著者
穐山 幹夫
著者別名
Akiyama Mikio
雑誌名
経営論集
巻
5
ページ
201-213
発行年
1976-12-05
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005896/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja穐
山
幹
夫
〔I 〕 〔n 〕[ Ⅲ] 〔IV 〕 〔v 〕 はじめに 会計保守主義の意味 保守主義概念後退の経緯 近代会計と保守主義 むすびにかえて [I] はじめに かっ て, 会計上 の保 守主義 ぱConservatismisthebestpolicy. ” とい わ れ, あるい は「 保守主 義 はい かに強 調 しよ うと も強 調 さ れ過 ぎる こ と は な い 」 とい われ, 会計実 践上 の金 科玉条 として 絶大 なゆる ぎな き地 位 を誇っ て い た。 この こ とは, 保守主 義 がドイ ツに おい て は 丁伝統 の原 則」, 英 米にお い て は「良 き会 計実 践 」 とい われてい た1)こ と から もそ の一 端 を窺い 知るこ とがで きるで あ ろう。 この会計上 の保 守主 義 は1930 年代 初 頭 よ り急 速に その重 要 性 を失 うにい た っ た とい われてい る2)。 しか し, がっ て のご と き栄 光 の 座 は失 われっ っ も, 保 守主 義 の概 念 は会計 の世界 に おい て 絶 える こ とな くそ の生 命 を保持 し続け てい る。 この よ うな状況 は, 保 守主 義 か おる面 に おい て そ の理論的 存在 基盤 を喪失し た ものの, 他面 におい て, 会 計上 必要 とされ る 何 らか の有用 性 を有 してい るからに ほ か なら ない から であ ろ う。 こ の よ うな点 て, 保 守主義 の概 念 は, 会計上 き わめて独 特な 存在 であ る とい え る。 そこで, 以 下, 本稿 に おい ては, こ の よう な複雑 な性 格 を内在 させ る保 守 主 義 概念にっ い て, そ の存在 の理論的 基 盤 を探 る とと もに, 近 代会 計にお け る役 割や位置 づ け を考 察 して みる ことに す る。〔II〕 会計保守主義の意味 会計上 に おけ る保 守主義 の意 味 する ところ は, 「一 切 の見 込 まれ る損失 は 計上 すべ きも,予 想 利益 は計上 す る べから ず」(“Provideforallpossiblelosses,anticipatenoprofit." ),「利 益 の見 越, 損失 の繰延 は行 な う べ からず 」 とい っ た, 格 言に も近い 言葉 に 端的 にいい 表 わ されてい る。 すな わ ち, 保 守主義 は, 損 益計 算書面 に おい て は費用 を 過大 に計上 し, 利益 の計上 を過 少 に見 積 るこ と を意図 する もの であ り, 他方, 貸 借対 照表面 に おい ては資 産 の過 少 評価 と 負 債の 過大 計上 を意 図 す る もので あ る。 こ れらの点 をよ り具 体的 に述 べ るな らば, 損 益 計算面 に おい ては, 利 益 に関 して は, 収 益認 識基 準 として の実 現 主 義 等 があ り, こ れに基 づ く未実 現 利益 の計上 の禁 止等, が指 摘 で きる。 ま た, 費用 に関 しては, 未 払費 用 や資産 評 価損 の計上, 各 種 引当 金 や準備 金へ の費用 計上 等 が あ る。貸 借対 照表 面 におい て は, 棚卸資 産 に対 す る低 価主 義 の 適用 が代表的 な もので あ り, さら には, 偶発 債務 の計上, 簿 外資産 の存在 や 秘密積 立金 の設 定 の許 容等 が 指摘 で きる。 会計実 践上 の こ のよ う な精 神 お よび態度 が 会計上 の保 守主 義 とい われてい る。 したが って, その意 味内 容 は,し保 守的 政 治政党 のイ デ オロギ ーや その精 神 とは 何ら のか か わりを もつ もので は ない 。 む し ろ, 保 守主義 が時 としで 「用 心 の原則」,「安 全 性 の原 則」, あ るい は( 慎重性 の 原則3)」 と よば れるこ と があ るが, こ れら の称 呼 の方 がそ の意味内 容 を より的 確に 言い 表 わ してい る とい えるで あろ う。 会 計上, この よ うな保 守主義 が必要 とされ る理 由 は どの よ うな点 に求 めら れ るので あろ うか。 ここ では, 保 守主義 の概念 に 「資 本 と利 益 の区別 」 と同 等 の主 要 な地位 を与 え4)てい るサ ソダ ース, ハ ット フ ィ ール ド お よび ム ーア の( 会計原 則 の表 明5)」(以下,SHM 会計原則と略称する)を一 つ の手 がか りと し て, そ の存在理 由 を探 って み るこ とに する。SHM 会 計原 則に お け る保 守主義 の必要 と される論拠 を要 約 列 挙 すれば以 下 の通 りで あ る。1 ) 文字通 りの意 味 におい ては 「正 確な表示 」 は不可 能 で あ る。財 務諸表 上 に示 さ れる多 く の項 目に は合 理的 な判断 が 介入せ ねば なら ない 。2 ) 正 直 な人 間 の場 合, 過少表 示 は過 大表示 に比 して それ程 悪用 されず,
有 害 な 結 果 を も た ら さ ない で あろ う。 そ れ ゆえ, 過 少 表 示 は そ れ 程 反 対 す べ き で は ない し, 積 極 的 な美 徳 と 考 え ら れ る 。3 ) あ る場 合 を除 き, 会 計 上 の 必 要 な 判 断 を 行 な う 場 合 , 楽 観 主 義 に 陥 り やす い とい う こ と は共 通 し た 傾 向 で あ る 。 こ の よ う な 楽 観 主 義 を 相 殺す るた め に, こ れ と反 対 の こ と す なわち保 守的 な処理 が要 求 され るの であ り, 都合 のよい 過 大表 示 の傾向 か ありそ う な場 合 に は, い うで もこ の方 針 が求 めら れ ねば なら ない 。4 ) 多 くの指 導的 な立場 にい る銀 行家, 法 律家お よ び実 業家 は, 会 計報告 書の数学的 正 確 さを非 常に あ てに す ることに よって, 誤 りに導 かれ, あ るい は事 物 の 大局 を見 落 す結果 に あ る場合 もある と感 じ てい る。経 験 を 積 んだ人 達 は, 明 確 に予測 し得 ない 損失 が, 政 治的 ・社 会的 ・経 済的圧 力に よって もたら され うる とい う こ とを知 ってお り, 彼 等 は有望 な会 計 士が 偶発的 な損失 の可 能 性 を指摘 す ること を望 んでい る。SHM 会計原 則 で は保 守主 義 の 必要 と される理 由を以 上 の諸 点 に求 めてい る。 しかし ながら, 今 日 の会 計思 考に照 ら して みた場合, これら の理 由 のう ち1 )を除 き,全体 に 何 かしら 積 極性 に欠け,論理 性 が乏 し く, 保 守主 義 の必 要 性 を納 得せ し めう る だけ の論 拠 として はき わめて不十 分 な ものとい わざる をえ ない 。 このよう な状 況は 何 も偶然的 な もので はなく, 保守主 義 の 発生 の 由来に 起 因 する必然的 な もので あ る とい え る。 会計に おけ る保 守主義 思考 の 存在 は, 元 来, 債権確 保 のた め の安全 性 の余地 と して債権 者 の要 請に より認 めら れて きたもので ある。 し たが って, 保 守主義 は債権者 お よび私的 所 有 者 の みが会 計 ない しは財 務諸 表に 関心 を有 してい た時 代に の み適合 し う るもの で ある6)。 こ のような点 で, こ の概 念 は理 論的 な もの として, あるい は理性的 思考 の所 産 として より も, 債権 者中 心 の時 代 の会計に おけ る心 情的 ない 七 は感 覚的 な 一 種の「 美徳」 として 会 計上 に反 映 され, 支 持 されて き た もの であ る。 この こ とは,SHM 会 計原 則 におい て も( 保守主 義 は積 極的 な美 徳 であ るか もし れ ない7)」 と述 べら れ てい るところ から も明ら かに 感知 され る ところ で ある 。 保 守主 義の 思考 は, こ の よう な点 で, 本質的 に, 今 日 我 々が発 想 の基盤 と してい る会計思 考 のな かで は論 理 性 を もちう る もので は ない とい え る。 ギル
マ ソはこ の よう な保 守主 義 の存 在 の不 条 理 を, 最大 の 皮肉 をこ めて 次の よう に 言 ってい る。 「最 も強 硬 な保 守主義 の主 張 者 で も, 理 論的 な基盤 の上に立 っ て そ れを正当 化 し よう とす る 者は ほ と んどい ない 。 そして そ の ことは,ニそ の 理論 性 の欠 如 を指摘 す るこ とが極 めて 容易 で あ るから, まっ たく賢 明で あ る8)」 と。 まこ どに もって鋭い 指摘 で あ る。 こ の ゆえ にこ そ, ギ ルマ ンは保 守 主義 を会計政 策と して位置 づ け るので ある9)。 [Ill] 保守主義概念後退の経緯 既 に 述べ た ように, 保 守主 義 の 思考 は, 近 年, 会 計理 論上 著 し く後退し た とい われてい る。 こ の理 由は一 体 どの よう な点 に ある ので あろ うか。 第一 の理 由は, 近 代 の会計 理 論が株 主 を中 心的 存 在 とす る動態 論 へと移行 した とい う点 に求 め るこ とが で きる。 保 守主 義 の 思考 が, さきに も述 べた よ うに, 債権者 中心 の時 代の会 計 の中 におい て のみ その存 在 基盤 を見出 し得 る もの で あっ て みれば, そ れは必 然的 結果 で あ る とい え るで あろ う。 この第一 の理 由 は, 保 守主義 概 念 の外 部 に存 在 す る要 因 に もと づ くもので あ る。 第 二 の理 由はi 保 守主義 自身 の有 す る理 論的 欠 陥 で あ る。 す な わち, 保 守 主 義 概 念に内 在 する内部 的要 因 に もとづ くも ので ある 。以下, この2 点 にっ い て 若 干 の検討 を して みるこ とに す る。 保 守主 義 の概 念は, 企業 に対 す る利 害関 係者 として の 債権者 が登場 す る時 代 (大略,1893 年のイギリスにおける利子取立禁止を解除する法律の制定以後を指す といわれている)に発 生 した も の とい われ る10)。 そ れ以後, 保 守主義 概念は, 会 計 の機能 が 所有者 のた めの もの から 債権 者中 心 とな った, 会計 機能 の発展 の第2 期の時 代 におい て全盛 を極 め るので あ る。 この時 代 におい て は, 債権 者 以 外 の 他の利害 関 係者 は無 視 され るか, そ の存在 が不 問 と された のであ る。 そ もそ も, 債権 者 の立場 から は, た とえ ば銀 行家 に代 表 され る よ う に,profit を極大 に す るとい う より もrisk を 極小 に する とい うこ とが常 に経営 上 の 行 動規範 とさ れてい る。 この 考え方 に 立 てば, 債 権者 としては 自己 の 債 権 も しくは そ れに 係る担保物 件の 確保, つ まり相手 方 の支払 能力 ごそ鮮先 ず 問題 に さ れ ねば なら ない 。 し たが って, ここ では長 期的 な観点 で の企 業の成 長 性, 将来性 あるい は収益性 とい っ たこ と より も, む しろ潜在的 に は「強 制
的 清算の理論 」([hepouncetheory ]に もとづ く一 定 時点 での企業 の清算価 値 もしくは解 体換 価 価値が常 に意 識 され てい る とい って よい で あろう。 そ 七て, このよう な考 え方 は, 財産 評 価 とい う面 に おい て反 映 さ れ, そ の結果, 財 務 諸 表中貸借対 照 表重 視 として 現 われ るこ とに なる。 こ こに 財産 は実 際 の額 よ りも内輪に 評 価 し担保価 値の安 全 性を考 える とい う保守 主 義概 念存在 の必然 性 加ある。 保 守主義 の概 念が本 来 は資産 のundervaluation もし くはunder-statement を意 味 し, 時 には低 価主 義 が その 同議 語に 近い 感覚 で用い ら れて い ることから もこの ことは明 ら かであ ろ う。 しかるに, やがて企業を取巻く経済的 環境が著しく変化 経 済の発展 や証 券 金融 の発達 た とえば 信用 して き た。 そ れに 伴い , 企業 自体 におい て も企業規 模 が拡 大 し, 複雑化 し,所 有 と経 営 の分 離 が進 行 して きた。 その結 果 , 企業 に対 す る利害関 係者 として株 主 その 他 が登場 し, さら に は企業 の公 共 性が認 識 さ れるにい た り, 会 計理論 は そ の姿 を大 きく変 革す るこ とを余 儀 なく された。 会 計思考 は従来 の 財産法 中 心 から脱 却し, 継続企 業 を前 提とし, 損 益法に もとづ く期間 損益 の算定 を中 心 とす る動 態論 へ と移行 す るこ とに な ったのであ る。 ここで の会 計報 告 は専 ら 株主 を中 心 とし て考 えら れ, 損益 計 算書が重 視 さ れるこ とに なる。 ここ に 債権者 中心 の時 代 におい て全 盛 を誇っ た 保守主義 も当 然後 退 せざ るを 得なく な っ たので あ る。 ア ノリカに おい ては この時期 は, さきに も述 べた ように, ほ ぼ1930 年 代初 頭 で ある とい われてい る。 これは会 計機能 発展 の第3 期 にあ た り,1929 年 の恐 慌 を契機 とした1933 年 の証券法,1934 年 の証 券取 引法 の制定 とほぼ時 を同 じ くしてい るとい って よい であろ う。 第二の, 保守主 義 概 念後 退 の原 因 と考 え るもの は, 保 守主義 概念 その もの に内在す る非論 理性 で ある。 この 非論理 性 は何 よ り も先 ず, 保 守主 義 が真実 の 会計報 告を妨 げ る とい う点 に対 す る非難 として 具現 す る。我 々 はここで, ペ イトソ/ リトル ト ンの 次 の言葉 を思い 出 して みる べきで あろ う。 「 会計 の 計 算は, その 計算 が行 な われる と否 とに 拘 ら ず, 現存 す ると ころ の客 観的 な 事実 を把 握し よう とい う試 みで ある べき であ る11)」。 とこ ろが, 保 守主義 の 思 考に従え ば, 資産 は その価値 を内輪 に見 積ら れ, 費用 は過大に 計上 される 等 といっ た点 で, やや もす るとそ の結果 は, 極 めて 会 計担当 者 の恣意的 な も
の と な る。 そ の た め, 当 該 企 業 の真 の あ るが ま ま の 姿- す な わ ち, 企 業 に 生 起 す る経済的 事 実 の ありの ま ま を財 務諸 表 の上 に反 映 で きない 。 した がって, そのような会計報告は, 債権者を除 き,有用性が著 しく害 なわれる ことになる12)。このことは, 保守主義の影響を強く うけた会 計附報では, そ の利用者 は適切な意思決定 を行 ない 得ない ことになる。 さらに,以上 に加えて,保守主義が会計理論の体系 のなかでもっ種々の矛 盾をギルマンは以下の諸点に わたって指摘 してい る13)。1 ) 費用収益対応とい う理念に反する。2 ) 純利益 の比較可能性を害う。3 ) 継続企業の コンベンションに反する。4 ) 公開性 の原理に反する。5 ) 首尾一貫性の原理に反する。 これらの理 論的欠点 は今更説明するまでもないであろう。これらの欠点 は 別個に独立的 に具現することもあるであろうが,多 くの場合,相互に関連し あって並立的 に現 われる。たとえば,固定資産のある斯の過大な償却は,次 期以降におけ る過少 な償却=利益 の過大計上 という結果 となり, 利益の比較 可能性に反し, このことは継続企業のコンベンションを無視したがためにも たらされるものである。また, 低価主義を採用 した場 合,資産の未実現損失 のみを計上 するとい う点て費用収益対応の原則に反 し, 資産に含みをもたせ た評価を行 なうとい うこ とで秘密積立金の設定をすることになり, このこと は結果的に公開性の原則にも反するし, さらには, それぞれの期間におい て 時 価か原価かのい ずれか低い価額を付するとい う点 では首尾一貫性にも悸る ことになる。 このように, 前述した保守主義 の欠点 は, 通常,相互に関連し あい, 複雑に錯綜しあってい る。 ここでとくに注目す べき点は, これらの諸欠点 が, 継続企業 を前提とした う゛えでの期間損益計算を行なうにあたって極めて明瞭にまた明確にその姿を 浮彫りにさせられるとい う点て,共通した欠点 であるとい うことである。こ のことほとりもなおさず, 継続企業を前提とした近代 会計理論にとって,保 守主義は容易に認 めがたい 存在であることを物 語ってい る。保守主義 の考え 方は, 本来, 債権者指向的 なものであり,債権者は常に資産の評価を重視し,
し か もそ の 評 価 は 支 払 能 力 算 定 の 基 礎 と し て の 担 保 価 値 を 念 頭 に おい てい る。 こ の こ と を 考 え る な ら ば, 企 業 の 継 続 的 な 存 在 とい う 仮 定 は 必 然 的 に 暗 黙 の う ちに 否 定 さ れ る こ と に な る。 こ こ に, 旧 来 の 保 守 主 義 概 念 が 近 代 会 計理 論 に 適 合 しぇ ない 致 命 的 な欠 陥 か お る とい え る。 第 二 の理 由 と し て の, 保 守主 義 概 念 自 体 の 理 論 的 欠 陥 は, 近 代 の 会 計 観 が 旧 来 の も の と離 反 す るに い た っ て ます ま す 顕 著 に な っ て き た とい え る。 こ の点 に お い て は , こ の 第 二 の要 因 は, 第 一 の 要 因 と 相 互 依 存 の 関 係 に あ り, 密 接 不 可 分 に 結 び っ い て い る とい ぇ るで あ ろ う 。 ■ ■ ■ ■ 〔IV 〕 近 代 会 計 と 保 守 主 義 前 節 で 明 ら か に し た よ う な 事 情 に よ り √ 保 守 主 義 の 思 考 は 近 代 会 計 , 就 中 , 理 論 面 に お い て そ の 重 要 性 を 著 し く 失 墜 し , そ の 地 位 を 後 退 せ し め ら れ る に い た っ た 。 そ し て , 時 に は ( 健 全 な 会 計 の 体 内 に 巣 食 う バ チ ル ス14)」 と 非 難 さ れ , ま た ( 必 要 悪 の 原 則15)」 と ま で 極 言 さ れ て い る 。 そ れ で は 保 守 主 義 の 考 え 方 は 近 代 の 会 計 で は 全 く の 無 用 の 長 物 と な り 果 て て し ま っ た の で あ ろ う か , あ る い は 新 た に そ の 姿 を 変 え て 存 在 し う る も の な の で あ ろ う か 。 近 代 会 計 上 , 保 守 主 義 は い か に 理 解 さ れ る べ き も の な の で あ ろ う か 。 本 節 で は 近 代 会 計 と 保 守 主 義 概 念 の か か お り を 検 討 し , そ の 存 在 の 可 否 を 吟 味 し て み る こ と に す る 。 保 守 主 義 概 念 が 近 年 著 し く そ の 重 要 性 を 減 少 し た と は い う も の の , そ の 存 在 は 依 然 と し て 消 滅 す る こ と な く 認 め ら れ る 。 た と え ば , わ が 国 の 企 業 会 計 原 則 に お い て も 「 企 業 の 財 政 に 不 利 な 影 響 を 及 ぼ す 可 能 性 が あ る 場 合 に は , こ れ に 備 え て 適 当 に 健 全 な 会 計 処 理 を し な け れ ば な ら な い 」 と 述 べ ら れ , 保 守 主 義 の 存 在 を 認 識 す る こ と が で き る 。 そ の 他 , 多 く の 会 計 学 文 献 中 に お い て も 保 守 主 義 に っ い て 言 及 さ れ て い る 。 し か し な か ら , そ れ ら の 論 述 の 過 程 に お い て , 保 守 主 義 の 理 論 的 根 拠 が 明 ら か に さ れ て い る と は 必 ず し も い い 難 い 。 保 守 主 義 の 考 え 方 が , そ も そ も 債 権 者 を 中 核 と し た 時 代 の 会 計 に お け る 単 な る 美 徳 と し て , 何 ら そ の 理 論 匪 が 深 く 追 求 さ れ ず に 存 在 し て き た と い う こ と に 目 を 向 け る な ら ば に あ る い は こ の こ と は 当 然 の 帰 結 で あ る か も し れ な り`16)。 。 − ・ ■
この よう な理 論性 の稀 薄 さの ゆえに, あ るい は非論 理 性 ゆえに そ の地位 を 追 われてい る とい う現 実 に直 面 し ながら 仏 なおかっ そ の存在 が問題 と され, そ の概 念が完 全に 棄 て去 ら れてい ない とい う事実 を十 分に認 識 す る とい う点 に, 保 守主義 概 念の存在 意義 を解 明す る鍵 があ るの で は ない だ ろう か。 会 計上レ 依然 として保 守 主義 が存在 す る理 由 として, ラッ ドは 極め て興 味 あ る見 解 を示 してい る。 彼 は次 の ように 述 べてい る。 「保守主 義 が, 測定 の 一 要 素 として一般 に受 け入 れら れてい るとい う ことは, は じめて そ れ を提 起 し た人 が保 守的 な人 間で あ っ たとい う事実 を映 し出 して お り, そ れが引続 き 受 け入 れられてい る の も, 会計上 それに し たがって きた人 々が間違い なく保 守的 な性格 の持主 で ある とい う理 由に よるの である。 会 計に関 心 を もっ人 々 が急進的 で あっ た ならぼ, コ ン ヴェ ンショ ンも確実 に, 今 とは ち辞っ た もの に なっ たは ずであ る1列 と。 また, ス タ ーリ ングも, 会計人 達 は言 葉 で保 守 主 義 を否 定 してはい るもの の, そ の 会計上 の行為 は保 守的 であ る と皮 肉を こ めてい ってい る18)。 これら の見 解 に みち れ る ように, 会 計 ない し は会 計学 を め ぐる風土 が本質的 に保 守的 で あ った とい う点 が, 今 日, 保 守主 義 を存 続 さ せ る理 由の一 つ と なってい る ので は なかろ うか。静 態論 か ら動 態 論 へ と会計 理論 は変 革し, そ の計 算構造 も異質 なもの とな ったに もか か わらず, 会 計に たず さ わる人 々の意識 構 造 はそ れほ ど変 革 して はい ない とい うこ となので あ ろ う。 さらに この よう な会 計風 土 が, 現在 の会計計 算の方 式に 必然的 に ともな う 不 確実 の存在 と結び っい て, 保 守主 義 思考 その ものを 存続 させ た とい えるで あ ろ う。 現在 の会 計計 算 は永 久に 続 くと仮定 された企業 の存続 期間 を, 人 為 的 に区 切 っ た期間 計算 を単 位 と して 行 な われ てい る。 この こ との ゆえに, こ の 会計計 算は暫定 的 な性 格 な もの とな り, そ こに不 確突 巨 が発生 し, 保 守主 義 の 介入す る余地 が生 まれる わけで あ る。 \ ・。 : し かし, 保守主 義 の概 念 が 依然 として 残存 して はい る ものの, そ の内 容 は かっ て の ものと全 く同 じ であ る とはい えない 。 そ こに は概 念 の変貌 がみられ る。 債権 者 を中 心 とす る時代 の 保 守主義 は, 資産 およ び収益 の過少 計上 もし く は 表 示 さらに は 負債 お よ び費用 の過 大計上 もし く は表 示 を も含 む を意 味内容 とす る もので あっ た。 だ が, 保 守主 義概 念 の近代的 内容 は ぞの よ
うっな もの で は な い 。 否, む しろ 過 少 表 示 とい う旧 来 の 意 味 内 容 は 正 当 な も の と は 認 め ら れ ず , 否 定 さ れ てい る。 さ ら に , か っ て は , 保 守 主 義 思 考 め 具 体 的 反 映 で あ っ た 引 当 金 の 設 定 , 減 価 償 却 費 の 計 上 √ 実 現 主 義 等 の原 則 は, 今 日 で は 必 ず し も 保 守 主 義 に 基 づ く も の と は 考 え ら れ て い な い 。 む し ろ, そ れ ら は ー そ の ままの姿 では ない が 適正 かう 合 理的 な 期間 損益 計 算を可能 な ら しめる のに不 可欠 な通常 の手 続に さえ なっ てい る。 過 少表示 の一 手段 と して 存在 し たこ れら の諸 手続 が, 現在 では動 態 論に 即 し た 斯間 損益 算定の一 手段 に昇華 され てい るので ある。 この よ うな点 で は, 保 守主義 の意味 する と こ ろ は著 し く変 化 し たとい えるので あ る ○・。 そ れで は, 近 代的 な保 守主義 の意 味す る もの は何 な の であ ろ うか。 例えば,AICPA のAccountingResearchStudyNo.1 に おいて はっ ぎの よ うに述 べら れてい るこ。イ『保 守主義 』 は不 確定 性に対 する反 動 で あ り, 本質的 に は慎 重 な意向 の みを表 わすにす ぎない 。 会 計上 にお け る保 守主 義 の 妥当 な役 割 は, い ず れの特定 の企 業 の情況に も固 有な不 確実 性 お よび 危険 性 に対 して, 適正 な考 慮が払 われ るこ とであ る18)」。また, 同 じ くAccountingResearchStudyNo.7 に おい て は「 保 守主 義 は故 意 の過少表 示 を認 める もので はない 。 そ れ は, むしろ企 業実 体 に存在 する不 確実 性 や危 険 性 を評定 す るに あ たって行 使 さ れる判 断 の質 に関 する もので あり……19)」 と述 べら れ てい る。 こ れらの見 解 に代表 さ れるによ うに20), 保 守主義 の近 代的 形 態 は必 ず し も過 少表示 として 具 現 する もので はない 。近代的 形態 の保 守主 義 も危 険 性 =不 確実 性に対 する 対 応措 置とい う点 に おい て は旧来 のそ れ と共 通点 を有 し てい る。 しかしな が ら, それは 債権者 の要 請に 応ず べく存 在 した もめ亦 , 危険 に対 する漠然 とし た人 間心理 の反映 と して, 危険性 の存在 が認 めら れない 場 合 に さえ も, 一 事 が万 事画一的 に過 少表示 として具現 し た ものと は著 し く異 な ってい る。近 代 的 な保守主 義 の意 味 する ものは, 不 確実 性 の存在 を認識 し, そ れを正 しく評 価 する もの で あ り, もって 適正 かつ正 確 な損益 計算 を行 な わし めるこ とを要 請 する もの で ある。 したが って, 不確 実 性 への対 処 は 過少 表示 とい うことで は なく, 一 層合 理的 ・科学 的 な何ら か の措置 と して と ら れる べ きこ とが要 求 さ れるので ある21)。 そ れ ゆえ, 不確実 性 の存在 が認 識 さ れない 場合 に は, 保 守 主義 の存在 意義 は失 われ るこ とに な る。こ こに, 旧 来 の意 味 の保守 主義 と
近代的 形態のそれとの本質的な差異が存するのではな かろうか。つまり, 旧 来 の保守主義 の概念は,財務的基盤の強化や資本維持 を目的 とする債権者保 護思考と祖炭って, 危険性=不確実性の存在の可能性い かんに拘らず,資産 および収益の過少評価 もしくは過少表示, あるいは負債および費用 の過少評 価 もしくは過少表示 を心がけるものであった。この点 で,保守主義は絶えず 積極的に作用する ものであったとい える。これに反し,近代的な意味での保 守主義概念は,不確実性を処理する一手段としてではあるが,不確実性が存 する場合にのみその存在意義を有するとい える。この点におい て,旧来の保 守主義概念に比 して著しく消極的な存在であるといい うる。 〔V 〕 むすびにかえて 近代 会計に おい て 仏 か つて ほ どの重要 性 はない と して 仏 保 守主 義 の存 在 しうる余 地 はある 。 そ れは, 債権 者中 心 の時 代 の会 計にお け る ご とく漠 然 とした人 間 心理 の反 映 や美 徳 として 存在 する もので は ない 。近 代 会 計 の場 に おい ては, 会計 計 算に ともな う不 確 実 性 とい う会 計の 宿命に対 処 する た めの 現実的 な実 践的 思考 に 根 ざす もの で ある。 この ような点 で は保 守主義 は, 依 然と して理 論的 存立 基 盤 をそ れは ど もち うる わけ では な く, 実 践的 要 請に も とづ く もので ある。 た とえば 黒渾 教授 はこ の ような点 にっ い て「 会計 その も のの限界に 関 する 認識 と経 験 の所 産 であ って, 会計理 論 を会計実 務 に媒 介 す る 作用 をなす もの が保 守主 義 で ある22)」 と述 べておら れる。 ま た, サ ル モ ン ソ ンが( 保守主 義 は, 会 計理 論 の演 標的 モデ ルに おけ る不 可欠 の要素 で はな い23)」 と述 べてい る こ とから もこの ような事 情は明ら かであ ろ う。 この よ うに, 保 守主 義 概 念 は, 会 計 ない し 会計学 の すぐれ て実 践的 な性 格 ゆえ のデ ィレ ンマの所 産 として 存在 す る もの である とい え る だろ う。 1) 佐藤 孝一著「新 会計学」 昭和33年 ,119頁。2 )L.E.Morrissey,"ContemporaryAccountingProblems,"1963,pp.18 ∼19.3 ) たとえば ,黒洋 教授は,「国際会計基準第一号・会計方針 の開示」(TheInter-nationalAccountingStandardsCommittee,"DisclosureofAccountingPol-icies," で用い ら れてい る 丁慎重 性 の原則」とい う言葉 を「保 守主 義」 と い う 言 葉 に代 えて用い 名ことが適切で ある,と指摘 されてい る( 黒憚清稿「企業会計 の 二一般原則」〔黒譚清 編 「新企業 会計 原則訳解」昭和50年 ,所収D 。
4) 藤田教 授は,SHM 会計原則 におけ る保 守主 義 を資本 と利益の区 別同様 ,他の 会計諸原貝リを展開 するに先立 つ統一原 理として位置 づけら れる とともに(藤 田友 治著「 アメリカ会計原則論」 昭和45 年,41頁 ), 保 守主義 のSHM 会 計原則上で の意義 をつ ぎのよ うに述べておら れる。 「保守主義 の命題は ,損益計算 においてで きるか ぎり慣習 上み られる多 様な会計 方法 を幅広く観察 し,会 計原 則に集約する根拠 を提供 する もので ある。 ここに, 保守主義 の命題 が,理論的 会計原 則の体系的表 明としての会計原則試案(1936 年 アメリカ会計 学会が公表しだATentativeStatementofAccountingPrinciplesUnderlying トCorporateReports" 一 引用者注)に対 し,SHM 会計原則の慣習 集約的 ・実践 的会計原則の特徴 を具現化 する坤 心的意義 を もっ もので ある」(藤 田友 治著 前掲書44 頁 )5 )T.H.Sanders,H.R.Hatfieldandu.Moore,"AStatementofAccount-ingPrinciples,"1938 ,pp.12 ∼17.6
)ArthurAndersen &Co., “ObjectivesofFinancialStatementsforBusinessEnterprises."1972.p.37.7
)T.H.Sanders,H.R.Hatfieldandu.Moore,op.cit. ,p.12.8 )S.Gilman, “AccuntingConceptsofProfit,"1939,p.235. ( 久 野光郎訳「ギ ペレマン会計学 上 巻」昭和40 年,286 頁)9 )S.Gilman ,Ibid.,p.204べ 久 野光郎訳 前掲書252 頁 ∼253 頁 ) りjOI 11 平栗政吉 稿「会計保守的原則 の限 界」企業会計2 巻2 号 。W.A.PatonandA.C.Littleton,"AnIntroductiontoCorporateAccount-ingStandard ぐ1940,p.86. ( 中島省吾訳「会社会計基 準序説(改 訳版)」昭和33 年,143頁 。 12) パ ッチ ロは この点 に関 して保守主義 を批判 してい る。パ ッチ ロは,会 計基 準と して「全集団 への公平性」(Fairnesstoallparties ) を掲 げ てお り,保 守主義は 全て の集団 に対 して公平 な結果 をもたら さない がために「 すべて企業 におけ る各 社会階層の相対 的 な経済的権利 および利害関係はある程度 誤 って表示 される」 と 述べ,ここに保守主義の非論理性一 彼の会計観からの を 見 出 し て い る 。 そ して,彼 自身 としては保 守主義の原則は現状 のままでは容 認 で きない として ,保 守主義 の原則は 「い くっ かの適用可能な会計上 の代替的方 法の うちのひとつに準 拠 するこ とにっいて かな りの疑 問 をい だく場合 には,すべ ての利 害関 係者集団に ●●●●●●●●● ●●●●●●●●● と って 公平 な結果 を導 きだ す代替的 方法が選択 されるべ きであ る」( 傍点引用者) と言い換 えら れるべきこと を主張 してい る (J.W.Pattillo ,"TheFoundationofFinancialAccounting,"1965,pp.85 ∼88. 〔飯 岡透レ 中原章吉訳 「財務 会計 の基礎」昭和45 年 ,96頁 ∼101頁D 。 また,番場 教授 乱 保 守主義 の考え方や態度にっい て「 ある意味で偏向的な考 え方」であ る点 を指摘 してお られる( 番場嘉一郎著「詳説 企業 会計原 則」昭和50 年,49頁 )。13 )S.Gilman,op.cit ・,p,130,pp.234 ∼235 べ 久野光郎訳 前掲書105 頁 ,284 頁∼287 頁 )
14) 根箭重 男著 「保守主義会計 の発現形 態( 増補 )」昭和36 年 ,34頁 ∼35頁。15 ) 佐藤孝一著 前掲書129 頁 。16 ) この点にっい てギルマンは極 めて明快に また皮肉 をこめて次 のようにい ってい る。 「保守主義は正直 ,道徳 ,民主主 義,北欧人 優越性 とい ったような漢然 としなが ら も神聖化 された概念 の一 つであ り,それだけに この批 判は あたか も聖地 をそっ と歩 くよ うにやる必要 があると一般 に考えら れてい る。 したがって, これまで保 守主義 の影響 を測 るためには ほどんど真 の努力 が払 われてい なかった」( 傍点引 用者)と(S.Gilmanop.cit.,p.232. ( 久野光郎訳 前掲書283 頁D 。17 )D.R.Ladd ,"ContemporaryCorporateAccountingandthePublic,"1963,p.40. (不破貞春 ,今福愛志 訳 「現代会社会 計論 」昭和45 年 ,44頁 ∼45頁 )18 )R.R.Sterling, “Conservatisme:TheFundamentalPrincipleofValuationinTraditionalAccounting,"ABCUS ,Vol.3,No.2 (December,1967 ). スターリン グは保 守主 義の肯 定者で ある。彼 の主張 によれば,取得原価主義 , 実現主義,低 価主義等 の会計手 続は全て保守主義に もとづく ものであ るとい う。 今日,これら手続 を保守主義 の思考 としてとらえる こと には異論があるであろ う。 このような点 で,彼 の保守主義 につい て の考 え方 は,他 の見解 とは若干異質 の面 をもってい るとい える。 ちなみに,彼 が保守主義 が伝統的 な会計 における評価原 則で ある とい う仮説 を裏付 ける ものと して列 挙 してい る証拠はつ ぎのような もの で ある。1. 会計 の発展の歴史 は保 守主義 を当然 の ものとする傾向 をもたらして きた。2. 保守主義と他の原則 との間に対 立 があった場合 ,保 守主義 が優位 となってh ヽる。3. 会計学の著者達 は, たとえ彼等 が反保 守主 義者 で あった場合 でも,特別な 評価手続 を保 守主義に よって正 当化 してい る。 犬4. 保守主義に対 する批 判は しば しば 基本的な基準と して保守主義 を用い て行 な われる。5. 歴史的原価一実現の コン ベンシ ョンの主張 は,保 守主義 をその内容 から排 除 すれば,明らかに見せ かけぬものにす ぎない。18
)M.M.Moonitz ,"TheBasicPostulatesofAccounting,"AICPA ,AnAce-ountingResearchStudyNo.1,1961,p.47. (佐藤孝 一,新井清光訳了 会計公 準と会計原則)昭和37 年,87 頁 )19 )P.Grady ,"InventoryofGenerallyAcceptedAccountingPrinciplesforBusinessEnterprises,"AICPA ,AnAccountingResearchStudyNo.7,1965,p ,35.( 日本会計研究 学会ス タデ ィ ーグルプ,黒 譚清監 訳「会計原 則研究」昭和43 年 ,61頁)20 ) たとえば ,以下の文 献 を参照 されたい。R.L.Dixson,S.R.HepworthandW.A.Paton,"EssentialsofAccount-ing, ”1966,p.102.C.A.M:overandR.K.Mautz, “IntermediateAccunting,"1962,p.46.
,C.E.JhonsonandT.F.Keller,"IntermediateAccounting,"1963,p.98.E.S.Hendriksen ,“AccountingTheory, ”RevisedEdition,1970,pp.118 ∼120.21 ) たとえば,Moonitz は保守主義 がより明白な統計的基 準 へ移行 することによ って,資源 ならびにその変動 の適正 な測定 とい う目的 が一 層達成 されると してい る(M.Moonitz,op.cit ・,pp.47 ∼48, 佐藤孝一,新井清 光 訳 前掲書88 頁)。22 ) 黒渾清著 「近 代会計学」昭和36 年,148 頁。23 )R.F.Salmonson,"BasicFinancialAccountingTheory,"1969,p.58. (松 尾憲橘訳 「現代 会計学」昭和46 年,71 頁)