする 産業の場合はその傾向が強く指摘されている。 しかしながら, 産業集積の中には, 東京に 見られるように大都市内部にあって古い歴史をもち, 徐々に衰退していると指摘されてい るものもある。

このような議論がある中で, 今回の調査で浮かび上がってきた城東地域の機械金属関係 中小企業が示した実績は興味深い。 それらの企業がどのような取り組みをして生き残って いるのか。 そこにはどのようなイノベーションが行われており, それに地域がどのように 関わっているのか。

まず 「3 地域イノベーションとは何か」 で産業集積地域におけるイノベーションの実 態について先行研究を整理しつつ, 「4 城東地域の産業集積の形成過程」 でこの地域の 特性について歴史的に明らかにし, 「5 城東地域の表彰企業に見られるイノベーション」

で今回確認することができた城東地域の産業集積においてどのようなイノベーションが行

東京の古い産業集積地域におけるイノベーション

鈴 木 孝 男

(2)

われているかを示す。 「6 歴史的産業地域に見られる地域イノベーション」 ではここで の議論を整理しつつ, イノベーションを生み出す地域的特性と, そこで形成されている独 自の企業進化 (職人的生産から創造的生産へ) について, 考察した。 最後に 「7 城東地 域の事例から見られる地域イノベーションの本質」 において, 古い集積地域において引き 継がれる (転写される) 産業風土と, そこで形成される文化的熟成の重要性について指摘 した。

イノベーションとは何か

イノベーションについてはシュンペーターの有名な定義がある。 周知のように, シュン ペーターは経済発展を起動させるのは企業家 (entrepreneur) による新結合だとして, 次 の5つの例をあげている(1)

・新しい生産物または生産物の新しい品質の創出と実現

・新しい生産方法の導入

・産業の新しい組織の創出

・新しい販売市場の創出

・新しい買いつけ先の開拓

ここで注目すべきはいわゆる技術革新のみでなく, 組織・販売市場・購入先のような技 術とは直接関係のないものも含んでいる点であろう。 こうした傾向がさらに強まるのがド ラッカーである。 ドラッカー (1985年) によれば, イノベーションとは 「消費者が資源か ら得るところの価値や満足を変えるもの」 であり, 「技術というよりは経済や社会に関わ る用語である」 と述べている(2)

つまり企業家は新しい異質の価値や欲求の充足を創造することが求められているのであ り, その場合既存の素材や資源を組み合わせて新しい製品やサービスを生み出すことも, イノベーションとして考えられているのである。

ここで明らかなように, イノベーションは企業 (組織) によって生じるものであるとい うより企業家や技術者等がその事業活動の中で発見 (開発) する極めて個人的なものであ る。 以下で述べるようなイノベーションが特定の地域において連続して発生する現象にお いても, そこで見られる各主体の活動にこそ, イノベーションの原動力があると見るべき であろう。

地域イノべーションとは何か

産業集積地域において, 新技術や新産業が次々に発生して, その地域の競争優位を高め る現象がみられる。 これを地域イノベーションと呼ぶ。 著名な例としては, アメリカのシ リコンバレーやオースチン, あるいはフィンランドのオウル, イギリスのケンブリッジな どがあげられる。

これらの地域では, ICT 産業やバイオ産業などの先端技術を生かした産業 (企業) が 発展し, それが外部からの資金や労働力の流入を呼ぶという好循環を作り出している。 地

シュンペーター (1998年) 31ページ ドラッカー (1985年) 52ページ

(3)

域内部においては, 労働力の移動や起業が盛んで, 地域内での知識の流動性が高く, それ が産業発展に結びつくという形をとって, 学習が進んでいる, というのである(3)

こうした地域イノベーションの研究は, 産業発展が著しい産業集積地域の事例を中心に 進められ, そこでの発展経路を分析して 「一般化」 しながらそれを他地域に移植する方法 を探る, という形が中心であった。

マーシャルと産業風土

経済学の観点から地域と産業との結びつきに関して記述を残したものとしては, マーシャ ルの業績が知られている。 A. マーシャルとその妻 (メアリー・ベイリー・マーシャル) は, 経済学原理 (原著1920年, 邦訳1965年) に先立って書いた 産業経済学 (原著 1890年, 邦訳1985年) において, 産業の局地化がもたらす利益に関して以下のように述べ ている。 「人々の多くが同じ業種で働いていれば, 人々は互いに教育しあう。 その仕事に 要求される技能と洗練さが空気のように広まり, 子供たちは成長につれて, それを吸いとっ てゆく。」(4)

経済学原理 においては同一産業の特定地域への集積に関して, 特殊技能者の労働市 場, 専用設備の利用, 技術のスピルオーバーの3点から説明しているが, 上記引用で明ら かなように, 産業経済学 においてすでに, 特定地域の産業的雰囲気に関してその産業 におけるメリットについて経済学的観点から述べていたのである。 特に地域内での教育や 子供たちの生育と産業の発展とを関係づけて指摘している点が, 現在見られる地域環境 (local milieu) の重要性に関する研究との関連で重要な意味を持っているものと思われる。

マーシャルは産業の局地化について, 分業の発達とその利益に関する叙述の中で触れて いる。 すなわち, 分業による外部経済の発展が産業の発展に結びつくという論理において, 分業の発展を支えるものとして, 特定地域への産業集中の役割を述べているのである。 繰 り返しになるが, マーシャルの議論において注目したいのは, 地域の特性 (産業的雰囲気) が産業発展と結びついているという指摘である。

ポーターの地域の競争優位

特定地域において形成される人間関係 (雰囲気) が産業発展と結びつくということにつ いては, M. ポーターにおいても見られる。 ポーター (1992) においては, 国 (や地域) における競争環境や政府の政策等が競争優位に影響を与える, という観点を示した。 そこ では, 市場における消費者の態度が企業側の製品開発に影響を与え, それが競争優位に結 びつくことを指摘している(5)

彼が示したダイアモンド型の4要素による国 (や地域) の競争力の分析によれば, 各産 業において確立されたダイアモンドはすぐにまねすることはできず, 参入障壁として機能 する。 彼はクラスターという言葉を使って特定産業とその関連産業, 需要条件, 要素条件, 政府の政策等の影響を分析し, このクラスター形成があるかどうかで産業が発展するかど うかを判断できるとした。 このクラスターの形状がその地域の産業的風土といえるもので ある。

若林直樹 (2010年)

A&M・マーシャル (1985年) 66ページ ポーター (1992年) 第3章ほか

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例えば日本のオーディオ製品の市場においては, 洗練された要求水準の高い買い手が多 くいるため, 企業は買い手に刺激されて競争力が向上し, 競争優位を確立しようとする, というのである(6)。 ここで示される買い手 (顧客) の姿勢は, 国によって違いがあり, それが製品開発や競争環境に影響を与える。 このことを考えると, 産業風土は供給側の特 性のみならず需要側の特性も関連があると見て良いであろう。

地域学習と地域環境

これに対して, ヨーロッパの研究者たちによって作られたグループである GREMI (と そのリーダーの一人であるカマニ R. Camagni ) は, 地域がイノベーションを生み出す 一つの要素となっているとして, 地域とイノベーションとの関係を次のように説明してい る。 まず地域を背景にした創造性や持続的イノベーションの発生があることについては, 協同的学習過程 (具体的にはノウハウの統合的移転, 成功体験の模倣, 個人的接触, 公式・

非公式な企業間の協力, 商業・金融・技術上の暗黙的情報の循環) の結果として生ず る(7)。 またこの地域環境の経済的機能としては, 情報収集とモニタリング機能, 情報発 信機能, 共同学習機能, 経営手法の協同的決定過程, インフォーマルな決定過程の調整, 外部エネルギーの転換機能をあげている(8)

しかし, 地域内部に埋め込まれた知識の形式知化だけでイノベーションが発生するわけ ではなく, 他の地域とのネットワーク化による連携により, より高度なイノベーションが 発生するとも述べている(9)

彼らは地域において革新的事業や技術等が発生することを説明する理論として, 地域内 部の企業や人間関係の違いが影響していることを強調した。

これに対して Guiulio Cainelli & Nicola De Liso (2004) は, イタリアの産地を例に, 同一業種の中小企業が特定地域に集積することで, イノベーションが行われていることを 実証的に分析している。 それによれば, イタリアの産地 (ここではマーシャル型集積地域 と呼ばれている) に立地する製造業企業は, 従来知られている以上に高い創造的努力をし ている。 その要因として, 知識のスピルオーバーや産業的雰囲気があげられており, 産業 的雰囲気の内容としてアイデアの伝達, 模倣, 情報の流失などの非公式的活動が, 企業の 革新活動と同様の働きをしている, と述べている(10)

Cooke & Schwartz (2007) は, 進化経済学にそって地域イノベーションの分析を行っ ている。 それによると進化経済学は, 新古典派が静的な均衡を中心に経済理論を組み立て ているのに対して, 技術進歩やイノベーションによる不均衡の発生を前提にして経済を捉 えようとしている。

特に地域でのイノベーションの発生については, 知識探求 (研究) とその利用 (企業) とが相互関連性を持ちながら同じ地域内で進行する, という観点で地域を捉えている。 ク リエイティブな地域構造とは, 創造的産業と文化的経済とが企業家精神や財務における革 新と共に交流しながらイノベーションを推進させる, という形をとるというのである(11)

同書 上巻 132ページ Camagni (1991) pp.1‑3 同書 130〜132ページ 同書 134〜136ページ

Giulio Cainelli & Nicola De Liso (2004) pp.243‑256

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同書に所収されている Lazzerette の論文 (フィレンツェの創造的産業の分析) におい ては, R. フロリダ (2007, 2008など) の創造的産業の著作 (フロリダモデル) の影響下で フィレンツェの絵画や建築等の芸術を支える産業の分析を行った。 歴史のある都市が持つ 高い技術, 高学歴の人材の蓄積といった条件に加えて, 地域の雰囲気が経済・社会環境を 通じて創造性を発揮させる。 ここでいう環境とはその地域に存在する職人企業, 大学や研 究機関, 研究者, 専門家, 専門店などの集積を指している。 彼女は特にフィレンツェにあ る Opificio Pietre Dure という絵画修復技術のための研究所の活動を取り上げ, そこでは 絵画修復の職人の養成を行っていることを指摘している(12)

稲垣京輔 (2007) はイタリアの産地における企業間関係に注目し, 特にボローニャにお ける包装機械産業の発展と地域との関係に関して, 特定企業からのスピンオフを中心に分 析した。 彼はコミュニティーが経済関係を超えた様々な社会的規範 (平等意識に基づいた 互恵的で協力的な横の関係) を含んでおり, そうした規範が 「地域的な優位性をもたらす 経営資源に転化すると考えられる」(13)と述べている。 さらに産地内部に地域特有の産業風 土や規範が形成されることで, メンバー間の信頼関係が高まり, 情報や知識がオープンに 循環・共有される, とも述べている(14)

日本の集積とイノベーション

一方, 地域が持つ独特の産業風土に関しては, 文学作品的な内容であるが, 東京都大田 区の製造業の現場で働きながら執筆活動を続けていた作家の小関智弘の作品がある。 彼の 作品には, 高度な技術や技能を必要とする難しい仕事を探しながらあちこちの工場を渡り 歩く 「渡り職人」 の存在や, 独自の加工技術を駆使して製造が困難な部品加工の仕事をこ なしていく町工場の労働者たちの様子が生き生きと描かれている。 そこでは, 例えば設計 図がなくて簡単なスケッチ (現場ではマンガと呼ばれている) だけで依頼主の要望を理解 し, 製品として依頼主に提供する企業 (労働者) がある。 さらには, 必要とあらば道具や 工作機械まで自分たちで作ってしまう企業 (労働者) もあるのだ。 この場合のマンガを 元にした製品化や工具・工作機械等の製造は現場からのイノベーションということができ よう(15)

小関が取り上げた企業 (労働者) は最終製品を作るのではなく, 依頼主の希望に応じて 部品の加工を専門的に行う企業である。 これらの企業は主として東京都大田区に立地して いて, 周辺の企業と協力しながら部品加工を行っている。 大量生産の部品ではなくて, 一 品ものと呼ばれる複雑な形状をした部品の加工が多いが, かつては量産ものの家電製品や 自動車部品などを製造していた。 こうした金属加工の長い経験から, 製造が困難な部品の 加工ができるようになったようである。

小関の著作では産業的雰囲気についてリアルに語られているが, なぜこのような集積が 形成されてきたのかについては触れていない。

山本俊一郎 (2008) は, 神戸市と東京都台東区という大都市における地場産業の履き物

P. Cooke & D. Schwartz (2007) pp.1‑18 Lazzeretti (2007) p177

稲垣京輔 (2007年) 42ページ 同書 23ページ

小関智弘 (1984年, 1998年ほか)

(6)

製造業に焦点をあてて, そこにおけるにおける企業間関係やイノベーションの実情につい て興味深い分析を行っている。 神戸においては明治以降, マッチ製造業がおこり, それが ゴム製造業を経て戦後にはケミカルシューズ製造業に転換するという変化が見られる。 し かもその担い手が, 在日韓国・朝鮮人が中心であることが大きな特徴となっている(16)

そこでは 「同胞企業」 同士による取引関係が中心になっているが, それはたまたまこの 事業を行っている企業の多くが 「同胞企業」 だからで, 民族的な意識でそうしているわけ ではない, という(17)。 しかし一方で, 同胞意識に基づく行動も見られる(18)

共同でビルを建てる, 金融機関との取引で韓国・朝鮮系の金融機関から有利な条件で融 資を受ける, 商工会・同郷集団, 学校の同窓会等でのつながりや情報交換などで民族的ア イデンティティーを生かした活動も見られる。

しかし, 阪神・淡路大震災 (1995年) においては, ケミカルシューズの関連企業が最も 集積していた神戸市長田区において甚大な被害にあった (全体の9割の企業が何らかの被 害を受け, 企業数が40%近く減少した)。 その際, 復興の様子を見てみると, かなり早期 に復興している。 メーカーの2割が1週間後に生産活動を再開し, 3ヶ月後には全体の8 割を超える企業が操業再開を果たしているという(19)。 早期の操業再開の要因として山本 は, 一カ所に集積していたことで, 足並みのそろった動きをすることができた, 問屋から のサポート, 企業間の信頼関係の3点をあげている。 その際, 同胞社会のネットワークや コミュニティーの一員同士という要素が影響したと述べている(20)。 同胞社会の結びつき が生産の早期再開に直接生かされたという指摘はないが, 狭い地域で同じ産業における分 業関係を形成している在日の人々の意識が影響したことは間違いない。

さらに山本は台東区の皮革関連産業において行われているアルティベリー事業(21)を通 じての異業種交流が地域ブランドを育てているとして, こうした取り組みが大都市特有の 地域資源の融合による独自のアイデンティティ形成につながると評価している。 神戸と東 京都台東区の履き物製造業においていえることとして, 大都市特有の多様な地域資源の混 在が, 他地域に対する優位性を形成する, 地域資源の融合環境の形成が地域の特性・優位 性を構築する, というのが山本の分析である(22)

山本の研究と同じように地域社会 (コミュニティー) が産業発展に与える影響を調査し たものに韓載香 (2010) がある。 韓載香は, 在日韓国・朝鮮人が所有・経営する企業とそ れにより構成される産業について, 地域との関連も踏まえながら分析を行った。 それによ ると, 在日企業は特定の業種に偏る傾向があり, それらは地域的な集積を形成することも ある。 また, 在日の人々を取り巻く様々な制約 (差別や偏見など) の影響により, 彼らは 民族的なつながりを基礎とした結束力のあるコミュニティを形成し, その中で素早い情報

山本俊一郎 (2008年) 第4章 同書 77ページ

同書 78ページ 同書 63ページ 同書 64ページ

アルティベリー事業とは 「産地の企画・デザインの向上はもとより営業・販売機能を見据えた企業の高付加 価値生産を目指した」 台東区の取り組みであり, 1999年から地域ブランド, 異業種交流, コンテストなどを 行っていた。 現在では行われていないようである。 山本 (2008年) 121ページほか。

同書 146〜150ページ

(7)

伝達が行われていた。 これが結果的に産業経済の変化にスピーディーに対応し, 独自の発 展を遂げてきた, というのである。 また, 民族系の金融機関が設立され, そこから資金が 提供されて産業構造の変化に迅速に対応した企業活動が行われたという(23)。 例えば京都 では, 伝統的な西陣織関係の業種に在日企業が多く参入していたが, これらの企業は高度 成長期以降に一斉にパチンコホールのようなサービス産業に転換した。 これは同胞集団内 における迅速な情報伝達を物語る事例である(24)

この分析は, 本稿で検討している産業発展に影響を与える地域の独自性を考える場合に 重要な示唆を持っている。 ある同質的な集団が優越している地域において, 迅速な情報流 通や金融がなされることは, その地域における特定産業の発展に大いに貢献する。 世界的 に見ても, ユダヤ人のコミュニティーは有名であるが, 他に中国人 (華僑) やインド人 (印僑) の活動も似たような結びつきとして見ることができよう。

ただ, こうした民族的なマイノリティー集団により形成された産業社会が, イノベーショ ンの発生にどの程度効果を持っているか, ということになると, さらに具体的な事例を集 めて検討する必要が出てこよう。

内田純一 (2009年) は, イノベーションの発生が国レベルで異なるだけでなく, 地域に よっても異なると述べている。 それによると, イノベーションは同一国内において地域的 な偏在の度合いが大きく, イノベーションに適した地域にそれを求める企業が流入すると 述べている(25)。 また, イノベーションに成功した地域で再び起きる可能性が高い, とも 述べている。 この場合のイノベーションが生じやすい地域とは, 大学などの研究機関が存 在して, その研究成果を利用した起業が生じている, 起業や新規事業立ち上げに必要な社 会的インフラが充実している, などの条件がそろっている場所だという(26)

問題は, そうしたイノベーションに適した場所をどのようにして作ることができるかと いうことであるが, その点については触れられていない。

クリエイティブクラスと地域の経済発展

R. フロリダ (2007, 2008年) はアメリカの都市における住民の属性を統計的に比較し て, 創造的な職業に従事している人の比率が高い地域ほど成長性が高く, 逆に製造業で働 く人やサービス産業の従事者が多い地域ほど停滞している, という分析を行っている。 ク リエイティブクラスと呼ばれるのは科学者・技術者, 詩人, 俳優, 役者, 大学教授などの 創造的な職業に従事している人々のことであり, こうした人々を引きつける地域において, 創造的産業が発展するというのである。

優れた資質を持った人々を集める際に有効な指標として, フロリダ (2007) は3つのT をあげている。 すなわち, Technology (技術), Talent (才能), Tolerance (寛容) である。

これらの指標をもとに都市を指数化して将来性を判定する方法が, フロリダの研究で示さ れた。 彼によると, IT 産業などで成長している都市ほど, 指数の数値が高くなり, イノ ベーションが生じやすいということである。 これはあくまでもアメリカの都市を比較して の分析であり, 他の地域にも当てはまるとは限らない。 しかし地域とイノベーションとの

載香 (2010年) 334〜335ページ 同書 97〜101ページ

内田純一 (2009年) 22〜23ページ 同書 24ページ

(8)

関わりを考える場合には考慮すべき研究成果といえるであろう(27)

集積があればイノベーションが発生するというものでないことは, 誘致的な集積が多く 見られる北関東地域を観察すれば明らかである。 特に, 茨城・栃木の両県において, 筑波 研究学園都市という研究拠点があるにもかかわらず, 工業団地に立地する誘致企業との連 携でイノベーションが連続的に発生しているという話はほとんど聞かれない。

産業集積にイノベーションをもたらすものは何なのか。 その根源は地域ごとに異なって いるはずなので, それを明確にする必要がある。 ここで取り上げる東京の城東地域のイノ ベーションの場合についても同様である。

日本の産業集積において, しかも歴史のある 「古い」 産業地域でのイノベーションの分 析というのはなかなか見ることはできない。 1で示したように, 筆者はたまたま東京の 信用金庫の優良取引先企業の調査をしていて, この 「古い産業地域」 の企業群の事例を 調べることができた。 ここに見られる企業群は, けしてハイテク・先端技術で産業界を リードするような企業ではなく, むしろ古い産業集積のもとで生き残っている企業群なの である。

かつては盛んであった産業が衰退・縮小する中で, 集積のメリットを生かしながら, け してハイテクとはいえないような技術を用いて生き残っている。 その活動を観察してみる と, 以下に示すように地域内部での企業間のネットワークを踏まえたある意味で 「伝統的」

な手法でのイノベーションを行っていることがわかる。

城東地域の産業集積の形成過程

第2次世界大戦以前から, 城東地域においては製造業の集積が見られた。 そこには, 明 治維新以降に日本に入ってきたいわゆる近代産業の流れを汲むものと, 江戸時代以降に発 達した問屋制家内工業の流れを汲むものの2つの流れがある。

この地域で近代産業の形態で事業を開始したものとしては, 官営工場では千住製絨所 (1879年) や深川セメント (1873年), 石川島造船所 (1853年, 水戸藩の徳川斉昭により 設立, 明治政府の官営工場となるが1876年に平野富二に払い下げ), 東京砲兵工廠 (1871 年〜1935年, 跡地は後楽園球場→現東京ドーム球場となる) などがあり, 民間では佃島製 作所 (1907年創立, 後に日立製作所の一部となる), 平岡工場 (1890年創業, 後に汽車製 造に吸収) などがある。 これらの工場の出身者が城東地域で独立して小工場を設立したと いう(28)

全国工場通覧 (1911年) によると, 金属プレス, ダイカスト, メッキ, 歯車, バネ, 金型等の機械関連基盤産業 (板倉らの著作では 「底辺産業」 となっている) は, 城東地域 に40%が集中していた(29)

機械金属関係の小零細企業としては, 官民の大規模近代工場の労働者が独立したケース 以外に, 日用消費財製造業の中から生じたものもある。 例えば金型製造業の場合, 墨田区 本所の荒金倉吉氏が洋傘の溝骨製造のために始めたのがきっかけであり, この工場から多 数の職工が独立して金型工場を建てたという(30)

フロリダ (2007) 48ページ 板倉勝高他 (1973年) 110ページ 同書 110〜111ページ

(9)

大正時代になると, この地域には自転車, 人力車, メリヤス織機, 印刷機械などの消費 財生産が盛んとなり, 本所, 荒川を中心に金属プレス, 歯車, メッキ, 金型などの基盤産 業が形成された(31)

第2次世界大戦後, 高度経済成長が始まった昭和30年頃の城東地域の製造業を見ると, 隅田川, 荒川等の河川流域に立地した化学, 繊維, 機械の大規模工場群を見ることができ る。 繊維関係では, 墨田区・荒川区にあった鐘淵紡績, 大日本紡績等の綿紡績, 毛織物の 企業群であり, これらは隅田川流域に立地していたが, 現在ではほとんど残っていない。

化学関係の企業としては, 日産化学, 日本化学, 旭電化等の企業が隅田川, 荒川, 江戸 川区流域に分布していたが, 現在では一部を除いて姿を消している。

金属機械関係では, 江東区・墨田区を中心にタンク・橋梁・土木機械等の大型設備・

一般機械の企業が立地していた。 また, 江東区の小名木川沿いに伸線関係の企業も立地し ていた。 このほか, 荒川区の三河島周辺には自転車関連の企業集積が存在した(32)

その一方, 小零細工場による輸出雑貨の製造地域も形成されていた。 渡辺 (1981年) に よると, この地域の小零細企業の創業年は高度成長期に入った1955年以降が60%以上を占 める。 創業前の地位をみると, 同業従業員が70%前後となっており, 同一地域の中で経験

表1 昭和30年代初期における城東地域の製造業企業

江東区 墨田区 荒川区 葛飾区 北 区

繊維 鐘紡 鐘紡

大日本紡績 大同毛織 東洋紡

王子染色

化学 日本化学 日東化学 保土ヶ谷化学

日産化学 旭電化 ミヨシ油脂

川口ゴム 東洋インク 江戸川化学 三共製薬 大和ゴム

日本油脂 日産化学 宝酒造 中外製薬 保土ヶ谷化学

機械

・ 金属

汽車製造 宮地鉄工 石井鉄工場 桜田機械 東洋鋼線 興国鋼線 三菱鋼材

久保田鉄工場 大日本機械 日本電気精器

日本建鐵 関根自転車 ゼブラ自転車**

宝製鋼 大同製鋼

東京タングステン 大日本機械

理研機械 日本金属産業

東京都区別地図大観 人文社, 1958年により作成

*, ** 両社とも他の文献で確認したもの。

同書 108〜109ページ 同書 112ページ

東京都区別地図大観 (1958年) に示されている工場名を拾ってみたもの。 一部に追加した工場もある。

(10)

を積んで開業していることがわかる(33)。 輸出雑貨の内容であるが, 一定地域への集積を 伴ったケースが多い。 具体的には青砥・立石周辺の金属玩具, 町屋の鉛筆, 台東区の袋物・

履物, 葛飾区のアンチモニー製造業などである。

このうち荒川区の機械製造企業について調査した青木英一 (1997年) は, 産業機械関係 の企業を調査して, 創業者が荒川区内で技術を習得して独立したこと, 発注企業に近接し ていること, 関連下請け企業を自社の周辺に確保していること, などを特徴としてあげて いる(34)。 板倉・井出・竹内 (1973年) によると, 城南・城東地域においては, 機械金属 関係の中小・零細企業の労働者が工場周辺に住んでいるとの指摘がある(35)

このように城東地域の機械金属関係企業においては, 戦後に創業した企業が多いが戦前 から事業を行っている企業もある。 これら企業は狭い範囲に集積を形成し, 労働者が企業 の近隣に居住し, その中で技術の習得, 異動, 独立などを行いながら, 工業地域として発 展してきた, と見ることができる。

城東地域の表彰企業に見られるイノベーション

1で述べた表彰企業の分析により, 城東地域の中でも機械関連産業の集積が見られる地 域として, 荒川区と葛飾区を取り上げることにした。 この2区においては表彰企業の比率 が高く, かつ表彰後のパフォーマンスが良好であるためである。

そこで, この2区の表彰企業のうち金属・機械関連企業を拾い出し, それらについての ヒアリング調査を行った。 15社程度をピックアップして調査を試みたが, 実際に協力を得 られたのは以下の8社であった。 これらの企業に対して2010年11月〜12月にかけてヒアリ ングを行い, それぞれがどのようにイノベーションに取り組んでいるかを調べた。

KY 発条株式会社 (1992年度, 第6回)

事業内容:精密バネ, 運動用具, 自動車用タイヤチェーン留め具など

葛飾区には戦後バネ関係の企業が多数立地しており, 同社もその中の1社であった。 先 代社長が1960年頃にアメリカを訪れ, その際にゴム製の筋肉強化用運動器具があるのを見 てゴムの代わりにバネで作ることを思いつき, 帰国後に商品化を行って販売を始めた。 こ の商品はエキスパンダーと呼ばれ, 爆発的にヒットしたが, 特許を取っていなかったため 類似品が多く出た。 まもなくブームが去って需要は大きく落ち込んだが, この製品開発の 結果としてスポーツ用品の商社から学校関係の運動用具の話が持ち込まれ, それらの製造 も行うようになった。 さらに現在では自動車用タイヤチェーンの留め具も生産している。

エキスパンダーという商品を開発できたことは同社にとって大きなイノベーションがあっ たと認めることができる。 ただブームは長続きせず, いつの日か消えていた。 同社で興味 深いのは, バネを使ったエキスパンダーの開発とその成功により, スポーツ用品分野の製

売 上 高 従業者数 表彰時 2億5千万円 11人 現 在 7700万円 7人

渡辺幸男 (1981年) 258〜267ページ 青木英一 (1997年) 33〜45ページ 板倉勝高他 (1973年) 前掲書 140ページ

(11)

品を作るようになったことである。 これは製品を扱う問屋とのつきあいから生じたもので, それに同社が応えたということのようである。 現在でも, 体育館で用いられるラック, バ レーボール用審判台, 玉入れ用具, 腹筋台などの製造を行っている。 これらはすべて問屋 からの委託による生産である。

これらの製品を製造する際に, 発注元の問屋からの図面が来るのは半分で, 残りの製品 は大まかな注文を受けて同社で具体的に製品化する, という形をとっている。 その際重要 な役割を果たすのが工場長で, 彼はもともと近隣にあった同社の外注先で働いていた溶接 工であったが, 25年ほど前にそこが廃業になった際に同社に移ってきた人である。 彼のア イデアをもとに運動用具等のデザインが決められるという。

NY 製網製作所 (2005年度, 第15回) 事業内容:建築用金物製造

同社の創業は戦前で, もともとは鋼材販売を行っていた。 戦前はポンプの製造などもお こなっていたが戦後の高度成長期に線材製造用の機械を入手して線材を加工するようになっ た。 現在同社の主力製品となっている住宅建築用のユニット鉄筋 (同社ではこれを 「ハッ ピーベース」 として販売している) を中心に各種建築用資材を製造販売している。

同社の製品は針金を組み合わせたもので, 主として建物の基礎として使われるコンクリー トの芯材として使われるものである。 この芯材は使う人が使いやすいように工夫されてお り, それがユーザーから支持されていて, 住宅メーカーなどからの注文が増えて売上増加 につながっている。 特にハッピーベースは土台においてワンタッチで組み立てることがで きるため, 人気が高い。 この製品を中心に同社では住宅メーカー30社と取引しており, 栃 木に工場, 浦安に物流センターを持っている。

同社の製品開発における特徴は, 地元の企業が持っている製品や技術を応用していると いうことである。 ハッピーベースの場合, 地元にあるバネ関係の製造企業が持っているク リップの技術を取り入れて, 折りたたんである線材をワンタッチで垂直に立てることがで

売 上 高 従業者数 表彰時 39億1100万円 80人 現 在 68億3677万円 124人

ハッピーベース

(同社ホームページより)

ハッピーベースの模型 (中央部に見えるのが地元で他社が

製品として持っていたクリップ)

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きる構造になっている (写真の左は立ててコンクリート基礎に使っている所のカットモデ ル。 右は模型の拡大図)。 また, 試作品の製造をするに当たり, 地元企業が手作業で協力 してくれるのでスムーズに進められるということである。

堀切地域には金属加工に関係する企業が集まっており, 自社でできない仕事を頼むのが 容易であるという。 同社の製品開発におけるイノベーションの源は, この地域の金属加工 関係企業の集積によっていると見て良いであろう。

TK ベル製作所 (1999年度, 第13回)

TK ベルは自転車のベルを製造販売している企業である。 同社が立地する荒川区には, かつてセキネ自転車やゼブラ自転車などの完成車メーカーと, 部品加工の企業が集積して いた。 現在でもオーダーメードの自転車を製造する企業がある。

TK ベルは自転車のベルを製造し, 現在ではホームセンターや自転車販売店などに卸し ている。 自転車の国内生産が大幅に減少してベルの需要も減っているため, 同社では他に 小売店向け店舗用什器 (商品陳列だな, 案内板など) の製造も行っている。

同社のベルはデザインやアイデアが優れており, 縮小している自転車の国内生産におい ても生き残ることができている。 同社では専属のデザイナーにデザインを委託しておしゃ れでユニークな製品を作り出しており, グッドデザイン賞を受賞したり欧米にも輸出した りしている。

製品の製造において, メッキ, 塗装, プレス, 溶接などで城東地域の中小企業に外注を 出している。 外注先は30社程度であるが, そのうち都内が27社で, そのうちの3分の1が 同社が立地する荒川区にある。

同社と地域との関係を見ると, まずデザイナーとの接触の機会があったことがあげられ る。 国内での自転車生産は最盛期の10%以下となっており (年間100万〜150万台), ベル の需要も大幅に落ち込んでいる。 同社のベルは自転車メーカーに納めるのではなく, ホー ムセンターや自転車販売店などに卸されて販売されている。 カラフルでおしゃれな製品が 求められるのである。 したがって, 製品のデザインが売れ行きを左右する重要な要素とな る。 優れたデザインを売るためには優れたデザイナーの起用が重要である。 この点で同社 では現在依頼しているデザイナーが同社に企画を持ち込んでからのつながりがきっかけで 委託が行われるようになったのである。

立地上のメリットとして, 優れたデザイナーとの接触の機会を得られたこと, 生産にお いて外注企業の利用がしやすいことがあげられる。

DT 工業株式会社(1991年度, 第5回)

DT 工業の主力製品はギアポンプである。 この製品は, ギアのかみ合わせによって圧力 売 上 高 従業者数

表彰時 7億6千万円 38人 現 在 3億7千万円 33人

売 上 高 従業者数 表彰時 16億5300万円 102人 現 在 10億8200万円 90人

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をかけて液体を送り出すという構造を持っており, 通常のポンプと異なる用途に用いられ る。 具体的には, 高温・高圧・粘高度の液体 (化学薬品, 油脂, 食品など) の搬送に用ら れ, 企業や行政 (化学消防車, 原子力発電所など) で使用されていて, 顧客は民間80%, 官公需20%となっている。 また, 競合企業は国内に5〜6社あるが, 同社は国内唯一の専 業メーカーとしてその技術力が評価されている。

ギアポンプは通常のポンプよりも高い性能が求められる。 特に送り出す液体の性質によっ てポンプに求められる性能が異なるが, その際, 用いられる素材やその仕様を変えてユー ザーのニーズに的確に応えることができるのが同社の強みである。

同社は創業が1935年で, 創業以来現在地で事業を行ってきた。 この間社内で技術を蓄積 して顧客からの様々な要望に応えているという。 その際, 社員の勤続年数が長いのが特徴 になっている。 かつて同社では組合活動が盛んになり, その際経営者側と組合とで真摯に 話し合う関係が構築された。 その結果, 中途での退職が減少して勤続年数が長くなり, そ れだけ技術蓄積が行われやすくなったのである。 新製品の開発においては, 社内に新技術 開発委員会が立ち上がり, 各セクションから選抜された社員が参加して開発を行う事になっ ている。 「ユーザーからの注文は断らない」 を社是として, 必要とされる製品のレベルに 社内の技術を引き上げながら持続的な改良を行う, という形で製品開発を行ってきた。 ま た, 周辺 (城東地域, 川口市) には部品や材料を供給する企業が多数あり, 同社の要望に 応えて生産を行っている。

同社の売上高は減少しており, けして業績好調というわけではない。 現社長の話による と, リーマンショックで売上が大きく落ち込み, それが回復しきれていないそうである。

特に化学工場向けの需要が落ち込んでいるという。 それでも業界内では唯一の専業メーカー として確固たる地位を築いている。 それは上記で指摘したような長期継続雇用の社員によ る持続的な改良というイノベーションが行われているからである。

SK 製作所 (2004年度, 第18回)

SK 製作所の事業内容は照明器具の製造である。 同社が手がける照明器具は大型で特殊 なもの (例えばマンションの玄関ホールに置かれるもの, テーマパークの街灯として使わ れるものなど) が中心で, 特注品であったり定番品であってもあまり数の出ないものであ る。

同社はもともと大手家電企業のP社の下請けであったが, 1979年頃に独立した。 現在で もP社からの注文が売上の6〜7割を占めるが, 他社からの注文も受ける。 自社製品は持っ ていないが, 将来的にはオリジナル商品を作りたいという意向を持っている。 同社の強み は顧客からの多様な注文に柔軟に対応できる製造能力と企画提案能力である。 デザインは 依頼主が持ってくるが, その際に同社の方から製造側としてのアドバイスを積極的に行い, 製品化を確実にするような努力をしている。 そのためか, 様々な企業から製品化が困難な 案件が持ち込まれるという。 業界では 「困ったときの SK 頼み」 という言葉があるようだ。

こうした提案能力は社長が様々な経験を積み上げた中から引き出すものもあれば, 社員 売 上 高 従業者数

表彰時 2億5千万円 13人 現 在 3億4814万円 8人

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の中から出てくるものもあるという。 特定のデザーナーが製品の設計をするのではなく, 社長と社員全員で, 顧客が描いた絵を実際の製品として現実化する。 これが同社の事業内 容であり, 強みである。

同社では近隣に協力会社を持っており, これら企業への外注比率は4割程度になるとい う。 また同社が位置する荒川区町屋には多様な中小製造業が集積しており, 外注先として 利用できるほか, 騒音・振動といった外部への影響を気兼ねなく出せる, というメリット があるという。

デザインの出所が社長と社員で, 10人未満の零細企業であることを感じさせない創造性 ある事業活動を展開している。

TCN (1995年度, 第9回)

TCN は建物の解体工事に用いる解体機のリースを中心に事業を行っている企業である。

創業当初はリースを行うだけであったが, 顧客からの要望を生かして自社製品を開発し, 製造販売を行うようになった。 同社が製造しているのは解体現場でホコリや砂利等の飛散 を押さえる散水機で, 最近ではロボット化した製品も出している。

同社の社長は機械の専門家ではないが, 現場の第一線で顧客の要望に接する機会が多く, そこで得たニーズを踏まえて製品化しようという意欲的な経営者である。 社長によると, 普通の技術者は固定観念があって, 製品化をあきらめてしまうところがあるが, 自分たち は顧客の要望を踏まえてイメージした機械を設計者に設計してもらい, 部品加工を外部企 業にお願いしてそれを組み立てて機械を作っている, ということであった。

同社が製品化した散水機は顧客にリースで出すだけでなく, 販売を委託して外販もして いる。 製品を作る際には, 城東地域や川口市の10社程度の企業に部品加工を依頼している。

組み立ては印西市にある同社の工場で行っている。 散水機についてはロボット化した新製 品を出したほか, 現在破砕機の開発を行って新製品として出す予定だという。

同社のイノベーションは現場での顧客からのニーズを把握して, それを製品化するとい う基本的なものであるが, リース会社が機械を作ってしまうところに特色がある。 それを 可能にした要因として, 社長の創造力の豊かさ, 設計者の設計能力, それを支える地域の 部品企業のサポート力の3点をあげることができよう。

YI 製作所 (1998年度, 第12回)

創業時は自転車のフレームを製造していた。 その後自動車用マフラー, ステンレス流し 台, 学校用の机の脚の製造などを経て現在は避難用ハッチを製造している。 このハッチに ついては大手防災機器企業の専属下請けとして製造していたが, この会社が倒産し, 取引 先からの依頼もあって自社でそれまで手がけてきた製品を製造販売する形で生き残る事を

売 上 高 従業者数

表彰時 5億円 13人

現 在 16億円 52人

売 上 高 従業者数 表彰時 1億7000万円 9人 現 在 2億4500万円 8人

(15)

選択した。

生産は顧客からの注文が入ってからの受注生産であり, かつ品目数が多い (多品種少量 生産)。 できるだけ自社内で生産を行っているが, 顧客からの依頼を受けて部品生産を外 部に委託する場合もある。

同社の製品はマンションのベランダ等に取り付ける避難用のハッチで, 中に階段が組み 込まれている。 中古マンションの場合には年月の経過によって金属部分の腐食が進み, 設 備の更新が必要になっているものが多い。 同社の売上に占める比率を見ても, 新築用が4 割・改修用が6割となっている。 サイズがまちまちで形状も多様であるため, 顧客からの 要望に応じて柔軟に対応する必要がある。

主要な顧客は防災用品製造業大手の YP 社で, 同社の売上の6割を占めているが, 他に 防災機器や建築金物関係の企業300社とも取引を行っている。 同社の強みは外注を使わず に自社で一貫生産していることで, 塗装など一部を外部企業に委託している。

MK 電機 (2001年度, 第15回)

同社は家電関係の企業に勤めていた創業者が独立して立ち上げた企業である。 創業当初 は顧客からの依頼を受けて通信機器関連の製品を供給していたが, やがてそれらの製品を 自社で拡張・改良して自社製品として販売するようになった。

現在生産を行っている主力製品はネットワーク電源制御装置である。 これは, 離れたと ころにあるコンピュータや情報端末に関して, 現地に行かなくても電源を切断したりオン にしたりすることができる装置で, ネットカメラ, 大学のオープン端末の管理, インター ネットマンションなどで利用されている。 この装置のメリットは, 情報機器の電源を遠隔 操作で管理することで, 現地に出向かなくてもコンピュータを再起動させることができ, 低コストでトラブル防止をすることができる点にある。

同社では製品に必要な部品は外部に委託し, 自社では最終組み立てを行って出荷してい 売 上 高 従業者数

表彰時 1億6400万円 13人 現 在 2億1100万円 18人

表2 城東地域における中小企業のイノベーション

企業名 事業タイプ イノベーションの形態 所在地

KY 発条 受注型 環境変化に柔軟に適応 葛飾区堀切

NY 製網 自社製品 地域技術活用による創発 葛飾区堀切

TCN 自社製品 顧客ニーズの吸い上げ 葛飾区堀切

TK ベル 自社+受注 地域技術活用 荒川区西尾久

DT 工業 自社製品 自社蓄積技術活用 荒川区西尾久

MK 電機 自社製品 他社技術の応用と自社技術の開発 荒川区東尾久 SK 製作所 受注+自社顧客 顧客ニーズの吸い上げ 荒川区町屋 YI 製作所 自社 顧客ニーズへの柔軟な適応 荒川区町屋

(16)

る。 製品の技術自体は特殊なものではないが, アイデアの独自性と製品の高信頼性によっ て受注を伸ばしており, 使用範囲も広がってきている。

立地条件については, 都心に近いので情報通信関連企業との接触に有利であること, 秋 葉原が近くて部品材料の入手に便利であることで有利だという。

歴史的産業地域に見られる地域イノベーション

城東地域が持っている産業風土

江戸時代に入って, 江戸の町が一大消費都市であるばかりでなく, 生産面でも重要な役 割を持つようになった。 特に問屋が中心となって形成された職人集団による分業体制は, 日用品や奢侈品の生産で大きな役割を果たした。 これらの職人は一定地域に集まって生活 しながら事業を行っており, その地域に独自の雰囲気をもたらした。 尾高煌之助 (1993年) によれば, 明治時代初期の職人の居住地域として, 「芝から日本橋, 京橋を経て神田にい たる東京の中心部と, 本所, 深川, 浅草の下町一帯」 があげられており, 江戸時代に形成 された職人町の様子を窺うことができる(36)

明治維新以降になると, 明治政府の殖産興業政策により近代産業の導入が積極的に図ら れた。 ここでは欧米から近代技術を持ち込んで新しい産業を興す動きがある一方, 在来産 業も存続して生産を持続させていた。 東京における生産地域としては, 江戸時代の町人町 である神田・銀座・日本橋から, 次第に隅田川・荒川を超えて周辺部に拡散していった。

第2次世界大戦後の高度成長が始まる頃になると, 墨田区・葛飾区・荒川区などに中小 零細企業が発生し, 様々な業種の小零細企業による 「産地」 の形成も見られた。

城東地域中小企業に見る職人型中小企業のイノベーション

江戸時代から続いて形成されてきた産業地域において, どのような産業風土が形成され てきたであろうか。 尾高 (1993) によれば, 近代産業が導入される過程で様々な技術習得 の機会を得た職人が技術者と共に生産現場で重要な役割を果たしていた(37)

明治末期から大正時代にかけての産業化の時代にあっては, 職人的作業場と近代的工場 とが共存していたが, その中間に町工場があって, そこでは職人的機能を持った経営者 (や従業員) が少なくなかった。 彼らは自らの判断によって作業方法を考案して作業に当 たった。 場合によって作業に必要な工具や設備も作ることがあった(38)

尾高によれば, 中小企業における職人的生産が支配的な状況は, 1960年代に終息していっ た。 設備機械の更新・増設や企業管理の合理化の浸透などにより, かつてのような 「職人 的世界も工場現場から消え去った」 と述べている(39)

尾高は職人の定義として次の4点をあげている。 ①労働手段 (道具, 小設備) を持って いる, ②腕 (技能) はその出来映えによって客観的に測定できる, ③生産技術は職人に体 化され, 他人がそれを修得するためには数年間の修行を必要とする, ④生産方法について は作業者 (職人) に大幅な自主裁量権がある(40)

尾高煌之助 (1993年) 58ページ 地名として紺屋町, 大工町, 木挽町などが残っていた。

同書 23〜26ページ, 103ページ 同書 106ページ

同書 237〜238ページ 同書 17〜18ページ

(17)

現在の生産現場においてこの定義をそのまま当てはめると, 職人的生産が行われている ところは相当限られてくるが, ①を除けは該当する工場はかなり多く存在するのではない かと思われる。

3の

でみたように, 自らが旋盤工であった作家の小関智弘が残した著作によると, 高 度成長期以降においても, 中小企業の中には現場での作業を職人的な経営者や従業員が仕 切っており, かつてのような職人的生産が行われていることがわかる。 具体的には, 「よ りおもしろい仕事を求めて動く渡り職人」 や設計図を見ただけでは作れない製品 (部品) の加工方法を現場の力で作り出す経営者, コンピュータで多軸同時制御が可能な工作機械 を自社で内製した中小企業, などが紹介されている(41)

筆者が調査で見聞した事例でも, 顧客が示した簡単なスケッチ (マンガ) に基づいて製 品化することができる中小企業がある。 また複雑な形状をした製品の製造方法においても 創造力を発揮して形にすることができる。 つまり, かつての職人が持っていた自主裁量権 が, 創造性 (クリエイティビティー) の発揮という形で今日まで残っていると見ることが できる。 ここにかつての職人的生産の形が現代に継承されていると見ることができるよう に思われる。

こうした職人的な小零細規模の工場における創造性の発揮をイノベーションと呼ぶこと ができるのである。 ここで確認できるイノベーションとは, 生産現場に関わる中小企業の 経営者や従業員が, 単に与えられた指示通りの仕事をするのではなく, 自分たちの経験や 知識を元にして創意工夫をこらして問題解決に当たることである。 すなわち現場における 創造性の発揮における問題解決である。

東京の城南や城東など古い産業集積地域に残る中小企業には, 難しい加工を必要とする 部品や製品の依頼が寄せられることが多く, それを解決することで事業を成り立たせてい る中小企業が生き残っているのである。 これらの企業もかつては量産物の部品などを生産 していたが, そうした仕事は都外や海外に流れていき, 残ったのが試作品や特殊品といっ た小ロット品であった。

職人型中小企業から創造型中小企業へ

職人型中小企業は単に古い経営手法ながら技術で生き残っているというタイプの企業と は限らない。 5で示した企業の事例でわかるように, 企業としては現代企業であるが, 自 社が持つ技術 (技能) を生かした事業活動や製品作りにおいて, クリエイティブ (創造的) な側面を持つようになっていることがわかる。

その場合, これらの企業は一定の裁量範囲を持って自由に製品作りを行うところがある。

また依頼する方もそれに期待するのである。 その場合の価格決定権は発注者側にあるが, 量産品は少ないので一方的な低コスト発注ではなく, 受注者側にも交渉の余地があるか, あるいは特殊な技術を必要としているため受注者の意向がかなり反映されるところがある。

創造型中小企業は2つに分類することができる。 一つは問題解決型中小企業であり, も う一つは高感度・高機能製品型中小企業である。 問題解決型企業とは, 高度な技術や技能 を持ち, 製作が困難な部品・材料等を製造する力を持っていると考えられている。 形状が 複雑であったり, あるいは素材の長さや厚さが通常のサイズから大きく離れていて, 一般

小関智弘 (1998年) 118ページ, 138ページほか

(18)

的な加工方法では設計図で示された形状にはならないものを, 独自の創意工夫により求め られた仕様に仕上げることができる技術・技能を持っていると周囲から認められている企 業である。

こうした企業には多くの企業から依頼が入るようになってくる。 そうした仕事を専門的 にするようになると, 社内の技術が進化してさらに高度化し, より名声が高まることにな る。 このような企業は製造業の一定の集積が見られる地域に立地しており, 集積内部や外 部から依頼が入るようになるのである。

具体的な例としては, 追跡調査した企業では NY 製網, YI 製作所があるが, 他に城東 地域の表彰企業の中で岡野工業所 (墨田区)(42)や清田製作所 (北区)(43)などがあげられる。

もう一つの高感度・高機能製品型中小企業というのは, 東京という巨大都市特有の機能 (多様な資源の混在する環境で先端的な情報が容易に入手できる) を生かした活動をして いる企業である。 これらの企業では, それまでの歴史的な積み上げを基礎にしながら環境 変化に適応しつつ, 高い需要が期待できる製品を開発している。

つまり, 洗練された情報をもとに開発されていて高い魅力を備えている, あるいは独創 的なアイデアやデザインにより多くの人々を引きつけうる, というような製品を製造して いるのである。

具体的には, 追跡調査した企業の中では SK 製作所, TK ベル, TCN が該当し, 他に 都内の表彰企業では東京信友 (新宿区)(44), ウィズ (中央区)(45)などがあげられる。

創造型中小企業は東京という古い集積が作り出した企業であり, 他の地域ではこうした 企業の成長は難しかったと考えられる。 産業発達の歴史, そこで行われていた近代的工場 生産システムと職人的生産システムとの併存, 巨大消費地となったことによる市場からの 刺激, 経済的中枢機能やマスメディア等の集中立地による情報・文化の創造機能との協同 作業など, 様々な要素が重層的に存在してそれが企業活動に反映されて, こうした形の中 小企業へと発展したと見ることができる。

ここでは, ポーターのクラスター論に見られれるような大学や研究機関の介在はあまり 見られない。 異なる業種との連携によるイノベーションが盛んに行われている。 例えば

「たまごっち」 を大ヒットさせたウィズは, もともと玩具の企画開発を請け負う企業であ

岡野工業所は第20回の表彰企業 (ものづくり大賞) で, 痛くない注射針を製造したことで知られている。 同 社の技術はプレスによる深絞りという特殊なもので, 携帯電話の電池ケースやカラオケ用のマイクの網など の製造方法も開発している。

清田製作所は第5回の表彰企業で, 半導体集積回路の検査に用いる精密なコンタクトプローブを開発したこ とで知られている。 同社が製造するコンタクトプローブはピッチ幅が1ミクロンという微細なものもあり, 集積度の高い集積回路の製造には不可欠の製品となっている。 大手半導体企業が, 集積回路を製造する前に 同社に相談するほどの高いレベルの製品である。

東京信友は第21回の表彰企業 (ものづくり大賞) で, シルウォッチ (聴覚障害者向けの室内信号装置) の開 発・製造に成功したことで知られる。 自らも聴覚障害者である社長が, 大手企業が開発をあきらめていた腕 時計型の屋内信号装置の製造に成功したが, この製品は騒音の激しい工場内での連絡用という意図せざる用 途にも用いられるようになった。

ウィズはメガヒット商品のたまごっちを開発した企業で, 第11回の表彰企業 (日本経済新聞社賞) である。

社長の横井昭裕はもともとバンダイの社員であり, 玩具の開発でヒットを飛ばしていたが独立してウィズを 設立した。 たまごっちは携帯用育成ゲームというそれまでにない企画の商品であり, 当初は女子高生をター ゲットにして作られたものであったが小学生から高齢者までを巻き込んで文字通り国民的な玩具になった。

(19)

り, そこに電子デバイス技術者やソフト技術者が参加して携帯育成ゲームという新しいコ ンセプトを持つ商品が開発された。 さらにこの製品の個性を作り出したキャラクター (へ たうまで書かれた絵を元にしている) の生みの親が得体の知れない人物であることも, 巨 大都市の特性の反映と見ることができる(46)

城東地域の事例から見られる地域イノベーションの本質

城東地域における古い産業集積地域の機械・金属関係企業を調査・分析してみて得られ た結果は下記の通りである。

この地域の産業構造は江戸時代からの職人的生産の技術的蓄積と, 明治期以降に入って きた近代産業の定着によって製造業中心の構造に特徴付けられた。 しかし, 第2次世界大 戦後の技術進歩と経済成長 (所得水準の持続的向上), 東京の膨張による都市化などによ り, 城東地域 (だけでなく城南地域も含めて) の主要産業であった重化学工業や繊維・雑 貨等の軽工業の企業がこの地域から転出していった。 特に中小企業に対して部品等を発注 する大企業の転出が続き, かつ残った企業からの発注内容も大きく変化して, この地域に 残った中小企業の業態を大きく変えた (渡辺幸男, 1997年)(47)

こうした変化に対応して生き残った企業の中には, 職人型生産の形を残しながら新しい 環境の中で変化を遂げつつイノベーションを実現する企業も多い。 あるいはイノベーショ ンを実現した企業が生き残っていると考えた方がよいのかもしれない。 こうした積み重ね の中から, この地域には独自の産業風土が形成されているのである。

これらの企業について, 私は6の

で述べたように創造型中小企業と呼んでいる。 これ らの企業は, 職人型生産の蓄積の上に立って顧客の多様な要望に対して柔軟かつ適切に対 応できる問題解決型中小企業と, 顧客の多様な要望に応えて魅力的な商品開発をすること ができる高感度・高機能製品型中小企業とに分類できるとも述べた。

職人型生産を続けてきた企業がこのように進化できた要因としては, 技術進歩や経済成 長による経済の成熟化・高度化の他に, こうした変化が企業に情報として直接入ってくる 東京という立地条件をあげることができる。

2つのタイプのうち, 問題解決型中小企業においてどのようにその技術・技能を進化さ せてきたであろうか。 その一つは転写である。 東京は既に示したように古い産業集積地域 である。 そこには累積的に産業の発展が積み重なっており, 社会生活や教育を通じて世代 間で引き継がれていく。 これはあたかも遺伝子の転写により遺伝情報が受け継がれていく のと等しい環境である。 転写によるものづくり文化の累積的過程によって技術蓄積ともの づくりに対する親和的な価値観が形成されるのである。

ここでいう転写とは, 親子, 親方と弟子, 経営者と社員, 近隣の工場の社員同士など様々 であるが, 企業や家庭という一般的な組織の枠組みを超えて伝えられてきたものである。

横井昭裕 (1997年) 50〜52ページ。 たまごっちのキャラクターのイラストを手がけた人は, 25歳で30以上の アルバイトを転々として続けてきており, 仕事ぶりもかなり不規則で社内でもトラブルを引き起こすような タイプの人物だったようだ。 大都市にはこのような人が生活できるような寛容さがある。

渡辺幸男は京浜地域の機械関係中小企業の変化を研究してきた。 それによると, この地域の機械・金属加工 中小企業の特色としてかつては量産型の部品生産を行っていたが, 後に業務の専門化, 受注範囲の広域化が 進んだ, ということである (第10章, 付論)。

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