< 論文(経済学)>
低石油価格下におけるイラク財政運営:
財政反応関数の推計と債務に関するリスク分析
岡 室 美恵子 染 矢 将 和 要約
本稿では、ISと石油価格の下落という政府の力の及ばないショックの影響で 急速な経済の失速と共に財政状況の悪化を招いたイラクのマクロ経済および財 政・債務に関して考察する。まず、イラク戦争後の経済発展を概観し、その後 2014年以降、イラクの財政運営を分析する。景気循環調整済み基礎的財政収支、
Fiscal StanceやFiscal Impulseといった指標を使用した分析では、2016年のイ ラクの急速な財政改善は景気循環の追い風はあったことが判った。財政反応関 数の推計では、イラク政府の財政運営の連続性や石油価格との強い相関が認め られた。さらに、将来の需給ギャップの見通しが財政運営に反映されているこ とが判った。債務のリスク分析では、各種リスクは比較的小さいものの現在の 中央銀行による間接的財政ファイナンスの停止が今後の債務管理の要諦となる ことが判った。
キーワード
イスラム国、景気循環調整済み基礎的財政収支、フィスカル・スタンス,フィ スカル・インパルス, 財政反応関数, 間接的財政ファイナンス、スノーボール 効果、債務の安定性
はじめに
本稿では、まず、イラク戦争後の経済発展を概観し、その後2014年以降、イ スラム国(IS)及び石油価格の急落といった外的ショックの悪影響を最も受け たイラクの財政運営を分析する。財政運営の分析では、景気循環調整済み基礎
的財政収支、Fiscal StanceやFiscal Impulseといった指標を基にイラク政府の 財政運営を分析する。次に財政運営の結果として積みあがった政府債務につい て分析する。Bohn(199)の手法に則り債務の動学方程式を基礎に債務分析のフ レームワークを構築し、債務増減分離線および債務に対するイラク政府の財政 反応関数を推計したうえでイラクの政府債務の安定性について考察を加える。
最後に、政府債務に関する各種リスク指標を基にリスク分析を実施する。
1.最近のマクロ経済発展
イラクの経済成長は原油価格や戦争および地域情勢に大きく影響されてき た。イラクのクェート侵攻後、1991年のGDP成長率は史上最低の-66.1%、ま たイラク戦争の影響により2003年には-33.1%を記録し、その反動から復興初 期に50%を超える成長を記録するなど上昇下降を繰り返してきた。2004年ま でのGDP成長率の平均は6.9%、変動係数は2.9となっている。一方、2005 ~ 2015年のGDP成長率は平均7.2%(国連統計)、変動係数は1となっている。
2014年に経済は減速し、2015年には-2.4%成長となったが、イラク戦争以前と 比較し、総体的に安定した経済成長がみられる。
図1は、2005年以降の各需要項のGDP成長率への貢献度を示したものである。
2005年は、前年の戦後復興初期の50%を超えるGDPの伸びのため、穏やか な成長となった。2005年の石油生産量は、石油施設関連投資の遅れと北部の輸 出パイプラインの破壊から下降した。非石油産業は、安全保障上の問題、電力 不足、政治的な不確実性などの要因が民間部門の活動の回復を妨げており、穏 やかな拡大に留まっている。翌2006年、石油価格は高騰したが、原油生産設備 への投資が政府の計画を下回り、また石油法制定に反対する労働者のストライ キなどにより、石油生産量の伸びは弱かった。また熟練労働者の国外移住も継 続している。同年に正式政権が発足したが、治安悪化や行政機能の脆弱から、
復興予算の消化がすすまず、2007年予算へ繰り越され、資本形成および政府支 出はマイナスの貢献をしている。主要な商品(特に燃料)の不足によりインフ レ率は12月までに65%に上昇し、民間消費はマイナス貢献となっている。
内戦状態による治安の悪化と投資の遅れから2007年の石油生産の伸びは引き 続き弱く、非石油分野の成長はマイナスとなっている。また、2007年から中東 を襲った干ばつにより、農業生産は半分以下に落ち込んだ。2007年の食料輸入 額は前年比24%増、2008年には64%増となった1。2008年、治安の向上により 原油生産高は2007年の2.1mbpdから 2008年は2.4mbpdに増加した。油価は史 上最高値を記録し原油輸出収入は増大した。干ばつによる農業のマイナス貢献 と輸入の増加はみられるが、成長見通しが改善し投資が拡大した。原油価格は 2009年に急落した。イラクの輸出価格は、2008年半ばの1バレル124ドルから 2009年初めに35ドル、同年下半期では約68ドルとなった。2009年の平均輸出価 格は57ドルで、2008年の平均92ドルを大幅に下回っている。さらに、石油輸出 量は、セクターへの投資が不十分なため、上半期に2008年の水準を下回った。
年内に石油生産が改善されたにもかかわらず、成長は停滞した。
2010年は、悪天候やパイプラインへの攻撃、輸出増加確保に関するクルド地 方との合意の欠如から原油輸出量は停滞した。原油価格の回復により、2008年
1 UNCTADデータより算出。
の水準には達しなかったものの石油輸出収入は前年を上回った。一方、2010年 イラク政府は「国家開発計画」を発表し、また油田開発への国際入札が開始さ れ、総固定資本形成の増加はみられるものの行政能力に支配的な制約があるこ とから、資本予算の一部の実行不足は予想されていたが、新政権の形成が遅れ たことは、より過小実行に貢献している。
2011年、インフレは前年の2.45%から5.6%へ上昇し、民間消費は弱まった。
2011年の原油価格は1バレル100ドルを超え、史上最高値を更新した。GDP成 長率は10%を超えた。同年12月に米軍が完全撤退すると、政治情勢は悪化した。
政府は宗派勢力の増加と政治的な内戦に悩まされている。さらにシリア騒乱に より、治安への懸念が高まる一方、12年の石油生産量は3mbpdで過去30年間 の最高レベルに達しGDP成長率は13%となった。2013年の石油生産は、トルコ への北側パイプラインの破壊など技術的および安全保障上の問題、またクルド 地方政府(KRG)からの輸出停止の影響で2012年とほぼ横ばいとなった。石 油価格はやや下降したものの100ドル以上で高止まり、また政府支出の増加に より非石油部門の成長が加速し、経済は堅調に推移した。
2014年、ISの襲撃が拡大する一方で、1バレル100ドルを超えていた石油価 格が96.5ドルへ下降した。プラスで推移してきたGDP成長率は、イラク戦争終 結後、初めてマイナス成長に転じた。石油生産量の87%、輸出の98%は、イラ ク南部で賄われるため、石油輸出額は前年より2014年に約7%減少したが、生 産量は0.1mbpdの増産となった。非石油分野は、IS管理区域での襲撃による被 害を受けるのみならず、生産的資産とインフラの破壊により内外の貿易が中断 され、家計や投資家の信頼が損なわれているため、イラクの他地域でも影響は 深刻である。さらに、石油収入の減少は、政府支出、特に投資の圧縮をもたらし、
経済をさらに引き下げた。2015年の石油生産量は、3.7mbpdで前年比約2割の 増産となったが、石油価格は半分以下に急落した。GDP成長率は-2.4%と悪 化した。イラク政府は賃金、年金、移転、および利子の支払いを優先し、投資 を中心に非石油部門への支出を30%削減した。
イラク経済は2005年のイラク戦争終結後、主要産業である石油価格の上昇の 追い風を受けて順調に推移してきた。2008年のリーマンショックでは経済成長 率は低下したものの、2005 ~ 2013年の平均成長率は6.3%(IMF統計)と高い 成長率を享受した。ところが、2014年に始まったISIS攻撃は、イラクの総人口 の4分の1にあたる1000万人以上の人々に影響を及ぼし、西側の国境にある石 油サイトの安全を危うくし、経済のさらなる減速をもたらし、 国際貿易と金融 市場における投資家の感情を弱めた。さらに、石油価格が2014年1月に102.1 ドルから2016年1月に29.8ドルに急落した結果、イラク経済は急速に減速した。
2014年の実質GDP成長率はイラク戦争終結以後最低の0.1%を記録した。特に 石油は政府収入と輸出の90%以上を占めていることから、政府の財政運営に支 障を来し、世界銀行やIMFといった国際機関及び二ヵ国間ODAによる救済を 仰ぐことになった。
石油収入の急減とISISとの闘いから生じた巨大な財政圧力および国内避難 民(IDP)は、政府による財政支出の削減を阻み、2015年の財政赤字はGDPの 10%以上拡大した。
その結果、総公的債務は、2014年に336億米ドルから2016年末に566億米ドル に増加している。
鈍い輸出により2015年の経常収支は赤字に転じ05年以来の初めてのGDP比
-6.1%となった。結果として、国際外貨準備の下落傾向は、2014年の667億米 ドル(輸入の10.9ヵ月分)から16年には430億米ドル(輸入額の6.7ヵ月分)へと さらに深刻化した。
2016年には、石油価格が徐々に回復するのを追い風として、石油生産高が 2015年の3.7mbpdから2016年の4.5mbpdへ、石油輸出高は3.4mbpdから3.8mbpd へと増加し、イラク経済は回復基調にある。しかし、イスラム国との戦いと急 激な石油価格の下落によるショックは、引き続き公的財政及び政府債務および 外貨準備に影響を与えることが予想される。
2.イラクの財政
1バレル100ドルを超える石油価格の追い風を受け、2011年以降、基礎的財 政収支も対GDP比で好調に推移してきたが、13年に歳入が減少する中、歳出 は拡大したため、基礎的財政収支は赤字化した。翌14年には、イスラム国との 戦争が始まり、15年には石油価格の急落により基礎的財政収支の対GDP比は さらに悪化した。
以下、この間の財政運営を景気循環の影響を除去した景気循環調整済み基礎 的財政収支(対GDP比)及び、Fiscal Stance2、Fiscal Impulse3により分析 を行う。図6の通常の対GDP比基礎的財政収支及び景気循環調整済み対GDP 比基礎的財政収支を比較すると2011 ~ 2015年は同じ基調であるものの、2016 年に関して対GDP比基礎的財政収支は改善しているものの景気循環調整済み 基礎的財政収支は軽微の改善にとどまっている。つまり、2016年の基礎的財政 収支の改善は政府の財政支出の削減よりも景気循環の影響が大きいと思われ る。さらに、実際、Fiscal Impulseの動きを見ると2013年は上記の分析のよう に基礎的財政収支は悪化しているものの、Fiscal Impulseは正になっており、
財政改善努力がなされたとみられる。また、2015年は財政改善を示しているも
2 Fiscal Stanceは、潜在GDP(実質)とGDP(実質)がほぼ等しい2008年の景気循環調 整済み基礎的財政収支(対GDP比)を基に各年の景気循環調整済み基礎的財政収支(対 GDP比)から2008年の景気循環調整済み基礎的財政収支を引いて算出する。
3 Fiscal Impulseは前年からのFiscal Stanceの変化率をとり、財政運営が拡張的なのか、
緊縮的なのかを判断する。
のの2016年はIMFや世銀の救済的貸出が実施されたこともあってか、財政改 善努力の低下を示している。
3. 1 財政分析のフレームワーク
イスラム国(IS)と石油価格急落の影響を受けて、イラクの債務残高が上昇 しているが、以下では、債務の動学方程式からイラクの債務の安定性について 分析する。
Dt=t年における債務残高、it=名目利子率、Rt=政府の歳入、Gt=政府支出 BALt=財政収支、OTt=民営化収入等その他資金、π=インフレ率
rt= 実施利子率、∆Dt=債務の増減 債務の動学方程式: Dt=Dt-1+∆Dt(1)
利払い: It=it Dt-1
プライマリーバランス:PBt=Rt-Gt
名目GDP: Pt Yt=(1+gt )(1+πt) Pt-1 Yt-1
財政収支は、利払いとプライマリ-支出に分けられ、以下のように表現できる。
Gt+it Dt-1-Rt+OTt=-∆Dt
プライマリーバランスを使用すると以下のようになる。
-PBt+itDt-1+OTt=∆Dt
その他資金がゼロとすると(OTt=0)、 -PBt+itDt-1=Dt-Dt-1
Dt=(1+i)Dt-1-PBt 対GDP表示にすると
Dt
= (1+i)Dt-1 - PBt PtYt PtYt PtYt
さらに、
Dt
= (1+rt)Dt-1 - PBt PtYt (1+gt )Pt-1Yt-1 PtYt
dt= Dt ,pbt = PBt と定義すると、
PtYt PtYt
dt = (1+rt)
dt-1-pbt (2)
(1+gt)
(2)から、
dt-dt-1 = (1+rt)
dt-1-dt-1-pbt (1+gt)
∆dt = (rt-gt)
dt-1-pbt (1+gt) (3)
∆dt =0の場合、以下のようなプライマリーバランスと一期前の債務残高の関係 が特定できる。
(rt-gt)
dt-1=pb*t (4)
(1+gt)
この場合の pb*t は、債務の増減がゼロになる場合のプライマリーバランスの 大きさであり、実際のプライマリーバランス(pbt)が方程式(4)が示すプラ イマリーバランスを下回る場合、つまり、 pb*t >pbt、債務が増加し、また、実 際のプライマリーバランス(pbt)が方程式(4)が示すプライマリーバランス を上回る場合、pb*t <pbt、債務が減少すると判断される。
つまり、方程式(4)は、債務増減の分離線であり、分離線の上部では、債務 が減少し、下部では債務が増加する。また、 (r (1+gt-gt)t) はスノーボール効果と 呼ばれ、スノーボール効果が小さければ、比較的僅かなプライマリーバランス の修正で対GDP比債務残高は減少していくしスノーボール効果が、大きけれ ば対GDP比債務残高の減少に対して大幅な対GDP比プライマリーバランスの 修正が求められる。方程式(4)は、債務の増減がゼロの場合のプライマリー バランスと債務の関係であり、政府の行動方程式ではない。
通常、政府は債務残高に応じてプライマリーバランスの大きさを調節するこ とによって財政の持続性を図ろうとする。そこで、次に、一期前の債務に対し てイラク政府が反応を見るために反応方程式(fiscal reaction function)を推
計する。債務とプライマリーバランスの関係以下のような一次方程式によって とらえてみた。
pbt= α + βX + γdt-1 + εt (5)
Xは債務以外の石油価格やGDPギャップ、過去のプライマリーバランス等現 在のプライマリーバランスに影響する諸要因であり、γは、政府の一期前の債 務に対する反応の大きさを示す。
3. 2 政府の財政反応方程式の推計
多くの推計結果から統計的に有意且つ修正決定係数が高い式について、表1 に推計結果が示されている。推計手法はOLSとGMMが用いられたが、推計手 法に関わらず係数の大きさや正負の記号についえは一致しており、また、決定 係数も比較的に高く(M5及びM6では80%を超す)、比較的頑健な検定結果を 得られたと思われる。
殆どの推計で一期前の対GDP比債務(D2Y)と石油価格(OP)については 統計的に有意な結果が得られた。但し、OPの係数については、異なる推計式 でも粗0.2程度と安定した値が得られたが、D2Yの係数については、0.13から 0.21の範囲に分散した。D2Y及びOPの係数は正であり、債務残高が増加する とイラク政府は対GDP比プライマリーバランスを向上させるように財政運営 を行ってきたということを支持している。OPの係数は正であることから、石 油価格の上昇には、対GDP比プライマリーバランスを向上させ、石油価格の 下落時には対GDP比プライマリーバランスを悪化させるPro-cyclicalな財政運 営が観察できる。
過去の対GDP比プライマリーバランス(PB2Y)についても一期前、もしく は二期前同変数について有意と認められ、財政運営の連続性が確認できる。但 し、係数は負であり、過去の対GDP比プライマリーバランスに対して修正す る財政運営が実施されていると判断できる。係数の大きさから一期前よりも二 期前のプライマリーバランスに対して大きく財政運営の修正していることが判
る。対潜在GDP比GDP(GAP)では、当期のGAPについては有意と認められ なかったが、一期前もしくは一期後については、有意と認められた。対潜在 GDP比GDPは前後一期について有意と認められた。過去と将来の景気見通し を基に財政運営しているとみられる。但し、符号は正であり、Pro-cyclicalな 財政政策を支持している。
上記の推計結果から上記方程式(5)の対GDP比債務残高の係数γは0.13か 表1 イラク政府の債務に対する反応方程式の推計
ら0.21の範囲と考えられる。つまり、イラク政府は対GDP比債務が1%上昇す ると対GDP比プライマリーバランスを0.13%から0.21%向上させるよう財政運 営を行うと判断される。
3. 3 債務の安定性に関する考察
下図は財政の反応方程式から得られたイラク政府の対GDP比債務残高に対 する対GDP比プライマリーバランスの修正反応係数を基に作成した
pbt= γdt-1 (6)
と上記債務増減分離方程式(5)から得られた債務の増減をゼロにする対GDP 比債務残高に対する対GDP比プライマリーバランス (r (1+gt-gt)
t) dt-1= pb*t の関係を
表した概念図である。
(6)式が(4)式と左図のように交差する場合、債務残高がd*の右にある場 合、債務残高に対し政府は増減分離方程式が示す債務の増減をゼロにするプラ イマリーバランス以上のプライマリーバランスを達成することから債務は減少 する。一方、債務残高がd*の左にある場合、債務残高に対し政府は増減分離方 程式が示す債務の増減をゼロにするプライマリーバランス以下のプライマリー バランスで対応することから債務は増加する。つまり、このような場合、対 GDP比債務は安定していると考えられる。
右図の場合、債務残高がd*の右にある場合、債務残高に対し政府は増減分離
方程式が示す債務の増減をゼロにするプライマリーバランス以下の財政対応に なることから債務は増加する。一方、債務残高がd*の左にある場合、債務残高 に対し政府は増減分離方程式が示す債務の増減をゼロにするプライマリーバラ ンス以上のプライマリーバランスで対応することから債務は減少する。つまり、
このような場合、対GDP比債務は不安定と考えられる。
つまり、イラクの債務が安定的か不安定かは、両方程式の傾き次第だと考え られる。上記のイラク政府の財政反応方程式の推計結果から得られたγの大き さは0.13から0.21である。また、スノーボール効果を構成するGDP成長率は6
%(2005年-2017年平均)、実質利子率はデータはないものの、名目E ffective Interest Rateは3%4程度であり、インフレ率2.8%(2007年-2017年平均)を 考慮するとγの値はスノーボール効果よりも大きいと判断されることから、イ ラク債務は安定的と考えられる。
3. 4 現債務のポートフォリオ分析 対外債務:
対外債務残高は、2009年以降、着実に減少傾向にあったが、2014年の164億 米ドルから2016年12月には198億米ドル(GDPの11.4%)に上昇した。2014 ~ 16年の政府財政の急速な悪化に対応した世界銀行とIMFによる27億ドルと18 億ドルの貸出を反映し、同期間に、対外債務総額における世界銀行とIMFに 対する債務割合は、3.5%から16.3%に、4.5%から12.7%に上昇した。
2016年12月末現在、パリクラブでの再編後債務は60億米ドルで、対外債務全 体の30.2%を占めている5。 二国間債権の最大相手国は日本で、対外債務全体 の11.5%6を占めている。
4 対外債務の多くはパリクラブで削減された債務とODAを基にした譲許性の高い債務で あり、利子率は低い。また、国内債務の平均利子率は5%程度とみられる。
5 パリクラブ再編債務を含む。
6 日本の民間債権者を含む。
投資家ベース:
イラクの対外債務ポートフォリオは、譲許的な債務が高いシェァーを占める。
事実、パリクラブの枠組みで削減された債務を含む国際機関および二国間債権 者は、2016年末の総債務ポートフォリオの81.1%7を占めている。パリクラブ の再編債務のほとんどは2028年までの、またはそれ以上の長い返済期間を設定 しており非常に譲許的である。さらに、パリクラブ再編債務の債権者は多様化 しており、イラクが1億米ドル以上を負っている債権国は18カ国以上となって いる。 一般にパリクラブ再編債務の実効金利は3.2%で非常に低いものの、ベ ルギーは5.4%、ロシアは5.6%と、一部の国に対しては実効金利が高い。
出典:各年版 IMF Article IV Consultation Report
図4 対GDP公的債務(%)
図5 対外債務の年次返済額 (100万 US$)
出典:各年版 IMF Article IV Consultation Report
借り換えリスク:
平均返済期間(Average Time to Maturity, ATM)は8.5年で、2016年末現 在、有効ATM8は30年である。相対的に長いATMは、譲許性の高いポートフォ リオと、二国間債権者、世界銀行およびIMFのシェアの大きさを反映している。
さらに、2017年に満期になる債務の割合は非常に低く、対外債務全体の3.5%
となっている。これらの指標は、借り換えリスクが2016年末現在では比較的低 いことを示唆している。しかし、5年間でみると、返済チャートは徐々に上が り、2020年と2021年にピークを迎え下降に向かう。2020年と2021年の返済額は 2,500百万米ドルを超える。 借り換えリスクは2020年以降、高くなると予測さ れている。
外国為替リスク:
2015年現在、米ドルは債務を構成する通貨の56.2%を占めている。次いで日 本円が17.6%、ユーロが15%となっている。イラクディナールは米ドルと準 ペッグされているため為替リスクは比較的低く、米連邦準備制度理事会(FRB)
が2017年と2018年に金利を引き上げる見通しから、両年のリスクはさらに低い と予想されている。
為替リスクは比較的低いが、イラクディナールとドルとの準ペッグを支える 外貨準備は、イラク中央銀行による外国為替の売却が制限されていたにもか かわらず、2013年の778億米ドルから16年には2/3未満に急速に低下している。
したがって、今後、為替リスクは、外貨準備の水準、そしてそれ故に石油価格 に左右される。
金利リスク:
2016年現在、ATR(Average time to re-fixing external debt /債務再調 整期間)は7.1年である。しかし、17年現在、再編期間1年以内の債務のシェア
7 国際機関や二国間債権者には、パリクラブ債務、再編された非パリクラブ、世界銀行、
IMF、日本、イタリアなどが含まれる。
8 有効ATMは、債務残高を2016年の元金返済により除して算出する。
は28.1%と高く、変動金利債務が大きく占めることを反映している。実際、変 動金利債務のシェアは、12年には対外債務総額の20%であったが、16年には 25.8%と上昇しており、高い金利リスクを示している。今後、米国連邦準備制 度理事会(FRB)の金融引き締め傾向のため金利リスクが高まることが予想 される。
変動金利負債の割合が高いため金利リスクは高いと考えられている一方、対 外債務の実効金利は非常に低く、2017年には3.0%であり、現在のイラクのリ スクプレミアム(700bp以上)よりも低い。
国内債務:
イラク国内債務は2016年12月末に46.8兆イラクディナール(368億米ドル)
に達し、15年の31.9兆イラクディナール(271億米ドル)から増加している。
2014 ~ 16年の間で、国内債務は対外債務よりもはるかに速く拡大した。この ような国内借入の増加は、主に間接的財政ファイナンス、つまり中央銀行に より資金援助を受けたラシード・ラフィディエン国営銀行により購入される T-Billの発行によりなされている。先ず国営銀行であるラフィディエン銀行と ラシード銀行が最初に購入し、イラク中央銀行に割引価格で販売される。財政 が急激に悪化し、イラクへの国際資本市場の情勢が激しさを増しているなか、
圧倒的な財政需要により、イラク政府は、この間接的な金融操作に頼らざるを 得なくなり、16年12月には国内総債務の35.7%に達した。
表2 対外公的債務の通貨別内訳(mn US$)
投資家基盤:
2016年12月のラフィーデン銀行、ラシード銀行、イラク貿易銀行およびイラ ク中央銀行は、国内債務総額の49.8%を占めている。国内商品の投資家基盤は 比較的小さく、多様化していない。
借り換えリスク:
短期債務は2016年に国内債務の96.6%を占めている。しかし、ラフィディエ ン銀行、ラシード銀行、イラク貿易銀行、イラク中央銀行が保有している政府 証券の大部分は、正式な入札のプロセスなしに、財務省とこれらの銀行との間 の合意によって自動的にロールオーバーされる。したがって、短期借入金のシェ アは高いが、実際の借り換えリスクは指標よりもずっと少ない。
金利リスク:
2016年の実質金利は2.6%で、イラク中央銀行の政策金利4%からして非常 に低い。しかし、短期債務が国内債務の大部分を占めていることを考慮すると、
利上げは将来イラクの利払いに重大な影響を及ぼすだろう。また2016年8月か ら、イラク政府は1年以上の満期を有する国債を発行し始め、2016年現在、政 府の長期債券は国内債務全体の3.4%を占めている。今後、イラク財務省はこ の長期国債の発行を拡大する計画であり、今後の債務の平均金利の上昇に留意 する必要がある。
今後の見通し:
2017年から2022年までの5年間で、石油価格は、2017年1月の1バレル当た り53.6ドルから2021年には64.5ドルに徐々に回復すると予測されている。1日 当たり450万バレルの安定した石油生産と財政再建の実施により、財政収支は 2015年にGDPの-12.8%から2020年に黒字に転換すると予想される。しかしな がら、今後も、2016年と比較しその規模ははるかに小さいものの、イラク中央 銀行による間接的財政ファイナンスをなおも必要とすると予測されている。
今後の借入の最優先事項は、2016年に16.7兆イラクディナールに達する間接 的財政ファイナンスの削減にある。それは債務返済に悪影響を及ぼさない形で
実施されなければならない。したがって、政府はまず二国間および多国間の資 金源からの外部譲許的借入に、次にユーロ債を含む外部の非譲許的借入に焦点 を当てることとなる。世界銀行やIMFなどの多国間機関からの2017 ~ 2021年 の借入金は主に変動金利の形であるため、変動金利債務の増加となることが、
この戦略の欠点である。近い将来に米国連邦準備銀行が金利を引き上げるにつ れて金利リスクを増大させる可能性がある。金利引き上げの影響を慎重に監視 しなければならない。
第2に、ラフィダイン銀行、ラシード銀行、イラク貿易銀行、イラク中央銀 行への依存度を減らすために、国内債務の投資家基盤を多様化しなければなら ない。これは、より安定した資金調達のための、短期目標というよりも中期目 標である。検討されている手段の1つは、スクーク(イスラム債)を発行し、
イスラム銀行が国内および、より重要な国際市場の両方で利用可能な未開拓の 流動資産を獲得することである。
さらに、公的機関が保有する政府証券の大半は、現在、正式な償還と入札 のプロセスを経ずに自動的にロールオーバーされている。これらの政府証券 は徐々に統合され、1. 高金利の債務から徐々に償還し、2. それらを償却し、3.
債券市場の透明性を向上させるために正式な入札に基づいてロールオーバーす る方法により再編されなければならない。
国内市場では、主に短期証券を発行している。そのシェアは95%以上を占 め、現行支出を削減するという政府が抱えるニーズに合わせ比較的低い実効金 利2.6%を占めている。この戦略は、短期間のうちでは有効であるが、長期では、
借り換えリスクが高い。中期的には財政収支が改善するため、借り換えリスク を制御するだけでなく、借入手段の多様化や主要国債市場の拡大を図るため、
1年満期以上の債券発行に移行する必要がある。
イラク政府は、パリクラブで設定された以外の古い債務について債権者と交 渉を続ける必要がある。イラク政府は、これらの債務を解決することが信用格 付けを向上させ、資金調達条件を改善するために重要であることを認識してい
る。イラク政府はまた、2016年現在4.2兆イランディナールにのぼるイラク中央 銀行の預金準備の中から徐々に返済またはロールオーバーを実行しようとして いる。この戦略は、中期的に財政的な余裕と流動性が回復する中で実施される。
最後に、変動か固定化か、満期金利、短期か長期というは金利の選択は依然 として借入時の特定な市況に大きく依存する。また、MTDSの前半では米国 金利の上昇が予想され、金利リスクの上昇が予想される。一方、石油価格が上 昇し、ISとの戦いが沈静化すれば、イラクの債務に対するリスクプレミアムの 見通しは改善すると考えられる。
3.結 論
本稿では、ISと石油価格の下落という政府の力の及ばないショックの影響で 急速な経済の失速と共に財政状況の悪化を招いたイラクのマクロ経済および財 政・債務に関して考察した。
景気循環調整済み基礎的財政収支、Fiscal StanceやFiscal Impulseといった 指標によると2016年の財政収支の改善は主に景気循環の影響が強いことが観察 された。さらにBohn (1998) の手法に則り債務の動学方程式を基礎にイラク政 府の財政反応関数を推計した。データ数は少ないものの、比較的頑健な結果が 得られた。その中で一期前の債務との強い相関が確認できた。また、過去の基 礎的財政収支との相関が高いことから財政運営の連続性が確認できた。また、
当期の石油価格との相関は高いものの一期前や一期後の石油価格との相関は認 められず、財政運営に将来の石油価格の予測という視点に欠けると思われる。
但し、一期前若しくは一期後の潜在GDPとのギャップとの相関は高いことか 財政運営に需給ギャップの視点が入っていると判断される。財政反応関数の一 期前の債務の係数を使用した債務の安定性の分析では、イラク債務の安定性が 確認できた。
次に債務のリスク分析では、対外債務については、平均金利もATMも低い ものの、変動金利の割合が高く、イラクディナールは米ドルと準ペッグしてい
るため今後米国の連邦準備銀行の金利引き上げの影響に留意する必要がある。
国内債務については、95%以上が短期証券の為、金利は低くいもののロールオー バーリスクが高い。現在、イラク政府財務省は中・長期の国債の発行を計画し ているが、その場合利払い費の上昇は不可避とみられる。また、現行の中央銀 行による間接的財政ファイナンスについては、一刻も早く停止する必要がある。
参考文献:
Burger, Philippe Ian Stuart, Charl Jooste, and Alfredo Cuevas, Fiscal sustainability and the fiscal reaction function for South Africa, IMF
Working Paper, WP1169, Washington, D.C. March 2011
IMF, Iraq : Staff Report for the 2005 Article IV Consultation, Washington, D.C. August 16, 2005.
IMF, Iraq : 2007 Article IV Consultation, Fifth Review Under the Stand- By Arrangement, Financing Assurances Review, and Requests for Extension of the Arrangement, Washington, D.C. August 31, 2007.
IMF, Iraq: Second Review Under the Stand-By Arrangement and Financing Assurances Review-Staff Report; Staff Supplement,
Washington, D.C. December 29, 2008.
IMF, Iraq: Staff Report for the 2009 Article IV Consultation and Request for Stand-By Arrangement, Washington, D.C. March 16, 2010.
IMF, Iraq : 2013 Article IV Consultation, IMF, Washington, D.C. ,July 19, 2013.
IMF, Iraq : Staff Report for the 2015 Article IV Consultation and Request for Purchase Under the Rapid Financing Instrument Washington, D.C. , August 18, 2015 --
IMF, Iraq : First and Second Reviews of the Staff-Monitored Program and Request for a Three-year Stand-By Arrangement-Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Iraq, Washington,
D.C. ,July 14, 2016.
The World Bank, Country Partnership Strategy, for the Republic of Iraq for the Period FY13-FY16, the World Bank, Washington, D.C. , 2012.
The World Bank, Republic of Iraq Public Expenditure Review Toward More Efficient Spending for Better Service Delivery, the World Bank,
Washington, D.C. ,2014
国際協力銀行(2012)『イラクにおける石油開発の将来展望とリスク』
坂口安紀編(2008)『発展途上国における石油産業の政治経済学的分析―資料 集―』調査研究報告書, アジア経済研究所。
財団法人日本エネルギー経済研究所中東研究センター(2008)『イラク復興の現 状と課題』
ジェトロ・ドバイ事務所(2015)『イラク・インフラマップ』