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博士(文学)河西英通 学位論文題名

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Academic year: 2021

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     博士(文学)河西英通 学位論文題名

近代日本における地域思想の展開過程

学位論文 内容の要旨

  木論文の目 、的は、題材を青森県における自由民権期から大正デモクラシー期、ファシズ ム期を通ずる 名望家・民衆の思想と運動に採リ、彼らの思想や運動に は、近代国民国家の 形成や拡充、 いわゆる中央集権化過程の枠に納まりきらなぃ動向や中 央集権化の中で地域 の位置を要求 する志向性があり、中央によって地方を均質化する、支 配の深化以外のとこ ろで「多様」 な地域の自律的な運動や思想形成を展開していたことを解明することにある。

  第一 章は 、1880年 代初 頭 の弘 前事 件を 、本 多庸 一答 申書 ・笹 森儀 助雑 綴・ 桜庭 太 次 馬日記などを もちぃて、詳しく分析している。弘前事件は、従来、東 奥義塾に拠る共同会

・民権派と旧 勤王党・保守派の争いであり、局地的な士族の間の争い と位置付けられてい た。「桜庭太 次馬日記」などの原史料の検討から、中央政府の松方正 義・佐々木高行・品 川弥二郎ら高 官多数が事件に介入していることを実証し、中央政府に よる自由民権派に対 する弾圧事件 であることを解明し、弘前事件を再評価したものである 。弾圧された民権派 が 、 東 奥 義 塾 を 温 存 さ せ る と ぃ う 成 果 を 残 し た こ と も 明 ら か に し て い る 。 .   第2章 は 、1880年 代 後 期 の 青 森の 大同 団結 運動 の展 開を 、無 神経 事件 関係 書類 ・ 滝 屋文書・地方 新聞『東奥日報』などを用いて検討する。後藤象二郎来 県を契機として、運 動が高揚した 事実、無神経事件とぃう知事弾劾事件が起き、『東奥日報』が、旧自由党派、

青森豪商グル ープ、改進党三田派から青年壮士まで幅広い地方名望家 ・知識人の参加によ って発刊され たこと、大同団結運動の地方政治結社である大同会には 、公同会などの県内 各地の政治結 社、東洋回天社のような青年の結社も多数参カUした事実などを解明した。大 同団結運動は 自由民権運動の退潮期の運動と位置付けられてきたが、 高揚した地方の政治 状 況 の 検 証 に よ り 、 そ う し た 評 価 が 一 面 的 で あ る こ と を 実 証 す る 。   第3章 で は 、1890年 前 後 の 青 森県 の青 年運 動の 展開 を三 島通 庸関 係文 書・ 海浦 篤 弥 関係史料・壮 士の著作・青年雑誌等を用いて分析する。三大事件建白 運動には青森から多 数の出京人を 出すが、中心人物に斉藤新一郎や桜庭経緯らの青年壮士 がおり、青森では青 森県壮士同盟 会・東洋青年学会等が進歩的青年を糾合し、雑誌『新青 年』などを発刊した ことを解明し ている。壮士の著作にりアリズムや英雄史観、アジァ雄 飛論があることも指     一20―

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摘 し、青森 県青年会 、その雑誌『青年志』、その後に刊行される『後進』を検討し、郷土 愛 から、ナ ショナリ ズム、世界人の主張へと転回していること、斉藤らも中国・朝鮮で「

海 外雄飛」 の行動を とることを明らかにしている。従来、青年壮士の運動には、革命的民 兵 と い う評 価 な どが あ っ たが 、 青 年壮 士 の思想 と運動の 多面性や 変動性 を解明し た。

  第4章 「 明 治期 に お ける 北 奥 地域 観 」 は、1890年 代 に おけ る 青 森県 の地域意 識を『

束 奥日報』 主筆の著 作『陸奥湾の将来』を題材に分析する。構想は、シベリア鉄道やニカ ラ グア運河 構想に結 ぴっけて青森港を本州と北海道開拓地を結ぶ国内交通とアメリカと口 シアを結´ぶ国際交通の要所とするもので、県I勾他地域と競合する面も持ちながら、青森の 商 人層の地 方利益の 主張を基盤としていたこと、軍港を大湊港へ誘致する構想、下北半島 運 河開削計 画も打ち 出していたこと、津軽・下北・南部の間の競合や対立を孕むこと等を 指 摘 し 、国 際 関 係を 視 野 に入 れ て 、地 域 利益が 主張され ているこ とを明 らかにし た。

  第5章 は 、1920年代の 社会主 義運動の 政治文 化と反社 会主義的 な地方 主義と、 その対 抗 状況、エ スベラン 卜・郷土芸術をめぐる論戦を、『東奥日報』、『弘前新聞』、『黒石 新 聞』等を 用いて分 析する。政治研究会弘前・青森・黒石支部や、青森県エスベラン卜連 盟に結集した社会主義者たちカ゛、、夏期大学やエスベラン卜講習会などを通じて、保守的青 年 層や名望 家をも巻 き込んで、エスベラン卜から郷土芸術まで包含する政治文化運動を展 開 したこと 、および 反発する反社会主義勢カは、弘前の地方文化社を中心に、地方主義の 運 動を対置 して、両 者の間で地方主義・伝統主義論争、国際語論争が繰り広げられたこと な どを明ら かにした 。大正デモクラシ一期の青森における民衆文化は、世界的な文化と地 方 的 な 文化 の 両 極を 受 容 し、 国 家 意識 の 枠から 逃れる可 能性をも ってい たと論ず る。

  第6章 は 、1930年代の 急進フ ァシズム 文学運 動、日本 ファシズ ム連盟 およびそ の指導 者 の思想を 『プロレ タリア文学』、『社会運動通信』、『ファシズム』などを用いて分析 す る。日本 ファシズ ムの文学運動は、極めて未熟な存在とされてきたが、文化運動・文学 運 動は、従 来マイナ ーと見られてきた作家や理論家などによって大衆の組織化、大衆運動 の 展開の要 として終 始追求されていたこと、日本ファシズム連盟の運動原理として地方主 義 があるこ と、その 主導者、福士の思想的基盤はフランス王党主義者のモーリス・バレス 等 にあり、 伝統主義 から地方主義、さらにファシズムヘと展開する彼の思想を検証してい る 。ファシ ズム思想 の展開におぃて、ヨー口ッパと同様に日本でも、地方主義的観点から の提唱がなされていたことを指摘する。

  第7章 は 、1940年代 の 大 政翼 賛 会 下の 地 方 文化 運 動 を 、大 政 翼 賛会 運動資料 集成・

県 内発行雑 誌.『東 奥日報』などを用いて分析する。大政翼賛会文化部の岸田国士らに指 導 された地 方文化運 動は、文化協議会によって主導され、東北地方文化協議会などによっ て 「後進」 意識の強 い東北地方で盛んであり、なかでも青森県は福島県とならんで活発で

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あ ったこと 、地方 文化運動は文化連盟・文化報国会が指導し、県民性の向上・口ーカルな 地 域性の確 認・地 方文学運動の再興の動向などによって、県民意識に止まらなぃきめ細か い 郷土意識 ・地域 アイデンテイテイを形成したことなどを明らかにした。敗戦前夜に、逆 説 的ではあ るが、 青森県民としての自覚と誇りは「最高点」にまで達したが、戦後民主主 義 は「封建 的」. 「後進的」の名のもとに郷土意識の自律的側面や近代主義批判の側面を 否定したところがあると論ずる。

  以 上、明 治国家形 成期におぃて、地方の民権派、地方名望家や地方知識人、青年壮士ら の 幅広い結 集によ る自律的な民権運動、地方主義の運動が初期議会期へと継続し、大正デ モクラシー運動期には、.地域におぃて、世界主義と地方主義に分化した文化運動が発展し、

フ ァシズム 期には 、地方主義が提唱され、郷土意識が高揚する面が見られることを、近代 の地域の運動の展開として実証的に掘り下げた。

  近 代国民 国家の形 成と発展という観点から、支配による統合や画一化に研究者の視点が 集 まり、近 代の地 域史も関東周辺か近畿周辺に止まる従来の研究状況に対し、青森県とい う 、「後進 」意識 が強い故に地域の固有の思想形成や運動の蠱んなフイールドにおぃて、

フ ァシズム 瑚にま でいたる地域史の展開に着目するという研究方法を堅持し、中央集権化 に 納まり切 らなぃ 地域の思想と運動を一貫して追求した成果は、中央史と対比しうる地域 思 想史・地 域運動 史を近代史全般にわたって叙述したもので、今後の同様な視点に立つ研 究の可能性も提示した。

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学位論文審査の要旨 主 査    教 授    井 上 勝 生 副 査    教 授    亀 井 秀 雄 副 査    教 授    北 原    敦 副 査    助教授    高木博志

学 位 論 文 題 名

近代日本 における地域思想の展開過程

  第1章は、弘前事件に関する新史料を発掘し、同事件が自由民権運動に対する中央政府 高官多数の介入した弾圧事件であることを明らかにしたものである。用いられた「公共性

」等の概念に明確にすべき点があるが、当該事件について局地的な士族間の抗争事件と見 る従来の通説を「桜庭太次馬日記」等の新史料によって実証的に改めている。実証的な水 準でも従来の研究を飛躍させており、自由民権運動の研究全体にとっても成果である。

  第2章について、大同団結運動の地方名望家層を中心とする展開状況の実証は、従来の 研究より一層詳しく説得的である。地方利益に誘導された民衆の「受皿」というような受 動的な用語の使用法に若干暖味な面があるが、東北地方の大同団結運動の状況の実証的な 提 示 は 、 同 事 件 を 体 制 内 運 動 と す る 従 来 の 諸 研 究 を 修 正 す る も の で あ る 。   第3章について、1890年前後に高揚した地方の青年壮士の思想と運動を、中心人物 にスポッ卜を当て、雑誌『新青年』等を発掘して検討したもので、進歩的青年を糾合した 運動が海外雄飛のナショナリズムヘと変転していくことを明らかにした。多様な意味内容 をもつ「ナショナリズム」という用語の使用法にやや明確性を欠くが、同時期の青年運動 について、進歩かあるいは反動かの、対立する評価のある従来の諸研究に対して、地方主 義、平等意識、ナショナリズム、海外雄飛論など、思想と運動の多面性それ自体を内包し た も の で あ る こ と を 提 示 し 、 斬 新 な 問 題 提 起 と な る 実 証 的 成 果 で あ る 。   第4章について、1890年代における地域の開発構想を解明するもので、従来の、地 方名望家の中央政府の利益誘導への依存に着目する受動的な地域経済論ではなく、地域の 自律的な開発構想を地域思想として検証したものである。日露戦後の分析、政治史的な検 証に不足するところがあるが、地域自身の自律的な開発の構想を追求した方法は、従来の 研究に対置する新しい視角として評価できる。

  第5章は、大正デモクラシー運動がもつ世界主義と地方主義の性格を解明し、両者の相 克を実証的に検討する。「政治文化」や「民衆思想」という用語がやや無限定に使用され る面があるか、地域のエスベラン卜運動の実態を解明し、従来の研究の市民的政治結社と

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自由主義、あ るいは運動の基盤としての商工業者の指摘というような常識的な像ではない、

地域における 思想と運動の地方主義から世界主義に至る多様な実像を明らかにし、両者の 相克を検討し たことは高く評価できる。

  第6章について、日本ファシズムの文化運動について、 二流の「小作家・小理論家」が 構成する日本 ファシズム連盟の活動と、運動の主導者の実証的な分析は、ファシズム概念 に暖味なとこ ろがあるが、従来は未熟とか未成立と言われていたファシズム文化運動につ いて、実際の 運動の展開を実証的に提示したものとして評価できる。地方ファシズムの思 想 に 国 家 主 義 フ ァ シ ズ ム 批 判 の 内 在 す る こ と を 指 摘 し た 点 も 重 要 な 成 果 で あ る 。   第7章は、大政翼賛会期の青森県文化連盟の分析を通し て、地方の文化運動の盛んな展 開があったこ とを県のレベルで初めて検討した研究であり、翼賛地方文化運動を市町村の レベルでも検 討する最近の研究の先駆となった。ファシズム期に地方文化運動の盛り上が りがあること を初めて明示した意義は特に高く評価される。

  論文全体と して、地域の史料の未発見の故に日露戦後の時期の地域史を欠いている点、

「ナショナリ ズム」や「ファシズム」等の用語の使い方に不明確な面がある点など、若干 の問題点があ るが、地域の思想、運動を維新期からファシズムまでを通じて描く方法は、

従来の近代史 研究にはなかったもので、研究の視野を拡げるオリジナルなものと評価でき る。地域史の 研究として、中央・地方の新聞史料、公・私文書、昭和期の雑誌等を数多く 発掘し、随所 に活用している点等は、実証の水準としても他に遜色のなぃ研究と判断され る。総じて日 本近代国民国家の形成と発展を研究する上で、従来の研究は、中央による地 方の文化や思 想の解体、地方の統合、画一化に着目する視角が主要であり、こうした中央 史に対する地 域史の研究も関東や近畿地方周辺が中心で、それも自由民権期前後に時期的 に限定される と1、う研究状況のなかで、 地域の思想形成・運動の盛んな青森県をテーマと して、自由民 権期からファシズム期にいたるまで、中央集権化の枠を逃れ出たり、中央集 権化の中で地 域の位置を要求し、独自の地域を構成する、地域の自律的な文化、思想形成 の動向が多様 に展開していることに着目し、中央・地域の史料を収集してこれを検討した 研究は従来の 研究を発展させ、中央史と対比した地域史の可能性を拓いたものとして評価 できる。

参照

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