福祉人材確保に影響を及ぼす要因
1
はじめに
(1)研究の目的阪 口 春 彦
近年の日本社会において,福祉人材不足が社会問題となっている。 福祉職の魅力が低下し,福祉職への就職希望者が減れば,サービスの質の低 下につながるだけでなく,現職の福祉人材の負担を増やし,離職を促進させ, さらなる福祉人材不足などにもつながる。逆に,福祉職への魅力が増し,福祉 職への就職希望者が増えれば,優秀な人材も確保しやすくなるとともに,福祉 職の継続を促進させ,経験を積んだ職員による質の高いサービスが提供できる 可能性を高めたり,経験の浅い職員が経験を積んだ職員からのスーパービジョ ンを受げられる可能性を高め,職場全体のスキルを向上させたり,パーンアウ トの減少により離職者を減らしたりするなど,福祉人材の量と質を高めること につながる。 この福祉人材不足の問題を解決するためには,入職と離職,つまり福祉職と しての就職の促進と,福祉職からの離職の防止という2
つの視点、から,福祉人 材の確保策について検討することが重要であるD そこで,本研究では,福祉職としての就職を促進あるいは敬遠させる要因と, 福祉職の継続を促進させる要因あるいは福祉職からの離職を促進させる要因に はどのようなものがあるのか,どのような要因が大きな影響を及ぽしているの かを明らかにし,福祉人材確保策を検討する際の示唆を得ることを目的とするo (2)研究の方法 福祉職としての就職を促進あるいは敬遠させる要因については,次の2
つの 調査結果をもとに考察する。 ①筆者が2008年度と2009年度に同志社大学社会福祉教育・研究支援センターの - 94- 龍谷大学論集嘱託研究員として参加した「福祉職のキャリアに関する基礎的研究Jプロジ ェクト(リーダー:小山隆同志社大学社会学部教授)において, 2009年 3月 に実施した龍谷大学短期大学部と同志社大学社会学部の福祉系学科・専攻科 の新卒業生・修了生に対する「進路に関するアンケートJ ②介護福祉士,社会福祉士および精神保健福祉士の登録機関である財団法人社 会福祉振興・試験センターが厚生労働省からの補助金を受けて2008年に実施 した「介護福祉士等現況把握調査」 福祉職の継続を促進させる要因あるいは福祉臓からの離職を促進させる要因 については,上記②の調査結果をもとに考察する。 なお,上記①のアンケートの調査用紙の冒頭に,アンケート結果を論文・報 告書・学会報告等で公表する予定であることを明記した。
2
アンケート調査の概要
まず r福祉職のキャリアに関する基礎的研究」プロジェクトにおいて2009 年 3月に実施した龍谷大学短期大学部と同志社大学社会学部の福祉系学科・専 攻科の新卒業生・修了生に対する「進路に関するアンケート」の概要について 述べる。 就職先として福祉関係を選んだあるいは選ばなかった理由を中心に,進路選 択に影響を及ぽす要因を明らかにすることを目的として,選択肢方式(一部補 足的記述)で9問(同志社大学での調査では年齢については問わなかったため 8問)の調査を行った。内容は,性別,年齢(龍谷大学短期大学部での調査の み),現役・浪人・編入の別,入学決定時の該当大学・学科の希望度,卒業・ 修了時進路先,進路決定にあたっての葛藤状況,進路決定にあたっての在学中 の授業の影響,進路決定にあたっての在学中の課外活動の影響,進路決定理由 についてである。 事前にそれぞれの学科会議で趣旨・実施内容について許可を得たうえで,各 卒業式当日の学科行事会場で出席者(卒業・修了該当者)全体に対してアンケ ート調査を実施した。 龍谷大学短期大学部でのアンケートは, 2009年 3月12日に開催された卒業式 の終了後に各ゼミで卒業証書等授与と書類の配布・回収を行う各会場において, 同年3月に卒業・修了する短期大学部社会福祉科の学生265人および短期大学 部専攻科福祉専攻の学生28人,合計293人を対象にアンケー卜用紙を配布し, 福祉人材確保に影響を及ぼす要悶(阪口) -95-その場で記入してもらった。アンケートの回答は,アンケート実施会場を退出 する前に回収用封筒に提出してもらうか 1週間以内に短期大学部の実習指導 室に提出してもらうこととした。 同志社大学でのアンケートは,
2
0
0
9
年3
月2
0
日に開催された卒業式の終了後 に卒業証書等の配布を行う会場において,同年3月に卒業する社会学部社会福 祉学科の学生を対象にアンケート用紙を配布し,その場で記入してもらった。 アンケートの回答は,アンケート実施会場を退出する前に回収箱に提出しても らうか1
週間以内に社会福祉学科資料室メールボックスに提出してもらうこ ととした。 回答者数は,龍谷大学短期大学部でのアンケートでは2
8
0
名,同志社大学で のアンケートでは8
6
名であり,共に回収率は90%
を超えた。 なお,アンケート調査時点での龍谷大学短期大学部は,京都市に本部を置く 私立短期大学で,4
年制大学の龍谷大学に併設されており2
年制の学科であ る社会福祉科と1
年制の専攻科である専攻科福祉専攻を設置しているo社会福 祉科では社会福祉士受験基礎資格や保育士等の資格を取得することができる。 専攻科福祉専攻は介護福祉士資格を取得することができる。また,4
年制大学 の龍谷大学には,社会学部の中に地域福祉学科と臨床福祉学科が設置されてお り,短期大学部を卒業後,これら福祉系学科に編入学する学生が毎年度30名ほ どいることが1つの特徴である。 また,同志社大学社会学部社会福祉学科は,社会福祉士受験資格,精神保健 福祉士受験資格,高校教諭l種免許(福祉)等を取得することができる。総合 大学内に位置づけられるため,社会福祉学科が設置する科目,資格等のみだけ でなく,他学科・学部が設置する多くの科目・資格を履修・取得可能であるこ とが一つの特徴である。 次に r介護福祉士等現況把握調査Jは,介護福祉士,社会福祉士および精 神保健福祉士の資格取得者であって,何らかの理由により福祉・介護分野で就 労していない,いわゆる潜在的有資格者が多数存在し,その就労状況または不 就労の実態が必ずしも明らかではないことから,有資格者の就労状況および就 労意識等に関する調査を実施し,その結果を分析することを通じて,福祉・介 護分野における人材確保の検討に資することを目的として行われたものである。 本調査の対象者は,2
0
0
8
年3
月末時点における介護福祉士,社会福祉士およ び精神保健福祉士の資格取得者であって,本調査の実施に関する同意が得られ た者で,1
8
6
,3
7
9
人から有効回答が得られた(有効回収率6
0
.4%)。 - 96一 龍 谷 大 学 論 集なお,調査回答者の保有資格は,社会福祉士約14%,介護福祉士約82%,精 神保健福祉士約4 %であった。
3 福祉職としての就職を促進あるいは敬遠させる要因
(1)龍谷大学短期大学部と同志社大学での「進路に関するアンケート」の結果 からの考察 福祉職としての就職を促進あるいは敬遠させる要因について考察するため, まずは龍谷大学短期大学部と同志社大学での「進路に関するアンケート」の結 果を見ていきたい。 ①調査回答者の基本的属性 本アンケート調査の回答者の男女比は,龍谷大学短期大学部で女性86.1%, 同志社大学で女性77.9%であった。 現役・浪人については,龍谷大学短期大学部では現役入学者95.4%であるの に対して,同志社大学では現役入学者68.6%であった。 同志社大学では年齢は聞いていないが,龍谷大学短期大学部では99.3%が24 歳以下,残り0.7%が40歳以上であったロ また,入学大学・学科の希望順については,龍谷大学短期大学部の場合, 51.8%が龍谷大学短期大学部への進学, 25.7%が龍谷大学の他学部への進学, 11.4%が他大学の福祉系学科への進学, 8.6%が他大学の福祉系でない学科へ の進学を第一希望としていたと回答している。一方,同志社大学の場合は,同 志社大学の社会福祉学科が第一希望であった者が53.5%,他大学の福祉学科が 第一希望であった者が17.4%,他大学の他学科が希望であった者が11.6%,同 志社大学の他学科が第一希望であった者が8.1%,その他不明が9.3%であった白 両校とも福祉系学科への進学が第一希望であった者が6割を超えていたという ことになるが,龍谷大学の他学部進学希望者の中には龍谷大学社会学部の地域 福祉学科あるいは臨床福祉学科への進学を希望していた者も多く含まれると考 えられるため,実際には7"'8割程度が福祉系への進学を希望していたと考え られるo ②卒業後あるいは修了後の進路 卒業後あるいは修了後の進路については,龍谷大学短期大学部の場合,福祉 関係(介護,保育,福祉関係の企業等を含む)の就職が21.4%,福祉関係以外 福祉人材確保に影響を及ぽす要因(阪口) -97ーの就職が17.9%,福祉関係の進学が20.7%,福祉関係以外の進学が21.4%,そ の他が18.6%であった。同志社大学では,一般企業への就職が54.7%,福祉系 企業への就職が3.5%,福祉施設・機関への就職が14.0%名,福祉職の公務員 が7.0%,行政職等の公務員が3.5%,進学が8.1%,その他不明が9.3%であり, 福祉関係の就職は回答者総数の24.4%,福祉関係以外の就職は58.1%であった。 このように,福祉を学んでも福祉関係以外の就職をする者の割合はかなり高い と言える。 ③進路を決定するにあたり悩んだこと 進路を決定するにあたり悩んだことについては,龍谷大学短期大学部の場合, 32.9%が福祉系の進路とそれ以外のどちらに進むかで悩んだ, 19.3%が福祉系 の進路の中で具体的にどのような選択をするかで悩んだ, 21.4%が福祉系以外 の進路の中で具体的にどのような選択をするかで悩んだ, 29.3%が特に悩まな かった, 1.1%がその他と回答している(不明・無回答は 1.8%)。同志社大学 では, 39.5%が福祉系の進路とそれ以外のどちらに進むかで悩んだ, 15.1%が 福祉系の進路の中で具体的にどのような選択をするかで悩んだ, 32.6%が福祉 系以外の進路の中で具体的にどのような選択をするかで悩んだ, 18.6%が特に 悩まなかった, 1.2%がその他と回答している(不明・無回答は7.0%)。福祉 系の進路とそれ以外のどちらに進むかで悩んだ学生は,大学時代にどのような 経験や学びをするのかで福祉系かそれ以外の進路のいずれの進路を選択するか が違ってくる可能性の高い学生であると言えようo このような学生が,今回の 調査では,龍谷大学短期大学部で約3割,同志社大学で約4割いたということ である。 なお,龍谷大学短期大学部では,福祉系の進路とそれ以外のどちらに進むか で悩んだと回答した32.9% (92人)の学生の進路を見ると,結果として福祉関 係の進路を選択した学生が44.6% (41人),福祉関係以外の進路を選択した学 生が37.0% (34人)となっている。さらに詳しく見ると, 20.7% (19人)が福 祉関係の就職, 20.7% (19人)が福祉関係以外の就職, 23.9% (22人)が福祉 関係の進学, 18.5% (15人)が福祉関係以外の進学となっており,福祉関係の 就職をした学生と福祉関係以外の就職をした学生の比率はl対 1である。これ に対して,同志社大学では,福祉系の進路とそれ以外のどちらに進むかで悩ん だと回答した学生のうち福祉関係の就職をした学生が12人,福祉関係以外の就 職をした学生が20人と, 3対 5の比率であり,龍谷大学短期大学部に比べ,悩 - 98一 龍 谷 大 学 論 集
んだ結果,福祉関係以外の就職をした学生の割合が筒かった。 ④大学での授業の進路決定への影響 進路を決定するにあたり大学での授業(講義・演習・実習等)が影響を及ぼ したかについては,龍谷大学短期大学部では, 34.6%が強く影響を及ぽした 50.0%が少し影響を及ぽした, 14.6%が影響を及ぽさなかったと回答している (不明・無回答は0.7%)0同志社大学では, 37.2%が強く影響を及ぽした, 43.0%が少し影響を及ぽした, 14.0%が影響を及ぽさなかったと回答している (不明、無回答は5.9%)0 進路を決定するにあたり大学時代における正課外の経験(クラプ・サークル, アルバイト,ボランティア活動等)が影響を及ぼしたかについでは,龍谷大学 短期大学部では, 31.4%が強く影響を及ぼした, 30.4%が少し影響を及ぽした, 36.8%が影響を及ぼさなかったと回答している(不明・無回答は1.4%)0同志 社大学でば, 52.3%が強く影響を及ぽした, 18.6%が少し影響を及ぽした, 22.1%が影響を及ぽさなかったと回答している(不明・無回答は7.0%)0 以上のことから,大学での授業が進路決定に影響を及ぼしたという学生は多 く,また,大学での授業ほどではないが,大学時代における正課外の経験も進 路決定に影響を及ぼした学生が多いことが分かる。 なお,福祉関係の就職をする学生のうち,大学での授業が進路決定に大きく 影響を及ぼしたという学生は,龍谷大学短期大学部では56.7%,同志社大学で は76.2%,少し影響を及ぼしたという学生は,龍谷大学短期大学部では35.0%, 同志社大学では19.0%,影響を及ぼさなかったという学生は,龍谷大学短期大 学部では8.3%,同志社大学では4.8%であり,当然とも言えるが,とくに福祉 関係の就職をする学生にとっては大学での授業が進路決定に及ぽす影響は大き ¥.-::10 さらに,龍谷大学短期大学部では,福祉関係の就職をする学生60人のうち, 10人(16.7%)が講義が進路決定に影響を及ぽしたと回答し 5人 (8.3%) が演習が進路決定に影響を及ぼしたと回答し, 33人 (55.0%)が実習が進路決 定に影響を及ぼしたと回答した。他方,福祉関係以外の就職をする学生50人の うち 9人(18.0%)が講義が進路決定に影響を及ぽしたと回答し 4人 (8.0%)が演習が進路決定に影響を及ぼしたと回答し, 19人 (38.0%)が実 習が進路決定に影響を及ぼしたと回答した。同志社大学では,福祉関係の就職 をする学生21人のうち 5人 (23.8%)が講義が進路決定に影響を及ぽしたと 福祉人材確保に影響を及ぼす要悶(阪仁J) -99ー
回答し,
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人(
2
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.
6
%
)
が演習が進路決定に影響を及ぽしたと回答し,1
2
人(
5
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.
1
%
)
が実習が進路決定に影響を及ぼしたと回答した。他方,福祉関係以 外の就職をする学生5
0
人のうち,1
0
人(
2
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.
0
%
)
が講義が進路決定に影響を及 ぽしたと回答し,5
人00.0%)
が演習が進路決定に影響を及ぼしたと回答し,1
9
人(
3
8
.
0
%
)
が実習が進路決定に影響を及ぼしたと回答した。このように, 福祉関係の就職をする学生の方が,福祉関係以外の就職をする学生と比べ,実 習が進路決定に影響を及ぼしたという割合が高い。 また,福祉関係の就職をする学生で実習が進路に決定を及ぼしたと回答した 龍谷大学短期大学部および同志社大学の学生の自由回答を見ると r現場での 様子を見て,早くこういった仕事に就きたいと思ったj,r福祉の仕事をしよう と思うきっかけになったj,r実習を通して現場で働きたいと強く思ったj,r実 習での体験が人生観をかえたから」といった記載があったが,講義や演習につ いてはこのような授業と進路との関係に関する具体的な記載はほとんどなかっ た。また1
人だけだったが,福祉関係以外の進学をする学生の自由回答に 「実習に行って,私は向いていないと実感できたので,そういう意味で影響を 及ぼしたと思うJ というものがあった。 このように,実習は福祉系の進路を選択するかどうかの決定に大きな影響を 及ぽしうるものであると考えられる。 ⑤進路決定先の分野への就職を選んだ理由 進路が就職であると回答した龍谷大学短期大学部および同志社大学の学生を 対象に,進路決定先の分野への就職を選んだ理由について問うたところ,福祉 関係への就職をする学生については,表lのとおりの回答が得られた。 表1 進路決定先の分野への就職を選んだ理由(福祉関係の就職) ( 件 ( % ) 大学入学前からその分野の仕事に魅力・興味を感じていたから5
2
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4
.
2
大学入学後,その分野の仕事に魅力・興味を感じるようになったか2
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4
.
6
ら 大学で学んだことを生かしたかったから3
8
4
6
.
9
就職することが容易だったから4 4
.
9
キャリアアップのため(資格取得や,将来就こうと思っている仕8 9
.
9
事・ボランティア活動等に生かすため) -100- 龍谷大学論集大学の教職員から勧められたから 1.2 家族・親族から勧められたから 5 6.2 労働条件がいいから 3 3.7 社会的評価が高いから 2 2.5 将来性を感じたから 12 14.8 安定性を感じたから 6 7.4 自分の適性に合うと感じたから 25 30.9 その分野の仕事が具体的にどのような業務なのかがイメージしやす 2 2.5 いから その分野の職場ではどのようにキャリアアップしていくのかがイメ 3 3.7 ージしやすいから 求人の時期や方法などとの関係から
。
0.0 なんとなく。
0.0 その他 2 2.5 不明・無回答 2 2.5 回答者総数 81 100.0 福 祉 関 係 以 外 へ の 就 職 を す る 学 生 に つ い て は , 表2
の と お り の 回 答 が 得 ら れ た。 表2 進路決定先の分野への就職を選んだ理由(福祉関係以外の就職) ( 件 ( % ) 大学入学前からその分野の仕事に魅力・興味を感じていたから 9 大学入学後,その分野の仕事に魅力・興味を感じるようになったか ら 25 25.0 大学で学んだことを生かしたかったから 8 8.0 就職することが容易だったから 4 4.0 キャリアアップのため(資格取得や,将来就こうと思っている仕 15 事・ボランティア活動等に生かすため) 大学の教職員から勧められたから 1.0 家族・親族から勧められたから 10 10.0 労働条件がいいから 22 22.0 福祉人材確保に影響を及ぼす要因(阪口) - 101一社会的評価が高いから 10 10.0 将来性を感じたから 20 20.0 安定性を感じたから 42 42.0 自分の適性に合うと感じたから 38 38.0 その分野の仕事が具体的にどのような業務なのかがイメージしやす
1
0
10.0 いから その分野の職場ではどのようにキャリアアップしていくのかがイメ 8 8.0 ージしやすいから 求人の時期や方法などとの関係から 3 3.0 なんとなく 8 I 8.0 その他 1.0 不明・無回答1
0
10.0 回答者総数 100 100.0 福祉関係の就職をする学生では r大学入学前からその分野の仕事に魅力・ 興味を感じていたからj,r大学で学んだことを生かしたかったからj,r大学入 学後,その分野の仕事に魅力・興味を感じるようになったからJの回答が多く, 福祉関係以外の就職をする学生では r安定性を感じたからj,r自分の適性に 合うと感じたから」の回答が多い。 また,福祉関係の就職をする学生は福祉関係以外の就職をする学生と比べる と r安定性を感じたから」や「労働条件がいしEから」の回答が少なく,安定 性や労働条件の面で福祉関係の就職を避けている学生が一定数いるのではない かと思われる。 (2)r介護福祉士等現況把握調査」の結果からの考察 次に,財団法人社会福祉振興・試験センターが厚生労働省からの補助金を受 けて2008年に実施した「介護福祉士等現況把握調査Jの結果から,福祉職とし ての就職を促進あるいは敬遠させる要因について考察していきたい。 第lに,現在福祉・介護分野で就労している社会福祉士・介護福祉士・精神 保健福祉士の有資格者が,福祉・介護分野で働こうと決めた理由としては,社 会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「働きがいのある仕事だと 思ったから」の割合が最も高く,次いで「自分の能力・個性・資格を活かせる 102ー 龍 谷 大 学 論 集と思ったから」の割合が高い。 前述のとおり,龍谷大学短期大学部と同志社大学での「進路に関するアンケ ートJの結果においても,福祉関係の就職をする学生では r大学入学前から その分野の仕事に魅力・興味を感じていたからJ,r大学で学んだことを生かし たかったからj,r大学入学後,その分野の仕事に魅力・興味を感じるようにな ったから」の回答が多く,双方の調査結果は符合しているo 第
2
に,現在福祉・介護分野以外で就労しており,過去に福祉・介護分野で 就労経験のある社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が,福 祉・介護分野へ復帰する上で改善してほしいこととしては,社会福祉士・介護 福祉士・精神保健福祉士のいずれも「資格に見合った給与水準に引き上げる」 の割合が最も高く,社会福祉士・精神保健福祉士については「社会的な評価を 向上させるj,r経験に見合った給与体系の構築j,介護福祉士については「経 験に見合った給与体系の構築j,r有給休暇や育児休業等のしやすい環境整備を 整える」の割合も高い。 また,現在就労しておらず,過去に福祉・介護分野で就労経験のある社会福 祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が,福祉・介護分野へ復帰する 上で改善してほしいこととしては,社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士 のいずれも「資格に見合った給与水準に引き上げる」の割合が最も高く,社会 福祉士・介護福祉士については「有給休暇や育児休業等のしやすい環境整備を 整えるj,精神保健福祉士については「社会的な評価を向上させる」の割合も 高い。 第 3に,現在福祉・介護分野以外で就労しており,過去にも福祉・介護分野 で就労経験を有しない社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が, 就職する際の就労先の対象として福祉・介護分野を検討しなかった理由として は,社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「給与・諸手当が低 かった」の割合が最も高い。 また,現在就労しておらず,過去にも福祉・介護分野で就労経験を有しない 社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が,就職する際の就労先 の対象として福祉・介護分野を検討しなかった理由としては,社会福祉士・介 護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「給与・諸手当が低かった」の割合が最 も高く,社会福祉士・精神保健福祉士については「社会的な評価が低いと感じ たj,介護福祉士については「夜勤や休日出勤など不規則だった」の割合も高い。 龍谷大学短期大学部と同志社大学での「進路に関するアンケート」の結果か 福祉人材確保に影特を及ぽす要因(阪口) -103-らの考察の中で,労働条件の面で福祉関係の就職を避けている学生が一定数い るのではないかと思われると述べたが r介護福祉士等現況把握調査」での上 記の結果を見ると,やはり労働条件の悪さが福祉職としての就職を敬遠させる 要因であることが分かる。 第 4に,現在福祉・介護分野以外で就労しており,過去にも福祉・介護分野 で就労経験を有しない社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が, 福祉・介護分野へ就労する上で改善してほしいこととしては,社会福祉士・介 護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「資格に見合った給与水準に引き上げ る」の割合が最も高く,社会福祉士・精神保健福祉士については「社会的な評 価を向上させるj,r経験に見合った給与体系の構築j,介護福祉士については 「有給休暇や育児休業等のしやすい環境整備を整えるj,r社会的な評価を向上 させる」の割合も高い。 また,現在就労しておらず,過去にも福祉・介護分野で就労経験を有しない 社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が,福祉・介護分野へ就 労する上で改善してほしいこととしては,社会福祉士・介護福祉士・精神保健 福祉士のいずれも「資格に見合った給与水準に引き上げる」の割合が最も高く, 社会福祉士・精神保健福祉士については「社会的な評価を向上させるj,介護 福祉士については「有給休暇や育児休業等のしやすい環境整備を整える」の割 合も高い。 以上のことから,給与等の労働条件が,福祉職としての就職を促進あるいは 敬遠させる大きな要因であり,福祉職の社会的な評価の高低なども福祉職とし ての就職を促進あるいは敬遠させる要因であることが分かる。
4
福祉職の継続を促進させる要因あるいは福祉職からの離職を
促進させる要因
福祉職の継続を促進させる要因あるいは福祉職からの離職を促進させる要因 について考察するため,財団法人社会福祉振興・試験センターが厚生労働省か らの補助金を受けて2008年に実施した「介護福祉士等現況把握調査」の結果を 見ていきたい。 第 1に,現在福祉・介護分野以外で就労しており,過去に福祉・介護分野で 就労経験のある社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が,福 祉・介護分野の仕事を辞めた理由としては,社会福祉士・介護福祉士・精神保 健福祉士のいずれも「給与等の労働条件が悪いため」の割合が最も高く,社会 -104ー 龍 谷 大 学 論 集福祉土・介護福祉士については「仕事の内容がきついためj,精神保健福祉士 については「職員間の人間関係が良くないため」の割合も高い。 また,現在就労しておらず,過去に福祉・介護分野で就労経験のある社会福 祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の有資格者が,福祉・介護分野の仕事を辞 めた理由としては,社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「出 産・育児のためJの割合が最も高く,社会福祉士については「結婚のためj, 介護福祉士については「体調を崩したためj,精神保健福祉士については「給 与等の労働条件が悪いため」の割合も高い。 以上のことから,給与等の労働条件の悪さが,福祉職からの離職を促進させ る大きな要因であることが分かる。 第
2
に,現在福祉・介護分野で就労している社会福祉士・介護福祉士・精神 保健福祉士の有資格者の仕事を行う上での不満や悩みとしては,社会福祉士・ 介護福祉士・精神保健福祉士のいずれも「給与・諸手当が低いJの割合が最も 高く,次いで「業務の負担や責任が重すぎる」の割合が高い。また,現在の仕 事を続けていく上で改善してほしいこととしては,社会福祉士・介護福祉士・ 精神保健福祉士のいずれも「資格に見合った給与水準に引き上げる」の割合が 最も高い。 以上のことから,福祉職の継続を促進させるためには,給与等の労働条件を 改善することが何よりも重要であると考えられる。また,前述のとおり,福 祉・介護分野の仕事を辞めた理由として「出産・育児のため」の割合が高いた め,育児休業等のしやすい環境が整備されているかが,福祉職の継続を促進さ せる大きな要因であると考えられる。5
おわりに
龍谷大学短期大学部と同志社大学での「進路に関するアンケートJ と「介護 福祉士等現況把握調査」の結果から,給与等の労働条件が福祉職への入職,福 祉職の継続,および福祉職からの離職に大きな影響を及ぼしていることが明ら かになった。すなわち,福祉人材を確保するためには,福祉職の給与等の労働 条件を改善することが重要な課題であることが改めて確認できた。 龍谷大学短期大学部と同志社大学での「進路に関するアンケート」は2
つの 大学を対象とした調査のため,どこまでその結果に普通性があるかは明らかで はないが,大学等で福祉を専門的に学んでいる学生も,就職にあたり福祉関係 の職場か福祉関係以外の職場のいずれに就職するかで迷うことが少なくないこ 福祉人材確保に影響を及ぽす要因(阪口) ー 105ーとが明らかになった。そして,大学等でどのような学生生活を送ったか,とく に実習をはじめとしてどのような教育を受けたのかが職業選択に大きく影響す ることも明らかになった。 言うまでもなく,すべての福祉を学ぶ学生にとって,福祉関係に就職するこ とがいい選択とは限らない。各学生の興味・関心や適性等に応じた職業選択を 支援することが重要である。しかしながら,福祉の仕事の魅力に気付く機会が 十分に提供されなかったり,福祉の仕事に魅力・興味を感じているにもかかわ らず,労働条件の面などから福祉職への就職を避けたりすることを減らすこと は重要である。福祉人材の確保やキャリア支援という観点からも,福祉を学ぶ 学生に福祉の仕事の魅力に気付かせ,興味を感じさせられる質の高い教育を提 供していくことや,福祉職の労働条件を改善することが重要な課題である。 また r介護福祉士等現況把握調査」の結果を見ると,福祉職の社会的評価 の向上を求める回答も多くあるなど,福祉職の社会的な評価の高低なども福祉 職としての就職を促進あるいは敬遠させる要因であることが明らかになった。 さらに,福祉職の社会的評価の向上は,福祉職の労働条件の改善にもつながり うる,換言すれば,福祉職の社会的評価を向上させなければ,福祉職の労働条 件の大幅な改善は困難であると思われるため,福祉職の社会的評価を向上させ ることも,福祉人材の確保にとっての重要な課題であると言えるo 福祉職の社会的評価を向上させる方法はさまざま考えられるが,その一つに 大学等での社会福祉教育の質を高めることがあるo つまり,質の高い社会福祉 教育を受けた学生が福祉職に就き,質の高い実践を積み上げていくことにより, 福祉職の社会的評価を向上させることができるのである。その意味でも,質の 高い社会福祉教育を構築し,展開していくことが,福祉人材の確保にとって重 要な課題である。 社会福祉教育の質を高めていくためには,社会福祉教育を実施している各大 学等や各教職員,実習を受け入れている福祉現場の職員等のさらなる努力が必 要であるが,同時に,国レベルあるいは国際レベルでの学校間等の組織的な取 組も重要であると思われる。
2
0
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年に国際ソーシャルワーク学校連盟および国際ソーシャルワーカ一連盟 によって「ソーシャルワークの教育および養成のためのグローパル基準」が採 択された。日本でも現在,社団法人日本社会福祉教育学校連盟において,加盟 校の教育プログラムについての認証評価基準が検討されている。福祉職の社会 的評価の向上につなげるためには,加盟校の卒業生の質保証に有効な,的確か -106 - 龍谷大学論集つ厳格な認証評価基準を設定することが重要な課題であると考える。 註 (1) 本アンケートについての論考は,小山隆,阪口春彦,伊藤催子「職業としての 福祉職ー魅力と抵抗要因ー」埋橋孝文,同志社大学社会福祉教育・研究支援セン ター(編) r新しい福祉サービスの展開と人材育成J(法律文化社 2010年)の第 1節「福祉系学生への卒業時アンケートから」においても掲載されている。 なお,同章第2節「社会福祉士へのインタビュー調査から」においても,福祉 職の選択要因や継続要因などについての論考が掲載されているので,参照された p