奈良教育大学学術リポジトリNEAR
Ru(II)‑2,2'‑ビピリジン, 1, 10‑フェナントロリン 錯体の電解還元ESR
著者 松村 竹子, 大矢 博昭, 泉谷 治, 太田 貴志, 一守
康史
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 35
号 2
ページ 53‑58
発行年 1986‑11‑25
その他のタイトル ESR Study on the Electrolytic Reduction Products of Ru(II)‑2, 2'‑Bypyridine and 1, 10‑Phenanthroline Complexes
URL http://hdl.handle.net/10105/2095
奈良教育大学だ要 第35巻 第2号(自然)昭和61年 Bull. Nara Univ. Educ, Vol.35, No.2 (Nat.), 1986
Ru(II)‑2,2‑ビピリジン1,10‑フェナン
トロリン錯体の電解還元ESR 松 村 竹 子・大 矢 博 昭・泉 谷 治
(奈良教育大学化学教室) (京都大学理学部化学教室) (京都府立南丹高校)
太 田 貴 志・‑ 守 康 史
(大阪府立横山高校) (東海大学医学部第二生理学教室) (昭和61年4月30日受理)
ESR Study on the Electrolytic Reduction Products of Ru(II主
2, 2'‑Bypyridine and 1, 10‑Phenanthroline Complexes
Takeko Matsumura‑Inoue*
(Department of Chemistry, Nara University of Education, Takabatake, Nara 630, Japan)
Hiroaki O*王YA
{Department of Chemistry, Faculty of Science, Kyoto University, Kyoto 606, Japan) Osamu Izutani
(Nantan High School, Kameoka, Kyoto 621, Japan) Takashi Ohta
(Yokoyama High School, Izumi, Osaka 590‑21, Japan) KOhji Ichimori
{Department of Physiology, the Medicine Faculty, Tokat University, Isegahara, Kanagawa 259‑ll, Japan) (Received April 30, 1986)
Abstract
ESR study on the electrolytic reduction product of the丘rst reduction process of Ru (II) complexes has been carried out at lower temperature to clarify the electronic sturucture.
Reduction products of these complexes show one broad ESR signal whose g values range from 1.991 to 2.002, near that for free electron. From this it is confirmed that an
unpaired electron is delocahzed in the 汀 orbital. It has been found the g values for
Ru(II)‑bipyridine complexes vary with temperature, while that for Ru(II)‑phenanthroline complex is constant at 2. 002 independently with temperature.
It is deduced that the unpaired electron in the reduction product of Ru(I工トbipyridine complexes is present in two di庁erent states whose energies are slightly diぽerent, while, in the case of Ru(II)‑phenanthrohne complexes, the unpaired electron is delocalized in the がorbital composed of ligand only.
To whom correspondence should be addresed.
m
54 松村竹子・大矢博昭・泉谷 治・太田貴志・‑守康史
1.緒 言
Ru(II)‑ビピリジンおよび類縁錯体は,多様な酸化状態,励起状態を持つことで各方面の関心 を呼んでいる1).
著者らはRu(II)鎗体の電気化学的挙動と電子状態の関係について研究を行ってきたが,非水 溶媒中での電極反応において, Ru(II)鉾体が,可逆な1電子過程の電極反応を示すこと,さら にその酸化還元電位が吸収スペクトルと直線的に対応することを認めた2)3)一方,鈷体内部の 電子軌道や局在については鑑体のESRを測定することによって推定できる.このような研究目
的に合わせて電解ESRスペクトルによる研究が行われている4).
著者らは, Ru(II)‑2,2‑ビピリジン把体およびRu(IIト1,10‑フェナントロリン鉛体について 電解セル中で電解還元を行い, ESRスペクトルを測定した.さらに釣体溶液の温度変化が吸収 曲線に及ぼす影響を調べ導入した不対電子の軌道およびその存在場所についての検討を行った.
特にg値と溶液温度との相関に着目し,導入不対電子の軌道問の分布や中心金属軌道と配位子軌 道の相互作用について考察し,検討した.
2. 実 験
ESR用のセルとしてヘリックス型電解セルを用いた5).これは電解還元(または酸化)を行い ながらESRの測定を行うためのセルで,陰極の金線をコイル状にして,電極有効面積を大きく
し,かつマイクロ波の吸収を減じている.
電解は,二電極間に定電流を流し,クーロメーターで電量測定を行いながら,安定な電解状態 でESRを測定した.
g値はCr3+ in MgOの吸収線(」‑1.980土0.0002)を標準に用いて決定した.
試 薬
溶媒:和光純薬特級プチロニトリル(BtCN)に,和光純薬水素化カルシウム(CaH2)を加え て脱水したものを蒸留して用いた.
支持電解質:過塩素酸テトラブチルアンモニウム(Bt4NC104, TBAP)を支持電解質として用 ma
試料のRu(II)給体は文献記載の方法で合成した6)7)8)
3.結果及び考察
3.1錯体のESRスペクトルのg値と溶液温度の影響
Ru(bpy)2X2a十n)+ァニオンラジカルはg値が2付近のブロードなESR シグナルを与える.
温度によるg値の変化を見るため,溶液温度を10℃毎に変化させ, ESRスペクトルを観測し た結果をTable lに示す.各測定点における誤差は記録紙上の共鳴吸収曲線からの読み取り誤 差をg値では, 0.15cm,線幅では, 0.3cm とし, g値では 士0.0006,線幅で士0.43 (gauss)
にとって作図を行った.
この結果からRu(II)‑ビピリジン錯体については,温度の低下とともにg値が大きくなって
Ru(II)鎗体の電解ESR
Table 1. g values of Ru(II) complexes at various temperature.
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溶 液 温 度 (℃)
Complexes ‑40 ‑50 ‑60 ‑70 ‑80 ‑90 ‑100 ‑110 ‑120 Ru(bpy)32+ 1.9969 1.9966 1.9967 1.9967 1.9970 1.9974 1.9983
Ru(bpy)2(NH3)22十1.9954 1.9953 1.9955 1.9960 1.9964 1.9971 1.9981
Ru(bpy)2(py)22+ 1.9934 1.9935 1.9939 1.9942 1.9955 1.9962 1.9974 1.9984
Ru(bpy)2en2十 1.9960 1.9963 1.9962 1.9965 1.9969 1.9974 1.9979 1.9987
Ru(bpy)2acac+ 1.9932 1.9947 1.9945 1.9948 1.9954 1.9961 1.9968 1.9982 Ru(bpy)2C204 1.9910 1.9931 1.9956 1.9969 1.9978 1.9981 1.9989 Ru(phen)2(py)22+ 2.0018 2.0028 2.0013 2.0027 2.0029 2.0027
Ru(phen)32+ 2.0015 2.0014 2.0014
いることがわかる.またRu(II)‑フェナントロリン錯体 については,温度による変化は見られないが, Ru(IIトビ ピリジン錯体に比較して高いg値を示していることがわ
サwa
3.2 g値の温度変化と電子軌道
g値が温度による変化を示すことから次の3つの仮定を 行い検討を行った.
(1) 値が温度により変化するのは,電解還元によって 導入された不対電子が,エネルギーがわずかに異なる2つ の軌道の問に,分布しており観測されるg値はこの二つ の軌道に対応する平均値である.
高いg値をglとしその軌道を<p¥,低いg値をgT2とし その軌道を¢2 とする.今,電解によって導入した電子の うち, nl個が¢1上にn2が¢2上に存在するとき,観測 されるg値goは次の式で与えられる.
go‑聖賢(g2<gi) (1)
(2)不対電子の2軌道問の分布は,鉛体溶液の温度によ
2.0013 2.0011 2.0008
in BtCN with Bt4NC104
‑40 ‑60 ‑80‑‑100 Temp. / 。c
Fig. 1 Variation of g value with temperature
A: [Ru(bpy)3](C104)2 B : [Ru(bpy)2(acac)] (C104) C : [Ru(bpy)2(ox)]
D : [Ru(phen)2(py)2](C104)2
るボルツマン分布に従う. 2つの軌道41, ¢2のエネルギーをそれぞれEu E2 (JB2>JBl),エネル ギー差をAE,錯体の温度をT{K),ボルツマン定数をkとすると
n2/ォi ‑exp( ‑JE/kT)
となる. (1), (2)式から ォi, n2を消去すると次の式が得られる.
g. =旦±g‑2 exp士二邸
1+exp(‑AE/kT) (g2<gl )
(2)
(3)
この式で,温度が高くなると観測されるg値は(gl十ft)/2に近づき,温度が低くなるとgl
56 松村竹子・大矢博昭・泉谷 拾・太田貴志・‑守康史 に近づく.
(3) ESRスペクトルのg値が2.0023よりずれるのは,不対電子が比較的重い原子の軌道の 関与が大きい分子軌道に入っているときであるが, Ru(II)‑ビピリジン鉛体については,高いg 値glを持つ¢1軌道は中心金属との相互作用のない軌道,低いg値gT2を持つ¢2軌道は中心 金属の関与を受けている軌道と考えられる.配位子のビピリジンラジカルのg値g‑‑2.003を glとして採用することにした.
(3)式を変形し,指数部分を右辺にまとめたものの,両辺の自然対数1nをとると次の(4)式が得
Fig.2 Plots of ln [(g0‑gi)/(.gi‑gt)l vs. 1/T
Table 2 g2 and IE for Ru(bpy)2X2a+">+
Complex [Ru(bpy) 3]i+
[Ru(bpy) 2 (NH3) 2:'+
[Ru(bpy) 2 (py) 2]i+
[Ry (bpy) 2 (en);p+
CRu(bpy) 2 (acac)]サ
[Ru(bpy) 2 (ox) ]i
1. 978 1. 958 1. 934 1. 969 1. 945 1. 764
ァ・'‑2. 003, * correlation coe爪cient
AE/e V
0. 019 0. 86 0. 030 0. 93 0. 035 0. 98 0. 026 0. 96 0. 032 0. 95 0. 058 0. 94
Ru(工I)錯体の電解ESR
ln〔(g0‑gl)/(g2‑go)〕‑ ‑AE/k ‑ 1/T
られる.(4) 57
(4)式でgT2を与えてやれば, 1n〔(g0‑gl)/(g2‑l 〕と1/Tの回帰直線を求めることにより, AEを求めることができる.そこで, g2を色々に変えて,各g2について観測データのgoとT の組からln〔(g0‑gi)/(g2‑go)〕と1/Tの相関を計算し,最も高いg2を求めることによって g2を決定した. (Fig.2, Table 2)
3.3 Ruピピリジン錯体とRu‑フェナントロリン錯体のg値の差(=ついての分子軌道法に よる考察
Ru鑑体の配位子であるビピリジンおよびフェナントロリンについて分子軌道法(HMO)よ りその最低空位軌道(LUMO)の符号を求めると, Fig.3.のような結果が得られる.
ヰ0.38 ‑8.38
‑0.25 ‑0.20
2, 2'‑bipyrtdine
34 十0.00
1 ,10‑〆Ienanthroline Fig.3 Electron distributions in LUMO of
2, 2 ‑bipyridine and 1, 10‑phenanthroline
この計算結果より Ru‑ビピリジン鑑体に不対電子を導入したときは, 2,2′位の窒素原子の軌 道の符号は互いに等しく, Ru‑フェナントロリン錯体に不対電子を導入したときは, 1,10位の窒 素原子の軌道の符号は異なると推測される.このことから,配位子一中心金属の軌道の相互作用
について次の推論が導かれる.
すなわち, Ru‑ビピリジン鎗体では, 2,2′位のN原子の汀軌道の符号が等しいことから,中 心金属のd軌道とN原子のp軌道が重なり,導入した不対電子が配位子一金属間に非局在化す
ることが可能である.
これに対して, Ru‑フェナントロリン錯体では, 1,10位のN原子のn・軌道の符号が異なるた め中心金属のd軌道との重なりはなく,不対電子は,配位子の7r*軌道を移動する.
この推論は, ESRスペクトルにおいてRu‑ビピリジン錯体のg値が1.99付近でRu‑フェナ ントロリン錯体の2.00付近に比べて小さいという実験結果と一致する.
4. ま と め
Ru‑ビピリジン錯体を1電子還元したときに導入される不対電子は,配位子の軌道に入るが, このときエネルギー的に差が0.02‑0.04eV,波長に換算して30‑60fimの2軌道間に熟的に分 布する. 2つの軌道のうち,エネルギー的に高い方の軌道は,配位子のp軌道が中心金属のd 軌道の関与を受けて形成された軌道のため, 2.00より低いg値を示し,エネルギー的に低い方 の軌道は,中心金属の影響を受けず自由電子のg値と同じ, 2.00を示す. Ru‑ビピリジン鑑体
58 松村竹子・大矢博昭・泉谷 冶・太田貴志・‑守康史
のESRスペクトルの観測によって得られるg値はこの2つの軌道のg値の平均であるため, 温度による変化を示す.
一方, Ru‑フェナントロT)ン把体においては,導入された不対電子は,中心金属の影響を受け ない配位子の軌道に入るため,そのg値は,自由電子のg値に近く,また温度による変化もな い.この2種の賠体におけるESRスペクトルのg値の差は,各配位子‑2,2‑ビピ))ジンとフ ェナントロリンの1.10位のN原子の7E軌道の符号が異なることによって説明される.以上のよ うに低温における電解ESRの測定で還元生成物の電子状態が明らかになった. 2,2'‑bipyridine 銃体の電解ESRの研究は常温における測定9)と凍結溶液中の測定10)が行われているが,系統的 な研究例はない.今後,線巾の温度変化についても検討し,励起状態の吸収スペクトルとの関連 について検討を進める予定である.
References
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game and General Chemistry, A Collection of Monographs 19, ed. by R.J.H. Clark, Elsevier, Amsterdam, 1984
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