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人権と慣習国際法--アメリカ判例を中心として 利用統計を見る

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人権と慣習国際法--アメリカ判例を中心として

著者

江藤 淳一

著者別名

J. Eto

雑誌名

東洋法学

31

1・2

ページ

341-388

発行年

1988-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003570/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

人権

と慣

習国際法

⋮ーアメリカ判例を中心としてーi

江 藤 淳

七六五四三二一

目 次 はじめに 人権と慣習国際法をめぐる議論 国内裁判所と慣習国際法上の人権 アメリカ判例の検討 国際文書に基づく慣習国際法の立証 国内裁判所における適用上の問題 おわりに 東 洋法 学 三四一

(3)

人権と慣習国際法 三四二

はじめに

 国際人権法は条約を申心として形成されてぎたことはいうまでもない。世界人権宣言︵一九四八年︶にはじまる戦 後の国際人権法の発展は、人権一般に関して規定する国際人権規約︵一九六六年︶を中心とし、人種差別撤廃条約 ︵一九六五年︶、アパルトヘイト処罰条約︵一九七三年︶、女子差別撤廃条約︵一九七九年︶、難民条約および同議定書 ︵一九五一年、六七年︶など、特定の人権保障のための種々の条約に結実した。これらの条約は、当事国の間で保障 すべき権利とその実施手続を定め、国際社会における人権保障の促進をめざしている。一般的に拘束力を有する立法 手続をもたない現代の国際社会では、これは新しい法分野の一般的な発展形態である。  しかし、人権は、世界人権宣言にみられる自然権の思想をもちだすまでもなく、世界のすべての人に保障されるべ ぎ普遍性を有するものである。したがって、条約に署名・批准する諸国が、それら相互間でのみそこに規定された人 権を保障することで事足りるものではない。人権の国際的保障は、すべての国において人権の尊重が達成されること を目標とする。言い換えれば、国際人権法は、特定の人権条約の枠を越えて、すべての国を拘束するという意味での 一般国際法上の人権の成立を理念とするものである。  ところで、すべての国を拘束するという意昧での一般国際法は、慣習国際法という形をとる。慣習国際法は、諸国 の一般的慣行︵一般的かつ画一的な国家実行︶に、それを法として認めるという意味での法的確信が加わることによ って成立する。こうして成立した法は、国際社会のすべての国家を拘東する普遍的な効力をもつ法である。

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 人権の分野でも慣習国際法の成立が問題とされることはある。自決権や人種差別禁止については、それが確立した       ︵1︶ 慣習国際法上の人権であるか、という問題が国際司法裁判所で検討され、その成立を認める意見も示されている。し かし、国家間レベルでの争いにつながる、こうした集団的な人権あるいは人権の基本原則を別とすれぼ、人権と慣習 国際法に関する関心はあまり高くはない。その理由の一つとして、人権に関する法は、保障すべぎ実体的な権利とと もに、その保障手続があってはじめて有効に機能するものであるが、慣習国際法は手続的保障にはまったくかかわら ないという点がある。また、条約上の制度を除けば、個々の人権侵害の訴えが提起される唯一の場である国内裁判所       ︵2︶ では、慣習国際法上の人権が認められるということはほとんど皆無であった。各国の裁判所は、条約上の人権を適用 することはあっても、慣習国際法上の人権についてはぎわめて消極的であったといえよう。したがって、その点で も、慣習国際法上の人権を論ずる実際的意義は少なかったのである。        ︵3︶       ︵姦︶  ところが、アメリカの裁判所は、一九八○年の二つの事件、ミミ蕊篶黛勺§や蜜ミ貸と肉偽ミ§駄爵鉾ミ篭鳶§§ において、慣習国際法上の人権の成立を認める画期的な判決を下すにいたり、国際法研究者の間に多くの議論を呼び       ︵5︶ 起こした。とくに慣習国際法上拷問が禁止されることを明確にした凄ぎ轟む黛は、、ξ織黛の誉鷺によっておくれ        ︵6︶ をとったアメリカ国際人権法の発展をとりかえすほどの意義を有する判決と評され、さまざまな角度から盛んに検討       ︵7︶       ︵8︶ が加えられている。国内裁判所における慣習国際法上の人権の適用という問題が俄然注目を集めたのである。  そのなかで一つの重要な論点となったのは、特定の人権がいかにして慣習国際法上の人権となるか、また、そのこ       ︵9︶ とがいかにして立証されるか、という間題である。この間題が興味を引くのは、その解明が人権保障の実践的な課題

    東洋法学       三四三

(5)

    人権と慣習国際法      三四四 に役立つというよりも、﹁国際法の理論、とくに法定立プρセス︵欝頬白躊純夷鷺08邑について興味ある論点を提起         ︵鐙︶ しているからである。﹂すなわち、本来普遍的志向性の強い人権というものが、いかなるプpセスを経ることによっ て条約上のものから慣習国際法として普遍的な効力を得るのかという問題である。これは、現在盛んに議論されてい る条約と慣習国際法の関係というテーマに直接結びついている。  本稿は、こうした問題関心から、最近のアメリカ判例が提起した問題点とそれをめぐる議論を取り上げる。とくに 人権の慣習国際法に関する成立要件や立証方法の間題が中心となる。この間題を慣習国際法の理論一般との関連でど う理解するかが重要な論点である。また、間題の性質上、国内裁判所における国際法の適用にかかわる問題にもふれ ることになる。これによって、人権の慣習国際法のもつ意義が明らかになろう。 ︵1︶ ︵2︶

((

43

))

暮のOO一旨○︷2︶一︶の鉱ω8H葺①ω①8&Ω8巳江諮連ミ篭暗貸鉾㌧§㌣等ミ禽 む國纂、一ピ。αq巴ζ黛醇莚。 ているが、それを承認したといえるほどのものはない。C巳け巴ω欝8巴霞。葺○惹注§一︷葺葺。¢鉱僧aω蒙霧ω魯導葺aε  後にみる康ミ註お亀事件に提出された国務省の寒①30鶏巳瓜ヨでは、慣習国際法の人権に関係する若干の判決が挙がっ ては、ナミビア勧告的意見のアムーγ裁判官の個別意見ト9ト肉愚ミ勘お謡︸簿“野  人種差別禁止については、南西アフリカ事件の田中裁判官の反対意見ト9ト肉愚ミ跨這09簿8学総・自決権につい 駐①G o9 簿8鱒ー黛 ︵おo oO︶[ぎ邑轟︷g獲畠&霧凄ミミ鈷貸竃①影○箏&門弩]。  ①G。O搾ω餌c o蕊︵⑩αOぎちG 。O︶書損害賠償に関する判決は、αミ轡響署.o 。8︵りPヌK・おc。僻y  O8悌ω毛℃●刈oo刈︵P頃震り一りoQOy貸受、駄§ミ書、偽\ミ醤§偽さ謹ミ●沁ミ、磁ミヤ幣ミ糞醤織簿§ミ築ミ醤8きO総労 鱒α罷c 。ω︵ε島Ω㌘るc o一︶。

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︵5︶ O刈︸ρ︾・一総・ω箋︾⑩α餐一︵お8y貸受、みG 。o。Ω誉笛島謡o。矯鱒蕊簿⑩餌①嵩︵一〇躍y︵国連憲章の人権関係規定     はωΦ一→窪89帥轟でないと宣言した。︶ ︵6︶裳ぎF∼謹暮賊鳶簿鷺ミ&賊§ミ殿ミ醤§達偽,蕊砺卜§きb§更蹄9ミ3総Ω算ぴ﹂んの<﹄爵c。竃︵お。。①y ︵7︶ ここでは主に参照したものだけを挙げておく。ω冴3やo o鼠嘗貧8、箋禽ミ\ミ詠騒ミ§ミミ∼ミ鮎ミミ焼§ミ緊軸§§    肉む蕊勉Oミ誉乳S鳶遷賊§§轟qミ誉毎這亀纂、這凄、ミ触茜貸き㌧§箏守ミや8夢糞囲纂、一野8認︵お。 。一︶,    O.N邑=勲∼ミ賊蔑§ミ却愚§箋黛ミ発\ミ§ミミ偽qミ塁∼蕊偽ミ禽賊§ミト§㎏9一.戸一一﹂卜葬く●一G。①︵這c。一︶,9蓉鷺葺ヤ    ↓ミミ慧禽貸Sミ味きミ。ミ織§気、ミ鳴ミQ織§匙卜§”凄Nミ艦鈷貸きヤ§や誉ミ3G。G 。も 。酔き。じ評く。ω認︵這o 。一︶    穿露酵鋒9。諦民霧Oo箏馨昌↓ミ誉ミ禽貸§篭]’○§墓欝、蕊箋糞織§ミト§§織鞘黛ミ§艶茜蕊的 遷賊§    Sミ味O§議q戴幾恥。。9角9㈱鋸亀師凄Nミ蝋醤黛§㌧§今守ミ&8鼠ぎ鐸ダ罐く﹄零︵お。 。鱒y ︵8︶9浮ぴ防愚ミ8冨9暮ω。ωよO。。◎ゆ貰一βO・辱9<。窒知・。。①嘗霊β詠慧ミ§§亀\蕊鳴§§◎糞∼履ミミ§肉尉ミの    ト§き防ミ鷺§織隷魯・ミ9ミ貸一。 。凝解ぎけ.一じト器辞G。嶺−器︵お。 。ω︶響ω9琴のぴ窪β§鳴肉蔦ミ、8息ミ量皇    9賎§ミミ、随≧ミミ的蔑㌔§ミ∼蕊鳴§ミ鰍ミミ9§o。鯨8箆葦トぎδ、μび﹄G 。O︵おc 。き 。y29ρ9戴。§§職O§偽ミN    ︾、暁§愚禽毯♂ミ§蔑∼蕊零、ミ禽凡§ミトミミ醤詠§誉§隷亀象、&9§3G 。ω9ゲr葬く。蕊﹃刈㎝緊①G 。︵ぢG 。ω︶    [一鋒鉱塁翫罵。箒傷霧ZgρO§蝋◎昆・Zgρ椋鳶添特黛魯§§皇∼義軸§§。蓉∼窺ミ醤§肉お蕊⇔鉢薦黛壽蕊きq戴誉叙    砺ミ翁9ミ誘“9§ミミ史\戴塁ミ職§ミト§∼§ミ鳶ミ蝋民帖義。詠壽誉§象§G・誉い§、。 。聾8ε醤︸﹂馨、︸ピ●    8刈︵お。 。鱒︶9の箆惹︷毎9a鶴ωZ・5>慧N§職§]●Z・β肉尊禽q鰍薦導⑩9§§§、完厭議驚§§§ミい§馬瞭寂ミ§    霜鈷鳶物き肉箋恥ミN9ミ斜建9劉r短く﹂讐︵おo 。O︶9塞ぎ︷鐸身&餌のZo5肉ミミ織麸︾ ︵9︶浮嘗5汐σq7ω魯貧9ω蝕葺9馨鈴&罫響芭ω窪H纂①護蝕・葛一導≦峯命器︵凶&卑お。 。刈︶では鞘ミミ鷺を    素材に、慣習国際法の立証に関して多くの問いがたてられている。 ︵m︶o D。ぎ。鐸k蕊鳴遠§§ミト§ミ醤↓ミミ黛§織㌧ミ駐3嵩。 。評8①協留ω8庭ω︾ω巽︵這。 。㌣<︶。 東洋.幽法学 三四五

(7)

人権と慣習国際法 三四六 二 人権と慣習国際法をめぐる議論  国際法上国家はその領域内においては排他的な管轄権を有する。外国人を別とすれば、領域内の個人の取扱いはも       ︵猛︶ っぱらその国の国内問題である。その取扱いは国際的な規制を受けないというのが伝統的な国際法の立場であった。  国際人権法の発展はこの伝統的な立場を大きく変えつつある。それが本格的な進展をみせた第二次大戦後におい て、世界人権宣言を出発点として各分野で締結された人権保護のための条約は、国家がその領域内の個人に保障すべ き人権を定め、その実施を確保するための手続を用意している。国家が人権を扱う条約を批准している場合、条約が        ︵捻︶ 特定する範囲では人権問題はもはや国内管轄事項とはならないのである。        ︵欝︶  こうした国際人権法の発展は、あらたに慣習国際法上の人権という間題を引き起こした。人権に関する条約は、国 連等の国際機関や国際会議での人権に関する決議とともに、人権の保障に関する諸国の法的確信を反映するものであ り、その確信は諸国の実行のなかに定着して確立した慣行となり、慣習国際法上の人権に結実したという見解が示さ れるにいたったのである。この主張が意義をもつのは、条約がその本質上当事国の聞でしか効力をもたないのに対        ︵翼︶ し、慣習国際法はすべての諸国で適用されるからである。すなわち、条約上の一定の人権が、慣習国際法となること によって、すべての国の個人に保障される普遍的な人権の性格をもつのである。  しかし、慣習国際法上の人権に関しては、その成立に否定的な見解もかなりみられる。それにはさまざまなレベル や角度のものがあるが、大体次のような見解に分かれよう。

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 第一に、諸国は、その社会的・経済的体制、とりわけ宗教の相違があるため、人権問題に関して真に合意すること        ︵妬︶ はありえず、普遍性を有する人権の国際法が成立する余地はない。  第二に、国際人権法は決議や条約を通じて発展してきたが、決議は法的拘束力を有せず、条約も十分な制度的保障 をあたえていないため、諸国の人権侵害の事実は跡をたたず、人権の尊重が確立した国家実行になっているとは言え  ︵蔦︶ ない。  第三、慣習国際法は国家間関係の原則を定めるものであり、個人の権利義務を直接に創設するほど発展し、明確な       ︵1 7︶ 内容をもつものは稀である。  このうち、慣習国際法の本質に関連して、とりわけ見解が鋭く対立するのは、人権侵害の事実が慣習国際法の成立 に及ぼす影響についてである。        ︵18︶  慣習国際上の人権を徹底して否定する側の主張を要約すると次のようになる。   国際社会には国家を超えた制裁の仕組みが存在しない。したがって、その実現は究極的には諸国の自己抑制に依   存している。この自己抑制は、現実に行なわれている実行が将来もつづけて遵守されるべきであるという信念に   よって生じるものである。それゆえ、国際法はまず事実に基づかなければならない。この点、国際法は、つねに   その規則や概念のなかに法と現実の間の十分に密接な関係を確保する仕組みを取入れてぎた。これが慣習法の本   質である。しかし、人権の問題について、条約、決議、さらに学者の見解に現われる規則は、国家の現実の行動   には基づかないぺ⋮パ⋮・ルールにすぎない。こうしたル⋮ルに基づく慣習法は、それを強制する超国家的な法

    東洋法学      

三四七

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    人権と慣習国際法       三四八   制度がない以上、実効的ではありえない。国家による人権無視・侵害の絶えない現実をみると、リアリティ.ル   ⋮ルは存在しないといわざるをえない。  確かに、慣習法は、現実に繰り返し行なわれている事実から規範意識が生まれることによって成立するというのが 伝統的な理解である。慣習が法と現実をつなぐ役割を果たしてきたという指摘の妥当性は否定しえないところであろ う。決議や条約に基づく慣習国際法上の人権は、その意味では、慣習という言葉で理解される外観を備えていないの である。        ︵1 9︶  もちろん慣習国際法上の人権の成立を積極的に支持する側からは反論がなされる。人権侵害の事実のみに目を奪わ れることなく、国際社会で形成されてきた規範意識の重要性を正しく認識せよ、という主張である。それは、次のよ        ︵20︶ うな国際法定立プpセスの考え方を伴っている。   新しい国際法定立の様式は、これらの︹国家実行の重要性を強調する︺伝統的な考え方と対照をなしており、二   つの前提に基礎をおく。第一の前提は、国際条約、宣言および決議は国家実行の高次の形式であり、それらの存   在は公認されていない違反行為の重大さを緩和するということである。伝統的な慣習法がまず第一に国家官吏の   物理的行為に焦点をおいたのは、諸国が調整のとれた形で慣習法を発展させることのできる国際的な場が歴史的   に欠けていたからである。しかし、現在では、国連のような国際組織の存在によって、慣習法の形成過程は変容   したと考えられる。第二の前提は、諸国は、世界秩序への共通の期待を明白に形式にのっとった、かつ合意のと   れた様式で表明することにより、慣習法を形成することができるということである。

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 この見解の対立は、人権と慣習国際法をめぐる問題の所在を明らかにしている。それは、慣習国際法の立証にあた って条約と決議をいかに評価するか、そして、実際の違反の事実に対して、条約と決議にどれだけの重みをあたえる か、という点である。本稿では、アメリカ裁判所がとった態度をみながら、この問題を中心に検討を加えていくこと にするが、その前に、これまで各国の裁判所が慣習国際法上の人権をいかに扱ってぎたかをみておこう。 ︵U︶ ︵12︶ ︵13︶ ︵超︶ ︵拓︶ ︵超︶ ︵∬︶ ( 18 )  例えば、盟紹澄詳↓ぽ國簿。旨蝕○髭一頴矩亀国賃糞導菊蒔ゲ諾一命嶺︵這o。o  切凱oユざい餌類○厩之無δ霧8一︵O魯①飢●一8ω︶9 。︶●  奴隷制と人種差別からの保護を含む、人間の基本的権利に関する原則から生ずる義務は普遍的︵⑦茜鋤oヨ需ω︶な義務であ る、という国際司法裁判所バルセ・ナ・トラクシ糞ソ事件判決は、基本的な人権が一般国際法すなわち慣習国際法になって いることを示している。卜9ト肉愚ミ鳶おざ︾讐G oきo’  ω。訂葺9恥愚ミ88一ρ簿G oG 。群ω魯88﹃は、第二の理由として、﹁慣習法における人権の承認は条約の非当事国ばかり でなく条約の当事国についても、条約に規定されていない国際法上の救済に依拠することを可能にする﹂と指摘している。  例えば、98♂捺↓書蕊黛q蕊器為ミ∼蕊鳴ミ禽焼§ミト窺ミ、おo。窃O碧・ざゆ﹂纂.一い●ω︸跨算嵩山璽  ≦餌誘Op卜鵡ミ↓謹ミy塁ぎ§黛貸醤駄ズミ匙篤量きき鳴b塁魁息送偽這も、鴫黛ミ貸醤肉斜鳶防≧ミミ勉誉㌧蕊簿醤&焼§& 卜“3這邉q。昌’炉肇①8・い§ρミ禽⇔映ミ嘗%ξOミ鴨ミミ§誘”卜黛ミ、ミ薯き恥蚕ミミト轟ミOミ幾㌔ 憲2●ド ¢●トH馨、剛戸や℃○野器り︵おお︶●  ↓ま禽蔓℃9欝ぴΦ8Fω貨く蝕β90欝一簿。き毘○ぎ一2票。鵠ω︵骨。α。おo 。蒔ソ山本草二﹃国際法﹄︵有斐閣、一九八 五︶七五頁でも、国際慣習法については自動的執行力のみとめられる法規︵主権免除、・戦争犯罪責任など︶は、ごく稀にし か例がないと指摘されている。  ≦跨ωoP簑昼ミぎ8一9餌酔O鵠山9

 東洋法学      

三四九

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( 19 ) ︵20︶  人権と慣習国際法       三五〇  ご ﹂ξ欝節ω鼠嘗嚢 。箆詑簑特、黛琴雷8 繋おーo o斡 ωo訂goご簑辱ミぎ器一9 簿G ooo一鐸目bo●ご.言2ρ↓ぎqo§愚艦亀黛§“濤肉む鳶匂き㌧蕊鳴ミ貸職§ミト犠30 0笛OO酬r菊の<。一津O︵おo o鱒︶。208毎辱黛鰍翁畿§、簑辱ミぎ富o o︸2讐命一㎝● この論争については、最上敏樹﹁平和研究と国際法学の結節点のための覚書⋮人権論を中心的素材としてー﹂社会科学 ジャーナル︵国際基督大学︶二二巻二号︵一九八五︶、五二ー五六頁。  ωご糞節幹①鐵訂巳舘簑特、黛琴富82お◎ 三 国内裁判所と慣習国際法上の人権  最初に述べたように、凄ミミ鱗貸や肉ミ醤§魯畿は、国内裁判所で慣習国際法の人権が認められたはじめての事件 であり、それ以前は、国内裁判所で直接適用されるぎわめて限られた慣習国際法の規則のなかに、人権に関する慣習 国際法がふくまれるとは考えられていなかった。  しかし、人権国際法の発展は、個人が慣習国際法上の人権を国内裁判所で直接援用しうる可能性をあたえている。        ︵然︶ 例えば、西ドイッの連邦憲法裁判所は、一九七七年に主権免除の問題に関して下した判決のなかで、﹁現代の一般に 承認された国際法の原則のなかに、国際法自体が直接に私人の権利義務を創設する法規則はごくわずかしかふくまれ       ︵22︶ ていない﹂と指摘した際、これは﹁人権の最低基準の領域﹂を除いた場合のことであると述べた。つまり、少なくと も最低基準の人権については、個人が国内裁判所で直接主張できるということである。この判決は、何がこの最低基 準の人権にふくまれるかについては明らかにしていないものの、慣習国際法上の人権の成立の余地を認めたものとし          ︵23︶ て注目されたのである。

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 慣習国際法上の人権を認める国内裁判所の判決が皆無であったということは、その問題がまったく国内裁判所で争 われたことがないというのではない。数こそ多くはないが、各国の裁判所は慣習国際法上の人権に関して審理を行な ってきている。ただ、いずれの場合も、その適用に否定的な結論におわったのである。凄ミ嵐磁貸や、偽§§織爵と 同じ時期の他国の判決でその理由をみてみよう。  第一に、国際法の国内的実現のためには国内法への変型が必要とする変型理論を採用する国の裁判所では、慣習国       ︵24︶ 際法上の人権の直接適用は認められない。一九八○年のインド最高裁の判決はこの例である。事件の争点は、契約上 の債務不履行を理由とする債務者の拘禁を認めているインドの法律が、憲法および国際法に反するかという点であっ た。この問題について、インドも当事国である﹁市民的及び政治的権利に関する国際規約﹂︵以下、自由権規約︶の        ︵%︶ 第二条と世界人権宣言への言及があった。判決は、まず条約の適用について国内法への変型が必要であると述べ、 それにつづいて、﹁国際法一般の違反の救済は国家の裁判所においては認められない。というのは、国際法は、その 影響力のもとで現実の立法が行なわれるまではそれ自体では国内法上の拘束力をもたないからである。﹂という先例   ︵麗︶ を挙げた。これは変型理論の立場を表現したものであるが、これによれば、たとえ慣習国際法上の人権の成立が認め られたとしても、それを規定する国内法が制定されないかぎり、個人が国内裁判所でそれを援用することはできな い◎  第二に、争われた人権が、慣習国際法上十分に確立したとみなされる段階にいたっておらず、一応の検討は行なわ       ︵27︶ れるものの、その成立が否定される場合である。この典型的な例は、一九八○年にカナダ・アルバータ州の裁判所が

    東洋法学      

三五一

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    人権と慣習国際法       三五二        ︵28︶ 下した公務員のストライキ権に関する判決である。アルバータ州の公務員の労働組合は、公務の大部分におけるスト ライキを禁止したアルバータ州の法律が条約と慣習国際法に違反すると主張した。裁判所は、世界人権宣言第二三 条、ヴェルサイユ条約第二二編、国際労働機関︵ILO︶の八七号条約その他の文書および報告書、﹁経済的、社会 的および文化的権利に関する国際規約﹂︵以下、社会権規約︶を検討した。その結果、公務員がストライキ権をもつ       ︵29︶ とする慣習国際法は存在せず、したがって、アルパータ州の立法は国際法に反しないと結論した。  一般に、国際法で保障される最低基準の人権は、各国の憲法にも規定されており、また、人権関係の諸条約の当事 国であればその条約の適用によって保障されるから、慣習国際法の議論がでてくることは稀であるゆ結局、慣習国際 法の議論は、その成立がかなり疑わしい人権をめぐって行なわれることにならざるをえない。しかし、各国の裁判所 は、もともと慣習国際法の適周には消極的であるから、多少でも疑わしい人権についてその成立を承認す呑ことは考 えられないのである。  アメリカの裁判所も、慣習国際法上の人権の適用にはかなり消極的な姿勢をみせてきたし、また、現在でもそれは 続いている。  第一に、例えば、鞘ミ篭磁黛の連邦地裁が、後述する≧凶窪↓o辞ω憲葺のの適用上、﹁国際法︵一9毒鉱霊ぎ器︶        ︵3 0︶ は国家の自国民の取扱いに関しては規制しない﹂という見解にたっていたのはそれを示している。       ︵雛︶  第二に、これも後に検討する矯§o魯↓象O狭§辞卜&達毬﹄ミ竪肉愚§ミで、﹁国際人権法が私人の連邦上の訴        ︵32︶ 権を創設すると解釈するのは、人権の救済に関する諸国の合意のレベルを誇張するものである﹂という見解を引用し

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︵33︶ たのもその現われである。        ︵3 4︶  第三に、最近の歳§審∼黛﹄適黛ぎ蔑偽に示されているように、そもそも慣習国際法は私人に訴権を与えるもので はなく、したがって、個人がアメリカ裁判所で慣習国際法上の人権の救済を求めることはできないという考え方すら みられる。  しかし、一方、慣習国際法に関しては、憶鳶ミ鷺歳&§氣以来の確立した原則がある。すなわち、﹁国際法︵箭薫 9暴ぎ湯︶は、わが国の法の一部であり、これに由来する権利の諸問題が法的手続を経て判決を求めるために提起 された場合には、国際法は、常に正当な管轄権のある裁判所によって確定されなければならない。このために、条約 および規制する行政の決定、法律︵8鼻3痒面賃9鼻一奉o=囲邑呂お8衿︶または判決の存しない場合には、文明 国の慣習または慣行が求められなければならず、その証拠として多年の研究および経験によって、取り扱われる問題       ︵35︶ に特に精通している学者や研究者の著作によらねばならない。﹂この原則に従えば、人権の場合であれ、証拠によっ       ︵36︶ て慣習と確認されれば、アメリカの裁判所で個人がそれを援用することは認められることになる。  まさに、この解釈にたって慣習国際法上の人権を認定したのが凄ミ試む貸の連邦控訴裁と肉ミ蓉ミ岱の連邦地裁 であっ発  ︹鞘ミ蕊鷺事件︺ この事件は、パラグアイ市民である原告窯Nミ識讐が、パラグアイ国内で息子が受けた拷問 とその結果の死を理由として、同じくパラグアイ市民で当時警視総監︵営巷98サ○窪①邑︶であった㌔§や∼ミミ を相手どって損害賠償の請求を行なったものである。原告は、管轄権の根拠として、≧一窪↓○慧ω富一葺。︵鵠qψ

    東﹄洋法学       三五三

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    人権と慣習国際法       三五四 ρ費o 。9︶を援用した。この法律は、国際法︵鼠≦9霊蓼霧︶に違反する不法行為︵8εにかぎり、外国人が連       ︵3 7︶ 邦裁判所に訴えるのを認めるものである。そこで、拷間が国際法に違反するかが争われた。  裁判所は、拷問を禁止する慣習国際法の成立を認定したが、その際に次のような証拠を検討した。国連憲章、世界 人権宣言、自由権規約、米州人権条約、欧州人権条約、拷問等禁止宣言、各国の国内法、当該人権の実施状況、さら にこれらを補足する学者や国務省の見解である。これらに基づいて、裁判所は、﹁被拘禁者に対して国家の公務員が        ︵38︶ 行なった拷問行為は、人権に関する国際法の確立した規範に違反し、それゆえに国際法に違反する﹂と判示した。 しかも、﹁民事責任のうえでは、拷間を行なう者は!海賊や奴隷商人と同様ーすべての人類の敵︵ぎω蓼ぎ箏き一         ︵3 9︶ αq o奮器︶となっている﹂と指摘している。  ︹笥ミ蓉ミ舞事件︺ ︸九八○年のごく短い期間に何万という規模で渡って来たキュ⋮パ難民の︸人である肉馬下 ミミ禽は、アメリカ出入国法の入国拒否事由の一つである、背徳にかかわる犯罪︵唐R巴賞も巨留︶につきキュー パにおいて有罪宣告を受けた者と認定されたため、退去強制を命じられた。しかし、キューバの側に受け入れる用意 がないということで、肉軸§§織禽は収容所に拘禁されたままの状態となった。この拘禁期間は、裁判の審理の時点 ですでに六ヵ月以上に及んでいる。肉恥§§魯Nは、その拘禁が合衆国憲法修正第五条︵デュー・プロセス︶と第八       ︵如︶ 条︵残酷で異常な刑罰の禁止︶に違反する旨主張した。  判決は、アメリカ出入国法が、退去強制の際に認められる拘禁期間を六ヵ月と定めていることから、退去強制の見 込みのないまま、すでに六カ月を超えている拘禁は恣意的拘禁にあたるとしたが、悔軸ミ§駄禽は入国を認められて

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       ︵岨︶ いない以上、法的にはアメリカ国内にいるとはいえず、アメリカ憲法の保護下にないと結論した。  そこから、裁判所は国際法の検討にすすんだ。霊ミ嵐む貸と同様、国連憲章、世界人権宣言、自由権規約、米州人 権条約、欧州人権条約、学者・政策担当者の見解が証拠となり、恣意的拘禁の禁止が慣習国際法上の確立した原則で         ︵42︶ あることが認められた。したがって、、偽§§魯鼓の拘禁は違法であり、それを終了させるための措置をとるよう命        ︵4 3︶ じる判決が下されたのである。  両事件は、それぞれ事件の特異な性格のため、憲法をはじめとする国内法が適用できない状況にある。また、アメ リカは主要な人権条約を批准していないため︵両事件で援用された条約は国連憲章を除きいずれも未批准︶、条約も 適用されない。しかも、争われているのは、身体の自由に直接かかわる基本的人権である。こうした条件がととのっ たため、慣習国際法上の人権の適用が実現した。  この二つの判決以後、アメリカの裁判所では、人権に関する慣習国際法を争点とする訴えがいくつか出されてい る。それらは、ミミ諫畿晦貸型と、恥§§織岱型に分類できる。        ︵44︶  定隷試む黛型は、外国で生じた人権侵害によって蒙った損害に関して、≧一9↓o簿ω憲縁Φを管轄権の根拠とし て、アメリカの裁判所で損害賠償の請求がなされる場合である。この例は、震§o魯↓寧O誌蕊黛鳶曾§﹄ミ魅   ︵錨︶      ︵鴻︶       ︵解︶ 肉愚§§のほか、曇§駄亀鉾>試§き3象§蕊㌣穿黛§器黛肉轟§である。  鳴ミ醤§魯捜型は、アメリカの市民または外国人が、アメリカ国内で連邦あるいは州の政府の措置によって人権侵害       h48︶ を受けたとして訴えを提起する場合である。この例は、箒薦詠識§OミN緊§肉駄§黛織§史識偽&軸§樽卜黎鳴§鉾

    東洋法学       三五五

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    人権老慣習国際法       三五六    ︵紛︶        ︵50︶ ミ§⇔§︸∼§醤黛≧戴も。§である。  これらの事件では、結果が否定的であれ肯定的であれ、ともかく慣習国際法の成立の有無が検討されてきた。 では、そのいくつかの判決を取り上げ、慣習国際法上の人権の立証に関する問題点を検討する。 以下 ︵飢︶ ︵22︶ ︵23︶ ︵%︶ ︵25︶ ︵26︶ ︵27︶  &ω<①篤O膨ω霜︸︵鱒じ ごく窯一\“9Uo8欝び費一ω︸這ミ︶●  ∼ ド簿ω留転  墨、ミ識鷺竃昏・欝注償夢簑特ミぎ窪㌍霧8ドなお、その後、西ドイツの連邦憲法裁判所が﹁人権の最低基準﹂にふ れた例として、Oωゆ<&○国器紳G 。零山o o︵霞黛ミ︸這o 。ωyほかに、拷問の禁止に関して、スイス最高裁判所の判決を参 照。器りωO麟守謹︸§︵鎧攣旨︸這ooG oy  \。ミ曾ミ鷺索ミ窓偽鷲鐸切§神&08建き>﹂。菊こ搭o。O留賓婁ゆOo仁誉鳶9器噂旨$αぎ8H&響︸●ぎ砂.一い Go曽︵おooO︶●  国亀.讐o o器−漣。  ㌧輿鶏ω認i謡︵図ミや、黛○黛§ミ切黛暮h幾、這8図Rピ弓889 。け8一︸Oωω︶●  わが国では次のような問題がある。公務員の争議権︵最大判昭和四四年四月二日・刑集二一二巻三〇五頁︶、政治亡命者の 不法入国不処罰︵神戸地判昭和四五年二一月一九艮・判例タイムズニ六〇号二七三頁︶、迫害の待つ国への政治難民の不送 還︵東京地判昭和五二年一〇月一八葭・行集二八巻一一〇二頁︶、住民の国籍選択権︵東京高判昭和五五年六月一二日・判 例時報九六九号三頁︶。  なお、政治犯の不引渡しは人権の尊重の立場からも慣習国際法上の原則とするのが妥当とした伊秀吉事件︵東京地判昭和 四四年一月二五日・行集二〇巻二八頁︶および柳文卿事件︵東京地判昭和四四年二月八日・行集二〇巻二一三四頁︶があ

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  る。しかし、いずれも取り消された︵伊秀吉事件については東京高判昭和四七年四月一九日・訟務月報一八巻九三〇頁、さ   らに最判昭和五一年一月二六日・民集二七巻一五頁、柳文卿事件については東京高判昭和四穴年三月三〇日・行塞ご悪   一二六一頁︶。 ︵28︶ 肉恥転魯、ミq蕊§隻㌧ミ蔑§蔚N肉ミ黛o聴8“ミ↓ぎ○きミ醤誉鴻暗鳶気蕊曾適禽一8P鮒押︵ωユ︶紹O︵這o oOy   貸鞭.織窃OO・じ罰︵co飯︶一3︵搭o 。一y本件に関しては、望魏魯↓ぎ噛蕊鳴§&帖§匙㌧さ誉&§隻↓ミ魯q這§沁む鳶質   >O氣§無黛蕊O竈鮎の誉織ド罷○け鑓≦鋤い●菊薯・一8︵おo o一︶。 ︵29︶ 一8P戸客︵ωα︶讐8廿 ︵3 0︶ 連Nミ蔑鷺黛㌧§黛丸ミミ㌧29お61緯8鼠Φ導o毒鼠償奪鋤&9山R讐斜︵醤.O●客K●竃亀一9這お︶︸魯&ぎωごき   節ω鼠嘗貰8簑辱ミ888p 。辞鰹●なお、b\塁\§黛竃醤蕊§神では、﹁国際法の違反は、侵害された当事者が行為国の   国民であるとぎには生じない﹂とされている。紹戯男boα認”巽︵鱒餌Ωびお鵠y ︵雛︶ ⑦霜肇ω巷マ0蕊︵UgPρ這o o一︶︸黛蚤.み謡O男的α“課︵PρΩン這o o藏y愚鐸軋§鴛み一80 0.9●一ω鰹︵這o oαy ︵3 2︶ Oo奪導。馨ヤ8ミ誉鳶霧貸8ミひ⇔愚ミぎ窟8雲ω零● ︵33︶ αミ男●ω彊署.総O● ︵鈎︶ 8一賢ω琶マ建譲”に鴇︵Pρ9圃。おo 。㎝y︵第二次大戦中ユーゴスラビアのユダヤ人がドイッの偲偏政権から受けた   生命・財産の侵害に関して損害賠償を請求。裁判所はジェノサイド、拷問、奴隷扱い、宗教的差別の行為が人道の諸規則に   反することは認めたが、国際法は原告に訴権を提供しないと判示した。︶ ︵35︶ ド謡9ψ①ミ”80︵一80︶。 ︵36︶ω号器。げ窪β防愚ミき富ooい讐o 。8では、慣習国際法違反を申立てる私人の訴権の存在は、その規範自体の内容から生   ずるとされている。また、ある慣習国際法の規則が国内裁判所で執行できるか否かについては、条約が。 。象あ遂。暮一夷であ   るか否かを決定する際に用いられる基準が︵多少の修正を加えることにより︶利用でぎると指摘している。なお、アメリカ   裁判所が、慣習国際法を適用するにあたって払ってきた配慮については、竃○茜馨、§融§ミ蹄黛識§皇○§むミ“遷、蕊簿8

   東洋法学      

三五七

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人権と慣習国際法 三五八 ミ織§ミト黛ミ”迅醤鎖傍む蕊翁N、塁愚8織竃、嵜K鉱①︸●H馨.一野①ω︵おo o“︶● ︵37︶ ︵38︶ ︵39︶ ︵如︶ ︵駐︶ ︵42︶ ︵姶︶ ︵必︶ ︵45︶ ︵46︶ ︵響︶ ︵娼︶  ①O oO轡鱒鳥跨o o刈Φーc o︵︶,  ∼罫緯Q oQ oO●  ﹄釧魯o o8・  08男ω巷℃.簿“Goo o−o

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 ミ・鶏謡穿控訴裁では、国内法の規定からき§§魯Nの拘禁の違法性を認定しており、慣習国際法には直接ふれていな い。しかし、国内法の適用にあたって、慣習国際法の基準を利用している。ざ辱暗§学隷§負ミ慕黛ミ職鳶諜§、①鰹肇鱒伍 讐る8●この点は高く評価されている。窯壁汐8∼、這塁㌣織き領き恥O§匂蕊ミ軌§騨↓謹q器亀、蕊篤ミ&賊§鼠矯黛§§ 肉む鳶恥≧ミ§♂㎝類仁き。男梓ω●90 0刈︵鐙o oo o︶り  q8︾ω巷マ簿お⑦占o o●  ミ。繋。。8膨  鵠¢ψρ㈱富8は﹁地方裁判所は、国際法︵一暑9轟臨o誘︶または合衆国の条約に反して犯された不法行為にかぎり、 外国人による民事訴訟の第一審管轄権を有する﹂と規定する。この法の解釈については見解が大きく分かれるが、これは管 轄権の問題であり、本稿に直接関係しないので、この点にはふれない。次の論争を参照。添閃ミミ薄ぎ畦b8句↓騨♀§ 壇ミト§聴諺おぎ聲︸﹂づけ.一野S︵おo 。・yなお、外国国家を被告として訴えを提起する場合は、頃○邑αq⇒留捲鉱αq鵠 ぼ導毯獣窃︸8鵠9幹ρ誘一ωω9お8轟①津も管轄権の根拠として援用される。例えば、↓魯9睾について、αミ瀬 ω巷℃。90ふO。  q嵩労ω鎚箸。㎝蕊●  Φ2φω麟箸伽一餐一●  ミO男.淫8bo︵PρΩびおG oO︶●  8一肇ω琶掌㎝置︵9P↓巽.一〇〇 〇〇y貸談、駄黛ミ愚ミ∼竃§驚ミ●︵警プΩ磐おo o一︶”黛蚤.織裟貸§ミミ翼箋黛bo鳴●

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 戯宅O。ω。8鱒︵おo o鱒︶。 ︵犯︶ 8“男ω唇マ峯ミ︵POo琶・這ooOy§&徽艦民①縁搾淫8︵淫9誉這o o一y ︵5 0︶ ⑦禽労ω巷︾Oお︵幹P匹ゆ.おo o鱒︶︸鶏蚤、駄嘗旨註§織壕§.織誉曾、さ譲一舅﹄阜置脇︵犀魯Ωびおo oω︶”§ω§傍ω民  鷺可ミ∼貸ミ、ミ.織き特辱び醤刈男泣Q宅︵一一夢Ω磐這oo戯︶︵窪げ弩o︶︸黛蚤、斜麟謡¢.ω。ー℃一899●ー●  o o①r団儀●淫①総︵這ooαy 四 アメリカ判例の検討  ① 慣習国際法の成立要件と証拠  慣習国際法上の人権を論ずる場合、まず明らかにされねばならないのは慣習国際法の成立要件、つまり、ある人権 が慣習国際法上確立したものになったといいうるにはいかなる要件を満たせばよいか、という点である。  ここで取り上げる各判決は、慣習国際法の成立要件についてさほど詳しく論じているわけではない。簡単に﹁文明       ︵駐︶       ︵52︶ 諸国の一般的同意﹂とか﹁諸国の広範な実行﹂といった基準にふれているだけである。ただ、この基準はかなり厳格 なものと理解されている。箋Nミ畿鷺判決は、﹁ある規則がすべての文明諸国を拘束するようになるには﹃文明諸国 の一般的同意﹄を要するという要件は厳格なものである﹂と指摘し、﹁もしそうでなければ、 一国の裁判所は、国際        ︵53︶ 法を適用するという名目のもとに、他国に特定の法的規則を自由に押し付けることがでぎる﹂と述べている。  テ霧行為の違法性が争われた↓寧O襲§控訴裁のω○鱒裁判官は、テp行為の禁止とは違って、凄ミミ鷺で争点 となった拷問の禁止は、数多くの条約や宣言に具現された原則であり、それについては現代の諸国の慣行と実行にお

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    人権と慣習国際法       三六〇        ︵騒︶ いて普遍的な合意があったと指摘している。  次に、この一般的同意を立証するための証拠の問題がある。アメリカの判例では、国際法は﹁公法を専門に著わし ている法学者の著作、諸国の一般的な慣行と実行、国際法︵冨≦無髭ぎ湯︶を承認し執行する裁判判決によって確        ︵55︶ 認することができる﹂とされてきた。ここには、国際法の立証のために利用できる証拠はすべて取り入れるという柔 軟な姿勢がうかがえる。人権に関する各判決のなかで実際に利用された証拠も、すでにみたように条約、決議、国内 法、学者の見解、国務省を含む政策担当者の見解、国際判例など多岐にわたっている。しかし、そのなかで圧倒的比 重を占めているのは、条約と決議である。人権の慣習国際法の立証は、まず条約と決議の評価にかかっているといっ ても過言ではない。そこで、この二つについて、それぞれ別個に検討していくことにする。  ③ 決議の評価  一般に国連等の決議が国際法の発展にとって重要な役割を果たしているのはいうまでもない。世界人権宣言をはじ めとし、人権の分野ではとくにそれが著しい。しかし、決議は、それ自体は法的拘束力をもたないことから、取扱い の難しいものでもある。人権の慣習国際法を立証するにあたって決議はどう評価されるであろうか。  窯ミミ鷺判決は、世界人権宣言を引用した際、﹁国連の諸決議は、憲章の下での加盟国の義務をきわめて明確に定       ︵5 6︶ めているが故に重要である﹂と述べ、それとともに、世界人権宣言が﹁もはや﹃非拘束的宣言﹄と﹃拘束力ある条       ︵5 7︶      ︵5 8︶ 約﹄という二分法になじまない﹂という見解にふれ、国際人権法の発展における決議の役割を高く評価している。  また、判決は、﹁拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰を受けることからすべ

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ての人を保護することに関する宣言﹂︵拷問等禁止宣言︶を重視して、宣言の第一条から第一二条までを註の中で引       ︵5 9︶ 用し、とくに拷問の定義に関する第一条と第二条は本文の中で取り上げている。第二条は次のような規定であ る◎   拷問その他の残虐、非人道的叉は品位を傷つける取扱い又は刑罰の行為が、公務員により又は公務員のそそのか   しによって行なわれたことが証明されたときは、犠牲者は、国内法の規定に基づき、救済及び補償が与えられる。 この規定は、拷間の禁止が国内裁判所での救済をともなう形で確立していることを明らかにするものである。  肉応ミ§賊禽判決も、同様に、拘束力をもたない宣言、決議および勧告について、﹁これらの文書は広く承認された      ︵ω︶       ︵磁︶ 基準を立証する﹂と指摘し、何人かの意見をひきながら、﹁世界人権宣言は国際人権法の重要な淵源に発展してぎた﹂ と結論する。  これに対し、きミ餌鳶§Oミミ誌§肉織ミ&艦§卜慧鷺赴§では、世界人権宣言の規定の効果が否定された。この 事件は、不法に入国した外国人の教育権が争われたものであるが、判決は、諸条約とともに、教育権を規定する世界 人権宣言第二六条の検討を行なっている。その結果、第二六条は、同宣言の第二五条や第二七条と同じく、努力し達       ︵6 2︶      ︵63︶ 成すべき基準を示したものと述べ、慣習国際法の立証にあたっては評価していない。  このほか、決議の評価に関連して注目されるものに、一九五五年の第一回国連犯罪防止および犯罪者処遇会議が採 択し、国連経済社会理事会決議六六三Cで承認された﹁被拘禁者処遇最低基準規則﹂がある。トミ饗黛黛壁犠誤§ で、連邦地裁は、コネチカット州の刑務所における収容の方法︵寝台を二段にした収容等︶について判断を示した

    東洋法学      

三六一

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    人権と慣習国際法       三六二       ︵餌︶ 際、この規則にふれ、自由権規約第七条や世界人権宣言第五条との関連でその有用性を評価した。さらに、この規則 は、かならずしも本件で適用できるものではないとしたものの、﹁国連加盟国の国際社会に対する義務の表明として、 ⋮⋮および国連憲章の基礎のうえに打ちたてられた人権に関する一連の国際法︵慣習国際法を含む︶の一部として重        ︵繍︶ 要な意味をもちうる﹂と指摘した。  ③ 条約の評価  人権の慣習国際法を立証する際、最も重要な証拠となるのは条約である。しかし、人権に関する条約中の規定が、 すべて同じだけの重みをもつわけではない。ある人権規定が慣習国際法になったと認められるには、その規定の性格 が間題とれさる。また、条約の規定が、他の証拠を必要とせず、それだけで慣習国際法の証拠となるかについても、 検討すべき余地がある。  定ミ蕊窓判決は、国連憲章の第五五条と第五六条を引用し、その際、この規定は、完全にの①零露9葺汐αqである       ︵66︶ とはみなされないと述べたうえで、世界人権宣言や拷問等禁止宣言との関連でその重要性を評価している。  さらに、連ミミ鷺判決は、﹁拷間の行為に目をむけると、諸国の現代の慣行および実行における普遍的放棄を認       ︵研︶ めることにほとんど困難はない﹂として、米州人権条約、自由権規約、欧州人権条約を引用した。        ︵6 8︶  肉鳴ミ§織舞判決は、最初に﹁国際法のもっとも重要な淵源は条約である﹂と指摘し、アメリカが多くの人権に関 する国際文書を批准していない点に触れてから、霊ミ轟磁Qと同様、米州人権条約、自由権規約、欧州人権条約を引        ︵㈱︶ 用し、﹁アメリカはいずれの文書にも拘東されないけれども、それらは文明諸国の慣習と慣行の現われである﹂と結

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論した。  これに対し、§薦臥ミ§qミミ薦§肉織§貸識§驚織鴨蕊賊§では、関連する条約は慣習国際法の成立を立証するも のではないと結論された。判決は、最初に、アメリカに適用される条約として米州機構条約を改正する一九六七年の ブエノスアイレス議定書を検討した。その笙三条と第四七条に規定される教育権が問題となったが、とくにその第  ︵70︶ 四七条がアメリカ国内で直接の効果をもつか︵。 隣亀6器。薄陣おであるか否か︶の検討が中心であった。判決は、ω象− 賃9鼠轟の基準として、第一に﹁条約の文言が、締約国の市民に権利または義務を与えることを当事国が意図して いたことを明らかにするものでなければならない﹂、第二に﹁当該文書が不明瞭な場合は、その執行をめぐる事情に 頼ることができる﹂という基準を示し、第四七条の文言を検討した結果、第四七条は8等。 ・象ゐ瓢。葺一轟であると結  ︵質︶ 論した。  また、判決は、国連憲章第五五条、第五六条を引用し、それを具体化する世界人権宣言第二六条の検討を行なった が、さきにふれたように、それは努力し達成すべき基準を示したにすぎないと判示した。さらに、人の権利および義 務に関する米州宣言、社会権規約、米州人権条約、子供の権利に関する宣言︵国連総会決議二二八六︵一九五九年︶︶ を挙げているが、いずれも問題の州法︵不法入国した外国人の教育のために州の財源を利用するのを禁じたテキサス        ︵72︶ 州の制定法︶を無効とするような性格をもたないとした。  以上の条約等の検討の結果に基づいて、判決は、教育権は重要な国際的目標ではあるが、慣習国際法の地位を獲得       ︵7 3︶ していないと結論している。

    東洋法学      三六三

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    人権ど慣習国際法       三六四  条約に基づく慣習国際法の主張が否定された例として、ほかに臼導O蕊§を挙げることができる。この事件は、イ スラエルで起きたテpリストによるバス襲撃事件に関するものである。原告は、この襲撃が国際法とアメリカ刑事法 の両方に違反する不法行為であると主張し、これに関連したとされるリビアやPLO等に対し、損害賠償の請求を行 なった。  控訴裁のωo爵裁判官は、原告が援用した十以上の決議や条約のうち、アメリカが当事国である条約を検討した        ︵74︶ が、その結果、それらは8等ω象6蓉。葺ぎσQであると認定した。次に、引用された条約が国際法︵錨毒9器ぎ器︶ を構成するという原告の主張について、ω○鮭裁判官は、原告は国際法に基づく私人の訴権を立証していないという       ︵75︶ 理由でこれをしりぞけている。その際、次のように述べた。   いずれにしても、これらの文書とその由来をさらに詳細に検討する必要はない。というのは、一般原則として   は、国際法は私人の訴権をあたえないのであり、その原則の例外は、文明諸国がその例外に対して一般的に同意   をあたえているという明確な証拠によって立証されなければならない。  ゆo詩裁判官は、このようにごく簡単に慣習国際法の成立を否定したが、その説明として、この事件と≧ミミ鷺       ︵76︶ の違いにふれている。それによれば、第一に、連ミ愚む黛の被告は公務を遂行している公務員である。第二に、 凄ミミ讐の被告の行為は自国の憲法および法令に反し、政府によってまったく認められていなかった。第三に、 連ミ義讐で争われた拷問の禁止については普遍的な合意があった。私的集団によるテ・行為は、これらの基準から       ︵77︶ はずれるものであり、国際法上の規制が及んでいるとは到底いえないという判断である。

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 このほか、条約の評価に関連する注目すべき論点として、肉鳴ミ§駄爵と∼ミ醤黛≧亀8醤における恣意的拘禁の 禁止をめぐるアプ羅⋮チの違いがある。  肉僑ミ§駄禽における慣習国際法の立証は、ミミミ讐の場合と比較しても、国内法への言及がなく、諸国のコン センサスの存在を裏付けるようなその他の証拠も示されていないため、全体として、もっぽら条約に基づく慣習国際 法の立証になっている。これに対して、ハイチ難民に関する同種の事件である、農毬は違う立場をとった。∼ミ§で        ︵78︶ は、裁判所は、まずく9#Φ一を引用して、国家は外国人の入国を拒否する権利を有すると論じ、原告の拘禁が慣習国       ︵79︶ 際法上禁止される恣意的拘禁であるという主張に関しては、次のように述べた。   ⋮⋮慣習国際法は、個々の条約からばかりでなく、﹁国際関係の領域における多くの諸国の一致した反復する行   動、各々の場合において当該行動が法によって禁じられているとする見解、その時点でその見解に対して異議を   申立てる他の諸国がいないこと﹂︵譲民08P↓竃勺R響9 。濤簿08慧鉱H艮Φ簑呂象鎮ご毘8ぢ8∴O島“①8   ︵おお︶︶からも引きだされる。⋮⋮﹁恣意的﹂が自明の用語であるとは到底いえないにもかかわらず、法廷の友   ︵ゆ且8は、入国を求めている招かれざる外国人の拘禁を慣習国際法の違反とみなすのが現在の国家実行である   と指摘する際に、外交的抗議、国際仲裁裁判、司法判決といった形の証拠を何ら示していない。 この見解は、、ミ蓉義禽が行なった条約だけにょる慣習国際法の立証では、事件に適用できるだけの明確な内容を       ︵80︶ もつ規範の立証はできないと主張しているのである。  しかし、注意する必要があるのは、∼ミ醤と鳴恥§§魯Nでは恣意的拘禁の問題を取り扱う前提が違っている点で     東凡,洋 法 学       一二議ハ五p

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    人権と慣習国際法       三六六 ある。すでに指摘したように、肉鳴ミ§駄農では、アメリカ出入国法上六ヵ月を超える拘禁は違法であり、したがっ て、悔軸§§魯Nの拘禁は恣意的な拘禁であるという判断がなされていた。ただ、入国していない以上、アメリカ憲 法の保護下にないというフィクションがつかわれたため、慣習国際法の適用が問題となった。この場合には、一般的 に恣意的拘禁の禁止を論ずればそれで足りたのである。いわばアメリカ法のうえに国際法が接ぎ木されたような形で ある。これに対し、鳶§では、こうした問題の取扱いはなされておらず、入国の認められない外国人を一定期間を 超えて拘禁することの国際法上の違法性が直接に問題とされている。この場合、引用箇所に示されているように、 ﹁恣意的﹂という用語はそれだけでは自明のものではないから、はたしてその拘禁が慣習国際法に違反する恣意的拘 禁か否かは、さらに条約以外の証拠、例えば、同種の事例における各国の出入国管理行政の検討などによって明らか にする必要があろう。        ︵鋭︶  、鳴§§叙禽と同じくキュ;バ難民に関する事件である特ミミミ舞葡8ミ黛⑦ミ導では、恣意的拘禁が慣習国際 法上禁止されることを認めたうえで、その解釈については、鑑定人である訟①嘗置教授の意見を引用している点が注 目される。  ㈲ 実効性の問題  慣習国際法上の人権の成立については、確かに当該人権を確認する法律文書は存在するが、にもかかわらず、現実 の国家実行においてはそれが頻繁に無視されるという事実が問題となる。人権の成立について、事実に基づいて生成 すると考えられる慣習国際法の観点から検討する場合、人権無視・侵害の事実は、当然慣習国際法の認定に対し疑問

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を生まずにはいない。この問題をいかに考えるかについて、凄ミN織篶判決のなかから、関連する部分をみておこ ろ1o  判決は、拷問の禁止に関し条約や決議等を検討したが、その際に、﹁拷問の禁止がしばしば破られるという事実は        ︵82︶ 国際法の規範としてのその拘束力を減じるものではない﹂という意見を示している。これは、確立した国際法の違反 はあくまでも違反であり、それによって国際法の効力が左右されることはないという指摘である。  判決のなかで、拷問の禁止について諸国にコンセンサスがあることを示すために、国務省の報告書とメモランダム        ︵83︶ が引用されたことも意味があろう。メモランダムは次のように述べている。   国務省の一般的経験では、合衆国大使と合衆国が関係を有するすべての外国国家とのやり取りでは、いかなる政   府もその国民に対して拷間を行なう権利を主張していないのである。拷問の報告に信葱性がある場合でも、国家   は、大抵はそれを否定し、それほどではないが、その行動が授権されていなかったとか、拷間にいたらない乱暴   な取扱いであったとか主張することによって反論する。 これは、実際に報告されている拷問の実行は、各政府によってその事実が否定されているものであるから、裁判所が 慣習国際法の認定にあたって考慮すべぎ、意味のある事実とは言えない、という判断を示唆しているようにみえる。        ︵艇︶  さらに、アメリカとパラグアイをふくむ五五力国の憲法が拷問を禁止しているという事実を挙げたことも、裁判所 が現実の違反を無視できたことに関係すると考えられる。        ︵85︶  これらの点へ配慮した裁判所の結論は次のものである。

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   人権と慣習国際法       三六八        ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ  数多くの国際的合意における拷問への世界的非難と、実質上世界のすべての国家による公式的政策の一手段とし  ての拷問の廃棄︵実際にではないにしても原則的に︶にかんがみ、我々は、被拘禁者に対して国家の公務員が行  なった拷間行為は、人権に関する国際法の確立した規範に違反し、それゆえに国際法に違反するとみなす。︵傍  点筆者︶ 凄ミミ鷺以外の判決では、実効性の問題についてふれているものはない。 ︵51︶ ︵52︶ ︵53︶ ︵54︶ ︵55︶ ︵56︶ ︵57︶ ︵58︶ ︵59︶ ︵60︶ ︵飢︶ ︵62︶  OG QO澤鱒α簿○ ◎c o一●  8窃肇ω段℃マ讐刈09  ①G oO搾鱒畠簿GQQ oゼ  “ω①男●鱒餌9 0けG Q這i鱒O●  q蕊味幾象駐霧§のミ軌きい一〇 〇9ω●︵q≦竃卑︶観Go︸一〇〇ふど窃炉国阜竃︵一〇 〇鄭oO︶。  ①G ゆO男鱒傷無oQQ OG o,  も 09類鉱ダ頴に簿磐蒙αq窪。 。②βα夢oH導Φ醤呂8巴OO琶簿騒ゆぐδ︵這総︶●  OωO轡鱒飢讐o◎oOω。  凝魯讐o 。o。㌣。。ω.宣言の訳文については、小寺初世子﹁拷問およびその他の残虐、非人道的又は屈辱的な取扱い又は刑罰の 禁止条約について﹂鹿児島大学法学論集二〇巻二号︵一九八五︶七九ー八一頁。  08労ω鑑℃マ象刈8。  、導讐刈OS  ㎝O一閃●ω¢℃マ簿8G o,

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︵63︶ ︵64︶ ︵65︶ ︵66︶ ︵67︶ ︵68︶ ︵69︶ ︵70︶ ︵質︶  判決の第二六条一項の取扱いに対して、ぼ⋮9は銚判的である。そこに規定されている教育権は、他の多数の国際人権 文書にも開確に示されており、人権宣言のなかの、目標とすべき他の権利とは区別されると指摘する。膝⋮。ぴ⇔愚ミ88 9無戯OS  qO臓7ω仁薯。跨延o o?o oOβ,O。  ∼罫讐峯o 。c。Dωξぎ句愚ミ880。︸鎚&おでは、この判決は慣習国際法の成立をほのめかしたと解釈しているが、判決 の表現は不明瞭である。また、これが慣習国際法の成立を認めたものであるとすると、その結論は妥当ではない。被拘禁者 処遇最低基準規則は、世界各国が達成すべき努力目標としての機能をもつものである︵芝原邦爾﹃刑事司法と国際準則﹄ ︵東京大学出版会、一九八五︶二八ー三四頁︶。したがって、最低基準規則はアメリカ憲法修正第五条︵デュー・プ・セス条 項︶や修正第八条︵残酷な珊罰の禁止︶の解釈の指針として援用されたものと解される、ω8器o的融ミき晦黛O愚>809・ ①に︸80 0鐸鎗︸①誤型豊憲Go︸富一餐漣︵おGo一y  OωO肇鱒山簿ooo oヤooG o●  賊罫簿Qoc o㌣o o恥。  08閃●ωq箸●簿お9  国輿簿“OS  米州機構条約を改正する一九六七年ブエノスアイレス議定書の第四七条は次のように規定する。 加盟国は、以下の点に基づいて、教育権の実効的行使を保障するため、自国の憲法プpセスにしたがい、最大限の努力を払 うものとする。 ③ 初等教育は、就学年齢の子供には義務であるとともに、これが利益となりうる他のすべての者にも提供されるものとす  る。これが国家によって与えられるときは無償とする。 ︵㈲、⑥は省略︶  ㎝O一φω償署,馨紹O.

 東洋法学      三六九

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︵η︶ ︵73︶ ︵盟︶ ︵75︶ ︵7 6︶ ︵77︶ ︵7 8︶ ︵79︶ ︵80︶ ︵雛︶ 人権と慣習国際法 三七〇  凝.9 Dけ紹㌣£。  ∼鼻簿89ただし、裁判所は次のように述べている。﹁アメリカが人権を尊重し、教育機会の拡大のために最大限の努力 を払うという誓約を無視しているかぎり、外国人の本国政府はアメリカに対して国際裁判所において解答するように要求す るかもしれない。﹂これは、国家対国家のレベルでのアメリカの責任を示唆したものと解される。この点について、﹃ヨ9 は、国家対国家の救済の可能性があるにもかかわらず、なぜ国内裁判所でそれを執行できないのか、裁判所は説明していな いとして批判する。ぽ岳。ダ砺愚ミぎ冨9跨き刈鐸一8・  刈鵠①男鱒餌簿ooOり山9  、爽簿c o嵩.  ﹄導200一㌣鱒O。  碕§らミ㌣肉愚凡§§Q鉾肉轟§では、原告︵ニカラグア人︶は、アメリカが資金を提供するテ獄リストによって加えられ た人権侵害に対する損害賠償を求めた。原告は、このテ留リストの行為が国際法に違反すると主張したが、裁判所は、慣習 国際法は国家以外の私的な行為には及ぽないとした。ミO男霊簿卜0868  刈卜o刈男鱒傷讐OO倉  験ド簿OO群§軒  この\鳴§の国家実行の重視は、連ミ註茜貸や隷ミ§魯斡とは違い、伝統的なアプρーチと評価される。20置、蕊ミー 醤禽軌§ミ㎏黛§犠醤肉む蕊⇔卜“建§織き鴨蚕&織§添逡Nミ嵩﹄郊黛帖寒蕊b母§欺§O禽覇、まく鋤・トH簿、一炉嵩c o︸おco︵おooO︶ 9Φ盗惹津段鉱8αp 。ωZO葺霜禽職“醤詠逡ミ§]。  ①旨肇ω巷マ簿o。G 。8判決は、﹁政府でさえも、人権の慣習国際法が少なくとも長期の恣意的拘禁を禁ずる一般原則を含 むことを認めている﹂と指摘している。頃Φ美嘗教授の意見については後述。なお、岡種の事件で、恣意的拘禁の禁止が慣 習国際法上確立したことを認める場合でも、それに基づく判断は異なる。例えば、、ミ§黛黛誉ミ塁§b零①7注8ρ 80︵驚プΩびおo o鱒︶では、、ミ§貸は即時の退去が妥当であり、特別入国許可にふさわしい者ではないとの理由から、六

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︵8 2︶ ︵83︶ ︵磁︶ ︵85︶ ヵ月を超える拘禁が違法ではないと判断された。逆に、砺ミミ6§軸ミ亀§Oミミ詳躍軌男ω巷マさ畠︸さ灘算鵠︵客 U●9おG 。一︶では、的ミミーQ§斡ミ霧がキューパで犯罪を犯していたという事実は認められないから、拘禁は違法であると いう決定がくだされている。  ①G QO男鱒傷簿Goo◎麟鐸一9  ∼導讐oQQQ戯。  、罫この数字は国務省の提出したζ①簿震器身簿によるものである︵凄ミ適粛貸ζ。導O鎚&鎧β鋤愚ミ8$ρ簿80︶ が、さらに、この響の簿○轟&葺奪は、蕊菊磐5葺Φ讐蝕8巴αゆ母鼻需⇒巴冨曾80 。︵おミ︶に掲載された各国の拷問に 関する関連規定の統計によっている。この種の作業が慣習法の認定を容易にすることを物語っている。  ③G QO轡鱒α9 0けGoG

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五 国際文書に基づく慣習国際法の立証  慣習国際法上の人権の成立を認めた達ミミ鷺や肉魅ミ§織禽は、それを積極的に支持する者によれば、慣習国際        ︵86︶ 法に対する新しいアプ買ーチを採用したものと評価される。この新しいアプpiチの特徴は、慣習国際法の証拠とし て条約や決議の重要性に注目し、それに違反する国家実行の法的効果を最小のものとする点にある。確かに、これま で検討してきたとおり、両判決は、条約や決議を中心として、それを学者の見解等で補足しながら、慣習国際法の立 証を行ない、違反の事実はその立証に影響しないとしている。これによって、国際人権法は、現実の人権侵害の事実 にもかかわらず、慣習国際法として成立する可能性をあたえられたことになる。  しかし、両判決のアプ・ーチの新しさをことさら強調する必要はないかもしれない。慣習国際法の立証にあたって

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    人権と慣習国際法      三七二        ︵留︶ 条約や決議に依拠する方法は、国際司法裁判所や国際仲裁裁判でも採用されてきているからである。そこで、ここで は国際司法裁判所の判決に見られる慣習国際法へのアプ・ーチと比較しながら、条約や決議といった国際文書に基づ く人権の慣習国際法に関して問題点を検討したい。  国際司法裁判所が、慣習国際法の立証にあたってしばしば条約︵二国間および多数国間条約︶に依拠してぎたこと は確かである。条約を抜きにして慣習国際法の立証を語ることはできないといっても言い過ぎではない。しかし、裁 判所は、条約の重要性に目をむける一方、条約以外の実行の必要性にも留意している。リビア・マルタ大陸棚事件の        ︵88︶ 判決は次のように述べている。   多数国問条約が、慣習に由来する規則を記録および明確化したり、あるいは実際その規則を発展させるにあたって   果たすべき重要な役割をもちうるとしても、慣習国際法の素材は第一には諸国の実行と法的確信︵8巨o冒器︶   のなかに求められなければならないことはもちろん自明のことである。  慣習国際法の立証の際、条約以外の国家実行が必要とされる理由はいくつか考えられる。  第一に、条約は、多数国間条約の場合でも、その当事国の数がかぎられており、諸国の一般慣行の立証には十分で       ︵89︶ ないことが多い。北海大陸棚事件が示したように、慣習国際法の成立には、特別の利害関係国を含む国家実行が広範 かつ画一的であることが必要である。それを立証するためには、条約の非当事国を含む各国の実行を検討せねばなら ない。  第二は、条約中の規定が、条約後の諸国の実行によって、一般性を失ったり、あるいは反対に一般性を獲得するこ

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とが考えられる。リビア・マルタ大陸棚事件では、大陸棚条約第六条が、条約後の境界画定の実行に照らして、いか        ︵90︶ に評価されるかについて言及がなされている。  第三は、条約の規定にもかかわらず、実際には国家がそれを無視する行動をとる場合が考えられる。武力不行使原 則を検討したニカラグア事件︵﹁ニカラグアにおける及びニカラグアに対する軍事的及び準軍事的活動﹂に関する事 件︶では、慣習国際法の成立要件一般の間題として、違反の事実の取扱いが間題となった。裁判所は、慣習国際法を 立証するには、﹁諸国の行動が当該規則に一般に一致し、しかも、それに合致しない国家行動の事例が新しい規則の       ︵91︶ 承認の徴候ではなく、一般にその規則の違反として扱われたことで十分である﹂と判示した。  第四に、条約の規定が一般的である場合、規則の内容を明確にするために国家実行、とくに国連決議が参照される。 ニカラグア事件では、国連憲章の武力不行使原則と自衛権の慣習国際法上の内容が問題となったが、武力不行使につ       ︵92︶ いては友好関係宣言が、自衛権については侵略の定義が、それぞれ検討されている。  国際司法裁判所の判決からは、条約以外の実行の必要性に関して、この四つの理由が考えられる。そのうち、第一 と第二の点は国家実行の一般性ということでまとめることができよう。第三は規範の実効性の問題、第四は規範の明 確性の問題である。アメリカ裁判所が人権の慣習国際法を立証するにあたってとったアプ冒ーチは、国際司法裁判所 が示したこれらの配慮に照らして、はたしていかに評価されるであろうか。これまでの判例の検討を基礎にして、各 間題ごとに、アメリカ裁判所のアプpーチの妥当性を検討していこう。    ︵93︶  ︹一般性︺ 肉蔑ミ識鷺では、諸国の一般的同意という要件が設定され、自由権規約のほか、米州人権条約や欧州

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参照

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