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第二章 鉄の転位ピットの現出 〜純鉄及び低炭素鋼焼鈍板変形帯の観察〜

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(1)第二章 鉄の転位ピットの現出 〜純鉄及び低炭素鋼焼鈍板変形帯の観察〜 2.1. 緒言. 一般に材料の塑性変形はマクロ的な材料内部の応力分布に加えて、構成する結晶粒 の方位分布や、すべり変形の拘束となる異相の存在などによってミクロ的にも不均一 に進行する1)。材料の加工時における形状不良や割れの発生はこのような塑性変形の不 均一さに起因することが多い。この様子を観察するためには、すべり帯など、材料内 部の転位分布を観察することが必要である。すべり帯は鏡面研磨された試料表面に表 れる凹凸としても観察される。より詳細には試料表面に転位線が突き抜けた個所を化 学腐食して現出する転位ピット法が有用であり、今までもナイタール2)の他、塩酸と 塩化第二銅を主体としたFry液3)、塩化第二鉄と塩化第二銅を主体とした液4)など、い くつかの報告がある。しかし、従来の方法では転位ピットの表れる結晶面は、鉄の場 合には{100}面またはその近傍に限られている。すべり帯の発達を詳細に観察するには、 微細で鮮明な転位ピットを{100}面以外の面でも現出させることが望ましい。 塑性変形の不均一さのために加工時に形状不良が発生する現象は、とくに低炭素冷 延鋼鈑のプレス成形におけるストレッチャ・ストレイン5) として表れる。この現象は 局所降伏領域の伝播、すなわちLüders帯の伝播と関連しており、そのミクロ的な実体 を明らかにする必要がある。また、ストレッチャ・ストレインを抑制するためにプレ ス加工に先立って数%の軽度の冷間圧延、すなわち調質圧延が加えられ実用に供され ている5、6)。これによってLüders帯が微細化され、時効現象が起こらない限り加工時の ストレッチャ・ストレインは抑えられる。また、めっき用薄板原板の表面仕上におい ても残留歪を示す表面さざ波模様(fine surface rippling)と呼ばれる表面パターン がしばしば表われ7)、その表面パターンを歪模様として観察し観察された結果、不均一 変形が生じていると説明されている 8 、 9 )。 そこで、本章では純鉄試料で微細で鮮明な転位ピットを{100}面以外の面でも現出さ せる腐食法と、これを用いてLüders帯の伝播状態及び低炭素鋼の調質圧延時の歪みマ クロ分布を観察した結果を述べる。鉄のように転位密度が高い場合には個々の転位ピ ットを分離することは困難で、ピットの集合体として線状に表れる。線状のピット集 合体が転位に対応することは、従来のFry液などによる転位ピットパターンとの一致、 及びそのパターンが変形試料表面に生じるすべり線と対応することから判断した。. 9.

(2) 2.2 2.2.1. 実験方法 供試材. 本研究では表2‑1に示す3種類の試料を用いた。供試材Aは転位ピットの現出をいろ いろな腐食液を用いて検討したもので、真空中再溶解した電解鉄50kg鋳塊を鍛造によ り30mm厚として5mmまで冷間圧延で2mmに仕上げて760℃1hr真空中間焼鈍し次いで 40%冷間圧延し真空焼鈍の最終焼鈍800℃3hrをした。これから厚さ1.0mmの平板試料を 作成した。また棒状単結晶試料(断面10mm×10mm)は武内博士らにより提供されたも のであり、上記の電解鉄鋳塊の鍛造材を10mm厚に冷間圧延・焼鈍した後に最終焼鈍前 に数%引張り予歪を付加して歪焼鈍法10)によって単結晶が作成された。その棒状単結 晶試料はグラファイト切断機で主要な結晶面を切出し、サンドペーパーで仕上げた後、 フツ化水素3%の過酸化水素30%溶液で化学研磨し表面の変形層をとり、同時に鏡面に 仕上げた。つぎに850℃‑2hの水素中焼鈍により歪を除去し速やかに水冷銅板上で冷却 した。この様に急冷したのは歪付加部分の転位デコレーションのための固溶炭素を確 保するためであった。つぎに所定の引張り変形を与えた後シリコンオイル中で150℃、 1時間程度の時効処理で転位デコレーションを行い、さらに上記の化学研磨液で鏡面仕 上げを行った。この時効処理をおこなっても焼鈍板の固溶炭素が無いと上記転位デコ レーションが進まず、すべり線上の転位ピットは鮮明に現出しにくい。なお、試料面 の結晶方位は方位ピットにより傾角顕微鏡 1 1 ) で決定した。 供試材BはLüders帯観察のためのもので、真空再溶解電解鉄50kg鋳塊を鍛造で30mm 厚とした後、5mm厚まで一方向冷間圧延、次いで冷間クロス圧延で2mmに仕上げた。こ れを中間熱処理760℃‑1hの真空焼鈍した後、さらに最終結晶粒径を変化させるために、 仕上がり板厚を1mmに統一するようにしながら、最終冷延率を10,13,17,20,23%に変え、 最終熱処理800℃‑3hの真空焼鈍を行なった。得られた結晶粒径は40,50,250,1000,2000 μmで、{100}<011>が約65%の集合組織を持つ多結晶板である。この板から引張試験片 (ゲージ長20 mm、平行部幅5 mm、厚さ1 mm)を作成し、インストロン型試験機を用い て8×10‑4/secの歪速度で引張り変形を与えた。この際に、変形の異方性を見るために 圧延方向(RD)、クロス方向(TD)、45°方向(45°)の3方向から試験片を切出し、800℃ ‑3hの真空焼鈍の最終熱処理をして引張試験をした。また、降伏応力の歪速度依存性を 調べるために8×10‑6、8×10‑5、8×10 ‑4、8×10 ‑3、8×10 ‑2に引張り歪み速度を変えた。 これらの試料を用いて、シリコンオイル中で150℃、1時間程度の時効処理を行い、さ. 10.

(3) らに上記の化学研磨液で鏡面仕上げを行い、次いでLüders帯の観察のための電解腐食 を行った。 供試材Cは調質圧延における歪み分布を調べるためのもので、工場製造のSPCC冷延 鋼板焼鈍コイル材を533 mmφのロールを用いた2段圧延機により調質圧延を行った後、 ほぼ8ヶ月以上経過し時効が進行したと考えられる材料である。板厚は約0.95 mmで、 調質圧延は1パス圧下率が0.5、1.1、1.5、および2%の4試料である。. 2.2.2. 試料調整と腐食液及び腐食条件. 転位ピットを現出させるには、転位に固溶炭素または窒素を偏析させる、いわゆる デコレーションが必要である。また、すべり帯の発達を観察するには変形前の転位密 度を下げておくことが有効である。これらは変形前後で適切な熱処理をすることによ って達成される。このために、変形前に予め試料中の加工歪を除去するための焼鈍し を行い、変形後には150℃‑1hr、シリコンオイル中で時効処理した。その後、試料表面 を過酸化水素とフツ酸の混合液を用いて化学研磨により鏡面化し、これに化学腐食あ るいは電解腐食によって転位ピットを現出させた。また、試料作成の際の表面機械研 磨は観察する変形組織と異質な表面皮膜が形成されることがあるので、機械研磨仕上 はしない。これをまとめるとプロセスは以下のようになる。. 試料. ⇒. 前処理(熱処理). ⇒. 変形. ⇒. 時効処理. ⇒. 化学研磨. ⇒. 腐食. 表面に孔食を生成させる転位ピットのサイズが大きいと未変形部と変形部の区別が つきにくくなる。応力集中部の転位ピット分布等の観察をするためには個々の転位ピ ットが極力小さいことが必要である。実際には転位ピットを適切に現出させるために、 試料の前処理、表面状態、後処理および腐食液・条件について実験的に検討を重ねた。 純鉄板の転位ピット現出のために使用した腐食液と腐食条件を表2‑2に示した。A液 は2%ナイタール2)、B液はFry液3)、C液は武内による腐食液、塩化第二鉄と塩化第二 銅を主体とした液4)。一方、今回新たに考案した化学腐食液がD及びE液。新しい腐食 液は塩化第二鉄を主成分とし、それにフッ化水素を加えたものである。さらに腐食条 件を安定にするために重曹を加えた。フッ化水素の濃度は濃淡二種類で試料に応じ最 適な条件をきめた。. 11.

(4) 表 2‑1. 供試材の化学成分. (wt%). 供試材. C. Si. Mn. P. S. Al. O. N. A. 0.002. 0.007. 0.001. 0.005. 0.002. ‑. 0.015. ‑. B. 0.007. 0.004. 0.002. 0.006. 0.002. ‑. 0.015. ‑. C. 0.032. <0.02. 0.29. 0.007. 0.017. 0.001. ‑. 0.002. 表 2‑2. 鉄の転位ピット腐食法. ピットの形 態. 腐食液の組成. 腐食 条件 観察可能な結晶面 摘要 温度 時間 (A)Nital (HNO3 2%) 常温 10〜20 秒 ・{100}±2° 粗大ピット 凹{100} Sestak ら HCl 40cc {100}±23° 凸{100}Fry(1921) CuCl2 ・2H2 O 5g 常温 10〜20 秒 (<100>回転) (B) C2 H5 OH 25cc ・{110} 不鮮明なピット 凹{110} H2O 30cc ・{111} 出難い FeCl3 ・6H2 O 20g ・{100}±5° 微細なピット 凸{100} 武内 (C)CuCl2 ・2H2 O 数mg 常温 10〜20 秒 (1965) C2 H5 OH 25cc H2O 30cc ・ {100}±23° FeCl3 ・6H2 O 10cc 常温 10 秒 (<100>回転) 凸{100} (1967) (D)HF(50%) 2cc 微細なピット NaHCO3. 1〜2g 70℃. 5秒. H2O. 200cc 電解. 5秒. ・{110} 不鮮明なピット 凸または凹 ・{111} 出難い. FeCl3 ・6H2 O 10cc 凸{100} (1967) (E)HF(50%) 5cc 常温 5〜10 秒 ・{100}±2° 粗大ピット 凹{110} H2O 200cc ・{110} 不鮮明なピット (NaHCO3 ) ・{111} 出難い 備考:時効 150℃-1hr (表中の電解腐食では化学腐食を併用した。化学研磨は表2‑3に示す。). 12.

(5) 表 2‑3. 化学研磨、電解腐食および化学腐食条件. 研磨または腐食液 化学研磨. 研磨 または 温度 電圧 室温 −. 腐食条件 電流密度 −. 4.5Volt. 0.5〜0.8 A/cm2. 10〜20 Sec. −. −. 浸漬後 約 10 Sec. H2 O2 30cc HF(50%) 1〜2cc CrO 3 100〜140g 室温 電解腐食 HF(50%) 2cc NH4 F・HF 5g H2O 100cc Fry 試薬 40cc 室温 化学腐食 FeCl3 ・6H2 O 10cc (過飽和水溶液). 時間 10〜30 Sec. また、後述するようにとくに調質圧延材のように初期転位密度の調整が行なえない 場合には、化学腐食だけでは転位ピットの形状や大きさが観察面で異なる場合があっ た。そこで、化学腐食に代えて電解腐食も検討した。電解腐食液および腐食条件は表 2‑3に示すようにクロム酸電解研磨液12 ) に微量のHF等の腐食促進剤を加えたものであ り、試料に応じて最適な条件をきめた。. 2.2.3. 転位ピット観察方法. 亜粒界、すべり線上の転位ピットの分布は主に光学顕微鏡で観察し、ピットの形状 はレプリカ法による電顕、または走査型電顕で観察した。レプリカ写真は腐食面のピ ットのレプリカをとり、それにカーボン蒸着のシャドウイングを行ってピットの凹凸 を判断する。レプリカ面の炭素微粒子の影と逆である{100}面のピットは凸型、{110} 面のピットは凹型であることを示している。転位ピットの凸型のものについてはその 成分と物質の同定を行なうため、X線マイクロアナライザー及びX線デイフラクトメ ーターによる解析を行った。電子線の加速電圧は、60と150kVを選び、カメラ長Lは50mm であった。なお、L×λは試料面上に一部分蒸着した金膜のデバイリングによって補正 した。 Lüders帯の構造、その伝播形態及び調質圧延材の変形パターンは転位ピット分布と して光学顕微鏡で観察した。. 13.

(6) 2.3. 実験結果. 2.3.1. 化学腐食液の違いによる転位ピットの生成. 図2‑1は純鉄単結晶平板焼鈍材の観察表面が{100}面に近い面の転位ピットを示す。 写真の(a)は2%ナイタール(A液)で腐食したもので、亜粒界や粒内に転位に対応 すると考えられるピットがあらわれている。(b)は同じような場所のレプリカ写真で あり、ピットは浅い凹型であることを示している。この腐食液の場合、ピットのあら われる結晶面は{100}面の近傍5°以内であった。(c)は今回考案した希薄フッ化水 素液(D液)で腐食したもので、ピットは全面にあらわれ、微細である。また(d) のレプリカ写真に示すようにピットが凸型であることが注目される。凸型のピットと は、腐食生成物がピットに堆積していることを意味している。 図2‑2は純鉄単結晶棒の長手方向<011>に2%引張り歪みを与えた試料で、それから 主要結晶面{100}、{110}、{210}面を切出して、すべり線上に表れる転位ピットを示す。 各試料の外観は歪焼鈍法で作成したもとの単結晶試料の形状がきれいな四角断面では なかったために、外形は切出し方によって不規則になったものである。Fry液(B液) でもすべり線にそって転位ピットが{100}、{210}面近傍であらわれるが、個々のピッ トはやや粗く、不鮮明であった。一方、今回考案したD液の腐食では三主要面{100}、 {110}、{210}面の近傍で転位ピットが観察され、特に{100}、{210}面では微細、且つ 転位ピットが観察され、すべり帯の微細構造を示している。同様に単結晶試料の主要 面での観察をA液、C液でも行ったが、ともにピットは凸型であった。以上の実験結 果は次のようにまとめられる。 A液では{100}面に限り凹型ピット、 B液では{100}、{110}面でそれぞれ凸型、凹型ピット、 C液では{100}面より5度傾斜以内で凸型. 微細、鮮明なピット、. D、E液では{100}面より<100>軸29度回転の範囲内で微細な凸型ピット、{110}面近傍 で粗いピット である。全体を通じて(A)液を除き{100}面近傍で凸型ピットがあらわれた。. 14.

(7) (b). 図 2‑1. 純 鉄 多 結 晶 焼 鈍 材 の {100}面 に 近 い 面 の 転 位 ピ ッ ト ) ( a) ,( b ): A 液 ( 2 % ナ イ タ ー ル ) 腐 食 ( b ): (a)の 一 部 の レ プ リ カ 写 真 、 ピ ッ ト は 浅 い 凹 型 ( c ): D 液 ( 0.5%HF+FeCl 3 ・ 6 H 2 O) で 腐 食 ( d ): (c)の 一 部 の レ プ リ カ 写 真 、 ピ ッ ト は 凸 型. 15.

(8) (a). 図2−2. (b). 純 鉄 単 結 晶 棒 の 主 要 結 晶 面 で 観 察 されるすべり線上の転位ピット. (a)B液(Fry液)腐食、. (b)D液(0.5%HF+FeCl 3・6H2 O)腐食. 16.

(9) 2.3.2. 2.3.2.1. 新しい化学腐食液による転位ピットの詳細. 転位ピットの表れ方の結晶面による違い. 今回考案した化学腐食液により、転位ピットの表れ方の結晶面による違いを概観す るために、純鉄多結晶試料について数%引張歪付加後のすべり線上の転位ピットを観 察した結果を図2−3に示す。殆どの結晶粒面上にすべり線が観察され、広範囲の結 晶面でピットが生じることを示している。(a)はE液で、 (b)は同一試料をD液で腐 食したものである。E液、すなわちフッ化水素濃度の高い腐食液の方がより広範囲で すべり線を観察することができる。また、転位ピット個々の大きさや形状も結晶粒方 位によって異なっている。白色に見えるすべり線のあらわれていない結晶粒は後述す るように{111}面に近い方位のものである。これにより、多結晶粒内のすべり系の決定 がおおよそ可能である。しかし、個々のピットが比較的大きいため、100μm以下の結 晶粒では個々のすべり線の現出は困難であった。. 図2−3. 純鉄多結晶試料で観察されたすべり線上の転位ピット. (a) E 液 ( 5% の フ ツ 水 素 + 塩 化 第 二 鉄 液 ) 腐 食 、 (b) D 液 ( 0.5% の フ ツ 水 素 + 塩 化 第 二 鉄 液 ) 腐 食. 17.

(10) 図2−4. 純鉄単結晶試料主要面の転位ピット. 単 結 晶 棒 (A)の (100)面 上 の す べ り 線 、( B) の ( 210)面上のすべり線. つぎに転位ピットと結晶面の方位との関係を詳細に調べるために単結晶試料につい て観察した。2%の歪を与えた単結晶棒の主要面の転位ピットを図2−4に示した。単 結晶棒は板面(100)面から外れた主要面の角度にそって糸鋸で切り出しペーパー仕上 げ後化学研磨液で鏡面仕上げし転位ピットを各主要面のすべり線上に現出した。{100} 面と{210}面では、微細なピットがあらわれ、すべり線の方向、巾、枝分かれなどが詳 細に観察される。また、{110}面ではピットが大きく、鮮明を欠くがすべり線の方向、 枝分かれなどは充分観察される。一方、{111}面では、すべり線にそったピットは表れ ないが、結晶成長時に出来た転位に相当するらしいピットが表れている。 結晶面によるすべり線の表れ方の違いは、ピット形状が面により異なると考えられ る。図2−5は焼鈍ままの純鉄多結晶試料の腐食後の走査型電顕写真で、試料表面の {100}面からの傾きによって転位ピットの形状が異なっている。個々のピットは凸型円 錐形状で、その軸は{100}面では面に垂直に立っているが、試料面が図の左から12°、. 18.

(11) 17°、24°と傾くに従って、ピット円錐軸が傾斜していることが分る。これは後述の 図 2 − 6のすべり線上にそった転位ピットを観察すると、{100}面で微細なピットが {110}面で粗くなっているのに対応している。. 3μm. 図2−5. 純 鉄 多 結 晶 試 料 の {100}面 近 傍 の 転 位 ピ ッ ト の 走 査 電 顕 写 真. 19.

(12) 図2−6. 純 鉄 単 結 晶 試 料 、 図 2 ‑4 の 主 要 面 の 転 位 ピ ッ ト 形 状 (a). {100}面. (b). {110}面. 図2−6はピット形状をレプリカ写真により詳細に{100}面と{110}面で比較したも のである。レプリカ写真で明瞭なように、個々のピットの大きさは腐食条件で多少変 わるが、(a){100}面で1〜2μm、(b){110}面で5〜10μm程度である。 上述の観察結果を図2−7にステレオグラフ上の主要面について比較した。光学顕 微鏡写真とレプリカ写真が並べられてあり、結晶面によるすべり線上の転位ピットの. 20.

(13) 凹凸、形状の変化を概観することができる。化学腐食では転位ピットの形状が観察面 により{100}面と{110}面で凸型から凹型に変わり、さらにピットの大きさが変わる。 これらの結果から、結晶面によるすべり線の現われ方の差異は、個々のピット形状の 差によると考えられる。. (111). (110). (100). 図2−7. 純鉄単結晶試料焼鈍板の主要面に表れる転位ピット形状の比較. 21.

(14) 上記のように、転位ピットの形状が{100}面では凸型であり、{110}面では凹型である ことが観察された。. 2.3.2.2. 凸型転位ピットの実体. 凸型の転位ピットは腐食生成物がピットに堆積していると考えられるが、その実体 を解析した。観察試料は供試材Aの1mm厚試料板面が{100}面に近い{118}<110>の純鉄 単結晶試料で、約1%の引張り歪みを与えたもので、試料表面の反射電子回折像を撮影 した。化学研磨したままの試料では回折像は母結晶Feの{110}面による斑点と、γFe2 O3 とFe3O4の混合からなるデバイリングが認められ、化学研磨の際に試料表面に薄い酸化 膜が生成したことを示していた。一方、5%HF‑FeCl3・6H2O液で転位ピットを生成させ ると、図2−8に示したようにFe母結晶の{110}斑点と、弱く同心円周上にのびた斑点 が観察された。この伸びた斑点の正確な同定は困難であるが、中心よりの距離をデバ イリング位置として解析すると、2FeF 3・9H 2Oに近いことが分った。このことから、{100} 面上の凸型転位ピットは腐食液と鉄との反応によって生成された2FeF3・9H2Oが堆積し たものと考えられる。なお、腐食液中の結晶質の沈殿物を解析した結果も2FeF3・9H2O であった。. 図2−8. 約1%歪を与えた単結晶板引張試験片表面を5%HF‑FeCl3・6H2O液で 化学腐蝕した表面の電子回折斑点. 22.

(15) 2.2.3. 新しい電解腐食法. 以上に述べたように、化学腐食では転位ピットの形状が観察面により凹・凸型に変 わり、さらにピットの大きさが変わり、その直径も大きいなど微細部分の金属組織観 察には不適である。そこで、化学腐食に代わる電解腐食法を検討した。それを解決す るために新規な転位ピットの腐蝕方法を検討した。 化学腐食法の検討経験からフッ化水素の添加は転位ピットの現出する面方位範囲を 拡大させ、個々のピットの大きさを小さくすることが分った。また、化学研磨では試 料表面に薄い酸化皮膜が生成することも明らかになった。そこで、クロム酸電解研磨 液24) で酸化皮膜の少ない表面を確保するとともに、これにフッ化水素を加えた組成の 新規な電解腐食液を試作し、最適腐食条件を実験的に検討した。その結果は表2−3 に示してある。 この方法を用いて純鉄多結晶平板試験片で下降伏点で引張りを停止した試料につい て転位ピットを現出させた結果を図2−9に示す。電解腐食法では{100}、{110}、{111} 面ともに約0.5μmと微細で且つ鮮明なピットが観察された。殆どの結晶粒面上にすべ り線が観察され、広範囲の結晶面でピットが生ずることを示している。白色に見える すべり線の表れていない結晶粒は{111}面に近い方位のものである。電解腐食では面方 位の違いによる個々のピットサイズ差は{100}、{110}、{111}面ともに微細で、且つ鮮 明なピットであるために、化学腐食の場合と比べ、結晶粒が100μm以下の場合でも観 察可能となる。従って今回の電解腐食液により広範囲にすべり線を観察することが出 来、また転位ピットの大きさや形状も結晶粒方位による差が少ないことを確認した。. 23.

(16) 図2−9. 2.3.4. 2.3.4.1. 純鉄多結晶試料の電解腐食で観察されたすべり線. 転位ピット現出による不均一塑性変形の観察. 純 鉄 多 結 晶 試 料 の Lüders帯 観 察. 鉄鋼材料の不均一塑性変形の代表的な例は降伏時のLüders帯生成である。Lüders帯 の先端では歪み勾配が存在し、その幅が試料表面の凹凸に影響を及ぼすとともに、局 所的な歪み速度も変える。また、Lüders帯内部は降伏しているが、その歪み量はLüders 帯の表れ方と関連している。したがって、Lüders帯の伝播に伴う塑性変形の進行状態 の観察は実用的にも、学術的にも重要な課題である。 図2−10は供試材Bの平均粒径50μmの純鉄多結晶板を用い、下降伏点近傍で引張 りを停止した試料のLüders帯を電解腐食で観察した結果である。腐食は変形した試料 をシリコンオイル中で150℃約1hの時効処理後、表2−3に示した条件で腐食した。. 24.

(17) {111}面粒があるにもかかわらず、微細な転位ピットがあらわれ、変形帯と未変形部と を明確に識別できる。そのLüders帯は多結晶試験片を室温で歪速度8×10‑4/secで引 張り途中で停止したが、図2‑10b),a)のように1本または数本、観察された。黒 地がLüders帯すなわち変形領域であり、未変形領域は白地に見える。. 図2−10. 電 解 腐 食 法 の 転 位 ピ ッ ト で 現 出 し た Lüders帯 (a),(b). 図2−11は伝播途中のLüders帯フロント部で、伝播方向を矢印で示した。結晶 粒径は50 μmであるが、微細なすべり構造が観察出来る。Lüders帯先端の幅はほぼ150 〜200μmで約3〜4粒径に相当し、ピット密度すなわち歪み勾配があることが認められ る。同様にLüders帯先端の変形の分布を粒径が40と50 μmの試験について図2−12 に示す。図中の表はLüders帯先端の幅で、結晶粒径が大きくなると増加する傾向があ る。フロント幅は薄膜の電顕観察結果13) と一致している。同様にして、結晶粒径を広 い範囲で変えた試料について測定したLüders帯先端幅を表 2 − 1 に示した。. 25.

(18) 先端部幅. 未変形部. 変形部. 図2−11. 表 2‑4. 伝 播 途 中 の Lüders帯 フ ロ ン ト 部 と 伝 播 方 向 の 関 係. 結 晶 粒 径 と Lüders帯 先 端 部 幅 の 関 係 Grain size (μ m). Front width(mm). 40. 0.16. 50. 0.20. 250. 4. 26.

(19) 未変形部. 変形部. 図2−12. 40と 50μ m粒 径 試 験 片 の Lüders帯 フ ロ ン ト 幅 の 測 定 T.D: 引 張 り 方 向. 図 2 − 1 3 は40μmm粒径試験片を8×10‑4/secの歪速度で引張り試験をした応力― 歪線図と、いろいろな応力レベルで引張りを停止した試験片(下降伏応力に到達直後 と約2.5%降伏伸び)についてLüders帯伝播の特徴を低倍率で観察した小型試験片外観 と試験片平行部のLüders帯伝播状態を転位ピットにより現出したものである。上降伏 応力σuy 前に試験片肩部平行部に小さな変形が転位ピットにより白い帯として見られ る。さらに歪の増加で応力低下がおきるが、下降伏応力σly に達すると応力―歪み曲線 に降伏伸びの一部、ΔL1 として表れる。その時のLüders帯長さがΔL1 ’として現出する。. 27.

(20) さらに一定の応力を保持したままLüders帯が平行部の未変形部へ広がり、降伏伸びΔ L2 時にLüders帯長さΔL2 ’になる。その広がる様子が同様に試験片平行部の白い帯長さ の変化として明瞭に観察される。. 図2−13. 引 張 試 験 の 応 力 ・ 歪 線 図 と Lüders帯 の 発 生 及 び 伝 播 の 状 況 ΔL 1 、ΔL 2 :降 伏 伸 び. 28. ΔL 1 ’、ΔL 2 ’:Lüders帯 長 さ.

(21) Lüders帯の状態は試料結晶粒径によって変化する。図2−14は平均粒径が40、50、 250、1000 μmの多結晶板を引張試験途中の約0.7%降伏伸びで試験を中断した試験片に 転位ピット法により低倍顕微鏡撮影した写真である。この場合は変形部のすべり線上 に転位ピットが孔食として観察されるので黒く見られる。結晶粒径が細粒になるほど、 変形帯の先端部は鮮明に見られ、平行部内の変形帯の数は減少傾向にあり、変形帯の 全長も減少している。1000μmの試験片ではLüders帯とは言い難く、試料平行部全体が 一様に変形している。. 1000μm. 250μm. 50μm. 40μm. 図2−14. 粒 径 を 変 え た 4 多 結 晶 板 試 験 片 の 約 0.7%降 伏 伸 び と 転 位 ピ ッ ト 法 に よ る Lüders帯の 外 観 の 関 係. 29.

(22) 0.6. △. εL. 降伏伸 び(mm),. 0.4. 0.2. 粒径(μm). 0.025. 40. 0.016. 50. 0.010. 250. 0.007. 1000. 0 0. 5. 10. Luders帯長さ(mm),. 図2−15. 15. 20. △L'. 粒 径 40〜 2000 μ mの 4試 料 の 降 伏 伸 び Δ Lと Lüders帯 長 さ Δ L’ 及 び Lüders帯 歪 と 粒 径 の 関 係. 図 2 − 1 5 はこれらの粒径が40〜2000 μmの試料について、降伏伸びΔLとLüders 帯長さΔL’の関係を示したものである。それぞれの変形帯が広がるLüders歪εL は各粒 径についての直線の勾配で示される。このLüders歪εL は粒径が大きくなるほど減少し ており、細粒になるほどLüders歪みが大きくなることと付合する。 以上の観察から転位ピット密度はLüders帯先端部で勾配を持つことがわかる。しか し、フロント部の個々の粒内に転位ピット密度の変化は観察されていない。また、粒 界での転位のパイルアップは観察されていない。. 2.3.4.2. 低炭素鋼薄板の調質圧延で導入される歪形態の観察. 薄鋼鈑の加工では高速プレス加工が重要である。普通の薄鋼鈑では引張りのLüders 伸びが大きく、セレーションを起こし、実加工ではストレチャー・ストレインなどの 加工欠陥を残す。このストレチャー・ストレインを除去するために焼鈍冷延板に数% の調質圧延(スキンパス圧延とも呼ばれる)が施こされる 5、6)。調質圧延で導入される. 30.

(23) 歪み形態の詳細を明らかにするためには、先ず、歪分布の形態をマクロに示し、その 全貌を理解する必要がある。従来、歪パターンをマクロに現出するには. Fry液の化. 学腐食法が用いられてきた3)。しかし、この方法では単に歪領域を知る程度で、歪分 布の形態はもちろん、詳細な微細構造を明らかにできなかった。 上述の電解腐食法は純鉄の降伏点応力近傍の低歪領域を転位ピットで現出するのに 適していた。そこで工場生産されたSPCC調質圧延材に適用し、圧延の縦(L)および 横(C)断面、及び板表面板厚方向の連続的変化を観察した。 まず、供試材Cを用い、予備熱処理条件として700℃‑10および30分の焼なましで母 地の残留歪みレベルを下げて電解腐食をした。図2−16はスキンパス圧下率が0.5、 1.1、1.5、および2%の4試料の縦断面における変形パターンと予備熱処理条件の焼鈍 保定時間の関係を示したものである。変形パターンの現出は新しい電解腐食法、表2‑ 3で行った。変形パターンは10分保定材では現出せず、30分材で鮮明なパターンが現 出した。10分の板表面部分は内部に比べ白いコントラストになっている。粒成長が起 り転位密度は下がっている。30分の場合はさらにそのコントラストが強くなっており、 その領域も増えている。また圧下率に依存している。. 熱処理. 700℃ -10min. 700℃ -30min 図2−16. スキンパス 圧下率(%). 縦断面の変形パターン. 1mm. 0.5 1.1 1.5 2.0 0.5 1.1 1.5 2.0 調質圧延圧下率を変えた試料L断面の変形パターンと 変形帯現出のための熱処理条件の関係. 31.

(24) 次に、化学及び電解腐食法の検討をした。図2−17は調質圧下率1.1%の縦断面の 電解腐食あるいは化学腐食による変形パターンを示す。 (a) 700℃‑1h、(b)600℃‑1h は予備熱処理を経て電解腐食、(c) は300℃‑1hの熱処理後Fry液に塩化第二鉄を微量添 加の化学腐食、また(d)は300℃‑1hの熱処理後Fry液による化学腐食をしたものである。 700℃熱処理材の変形パターンが600℃熱処理材よりも鮮明である。一方、(d)のFry 液腐食はパターンを確認できる程度である。(c)の新規な化学腐食はFry液よりも鮮 明でその形態をつかむことができる。それぞれの試料に板厚斜め方向約50°に転位ピ ット腐食パターンが認められる。これらのパターンは変形歪の濃淡として表れている と考えられる。熱処理によって転位状態が変化している可能性はあるが、その影響は 今回の熱処理条件では少なく、調質圧延時の状態を保存していると考えられる。Fry 試薬はやや鮮明さが欠けるが、化学腐食は低温熱処理材の変形パターンの観察に適し ており、電解腐食は残留歪を下げた高温熱処理材で変形パターンが鮮明に見られるよ うになる。 次にスキンパス圧下率を変えた場合の変形パターンを検討した。図2−18は調質 圧延率が0.5、1.5、2.0%の試料に700℃‑1hの熱処理を経て電解腐食した縦断面変形パ ターンである。変形歪みの多い部分が黒い転位ピットの分布として表れており、板厚 方向斜め40°に転位ピットバンドが観察されている。熱処理で内質は変化しているが、 調質圧下率が増加すると導入される転位ピットバンド数が増え、未変形部分は減少す る。図2−19は図2−18の一部の黒枠部のみを詳細に示したものである。転位ピッ ト密度分布が明瞭に見られる。また700℃‑1hの熱処理により再結晶した結晶粒も見ら れる。. 32.

(25) (a). (b). (c). (d). 図2−17. 調 質 圧 延 1.1% 材 の L 断 面 の 変 形 パ タ ー ン. (a) 700℃ ‑1 hr熱 処 理 後 電 解 腐 食 ( c) 300℃ ‑1 hr熱 処 理 後 化 学 腐 食. (b)600℃ ‑1hr熱 処 理 後 電 解 腐 食. 33. (d)300℃‑1hr熱処理後Fry液腐食.

(26) (a). (b). (c). ⇒. 図2−18. 圧延方向 調 質 圧 延 率 (a)0.5、 (b)1.5、 (c)2.0% の 試 料 L 断 面 の 変形パターン. 34.

(27) 1.5%. 0. 5%. 2.0%. 図2−19. 調 質 圧 延 率 0.5、 1.5、 2.0% の 試 料 L 断 面 の 変 形 パターンの 詳細:. 図2−18黒枠部の拡大光学写真. 次にスキンパス圧延板面の表面さざ波模様の特徴を電解腐食による転位ピットで観 察した。図2−20に調質圧延率が1.1及び0.5%の試料を700℃‑1hの熱処理を経て電 解腐食した板表面に平行な面のさざ波模様の変形パターンを示す。板厚方向に表面下 100、200及び350 μmの位置に現われた変形パターンを示す。表面下100から350 μm の位置になると、未変形部と変形部のさざ波模様の転位ピットバンドが粗く分離され て鮮明になる。また、調質圧延率が0.5及び1.1%材の転位ピットバンドの縞は平行で はなく不規則な節をもっている。両材の約300μm近傍におけるさざ波の縞間隔は高圧 延率材に比べて低圧延率材がやや広い傾向である。. 35.

(28) 図2−20. 調質圧延率1.1及び0.5%材の700℃‑1hの熱処理を経て電解腐食された 板表面に平行な面のさざ波模様の変形パターン. 図2−21は表面下100μm位置のさざ波模様の表面パターンとその拡大写真である。 いずれも700℃‑1h熱処理後に電解腐食したもので、高倍率になるとさざ波の形態は分 り難くなる。さざ波模様のコントラストは転位ピットの分布の違いであり、個々の転 位ピットの帯び状の密度分布も粗い。 次に調質圧延板の縦断面(L)及び横断面(C)の変形パターンの比較を示す。図 2−22は調質圧延率が1.1%のL、C断面の変形パターンである。C断面では変形パ ターンは一見複雑で、試料内部の歪み変動が大きいように見える。全体として変形帯 の幅が大きく見えるが、L断面で見られる変形帯の傾斜角と板面のさざ波模様を考慮 すると、それぞれのパターンはほぼ対応すると考えられる。. 36.

(29) 図2−21. 表 面 下 100μ m位 置 の 表 面 さ ざ 波 模 様 の 表 面 パ タ ー ン とその拡大写真. 37.

(30) 図2−22. 調 質 圧 延 率 が 1.1% 材 の 縦 断 面 ( L ) 及 び 横 断 面 ( C ) の 変形パターン. 2.4. 考察. 2.4.1. 電 解 腐 食 法 に よ る 転 位 ピ ッ ト 現 出 と HF添 加. 鉄の不均一塑性変形を可視化する目的ですべり帯に転位ピットを現出させる新しい 腐食法を検討してきた。本研究で考案した化学腐食法の特徴は塩化第二鉄水溶液にフ ッ化水素を添加することである。腐食液は経験的に試行錯誤を重ねて開発されること が多く、ルールは確立されていない。フッ化水素は強力な腐食剤であり、鉄基地で転 位近傍の歪みや電位変動よりも、転位線に偏析した不純物元素と選択的に反応するこ とが考えられる。そのことは腐食に先立って時効処理を施すことが転位ピット現出に 不可欠であることから推定される。 新しい腐食液により、転位線にそった{100}面では微細なピット、{110}面でもやや 不鮮明であるが、ピットが現われてすべり線の構造、すべり面の結晶学的方位が観察 できる。また、個々の転位ピットサイズが微細化することが分った。しかし、化学腐 食では観察できる結晶面の方位範囲に限界があるとともに、転位ピットの形状が観察 面により凹・凸型に変わり、さらにピットの大きさも変化し、微細化も不十分であっ た。この原因としては試料表面にある酸化皮膜とフッ化水素が反応して腐食生成物が ピットに堆積することが解析の結果明らかになった。 そこで、化学腐食に代わる電解腐食法を検討し、微細なピットを広い方位範囲の結 晶面に現出させることが出来た。電解研磨液においてもフッ化水素を添加しているが、 電解研磨ではまず表面皮膜が除去されることが有効であることが考えられる。また重 曹の添加は腐食条件を安定にするために有効であったが、重曹の作用はフッ化水素の. 38.

(31) 反応を緩和する効果であると考えられる。さらに、NH 4F・HFはフッ化水素の経時変化 を補完する効果を持ち、試薬の経時劣化が少ない。 今回考案した腐食法は転位密度が非常に高い場合には限界があるが、従来の方法と 比べて塑性変形進行の局所的な不均一さを広い領域で観察するためには充分であった と考えられる。. 2.4.2. Lüders帯 の 伝 播 形 態. 本研究で考案した腐食法で転位ピットを現出させることにより、降伏時のLüders帯 の伝播状況と先端部の詳細な観察が出来た。その結果、Lüders帯先端における歪み勾 配を明らかにするとともに、Lüders歪が結晶粒の細粒化に伴って増加することを見出 した。Lüders帯の伝播は先端部領域で一つ一つの結晶粒を単位として塑性変形が伝播 する形態であり、先端部領域の幅は細粒化で狭くなるようであった。降伏時に塑性変 形がこの狭い領域で進行することは、その領域の歪速度がクロスヘッド速度とゲージ 長から求まる平均の歪速度よりもはるかに大きいことを意味している。そして、細粒 化に伴って先端部幅が狭くなることは、細粒化によって降伏時の局所歪速度も大きく なることを意味している。 降伏応力は結晶粒径に対してHall‑Petch14,15) の式に従うことはよく知られているが、 一方で歪速度の増加も降伏応力を増加させる。今回の観察結果から、細粒化の効果は、 単にHall‑Petchの式の機構として提案されている粒界への転位堆積による応力集中効 果だけではなく、局所歪速度を増加させることも考慮しなくてはならないことを示し ている。 これまでにも鉄の降伏応力の歪速度依存性は報告されている16) が、降伏応力の結晶 粒径依存性及び歪速度依存性の例をそれぞれ図2−23及び図2−24に示した。歪 速度依存性を示す図2−25の勾配は粒径によらないことが特徴である。また、表2 −4に示した結晶粒径とLüders帯先端幅との関係から、Lüders帯先端における実際の歪 速度を推定することが出来る。今、降伏応力σ y の歪速度依存性を ・. σ y = A + Klogε で表わすと、歪速度が変化した場合の降伏応力の変化は `. `. Δσ y = Klog(ε/ε0 ) である。したがって、結晶粒径を変えた場合に測定された降伏応力から、局所歪速度. 39.

(32) の効果を差し引くと、Hall‑Petchの式は `. `. σ y = σ 0 + Klog(ε/ε0 ) + K’d ‑1/2 となる。この歪速度効果を差し引いた降伏応力の粒径依存性を図2−25に示した。 これからわかるように、粒径依存性を示す比例係数Ky は従来知られている1.3〜1.6 kg/mm 3/2から0.2 kg/mm 3/2へと大きく低下することになる。一方、Kyが0.6 kg/mm3/2とい う値が炭素、窒素含有量が数ppmの高純度鉄でも報告されている17) が、この場合には Lüders帯の発生がない。今回の結果は、Lüders帯の発生を伴う場合のHall‑Petchの関 係のK y値及びその物理的意味について従来の考えを再検討する必要があることを示し ている。. 図2−23. 純鉄多結晶板三方向の降伏応力の結晶粒径依存性. 40.

(33) 図2−24. 下降伏応力と歪速度の関係. 41.

(34) 図2−25. 純 鉄 多 結 晶 板 RD方向の降伏応力の結晶粒径依存性から. 歪速度効果を差し引いた降伏応力の粒径依存性. 42.

(35) 2.4.3. 調質圧延の変形帯. 調質圧延における変形帯の観察は、ButlerとWilson がFry液を用いた腐食によって、 またHundyがWazau試薬(CuCl 2 45g、HCl 100mL、H 2O 100 ml)を用いて行なっている7, 8). 。これらの研究でも変形部と未変形部が腐食によるコントラストの違いとして観察. されており、本研究の結果と類似である。本研究では、新しく考案した電解腐食法を 適用し、従来の観察に比べてはるかに詳細な変形帯の観察に成功した。 調質圧延では板表面がロールに密着して加工される一方で、圧延率が少ないために 変形が不均一になることはLüders帯の伝播と類似している。変形帯は板厚方向のほぼ 最大分解せん断応力方向に貫通しており、また板中央部では一次変形部に囲われた縞 状の未変形帯を変形帯が侵食するようにコイル長手方向へ進行している。 このような調質圧延変形マクロパターンの特徴は、一般の圧延で見られるような板 表裏両面から対称に入る残留歪みパターンではなく、変形部分が主変形方向のみに走 る変形帯で大部分が構成されており、板厚中心層に対して鏡面対称ではない。図2− 26は(a)スキンパス圧延による残留歪み分布図と(b)その立体透視図である。今回の 方法では、腐食の前処理として転位を部分的に回復させる熱処理を与えた。したがっ て、観察された転位分布はミクロ的には圧延ままの状態とは異なるが、マクロ的には 調質圧延時の状態を保存していると考えられ、図2−26に示した模式図は調質圧延 の特徴を表していると考えられる。. 43.

(36) マーク. 変形帯. 縞状の未変形帯. 図2−26. (a)調 質 圧 延 に よ る 残 留 歪 み 分 布 と (b)そ の 立 体 透 視 図. 44.

(37) 2.5. 小括. 材料中の局所的な不均一塑性変形を可視化するために、試料表面に転位線が突き抜 けた個所を化学腐食して現出する転位ピット法を改良した。鉄では転位ピットの表れ る結晶面が従来の方法では{100}面またはその近傍に限られており、すべり帯の発達を 詳細に観察するために微細で鮮明な転位ピットを{100}面以外の面でも現出させる腐 食法を考案した。この方法を用い、鉄の引張り変形における降伏時に生成するLüders 帯の伝播に伴う局所歪み分布を観察し、また加工用低炭素鋼薄板に施される調質圧延 における変形帯の発生状態を調べた。 (1) 新しい化学腐食液は塩化第二鉄を主成分とし、それにフッ化水素を加えた。腐食 条件を安定にするために重曹を加え、フッ化水素の濃度は濃淡二種類で試料に応じ最 適な条件をきめた。これにより、転位線にそった{100}面では微細なピット、{110}面 でもやや不鮮明であるがピットが現われて、すべり線の構造やすべり面の結晶学的方 位が観察できた。 (2) しかし、化学腐食では観察できる結晶面の方位範囲に限界があるとともに、試料 表面の酸化皮膜とフッ化水素が反応して腐食生成物がピットに堆積するために転位ピ ットの形状が観察面により凹・凸型に変わり、さらにピットの大きさも変化し、微細 化も不十分であった。そこで、化学腐食に代わる電解腐食法を検討し、微細なピット を広い方位範囲の結晶面に現出させることが出来た。電解研磨液はフッ化水素と、さ らに重曹と NH 4F・HF を添加した。この結果、{100}、{110}、{111}面ともに約 0.5μm と微細で且つ鮮明なピットが観察され、殆どの結晶粒面上にすべり線が観察され、広 範囲の結晶面でピットが現出された。また、転位ピットの大きさや形状も結晶粒方位 による差が少なかった。 (3) この電解腐食法を用い、純鉄試料の降伏時の Lüders 帯の伝播状況と先端部の詳 細な観察を行った。その結果、Lüders 帯の伝播は先端部領域で一つ一つの結晶粒を単 位として塑性変形が伝播する形態であり、先端部領域の幅は細粒化で狭くなることを 示した。また、Lüders 歪は結晶粒の細粒化に伴って増加し、降伏時に塑性変形がこの 狭い領域で進行するために、その領域の歪速度はクロスヘッド速度とゲージ長さから 求まる平均の歪速度よりもはるかに大きく、細粒化によって降伏時の局所歪速度も大 きくなることを見出した。降伏応力の結晶粒径依存性を示す Hall‑Petch の関係は、こ の局所歪み速度変化の効果を取り入れた修正をする必要があることを指摘した。. 45.

(38) (4) また、低炭素アルミキルド鋼の調質圧延で生じる変形帯を詳細に観察することが 出来た。変形帯は板厚方向のほぼ最大分解せん断応力方向に貫通しており、また板中 央部では一次変形部に囲われた縞状の未変形帯を変形帯が侵食するようにコイル長手 方向へ進行している。調質圧延における歪み分布の立体的模式図を示した。. 参考文献: 1) 鈴木秀次:軟鋼の塑性(日本金属学会),東京, (1965), 51. 2) B. Sesták and S. Kadecková: Phys. Stat. Sol. Czechoslovak, 16(1966), 89. 3) A. Fry: Stahl und Eisen : 41(1921), 1093. 4) T. Takeuchi: Jour. Phys. Soc., 20(1965), 942. 5) 安藤卓雄:ストレッチャ・ストレイン,日本金属学会,仙台,(1965),123. 6) 須藤悦郎:ストレッチャ・ストレイン,日本金属学会,仙台,(1970),64.. 7) R.D. Butler and D.V. Wilson: J. Iron Steel Inst., 201-1(1963),16.. 8) B.B. Hundy: J. Iron Steel Inst., 178(1954), 127. ; 181(1955), 313. 9) J.F. Butler: Acta Met., 10(1962), 258. 10) 田岡忠美、武内朋之、竹内伸:鉄と鋼、52(1966), 187. 11) T. Taoka, E. Furubayasi and S. Takeuchi: Jap. Jour. Appl. Phys., 4(1965), 120. 12) C.E. Morris: Metal Progress, (1949), 696. 13) N.B. Morrison and R.C. Glenn: JISI, 14) E.O. Hall: 15) N.J. Petch:. Proc. Phys. Soc., JISI,. 206(1968), 611.. B64(1951), 742.. 174(1953),25.. 16) N.Nagata,S.Yoshida and Y.Sekino: Trans.ISIJ, 10(1970), 173. 17) T.Takeuchi: J.Phys.Soc.Japan, 20(1965), 942.. 46.

(39) 関連論文と学会発表: 1)J.Imamura, H.Hayakawa and T.Taoka : Trans. ISIJ, 11(1971),191 。. Contribution of local strain rate at Lüders. band front to grain size. dependence of lower yield stress in iron (日本鉄鋼協会より俵論文賞を受 賞) 2)早川浩、今村淳、田岡忠美:日本金属学会講演概要(1967), 230.純鉄のすべり 帯の転位ピット 3)早川浩、今村淳、田岡忠美:日本金属学会講演概要(1968),180.集合組織をもっ た鉄・鉄合金の機械的性質 4)早川浩、今村淳、田岡忠美:日本金属学会講演概要(1969),151.純鉄多結晶のLüders Band 5)早川浩、丸岡邦明、今村淳:鉄と鋼, 69(1983),S1472.冷延鋼鈑の調質圧延に よる変形帯と残留歪分布 6)丸岡邦明、早川浩、柴田政明、高橋延幸、河野猛、佐柳志郎:鉄と鋼, 69( 1983),S648. 冷延鋼鈑の材質に及ぼすスキンパス歪み速度の影響 7) K. Maruoka, H. Hayakawa, M. Sibata, N. Takahasi, T. Kawano, and S. Sanagi:Trans. ISIJ,. 23(1984),B-437.Effect of strain rate of temper rolling. on the mechanical properties of temper rolling on the mechanical properties of cold rolled steel sheets. 47.

(40)

参照

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