有価証券に関する民法の一般規定について
著者 来住野 究
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 110
ページ 35‑59
発行年 2021‑01‑25
その他のタイトル General provisions on negotiable instruments of value in the Civil Code
URL http://hdl.handle.net/10723/00004040
有価証券に関する民法の一般規定について
来住野 究
1 はじめに
平成 29 年改正民法は,いわゆる証券的債権に関する規定(旧 469〜473 条,86 条 3 項,363 条・365 条)を削除する一方,520 条の 2 以下において,指図証券・
記名式所持人払証券・記名証券・無記名証券とに区別した上で,有価証券一般 に適用される通則規定を新設し,併せて従来商法に置かれていた有価証券に関 する通則規定(517〜519 条)を民法に移動した。それに伴い,従来の「指図債権」
「無記名債権」という語は用いられなくなり,これらは証券の側面から規定さ れる一方,有価証券化されない債権の譲渡についても,「指名債権」という語 は用いられなくなった。
本稿では,商法・会社法との関係も考慮しながら,有価証券に関する民法の 一般規定の妥当性を検証するとともに,若干の立法技術的な問題点にも言及し たいと思う。
2 有価証券に関する一般規定を民法に置いたことの当否
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) 有価証券に関する一般規定創設の経緯と評価改正民法が有価証券に関する一般規定を新設したのは,従来の証券的債権の 規定は有価証券法理との整合性に問題があり,民法の証券的債権に関する規定
はその存在意義が乏しかったからにほかならない。民法 469 条以下は指図債権 について定めるとともに,無記名債権についてはこれを動産とみなして(民 86 条 3 項),動産の譲渡に関する規定を適用することとしていたが,これらの証 券的債権の譲渡は,意思表示のみでなしうるものとし,指図債権については証 券の裏書交付を(民 469 条),無記名債権については証券の交付(引渡)を(民 178 条),債務者その他の第三者に対する対抗要件としているところ,有価証券 法理においては,証券の裏書交付または単なる交付は譲渡の成立(効力)要件 であると解されており,齟齬が生じていた。そのため,証券的債権は,指名債 権と有価証券の中間に位置するかのように説明されてきたが(1),他方では,証 券と権利が結合したものであるとも説明され(2),有価証券との違いが明確でな かったため,かかる規定を民法に存置させておくことには批判が強かった(3)。 これに対しては,民法の指図債権に関する規定は,梅謙次郎博士が,物権変動 との体系的整合性を図るために,フランス法の意思主義・対抗要件主義に基づ き,商法上の証券をも想定してそれに理論的な基礎を提供するものとして起草 したものであり,証券の裏書交付は譲渡の意思表示と同時になされるのが通常 であるから,直ちに不都合な問題を惹起するわけではないとの肯定的な評価も あった(4)。
思うに,証券的債権は譲渡の効力要件が異なることのみをもって有価証券と 区別し,かかる証券的債権なる正体不明の概念を前提として,民法 469 条以下 の規定を存置させることは有害無用であろう。従来の証券的債権に関する規定 は,証券と権利の結合が弱かったために,有価証券法理との整合性は欠いてい たが,他方で,物権変動・(指名)債権譲渡の規定との整合性はあったし,こ れを有価証券に適用しても実際上の不都合はなく,むしろ株券発行前の株式譲 渡について後述するように,有価証券法理を貫徹できないいわばすき間を埋め る規定としての存在意義はあった。これに対して,有価証券法理に純化した規 定を設けることは,証券と権利の高度な結合を前提とした解釈・適用が要求さ
れることになる。
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) 有価証券に関する民法の一般規定と商法 501 条 4 号の関係有価証券に関する一般規定を民法に設けた理由は,国立大学法人等債券・社 会医療法人債券など,商行為によらない有価証券が登場してきているので,こ れらをも規律の対象とすることにある(5)。これに対して,「有価証券の譲渡一 般については,きわめて商的色彩が強いので,民法典ではなく,商法に規定す るのが適切である」との意見もあった(6)。また,有価証券の共通規定を設ける 必要性は古くから主張されており(7),昭和 25 年の私法学会商法部会では,小 町谷操三教授から有価証券法私案が提出されて議論されたが(8),それは商行為 法の改正案であった。
有価証券に関する一般規定を民法に置くことについては,商法 501 条 4 号と の整合性において問題が残る。なぜなら,同号は商業証券に関する行為を絶対 的商行為としているが,ここでいう商業証券が有価証券と同義であれば,有価 証券上の権利の変動をもたらす行為はすべて商行為となり,有価証券に関する 一般規定は当然に商法に置かれるべきことになるからである。商業証券の意義 については,商取引に利用される有価証券(さらには広く有価証券一般)を意味 すると解するのが通説であり(9),その根拠が,権利を証券に化体して流通せし めることは企業取引に特有の法技術であって商的色彩が強いという点に求めら れるのであれば,有価証券は商法の規律対象にふさわしい(10)。他方で,商業証 券に関する行為を絶対的商行為としたのは有価証券に関する商法の規定を適用 するためにすぎないとすれば(11),平成 29 年改正によりこれらの規定を民法に 移動した以上,商法 501 条 4 号を維持しておく必要はなくなり,同号は当然に 削除されるべきであったことになる。まして,実質的意義の商法に関する企業 法説によれば,有価証券に関する行為の商行為性は企業概念から本質的に導か れるものではないが,これは絶対的商行為全般にいえることであり,立法論と
しては絶対的商行為という類型自体を維持すべきかが検討されるべきであるか ら,あえて 4 号のみに手をつけることはしなかったということであろうか。
これに対して,商法が有価証券と商業証券とを使い分けている以上,両者の 意義は別異に解すべきであるとして,商業証券を㋐金銭その他の物または有価 証券の給付を目的とする有価証券(12)(旧商 518 条・519 条参照),㋑金銭の支払を 目的とする流通可能な信用証券(13),㋒商行為から生じた債権を表章する有価証 券(14),㋓投機行為の対象として予定されていなかった有価証券(15)と解する見 解も主張されている。
これらの見解のうち,㋐の見解では,役務を目的とする有価証券が除外され るにすぎない点で範囲を限定する実益が乏しく,㋑の見解は,商法 530 条の商 業証券の意義とは調和しやすいが,物の給付を目的とする有価証券(物品証券:
倉荷証券・船荷証券)が除外されてよいのか疑問が残るし,いずれの見解もなぜ そのように限定された証券に関する行為のみが商行為とされるのかが明らかで ない。㋒の見解については,手形は原因関係上の債権を表章するものではない し,原因関係も商行為に限らないため,この見解によれば商業証券の代表例で ある手形が含まれないことになってしまう。㋓の見解については,1 号が売買 契約を対象としているのに対して,4 号は証券上の権利の譲渡のみを対象とし ているわけではないから,投機性の有無によって 1 号の有価証券と区別するこ とには疑問が残る。
そもそも,商業証券という語が用いられているのは,商法 501 条 4 号と 530 条のみである。商法 501 条 4 号にいう商業証券に関する行為とは,手形の振出・
引受・保証・裏書など,証券上の権利の変動をもたらす行為をいい(16),530 条 にいう商業証券により生じた債権とは,証券に表章された債権ではなく,手形 割引における割引代金債権などを意味すると解されており,両規定に共通する 商業証券の要素を抽出できるのか疑問である。㋑の見解は,現行商法 501 条に 相当する明治 32 年商法 263 条の立法過程において,信用証券→手形その他の
指図債権→手形その他の商業証券と文言が変遷した点に着目するが,商業証券 の文言が採用された理由も明らかではないため,立法の経緯は決め手にならな い。果たして商業証券なる語が何らかの積極的な意義をもって用いられたのか ということ自体が疑わしい。旧商法 517 条〜519 条にいう有価証券には商業証 券も含まれるが,証券に関する行為が商行為でなければこれらの規定を適用で きないわけではないため,商業証券の範囲は有価証券の範囲と一致しなくても よい。商法 501 条 4 号は事実上空文化しているため,商業証券の意義を確定す る実益は乏しいが,商業証券に関する行為を商行為とする意義は商行為に関す る商法の通則規定を適用することにあり,特に商行為によって生じた債権の担 保に関する規定の適用に実益があるため,金銭債務を生ぜしめる証券上の行為 に限定してよいのではないかと思われる(17)。このように商業証券の意義を限定 的に解すれば,民法上の有価証券の存在は否定されないため,有価証券に関す る一般規定が民法に置かれていても,商法 501 条 4 号とは矛盾しないことになる。
本来民法の証券的債権の規定は商法上の有価証券をも含む有価証券一般の共 通規定として起草されたものであるし(18),現に学校債のように民法のみが適用 される有価証券が存在しうる以上(19),有価証券に関する一般規定を民法に置い たこと自体に問題はないと考える。
3 有価証券の定義規定の要否と記名証券の位置づけ
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) 有価証券の定義規定の要否改正民法は,特定の見解に基づいた定義を設けることにより概念を固定すべ きではないとして(20),有価証券の定義規定を設けなかった。
有価証券の定義については,特に有価証券の機能としてその流通と権利行使 のいずれを重視するかによってその本質的要素の理解が異なることとなり,学
説上盛んに議論されてきたことは周知の通りである。
かつては,有価証券とは,「財産的価値のある私権を表章する証券であって,
権利の発生・移転・行使の全部または一部に証券を要するもの」と定義されて いた(21)。この定義のうち,有価証券が財産的価値のある私権(財産権)を表章 するという点については異論がない。しかし,有価証券のうち,権利の発生に 証券の作成を要するものは手形・小切手のみであり,しかもこれらは権利の移 転及び行使も証券によってなされることを要するため,権利の発生についての み証券を要する有価証券は存在しない。したがって,権利の発生に証券を要す るということを有価証券の定義の要素とする必要はない。
そこで,現在では,有価証券を「権利の移転(譲渡)または行使に証券を要 するもの」と定義するのが通説的見解である(22)。これに対して,有価証券を「権 利の移転(譲渡)及び行使に証券を要するもの」と定義する有力説がある(23)。 しかし,有価証券に分類される証券の中には,必ずしもこの定義にあてはまら ないものがある。それは株券と記名証券である。株式会社では定款の定めに基 づき株主たる地位(株式)を表章する証券として株券が発行されるが(会 214 条), 会社設立または新株発行の際に株式を引き受けて原始的に株主となった者は,
株券によらずに株主としての権利を行使することができるし,株券の交付によ り株式を譲り受けた者としても,いったん株主名簿の名義書換を済ませておけ ば,以後株券の提示を要することなく株主名簿上の記載に基づいて権利行使す ることができる。したがって,株券においては,必ずしも権利の行使に株券の 提示を必要としない。一方,指図禁止手形(手 11 条 2 項)のような記名証券は,
債務者の知らないところで流通することは予定されておらず,実質的には権利 の行使だけを目的とする証券にすぎない。特に英米法における流通証券
(negotiable instrument)の考え方に基づきその流通性を重視する見解によれば,
記名証券を有価証券に含ましめることには抵抗がある(24)。通説が有価証券を
「権利の移転または行使に証券を要するもの」と定義するのは,有価証券の中
に株券と記名証券を含ましめようとするからにほかならない。
しかし,このような学説上の議論にもかかわらず,有価証券を定義すること にはほとんど意味がなかった。というのも,有価証券であるからといって,そ こから特定の法律上の効果が出てくるわけではないからである。ある特定の性 質を有する証券を集めて,その集合の総称を有価証券と称するにすぎない。す なわち,有価証券の意義は,どのような基準を設定すれば,最も合理的に証券 を分類することができるかという分類の問題にすぎなかったのである(25)。 改正民法の下では,有価証券の意義はある証券に 520 条の 2 以下の規定が適 用されるか否かの基準となるため,定義規定を設けることには相応の意味があ るが,いずれの見解を採用しても,規律対象の過不足や規律内容との整合性が 問題となるおそれがあるため,有価証券の意義・範囲は解釈に委ねておくこと が無難である。
ただ,改正民法では記名証券に関する規定が設けられていることに鑑みれば,
有価証券の意義については一応通説の立場を前提としているのであろう。しか し,記名証券については,特に証券上の権利の譲渡における証券の交付の効力 要件性をめぐって,有価証券といえるのかについて議論のあったところである。
そのため,改正民法における記名証券の位置づけについて検討する必要がある。
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) 記名証券の位置づけ改正民法は,新たに記名証券につきその譲渡・質入れの方法と証券喪失時の 措置について規定を設けた。すなわち,記名証券は,債権の譲渡または質入れ の方式に従い,かつその効力をもってのみ,譲渡または質入れすることができ る(民 520 条の 19 第 1 項)。また,公示催告手続(非訟 100 条以下)によって無効 とすることができ(民 520 条の 19 第 2 項・520 条の 11),金銭その他の物または 有価証券の給付を目的とする記名証券を喪失した場合において,公示催告の申 立をしたときは,その債務者に,その債務の目的物を供託させ,または相当の
担保を供して記名証券の趣旨に従い履行をさせることができる(民 520 条の 12)。
かかる規律の立法理由については,記名証券の譲渡・質入れの効力要件・第 三者対抗要件については複数の見解が有力に主張されているため,特定の見解 を採用しないことを前提に,手形法 11 条 2 項と同様の表現をとりつつ,指図 証券・記名式所持人払証券・無記名証券と異なり,権利推定・善意取得・抗弁 の制限に関する規律を設けないことにより,その法的性質を明らかにし,その 上で記名証券の公示催告手続に関する規律を整備することとしたと説明されて いる(26)。公示催告手続によって無効とすることができる証券は法令の規定に よって定められたものに限られるところ(平成 23 年改正前非訟 156 条,現 114 条), 記名証券はその対象から除外されていたため(平成 29 年改正前民法施行法 57 条), 記名証券にも公示催告手続に関する規定を設けるべきニーズはあったが,その 規定のみでは,善意取得等の有価証券法理の適用がないという特徴的な性質さ えも明らかにならないため(27),1 項が置かれるに至った。
しかし,そもそも記名証券について規定を設けること自体に疑問がある(28)。 記名証券の例として挙げられるのは,指図禁止手形・指図禁止倉荷証券(商 606 条但書)・指図禁止船荷証券(商 762 条但書)である。これらは,法律上当然 の指図証券とされている法定の有価証券についてその流通性を制限したもので あって,手形・倉荷証券等に認められる固有の効果(手形訴訟制度・引渡証券性等)
は享受したいが,高度の流通性に伴う不都合(人的抗弁の切断・善意取得等)は 回避したいというニーズに応じたものである。むしろ,指図証券性を排除した 証券の機能を捉えて,記名証券という類型を設けているにすぎないようにも思 われる。記名証券としてこれらが想定されるにすぎないのであれば,手形法 11 条 2 項に相当する規定を倉荷証券・船荷証券についても設ければ足りると ころ,民法に記名証券に関する一般規定を設ける意味は,任意の記名証券が発 行される可能性を考慮しているからである。記名証券にあたるか否かは証券上
の記載(証券発行における意思表示の内容)または慣習によって決まると思われ るが,単に権利者が証券に記載されていれば記名証券となるわけではなく,証 拠証券との区別は必ずしも明らかではない。記名証券は権利の行使に証券を要 するものである以上,権利者の記載に加えて,少なくとも提示証券性または受 戻証券性を示す文言が証券に記載されていることが記名証券の要素となると解 される(29)。改正民法では,記名証券は私人間の合意によって作成できることを 前提としているが(30),任意の記名証券を想定する実益には疑問が残る。
記名証券に関する一般規定を設ける必要性があるとしても,上記立法理由に も示されているように,記名証券の譲渡の効力要件・第三者対抗要件について は,特に指図禁止手形の譲渡方法をめぐって,学説上争いのあったところであ る。すなわち,㋐譲渡の意思表示のみが効力要件であり,指名債権譲渡の対抗 要件を要するとする見解(31),㋑証券の交付が効力要件であり,指名債権譲渡の 対抗要件を要するとする見解(32),㋒証券の交付のみで足り,指名債権譲渡の対 抗要件を要しないとする見解(33)が対立していた。㋒の見解は,証券の交付さ えあれば二重弁済・二重譲渡のおそれはなく,指名債権譲渡の対抗要件を要求 する実益がないことを理由とするが,手形法 11 条 2 項の文言には明らかに反 するし,無記名証券と同様の方法で譲渡されながら善意者の保護が認められな いような類型の証券を認めることの妥当性に疑問が提起されていた(34)。改正民 法は,この見解を採用しなかったことは明らかであるが,証券の交付を効力要 件とするかについては解釈に委ねたのである。
改正民法が従来の証券的債権の規定を廃止して新たに有価証券に関する一般 規定を新設した理由は,有価証券上の権利が譲渡の意思表示のみで移転するの はおかしいという問題意識に基づくものであるから,記名証券についてもその 譲渡には証券の交付を要しなければ,論理が一貫しないように思われる。それ にもかかわらず,改正民法が証券の交付を記名証券上の権利の譲渡の不可欠の 要件としないのは,記名証券は,権利の行使に証券の提示が必要とされ,権利
行使の場面では有価証券としての性質を有するということを前提としているか らにほかならない(35)。証券喪失の場合に公示催告手続の利用を可能にする規定 を設けたのも,記名証券は少なくとも権利行使には証券を要するからである。
記名証券は権利行使に証券を要するにすぎないとすると,その属性は指図証 券・記名式所持人払証券・無記名証券とは類型的に異なることになる。すなわ ち,指図証券・記名式所持人払証券・無記名証券は譲渡方法(権利者の指定方法)
に関する区別である。指図証券は,証券に記載された特定の者またはその指図 人を権利者と指定するものであり,新たな権利者の指図は裏書という方式を もってなされるため,証券上の権利の譲渡は証券の裏書交付を効力要件とする。
記名式所持人払証券は,証券に記載された特定の者または証券の所持人を権利 者と指定するものであり,無記名証券は,証券の所持人を権利者として指定す るものであり,いずれも証券の所持が権利者となるための要件であるから,証 券上の権利の譲渡は証券の交付を効力要件とする。これに対して,記名証券は,
特定の者が権利者として記載されているにすぎないため,新たな権利者の指定
(証券上の権利の譲渡)が証券と結びつけられておらず,記名証券は証券上の権 利に対して行使方法に関する属性を付与したにすぎないこととなる。記名証券 は,指名債権につき証券上で特定の権利者を指定したものにすぎないため(指 名債権においては,口頭による権利者の指定も含む),その譲渡の方式・効力は民法 上の(指名)債権譲渡の方法によることになる。ただし,記名証券の債務者は,
証券を所持していない者に対して弁済する必要がないだけでなく,弁済しても 免責されないため,譲受人としては,証券の交付さえ受けておけば,債務者へ の譲渡通知がなされていなくても,譲渡人への弁済によって自己の権利を失う おそれはないという安全機能がある(36)。
では,記名証券は,権利の行使にのみ証券の提示を要するにすぎず,証券の 交付は権利の譲渡の効力要件ではないと解すべきなのであろうか。確かに,対 抗要件は権利の譲渡自体は意思表示のみをもってなしうることを前提とするか
ら,記名証券上の権利の譲渡も意思表示のみで効力を生ずることになりそうで ある。しかし,権利の行使に証券の提示を要する以上,譲受人としては証券の 交付を受けることが不可欠であるから,その位置づけが問題とならざるをえな い。記名証券上の権利の譲渡は準物権契約であるから,その効果として対抗要 件の具備とは無関係な証券交付請求権という債権が生ずると解する(37)のは,
準物権契約の本質に反するように思われる。この点については,記名証券は権 利の譲渡においては証拠証券(債権証書:民 487 条)にすぎず,その所有権は証 券上の権利を譲り受けた者に帰属するため,物権的請求権に基づいて記名証券 の交付を請求することができるという説明が一応は可能である(38)。他方で,記 名証券上の権利の譲渡も意思表示のみで効力を生ずるとすれば,二重譲渡があ りうることになる。例えば,記名証券を有する債権者
A
が,Bに対して証券 を交付して証券上の権利を譲渡したが,債務者への通知はしていない一方,C に対しては証券を交付せずに証券上の権利を譲渡し,債務者に対して確定日付 のある証書による通知をした場合,CはB
に優越し,Bに対して証券の引渡 を請求できるため,Bは記名証券の安全機能を確保できないことになる(39)。記 名証券を有価証券として規律する必要性がその安全機能にあるのであれば,証 券の交付をもって譲渡の効力要件とすることによって二重譲渡自体を封ずる必 要がある。そうであれば,やはり証券の交付は記名証券上の権利の譲渡の効力 要件であると解される。二重譲渡を回避するために証券の交付を記名証券上の権利の譲渡の効力要件 とすれば,なぜ証券とは無関係な対抗要件が別途要求されるのかという疑問が 提起されるのももっともである。むしろ,記名証券上の権利の譲渡の対抗要件 は民法上の債権譲渡のそれと同一でよいのかということが再検討されるべきで はないだろうか。記名証券とは特定の権利者が記載されている証券であるとい うことを徹底すれば,債務者による証券の名義書換をもって証券上の権利の譲 渡の効力要件または第三者に対する対抗要件とする余地もあったのではないか
と考える。有価証券法の小町谷私案でも,「記名証券ノ移転ハ其取得者ノ氏名 ヲ証券ニ記載スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者其他ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得 ス」と提案されていた(40)(41)。
なお,記名証券には履行場所に関する民法 520 条の 8 と履行遅滞に関する 520 条の 9 が準用されていないが,これらの適用の有無については従来学説が 分かれていたため,解釈に委ねることとしたようである(42)。これは,第一次的 には,証券上の記載によって決まることになろう。すなわち,記名証券の場合,
債務者は債権者を把握できるため,必ずしも取立債務とする必要はないから,
債権者の住所を履行場所とすることもでき,むしろ証券上の記載から履行場所 が明らかでなければ,債権者の現在の営業所または住所とならざるをえない(民 484 条 1 項・商 516 条)。また,証券上受戻証券性が明記されていれば,520 条の 9 が適用されるが,提示証券性が記載されているにすぎない場合には,同条は 適用されないということになるのではないか。
4 指図証券・無記名証券の設権証券性をめぐる問題
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) 指図証券・無記名証券の設権証券性改正前民法では,指図債権の譲渡における証券(証書)の裏書交付と無記名 債権の譲渡における証券の交付(引渡)は,いずれも債務者その他の第三者に 対する対抗要件にすぎない(旧民 469 条,86 条 3 項・178 条)。したがって,証券 がなくても,証券に表章されるべき権利を譲渡すること自体は可能であり,第 三者に対抗できないだけである。これは,証券が発行されていなくても,指図 債権・無記名債権は成立しうることを意味する。すなわち,指図債権・無記名 債権は意思表示のみで譲渡することができるのと同様,指図債権・無記名債権 という属性の付与も意思表示のみで可能であり,証券の作成をもって初めて指
図債権・無記名債権が成立するとは限らない。
これに対して,改正民法の下では,指図証券では証券の裏書交付が,記名式 所持人払証券と無記名証券では証券の交付が,証券上の権利の譲渡の効力要件 とされている(民 520 条の 2,520 条の 13,520 条の 20)。したがって,証券が存 在しなければ,証券上の権利の譲渡はありえない。証券上の権利の行使につい ては,改正試案【3.1.5.07】では指図証券の受戻証券性が定められていた(43)と ころ,改正法には提示証券性・受戻証券性を認める規定はないが,これを否定 する趣旨ではない。この点につき,520 条の 9 は指図証券の債務者は証券の提 示により履行が請求されなければ履行遅滞に陥らないことを定めているが,付 遅滞効は適法な請求の効果であるから,証券を提示しなければ適法な請求には ならないことになる。この規定は,記名式所持人払証券・無記名証券にも準用 されている(民 520 条の 18・520 条の 20)。したがって,指図証券・記名式所持 人払証券・無記名証券は提示証券であり,証券の提示が証券上の権利の行使要 件となるため,証券が発行されていなければ,証券に表章されるべき権利を行 使することはできない。行使も譲渡もできない権利の成立を認めることは無意 味であるから,指図証券・記名式所持人払証券・無記名証券上の権利は,証券 と不可分に結合し,証券の作成によって初めて発生することになる。その意味 では,指図証券・記名式所持人払証券・無記名証券は設権証券である。譲渡方 法に関する債権の属性を表す語として「指図債権」「無記名債権」という語を なお使用することが許されるとすれば,これらの証券を発行する(証券を作成 して相手方に交付する)ことは,それが単独行為か契約かということはともかく,
債権に指図債権・無記名債権という属性を付与する意思表示であると解するこ とができる。いいかえれば,指図債権・無記名債権という属性を付与する意思 表示は,証券の発行という形で要式化されていることになる。
もっとも,一般に設権証券は手形・小切手しかないと説明されるため,ここ で設権証券という語を用いることには違和感があろう。確かに,手形・小切手
以外の有価証券は,証券の作成によって原因関係上の債権とは別個の権利が発 生して証券に表章されるわけではないが,指図証券・無記名証券は,その証券 上の権利の内容は原因関係上の権利と同一性があっても,譲渡方法に関する属 性は証券の作成によって初めて付与されるという意味では,設権証券といって 妨げないと考える(44)。
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) 証券発行前に指図債権・無記名債権の成立を認める意味はないかでは,証券発行前に指図債権・無記名債権(またはそれに準ずる性質の権利)
が成立することはないか。
①商法上の有価証券との関係
例えば,倉庫営業者との倉庫寄託契約または海上運送人との物品運送契約を 締結するにあたり,寄託物・運送品について後日倉荷証券または船荷証券を発 行することとしたとする。この場合,倉荷証券・船荷証券は法律上当然の指図 証券であるから(会 606 条・762 条),倉庫寄託契約・物品運送契約の効果として,
寄託物返還請求権または運送品引渡請求権は指図債権としての属性を有して発 生することになりそうである。しかし,民法上指図証券は設権証券であり,証 券発行により初めて寄託物返還請求権・運送品引渡請求権は指図債権としての 属性を有することになるから,倉庫寄託契約・物品運送契約における証券発行 の合意はたかだか予約にすぎず,証券が発行される前に寄託者・荷送人が寄託 物返還請求権・運送品引渡請求権を譲渡した場合には,民法上の債権譲渡の対 抗要件(民 467 条)を要することになる。そもそも,倉荷証券・船荷証券は寄 託者・荷送人の任意の請求に基づいて発行されるものであり(商 600 条・757 条), 契約締結後の請求に基づき発行することもできるのであるから,証券発行に よって初めて譲渡方法に関する属性が転換すると解してよかろう。
②株券発行前の株式譲渡の効力との関係
会社法では,株式会社が定款で株券を発行する旨を定めた場合,株式の譲渡
は株券の交付のみをもって効力を生ずるため(会 128 条 1 項),株券は無記名証 券にあたる。株券は株式の効力発生後遅滞なく発行されなければならないが(会 215 条 1 項),実際上株券が発行されるまでには相応の期間を要する。譲渡方法 に関する株式の属性は法定されたものであるから,株券発行会社の株式は生ま れながらにして無記名債権に準ずる属性を有し,株券発行前であってもその属 性は変わらない。民法上の原則としては無記名証券としての株券も設権証券と なりそうであるが,株券発行会社は当該株式につき株券を発行する旨の定款の 定めがある会社であるから(会 117 条 7 項),譲渡方法に関する属性は定款によっ て付与された株式の属性であり,実際に株主に株券が発行されて初めて株式が 無記名債権に準ずる属性を有するわけではないと解される。有価証券に関する 民法の一般規定は証券に表章される権利を債権に限定していないため,株券に も適用される余地があるが,手形・小切手など個別の有価証券に関する法令の 規定は民法の有価証券に関する通則規定の特別法と位置づけられるため(45),会 社法の規定が優先されることになる。
平成 16 年商法改正前は会社は無条件で株券を発行しなければならず,株券 によらない株式譲渡など想定していなかったため,株券発行前の株式は指名債 権に準ずる属性を有するとすると,株主が株券発行前には意思表示のみで,株 券発行後に株券の交付をもって,株式を二重譲渡した場合,異なる対抗要件が 競合し,その優劣を決することができないおそれがあった。そこで,会社法は,
株券発行前の株式譲渡は当事者間では有効であるが,会社に対する関係では効 力を生じないものとすることによって解決を図った(会 128 条 2 項)。
かかる相対効が認められた立法者意思は,株券発行前の株式も株券発行後も 同一性を有する以上,株券発行前の株式譲渡につき指名債権譲渡の対抗要件を 否定し,株券の発行を待って株券を基準として株式譲渡の対抗要件を統一する ことにあった。すなわち,株券発行後の株式譲渡については,株券の交付が効 力要件とされ,対抗要件もそれに吸収されるため,株券の交付をもって第三者
に対する対抗要件が具備されることになるが,株券発行前の株式譲渡について は,無記名債権の譲渡に関する民法の一般規定に従い,意思表示のみで株式譲 渡は効力を生ずるが,第三者にそれを対抗するためには,株券の発行を待った 上で株券の交付を要することになる。株券発行前の株式譲渡の会社に対する効 力が否定されるのは,株券発行前の株式譲渡は会社に対する関係では株式は移 転していないものとみなし,会社は必ず原始株主である譲渡人に株券を発行し なければならないものとすることによって,譲渡人を経由して株券の交付とい う対抗要件を具備させようという趣旨である。こうすれば,株券発行前に株式 が二重譲渡された場合でも,譲渡人がどちらの譲受人に株券を交付したかに よって,2 人の譲受人の優劣が決まることになる。このように,会社法 128 条 2 項の趣旨は,株券を基準として対抗要件を統一し,株式譲渡をめぐる法律関 係の明確化を図ることにあるのであって,株券発行事務の円滑化といった会社 の事務処理上の便宜は副次的な趣旨にすぎないと解される(46)。このように,会 社法 128 条 2 項との関係において証券的債権の対抗要件に関する民法の規定に は実益があったのであるが,民法改正により,同項はその根拠を失うこととなっ てしまったのである。
これに対して,会社法の立案担当者は,会社法 128 条 2 項について,株券発 行前の株式譲渡は譲渡当事者間では債権的効力を有するにすぎず,有効な株式 譲渡をするには株券が必要であることを注意的に規定したにすぎないと説明し ている(47)。この説明は,同項が準物権契約としての株式譲渡の効力を規定した ものであることと整合性を欠くし,同項の文言も当初の立法者意思も完全に無 視するものであり,誤解といわざるをえない(48)。しかし,民法改正により同項 の基礎が失われたことに伴い,株券発行前の株式譲渡の可能性は否定され,皮 肉にも会社法の立案担当者の説明が正当化されることとなった。したがって,
同項は全く有害無用の規定であるから,削除されるべきであった。
株券は株式の流通性を高め,株式譲渡による株主の投下資本回収を容易にす
るものであるところ,株券発行前には株式譲渡をなしえないものとすれば,株 主の迅速な投下資本回収が妨げられることになる。しかし,会社法 128 条 2 項 の下でも,株券発行前の株式譲受人の地位の保全は会社による株券の発行と譲 渡人による株券の交付に依存し,その地位は不安定であるため,事実上株券発 行前に株式を譲り受けることは躊躇される。したがって,株券発行前の株式譲 渡を否定しても,株主の不利益は大きなものではない。現代の印刷事情に鑑み れば,株券発行に要する期間は大幅に短縮されているから,株主が株式譲渡で きない期間は短くて済む。仮に株券発行前には株券不発行会社における手続に 従って株式譲渡ができるとすれば,株主名簿の名義書換が会社その他の第三者 に対する対抗要件となるが(会 130 条 1 項),株券発行前にはまだ株主名簿が整 備されていないため,譲受人からの名義書換に応ずることによる会社の事務の 混乱を避ける必要もある。他方で,会社が株券の発行を不当に遅滞すれば,株 式譲渡が妨げられる株主の救済が必要となり,従来判例・学説は会社法 128 条 2 項の適用を緩和するためにその理論構成に苦慮してきた。その場合に株券発 行前の意思表示のみによる株式譲渡の効力を認めるためには,株券を発行する 旨の定款の定めの効力を否定するほかはないが,すでに株券が発行された株主 がいる場合にはどうするかという問題が残る。そもそも定款に株券を発行する 旨の規定を置かなければ,株券発行の不当遅滞の問題は未然に回避することが できるし,仮に株券発行前に意思表示のみによる株式譲渡の効力を認めたとこ ろで,会社が株主名簿の名義書換に応じてくれなければ,株式譲渡を第三者に 対抗することができないため,いずれにせよ株式譲受人の地位の保全は会社が 誠実に義務を履行してくれるかにかかってくる。このように考えていくと,株 券発行前には株式譲渡はなしえないとすることもやむをえない。
なお,新株予約権については,証券が発行される場合とそうでない場合とが あり,前者の場合に発行される新株予約権証券には記名式と無記名式とがある が,両者は会社に対する対抗要件(権利行使要件)として新株予約権原簿の名
義書換を要するか否かに違いがあるにすぎず(会 257 条 2 項・3 項),いずれも,
その譲渡は新株予約権証券の交付のみによって効力を生ずるため(会 255 条 1 項),新株予約権証券も無記名証券に属する。新株予約権を発行するか否かは 新株予約権発行決議において定められるため(会 236 条 1 項 10 号),新株予約権 の譲渡に関する属性は証券発行以前に決まることになる。社債にも記名社債と 無記名社債とがあるが(会 688 条 2 項・3 項),社債券も無記名証券に属する(会 687 条)。いずれの場合も,証券発行前の譲渡の効力に関する規定はなく,平成 17 年改正前商法の下でも同様であった。しかし,新株予約権・社債の成立時 期と新株予約権証券・社債券の発行時期との間にズレが生じうる以上,その間 の譲渡の可否は問題となりうる(49)。それにもかかわらず規定が存しない理由と しては,㋐会社法 128 条 2 項が株券発行の円滑化という会社の事務処理上の便 宜のために設けられた規定にすぎないものと一般に解されており,株券発行前 の株式譲渡の相対効について積極的な意義を認めていなかったこと,㋑現行会 社法上は,新株予約権証券・社債券を発行するかは会社の決定に委ねられてい るため,あえて証券を発行することとした以上,迅速な証券の発行が期待でき,
証券発行前の譲渡が問題となる可能性は非常に低いこと(実際上これらの権利に ついて証券発行前の譲渡の可否・方法が問題となったという話は聞いたことがない)が 考えられる。この点につき,社債券については,一律に社債発行後遅滞なく発 行することが義務づけられている(会 696 条)のに対して,新株予約権証券につ いては,遅滞なき発行義務を原則としつつ(会 288 条 1 項),新株予約権者から の請求があるまでは新株予約権証券を発行しなくてもよいこととしているため
(同 2 項),新株予約権の譲渡には必ず新株予約権証券の交付を要し,新株予約 権証券発行前の新株予約権の譲渡を保障するつもりがないことは明らかである。
5 若干の立法技術的な問題
(
1
) 有価証券の種類の配置順は適当か改正民法は,指図証券・記名式所持人払証券・その他の記名証券・無記名証 券という順序で規定を配置している。すなわち,証券に特定の権利者が記載さ れているものについて規定してから,証券に特定の権利者が記載されていない 無記名証券について規定が置かれている。
しかし,一般に譲渡方法に関する証券の分類としては,記名証券・指図証券・
無記名証券の 3 種類に分類した上で,選択無記名証券(記名式所持人払証券)を 無記名証券に含ましめて説明されることが多い。小切手法における記名式所持 人払小切手は,まさにそのような位置づけになっている(小 5 条 2 項)。実際上 の可能性としても,記名式所持人払証券よりも無記名証券のほうが多く利用さ れるのではないか。そうであれば,無記名証券について規定してから,その規 定を記名式所持人払証券に準用したほうがよかったのではないだろうか(50)。ま た,記名式所持人払証券という語は誰を権利者に指定しているかはわかりやす いが,金銭の支払を目的とする証券に限らないし,無記名証券の亜種であるこ とを明らかにするためには,選択無記名証券の語のほうがよかったのではない かと思われる。
(
2
) 善意取得の規定の文言は適当か善意取得に関する民法 520 条の 5・520 条の 15 の文言は,手形・小切手の善 意取得に関する手形法 16 条 2 項・小切手法 21 条に倣ったものと思われる。こ れに対して,株券の善意取得については,これらとは異なる文言が用いられて おり(会 131 条 2 項),その要件と効果が明確である。証券上の権利を取得する
という効果とそのための要件を明確にする文言にすべきであったと思われる。
6 おわりに
改正民法における有価証券に関する規定の整備は,それを必要とする具体的 な立法事実はほとんどなく,理論(有価証券法理)との体系的整合性を図るこ とを目的としたものである(51)。今後登場するかもしれない新種の有価証券にも 対応するために,民法に広く有価証券を対象とする一般規定を設けておくこと の意義は理解できるが,証券と権利の結合が中途半端で,法定のもの以外には 具体的なイメージのできない記名証券も含まれることになった。他方で,改正 民法が有価証券発行の自由まで認めたものであるかは明らかではない。有価証 券を発行することは,そこに表章される権利について譲渡方法に関する特別な 属性を付与するものであり,それは証券上の意思表示を根拠とするから,私的 自治に委ねられるように思われるが(52),改正民法はそのような前提には立って いないようである(53)。確かに,権利者の氏名も譲渡方法も記載されずに任意に 発行された証券については,それが無記名証券にあたるかは慣習法に即して判 断するほかはないが,少なくとも証券上譲渡方法(権利者の指定方法)が明記さ れた証券については,民法の有価証券に関する規定の適用を否定する理由はあ るまい。
将来的には証券のペーパーレス化とその電子取引化はますます進展していく に違いない。社債株式等振替法が有価証券法理と決別したように,権利の電子 取引化はもはや有価証券法理の延長に理解することはできず,独自の法理を必 要とする(54)。当分の間は紙としての有価証券が消滅することはないため,有価 証券法理がその意義を失うことはないが,その重要性が減少していくことは否 めない。
注
( 1 ) 星野英一『民法概論Ⅲ〔補訂版〕』(1992 年・良書普及会)214 頁,平井宜雄『債 権総論〔第 2 版〕』(1994 年・弘文堂)153 頁,潮見佳男『債権総論Ⅱ〔第 3 版〕』(2005 年・信山社)593 頁,内田貴『民法Ⅲ〔第 4 版〕』(2020 年・東京大学出版会)286 頁 など。
( 2 ) 平井・前掲注(1) 152 頁,内田・前掲注(1) 286 頁など。
( 3 ) 石井照久「有価証券理論の反省」『商法における基本問題』(1960 年・勁草書房)
93〜94 頁,我妻榮『新訂債権総論』(1966 年・岩波書店)554〜555 頁,西村信雄編
『注釈民法(11)』(1965 年・有斐閣)401 頁[沢井裕執筆]。とりわけ,松本烝治『商 行為法』(1929 年・中央大学)79〜80 頁は,「我法律ニ於テハ手形及ヒ小切手ハ之ヲ 商法中ニ規定シタレトモ有価証券ニ関スル一般規定ハ寧ロ民法中ニ其根拠ヲ有セ リ債権譲渡及ヒ権利質ニ関スル規定並ニ第八十六条第三項是ナリ然レトモ其規定 タルヤ頗ル不完全ナルノミナラス民法ハ有価証券ノ観念ヲ認メスシテ寧ロ之ニ依 リ表彰セラレタル権利ニ重ヲ置キ常ニ権利ノ方面ヨリ見テ規定ヲ為シタル結果証 券ノ方面ヲ閑却シタルノ憾アリ商法第二百七十八条第二項,第二百七十九条乃至 第二百八十二条ハ有価証券ニ関スル民法ノ規定カ不完全ニシテ到底運用ニ堪ヘサ レハ之ヲ補充スル旨趣ヲ以テ規定セラレタル法条ナリ而シテ商法ハ手形編其他ニ 於テ有価証券ノ観念ヲ認メ常ニ証券ノ方面ヨリ見テ規定シタルカ故ニ是等ノ補充 的規定ハ偶々以テ民商二法ノ矛盾ト撞着トヲ暴露シ来リ規定ノ杆格不権衡ハ実ニ 言フニ忍ヒサルモノアリ若シ民法及ヒ商法改正ノ議アラハ有価証券ニ関スル規定 ノ統一改良ハ最先ニ提出セラルヘキ問題ノ一タルヘシ」と痛烈に批判する。
( 4 ) 高田晴仁「指図債権の裏書譲渡と権利移転的効力について」小室金之助教授還 暦記念『現代企業法の諸問題』(1996 年・成文堂)193 頁以下。
( 5 ) 法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」
(2013 年)260 頁,潮見佳男ほか編『詳解改正民法』(2018 年・商事法務)287 頁[神 作裕之執筆],内田・前掲注(1) 287 頁。
( 6 ) 民法改正研究会(代表・加藤雅信)編『民法改正国民・法曹・学会有志案』(法律 時報増刊・2009 年)169 頁。
( 7 ) 松本・前掲注(3),小室金之助「統一有価証券法への提唱」創価法学 8 巻 1 = 2 号(1978 年)93 頁。
( 8 ) 大隅健一郎=小町谷操三「有価証券法」私法 5 号(1951 年)86 頁。
( 9 ) 大隅健一郎『商行為法』(1958 年・青林書院新社)12 頁,西原寛一『商行為法〔第 3 版〕』(1973 年・有斐閣)73 頁,服部榮三『商法総則〔第 3 版〕』(1983 年・青林書院)
457 頁,平出慶道『商行為法〔第 2 版〕』(1989 年・青林書院)49〜50 頁,近藤光男
『商法総則・商行為法〔第 8 版〕』(2019 年・有斐閣)32 頁など。
(10) 田邊宏康『有価証券法理の深化と進化』(2019 年・成文堂)6 頁。
(11) 神崎克郎「判批」『商法(総則商行為)判例百選』(1975 年・有斐閣)92 頁,鴻常 夫『商法総則〔新訂第 5 版〕』(1999 年・弘文堂)88 頁など。
(12) 小町谷操三『商行為法論』(1943 年・有斐閣)30 頁,西本辰之助「商業証券の意 義に就て」『私法学の諸問題』(1967 年・慶應通信)481 頁以下。
(13) 田邊光政『商法総則・商行為法〔第 4 版〕』(2016 年・新世社)60〜62 頁,同「商 法 501 条における有価証券と商業証券の意義について」長谷川雄一教授古稀記念
『証券・証書・カードの法的研究』(1996 年・成文堂)6〜8 頁以下。長谷川雄一『有 価証券法通論』(2000 年・成文堂)11 頁は,「金銭の支払を目的とする流通証券であっ て,将来の支払が見込みにもとづくものであり,そこに不確実性が伴うもの」と 定義する。
(14) 淺木愼一『商法学通論補巻Ⅰ』(2016 年・信山社)171 頁,同「改正民法に見る 有価証券規定」大塚龍児先生古稀記念『民商法の課題と展望』(2018 年・信山社)
220 頁。
(15) 田邊宏康『有価証券と権利の結合法理』(2002 年・成文堂)45 頁。この見解は,
商法 501 条 1 号・2 号の有価証券は投機行為の対象となる株券を予定しているこ ととの対比を根拠とする。
(16) 大判昭和 6 年 7 月 1 日民集 10 巻 8 号 498 頁は,商業証券に関する行為とは,
振出・裏書等の証券上の行為のみならず,広く商業証券を目的とする取引を包含 すると解しているが,学説上は,有価証券を目的とする売買・交換・賃貸借等の 実質的行為を含まないと解されている。証券(手形)の発行(振出)・裏書・引受・
保証などを意味することは,立法過程における岡野敬次郎委員の説明からも明ら かである(法典調査会「商法委員会議事要録」法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近 代立法資料叢書 19』(1985 年・商事法務研究会)23 頁)。
(17) 明治 23 年の旧民法財産編 347 条 5 項は「裏書ヲ以テスル商証券ノ譲渡ニ特別 ナル規則ハ商法ヲ以テ之ヲ定ム」と定め,ここに「商証券」なる語が登場する。
この「商証券」は,347 条 5 項の前身であるボアソナード草案 367 条における
effets de commerceの訳語であるが,フランス法におけるeffets de commerceと
は,金銭の支払を目的とする流通性のある信用証券を意味し,手形・小切手・質 入証券がこれにあたる。「商証券」と「商業証券」が同義で用いられているとす れば,これも沿革的な根拠となりうる。
(18) 高田・前掲注(4) 202〜205 頁参照。
(19) 学校債券が無記名証券にあたるとされた事例として,最判昭和 44 年 6 月 24 日 民集 23 巻 7 号 1143 頁がある。
(20) 法務省民事局参事官室・前掲注(5) 262 頁,潮見ほか編・前掲注(5) 298 頁[神
作執筆]。
(21) 田中耕太郎『手形法小切手法概論』(1935 年・有斐閣)95 頁,伊澤孝平『手形法・
小切手法』(1949 年・有斐閣)51 頁など。現在でも,この見解を支持するものとして,
田邊(宏)・前掲注(15) 23 頁,同・前掲注(10) 12 頁。
(22) 大隅健一郎『新版手形法小切手法講義』(1989 年・有斐閣)17 頁,木内宜彦『手 形法小切手法〔第 2 版〕』(1982 年・勁草書房)29 頁など。
(23) 鈴木竹雄=前田庸補訂『手形法・小切手法〔新版〕』(1992 年・有斐閣)26〜28 頁,
平出慶道『手形法小切手法』(1990 年・有斐閣)2〜4 頁,前田庸『手形法・小切手法』
(1999 年・有斐閣)35〜36 頁,田邊光政『最新手形法小切手法〔五訂版〕』(2007 年・
中央経済社)24 頁など。
(24) 石井・前掲注(3) 102〜104 頁。
(25) 倉澤康一郎『商法の基礎〔3 訂版〕』(1993 年・税務経理協会)256〜257 頁。
(26) 法務省民事局参事官室・前掲注(5) 263 頁。
(27) 法制審議会民法(債権関係)部会資料 50・18 頁。なお,改正試案【3.1.5.E】では,
「記名式の有価証券については規定を設けないが,有価証券喪失の場合に関する 規定のみは記名式の有価証券についても適用対象とし,また,債権を表示する有 価証券に限定せずに適用されるものとする。」とされていた(民法(債権法)改正検 討委員会編『詳解債権法改正の基本方針Ⅲ』(2009 年・商事法務)344 頁)。
(28) 記名証券に関する規定の必要性に否定的な見解として,田邊(宏)・前掲注(10)
25〜26 頁・30〜31 頁。
(29) 大塚龍児=林竧=福瀧博之『商法Ⅲ―手形・小切手〔第 5 版〕』(2018 年・有斐閣)
315 頁[大塚執筆]。
(30) 法制審議会民法(債権関係)部会第 61 回会議における神作裕之幹事の発言(議 事録 56 頁)。
(31) 竹田省『手形法・小切手法』(1955 年・有斐閣)100 頁,高窪利一『手形・小切 手法通論〔全訂版〕』(1986 年・三嶺書房)164 頁,小橋一郎『手形法・小切手法』(1995 年・成文堂)3 頁,森本滋「手形法小切手法の理論と実務第 2 回」法学教室 182 号
(1995 年)43 頁,河本一郎「債権譲渡の対抗要件と有価証券」『有価証券法研究』
(2000 年・成文堂)115〜116 頁,田邊(宏)・前掲注(15) 8 頁。
(32) 田中誠二『手形・小切手法詳論上巻』(1968 年・勁草書房)412 頁,石井照久=鴻 常夫増補『手形法小切手法』(1972 年・勁草書房)217 頁,大隅・前掲注(22) 100 頁,
平出・前掲注(23) 365 頁,鈴木=前田・前掲注(23) 15 頁・30 頁・240 頁,田邊(光)・
前掲注(23) 25 頁・47 頁,川村正幸『手形・小切手法〔第 4 版〕』(2018 年・新世社)
138 頁など。
(33) 大阪高判昭和 55 年 12 月 2 日判時 1011 号 111 頁,前田・前掲注(23) 26 頁,納
富義光『手形法・小切手法論』(1982 年・有斐閣)294 頁,早川勲「指図禁止手形 をめぐる諸問題」大東法学 9 号(1982 年)62 頁。
(34) 田邊(宏)・前掲注(15) 10 頁。
(35) 法務省民事局参事官室・前掲注(5) 262 頁。
(36) この安全機能の理論構成については,河本・前掲注(31) 107 頁以下参照。
(37) 竹田・前掲注(31) 100 頁。
(38) 上柳克郎「有価証券の定義と特徴」『会社法・手形法論集』(1980 年・有斐閣)
340 頁,田邊宏康『手形法・小切手法講義〔第 3 版〕』(2019 年・成文堂)120 頁。
(39) 河本・前掲注(31) 113〜114 頁。
(40) 大隅=小町谷・前掲注(8) 89 頁。
(41) 現行会社法の下では,社債は,記名社債と無記名社債とを問わず,社債券が発 行される場合には,社債の譲渡自体は社債券の交付のみをもって足りるため(会 687 条。ただし,会 688 条 2 項),社債券は無記名証券に属するが,平成 17 年改正前 商法では,記名社債券は記名証券と位置づけられ(石井=鴻・前掲注(32) 23 頁,田 邊(光)・前掲注(23) 25 頁など),記名社債の譲渡は社債原簿と社債券の名義書換を しなければ会社その他の第三者に対抗できないものとされていたこと(307 条 1 項)
も想起されるべきである。
(42) 潮見ほか編・前掲注(5) 295 頁[神作執筆]。
(43) 民法(債権法)改正検討委員会編・前掲注(27) 355 頁。
(44) 小橋一郎「手形の無因性」鈴木竹雄=大隅健一郎編『手形法・小切手法講座 1』
(1964 年・有斐閣)43 頁,高窪利一『現代手形・小切手法〔三訂版〕』(1997 年・経 済法令研究会)25 頁参照。
(45) 筒井健夫=村松秀樹編『一問一答民法(債権関係)改正』(2018 年・商事法務)210 頁,潮見ほか編・前掲注(5) 288 頁[神作執筆]。
(46) 詳細については,拙稿「株券発行前の株式譲渡・権利株譲渡の効力」法学研究(慶 應義塾大学)73 巻 5 号(2000 年)29 頁以下参照。
(47) 相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔編『論点解説新・会社法』(2006 年・商事法務)66 頁,
葉玉匡美編『新・会社法 100 問〔第 2 版〕』(2006 年・ダイヤモンド社)179 頁。同旨,
青竹正一『新会社法〔第 4 版〕』(2015 年・信山社)118 頁,江頭憲治郎『株式会社 法〔第 7 版〕』(2017 年・有斐閣)230 頁,東京地方裁判所商事研究会編『類型別会 社訴訟Ⅱ〔第 3 版〕』(2011 年・判例タイムズ社)802 頁[大倉靖広執筆]。
(48) 拙稿「新会社法における株券と株式譲渡をめぐる諸問題」法学研究(慶應義塾大 学)82 巻 12 号(2009 年)340 頁。
(49) 社債券発行前の社債については,まず会社に対して社債券の発行を求めて,そ の交付を受けた上で,社債を譲渡すべきであるが,会社が不当に社債券を発行し
ない場合には,譲渡の意思表示によって当事者間では譲渡の効力を生じ,会社は 譲受人が社債権者たることを否定できないと解されていた(鴻常夫『社債法』(1976 年・有斐閣)161 頁)。
(50) 淺木・前掲注(14)『民商法の課題と展望』231 頁。
(51) もっとも,これは平成 29 年改正民法全般にいえることである。
(52) 淺木・前掲注(14)『商法学通論補巻Ⅰ』169 頁は,「権利を有価証券化するとい うことは,証券と引換えに権利を行使するという同時履行の抗弁の付着した権利 を創設する結果となるにすぎず,それは私的自治の問題である」とし,田邊(宏)・
前掲注(10) 28 頁は,「債権を表章する有価証券については,原則として個別的な
法律上の根拠なくして自由に発行しうるものと解すべきである」とする。
(53) 法制審議会民法(債権関係)部会第 46 回会議において,神作幹事は,「そもそも 私人間の合意で有価証券を作れるのか,民法に有価証券に関する一般的規定を置 いたときに,そこに定められている持参人払証券や指図証券を私人間の合意のみ により作れるのかどうかという論点が生じ得ます。しかし,この論点については,
今回の債権法改正によって何らかの結論を出すということではなく,引き続き解 釈に委ねられるということであろうと理解しております。そして,従来は,先ほ ど申しましたように,法律上の根拠規定か慣習法上の根拠がない限りは,有価証 券を私人間の合意により作ることはできないと解してきており,そのような前提 の下で本日の議論もなされているものと理解しています。」と説明している(議事 録 8 頁)。
(54) 法制審議会民法(債権関係)部会第 46 回会議において,神作幹事は,「ペーパー レス化された有価証券というのも有価証券の法理,更に言えば有価証券法理の機 能を維持し発展させることを目的とすることになるでしょうから,ベースになっ ているのは飽くまで有価証券の機能であり,有価証券の法理の機能であると考え ます。」と発言しているが(議事録 7 頁),証券という物理的な存在を前提とする有 価証券法理と電子記録化された観念的な存在に妥当する法理とは種々の点におい て異ならざるをえないように思われる。
[追記]脱稿後,松岡久和=松本恒雄=鹿野菜穂子=中井康之編「改正債権法コンメ ンタール』(2020 年・法律文化社)において,高田晴仁教授による有価証券の詳細な逐条解 説に接した。