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韓国研究におけるモノ研究と生活財調査

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韓国研究におけるモノ研究と生活財調査

著者 岡田 浩樹

雑誌名 国立民族学博物館調査報告

巻 44

ページ 67‑79

発行年 2003‑12‑26

URL http://doi.org/10.15021/00001855

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岡田 韓国研究におけるモノ研究と生活財調査

韓国研究におけるモノ研究と生活財調査

岡田 浩樹

1はじめに

     『朝鮮多島海旅行覚え書き』におけるモノへの視点

 昭和11(1936)年8月,アチックミューゼアム同人が現在の全羅野道を旅行した。参 加メンバーは澁澤敬三,高橋文太郎,櫻田勝徳磯谷勇,宮本弓太郎,小川徹村上清 文など,アチックミューゼアムの中心的な人々であった。現地の事情をよく知っている と言うことで京城帝国大学の秋葉隆も参加している。この踏査の記録は,後に『朝鮮多 島海旅行覚え書き』として発刊されている。

 植民地支配期の民俗学者,人類学者の朝鮮半島における調査・研究活動については近 年ようやく研究が始まったところであり,いまだ詳細な検討がおこなわれたとは言い難 い。また,戦前の研究と戦後の人類学,民俗学の間の連続性/不連続性も今後の検討を 待たねばならない問題である。ただし『朝鮮半島多島海旅行覚え書き』には,戦後の日 本人人類学者の民族誌にはないある特徴が見受けられる。

 それはスケッチの多さである。『朝鮮半島多島海旅行覚え書き』の前半は「巡行記」と いう調査目誌となっている。そこには38枚の写真と図1枚が収められている。後半は「見 聞記」としてフィールドノートの覚え書きとなっている。ここには21枚のスケッチが図

として収められている。そのスケッチの大半がいわゆる民具や家屋を描写したものであ

る。

 言語ができない状況で,しかもわずか3日間の踏査でかくも多くの分量のフィールド ノートをとったこと自体が驚きである。ただ,やはり言葉を介さない調査では通訳を用 いても「観察」とそれに基づく記録が主になったことは十分理解できる。

 しかしながら,この特徴には,単なる調査技術上だけではない問題もあるように思わ れる。つまり日本の民俗学における「民具研究」の視点,あるいはモノへの視点がこの 時期の調査に大きく影響していた。『覚え書き』では,それぞれの集落についておおまか な項目にフィールドデータを分類して記述してある。その項目の数例を挙げると以下の ようである。

「部落所見」,「民家」,「民具」,「服飾」,「労働,「信仰」,「雑」(全羅南道務安郡荏子面鎮里)

「部落所見」,「服飾,民具」,「祖霊祭」,「俗信」(全羅南道務安郡荏子面水島里)

「部落」,「服飾,民具」,「農業」,「漁業」,「信仰」,「雑」(全羅南画霊光郡月面上洛月里)

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 集落ごとに異なる項目はあるものの,「服飾」「民具」はほぼ全ての集落に共通する項 目となっている1)。さらに言えば,労働や信仰の項目においても,農具や漁具,儀礼用具 などのモノに関する記述も今日の民族誌と比較すると多いと言えよう。

 こうした朝鮮のモノに関する関心の大きさは,植民地期の日本人研究者に共通する傾 向とまで言えるかもしれない。朝鮮の「俗信」に関心を寄せた村山智順,「巫俗」研究に 集中した秋葉隆,赤松智城なども,多くのモノの写真,スケッチ,モノについての記述 や論文を残した。このような生活全般にモノも含めた関心を抱く視点は民俗学,人類学 だけでなく,今和治郎などの考現学的なアプローチや,広く、は民芸運動なども,当時の 朝鮮のモノについての関心を反映していると言えるだろう。

 彼らの研究は,もちろん現在の民族誌的研究の水準から見れば不十分な点もあり,植 民地主義的バイアスが入り込んでいることはしばしば指摘されていることは事実である。

朝鮮(韓国)のモノへの関心はエキゾチックな文物への関心であり,ある種のオリエン タリズムと親和性があることは事実である。しかしながら当時の研究者がもっていた朝 鮮(韓国)モノへの視点は,物質文化(モノ)も含めた生活全般の理解という視点の萌 芽であった可能性もある。戦後の人類学的研究の展開において,この視点はどのように なっていったのであろうか。そして今日,彼らのモノへの視点から学ぶべき点はないの であろうか。

2戦後の韓国研究におけるモノへの関心の弱化

 端的に言えば,戦後の日本における韓国社会に関する人類学的研究は,むしろモノに ついての関心を失っていたと言えるのかもしれない。例えば,日本で発表された戦後か

ら1990年までの人類学的(民俗学含む)研究の論文628件中,物質文化そのものを主題 にした論文はわずか18件にとどまっている2)。

 全体の研究の傾向として,戦後の人類学的研究はもっぱら家族・親族関係を中心に祉 会構造の理解に集中してきた。一方,民俗学はシャーマニズムを中心とした民間信仰,

そして「韓国の基層文化」「韓国人の心性」に関心を寄せてきたと言えるであろう。この 結果として,韓国社会への人類学的アプローチとして物質文化研究(モノ研究の視点)

が戦前と比較すると少ないように見受けられる。

 この背景には,物質的文化を中心的に取り扱う他の分野の存在もある。例えば今和治 郎の民家研究は戦後はもっぱら建築学の分野で進展した。あるいは衣服に関しても被服 学の分野で韓国の衣服に関する研究を担っている。韓国の民具研究は民芸運動の流れを くみつつ,研究者とは異なる立場から民芸品愛好者の中に受け継がれている。ある意味 で研究分野の分業化・細分化の結果,人類学・民俗学が韓国の物質文化(モノ)を取り 扱わなくなったという見方もできる。

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岡田 韓国研究におけるモノ研究と生活財調査

 しかしながら,近年さまざまな批判があるにせよ,人類学における全体的アプローチ の観点から見る場合,他社会の研究と比較しても韓国研究における物質文化(モノ)研 究が少ないことは指摘できるであろう。社会関係,集団を律する規範社会構造に関心 を集中させていった場合,どうしても具体的なモノ自体よりも社会的・文化的機能,意 味が重視されてしまう。戦前の研究においても,社会集団に研究対象を集中した鈴木栄 太郎が物質文化にほとんど関心を寄せなかったことは示唆的である。一方,民俗学や他 の分野においては物質文化(モノ)を取り扱っていても,分類や地域性,他社会との比 較に主要な関心があり,物質文化と社会との関係,生活の中でのモノと人間との関係は 等閑視されてきた。

 物質文化(モノ)に対する関心が弱化したことが,韓国社会の人類学的研究にいかな る問題をもたらしたかは慎重に検討すべき問題であるが,ここでは以下の特徴を指摘す ることができるであろう。まず,民族誌的記述において,モノはあくまでも,社会関係,

儀礼などのコンテクストで説明される傾向がある。しかもモノが重要な位置を占める「生 活」ではなく,親族制度,儀礼,社会関係など全体的な文化(社会)のコンテクストで 説明される傾向がある。この背景に社会的機能,シンボル・表象への注目など,社会(文 化)が一方向的にモノを意味づけるという暗黙の了解が研究者の問にあると言えよう.

言い過ぎを恐れないならば,韓国社会,文化にアプローチする場合,物質文化に対して 精神性,観念性が優位にあるという前提があるかのようである。

 このような特徴は,決して全面否定されるべきものではないことは当然である。しか しながら,物質文化(モノ)に着目することで得られる興味深い問題をこれまで見のが してきたように思われる。モノそれ自体が産み出す意味,現象への注目,モノ同士の関 係が産み出す関係,現象への注目が欠如している。

 全体的に見て,戦後から1990年代までの人i類学的研究においては,韓国社会や文化を 捉えようと試みてきた。これは「伝統的韓国社会」の理解には一定の成果を挙げてきた と評価できよう。しかし戦後の韓国社会は社会,文化さらにはライフスタイルも含む生 活全般が大きな変化を被ってきた。そこでフィールドワークをおこなう場合の方法論上 の問題が十分に議論されてきたとは言い難い。そしてモノ(物質文化)への関心が弱化 したため,彼らが把握した社会,文化の「伝統的」モデルとフィールドワークで目のあ たりにする現実の生活とその変化の問にある種の玉算が生じていた可能性もある。すな わち具体的なモノがその重要な一部として構成される現実の生活は,この時期の変化の 大きさのゆえにただちに社会的機能,意味,表象に還元することはできない。

 1990年代以降,韓国社会はさらに大きな変貌を遂げつつある。高度成長期が一応の段 階に達し,産業化,都市化によって韓国人のライフスタイルが「李さん一家」のような 都市生活者(集合住宅をはじめとする)に移行し,近年ではインターネット,携帯電話 などコミュニケーションの領域における変化が大きい。いわば韓国社会が完全に「伝統

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社会」から高度消費社会に移行し,韓国人のライフスタイルも大きな変化をしている。

その暫定的な時期区分として1990年が一応を設定できるのではないか。

 1990年代以降の韓国研究の特徴は,急激にその数が増加するだけでなく,分野を越え た研究が多くなり,特定分野と関連がつけにくいことである。しかし人類学的研究に限 定すると,1990年代までの傾向は現在にいたるまで継続しているのではないかという仮 説が成り立つ。

3韓国社会と人類学的アプローチ,「モノ」研究

 「韓国社会の特質」としてモノや生活への関心の薄さがしばしば指摘されることは事 実である。住み慣れた家屋敷から都市のマンションへ何のためらいもなく移動し,さら には頻繁にそのマンションも引っ越しを繰り返すこと,日本の村落と比較し,韓国の村 落には保存,維持されている文書やモノが圧倒的に少ないこと,新製品に対する韓:国人 の関心の高さ,などさまざまなエピソードが語られる。同時に韓国社会のエートスとし て物質に対する精神性の優位が強調されるという見方もある。

 しかし物質文化への関心の薄さが韓国社会のエートスなのかは慎重に検討すべき問題 である。研究者の側の方法論的,認識論的な問題も考慮に入れる必要があろう。韓国研 究の問題にとどまらず,文化の理解をめぐる人類学的アプローチの問題点が内包されて いる可能性も否定できない。これは稿をあらためて論ずるべき大きな問題であり,ここ では以下の2点を指摘するにとどめたい。

 第一に,韓国研究において「文化」が自明とされ,文化概念の内包する含意と問題点 が議論されてこなかった点である。

 近代の人類学的研究の人類学的視点における文化の観念的側面および慣習への集中と 物質文化研究の視点への弱化と表裏一体の関係にある。一般的に「文化」とは,それを 最広義に定義すると,人間行為(ならびにその所産)の蓄積全体のうち,遺伝的ではな く社会的に伝達される部分のことを指すとされる。このような文化の定義の淵源はタイ ラーの『原始文化』(1871)の定義を修正したものである。かつての文化の研究において 中心概念は「慣習」,すなわち伝統的・規則的な物事の行い方という概念であった。それ ぞれの文化の特徴に言及する際に,あくまでも慣習およびその背後にある「社会関係」「構 造」「体系」などといった観念的側面やモデルが強調されてきたと言えよう。

 欧米の人類学を「輸入」してきた日本の人類学者たちは結果として物質文化研究を見 過ごしてきた。また,ひとつの単位としての韓国文化・社会に関する全体論的アプロー チは「民族」の問題と連動しながら強化され,結果的にモノ(物質)が直接関わる「生 活」の問題を議論してこなかった傾向がある。

 第二に,特に物質文化をとり扱う場合の「個別文化」,この場合は「韓国文化」という

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副韓国研究・おける・・研究・生活財調査

複合概念の内包する含意と問題点を議論してこなかった点である。

 モノ(物質文化)を取り扱う場合,「韓国の… 」というアプローチがある。これは,

まずひとつの統一性をもつ韓国文化を前提とし,その特性を他と比較する方法である。

しかし,そこには個別の「ひとつの文化(aculture)」と,普遍的な「文化(Cu正ture)」と いう二重の基準がある。この結果,モノはその具体的文脈を考慮しているようで,その 特性を指摘するときには普遍的基準によって同定する。例えば,文化項目(culture item)

の視点であるが,そこにおいて食文化,住文化という対象化はいかにも曖昧である。

 そして人類の一属性としての文化一般(Cu豆ture)と一般に特定の人間集団に独特の生 活様式と考えられている個別の文化(aculture)は区別される必要がある。後者は文化へ の特性論的アプローチと言え,そこには「文化領域」(culture area)という先入観が内包 されている。この文化領域のアプローチは,文化の諸特性に高度の一貫性(文化体系)

が見られ,しかも近接領域との違いがはっきりと認められるような地理的領域を区画し ようという試みにつながる。

 韓国社会のようなきわめて民族的には均質な「単一民族国家」を取り扱う場合,この 二つの文化の区分がより見えにくく,個別のモノに過度に高度の一貫性を見いだしてし まうか,もしくは一貫性に適合しない場合そのモノを排除してしまう危険性がある。

 このアプローチの問題は現代社会を取り扱うときに顕在化する。標準化された大量消 費財が生活財の大半を占める状況において,もはや「韓国的なモノ」は韓国人の生活の 中に少なくなってきている。それらの大量消費財を通して韓国社会の特性,高度の一貫 性をみるなど不可能である。

4おわりに

     李さん一家の展示が提起した問題とモノ研究の可能性

 筆者は,産業化・都市化さらにはglobalizationという状況に際し,家族・親族研究を中 心とした社会構造研究や,シャーマニズム研究に焦点をあて,「韓国の基層文化」を解明 しようと言う「伝統的な」手法にはもはや有効性は少ないと考えている。しかし人類学 的な研究が「伝統社会」の解明に向けられ,歴史学の一分野として存続せざるを得ない

とは考えない。国立民族学博物館の特別展示は,現在の韓国社会に対する人類学的研究 の可能性を提示していたように思える。3000点という多くのモノを現実の韓国の家族が 所有していたことは,事実として出発すべきである。このようなモノたちに取り囲まれ た韓国の家族(チプ)の姿は従来の韓国の家族(チプ)研究では描かれることがなかっ たものである。

 この事実から出発する時に,様々な問題が設定可能である。例えば展示されていた多 量の大量消費財と個別の家族の関係という「アンバランス」な関係は,例えば,商品,

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商品化,差異化,物象化と具体的なモノ(現象)の関係をどのように考えるかの問題を 提起する。また個々のモノのエピソード(個人史,歴史,逸話)を語ることの有効性と,

それらのモノから社会や文化の全体をとらえるかという問題もある。その背後には前節 で指摘したような一般的な問題も横たわっている。モノをとらえるためにどのような概 念装置,方法論,認識論が必要なのであろうかという問題である。

 これまでのところ,日本の人類学者の反応は興味深いものの,やや冷ややかな態度で あるように見受けられる。それはかって考現学などの手法が,社会の一断面を指摘する にとどまる「おもしろい」研究以上の評価を受けなかったことと共通しており,「生活実 態調査」という方法も,いまだ個別の問題意識にとどまっているという限界があるため であろう。

 しかし近年のCultural Studiesの諸論考, Appadurai3), Taussig4)をはじめとする近年の入 類学におけるモノ研究の進展を考慮すれば,韓国社会におけるモノの研究もより注目さ れてしかるべきであろう。韓国社:会がグローバリゼーションの流れの中にある21世紀の 韓国社会を人類学的研究の対象にする場合に,冒頭で述べた澁澤らの視点とは異なる意 味でモノ研究は重要となってくる5)。ただし澁澤らが言語もできない「異文化」であった 朝鮮半島を見る際に具体的なモノに着目した態度には未だ学ぶべき点があるように思わ れる。現代韓国社会は従来の社会構造や文化体系のモデルで把握できないほど複雑化し た。言説や表象やイデオロギーなどの観念的な側面だけでなく,具体的な事実=モノか

ら見るアプローチももっと行われてよいのではないだろうか。

1)ここで取りあげられている集落は8カ所,うち「移動部落波市」を除く7カ所の記述に「民具,

  服飾」が共通する。波市は漁場の場所に伴って移動する特殊な集落であり,直接訪問したので   はなく,聞き書きによる。

2)筆者の収集,分類による。これは嶋陸奥彦教授のプロジェクトによっておこなわれた。今後,

  日韓文化交流基金などにより,より包括的な韓国研究のリストが作成されると思われる。

3) Appadumi(eds.),/986,800 o猛癖qプ7海ηg5, Camb亘dge Uni砿Press.

4) Taussig,1980,7乃εDεvμoηゴGoη襯。漉リノ飽 5傭刑加5bμ漉オ吻εr cα, Univ ofCali煮)rnia Press.

5)現在のグローバリゼーションの特徴がモノ,人,情報の移動が世界規模でおこっていることは   事実である。モノ研究は必然的にグローバリゼーションの検討へと向かう。Appad服ai(eds,),

  2001,σ1訪α1加 ∫oη,Duke Univ Press参照。

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3) Appadurai(eds.),1986,8bdα1L珍(〜プ7乃加g∫, Cambrigde Univ」Press.

4) ]bussig,1980,窃βDθv 1α耀Co〃2〃20漉リノ飽 納5溜勿50〃功.4〃28r 6α, Univ. ofCalifbmia Press.

5)週刈刈図1尋釧葺碧01朴暑,朴曽,恕里到 01暑01列測丑里旦望σ1}斗エ銀ゼ裂薯  λト毬01亡㍗.入}暑望〒・モ三望望瑚立呈・列囲糾潮右豆呈磐碧環01亡干.

 Appadu臓i(eds.),2001,αobα1まzα∫∫oη, Duke Univ. Press茎}呈.

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参照

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