日本商業英語学会第15回大会記事、社会政策学会第 12回大会記事
雑誌名 關西大學經済論集
巻 5
号 8
発行年 1956‑01‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15730
日本商業英語学会第十五回大会記事
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大阪貿易協会会長日商会長
大 阪 貿 易 協 会
専務理事元英国神戸領事館
副 領 事 現 神 戸 市 外 国 語
大学教師
現 神 戸 商 科 大 学 教 師 等があり︑高畑氏並びに
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t ! 流暢なる英語で以て︑
又深野氏は日本経済の現状よりして貿易国民運動の必要性を叫
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﹁貿易国民運動の提唱﹂
深 野 恭 平 氏
高 畑 精 一 氏
八九
第二日目の十八日は我が関西大学に於て開催された︒折から
講 演
ける学問の在り方に些か考えさせられる所があった︒ 実社会に於ける効果﹂等︑種々なる意見が交換され︑大学に於
日本商業英語学会第十五回大会は九月十七日・十八日の両日
に亙り盛大に挙行された︒
十七日は伊藤忠商事株式会社に於て︑伊藤忠商事並びに大阪 貿易協会後援の下に︑北は北海道から南は九州に跨る各地の学 会 会 員 出 席 者 五 十 四 名 に
︑ 本 学 か ら 貿 犀
︑ 山 崎
︑ 富 山
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の賭教授が加わり︑
貿 易 協 会 側 か ら 大 阪 貿 易 協 会 会 長
・ 日 商
会長高憚精一氏を始め、貿易•海運に携わる実業家三十五名の
参加をみ︑例年の学会とは異った雰囲気の下に幕は切つて落さ
れ︑講演並びに研究懇談会が行われた︒
﹁貿易の現状﹂ 日本商業英語学会第十五回大会記事
ばれ︑貿易人としての日本人と貿易人としての英国人とを比戟
され︑所謂日本では受身貿易国としての日本︑戦国時代諸藩のマ
ーカンチリズム︑鎖国及びその真意並びに明治以後の産業主︑貿
易従を挙げ︑又英国では通商航海条例︑穀物法撤廃運動及び実 業界︑学者の率先しての貿易国民運動を挙げられた︒それと共 にマーシャル教授及びウエル不の日本論並びに貿易国民運動の 提唱の案を述ぺられる等︑博学な知識にユーモアを交えた講演
をなされ︑一同を満喫させた︒次いで実業家との研究懇談会に
於ては︑実業者側から﹁大学に於ける商業英語の教授に関し て﹂の依頼︑質問がありへ学会から﹁大学に於ける商業英語の 伊藤忠商事並びに貿易協会の多大なる御支援により︑今まで
の学会とは異なった雰囲気の下に学会を遂行し得たことに感謝 し︑欣快に感ずると共に︑学会の今後の発展を期しつ
4盛会裡
に第一日目の幕は閉ざされた︒
の秋雨に出足は気遣われたが︑予期に反して昨日を上廻る会員
の出席をみ︑充実した研究報告と質疑応答が行われた︒
くる頃だった︒来住記︶
秋雨も止んで雲間に育空が淡く見えており︑夕闇が押し寄せて る時間を費消し︑盛会裡にその幕が閉ざされた時は︑いつしか 等の研究報告があり︑活澄なる質疑応答が行われ︑予定を上廻
﹁アメリカ雑網﹂
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に就いて﹂﹁冷凍魚類の輸出契約につ
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﹁ 名 目 と 実 質
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東 京 銀 行 中 内 正
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﹁教育としての商業英語﹂
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﹁商業作文に於けるH
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1953
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改正 点﹂
早 稲 田 大 学 山 陰 短 期 大 学 神 戸 商 科 大 学
関西学院短期大学
ールに於て懇親会を開き︑会員相互の親睦を深めると共に本学 会の発展を祝福し︑更に今後の発展を期した︒
総会後︑直ちに午後の研究報告に這入った︒
同 志 社 大 学
神戸市外国語大学
東 京 女 子 大 学 大 阪 外 国 語 大 学
(一九五五•一―
北沢 中井
佐雄 省
原 猛 雄
会場にて余儀なくされたのは誠に遺憾であった︒次いで大学ホ 午前中の研究報告が終り︑つゞく写真撮影が秋雨のため発表
鈴木信五郎 戸 雄
i 烏 居 助
日本商業英語学会第十五回大会記事
伊 東 克
九0
うに感じられた︒以下︑簡単な大会の次第と感想を記録する︒
社会政策学会策十二回大会記事 自然美は思索と討議のときをいやがうえにも効果あらしめたよ のことは今大会が統一論題に﹃戦後十年の労佑組合ー│組織と機館ー﹄をかかげているところにも明らかであろう︒かくて当番校である本学では.河野稔教授を中心に準備委員会を結成し︑諸般の準備をかさねて大会の運営にあたった︒幸いにも当日は秋晴れの好天にめぐまれ︑遠来の会員・傍聴者をふくめて参加するもの一五0名にもおよび︑しかも秋冷にみちた学園の いただけに︑この大会の意義はひとし仕深いものがあった︒そ 年の推移のうちに︑斯学にもようやく反省の機会がのぞまれて たつてわが関西大学がうけもつことになった︒あたかも戦後十 社会政策学会第十二回大会記事
かつて古き歴史と伝統を粗こったわが社会政策学会も︑暗い
谷間の悲劇に流されて敗戦をむかえたことは不幸であったが︑
戦後急速に社会・労佑問題に反映した占領下日本の諸矛盾を集
中して︑いちはやく斯学の意義が大きく問われ︑やがて過去の
不幸を清算する良心に支えられてこの学会が新らしく発足した
のは昭和二十五年七月であった︒爾来︑春秋の大会をかさねて
今秋第十二回目の大会をかぞえ︑これを十一月十二︑三日にわ
、九
て刻明に問題点を指摘して少なからず興味をそそるものがあっ これらは主として労佑運動の内面的な諸条件を追求すること
人 見 嗣 郎 氏
﹃中小工業労佑者の意識構造﹄
^
吉
田 忠 雄 氏
白 石 四 郎 氏
午後の部
﹃特
需工
場の
労佑
状態
﹄
ー 小 松 製 作 所 の 場 合
︶
松 原
昭 氏
一学長の挨拶にはじまって︑つぎの﹃自由論題﹄について報告.
が行
われ
た︒
﹃繊
維産
業労
仇組
合の
実態
﹄
ー全織同盟の機構を中心としてー
︵関 東学 院大 学︶
︵早稲田大学︶
︵ 明 治 大 学
︶
︵ 京 都 大 学
︶
に問題意識があっめられたもので︑それぞれ詳細な資料によっ
た︒かつてはそれらがとかく軽視ないし等閑視されがちな点で
あっただけに新らしい分析の手がかりを示唆し︑その報告は地 午前の部
同 井
上 甫 氏
さて大会オー日(+
1
日︶は午前十時︑開会をかざる岩崎卯1
午後の部﹃戦後労佑運動の反省と展望﹄
︵ 京 都 大 学
︶
︵同志社大学︶
岸 本 英 太 郎 氏 西 村 諮 通 氏
︵ 専 修 大 学
︶
︵ 法 政 大 学
︶
大 友 福 夫 氏 田 沼 肇 氏
味ながら敬意を表すべきものであった︒ただそうした実態を客
観的な基盤ないし社会的背景とどのように絡みあわして捉える
かについては大いに議論のあるところであるし︑事実そうした
点では各報告者とも若干の独断や公式性がのぞいていたとも見
うけ
られ
た︒
一般の質疑応答が終つて夕五時からは大学ホールで
会員懇親会がひらかれた︒河野教授の司会によって文字どおり
老若男女会員のなごやかななかにも情熱にみちたテープル・ス
ビーチをおりまぜ︑斯学の一そうの発展に希望をあらたにする
ひとときをすごすことができた︒
大会オニ日(+三日︶は統一論題﹃戦後十年の労佑組合ーー
﹃戦後労佑組合運動史における若千の論点﹄ 午前の部 組織と機能ー│'﹄をめぐる報告がおこなわれた︒
この
日︑
社会政策学会第十二回大会記事
客塙的条件﹂をめぐる法則の理論的究明を避けた︒そこでは労 を克服して︑労佑者階級の状態を規定している諸要因を法則と
﹃労
佑組
合の
組織
問題
﹄
︵大 阪市 立大 学︶
今回の統一論題はひとりわが学会のみならずひろく国民各層
からの注目と関心をあっめている問題だけに︑この日の会場に
はとりわけ真剣な空気がただよっていた︒大友・田沼氏の報告
は︑主としてさきにいち応の集成をみた﹃岩波・日本資本主義
講座第七巻ー│'労仇者と農民﹄執筆者グループの視点を積極
化あるいは自己批判するものであったが︑主題の性格からや
やともすれば慎重に傾いて︑一般には問題の核心がぼかされる
盛険もまぬがれなかったようである︒もちろん報告者が強調し
た﹃労佑運動の客観的条件を支配階級の政策との対応関係だけ
に求めたり︑運動史を労佑運動の指導的な方針に解消する誤り
してとらえ︑その法則が貫徹する諸条件を具体的に究明しなけ
ればならない﹄という方法論的問題提起は︑運動史の研究のう.
えに重要な反省をなげかけたが︑しかし報告者は労佑運動の﹁
綜 括 討 論 座 長
︵ 東 京 大 学
︶
近 藤 文
九 ︱
氏 藤 田 若 雄 氏
よか
ろう
︒
なお大会運営の面においても︑学内の諸氏からかつて見ない
社会政策学会第十二回大会記事
かぎりであって︑これは本大会の一つの収獲であったといつて もようやく落つきの跡が示されはじめたことはなにより心強い でに会員諸氏の真面目な関心が本大会に集中し︑研究じたいに で︑藤田氏はいわゆる﹁企業別組合﹂をつらぬく﹁組織﹂の問題
︑ ︑
をとりあげ︑この点を従来大河内教授がおもに供給の側から﹁
︑ ︑
出稼型﹂と捉えられたのに対して︑需要の側からの分析が必要
である旨の指摘があり︑示唆するところが多かった︒終つて近
藤文二教授の司会によって綜括討論にはいり︑主として大友・
田沼氏の報告を中心に活発な討議がおこなわれた︒最後に大河
内一男教授たつてこの日の報告にたいするかなり率直な総括的
論評があり︑しばし会場の緊張さめやらぬままに午後五時半矢
口孝次郎教授の閉会の辞をもつて二日間にわたり熱心に終始さ
れた意義ぶかい本大会の幕をとぢたのである︒
以上が簡単な経過報告であるが︑いづれにしてもこれ殷どま までの好意ある援助と協力を仰ぐことができた︒斯学のために岩
崎学
長︑
︵法
︶浪
江教
授︑
九
︵経
︶矢
口教
授︑
市原
講師
︑
野教授︑柏尾講師︑寺尾講師︑高堂助手︑
︵一九五五・︱ニ・一〇 今後にもちこされたようであった︒なお西村氏の報告についちなみに本学からの出席会員は次の諸氏であった︒ あまり積極的な見解が示されなかった点が︑大きな問題として示された深い理解を重ねて深謝する︒ 佑運動の﹁客観的条件﹂と﹁主体的条件﹂の結びつきについて︑
工記
︶
︵色河