生命保険契約における災害関係特約の 約款改訂
清 水 太 郎
■アブストラクト
従来の生命保険契約における災害関係特約約款は,分類提要を引用してい ること等より,消費者保護の観点から批判されてきた。そこで,今般改訂さ れた約款は,特に消費者に分かりやすい約款を意識してこれを削除し,また,
不慮の事故の3要件の定義も設けている。
無論,これで全ての問題が解決したわけではない。今後の裁判所の判断に 依拠するところでは偶発性の立証責任がいずれに課されるか,仮に保険者に 課されるとした場合の対応如何,約款規定の問題としては不作為の外来性を 担保するのか否か必ずしも明確とは言えないこと,事案の柔軟な解決に適し ているとされる限定支払条項の不採用,曖昧な 軽微な外因 の存続等の問 題点が残されており,これ以降もよりよい約款とするための検討が必要であ る。
しかしながら,この改訂された約款は消費者に分かりやすい約款という観 点から一定の評価はされうるものと考えられ,今後の運用に期待するもので ある。
■キーワード
災害関係特約,分類提要,消費者に分かりやすい約款
*平成24年6月1日の日本保険学会関東部会報告による。
/平成25年5月23日原稿受領。
1.はじめに
生命保険契約に付加される災害割増特約,傷害特約等の災害関係特約(以 下, 災害関係特約 という)の法的性質は傷害疾病定額保険契約(保険法 2条9号)の1つと理解されているが,保険法上,具体的な保険事故が規定 されていないため,それぞれの契約ごとの約款によることとなる。
そこで約款を参照すると,保険事故である 不慮の事故 とは, 急激か つ偶発的な外来の事故(ただし,疾病または体質的な要因を有する者が軽微 な外因により発症しまたはその症状が増悪したときには,その軽微な外因は 急激かつ偶発的な外来の事故とみなしません。)で,かつ,昭和53年12月15 日行政管理庁告示第73号に定められた分類項目中下記のものとし,分類項目 の内容については, 厚生省大臣官房統計情報部編,疾病,傷害および死因 統計分類提要,昭和54年度版 によるものとします。 と定義されているの が一般的である(以下, 旧約款 という)。
ところで,新たに 不慮の事故とは,急激かつ偶発的な外来の事故としま す(急激・偶発・外来の定義は表1によるものとし,備考に事故を例示しま す。)。ただし,表2の事故は除外します。 と改訂した約款(以下, 新約 款 という)が一部の生命保険会社により平成22年3月から用いられ始めて いる。
従前より用いられてきた旧約款は生命保険実務にも浸透しており,それな りに有用なものであった。それでは,新約款に改訂したのは何のためであろ うか。このような観点から,本稿では約款改訂の背景,主な改訂点とその理 由,残された課題等について,判例,学説,実務家の視点から若干の検討を 加えることとする。なお,約款が改訂されたことでも不慮の事故の3要件の 理解は変わらず,判例,学説に則っているが,一部,今後の判例,学説の展 開等への対応を考えて保険者の創意工夫(後述4.―⑴)が見られるところ もある。
なお,災害関係特約における 偶発 と損害保険の傷害保険契約における
生命保険契約における災害関係特約の約款改訂
偶然 は同義であるため,本稿は 偶発 で統一する。
2.約款改訂の背景
上述のように,旧約款は分類提要を用いた体裁となっているが,補償範囲 を約款外の資料を引用することで限定することには問題があると学説から指 摘されてきた 。また,保険実務家も,分類提要を引用することは各生命保 険会社間での支払査定基準の統一化を図れる点に一定の評価をしながらも,
当該分類提要自体が同書の説明によると,日本で昭和54年より採用する疾病,
傷害および死因の統計分類の各基本項目のそれぞれに,どのような疾患およ び傷害が含まれるかを示しているものであり,WHO刊行の 国際疾病分類 1975年改正第1巻 の和訳を主体としたものに,厚生統計協議会の部会で必 要と認められたものを追加して作成したもの,つまり,災害関係特約用の資 料ではないことから一部除外項目を設けざるを得なくなっているとして,必 ずしも完全な支持を受けていたわけではなかった 。
このような状況の中,偶発性の立証責任に関する【 1】最判平成13年4月 20日民集55巻3号682頁 において,亀山裁判官は補足意見として 本件約 款の合理的解釈としては,法廷意見のいうとおり,保険金請求者の側におい て偶発的な事故であることの主張立証責任を負うべきものと解するのが相当 である。しかしながら,本件約款が,保険契約と保険事故一般に関する知識 と経験において圧倒的に優位に立つ保険者側において一方的に作成された上,
保険契約者側に提供される性質のものであることを考えると,約款の解釈に
保険学雑誌 第 622号
1) 古瀬村邦夫 生命保険契約における傷害特約 ジュリスト769号138頁(1982 年),中西正明 生命保険契約の傷害特約概説 同・傷害保険契約の法理71〜
72頁(1992年・有斐閣)他参照。
2) 古瀬正敏 生保の傷害特約における保険事故概念をめぐる一考察 保険学雑 誌496号112頁(1982年)参照。
3) 甘利公人・判例時報1773号197頁(2002年),志田原信三・法曹時報56巻3号 264頁(2004年),堀田佳文・法学協会雑誌119巻12号2533頁(2002年),江頭憲 治郎・保険法判例百選196頁(2010年)他参照。
疑義がある場合には,作成者の責任を重視して解釈する方が当事者間の衡平 に資するとの考えもあり得よう。そして,かねてから本件のように被保険者 の死亡が自殺によるものか否かが不明な場合の主張立証責任の所在について 判例学説上解釈が分かれ,そのため紛争を生じていることは,保険者側は十 分認識していたはずであり,保険者側において,疑義のないような条項を作 成し,保険契約者側に提供することは決して困難なこととは考えられないの であるから,一般人の誤解を招きやすい約款規定をそのまま放置してきた点 は問題であるというべきである。もちろん,このような約款がこれまで使用 されてきた背景には,解釈上の疑義が明確に解消されないため,かえって改 正が困難であったという事情があるのかもしれないが,本判決によって疑義 が解消された後もなおこのような状況が改善されないとすれば,法廷意見の 法理を適用することが信義則ないし当事者間の衡平の理念に照らして適切を 欠くと判断すべき場合も出てくると考えるものである と言及されていた
(損害保険の傷害保険契約に関する【 2】最判平成13年4月20日判時1751号 171頁 でも同旨である)。
これに応じて学説も,問題の抜本的解決の一案として分類提要の引用規定 を削除し,3要件の簡明な定義を加える ,反対意見のある約款を使い続け ることは好ましいことではない ,このような問題が生じる理由の一つとし て偶発性と故意免責条項双方が約款に記載されていることから後者を削除し たらどうか ,この約款を用い続けることは紛争の原因を放置しているとい うことであり,生命保険会社は一般消費者に対して誠実な対応をしなければ
4) 甘利公人・法学教室254号113頁(2001年),福田弥夫・損害保険研究63巻4 号281頁(2002年)他参照。
5) 山野嘉朗 傷害保険における 偶然性 の立証責任と最高裁判例 生命保険 論集137号38〜39頁(2001年)参照。
6) 岡田豊基 傷害保険契約における偶然性の立証責任 損害保険研究65巻1・
2号336頁(2003年)参照。
7) 甘利・前掲註(3)202頁,前掲註(4)112頁参照。
における災害関係特約の約款改訂 生命保険契約
てい す。ま し
脚注が入らないため,空きを作成
ならい 等の指摘をしてきた。
加えて,金融庁も保険会社向けの総合的な監督指針 の Ⅳ.保険商品審 査上の留意点等 において 各保険会社の創意工夫を活かし,保険契約者の ニーズの変化に即応した迅速な商品開発を可能とする観点も踏まえ , 普通 保険約款及び特約の記載事項については,保険契約者等の保護の観点から,
明確かつ平易で,簡素なもの であることを求めている。
これらに対して,昨今の保険実務家は約款作成者としては契約内容を明確 にしなければならないことから,故意免責のように同様の内容を表裏から規 定することも必要である ,故意免責が規定されていない約款のわかりやす さの観点から採用しがたい というように種々考察してきたが,実務家の 立場は約款に記載できるものはなるべく記載したほうがいよい,というもの のように考えられる。これは,約款をもって消費者に種々の説明をする必要 があることから,ある条項が記載されていたら,その条項の法的性質は別と して説明しやすいということが背景にあるように考えられる。
以上のように判例,学説,監督官庁,実務家とも消費者に分かりやすい約 款を志向している点では共通していた。これら対する生命保険業界の回答が 今般の新約款である。
3.主な改訂点とその理由等
ここで,消費者に分かりやすい約款という観点から,新約款の改訂点とし て2点をその背景や特徴等とあわせて紹介する。
8) 落合誠一 消費者法の進展の中での保険契約の諸問題 生命保険論集171号 28頁(2010年)参照。
9)
http:
//www.fsa.go.jp/ common
/law
/guide
/ins
/04.html
(平成25年5月3日 最終アクセス。この指針は災害関係特約のみならず,全ての保険商品に及ぶも のである。)10) 山本到 保険事故における偶然性の立証責任 損害保険研究69巻4号63頁
(2008年)参照。
11) 田中秀明 ブロック塀への車両衝突による運転者の傷害死亡事故における偶 然性 石田満編 保険判例2010 252頁(2010年・保険毎日新聞社)参照。
保険学雑誌 第 622号
⑴ 分類提要の削除
以上の経緯より,まず批判の多かった分類提要を削除した。これにより 以前に比して消費者が約款を参照する際の抵抗感が随分薄らいだものと思わ れる。
しかしながら,ここで注目すべきは旧約款の 〜は含まれません。,
〜は除外します。 とされているものが,無重力環境への長期滞在,騒音暴 露,振動を除き,全て新約款の 表2 除外する事故 に挙げられているこ とである。新旧約款を通じて保険料が変わっておらず,補償範囲を実質的に 同一にする必要があったことから,このような体裁になったもの考えられる。
なお, 表2 除外する事故 のほかに 備考 急激かつ偶発的な外来の 事故の例 として,いくつかの該当性,非該当例を挙げることで,消費者の 理解を補助することを目的としている。
⑵ 定義の新設
また,同様に消費者の理解に資するために,定義規定を設けた。
まず,3要件のうち特に 外来 は英国の傷害保険契約で言うところの
external
の訳語 であるということからか,これ以外で日本語として用 いられることの少ない語であると考えられる。また, 外来 の中で疾病起 因性を含むのか否か で学説上争いがあったが,【 3】最判平成19年7月6 日民集61巻5号1955頁 は外来性の中に疾病起因性は含まれず,それは疾12) 山下丈 傷害保険契約における傷害概念(二・完) 民商法雑誌75巻6号913 頁(1977年)参照。
13) 含むとした見解に石田満 傷害保険契約における立証責任 同・保険契約法 の論理と現実304頁(1995年・有斐閣)他,含まれないとした見解に 阿憲 傷害保険契約における傷害事故の外来性の要件について 法学会雑誌(首都 大学東京)46巻2号267頁(2006年)がある。
14) 戸出正夫・損害保険研究69巻4号167頁(2008年),山野嘉朗・平成19年度重 要判例解説119頁(2008年), 岐孝宏・保険事例研究会 レ ポ ー ト227号14頁
(2008年),榊素寛・判例時報2036号158頁(2009年),鈴木達次・保険法判例百 選198頁(2010年)他参照。
生命保険契約における災害関係特約の約款改訂
←画像モノー
ルあり。訂正時注意
病免責条項で考慮されるとした。この立場はその後の【 4】最判平成19年10 月19日判時1990号144頁 で確認された。なお,【 3】【 4】の射程が議論さ れたが ,この後の【 5】仙台地石巻支判平成21年3月26日判時2056号143 頁 等で大勢は決したものと考えられる。疾病免責を含め,本定義はこの ような流れに沿ったものである。言い換えると,この (身体の内部的原因 によるものは該当しません。) は確認的注意的規定ではなく,真正の免責条 項と考えられる。
次いで,偶発性に関しては,故意免責規定を置いている。これは,後の偶 発性の立証責任でも言及するが,偶発性と故意免責の関係は【 1】の理解が 通用するというのが前提である。その上で,前述の実務家の観点等を参考に して作成された規定と考えられる。
4.残された課題
続いて,保険者が約款改訂にあたり意識したであろう問題点,今回の改訂 では不十分だったのではないかと思われる点等を概観する。
下記⑴が生命保険会社のみでは解決できない課題,⑵〜⑸が解決できるで あろう課題である。
15) 甘利公人 自動車保険の人身傷害特約にいう 外来の事故 石田満編 保 険判例2009 15頁(2009年・保険毎日新聞社),榊・ 前 掲 註(14)158頁, 阿 憲・保険法判例百選84頁(2010年)他参照。
16) 損害保険契約の人身傷害補償特約に限定されるとした見解として,西嶋梅治 外来性の要件の再検討 損害保険研究70巻2号29頁(2008年),桜沢隆哉 傷 害保険契 約 に お け る 保 険 事 故 の 偶 然 性・外 来 性 生 命 保 険 論 集164号249頁
(2008年)他,災害関係特約にも及ぶとした見解として,佐野誠 新保険法に おける傷害保険約款規定 生命保険論集166号24頁(2009年)他がある。
17) 戸出正夫 頭蓋内出血による溺死の 外来の事故 性 石田満編 保険判例 2011 62頁(2011年・保険毎日新聞社),三戸雅史・保険事例研究会レポート 250号13頁(2011年)参照。
険学雑誌 第 622号 保
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本文に⑴の小見出し
⑴ 偶発性の立証責任
偶然性の立証責任を保険金請求者 と保険者 のいずれが負担するかが 従来議論されてきたが,上記【 1】(及び【 2】)の多数意見が,約款の文理 解釈およびモラルリスクのおそれが増大することから,偶発性の立証責任は 保険金請求者側にあり,故意免責条項は確認的・注意的規定であるとした。
保険会社の実務はこの【 1】に則ったものであるが ,これが保険法下で も妥当するか否かについて学説は分かれており ,また,消費者契約法10条 との関係から問題視する見解 もある。
立証責任の所在が最終的に問題となるのは,収集された証拠のみでは不慮 の事故か故意の事故かの判断ができない場合である。従来,保険者はいずれ とも決定できない場合に災害関係保険金の支払いを拒んできた 。この問題 に関する裁判所の判断が固まるまでは従来どおりの取扱をすることになるの であろうが,立証責任の所在により支払い,不払いが分かれることもあり,
それは最終的には保険料に影響することであるから,保険法下における偶然 性の立証責任の所在は保険者が最も注目している点と言っても差し支えない ものと考える。
このような考え方に立脚しているものと思われるが,新約款の一部では
18) 石田・前掲註(13)301頁参照。
19) 中西正明 傷害保険―普通傷害保険の契約を中心として― 同・傷害保険契 約の法理26頁(1992年・有斐閣)他参照。
20) 日本生命保険生命保険研究会編著・生命保険の法務と実務【改訂版】256頁
(2011年・金融財政事情研究会)参照。
21) 依然妥当するという見解として江頭・前掲註(3)197頁,落合誠一監修・編 著・保険法コンメンタール152頁〔山下典孝〕(2009年・損害保険事業総合研究 所),出口正義 保険法の若干の解釈問題に関する一考察 損害保険研究71巻 3号48頁(2009年), 阿憲・保険法概説296頁(2010年・中央経済社)他,見 直されるべきであるという見解として山下友信 保険法と判例法理への影響 自由と正義60巻1号34頁(2009年)他がある。
22) 岐孝宏 傷害保険契約における偶然性の立証責任分配に関する将来展望 損害保険研究69巻4号42頁(2008年)参照。
23) 例えば,盛岡地判平成10年2月25日生命保険判例集10巻84頁等。
生命保険契約における災害関係特約の約款改訂
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ルあり。訂正時注意
(被保険者の故意によるものおよび故意か不慮か不明のものは該当しませ ん) という規定がある。分類提要の中にも 故意か不慮かの決定されない 損傷(E980―E989) は存在するが,これは当該損傷が不慮の事故,自殺 あるいは他殺によるものかが医学的または司法当局の調査によって決定され ない場合に用いられるものである。従来,これに基づいた判決もあるにはあ た が,これを引用することは【 1】の原審である【 6】東京高判平成10年 1月26日民集55巻3号722頁でも否定されている。
生命保険会社の意図として,不慮の事故か故意の事故か不明の事故に対す る支払を拒否するということが考えられるが,これをどのように理論付ける かという点において,不慮の事故該当性の問題として考えるのか,不慮の事 故に該当するとした上でその後の免責の問題として考えるのかという2つが ある。生命保険会社にとって,不慮の事故該当性は請求者側に立証責任が課 されることから,前者のほうが圧倒的に負担が少ない。この規定はこのよう な価値判断から,従前の事例を参考にして誕生したものと考えられる。
しかし,以上は【 1】やこれまでの実務を前提としたものである。仮に偶 発性の立証責任が保険者に課されるとすると,この規定は故意の事故は不慮 の事故に該当しないとしていることから,立証責任を転換したものと考える こともできる。その場合の有効性については,約款で規定すれば直ちに立証 責任を転換できるのかは疑問であるとする学説 があることから,留意す る必要がある。
いずれにせよ,従来の実務が変更される可能性のある個所であり,その場 合は生命保険会社の支払査定基準の変更や営業政策等に大きな影響を与える ものである。裁判所の判断が待たれるところである。
24) 例えば,東京地判平成3年7月4日判時1409号115頁(宮川剛志・保険事例 研究会レポート86号8頁(1993年)),【 1】の第一審である東京地判平成9年 5月29日民集55巻3号713頁等。
25) 甘利公人 保険契約における保険事故の立証責任 保険学雑誌600号166頁
(2008年)参照。
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⑵ 不作為の外来性
消火活動における精神的ショックに外来性を認めた【 7】浦和地越谷支判 平成3年11月10日判タ779号259頁,糖尿病に罹患し,身体が温まるとてんか ん発作を起こしやすい被保険者が入浴中,看護婦(師)が浴室から離れた際 に発作を起こし溺死した事案において,死亡の直接の原因は看護婦(師)の 任務懈怠であるとした【 8】大阪高判平成11年9月1日判時1709号113頁,
てんかんの持病を有する被保険者が入所していた施設で入浴中,監視監督義 務を負う施設職員が浴室を離れている間に発作が起こり溺死した事案におい て,作為義務者の安全配慮事務違反の不作為に外来性を認めた【 9】最判平 成19年7月19日保険毎日新聞2007年11月21日 のように,外来性の要件は 必ずしも身体への物理的,直接的作用に限定されない。
これは 身体外部からの作用 という文言自体が漠然としているため,多 様な理解の仕方が可能となるためである。新約款では不作為の外来性につい て何も言及しておらず,これにどのように対応しているのか必ずしも明確で はない。新約款で考察した場合,【 8】【 9】はまずは疾病免責条項該当性が 問題となり,最終的には表2の 3.疾病による障害の状態にある者の窒息 等 に該当することになろうが,【 7】は該当するものがない。つまり,て ん補されることになるが,その外延がどこにあるのかははっきりしない 。 不慮の事故のてん補範囲を客観的に決定するという外来性の要件の機能か らすると望ましいことではなく,ここは明確に規定しておくべきではなかっ たかと考えられ,将来的に見直しが必要となる可能性がある。
⑶ 限定支払条項の不採用
損害保険の傷害保険普通保険約款10条1項では 被保険者が第1条(当会
26) 阿憲・保険毎日新聞2007年11月21日4頁,小林和則・保険事例研究会レポ ー ト227号 1 頁(2008年),岡 田 豊 基 ・ 保 険 事 例 研 究 会 レ ポ ー ト231号11頁
(2009年)参照。
27) ・前掲註(21)290頁参照。
款 生命保険契約における災害関係特約の約 改訂
←
すぎて見え るため)イレジュラー処 理です。
3.の 後 ろ の ア キは4分アキに なっています。
(アキ
社の支払責任)の傷害を被ったときすでに存在していた身体の傷害もしくは 疾病の影響により,または同条の傷害を被った後にその原因となった事故と 関係なく発生した傷害もしくは疾病の影響により同条の傷害が重大となった ときは,当会社は,その影響がなかった場合に相当する金額を決定してこれ を支払います。 とする所謂限定支払条項がある。
これが問題となった事例として,脳卒中を引き起こしやすい基礎疾患を有 していた被保険者が高速道路を走行中に脳出血を引き起こし,左手に麻痺が 現れ,ガードレールおよびポールに衝突し脳ヘルニアで死亡,疾病名は高血 圧性脳出血という事案で交通事故の寄与率は10%と認定した【10】名古屋高 金沢支判昭和62年2月18日判時1229号103頁 ,下位腰椎変形性脊柱管狭窄 症,腰椎椎間板症および胸腰椎黄色靱帯骨化症を有していた被保険者が,自 身の運転していた車に自動二輪車が衝突し障害を負った事案でそれぞれの寄 与度を50%とした【11】広島高判平成10年7月2日交民集31巻4号985頁,
肝硬変および心機能障害を有していた被保険者が,ダンプカーを運転してお り,同車を電柱に衝突させ死亡した事案で,それぞれの寄与度を50%とした
【12】大阪地判平成12年9月28日交民集33巻5号1595頁等がある。
当該条項は傷害と疾病が協働して結果を引き起こしている場合に柔軟な解 決ができるとされ非常に有効なものであるが ,災害関係特約および主たる 契約である生命保険契約は定額保険契約であることや技術的困難性 から 導入されなかったものと考える。
多少場面は異なるが,支払保険金額の算定基準が契約上客観的に定められ ていることから変額生命保険契約も定額保険の一種であるとされているので あり ,定額保険であるから導入されないというのは理由として不十分であ
28) 甘利公人・ジュリスト986号95頁(1991年),石原全・判例時報1250号199頁
(1987年)参照。
29) ・前掲註(21)293頁参照。
30) 遠山聡 傷害保険契約における 外来の 事故該当性の判断基準 保険学雑 誌606号229頁(2009年)参照。
31) 山 下 友 信=竹 濱 修=洲 崎 博 史=山 本 哲 生・保 険 法(第 3 版)230〜231頁 保険学雑誌 第 622号
ると思われ,これも今後の検討課題の一つであると考える。
ただし,実際に給付を行う場面においては,外因と内因がどれほど結果に 寄与したかを認定することはかなり難しいものと推測され,規定の仕方を余 程工夫する必要がある。また,上記3件の裁判例はいずれも交通事故に関す るものであり,これ以外の不慮の事故の場合にはどのように対応するのかも 考える必要がある。
⑷ 軽微な外因 の存続
新旧約款を通じて軽微な外因による事故は不慮の事故から除外される旨の 規定がある。軽微な外因とは,畳の上でころんだように通常人によっては,
ほとんど影響のない外因とされている が,具体的にどの程度の影響力を 有していれば外来性の要件を満たすかは約款上から明らかではない。
これに対して,損害保険の傷害保険契約には軽微な外因を除外する旨の規 定はない。同じ傷害疾病定額保険契約でありながら,生命保険の災害関係特 約と損害保険の傷害保険契約の規定が相当異なることは消費者保護の見地か ら望ましくないとされている 。
おそらく,この規定は不慮の事故の範囲を客観的に画するという外来性の 機能より,通常人を基準にして考えるということを注意的に定めたものと思 われるが,そうだとしたら,いたずらに消費者を混乱させてはいないかとい う疑問もある。次回改訂時に存続させる必要があるのか,考える必要がある。
⑸ その他
備考で列挙されている 不慮の転落・転倒 , 不慮の溺水 は不慮の事故 の例示であるが,若干トートロジーに陥っているきらいがある。
また,上述の 軽微な外因 や旧約款から引き続き用いられている 過度
(2010年・有斐閣)参照。
32) 古瀬・前掲註(2)134頁参照。
33) 山野・前掲註(5)39頁参照。
生命保険契約における災害関係特約の約款改訂
の高温 という語のように,一般的にそれが具体的にどのようなことを指し ているのかが十分理解できるとは考えにくいものと思われ,簡明化の観点か ら今後の課題と考える。
そして,生命保険契約は一般に長期の契約であり,その特約として付加さ れる災害関係特約もまた同様である。この点において,新旧約款が混在する 期間が相当長期に続くこととなる。これに関連して問題となることとして,
例えば,一方の約款には疾病免責が規定されており,他方の約款はそうでは ないという場合が考えられる。ここで,基礎疾患を有する被保険者が外来の 事故で死亡した場合,一方は支払対象となり,他方は不払対象となる可能性 があり,顧客へより丁寧な説明が求められるであろう。
また,顧客が複数契約を有しており,その中で旧約款が新約款に更新され ている場合には更に混乱することであろう。あるいは,疾病起因性の担保と いう点で約款の不利益変更にもなりかねない。
5.おわりに
以上概観してきたとおり,課題は残されてはいるものの,新約款は主に消 費者保護,分かりやすい約款を念頭において作成されてきたものである。
災害関係特約の魅力は保険事故が不慮の事故に限定されていることから,
低廉な保険料で十分な保障を得ることができる点にあるが,保険事故が限定 さていることから,上記のような事例は大変悩ましいものである。しかし,
災害関係特約が社会の役に立つ特約であるためには,給付対象か否かを厳格 に判断される必要がある。
この点でも新約款は各要件の定義を設け,分類提要を削除していることか らすっきりとした体裁となっており,消費者の理解に資するものであると考 えられ,今後の運用に期待するものである。
(筆者は上智大学大学院法学研究科博士後期課程) 保険学雑誌 第 622号
(別紙)
・旧約款
別表2 対象となる不慮の事故
対象となる不慮の事故とは急激かつ偶発的な外来の事故(ただし,疾病ま たは体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症しまたはその症状が増 悪したときには,その軽微な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とみなしま せん。)で,かつ,昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定められた分 類項目中下記のものとし,分類項目の内容については, 厚生省大臣官房統 計情報部編,疾病,傷害および死因統計分類提要,昭和54年版 によるもの とします。
分 類 提 要 基本分類表番号
1.鉄道事故 2.自動車交通事故 3.自動車非交通事故
4.その他の道路交通機関事故 5.水上交通機関事故
6.航空機および宇宙交通機関事故 7.他に分類されない交通機関事故
8.医薬品および生物学的製剤による不慮の事故
ただし,外用薬または薬物接触によるアレルギー,皮膚炎な どは含まれません。また,疾病の診断,治療を目的としたもの は除外します。
9.その他の固体,液体,ガスおよび蒸気による不慮の中毒 ただし,洗剤,油脂およびグリース,溶剤その他の化学物質 による接触皮膚炎ならびにサルモネラ性食中毒,細菌性食中毒
(ブドー球菌性,ボツリヌス菌性,その他および詳細不明の細 菌性食中毒)およびアレルギー性・食餌性・中毒性の胃腸炎,
大腸炎は含まれません。
E800〜E807 E810〜E819 E820〜E825 E826〜E829 E830〜E838 E840〜E845 E846〜E848
E860〜E869 E850〜E858
10.外科的および内科的診療上の患者事故
ただし,疾病の診断,治療を目的としたものは除外します。 E870〜E879 生命保険契約における災害関係特約の約款改訂
12.不慮の墜落
13.火災および火焔による不慮の事故 14.自然および環境要因による不慮の事故
ただし, 過度の高温(E900)中の気象条件によるもの , 高圧,低圧および気圧の変化(E902) , 旅行および身体の 動揺(E903) および 飢餓,渇,不良環境曝露および放置
(E904)中の飢餓,渇 は除外します。
15.溺水,窒息および異物による不慮の事故
ただし,疾病による呼吸障害,嚥下障害,精神神経障害の状 態にある者の 食物の吸入または嚥下による気道閉塞または窒 息(E911) , その他の物体の吸入または嚥下による気道の閉 塞または窒息(E912) は除外します。*1
16.その他の不慮の事故
ただし, 努力過度および激しい運動(E927)中の過度の肉 体行使,レクリエーション,その他活動における過度の運動 および その他および詳細不明の環境的原因および不慮の事故 (E928)中の無重力環境への長期滞在,騒音暴露,振動 は除 外します。
17.医薬品および生物学的製剤の治療上使用による有害作用 ただし,外用薬または薬物接触によるアレルギー,皮膚炎な どは含まれません。また,疾病の診断,治療を目的としたもの は除外します。
18.他殺および他人の加害による損傷 19.法的介入
ただし, 処刑(E978) は除外します。
20.戦争行為による損傷
E880〜E888 E890〜E899
E900〜E909
E910〜E915
E916〜E928
E930〜E949
E960〜E969 E970〜E978 E990〜E999
*1 入浴中の溺水 が除外されている約款もある。これは高齢者の浴槽内の溺死 を念頭に置いているものと考えられる。高齢者の浴槽内の溺死は死に至るま での過程が不明であることが多く,解剖実施の有無や診断する医師により内 因死か外因死かが分かれることから,紛争の元になることが多いため,予防 の観点から除外したものと考える(黒崎久仁彦=栗岩ふみ=原修一=加納節 夫=三澤章吾=遠藤任彦 入浴中急死における死因決定の現状と問題点 法 医学の実際と研究45巻176頁(2002年)参照)。
11.患者の異常反応あるいは後発合併症を生じた外科的および 内科的処置で処置時事故の記載のないもの
ただし,疾病の診断,治療を目的としたものは除外します。
E878〜E879 保険学雑誌 第 622号
・新約款
別表1 対象となる不慮の事故
対象となる不慮の事故とは,急激かつ偶発的な外来の事故とします(急 激・偶発・外来の定義は表1によるものとし,備考に事故を例示します。)。
ただし,表2の事故は除外します。
*2 (被保険者の故意によるものおよび不慮か故意か不明のものは該当しませ ん。) とする約款もある(その内容等については本文を参照されたい)。
表1 急激・偶発・外来の定義
用 語 定 義
事故から傷害の発生までの経過が直接的で,時間的間隔のないことを いいます。(慢性,反復性,持続性の強いものは該当しません。)
事故の発生または事故による傷害の結果が被保険者にとって予見でき ないことをいいます。(被保険者の故意にもとづくものは該当しませ ん。*2)
事故が被保険者の身体の外部から作用することをいいます。(身体の 内部的原因によるものは該当しません。)
1.急激
2.偶発
3.外来
備考 急激かつ偶発的な外来の事故の例
該 当 例 非 該 当 例
次のような事故は,表1の定義のいず れかを満たさないため,急激かつ偶発 的な外来の事故に該当しません。
・高山病・乗物酔いにおける原因
・飢餓
・過度の運動
・騒音
・処刑
次のような場合は,表1の定義をすべて満たす場合は,急激かつ偶発的な外 来の事故に該当します。
・交通事故
・不慮の転落・転倒
・不慮の溺水
・窒息
生命保険契約における災害関係特約の約款改訂
表2 除外する事故
項 目 除外する事故
1.疾病の発症等における 軽微な外因
2.疾病の診断・治療上の 事故
3.疾病による障害の状態 にある者の窒息等
4.気象条件による過度の 高温
5.接触皮膚炎,食中毒な どの原因となった事故
疾病または体質的な要因を有する者が軽微な外因に より発症しまたはその症状が増悪した場合におけ る,その軽微な外因となった事故
疾病の診断または治療を目的とした医療行為,医薬 品等の使用および処置における事故
疾病による呼吸障害,嚥下障害または精神神経障害 の状態にある者の,食物その他の物体の吸入または 嚥下による気道閉塞または窒息
気象条件における過度の高温にさらされる事故(熱 中症(日射病・熱射病)の原因となったものをいい ます。)
次の症状の原因となった事故
a.洗剤,油脂およびグリース,溶剤その他の化学 物質による接触皮膚炎
b.外用薬または薬物摂取によるアレルギー,皮膚 炎など
c.細菌性食中毒ならびにアレルギー性,食餌性ま たは中毒性の胃腸炎および大腸炎
保険学雑誌 第 622号