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営業秘密侵害罪の保護法益

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(1)

‑ 原 亜貴子

は じめに

1.我が国における議論の概観

( 1 1 営業秘密侵害罪導入以前の議論の状況 ( 2 1 現在の議論の状況

2. ドイツにおける議論の概観 ( 1 1 個人的法益 と解する見解 ( 2 1 社会的法益 を考慮す る見解 3.営業秘密侵害罪の保護法益

( 1 1 営業秘密の性質

( 2 1 公益 ない し社会的法益の保護 ( 3 1 個人的法益の内容

おわ りに

は じ め に

我 が 国 の不 正競争 防止法 は ,2 0 0 3 ( 平成 1 5 ) 年 改正 にお い て,営 業秘 密 を侵 害 す る行 為 に対 す る刑事罰 を導 入 した 1) 。この営業秘 密侵 害罪規 定 は ,2 0 0 5 ( 平

1 )営業秘密侵害罪の導入について,詳 しくは経済産業省知的財産政策室編著 『 逐条 解説 不正競争防止法 〔 平成 1 5 年改正版 〕 』( 2 0 0 3 年)( 以下 , 「 逐条解説平成 1 5 年版」

と略記する),山下隆也ほか「 不正競争防止法の一部を改正す る法律の概要」NBL7 62 号 ( 2 0 0 3 年) 6 頁以下,林 いづみ 「 不正競争防止法の改正について」 自由と正義 5 4 巻 9 号 ( 2 0 0 3 年) 1 4 頁以下等 を参照。同改正 を踏 まえた刑法学における著作 として, 鈴木靖宏 「 『 営業秘密』の法的保護 に関する 日米比較 ‑ 刑事法学的アプローチを 中心 に ‑ 」法研論集 ( 関東学院大学) 2 号 ( 2 0 0 3 年) 1 頁以下,全理其 『 営業

〔 1 65〕

(2)

成 1 7 ) 年 及 び 2 0 0 6 ( 平成 1 8 ) 年 に続 けて改正 され

2)

,現 在 に至 ってい る

同法 2 条 6 項 は,「 営業秘密」を次 の ように定義す る。す なわち, 「『 営業秘密』

とは,秘密 として管理 されてい る生産方法 ,販売方法 その他 の事業活動 に有用 な技術上 叉 は営業上 の情報 であ って,公然 と知 られてい ない もの をい う」 と

この定義 か ら,あ る情報が営業秘密 であ る と認 め られ るための要件 は,( 訂秘密 管理性 ,②有用性 及 び③非公知性 であ る と解 されてお り, この ことは,営業秘 密 に係 る不正競争 についての民事裁判例 において も認 め られてい る ところであ る。営業秘密侵害罪 の導入 にあた り,不正競争 防止法 は特 に新 た に営業秘密 の 定義付 け を行 わず,上記 の営業秘密 の定義 は民事 ・刑事 に共通 の もの とされた。

他 方 で,先 に導入 されていた民事 的救 済の対象 となる不正競争行為類型 が過失 行為 を も対象 と していたため, これ らを全 て刑事罰 の対象 とす るこ とは適 当で ない との理 由か ら,営業秘密侵 害罪 の犯罪構成要件が新 た に創 設 された。 そ こ で,不正競争 防止法 21 条 1 項 1 号 ない し 6 号 ( 20 0 6 年改正以前 の 21 条 1 項 4 号 ない し 9 号) に定め られた営業秘密侵 害罪 の解釈 が論 じられ るようにな ったの であ る。 なお,本稿 執筆時点で は,公刊物等 を見 る限 り, これ らの規定が通用

秘密の刑事法的保護 』( 2 0 0 4 年),佐久間修 「 営業秘密の刑事上の保護」工業所有権 法学会年報 2 8 号 ( 2 0 0 4 年) 4 9 頁,南雲亮志 「トレー ド・シークレッ トの刑法的保護 について」立命館法政論集 3 号 ( 2 0 0 5 年) 1 2 9 頁,只木誠 「 営業秘密の侵害 ‑ 日 ・ 独 ( 釈)不正競争防止法の紹介 ‑ 」 『 神山敏雄先生古稀祝賀論文集 第二巻 経 済刑法 』( 2 0 0 6 年) 2 3 9 頁以下等がある。

2 )それぞれの改正については,経済産業省知的財産政策室編著 『 逐条解説 不正競

争防J ト法 〔 平成 1 6I1 7 年改正版 〕 』( 2 0 0 5 年)及び同 『 逐条解説 不正競争防止法 〔 平

成 1 8 年改正版 〕 』( 2 0 0 7 年) ( 以下,「 逐条解説平成 1 8 年版」 とする)参照。また,平

成 1 7 年改正 を踏 まえた刑法学における著作 として,山口厚 「 営業秘密の刑事罰によ

る保護 」NLB8 2 0 号 ( 2 0 0 5 年) 1 2 頁以下,‑原亜貴子 「 不正競争防止法による営業

秘密の刑事法的保護」商学討究 5 6 巻 2・3 合併号 ( 2 0 0 5 年) 2 7 9 頁以下,島田聡一

郎 「 不正競争防止法における営業秘密侵害罪の意義,機能,課題 」L&T3 0 号 ( 2 0 0 6

年) 1 4 頁以下等,平成 1 8 年改正 を踏 まえた もの としては,平野潔 「 情報の刑法的保

護」人文社会論叢 社会科学篇 ( 弘前大学) 1 8 号 ( 2 0 0 7 年) 1 1 9 頁以下,松揮信 「 営

業秘密の保護 と刑事法」甲斐克則編 『 企業活動 と刑事規制 』( 2 0 0 8 年) 1 7 0 頁以下,

高山佳奈子 「 知的所有権 ・企業情報 をめ ぐる犯罪」神山敏雄ほか編著 『 新経済刑法

入門 』( 2 0 0 8 年) 3 41 頁以下等がある。

(3)

された事案は見当た らない。 とは言 え,今後の営業秘密侵害罪規定の適切 な運 用 を図るためには,同規定の内容 を明 らかにすることが必要であると言 える

営業秘密侵害罪 を解釈す るにあたっては,同罪が保護 しようとしている法益 は何か,が問題 となる。 この間題は,同規定の理解 にとって重要である。なぜ な ら,「 営業秘密」概念は事実的に決定 される ものではな く,規範的性質 を有 しているか らである 3) 。そ こで,本稿 は,不正競争防止法 に導入 された営業秘 密侵害罪 を理解する前提 として,同罪の保護法益 を明 らかにすることを目的 と す る。以下では, まず,我が国における営業秘密侵害罪の保護法益 に関する議 論の状況 を概観 し,そこでの問題点 を明 らかにする。次 に,我が国の議論 にとっ て示唆的であると思 われる, ドイツにおける議論 を概観する。そ して最後 に, ドイツにおける議論か ら得 られた知見 を基 に,営業秘密が有するい くつかの性 質 を考慮 しつつ,同罪の保護法益の理解 に関する私見を提示することにする

1. 我 がB] にお ける議論 の概 観 ( 1 ) 営業秘密侵害罪導入以前の議論の状況

前述の ように,我が国では,営業秘密の侵害に対する刑罰法規は 2 0 0 3 ( 平成 1 5)年の不正競争防止法改正 によって初めて導入 された。 しか し,それ以前 よ り,営業秘密の刑事法的保護 に関 しては,立法的提案 も含めて様 々に議論 され ていた。そこで, まずは,当時の議論 において,営業秘密 を侵害す る行為の保 護法益が如何 に捉 え られていたのかを見てお くことにす る。現行の営業秘密侵 害罪の保護法益 をめ ぐる議論はまだ始 まったばか りであ り,従来の議論 を参照 す ることは,現行法 を理解する助 けになると考え られるか らである

営業秘密侵害罪導入以前の議論は,主に立法提案の形でなされたが, これに

3)K7 1 utAr i a 7 1 S ,De rs t r a f r e c ht l i c heSc hut zde sGe s c ha f t s ‑undBe t r i ebs ge he i mni s I

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Eur o pa i s c he nGe me i ns c ha f ts o wi ei nOs t e r r e i c hundde rSc hwe i z .1 9 81 .S.3 3 9 .

(4)

は大 きく分 けて二種類のアプローチがあった。一方 は,営業秘密 とい う情報の 持つ財産的価値 に着 目し,刑法上の財産罪 によって保護 され る財産 と並 んで, 財産的価値 を有す る情報 に も法 的保護 を与 えるべ きであ るとす る立場 である

この うち, 日本刑法学会第 6 6 回大会で報告 された共 同研 究 4) は, 「 財 産的情報 侵害 にお ける法益侵害は,情報 の管理 ・独 占によ り生ず る,情報の有す る,そ れが経済活動 において利用 され ることによ り財産 を生み 出す可能性 ・源 と して の価値が,他者 によ り不法 に情報が利用 され,その財産創 出の可能性が実現 さ れ ることによ り侵害 され,失 われ ることであ」 り, 「この意味で,情報 は,財 産 を生み 出すポテ ンシャル として,財産的価値 を有す るのであ り, これが保護 され るべ きもの として考 え られるこ とになる」, としていた。 また,財産的価 値 を有す る情報 を 「 情報財」 として財産罪 の客体 とすべ きであると主張 してい た吉 岡一男 5) は,いわゆる企業秘密 については, これが有す る経済的価値 の重 要性 を重視 して,営業秘密侵害 を秘密侵害 としてではな く 「 情報財」の侵害 と

して構成すべ きであ る とした。但 し, 「 情報財」 は情報 の秘 匿 を概 念要素 とし てお らず

6)

,そ こには秘密 でない情報 も含 まれていた。

また,民事的保護 を前提 としてではあるが,営業秘密 の性格 を統一的 に論 じ ることは困難であ る としなが らも, 「 営業秘密保護 の原理 は,あ くまで秘密性 に存在 し,かつ,他 人の労力 ・費用の もとに成立 した競争財 の価値 を不 当に奪 取す る違法性 の承認 の上 に立脚す る」7 )との主張 もな されていた。営業秘密 を 競争財 と捉 えるこの見解 は,上記の営業秘密 を単純 に財産的情報 とす る立場 と

4) 「 財産的情報の刑法的保護」刑法雑誌 30 巻 1 号 ( 1 9 8 5 年) 1 頁以下,とりわけ山 口厚 「 財産的情報の刑法的保護 ‑ 立法論の見地から‑ 」同 2 7 頁以下。

5 )吉岡一男 「 企業秘密と情報財 ‑ 刑事学各論の試みのために‑ ( ‑) ・( 二 完 ) 」法学論叢 1 1 7 巻 3 号 ( 1 9 8 5 年) 1 頁以下及び 1 1 7 巻 4 号 ( 1 9 8 5 年) 1 頁以下, とりわけ ( ‑) 2 5 頁,( 二 ) 1 0頁以下及び 2 6 頁以下。なお,佐久間修 『 刑法におけ る無形的財産の保護 』 ( 1 9 91 年 ) 1 7 6 頁及び 1 8 8 頁以下は,無形的財産の取得を財産 犯の一種 として捉えることを主張 していたが,そこでいう無形的財産は譲渡性 を前 提 とするため,営業秘密は含まれない。

6 )吉岡 ・前掲注 ( 5 ) ( 二 ・完) 2 6 頁以下。

7)小野昌延 『 営業秘密の保護 』( 1 9 6 8 年 ) 1 0頁及び 5 7 2 頁。

(5)

は異 なるが,営業秘密保護 を個 人的利益 を中心 に構成す る点 において共通 して い る

これ に対 して, もう一方 のアプローチ は,営業秘密 に対す る侵害行為 を不正 競争行為 として構成 す る。営業秘密侵 害罪 を不正競争 防止法 に置 く旨の立法提 案 は複 数 の論者 に よって な されたが

8)

, これ らの うち,板 倉 宏

9)

は 「 不正競争 防止法 は企業所有者 の個 人的利益 ではな く,公正 な競争秩序 や国民経済 を保護 す るため の もの」 であ る と してい た。 また,加 藤左 千夫 10) は,営 業秘密 侵 害 に よ り健全 な競争秩 序が破壊 され る危 険性 があ る こと,及 び,営業秘密侵害 を 財産犯 とすれば,その対象 を限定 し得 ない こ とか ら,営業秘密侵害罪 の創 設 に あた って は 「 不正競争 的構 成 を基 本 と しつつ」,営業秘密 が持 つ個 別財 産 的利 益 の側面 も無視 す る こ とはで きないため, 「 財 産犯 的構成 を加 味 して考 えるべ き」 であ る, と していた。 この見解 か らは,公正 な競争秩序 が主た る保護法益 で,企業 の個 別財産 的利益 は従 た る保護法益 であ ることにな る

また, 木村 静子 1 1 ) ち,営業 秘密 侵 害 にお い て は 「 それが秘 密 とされて い る こ とに よって意味 のあ る財 産 的利益 ( い わば技術 の独 自性 ) 」 が 問題 にな って い るのであ るか ら, 「 保護法益 は,財 産 的利益 とい うよ りは秘密 が侵 され る こ とによって害 され る一種 の人格 的利益 であ り,それが実 際 には財産 的利益 と結

8 )後述の板倉及び加藤の他 に,中山信弘 「 情報の不正入手 と刑事罰」 自由と正義35 巻 1 0 号 ( 1 984 年) 8頁,佐久間 ・前掲注( 51 20 8 頁以下。

9 )板倉宏 「 企業秘密 をめ ぐる犯罪」石原一彦ほか編 『 現代刑罰法大系 第 2 巻 経 済活動 と刑罰』 ( 1 983 年)306 頁以下。論者は,不正競争防止法は 「 企業所有者の個 人的利益ではな く,公正な競争秩序や国民経済を保護するための もの」であるとし て, ドイツ不正競争防止法1 7 条が経営者を漏示の行為主体か ら除いている点を批判 する ( 307 頁) 。

1 0)加藤左千夫 「 企業秘密の刑法的保護 ‑ 日本 ・西 ドイツの状況 とその立法論的 展 開 ‑ ( 二)完」名古屋大学法政論集1 1 7 号 ( 1 9 87 年)303 頁以下 ( 以下,「 企業 秘密」 とする),同 「 企業秘密の刑法的保護 ・再論 一 財産犯的構成の批判的検討 を通 して ‑ 」名古屋大学法政論集1 27 号 ( 1 9 89 年)1 20 頁以下 ( 以下,「 再論」 と する) 。

ll )木村静子 「 企業秘密 と法益論 ‑ 企業秘密 を刑法によって保護することが必要

か」内藤謙 ‑西原春夫編 『 刑法 を学ぶ』 ( 1 97 3 年)242 頁。

(6)

びついているのだ と考 える方が実体 に則 している」, としなが らも,営業秘密 侵害の保護法益 を もっぱ ら個人的法益 であると解 しているわけではな く,「 公 正 な競争秩序の維持及び健全 な企業活動の促進 とい う社会的法益」 ( さらには 国民経済の健全な発展 とい う国家的法益)も考えられる,としていた。他 にも,

「 企業の秘密 に保護 を与 えることは,技術 開発の意欲 をたすけ,公正な自由競 争の実現のために有意義なことである。それは,単 に,一企業の私企業 と して の利潤追求を保護す るとい うに止 まらず,国民生活 を豊かに し,公益 を増進す るとい う面で社 会的な意味 を もっ ことは否定で きない 」12) との理解や, 「 企業 を有機的な一体 として法益の対象 とし,競争は,一般公衆の利益 と企業 自体 ( 企 業所有者 を含めて)の利益 を侵害することのない限度において許 されるもので あ り,権利濫用 にわた り,信義誠実の原則 に反 し,あるいは公序良俗 に反する 行為 は許 されない とすべ きではなかろうか 」13) との主張 もなされていた。 これ らの見解 もまた,保護法益 を企業の有する個人的利益及び公共の利益 と捉 える ものであった と言 うことがで きる

以上見て きたように,営業秘密侵害罪導入以前 における我が国の議論 は,営 業秘密侵害行為 を,個人的法益 に対す る侵害 と捉 える立場 と,個人的法益のみ な らず社会的法益 ( 及び国家的法益) に対する侵害で もある, とす る立場 とに 分類することがで きる。そ して, この ような分類 は,営業秘密の財産的価値 に 着 目するか,それ とも営業秘密侵害行為 を競争秩序 を害する不正競争であると 見 るか, とい うアプローチの相違 に対応 していると言 えよう

( 2 ) 現在の議論の状況

営業秘密 の刑法 的保護 については上述 の ようにい くつかの立法提案が なさ れ, また,1 97 4 年 に公表 された改正刑法草案31 8 条 をめ ぐって も様 々な議論が なされたが,結局,刑法典ではな く不正競争防止法 を改正す る形で営業秘密侵

1 2 ) 藤木英雄 「 産業スパイと刑事責任」ジュリス ト 4 2 8 号 ( 1 9 6 9 年)3 3 頁。

1 3 ) 河井信太郎 『 経理不正と法律上の責任 』 ( 1 9 6 6 年)9 2 頁。

(7)

害罪が新 設 された。 そ こで, まず不正競争 防止法 の 目的 を確認 してお くと,同 法 の 目的は,第 1 条 に拠 れば, 「 事業者 間の公正 な競争及 び これ に関す る国際 約束の的確 な実施 を確保す るため,不正競争の防止及び不正競争 に係 る損害賠 償 に関す る措置等 を講 じ, もって国民経済の健全 な発展 に寄与す ること」であ る。国民経済の健全 な発展 は最終 目的であって,直接 的 には,不正競争 の防止 及 び不正競争 にかか る損害賠償 に関す る措置等 を講 じることによって,事業者 間の公正 な競争 を維持す ることを 目的 としてい る 14) と言 える。 この よ うな 目 的 を有す る不正競争 防止法上 に規定 された営業秘密 を侵害す る罪 は,如何 なる 法益 を保護す る もの として理解 されているのであろ うか。

不正競争 防止法 の教科書 で は, 同法 の保護法益 は 「 事業者 の営業上 の利益 ( 私益) と,公正 な競争秩序 とい う公益 にあ る 」15) と説 明 されてい る。最高裁 判所 も平成 1 8 年 1 月 20 日判 決 1 6) の 中で,不正 競争 防止法 1 条,工業所有権 の 保護 に関す る 1 883 年 3 月 20 日のパ リ条約 1 7 ) 及 び 1934 ( 昭和 9 )年制定の旧不 正競争防止法 1 8) ,並 びに,旧不正競争防止法以来の沿革等 に照 らす と,「 不正 競争防止法 は, 営業の 自由の保障の下 で 自由競争が行 われる取引社 会 を前提 に, 経済活動 を行 う事業者 間の競争が 自由競争 の範囲 を逸脱 して濫用的 に行 わ九, あ るいは,社 会全体 の公正 な競争秩序 を破壊す る ものである場合 に, これを不 正競争 として防止 しようとす る もの にほか な らない と解 され る」, と述べ てい る

不正競争防止法 自体 に関す るこの ような理解 は,新設 された営業秘密侵害罪 の解釈 に も大 きな影響 を与 えている。所管官庁である経済産業省の立案担 当者

1 4) 青山紘一 『 不正競争防止法 〔 第 4 版 〕 』 ( 20 07 年) 1 2 頁以下。

1 5) 青山 ・前掲注 ( 1 4 ) 1 3 頁以下。逐条解説平成 1 5 年版 ・23 頁以下及び 1 4 4 頁 も,同様に

いう。

1 6)民集60 巻 1 号 1 37 頁。

1 7 )正確には ,「 1 90 0 年 1 2 月1 4 日にブラッセルで ,1 9 1 1 年 6 月 2 日にワシントンで ,1 9 25 年 11月 6 日にヘ‑グで ,1 93 4 年 6 月 2 日にロンドンで ,1 95 8 年 1 0月31 日にリスボン で及び 1 96 7 年 7 月1 4 日にス トノクホルムで改正 された工業所有権の保護に関する 1 883 年 3 月20 日のパ リ条約」。

1 8) 平成 5 年法律第 47 号による改正前のもの

(8)

は , 「 不正競争 防止法 も知 的財産法 の一角 を占め る ものであ るか ら,知 的財産 としての営業秘密の保護が問題 となるため, 個人的法益 としての側面 を有す る」

としなが らも,他方 で,他 人の営業秘密 を 「 何 らかの不正 な手段 によ り獲得 な い し使用す る ( させ る)行為 を抑止す ることは」公正 な競争 の確保 とい う同法 の 目的に適合す ることか ら,同罪 は 「 社会的法益 としての側面 を も併せ持つ」

と説明 している。しか し,これ に対 しては,「 知的財産権 も個 人的法益 であって, 不正 な手段が窃取 ・詐取 ・横領 に相当す るな らば,基本的には,刑法典上の財 産犯 と異 な らない」のであるか ら , 「 行為態様 を悪質な もの に限定 した ことが, ただちに社 会的法益 の侵害 に結 びつ くわけではない 」1 9) との指摘 がな されてい る

学説 においてほ,只木誠 20) が, 同罪 が親告罪 であ るのは 「 営業秘密 とい う 個 人的法益 の侵害の点 を重視 した結果 であ る」 としなが らも, 「 不正競争 防止 とい う自由経済秩序 を維持す る とい う社会法益 に対す る侵害行為であるとい う 側面 も忘 れてはな らないであろ う」 としてい る。営業秘密侵害罪が, 「 企業 の 経済的利益 のみな らず,国内 ・国外の事業者 間の公正 な競争 を保護法益 として い る」不正競争防止法上 に規定 されている点 を重視 しているのであろ う 21) 。

しか し,立案担 当者 による説 明及び只木の見解 には,個人的法益 と社 会的法 益 の関係が不明であ る, とい う問題がある。個人的法益 と社 会的法益 とい う全 く異 なる二つの法益 を同時 に保護 しようとす る場合 には,いずれを主た る法益 とす るか によって構成要件 の理解が異 な り得 ると考 え られるのであ るが, これ らの見解 か らは,その点が明 らかでないのである

1 9 ) 佐久間 ・前掲注 ( 1 1 5 8 頁。

2 0 ) 只木 ・前掲注 ( 1 1 2 4 7 頁及び 2 6 2 頁。「 公正な競争秩序」 を私益 と並ぶ保護法益 とす るものとして,他に,平野 ・前掲注 ( 2 1 1 3 7 頁。

2 1 )このことから,論者は,営業秘密侵害罪と財産罪の保護法益は必ず しも完全には

符合せず,よって,両方の構成要件が充たされる場合には,両罪は法条競合ではな

く観念的競合となると見るべ きである,とする ( 只木 ・前掲注 ( 1 1 2 6 2 頁以下) 。同旨,

松揮 ・前掲注 ( 2 ) 1 81 頁。これに対 して,財産罪の成立を否定するのは,松原芳博 「 情

報の保護」法学教室 2 9 8 号 ( 2 0 0 5 年) 6 3 頁。罪数に関する私見については,後述する。

(9)

私益 ではな く,公益 たる競争秩序の維持 の保護 に重 きを置 くことを明言す る のは,松洋伸 22) であ る。 「 営業秘密侵害罪 は , 6 つの類型すべ て において 『 不 正競争 目的』 が要件 とされてお り,企業の有す る個人的法益 が保護法益 の一部 を成す に して も,それが直接 に侵害 されるのではな く,競争秩序の維持が破 ら れ ることによって間接 的 に侵害 され る もの と考 え られ る」, とす るのであ る

確 か に, 「 不正 な競争の 目的」 を要件 とす ることは,「 公正 な競争秩序の維持 と い う不正競争 防止法 の趣 旨に合致す る 」23) と言 うことがで きる。 しか し, この 見解 には大 きな問題がある。不正競争 防止法 21 条 3 項 によれば,営業秘密侵害 罪 は親告罪であ る。営業秘密侵害罪が ( 主 に)社 会的法益 に対す る罪であるな らば, 被害者の告訴 を待 たず に公訴が提起 されなければな らない ことになろ う

さらに,論者が,企業の個 人的法益 に対す る侵害 は競争秩序 の維持が侵害 され ることによって生ず る, とす る点は理解 し難い。営業秘密侵害罪 は,個別の企 業が所有す る営業秘密 に対す る侵害の発生 を以て成立す るのであ り,競争秩序 の維持が破 られたか否かは同罪 の成否 に関係 しないのである。我が国では実際 には主張 されていないが,営業秘密侵害罪 の保護法益 を公益 のみ とす る理解 に ついて も,同様の ことが妥 当す るであろ う

以上の ように,我が国の営業秘密侵害罪 は,企業の個 人的法益 ( 私益) と公 正 な競争秩序 とい う社会的法益 ( 公益)の双方 を保護法益 としてい る, と一般 に解 されている。 しか し,双方 の関係 は必ず しも明 らかではな く, また,後者 を中心 とす る保護法益 の理解 は,現行法の解釈 としては困難である とい う問題 があった。 したが って,少 な くとも個 人的法益 を主たる法益 と解 し, これ と社 会的法益 との関係が問われなければな らない。 また,現在の保護法益 に関す る 議論 は,かつての,営業秘密侵害 を不正競争行為 と捉 え,営業秘密 を侵害す る 罪 を不正競争防止法 に置 くべ きである,との立法提案 に類似 している。確か に, 同罪が不正競争防止法 に規定 されてい ることは軽視 され るべ きでない。しか し,

22) 松揮 ・前掲注 ( 2) 1 81 頁。

23) 逐条解説平成 1 5 年版 ・1 47 頁。

(10)

そ うであるか らといって,同法の 目的をそのまま同罪の保護法益の議論 にスラ イ ドさせ なければな らない理由は存 しない と思われる。 む しろ,営業秘密侵害 罪が刑罰 とい う制裁 を伴 う法規であることに留意 し,適正な処罰範囲を画する ための保護法益の理解が求め られるのではなかろ うか。

さらに,主たる法益 を個人的な利益 であると解するとして も,その内容が如 何 なるものであるかが問題 となる。この点 について上述の見解では,企業の 「 営 業上の利益」或いは 「 経済的利益」等 と述べ られているだけで,その内実は明

らかでない。

これ らのことか ら,営業秘密侵害罪の保護法益 に関 しては,次の二つの論点 について検討 されなければな らないことが明 らか になった。すなわち,第一 に, 不正競争防止法上の営業秘密侵害罪の保護法益 に,公益 ない し社会的法益 を含 めるべ きか否か,第二 に( 第一の論点においていずれの結論 に至 った として も), 個人的法益の内容 を如何 なるもの と解すべ きか,である

2. ドイツにお ける議論 の概 観

前章での検討か ら明 らか になった問題 を検討す る前 に, まず ドイツにおける 営業秘密侵害罪の保護法益 をめ ぐる議論 を概観 してお きたい。 ここで ドイツで の議論 を取 り上げる理由は二点ある。第一に, ドイツで も営業秘密侵害 に対す る罰則規定が不正競争防止法 ( 「 Ge s e t zge ge nde nunl a ut e r e nWe t t be we r b 」。

以下 ,「 UWG 」 と略記す る) 中に置かれてお り,比較法的検討の対象 として通 していること,第二 に, ドイツでは古 くか ら保護法益が詳細 に論 じられている ため, これを参照す ることは,我が国における議論の発展 に資すると考 えられ ることである。なお, ドイツで も営業秘密 に対す る侵害は不正競業行為の一つ として UWG に規定 されているため,営業秘密侵害罪の保護の本質は,不正競 業 の本質論 において論 じられ ることが多か った とい う 24) 。 したが って,本章

24) 小野 ・前掲注 ( 71 1 0 7 頁以下参照。

(11)

において参照す る議論 は ,UWG1 7 条 ない し 2 0 条 に関す る もの に留 ま らず,不 正競業法一般 における保護法益論 ( 或 いは保護 目的論) にわたる

先 に述べた ように,本稿 が扱 う問題 は,不正競争防止法上 の営業秘密侵害罪 の保護法益 に公益 ない し社会的法益 を含めることの是非,及 び,個 人的法益 の 内容の如何 であ る。そ こで,本章 では,ドイツにおいて主張 されている見解 を, 個 人的法益 を中心 に保護法益 を構成す る立場 と社 会的法益 を も考慮す る立場 と に分類 して,考察 を進める

( 1 ) 個人的法益 と解 する見解

① 信 頼ない し契約関係説

ドイツでは,営業秘密侵害行為 に対す る罰則 を初めて規定 した 1 896 年 の 「 不 正 競争制圧 に関す る法律 ( Ge s e t zz urBe ka mpf ungde sunl a ut e r e nWe t t ‑ be we r bs )」25) 施行以前 に,従業員 による秘密漏浬行為 の可罰性 を,信 頼 ない

し契約関係 を破 る点 に求め る見解が主張 されていた とい う。 しか し,同法の施 行 によ り,秘密主体 と信頼 ない し契約 関係 にない者の行為 も処罰の対象 とされ た。そ こでは,信頼 とい う観点が行為者の可罰性 を基礎付 ける もの とは考 え ら れていない ことは明 らかである 2 6) 。現行 UWG も我が国の不正競争 防止法 も, 営業秘密保有者 と信 頼ない し契約関係 にない第三者 による営業秘密侵害行為 を 可罰的であるとしている。 したが って,営業秘密‑の侵害 を,単 なる信 頼 ・契 約 関係 に対す る違反である として,本罪の保護法益 を営業秘密保有者 と行為者

との信頼 ない し契約 関係 と解す ることはで きない 2 7 ) 。

2 5 ) 罰則は同法 9 条及び1 0 条に規定されていた。ゲル ト・ファイファー ( 布井要太郎 訳) 「 不正競争防止法 1 7 条による工場秘密および営業秘密の刑法的漏洩」布井 『 知 的財産法の基礎理論 』( 2 0 0 4 年) 2 0 5 頁参照。

2 6 )Ar i a7 1 S , a . a . 0. , S. 3 4 0 .

27) 仮に,この見解を採るならば,侵害される営業秘密は形式秘で足ることになろう

( 清水洋雄 「 情報の保護と刑事法」秋田法学 11 号 ( 1 9 88 年) 1 6 頁参照) 。

(12)

② 人格権説

ドイツにおけるかつての有力 な学説 の一つは,経済的活動 を阻害 されない権 利 を人格権 の一つ として認 め ようとす る見解 であ る。主要 な論者の一人である Kohl er 28) は,競争 においてはあ らゆる手段 が許 され るわけで はな く, 自由競 争 は相手 の人格が侵害 され るところで限界 に行 き当たる とした上で,不正競業 の本質 を,人格 とは独立 に存在す る物叉は権利 に対す る侵害ではな く,人格 に 付 着す る利益へ の侵害であ ると捉 え, この ような人格 的利益 を人格権 として認 め ようと した。 また ,Lobe 29) は,不正競争法 は競争者 の人格 の保護 のため に 制定 されている との立場 に立 った うえで, 人格 的性質 を有す る営業 的活動権 を 保護法益 とした。 この営業 的活動権 は,得意先の獲得 を 目的 とす る営業活動へ の不正侵害 に対す る排 除権 であ るとい う

人格権説が主張 され始めた 20 世紀初めには未だ一般的人格権 とい う概 念 自体 が広 く承認 されていた訳ではなか ったため,人格権概念その ものが不明確 であ る 30) とい った批 判 もな されて い た もの の, 同見解 が通 説 的地 位 を占め てい た 3 1 ) 。 その後, ドイツ基本法 ( Gr undgeset z) 2 条 1 項が 「 何 人 も,他 人の権 利 を侵害せず,かつ,憲法 的秩序又は道徳律 に違反 しない限 りにおいて, 自己 の人格 を 自由に発展 させ る権利 を有す る 。」32) と定めた ことで,一般 的人格権 が憲法上 の権利 として保障 され ることとな り,人格権理論が発展 した。そ して, これ に伴 っ て, 一 般 的 人格 権 を ドイ ツ民 法 823 条 に い う 「 そ の他 の権 利

( s ons t i gesRecht ) 」 として承認す る立場 が有力 とな り 33) ,不正競業理論 もこ 2 8)Kohl er の見解については,ヴオルフガング ・フイケンチャー ( 丹宗昭信監訳)『 競 争と産業上の権利保護 』( 1 9 80 年) 1 61 頁以下及び小野 ・前掲注 ( 71 1 0 9 頁に拠った。

29)Lobe の見解については,フイケンチャー ・前掲注 ( 2 8 ) 1 61 頁以下及び小野 ・前掲注 ( 71 1 0 9 頁以下に拠った。

30)Vg l. Ar i a 7 1 S ,a. a . 0. ,S.34 1 . 3 1 )小野 ・前掲注 ( 71 1 0 9 頁以下参照。

32) 日本語訳は,高円敏 ‑初編正典編訳 『ドイツ憲法集 〔 第 5版 〕 』 ( 2007 年)21 3 頁 に拠った。

33) ドイツ民法 82 3 条における一般的人格権については,例えば,椿寿夫 ‑右近健男 編 『 注釈 ドイツ不当利得 ・不法行為法 』 ( 1 990 年)82 頁以下 〔 右近〕 , E. ドイチュ

‑H. ‑ ∫. ア‑レンス( 浦川道太郎訳)『ドイツ不法行為法 』( 20 0 8 年) 1 32 頁以下参照。

(13)

の影響 を受 けて,不正競業 をこの ような人格権 に対す る侵害である とす る見解 が主張 されることとなったのである 3 4) 。

しか しなが ら,不正競業行為 の保護法益 を一般 的人格権 と解す ることには, なお困難がある。不正競業行為 の中には,品質 ・内容等 の誤認惹起行為 ( 不正 競争防止法 2 条 1 項 1 3号) の ように,競業者の人格 とはあ ま り関係 のない もの もあ り, 人格 権 論 か らは この よ うな場 合 を説 明す る こ とが で きない ので あ る3 5 ) 。 また今 日の経済組織 において 「 脱個 人化傾 向」が進 んでい ることに鑑 みれば,個人の人格 ,即 ち個 々人の経済的活動 に着 目す るこの見解 を支持す る ことはで きない 36) 。 なぜ な ら,一般 的人格権 を享受す るの は個 々の 自然 人の み であ って,法 人は これ を享受 しないか らであ る 37) 。 問題 を営業秘密侵害 に 限 ってみて も,個人事業主であれば ともか く,巨大企業 の保持す る営業秘密の 主体 を個 人 と見 ることは,営業 の実態 に即 していない と言 わ ざるを得 ない。我 が国の不正競争防止法 も,営業秘密の保有者 を「 営業秘密 を保有す る事業者」(2 条 1 項 7 号) と規定 してお り,営業秘密の主体 は 自然人だけでな く法人 も含め た事業者 である

③ 無体財産権説 ( 企業権説)

人格権説 に反対 して有力 に主張 され始め, これ に続いて通説 としての地位 を 獲得 したのは,無体財産権説 ない し企業権 説 3 8) であ る。 この見解 は,競争 に 関 しては人間の人格 的領域 ではな く,商業 的で非 人格 的な活動が問題 となると 3 4)人格権理論の発展 と不正競業及び営業秘密保護 との関連について詳 しくは,′ ト

野 ・前掲注 ( 7 1 4 6 6 頁以下。

35) 小野 ・前掲注 ( 71 1 1 0 頁 , 蒲田重昭 「 不正競業法における競争地位権説」『 不正競業 法の研究 』 ( 1 9 8 5 年) 7 頁以下参照。

3 6 )Ar i a 7 1 S ,a . a . 0 . , S. 3 41 . 37) 椿 ‑右近 ・前掲注 ( 3 3 ) 83 頁.

38) ドイツの諸文献においては 「 I mmat er i a l gt i t e r r e c ht( 無体財産権 ) 」 と呼ばれて

いるが,無体財産権説は本来,企業の法的性質に関する議論における見解の一つで

あ り,最 も有力な立場である。企業の法的性質についてはこの他に,いわゆる人格

権説 と特別財産説がある。詳しくは,福岡博之 「 『 企業権』の解釈的問題 ( その ‑) 」

青山経済論集 7 巻 2 号 ( 1 9 5 5 年) 6 3 頁以下参照。

(14)

して,個 人で は な く企業 に着 目す る 39) 。 す なわ ち,不 正競 業 を無 体財 産権 と しての企業 に対す る侵害であ る と解 す るのであ る。 そ もそ も企業権概 念 は,法 律 取引の客体 と しての企業 につ いて,営業 の譲渡 及 び担保化 に関す る議論 の中 で構 成 され た もので あ る 40) 。例 えば ,I say41) は,企業 とは物 と権 利 の総体, 或 いは経 済財 と人間 (自然 ・資本 ・労働) の総体 であ り, この企業 に企業者 に よ り創造 された無体財産が化体 して 「 企業権」 の客体 となるのであ って,物や 権 利 とい った企業 の構 成 部分 ( Bes t a ndt e i l e ) 自体 が企業権 の対 象 とな るので

はない, とす る

判例 において も, ライヒ裁判所 ( Re i chs ge r i c ht ) が企業 の保護 に関 して 「 組 織 され且 つ道営 されてい る営業 に関す る権利 ( Re chta m e i nge r i cht e t e nund a us ge t l bt e nGe we r bbe t r i e b) 」 を認 め 42) ,営業 に対 す る侵害 との関連 において 企業 は ドイツ民法823 条 1 項 にい う 「 その他 の権 利」 に属す る と したため 43) , その侵 害 に対 す る損 害賠償 が認 め られ る こ ととな った 。BGH もこの立場 を踏 襲 してお り,営業 とは企業 に経 済的 に発展 し活動 させ る能力 を与 える ものの総 体 ,換言 す る と具体 的な営業 の経済的価値 を形成 す る ものの総体 を指す, と定 義 す る 44)。

39)但 し,前述の Ko hl e r は,人格権 と無体財産権の両概念 を相対立するものと解 し ていたわけではなかった 。Ko hl e r によれば,商標,商号,氏名,営業名等のいわ ゆる無体財産権は人格権の特に拡大 したものであって,人格権は無体財産権の根本 を構成する,という ( フイケンチャー ・前掲注 ( 2 8 ) 1 61 頁参照) .

40)福岡 ・前掲注( 3 8 ) 63 頁以下,特 に註 3

.

4 1 )Rudo l fI s a y ,Da sRe c hta m Unt e r ne hme n ,1 9 1 0 , S .2 1 f f .福岡 ・前掲注( 3 8 ) 9 8 頁.

無体財産権説 を採 る論者 として ,Rudo l fC a l l ma 7 1 7 l ,De runl a ut e r eWe t t be we r b:

Ko mme nt a rz um Ge s e t zge g e nde nunl a ut e r e nWe t t be we r bni tNo t ve r o r dnung vom 9 ,Ma r z 1 932 undz ude nma t e r i e l l r e c ht l i c henVo r s c hr i f t endesGe s e t z e s z umSc hut z ede rWa r e nbe z e i c hnunge n , 2 . , vo l l s t a nd i gne ube a r b. 2 Au f 1 . ,1 932 , S.

2 8 f f .

42) RGZ 1 4 9,332 .なお ,「 Re c hta m e i nge r i c ht e t e nunda us ge t i b t e nGe we r bb e t r i e b」

は本稿で使用 した 「 組織 され且つ運営されている営業に関する権利」 という訳語の 他にも,「 設立され遂行 されている営業に対する権利」 ( 蒲田 ・前掲注( 3 5 ) 8 頁)など

と訳 されている。本稿では,椿 ‑右近による訳に従った。

43)椿 ‑右近 ・前掲注( 3 3 ) 80 頁以下,ドイチュ‑ア‑レンス ・前掲注( 3 3 ) 1 3 0 頁以下参照。

44) BGHZ 2 9.6 5. 椿 ‑右近 ・前掲注( 3 3 ) 80 頁参照.

(15)

しか しなが ら, ドイツ法 においては不正競業 による侵害 に対 しては不正競業 法 が優 先 的 に適用 され,民法 は補 充的 に しか適用 され ないため 45) ,少 な くと も不正競業法 における企業権概 念の重要性 ,実益 は少 ない との指摘 がある 46) 。 確 か に,商法上の議論 を別 にすれば,不正競業 に関 して企業 の上 に絶対権 を認 め ることの意義 は小 さいであろ う。 「そ もそ も競争行為 とい うものは競業者が 他 の競業者の利益 を犠牲 に しつつ も自己の利益 の獲得 を 目的 とす る とい う行為 である」か ら,営業権 をあ らゆる競争行為 に対 して保護 され る権利 として構成 す ることは不可能であ る 47) 。 また, 「 品質誤認行為等,特定の企業の利益侵害 に還元 Lがたい禁止行為 の説 明 に窮す る ことにな」 る 48) , との批判 もな され ている

ところで,無体財産権説か らは,営業秘密 は企業 自体 の本質的な構成要素で あ り,無体財産 として企業 に付 着す る もの として,企業権概 念の下 に包摂 され ることになる。そ して,営業秘密侵害の 目的が企業の競争力 を妨害す ることに あ る とす るな らば,保護法益 は, 「 当該企業 に固有 の競争力 を基礎付 ける要 因 を維持す ることについての利益 」49) であ る とい う。企業権概念の是非 は さてお き, この立場 が法益 主体 として企業者個人ではな く企業 その ものに着 目し,且 つ,営業秘密 を企業 の競争力 を基礎付 ける要因 として捉 える点は示唆深 い と思 われる

④ 財 産犯説

ドイツにおいては近時,後述す る 「 競争秩序」や 「 公正 な競争」 とい った公

45) 豊崎光衛 「 不正競業と損害賠償」 『 我妻先生還暦記念 損害賠償責任の研究 ・中』

( 1 95 8年)591 頁,椿 ‑右近 ・前掲注 ( 3 2 ) 81 頁以下。

46) 小野 ・前掲注 ( 71 1 1 3 頁 ,1 1 5 頁及び 1 4 8 頁以下, 千野直邦『 営業秘密の法的保護 』( 20 02 年 ) 7 2頁以下。

4 7 )円村善之 『 不正競争法概説 〔 第 2 版 〕 』 ( 20 03年) 8 頁以下。論者は,不正競争行 為の判定基準を設定するためには,「 抽象的かつ多義的な競争秩序 という概念の意 味を明らかにする必要がある」 として,従来の保護法益論を批判する。

48) 田村 ・前掲 注( 4 7 ) 9 頁0

49 )Ar i a 7 1 S ,a . a . 0. .S.342 .

(16)

共 の利益 を考慮す る有力 な立場 に反対 して,営業秘密 を侵害す る罪 は古典 的な 財 産罪 に属す る 5 0) , との主張 が な されてい る。論者 であ る Br a mms e n 51) は, UWG1 7 条 は,何 らか の一 般 的 な利益 で は な く 「 経 済 的秘 密 ( Wi r t s chaf t s ‑ ge he i mni s ) とい う利益 の経 済 的機 能, その 自己答責 的 な生 き方 及 び経 済的 な 発展 ( の 自由) のための基 本的 な手段 としての性 質,その 日常 的な経済活動 に お け る独 立 した客 体 と しての価 値 ,即 ち経 済活動 の領域 にお け る利 用価 値 に よってのみ決定付 け られてい る」 とす る。 そ して, この ことか ら,本罪 の保護 法益 を第一次 的 には財 産 と し, 「 競争 の保護」 は二次 的 ない し副次 的 な 目的法 益 で しか ない, とす る

Br a mms e n が この ように主張す る論拠 の詳細 は明 らかでないが, この立場 を 支持す る ことはで きない。確 か に,営業秘密 は経済 的機 能及 び価値 を有 してお り, それ ゆえに利用 され,或 いは取引 の対 象 とされてい る。 しか し,本見解 か らは,営業秘密侵 害罪が UWGに置 かれてい ること,及 び,本罪が 目的犯 であ る ことを説 明 し得 ない。現 に,前述 の我が国 にお ける立法提 案 の うち,企業が 持 つ秘密情報 の経済 的価 値 に着 目す る見解 は,営業秘密侵害罪 を刑法典 に置 く ことを提案 していたのであ る 52) 。本説 の問題 点 は,単 に営業秘密が持つ経済的 機 能及 び価値 のみ を重視 す る点 にあ る と思 われ る。 む しろ, なぜ営業秘密がそ の ような機能及 び価値 を有す るのか, を考 える必要があ るのではなか ろ うか。

さ らに, この見解 か らほ,UWG2 2 条が営業秘密 を侵 害す る罪 を親告罪 と し なが らも,例外 的 に刑事訴追官庁 の権 限 による介入 を認 めてい るこ とを説 明す る こ と も困難 で あ ろ う。 同条 は , 「 特 別 の公 共 の利益 が存 在す る場 合」 には,

5 0 )なお,内田文昭 「 『 産業スパイ』 と秘密を侵す罪 ‑ ドイツにおける立法の動向 を中心 として ‑ 」経営法学 ジャーナル 3 号 ( 1 9 6 8 年) 9 4 頁は , 1 9 1 1 年 ドイツ刑 法予備草案対案 3 42 条が唯一,秘密漏洩 を財産犯 として捉えていたと指摘する。

51 )Jo e r gBr a mms e 7 2 ,He e r ma nn/Hi r s c h, Mt i nc he ne rKo mme nt a rz um La ut e r ke i t ‑ s r e c ht , Bd. 2 , 2 0 0 6 ,§ 1 7UWGRn. 4 f .

5 2 )なお,営業秘密侵害行為の重大性 に鑑みて,同罪が法典の中に置 くべ きであると

の 立 法 的 主 張 をす る の は ,Ha7 Z SW.Tb ' bb e 7 1 S ,Wi rt s chaf t s s pi onageund

Ko nkur r e nz a us s pa hungi nDe ut s c hl a nd, NSt Z2 0 0 0 , 5 0 5 , 51 2 .

(17)

告訴がない場合であ って も職権 によ り起訴す ることが可能であるとす る。 既 に, この点 を以て ,UWG1 7 条以下が社 会的法益 を (ち)保護 してい ることは否定 し得 ない 53) , との指摘 もな されてい る。 この こ ととの対比 において,我が国 の不正競争防止法 21 条 3 項が同条 1 項 に定め られた営業秘密 を侵害す る罪全て を親告罪 としている点 5 4) は興味深い。

( 2 ) 社会的法益 を考慮 する見解

上述の とお り, ドイツではかつて人格権説 と無体財産権説 との間で論争がな されていたが, これ らに対 して,「" 人"が保護 されるのかあ るいは企業が保護 され るのか といった ことは,実際上重要 ではない 」55) と批判 し,保護法益 とし ての人か企業か とい う二者択一か ら脱すべ きだ とす る見解が主張 されるように なった。競争法 においては競争者だけではな く,競争が公正 であることに利害 を有す る公衆,及び,競争 にお ける一定の弊害か ら保護 され るべ き消費者 も重 要 であ る 56) , とい うのであ る。例 えば , He f e r me h1 5 7 )によれば,不正競争 防 止法 は,あ らゆる営業者 に対 し善良の風俗 に反す る行為 を禁止す る客観 的な行 為規範 であ る。 そ して, 「 競争者や公衆 は, この規範が遵守 され ることに利害 関係 を持 ってい るが ゆえに,競争法 においてほ利益保護が問題」 となる。 「 不 正競争防止法 は排他 的権利 を与 える ものでな く,客観 的な行動規範 ( 利益保護) である点で産業上の権利保護の他 の領域 と異 なる」のであ り, この利益保護の 内容 は, 「 競争 の公正」であるとい う

現在の ドイツでは, この ように個 々の競業者の経済的な秘密保持 についての

5 3 ) ファイファー ・前掲注 ( 2 5 ) 1 2 頁,只木 ・前掲注 ( 1 1 2 6 3 頁.

5 4 ) さらに,同法 2 1 条 2 項 5 号の秘密保持命令違反罪 も親告罪である。

5 5 ) フイケンチャー ・前掲注 ( 2 8 ) 1 6 3 頁以下.

5 6 )Eu ge 7 2Ul me r ,Wa nd l ung e nundAu f g a b e ni mWe t t b e we r bs r e c h t , GRUR1 9 3 7 , 7 6 9 , 7 7 2 .フイケンチャー ・前掲注 ¢ 糾6 2 頁参照。

5 7 )Wol f ga7 1 gHe fe r me hl ,Ba umba c h/He f e r me hl , We t t be we r bs ‑undWa r e n‑

z e i c h e n r e c ht , Bd . I ,l l . Au f 1 . , 1 9 7 4 , Al l g . Rn. 9 5 . フイケンチャー ・前掲注 ( 2 8 ) 1 6 4 頁以

下 も参照。

(18)

利益 の他 に,「 一般公衆の利益」或いは 「 公共の利益」 といった表現で,社会 的法益 に も着 目す る見解 5 8) が有力 となっている。不正競争防止法の保護法益 に関 して,例 えば,Hubma nn 59) は,競業法上の保護価値のある利益 として, 個 々の競業者の寄与的成果 ( Le i s t ungs e r gebni s s e)及び活動の 自由を保障す る利益,供給 に対す る自由な決定に関する市場関係者の利益,並びに,競争秩 序の保護 に関する公共の利益 を挙げる。 また,競争制限法の保護法益 との関連 において不正競争法の保護法益 を兄いだそ うとす る Fi ke nt s che r 60) は,競争制 限法及び不正競争法 を包摂する一般競業法 とい う上位概念を設定 し,一般競争 法の保護法益 は 「 経済的活動」であ り,その内実 は 「 競争の 自由及び競争の公 正」である, とする。 これ らの うち,前者 はまず競争制限法 によって保護 され るが,それが不公正 な行為 によ り妨害 される限 りでは不正競争法 によって も梶 護 され, これに対 して,後者 は常 に UWG によって保護 される。UWGの保護 領域 は三つに分類す ることがで き,第一 に企業の個別財産を保護 し,第二 に人 格 の経済的活動 を不公正な侵害か ら, また第三に人格の経済的活動 を競争の 自 由の制限か ら保護す る。後二者 は発展 の 自由,前者は発展の 自由によって獲得 された財産を保護 している 61) , とい う

と りわけ UWG1 7 条以下 については,例 えば,K6hl e r 62) が,営業秘密 を法的

5 8 ) 下記で紹介する論者の他に,Eb e r har dSc hmt l dt ,Be da r fda sBe t r i e bs ge he i mni s e i ne sve r s t a r kt e nSc hut z e s ?Gut a c ht e ni nVe r ha ndl unge nde s3 6 . J ur i s t e nt age s

,

1 9 3 0, S.1 50 , 2 22 f f . ; I Jar r oOt t o ,UWGGr o L 3 ko mment a r§1 7Rn. 4 f f "§1 8Rn. 2;

de r s . ,Ve r r a tvo nBe t r i ebs ‑undGe s c ha f t s ge he i mni s s e n, §1 7UWG, wi s t r a1 9 8 8 , 1 2 5 ,1 2 6:Tbbb e 7 1 S ,a . a . 0 . ,51 2: de r s "Di eSt r a f t a t e nma c hde n Ge s e t zge ge nde n unl aut er e nWe t t be wer b( § §1 6 ‑ 1 9UWG) , WRP2 00 5, 552 , 5 55;Tor s t e 7 1No a h, We t t be we r bs ne ut r a l eAbs i c ht e nund§1 7UWG, wi s t r a2 0 0 6 , 2 4 5 , 2 4 7 f . なお, No a kは ,UWGによって保護される公共の利益を,公正な競争に限定すべ きであ

ると主張する。

5 9 )He i 7 ml c hHub ma7 1 7 l ,Ge we r bl i c he rRe c ht s s c hut z( Pa t e nt ‑ , Gebr a uc hmus t e r ‑ , Ge s c hma c ks mus t e r ‑ , Wa r e nz e i c he n‑undWe t t b e we r bs r e c ht ) , 2 . Au f 1 . ,1 9 6 9 , S. 4 0 f . 6 0 )フイケンチャー ・前掲注 ( 2 8 ) 2 3 8 頁以下./ ト野 ・前掲注( 7 1 1 1 7 頁以下 も参照。

61 )Ar i a 7 1 S , a . a . 0 . , S. 3 41 は ,Fi ke nt s c he r の見解を無体財産権説に分類する.

6 2 )Hel mutKbhl er ,Baumbach/Hef er mehl/K6hl er/Bor nkamm,Wet t ‑

b e we r b s r e c ht , 2 3 . Au f 1 . , 2 0 0 4 , Vo r§ §1 7 ‑1 9UWG, Rn. 4 .

(19)

に保護す ることはノウ ・ハ ウの創造及び利用 を奨励 し,且つ公共の利益 におい て競争 を促進 させ ることか ら,保護法益 は,経営者の利益だけでな く競争秩序 で もある, とする。 また,Ar i a ns 63) は,UWGの刑事罰規定は,統一的な利益 を保護 しているのではな く,不正競業行為 によって公共の利益が侵害 されてい るか或いは個別の競業者の個人的な権利領域のみが侵害 されているかによって 異 なる利益の保護 を 目的 と していると した上で,UWG1 7 条以下の保護法益 は, 企 業 が 有 す る無 体 財 産 権 及 び 一 般 公 衆 の利 益 で あ る と解 して い る。 ま た,Ti ede ma nn 64) は,不正競争 を経済秩序原理 に支配 された システム として の経済制度それ 自体 を破壊する行為 と捉 え,企業の個別的な利益 を超 えた保護 法益 を定立 し,その上で,UWG1 7 条以下の規定 は,個人的な無体財産権 と並 んで, このような超個人的利益 をも保護 している, とす る

なお,不正競争法 自体の保護法益 については,個人的法益及び公正な競争秩 序 とい う社会的法益 の他 に,消費者保護の観点を考慮す る見解 も少 な くない。

しか しなが ら,営業秘密侵害行為は,例 えば商品等主体混同行為 ( 不正競争防 止法 2 条 1 項 1 号)の ように直接 的に消費者 に影響 を与 える行為ではないか ら, 消費者の利益 は,少 な くとも営業秘密侵害罪の保護法益 としてほ取 り込む必要 がない と考えられる

3. 営 業秘 密侵 害罪 の保 護 法益

以上の考察を踏 まえて,本章では,営業秘密 を侵害す る罪の保護法益 を如何 に構成 してい くべ きかを検討 してい くが,その前 に, まず本罪の客体である営 業秘密の性質を確認 してお くことにす る。保護法益の構成 を論 じるにあたって は,営業秘密が,刑法典 においては基本的に保護の対象 とされていない 「 情報J

6 3 )Ar i a 7 1 S ,a . a . 0. , S. 3 4 3 .

6 4)Kl ausTi e de ma7 1 7 l ,We l c hes t r a f r ec ht l i c he nMi t t ele mpf e hl ens i c hf t i re i ne

wi r ks amer eBe ka mpf ungderWi r t s c ha f t s kr i mi na l i t at ?Gut ac ht enCz um49 .

De ut s c he nJ ur i s t e nt a g ,1 9 7 2 , C2 1 .

(20)

であること,及び,営業秘密 に対する法的保護は知的財産保護制度の一環 とし て導入 されたことに留意す る必要があるか らである。但 し,営業秘密の要件, 即 ち,ある企業が保持する情報が営業秘密であると認め られるための具体的な 要件は, ここでの検討対象ではない。 なぜ な ら,それは本罪の保護法益 の理解 か ら導 き出されるべ きものだか らである

( 1 ) 営業秘密の性質

営業秘密 とは,「 事業活動 において用い られる技術上叉は営業上の秘密」で ある。そ して,「 秘密」 とは,秘匿されている 「 情報」である

「 情報」の特徴 65) は,第‑ に,それ 自体 は形 を持たない ( 無形性) とい う 点 にある。 したがって,情報その ものは,有体物 を保護客体 とする刑法上の財 産罪 による保護の対象ではない。 しか し,例 えば,紙 に印字する,デジタル信 号や音声 によって CD 等の記録媒体 に記録する, といった方法 によ り媒体 に化 体 させ られることで,情報 は有体物 と一体化する。有体物 に化休 した情報は, 媒体 と一体 となって財産罪の客体 とな り得 る。 したがって,無体物である営業 秘密は刑法上の財産罪 による保護 を受 け られないが,一旦有体物 に化体す ると, その保護の対象 となるのである。 また,特 に営業秘密 に関 しては,例 えば,開 発途中の新薬,試薬,製品の原材料等のように,有体物その ものが情報である 場合があ り得 る

第二 に,情報は複製可能であ り,複製 されて も,情報 自体が摩滅 した り破壊 された りすることはない。 また,ある者が情報 を保持 ・利用 していて も, この ことは他 の者の保持 ・利用 を排 除 しない。 したが って, 自らの持つ情報が他人 によって不正 に取得 された として も, このことが当該情報の利用可能性 を失わ せ ることはない 。A の保持 している営業秘密 を B が不正 に取得 し,利用 した と して も ,Aの元か ら当該営業秘密がな くなるわけではな く ,Aのみな らず Bも

65) 営業秘密に限らず,競争における情報の性質について,稗貫俊文 「 情報をめぐる

競争と法」根岸哲ほか 『 現代経済法講座 9 通信 ・放送 ・情報と法 』 ( 1 990年)2 80

頁以下参照。

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またこれを保持 ・利用 し得 ることになったに過 ぎないのである。そ して, この ような性質を有するが故 に,複製 された情報の他 人による知得 を妨 げる障碑が ない場合 には,「 ただ乗 り ( フリー ・ライ ド ) 」が起 こ りやすい。

第三に,情報が一旦他の者の手 に渡 って しまえば, もはや これを取 り戻す こ とはで きない。なぜ な ら,一度情報 を知 って しまえば,元の状態,すなわち情 報 を知 らない状態 に戻す ことは不可能だか らである ( 不可逆性)

さらに第四に,ある者が保有する情報の価値は,その昔の持つ情報の量や質 だけでな く,他者が保有す る情報の量や質に も依存する,相対的な価値である 場合があ る 66) 。 この ことは,特 に営業秘密 に当てはまる。後述す るように, 営業秘密 は, これを秘匿 して独 占的に利用することで,その保有者 に価値 ・利 益 をもた らすのである

ところで,かつて,営業秘密 に対する法的な保護 を認めることについては,「ノ ウ ・ハ ウの保護 によって,技術 を秘密 に独 占 しようとい ういわば中世へ の逆戻 り的欲求が過度に強 ま り,技術 の公開を条件 とす る特許出願 を避ける傾向が出 て特許制度 を危 うくするおそれ もあることに注意す る必要がある 」67) といった 指摘がなされていた。そこでは,特許権 を始め とする知的財産権制度 と営業秘 密保護 とは,相容れない ものであると考えられていたようである

しか し,営業秘密 は知的財産の一角 を成す ものである 。 2002 年 に制定 された 知的財産基本法は,知的財産を 「 発明,考案,植物の新品種,意匠,著作物そ の他の人間の創造的活動 によ り生み出される もの,商標,商号その他事業活動 に用い られる商品又は役務 を表示する もの及び営業秘密その他の事業活動 に有 用 な技術上又は営業上の情報」と定義 している ( 2 条 1 項)。したが って,「『 営 業秘密 とい う特定の知的財産に関 して法令 に定め られた権利』である営業秘密 に係 る権利」 もまた,知的財産権である 68)。

知的財産権 は,知的財産 に係 る情報のフリー ・ライ ドを防止するための制度

66) 稗貫 ・前掲注 ( 6 5 ) 283 頁.

67) 豊崎光衛 『 工業所有権法 〔 新版 ・増補〕 』 ( 1980 年) 8 頁。

68) 永野周志ほか 『 営業秘密と競業避止義務の法務 』 ( 2008 年) 7 頁。

(22)

である。既 に述べた ように,情報 は,その知得 を妨 げる物理 的な障椋が ない場 合 に, フリー ・ライ ドが起 こ りやすい とい う性質 を有す る。 しか し,情報の フ

リー ・ライ ドは,情報の生産者 に情報生産 コス ト ( 時間,労力及び資金) を回 収 す るこ とが で きない とい う不利益 を もた らす 69) 。 フ リー ・ライ ドを防止す るための方法 には,( 訓 育報利用 の前提 条件 である情報が知得 される状態 を阻止 す る方法,及 び②知得 された情報 の利用行為 を禁止す る方法 があ る 70) , とさ れている。前者か らは情報 の探知,開示及 び取得行為が,後者か らは知得 した 情報の利用行為が禁止 され ることになろ う。言 うまで もな く,営業秘密保護制 度は前者 の,そ して特許権等の公 開型 の知 的財産権保護制度は後者 の発想 に基 づ いてい る。但 し,営業秘密 もまた,一旦知得 されて しまえばこれ を取 り戻す ことが不可能であるため,知得 された情報 の フリー ・ライ ドを阻止す るには, 知得後の利用行為 を禁止す る しかない 71) 。 したが って,営業秘密保護制度 は, 両方の手段 を併用 している とい うことがで きる

( 2) 公益 ない し社会的法益の保護

それでは,上記の ような性質 を有す る営業秘密 に対す る行為 は,如何 なる法 益 を侵害す る行為 であ る と考 え られ るべ きであろ うか。 まず,本節 では, 「 公 正 な競争秩序」或いは 「 競争秩序の維持」 といった公益 ない し社会的法益 を, 営業秘密侵害罪の保護法益 とす ることの是非 について検討す る

既 に見 たように,社会的法益 を考慮す る見解 は,営業秘密侵害罪が事業者の 個 人的な利益 だけでな く事業者 間の公正 な競争 を も保護法益 とす る不正競争防 止法 に規定 されてい る点 を重視 してい る。 この ような理解 は,平成1 5 年 ( 2 0 03 年) の同法改正以前 にな されていた立法提案 において も見 られ, 「 法益 は‑私 企業 を超 えた社会公共的性格 を有す る ものである以上,訴追の可否 をその企業

69 ) 永 野 ほ か

前 掲 注

1 5 頁 。

的財 産 権 と不

争 防

止 法 と

の 関

係 につ いて は ,田

村 ・ 前 掲 注 ( 4 7 ) 27 頁 以

も 参 照 。

70 ) 永 野 ほか

前 掲

1 8 頁。

7 1 ) 永野 ほか

・前

掲 注

1 8頁 。

(23)

に委ね るべ きで はな く,従 って本罪 を非親告罪 とす るのが論理 的 とい うこ とに なろ う 」7 2 )と論 じられていた。

しか しなが ら, ドイツ UWG22 条が例外 的 に刑事 訴追官庁 の権 限 に よる介入 を認 めてお り, この ことか ら, 同法 1 7 条以下が社 会的法益 を保護 してい ること は否定 し得 ない と指摘 されてい るの とは対照 的 に, 我が 国の不正競争 防止法 は, 営業秘密侵害罪 を例外 な く親告罪 と して規 定 してい る。 これ は,刑事手続過程 において さ らな る営業秘密漏洩 の危 険があ る ことか ら,訴追 を被害者 であ る営 業秘密主体 の意思 にかか らしめ る趣 旨であ る 7 3) ,と説 明 されてい る。ここでは, 競争秩序 とい う公益 は,被 害者 であ る事業者 の個 人的利益 の背後 に大 き く退 い てい る。仮 に社 会的法益 を考慮 す る と して も,少 な くと も第一次 的 な法益 は個 人的法益 であ る と解 きざるを得 ないのであ る 74)0

また,営業秘密侵 害罪 が親告罪 であ る こ とをひ とまず置 くと して も, 「 公正 な競争秩 序」或 いは 「 競争秩序 の維持」 を保護法益 とす るこ と自体 に疑 問があ る。 「 競争秩序 の維持」 を保護法益 とす るこ とに対 して は既 に, 「 個 人の法益 , 権 利 の侵 害 とい う結果無価 値 よ りも公正 な競争秩 序 の維持 をはか る とい う観点 を重視す る ものであ るため,行為態様 に重 点が置 かれ る こととな り , 法益侵害 が暖味 にな るおそれがあ る 」7 5 ) との批判 が加 え られてい る。不正競争 防止法21 条 1 項 1 号か ら 6 号 に定め られた営業秘密侵害罪 の中心 とな る行為 は,他 人の 72) 加藤 ・前掲注 ( 1 0 ) 企業秘密 303 頁。

73) 山下ほか ・前掲注 ( 11 1 1 頁。

7 4)なお,不正競争の民事的救済に関 して,不正競争防止法が私法的構成 を採 り,刺 裁手段の行使は私人の自由に委ね られているのであるか ら,不正競業法の保護法益 を個人的な法益 と解すべ きである, との見解が主張 されている ( 蒲田 ・前掲注 ( 3 5 ) 1 4 頁以下) 。 この点について,公益 を重視する立場か らは,不正競業法の構成が私法 的であ り,その採用する制裁が私人による権利の行使の形をとっていることは不正 競業法の本質をなさず,私人が不正競争の差止め等 を請求する権利は当事者適格の 問題に過 ぎない ( 豊崎光衛 「 商号 と商標の保護の交錯」学習院大学法学部研究年報

Ⅰ ( 1 9 6 5 年) 6 9 頁以下),と説明されている。

7 5 ) 斉藤豊治 「 営業秘密 と刑事法 ‑ 序論的考察 ‑ 」刑法雑誌 3 2 巻 1 号 ( 1 9 91 年)

7 6 頁。山口厚 「 営業秘密の侵害 と刑事罰」 ジュリス ト 9 6 2 号 ( 1 9 9 0 年) 5 0 頁及び荒

川雅行 「 情報 と財産犯」阿部純二ほか編 『 刑法基本講座 ( 第 5 巻)財産犯論』 ( 1 9 9 3

年) 4 9 頁 も参照。

(24)

営業秘密 の使用及 び開示 であ る。 しか し,仮 に, 同罪が 「 競争秩序 の維持が破 られ るこ と」 を問題 とす るのであれば,営業秘密 の探 知行為 もまた処罰 され る べ きこ とにな りは しないだ ろ うか 76) 。 実 際 に,かつ て財 産 的情 報 の刑 法 的保 護 につ いて不正競争 的構 成 を提 案 し, 「 競争秩 序 の維持」 を重視 していた論者 等 は,探 知 ( 及 び漏示) を違 法行為 の基 本型 と して いた ので あ る 77) 。競 業者 が他 人の営業秘密 を現実 に入手せず と も,不正 に入手すべ く行為 した時点で, 既 に 「 競争秩 序」 は侵 害 されてい る と も考 え られ るか らであ る。 「 公正 な競業 秩 序」 とい う法益 か らほ,如何 なる行為が法益侵 害であ る と解 され るのかが不 明であ る と言 わ ざる得 ない。

そ こで問題 となるのが,法益 としての 「 公正 な競争秩序」 とは何 か, とい う こ とであ る。 ところが , 「 公正 な競争秩 序」或 い は 「 競争秩 序 の維持」 を保護 法益 として挙 げ る論者 も,その内容 を明 らか に して はいない。また,「 競争秩序」

は刑法 96 条 の 3 の入札 妨 害罪 (1項) 及 び談合罪 ( 2 項),並 び に,独 占禁止 法上 の犯罪 ( 例 えば,89 条 1 項 の私 的独 占及 び不 当な取 引制 限罪) にお いて も 問題 とな り得 るが,法益 と してのそれ につ いて,刑事法 にお いては未だ 自覚 的 な議論が十分 にな されてい る とは言 えない。

この よ うな中で,保護法益 と しての 「 競争秩序」 の内実 を明 らか にす る試み と して,伊東研祐 78) の見解 が注 目に値 す る。伊東 は まず , 「 法益 は 『 犯罪行為

7 6 ) 鈴木 ・前掲注 ( 1 1 3 2 頁は,不正競争防止法の営業秘密侵害に関する諸規定は,立法 提案の不正競争的構成 と財産罪的構成の うち,前者 を採用 したようにも見えるが,

「 いわゆる探知行為 といった ものを直接の処罰行為 としているわけではない」, と 指摘する。

7 7 )加藤 ・前掲注( 1 0 ) 企業秘密 ( 二) 3 0 2 頁は,企業秘密は,この ような構成 を採 る場 合には , 「 漏示や探知 という不公正な手段 を用いることこそが正に違法行為の中核 をなす」 としていた ( 同 ・前掲注( 1 0 ) 再論 1 2 5 頁 も見よ) .佐久間 ・前掲注 ( 5 ) 21 6 頁 も,

「 企業秘密が競業者によって不法に侵害される場合,最終的には当該情報の利用が 目標であっても,犯罪構成要件 を設ける上では,通常,窃用に先立ってなされ, し か もその違法性 を根拠づける探知行為 を,基本形態 とせ ざるをえないであろう」 と する。板倉 ・前掲注 ( 9 1 3 0 6 頁以下 も参照。

7 8) 伊東研祐 「 保護法益 としての 『 競争秩序 』 」北大法学論集5 6 巻 3 号 ( 20 05 年)2 91

頁以下。

(25)

時 において現 に存 在す る』状態」 でなければな らず, また, 「 公正 であ る」 と い うこ とは刑事法或 い は法益全体 に とってあ ま り意味 を持 た ない こ とを確認

し,その上で,法益 に客体性或 いは因果的対称性 を要求す る 「 因果 的構成」 を 採 るな らば,保護法益 としての 「 公正 な競争秩序」 とは,「『 我が国の市場経済 の中で歴 史的に生 じ展 開 して きた,犯罪行為時 において硯 に存在 している』『 競 争が行 われている状態 』 」その ものであることになる,とす る。そ して,「 競争」

を, 「 事業者 間において行 われ る,各 自の提供す る商品や役務 の優 劣 ない し需 要者購 買度の競い合 いを通 じて,その事業 の発展 ・成長 を促 すための対抗 的な 活動」 と定義 し,上記 の ような法益 の内実 は,結局の ところ, 「 我が国 にお け る自由な市場 の形成 ・維持 を果 た している対抗 的事業活動の総体 ・全体」であ るとす る

「 競争秩序」の この ような理解 自体 は首肯 し得 る。 しか しなが ら, この よう に定義 した場合であ って も,や は り 「 公正 な競争秩序」 を保護法益 とし, これ を害す る行為 を刑事罰の対象 とす ることはで きない と思 われ る。論者 自身が指 摘 してい るように, 「 法益 としては, なお 中間的な もの に留 まって」お り, こ の ような法益 の理解 か ら構成要件の内容 を規定す ることは困難であ るか らであ る 79)0

また,仮 に 「 公正 な競争秩序」 とい う保護法益 の内容が明 らかであるとして ち,営業秘密侵害行為 による競争秩序 の侵害は,あ ま りに も間接 的 に過 ぎるの ではなか ろ うか。例 えば商品等主体混同罪 ( 2 条 1 項 1 号,21 条 2 項 1 号)は, 周知の他 人の商品ない し営業表示 と同一又 は類似す る表示 を用いることによ り 混 同を生 じせ しめる行為であるが,営業秘密侵害行為 と同様 に,他 人の成果 ( こ こでは他 人の信用) にフリー ・ライ ドす る行為であると言 える。 ところが,商 品等主体混 同行為 は,他 人の成果 を侵害す るだけでな く,取引の相手方や消費 者 に混乱 させ,「 表示が特 定の者 を示す機能 を失い取引秩序 の維持が図 られな

くなる 」 80) とい う結果 を もた らし得 る

79)伊東 ・前掲注 ( 7 8 ) 295 頁

80) 田村 ・前掲注 ( 4 7 ) 35 頁.

参照

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