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漢字字体について 今野 真二

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(1)

漢字字体について

今野 真二

Abstract:

The Chinese and Japanese languages both use Kanji(Chinese characters)for their written representation. For this reason, analysts working with Kanji that represents Japanese sometimes unconsciously use information about the equivalent

Kanji representing Chinese.This article draws attention to such

confusion that coule lead to erroneous analysis. It also discusses hou the academic terms of Itai-ji(variant letters)and Kihan(norm consciousness)should be conceptualized and defined.

要 旨 :

中国語も日本語も言語の文字化にあたって、漢字を使用している。そのため、日 本語を文字化している漢字を考察するにあたって、中国語を文字化するために使わ れた漢字についての情報を、分析者が無意識裡に「混入」させてしまうことがある。

本稿では、そうしたことについて、分析者に注意を促すとともに、「異体字」「規範」

という学術用語をどのように考え、どのように定義するべきかということについて 論じた。

キーワード:

漢字字体 異体字 規範

Kanji character form Kanji variants Normative consciousness of letters

はじめに

本稿は、日本語学という枠組みにおいて、漢字字体について考えるにあ たって、考慮しておくべきことがらについて、稿者なりの整理を試みるこ とを目的としている。「日本語学という枠組みにおいて」は、「日本語を書 くための文字として漢字を使用する場合」を主として想定して、というこ との謂いである。

より具体的には漢字字体の分析にかかわる幾つかの学術用語(など)に ついて検討することを目的とする。言説をわかりやすくするために、すで

(2)

に公表されている論文等を採りあげることがあるが、当該論文についての 批判を目的とするものではない。「異体字」(文字についての)「規範」とい う用語について採りあげることにする。そして「つけたり」として具体的 な考察を添えることにする。

文字が、特定されているある言語の、(言語単位としていえば)「語」を 視覚化することを目的としていると考えた場合、みかけは同じ文字であっ ても、いかなる言語を視覚化しているかによって、当該文字についての観 察が異なるであろうことは容易に想像できる。

改めていうまでもなく、漢字は中国語を書くための文字として使われた

「歴史」を有し、現在も(その形は変わってきているにしても)中国語を 書くために使われている。その漢字を日本語を書くために使う場合、視覚 的には同じ文字を使ってはいても、日本語を書くという点において、中国 語を書いている漢字とは異なるものである、とみることができるし、むし ろ「分析」ということからすれば、積極的にそのようにみるべきであるこ とはいうまでもない。

そうしたことからすれば、(簡体字は中国のみで使われているので、実際 には不都合であるが)中国語を書いている場合には「汉字」、日本語を書い ている場合には「漢字」と区別して表示する、あるいは前者を単に「漢字」、 後者を「日本漢字」と呼ぶというような(学術上の)「工夫」をすることに よって、「分析者」(註

1)の意識を鮮明にするということも必要であるとも

いえよう。

音声によってかたちを与えられる音声言語は、発せられるそばから消え ていく。その音声言語を視覚化し、空間と時間とを超えて残すことが文字 の役割といってよい。中国語を書くための文字であった漢字は、中国文化 及び中国語とともに、周辺の地域にひろがった。これを「漢字文化圏」と 呼ぶことがある。呼称の是非は措くとして、その空間的な「ひろがり」に おいて漢字をとらえることが主張されるようになってきている。金文京『漢 文と東アジア-訓読の文化圏』(

2010

年、岩波新書)はそうしたことを総合 的に示した好著といってよい。「汎時的」はかならずしもひろく使われてい る語ではないともいえようが、それを一方において、「汎空間的」という表 現を仮に使うとすれば、「東アジア」に漢字・漢文の「文化圏」を設定する

(3)

みかたは、(みかた次第で「汎時的」にもなるが)「汎空間的」なみかたと いうことになる。「汎時的」「汎空間的」の「汎」は〈ひろくわたる〉とい うことで、つまりは「共通/同じ」という側からことがらを括っているこ とになる。具体的な言語の違いに着目するのではなく、言語を超えた共通 性に着目するというみかたといってもよい。そうしたことからすれば、相 当に「抽象度」のたかい「みかた」ということになる。

分析の目的、主張しようとしていることがらに応じて、分析方法が選択 されればいいのであって、ここで「汎時的」「汎空間的」なくくり方そのも のを否定しようとしているわけではない。しかし、分析の目的によっては、

そうしたくくり方が、積極的な意義をもたない、あるいは議論そのものを 成り立たせなくなることもあるということについて、分析者は自覚的であ るべきであろう。

「東アジア」という空間を設定した場合、それが、人間の移動が可能な 空間であるために、時間ともかかわりが生じることがある。例えば、百済 の扶余宮南池から出土した木簡に「西部」の「部」字を「阝」をさらに簡 略にしたような形で書いたものがあることが知られており、さらには「ア」

にちかい形で「部」を書いたものがあることが報告されている。日本にお いては、岡田山

1

号墳から出土した太刀銘に「額田部」を「各田阝」のよ うに書いていることが知られている。この太刀銘は

6

世紀のものと考えら れている。また藤原宮出土木簡に「部」を「ア」にちかい形で書いたもの があることが報告されている。扶余宮南池出土の木簡が藤原宮出土木簡よ りも時間的に先立って書かれたとみた場合、「藤原宮木簡の書記者が百済人、

もしくはその影響を直接受けた者と考えざるを得ない」(註

2)とみること

は一つの「みかた」として成り立つ。しかし、その「みかた」が確実であ ることを主張するためには、「部」を「阝」で書くこと、さらには「阝」か らさらに省略して、片仮名の「ア」(あるいは「マ」)のような形で書くこ とが、漢字を木簡というような媒材に書くという場において、一般的には おこり得ないということが(何ほどかにしても)「証明」される必要がある ともいえよう。「汎空間的」に設定した空間内で、分析者の目に同じように 映る言語事象がとらえられた場合、それが(ある場合には、言語を超えて)

経時的に連続しているものであるということは「(相互にかかわりなく)一

(4)

般的にはおこり得ない」ということが「証明」されて初めて確かな主張と なる。いろいろな可能性(possibility)を視野に入れておくことは重要であ るが、といって、その「可能性」を、ある程度にしても具体的な「筋道」

として示し得ないのであれば、それは「可能性」にとどまり、蓋然性

(probability)として検討することができない。

例えば、朝鮮半島から渡来してきた人が『万葉集』を書いた「可能性」

はあるというべきかもしれない。しかし、現存している『万葉集』にそう した「痕跡」が見出されないのであれば、現時点では(といっておくが)、

それは「蓋然性」のきわめてひくい「可能性」といわざるを得ないのでは ないか。

あるいは、遼寧省博物館に蔵されている「初月帖」と題されている王羲 之の書の臨模本に「力不一々」とある、その「不」字をとりだして、それ が現在使われている平仮名の「ふ」にちかい形をしているとみて、現在日 本において使われている平仮名あるいは、発生した頃の仮名「ふ」が王羲 之と無関係ではない、と主張したとする。能書家としての王羲之がはやく から日本に知られていたことは、『万葉集』に「テシ」という音連続を「義 之」という漢字列で書いていると思われる例があることからもわかる。そ して、仮名が漢字からうまれたということは確実なことであるので、そう したことを考え併せて「仮名の「ふ」は王羲之とかかわる」と主張した場 合、その主張が主張として意義をもつ分析が日本語学という枠組みの中に どれほどあるか、ということになる。繰り返しになるが、意義をもつかも たないかは「分析の目的」あるいは「分析の抽象度・具体度の度合い」に よる(註

3)

抽象度を高くすれば、「中国の漢字と日本の仮名はかかわりをもつ」とい うことになるが、具体度を高くすれば、「中国の漢字」と「日本の仮名」と は、文字として機能している言語が異なる。したがって、機能する空間を 異にしている別の文字ということになる。「中国の漢字」と「日本の仮名」

であれば、むしろわかりやすいかもしれない。これが「中国の漢字」と「日 本の漢字」ということであるとどうであろうか。

同様の警告的主張は繰り返されていると思うが、今ここでは(漢字に限 定されているのではないが)屋名池誠の言説をあげておくことにする。

(5)

文字・表記の研究では、共時・通時の別が曖昧にされているように思わ れる。音声はその場で消えてしまい過去の発音など問題にならないのに対 し、文字は消えずに残り過去の文献・文字情報も使用され続けるので過去 の体系と完全に切り離してあつかうことが難しいのは確かであるが、たと えば現代の日本語の漢字を論じるのに、字源をもちだしたり、中国の、そ れも往古の訓詁や小学の成果を援用したりするのは問題であろう(

70

ペー ジ)(註

4)

以下では「共時・通時の別」に留意しながら、幾つかの(学術)用語に ついて検討を試みたい。「字形/字体」ということについてまずとりあげる 必要があるが、別稿を考えているので、本稿では正面からは採りあげない ことにする。

1. 「異体字」

まず、近時「異体字」という学術用語がどのように使われているかを確認しておき たい。日本語学会の学会誌である『日本語の研究』に掲載された論文は一定の 影響力をもつと思われるので、山下真理「「銭の異体字「 」の盛衰とその要因」

(『日本語の研究』第

9

4

号、

2013

10

月)を採りあげ、その言説を検討すると いうかたちを採ることにする。

山下真理は同論文において、「漢字の三要素「形音義」のうち「音」と「義」が一 致し、「形」のみが異なるものを異体字と呼ぶ。習慣として最も使用されており、社 会的に標準と考えられる字体や正字以外の字体を異体字とする立場も存在する が、本稿では異体字を相対的に捉える立場をとる。」「本稿のように通時的に字体 の変遷を見る場合は、正字や標準となる字体を定めることが困難だからである」と 述べている。ここには以下の二つの定義が示されていると思われる。

①漢字の

3

要素「形・音・義」のうち、「音・義」が一致し、「形」のみが異なる字 体。

②習慣として最も使用されており、社会的に標準と考えられる字体や正字以外 の字体。

(6)

②は、「習慣として最も使用されており、社会的に標準と考えられる字体や正字 以外の字体」の「や」を「習慣として最も使用されており、社会的に標準と考えられ る字体や正字」というまとまりで理解し、それを「以外の字体」につなげたが、表現 としてわかりやすくはない。ここでは「習慣として最も使用されており、社会的に標 準と考えられる字体」と「正字」が「や」でつなげられているのだから、両者は異な るという認識がなされていることがわかる。「習慣として最も使用されており、社会 的に標準と考えられる字体」はこの表現に沿って理解すれば、どのような時期の どのような地域の「文字社会」であるかによって当該「字体」が異なることが含意さ れていると推測するが、その一方で、「や」でつながれた「正字」は固定的なものと 認識されているように思われる。少なくとも稿者にはそのように思われるが、この

「正字」がいかなる概念であるかを論文内に示す必要があろう。

「異体字を相対的に捉える立場」の「相対的」がわかりにくいが、当該論文の主 張を考え併せると、「通時的に字体の変遷を見る」ということと重なり合うと理解して おくことにする(註

5)。この稿者の理解がふさわしくなかった場合は、以下の言説

は意義を失うが、そうした留保のもとに述べていくことにする。

本節では「異体字」について述べていくが、引用した言説について幾つか述べ ておきたい。まず、①が「山下真理(2013.10)」における「異体字」の定義である。

「山下真理(

2013.3

)」では「

2.1

近世以前の「銭」の異体字」において、「近世以前 の古辞書及び文学作品等の写本・版本、訓点資料などを対象に「銭」の異体字を 調査した(調査資料は稿末に示す)」と述べられている。「稿末」には「近世以前の 調査資料」が示されているが、そこには例えば『抄物資料集成第一巻~第六巻』

『続抄物資料集成』(清文堂出版)とある。山下真理はこの資料集成に収められて いる抄物すべてを読み、つまり解読し、「錢(銭)」と「音・義」が等しく、「形」だけが 異なる漢字の有無を調査したのだろうか。山下真理がすべてを解読したか否かは 論文内では確認できないので、これについては疑問を示すにとどめる。これも贅 言のようなものであるが、『抄物資料集成』『続抄物資料集成』には索引を収めた 巻が附されている。『抄物資料集成』についていえば、第

7

巻が「解説・索引」、別 巻が「索引」で、第

7

巻には『毛詩抄』と『蒙求抄』の索引が、別巻には『史記抄』と

『四河入海』の索引が収められている。第

7

巻には「索引篇 凡例」が置かれてお り、その「二 採録の範囲」の

1

には「自立語のうち主要な語を中心とし、一般的な

(7)

語も採った。その範囲は史記抄で広く、ついで蒙求抄・毛詩抄、そして四河入海 でもっとも狭い。また、採録範囲には客観的基準が立てがたいので、同一採録者 のものでも、巻により精粗の差がある」と述べられている。また四には「あらゆる面 にわたって各索引間に精粗出入りがあり、あるいは長短相補うところなきにしもあ らずであるが、一連の索引としては不統一のそしりはまぬがれない」とある。この第

7

巻および別巻は「調査資料一覧」にあげられていない。それは、山下真理がこ れらの索引を使ったのではなく、抄物「本文」すべてにあたったことの「表明」のよ うにもみえる。そうであれば、稿者の失礼をお詫びするしかない。しかし、稿者は 生来怠け者であるためか、『抄物資料集成』および『続抄物資料集成』の「本文」

をすべて解読し、「錢(銭)」字が使用されている箇所を拾い出すという作業を具 体的に想起しにくいし、それにかかる時間を想像することもできない。ただ容易な 作業ではないことだけはわかる。それゆえ、仮定のこととして述べるが、もしも索引 のみによっているのだとすると、その索引が「総索引」ではないということをどう考 えればよいか。誤解のないようにいえば、索引が「総索引」でないことを批判して いるのではない。これらの索引の学恩は大きく、稿者もつねにその学恩を感じな がら使わせていただいている。この索引が「総索引」でないことではなく、この索引 をこのような目的のために使うことができるのだろうか、ということが論点である。

「索引篇 凡例」の

4

には「抄の本文中、漢文体の部分、および原漢文の部分は 採らない」とある。「原漢文の部分」に「異体字」が使われることは想定しにくい。む しろ「原漢文の部分」にはみられない「異体字」が「抄の部分」にあらわれる、という ことが想定されることであろう。そうした箇所が

1

箇所でもあれば、「異体字」という ことが明瞭になる。抄物を調査対象にするのであれば、そうした「方法」が考えら れるし、柳田征司『詩学大成抄の国語学的研究 研究篇』(1975年、清文堂)第

3

章「言語の性格」の「四、表記」の「(一)漢字の字体」の条中には「抄中に原典の 漢字字体について説明を加えた記事が存する。(

1

)漢字の一部を省略した字体、

いわゆる抄物書きについての説明が最も多く見える」(219 ページ)、「「略す」とい う認定は、古字・本字が何であるかということによるのではなく、通常用いられた文 字が何であるかによっていると見られる。この通常用いられた字体が何であるかを とらえることは容易ではないから、ここではそれに該当する可能性のあるものを広 く扱うことにした」(220 ページ)、「同一の文字が非常に近いところで二つ以上の 字体で書かれている場合に注目してみたい。そのような例はかなりの例数存する。

(8)

その中には、原典の語句を引用した部分での字体と、抄文での字体とが異る例 が多く存し、更にその例中には引用部分が原典の字体にひかれたかと見られる 例も稀に存する」(223 ページ)などの言説がみられる。具体的な文献を起点とし た言説及び「方法」で首肯できる。

先に引いた「山下真理(2013.10)」の①には「使用頻度」という観点が含まれて いないように思われる(註

6)。稿者は「異体」という以上「異」に対する「正」が名称、

概念として必要であると考える(註

7

)。ある具体的な文献においてXという漢字

(註

8)が 100

回使用されたとする。そのうち

95

回はAという「かたち」でXが実現し、

5

回はBという「かたち」でXが実現していたとすると、この文献においては、AがX の「正体」でBがXの「異体」ということになる。「正体」という呼称には「正」字が含ま れ、それがただちに〈正しい〉ということを想起させる。しかし、稿者のモデルはある 具体的な文献における使用頻度のみを基準にしており、「正/誤」という含みはま ったくない。したがって、できれば、「正体/異体」ではなく、「標準字体/非標準 字体」という用語を使いたい。「標準」を英語「standard」と対応させると、そこにまた

〈規範・基準〉という含みが強まるが、そうした含みのない「標準」である。

あるいは「調査資料」として例えば『改訂新版古本節用集六種研究並びに総合 索引』があげられている。これが稿者にはよく理解できない。揚げ足取りと思われ ることをおそれるが、古本節用集の「総合索引」を使って、例えば索引があげる

「ゼニ

[

]

」(あるいは当該索引にはそうした見出しはないが、「セン

[

]

」)の箇所 を「影印篇」で確認したということか。この方法で「錢(銭)」と「音・義」が等しくて

「形」のみが異なる字をもれなく見出すことができるのであろうか。そしてまた、これ はことごとしく言うまでもないが、「索引」は仮名づけがされていない漢字列を採り あげていない。例えば黒本本「む部」財宝門には「襁褓(右振仮名ムツキ)[為孩 児拭/不潔者也]」という見出しがある。[

]内には仮名づけがされておらず、「孩

児」「不潔」などがそれぞれ「ガイジ」「フケツ」という語を書いたものだとしても、索 引には採りあげられていない。同じ黒本本の「ほ部」財宝門に見出しとして採られ ている「母衣(右振仮名ホロ)」には「言孩児在胎内時頭戴胞衣防毒故喩之」とい う語釈が配置されている。「孩児」には「カイシ」と仮名づけがなされており、これは 索引に採りあげられている。索引は仮名づけがされている箇所のみを採りあげて いるので、索引からたどりつける箇所は「見出し」のみでもなく、「見出し+語釈」

すなわち(ほぼ)すべての「本文」でもなく、「語釈」のみでもない。その意味合いで

(9)

はきわめて「不徹底」な範囲が漢字字体の調査対象になっていることになる。

稿者は使用頻度を「異体字」の定義の根幹にすえているので、稿者の定義する

「異体字」はそもそも使用頻度がたかくない。仮名づけされている箇所には一例も 確認できなかった、ということがそのまま当該文献には一例も存在しないということ にはならないことはいうまでもない。

近時、まったく定義を示さずに「異体字」という学術用語が学術論文において使 われることがある。例えば、山下真理「近世から近代日本における異体字使用の 変化」(『漢字字體史研究 二 字体と漢字情報』2016 年

11

月、勉誠出版)は論 文タイトルに「異体字」を含み、「異体字」を正面から扱う論文であるにもかかわら ず 、論文内には「異体 字」の定義が示さ れていな い。 当該論文 、山 下真 理

(2016.11)には次のような言説がみられる。

近世において規範的な字体は位相によって異なっており、正字は漢字字書で、

俗字は通俗字書で使用される規範的な字体であった。近代になると、近世に存 在したような位相差がなくなり、規範的な字体が一つに統一されていく。このような 近世から近代にかけての異体字使用の変化を明らかにする上で、規範的な位相 差を反映した正字と俗字の使用状況の変化を調査することは有効と考えられる

(142ページ)。

「位相」は稿者が使用を避けている(註

9)用語であるが、山下真理(2016.11)の

言説及び一般的な使われ方に従って理解しておくことにする。ここでは「漢字字 書」と「通俗字書」とが「位相」という用語で捉えられていると推測する。加えていえ ば、「漢字字書」「通俗字書」も定義されておらず、当該論文の読み手には、(山 下真理によって)両者がどのように「位相」が異なるととらえられているかを理解す ることがきわめてむずかしくなっている。それはきわめて不都合なことと思われる が、いったんそのことについては措く。また「近代になると、近世に存在したような 位相差がなくなり」と述べられていることからすれば、ここでの「近代」は日本語の 歴史を「古代語」と「近代語」に分けてとらえた場合の「古代」「近代」ではないこと になる。ここでの「近代」は明治時代、「近世」は江戸時代ということと理解しておく ことにする。そうだとすると、「近代になると、近世に存在したような位相差がなくな り」は「明治時代になると、江戸時代に存在したような位相差がなくなる」ということ

(10)

になる。「ような位相差」は「漢字字書」と「通俗字書」との間にあった「ような位相 差」であろうから、ますます「漢字字書」と「通俗字書」とが具体的にどのような辞書 体資料をさしているかがわからないと不都合になる(註

10)。

山下真理は「近代日本における活字字体の変遷-読売新聞を対象として-」

(『国語学研究』55、2016年

3

月)の「5.1 近世日本における正字の使用」におい て、次のように述べている。

近代における正字の増加ということを考えるには、近世における正字の使用状 況について見ておく必要がある。乾(1999)は、近世における楷書の世界には以 下に示すようにさまざまな相が存在したことを指摘する。

《真①》漢学など学問学修の世界-規範的な世界-漢字字書 《真②》草の世界と連続する世界-日常的な世界-通俗辞書

《真①》は規範的な世界で漢字字書の見出し字となるもの、《真②》は日常的な 世界のもので節用集などの通俗辞書*見られるものとするが、この指摘は山下

(2015a)の、正字は漢字字書で使用される字体、俗字は通俗辞書で使用される 字体で、近世には規範的な字体に位相差が存在するという指摘と符合するもの である(

168

ページ)。

*にはおそらく「に」が入るであろう。「山下(2015a)」は「近代日本における字体 範疇「俗字」の成立背景」(土曜ことばの会発表資料)を指す。「山下(

2015a

)」は 山下真理(2016.11)の参考文献としてもあげられているが、この資料は口頭発表 に際しての発表資料と思われ、公表されていない。したがって、当該発表を聞い ているか、この「土曜ことばの会発表資料」を何らかの方法で入手するかしなけれ ば、その内容を知り得ない資料であり、山下真理いうところの「漢字字書」「通俗辞 書」が具体的にどのような辞書体資料かを論文の読み手がつかむのは容易では ない。乾(

1999

)は楷書体についての言説であり、「正字」と「俗字」についてのも のではなく、論点がそもそも異なるのではないだろうか。にもかかわらず、「指摘と 符合する」と主張するのであれば、乾(1999)が述べている楷書体についての言 説と、山下真理が主張する「正字」と「俗字」とについての言説が、どのように「符

(11)

合」し、そしてなぜ「符合」するかについて当該論文内で具体的に述べるべきでは ないだろうか。

別の箇所には次のような言説がみられる。

近世日本において、近代日本の正字は漢字字書で使用される字体であり、近 代日本の俗字は早引節用集で使用される字体であった(山下(2015a))。漢字字 書も早引節用集も辞書であり、どちらも規範性を有すると考えられる資料である。

そこで使用される字体が異なっていたということは、近世日本においては位相に よって使用する字体が異なっていたと考えられる。そして、近世においては正字も 俗字もそれぞれの位相において規範性を有するものであったため、近代におい てもその規範性を引き継いだ結果、規範性を有する字体が

2

つ存在することにな ったと推察されるのである(163ページ)。

今ここで採りあげている山下真理(2016.3)は「近代日本における活字字体の変 遷-読売新聞を対象として-」というタイトルである。改めていうまでもないことで あろうが、『読売新聞』を対象とした調査によって、すぐに「近代日本における活字 字体の変遷」がとらえられるのであろうか。論文のタイトルは「『読売新聞』における 活字字体の変遷」がふさわしいのではないか。それが「近代日本における」という 枠組みにまで拡大されている。それと同様に、先に引用した言説も「近世日本に おいて、近代日本の正字は漢字字書で使用される字体であり、近代日本の俗字 は早引節用集で使用される字体であった」とある。「近世日本」の漢字使用状況、

「近代日本」の漢字使用状況はいつ、どのような調査によって自明のものとなった のか、稿者には理解できていない。どれだけの漢字についてのデータがあって、

「近世日本において」というような枠組みでの発言をしているのだろうか。

また、「規範的な字体が位相によって異なって」いると述べた場合、それは「文 字社会」ごとに使っている字体が異なっていたということであり、それを「規範的」と までみなし得るのだろうか。「規範的な字体が一つに統一されていく」「規範性を 有する字体が

2

つ存在する」といった時に、その「規範」はどこからみた「規範」と いうことになるのだろうか。〈よるべき規準〉は

1

つでなくていいのだろうか。言い換 えれば

2

つ〈よるべき規準〉が存在できるのだろうか。

「規範的な字体が一つに統一されていく。このような近世から近代にかけての異

(12)

体字使用の変化を明らかにする上で、規範的な位相差を反映した正字と俗字の 使用状況の変化を調査することは有効と考えられる」と述べていることからすれば、

「規範的な字体」と「異体字」とは排他的な概念ではないことがわかる。

ここでも「正字」は定義されていない。また、ここでは「正字や標準となる字体を 定めることが困難」と述べられているが、山下真理(2016.11)では「近世において 規範的な字体は位相によって異なっており、正字は漢字字書で、俗字は通俗字 書で使用される規範的な字体であった」と述べられており、「正字」「俗字」がすで に特定されているように思われる。

日本古典文学大系『今昔物語集 一』(1959年3月5日第1刷、1980年4月 30日第9刷、岩波書店)「凡例」三の(一)の(2)の(a)の2には「「当用漢字の新 字体」日本大学国語研究室単刊 第二表にまとめ掲げたもの)は、新字体を採用 した。大概、新字体、およびそれに近いものを用いてあるので、統一的に新字体 に従った」(44 ページ)と述べられている。「次のもの」として、例えば「虫( )」とあ る。これは「底本」において、おおむねは「虫」が使用されているので、その字をも って翻字したということであろう。三の(一)の(2)の(b)には「(a)以外の当用漢字、

および、当用漢字以外(いわゆる外字)は、正体を使用することを原則とした」、

(c)には「読者の注意を喚起する意味で、頻繁に出てくる次の異体字を採用した」

とある。そして例えば(c)の「例1 全面的に使用したもの」に「 (惡)」「猒(厭)」が あげられている。これらの例を使って説明すれば、「底本」には「 」や「猒」が「頻 繁に」使われていると認識したので、「惡」や「厭」が使われることもあるが、「大勢 を占める上の字」を「統一的に」翻字に使ったということになる。ここでは「異体字」

とともに「正体」という用語が使われている。漢字字体について「異体(字)」という 用語を使うのであれば、その対概念は「正体」であることがもっとも自然である。

「正体」があることを前提にして、「正体」ではない字体を「異体(字)」と呼ぶ。「正 体」は必ずしも「規範的な字体」であるとは限らない。

稿者は、具体的な文献において、どのように漢字が使われているか、という観点 を重視し、その調査対象となっている文献において支配的に使われている漢字 字体をその文献における「標準字体」と呼び、そうでない漢字字体を「非標準字 体」と呼ぶことは一案ではないかと考える。「非標準字体」がその文献における「異 体」字、「標準字体」がその文献における「正体」字ということになる。「正体」の

「正」は〈ただしい〉ということを想像させる。しかし〈正しい〉は何らかの規準に基づ

(13)

く「判断」であるはずで、辞書体資料に使われている字体が何らかの規準に基づ いているとただちにみなすことはできない。

2. 「規範(的)」ということについて

ここまでに引いた山下真理の言説には「規範的な」という表現がしばしば使われ ている。山下真理は自身の論文内で「規範」をどのようにとらえているか、につい て述べていないと思われるので、これも推測するしかない。一般的に、「規範」は

〈よるべき規準〉というような語義として理解されることが多いであろう。

「辞書が規範的である」という言説において想定されていることは、辞書の作り手 側からいえば、辞書に盛り込む「情報」をその辞書を使う「文字社会」における〈よ るべき規準〉になるようにこころがけて辞書を作るということであり、辞書の使い手 側からいえば、その辞書を〈よるべき規準〉として認めているということになる。その ようにいえるためには、辞書の作り手にはその辞書を使う「文字社会」全体が把握 できていて、その「文字社会」が求めている〈よるべき規準〉がおおよそにしてもわ かっているということが前提になる。「辞書にある情報が登載されている」ということ と「辞書に登載されている情報が規範的である」ということは別のことがらであり、

後者を(おおよそにしても)主張するためには、「規範的である」ことの「証明」(め いた手続き)が別途必要になるはずである。

3. 「錢(銭)」を省略するということについて

「山下真理(

2013.10

)」が扱った「錢(銭)」について気づいたことを「つけたり」と して述べておくことにする。

「錢」を説明するならば、「金×(戈+戈)」(×は構成要素が左右に並ぶことを示 し、+は構成要素が上下に並ぶことを示す)で、これを発音するならば、「左側に 金、右側に戈(ほこ)を上下に重ねた形」ということになる(註

11)。

「錢」の金偏をはずして、「戔」と書くことは考えられるが、この「戔」は『大漢和辞 典』巻

5

26

ページに掲げられている字で、〈そこなう〉という字義をもつ。『大漢和 辞典』は「戔」の「解字」欄に「殘(6-16506)の字と音も義も同じ。今は殘の字が行 はれて、戔の字が廃せられた」と記している。今ここでは、この言説は『大漢和辞 典』の「判断/判定」であるとみておくことにする。そしてこの言説を認めるのであ

(14)

れば、「戔」は「殘」の異体字ということになる。「戔」を構成要素としている字は少 なからず存在しており、「戔」を「殘」の異体字として使うような文献、(あるいは「文 献」を少し広げて)「文字社会」においては、「戔」を他の字、例えば「棧」「淺」など の異体字としては使いにくいことになる(註12)。

「常用漢字表」に載せられているかたちは「銭」で、旁りのかたちと対応する単漢 字は存在しない。山田忠雄は『当用漢字の新字体-制定の基盤をたづねる-』

(1958 年、新生社)において、「 」を「同形ふたつを接続統合したもの」(22 ペー ジ)とみている。つまり「戈」が二つ上下に重なっているので、それを「接続統合し」

(いささかの変形を加えた)かたちとみている。そうであれば、「 」の六画目の「点」

は上下二つの「戈」のうち、上の「戈」の点ということになる。今、江守賢治『楷行草 総覧』(1981年第1刷、1990年第16刷、日本放送出版協会)を目安とするが、こ の「総覧」の「錢」の行書中に「点」が二つのものと、「点」が一つのものが示されて いる。「点」が二つのもの(二点)は、「戔」の二つの「点」がそのまま残ったものと思 われるが、「点」が一つで、「 」のように上部にうたれているのではなく、やや下の 位置にうたれているもの(下一点)が示されている。「錢」の省略字形として「戔」は もちろんのこと、「下一点」もうまれる可能性がある。「錢」の行書体の旁りに「二点」

「下一点」がある以上、金偏を省いた「旁り下一点」と「旁り上一点=「 」とは淵源 を異にする可能性がないか。「山下真理(2013.10)」が掲げる「表1」は「銭」と「 」と を結びつけ、「銭」の「点が二つのもの」(銭二点)を「 」の「点が二つのもの」( 二 点)と結びつけ、「錢」と「戔」とを結びつけているが、その「みかた」には行書体へ の目配りが欠けてはいないだろうか。

また「山下真理(2013.10)」は「はじめに」において「異体字が派生及び衰退する 要因の一端を明らかにする」ことを目的として掲げながら、具体的にどうやって異 体字がうまれるか、という字形に即した分析を行なっていない。それは、「錢」「銭」

「銭(二点)」を「一括りにして考察を行う」、「戔」「 」「 (二点)」を「[金偏を省略し た字体]と捉え、「 」と一括りにして扱うことにする」といわばいともあっさりと述べて いるところにもあらわれており、かたちが話題の焦点になりそうな異体字の分析で ありながら、そこに論点はないように思われ、これも訝しい。

「山下真理(2013.10)」は「2.1 近世以前の「銭」の異体字」において『商売往来 刊誤』に4例、『諸数名寄万物往来』に1例「 」という字体が見られた」と述べてい る。このことからすれば、これら合計5例の「 」は「銭」の異体字としてのもの、すな

(15)

わち「銭」と「「音」と「義」が一致し、「形」のみが異なるもの」であることになる。

ところが、『[諸数/名寄]萬物往来』(註

13)を確認してみると、「壱両目銀は四

疋三分/薬は四戔目一斤は百六拾目」(4丁裏)とあり、「戔」の右には「せん」、左 には「モンメ」と振仮名が施されている。

『日本国語大辞典』第

2版は見出し「もんめ」の語義を以下のように、二つに分け

て記述している。見出し「せん」の語義もあわせて示す。

見出し「もんめ」

(1)尺貫法における重量の単位。貫の千分の一、分(ふん)の一〇倍にあたる。唐

の開元通宝銭一文の重さを「もんめ」と称して中世末期以降用いられたが、斤両 制と入りまじって複雑になり、江戸中期以降規格が統一された。約三・七五グラム。

略して、「目(め)」という。

(2)

通貨の単位として、

(1)

を用いたもの。江戸時代、金貨が定量貨幣(一両四〜

五匁)として用いられたのに対して、銀貨は秤量貨幣として用いられ、もっぱらそ の実量を匁で表わしていった。江戸幕府は、金貨との交換を、慶長一四年(一六

〇九)金一両につき銀五〇匁と定め、元祿一四年(一七〇一)には一両につき六

〇匁とするなど、時代によって違い、また、その日その日の相場によって左右され たが、金一両は銀五〇〜八〇匁であった。

見出し「せん」

(1)ぜに。かね。貨幣、特に、金属貨幣。

(2)

昔の通貨の単位。一貫の一〇〇〇分の一。文(もん)。

(3)通貨単位。一円の一〇〇分の一、一厘の一〇倍。

(4)秤目で、貫の一〇〇〇分の一。匁(もんめ)。

「薬は」とあるので、ここでの「せん」は語義(4)として示されている「秤目」すなわ ち重量単位の「せん」で、左振仮名「もんめ」は語義(1)にあたると思われる。そう であれば、この「戔」は「銭」と「「義」が一致」しているのだろうか。

そしてまた、重さの単位としての「モンメ」に「錢」字があてられたことがあったこと がわかる。『大漢和辞典』巻

11

の見出し「錢」においては字義の最初には「ぜに」

を置くが、五つ目に「目方の名。両即ち二十四銖の十分の一」とある。

(16)

図は宇田川榕庵、宇田川玄真『遠西医方名物考』(1822 年刊)の「凡例」中の

「秤量符」を示した箇所である。「和蘭用ル所ノ薬秤固(モト)ヨリ和漢ノ秤量ト異(コ ト)ナリ」(8 丁裏)と述べ、「和蘭」の「ゲレイン」「スクルペル」「オンス」「ポンド」に符 合をつくり、それをもって表示することを述べている。それぞれの記述は「一錢ヲ 六十ニ分チタル其一ニシテ即チ一釐六毛強ナリ」、「一錢ヲ三ニ分チタル其一ニ シテ即チ三分三釐三毛強ナリ」などと述べられていて、「錢」が「和漢ノ秤量」とし て使用されていたことがわかる。「山下真理(2013.10)」は「銭」が「明治 4 年に貨 幣単位に採用」されたことを軸に組み立てられているように思われるが、明治四年 に先立つ江戸時代において、医学(薬学)の分野では、薬の秤量単位として「錢」

が使われていた。このことについての配慮なくして、「錢」にかかわる漢字字体に ついて論じることができるだろうか。

『遠西医方名物考』巻1の「凡例」「標目」を除いた「本文」は28丁ある。28丁を 調べてみると、8丁裏に「錢」が4回、13丁表に1回使われている。同様に巻2は 26丁あるが、3丁表に3回、4丁裏に1回、9丁表に1回、12丁裏に1回、26丁 裏に1回使われている。巻3は27丁あり、5丁裏に1回のみ使われている。巻4 は27丁あり、3丁表に1回、24丁表に1回、同裏に1回使われている。巻5は 28丁あり、7丁裏に3回、11丁裏に1回、12丁表に3回、同裏に2回、14丁裏 に2回、24丁表に1回、28丁表に2回「錢」字が使われている。結局、巻1から 巻5までのすべてで136丁に「錢」字が30回使われており、それはいずれも「錢」

であった。『遠西医方名物考』は整版で印刷されているが、端正な版面にみえる。

宇田川玄随が訳し、宇田川玄真が「校註」、藤井方亭が「増訳」した『増補重訂 内科撰要』という医学書がある。文政 9 (1826)年に刊行されているが、稿者はそ の巻1から巻6まで(157丁)の写本を蔵している。書写年時は記されていない。

このテキストにも薬の秤量単位としての「錢」が散見する。巻1から巻6までの「本 文」中で、「錢」字が57回、「銭」字が56回、「 」(一点)が1回使用されている。

これだけの数について、数値的な観点から述べることはできないけれども、「 」の 使用は1パーセント以下である。しかし、このテキストは写本であり、「公的」とみな すことはできない。これらの箇所は、版本においてはすべて「錢」字が使われてい る。

またやはり書写年時が記されていない『謨斯篤水腫篇』という写本を蔵している が、このテキストにも薬の秤量単位としての「錢」が使われている。このテキストは

(17)

78 丁であるが、51 回「 」(二点)が使用されている。「錢」「銭」は一度も使用され ていない。

このように、江戸時代の文献において、薬の秤量単位としての「錢」が使われ、

写本においては、その「錢」が「銭」及び「 」(一点・二点)のかたちで実現してい ることがわかった。「錢」が金偏を省略して書かれるのは、当該文献内では、その 省略されたかたちがいかなる字であるかが容易にわかることがまず重要で、その こととかかわるともいえるが、当該字が繰り返し使用されている、ということが省略 を可能にしていると考える。

おわりに

言語は時間と空間が特定されて初めて、具体的な存在として特定することがで きる。そしてまた、いかなる集団に当該言語が共有されているかを考えることは言 語観察の第一歩といってもよい。通時的な観察も同様で、異なる言語の通時的な 観察は積極的な意義をもつとは考えにくい。中国語と日本語とは、ともに文字化 に際して漢字を使用する。しかし、文字化している言語は異なるのであって、中国 語を文字化した文献において使われている漢字と日本語を文字化した文献にお いて使われている漢字とは、まずは異なるととらえる必要がある。そうしたことがき わめて朧化してきていないだろうか。

本稿では、漢字字体を考えるにあたって、頻繁に使われる学術用語「異体字」

「規範」について概念の整理をし、具体的な分析として「錢(銭)」の省略について 採りあげた。今後は、「正体」「正字/俗字」などについての整理も試みたい。

註 1 尾山慎は「『土左日記』の「書記論」および「表記論」と、これから」(『奈良女 子大学文学部研究教育年報』第14 号、2017 年)において、「抽象化された読み 手、抽象化された書き手、そして、その両者を統括的に分析する分析者という「三 者」の関係にあって、描き出された表記論(一部書記論を含む)がこうして眼前に ある」(43 ページ)と述べる。ここでは文献の「読み手」「書き手」とそれを分析して いる人物「分析者」とが自覚的に分けられている。よくいわれるような意味合いで 論文を「客観的」に執筆するということが、文の終わりを「思う」や「考える」と書くと

「主観的にみえてしまう」から「思われる」と書くのだ、というようなこととはき違えら れて、論文の書き手である「分析者」が曖昧にされてきた、ということはないのだろ

(18)

うか。そして「分析者」が曖昧にされることによって、分析の視点、方法までが曖昧 にされてきたということはないのだろうか。

2 2019

1

26

日に清泉女子大学で行なわれた第

42

回表記研究会研究 発表会における瀬間正之による発表「東アジアの音仮名表記」発表資料。

3 尾山慎(2017)は、『土左日記』の分析において、青谿書屋本を紀貫之自筆

本と「みなす」ということについて、「その「みなし」とは、ある種一つの抽象化である といえよう。つまり、眼前の青本の一文字一文字の筆致、文字の大小、紙面上の 配置等、それが、まさにそのまま自筆原本とぴったり重なるとは誰も思っていない はずである。どれだけ精緻であっても写本は写本であるから。そして「貫之自筆 本」を目にした者も、今となっては、いないわけである。しかし、それでいながら、

その〈実存・青本〉を〈未見・自筆本〉とみなす仮説して話を進めるということは、こ こに手続きとして、青本をある面で抽象化するという「処理」を通過していることに なる」(

37

ページ)と述べる。

4 屋名池誠「文字・表記(理論・現代)」(『日本語の研究』第 4

4

号、2008

年)。屋名池誠はさらに「乾善彦「意味と漢字」(『朝倉漢字講座

2 漢字のはたら

き』朝倉書店、

2006.6

)、笹原宏之「字体・書体」(同)は、いずれも第

1

人者による 行き届いた解説であり、小池和夫『異体字の世界』(河出文庫、2007.7)も組版・印 刷関係の篤学者の水準の高い好著であるが、こうしたすぐれたものでさえ時に汎 時的なとりあつかいが目につくのである」(

70

ページ)と述べている。例えば、笹原 宏之は上記の言説中において、「篆書・隷書・楷書・行書・草書なども、文字の形 に関する用語であるが、とくに、おのおのの文字に対して統一的に施されたデザ インを指す書体についての分類である(表

3

)。中国から伝わった漢字は、悠久の 歴史を背負っており、書体も時代とともに変化してきたのである。このいわゆる五 体のほかにも、筆記材料に基づく名称である甲骨文字、金石文なども書体的な 特徴として扱われることがある。篆書は、小篆とも呼ばれ、中国全土を制覇した秦 の始皇帝の時代に、籀文(ちゅうぶん)(大篆)を人為的に改めたものである」(104 ページ)と述べている。「中国から伝わった漢字」と記されている以上、「伝わった」

場所は日本であろうから、ここで述べられているのは日本の漢字についてである と理解したくなる。しかし、そうだとすると「書体も時代とともに変化してきた」は日 本における漢字についての発言なのであろうか。あるいは「このいわゆる五体の ほかにも~扱われることがある」という言説の文意がきわめてわかりにくいことは措

(19)

くとしても、「甲骨文字」は日本にはあてはまらないことは明らかであるし、「篆書 は」以下が中国について述べていることも明らかで、となると、引用した言説全体 では、中国における漢字の話題と日本における漢字の話題とが混然としているこ とになる。あるいは「異体字の分類」について述べている「かつては「國」が正字で あり、「国」や「囯」などは俗字とされていた」(105 ページ)という言説の「かつて」は 日本における「かつて」であるのか中国における「かつて」であるのか、そしてその

「かつて」は具体的にはいつのことか、いずれも不分明であり、屋名池誠(

2008

) の指摘のとおり、「共時・通時の別が曖昧にされている」といわざるを得ない。屋名 池誠(2008)の警告的主張からすでに

10

年以上が経過しているが、むしろ「共時・

通時の別が曖昧にされている」という状況はさらに深刻化していると感じる。

5 ただし、「通時的に字体の変遷を見る」といった場合に、観察対象をどのよ

うに設定すれば、意義ある分析が展開できるかということについては慎重に検討 する必要があると考える。例えば、山下真理は「近代における「俗字」-近代教育 漢字字体資料を対象として-」(『訓点語と訓点資料』第

132

輯、2014年)におい て、「近代教育漢字字体資料」の分析をする一方で、漢字字体規範史データベ ースを使う。そして「近代教育漢字字体資料で俗字字体として挙げられていた

40

字体中、28字体は

HNG

に同じ字体が存在した」と述べ、さらに「俗字字体の多く は標準的な文献に見られる傾向がある」と述べる。この「俗字字体」は「近代教育 漢字字体資料で俗字字体として挙げられていた」字体を指す。「標準的な文献」

は「標準的な文献と私的な文献の差異は、異体字率(漢字を複数回書くときに字 体がゆれる割合)によって判断でき、標準的な文献においては異体字率が

1.00

%を越すことはないとされる」と述べられていることから判断すれば、

HNG

が 調査した文献を指すと思われる。ただし石塚晴通は「公的文献では異体が使用さ れる率が低く、異体(字)率が

1%を越すことはない」(『漢字字体史研究』、2012

年、勉誠出版、

6

ページ)と述べているのであって、「公的/私的」という枠組みで 資料をとらえていると思われる。HNGが調査対象としている文献は基本的に経典 が多く、当該経典がどのような目的で文字化されたか、あるいはどのような「場」で 文字化されたかが比較的つかみやすい。稿者は、一般的にみて、手書きによる 文字化と印刷による文字化とには異なる点が多いと考えているので、版本と写本 とを同じようにくくることには消極的であるが、それでもテキスト生成の目的によっ て「公的/私的」とくくることは有効であると考える。稿者にとっては「公的/私的」

(20)

は「標準的/非標準的」とは同じではないが、山下真理は「標準的な文献と私的 な文献」と表現しており、これは積極的な、つまり有意の表現変換であるのか、そ うではないのか、こういう点についても粗さを感じる。「近代教育漢字字体資料」と HNG とを対照するという「方法」はそこだけをみれば、「汎時的」かつ「汎空間的」

であり、その対照の意義、対照することによって、どのようなことがあきらかになる のか、ということについては十分に掘り下げて説明する必要があろう。

註 6 「山下真理(2013.10)」には「この字体が出現・定着及び衰退した時期を調 査し、その要因を考察することで、異体字が派生及び衰退する要因の一端を明ら かにする。この「 」は、古辞書及び近世以前の写本・版本にはほとんど見られな い字体であるが、近代には広く使用された字体であり、その後現代に至る過程で 衰退した字体であるため、異体字の盛衰要因を考察する上で重要な字体といえ る」と述べられている。広い日本列島上にある漢字字体が出現した時期をどのよう な「方法」で特定できるかとまず思わざるをえない。こうしたことを何の限定もなく述 べることによって、何があきらかになり、(あるいはでき)、何があきらかにできない か、ということが曖昧になっていく。その結果、「方法」に関しての問題意識が薄れ、

「方法」が磨かれる機会を失う。そしてまたある字体が「定着」したことはどうやって 測定できるのだろうか。どのような状況であれば「定着」といえるのか。「定着」した 時にもそれは「異体字」なのか。「定着」した時に「異体字」ではない字体はどうな っているのか。疑問はつきない。「近世以前の写本・版本にはほとんど見られな い」の「ほとんど」は使用頻度についての謂いに思われる。「山下真理(2013.10)」

には文化 6(1809)年に出版された『商売往来刊誤』に 4 例、文久 2(1862)年刊

『諸数名寄万物往来』に1例、「 」が見出されたことを述べた上で、「ただし、調査 した他の写本・版本や崩し字辞典等に「銭」の異体字として「 」字をまったく見い だせないこと、掲載資料数・用例数も少ないことから、近世において「 」が社会一 般で広く使用されていたとは考えにくいだろう」と述べる。稿者は先に述べたよう に、使用頻度という観点に基づき、「標準字体/非標準字体」という枠組み及び 呼称を考えている。その観点からすれば、「非標準字体」が「社会一般で広く使用 される」はずもない。そしてまた、稿者は「いついかなる言語共同体」でも起こり得 る言語事象と、そうではない言語事象とを分けて考えるべきことを述べてきたが、

稿者の「みかた」からすれば、合計5例であっても、「 」が見出されるということは、

「錢(銭)」を 「 」 というかたちで書くことはあったことになる。「 」が「錢(銭)」を省

(21)

略したかたちであることは明らかで、そうであるからこそ、省略する必要性あるいは 省略する場面においてのみそれが実現することになる。そうした意味合いにおい て、省略形は一般的には「異体字」に含めるが、むしろ字画を省略するというとこ ろに、いわばポイントがある。そうしたことを考え併せると、省略字形は、「異体字」

ではあっても、同列に論じないほうがよいのではないか。省略字形は「異体字」一 般とは、成立の条件を異にしている可能性がたかい。省略字形についての主張 をそのまま「異体字」一般にあてはめることには慎重でなければならないと考える。

なぜ頻繁に「錢(銭)」が省略されて書かれたか、といえば「錢(銭)」が金銭単位で あったから、それを文字化する機会も多く、また省略してもそれが「錢(銭)」である ことがわかる箇所にそれが頻繁に使われたということに尽きるのではないだろうか。

省略してもわかるためには、条件が必要であろう。

7 稿者は仮名に関して、例えば、仮名「あ」をあらわすものすべてを「異体仮

名」と呼ぶことを提唱し、それを実践してきている。この場合「異体仮名」に対応す る「正体仮名」は設定されていない。この提唱は「変体仮名」という、本来的には限 定されて使われるべき用語がひろく使用されることを避けるためのものであった。

この設定に現時点では不都合はないと考えている。また、現時点では仮名と漢字 とを同一の原理的枠組みで論じる場面に遭遇していない。今後そういう「場面」が 生じた場合には、「異体仮名」という呼称、概念設定を見直す必要があることにな る。

8 「Xという漢字」は曖昧な表現である。この「X」が字種ということになるが、

「字種」も概念が共有されていないように思われる。『日本語学大辞典』(2018 年、

東京堂出版)の見出し「基本漢字」の条中に、「この中には、「常用漢字表」

(2010)に掲げられる

2136

字種が含まれる。ここで言う字種には、字体の差異は 含まれないことを原則とするが、実際には同一の字種の異なる字体(例:竜と龍/

富と冨)が含まれていて、複雑な様相を呈している」(

213

ページ)と述べられてい る。「常用漢字表」の「表の見方及び使い方」の

2

には「「本表」には、字種

2136

字 を掲げ、字体、音訓、語例等を併せ示した」とあり、3 には「漢字欄には、字種と字 体を示した」とある。

2

の「字種

2136

字を掲げ」は「

2136

字種を掲げ」がよいのでは ないか。また

3

は「漢字欄には、明朝体によって字種を示した」とでも表現するの はどうだろうか。3 の表現からすると、「漢字欄」に例えば「護」とある場合はこの

「護」によって「字種と字体」とが示されていることになる。一方

6

には「丸括弧に入

(22)

れて添えたものは、いわゆる康熙(き)字典体である。これは、明治以来行われて きた活字の字体とのつながりを示すために参考として添えたものであるが、著しい 差異のないものは省いた」とある。「漢字欄」には「竜(龍)」とあり、「龍」が「康熙字 典体」として添えられていることになる。この場合「竜」をどのように考えればよいか。

「竜」が明朝体あるいは「常用漢字表字体」とでも呼ぶべき字体を示しているのだ とすれば、「康熙字典体:龍」「明朝体(常用漢字表字体):竜」ということになり、異 なる字体が「漢字欄」に置かれていることになる。とすれば、字種はどのような「か たち」をもっているのか。また、戸籍法施行規則の別表第二、「人名用漢字表(戸 籍法別表)」の「注」には「「-」は、相互の漢字が同一の字種であることを示したも のである」とある。例えば「祢」「禰」が「

-

」で結びつけられている。この場合も、「祢」

「禰」を超えて何らかの「字種」が設定されていることになるが、それはどのような

「かたち」をもっているのだろうか。その「かたち」がもしも「禰」であるのならば、

「禰」が字種で、「祢」はその実現形ということになる。このように「字種」という概念 も必ずしも安定して共有されていないと思われる。

9 学術用語「位相」については、工藤力男「語彙論の術語〈位相〉考」(『成城

文藝』

155

1996

年)に詳しく説かれている。工藤力男が当該論文で説くように、

「位相」とは「phase」、〈変化の状態〉なのであって、一つのものが、条件によってあ らわれを変えるというような場合に限定して使うことがふさわしい。術語を吟味して 適切に使うことによって、議論は論点が絞られ、有効な議論が可能になる。逆に、

定義することなく術語を使うことによって、どのような「情報」あるいは「主張」が提 示されているかさえもが曖昧になり、「反証」ができなくなる。稿者には、「近世に おいて規範的な字体は位相によって異なっており」はどのような主張であるか、理 解がきわめてむずかしい。

10 先行して発表されている論文を参照せよ、ということであるのかもしれない

が、稿者はモノグラフとしての論文は一つ一つが独立して成立するはずのものと 考える。このように、定義をしないままでさまざまな用語を使うことによって、反証も できなくなる。論文の読み手は自身の推測に基づいて反証、反論をすることにな り、議論が不毛になりかねない。

11 メタ言語で説明できる「左側に金、右側に戈(ほこ)を上下に重ねた形」が

佐藤栄作の主張する「字体」ということになる。

12

使いにくいが、絶対に使えないということはないと考える。「使いにくい」の

(23)

は一般的にみて、省略字形「戔」が、ある場合には「殘」の、ある場合には「棧」の 省略字形であることに不都合があるだろうという推測に基づく判断である。一方

「殘」と「棧」とがともに位置し得る文は(一般的に、ということになるが)考えにくく、

文意などから「戔」がいかなる字として使用されているかはわかる場合がほとんど であろう。そうであれば、「戔」が複数の字の省略字形として使われることが絶対に あり得ないとまではいえないことになる。〈そこなう〉という字義の「戔」が頻用される 文献において、「戔」を省略字形として使うことがないであろうことはいうまでもない。

このように、省略字形が使われるには幾つかの条件があることが推測される。大枠 としていえば、漢字字体は、漢字という文字体系内で、体系的に存在していること になる。しかし、省略字形もそのように体系的に存在しているとは限らない。ある 文献内で、「獨」を「独」と(省略して)書いたからといって、「蜀」を構成要素とする

「濁」も「浊」と書くとは限らないであろう。

13

早稲田大学の「古典籍総合データベース」の画像によって確認した。

参照

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