覚に関する事例を中心に
著者
有光 奈美
雑誌名
経営論集
号
72
ページ
113-125
発行年
2008-11
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004581/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja広告とネーミングにおける婉曲表現と誇張表現
―嗅覚に関する事例を中心に―
有 光 奈 美
Ⅰ.はじめに Ⅱ.発話行為における婉曲表現と誇張表現の位置づけ 1.発話行為に関する概要 2.婉曲表現と誇張表現のメカニズムとその応用 Ⅲ.五感の一つとしての嗅覚と言語表現 1.五感における嗅覚の位置づけ 2.嗅覚に関する商品の分類可能性 Ⅳ.嗅覚に関する広告の事例と関連広告との比較 1.婉曲表現・誇張表現を用いた嗅覚に関する事例 2.香水へのネーミングと抽象性 3.薬品における特徴と効果 Ⅴ.おわりに 参考文献Ⅰ.はじめに
筆者は本研究において、商品の広告に関する婉曲表現と誇張表現に注目し、嗅覚に関する商品の うち、香水などには曖昧な婉曲表現や誇張表現が見られる一方で、消臭剤や脱臭剤のようなものに は具体的表現が好まれて選択されている動機づけを明らかにする。また、婉曲表現と誇張表現が好 まれる対象の特徴についても同定する。認知言語学では、認知主体の感性や想像力、主観的な視点、 環境との相互作用を重要視してきた。経験主義の視点から、主体性、身体性、創造性といった要素 が言語活動に不可欠であることを指摘している。また、語用論的観点からいうと、「買いなさい」 (命令)、「買ってください」(依頼)という明示的な発話なくして、消費者に買うという行為を取 らせるように誘導する広告表現は、高次に聞き手側の感情、思考に二次的な効力を働かせることに つながっていると言える。 本研究では嗅覚に関する商品を通して、婉曲表現と誇張表現における認知のメカニズムを解明し ていく。Ⅱ.発話行為における婉曲表現と誇張表現の位置づけ
1.発話行為に関する概要 発話行為に該当する言語事象は多様であるが、Austin(1962)は、発話行為の基本的な側面を次 のように下位分類している。 (1)ⅰ.発話行為(locutionary act) ⅱ.発話内行為(illocutionary act) ⅲ.発話媒介行為(perlocutionary act) 上のうち、発話行為とは、何らかの実際の言語表現を発生させる行為である。一定の音を発する 行為のことであり、文法的な語句や文を実際に発するという行為そのもののことである。発話内行 為とは、発話行為をすることによって、実際に何かを言いつつ行われるような別の次元の行為のこ とである。発話の力 (illocutionary force) と呼ばれる、命令、約束、依頼、質問、報告といった具 体的な行為のことである。発話媒介行為とは、この発話内行為をもって、何かを言うことによって、 何らかの発話の効力をその結果として生み出す行為そのものである。発話内行為が遂行されると、 聞き手の側に、感情、思考面において何らかの伝達上の二次的な効力を与えることになるため、話 し手は、その効力を生じさせる意図(intention)をもっており、目的に基づいて、発話内行為を 行っているのである。 典型的な発話行為の例としては、以下のようなものを挙げることができる。 (2)正々堂々と戦うことを誓います。 (3)I declare open the Olympic games of Beijing.こうした「誓う」や「declare」といった動詞は、適切な人物が適切な場面で発話することによっ て発話の力を有し、実際に「誓いを行った」状態になり、「declare」した状態が出現することにな る。不適切な人物であったり、不適切な場面で発話がされたりしても、こうした発話内行為の効果 を得ることはできない。この種の動詞には、他に、約束する、宣言する、命名する、警告する、命 令する、助言する、等を挙げることができる。 語用論の領域においては、Austin が提唱した理論を Searle (1969) が精緻化し、以下のように下 位分類化した。
(4)ⅰ.発話行為(utterance act) ⅱ.命題行為(propositional act) a.言及行為(act of referring) b.叙述行為(act of predicting) ⅲ.発話内行為(illocutionary act) Searle は、命題と発話内的な力の分類に注目するとともに、発話行為の多様性における特徴付け を行い、さまざまな発話行為に対して、その適切性条件の下位分類を与えた。 実際の広告において、「私(広告主)はあなた(消費者)にこの商品を買うことを命令します」 といった言語表現を取ることはほとんどない。しかし、他の表現を用いることによって、消費者に 「買う」という行為を取らせるように導こうとしている。 広告活動とはマーケティング目的の実現のための一要素である。酒井 (2003:244) はコミュニ ケーション効果を、コミュニケーションにおける受け手に何らかの態度変容や行動を起こさせるこ とと述べている。そして、広告目標とは「マーケティング活動のうち、コミュニケーション面(期 待しうるその効果)を、具体的な数字であらわしたもの」と定義できると説く。期待しうるコミュ ニケーションの効果とは、以下のとおりである。 広告という刺激(S)による何らかの反応(R)が誘発されたとき、それが広告の効果で あることは異論のないところですが、その反応にはいくつかの次元があります。一般的 な企業では、最終的に求められる効果はその製品やサービスがエンドユーザーにどれだ け使用されるかという行動面での選択確率の向上(=売上の上昇)にあると考えられま す。(副次的には従業員のモラールアップや、販路に対する刺激もその効果として考え られますが、最終目標は当然それによってもたらされる最終的な売上や収益に一元化で きるでしょう)。また公的機関では、ある概念の理解浸透とそれによる態度や行動の変 化といったものが効果の指標になるでしょう。大別すると、①広告到達効果(そのメッ セージは、どのターゲットにどれだけとどいたのか)、②認知~心理変容効果(その ターゲットにどのように受け取られたのか)、③実際の行動面での効果(結果としてど のような行動が誘発されたのか)の3つの次元が考えられます。(ibid.:245) 広告活動に、認知→態度変容→行動という階層的な考え方が存在しているのであれば、語用論的 な発話の力を用いていると考えられる。広告表現は、消費者の認知を呼び起こさせる一要因である。
消費者は、理解、確信、購買行動という態度変容や行動を起こすことになる。以下では、明示的に 「買うことを命じます」と言うことなく、「買う」という行為を取らせるために、どのような戦略 が広告表現において用いられているか、嗅覚に関する商品を中心に、そのメカニズムを明らかにし ていく。 2.婉曲表現と誇張表現のメカニズムとその応用 婉曲表現とは多様なものを指すが、以下のように禁止や命令や批難などを和らげるものを挙げる ことができる。
(5)You may not ever go there again.
(6)Unless I’m mistaken about the situation, you may not ever go there again. (山梨 1986:144)
他に、以下のようなIf you wouldn’t mind, If it’s not too much trouble, If you’re sure that it’s O.K., If it’s not an inconvenience, などを挿入することによって、Sit down, please leave at once, could you spare a dime ? といった命令や依頼を緩和させることができる。挿入の他にも、以下のような緩和の方法 もある。
(7)She is right.
(8)a. She is right, isn’t she ? b. Isn’t she right ?
c. Don’t you think she is right ?
(7)よりも(8)の方が、緩和されている。また、以下のような単語の挿入も効果をもたらす ことが指摘されている。(ibid:147)
(9)kind of, sort of, more or less, somewhat, regular, pretty much, largely, literally, technically, etc (10)a. You are sort of stupid.
b. What you said is more or less correct.
重することによる自分の利益を総合的に判断することで、「丁寧さ」を出現させることを意図して いる。この(9)(10)に見られるような言語表現に類するものが、香水を中心とする商品におい て広告表現としての効果を発揮していることを後ろのセクションで指摘することとする。
また、誇張表現とは、以下のようなものである。
(11)The man is a real genius. (12)It is a gorgeous morning. (13)君がいれば、百人力だ。 (14)最高だよ。 上の表現においては、実際の状況を大げさに表現することによって、伝達内容の印象を強めるこ とにつながっている。このような誇張表現も香水を中心とする商品において広告表現としての効果 を発揮している。こうした婉曲表現や誇張表現に共通していることは、以下に挙げる Grice (1975)の会話の公理(conversational maxims)を共に違反している点である。本来、この公理を 違反することは、話し手と聞き手の相互の利益に反することになる。それにもかかわらず、嗅覚に 関する商品の広告やネーミングにおいては、この公理が違反されている事例が多々見つけられる。 (15)会話の公理 ⅰ.量の公理(Maxim of Quantity) a. 必要な情報はすべて提供する。 b. 必要以上の情報は避ける。 ⅱ.質の公理(Maxim of Quality) a. 偽と考えられることは言わない。 b. 十分な根拠を欠くことは言わない。 ⅲ.関係の公理(Maxim of Relation) 無関係なことは言わない。 ⅳ.様態の公理(Maxim of Manner) a. わかりにくい表現はさける。 b. 曖昧な表現はさける。 c. できるだけ簡潔に表現する。 d. 秩序立った表現をする。
Grice が述べた上の公理は、理想的な言語活動を行うための基盤として必要とされると考えら れているものであり、これに違反しているような場合は、一般的には、コミュニケーションにおけ る不明瞭が生じたり、円滑さが損なわれたりするのである。しかし、実際の日常言語において、広 告表現に注目すると、この公理に頻繁に違反する傾向にあるもの、また、一方で、この公理を順守 しようとする傾向にあるものがあることがわかる。
Ⅲ.五感の一つとしての嗅覚と言語表現
1.五感における嗅覚の位置づけ 五感には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚があるが、この五感に関連する言語表現は日本語、英 語、緒言語において多々見られる。こうした五感に関連する言語表現は、基本的に人間が実際に日 常世界を経験することを基盤として、そのことを叙述するという出発点を持っている。そして、五 感そのものの経験だけではなく、より高次な、話し手の主体性、主観性、認識、判断といった要素 に関連する内容を叙述する際にも用いられるように用法が拡張されていることがわかる。 (16)a. 大学の建物がみえる。 b. 君の言っていることがみえてこない。(17)a. I saw Mike yesterday. b. I see your point.
五感に関する言語表現では、「視覚」に多様な拡張が見られるが、他の聴覚、嗅覚、味覚、触覚 では視覚ほどの拡張は見られない。つまり、聴覚、嗅覚、味覚、触覚では、視覚ほど話し手の主体 性、主観性、認識、判断といった要素に関連する内容を叙述することはできない。それは、人間が 情報を収集するのに際して、視覚の役割が優位であることと関係していると考えられる。嗅覚は、 「この事件は彼が臭い」であるとか「この件については彼女がにおう」というような曖昧性を表現 する際に用いられるが、明示的な認識、判断の際には用いられることがない点が特徴的である。ま た、視覚については「目ざわり」、聴覚については「耳ざわり」、味覚については「舌ざわり」と いった表現が存在しているのに対して、嗅覚については「鼻ざわり」といった表現が存在していな いことからも、嗅覚における判断の曖昧性が言語表現から裏付けられる。嗅覚とは曖昧なものであ り、「鼻につく」といった表現は存在しているものの、判断能力などを描写する言語表現は存在し ていないようである。
2.嗅覚に関する商品の分類可能性(香水・消臭剤) 嗅覚に関する商品には、大きく分けて二つの方向性がある。一つは、価値的に良いとされるよう な快感を与え余剰的な価値をもたらす香水のような商品であり、もう一つは、不快感を生むような 一般的に言われる悪い匂いを消すための消臭剤や脱臭剤といった商品である。こうした商品は、嗅 覚に関係しているという共通点を持ちながら、前者はGrice の公理に大きく反するような抽象度の 高いネーミングや広告を行っている。それに対して、後者は、前者程の抽象度を持たず、効果効用 を直接的に述べるものが多い傾向がある。このことについて次のセクションで具体事例を取り上げ つつ論じる。 特に、香水については、婉曲表現と誇張表現、メタファー、イメージといった要素を用いること によって、広告表現や商品へのネーミングが行われる傾向があり、このことは以下の先行研究にお ける(1)-4や(2)-2などの項目と矛盾しないものである。Laskey ら (1989) の広告分類 は、以下のような分類を採用している。 (18)広告メッセージの分類 (1)情報性 (informational) 消費者に(証明可能な)事実を、明確に論理的に訴えて、その商品を買うメリットを 判断できる消費者を前提に広告を行っているもの (1)-1比較:他の商品との比較を明かに行っているもの (1)-2USP:客観的に証明できるユニークさの訴求を行っているもの (1)-3先取り:競合やユニークさも訴求しないが、客観的な事実のみで訴求している もの (1)-4誇張:大袈裟に表されたメッセージで客観的に証明できないもの (1)-5普通―情報的:商品種類の特長を、そのブランド自体の特長に代えて訴求して いるもの。またその訴求が情報性のあるもの (2)変換性 (transformational) その銘柄使用経験とある心理的状態を連合させるもので、その広告表現なくしては成 立しないような経験と心理の連合をめざしているもの (2)-1使用者イメージ:そのブランド使用者とライフスタイルに焦点があてられ、か つ使用者中心であること (2)-2ブランドイメージ:ブランドパーソナリティーを伝達しようとしてブランドイ メージを中心に訴えているもの
(2)-3使用シーン:その銘柄を使用している場面にまず第一の重点が与えられている もの (2)-4普通―変換的:商品種類のことが中心となって使用者の体験を取り扱っている もの 本研究で注目すべき分類項目は、(1)-4として挙げられている誇張や(2)-2のブランド イメージである。この分類にあてはめれば、メタファーは、消費者に情報を伝える際に証明不能な 優越性訴求を使用している事例である。Laskey らは証明不能と説いているが、このことについて は、言語学的に動機付けを与えることができると考える。同じ嗅覚に関する商品であっても、価値 的に良いとされるような快感を与え余剰的な価値をもたらす香水のような商品の広告やネーミング については、(2)の要素が重要視されており、不快感を生むような一般的に言われる悪い匂いを 消すための消臭剤や脱臭剤といった商品における広告やネーミングについては(1)の要素が重ん じられているようであることを以下で示していく。
Ⅳ.嗅覚に関する広告の事例と薬品との比較
1.婉曲表現・誇張表現を用いた嗅覚に関する広告事例 香水をつけることは、ファッションの一部であるように考えられることがあるが、香水とは生命 の維持に必然のものではなく、生活を送る上であってもなくてもよい個人の好みに応じて求められ るものである。そうした特徴を持つ香水の広告表現には、ある傾向が存在している。 (19)ブルガリ プールファム ジュエラーの真髄を表現したブルガリプールファムは、官能的でプレシャスな世界、 ファインジュエリーの世界を具現化した、女性らしいフローラルノート。究極の女性ら しさを追求した、純粋さと永遠の美しさの香りです。輝きにあふれるサンバック・ジャス ミンと、フレグランスでは初めて使用されたプレリュードローズが、限りなく洗練され た官能性を放ちます。 http://www.bulgari.com/main.php?lang=2 (20)エスティローダー プレジャーズ オーデパフュームスプレィ 春の雨に洗われたばかりの花々のように、フレッシュな透明感と暖かみ、そして深みを 持つフローラルの香りのオーデパフュームスプレィhttp://www.esteelauder.co.jp/templates/products/sp_nonshaded.tmpl?CATEGORY_ID=CAT1007& PRODUCT_ID=PROD1009 (21)バーバリー・ブリットシアーオードトワレ 華やかで優しい余韻…魅力的な女性は「自分の香り」を持っている。上品にみずみずし く愛しのシアーフレグランス。上品さと明るさを兼ね備える日本女性にぴったりの香り。 (Oggi 2008年11月号小学館 pp.400-401) 香りの描写は、具体的な香料や自然界に存在する植物の香りをなぞらえることで、ある程度具現 化することができるが、それはイメージに過ぎないものであり、最終的に話し手のメッセージは聞 き手の側における抽象性や曖昧さを除去することはできない。さらに、1990年代後半からの特徴的 な商品として、特に抽象度が高いものとしては、セレブ香水と呼ばれる商品のヒットを挙げること ができる。これは、パリス・ヒルトンや、ブリトニー・スピアーズ、ナオミ・キャンベル、ビヨン セ、ベッカムといった有名人の名前を冠して香水を作り、その広告には有名人を登場させ、有名人 自身に商品をプロデュースさせるといった商品である。モデルや歌手やスポーツ選手といった有名 人を登場させることで、これらの有名人がもつ華やかさや一流さや高級感といったものを商品その ものにも伝播させている。そして、消費者はその香水を身にまとうことで、あたかもその有名人に 近づいたり、その有名人のような雰囲気を自分が持つことができるのではないかといった幻想を抱 くことができる。こうした商品においては「あなたも、パリス・ヒルトンになりたいのであれば、 この香水を買いなさい」であるとか「あなたも、パリス・ヒルトンになりたいのであれば、この香 水を身にまといなさい」といった明示的な言語表現はない。その代わりに、有名人を映し出した大 きな写真と、その商品名だけが書かれていたりするのである。抽象度の高い広告であり、明示的に は「買いなさい」とどこにも書かれていないのにも関わらず、有名人の写真そのものが非言語的に 「買うこと」を誘っており、「買う」という発話媒介行為を導くことにつながっていると考えるこ とができる。 2.香水へのネーミングと抽象性 香水へのネーミングは、抽象度の高い一語あるいは二語で表現されるものが多い。 (22)Innocent (23)Miracle
(24)Miss Dior (25)Pleasure (26)Baby Doll これらのネーミングは特徴的に抽象度が高く、婉曲表現や誇張表現になっている。実際にある特 定の香水を身に付けたからといって Innocent(無垢)になるかというと、そのようなことはない。 また、Miracle(奇跡)が起こったりはしない。しかし、香水を身に付けた本人がそのような感覚 を持つ可能性はある。また、本人の周囲にいる人たちが、それに似た感覚を得る可能性はある。こ うした曖昧性が香水の特徴であるといえる。さらに、こうした商品が日本で販売されるに際しても、 日本語に訳されることがなく、英語のままであったりフランス語のままであったりすることも特徴 的である。 一方で、嗅覚に関連する商品であっても、消臭剤や脱臭剤となるとネーミングに具体性が存在し ている。 (27)BAN (体臭の禁止:BAN は英語で禁止の意味) (28)消臭力(トイレの脱臭) (29)Ag +(銀を加えた商品であり、体臭予防に効果) こうしたものでは、抽象性よりも、価値的に悪いとされる匂いをいかに取ることができるかとい う効果が重要視されているため、ネーミングもそれに即したものになることがわかる。花王の8×4 (エイトフォー:汗とニオイの悩みを解決する制汗デオドラント)のように、そのネーミングの由 来が、技術提携をしているドイツのバイヤスドルフ社での開発番号がB32という製品だったこと から32=8×4すなわちエイトフォーと名前がつけられたと言われるものもあるが、その広告は はっきりと効用を提示しており、緑茶で消臭するであるとか、具体的な方法を広告に載せている。 また、最近では、高校生や大学生をターゲットとしている比較的安価な香水があるが、そうした商 品においては、AXE(ユニリーバジャパンから出ている男性向けフレグランス)のように明示的 に広告の中に「もてる男性になる」といった言語表現を用いて、消費者に訴えようとしていること がある。あるいは、女子中高生向けの比較的安価な香水であれば効用をより明示的にうたい、「小 悪魔度アップ」であるといったメッセージを商品に与えることがある。ここに、イメージ重視の純 粋に余剰的豊かさを求める香水の類と、イメージよりも機能や価格重視の嗅覚関連商品との間にそ の広告やネーミングの相違点を見出すことができる。
3.薬品における特徴と効果 上に述べたような嗅覚関連の商品の大別(香水、消臭剤・脱臭剤)とその傾向は、薬品のネーミ ングと比較することでも明らかになると考えられる。 (30)Cure-Tape(東洋化学株式会社の「傷をしっかり保護する」テープ) (31)新エスタック12(エスエス製薬株式会社の「持続性風邪薬」) (32)バンドエイド(bandage 包帯、aid 補助器具という二つの英語からの造語) (33)救心(動悸、息切れに使う、心臓のための生薬) (34)ノーシン(脳神経薬。脳をシンと静かに。脳が新しくなったと感じられるほどの効き目) (35)熱さまシート(額冷却シート) (36)C1000タケダ(ビタミン C が1000ミリグラム入っている) こうした商品においては、「傷をしっかり保護する」であるとか「持続性風邪薬」であることが 言語表現として商品のパッケージに明記されている。このことは香水とは対照的である。薬などは 婉曲表現や誇張表現は避けられる対象であり、Grice の公理が順守されるべき対象であるというこ とができる。もっとも、明示的なネーミング以外のものもあり、以下のように効用の素晴らしさを 誇張的にうたったものも存在はしている。また、アリナミンなどのように成分から名前を組み合わ せたものもある。 (37)ゼナ(滋養強壮、肉体疲労時。英語のzenith 頂点の意から) (38)ムヒ(虫刺されの後のかゆみ止め。無比の効き目があることから) (39)アリナミン アリナミンはビタミン B1を補給するための薬品である。このネーミングはその成分がベースに なっている。これは、アリチアミンというビタミン B1の一種を改良して、それを科学的に合成し たプロスルチアミンを主成分とした医薬品である。アリチアミンは、アリウム属の研究によって発 見された物質であり、アリウム属はニンニクなどが含まれている。ニンニクの学名はアリウム・サ ティブム・リンネであり、ビタミン B1の別名はチアミンであることから、アリウムとチアミンを 組み合わせてアリナミンとなったと言われている(木村1998:104)。薬には、化学名、一般名、商品 名の3通りがあり、化学名とは、化学構造式という元素の記号の羅列による表示(H20など)のこ とである。化学構造式をそのままよんだものが化学名であるが、正確である一方、実用性という面
では名前が長過ぎ、使いにくいという側面を持っている。一般名は、化学名よりも簡単な名前がつ けられているが、しばしば化学名を基にして命名されている。専門的に薬を扱う場合、薬の名前に は一般名を使用する。一方で、商品名というものがいわゆる製薬会社などがつけた商品の名前のこ とであり、商品として薬を販売するという目的がある。医療機関においては、薬を意図的に売る目 的はないために、一般名が適切であるが、数ある薬の中からある特定の薬を買ってもらうような行 動を起こさせるためにはネーミングの妙が必要となるのである。実際に医療機関で処方される薬の 命名は、その名前の構成要素によって、どの症状に向くかということが推測できるようになってお り、それは医師向けのメッセージである。ここには薬を買うような行動を取らせるためのイメージ や抽象性、曖昧性などの必要が存在していないことがわかる。
Ⅴ.おわりに
本研究は、日英語の広告表現において、嗅覚関連の商品の広告とネーミングに関する婉曲表現と 誇張表現に注目した。香水などには婉曲表現や誇張表現が見受けられる一方で、消臭剤や脱臭剤の ようなものには婉曲表現や誇張表現が用いられにくい認知的な動機づけを明らかにした。すなわち、 嗅覚は、他の五感と比べて曖昧性が低く、認識、判断といった側面に拡張されにくい感覚であるこ とから、嗅覚に関する広告表現やネーミングもまた、曖昧性の高く、抽象度の高いものが好まれる 傾向があることを指摘した。比して、消臭剤や脱臭剤のような機能性重視の嗅覚関連商品において は、具体性が求められ、言語表現も具体的なものが選択されていることがわかった。最後に、薬品 の広告やネーミングとの比較を行うことで、生命にかかわるような薬品の広告においては、薬品の 効果が最重要であることから、婉曲表現や誇張表現による曖昧なイメージよりも正確性や信頼性が 求められていることを裏付けた。広告やネーミングは「買いなさい」(命令)、「買ってください」 (依頼)という明示的な発話なくして、消費者に買うという行為を取らせるように誘導するもので あるが、嗅覚に関する商品を通して、婉曲表現や誇張表現における認知のメカニズムを解明した。 参考文献Arimitsu, Nami. 2003. “Negation, Opposition and Metonymic Principle,” Kansai Linguistic Society No.23, pp.34-43. Croft, William and D. Alan Cruse. 2004. Cognitive Linguistics, Cambridge: Cambridge University Press.
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