はじめに
新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、筆者が所属する久留米大学でも執行部の判断により 2020年度の授業はオンラインで始められることになった。前期の授業開始は予定より2週間遅 れ、ほぼ全ての科目をオンデマンド型授業で実施することになった。後期の授業は予定通りの 日程で開始され、福岡県で感染者が減少していたこともあり、全体の4割以上の授業が対面に 戻ったが、12月に同県の感染者が再び増加し、年末に久留米大学の学生間でクラスターが1件 認められたことから、2021年の年始から再度授業はすべてオンライン授業に戻された。
以上のような状況下で、筆者は勤務校での授業に加え、2020年度の前期にオーストリアの ウィーン大学で実施されたオムニバス講義の一回分をオンラインで担当することになった。
ウィーン大学の授業も当初は対面の予定であったが、コロナの影響で急遽オンラインに変更さ れたのである。本稿ではこの未曾有の事態における体験をふまえ、ポスト・コロナ社会でオン ライン教育の機会が多様化する可能性も視野に入れ、2020年度に筆者が行った西洋史学関連の オンライン授業の実践例をあげながら、授業の中で気がついたことや改善が必要になった点、
残された課題について、コロナ下で出された各種の高等教育関連の報道にも触れながら考察を 深めておきたい。
オンライン授業を開始する可能性が出始めて以降、国立情報学研究所のサイトには「大学等 におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム「教育機関
DX
シンポ」」というページが新設され、現在に至るまでここで各種の有用な情報が公開されている。同ペー ジの開設目的は、全国の大学で遠隔講義が検討・実施される中で、「遠隔授業等の準備状況に関 する情報を出来る限り多くの大学間で共有すること」であったが 1、現時点(2021年1月)で は、同サイトは遠隔授業の準備状況に関する情報提供という枠組みを超え、オンライン教育に 関する試み、課題、学生の反応、教育の質向上に関する今後の課題などについて、多種多様な 情報が収集できる場へと発展している。オンライン授業を実施するにあたって教員側に必要と なった細々かい情報
―
ビデオ会議機能や各種のオンライン学習管理システムの使い方など―
については、大学の教員有志によるSNS
を活用した情報発信・情報共有が、2020年の3 月以降、個々の大学の枠組みを超えて進められた 2。このほか、京都大学高等教育研究開発推進 センターのメーリングリストasagao
からは、常時オンライン授業に関するさまざまな研究会や1 これについては、以下を参照:国立情報学研究所「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイ バーシンポジウム」(
https
://www.nii.ac.jp
/event
/other
/decs
/)Google Classroom を活用した西洋史学の教授法に関する一考察:
オンデマンド型授業の実践例と今後の課題
大 場 はるか
〈研究ノート〉
シンポジウムの案内が届けられるようになった 3。個々の教員による授業例も、西洋史学に関し てはあまり存在していないようだが、YouTubeやウェブサイトを通して発信されている。東京 大学においては、学生がオペレーターとして「オンライン授業サポートチャット」を運営し、
これが2020年5月中旬から導入されて以降、24時間対応の自動回答と、約50人規模の学生有志 によるチャットを通し、学生や教員
―
特に非常勤講師―
からの質問にきめ細かな回答を与 え、オンライン授業を支えていたようだ 4。以上のように、今日まで様々な角度からの多くの人々の支えがあって、日本の高等教育が運 営・維持されており、これ自体は素晴らしいことと言えるが、今回のような事態は将来再び形 を変えて度起こる可能性もある。西洋史学関連のオンライン授業に関する今後の議論を深める ために、本稿が幾ばくかの貢献になれば幸いである。
1.
Google Classroom
の特徴と利点上述のように、勤務校では大学全体の方針として、オンデマンド型授業を提供することになっ た。執行部がこの授業形態を選んだのは、第一に、大量の学生が一斉に大学のシステムにアク セスし、その結果サーバがダウンするのを回避するためだったようだ 5。また、非常事態宣言に より大学構内への学生の立ち入りが禁止され、学生が個人で所有しているデバイスやインター ネット機器が頼りになってしまったため
―
いわゆるBYOD
(Bring Your Own Device)―
、い ずれの環境でも学生が可能な限り平等に学べるよう、学生に提供する添付資料の容量には「1 週間に1科目につき〇〇メガバイト以内」という制限が課せられた 6。「データダイエット」で ある 7。この状況下で、著者はオンライン学習管理システムGoogle Classroom
(以下、「GC」と 略記する)を使って授業を実施することにした。勤務校の執行部は、教務課が履修者情報を同 期化できるCoursePower
を奨励していたが、筆者は次の3つの理由からGC
を選んだ 8:⑴ システムの使い方に関する詳細なマニュアルを教員がネット上で簡単に入手でき、操作方 2 例えば、
何をしたいかについて知恵と情報を共有するグループ」(公開)が立ちあげられ、現時点では約2万人のフォ ロワーがこのサイトを活用している。運営の中核にいるのは、関西学院大学法学部政治学科で西洋政治思想 史などを教えている岡本仁宏教授である。以下を参照:「新型コロナのインパクトを受け、大学教員は何を す べ き か、 何 を し た い か に つ い て 知 恵 と 情 報 を 共 有 す る グ ル ー プ 」(https://www.facebook.com/
groups/146940180042907/)
3 京都大学高等教育研究開発推進センターのメーリングリストについては、下記の
URL
を参照:https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/asagao/
4 国立情報学研究所「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」(https://www.
nii.ac.jp/event/other/decs/)、「学生によるオンライン授業サポートチャットの運用」(https://www.youtube.
com/watch?v=_giwSi2K1c4&feature=youtu.be)
5 立命館大学などでは、サーバはダウンしなかったが授業開始と同時に学生のアクセスが集中し、学習システ ムに学生が接続しにくい状況が生じたりしていた。これについては、以下を参照:「新型コロナ 立命館大、
授業用サイト大混雑 アクセス集中、接続しづらく/京都」(毎日新聞(オンライン)、2020年4月7日)
(https://mainichi.jp/articles/20200407/ddl/k26/040/333000c)
6 勤務校の内部資料に記載された情報であるため、具体的なデータ容量はここでは記載しない。
7 データダイエットに関しては、「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム実 行委員会」のメンバーと専門家有志によって、全国でオンライン授業に携わる教員向けに、2020年5月7日 に国立情報学研究所のサイトを通して協力が求められた:
https
://www.nii.ac.jp
/event
/other
/decs
/tips.html
8 勤務校の教学システムの中には、CoursePower
の他に当初からG Suite
が導入されていた。法がわからなくなった場合もネット上で比較的簡単に対処方法が探せる。
⑵ スマートフォンにダウンロードできるアプリケーション(以下、「アプリ」と略記)がある ため、パソコン以外のデバイスしか持たない学生でも授業が受けやすい。
⑶
CoursePower
のマニュアルは学内に存在するが、国内外でより広く使用されているGC
を使う場合は、Googleがオンラインで公開している正規のマニュアルに加え、多数の利用者がイン ターネットで公開している体験談や授業事例も活用できる。このため、著者には
GC
を使った 方が授業中にトラブルが生じた時、その対処法をより迅速にみつけることができるように思わ れた。CoursePowerの場合は、対処方法がわからなくなった場合、所属大学の情報教育センター に問い合わせる必要が出てきてしまう可能性も考えられた。しかし、通常ならともかく今回の ような未曽有の事態においては、授業の準備開始とともに教員からの質問が情報教育センター に殺到することが容易に想像できた。このため、筆者には教員がインターネット上の情報を活 用してある程度自分で問題解決しながら授業が実施できそうなGC
の方が、より望ましいよう に思われたのである。実際に
GC
を使い始めた後、上記のメリットに加え、他のメリットもGC
には多数あること がわかった。例えば次のような点があげられる:⑴ 「チェックが必要な課題」という
ToDo
リストが教員側にあり、学生に課した課題の状況が「①提出済み、②割り当て済み、③採点済み」という三分割で表示されるため、どの科目で どの程度の学生が課題を既に提出しているか、教員がどの科目に関してどの程度採点作業 を終えられているか、一目で確認することができる。
⑵ 設定した提出期限を過ぎて学生が課題を提出した場合は「期限後に提出」という表示が、
課題を提出しなかった場合は「未提出」という表示が教員側の
GC
に表示されるため、脱 落しそうな学生の早期発見が可能である。⑶ 個々の科目ごとに、履修者が何回目の課題で何点獲得しているかを一目で確認できるリス トがあるため、個々の学生の学習到達度を簡単に確認できる。
⑷ 個々の科目のスペース内に、特定の課題やその提出に関するやりとりを教員と学生が内々 に行える欄があるため、特定の課題について学生と情報交換しやすい。
以上の利点の中には、他のオンライン学習管理システムにも備わっているものがあるが、詳 細は
GC
とは異なっているため、ここでは⑴~⑷の機能について著者の経験をふまえ、具体的 に説明しておきたい。上述の⑴にあげたToDo
リストは、教員が授業全体を間違いなくコント ロールするのを支援するだけでなく、採点などに要する時間を想定し、授業以外の仕事の時間 を確保するのに役立つ。筆者の勤務校では、学生に対し、授業日にオンライン上にアップロー ド(以下、「アップ」と略記)された課題をその後7日間の間にすませることが求められてい た。このため、教員は、①どの授業を何日の何時までに準備・公開し、②学生に課した課題が おおよそ何日に何名の学生によって提出され、③提出された課題に対していつフィードバックをすべきか、想定して動く必要があった。このように複数の作業を可能な限り計画的にまわす 必要があったわけだが、GCには
ToDo
リストがあったため、筆者は完全オンライン授業で想定 外の出来事に翻弄されながらも、自分の仕事全体をある程度はコントロールすることができた。この種の機能が備わっていなかったり、使いにくいオンライン学習管理システムを使用した教 員は、授業に振り回され、校務や研究の時間を確保できなかったのではないだろうか。
続く⑵の機能は、学生の学習活動状況をある程度把握するのに役立つ。⑵を使い、課題の未 提出が続いている学生を早期発見して早めに注意喚起したり、期限後に課題を提出した学生に
「次回から早めに課題をやるように」と簡単に注意喚起したりすることもできる。もっとも、学 生の学習活動状況の把握に関しては、より高度なレベルのものが既に他大学で活用されており、
中には学生がどの資料を開いているのかリアルタイムで把握できるようなシステムや、学生の 筆致を追えるようなシステムもあるため 9、そのようなシステムに比べると
GC
の機能では物足 りない部分も多かった 10。⑵に加え、学生の学びの改善に役立ったのは、⑶の機能である。こ の機能は、学期中に教員が個々の学生の内容的な到達度をある程度把握するのに役立つ。この ため、この機能を使うと学びを深められていない学生に特に助言を与えたりすることが可能に なる。なお、この機能は学期末に授業評価と単位認定を行う際にも有用であった。⑷の機能は、①学生が課題提出後に「本当に課題は提出されているのか」と不安になった時 や、②教員による採点に学生が疑問を持ち、評価の理由が知りたくなった時などに活用され得 る。学生とこの種のコミュニケーションをメールで行った場合、メールの数が増えると、①ど の学生と、②どの科目の、③何回目の授業の、④どの課題についてやりとりしているのか、教 員は把握しにくくなってしまうが、OCには⑷の機能があるため、教員は勘違い等もなく個々 の学生と正確なやりとりができる。また、学生とやりとりをする際に、教員が話題にのぼった 課題の内容をすぐに開いてチェックできるレイアウトになっていた。
次に、筆者が
GC
上で2020年度の後期に実施した「西洋史学Ⅱ」の授業を例に、GC
上の授 業スペースのレイアウトを図で示しつつ、説明を加えたい。なお、図はすべて著者のパソコン を使って著者のGC
上の授業スペースをキャプチャしたものであり、学生の個人情報(氏名、学籍番号、点数、投稿日時)は黒塗りにして隠した。これらの図は、本稿ではすべて文末にま とめてあげておきたい。
9 2021年1月19日に京都大学学術情報メディアセンターの主催で遠隔開催されたセミナー「教育データの利活 用による教育変革:これまでの実践知を踏まえた今後の展望」においては、学習活動状況の把握に役立つよ り高度なシステムの紹介が行われた(同セミナーのイベント情報については以下を参照:https://henews.
consortium.or.jp/event/event-1417/)。例えば、九州大学で既に運用されている Metaboard
など。九州大学基 幹教育院の山田政寛氏がセミナー当日行った発表によると、九州大学ではBookroll
とMetaboard
の運用によ り、教材を開いている学生の数がリアルタイムで可視化されたり、学生が引いたマーカが可視化されたりす るほか、学生が注目した単語なども洗い出され、教員が確認できるようになっている。なお、BookRoll
は京 都大学学術情報メディアセンターの緒方広明氏のチームと山田氏が共同開発したデジタル教材ビューワーで ある。BookRollについては、以下を参照:https://www.let.media.kyoto-u.ac.jp/project/digital-teaching-materi-aldelivery-system-bookroll/ このほか、同セミナーでは京都市西京高等学校附属中学校の教諭である宮部剛
氏も
BookRoll
による生徒の家庭学習の様子を発表していた。発表においては、生徒が数学の問題をタブレットでどのように解いたのか、その筆致を追う方法が紹介された。筆致をたどると、生徒がどのような順序で 数学の問題を解いているのか、どの部分で問題を抱えているのかがわかるため、教員は生徒をより効率的に 支援できるようだ。
10 勤務校の
G Suite
の管理者には、より詳細な学習ログを入手する権限があったようだが、教員には詳細な学 習活動状況を把握する権限がなかった。図1からは、①第6回目の授業で学生に課した課題の提出期限が「明日」であり、②課題を 提出した学生が30名、③課題をまだ提出していない学生が94名、④教員が提出された課題を添 削して返却した学生が53名いることがわかる。この図では「西洋史学Ⅱ」の状況しか示されて いないが、すべての担当科目におけるこの種の数値が
GC
では一覧表になっていたため、上述 のように著者は仕事時間をある程度効率的に管理することができた。図2に示したスペースでは、特定の科目の特定の回の課題の提出状況を確認することができ る。この図には、「西洋史学Ⅱ」の第7回目の授業で課した課題の提出状況が示されている。図 からは、①138名の学生がまだ課題を出しておらず、②39名が既に提出済みであることがわか る。スペースの一番左側には学生の氏名がリスト化されており、その右側の列には当該学生の 課題の点数が表示されるため、氏名と点数が明示されている部分は黒塗りで隠しているが、通 常は課題を提出した/していない学生が誰なのか、教員はこのスペースを使って特定し、対応 できる。図2のスペースからは、学生が当該の授業の課題に関する質問や苦情を教員に直接送 り、教員がそれに対して個別に回答できる欄を開くことができる。これについて、図3を示し て具体的に説明しておきたい。図3は、「西洋史学Ⅱ」の第5回目の課題に関する表である。図 2とあまり変わらないが、表の左側の欄の上から5人目の学生の氏名の下に、「第1回目の授業
(オリエンテ ...」という文字が小さく記載されている。これは、学生と教員とのやりとりのう ち、最新のやりとりの冒頭部分の略記である。やりとりの詳細は、図2のスペースで当該学生 の名前をクリックすると、図3のように右に表示される。図3のケースでは、ある学生が、提 出した課題(小テスト)の回答が正解であるはずなのに不正解になっていると、教員に対し苦 情を述べている。これに対し、教員は第1回目の授業の際に学生に示された注意事項を確認す るように指示している。著者は第1回目の授業で、著者が学生の提出した回答を点検・返却す るまでは点数の不服申し立てをしないよう、学生に伝えていた。というのも、毎回の授業で著
者が
数が自動的につけられるシステムになっていたためである。この場合、学生の回答の書き方に よっては、内容的には正解であってもシステムが回答を不正解にしてしまう可能性があった 11。 このため筆者は、学生の回答を点検し、内容的に正解である場合は点数を手動で修正して学生 に返却する必要があった。この作業のため、著者は学生に上記のような指示を初回の授業で行っ ていた。当該学生はこの指示を確認していなかったのか、著者が回答を返却する前に苦情を出 してきたため、著者は初回の授業で注意喚起された事柄を見直すように促したのである。
2.「西洋史学Ⅱ」の授業実施方法
次に、「西洋史学Ⅱ」の授業内容と、著者がこの授業をどのように進めたのか、具体的に示し ておきたい 12。同科目のサブタイトルは、「個人と集団の歴史を考える」というものである。図 4に授業スペースのトップページのキャプチャをあげておこう。この講義では、学生は16世紀 から現代までのヨーロッパおよびアメリカの歴史的展開を、その中で生きた個人に焦点をあて て学ぶ。毎回の授業では、教育、政治、福祉、科学、文化、国際協力など、さまざまな分野で 11 この問題については、本稿の3.の3)で詳述する。
12 本稿では、学期末の試験に関する記述は時期的に間に合わないこともあり割愛する。
顕著な業績をあげた特定の人物が1名とりあげられる。学生は彼ら/彼女らの業績のみならず、
彼ら/彼女らがどのような子供時代・学生時代を過ごし、その経験をふまえてどのように考え、
どのように行動した結果業績を残すことができたのか、その人生のプロセス
―
困難、挫折、再起、生きざまなど
―
に注目するよう注意喚起される。この学びを通し、ヨーロッパやアメ リカの歴史的展開を理解しつつ、その中で顕著な業績をあげた人物でも時には思わぬ挫折や失 敗を経験し、山あり谷ありの人生を歩んできたことを知り、自分の人生と現代社会との関係に も改めて向き合うことが学生に求められた 13。同科目は教職課程に関わる教養科目であるため、学生には授業の事前準備として、高校の世界史の教科書の該当する時代の部分を読んでおくこ とが求められた。授業後には、学生が授業で学んだ人物に関する知識を増やしたり、当該の人 物が生きた時代に関する考察を深めたりできるように、教員があげた参考文献を読んだり、映 画を見たりすることが奨励された。
授業の手順は以下の通りである:毎回の授業では図5で示しているように、学生に、①「資 料」と、②「回答フォーム」という2つのファイルが提示された 14。資料の中には図6で示し たように、その回の授業の説明と、学生が読まなければならない「読書課題」の説明が記され、
読書課題のファイルや、授業後の学びを深めるための「追加資料」が下方にリンクされた。追 加資料に関しても、当該資料がどのような種類のものか文章で説明が加えられた。追加資料は、
特定の図書の一部を複写した
PDF、大学図書館にある参考文献のリンク、関連する映画の予告
編(YouTube動画)のリンクなどである。これらの表示をクリックすると、学生は追加資料に 容易にアクセスできる。読書課題は回によって異なり、多くの場合は教員が参考文献をまとめ て文書にした西洋史学関連の教養科目の場合は、既存のテキストを読書課題にすると、留学生や、高校時代 に世界史を勉強していなかった学生に対する配慮が不足してしまう。特に中国やベトナムで育っ た留学生は、宗教改革をふくむキリスト教の歴史やフランス革命など近世史の知識を持たない ことがほとんどである。このため、既存のテキストを引用しつつ、補足が必要と思われる部分 は教員がまとめなおす必要が出てくることが多い。
読書課題を作成する際に、著者はなるべく学生に語りかけるような文章で書くことを心がけ た。また、図7のように要所要所にウィキメディア・コモンズなどで公開されている歴史上の 人物の写真などを掲載し、学生が当該の人物や同時代の様子をよりリアルに感じられるように 試みた。というのも、オンデマンド型授業では学生は教員から授業を受けるというより、一人 で本を読んでいるような状況に陥りやすいためである。このため、論文調の文章のみの無味乾 燥な読書課題を課してしまうと、学生が内容に入りこめない可能性が考えられた。ちなみに、
著者は読書課題の文章をまとめる際に
RemoteMouse
というアプリを利用した。このアプリを スマートフォンにダウンロードすると、同一のWiFi
環境の下でスマートフォンがパソコンのマ 13 高校までの歴史の授業では、重要な人物として圧倒的に男性の方が多く教科書にあげられている。このた め、筆者はこの講義で扱う人物の約半数は男性以外の性別になるように心がけた。なお、LGBTQに関して は前期に担当している「西洋史学Ⅰ」において、近年のキリスト教会の試行錯誤との関係で講義を1回実施 している。LGBTQについては近年メディアが盛んに報道するようになった影響もあるのか、学生の関心が 高まっているようだ。14 この部分で著者が言及している「ファイル」は、
GC
の外で作成したものではなく、GC
の内部にあらかじ め用意されているファイル形式を意味する。「回答フォーム」にはGC
の「テスト付き課題」を使った。ウスと化し、スマートフォンで音声入力した文章をワンタッチでパソコン画面上のカーソル部 分に飛ばすことができる。これを使い、参考文献を参照しながらパソコン上の
Microsoft
のWord
に自分の
iPhone
で音声入力した文章を飛ばすことで、授業準備のスピード化を図ることが可能になった。
また、著者は
Screencastify
というGoogle Chrome
のアドオンを使い、著者による読書課題の 読みあげを記録した動画ファイルも追加で制作し、これをYouTube
にアップした上で、その動 画のリンクを授業スペースに貼りつけた 15。この動画はURL
を取得した者のみが閲覧できる設 定にした。動画では、著者が読書課題のテキストを示しながらこれを読みあげているため、学 生は読書課題の文章や画像を目で追いながら教員の朗読を聞く形になる。著者の勤務校では、上述のように1週間に1科目内で使える容量が制限されていたため、この「読みあげ動画」の みを学生に提供することはできなかったが、テキスト形式の読書課題と「読みあげ動画」の両 方を学生に与えることで、インターネット環境に余裕がある学生は「読みあげ動画」も活用で きるようにすることはできた。ちなみに、この動画については学生から「学びやすい」と評価 する声があがった。おそらく学生は、文章を一人で読む課題よりも、目と耳を両方使いながら 動画で学べる方が集中力を保ちやすかったのであろう。読書課題をプリントアウトできる環境 にあった学生は、この「読みあげ動画」を音声ファイルのように使うこともできたと考えられ る。多くの遠隔授業を同時に受ける場合、画面を長時間見続けなければならなくなると、学生 の目に多大な負担がかかってしまう。この問題を考えると、複数の媒体で内容的には同じ資料 を準備することが、学生のためになるのかもしれない。
読書課題を読んだあと、学生は図8に示したような「回答フォーム」を開き、教員が事前に 準備した小テストに回答するよう指示された。この小テストは、読書課題の最低限の理解度を 確認する目的で実施された単純なものであり、毎回5問であった。いずれの問いも単語で回答 できるもので、正解は読書課題の要所要所にあり、教員の設定により自動採点された。小テス トの個々の問いは配点20点であり、満点は100点である。学生は60点以上獲得した場合のみ、授 業態度が「良好」とみなされた。漢字の間違いやカタカナのタイプミスなどがあった場合は、
減点対象とした。1問の配点が高いと学生は注意深くならざるを得ないため、最重要の単語を 読書課題の中から間違いなく探しあてて回答することにより、当該部分の記憶を定着させるこ とも期待されていた。
小テストの終わりの部分には、著者は自由記述欄を設け、250字以内で学生が授業に関する 質問や感想、教員に対する要望など、何でも書きこめるように設定した。その結果、「西洋史学
Ⅱ」の履修者数は約180名であったが、毎回30~40名がこの欄に質問や感想を記入してきた。コ ロナ下でしんどい思いをしている学生の「ガス抜き」にもなるのではと考えてこの欄を設けた ため、授業に関する学問的な質問に加え、コロナの愚痴や、「この機会に家で料理の腕を磨いて います/自動車運転免許を取得することにしました」といった近況報告なども見られたが、学 生がコロナ下で何を考え、どのように生活しているのかも垣間見られたことは、教員にとって も学生を理解するために意味があったように思われる。なお、学生が書いた質問・感想は、小 テストを点検する際にフィードバックを記入して返却した。ちなみに、この種の学生の質問や 要望は、教員が授業の中でうっかり説明を忘れていたり、教員の説明不足で学生に思わぬ誤解 15
Schreen Castify
については、以下のサイトを参照:https
://www.screencastify.com
/が生じたりしていた部分、また、別のより良い説明方法・授業実施方法があることに著者が気 づくきっかけも与えてくれた。その結果、著者は追加で資料を提供したり、誤解を解くための 追加説明を行ったりするなど、ささやかながら学期中に授業改善が行えた 16。
3.授業実施にあたって生じたトラブルとその解決方法
次に、授業の実施中に生じた問題とその解決方法について述べておきたい。下記のトラブル の中には、通常ならば難なくクリアできるものもあるが、コロナ下での授業の記録も本稿の一 つの目的であるため、ここでは敢えてとりあげておきたい。
1)Google Classroom へのログイン
GC
で授業を受けるにあたり、本校の学生は大学が学生に割り当てているメールアドレス(Webmail)を使い、大学の情報処理センターのシステム
KUEST
にログインする必要があった。そのうえで、G Suiteの中にある
GC
を選択し、受講するクラスに「クラスコード」を使ってア クセスすることになった 17。この操作は困難なものではなかったため、著者が図9にあげた自 作の簡易マニュアルを講義連絡メールに添付して学生に送ると、ほとんどの学生は問題なくク ラスにアクセスできていた。しかし、個人で似たようなトラブルは授業開始後にも起こった。クラスにアクセスできた後も、授業の度に 学生はクラスに改めてアクセスすることになったため、その際うっかり個人のアカウントで資 料などにアクセスしようとして失敗し、教員にアクセス権を求めてくる学生が
―
人数は多く はなかったが―
後を絶たなかった。これは学生の注意力の問題でもあるため教員には防ぎよ うがない部分があり、今後も課題として残されるだろう。この問題は、GCならではの問題と 言えるかもしれない。2)オンライン学習管理システムの複数性:その問題点とメリット
前期の授業で
GC
を使用した後、著者が自身の担当科目内で独自にアンケートをとったとこ ろ(匿名、Googleフォームを使用)、一部の学生からは、「他の授業がCoursePower
で行われて いるので、この科目もCoursePower
でやって欲しかった」といった意見があげられた。執行部16 質問・要望を積極的に書いてくれた勤務校の学生たちに、この場を借りてお礼を申しあげたい。
17 「招待メール」を学生に送り、それをクリックして授業スペースにアクセスしてもらう方法もあったが、本 校ではこの手続きでは学生があまりクラスに入ってこなかった。というのも、多くの学生が自分のメール ボックスに届いた「招待メール」を見落としてしまったためである。コロナ下で教務関連のメールが多くや りとりされていたためかもしれない。
が
CoursePower
を推奨した結果、多くの教員がこれを使ったため、GCを使用する科目の数が 結果的に少数になっていたようである。科目によって使用するシステムが異なると、確かに学 生の負担は増えてしまう。このため、授業で使用するオンライン学習管理システムの数は少な いに越したことはない。これは、授業で追加使用するアプリやソフトウェア等にも言えること だろう。もっとも、コロナの感染者急増にともなう緊急事態宣言下のように大多数の授業がオ ンラインで行われる場合は、複数の教育システムを併用した方が良い場合もありそうだ。とい うのも、著者の勤務校では学生のアクセスが集中したことで学期の終わりにシステムのメンテ ナンスが必要になり、一時的に―
回数は少なく、一回のメンテナンスに要した時間も短かっ たが―
執行部が奨励したCoursePower
が使用不能になってしまったためである。同システム は大学の情報教育センターの内部にあるため、メンテナンスの影響を受けたようだ。他方、GSuite
およびGC
はこのメンテナンスの影響を受けることがなかった。もっとも、システムも万能ではない。例えば、Googleのメールシステムも2020年12月に一度トラブルを起 こし、動作がおかしくなった 18。このことから、学生の負担を考慮する一方で、人災や天災に よる予想不能なトラブルが生じた場合に備え、大学全体では少数の異なるオンライン教育シス テムを活用できるようにし、極力学生の学びに影響が及ばないようにする必要がありそうだ。
バランス感覚が求められるところであろう。
3)Google フォームを使った小テストの自動回答設定
上述のように、著者は「西洋史学Ⅱ」の授業で、毎回
ある人物によって書かれた著書のタイトルを正解にする場合は、タイトルだけを記入した回答 に加え、タイトルに一重および二重鍵括弧をつけたバージョンも準備する必要があった。この ほか、人名や事件の名称に関しては別の種類の配慮が必要になった。例えば、カタカナの表記 が研究者や教科書の出版社によって異なっている人名・事件の場合、著者が学生に提供した読 書課題の人名・事件の名称の表記と学生の回答の表記が異なっていても、正解にする必要があっ た。人名に関してはミドルネームまで記入して回答する学生もいたため、かなり多様な表記の 正解を事前に準備する必要が生じた。これは西洋史学ならではの必要性かもしれない。
このように、さまざまな配慮が正解の事前設定のところで必要となったが、それでも形式上 の問題で、内容的には正解であるにもかかわらず学生の回答が不正解になってしまったケース もあったため、上述のように著者は学生に対し、教員が回答を点検・返却した後に、点数に関 する異議申し立てをするように指示していた。この種の問題は、おそらくいずれの学習管理シ ステムを使っても生じる問題であろう。
18 日経新聞オンライン版の2020年12月16日の記事を参照:「Google、「Gメール」また不具合 多数の利用者に 影響」(
https
://www.nikkei.com
/article
/DGXZQOGN
160GT
0W
0A
211C
2000000)毎日新聞にも同様の記事が同 日に出されていた:「Gmail
で再び障害 エラー表示や送受信に大幅遅延 2時間超で問題解消」(https
://mainichi.jp
/articles
/20201216/k
00/00m
/020/068000c
)4)履修者が数百人の講義における質問の受けつけとフィードバック
「西洋史学Ⅱ」の履修者は上述のように約180名であった。前期に著者が行った「西洋史学I」
の履修者はこれを超え225名前後であったこともあり、学生から送られてきた質問を著者が数 件見落としてしまう「事故」が途中で発生してしまった。幸い単位に関わるような重大な質問 の見落としはなかったが、200名を超える大人数の授業で全ての学生の質問にどのようにした ら間違いなく答えられるかは、今後も引き続き課題として残りそうだ。特に本年度の場合、1 年生がほとんどオリエンテーションも受けずに遠隔授業を受けることになったため、1年生か らの質問が多かった。通常であれば友達同士で解決できる類の問題でも、まだ学内に友人が少 なく、その中で同じ授業を受けている友人となるとさらに少なくなってしまう状況下では、ど んなに小さい質問でも学生は教員を頼るしかないため、勤務校でも東京大学のように何らかの 全学的なサポート体制を2年生以上の学生とともに構築した方が、学生・教員の双方が楽に遠 隔授業を進められたのかもしれない。GCには質問を教員が受けとった際に通知する機能もあっ たが、担当授業の全てが遠隔授業の場合は、通知がひっきりなしに来ることになり、通知に気 をとられて仕事が妨げられてしまうという問題もある。
大人数の授業に関しては、質問に対する回答に加え、フィードバックが大きな課題であった。
著者の授業では、学生の多くは似たようなタイミングで課題を提出してきた。いずれの授業の 場合も、課題をやることができる7日間のうち、最終日に課題を提出してくる学生が最も多かっ た。2020年度の前期も後期も、学期開始当初は早めに課題を出す学生が多いのだが、しだいに 遅れがちになり最終日に提出する学生が増加したため、特に記述式の課題を学生に課した場合 は、著者は当該課題の公開後、7日目とその翌日にフィードバックに追われることになった。
課題の長さや担当する科目数にもよるが、全ての担当科目を遠隔で実施する場合、校務や研究 の時間も考えると、1科目につき平均30~50名程度が十分なフィードバックを毎週全員に返せ る最大限度ではないだろうか。
4.「西洋史学Ⅱ」以外の授業の実施方法
最後に、著者が2020年度に担当した西洋史学関連の授業のうち、上述の「西洋史学Ⅱ」以外 の授業について抜粋して述べておきたい。
1)ウィーン大学のオムニバス講義:Moodle を使った「反転授業」
最初に、著者がオーストリアのウィーン大学のオムニバス講義でどのような授業を行うこと になったのかを記しておきたい。なお、この講義に関する以下の報告や考察は、オムニバス講 義を運営していた同大学のポスドク研究員マリオン・ロムベルクとドーリス・グルーバーに詳 細を確認したうえで行っている 19。同オムニバス講義は、「15世紀から18世紀までの神聖ローマ 帝国における他者性(Alteritäten)」というもので、著者は2020年4月30日に授業を現地で実施 する予定であった。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大のため、同授業の運営者から、同 授業も遠隔で実施することになったという旨の連絡を3月末に受けることになった。同時に、
19 マリオン・ロムベルクとドーリス・グルーバーとは、1月22日と23日にメールで最終的な内容確認を行っ た。好意的にオンライン授業になった経緯を改めて説明してくれた上、本稿のために授業スペースのキャプ チャも提供してくれた二人に、この場をかりてお礼申しあげたい。
同大学ではオンライン学習管理システムの
Moodle
を使用していることが伝えられた。同授業の
Moodle
上のプラットフォームは、図10のような形態であった。授業の実施にあたって著者は、①60分程度の講義に相当する
PowerPoint
ファイルを作成し、②そのPowerPoint
ファイル に説明を音声で加えること(音声ファイルの作成)、③講義内容に関する参考文献となる論文2~3本の
Moodle
内のビデオ会議機能を使って学 生とディスカッションすることを依頼された。①~③の資料は、授業当日の1週間前から図11 のような形でウィーン大学のMoodle
上にアップロードされ、学生がこれを読んだり聴いたり することができるようになっていた。なお、図11に示しているスペースは、第6回と第7回の 授業に関するもので、著者のファイルに加え、第7回の授業担当となっていた大妻女子大学准 教授の渡邉顕彦氏のファイルも掲載されている。音声ファイルに関しては、著者は図12と図13 にあげたようにPowerPoint
の録音機能を活用し、スライドごとに口頭での解説を録音して付し たファイルを準備した。このようにして準備したファイルを、講義の履修者は当日まで見る/聴くことができた。これをふまえ、当日はウィーン大学の
Moodle
に組み込まれていたCollaborate(Web会議ソリューション)を活用し、著者と渡邉氏が共同で近世ドイツ語圏の他者性と日本 人描写に関するディスカッションを実施した 20。時間は45分程度であり、途中著者のインター ネット環境にトラブルが生じて
―
おそらく、緊急事態宣言下で著者が契約していたインター ネット回線にアクセスが殺到したため―
著者はMoodle
に2回ログインしなおす羽目になっ たが、著者がトラブルを解決している間に渡邉氏が彼の授業に関する質問に答えてくださった ため、大きな問題にならずにすんだ。ウィーン大学の授業運営者によると、約100名の履修者のうち、ディスカッションに常時参 加していた学生は15名程度であったが、これらの学生は常に非常に積極的に議論に参加してい たそうだ。運営者が提案した上述の授業方法は、体験してみると非常に効果的なものに思われ た。斬新なシステムを使ったものではなかったが、「反転授業」をオンラインで実施し、非同 期・オンデマンド型とリアルタイム・同時双方向型を組み合わせたハイブリッド型にしたこと で、双方の型のオンライン授業の利点が生きた授業になっていた 21。当時はオーストリアでも 外出制限が課されていたため、学生のネット環境が個々人で異なり、履修者全員に対し平等な 教育はできていなかったと思われるが、参考資料として論文2~3本を各教員が準備・提示す ることで、学生はリアルタイム・同時双方向型のディスカッションの時間に参加できなくても、
自主的に勉強を深めることができたと考えられる 22。そもそも日本とは異なり、オーストリア の場合は駅や公共施設、喫茶店など多くの場所にフリー
WiFi ―
時間制限が短くなく、かつ質 が良い―
が備えつけられているため、完全にロックダウンになった時期を除くと、日本ほど 学生間のデジタルデバイドは大きくならなかったのではないだろうか。年度末には口頭での試20 ウィーン大学の関係者は、Collaborateのほかにも事前に
BigBlueButton、Justi、Edumeet
を試みていたよう だ。後期はZoom
も試しており、最終的にZoom
が好まれている。21 反転授業については、以下を参照。森朋子「第5章:アクティブラーニングを深める反転授業」(安永悟・
関田一彦・水野正朗編『アクティブラーニングの技法・授業デザイン』所収(溝上慎一監修、Active Learning 1)東信堂、2016年)88~109頁。
22 ハイブリッド型のオンライン授業の利点・デメリット等については、国立情報学研究所が令和2年8月21日 から9月7日にかけて実施した「遠隔授業に関するアンケート」の結果も参照されたい。本稿では、国立情 報学研究所が主催した「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」のサイト
(
https
://www.nii.ac.jp
/event
/other
/decs
/)に9月14日に公開されたアンケート調査結果を参照している。験が実施されたため 23、常時ディスカッションに参加できた者がいくらか有利になった可能性 も考えられるが、参考資料を読みこんだ学生が極端に不利になったというわけでもないだろう。
コロナの終息後、大学のインターネット環境が使えるようになると、学生のデジタルデバイド は解消され、この種のハイブリッド型のメリットのみが享受できるようになるのではないだろ うか。この授業形態の場合、じっくり資料を読みたいタイプの学生と、ディスカッションを好 むタイプの学生の双方の要望に応えることもできる。近年「教育の個別最適化」が叫ばれてい るが、このようにタイプの異なる学生たちが満足できる授業形態であったためか、同授業の学 生満足度は運営者によるとかなり高かったようだ。
上述のように、同授業では毎回約60分間の音声つき
PowerPoint
と、45分程度のディスカッ ションが行われたわけだが、この組み合わせは「教員が授業準備を無理なく行う」という観点 からも賢明な方法であったように思われる。約60分の授業向けのPowerPoint
を作成する場合 と、約90分の授業向けのPowerPoint
を作成する場合とでは、教員の作業負担が随分と異なる。日本のメディアでは、何台ものカメラを用意し、朝から晩まで録画に追われている教員の様子 が報道されていたが 24、60分間のオンデマンド型の資料作成と45分間の同時双方向型のディス カッションの組み合わせならば、少なくとも西洋史学関連の授業の場合は、そこまで教員は準 備に追われずにすむ。「学生ファースト」は重要だが、教員が研究に全く手がつけられないほど 授業準備に追われる形態の遠隔授業は、当然ながら適当とは言えない。今後、さまざまな授業 方法が試みられる中で、分野ごとにベストな授業形態が見出されていく必要があるだろう。こ れは同時に、大学の執行部が「授業はこのようにするように」というモデルを教員に押しつけ ない方が良い、ということでもあるだろう。ちなみに学生の方も、90分間画面を見続けるより、
60分間の方が目が過剰に疲れない。繰り返しになるが、この点からもウィーン大学の講義は教 員・学生の双方に無理のない授業形態であったと言えよう。
2)「ヨーロッパ近現代史Ⅱ」および「ヨーロッパ文化論」の授業実施方法
上で紹介した「西洋史学Ⅱ」の他に、2020年度の後期に著者が勤務校で担当したのは、「ヨー ロッパ近現代史Ⅱ」と「ヨーロッパ文化論」であった。これらの授業は後期の最初から対面授 業で実施されていたが、勤務校の学生間で2020年の年末年始に1件のクラスターが確認され、
その後教員にも陽性者が出てしまったことから、2021年の初頭に急に全ての授業がオンライン に戻された。その結果、上記の2つに関しては第14回と第15回のみオンラインで実施すること になった。これらの授業では、著者はウィーン大学のオムニバス講義での経験をふまえ、試し に45~50分間の講義動画をパワーポイントのスライドを使って作成した。もっとも、勤務校で はテキストベースのオンデマンド型授業を実施することが指示されていたため、著者はインター ネット環境が整っていない学生に対し個別に申し出るように指示し、申し出た際にはスライド の朗読原稿を渡すことを学生に通知した。しかし、申し出てきた学生は一人もいなかったため、
結果的には講義動画のみでの授業となった。動画は上述の「西洋史学Ⅱ」の「読みあげ動画」
23 オムニバス授業は半期ごとにユニット化されており、2つのユニットを受講した後、試験は年度末に1回だ け実施された。
24 例えば、毎日新聞が2020年12月3日にオンラインで公開した記事:「楽に単位取れるから」オンライン授業 評価?可視化された日本の大学の授業の質(
https
://mainichi.jp
/articles
/20201203/k
00/00m
/040/106000c
)と同様に
Google Chrome
のアドオンScreencastify
を使って録画し、一枚一枚のスライドをク リックしてめくりながら、通常対面授業で行うのと同じような解説を加えた。もっとも、通常 ならば途中で著者の海外での体験談などを臨機応変に入れるのだが、今回は学生の反応が全く 見えないこともあり、そのような体験談は控えめにならざるを得なかった。作成した動画は、上述の「西洋史学Ⅱ」と同様、GCの授業スペースに資料としてアップし た。学生は、授業では最初にこの動画を見るように指示された。ちなみに、著者はスライドの
―
個々 の授業のテーマに関する映画の予告編や、演劇・オペラ・クラシック音楽などヨーロッパの芸 術関連の動画、官公庁のウェブサイトなど―
を閲覧することが求められた。学生は毎回の課 題として、これらの動画・資料を通して学んだことに具体的に触れながら、250字程度の感想・考察を書くことも求められた。この他、授業後学習のために、著者は参考文献として大学図書 館に所蔵されている数冊の関連図書の検索結果を「追加資料」として授業スペースにリンクさ せ、興味を持ったテーマについて学生が読めそうな文献を紹介した。本稿では、「ヨーロッパ文 化論」の第14回の講義と、「ヨーロッパ近現代史Ⅱ」の第14回の講義の授業スペースを図14と 図15で示しておきたい。これらの画面に表示されているように、著者は各回の授業でテーマを 明示し、それに続き、①今回の授業で学生に何を学んでほしいのかを具体的に文章で記述した。
その後、②今回学生がやることになる課題の説明を行い、③「追加資料」としてあげられた資 料がどのような種類のものなのかを説明した。この種の説明文は、上述のように「西洋史学Ⅱ」
の授業でも準備していたが、遠隔のため一人でどのように授業を受けたらよいかわからず不安 になる学生
―
特に1年生―
のモチベーションを高めるためにも、重要な意味を持っている ように思われた。以上のようにして、学生が合計約90分程度で勉強を終えられるような課題を与えたところ、
毎回多くの学生が受講し、課題の感想・考察を提出してきた。「ヨーロッパ文化論」は履修者約 80名、「ヨーロッパ近現代史」は履修者約25名であったが、前者は毎回65~70名程度、後者は 毎回23名前後が回答していた。「西洋史学Ⅱ」がテキスト形式の読書課題とその「読みあげ動 画」で構成されていたのに対し、これらの授業は内容を箇条書きにしたパワーポイントのスラ イドに著者の解説音声付きであったわけだが、やはりテキストを読みあげるより、パワーポイ ントを活用した方が内容的に授業を充実させることができたように思われる。というのも、動 画の中でプレゼンテーション機能を使ってパワーポイントのスライドを表示する場合は、同一 スライド上でも文章や絵画を時間差でスライドにあげることができ、学生への説明を視覚的に より構造的に行うことができるためである。また、テキスト読みあげの場合と異なり、この方 法の場合は口頭でアドリブを入れることができる。つまり、留学生や高校のときに世界史を学 んでいなかった学生向けに、より基礎的な部分の説明が追加できるのである。口頭の場合は説 明が短時間で終わるため、西洋史学を既にかなり勉強した学生が退屈してしまうこともない。
まとめと今後の展望
以上のように、著者は西洋史学関連のオンデマンド授業のやり方を自分なりに模索したのだ が、結論として言えるのは、オンライン授業の教授法は、所属機関の設備の充実度と、教員が
そのとき習得できている
ICT
関連の技能に左右されてしまうため、どのような授業法がその場 で最も適切かは、ケース・バイ・ケースでかなり短期間の間に変化してしまうものであり得る ということである。もっとも、上述のように、わずかながら西洋史学ならではの問題や配慮を 要する部分が今回明らかになったため、これを今後の授業に生かすことはできるだろう。2020年11月4日の朝日新聞の記事の中では、コロナの緊急事態宣言下で過剰な押印要請をや める動きが強まったことにちなみ、現代の高等教育に関して「150年前と変わらないスタイル をいつまで続けるのか?」といった批判がなされていた 25。西洋史学の研究者の観点から見る と、大学における一方通行の講義は12~13世紀にさかのぼるものであるため、これは世界史的 には「800年以上前と変わらないスタイルをいつまで続けるのか?」と言えるのかもしれない。
しかし、ヨーロッパの場合は多くの地域で特に近世以降、高等教育で修辞学や弁論術が非常に 重視されてきた 26。このような歴史的背景もあり、現代においても質疑応答やディスカッショ ンがない講義は、例えばドイツ語圏では考えられないことであり、ウィーン大学のオムニバス 講義の運営者も同様の見解であった。他方、日本の高等教育機関はどうであっただろうか。日 本の大学では
―
特に、勤務校のようなオンデマンド型の授業形態をとった大学―
、単純な 質疑応答はともかく、口頭でのディスカッションの必要性はあまり優先事項と考えられていな かったように思われる。サーバの容量の問題もあり、未曽有の状況下では容量制限を課さざる を得なかったことは理解できるが、ドイツ語圏の大学関係者に比べると、ディスカッションが できないことについて日本の大学関係者があまり騒がなかったことが気がかりである。「学生に 知識を詰めこみ、それが教員(=大人)の想定・理想に沿う形で詰めこまれているかを確認す る」ような教育の習慣から、まだ教員自身が抜け出しきれていないのではないだろうか。自戒 を込めてこの懸念を記しておきたい。本年度、文部科学省の高等教育局の企画官が発表した際 の資料(スライド)には、「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(スキーム D)の紹介」という枠がある。その25枚目のスライドでは、「学生の学びのために資源を集約させ る『学修者本位の大学教育(Student-centered Education)』への転換が必要」が謳われ、「デジ タル技術により新たな利益や価値を生み出す『デジタライゼーション(Digitalization)』が学び を深化させる可能性」に言及されている 27。つまり、デジタル技術を活用して学修成果をあげ ることが目標とされているわけだが、授業方法や成果の評価方法を誤ると、根本的な問題解決 には至らない可能性もあるだろう。
25 朝日新聞
RONZA(2020年11月4日):「行政手続きの「ハンコ廃止」が教育界に突きつけたこと オンライ
ンという強力なツールを教育にどう活かすのか?」(三田地真実 著、星槎大学大学院教育学研究科教授、言 語聴覚士)(https://webronza.asahi.com/science/articles/2020103100002.html)26 例えば、著者が近年集中的に研究している近世ドイツ語圏のイエズス会劇は、ラテン語の修辞学と深く関係 していた学院劇であった。ラテン語力の強化は、カトリックの信仰の正当性を主張し、プロテスタントの信 仰を論駁できる司祭を育成するためにも重視されていた。
27 大学・高専の遠隔授業・DX化の推進施策に関する最新状況について(文部科学省高等教育局企画官、服 部正)