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海外への「日本語普及

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海外への「 日本語普及

事業における「 現地主導

主義に関する一考察 一大韓民国日本語教員の招聴研修事業を事例として‑

嶋津 拓

キー ワー ド :日本語教育、 日本語普及、現地主導、大韓民国、招聴研修

1. 現地主導」主義 に関する言説

国際交流基金 (TheJapanFoundation)は、「わが国 に対す る諸外国の理解 を深め、国際相互理解 を増進するとともに、国際友好親善 を促進す るため、

国際文化交流事業 を効率的に行ない、 もって世界の文化 の向上及び人類の福 祉 に貢献す る(1972年度法律第48号国際交流基金 法第 1条) 目的か ら、

197210月に特殊法人 として設立 された。そ して、 同基金は この 目的を達成 す るために、海外 に対す る 「日本語の普及」(同法第23条)1を業務 のひ とつ と

した。

その国際交流基金の関係者は、同基金が海外 に対す る 「日本語 の普及」 ( 下、 「日本語普及」 と言 う)事業を実施するにあたっての基本的な方針が 「 地主導主義である ことをたびたび表明 してきた。た とえば、同基金 の 日本 研究部 日本語課長は1988年 に次 のよ うに述べている。

海外 における 日本語教育は、それぞれの社会制度 ・教育制度のなかで、そ れぞれ の必要性 によって行われているものであ り、そ こではその国の人間が 責任 をもつのが本来の姿であると考 え られ る。従 って、教師について もその 国の教師が中心 となるのが基本であ り、 また教育内容や教材 について も、基 本的にはその国や機関において、学習者の学習 目的や教育 目的に沿 って構成

されるべきである。

上記 の意味で、海外の 日本語教育 に対 し日本が協力を行 う際に基本 となる 考 え方は 「現地主導」 ということである。現地主導 による取組は、多様化す る学習者の要求 をじかに受け とめ、 これ に適切 にこたえて い くという意味で も重要な視点 となる。国際交流基金では以上のような考 えのもとに、各地で

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現地主導 によ り行われ る 日本語教育 に対 し、そ こか らの要請 にもとづいて協 力す る とい う形で種 々の事業 を行 っている」2

同じ1988年 には、国際交流基金の常務理事が東京で開催 された 「日本語国 際シンポジウム」 の席上 において、次のように述べている。

国際交流基金は現地主導 ということを中心 に考 えてお ります。海外での 日 本語教育は、その国あるいはその機関の教育方針 のもとに行われるべきであ る。そ の国の方々が責任 を持 って行われ る必要がある。ですか ら日本語 を教 える先生 も、その国の先生に中心 になっていただ くのが基本で あろうとい う ふ うに考 えてお ります。 したがいまして、カ リキ ュラムに して も教材 にしま して も、基本的にはそれぞれの国で、それぞれ の機関にお いて学習者 の教育 目的、学習 目的に従 って構成 され るのが大切だ とい うふ うに認識 しているの であ ります。ですか ら基金 としま しては、一つのモデル を示 して、それ を各 国に持 って いくということではな くて、現地主導 によって行われ ます 日本語 教育 に対 して、後 ろのほうか ら私 どものできる範囲内のご援助 をして いきた いとい う基本的な立場 をとってお ります」3

また、1992年には国際交流基金の 日本語国際セ ンター副所長が 日本語教育 学会の大会で次のように発言 している。

戦後 の海外 に対す る 日本語教育 という政策の中では、戦争中に果た した 日 本語教育の役割 に対す る反省 もあ りまして、現地主導型 と言 いましょうか、

それぞれの国がイニシアテ ィブを持 って 日本語教育 に取 り組む。それ に対 し て支援、協 力をしてい くというのが私 どもの基本的な姿勢であ ります0」4

さ らに、 国際交流基金 日本語国際セ ンターの専任講師主任は1995年の段階 で次 のよ うに記 している。

基金での各種事業の遂行 に際 し、基本認識は、海外ではそれぞれの状況 の 中で 日本語教育が位置付け られているとしている。そ こでわが国の果た しう る役割 として、各国の現状 を受けそれ を支援す るという方針が出て くる、 ま

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た支援 のあ り方 とし、海外 の 自主性 を尊重す るとい うことが重視 され る。基 金では 「現地主導主義」 ともいわれる。 この方針 によ り、事業遂行面での海 外 の要請に応 える という姿勢が導かれ る。」5

このように、国際交流基金 の関係者は同基金 の基本方針が 「現地主導」主 義であることをたびたび表明 してきた。国際交流基金は 「現地主導」主義 と い う言葉の意味を組織 としては公的に明示 していないが、前述の同基金関係 者 の言説 を総合す るな らば、 「海外 の各地で現地主導 によ り行われ る 日本語 教育 に対 し、そ こか らの要請 にもとづいて協力する こと」であるとす ること ができるだろ う。すなわち、「現地主導」主義が適用 されるためには、海外の 各地で 「現地主導」による 日本語教育が行われ る こと、 あるいは現 に行われて いる ことと、そ こか らの 「要請」がある ことが前提 となる。 また、そ の 「 請」 に対す る国際交流基金の行動は、 「普及」 とい う主体 的かつ積極 的な行 動 というよ りも、同基金関係者の使用語桑 を用いるな らば、 「協力支援 助」 というような、相手側の主体性 を認めた行動になるだろう。法的には 「 本語 の普及」を任務 として いるはず の国際交流基金がその事業内容 を表現す

るのに、 「海外 における 日本語普及」6 という、やや積極的な印象 を与 える義 現 のほかに、 「海外 における 日本語教育支援」7という表現 を併用 しているの

も、 このような事情 を反映 したもの と思われ る。

国際交流基金の関係者は、前述 の とお り同基金の 「日本語普及」事業 にお ける基本方針が 「現地主導」主義である ことをたびたび表明 してきた。 しか し、 同基金の 「日本語普及」事業が本 当に 「現地主導」主義 に基づ くものだ ったか という点 に関 しては、国際交流基金およびその関係者か らあま り語 ら れて こなかった。管見の限 り唯一の例外は、同基金の正史 とでも言 うべき 『 際交流基金15年のあゆみ』 に、 「基金 としては、視聴覚教材 にお いて も他 の 教材同様、現代的な素材 を海外 に提供 し、海外 の教育現場が 自己のカ リキ ュ ラムや シラバスに従 って、意味づげをして使用す る 「現地主導」 の考 えを基 本 としている」8 ことか ら、 『ヤ ンさん と日本の人々』 という視聴覚教材 につ いて も、「この方針 に従 って、 日本語講座で使用す るスキ ッ トとして、海外 の 放送局や教育機関 に提供す る 目的で制作 された」9と記載 されていることのみ である。

すなわち、 国際交流基金の関係者は 「日本語普及」事業 を実施す る立場か

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ら、「現地主導」主義 という方針 (Sollen)についてはたびたび語 って きた も のの、 同基金の事業が本 当に 「現地主導」主義 によっていたのか とい う実際 (Sein)については、 ほとん ど語 る ことがなかったのである。 また、言語 政策や 日本語教育 の研究者 も、 同基金の事業が 「現地主導」主義 によってい たかを学術的に検証す ることがなか った。

これ らの点 を考慮 し、本稿 にお いては、国際交流基金の 「日本語普及 業が実際にも 「現地主導主義 によるものだったか否かを考察す る。その考 察 に際 しては、大韓民国の高等学校 日本語教員 に対する招聴研修事業 を事例 として取 りあげる。韓 国を事例 とす るのは、 同国が国際交流基金 にとって、

海外 における初等 中等教育 レベル の 日本語教育 に本格的に関与 した、その最 初の国だか らであ り、招聴研修事業 を取 りあげ るのは、 この事業が 日本語教 育専門家の派遣 と並んで、 同基金が 「日本語普及事業の発足 に当た りまず重 点を置 いた10事業だか らである。

なお、 この 「現地主導」主義 をめ ぐっては、2000年代の中頃 になる と国際 交流基金の関係者か ら、 これ までは 「いわば対症療法同然 に、教える側や学 ぶ側 の折々のニーズや 目的に応 じた 日本語教育が行われてきたのであ り、必 ず しも系統 的かつ包括的、そ して横 断的な指針や枠組みで、 しか も将来 の展 開まで を見据えて行なわれてきた とは言 えない」11 との意見が出され るよ う になった。そ して、2005年頃に国際交流基金は、それまでの 「現地主導」主 義の見直 しに着手 したようである。 た とえば、 同基金が20072月に発行 し 2005年度年報』にお いては、次 のような 「認識」が明 らか にされている。

ジャパ ンファウンデー シ ョン (筆者註 :国際交流基金) によるこれ までの 日本語教育事業は、各国 ・地域 のニーズ に応 じて 「支援」す るという形で行 われてきま した。それぞれの主体性 を尊重 し、 自立化 ・現地化 を促すために は、それが最 も望 ましい方法であると考 えたか らにはかな らず、その結果、

実際に 日本語教育 の基盤が整備 されてきた国々があ ります。 しか し一方で、

日本語教育 の世界的な広が りは、グ ローバ リゼーシ ョンの浸透 に伴い、私た ちの想像以上 に急速 に進んでいて 「もはや従来 の方法では立ち行かないほ ど の勢 いである」 と認識 を新たにしました。」12

この 「認識」 に基づいて国際交流基金は、 日本語教育の 「体系化や標準化」13

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を図る こととし、 「日本語教育スタ ンダー ド (仮称)」14 の構築 に着手す る ことになった。 この 「日本語教育スタ ンダー ド」 な るものの構築がそれ ま での 「現地主導主義 と並存す る試みなのか、 あるいは 「現地主導」主義 を 放棄 した上で の試 みなのか という点 を同基金は明確 にしていないが、後者の 可能性 も否定 しきれないので、本稿では考察 の対象 を国際交流基金の設立時 (1972年)か ら同基金が 「認識 を新た」 にした2005年頃まで としたい。「現地 主導」主義 を維持す るにせよ、 あるいはそれ を放棄す るにせ よ、かかる基本 方針 に基づ く事業が実際 にも 「現地主導」主義 によるものだったか否か を検 証 してお くことは、 日本が今後 も 「国際社会における 日本語使用の場を整備」15 す ることを目指すな らば必要不可欠な営みであろう。

2.韓国高校 日本語教員を対象 とした研修事業の開始

国際交流 基金 は197210月 に設立 され たが、同基 金 の韓 国 に対す る 「日 本語普及」事業が本格化す るのは1975年 になってか らである。同年、国際交 流基金は韓国の啓明大学 と誠信女子師範大学 に 日本語教育専門家 を派遣 した。

また、韓国の大学が 日本か ら日本語教師 を招聴するための経費に対す る助成 も行 うようになった。 これ らは 「主 として教員養成大学への協力」16 事業で あ り、将来の 日本語教師 を養成す る ことに重点が置かれていた。

国際交流基金は将来の 日本語教師を養成す るだけではな く、現職の 日本語 教員 に対す る研修 も重視 した。同基金は1973年度か ら海外 の 日本語教師 を 日 本 に招碑 して 「海外 日本語講師招聴研修会」 を開催 しているが、韓国の 日本 語教員は1975年度か ら招聴 されている。 当初は大学等の高等教育機関に所属 す る 日本語教員のみが招聴 されたが、1982年度以降は高等学校 の 日本語教員

も招碑 されるようになった。

韓国政府の文教部 (教育行政 を管掌す る中央官庁)は1977年か ら 「高校 日 本語科教師特別研修会」 を実施 している。 これは教員資格 を昇格 させ るため の研修会で、現在 の 「高等学校 日本語教師 1級正教師研修の前身にあたる が、 この研修会 に国際交流基金は 日本語教育専門家 を派遣 している。

このように国際交流基金は、 日本で開催 され る 「海外 日本語講師招聴研修 会」 と韓国国内で開催 される 「高校 日本語科教師特別研修会」 の両面で、韓 国の現職 日本語教員 に対す る研修事業 に関与 したのであるが、 「高校 日本語 科教師特別研修会」は韓国文教部が主催 した ものであ り、また国際交流基金が

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主催 した 「海外 日本語講師招聴研修会」への韓 国高校 日本語教員 の参加 につ いて も、文教部が主体 となって立案 した 「日本語教師特別研修計画」17 の枠 内で実施 された ものだ った。すなわ ち、文教部 は現職高校教員 を対象 として 夏季 と冬季 に合計10週間の集 中研修会 を開催す るとともに、 同研修会 を優秀 な成績で修 了 した教員 を国際交流基金の 「海外 日本語講師招聴研修会」 に派 遣す る計画 を立て、そ の要請 を受 ける形で同基金 は、韓国の高校教員 を 「 外 日本語講 師招聴研修会に招碑 したのである。 この 「日本語教師特別研修 計画」 には1982年 か ら1986年 まで の5年 間 に299名 の現 職 高校 教員 が参 加

して いる。

このように、韓国高校 日本語教員の 日本への派遣は、政策上の枠組 として、

最初 に韓 国政府 の 「主導」 によって立案 された計画があ り、国際交流基金 は その 「要請」を受けて 「協 力」す る立場 を とった。 したがって、 この政策上 の 枠組 とい う観点で国際交流基金は、韓国高校 日本語教員の招聴事業 にあたっ て、「現地主導」主義 という基本方針に基づいていた言 うことができるのである。

3.大韓民国高等学校 日本語教 師研修

国際交流基金の 「海外 日本語講師招碑研修会」は、 同基金 の主催 とはいえ、

実際 には研修会 を開催す るたび に国際交流基金が 日本国内の大学や 日本語学 校等 に在籍す る 日本語教育関係者 に研修会の講 師 を委嘱 し、 また研修施設 も 大学等 の施設 を借用す る形態で実施 されていた。 しか し、海外 にお ける 日本 語学習者数 の増大 とともに、研修 を必要 とす る 日本語教師の数 も増加 して い った。 このため、 国際交流基金は 「海外 日本語教師等 の研修」18 を 「強化拡 」19す る ことを目的のひ とつ として、1989年 に埼玉県浦和市 (当時) に 「 際交流基金 日本語 国際セ ンター」(TheJapanFoundationJapaneseLanguage Institute,Urawa)を開設 した。 同セ ンターの開設 によって国際交流基金は、

海外 の 日本語教師 に対す る研修会 を継続 的かつ安定 的 に開催す るための常勤 の 日本語教育専門家(Teacher of Teachers)と常設 の研修施設 を持つ ことに なった。

日本語国際セ ンター の開設後、それ までの 「海外 日本語講師招聴研修会」

は 「海外 日本語教師研修」 と呼ばれ るよ うになった。 この 「海外 日本語教師 研修」 には、 開催期間が2か月間の短期研修 と9‑10か月間の長期研修 の2 種類が あ り、1989年か ら1992年 まで の4年 間 に、韓 国か らは両研修 あわせ

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て毎年50名ほ どの高校教員が招聴 された。

海外 日本語教師研修」は、韓国の高校 日本語教員 のみ を対象 とした研修 会ではな く、世界各国の 日本語教師を対象 としていた。 また、そ の所属機関 も中学校や高等学校な どの中等教育機関だけではな く、小学校な どの初等教 育機関、大学 ・短期大学な どの高等教育機関、 あるいは 日本語学校、私塾的 な 日本語教室な ど様 々だった。そのような多様性の長所 と短所を教育効果の 観点か ら検討 した結果、国際交流基金は韓国の高校 日本語教員を対象 とした 短期間の研修会 を 「海外 日本語教師研修か ら独立 させ、1993年 よ り 「大韓 民国高等学校 日本語教師研修」 として実施す る ことになった。

この 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」は、 国際交流基金 の主催で開催 さ れた研修会であ り、それ に参加す る韓国高校教員の滞 日中の諸経費 も同基金 が負担 した。 しか し、研修参加者の選抜は実質的に韓国政府 の教育部 (1991 年 に文教部よ り名称変更)が行 った。 また、彼 らの渡航費用 も教育部が負担

した。 このため、 この研修会は国際交流基金 日本語国際セ ンターの事業 にお いて、「韓国政府教育部 との協力」20 によ り行われる研修会 と位置づけ られた。

また、研修参加者 の選抜 にあたって韓国教育部は、 同部が主催す る 「高等学 校 日本語教師1級正教師研修」 との関係 を明確 に規定 しなかった ものの、結 果的には同研修 を修 了した者が国際交流基金の 「大韓民国高等学校 日本語教 師研修」 に 「派遣 されて くるのが普通」21 だった。すなわち、「大韓民国高等 学校 日本語教師研修」は実質的に韓国教育部 の高校教員研修 システムの中に 組み込 まれて いた と言 うことができるのである。そ の意味で、 「大韓民国高 等学校 日本語教師研修」は国際交流基金の主催事業ではあったものの、政策上 の枠組 という観点では、 同基金よ りも韓国教育部 に主導性が認め られ る。 し か し、 これは国際交流基金が韓国教育部 に主導性 を 「奪われた」結果ではな く、 同基金の基本方針である ところの 「現地主導」主義 に基づいた結果 と解 釈すべ きだろ う。 「大韓 民国高等学校 日本語教師研修」 は、政策上の枠組 と い う観点で、国際交流基金の基本方針であるところの 「現地主導」主義が貫か れていた研修会だった と言 うことができるのである。

この 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」は、「韓国の高校 の教師だけを集め て行われた初 めての研修であ り、従来 の短期研修では実現できなかった研修 生集 団 の等 質性 が、母語 、教授 対 象、教授歴、カ リキ ュラム他教 育現 場 の諸 条件、使用教材な どの諸点で実現 した点 に大 きな特徴」22がある研修会だっ

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た。そ して、 この 「等質性 を特徴 とす る研修会 を実施す るにあた り、「研修 授業の準備担 当者は、 このよ うな研修生集団の等質性 を最大限活か し、1996

年度実施予定の韓国の新教育課程への橋渡 しとなるような授業プ ログ ラム を 考えた」23 という。すなわち、1996年か ら韓国の高等学校で施行 され る予定 だった 「6次教育課程」(教育課程 は 日本 の学習指導要領 に相 当)24を考慮

した研修プ ログラムが策定 され る ことになった。

この第6次教育課程では、それ までの教育課程 に比べて 「コミュニケー シ ョン重視 と 「学習者 中心、」 という考 え方 に力点が置かれた。その教育課程 の内容 に関 して、国際交流基金 日本語国際セ ンター の関係者は次のよ うに述 べている。

1996年度 よ り導入 された第6次教育課程では、 日本語は外国語科 目に属 し、

6つの第2外国語のうちの‑科 目である。教育部の定めるこの教育課程 には、

全体 の履修単位や編成 ・運営の指針 と、 日本語科 目では、 目標、方法、評価 な どの基準 と理念が提示 されている。言語項 目としては36のコミュニケー シ

ョン上の機能 と例文、771の基本語桑が提示 されてお り、 これ らを参考 にあ るいは中心 に扱 うことが求め られている。

1990年度か ら導入 された前教育課程 と第 6次教育課程 を比較す ると、 日常 的、一般的な 日本語 を四技能 ともに習得 し、 日本文化 に対す る理解 を促す と いう目標 に大 きな違 いは見 られないが、新たに、言語習得理論 をうけて哩解 活動 と表現活動を区別 した こと、 コミュニケー シ ョン上の機能 という観点 を 取 り入れた ことが特徴 である。 また、「学習者 中心、 目標よ り過程 の重視、 と りわけ学生の 自律学習 を重視す る点、正確 さよ りも滑 らか さを重視す る点が 主たる改訂方向となっている。 このよ うに、第6次教育課程では、文法 中 心の教育ではな くコミュニケーシ ョン能 力を養成す る教育が行われるように することに力点が置かれている ことが窺 える」25

このように、 「コミュニケーシ ョン重視」と 「学習者 中心」 の考え方を基調 と した第6次教育課程の内容 を国際交流基金は、その 「大韓民国 日本語教師研 の教育 プログ ラム を策定す るにあた って考慮 していくことになる。た と えば1994年 の 「大韓民国高等学校 日本語教師研修は、 「研修生の 日常の教 授活動 の更なる向上のため、韓国の高校 日本語教育現場の現状 と、新教育課

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程 (指導要領) に適 した授業の模索、教授法の実践、教材 の選択や作成法、

それ らの活用法な どを考 える機会 とす る」26 ことを 「研修 目的」 のひ とつ と した。 また、 この 「研修 目的」 を達成す るため、「研修生 自身の 日本語能力の 安定 を図ると同時 に、現行の学習指導要領 に基づ く検定教科書および教育現 場 の状況 を踏 まえつつ、その中に新 しい学習指導要領が求 める 「自然な 日本 語表現」・「話す力の養成」・「聞 く力の養成」・「説明訳読法か らの脱却」 をい か に取 り入れてい くか、 あるいは、それ らを念頭 に置 いた授業の方法 の可能 性 を考 える機会 を提供す る」27 ことを 「研修 内容」策定 にあたっての 「基本 方針」 としたが、 この 「研修 目的」 と 「基本方針は翌年 (1995年) の 「 韓民国高等学校 日本語教師研修」 にも引き継がれている。

1996年は 「6次教育課程」が韓国の高等学校で施行 された年であるが、

この年 に開催 された 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」 において も、韓国 の教育課程が意識 されて いる。すなわち、「本年度か ら実施 されて いる韓国中 等 教育課程 の第 6次教育課程」28を考 慮 して研 修 プ ログ ラムが策定 され る

ことにな り、下記 の3点が 「研修 目的」 とされた。

研修生の教授活動の向上のため、韓国の第 6次教育課程の理念 と高校 の 教育の現状 に合った授業 を模索す る機会 とする。

研修生の 日本語運用 力の充実 と向上 を図る。特 に研修生各 自の既得の知 識、技能、表現力の活用 と補完、 自習法の獲得 を目指す。

日本の文化や社会に直接触れ ることによって、 日本 についての理解 の深 化 を促す。29

この観点か ら1996年の研修会では、第 6次教育課程が 「定める 「自然な 日 本語表現」、 「話す 力の養成」、 「聞 く力の養成」、 「説明訳読法か らの脱却 いか に実現 してい くかについて、新 しい教科書 を活用 しなが ら考 える」30 とも、研修 プログ ラムの一環 に取 り入れ られた。すなわち、国際交流基金は、

韓国の第6次教育課程が求める 「コミュニケー ション重視」 と 「学習者中心」

の考 え方 を 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」 の教育内容 に反映す るので ある。 同基金は教育内容 の面 において も韓国政府の方向性 を尊重す る立場 を とって いた と言 うことができよう。換言すれば 国際交流基金は、韓国高校 日 本語教員のための研修会 を開催す るにあたって、政策上の枠組 においてだけ

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ではな く教育内容の面 において も、 「現地主導主義の立場を貫いていた と 言 うことができるのである。

それでは、韓国政府がその教育課程 において規定 し、国際交流基金 もそれ に基づいて 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」の教育内容 を策定 した とこ ろの 「コミュニケーシ ョン重視」 と 「学習者中心という考 え方 に対 して、

実際に韓国の高校教育現場 に立っていた 日本語教員たちは どのような反応 を 示 したのであろうか。

国際交流基金 日本語国際セ ンターは、1997年 に開催 された 「大韓民国高等 学校 日本語教師研修」 の参加者 (45名) を対象 に教室活動 に関す る意識調 査 を行 っている。それ によると、彼 らの多 くに 「意識の面では第 6次教育課 程が うたっているコミュニケーシ ョン重視、学習者 中心 という理念の影響が 窺え」31た という。 しか し、実際の教室活動においては、「視聴覚教材の利用 といった リソースの面での工夫 を除けば、コミュニケーシ ョン重視の活動や 学習者 中心 の活動が広 くとり入れ られているとは言え」32ず、「教師の授業 に ついての意識は変わって も、実際の授業の間にはギ ャップがある」33 と考 え られる状況だった。すなわち、政策 レベルでの 「コミュニケー シ ョン重視」

あるいは 「学習者中心」 といった理念は、教育現場でも承知されてはいたもの の、その理念 に教育現場が追いついていなかったのである。

このような韓国高校 日本語教員を対象 に 「大韓民国高等学校 日本語教師研 修」では、た とえば演習形式の授業で 「コミュニケーションカを高めるため の教室活動 を体験的に知 り、高校の教育現場への応用方法 を考 えることを目 的 とし、その成果 として模擬授業では、各 自が使用 している教科書を用 いて コミュニケー ション重視 の授業を行 った」34 りもした。そ して、そのように して研修参加者が学んだ教室活動は、彼 らか らおおむね 「韓国の現状 に合っ たもの として肯定的に受けとめ られ」35 たという。ただし、少数 とはいえ韓 国の教育現場 には取 り入れ にくいと研修参加者か ら評価 された教室活動 もあ った。それ らが取 り入れにくい理由としては、 「教室にビデオデ ッキがない

36あるいは 「1クラスの人数が多い」37な ど 「教授環境上の問題」38があげ ら れた。 このように「教授環境上の問題」があげ られた ことについて、国際交流 基金の関係者は、 「教師 自身の教室活動のアイデ ィア不足だけではな く、そ れを自分のクラス に適用する方策 を充分 に知 らないことにも起 因する」39 ではないかと推測 したが1クラスあた りの日本語学習者が「平均47.9」40 で、

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視聴覚機器 を自由に使 うことや、教室の机 の配置 を変 える ことが難 しい高 校が少な くない」41 という現状 においては、 さ らに 「成績は筆記 中心の試験 で測 られる」42という状況下では、 「コミュニケーシ ョン重視」あるいは 「 習者 中心」 のための教室活動がある程度限定 されるの もやむをえない ことだ ったろう。すなわち、政策的枠組 という観点か らのみな らず教育 内容 の上で も 「現地主導」主義の立場 を維持 した場合は、「日本語普及」対象国の 「理念」

(た とえば 「コミュニケー シ ョン重視」や 「学習者 中心」 な ど) と 「現状

(た とえば 「教授環境上 の問題」 な ど) のギ ャップ にも直面せざるを得な く なる場合があ りうるのである。

しか し、「教授環境上の問題」な どの 「現状」 は、国際交流基金が対処 して 解決で きる問題ではないだろ う。 また、韓 国政府の 「要請」 もな しにそれ に 対応 しようとす る ことは、政策的枠組 という観点での 「現地主導」主義 に反 す ることにもなろう。 したがって、国際交流基金が 「現地主導主義 の立場 か らな しうる ことは、そ のよ うな 「教授環境上の問題」が存在す る ことを前 提 とした上で、そ の前提 の下で も実現可能な教室活動 を 「自分のクラスに適 用す る方策」 につ いて、研修参加者が考 える機会 を提供す る方向に求 め られ

る ことになる。

このように、教育内容面での 「現地主導」主義は、韓国の教育現場が抱え る問題点を浮かび上が らせ る ことにもなるのであるが、政策上の枠組 におけ る 「現地主導 主義の立場か らは、それ らの問題点 を改善す る方 向にではな く、それ らの問題点 を前提 とした上で、現場ができる ことを模索す る方向に 向かわざるを得ない。今 まで見てきたよ うに国際交流基金は、政策上の枠組 という観点で も、 あるいは教育内容の面で も、韓国高校教員の招聴研修事業 を遂行するにあたっては、た しかに 「現地主導」主義 の立場 を維持 していた と言える。 しか し、 この 「現地主導」主義 には、「現地」 の主導性 を尊重す る ことだけではな く、「現地」 の事情や問題点 を尊重す ることも含 まれざるを得 ないのである。なぜな ら、「現地 か らの 「要請」がない状況で、それ らの問 題点を国際交流基金が云々することは、政策上の枠組 という観点における 「 地主導」主義 の考 え方 に反す る ことにもな りかねないか らである。

その意味で、国際交流基金 の 「現地主導」主義 という考 え方は、政策 と教 育現場の間に矛盾が生 じた場合 に、その矛盾 を解消す る方 向にではな く、場 合 によってはその矛盾か ら派生す る問題点 を教育現場に押 しつけかねない危

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険性 を孝んでいる とも言 える。おそ らくは国際交流基金 日本語 国際セ ンター の関係者 もこの点 を認識 していたのだろう。 同セ ンターの研修担 当講師は、

韓国 には韓国の事情があ り、その範囲内で現場の教師がたいへんな努力を していることは疑 いの余地がない」43との認識 を示 している。

前述 のよ うに、「現地主導」主義 という考え方 は、その運用 を誤れば政策上 の 「理念」 と教育現場 の 「現状」 との間に生 じる矛盾や問題点 を現場の教師 に押 しつけかねない性格 を有 している。 したがって、「現地主導」主義 に基づ いて事業 を展開す る際 には、「現地」 の 「理念」 と 「現状」 に対す る知識 と見 識が必要 になって くる。一 口に 「現地主導」 と言 って も、「現地」 には様々な 関係者がいる。そ こには 「理念もあれば 「現状」 もある。44 現地主導」

主義 という考 え方 は、それ らに対す る知識 と見識があって初めて適用可能な 考え方であるとも言 うことができる。国際交流基金 日本語国際セ ンターの研 修担当講師は、 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」 の最初の研修会 (1993 午) を実施す るにあたって、各種の予備調査や韓国の教育現場 に関す る情報 の収集 とそれ らの検討 を行 っているが、45 これ らの情報収集 と検討は、おそ

らく上記のよ うな事情 も踏 まえて行われたのだろう。

4.大韓民国 日本語教師特別養成課程訪 日研修

199712月、韓国では第7次教育課程が公布 された。 この第7次教育課程 は中学校 で は2001年 か ら、 高等学校 で は2002年 か ら施行 され た ので あ る が、これ によって、まず 中学校では裁量選択科 目のひ とつ として 「生活外国語

という科 目が設け られた。 この 「生活外 国語」科 目には、 中国語 ・フランス 語 ・ドイツ語 ・スペイ ン語 ・ロシア語 ・アラビア語 と並んで 日本語が取 り入 れ られた 。

また高等学校では、それ まで 日本語教育の開始学年や単位数が各校 の裁量 に委ね られて いたのが、 この第 7次教育課程の施行 によって、 日本語科 目の 受講は2年生か らと定め られ、20023月に高等学校へ進学す る生徒は翌年

2003年 3月か ら日本語教育 を受けることになった。

その高等学校2年生が履修す る 「日本語 Ⅰ」の 「性格」 につ いて、第7 教育課程は次 のよ うに規定 している。

「日本語は経済力 と情報 力の面で言語の勢力が大 きい代表的な言語である。

(13)

現代のような情報化時代 にお いては、印刷媒体 とイ ンターネ ッ トによる迅速 な情報 の収集 は 日本 を理解す る ことはいうまで もな く、韓 国の発展のために もとて も有益である。そ の意味で 「日本語 Ⅰ」は情幸馴文集 の基 を成す科 目と して、 日本語への興味 と関心 を高め、 日本語 による情報収集 に興味を持つよ うに働 きかける科 目である。

「日本語 Ⅰ」科 目は 日本文化 の特徴 を理解 し、韓国文化 を 日本へ紹介す る ことによ り韓 日両国民の相互理解 を進め、両国間のすべての交流 に肯定的で かつ積極的に参加す ることができる基礎的な力を養 うことに重点 を置 く」46

このように、 「日本語 」は 「情幸削文集の基 を成す科 目」 と規定 された。そ して、 この第7次教育課程 において も第6次教育課程 と同様 に、 「コミュニ ケーシ ョン重視」 と 「学習者 中心」 の考 え方 に力点が置かれたのであるが、

それ と同時 に 日本文化の理解や 日本語 によるイ ンターネ ッ ト検索能力の養成 も重視 された。 とくに日本文化の理解 に関 しては、 「文化そのものの理解 に 止 ま らず、異文化 に対す る関心や理解 しよ うとする肯定的な態度 の養成が強 調 され るようになった」47とい う48

この新 しい教育課程の公布 ・施行 に基づき、2002年の 「大韓民国高等学校 日本語教師研修」か らは、教育内容 の上で、第7次教育課程 を意識 した研修 プ ログ ラムが編成 された。た とえば、2005年度 の同研修会では、下記 の点が

研修 の目的」 とされている。49

大韓民国の 「7次教育課程」で求め られ る授業の実現 を容易 にす るため、

以下の 目的を設定 します。

1. 日本事情 を取 り入れ、かつ、 コミュニケー シ ョン能力養成 を目標 とす る 学習者中心の 日本語授業 を体験す る。

2.帰国後 も進んで 「日本事情 を取 り入れ、かつ、 コミュニケー シ ョン能刀 養成 を目標 とす る学習者 中心の 日本語授業」 を実践す るための、教授法 理論の習得、素材収集、素材の活用方法習得 を目指す。

3.日本語でのコミュニケー シ ョン、 日本文化体験 を通 し、 日本人の言語行 動や生活文化 に対す る理解 を深 める。」50

このように、第7次教育課程 の公布後は、 同教育課程が 「大韓 民国高等学

(14)

校 日本語教師研修」の教育内容 を編成す るにあたって意識 され るようになっ たのであるが、その公布前、すなわち第6次教育課程期 までの韓国では、 ど の言語 を第2外国語科 目として 自校 のカ リキ ュラムに導入す るか という問題 は、基本的に当該学校 の校長の裁量に委ね られていた。 したがって、か りに 日本語科 目を履修 した くても、進学 した高等学校で 日本語科 目が開講 されて いない場合、その高校生は 日本語学習を諦めなければな らなかったのである が、第7次教育課程では、各校が第2外国語 として開講す る言語 を決定す る 際に、生徒の希望 を尊重する制度が導入 された。

この制度の導入 によって、 日本語学習を希望する生徒の増加が予想された。

2000年 に教育部が行 った事前調査 によれば、一般系の高等学校で同年 4 に実際に ドイツ語 を履修 している学生が35.7%、 フランス語が22.4%であっ たが、それが5月のこの調査の時点では ドイツ語履修希望者は11.4%、 フラ ンス語が7.2%に減少 し、逆 に日本語が31.0%か ら56.3%に増加」51した とい う。

この調査結果を受けて、韓国政府 の教育部 (翌年の2001年に教育人的資源 部 と改称)は2000年に 「高等学校 日本語教師特別養成課程 を設置 し、高等 学校の ドイツ語教師 とフランス語教師に日本語教育資格 (日本語2級正教師 資格) を与える研修プ ログラムを立案 した。 この 「高等学校 日本語教師特別 養成課程」 の設置 は2001年か ら2003年 にかけての時限的な措置だったが、

ソウル大学 (師範大学) とソウル教育大学 (中等教員養成所) において、

高等学校 の ドイツ語教師 とフランス語教師 (合計約320名) を対象に、 日本 語 と日本語教授法 に関す る 1年間の集 中研修 (1,258時間) を行 う計画が立 案され、集 中研修 の最終段階 としては2週間の訪 日研修 も予定 された0

その訪 日研修は韓国政府の要請を受けて国際交流基金が実施することにな った。 同基金の日本語国際セ ンター と1997年 に開設 された関西国際セ ンター

(TheJapanFoundationJapaneseLanguageInstitute,Kansai)は、「高等 学校 日本語教師特別養成課程」 の訪 日研修 として2002年 と2003年 に 「大韓 民国 日本語教師特別養成課程訪 日研修 を実施 している。 この研修会 を開催 するにあたっての経費 については、「交通費は韓国側の負担で 日本での経費は 国際交流基金が全額支給」52した という。

この韓国教育人的資源部の主催 による 「高等学校 日本語教師特別養成課程」

と国際交流基金の主催 による「大韓民国 日本語教師特別養成課程訪 日研修」の

(15)

関係は、1980年代前半期 に当時の韓国文教部が立案 した 「日本語教師特別研 修計画 の枠 内で実施された集中研修会 と国際交流基金が主催 した 「海外 日 本語講師招聴研修会 の関係、あるいは韓国教育部の主催 による 「高等学校

日本語教師 1級正教師研修」 と1990年代 の前半期に国際交流基金 日本語国際 セ ンターが開始 した 「大韓民国高等学校 日本語教師研修の関係 とよ く似て いる。すなわち、韓国政府の研修会 に参加 した高校 日本語教員が国際交流基 金の研修会 に派遣 されたのであ り、後者は前者 を補完するもの、あるいは前 者の最終段階 と位置づけ られていたのである。その意味で、2002年か ら2003 年 にかけて国際交流基金が主催 した 「大韓民国 日本語教師特別養成課程訪 日 研修も、1980年代 の 「海外 日本語講師招聴研修会」や1990年代 に始 まっ た 「大韓民国高等学校 日本語教師研修と同様 に、韓国政府の高校教員研修

システムの中に組み込まれていた と言 うことができる。そ して、 この 「大韓 民国 日本語教師特別養成課程訪 日研修」の実施 も政策上の枠組 という観点で は、国際交流基金よ りも韓国政府 に主導性が認め られるのであ り、同基金の 基本方針であるところの 「現地主導主義が貫かれていた研修会だった とす

ることができるのである。

また、 「大韓民国 日本語教師特別養成課程訪 日研修は、その実施 にあた って、「韓国内での研修を補完するもの、且つ、日本で しかできない ことを中心 にする」53 という基本方針をたててお り、国際交流基金は教育内容の上でも

現地主導」主義 を維持 していた と言 うことができるだろう。

5. 現地主導」主義

これ まで見てきたように、大韓民国の高等学校 日本語教員 に対する招碑研 修事業 において、国際交流基金は政策上の枠組 という観点 においても、ある いは教育内容 の面 においても、その基本方針であるところの 「現地主導」主 義 という立場 を維持 していた と言える。ただ し、その 「現地主導」主義は、

とくに教育内容面での 「現地主導」主義は、相手国の教育現場が抱える矛盾 や問題点 も浮かび上が らせる性格 を有 している。そ して、その矛盾や問題 を 教育現場に押 しつけかねない危険性 を率んでいるとも言える。 したがって、

現地主導」主義に基づいて事業を展開する際には、「現地」の 「理念と 「 状」 に対する知識 と見謡は亨不可欠である。 「現地主導」主義 とは、そのよう な知識 と見識があって初めて適用可能な考え方であるとも言 うことができる。

(16)

しか し、 国際交流基金はそのよ うな 「現地主導主義の立場 を維持 して き た。 また、それに基づいて事業 を遂行 してきた。その事業遂行 の過程 を通 じ て、おそ らく同基金は海外 の 日本語教育 に関 して多 くの知識 と見識 をその内 部 に蓄積 した ことだろ う。今後、「現地主導」主義 を放棄す るにせよ、 あるい は維持 しつづけるにせ よ、その蓄積 を維持 ・拡大 していくことは、 日本が将 来的にも 「国際社会 における 日本語使用 の場 を整備」す る ことを目指すな ら ば必要不可欠な営みだ と思われる。

謝 辞】

本稿の執筆 に際 しては、国際交流基金 日本語国際セ ンターの坪山由美子先 生および三原龍志先生か らご教示 を頂戴 しました。 ここに記 して感謝 申し上 げ ます。 また、本研究は、 日本学術振興会科学研究費補助金 (基盤研究C) の交付 を受けて行 った ものです。 この場 を借 りてお礼 申し上げ ます。

註】

1国際交流基金は200310月に独立行政法人に移行 し、そ の 目的 も、 「国際 文化交流事業 を総合的かつ効率的 に行 うことによ り、我が国に対する諸外国 の理解 を深 め、国際相互理解 を増進 し、及び文化その他の分野 において世界 に責献 し、 もって良好 な国際環境 の整備並び に我が国の調和 ある対外関係 の 維持及び発展 に寄与す る こと (2002年度法律第137号独立行政法人国際交 流基金法第 3条) とい う表現 に変更 されたが、法人格が変更 になった後 も同 基金は 「日本語の普及」 (同法第12条) をその業務 のひ とつ としている。

2松原直路 (1988)125〜126

3国際交流基金 ・国際文化 フォー ラム (1989)93

4日本語教育学会編 (1992)18〜19

5前田綱紀 (1995) 5

6国際交流基金 (1998)54

7国際交流基金が20034月の時点で使用 していた広報用パ ンフレッ トによ る。

8国際交流基金15年史編纂委員会編

9国際交流基金15年史編纂委員会編

10国際交流基金15年史編纂委員会編

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参照

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