強姦による憲法上の権利の侵害内容 : 強姦被害者 の声を聞きながら (政治行政学科創立二十周年記念 号)
著者名(日) 山内 幸雄
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 68
ページ 281‑306
発行年 2011‑11‑10
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000540/
論
強
説姦 に よ る 憲 法 上 の 権 利 の 侵 害 内 容
││ 強姦 被害 者の 声を 聞き なが ら│
│
山 内 幸 雄
目 次 一 日本 の刑 法強 姦罪 にお ける 問題 性 二 理解 不十 分に よる 女性 の人 権の 軽視 と模 索 三 裁判 例に 現れ た被 害認 識の 深浅 二様 四 強姦 被害 者の 生︵ なま
︶の 声の 要素 分析 五 強姦 によ る﹁ 女性 の人 権﹂ の侵 害内 容
一 日本 の刑 法強 姦罪 にお ける 問題 性 日本
国憲 法に 男女 平等 が規 定さ れて のち も︑ 日本 の政 治リ ーダ ーた ちは 男女 平等 には 消極 的で あ
( )
った
︒し かし
︑
― 281 ―
国際 社会 にお いて は女 性差 別撤 廃条 約に 依っ て男 女平 等実 現の ため の運 動が 展開 され
︑そ の中 で﹁ 女性 に対 する 暴 力﹂ は社 会構 造的 に構 築さ れた 女性 差別 であ ると いう 認識 が敷 衍さ れて い
( )
った
︒国 際社 会が 求め る男 女平 等︵ ジェ ンダ ー平 等︶ は︑ 男性 の基 準に 女性 の状 況を 近づ ける とい う意 味で の限 定的 な男 女平 等論 では なく
︑女 性と 男性 の 人生 の格 差を 縮小 する とい う実 質的 な平 等を 意味 して
( )
いた
︒
!
日本 も︑ 国際 社会 のか かる 潮流 を受 け︑ かね てか ら批 判の 強か った 刑法 の﹁ 女性 に対 する 性犯 罪﹂ 規定 の甘 さの 改善 に向 かっ た︒ 二〇
〇四 年の 刑法 改正 で
( )
ある
︒し かし この 改正 は︑ 以下 に見 るご とく
︑国 際社 会が めざ す男 女平
"
等で はな く︑ 女性 の人 権を 十分 には 考慮 しな い従 来型 の修 正す なわ ち﹁ 男性 の基 準に 女性 の状 況を 近づ ける
﹂と い う程 度の 改正 であ
( )
った
︒諸 外国 では
︑後 述す るよ うに
︑法 規の ジェ ンダ ー・ ニュ ート ラル 化の 取り 組み も見 られ る
# ( )
なか
︑日 本の 男女 平等 取り 組み は遅 々牛 歩の ごと くで あっ た︒ 現 $
行の 刑法 の強 姦罪 など 性犯 罪に 関す る諸 規定 は︑ 性犯 罪の 厳罰 化の ため に二
〇〇 四年 に改 正さ れた もの で
( )
ある
︒
%
強姦 罪︵ 刑一 七七 条︶ は︑
﹁暴 行又 は脅 迫を 用い て﹂ 女性 を﹁ 姦
( )
淫﹂ すれ ば﹁ 三年 以上 の有 期懲 役﹂ に処 する とい
&
うも ので ある
︵一 七七 条﹁ 暴行 また は脅 迫を 用い て一 三歳 以上 の女 子を 姦淫 した 者は
︑強 姦の 罪と し︑ 三年 以上 の有 期懲 役に 処す る︒
︶﹂
︒こ れに 対し
︑強 盗罪
︵刑 二三 六条
︶は
︑﹁ 暴行 また は脅 迫を 用い て﹂
﹁他 人の 財物 を強 取﹂ した ら﹁ 五年 以 上の 有期 懲役
﹂に 処す ると いう 規定 にな って いる
︒明 らか に強 姦罪 は強 盗罪 より も軽 い罪 とい うこ とで ある
︒ そし て︑ 強姦 罪と 強盗 罪と の格 差は
︑犯 罪が 凶悪 化し た﹁ 被害 者死 亡﹂ の段 階で は︑ さら に大 きく なる
︒強 姦致 死傷 罪︵ 刑一 八一 条二 項︶ は︑ 強姦 によ って 女性 を死 亡さ せた とき には 最高 刑が
﹁無 期懲 役﹂ と規 定さ れて いる
︵一 八一 条二 項﹁ 第一 七七 条若 しく は第 一七 八条 二項 の罪 又は これ らの 罪の 未遂 罪を 犯し
︑よ って 女子 を死 傷さ せた 者は
︑無 期又 は五
― 282 ―
年以 上の 懲役 に処 する
︒﹂
︶︒ これ に対 し︑ 強盗 致死 傷罪
︵刑 二四
〇条
︶は
︑強 盗が 人を 死亡 させ たと きに は最 高刑 が
﹁死 刑﹂ と規 定さ れて いる
︵二 四〇 条﹁ 強盗 が︑ 人を 負傷 させ たと きは 無期 又は 六年 以上 の懲 役に 処し
︑死 亡さ せた とき は死 刑 又は 無期 懲役 に処 する
︒﹂
︶︒ 最高 刑を 比較 する と︑ 強姦 で女 性を 死亡 させ た場 合に は無 期懲 役で
︑強 盗で 人を 死亡 させ た場 合は 死刑 であ る︒ どち らの 場合 も被 害者 は死 に至 るが
︑強 姦致 死の 場合 は︑ 女性 とし ての 尊厳 が蹂 躙さ れて 死 ぬわ けで
︑死 に至 るま での 人権 に対 する 侵害 性は 財物 の強 取よ りも 大き いの に︑ 最高 刑は 無期 懲役 であ って 死刑 で はな い︒ 無期 懲役 と死 刑と の格 差は 極め て大 きい
︒女 性と いう 性を もつ 人権 主体 にと って およ びそ の遺 族に とっ て 納得 のい かな いア ンバ ラン スな 規定 とい うほ かな い︒ 以上 のよ うに
︑改 正後 も刑 法の 規定 は︑
﹁女 性﹂ の人 格的 利益 を十 分に 考慮 した もの とは なっ てい ない ため
︑﹁ 男 性の 基準 に女 性の 状況 を近 づけ た﹂ 程度 のも ので あっ て︑ 真の 女性 の人 権の 保護 に繋 がる もの では ない
︒女 性差 別 撤廃 委員 会は
︑二
〇〇 九年 の第 六次 日本 政府 レポ ート 審議 総括 所見 にお いて
︑強 姦の 刑事 罰が 軽い こと に︑ 引き 続 き懸 念を 表明 して
( )
いる
︒そ して 財産 犯よ り女 性の 人格
・生 命・ 身体 や性 に対 する 暴力 犯罪 のほ うが 法定 刑と して 軽
'
いと いう 価値 基準 は︑ 長谷 川が 言う ごと く︑ 司法 にお ける
﹁女 性へ の暴 力﹂ に対 する 宣告 刑の 軽さ に反 映し
︑警 察 や検 察の 捜査 や処 分と いっ た法 執行 のプ ライ オリ ティ に影 響
( )
する
︒
10
二 理解 不十 分に よる 女性 の人 権の 軽視 と模 索 刑法
が強 姦被 害者 の﹁ 女性
﹂と して の身 体的 不利 益と 人格 的不 利益 を十 分に 考慮 した もの にな って いな いの は︑
― 283 ―
国会 議員
・大 臣・ 裁判 官・ 市民 など 広く 人び とに
︑被 害女 性の 苦悩 が侵 害法 益と して 詳細 正確 に周 知さ れて いな い とこ ろに 原因 があ ると 思わ れる
︒ 原因 の第 一は
︑﹁ 女性 の人 権﹂
︵H um an Ri gh ts of Wo me n︶ とい う場 合︑ 女性 二〇
〇〇 年ニ ュー ヨー ク会 議の
﹁成 果文 書﹂ でも 重大 問題 領域 一二 項目 の一 つに 挙げ られ てい るほ どで はあ るが
︑そ の人 権の 観念 や内 容が 必ず し も明 らか では ない とい う点 で
( )
ある
︒こ の点 が一 番大 きい 課題 であ るが
︑本 稿で は︑ 強姦 によ り侵 害さ れた 性的 自由
11
の内 容を 明確 にし てい く努 力の 過程 にお いて
︑﹁ 女性 の人 権﹂ の観 念や 内容 も徐 々に 明確 にな るも のと 考え てい る︒ その 際︑ 抽象 的な 議論 の展 開で は限 界が ある ので
︑﹁ 具﹅ 体﹅ 的﹅ に﹅ 女性 とい う性﹅ と﹅ 人﹅ 格﹅ とを もっ て生﹅ き﹅ て﹅ い﹅ る﹅ 個﹅ 人﹅
﹂と いう 観点 から
︑ど のよ うに
﹁生 身の 女性
﹂が 苦し め辱 めら れ︑ 尊厳 を破 壊さ れて いく かを
︑詳 細正 確に 見極 める 必 要が ある
︒ 原因 の第 二は
︑司 法に おけ る問 題で ある
︒強 姦罪 の科 刑状 況の 分布 が二
〇〇 三年 以降 重罰 化し てい る傾 向に つい て︑ 裁判 官の 強姦 被害 につ いて の認 識が 深ま って きた こと がそ の理 由で ある と指 摘さ れて
( )
いる
︒裁 判官 が強 姦被 害
12
者の 被害 の深 刻さ を深 く認 識す るこ とが 重要 なの であ る︒ 原因 の第 三は
︑強 姦被 害女 性の 側の 問題 であ る︒ 被害 女性 が自 らの 苦悩 につ いて 多く を語 りた がら ない ある いは 語る こと が種 々の 抑圧 によ りで きな いた めだ と思 わ
( )
れる
︒後 述す るが
︑自 分自 身も 強姦 被害 者で しか も実 名で 顔を
13
出し て被 害の 現状 につ いて の理 解を 広げ よう とし てい る女 性の 元に 強姦 被害 者か ら多 数の メー ルが 届い てい て︑
﹁誰 にも 話さ なか った
﹂と いう 声が 多く 寄せ られ て
( )
いる
︒男 女共 同参 画会 議女 性に 対す る暴 力に 関す る専 門調 査会
14
報告 書﹁ 女性 に対 する あら ゆる 暴力 の根 絶に つい て﹂
︵平 成二 二年 三月 一八 日︶ でも
︑こ れま で女 性に 対す るあ ら
― 284 ―
ゆる 暴力 の根 絶が 十分 に進 まな かっ た理 由と して
︑性 犯罪 被害 者側 が﹁ 誰に も言 えな かっ た﹂ ケー スが 多い こと を 挙げ て
( )
いる
︒
15
原因 の第 四は
︑セ クシ ュア リテ ィ固 有の 問題 であ る︒ セク シュ アリ ティ に関 わる 被害 は︑ まず 同一 の性 を持 つも のし かわ から ない とい う限 定が どう して も伴 い︑ その 被害 の程 度も 個人 差が とて も大 きい もの であ るか ら︑ そう い うセ クシ ュア リテ ィ固 有の 性質 も絡 んで
︑周 囲の 人々 や法 廷で の裁 判官 に対 して 詳細 かつ 正確 には 伝わ らな い場 合 が多 いの だろ う︒
﹁女 性の 人権
﹂の 観点 を踏 まえ た刑 法学 的な 対応 とし て︑ 高橋 は︑ 性犯 罪が 女性 の人 格を 踏み にじ りそ の身 体の みな らず 心を 深く 傷つ ける こと から 性犯 罪を 性暴 力と して 再構 成し よう とす る研 究を 紹介 して
( )
いる
︒こ れら の研 究
16
が女 性の 人権 への 理解 の深 化に 寄与 する こと を期 待し たい
︒ 他方
︑憲 法学 にお ける 女性 の人 権の 明確 化の 努力 は︑
﹁人 権﹂ 概念 を︑
①﹁ 人間
﹂と いう レベ ルで 男女 の性 別に かか わら ず享 受す べき 人権 と︑ それ らの 人権 をベ ース にし て︑
②﹁ 男女 とい う性 をも つ個 人﹂ とい うレ ベル で
﹁性
﹂に 基づ いて 男女 がそ れぞ れ別 個に 享受 すべ き人 権︑ とに 区分 した 上で
︑後 者の 女性 の人 権を 検討 して いく と いう 方向 で進 んで
( )
いる
︒本 稿で は︑ 上記 区分 を妥 当と 考え
︑﹁ 女性 の人 権﹂ を考 える 場合 の元 にな る利 益︑ すな わ
17
ち女 性が 女性 とい う性 的存 在と して 生き てい く上 でな くて はな らな い利 益︵ 女性 の人 権と して 保護 され るべ き法 益︶ を考 察す るた めの 一環 とし て︑ 強姦 によ る侵 害法 益を 具体 的に 精察 する
︒ なお
︑本 稿で は︑ セク シュ アリ ティ を﹁ 性衝 動と その 充足 に関 係す る行 動の 全て
﹂と 理解 して
( )
おく
︒セ クシ ュア
18
リテ ィは 性行 為を 伴っ た精 神と 肉体 の競 合的 行為 であ る︒ セク シュ アリ ティ にお ける 性行 為は
︑第 一に
︑人 格の 発
― 285 ―
露と して の性 行為
︵人 格的 側面
︶と
︑第 二に
︑生 殖を めざ す性 行為
︵生 殖的 側面
︶と の二 側面 があ り︑
①コ ミュ ニ ケー ショ ンと して の性 行為
︑② 自己 表現
・表 現の 自由 とし ての 性行 為︑
③生 殖と して の性 行為
︑④ 家族 を形 成す る とい う手 段と して の性 行為
︑な ど様 々な 意味 があ る︒ 三
裁判 例に 現れ た被 害認 識の 深浅 二様 性犯
罪被 害の 深刻 さを 深く 認識 して いる かど うか とい う視 点で
︑二 つの 裁判 例を 紹介 し検 討す る︒ 第一 の裁 判例 は︑
﹁女 性の 人格 をま った く無 視﹂ とい う抽 象的 な表 現を 用い ては いる が︑ 犯人 によ って 侵害 され た被 害者 の利 益 につ いて はほ とん ど言 及さ れて いな い例 であ る︒ 抽象 的言 葉を 使用 する こと で詳 細な 具体 的苦 痛を 捨象 して しま っ たた めに
︑判 決自 らが 判決 文の 中で 使用 した 上記 の表 現の 本質 を理 解し そこ なっ たと 思わ れる 例で ある
︒第 二の 裁 判例 は︑ 判決 文か ら﹁ 多大 な肉 体的
︑精 神的 苦痛 を受 け﹂ とか
﹁屈 辱的 行為
﹂と いう 抽象 的な 表現 を用 いな がら
︑ その 抽象 的表 現が 指し 示す 具体 的な 様々 な苦 痛を きち んと 判決 の中 で紹 介し 明確 にし てい る例 であ る︒ 被害 女性 の 深刻 な苦 悩を 理解 して いる か否 かで
︑判 決の 文面 が大 きく 異な るこ とを 読み 取っ ても らい たい
︒
静岡 地裁 沼津 支部 判決︵平 成二 二年 二月 四日
︶ 本件 は︑ 強制 わい せつ 殺人 事件 で︑ 女性 一人
︵二 五歳
︶を 強制 わい せつ の末
︑殺 害し たと いう 事件 であ って
︑判 決自 らが
﹁被 害者 に対 する わい せつ 行為 の内 容は 姦淫 に劣 らな いと いっ てい いほ ど屈 辱的 なも ので ある
﹂と 認め る
― 286 ―