香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),39:55-61,2019
知的障害児における非単語復唱課題による 音韻的短期記憶の評価
惠羅 修吉
(高度教職実践専攻)
760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科
The Use of Nonword Repetition Task as an Assessment of Phonological Short-Term Memory in Children with
Intellectual Disabilities
Shukichi Era
Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522 要 旨 本研究では,知的障害児を対象とした音韻的短期記憶の評価における非単語復唱検 査の有用性について検討した。2~5音節からなる無意味音節系列を刺激材料とした。知的 障害児66名で,音節数の増加に伴った正反応率の低下が認められた。なかでも8名の知的障 害児で音節数の増加に伴い正反応率の顕著な低下がみられた。以上より,知的障害児のなか に音韻的短期記憶に顕著な制限を有する一群が存在することが示唆された。
キーワード 音韻的短期記憶 非単語復唱課題 知的障害 ダウン症候群
Ⅰ.問題と目的
非単語復唱課題とは,語彙として存在しな い音節系列すなわち非単語が聴覚的に呈示さ れ,被検者はこれを口頭で復唱する直後再生 課題である(Gathercole, Willis, Baddeley, & Emslie, 1994)。例えば,検査者より無意味な 音節系列である「めぬてそ」が聴覚的に呈示さ れた場合,被検者は呈示直後にその音節系列を 正確に復唱することが求められる。復唱された 音節系列が呈示された非単語と同一であるか否 かが評価され,得点化される。非単語復唱課 題は,実施する上で簡便な検査であり,遂行 する上で単純な課題であるため,発達的研究 においては2,3歳児から検査対象とすること が可能である(Gathercole, 1995; Gathercole & Adams, 1993)。
非単語復唱課題の遂行に関与する認知機能 で最も主要なものは,音韻情報を一時的に貯 蔵する能力,すなわち音韻的短期記憶である。
復唱可能な非単語の音節数が音韻的短期記憶 の容量を反映する。先行研究より,この音韻 的短期記憶の容量が子どもの語彙獲得や文法 理解において重要な役割を担っていることが 示唆されている(e. g., Adams & Gathercole, 1996; Baddeley & Wilson, 1993; Brady, 1991;
Ellis, 1996; Gathercole & Adams, 1993, 1994;
Gathercole & Baddeley, 1990a; Gathercole, Willis, Emslie, & Baddeley, 1991, 1992; Hulme
& Roodenrys, 1995)。幼少期における音韻的 短期記憶の障害は,後の言語発達の遅れと密接 に関連しており,特異性言語障害など言語に 特異的な発達遅滞を引き起こす要因の一つと
して注目されている(Baddeley & Gathercole, 1992; Dollaghan & Campbell, 1998; Gathercole
& Baddeley, 1990b; Montgomery, 1995, 2000;
Taylor, Lean, & Shwartz, 1989)。Gathercole とその共同研究者は,健常幼児や発達障害児を 対象とした研究を概観した上で,音韻的短期 記憶が新しい単語の音韻形態を学習する上で 決定的な役割を担っているとした(Baddeley, Gathercole, & Papagno, 1998; Gathercole & Martin, 1996)。Gathercoleらによれば,数唱な どの記憶範囲課題において既得の言語材料を一 時的に把持するという音韻的短期記憶の役割 は,新しい語彙の獲得を媒介するという本来の 機能からみれば,単なる副産物にしか過ぎな い。すなわち,音韻的短期記憶の最も重要な機 能は,短期の記憶貯蔵そのものではなく,それ が語彙獲得における新たな音韻形態の学習を補 助することにあると示唆した。
以上の理論を基盤として,非単語復唱課題 は,音韻的情報の短期的貯蔵を評価する検査と いうよりは,大きな発達課題である言語獲得能 力を予測するものとして,その有用性が指摘さ れている(Baddeley et al., 1998)。先述したよ うにこれを支持する研究が蓄積されてきたが,
その多くは英語を材料としている。理論的に は,この状況は一つの大きな問題である。なぜ なら,音韻的短期記憶が語彙獲得や言語理解能 力を補助する機能を有するという仮説は,英語 と類似した音韻構造あるいは音韻規則を有する 言語には該当するが,音韻構造が異なる言語に も適用可能な一般規則であるかどうかは明らか にならない。これを検証するには,日本語など 音韻構造が異なる言語圏における研究が必要不 可欠である。また,実践的な側面において,非 単語復唱課題が言語獲得における新たな音韻形 態の学習可能性を予測する非常に優れた検査で あると報告されているにもかかわらず,日本語 を材料として臨床応用を考慮した研究は数少な い。言語獲得に困難を有することが多い知的障 害児を対象として,その学習困難の原因を推察 する検査としての有効性が確証されれば,実施 が簡単で被検者に対する負担が少ないこのよう
な検査は,応用上の価値が高いことが期待され る。
本研究では,知的障害児を対象として非単語 復唱課題を実施し,検査実施上の問題点に関す る資料を得ることを目的とした。まず第1に,
この課題が知的障害児における音韻的短期記憶 スキルの個人差を敏感に反映するか否かに注目 した。第2に,非単語を構成する音節数が復唱 課題の遂行に及ぼす影響について注目した。本 検査では,2音節から5音節までの非単語を刺 激材料とし,いずれの音節数で復唱遂行に困難 が生じやすいかを検討した。
Ⅱ.方法
1.参加者知的障害特別支援学校高等部に在籍する生徒 70名が検査に参加した。年齢は,15歳から17歳 であった。構音が不明瞭であった者と聴覚障害 が認められた者あわせて4名を除く66名(男性 47名,女性19名)を分析対象とした。なお本論 文は,同一手続きで検査を実施した惠羅・田邉
(1999)で報告した41名を含めて報告する。知 能指数の平均は,50.5(SD=14.9)であった。
2.材料
非単語として,2音節,3音節,4音節,5 音節からなる日本語の語彙として存在しない音 節系列(非単語)を使用した。いずれの非単語 も,日本語音節における清音の組み合わせとし た。各音節は子音+母音とし,母音のみの音節 は使用しなかった。それぞれの音節数に対して 10項目,合計40項目とした。
3.手続き
検査は,参加者が在籍する学校内の比較的静 かな教室で,個別に実施された。参加者は,検 査者と対面して椅子にすわった。
検査については,参加者に対して,本検査は
「変わった言葉」を復唱するゲームであると説 明した。その後,課題内容に関する理解を確認 した上で,本試行を実施した。検査者は,参加 者に対して,用意した全40項目の非単語を一項 目ずつ口頭で呈示した。非単語の発声は,いず れの音節にも強いアクセントは置かないものと
し,かつ自然で流暢な発話になるようにした。
すべての項目で発話スピードが同程度になるよ うに注意した。非単語の呈示順序は,呈示前後 の非単語で頭韻や脚韻を踏まないよう配慮した うえで,参加者ごとに全40項目をランダムに呈 示した。課題は,音声呈示された非単語を口頭 で復唱する直後再生とした。復唱された音声 は,検査者により一試行ごとに呈示項目と照合 され,その正誤が記録紙にチェックされた。検 査時間は,10分間前後であった。
4.倫理的配慮
検査の実施に先立ち協力校の管理職ならびに 担任教員に研究目的と内容について説明を行 い,承諾を得た。参加者については,個別に検 査について口頭で説明し,同意を得た。
Ⅲ.結果
1.参加者全体の音節数別正反応率
それぞれの参加者について音節数別に正反応 率を算出した。参加者全体の平均正反応率と標 準偏差をTable1に示す。2音節と3音節の正 反応率は,ともに天井効果を示した。4音節か ら5音節へと音節数が増加するに従い,正反応 率はゆるやかに低下した。参加者全体を対象と して音節数(2/3/4/5音節)について一要 因の繰り返しのある分散分析を実施した結果,
音節数の主効果は有意であった(F=35.14,df
= 3/195,p< .01)。Student-Newman-Keuls 法 による下位検定の結果,2音節と3音節の対比 を除く全ての対比において,音節数が多いもの が少ないものより正反応率が有意に低かった
(いずれもp<.05)。
2.個人差について
音節数にかかわらず高い正反応率を示す参加 者が多かったが,一部の参加者で音節数の増加 に伴い正反応率が急激に低下する現象が認め られた。このことは,Table1にみられるよう に,音節数の増加に伴い正反応率の標準偏差の 値が高くなっていることに反映されている。そ こで,個人差が最も顕著に認められた5音節非 単語における正反応率が全体の平均値より1標 準偏差を越えて低い参加者を抽出した。その結
果,8名の参加者が該当した。抽出された8名 の参加者を低遂行群,残りの58名を多数群とし て比較することにした。低遂行群における各 参加者の正反応率と多数群の平均正反応率を Fig.1に示す。低遂行群では,4音節あるいは 5音節において,正反応率が急速に低下してい ることが明らかに認められた。
低遂行群の平均IQは,35.6(SD=5.9,範囲:
24-42)であり,参加者全体の平均IQよりも低 かった。そこで,課題遂行に及ぼす知能の影響 を除外するため,多数群のなかからIQが低遂 行群ほぼ同じ範囲に収まる参加者14名を抽出し て対照群とした。対照群の平均IQは,34.9(SD
=6.9,範囲:24-43)であり,低遂行群との間
Fig.1 Probabilities of correct repetition performance as a function of nonword length. Small symbols and dash lines correspond to scores for low-performers
(Lowers). Large circles and solid line correspond to the averages of the rest (Majority). Error bars represent the standard deviations by negative direction.
Table1 Mean and standard deviation of proportion correct for each nonword length
Nonword length (syllables)
2 3 4 5
Mean 0.96 0.97 0.88 0.74
SD 0.06 0.08 0.20 0.27
に有意差はなかった(t=0.26,df=20,ns)。
両群の復唱成績をTable2に示す。対照群で は,低遂行群にみられるような音節数の増加に 伴う正反応率の低下現象はなく,いずれの音節 数においても正反応率は高かった。正反応率に ついて,群(低遂行群/対照群)×音節数(2/3 /4/5音節)の2要因分散分析を実施した結果,
両主効果と交互作用がともに有意であった(F
=47.65,df=1/20;F=64.45,df=3/60; F=
32.25,df=3/60,全てp<.01)。交互作用が有 意であったのでStudent-Newman-Keuls法によ る下位検定を実施した結果,低遂行群の4,5 音節の成績がその他と比べて有意に低くかった
(p<.05)。一方,対照群ではいずれの音節数間 でも有意差はなかった。以上より,低遂行群に おける音節数の増加に伴う正反応率の急激な低 下現象は,IQを制御しても出現することが明 らかになった。
なお,低遂行群8名のうち3名は,ダウン症 候群であった。ダウン症候群は参加者全体のな か6名であったので,ダウン症候群の半数が課 題遂行に顕著な困難を示したことになる。一 方,ダウン症候群を除く参加者については,60 名中5名が低遂行群に含まれた。Fisherの直接 法による検定の結果,ダウン症候群の参加者が 低遂行群に該当する比率は,ダウン症候群以外 の参加者における比率よりも有意に高いことが 示された(p<.05)。
Ⅳ.考察
1.個人差に関する敏感性
実験結果のなかで最も注目したのは,課題遂 行における個人差である。Fig.1にみられるよ うに,4,5音節非単語に対する復唱に顕著な 困難をしめす少数の参加者が存在することが認 められた。低遂行群を除けば,残りの参加者
(多数群)は音節数に関係なく良好な復唱遂行 を示した。このことより,参加者全体の成績に おいて認められた音節数の増加による正反応率 の低下現象は,知的障害児の全体的な傾向とい うよりは,一部の参加者における課題遂行の低 下に起因するものであるといえる。本研究の結 果は,非単語復唱課題が,音韻情報の一時的貯 蔵における制限に対して敏感な検査であること を支持するものである。
Fig.1にみられる低遂行群の成績パタンは,
特異性言語障害の成績パタン(e. g., Gathercole
& Baddeley, 1990b)に類似している。特異性 言語障害と診断された子どもたちは,同年齢 の健常児と比べて,非単語復唱課題の遂行に 弱さがあることが知られている(Edwards & Lahey, 1998; Taylor et al., 1989)。また,言語 能力が同レベルの低年齢児と比較しても,なお 成績が低いことが報告されている(Gathercole
& Baddeley, 1990b; Montgomery, 1995)。特異 性発達障害など知的な遅れではなく言語発達遅 滞を主症状とする子どもや,また本研究で示し たように知的障害児のなかで,非単語復唱課題 の遂行に困難を示す子どもが存在することは,
注目に値する。これらの事実は,知能とは独立 して,音韻的短期記憶スキルの制約が存在する ことを示唆している。Baddeley et al.(1998)
が主張しているように音韻的短期記憶が言語獲 得を補助する役割を担っているとすれば,言語 獲得の少なくとも一部については,全般的な知 能とは比較的独立して達成される可能性がある といえる。この点に関して明らかにするために は,今後さらに多様な疾患群を対象とした研究 の蓄積が必要である。
なお本研究において,対象数は少ないが,ダ ウン症者はダウン症ではない参加者に比べて課 Table2 Mean and standard deviation of
proportion correct for each nonword length in the low performses and the IQ-matched controls
Nonword length (syllables)
2 3 4 5
Low Performers
Mean 0.96 0.97 0.88 0.74
SD 0.06 0.08 0.20 0.27
IQ-Matched Control
Mean 0.96 0.94 0.91 0.81
SD 0.06 0.12 0.10 0.15
題遂行に困難を示す割合が高いことが認めら れた。この結果は,ダウン症者の音韻的短期 記憶スキルが貧弱であるという先行研究(e. g., Jarrold & Baddeley, 1997; Jarrod, Baddeley,
& Hewes, 2000;菅野・池田,2002,2006;メ タ 分 析 に よ る 展 望 論 文 と し てNæss, Lyster, Hulme, & Melby-Lervåg, 2011)を支持するも のである。ただし,本研究において復唱困難を 認めたのは,ダウン症候群の半数であったこと には留意する必要がある。Vallar & Papagno
(1993)は,良好な言語獲得を示すダウン症事 例を報告したなかで,ダウン症者の短期記憶障 害が必ずしも一様ではないことに注意を促して いる。全てのダウン症者が音韻的短期記憶の制 限を有しているのではなく,同一疾患内の異質 性についても考慮しなければならない。
2. 音節数の効果
非単語復唱に及ぼす音節数の効果について は,明らかな傾向がみられた。Fig.1にみられ るように,2音節と3音節では天井効果とな り,個人差を認めがたい。しかしながら,4 音節になると2名の参加者で正反応率の顕著 な低下が,5音節になると前2名を含む8名 の参加者で顕著な低下が認められた。以上よ り,4音節以上の非単語において音韻的短期記 憶スキルの制限に関する検出力が高くなるこ とが明らかとなった。本研究よりも年少児を 対象としたGathercoleらの研究では,3音節で 顕著な差の出現を認めている(Gathercole & Baddeley, 1990a, b; Baddeley & Wilson, 1993)。
Gathercoleらの研究と本研究との音節数に関す る差異が,年齢によるものかそれとも言語によ るものか,現時点では判断できない。今後,検 出力が高くなる音節数の境界が参加者の年齢な どの要因により差があるかどうか検討すること が必要である。
なお,施行上の問題として,非単語復唱課題 には一つの越えられない壁がある。それは,新 奇な単語として非単語を構成する場合に,その 音節数には限界があることである。7音節や8 音節もある多音節非単語を作成しても生態学的 妥当性に乏しい。それゆえ,非単語は多くとも
5音節程度のものとなり,通常この音節数では 検査結果が天井効果を示すことになる。以上の ことから,非単語復唱課題は,もっぱら能力の 低さに対して敏感であるということになる。
Ⅴ.今後の課題
本研究において,非単語復唱課題は,音韻的 短期記憶スキルの個人差に対して敏感であるこ とが示された。しかしながら,単に個人差を反 映しやすいというだけでは,認知機能の診断に おける心理学的価値は高いとはいえない。その 課題に関与する認知機能がある程度高い蓋然性 を持って予測可能であることが,心理学的研究 を進める上で重要な価値を担うことになる。
冒頭で述べたように,非単語復唱課題に関与 する認知機能は,音韻情報を一時的に貯蔵する 容量であるといえる。しかしながら,音韻的短 期記憶が一つの主要な認知機能であることは間 違いないといえるが,それのみであるというこ とは過剰な単純化である(Snowling, Chiat, & Hulme, 1991)。音韻的短期貯蔵を中心として,
他の如何なる機能が相互作用的な関係のもとに 貢献しているのかを検討することが今後の課題 である(e. g., Gathercole & Martin, 1996)。
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