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しかし野 外でみられる無配生殖種のほとんどは 3 倍体である

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学位論文要旨(修士(理学))

堀 清鷹 イタチシダ類(オシダ科)における無配生殖種と

有性生殖種の交雑による網状進化

シダ植物には、二次的に有性生殖をやめて無配生殖と呼ばれる無性生殖を行っているも のが尐なくない。無配生殖とは、胞子形成時に染色体の減数を伴わず、その非減数の胞子 から生じた配偶体が受精をせずに次世代の胞子体を形成する生殖様式のことである。子孫 の遺伝的多様性を生み出す二つの過程を欠失しているので、無配生殖種の子孫は親と遺伝 的に同一(クローン)となり、形態変異は尐ないと考えられる。しかし、実際は無配生殖 種にも幅広い形態変異や遺伝的多様性がみられることがむしろ一般的である。その理由の ひとつとして、近縁な有性生殖種との交雑によって、その遺伝的変異を取り込むという仮 説がある (Walker 1962, Suzuki & Iwatsuki 1992)。ただし、この過程だけでは有性生殖種 のゲノムが付け加わることにより、無配生殖種は高次倍数化が進むことになる。しかし野 外でみられる無配生殖種のほとんどは 3 倍体である。その理由を説明するための仮説とし て、3倍体無配生殖種が稀に不等減数分裂を起こして2倍体の精子を生じ(父親)、それが 近縁な2倍体有性生殖種(母親)の 1倍体の卵細胞と受精・交雑することが考えられてい る (Lin et al, 1992, 1995, Yamamoto 2012)。しかし、無配生殖種には大きな遺伝的多様性 が見られるので、さらに遠縁な2倍体有性生殖種と交雑している可能性も考えられる。

そこで本研究では、無配生殖種を多く含み、形態的・遺伝的に非常に多様なイタチシダ

Dryopteris varia complex(オシダ科)を材料に用いることにした。日本では、ナンカイイ

タチシダDryopteris varia (L.) O.Kuntze.、オオイタチシダDryopteris pacifica (Nakai) Tagawa、

ヤマイタチシダD. bissetiana (Baker) C. Chr.、イワイタチシダD. saxifraga H.Itô、ヒメイタチ

シダD. sacrosancta Koidz.の5種が認識されている。これらのうち、2倍体有性生殖型が知ら

れているのはイワイタチシダ(日本では有性型のみ)とナンカイイタチシダ(台湾から・

日本ではすべて無配生殖型)だけである。

無配生殖種の遺伝的多様性を理解するためには、それに近縁な2倍体有性生殖種を網羅 的に解析する必要がある。しかし、ナンカイイタチシダとイワイタチシダだけでは、イタ チシダ類の形態的・遺伝的多様性を理解することは困難である。そこで、牧野標本館と国 立科学博物館の標本庫に所蔵されている標本の調査、ならびに屋久島での現地調査をした 結果、イタチシダ類の2倍体有性生殖型の新種、モトイタチシダDryopteris protobissetiana

(仮称)を発見することができた。この種の特徴は最下第一小羽片が最下第二小羽片と比 較してそれほど急に長くならないこと、小羽片の先端には鋸歯があること、葉は濃緑色で 革質であること、苞膜に縁毛がないこと、葉柄や羽軸に袋状鱗片が着くことなどである。

染色体数は2n=822倍体で、1胞子嚢あたりの胞子数は64個であったため(無配生殖種 では、非減数の胞子を形成する際に細胞分裂が1回省略されて32個になる)、本種は2 体有性生殖種であると考えられた。近日中に新種として記載・発表する予定である。

次に、イタチシダ類の無配生殖種が有性生殖種との交雑起源であるのか(複数の有性生

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殖種のゲノムを合わせもつのか)どうかを解明するために、モトイタチシダを含めた日本 産イタチシダ類における系統関係を解析することにした。最近、Lee et al. (2013) によって、

今までイタチシダ類とは遠縁であると考えられてきたミサキカグマD. chinensis (Baker)

Koidzumi の葉緑体ゲノムがヒメイタチシダに含まれていることが報告された。このことか

ら、さらに他の遠縁な種がイタチシダ類の形成に関与している可能性が考えられた。そこ で、ハチジョウベニシダDryopteris caudipinna Nakaike、ホコザキベニシダD. koidzumiana Nakai、サクライカグマD. gymnophylla (Baker) C. Chr.,ヨゴレイタチシダD. sordidipes Tagawa,

も含めてイタチシダ類各種を分子系統解析することにした。

分子系統解析にあたっては、母性遺伝する葉緑体rbcL遺伝子と両性遺伝する核シングル コピー領域の1つであるPgiC遺伝子の塩基配列情報を用いた。葉緑体rbcL遺伝子はダイレ クトシーケンシング、核PgiC遺伝子はPCR-SSCP法により複数の塩基配列を分離した後に 再度PCRを行い、ダイレクトシーケンシングを行うことでその塩基配列を決定した。また、

あわせてプロイディー・アナライザーを用いて各サンプル個体の倍数性も推定した。

その結果、イタチシダ類の種に見られる核PgiC遺伝子にはA, B, C, D, E,の5タイプがあ ることが分かり、それぞれ2倍体有性生殖種を含むナンカイイタチシダ、イワイタチシダ、

モトイタチシダ、ハチジョウベニシダ(またはホコザキベニシダ)、ミサキカグマのものに 対応した。さらに、イタチシダ類の無配生殖種の核PgiC遺伝子の型は、ヤマイタチシダ(BC)、

オオイタチシダ(AC, ABC, ACD)、ヒメイタチシダ(ACE, BCE)のように複数のタイプのPgiC 遺伝子を合わせもっていたことから、これらの無配生殖種は複数の有性生殖種の交雑によ って起源したものであることが分かった。また、プロイディー・アナライザーを用いた分 析の結果、雑種起源のイタチシダ類の無配生殖種は3倍体であること、屋久島固有のモト イタチシダのゲノム(C)が幅広く含まれていることが分かった。また、葉緑体rbcL遺伝子に 7タイプ見られた。2倍体有性生殖種を含む5種はほぼ単系統になったが、多くの無配生 殖種は単系統にならなかった。したがって、無配生殖種の母親は様々であると考えられた。

本研究によって新たにハチジョウベニシダ(またはホコザキベニシダ)の核PgiC遺伝子 (D)が一部のオオイタチシダに含まれていることも明らかになり、遠縁な種がイタチシダ類 と交雑を起こしたことが先行研究よりさらに強く示唆された。さらに、3種類の核PgiC 伝子をもつイタチシダ類の無配生殖種があることから、2種類の核ゲノムをもった無配生殖 種が別の2倍体有性生殖種と交雑を起こすことにより、新たな遺伝子型の3倍体無配生殖 種が生じたと考えられる。また、葉緑体rbcL遺伝子の結果から、無配生殖種が母親となり 得る可能性が示された。このように本研究では、比較的遠縁の有性生殖種との交雑も含む 複雑な網状進化が起きたことでイタチシダ類の無配生殖種の多様化が起きたことを強く示 唆する興味深い結果が得られた。

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Abstract

Several lineages of ferns stopped their sexual reproduction secondarily, and perform apogamous reproduction now. Apogamous reproduction is a mode of reproduction, in which spores are produced without normal meiosis and the resultant gametophytes from the spores produce offspring sporophytes without fertilization. The offspring of apogamous species are expected same as their parents genetically, and should have little genetic and morphological variation. However, in fact, many apogamous species have large morphological and genetic variation. Therefore, „hybridization cycle hypothesis‟, supposing that triploid apogamous species sometimes produce diploid sperms (paternal) through unequal meiosis, and hybridize with haploid ovum originated from other diploid sexual species (maternal), was proposed (Lin et al. 1995, Yamamoto 2012).

Moreover, apogamous species may hybridize with distantly related diploid sexual species because apogamous species have large genetical variation.

In this study, I used Dryopteris varia complex, in which apogamous species show large and continuous morphological and genetic variation, as materials. In Japan, five species are recognized: Dryopteris varia, Dryopteris pacifica, D. bissetiana, D.

saxifraga and D. sacrosancta. The diploid sexual lineage of the D. varia complex was so far known only from D. saxifraga, and D. varia.

In order to understand origin of genetic variation in apogamous species, it is necessary to analyze all closely related diploid sexual species. It is difficult to understand the genetic variation observed in the complex only with those of D.

saxifraga and D. varia. Therefore, I surveyd new diploid sexual species in Yakushima-island, discovered it, and tentativelly named D. protobissetiana.

Then, I made molecular genetic analyses of the members of the D. varia complex including D. protobissetiana using the biparentally inherited nuclear PgiC gene as well as maternally inherited plastid rbcL gene as genetic markers to elucidate reticulate evolution occurred in the complex. I recognized five types of nuclear PgiC genes: A, B,

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C, D and E. These nuclear PgiC types were observed in the sexual type of D. varia, D.saxifraga, D. protobissetiana, D. caudipinna, and D. chinensis, respectively.

Apogamous species of the D. varia complex had two or three types of the above nuclear PgiC gene as follows; D. bissetiana (BC), D. pacifica (AC, ABC, ACD), D.sacrosancta (ACE, BCE). Threfore, they were suggested to be of hybrid origin among the two or three species. I recognized eight types of plastid rbcL genes. The sexual species of the D.

varia complex made each clade, whereas many apogamous species did not. Therefore, various parent can be the maternal species of apogamous species.

This study showed that many apogamous species of the D. varia complex has the nuclear PgiC gene (C type) of D. protobissetiana, which was newly only discovered in Yakushima-Island. Our results also suggested that the apogamous species hybridized with distantly related species, because some species of the complex had the same nuclear PgiC gene as of the distantly related D. caudipinna and D. chinensis.

Futhermore, it is supposed that apogamous species, which had two types of nuclear PgiC gene, hybridized with other diploid sexual species, and produce triploid

apogamous species with three different types of nuclear PgiC genes. In addition, it is possible that apogamous species can be maternal species based on the plastid rbcL data.

Thus, this study obtained interesting result that strongly suggested that the apogamous species of the D. varia complex had experienced complicated reticulate evolution including hybridizations between apogamous species and distantly related diploid sexual species.

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目次

ページ 要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 Abstract・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 総合序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 第一章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 第二章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37 総合考察と今後の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66 引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67 1-14

1-3 Appendix 1 Appendisx 2

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総合序論

シダ植物の大多数は他の多くの陸上植物と同様、有性生殖を行う。シダ植物 に見られる有性生殖では、まず胞子体(複相 2n)上の若い胞子嚢の中で減数分 裂を経て単相 (n) の胞子が形成される。次に、その胞子が発芽して生じた前葉 体と呼ばれる配偶体 (n) 上に造卵器と造精器が形成される。成熟した前葉体が 雤水などでぬれると、精子が造精器から放出され、造卵器中の卵まで到達し、

受精する。そして受精の結果生じた接合子 (2n) が細胞分裂を繰り返して発達し、

次世代の胞子体 (2n) が形成される。一方、シダ植物には二次的に有性生殖を やめて無配生殖 (apogamy) と呼ばれる無性生殖を行うようになったものが尐な からず存在する。シダ植物に見られる無配生殖では、胞子体上に非減数性の胞 子(複相 2n)が形成される。この胞子から生じた前葉体 (2n) の一部の細胞か ら、受精を経ずに次世代の胞子体 (2n) が形成される。

ここで、シダ植物の有性生殖を行うものと無配生殖を行うものとの、胞子の 形成過程の違いについても詳しく説明する。通常の有性生殖をするシダ植物で は、胞子が形成される際、一般的に1胞子嚢中で1個の胞原細胞 (archesporial cell) が体細胞分裂を 4 回行い、16 個の胞子母細胞が形成される。次に、それぞれの 胞子母細胞において、減数分裂の第一分裂と第二分裂という 2 回の細胞分裂が 引き続いて起こる。その結果として、1胞子嚢中に 64 個の胞子が形成される。

一方、無配生殖をするシダ植物では染色体の減数の過程が正常に行われないた め、1胞子嚢あたりの胞子数は半数の32個になっている。

このシダ植物の無配生殖における胞子形成過程には、デップ・マントン型(体

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細胞分裂不完全型)とブレスウェイト型(減数分裂不完全型)の 2 つのパター ンがある。デップ・マントン型では、胞原細胞の 4 回目の体細胞分裂が正常に 行われず、倍加した復旧核 (胞子体が2nだとすると4nの核) が形成される。結 果として、1胞子嚢中に倍加した染色体数 (4n) をもつ8個の胞子母細胞が形成 される。その後、この倍加した胞子母細胞は相同染色体の対合に相当すること は起こさずに染色体を複製し (8n)、減数分裂における第一分裂、第二分裂を行 うことで、1胞子嚢あたり32個の非減数 (2n) の胞子が形成される。この場合、

胞子母細胞は染色体が一度倍加して4nになった後に減数分裂を行い、結果とし て非減数(2n)の胞子を形成することになる。例えば、ある遺伝子座の遺伝子 型が abcである親個体の胞子母細胞が倍加した際には、遺伝子型はaabbccとな っている。a、b、cはそれぞれ元々が(祖先の有性生殖種のときは)互いに相同 染色体であった、いわゆる同祖染色体の上にある。その後、減数分裂が起こる と、aa同士、bb同士のように、複製された同じ染色体上の遺伝子同士が 対合した状態から減数分裂が起こるため、子孫個体の遺伝子型はすべて親と同 一の abc になる。一方、ブレスウェイト型では、胞原細胞から胞子母細胞に至 るまでの 4 回の体細胞分裂は正常に起こり、有性生殖と同様に、1 胞子嚢中に 16 個の胞子母細胞が形成される。しかし、つづく減数分裂の第一分裂のみが行 われ、胞子母細胞の染色体数が減数することなく 32 個の胞子 (2n) が形成され る。どちらの無配生殖においても1胞子嚢あたりの胞子数は同じく32個になる。

この場合もデップ・マントン型と同様に、子孫個体の遺伝子型は親と同一にな る。シダ植物の多くの無配生殖種はデップ・マントン型の過程で胞子を形成す

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ることが知られている。

いずれにしても、シダ植物においては胞子嚢あたりの胞子数を計数すること によって有性生殖を行っているか、無配生殖を行っているかを識別できる。こ の方法により推定された無配生殖を行うシダ植物の割合は全体の約 10%とされ (Walker 1979)、日本産シダ植物についてはTakamiya (1996) 13%と報告してい る。

上述したように、無配生殖を行うシダ植物では遺伝的多様性を高める受精の 過程が生活環から抜け落ちている。また、胞子形成の際に正常な減数分裂の過 程も経ないことによって通常の対合した相同染色体間での乗換による組み換え も起こらない。したがって、突然変異が起こらない限り、一個体が残す全ての 子孫は遺伝的に同一なクローンとなるはずであり、外部形態も類似しているは ずである。また、そのような過程での繁殖が続けば、地域集団内、さらには種 内の遺伝的変異も小さくなることが予想される。実際に、無配生殖をするシダ 植物種の中には種内の遺伝的多様性が非常に低い例が報告されている。Darnaedi et al. (1990) 3倍体無配生殖種であるコスギイタチシダDryopteris yakusilvicola

Kurata 56個体を材料に、6酵素8遺伝子座のアロザイム酵素多型解析を行った。

その結果、得られたバンドパターンはすべて同一で、種内に遺伝的変異は全く 見られなかった。また、4倍体有性生殖種のナガバノイタチシダ、2倍体有性生 殖種のミヤマイタチシダとバンドを共有していた。したがって、コスギイタチ シダはナガバノイタチシダとミヤマイタチシダとの間に生じた 3 倍体雑種のう 1 個体が何らかの原因で突然変異を起こし無配生殖種となったものと考えら

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れている。しかし、コスギイタチシダのようにシダ植物の 3 倍体無配生殖種の 遺伝的多様性が非常に低い例は稀である。むしろ、シダ植物の 3 倍体無配生殖 種は種レベルのみならず地域集団レベルでも、形態的・遺伝的に多様性に富む ことが一般的であり、しかも 4 倍体有性生殖種の関与は認められない例がほと んどである (Watano and Iwatsuki 1988, Suzuki and Iwatsuki 1990, Lin et al. 1992, 1995, Ishikawa et al. 2003, Ootsuki et al. 2012)。

3倍体無配生殖種が多様な理由として、無配生殖「種」が近縁な有性生殖種と 交雑をして、その遺伝的変異を獲得するからではないかという仮説が考えられ ている。無配生殖「種」とされてきたシダ植物でも、前葉体が精子を形成する 事例が知られている。この精子が近縁な有性生殖種の卵と受精すると、雑種の 胞子体が形成され、その胞子体が新たな無配生殖「種」として非減数性の胞子 を形成して次の世代をつないでいく可能性が考えられる。

実際にWalker (1962)は、オオバノイノモトソウ(Pteris cretica L.)における人 工交雑実験でこのことを示した。オオバノイノモトソウの3倍体無配生殖型と2 倍体有性生殖型とを(具体的には、3倍体無配生殖型の前葉体上に形成された稔 性のある非減数の精子 (3n) と、2倍体の有性生殖型の前葉体上に形成された卵 (n) とを)人工的に交雑させ、4倍体の無配生殖型の雑種が形成されることを示 した。さらに、このようにして形成された雑種が無配生殖能をもつことも示し た。これにより、生殖様式と倍数性の異なるシダ植物の近縁種が交雑し、新た な無配生殖種が生み出される可能性が示された。

Suzuki & Iwatsuki (1990)は、オオバノイノモトソウPteris cretica L. の野外集団

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において同様の現象が起きていることを支持するデータを得た。Suzuki らは野 生個体の体細胞分裂時の染色体観察とアロザイム酵素多型解析を行った。日本 各地から44個体のオオバノイノモトソウを集め、根端細胞の体細胞分裂を観察 した結果、26個体は2倍体であり、18個体は3 倍体であった。さらに、3倍体 の中には、染色体の形状が異なるⅠとⅡの 2 つのタイプが存在することを見出 した。続いて、この倍数性が明らかになった44個体のアロザイム酵素多型解析 を行った結果、2倍体個体から5クローン、3倍体Ⅰ型から 2クローン、3倍体

Ⅱ型から 4 クローンをそれぞれ見出した。これらの個体と、オオバノイノモト ソウに近縁な2倍体有性生殖種キドイノモトソウPteris kidoi Kurataを比較した 結果、オオバノイノモトソウ3倍体Ⅱ型の4クローンのうち、3クローンが2 体有性生殖型キドイノモトソウと 2 倍体無配生殖型のオオバノイノモトソウと の交雑由来で生じたと考えると容易に説明できるアロザイムパターンを示した。

これらの結果から、自然界においても無配生殖種が近縁な有性生殖種との交雑 により新たな遺伝的多様性を獲得していることを強く示唆するデータを得た。

しかし、上記のような交雑が起こるだけでは、無配生殖種が有性生殖種のも つ遺伝的変異を取り込むことは説明できない。なぜなら、このような交雑が起 こると有性生殖種のゲノムが付加され、無配生殖種が高次倍数化を起こすから である。しかし、実際にはほとんどの無配生殖種は 3 倍体である。しかも、多 くの無配生殖種は同じ3倍体レベルで遺伝的変異を示すことが報告されている。

このことを説明するためには、無配生殖種に染色体数あるいは倍数性を低下さ せる過程も存在していなければならない。

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Lin et al. (1992, 1995) は、不等減数分裂によって無配生殖種が倍数性を低下さ

せることを最初に示した。Lin らはオオイタチシダ Dryopteris pacifica (Nakai)

Tagawa の減数分裂を調べ、異常な減数分裂をすることが観察された胞子体から

採集した胞子を培養し、その胞子から生じた前葉体と、その前葉体から形成さ れた次世代の胞子体の染色体数を調べた。Linらの研究をもう尐し詳しく紹介す ると、まず予め体細胞の染色体数が分かっている24個体の3倍体無配生殖型オ オイタチシダの減数分裂の過程を調べたところ、22 個体は通常の無配生殖型と 同様に8個の胞子母細胞が見られた。しかし、残りの2個体では8個のものと、

尐数ながら16個の胞子母細胞をもつ胞子嚢が見られた。胞子母細胞が8個のも のからは 3倍体の胞子体が形成され、16個のものからは2 倍体と1倍体の胞子 が形成されているらしいことも観察された。そこで、異常な減数分裂をするオ オイタチシダの 3 倍体無配生殖型の胞子体から得た胞子を培養し、前葉体を育 てた。そして、その染色体数を観察した結果、そこから生じた前葉体 150 個体 2個体 (1.3 %) 2 倍体であった。さらに、これらの前葉体上に無配生殖的 に(受精を経ずに)生じた胞子体 110個体中1個体 (0.9%) 2倍体であった。

このように、わずか 1~2%と低頻度ながら、3 倍体無配生殖型の親個体から 2 倍体無配生殖型の子孫が生じることを明らかにした。さらにLinらは3倍体無配 生殖型の不等減数分裂により低次倍数化した 2 倍体無配生殖型が、近縁な 2 体有性生殖型と交雑することによって、無配生殖種が 3 倍体のままで近縁な有 性生殖種の遺伝的多型を取り込めるのではないかという仮説を立てた。これを 交雑サイクル仮説という(図1)

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Yamamoto(2012)は、交雑サイクル仮説を実験的に初めて実証した。Yamamoto

3倍体無配生殖種のベニシダDryopteris erythrosora (D.C. Eaton) Kuntzeと近縁 2倍体有性生殖種ハチジョウベニシダDryopteris caudipinna Nakaikeの人工交 配実験を行った。まず、有性生殖種の未受精の配偶体を寒天培地上に単離した。

次に、その周りに無配生殖種の胞子を撒いた。無配生殖種の胞子を後から撒く ことで、先に成熟した有性生殖型の配偶体から分泌される造精器誘導フェロモ

antheridiogen(ジベレリン)が作用し、無配生殖種の若い配偶体上に造精器を

より高頻度で形成させることを考えた。その後、両生殖種の若い配偶体に水を かけ、無配生殖種の造精器から泳ぎだした精子と有性生殖種の造卵器中の卵細 胞を受精させた。そして、有性生殖種の配偶体から生じた胞子隊の倍数性と遺 伝子型の解析を行い、両生殖種の雑種であることを確かめた。さらに、このよ うな交配実験と同時に、対照実験(単離した有性生殖種の周りに同じ有性生殖 種の胞子を撒く、有性生殖種や無配生殖種の配偶体を単離したまま培養する、

有性生殖種や無配生殖種の胞子を一度に密に撒いて培養する)も行い、これら の結果を比較することによって両生殖種間の交雑がどのくらい容易に起こりう るかを検証した。その結果、596 回のかけ合わせのうち、31 回 (5.2 %) におい て両生殖種間の雑種個体が形成された(4倍体雑種が22回、3倍体雑種が9回) このことは、有性生殖種同士の交配の結果(108回、18.1 %)と比べて、無配生 殖種は有性生殖種と比較的高頻度(5.2%)で交雑したことを示す。これを見る と、無配生殖種は有性生殖種の 3 割程度の交雑能力を維持していることがわか る。また、有性生殖種の配偶体が近くに存在しているときに限り、無配生殖種

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の配偶体において造精器の形成が見られた。そのため、無配生殖種の配偶体が 有性生殖種の配偶体から分泌される造精器誘導フェロモンに反応して造精器を 形成することが初めて示された。このようにYamamoto(2012)は、Lin et al. (1992, 1995)の交雑サイクル仮説の主要な過程が同時複合的に起こりうることを実験条 件下で実証し、同時に無配生殖「種」が高いレベルで交雑する能力を保持して いることも明らかにした(図2)

しかし、Yamamoto(2012)は、互いにごく近縁で形態も類似したベニシダと ハチジョウベニシダの 2 種を材料に用いたに過ぎない。一方、Lin et al. (1992,

1995) が交雑サイクル仮説を最初に提唱したイタチシダ類は、無配生殖種を多く

含み、ベニシダ・ハチジョウベニシダよりも形態的・遺伝的に多様で複雑な群 であることが分かっている(田川 1959、Iwatsuki 1992、Lin et al.1995)。そこで、

本研究ではイタチシダ類を研究対象にすることにした。イタチシダ類はベニシ ダ類と同じくオシダ科オシダ属の一群で、日本からはナンカイイタチシダ Dryopteris varia (L.) O.Kuntze.、オオイタチシダDryopteris pacifica (Nakai) Tagawa、

ヤマイタチシダD. bissetiana (Baker) C. Chr.、イワイタチシダD. saxifraga H.Itô、

ヒメイタチシダD. sacrosancta Koidz.の5種が認識されている。田川 (1959) はこ れらのうち、イワイタチシダ、ヒメイタチシダは他の種から容易に区別できる のに対して、ナンカイイタチシダ、オオイタチシダ、ヤマイタチシダは区別が 難しいとした。ナンカイイタチシダは最下小羽片が急に長くなり、葉先は急に 狭くなるのが外部形態的特徴である。一方、ヤマイタチシダはイタチシダ類の 中でその対極にある形態をもち、最下小羽片は最長であるものの、急に長く伸

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びることはなく、葉先は徐々に狭くなる。これら 2 種の中間的な形態をしてい るのがオオイタチシダである(表 1)。しかしながら、オオイタチシダにはナン カイイタチシダに類似したものから、逆にヤマイタチシダに類似したものまで、

様々な形態のものが存在し区別が難しい(田川 1959)

次にイタチシダ類の倍数性と生殖様式についても述べておく。日本産イタチ シダ類の多くは3倍体無配生殖型である。ヤマイタチシダ、ヒメイタチシダは、

日本では 3 倍体無配生殖型のみが報告されている。日本産ナンカイイタチシダ とオオイタチシダには 3 倍体無配生殖型に加えて 2 倍体無配生殖型も低頻度で 存在することが報告されている(表 2)。一方、2 倍体有性生殖型が報告されて いるのはイワイタチシダだけであり、日本産の本種について2倍体無配生殖型、

3 倍体無配生殖型の報告はない(表 2)。なお最近、台湾から 2 倍体有性生殖型 のナンカイイタチシダが確認された(Ebihara et al. 2014)

このように無配生殖種を多く含むイタチシダ類の多様性を生み出した主な原 因として、無配生殖種と有性生殖種との複雑な雑種形成が起きた可能性が考え られる。この仮説を検証するためには、DNA情報を用いた系統解析を行うこと が最も有効な手段である。通常、植物の分子系統解析には葉緑体DNAの塩基配 列情報を用いることが一般的である。しかし、葉緑体DNAは、シダ植物では母 系遺伝するため、父親の遺伝情報を得ることができない。そのため、過去にど のような交雑が起きたかを調べるためには、両性遺伝する核DNAの情報が必要 になる。現在まで、核DNAとしては核リボソームDNAITS領域を用いた分 子系統解析が比較的多く行われている。しかし、リボソームDNAは多重遺伝子

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であり、この領域も分子進化の過程で重複や消滅を繰り返し起こしているため、

雑種形成にかかわった親を識別する目的には向いていない。そこで、核シング ルコピー領域を用いることが重要となる。核シングルコピー領域とは、半数体 ゲノム当たり1コピーしか存在しない核DNA上の領域を指す。このような領域 は、倍数性に応じたコピー数がゲノム中に存在し、それぞれのコピーは倍数体 に含まれる各ゲノムが由来した祖先種からそのまま受け継がれることが期待で きる。したがって原理的には、倍数体のゲノム中に含まれる特定の核シングル コピー領域の塩基配列を近縁な 2 倍体有性生殖種に含まれる相同な領域の塩基 配列と比較することによって、倍数体種が雑種起源かどうか、もしそうならば、

どのような祖先種と祖先種の交雑によって起源したかという問いに答えられる はずである(図 3)。なぜなら、雑種起源であれば、複数の 2 倍体有性生殖種に 見られる核シングルコピー領域をあわせもっているはずであるからである。

最近、Lee et al. (2013) は、韓国産のイタチシダ類を材料にして、そのような 研究を行った。すなわち、韓国産のナンカイイタチシダ、イワイタチシダ、ヤ マイタチシダ、オオイタチシダ、ヒメイタチシダ、さらにイヌイワイタチシダ

D. saxifragivaria Nakaiを材料に用いた。イヌイワイタチシダは、ヤマイタチシダ

とイワイタチシダの中間的形態を示す。無配生殖種であり、これら 2 種の雑種 であることが疑われている(Lee et al. 2006)。葉緑体DNArbcL領域、trnL–trnF

atpF–atpH 遺伝子間領域に加えて、核 DNA 上のシングルコピー領域である

PgiC 遺伝子 exon14-exon16 領域(以降、これを単に核 PgiC遺伝子と呼ぶ)

の塩基配列を調べ、その情報に基づいて系統解析を行った。葉緑体DNAはダイ

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レクトシーケンシング、核DNAはクローニングを行った後にダイレクトシーケ ンシングを行うことでその塩基配列を決定した。イワイタチシダしかイタチシ ダ類の有性生殖種がない点で、韓国も日本と同じ状況である。彼らの研究の主 目的は、イヌイワイタチシダの起源を調べることであった。先にも述べたよう に、イヌイワイタチシダはヤマイタチシダとイワイタチシダの中間的な形態を 示す種で、後者の2種と形態によって区別することが難しい(Lee et al. 2006)。

Leeらが作成した葉緑体DNA(3領域をつなげたデータセット)と核PgiC 伝子の塩基配列に基づく分子系統樹を図4、5に示した。イタチシダ類の葉緑体

DNAにはC1~C55種類のハプロタイプがあることが分かった。そのうちC1

はヒメイタチシダにのみ見られたものであるが、これはミサキカグマDryopteris

chinensis のものとも同一であった。この結果の重要性については後述する。残

りはそれぞれ、オオイタチシダ、ナンカイイタチシダ、イワイタチシダ・イヌ イワイタチシダ、ヤマイタチシダに対応した。一方、核DNA(核PgiC遺伝子)

にはN1~N1414種類のハプロタイプが存在することが分かった。

Lee らは得られた結果に基づいてイタチシダ類の無配生殖種の起源を次のよ うに考えた。まず、イヌイワイタチシダについては、その葉緑体DNAはイワイ タチシダと同一であり、核DNAについては、ヤマイタチシダとイワイタチシダ にそれぞれ見られた塩基配列を両方もっていた。また、ヤマイタチシダはイワ イタチシダとは異なる葉緑体DNAをもっていた。これらのことから、イヌイワ イタチシダは、イワイタチシダが母親、ヤマイタチシダが父親の雑種起源であ ると結論した。彼らは他のイタチシダ類の種、特に無配生殖種の起源の推定も

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試みた。ナンカイイタチシダの葉緑体DNA1種類で、核DNAの塩基配列も 互いに近縁なN6, 7, 8のみが見られた。このことから彼らは、韓国産の無配生殖 型のナンカイイタチシダは雑種起源ではなく、単一の 2 倍体有性生殖種、すな わちナンカイイタチシダの 2 倍体有性生殖型からの同質倍数体起源であると考 えた。次に、オオイタチシダは1種類のみの葉緑体DNAをもっていたのに対し て、DNAについては互いに近縁でないN4N5の配列の両方をもっていた。

このことからオオイタチシダは N4のみ、N5 のみをそれぞれもつ2 つの種の雑 種起源であると結論した。一方、ヒメイタチシダはミサキカグマと同一な葉緑 DNAをもち、核DNA1個体がN1、N2、N33つをもっていた。ただし、

ミサキカグマと共通する核DNAの塩基配列はもっていなかった。いずれにして もヒメイタチシダに見られたこれら3種類の核PgiC遺伝子のうち、N1は他の2 つの核PgiC遺伝子 (N2, N3) の塩基配列と分子系統樹上で遠い位置に来たこと、

すなわち系統的に離れた 2 つの配列をあわせもっていたことから、ヒメイタチ シダも雑種起源であると考えた。

Leeらが初めて明らかにした事実の中で最も興味深いことの1つが、ヒメイタ チシダとミサキカグマが同一の葉緑体DNAを共有していたことである。ミサキ カグマは、夏緑性であること、葉柄上部の鱗片が尐ないこと、葉質がイタチシ ダ類と比べて薄いなど、シダ学者の感覚では大きく異なる形態形質をもつこと から、イタチシダ類に含められたことはなかった(Fraser-Jenkins 1986、岩槻

1992)。イタチシダ類は常緑性で、葉柄上部にも多量の鱗片が着き、葉質はより

厚めである。とはいえ、ミサキカグマとイタチシダ類の一部の種が同一の葉緑

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DNAを共有していたということは、これらの間でも交雑がおきていたことを 強く示唆する。もしそうなら、これらは核DNAも共有していてよいはずである。

ところが、Leeらは両種に共通した核PgiC遺伝子の塩基配列をヒメイタチシダ では得ることができなかった。そこで、ヒメイタチシダの葉緑体DNAがミサキ カグマに浸透したと考察した。しかし、葉緑体DNAだけが浸透するためには一 方向への(この場合はイタチシダ類の種との)戻し交配が繰り返し起こらなけ ればならない。そのようなことは無配生殖種とでは特に起こりにくいはずなの で、彼らの実験に何か不適切な部分があった可能性が考えられる。ヒメイタチ シダは3倍体なので、最大で3種の相同な核ゲノムが1個体中に混ざってよい。

したがって、ダイレクトシーケンシングによってその塩基配列を決定すること はできない。そこで、Leeらはクローニングによって、異なる核PgiC遺伝子の 配列を分離した。しかし、クローニング法によってこれらの配列を分離しよう とすると、PCR 増幅の過程で一定の頻度で起こる複製エラーで生じた配列を拾 ってしまうおそれがあるのに加えて、拾えていない配列があるかどうかが分か らないという欠点がある。したがって、Leeらの研究結果で「ヒメイタチシダか 3種類の核PgiCの配列が得られて、その中にミサキカグマと同一の配列が含 まれていなかった」という結果になったとしても、「本当はミサキカグマと同一 の配列も存在していたが、クローニングによって拾った 3 つの配列の中には複 製エラーの配列が 1 つ含まれていて、拾いそこなった配列が他にある」という 可能性は排除できないことになる。そこでこのような場合には、Ebihara et al.

(2012) がハイホラゴケ類の研究で行ったように、PCR-SSCP 法によってまず異

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なる核 PgiC遺伝子の配列を分離するのが良いと私は考えた。PCR-SSCP 法につ いては第2章で詳しく紹介する。

いずれにせよ、Leeらのデータによってイタチシダ類の多様性を理解するうえ でミサキカグマが新たな鍵となる種である可能性が高いことは明らかである。

もしミサキカグマもイタチシダ類の遺伝的多様化に関与しているなとすると、

さらにオシダ属の他の種、しかもこれまでイタチシダ類とは比較的遠縁と考え られてきた種までもが関与している可能性がある。したがって、オシダ属内で 幅広く葉緑体 DNAと核DNAの比較解析ならびに分子系統解析を行う必要があ ると考えられる。

Leeらの研究の問題点は他にもある。それはイタチシダ類の無配生殖種の起源 を十分には推定できていない可能性が高いことである。彼らの核PgiC遺伝子の 系統樹を見直すと、主に{N1・N4}、{N5・6・7・8}、{N2・3・9・10・11・12・

13・14}の3つのクレードが認められる。これらのうちN5~8は有性生殖型が報

告されているナンカイイタチシダ(韓国には無配生殖型のみ存在、Leeらは有性 生殖型からの同質倍数体起源と考えた)を含み、N2~14はそれぞれ有性生殖種 のイワイタチシダと無配生殖型のみ報告されているヤマイタチシダを含んでい る。したがってこれら 2つのクレード({N5・6・7・8}、{N2・3・9・10・11・

12・13・14})に属する塩基配列は、それぞれ有性生殖型のナンカイイタチシダ と有性生殖種のイワイタチシダから由来したと考えればよい。Lee らによると、

ヤマイタチシダはイワイタチシダのクレードに属する塩基配列しか持っていな いという結果になっているが、これについてはもう尐し詳しく後述する。一方、

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Leeらの研究では、残りのN1・N4を含むクレードに属する塩基配列しかもたな 2 倍体有性生殖型のイタチシダ類は韓国に存在しないため、このクレードの 由来が良く分からない。したがって、イタチシダ類の起源に、もう 1 つ別の種

(未確認の 2 倍体有性生殖種)が関わっている可能性がある。つまり、イタチ シダ類に見られる核ゲノムは、基本的にナンカイイタチシダ、イワイタチシダ、

ヤマイタチシダ、未確認の 2 倍体有性生殖種、ミサキカグマの 5 種に由来する のではないかと考えることもできる。

しかし、ここで再度葉緑体遺伝子の系統樹に注目したい。ヤマイタチシダの 葉緑体遺伝子は C5、イワイタチシダは C4 である。したがって両者は異なる葉 緑体DNAをもつといえるだろう。C4C5は、イワイタチシダの種内変異かも しれないが、ヤマイタチシダはイワイタチシダと明確に異なる形態をしている。

すなわちイワイタチシダの葉柄と中軸に着く鱗片が鉤状に曲がり、先端が上下 左右バラバラな方向を向くのに対し、ヤマイタチシダの鱗片は鉤状に曲がらず 先端は斜め上を向く(斜上する)(表 1)ことから、この未確認 2 倍体有性生殖 種が無配生殖種のヤマイタチシダの形成にも関与しており、ヤマイタチシダに のみ見られている葉緑体DNA2倍体未確認有性生殖に由来するものかもしれ ない。もしそうであれば、ヤマイタチシダはイワイタチシダと未確認 2 倍体有 性生殖種の雑種起源であることになる。

さらに、Leeらがヤマイタチシダからこの未確認2倍体有性生殖種の核遺伝子 の塩基配列を拾えていなかった可能性も考えられる。いずれにせよ、この未確 2 倍体有性生殖種の正体を明らかにすることもイタチシダ類の多様性を理解

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するうえで非常に重要なポイントであると私は考えた。

本研究の最終目標は、シダ植物の無配生殖種が形態的・遺伝的に多様な理由 を解明することである。本研究ではイタチシダ類を材料に用い、多くの無配生 殖種が雑種起源であることと、雑種起源によって生じた無配生殖種が、さらに 近縁な 2 倍体有性生殖種に限らず、系統的に比較的遠縁なものも含むより幅広 い分類群と遺伝的交流を行うことで多様化しているという仮説を検証すること を研究目的とした。そのために、イタチシダ類の形成と進化を理解するうえで 重要な未確認の 2 倍体有性生殖種を探索することと、さらにそれも含めてイタ チシダ類の核DNA情報をより正確に解析することによって、この目的を実現し たいと考えた。

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第一章 イタチシダ類における新たな2倍体有性生殖種の探索 序論

オシダ属 (Dryopteris, Dryopteridaceae)は、シダ植物の中で最も大きな属のひと つであり、世界に225 種が知られている (Fraser-Jenkins 1986)。現在、日本国内 には624変種2品種が認められている (岩槻 1992)。日本産オシダ属の特徴 としては、無配生殖種を多く含むことがあげられる。約半分もの種が無配生殖 型であり、これらのほとんどが 3 倍体で、2 倍体や 4 倍体は稀である(Takamiya 1996)。日本産オシダ属の無配生殖種は外部形態により分類することが難しい。

それは、形態変異が連続的であるからであり、2種の無配生殖種間の中間的な形 態をした個体がしばしば見られるからである。このことは日本のシダ学者を長 年悩ませてきた問題である (田川 1959, 岩槻 1992)。

イ タ チ シ ダ 類 Dryopteris varia complex (subg. Erythorovariae, sect. Variae Fraser-Jenkins=イタチベニシダ亜属、イタチシダ節, Fraser-Jenkins 1986) はその ような無配生殖種群の一つであり、最も種分類が難しいとされてきた。総合序 論で述べたように、日本と韓国には、基本的にナンカイイタチシダ、ヤマイタ チシダ、オオイタチシダ、イワイタチシダ、ヒメイタチシダの 5 種が認められ ている(ただし中間型が存在し、イヌイワイタチシダのように別の名があてら れていることもある)。これらの種は最下小羽片が最長で、葉柄や羽軸裏に多量 の鱗片が着くことが特徴である (岩槻 1992)。日本産イタチシダ類のうちナン カイイタチシダ、オオイタチシダ、ヤマイタチシダ、ヒメイタチシダは 3 倍体 無配生殖型であり、ナンカイイタチシダ、オオイタチシダ、ヤマイタチシダに

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ついては、稀に2倍体無配生殖型も存在する (Takamiya 1996, Lin et al. 1995)。日 本産イタチシダ類のうち 2 倍体有性生殖型を含む種はイワイタチシダだけであ る(逆に、イワイタチシダからは2倍体有性生殖型のみが報告されている)。し かし、ナンカイイタチシダについては、最近、台湾から 2 倍体有性生殖型も見 つかっている (Ebihara et al. 2014)

総合序論で述べたように、イタチシダ類は網状進化を起こしたことが分子系 統解析によって明らかにされつつある (Lee et al. 2013)。しかし、先行研究の結 果はイタチシダ類の無配生殖種の祖先種といえる 2 倍体有性生殖型がナンカイ イタチシダとイワイタチシダ以外にもう 1 種存在することを示唆している。こ の種をここで「モトイタチシダ」と仮称することにする。総合序論で述べたよ うに、オオイタチシダはナンカイイタチシダとヤマイタチシダの中間的な形態 をしている(表1)ので、一見ナンカイイタチシダとヤマイタチシダの雑種起源 であるように思える。しかし、ヤマイタチシダからは無配生殖型しか報告され ていない。また、総合序論で述べたように、Leeらの葉緑体rbcL遺伝子と核PgiC 遺伝子の解析結果を見ると、ヤマイタチシダそのものがイワイタチシダとモト イタチシダの雑種起源である可能性がある。したがって、モトイタチシダが実 際に存在するのであれば、これを含めて解析しないとイタチシダ類の無配生殖 種の起源や、形態変異の多様性の由来を解明することはできない。第一章では、

日本国内でモトイタチシダを探索した。そして、実際にこれを発見することが できたのでここに報告する。

本種の探索にあたっては、形態がヤマイタチシダともオオイタチシダとも異

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25

なるものを想定した。具体的には、葉先は徐々に尖るが小羽片の先端には鋸歯 があり、葉は濃緑色であるイタチシダ類を考えた。そして、そのような形態を したイタチシダの有性生殖型の標本があるかどうかを標本庫において調べた。

さらに、そのような形態をもつ種の存在が標本から示唆された鹿児島県屋久島 で現地調査を行い、2倍体有性生殖種のモトイタチシダを確認した。

<材料と方法>

1. 材料の採集と標本調査

201387日から9日にかけて、鹿児島県屋久島町において、モトイタチ シダと思われるイタチシダ類の個体を探索した。それらしい個体の葉を採集し、

一部の個体は株ごと採集した。採集したすべてのサンプルはA3サイズのチャッ ク付きポリ袋(ダイソー)に入れて冷蔵保存した状態で首都大学東京に持ち帰 った。その後、葉の一部をちぎり取り、茶封筒(菅公工業社製)にいれてシリ カゲル中(SiO2・nH2O)で乾燥させてシリカゲル乾燥サンプルとし、17cm×24cm のユニパック中(生産日本社製)、室温で保存した。葉の残りの部分は葉の色と 光沢の有無を記録した。これらの証拠標本は首都大学東京 牧野標本館の標本庫 (MAK)に収蔵した(Appendix 1)。一方、持ち帰った株は首都大学東京の圃場の 温室で栽培した。

また、牧野標本館 (MAK) と国立科学博物館植物研究部の標本庫 (TNS) にお いてオオイタチシダ・ヤマイタチシダの標本のうち鹿児島県南部と屋久島周辺

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で採集された標本について、モトイタチシダが含まれていないか調査した。

2. 染色体数の観察

染色体の観察については、体細胞分裂時の染色体を観察するために、先が白 い新しい根の先端を5~10本切り取り、まとめて30ml0.004 M 8-ハイドロオ キシキノリン水溶液に入れ、17-20℃で 6 時間前処理した。その後、エタノー ル・酢酸混合液(3:1)中に移し、15分~30分間固定した。そして、固定した根

の断片を1N HCl中で2分間60℃処理して柔らかくした後、スライドガラスに置

き、2%酢酸オルセイン溶液(蒸留水55ml・酢酸45ml・オルセイン2g)を 1 たらし、カバーガラスをかぶせた。そして、カバーガラスの端をろ紙で押さえ ながら、消しゴム付鉛筆の消しゴム側の面(予め尖らせておいた)で垂直に叩 いて根の断片を破砕した。ろ紙で酢酸オルセイン溶液を吸い取った後、両刃カ ミソリでカバーガラスをめくり、再度尐量の酢酸オルセイン溶液を滴下した。

再度カバーガラスをかぶせ、ろ紙で余分な酢酸オルセイン溶液を吸い取った後、

軽く数秒間親指の腹で押しつぶした。そして、光学顕微鏡(Nikon OPTIPHOT)

下で倍 率を 1,000 倍に して 観察 し、 分裂 中の細 胞 画 像を デジ タル カメラ

(Panasonic LUMIX DMC-TZ5)で撮影した。

3. 生殖様式の推定

サンプルの生殖様式を推定するために、1胞子嚢あたりの胞子数を実体顕微鏡

(Leica, S6E)下で数えた。約64個の場合は有性生殖型、約32個の場合は無配生

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殖型と推定した。

4. プロイディー・アナライザーを用いた倍数性(1C-value)の推定

材料の倍数性を調べるために、プロイディー・アナライザー(パルテック社、

PA-Ⅱ)とDAPI染色キット(パルテック社)を用いて1細胞当たりのDNA

を測定した。新鮮な約100mm2の生葉を0.25mlの抽出バッファー中で両刃剃刀 を用いて丁寧に細かく刻んだ。そして、0.8mlDAPI染色液を加えた。次に抽 出バッファー・DAPI染色液・粉砕された葉片の混合液を粗さ30μmのナイロン メッシュ(パルテック社)によってろ過した。このろ液中の核を用いて DNA 量を測定した。内部標準には、タバコの一種Nicotiana benthamiana Domin(ゲ ノム量は1C value = 3.20 pg)の新鮮な約25mm2の葉を用いた。

5.形態比較

モトイタチシダの形態を日本産イタチシダ類やイタチシダ節sect. Variaeの種 と比較した。特に、植物全体・葉・葉柄のサイズ、葉の形態、葉身の色、葉の 光沢の有無、羽片の鋸歯の有無、苞膜の縁毛の有無と色、鱗片の形態と色に注 目した。さらに記載文の内容に基づき、これまでシノニムとされてきたものも 含めて比較検討し、モトイタチシダが記載されていないかどうかを検討した。

<結果>

1. 倍数性と生殖様式

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1個体のモトイタチシダ(MAK 410906)の体細胞分裂像を図6に示した。染 色体数は82本であった。また、胞子数は1胞子嚢あたり64個であった(図7) したがって、この個体は2倍体有性生殖型であると推定された。

さらに、TNSに収蔵されている2点の標本:鹿児島県熊毛郡屋久島町明星岳, 北緯30°19‟43.9” , 東経130°37‟45.5” , 標高265 m, 20061010日, 田金秀一 郎氏採集, TF 293 (TNS 763335); 屋久島町花揚川, 1982 8 17 ,中 池 敏 之 ・ 中 村 健 爾 採 集(TNS580903)の 胞子数も1胞子嚢あたり約64 個であった。

したがって、これらも有性生殖型であると推定された。

染色体数を数えた個体(MAK 410906)のゲノム量は、内部標準(Nicotiana benthamiana)の 約 1.25 倍 で あ る こ と が 分 か っ た 。Nicotiana benthamiana の ゲ ノ ム サ イ ズ(1C-value)は 約 3.20pg で あ る(Narayan 1987)。し た が っ て 、こ の 2 倍 体 株 の ゲ ノ ム 量(1C-value)は 約 4.00pg で あ る と 推 定 さ れ た 。 そ の 他 5 個 体 の サ ン プ ル (Hori, Dpaci 907 (MAK 410907), Dpaci 914(MAK 410914), Dpaci 915(MAK 410915), Dpaci 916 (MAK 410916), Dpaci 917(MAK 410917))の ゲ ノ ム 量 は 4.11~4.53pg で あ っ た(Appendix 1)。こ れ ら の サ ン プ ル に つ い て も 染 色 体 数 が 2n=82 の 個 体 と 同 じ く 2 倍 体 で あ る と 推 定 さ れ た 。

2. 他のイタチシダ類の種との形態的な差異

モトイタチシダは、濃緑色の葉をもつこと(図 8)、直立した嚢状の鱗片を羽 軸裏にもつこと(図9-E)においてヤマイタチシダに最も類似していた。しかし、

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上部の羽片に鋸歯が明瞭に出ることと(図9-C)、葉縁が強く内曲しない(図8、

9-A, B)ことにおいてヤマイタチシダと区別できた。

モトイタチシダは、リョウトウイタチシダD. kobayashii(本種についての詳細 は第二章で述べる), オオイタチシダD. pacifica, ヒメイタチシダD. sacrosancta, イワイタチシダ D. saxifraga, イヌイワイタチシダD. saxifragivaria, ナンカイイ

タチシダD. variaとも類似していた。しかし、これらとは次にあげる特徴におい

て区別することができた。ヒメイタチシダとリョウトウイタチシダは草質の黄 緑色の葉をもつ。オオイタチシダは紙質か革質の五角形の葉身をもち、しばし ば苞膜の縁に毛がある。イワイタチシダとイヌイワイタチシダは白緑色の葉を もち、葉の縁は内曲し、羽片は全縁で、鱗片は外曲する。ナンカイイタチシダ は五角形の葉身をもち、しばしば苞膜の縁は有毛である。

ムニンベニシダDryopteris insularis KodamaとチチジマベニシダD. insularis var.

chichisimensis (Nakai ex H. Itô) H. Itô もイタチシダ節sect. Variae に含める見解が ある (Fraser-Jenkins 1986)。また、これら2種は分子系統樹においてイタチシダ 類に近縁な位置にくることが分かっている(Ebihara 2011)。しかし、ムニンベニ シダの葉身の先端は短縮し、チチジマベニシダの苞膜には毛がある。モトイタ チシダにこれらの特徴は見られない。

Fraser-Jenkins (1986) は、ニセヨゴレイタチシダD. hadanoi Kurata, ヨゴレイタ チシダD. sordidipes, シビイタチシダD. shibipedis, タカサゴシダD. foromosana もイタチシダ節に含めた。しかし、Ebiharaの分子系統解析の結果は、これらの 種がイタチシダ類に近縁でないことを明確に示している。さらに、これらの種

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