《判例研究》
主債務の担保評価に関する保証人の 錯誤と債権譲受人に対する無効の主張
──東京高判平成24・5・24判タ1385号168頁 ・ 金判1401号36頁 ・ 金法1962号94頁
渡 邊 博 己
Ⅰ はじめに
本判決は,担保評価に関する連帯保証人の誤信が,債権者の担保評価に対す る前向き発言(融資金額を上回る評価があること)によるものであることをもっ て,当該連帯保証人に動機の錯誤があり,その動機の表示も認められ,この点 について錯誤がなかったなら,保証契約を締結することはなかったとして,本 件連帯保証契約が要素の錯誤により無効であるとする。そして,連帯保証人の 錯誤無効の抗弁は,当該連帯保証人が被保証債権の譲渡の承諾の承諾をしたと きであっても,被保証債権の譲受人に対して主張することができるという判断 を示したものである。
連帯保証契約の錯誤無効については,動機に錯誤が認められ,そしてこれが 要素の錯誤となるのはいかなる場合なのかが問題になる。また,連帯保証人に 対する債権者の前記発言が連帯保証人の動機の錯誤の原因である場合も,この 発言が存在することをもって錯誤の要件を充足することを認めることができる かどうも問題になる。とくに後者については,「民法改正(債権関係)の改正に 関する中間試案」において,新たに相手方の不実表示を錯誤の要件とする提案 があり,これと同様の考え方を示すものなのかも問題になる。
そして,被保証債権の譲渡の承諾と連帯保証人の錯誤無効の主張の可否につ
いては,被保証債権の譲渡により保証債務も当然に移転することになる(随伴 性)としても,債務者または連帯保証人の異議をとどめない承諾があれば,連 帯保証契約の錯誤無効の抗弁も切断されるのかという問題がある。これについ ては,被保証債権の譲渡に伴い当然に生じる問題ではあるが,従前それほど議 論があったわけではなく,適切な先例も見当たらない。本判決が傍論的に言及 するところであるが,この是非を含めて被保証債権の譲渡と連帯保証人の錯誤 無効の主張に関する一般的な問題として検討しておきたい。
Ⅱ 検討判例
[事案の概要]
AはB銀行に少なくとも約 2 億3300万円ないし約 2 億3400万円の負債があり,
毎月の返済額は約162万円以上であった。Aは,不動産業者の担当者から持ち かけられた本件ビルの購入資金について,B銀行に融資の相談をした。B銀行 は,①内部稟議資料として作成した「リスクを認容する説明書」に7490万円の リスクがあるとしていたが,本件ビルの収益価額査定額では 5 億1320万円が見 込まれること,②本件ビルの予定対価を 9 億円とする国土利用計画法に基づく 届出に対して,県知事の不勧告通知があること,③Aの負債状況を認識してい たが,本件ビルは高収益物件であり,十分に本件貸付金の回収が可能であるこ と等の判断により,担当行員Cを介してAに対し, 4 億5000万円の融資は可能 であり,そのうち 2 億円については信用保証協会の保証を付け,残り 2 億5000 万円についてはY(Aの兄・医師・大規模病院の内科部長)の保証が必要である旨 を伝えた。
そこで,A・Cらは,平成 7 年 6 月にYを訪問し,AからYに,「本件ビル を買いたい, 4 億5000万のうちの 2 億5000万に保証してほしい, 2 億に関して は,保証協会だから,兄さんと関係ない」などと話した。また,CもYに,
「10億の物件が4.5億で買える」,「2.5億に保証してください」,「 2 億は保証協 会ですから」,「2.5億も,物件がちゃんと残る」,「お兄さんには一切迷惑がか からない」などと話し,Aの保証人になるように促したが,Aの負債状況や経
済状況について説明をしなかった。Yは,当日,B銀行との間で連帯保証契約 を締結することとし,金銭消費貸借契約証書の連帯保証人欄に署名押印して,
AはB銀行から 4 億5000万円の融資を受け,本件ビルを購入した。
その後,B銀行の経営が破綻し,本件貸付金債権はX(整理回収機構)に譲 渡された。AはB銀行に対して,本件貸付金債権の譲渡について異議をとどめ ずに承諾し,Yも「連帯保証人は,債務者が承諾した ・・・ 内容を承認し,引き 続き債務者と連帯して債務履行の責めを負います。」と記載されている債権譲 渡承諾書に署名押印した。
Aは,平成14年 5 月以降,本件貸付につき約定返済金の支払を怠ったので,
Xが連帯保証人のYに対して,連帯保証契約に基づき貸金の残元金,未払利息 および確定約定遅延損害金の合計額である 1 億4999万3805円等の支払いを求め たところ,Yは,本件連帯保証契約の詐欺取消しまたは錯誤無効,B銀行の説 明義務違反による本件請求の信義則違反または権利濫用等を主張して争ったの が本件である。
第一審判決・新潟地判平成23・ 3 ・ 2 金判1401号44頁は,①B銀行の詐欺につ いて,Aに支払能力がなかったわけではないので欺罔行為にあたらないとして これを否認し,②Yの錯誤無効の主張について,「本件連帯保証契約締結当時,
本件ビルが高収益物件であると評価されており,Yが保証債務の履行をされな い可能性が客観的にも十分にあったというべきであり,一方,Yにおいては保 証債務を履行しなければならない可能性があるということを認識していたので あるから,結局,Yに動機の錯誤などなかったと認めるのが相当である」とし てこれを排斥し,③信義則に反するような特段の事情は認められず,Xの請求 は権利の濫用にもならないとして,Xの請求を全部認容する判決をした。
Yがこれを不服として控訴し,錯誤について,「Yが,本件保証契約に応じ たのは,担保余力やAの支払い能力についての誤解が原因であり,それらは保 証人予定者が保証契約の諾否について重要な関心を抱く事項である。本件にお いては,B銀行のCは,その発言により錯誤に積極的に加担したものであるか ら,本件ビルの担保余力やAの経済状況については,意思表示の内容を組成し
ていたものとして,要素の錯誤が成立する」などとその主張を補充した。
[判旨]
原判決取消し ・ 請求棄却 1 .連帯保証契約の錯誤無効
⑴ 「Y自身は給与所得者で,仮に 2 億5000万円もの保証債務の履行を迫られ た場合にはその履行の見込みなどなかったのであるから,いかに主債務者であ るAとの間に兄弟関係があるとしても,そのような巨額の保証契約に直ちに署 名押印するというようなことは,通常であれば考えにくいところであり,Yが,
同日,これに応じたのは,Cが,「10億円の物件が4.5億円で買える」,「(Yが 保証する)2.5億も,物件がちゃんと残る」,「お兄さんには一切迷惑がかからな い」,「大丈夫,大丈夫」などと発言したことにより,仮に,Aが債務を履行し なかったとしても,貸付額をはるかに上回る十分な担保物件があるので,B銀 行が連帯保証人の責任を追及するような事態には至らないと考えたことによる とみるのが自然である。」
⑵ 「当時,本件ビルは,本件連帯保証契約締結当時,担保価値としてはもち ろん,物件の取引価値としても10億円に及ぶ価値のある物件とは到底いえず,
これを大幅に下回るものであったというべきであるから,「10億の物件が4.5億 で買える」との発言に表れた本件ビル自体に10億円の価値があるという点,そ れを前提にした「2.5億も,物件がちゃんと残る」との発言に表れた本件ビル に十分な担保価値があるという点,また「お兄さんには一切迷惑がかからな い」,「大丈夫,大丈夫」との発言に表れた連帯保証人の責任を追及するような 事態には至る可能性はないという点は,いずれも事実ではなかった。また,B 銀行の査定基準によれば本件ビルの担保価値は融資額に不足していることにな るという事実はYに告げられなかった。」
⑶ 「そうすると,本件ビルの担保価値等についてYが上記⑴のように考えた ことは,上記⑵のB銀行の担当者の発言その他を前提として,事実でないこと を事実と誤信したものであり,Yは,その誤信した事実を動機として,本件連 帯保証契約を締結したものというべきである。
そして,Yが誤信した事実は,本件連帯保証契約の他方当事者であるB銀行 のCが積極的に発言した事実であるから,本件連帯保証契約にあたり当事者間 でYの上記動機の表示があったことは明らかである。」
「よって,本件連帯保証契約は,Yにおいて表示された動機に錯誤があった から,要素の錯誤により無効であるというべきである。」
2 .被保証債権の譲渡と連帯保証人の錯誤無効の主張
「上記書面におけるYの署名押印の趣旨は,その記載文言に加え,本件貸付 債権のXへの譲渡により,本件連帯保証契約に基づく保証債権は,保証債務の 随伴性により当然にB銀行からXへ移転することからして,主債務の債権譲渡 を了知したこと及びYがその連帯保証人であることを確認したものであって,
これを保証債務の債権譲渡について異議をとどめない承諾をしたとみることは できない(本件においても保証債務が債権譲渡されているわけではない。)。また,仮 にそれにあたるとしても,無効な契約に基づく債権の譲渡に対して債務者が異 議をとどめない承諾をした場合に,承諾当時,債務者がその無効事由を知らず,
無効の主張をすることが期待できなかったときにまで,無効の抗弁を譲受人に 主張できなくなると解するのは相当ではない。」
「本件においては,B銀行は,主債務の債権譲渡についての書面にYから上 記署名押印を取り付けるにあたり,Yと面接しておらず,また,それに先立つ 平成10年10月22日の変更契約のYの署名押印取付けの際も同様に面接していな いから……,変更契約及び承諾の署名押印を取り付けた際に,B銀行から本件 ビルの価値に関して,本件連帯保証契約締結時とは別途の説明,すなわち事実 に合致した説明がされたとは考えられず,また,本件連帯保証契約締結から本 件貸付債権譲渡までの間に,Yが本件連帯保証契約締結時の本件ビルの担保価 値等に関する事実を知るその他の機会があったという証拠もない。」
「したがって,・・・ Yによる承諾時において,Yは,本件連帯保証契約に表 示された動機に錯誤があったことを知らず,同契約が無効であることを主張す ることは期待できなかったというべきであるから,同承諾が,債権譲渡に対す
る異議をとどめない承諾にあたると解する余地があるとしても,Xに対して本 件連帯保証契約の無効を主張することは妨げられないと解するべきである。」
Ⅲ 問題点の検討 1 .連帯保証契約の錯誤無効
⑴ 本判決の立場
第一審判決は,連帯保証契約締結当時,本件ビルが高収益物件であると評価 されており,本件ビルの担保価値等についてのYの誤信はなかったとして,Y の動機に錯誤がなかったとした。これに対し,本判決は,本件ビルの担保価値 等についてのYの誤信を連帯保証契約の締結にあたっての動機と解し,このY の誤信・動機はB銀行の担当者の積極的な発言を原因とするものであるから,
これをもって当事者間でYの動機の表示があったとし,動機の錯誤に関する従 来の法的枠組みに従って連帯保証契約は要素の錯誤により無効という判断に至 ったものである。
⑵ 保証契約の要素の錯誤に関する判例・学説 1 動機の錯誤とする判例の論理
保証契約において,保証人の錯誤が問題になった最上級審の判例は,主債務 者が物的担保を供していると信じて保証人になったが,保証契約締結時担保目 的物が存在していなかったという事例,また,他に連帯保証人があるという債 務者の言を誤信して連帯保証をした事例など,保証人の誤信を動機の錯誤とす る。これに続く下級審裁判例も,主債務者の資力があると信じたこと,根保証
1)
2)
田路至弘・村上雅哉「本件判批」事業再生と債権管理26巻 4 号24頁(2013年)は,「保証契約 の締結により自らが引き受けることになるリスクの程度についてのYの認識に誤りがあったこと を重視して,要素の錯誤を認めたもの」と述べる。また,山田希「本件判批」銀法759号22頁
(2013年)は,「錯誤の成否を判断するに際し,保証人の錯誤が金融機関の説明によって惹起さ れたという事実を重視しているという点に特徴がある」とし,中舎寛樹「本件判批」リマークス 47(2013〈下〉)40頁も,「債権者が説明したという事実を重視して動機の表示および要素性を緩 やかに判断するもの」と述べる。
大判明治38・12・19民録11巻1786頁,大判大正 6 ・ 5 ・30民録23巻911頁,最一小判昭和32・12・19 民集11巻13号2299頁。ただし,いずれも要素の錯誤を否定した事例である。
1)
2)
契約に署名したが特定の債務のみを担保するものと信じたこと,他に保証人
(または担保)があると信じたこと,新たな保証(担保差入)によって,既存の 保証(担保)が解除されるものと信じたこと,保証(担保提供)に応じれば未回 収の債権を回収できると信じたことなども,動機の錯誤とする。
そして,動機に錯誤がある場合において,判例は,「意思表示をなすについ ての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した」こと
(最二小判昭和29・11・26民集 8 巻11号2087頁)とか,「動機が明示されて意思表示 の内容をなしていること」(最二小判昭和45・ 5 ・29判時598号55頁)などを要件とし て,当該錯誤がなかったなら保証契約をしなかったであろうと認められるとき は,要素の錯誤を認め,表意者はその意思表示の無効を主張できるとする。つ まり,保証人において,主債務者の担保提供の有無や他の保証人の存否,また 広く主債務者の信用状況など,保証履行に至る可能性があるかどうかについて 保証人に誤信がある場合,保証人の動機に錯誤があるとし,そして,その動機 が相手方に表示され意思表示の内容になっているとき,その客観的重要性と相 俟って要素の錯誤に該当すると解するのが判例である。
2 学説の状況
動機の錯誤の要素の錯誤該当性については,判例を支持するのが通説である が,その中でも,動機が表示され,相手方がこれを知っていることを重視する 伝統的立場(以下「動機表示構成」と呼ぶ。)と,法律行為の内容になっていたか どうかを重視する立場に見解が分かれる。また,とくに保証契約について,債
3)
4)
5)
保証契約と要素の錯誤の問題に関する裁判例の整理・分析としては,吉田光碩「錯誤による保 証否認」法時63巻 9 号95頁(1991年),小林俊之『錯誤の総合判例解説』59頁以下(2005年,信 山社),新潟県弁護士会『保証の実務[新版]』93頁以下(2012年,新潟県弁護士会)等を参照。
我妻榮『新訂民法総則』297頁(1965年,岩波書店)。
本文で示した最二小判昭和29・11・26および最二小判昭和45・ 5 ・29は,動機が法律行為の内容に なっていたかどうかについて判断するものであることから,「民法(債権関係)の改正に関する 中間試案(概要付き)」 5 頁は,判例は動機が法律行為の内容になっていることを重視している という理解に従い整理されている。しかし,動機の表示を重視する判例もあり(最三小判昭和 38・ 3 ・26判時331号21頁,最一小判平成元 ・ 9 ・14判時1336号93頁ほか),判例の見解は一様では ないように思われる。ただし,近時の学説は,中間試案と同様に解する立場(内容化説)が有力 である(高森八四郎『法律行為論の研究』239頁以下(1991年,関西大学出版部),森田宏樹「民 法九五条(動機の錯誤を中心にして)」広中俊雄・星野英一編『民法典の百年Ⅱ』192頁(1998年,
有斐閣),北居功「民法改正と契約法・契約の前提」法セミ691号111頁(2012年)など)。
3)
4)
5)
権者に主債務者の経営状態についての調査 ・ 説明義務を課し,これを尽くして いない場合は,保証契約による保証人へのリスク転嫁は認められないとして,
錯誤無効という救済を保証人に与えることができるとする見解もある。本判決 の法律構成も,相手方であるB銀行担当者の発言等を問題にしていることから,
相手方に何らかの説明義務を課し,その不履行をもって保証契約の錯誤無効が 認められたものであることから,この見解と同様の立場に立つものと見てよい であろう。
これに対して,現在の多数説は,保証契約においては保証人の誤認・動機が 表示され意思表示の内容になっていたかどうかは問題にせず,保証人の誤認 ・ 動機が重要であったかどうかにより,要素の錯誤に該当するかどうかを決定し,
そして,相手方の信頼を保護するため,相手方が重要事実を誤信していること についての認識可能性(悪意や過失)を問題にすべきとする。
いずれの立場に立つかによって,錯誤によって保証人の意思表示を無効とす べき要件事実が異なり,判例とこれを支持する学説によれば,①法律行為の要 素に動機の錯誤があること,②動機が意思表示の内容として表示されているこ と,③表意者である保証人に重大な過失がないことが要件となるが,現在の多 数説によれば,①法律行為の要素に錯誤があること,②錯誤等につき相手方の 認識可能性(悪意や過失)があったことが要件となる。
以上に対して,保証契約における保証人の意図(契約内容)と事実との相違
6)
7)
8)
9)
平野裕之「保証契約における債権者の保証人に対する義務( 3 )」法律論叢75巻 1 号49頁以下
(2002年)。
拙稿「保証契約の錯誤無効-信用保証協会保証の場合」法時85巻 9 号102頁(2013年)。
判例 ・ 通説の二元説に対して一元説と呼ばれている。川島武宜『民法総則』289頁以下(1965 年,有斐閣),内田貴『民法 1 総則 ・ 物権総論[第 4 版]』70頁以下(2008年,東大出版会),近 江幸治『民法講義Ⅰ民法総則[第 6 版補訂]』217頁(2012年,成文堂 .),河上正二『民法総則講 義』348頁(2007年,日本評論社)ほか。一元説に立ちつつ,法文にない「認識可能性」を要件 とすることに批判し,要素性の判断で考慮することで足りるとする見解も有力である(川島武宜
・ 平井宜雄『新版注釈民法( 3 )総則( 3 )』417頁[川井健](2003年,有斐閣),中舎寛樹『民 法総則』209頁(2010年,日本評論社),四宮和夫 ・ 能見善久『民法総則[第 8 版]』216頁以下
(2010年,弘文堂)など)。
村田渉・山野目章夫編『要件事実論30講[第 3 版]』180~181頁[村田渉](2012年,弘文堂)
参照。
6)
7) 8)
9)
をめぐる問題について,これを「錯誤として構成するのは保証取引における仮 託」とみて,「保証委託の委託内容に事実との齟齬があった場合には,保証契 約の効力が否定される」べきであるとし,「保証委託関係の内容が保証契約の
『解除条件』となる」という法律構成が提案されている。保証取引という多角 関係の中で,主債務者と保証人の関係が,保証人・債権者・主債務者間で保証 取引がなされるための共通の基礎として,保証契約の効力に及ぶと解するもの である。この見解によれば,本判決は,債権者と保証人との間で,「物的担保 の価値があることが共通の認識であったという実質を錯誤として法律構成した という意味に理解」されることになるが,動機表示構成によった場合と異なる 議論に至るわけではないように思われる。
3 動機の錯誤が要素の錯誤になるための基準──信頼主義と合意主義
動機表示構成をとる裁判例や通説,また多数説である認識可能性説に対して,
近時の有力学説は,動機が合意の内容として取り込まれているかどうかを問題 にする。「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」も,「意思表示の前提と なる当該事項に関する表意者の認識が法律行為の内容になっているとき」とす る要件を民法95条に追加して条文化する旨の提案(第 3 ─ 2 ─( 2 )─ア)を行 い,動機の錯誤について,近時の有力学説と同一歩調をとる。
従前の法的枠組みが,認識可能性説も含め,相手方の正当な信頼を保護する ために錯誤の要件を考えようとするもので,これは信頼主義によるものである のに対して,近時の有力学説は双方の合意を尊重するという考え方で,合意に 関する錯誤は考慮されるとしても,合意に関しない錯誤は考慮されないとする 合意主義の立場に立つものとして位置付けられる。両者の違いは,信頼主義に
10)
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12)
13)
14)
15)
中舎寛樹「保証取引と錯誤」法政論集201号318~319頁(2004年)。これに賛意を示すものとし て,伊藤栄寿「判例研究・金融機関経由保証における信用保証協会の錯誤[東京高等裁判所平成 19.12.13判決]」愛知学院大学論叢法学研究50巻 1 号151頁(2009年)参照。
中舎寛樹「保証取引と多角関係」椿寿夫・中舎寛樹編『多角的法律関係の研究』209頁以下参 照(2012年,日本評論社)。
中舎・前掲 1 )41頁。
森田宏樹「『合意の瑕疵』の構造とその拡張理論( 1 )」NBL482号26頁(1991年)。
鹿野菜穂子「錯誤・不実表示」法時86巻 1 号 8 頁(2013年)。
山本敬三『民法講義 I 総則[第 3 版]』183・188頁(2011年,有斐閣)。同「民法改正と錯誤法 10)
11)
12)
13) 14)
15)
よれば,動機の表示ないし認識可能性さえあれば,錯誤無効の主張が認められ,
例えば事実についての認識を誤っても,それは各当事者が負うべきリスクに属 するのが原則であるにもかかわらず,相手方のリスク負担とされ,適切ではな い結果になるのに対し,合意主義により,現実についての認識が合意の内容に 取り込まれることによって,現実に関するリスクの転嫁が可能になると解され ることにある。
4 合意主義に基づく具体的事例の判断
動機の錯誤の要素の錯誤該当性の具体的判断をどうするかについては,商品 引渡しのない空クレジットを商品引渡しが行われた正規のクレジットであると した保証人の誤信を動機の錯誤とし,動機の表示もしくは内容化または相手方 の認識可能性を要求することなく,商品売買契約の成否は保証契約の重要な内 容であるとして,合理的意思解釈によって契約内容とされた場合に,要素の錯 誤になることを認めた最高裁判例(最二小判平成14・ 7 ・11金法1667号90頁)が参考 になる。
そこで,この論理を,保証契約において保証人に動機に錯誤がある場合一般 にも敷衍したとき,この動機が保証契約の内容になっているかどうかを問題に することになる。しかし,本判決は,担保評価についてのYの認識が,B銀行
16)
17)
18)
の見直し-自律保障型規制とその現代化」曹時63巻10号10頁以下(2011年)も参照。民法(債権 法)改正検討委員会『詳解債権法改正の基本方針Ⅰ-序論 ・ 総則』111頁(2009年,商事法務)
も同旨。
山本 ・ 前掲書17)200頁,同 ・ 前掲17)論文16頁。合意内容の判断にあたっては,表示のほか,
契約の類型および性質,当事者の専門性,契約締結過程の諸事情を広く考慮すべきこととされて いる(鹿野菜穂子「錯誤規定とその周辺-錯誤 ・ 詐欺 ・ 不実表示について」池田真朗ほか編『民 法(債権法)改正の論理【別冊タートンヌマン】』245頁(2010年,新青出版))。なお,これを批 判するものとして,後藤巻則『消費者契約と民法改正』260頁(2013年,弘文堂)中谷崇「中間 試案の錯誤規定に対する一考察」立命館法学349号145頁以下(2013年)がある。
動機表示構成をとる立場からは,動機の表示が不要になる場合がある旨を示した判例と位置付 け(鹿野菜穂子「保証人の錯誤-動機錯誤における契約類型の意味-」小林一俊先生古稀記念論 集『財産法諸問題の考察』155頁(2004年,酒井書店),高嶌英弘「動機の錯誤に関する判例法理
(中)」法教305号101頁(2006年)),また相手方の認識可能性を要するとする立場から,保証人 の錯誤が重要であったことから要素の錯誤が肯定されたと解するなど(野村豊弘「判批」リマー クス28号17頁(2004年)),その拠って立つ立場によって異なる評価がされている。なお,拙稿
「信用保証協会との保証契約と錯誤無効-東京高判平19.12.13を契機として-」金法1834号98 頁も参照。
佐久間毅『民法の基礎( 1 )総則[第 3 版]』156頁(2008年,有斐閣)は,その種の法律行為 16)
17)
18)
との間の合意内容になるかどうかを明示的に問題にするものではなく,本最高 裁判決とは異なるアプローチをとるようである。
⑶ 保証人に対する相手方(債権者)の説明
本判決は,むしろ,保証人Yの誤信(錯誤)について,保証契約の相手方で あるB銀行の担当者の積極的な発言が原因となっていることを重視する。これ は,消費者契約法が規制する「不実告知」「断定的判断の提供」と言ってもい いものであるが,錯誤の成否は,原則として,表意者側の要因について判断さ れていたところ,これに影響を及ぼすような相手方の意思表示をどのように評 価すべきかという問題として登場する。
これついて,「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」は,「表意者の錯 誤が,相手方が事実と異なることを表示したために生じたものであるとき」と いう要件を錯誤の成立要件として追加することを提案する(第 3 ─ 2 ─⑵イ)。 これは,表意者の錯誤が相手方が事実と異なる表示をしたことによって引き起 こされたときにも誤認のリスクは相手方が負うべきであるという考え方に従い,
このような場合は,表示行為の錯誤と同様に,主観的因果性と客観的重要性と いう要件を満たせば意思表示を取り消すことができることとするものである
(同・概要説明)。
本判決も,相手方の説明が不実表示であり,これが保証人の動機の錯誤の直 接の原因になるという判断は,中間試案の提案を大きく逸脱するものではない との理解もあり,少なくとも本判決は中間試案の提案に親和的といってよいだ ろう。
しかし,中間試案に対して,不実の事実表示のみを要件と錯誤を認めるのは,
錯誤をめぐる多様な紛争の解決のために契約内容化要件が果たしている積極的
19)
20)
において当事者が一般的に重要視するものであれば,そのような事柄に関する動機は意思表示の 内容と認められてよい,とする。
山田・前掲 1 )23頁。
遠藤元一・泉原智史ほか「中間試案に対する疑問と懸念事項( 1 )」BLJ2013.6 69頁[泉原発 言]。
19) 20)
な機能を看過するものであることなどを理由にして,契約内容化もしくは合意 の存在を要件とせずに契約の取消しを認める規律を導入することには慎重論も 有力である。
例えば,表意者の相手方の帰責性という観点から,「表意者の相手方の故 意・過失を要件としておらず,過失による不実表示,さらに過失すら存在しな い不実表示であっても,取消しの効果が生じる可能性」があり,「容易に取消 しが認められる結果になるか,少なくとも,取消しが認められる範囲が不明確 になるおそれがある」,などの批判は検討委員会試案の段階から存在する。
こういった批判に対しては,相手方の不実表示によって錯誤が引き起こされ た場合に,これを事実と信じたことについての「信頼の正当性」を要件として,
取消しを認めるべきとの主張がある。中間試案では,この要件は正面から要求 されず,意思表示をしたことについて表意者に重大な過失があった場合は,意 思表示の取消しをすることができないものとする(第 3 ─ 2 ─( 3 ))。そして,
これにより,「当事者の属性や相手方の態様をはじめとする諸事情を考慮に入 れる規範的概念として捉えるなら,信頼の正当性要件との実質的な差は,ほと んどなくなる」とする評価も傾聴に値するが,このような要件を課すことによ り,信頼原理を重視する錯誤になり,合意主義に基づく錯誤と同一法典内で共 存するようなことになってしまうことが正当化できるのかという問題が残るこ とになろう。
21)
22)
23)
24)
25)
例えば,青山大樹「不実表示」金法1959号27頁(2012年)。なお,中間試案に対するパブコメ 結果(民法(債権関係)部会資料71- 2 )においても,規定を設ける必要がない,従来の裁判例 と異なる,取消しの要件が不当である,規定を設けた場合に弊害があることなどを理由とする反 対意見が公表されている。
金融法委員会「債権法改正に関する論点整理(不実表示)」(2010年,http://www.flb.gr.jp/
jdoc/publication33-j.pdf に掲載されている。)。同「不実表示に係る債権法改正に関する論点整 理」NBL940号18頁以下(2010年)は,この要約版である。
鹿野菜穂子「意思表示規定の拡充-不実告知による錯誤の取扱い(不実表示規定の導入)につ いて」円谷峻『民法改正案の検討第 2 巻』345頁(2013年,成文堂),三枝健治「不実表示の一般 法化に関する一考察(下)」みんけん647号 8 頁以下(2011年)。
鹿野・前掲346頁。
福田健太郎「不実表示法制の原状と近未来的展望」田井義信編『民法学の現在と近未来』42頁
(2012年,法律文化社)。なお,法制審議会民法(債権関係)部会の第 3 ステージの審議では,
「事実を誤認したリスクをいずれが負担するかは,事実と異なる情報に基づいて意思表示がされ 21)
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23)
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25)
2 .被保証債権の譲渡と譲受人に対する錯誤無効の主張
⑴ 本判決の立場
第一審では連帯保証契約の錯誤無効が認められなかったため問題になること はなかったが,これが肯定された本判決では,被保証債権の譲渡につき異議を とどめない承諾をした連帯保証人が,被保証債権の譲受人に対して,保証契約 の錯誤無効を主張できるかが問題になった。本判決は,保証債務はその随伴性 により当然に移転するので,被保証債権の債権譲渡に際し,連帯保証人が譲渡 承諾書に署名したとしても,連帯保証債務の債権譲渡について異議をとどめな い承諾をしたと見ることはできないとして,錯誤無効の抗弁を被保証債権の譲 受人に主張できなくなると解するのは相当ではない,とする。
本件事案の判断としてはここまででよかったはずである。しかし,本判決は さらに,「仮にそれにあたるとしても」という書き出しで,無効な契約に基づ く債権の譲渡に対して保証債務者が異議をとどめない承諾をしたものであるの で,承諾当時,保証債務者がその無効事由を知らず,無効の主張をすることが 期待できなかったときにまで,無効の抗弁を譲受人に対して主張できなくなる と解するのは相当でない旨を説示する。判決の結論を左右しない一般論にすぎ ないが,従前あまり議論のなかったところであり,関連する問題の判例法理と の係わりに注意し,被保証債権が譲渡されたときの保証債務の帰趨の問題と共 に,以下において若干の検討を試みることとする。
26)
27)
たことについての当事者双方の帰責性の有無及び程度,その情報の性質(いずれのアクセスしや すいものであるか),当事者の属性などをも考慮して判断する必要があるとも考えられ,相手方 が不実の表示をしたことから直ちにそのリスクを相手方が全面的に負担しなければならないわけ ではないとも考えられる。そうであるとすると,動機の錯誤が顧慮されるための要件は,相手方 が事実と異なる表示をしたことだけでなく,上記の要素を含めてより精緻にする必要があるとも 考えられる」とする問題提起が行われている(平成25年 9 月10日民法(債権関係)部会資料 66 B・民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討( 3 )による)。
本件においては,連帯保証人Yの譲渡承諾書の署名について,「法律知識に乏しいYは準備さ れた書面に署名押印しただけであれば,譲受人の信頼や禁反言の観点の下で民法468条の「承 諾」に値するとはいえず」として,これを理由に,本判決の認定判断を妥当とする評釈がある
(岡本裕樹「本件判批」民事判例Ⅵ -2012年後期127頁)。
若干踏み込みすぎ,とする評価がある(田路・村上・前掲 1 )25頁)。
26)
27)
⑵ 被保証債権の譲渡と保証債務の帰趨
被保証債権の譲渡とこれによる保証債務の帰趨について,確定した最高裁判 例は,「一般に保証債権は,主たる債権を担保する目的上附従性を有し,主た る債権の移転に随伴する性質をもつものであるから,主たる債権の移転ととも に移転し,主たる債権の譲渡について対抗要件が具備された場合には,主たる 債権を取得した者は,保証債権の譲渡につき別段の対抗要件たる手続を履践す ることなく,保証債務の履行を求めることができる」(最三小判昭和45・ 4 ・21民 集24巻 4 号283頁)とする。学説も,これを支持し,債権者の変更により主たる 債務が移転する場合の保証債務の随伴性を認め,債権譲渡の対抗要件である通 知 ・ 承諾は,主たる債務者との間で行えば足り,その効力は保証人に及ぶとす る。
本判決も同様に,保証債務は,その随伴性により当然移転することを前提に,
保証人に債権譲渡を承諾する意思表示があったとしても,この意思表示は保証 債務の異議ををとどめない承諾にはあたらないとする。
それでは,債務者の異議をとどめない承諾が,保証債務の効力に及ぶことに なるのは,いかなる根拠に基づくものなのかである。民法468条 1 項前段は,
異議をとどめない承諾が,譲渡人に対抗することができた事由があっても,こ れをもって譲受人に対抗することができないとして,抗弁切断の効果を認める。
学説は,これについて,債務者の異議をとどめない承諾という事実に公信力を 与えて譲受人を保護し,指名債権譲渡の安全を図ろうとするものと解したり
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29)
30)
同旨の先例として,大判明治39・ 3 ・ 3 民録12輯435頁参照。元本確定前の根保証債務の随伴性 を認める最高裁判例(最二小判平成24・12・24民集66巻12号3559頁)が,最近公表された。
中田裕康『債権総論[第 3 版]』481頁(2013年,岩波書店),奥田昌道『債権総論[増補版]』
402頁(1992年,悠々社),潮見佳男『債権総論[第 4 版]』599頁(2012年,信山社)。
民法改正中間試案では,異議をとどめない承諾による抗弁の切断の制度を廃止する旨の提案が されている(第18- 3 - ⑴)。これは,単に債権が譲渡されたことを認識した旨を債務者が通知し ただけで抗弁喪失という債務者にとって予期しない効果が生ずることが,債務者の保護の観点か ら妥当でないという考慮に基づくものである。その結果,抗弁の切断は,抗弁を放棄するという 意思表示の一般的な規律に委ねられることになる。
我妻榮『新訂債権総論』537頁(1964年,岩波書店),近江幸治『民法講義Ⅳ債権総論[第 3 版]』253頁(2005年,成文堂),小野秀誠『債権総論』(2013年,信山社)など,現在の通説とい われている。なお,於保不二雄『債権総論[新版]』316頁(1972年,法律学全集),奥田・前掲 28)
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30)
31)
(公信力説),また,一種の禁反言の法理の表れとして,債務者がした「異議を とどめない承諾」という先行行為と矛盾する行為には効果を認めないという不 利益を債務者に課すものと解する立場(禁反言説)などがある。判例は,仕事 完成前に請負代金債権が譲渡された事例で,「債務者の異議をとどめない承諾 に抗弁喪失の効果をみとめているのは,債権譲受人の利益を保護し一般債権取 引の安全を保障するため法律が附与した法律上の効果と解すべきであつて,悪 意の譲受人に対してはこのような保護を与えることを要しない」(最二小判昭和 42・10・27民集21巻 8 号2161頁)といい,公信力説に立つものであるが,禁反言説 によったとしても悪意の譲受人は保護されるものではない。
それでは,悪意の譲受人でなくても保護を受けることができない場合は考え られないだろうか。判例は,賭博の勝ち負けによって生じた債権が譲渡された 事例で,「賭博行為は公の秩序及び善良の風俗に反すること甚だしく,賭博債 権が直接的にせよ間接的にせよ満足を受けることを禁止すべきことは法の強い 要請であって,この要請は,債務者の異議なき承諾による抗弁喪失の制度の基 礎にある債権譲受人の利益保護の要請を上回るものと解される」ことを理由に,
「右債権の債務者が異議をとどめずに右債権譲渡を承諾したときであっても,
債務者に信義則に反する行為があるなどの特段の事情のない限り,債務者は,
右債権の譲受人に対して右債権の発生に係る契約の公序良俗違反による無効を 主張してその履行を拒むことができる」(最三小判平成 9 ・11・11民集51巻10号4077 頁)とする。賭博債権のような不法の程度の大きいものについて,異議をとど めない承諾の抗弁切断効が認められず,無効の効果は譲受人に対抗できると考 えられているのである。
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29)444頁は,同様の立場に立ちつつ,単に抗弁切断の効力だけしか認められず,権利取得の積 極的効力が与えられないため,公信力という語を使用すべきではないとする。
平井宜雄『債権総論[第 2 版]』143頁(1994年,弘文堂),潮見佳男『債権総論[第 3 版]
Ⅱ』642頁(2005年,信山社)。なお,公信力を認めたもの,禁反言の法理の現れ,両方の側面が あると解する立場(淡路剛久『債権総論』462頁(2002年,有斐閣),中田・前掲29)541頁,高 橋眞『入門債権総論』359頁(2013年,成文堂))がある。
『最高裁判所判例解説民事篇昭和42年度』481頁[宇野栄一郎](1973年)。
『最高裁判所判例解説民事篇平成 9 年度(下)巻』1359頁[野山宏](2000年)。
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33)
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以上の最高裁判例を前提に本件を見ると,保証契約の錯誤無効が,債務者の 異議をとどめない承諾に抗弁切断の効果を認めない場合に該当するかが問題に なる。錯誤無効は表意者保護の制度であり,賭博債権のように抗弁切断を認め るべきではないという法の強い要請もないことから,譲受人が悪意でなければ,
債務者の異議をとどめない承諾に保証契約の錯誤無効の抗弁を切断する効果を 認めても差し支えないことになろう。
⑶ 保証人の異議をとどめない承諾と保証債務の抗弁切断
保証人に対する通知は,主債務の債権譲渡の対抗要件具備行為ではない。保 証人の異議をとどめない承諾も同様である。
それでは,保証人の異議をとどめない承諾について,民法468条 1 項前段に より,保証債務の抗弁切断の効果を認めることができるだろうか。保証人の異 議をとどめない承諾は,いかなる意味でも対抗要件具備行為ではないので,抗 弁切断効はない。しかし,実質的に考え,「譲受人の信頼の保護や債権取引の 安全,もしくは矛盾行為の禁止を協調すれば,保証人の承諾に抗弁切断効を類 推的に認めうる」という考え方も存するところである。
しかし,本判決は,承諾当時,保証人が異議をとどめること,すなわち無効 事由を認識し無効の主張をすることが期待できたときにまで,異議をとどめな い承諾に抗弁切断効を認めるのは相当ではないとする。これによれば,債権の 譲渡に対する保証人の異議をとどめない承諾に抗弁切断効が類推的に認められ
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大審院時代の古い判例は,主債務者の異議をとどめない承諾によって,連帯保証人は譲渡人に 対抗することができる事由をもって譲受人に対抗することは妨げられないと解するが(大判昭和 15・10・ 9 民集19巻1966頁),我妻・前掲31)487頁はこれを批判し,債務者の承諾に一種の公信力 を認めて債権譲渡の安全を図ろうとする制度の趣旨から,保証人も拘束されるという(公信力説。
通説である)。これに対して,最近の有力学説に,承諾を債務者の債権譲渡への積極的な意思的 関与と見て,異議をとどめずに承諾をしたという行為に対して債務者に責めを負わせた特殊の法 的効果を負わせたものと解する立場に立ち(二重法定効果説),その及ぶ人的範囲も限定され,
承諾前から存在した保証人には影響しないとする(池田真朗『新標準講義民法債権総論[第 2 版]』149頁(2013年,慶應義塾大学出版会),同『債権譲渡の研究[増補二版]』476頁以下
(2004年,弘文堂))。
奥田・前掲29)402頁,潮見・前掲32)Ⅱ445頁,中田・前掲29)481頁。
岡本・前掲26)126頁。山田・前掲 1 )24頁も同旨。
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るものの,保証人が無効事由を認識し無効主張が可能であったときは例外的に 認められないとするものであろう。これに対して,「抗弁切断効が承諾者にも たらす不利益の大きさに鑑みると,抗弁切断効は,単なる債権譲渡の事実の認 容という観念の通知からの当然の効果ではないため,重大な抗弁切断効を例外 的に生じさせるのは,明文の根拠を伴う対抗要件としての承諾に限定されるべ き」であり,「抗弁切断の発生原因は,規定の文言どおり,対抗要件たり得る 債務者の承諾に限定し,保証人の単なる承諾に特別の法的意義を認めるべきで はない」とする見解がある。
たしかに保証人の異議をとどめない承諾に法的意義は認められないので,こ れに抗弁切断効という重大な法的効果を生じさせるのは適切ではないだろう。
しかし,保証人が無効事由を認識しており,無効主張が可能であったにもかか わらず,異議をとどめない承諾をしたとき,これに抗弁切断という効果を認め ないというのも適切ではない。
いずれの考え方も成り立ちうるものであり,抗弁切断効を認めるかどうかは,
問題となる状況の違いでしかないかもしれない。そうすると,本判決のように,
保証人の承諾は民法468条 1 項前段の異議をとどめない承諾に該当しないので,
その適用ないし類推適用の問題は生じないとして,保証人の譲受人に対する錯 誤無効の主張は許容されると解するのも一理あるように思われる。
Ⅳ 結びに代えて──保証人保護の観点から
本判決が,連帯保証契約の錯誤無効を認めると共に,被保証債権の譲渡にあ たって譲受人に対する錯誤無効の主張を肯定したのは,その価値判断として,
保証人保護に配意したものと考えてよいだろう。
ところで,保証人保護については,「民法改正(債権関係)の改正に関する中
38)
岡本・前掲26)126・127頁。これに対し,「譲受人が保証契約の無効原因につき善意・無過失 である場合には,468条 1 項を類推し,抗弁切断の効果を認めるべき」であり,「表意者である保 証人の保護は,あくまで,第三者である譲受人が取引に関与するまでの間にとどめられる」とす る見解がある(山田・前掲 1 )25頁)。
38)
間試案」においても,その方策を拡充する方向で議論が進められ,経営者保証 を除いて,貸金等根保証契約(民法465条の 2 第 1 項)と,事業者の貸金等債務 を主たる債務とする個人の保証契約を適用対象とする個人保証を原則的に無効 とする規定を設けることが提案されている(第17・ 6 ・( 1 ))。経営者の範囲を どのようにするかは未だ決定を見るに至っていないが,本件のおいてYが経営 者の範囲に入らなければ,連帯保証契約の錯誤無効を問題にする余地はなくな り,法律上当然に無効(取消し)として取り扱われることになる。
また,中間試案は,事業者である債権者と個人の保証人との間の保証契約に ついて,契約締結時の説明義務・情報提供義務,主たる債務の履行状況に関す る情報提供義務に関する規律を提案する(第17・ 6 ・( 2 )( 3 ))。「保証人が主 たる債務者の委託を受けて保証をした場合には,主たる債務者の信用状況」が 説明すべき事項とされていることが,とりわけ本件においては重要である。お そらく,要素の錯誤の成否の成否を問題にするよりも,これらの点についての 説明義務を問題にする方が処理しやすいだろう。
そうすると,中間試案の立場に立てば,本件においては,保証契約の無効な いし取消しについて,これを被保証債権の譲受人に対して主張できるかどうか が問題になり,Ⅲ 2( 2 )( 3 )で検討したことが,本件のような事案において,
解釈問題として残ることになろう。