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基調講演 「2050年までの地球の課題」 利用統計を見る

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基調講演 「2050年までの地球の課題」

著者

吉川 弘之

雑誌名

「エコ・フィロソフィ」研究 別冊

2

ページ

43-70

発行年

2008-03

URL

http://doi.org/10.34428/00005226

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vol、2別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 43

東洋大学「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ 国際シンポジウム

  今、地球を維持する哲学とは? 一エコ・フィロソフィを求めて一

基調講演

「2050年までの地球の課題」

吉川 弘之氏(産業技術総合研究所理事長)  吉川でございます私はご紹介いただきましたように工学系の人間でございますc今日のテーマは 「エコ・フィロソフィ」、哲学ということですが、工学は「行動」ということにかかわりがあるので、したがっ て行動ということの中から考えるということになるのでしょうか。あるいは実際、哲学という非常に深遠 なものをふまえて、私達の工学の学問もあるわけで、ある意味では、今日の哲学系のお話とダブるこ とになるとも思います:,ともあれ、私が何をしているかといったことも含めて、与えられました課題につ いてお話ししてみたいと思います。  2050年までという、大変長い期間ですが、それまで私達は何をするのか。私は「何をすべきか」と いったことをいう立場の者ではもちろんなく、したがって「私は何をするか」ということを最後に申しあげ たいと思います。  今、地球の課題として、どのようなことが問題になっているのか。これは数え上げるときりがないでし ょうが、しかしごく簡単に押さえておきたいと思います。国際的に見て現実の危機を考えますと、いわ ゆる国家間の紛争ということがなかなかなくならない。これは国際的な格差というものが背景にあるわ けで、いわばその格差の大きな要点は貧困ということです。これを国際的に追放しなければ、地球の 安定は望むことができないのです.:  政治的にいえば、それは国家間の抗争を解消することであり、また、環境問題としては現在、非常 に大きくいわれている地球環境の維持といった問題が最大の課題です、  現実にこういった問題が非常に緊急の危機として現れてきたのは、社会的にいえば、エネルギー 資源等の不足が急速に見えてきた。このような問題は資源等をどこかから持ってくれば足りるというも のではなく、本質的な不足に向き合っているという問題が出てきているのです。  あるいは政治的にいえば、資源の本質的不足というようなことを背景にして、結局は利益や資源 の争奪戦があります。このことについては、文明の衝突といわれたりします.そういう状況が起こって いることは間違いありません。  そして、緊急の課題としての環境問題は気候変動であり、廃棄物の増加であり、あるいは生物多 様性が減少してきた、これをどうするか、といったさまざまな問題に直面しており、それらを私達は解 決しなければならない立場にいるのですc,  そのときどうすべきかが問題になるわけですが、私は以下のような立場でものを考えま す.いったい「誰が」「どのようにして」「どのような役割を」果たすべきなのか。一人ひ とりがどのようなことをすべきなのかといった立場でものを考えていこうと思うのです。  「誰が」に関して、これを私は「行動者(アクター)」と呼んでおります。「行動者」と はどのようなものなのでしょう。教育者、報道家、ジャーナリスト、作家、芸術家、技術

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44 国際シンポジウム 「今、地球を維持する哲学とは?」 者、経営者、管理者、政治家、政策立案者、行政官、司法官、そして科学者など、世の中 にはたくさんの人がいます こういった人々が社会を構成しているのです。もっとたくさ んあるのでしkうが、だいたいどれかに自分が入っていると思います。  そうしたとき、この行動者がそれぞれ何をするかによって社会が決まるのではないだろ うか,誰かが「ああせい、こうせい」ということではなく、一一人ひとりの行動者が決める のではないかと思うのです,それぞれが専門的に(専門的とは専門家という意味ではなく)、 自分に与えられたその行動を通じて社会に独自の成果を発信し、社会におけるさまざまな 受け手に影響を与えていく,その意味での行動者が、決めていくという意味です、  教育者は子供達に影響を与えています。技術者は自分の作った製品で世の中に影響を与 えています、.行政者は行政のいろいろなサービスによって影響を与えています。みんなそ れぞれの使命を果たしています。  そうすると、個々の行動者が善意で行動したとしても、多くの行動は複雑に関係しなが ら、行動者の予期しなかった変化を社会にもたらします。もちろん自然によっても変化す るのですが、今、私が問題にしているのは「人間が何をすべきか」ということですから、 結局は人間の行動によって、それぞれの行動によって変化が起こります・  その変化とは経済的繁栄であったり、生活環境が良くなったり、安全・健康が進んでい くというようなことですが、このような変化はよいものです、しかし一方では格差が拡大 したり、抗争が発生したり、環境破壊が起こる。良いものから悪いものまで、非常に多様 なものがあります。  多様であることはやむを得ません。悪意が入っているともうだめですが、仮にすべてが 善意で行動しても、このようなことが起こるのが現代的な問題で、結局、持続的社会を求 めるという考えが生まれます。持続的社会とは、変化しない社会ではなく、悪い変化を排 除し、全体として良い変化を続ける社会です。これを私は「持続的進化」と呼ぼうと思っ ています。  現実に進化論を提案していたダーウィンは「強いものが生き残るのではない、変化する ものが生き残るのだ」といったのです 要するに外界に適応して生きていくことが大事だ ということです./すなわち私達、人間も適応するような形でさまざまな自分の行動を決め ていかなければならない,結局、行動者が社会や地球環境を決めるのですが「こうすれば こうなる」といった話はどこにもなく、私達は日々の自分の責任を果たす行動によって、 全体がどう変わるかということを見つつ、行動を変えていくことになります。  「進化」ということを少し説明しておきます、Sustainable Evolution、先ほどの持続的 進化、これはどういったものかといいますと、生物は持続的進化を自然の環境の中でやっ てきたのです。現在、もちろん問題が起こっていますが、基本的になぜこんなに弱い生き 物というものが、地球の歴史の中でかなり長い間安定的に存在していたのか。それはこの Sustainable Evolution、持続的な進化をしているからなのです。  生物は発生して外界にさらされ、そして自然選択によって次の世代に影響を与えるとい った構造になっています。自然選択とはまさに適応ですから、このようなループが回って います。すなわちいろいろなものが出て来るのですが、何かある確率的なものをもって、 その中で結局、生き残れるのは何かといった記憶が元に戻ってくるということです。それ

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vb1.2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 が適応ということです.  今の例は生物ですが、例えばもっと分かりやすい例は言語です 言語について、やはり ソシュールが「エボリューション(進化)」という言葉を使って説明しています。  要するに言葉が発せられる、誰かがしゃべる、ということを考えてみますrもし、もと もと言葉が全くない世界を考えたとき、例えば危険だという状況が来たときに何か叫び声 を上げる、その叫び声が、他の人に「危険だ」という情報を仮に伝えたとすれば、それは 社会的にまた使えるようになるのです「また危険なときに同じ発声をすれば「危険だ」と みんなが分かる。  ソシュー・レがいったのは、こうして言語というものは次第に進化的に体系化されるとい うことなのです。すなわち人々は何かランダムに言葉を発するのですが、その発したもの が社会的に採用され、社会的に認知されることによって公的な存在となっていくというこ とです.言語は公的なものです=誰もハンコを押していませんが、言語は誰にでも通じる のですから。そうやって言語の体系ができてきたという進化論を、ソシュールはいってい ます,  この学説によれば、まさに持続可能な言語ということで、言語は非常にタフです。誰か が壊そうとしても壊れない、非常に強いものです。日本語を壊そうとしても日本語は壊れ ない一tもちろん民族が小さくなって言語がなくなるといった大問題もありえますが、基本 的にタフであることは変わりないということです/t  こういったものを、私達の今の行動問題に置き換えてみると、同様のループをなしてい るのではないか、.私が科学者の一人だとして、科学者ももちろん行動者なのであり、それ ら行動者達がさまざまな行動をしたとき、個別の影響が社会や地球環境に影響を力口えて変 わってきます、これがただオープンで影響を与えているだけでは、サステイナブルな進化、 持続可能な進化にはならないだろうということです、  したがって、私達はこれがどう変わったかということを観察し、その観察した結果、何 が原因でどう変わったかを観察型の科学者は分析していくのです、もちろん科学者とは自 然科学、人文科学、社会科学も全部含めていますt/社会科学者は、社会の現象を観測して いますし、人文科学者はN間を観察しています,自然科学者は自然の変化を観察していま すから、そうするとみんな観察のための科学者ですu  そのような情報を基にして、先ほど申しあげたように「格差が起こる」といった悪いこ とも起こるのです.では、その格差を起こした原因はいったい何なのかを考え、「では、次 にこういうことをしたらよいのではないか」といった知識を提供する。これを私達は「社 会に対する科学者の科学的な助言」というのですが、その助言がどんどん提供されていく ことによって行動者に影響を与え、そして、行動者が悪いことをしなくなるように一人ひ とりの行動に影響を与える。これがもし調和的に回れば、まさに生物の進化や言語の進化 と同じように、非常にタフで良いものだけが生き残っていく仕組みができるのではなかろ うか思うのです。  行動者は行動し、その結果として社会、地球環境に現われた現象を観察し、評価された ものが知識提供といった形になるc私はこの基本的なパターンが非常に重要だと思います。 その関係の社会的な構築に関して、実はこれはもちろん大まかにはできているのですが、 45

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46 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学とは?」 私は非常に不足しているような気がします,  例えば法律を作る行動者、製品を作る行動者、実際に行政官庁が行政をするといったさ まざまな行動があるのですが、それらはみんな本当に上手に回っているかということです。 上手に回っているものもあります。例えば機械製品、自動車などは、よい自動車をみんな 買うのですから、情報、どういった自動車がいいのかという情報は、行動者としての自動 車製造者に対してきちんと入っていくのです,  しかし、法律はなかなかそうは行きません。法律が出てきた、その法律が「何か嫌だな」 と思っても、それはなかなか法律を作る人に届かないのです、仕方ないので、法律に従っ ていく。ですから法律は良くならない、そんなことをあまり言ってはいけないのですが。 良くなるものと良くならないものが両方あって、まださまざまな問題を現代社会は抱えて いるのですが、やはり私達はこういったループというものを・つ、念頭に置く必要がある のではないかと思うのです、  そして、実はその行動を決めるものは、いったい何なのか。それをもう少し整理してみ なければいけないでしょう,助言によって行動するといいましたが、人はいちいち科学者 に聞いて行動しているのではありません。しかしやはりは助言によって与えられた知識に 基づいて行動するという要素も大きいでしょう/./        しんニぷタつかノ,  その際、これは妙な言葉ですが「人工物観」という言葉を最近、私は使っているのです。 もちろん「自然観」という言葉はあります,それは人間が自然をどう見るか、ということ です.また「人生観」という言葉もあります。自分の人生をどのように見るのか、あるい はどう設計していくのか、そういったものが人生観です。しかし人工物にっいて、なぜこ ういった言葉がないのか、私は非常に不思議に思っていました.そこで「人工物観」とい う言葉を考えています。  実は人工物とは、もちろん自動車とか機械といった人工物もありますが、例えば法律も 人工的なものであり、いろいろな制度も人工的なものと考えると、もっと広いものです. 人間が作るものを総称してアーティファクト(人工物)と呼んでおくと、そういった v 1 e w   o f   A  r t 1 f a じ t ビュー・オブ・アーティファクト、人工物観といったものを、私達はどうも問題にしなけ ればならないのではないかと思うのです。  なぜかというと、実際に行動するときには技術を使うのですが、技術とは人工物観によ って構造化された知識なのです。自然科学だけでは行動できません。自然科学が実際に機 械工学になって、はじめて機械を造ることができるのです。あるいは○○工学となり、い ろいろなものができるのです。実際、社会科学も経済学だけでは行動できません。実際に 経済的なものを使ってお金を儲けようとすると、経営学という現実の行動の学が出てくる のですが、それはむしろ社会技術と呼んでよいものです。  私の呼び方では、自然科学に対しては科学技術、社会科学に対しては社会技術、人文科 学に対しては人文技術、これはあるかどうか分かりませんが、そういったものがさまざま あって、人々はそういった知識を、自分なりの人工物観によって再構成し、そして行動し ていると考えてよいかと思います。結果的にいえば、機械ができたり、制度ができたり、 ライフスタイルが出てくるのは、こういった構造によっているのではないかと思います。  しかしそうすると、人工物観とはどういったものなのかを考えなければなりません、今

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東洋大学1エコ・フィロソフィ」研究 VoL 2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 日はあまり詳しくはお話ししませんが、人工物観は、人類の歴史を通じて大きく変わって きたのではないかと思います,   「時代と共に変遷する」cこれは非常に大まかな区分で、もっと詳しく議論しなければな らないのですが、例えば古代における人工物,万里の長城、ピラミッドなどを造ったので すが、これは権力者のための象徴でした、「自分は永久に生きる」「私達のお城は永久に保 たれる」といった、一種のシンボリックなもの(象徴)でした.お城であったり、宮殿で あったり、神殿であったり、こういったものは立派な人工物ですが、何に使われたかとい うと、今のように人々の便利のために使われたのではありません.そうではなく、一種の シンボルとして使われていました.  しかし、その科学技術というものが、ローマが崩壊したときにずっと一般の人々に広が っていきます,そのときに中世が始まるのですが、そういったときに道具や機械というも のが、本当に雨後のタケノコのように、あらゆるところから出てきます。これはもちろん 西欧に限らず東洋でもワッと、今から見れば技術の種がたくさん出てくるのです。  これはどういうことかというと、すべて人々の生存の手段として出てきます。例えば戦 うための武器であったり、ばい菌に対する消毒であったり、食べ物を作る農耕機具であっ たり、機械を作る工作機械だったりする。そういったものがどんどん、非常に幼稚ではあ りますが、出てくるのです一まさに人工物とは、人々が生存するための手段だということ です/h  ところが近代はどうなったのかというと、近代における人工物というのは、もちろん生 存の手段でもあるのですが、単に生存の手段というにはあまりに大量で多様な人工物が、 私達を取り巻いています,こうして、人工物環境が非常に課題になってきましたc  それは何かというと、実は近代は科学の進展とともに発展してくるのですが、科学的知 識とは、力学・物理学・化学といった非常に整合的な理論によって整理され、その表現と して正確な時計、合金、力織機といったものがたくさん出てきます。  しかし、それは象徴ではなく使えるものです一そして、人々のあらゆる欲望に応える機 械ができるようになったのが20世紀で、いわば中世に始まるこの流れは究極のところま で来たのです。欲しいものは何でもできる=科学がどんどん新しい知識を作ってくれて、 人間の欲しいものは何でもできるようになったのが20世紀ですが、21世紀になって、そ こがガラッと大きく変わります。  何が変わったかというと、持続性社会実現の手段でもなくてはいけない、何でも欲しい ものを作るのではなく、「持続」という全く別の話をもしなければいけない。この関係は、 図解すればこのようなことになるのではないでしょうかt/  ただし、今申しあげたように、古代における象徴型の人工物観、中世における生存型の 人工物観、そして非常に顕著に表れるのは産業革命以降現代に至る18世紀∼20世紀なの ですが、現代に至る開発型の人工物観があります。これは後ほどお話ししますが、現在は 持続型人工物観となっていますが、実はこれは生存型と同じなのです。持続型人工物観と 生存型人工物観とは、人間に襲いかかってくるものや人間の敵に対して、人工物という知 恵を実体化したもので、技術といってもいいのですが「どうやってそれを防ぐか」という ことですから、同じことなのです。そこでアタビズム(先祖がえり)となっている。ある 47

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48 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学とは?、 いは歴史的回帰といってもよいのですが、結局、私達は人工物観について、中世に先祖帰り しているのではないかと見なければならない,このような人工物観によって、私達は知識 の意味というものが変わっているのだということに気が付かなければいけないのです、  人間は生来の能力、いろいろな判断力があって、作りたいものが出てきます=そして、 そのうちの一部を作ることができたりします。今申しあげたように、自分達に襲いかかる 危険に対する必要が有り、またf乍りたいものがたくさん出てくるのですが、知識が足りな い、そういった中で作りたいものは多くなるけれども、そのうちのごく.一部しかできない のです、  しかし、この経験を通じて、実は人類は科学的な知識というものを非常に整合的に作る ことによって、何でもできるようになった.すなわち作りたいものをすぐに作ってしまう 状況になるのです.こういったことを背景にして、人工物観が変わるのです.ところが、 再び作りたいものがなかなかできない時代を迎えてしまいます。必要な物がなかなかでき ないのが現代ですeこれはちょうど中世と同じような状況になっていて、これをアタビズ ム(先祖がえり)と呼んでいます,  そこで持続性科学、あるいは持続性工学といったものを創る必要があります。ここでは 細かいことは省略しますが、要するに持続性科学、持続性丁学というものは、決して今ま での科学を再編成したり、あるいは今までの科学の領域を、そのままさらに研究を進めて いったりすれば生まれるものではないのです。新しい科学的な領域、今、私達が持ってい ないような領域が必要になるのかもしれませんc  それをどうやって創るのかLすなわち行動者としての科学者は、今までの学問領域の中 で与えられているディシプリン(鍛錬)、ひとつの方法論を身に付け、そして、新しい法則 をその領域の中で発見していれば科学者の使命が果たされるといった状況ではないという ことですLtやはり科学者の責任、すなわち先ほど申しあげたこの行動者が入っているルー プに、よい影響を与えるためには、まったく違う科学を必要とするかもしれないし、その まったく違う科学に基づいた知識を使って、新しい人工物観による技術を編成していかな ければならないのです,おそらくそのような義務を負っているのですtt  それはいったいどうすればよいのか,.非常に難しいことです。そこでややゆっくりいろ いろなことを振り返ってみようと思いますが、中世における知識の創出の動機とは「邪悪 なるもの」と私は呼ぶのですが、外界の、人間に対して攻撃を掛けてくるいろいろなもの に対して戦うことなのです、、  戦って人間はいろいろと勝ってきました、ばい菌にも打ち勝って病気を駆逐してきまし た。しかしそのとき勝利だけではなく、その戦いを通じて獲得した知識というものを、科 学という形で次世代に伝える方法を身に付けているのです。それが人類の非常に独特なと ころです。すなわち、さまざまな戦いを通じて蓄積した領域的知識というものが、いわば 領域科学や工学というものになっているということです.一  それでは、どのような邪悪なるものがあったのでしょうか。それは自然の嵐、干ばつ、 洪水、地震、あるいは生体としての病原菌、害虫、猛獣だったりします.これはみんな人 間に襲いかかってきたのです。  同じ人間でも、おそらく悪い人間というものも邪悪です。海賊、強盗、専制君主という

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 VbL 2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 のがいます。あるいは邪悪なる欲望というものがあったかもしれません.もちろん貧困は もっとシスティマティックなものが絡んだものですが、こういったさまざまな邪悪なもの があります/tこれらは可視的な敵であり、人類社会の外部から攻撃を掛けてきます,善意 をもって生きている人々の周りから攻撃を仕掛けてくるのです,  それに対しては戦い、勝つと同時に知識を生み出す、その知識はどうなったかというと、 例えば地震に対して建物をどうやって建てれば壊れないかといった耐震構造とは、地震を 経験しながら生まれてきたものです.しかし、それは耐震構造の家をたくさん造り出した だけではなく、そこから構造力学、耐震性というひとつの考え方や目的を通じて成り立っ、 非常に基礎的な学問体系を創り、あとは構造力学を使って計算すれば耐震性ができる、そ のようなひとつの知識の使い方を生み出していくのです  それは、もちろん邪悪なる欲望という面に対しては、中国でもギリシャでも、裁判制度 のようなものが生み出されるのです。それは法律学、法律はどのように作ればいいかとい った一種の知識として、世代を通じて伝えられていくのです。そういったさまざまなもの があります。  しかも、それは単に学問を作るだけではなく、学問からさらに拡大したいろいろな応用 を生んでいきます。分かりやすいのは病原菌と闘い、予防学、消毒学、微生物学を生むの ですが、それは薬を作るだけではなく、おいしいお酒も造るわけです。おいしいお酒を造 っているときには、もうペストと闘っている人間の姿は思い出しません,  このように学問とは抽象化され、抽象的学問になると、その生まれた原因を忘れさせま す。現代の人はそれを自由自在に使ってもよいという構造になっているのです.しかし、 学問にはみんな由来があります.1それを私達はf分に理解し、知識とはどのようにできて きたのかということを、よく考える必要があります。それは「現代の知識をどう生み出す か」ということに関わりがあるからです。  そういった形でできてきた中世の知識というものが、どのような効果を生んだかという ことを、少し細かくお話しします.それは今、申しあげたように、領域は抽象化してどん どん固有の学問領域になってきて、その発生のことなど忘れさせてくれるのですが、そう いった中で成熟してくるのですf/  そのときの成熟の仕方とは、どういうわけか多くの知識が基本的にはニュートン力学の 形を取るのです,社会科学などは違う構造を持っている場合が多いのですが、少なくとも 私達の知っている理学・工学は、みんなこのようなニュートン力学の構造をもっています、,  それは何かというと、視点を定めることによって同じ対象が違うものになって見えてく るのです。ニュートンは「世界を支配しているのは何か」といった宗教的なことを考えて いた人ですが、最後に「それは力学だ」という考えに至ったのですJ彼は何十年も力学を 研究して、最後に『プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』という本を出しました。  彼は力学を研究したのですが、力学から、光とか生命とか物質などをみんな排除してし まいます。そういったものはみんなつまらないもので、本当に支配しているのは力だと思 って、力学の本を書くのですが、しかし彼はそれでは飽き足らず、工学の本も書くのです。 ニュートンの工学論も非常に立派な本です。  化学にも着手するのですが、さすがに手に余って、彼の化学の説明は錬金術に少し毛の 49

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50 国際シンポジウム 「今、地球を維持する哲学とは’)」 生えたような話ですuこれは私も聞いた話で、うそか本当か分かりませんが「ニュートン の名折れだ」ということで、イギリスのロイヤル・ソサイエティが彼の草稿をこっそりあ るところに隠してあるといった話もあります,  いずれにしても、彼はその力学という視点で「光なら光を議論しよう」「物質の性質なら 物質の性質を議論しよう」と分けて議論するということを発明したのです・例えばギリシ ャの哲学などでは、そういったことはありません一  このように領域に分けるということは、私はニュートンの発明だと思うのですが、領域 に分けるということを正確に継承したのが、現代の多くの専門的知識といわれるものです。 ですから、そこには工学、医学、経済学、政治学、法律学がありますが、例えば工学を考 えているときは医学のことは考えないし、経済学のことも考えない。経済学者は工学の二 となど考えないといったように、みんな考えなくても済むようになってしまった、これが 領域化ということです。  その結果、技術者は「技術者」だけではなく 「機械技術者」「電気技術者」「化学技術者」 とさらに細かく領域化されるということが生じました,医者でいえば内科、外科、診療科 といったものに分かれてきます=そして、結果的には、医者でいえば人間の全体を忘れた 局部的治療しかしない、ということが今いわれていて、もっと総合医療をといった話が盛 んに出てまいります、「患者を人間として見てくれ」、「部品だけ直せばよいのではないのだ」 といったことがいわれますttそのことは一般の技術にもまったく同様にいえますL:私はま さにここが問題だと思います、多くの科学者が、「ここに責任を持たなければいけない」と のみ思っています。人間活動による地球環境の劣化は、まさにこういった個別の行動によ って引き起こされるのではないか。一つひとつは確かに必要なよいことをしようとしてい る。しかし、トータルとしてそれが悪くなってしまうのです。  現象的にはこのようなことで、結局、科学がどんどん進歩して自分の領域に入ってしま った科学者は、もう社会全体のことなど知りません。そして、自分の実験室、研究室でど んどん新しい知識を生産し、論文を書き、その論文を社会に放り出していく。それがどう 使われるかについては、まったく関心を持たない。そこには厚い壁が存在します。これが 行動者なのです。  社会の人々はみんなここから提供される知識を使うのですが、これは助言というより知 識そのものです。そうすると、人々は自分に都合のよいものだけを使っていく。すなわち あらゆるそJ動者が近視学的な知識利用者となってしまいます。そして、科学者も含めて、 この人達の行動がさまざまな問題を引き起こしていきます。  この全体の分析がなかなか難しいのですが、ごく簡単に直感的なことを申しあげておき ますと、例えば機械工学は自動車を造る、電気工学は電話を造る、建築工学は家を造る、 土木工学はダムを造るといったように、それぞれがどんどん先鋭的な技術を身に付けて上 手になっていきます。  しかし、よく考えてみると、最近、自動車はどんどん良くなり、電話はとうとう携帯電 話になりましたが、自動車を運転しながら携帯電話をかけると罰せられます、つまり、そ の二つは両立しません。運転と電話は本来、両立しないのです。携帯電話はすごく便利で あり、自動車もすごく便利なのですが、その両者は同時に存在することが許されない、罰

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vol.2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 せられてしまうのですu  それはなぜかというと、初めから一緒に考えてはいなかったからなのです。運転に差し 支えないような携帯電話というものは、誰も考えなかったのです.このようにして、一つ ひとっの技術は先鋭化し、どんどん高度化しますが、その関係については誰も考える人が いないのです。  家と自動車の関係もそうです。私達の家には、あるいはビルにはみんなガレージがあり ます.要するに自動車と家の出会いとは、ガレージなのです,ところが、どうもガレージ というものは、あまりきれいではありません。ビルなどでも壁は何か汚いし、明かりはい い加減な裸電球がついていたりして、あまりきれいなガレージに入った経験がありません。  これはなぜかというと、建築は建築家、白動車は自動車、それはすばらしく先鋭化する けれども、その1出会いの場であるガレージは専門家がいないからです/t、世界中にはごく少 数、いることはいるのですが、一般的にそういった人達が働く余裕はありませんから、ガ レージには、そのように技術のすき間ができてしまいます..  すなわち携帯電話と自動車の罰則、あるいはガレージが美しくならないといった問題を 私達は非常に身近なところにもっていて、これはいわば領域化された知識が先鋭化するこ とによって生まれてくる新しい問題なのです、  この不調和というものが私達のもつ知識の構造の反映であると、私は主張したいのです。 こういった問題が起こるのは、現代の知識の構造なのだということです.ですから、知識 というものを変えなければならない。ここに「持続性科学」とか「持続性工学」といった、 まだ名前しかできていないものを、私達は創る必要があるのではないだろうかと思います。  これは皆さんもご覧になったことがあると思いますが、「種まく人」をもじった、レイチ ェルカーソンの失言をあるジャーナリストが漫画にしたものです、種をまいていくと、ば たばたと鳥が死んでいく、これは農薬をまいていくと鳥がどんどん死んでいく。この絵に ある顔を見れば本当に恐ろしいわけですが、このような死神のようなもの、恐ろしい状態 が現代技術だという話が、1960年代に出てきたのです、  そして、結果的に私達が今、問題としているもの、中世ではやはり嵐であったり、干ば っであったりしたものが、今は何になったかというと、よく考えてみれば結局、人口爆発 の問題です。  これはいったい何かというと、現代の邪悪なるものです。すなわち現代に至って中世に 先祖帰りしたのですから、敵がやってくる時代が来たのです。18∼20世紀にかけては人間 が非常にいばっていた時代ですが、今、もうそんなことは許されないという時代となり、 中世のようになったのです。しかし襲いかかってくる敵は違います,可視的な敵がいない。 しかし、おそらく敵は人の意図や行動の中にあり、人々が気付かないうちに攻撃を掛けて きます。これと闘うことは難しい,実はこういったものが現代の状況なのではないかと思 われます。  このとき、今まで私達が創ってきた科学と、求められている持続性科学とは、やはり違 うのではないかと思うのです。最初に申しあげたように、決して今までの知識に何か付け 加えればよいのではなく、抜本的に知らなければいけないcそれはなぜかというと「大航 海時代」といわれた時代に、現代の科学の基本的な精神構造が存在していると、私は考え 51

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52 国際シンポジウム 「今、地球を維持する哲学とは’)」 ます.  それは「未知の探求」です、実際に大航海時代というのは、地球の果てに行けば宝物が あるのではないかと思っていった.それと同じように、顕微鏡や望遠鏡を使って見えない ところをどんどん見れば、決して遠くまで行かなくても、そこにいろいろな智慧が生まれ るのです、そういった精神構造で科学はどんどん微視的になってきて、物質を微視的に調 べることを中心にして進歩してきましたttそのような構造になっていiす。ですから、道 具は望遠鏡と顕微鏡でした.  しかし、持続性科学は違います。これは未知の探求ではなく、今あるものを保存しなけ ればならないという、まったく違う考え方です。不変な存在ではなく、変化が問題なので あり、より遠く、より微視的にではなく、どのように変化するかということを予測しなけ ればならないという問題になり、結果的には手段が大幅に変わってきました、  昔は望遠鏡といった三次元的な測定器、拡大器、それから顕微鏡という二次元的な拡大 器があればよかったのですが、変化を予測しなければならないということになると、ここ に時間という一っのファクターが入ってきて、結果的には従来の二次元、三次元に対して 四次元の観測が必要になります、  東京大学のIR3Sの住先生などがやっていらっしゃる「地球シミュレータ」のような大 きなものは、実は四次元の観測装置です。コンピュータは別に頭がいいわけではありませ ん。これは単なる拡大鏡なのです。その拡大鏡であるスーパーコンヒ.ユータとは、実は四 次元の拡大器なのです。私達は、そういった意味ではスーパーコンヒ.ユータを手に入れて、 時間にかかわる予測というものを取り込んだひとつの観測を可能にしたのです、  ですから、今までの科学とこれからの科学と、この二つの系統は全く違うのです そう いった問題を私達はここで指摘しておかなければならないのです.  さて、ここから先は、では持続性科学とはどのような学問かということを、簡単にお話 させていただきます。昔は伝統的知識(インディジナス・ノレッジ)とは、一っの事実と、 それをどのように使えばどのような効果があるかということを、まとめて知っていました.. 1本の木がある。その木は何月ごろ生えてくる,これは事実です。しかも、その枝をどの ように折るかという使い方をも知っていて、それを飲めばお腹に効くという効果も知って いる、そのようにまとまって知っていたわけです・  しかし、現代の科学的知識はそのようなことを切ってしまいました、この木はいつ生え るかということは植物学がやり、薬として効くかどうかは薬学がやるのですから、もうま ったく別なのです。そういう意味で、事実知識と使用知識を分けて、その結果、これが科 学として急速な進歩を遂げてきたのです。  実は、この使用知識とは先ほど申しあげた設計です。「設計型科学者」という話をしまし たが、それの基礎です。これはまだ私の独断ですが、たぶん社会科学とは、これを総合的 に扱うものだろうと思うのですが、そういった関係的、調和的な学問は現在まだできてお りません。私の感じでは、社会科学とは、いわば自然科学や設計科学というものを部分と してもって成立することが非常に重要なことだと思います。  こうした状況下で私達が何をしなければならないかというと、このように分かれてしま

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vb1.2 別冊 シンポジウム・講演会・セミ+一 編 った知識を統合しなければなりません、その統合のアPセスとは、まずある知識を統合し、 さらにこれを他の知識と統合していくことによって、最終的に全体的な統合科学などとい うものが出てくるのかもしれません。  そういった、ひとつのアログラムというものを私達は持たなければならない,行動のた めには、このようなことをしなければなりません。私達が今、求められている行動とは、 おそらくそのようなことではないかと思うのです。  それでは、具体的にこれから考えてみますr「2050年に向けて何をすべきか」、これから 先は英語になってしまって申しわけありません一先ほどの繰り返しですが、持続可能性と は、実は非常に多様な内容を含んでいます。これは持続可能性といって国連が挙げるいろ いろな項目ですが、それを物の水準で作りあげていかなければならないか、あるいは原子 の水準で上げなければならないか、社会か、システムか、個人か、原子か、というように、 対象を大きいところから小さいところにと考えますt:  さらにそれを、非常に局所的でもよいのか世界全体なのか、ローカルかグローバルかと いった軸で考えてみると、例えば貧困の追放とは、明らかに社会の問題ですが、それはロ ーカルです。ローカルに貧困というものは生じるわけですから、相手はローカルなのです,  しかし、エネルギーのセキュリティとは、まさに社会の問題なのです。1ヵ所だけエネ ルギーのセキュリティをやってもだめで、全世界でエネルギーのセキュリティを.ヒげなけ ればならないということですt,  他方で、予防医療というものがあります。予防医療とは、まさに原子のレベルでバイオ サイエンスを使って治療します、この問題に対しては、原子の水準、遺伝子の水準でもの を考えなければいけない、また、それは個人の水準ともいえます、しかし地球全体で考え なければならないのが、バイオダイバーシティ(生物多様性)ですtt  そのように、実に極めて多様な、広がった課題をすべて持っているのが、サステイナビ リティ学ということです一t昔の科学のように、ど二かにターゲットを絞って一つやればよ いなどということでは、もはや決してない。そのことは、この問題群を見ればただちに気 付くわけです、  そうしますと、私が科学者ですが、科学者は何をすればよいかというと、科学者には、 自分の研究で知識を創りだすことと、先ほど申しあげた助言をしていくことという二つの 仕事があります「その二つをやや具体的に考えてみましょう、  私自身は、二つのことをしようと思っています、一つは、科学者の集団がいるとすると、 その科学者は大学とか研究所に属しています。みんな縦に割れています,それぞれの研究 所あるいは研究室でもいいのですが、「○○をやりたい」という申し出を政府にして、陳情 (ペティション)してお金をもらっている。こうして自分で研究費を獲得して研究するの です.よく科学者に対して、「科学者というのはお金を欲しがる人種ですね」などといわれ ますが、これはお金がないと研究できないからです、何故かというと、科学者とは自分の 分野をどんどん拡大しようとしている生き物ですから、事実そういうたくさんの研究助成 を申請する。これに対し、総合科学技術会議というものが現在、日本にありますが、そこ の人が話を聞いてくれて、予算を配分しているという構造になっています。  しかし、一方、総合科学技術会議は、その申請だけでは、本当に必要な研究か分かりま 53

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54 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学とは?」 せんL/仮に声の大きいところにみんなお金が行ってしまっては困るわけで、そこでもっと 「本当に何が必要か」ということを考えなければならない そのために公平な助言という ものが必要なのですt一このことを実は日本学術会議がやっています。日本学術会議にはい ろいろな科学者がいるのですが、自分のわがままとか自分のやりたいことだけではなく、 それを公平に議論しながら「今の日本にとって、世界にとって、どのような研究をしなけ ればならないか」ということを、ここでまとめて助言します、今はその二つの情報をもら い、ポリシーを決めるという形になっているのです、  したがって、科学者は二つのミッションを持っています,一つは「研究をすること」、一 っは「助言を公平に出すこと」、これは非常に大事です=中立的で公正な助言とはいったい 何でしょうか。これは学問をやっている世界を考えていただきたいのですが、学問とはだ いたいにおいて学説が対立していて、お互いに憎しみあっていたりするn学会などに行く と、良いとか悪いとかやり合っているわけです、そのように、たくさんの学説が存在して います。  もし、それぞれの学説をそのまま社会に助言として出して、あるグループは一方の学説 を助言として採った、別のグループは他方の学説を採ったとすると、これは当然違うので すから、学問的対立ならまだよいのですが、場合によっては社会的対立を生み出します。 このようなことを、私達はたくさん経験しています。薬害の問題にしても同様です、.  あるいは日本のある海の干拓をするというとき、ある学者は「これは農業のためにいい、 海に悪い影響を与えない」といい、別の学者は「これは大変だ.生態系に大きな影響を与 える」という。二つの意見が対立したとき、行政者はどちらの意見を採るのかということ になります。ある方面では「干拓に影響なし」というほうを採る.しかし、現実に農家を 支えているひとつの行動、そちらに関係のある学者は「とんでもない」というL,そういっ た学問の対立が、ひいては社会的に大きな対立を生み、紛争化しています.  これは良くありません.rしたがって、私達科学者は、意見の対立はもちろん対立でよい のですけれども、しかし「現在、ここまでは合意できる」ということだけで助言をするべ きなのです.こういったものを私達は「中立的な助言」あるいは「ユニークポイス(まと められた一つの声)」といっています。科学者は一つの声にまとめて助言しよう。一人ひと りは多少意見が異なっていてもよいのです,しかし、学術会議においては「ここまでは現 在の科学者達が合意している」「ここから先はまだ合意していない」ということを、明かし て社会に助言するようにします。そうすれば、社会の対立が拡大することはあまりないだ ろうというわけです。  このような助言としては、先日ノーベル平和賞を取ったIPCCが扱っている、グn一バ ルウォーミング(地球温暖化)という問題に関して、非常に成功した例なのです[tはっき り申しあげて、私の経験からいうと唯一の成功例です。それは何かというと、科学者達は 何百年というあいだ、ずっとこういった研究をしていて、数十年来「地球温暖化が起こる ぞ」と警告を発していたのですが、まったく社会は聞かなかったからですT,  それに対して、実は1995年、フィラハ(オーストリア)で大きな会議(排気ガスの気候 変動に及ぼす影響に関する会議)が行われたのですが、そのとき科学者がそのユニークボイ スを作ることによって、初めて科学者とポリシーメーカーとが協力してそのような合議が

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vb1.2 別冊 シン「ポジウム・講演会・セミ+一 編 行われたのです。  こうして、科学者はIPCCを通じて、新しい研究のユニークボイスをどう作るかといっ たことをするわけです,それに対して今度は、その情報は地球サミットにいって、「気候変 動枠組み条約(FCCC)」というものをまさに国際的な条約として作るようになります,  その二っがあって、結果的に、私達は京都プロトコロル(議定書)というものを作り上 げたのです・これはまだ完全にはうまく行っていないのですが、とにかく温室効果ガスの 排出にっいては国際的に戦争をせずに、争うことなく何とか協調しようと努力しています。  ところが、エネルギーについてはどうかというと、これはまだ空白で何もありません. エネルギーは、IPCCやFCCCのように協調のアラットホームがまだなく、むしろ戦争の 原因になっています つまり石油の奪い合いということです。これはたいへん困ったこと です、ですから、私は科学者が世界に貢献できるとすれば、先ほど申しあげたような仕組 みをうまく作ることによって「世界中のエネルギーを人類でどう使っていくのか」という ことの合意を形成していく.もちろんフリクションはあるのですが、戦争ではなく議論で、 それを詰めながら進めていくという構造を創りたいわけです。  私はICSU(イクス)というところにいたものですから、これをそこで提案したのです。 これを「ICSUメカニズム」と呼ぶのですが、「ICSU」とは国際科学会議ということで、 パリに本部があります.私はそちらの会長をしていたのですが、その会長としてこのエネ ルギー問題を提案したわけですtt  しかし、それからもう5年たつのですが、なかなかうまく進まないのです。どのような ところがうまく進まないかというと、まず科学者達はエネルギー問題について一っのまと まった考えを持たなければならないのですが、ご存じのようにエネルギーには石油、石炭、 バイオ、あるいは地熱、潮流、もちろん核もありますし、太陽電池もあります=そういっ たものはみんな専門が違うのです。石油は化学であり、原.tT一力は原子物理学、太陽電池は 物性論です.これらはまったく違う分野ですから、お互いに会話ができないのです。  まず、それを一緒にしなければならないというのが私の提案です,これは傭敵的(ふか んてき)な目でエネルギーを見ようということです、これはICSUの中の話として、ゆっ くりですが、進んでいます そして、学問でまとまったら、先ほどの地球温暖化と同じよ うに、フィラバ会議のようなものを開いて、ポリシーメーカーと科学者が協議して、エネ ルギー問題についての政治的プログラムを作ることを計画しています。そのようなプログ ラムはできているのですが、なかなかその通りには進まないということです。もしそれが できたら今度は、ICSUの組織の構成は自然科学の分野に限られているものですから、さ らに他の分野の学問に進めていこうと計画しています。  もう・・つ、それでは研究はどうなのかといいますと、これも、私はどう行動すべきかを 今、考えています、私は今、産業技術総合研究所というところにいるのですが、では、産 業技術総合研究所にいる3000人の研究者は何をすべきかを考えています。このことを産 業技術という観点から考えてみるとこのようになります,:  要するに製造、機械を使って、分解して、新しいものを設計する。ちょうど先ほどのル ープと同じです。このような構造の中に私達はいるのです。今の3000人の研究者達は「自 分達はみんな勝手なことを研究している」と思っていましたが、そうではない。結局、実 55

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56 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学kは?」 はこのループの中のどこかに自分をおいて研究しているのです/r  したがって、行動者として3000人のEJF究者が産業技術総合研究所にいて、もちろん一 人ひとりが科学者ですから、本当に矢rl的興味だけで研究しているのですが、私はそれを傭 撤的に見て「あなたはこういうことをやっているんだ」「それは隣にいる人とこういう関係 があるんだ」ということを明らかにしますttそして、研究者はだんだん、この数年のあい だにその意識を強めながら、全体として「サステイナビリティを実現するために、自分は こういう貢献をしているのだ」ということを、一人ひとりがみんな考えるようになってい くと思うのですtt  さまざまなナノテクなどがいろいろとありますttバイオも入っていて、関連したりして います、ある側面には情報科学が来ていますし、他の側面には廃棄物処理の問題がありま す、このような配置があるわけです/t3000人がこのような形で、実は60個のユニットに 分かれて研究しているという構造になっています.  その人達に要求しているのは「自分達の研究が、どのように生きるかということを徹底 的に、さらに考え、新しいすばらしい発見をしたら、その発見の意味まで考えてから社会 に出しなさい」「研究が終わったら、絶対にペーハーをただ社会に対して放り出すことはや めなさい」ということです..このことを、お互いに議論しているのです=  すると、先ほどの話で、大発見とは夢の研究なのですが、夢の研究が現実になるために は非常に長い時間がかかります。私が統計を取ったものでみると、20∼30年も掛かるので すが、そのあいだ研究者は大変です。ですから、これをできるだけアクセレートして、10 年といった短期にして、1人の人間がそういったものを外に出していくという構造を、研 究のスタイルとして研究者が身に付けなければならない[/もちろんこれは産業技術研究の 場合ですが、このようなことを要請しているのです..  したがって、結果的には本格研究(フルリサーチ)と呼ぶ研究を、私は要請しています。 これが私達の研究所です.このAIST(産総研)では本格研究というものをやりなさいと いうことです。大学は、大学の先生達はどんどん研究し、研究室の外に論文をどんどん出 します、そして、企業はそれをどんどん使って、リアルな経済的利益を生んでいますが、 しかし利益につながらない本格的な研究もあるのです それは非常に生産性の悪い、人気 のない研究なのですが、産業技術総合研究所はむしろこれを主にやって、そのうえでどん どん生まれてくる基礎知識を社会の価値にまで変換する研究をしようと思います、.そうい う研究を進めてみると、これは他とは非常に違う一種の基礎研究だということが解ってき ました。  そこで私達は、これを「第2種の基礎研究」と呼び、今年末からそういった新しいジャ ーナル、研究論文の雑誌を発行していくことにしたのです。そうやって私達の役割、自ら の役割をここに定めて置いているのです。  このように、科学者とは必ず社会におけるループの中の一角を占めているのですから、 そのループの中でどういった働きをしているのかを深く認識しなければならないのです。  最後に、結果的に私達は何をしているのか、これは私個人が行動することによってする のではなく、すべてのアクターの行動が、最終的に何を変えるように期待すべきなのかと いうことです。実はそれには、「サステイナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)」

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 ∨o].2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 57 という言葉があります,開発することによってどんどん経済を良くし、貧困を追放しなけ ればならなりませんr,Lかし、同時にその経済活動が環境を劣化させてはいけないのです. この矛盾は非常に×きいといわれています.最近、アジアの途上国が先進国になっていく のですが、その中で環境汚染が最大の話題になっている.これは開発すればするほど、環 境が悪くなってしまうということなのです,  したがって、環境と開発を、仮にマクロなひとつのスケールにおいて見てみると、そこ には、二っの動きがあります、すなわち、一方はディベロップメントをどんどんすれば環 境はマイナスになるということです。逆に環境を良くしようと思えば、ディペロッブメン トを押さえなければいけない。豊かになれない.それが現在の私達人類が迎えている問題 の特徴的な構造になっています.t  したがって、私達は持続可能性という観点から見て重心を動かしていくことが必要です、 さまざまな人間のアクションがあるのですが、この重心をよりよい方向に向かって移動さ せること/:すべてのアクターは少しでもよいから、その重心の移動というものに貢献すべ きだといった考え方を意識しなければいけないのです。一人ひとりが意識するかどうかは 別として、少なくともひとつの専門の職業とは、そういった効果を持つものだといった意 義がなければ、これからは存在が許されなくなると、私はそう思っていますc そのような考え方で、全体のサステイナブルに向かった人類の共同作戦というものが展開 できるのではないかと考えています。そのことを申しあげて、私の話を終えたいと思いま す。 (当日発表されたパワーポイント資料を次ページから掲載させていただきましたtt)

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58 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学とはO」

地球の課題と科学者の役割

  吉川弘之

産業技術総合研究所

共生社会の実現と先端科学への挑戦

HY 東洋大学、読売新聞社.2007年10月13日、於東洋大学・井上円了ホール

      1

2050年までの地球の課題

1.国際的課題

  社会:国際的格差の是正、貧困の追放

  政治:国家間抗争の解消

  環境:地球環境の維持

2.現実の危機

  社会:飲料水・食糧・エネルギー・資源の不足

  政治:利益・資源の争奪、文明の衝突

  環境:気候変動(地球温暖化)・廃棄物増加・生物多様性減少

3.危機を回避して持続性の達成

  誰が?   どのようにして? 2

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vbl.2別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 59

誰が?→行動者

教育者 報道者 作家 芸術家 技術者 経営者 管理者 政治家 政策立案者 行政者 司法官 科学者 これらの人々は、それぞれの専門的行動を通じて 社会に専門的成果を発信し、社会における様々な 受け手に影響を与えてゆく行動者である。 個々の行動者が善意で行動したとしても、多くの行動 は複雑に関係しながら行動者の予期しなかった変化 を社会にもたらす。変化は、経済的繁栄、良好な生 活環境、安全健康等の良いものから、格差拡大、抗 争発生、環境破壊等の悪いものまで多様である。 持続的社会とは変化しない社会でなく、悪い変化を 排除し、全体として良い変化を続ける社会である。そ れは、持続的進化(Sustainable Evolution)と呼ぶこ とができる。 賓灘餐 社会、地球環境 HY 3

持続的進化のための科学者の役割

競金該旙の欝灘嶺 轍菅轡 鞍選餐 作鐘 叢衛蒙 叢繕餐 縫営轡 管理養 敵治蒙 灘綴塞峯饗 行激蕎 鶏濫欝 科学者 ※る議霧慈 (科学的助言) 設計型科学者 (行動と現象との 関係についての 分析評価) 径灘譲

璽駕

菅鯵 (専門知識に 裏付けられた行動) 社会、地球環境 観察型科学者 覇難(行動者の行動結果 として生じる現象)

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60 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学とは‘)」

人工物観と知識

個人、機関、国家を間わず、その行動は人工物観と知識とに依拠して行われる 知識 常識的知識 科学的知識  技術× i人工物観) 社会への効果 @(例) 自然 自然科学 (自然)科学技術 機械 社会 社会科学 社会(科学)技術 制度 人文 人文科学 人文(科学)技術 ライフスタイル ㌔貫術と左以工物観仁よっτ齢化さカた知識てrある HY 5

人工物観

ノ(々仁とつτのノ(ユ:物の意身ぽ.時〆eと共仁変遷ナる 古代  権力者のための象徴(城、宮殿、神殿等)      万里の長城、ピラミッド、 中世  人々のための生存手段(道具、機械等)      武器、消毒、農耕器具、工作機械 近代 科学的知識の表象(力学、物理学、化学に基づく装置)   正確な時計、新合金、力織機…・        →人々のあらゆる欲望に応える機械(20世紀) 現在  持続性社会実現の手段 HY 6

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vo].2 別1冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 61

人工物観の歴史的回帰(Atavism)

鯉の表象 逼去の鴉夢なる着の@ との殼い  豊かさの追求 揚κの邪悪なる己の @ との磁い 開発型 λ叢鍵鑓 ︵野聾  承 人工物観 P8∼20 @弓 ⑳     =生存型    〆  21 作られたもの・ ?黷驍烽フ ‘作られたもの・    作られたもの・ P作れるもの     作れるもの

1篇㌫の’

&ぶ彩 シ簿\  作りたいもの

已\\酬蛎\

\,     !  作りたいもの l A\   . @ … \、 、 」       / @\   … 作りたいもの H: D.・…古…・・…㌔ ユ        t◆      ◆’㌔・...._“一〆 人間生来の能力 世代を通じて蓄積された知識群 未来の工学 現在の工学 HY 7

知識:持続性科学と持続性工学

持続性工学は、地球の持続性を実現しようとする人々にとって有用な行動規範を 提供するものである。持続性とは自然科学、社会科学、人文科学を含む広範な分 野の概念で定義されなければならないものであり、それを定義するために必要な 知識が充分得られているとは言いがたい。従って、持続性工学とは、既存の科学 の応用でもなく、また既存の工学の混合体でもない。 それは従来の科学領域には存在しない新しい知識に基礎を置く工学領域である。 従って、その領域を作るためには、新しい科学的知識や方法を必要とするだけで なく、新しい科学領域を開拓することが必要になる可能性もある。この知識を持続 性科学と呼んでよいであろう。 ここでは、科学に要請される変化を概観しながら、持続性工学を作り上げるための 基本的な方法について考察する。 HY 8

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62 国際シンポジウム  「今、地球を維持する哲学とは?」

過去の邪悪なるもの(生存型人工物観)

HY

 魅水震

嵐皐洪地

疫病(病原菌) 害虫 猛獣 海賊 強盗 専制 邪悪な欲望 貧困(食料、衣服、住居の不足) これらは可撹的な顔で観り 入類社会の外部から攻撃を かけてくX}もptである. 9

    技術と学問領域の創出

視点の限定は、邪悪なるものとの戦いに導かれて行われ、技術を 生み出したが、それは近代に成立する学問領域のもととなった。 eWL iの栢手ζ未劒  嵐  地震  病原菌  邪悪なる欲望  専制  貧困 自然・社会の不思議★

対抗技荷/鋤Wzた醐鮮

防風技術/気象学 耐震構造/構造力学 予防・消毒/微生物学 裁判制度/法律学

弁論/論理学

生産技術/工学

実験的分析 /科学 邪悪とは限らないが人を悩ませるものであった HY 10

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東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vol、2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 63 eWc 1の祖手

学問領域の自立と応用の拡大

風 地震 病原菌 邪悪なる欲望 専制 貧困 領域が自立して応用が拡大する

ガ抗技荷/酬鑓均P

防風技術/気象学 耐震構造/構造力学 予防・消毒/微生物学 裁判制度/法律学

弁論/論理学

生産技術/工学

菰ズcだ戴艀 気象予灘 磯鰻 製薬 振興法 計算機 自動車 Particularization of Views for Abstraction(=discipline)        傷塚の払象化仁方/ナる鯨の寿化r学蹄嘉塚の砿窟ノ Real world to be understood   Use of Newton’s programme   for註ti㈱s i雛頒1鱒戯鯵触      行動のための嫡仁=ユーAンの方法蒼鮪   (1)Appropriation of Newton’s method   (2)Producing many disciplines   (3)Use of individual disciplines for       醐励        A#tors        励言        Engii’)eers        Medical        doctors Real world       EcOnomぷs to be utilixed        Po治c麟罵        Lawverg.        12

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64 国際シンポ.ジウム 「今、地球を維持する哲学とは?」 Deterioration of Environment by lnconsistent Artefacts        不認劾なンく工M/=,よる環境劣佑 Mechanical engineerin9   『一一→  Motorcar    扉扉工ξ営 Electrical engineer旧g     −一一一◆  Telephone       Are t/}ey     顧寅工学       consis瞼抽? Archltectural en9inee「in9   一一一一+  House       〈£reenlive bば     産薬二Σ学       noζ)e裁u曇麟       c謬Sis〈紺Cy) Civil engineering      −一一→  Dam     ±木x学      渠たLτ認物助か?       雌的て徹あるが       美汐ウーJ「rCbtな‘リ An Optimat deSign baSed On’imited knOW/edge Within an engineering (fiscipline/s not aんvays an oρt”ηa’design’n rea/society.      この不調和は、我々の持つ知識の構造の反映である。       13 HY Proliferation of Disciplines and Divisions of Labour      屍癖Lた鍋餌塚/=教淳騨幼と在会助分藁との此例微壇勿 Real world Nature including humans Engineering  →  Engisieers science      技「荷者・ Political science Po寵cほns政着」貢 → Lawyers   法律家 Mechanical engineers EleCtriCal engineerS Chemical engineers Material engifieers Doctor of internal 「nedicine Surgeon Psychiatrist Wors斜i鰺ぴζぽし籔i 組vir(灘治鱗治y義usysr) 口捻i〔)r)s メ」旬活動仁よる増球斑境の劣fb k』(.}c菌凶ヨOr’毛〈:>ss 忍㌣〕○山烈x)i㌻はiぐ)riダ ぷ、oie hし沿〕撚〔 ノ〈肩の全・体荏を勘た●励Z治療

(24)

東洋大学「エコ・フィロソフィ」研究 Vol,2 別冊 シンポジウム・講演会・セミナー 編 HY

        領域知識の発生

  中雄仁方ケる知識創笛の動麓ぱ邪悪なる物との鐵いて「あった        _.一’一一一一  一◆    癖なるもの  //

恥L     /

    θ吻鋼      人類      近代の領域科学/工学へ 15

知識の利用は壁の外の人々にゆだねられた

       (開発型人工物観)

    科学論文による知識の一方的伝達 =領域別に分かれた科学者    働)壁         簿騨繊鎌盤ξの慶鐙戴謬の耀戊 65

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66 国際シンポジウム 「今、地球を維持する哲学とは?」

現代の邪悪なるもの(持続型人工物観)

人ロ爆発と飢餓、 貧富の格差、 巨大都市の中の貧困、 地球環境の悪化、 人工システムの事故の巨大化 新種の感染症(HIV、鳥インフルエンザ、 BSE) 民族間紛争、 テロリズム、 都会の中の孤独、 電子犯罪 持続可能な開発の矛盾 今、現代の邪悪なるものが出現しつつある. そしてそれらは邊去の邪悪なるものと異質である。 そこには可視的な外敵がいない。 しかし恐らく敵は人の意図や行動の中にあり、 それが人々が気づかぬうちに攻撃をかけて くるのだ。これは可視剖な外敵よりも戦うのが 難しい。 HY 18

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